小さい頃、息子はボール遊びが大好きだった。

 

残念ながら運動神経の方はお世辞にも良いとは言えないが、ボールで遊んでいる時は本当に楽しそうだった。

 

私も時々公園に連れて行っては、その遊びに付き合ったのだが、時々夫も息子を連れだしていた。

 

 

一緒に遊んでくれるのは有難いのだが、問題は途中から遊びではなくなることだ。

 

サッカーをやっていた時には途中からボールの蹴り方のレクチャーが始まり、ダメなところを指摘し始めた。

 

何度か言われているうちに少しだけ上達し、上手に蹴れるようになるのだが。

 

夫の求めるレベルはいつも高すぎるので、満足のいくレベルに達することはほとんどない。

 

「ったく!何やってんだよ!さっき教えただろ?!」

 

怒鳴りながら部活の練習かと思うような指導をしていて、しかも段々とヒートアップする。

 

細かな部分まで指摘が入るようになって、中学生でも難しいのではないか?という要求をし始める。

 

だけど、まだ園児の息子にいくつもの要求を出しても、やっているうちに忘れてしまう。

 

「まだ複数のことに対応するのは難しいよ?」

 

と言っても、夫は

 

「やる気がないだけだ」

 

と怒り、

 

「なぜできないのかを説明しろ!」

 

と詰め寄るのが常だった。

 

そうなると、楽しく遊んでいた息子にとっては苦痛の時間に変わるので、一気に気持ちが萎えてやりたくなくなるというのがいつもの流れだ。

 

 

だから、夫が息子を公園に連れ出すと言う時には緊張感が走って、何とか止めたいと思った。

 

阻止しようと色々と画策しても、結局は夫は自分のしたいようにするので連れて行かれてしまうのだが。

 

スパルタ指導を受けて気持ちが萎えた息子は、

 

「もう止める」

 

と言い始め、それを聞いた夫は激高する。

 

「いつもいつも途中で諦めやがって!そんなんだったら、何やっても駄目だ!お前なんか何もしなくていい!」

 

というよく分からない暴言を吐かれ、それでも帰りたい息子は

 

「疲れちゃった」

 

と言って帰ろうとする。

 

 

 

 

まるで競技の練習のような感じになると、まだ幼い息子は耐えられない。

 

それで泣き言を言い始めても、辛くなってからが勝負だと言わんばかりに、

 

「あと20回上手に蹴れたら終了だ」

 

と言い、夫のお眼鏡にかなう蹴り方はなかなかできないので永遠と続く。

 

 

夕方になって段々と視界が悪くなり、夫も疲れてきた頃にようやく練習は終了となるが、やっと解放された息子はいつもヘトヘトだった。

 

楽しい遊びがいつの間にか練習になり、できないと叱られて苦しい時間になり。

 

いつしか息子はボール遊びが嫌いになった。

 

 

そんなエピソードを義父母に話したら、何がおかしかったのか分からないが、笑いながら

 

「そういう所ある!」

 

と嬉しそうに頷いて、こう言った。

 

「何でも一生懸命だから、熱中しちゃうと周りが見えなくなっちゃうんだな」

 

どう好意的に見ようとしても、そのような解釈にはならないのだが………。

 

そして

 

「○○(息子)ちゃん、お父さんに遊んでもらって良かったね」

 

と言った。

 

 

まるで宇宙人と話しているようで混乱した。

 

このようなことはボール遊びだけに留まらず、自転車や鉄棒の練習でもスパルタ指導が行われた。

 

近くにお友達が居る時でも怒鳴るものだから、息子は気の強いお友達に軽んじられるようになり、強く当たられることで余計に自信を無くしていった。