太平洋のさざ波 28(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 28

「ゴールデンウィークはどう過ごされますか?」

 


「これと言って予定はありません。
 実家は広島ですが、この時期に帰省したことがありませんし、
 部屋で録りためた映画でも観ようかと思っています。
 マキさんはゴールデンウィークにミャンマーに帰省されるのですか?」

 


「帰省したいのはやまやまですが、この時期はチケットが高く、
 わたしには高値の花です。
 代わって、本を読んで過ごします。

 


 お盆休み、正月休みと並んで、ゴールデンウィークは日本で働いている皆さんにとって貴重なお休みですからチケットが高いのは仕方ありません。

 ミャンマーへの帰省はお盆過ぎまで待つしかありません」

 


「お盆は亡くなった先祖があの世から帰ってくるという言い伝えたあるのですが、海外から日本に来られている方も何かとご苦労があるのですね」

 


「ご先祖様ですね。
 季節は異なりますが、ミャンマーにもお盆と同じような儀式があります。
 大宮の氷川神社を話題にされましたが、ミャンマーは仏教国です。

 


 仏教国とはいっても、ミャンマーは日本と同じく多宗教です。
 国民の9割が仏教徒といわれていますが、
 キリスト、イスラム、ヒンドゥーなどの宗教を信仰する人も少なくありませんし、地元のヤンゴンに限ったことかもしれませんが、これらの宗教施設を容易く目にすることができます。

 


 わたし自身は仏教徒ですが、正直に言って、それほど熱心な信徒とは言えません。
 その点、多くの日本人の方と共通点があって、
 日本の神社をお参りするのに抵抗はありませんし、すんなりと受け入れることができました」

 


「僕も仏教徒といえば仏教徒ですが、あなた同様に熱心ではありません。
 宗教に詳しくないのですが、日本には海の神様、学問の神様、
 商いの神様、戦の神様とか多くの神様が存在します。

 

 
 その元になっているのが日本固有の神道に由来している気がしてなりません。


 
 神道についての起源や歴史も、
 インド発祥である仏教が日本に入ってきた経緯も詳しくありませんが、江戸時代まで神道と仏教がそれなりに両立していたところに明治政府が介入して今に至っているようで、今日でも、お寺の中に鳥居が残っているとこも少なからずあるようです。

 


 現代の日本では葬式仏教といわれるように葬儀の時だけ、
 お坊さんを呼び、仏式で葬儀を行うことが多く、
 いわゆる神さん、神道式に葬儀を行う家庭もあれば、キリスト教もあるでしょう。

 


 それほど、人の死には人生の最大のテーマです。
 江戸時代に始まったのでしょうか、檀家制度の継続も困難になっています。



 少子高齢化でそれまで墓を守ってきた墓守の存在が危うくなって、檀家の問題はそれまで保ってきた日本人のメンタリーに多大な影響を与えなくはない。

 


 東京に出て来て驚いたのですが、
 関東の初詣は神社とは別に成田山新勝寺とか浅草の浅草寺とか、お寺にも参拝することですね。

 


 僕の地元の広島でも初詣で寺に参る地域があるようですが、
 僕の家では初詣は神社と決まっていたので、少なからずショックを受けました」



「勉強になりました。
 神社とお寺にそのような経緯があったのですね。
 わたし、明治神宮にも浅草寺にも初詣に参ったことがありますが、日本ではお寺と神社が上手い具合にミックスされて、
 特別、不思議に感じたことはありません。

 


 ミャンマー人で仏教徒のわたしはともかく、
 特に西洋のキリスト教徒はお寺と神社の区別がつかない方が多いようですね」

 


「日本人にもそのような人はいます。
 テレビかネットで拝見しましたが、
 ミャンマーの仏さんのお顔はどこかインドっぽくないですか?」

 


「そうですか?」

 


 それまで畏まっていたマキが表情を崩した。

 


「日本の仏さんも、その昔はインドっぽいお顔をしていたと、
 どこかの学者が言っていた気がするんですが」

 


「仏さまのお顔一つとっても、奥が深いんですね」


 
「一つ、聞きにくいことを伺ってもよろしいですか?」

 


「はい、何なりと」

 


 マキは頷いた。

 


「ロヒンギャについてです。
 恥ずかしい話ですが、ここ数年、ロヒンギャ問題が報道されるまで、ロヒンギャの存在すら知りませんでした。

 


 最初は日本から遠く離れた国の話で他人事というか今更感というか、民族、宗教の違いから起こる差別でしょうと。
 TVニュースやネット記事を受け流していましたが、
 難民になったり、バングラデシュに送り返されたりと、
 状況は悪化しつつあるようで、
 当事者のミャンマーの方にとっては如何なものですか?」



「何なりと言っておきながら、
 吉田さん、応えにくい所を突いてこられますね。
 とはいえ、ここではわたしなりの見解を述べさせていただきます。

 


 わたしはミャンマーでは半数以上を占めるビルマ族の一人です。 

 ミャンマーには百を越える民族が存在しますが、
 先ほどの宗教同様に言語も肌の色も多種多様です。
 ミャンマーで生まれ育ったわたしでさえも、そのすべてを申し上げることはできませんが、ロヒンギャはその中でも特別というか、一筋縄ではいかない民族です。



