プロダクションを立ち上げて2、3年経った頃だっただろうか、ある夜1人で歩いていた帰宅途中・・・。
「か~こっいい~!」
ん?
声のした方を振り返ると、シャッターの閉まった店の前に20歳前後と思われる2人の若僧が座ってこっちを見ていた。
なんだ、酔っ払いかと思ってそのまま歩いていると、また何やら言ってくる。
「リーゼントカッコいいな~!」
面倒くさいのでシカト。
「お兄さ~ん!カッコいいって言ってやってんじゃんかよ~!」
そう言いながら、俺の後に付いてくる2人。
なんだ?三茶って、いつからこんな治安悪くなった?
そして、歩いている俺の肩を後ろから掴んできた。
「お兄さ~ん、褒めてあげたんだから金貸してよ。」
はあ?これがオヤジ狩り?いやいや、まだ俺若いし!しかも、お兄さんって言ってたじゃん。
R246から住宅街に入る路地に、俺は左右から腕を取られた状態で連れ込まれた。
そして、1人の手が俺の腕から離れスーツの内ポケットに入った瞬間、俺の勘忍袋が爆発。
数秒後、地面に沈みベタベタと赤黒く汚れた顔の2人をよく見ると、ソフトケースに入ったギターが目に入った。
俺はそのギターを手にし振り上げた時だった。
「あ、そ、それ・・・止めてください・・・ギターだけは・・・。」
「ギターだけは何だよ!」
「すいませんでした・・・ギター・・・お願いします・・・」
そう言うと力尽きたのか、地面にあぐらをかいた状態で動かなくなった。
もう1人は、ヨレヨレと走って何処かに行ってしまった。
冷たい奴だ。
そんな状況を見て、俺は冷静さを取り戻した。
「お前いくつだ?」
「21です。」
「バンドやってんのか?」
「は、はい。」
男はあぐらをかいたまま、俺を見上げるように答えていた。
「こんなバカなことやってないで、真剣に夢を叶える気があったら連絡して来い。」
そう言って、俺は名刺を男の膝元に落として帰ったのだった。
翌日、事務所のインターホンが鳴ったので出てみると、それは昨晩の2人組だった。
しかも、顔がパンパンに腫れ上がり青紫色をしていて気持ち悪い。
事務所に入れると、2人はすぐさま土下座してきた。
「夕べはすいませんでした!」
「お前らこの辺なのか?」
「はい!」
「で?何の用だ?」
「えっ?あ、あの、名刺もらったの見たら、プロダクションの方だと分かったんで・・・。」
「ん?」
「俺たちデビューしたいんです!」
「それで?」
「本気で夢を叶えたいんです!」
「あっそ・・・とりあえず警察呼ぶから動くなよ!オヤジ狩り犯が来たって、110番しないとな。」
「えっ?」
「ウソだよ。」
「・・・・・。」
「おい、お前、コイツ残して何で逃げた?自分だけ助かりたかったか?」
「いいえ・・・その・・・。」
「仲間を見捨てるような奴に夢を叶える資格は無いし、俺の視界に入ることも許さねえからな!」
「すいませんでした!」
「いいか、誰かと何かをするには信頼関係が大事なんだぞ。」
「はい・・・。」
「まして何かあったら1人だけ逃げるような奴を信用できるわけねえだろ?」
「はい、すいません。」
と、その時、スタッフの三木が出勤して来た。
「社長?」
「あぁ、コイツらバンドでデビューしたいらしいぞ。」
「はぁ・・・。」
「お前らデモテープか何かあるのか?」
「はい!持って来ました!」
「三木、これちょっとかけてみて。」
カセットから、ロック調のイントロが聴こえてきた。
「4人か?」
「はい!」
「あと2人もオヤジ狩り犯?」
「いいえ、違います!」
「社長、オヤジ狩りって・・・」
「ん?あぁ、コイツらと縁があったら、後でコイツらから聞いてみな。」
「はぁ。」
「ボーカルは誰だ?」
「俺です。」
逃げた奴じゃない方の男が手を挙げた。
「曲は誰が作ってるんだ?」
「あとの2人のうちの1人と、俺が作ってます。」
また逃げた方じゃない奴が答えた。
「おい、逃げた弱虫くんは何をやってるんだ?」
「はあ、俺はベースです。」
「オリジナルは何曲くらいある?」
「まだ、7曲です。」
「じゃあ20曲出来たらまた来い。」
「はい!分かりました!」
「本気ならな。」
「はい!本気です!」
さて、この後この若者たちはどうなったでしょう。
皆さんのご想像にお任せします。
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