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心理コンサルタントの白瀧です。
さて、今日8月29日は、西洋音楽の歴史の中でも最も独創的な作曲家として知られるアメリカの現代作曲家・ジョン・ケージ(1912~92)の『4分33秒』という曲が初演された日です。
3楽章で構成されるこの曲の楽譜には、4分33秒という演奏時間以外に、演奏者が出す音響の指示はまったくありません。
そのため演奏者は音を出さず、聴衆は、演奏場所の内外で偶然に起きる音(騒音・雑音)を聴くという、奇想天外な作品です。
「沈黙とは無音ではなく、意図しない音が起きている状態を指し、楽音と非楽音には違いがない」
というケージの主張が表現されたこの作品は、当然ながら賛否両論ありました。
1952年8月29日にニューヨーク州ウッドストックで行われた初演においては、初演者であるピアニストのデイヴィッド・チューダーが、ピアノのあらかじめ開かれていた蓋を閉じることで各楽章の開始を、再び蓋を開けることで終了を示したといいます。
時折ペダルを踏むなどの行為以外に何もしないことから、時間がたつにつれて客席は騒がしくなり、会場を去ろうとする者もいたそうです。
立ち会った人は、その当たり前ではない演奏に、さぞやびっくりされたことでしょう。
このように、私たちは、自分の当たり前というものを、知らず知らずのうちに、他人に押しつけているものです。
そうして、自分の当たり前が理解されないと、相手に対して腹を立て、相手を非難します。
あるいは、他人の言動を、自分の当たり前という尺度で計っているものです。
そうして、自分の当たり前という尺度に合わない相手の言動は、理解できないと腹を立て、ここでも相手を非難します。
しかし、残念ながら、自分の当たり前が必ずしも相手の当たり前と同じであるとは限りません。
否、違うことのほうが多いかもしれません。
このことを忘れてしまうと、相手とのコミュニケーションの間に齟齬が生まれることになります。
その齟齬は、最初は小さいものかもしれませんが、放っておくと、やがて大きなものとなり、最後には、相手との間に深遠な溝を生み出す結果になってしまいます。
従って、他者とのコミュニケーションにおいては、自分の当たり前を相手に押しつけていないか、あるいは、相手を自分の当たり前という尺度で計ってはいないか、そのことに留意する必要があるのです。
そうして、相手は、どのような当たり前を持ち、どのような視点でものを見ているのかを確認することが求められるのです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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