 ロヒンギャの人は我々多くのミャンマー人とは違い、
 インド系というかバングラデシュ系というのか、民族そのものが他のミャンマー人とは違っていますし、イスラム教徒です。

 


 ミャンマーにはロヒンギャ以外にもイスラム教徒はいますし、
 それだけなら、ミャンマーにとってロヒンギャを受け入れることは可能なのかもしれませんが、より複雑にさせているのが、
 イギリスがミャンマーを、以前のビルマを植民地化する課程で、かつてのインド、今のバングラデシュ周辺からロヒンギャを移住させたことです。

 


 ロヒンギャがいつからミャンマーに棲み着いているのか、
 はっきりとした事は不明ですが、ビルマを混乱させ、分断するためにイギリスがロヒンギャを利用したというのが定説になっています。


 わたし、特別なイギリス嫌いではないのですが、
 日本ではいざ知らず、諸悪の根源はイギリスだという説があるようにロヒンギャ問題に限らず、パレスチナ、シリアと世界を不安定させる要因にイギリスが深く絡んでいると想います。

 


 ロヒンギャの問題は軍でも、民主化の象徴として祀り上げられたスーチー女史でも、ミャンマーが解決するのは困難です。
 スーチーさん自身、イギリスと深く関わりのある人で、
 亡くなったご主人はイギリスの方ですし、二人いる息子さんはイギリス国籍のようです。


 
 詳しい事情はともかく、ミャンマー人に今も慕われるアウンサン将軍の忘れ形見のお嬢さん然としたイギリスかぶれのスーチー女史が、わたしはどうにも鼻についてしょうがないんです。
 軍が一方的に悪くて、スーチーさんやその取り巻きが正義の味方だという報道には少なからず疑問を持っています」



「ロヒンギャとは直接関係ありませんが、
 スーチーさんが着られている民族衣装は素敵ですね」

 


「それが先程申し上げた、わたしも愛用していたロンジーです」

 


「そうなのですね。
 僕はミャンマーに行ったことがありませんし、
 特別、ミャンマーが好きだとか興味がある訳でなく、
 ミャンマーの歴史も事情にも疎い日本人です。
 だからこそ、客観的に見える部分はあると思います。

 


 軍が悪で、スーチーさんが正義だという常識に疑問符が付くとすれば、それはまるでプロレスですね」

 


「プロレスですか!
 プロレスって、大きな男の人が四角いリングに上がって、殴ったり蹴ったりする競技でしょう。
 わたし、プロレスも、格闘技も、ほとんど知識も興味もありませんし、隣国タイのムエタイも何が面白いのさっぱりわかりません」



「ムエタイについての知識はありませんが、
 プロレスは競技というより、一種のエンターテイメントです。

 


 悪がヒール、正義がベビーフェイスと予め役割が台本が決まっていて、それをプロレスラーが演じ、ファン、観客と一体になって会場を盛り上げます。

 


 昨今では男子だけでなく、女子プロレスも人気を博しています。
 女の人がボクシングやムエタイやキックボクシングをするのと同じです」



「女の人が、プロレスやボクシングをするって本当ですか?」

 


「本当です」

 


「サーフィンする女性以上の驚きです。  
 本当に女性もプロレスのリングに上がるのですか?」

 


「本場のアメリカでは日本以上に女子プロレスが盛んです。
 アメリカに限らず、男女を問わず、プロレスはエンタメというより演劇の要素が強い。
 アメリカのプロレスを真似た日本では歌舞伎や映画のようにプロレスも興行だと言われる所以です。

 


 色物なのでしょうが、一部に男女混合のプロレスもありますし、アメリカでは男性プロレスに女性レスラーがマネージャー役で登場したりと賑やかですし、追って日本もそうなるかもしれません。



 ミャンマーに話を戻すと、ミャンマーの政治も裏で誰かが糸を引き、台本を書き、軍とスーチー派に分かれ、ミャンマー国民と言う名の観客や世界に向かって演じている、発信し続けている。
 そう俯瞰してみると、以外に解決策が見つかるのかもしれません」



「わたし、さほど政治に関心はありませんが、
 軍もスーチー女史もお互いに意地を張り合って、
 がんじがらめで身動きがとれない状態です。

 


 それでも少しは動かないと、せめて動いているふりでもしないと、人権にうるさいヨーロッパやアメリカからの経済制裁は続きます。

 


 事の張本人であるはずのイギリス政府やBBCをはじめとするマスコミも、自分たちのやった過去を棚に上げ、どの口がミャンマーを非難するのかと。

 


 わたしに限らず、多くのミャンマー国民の心情を逆なでしているのが現状です。

 


 その点、日本はいいですね。
 日本政府も民間もロヒンギャを政治問題化にしません。
 ミャンマーを非難もしません。
 わたしが日本に惹かれた一因があるかもしれません。
 ロヒンギャで煮詰まってしまったので話題を変えていいですか?」

 


 俺は黙って頷いた。

 

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