インド古典音楽の演奏は即興が基本なので、演奏には楽譜が使われません。しかし、音楽を教えたり学んだりする上では、簡単な楽譜が使われます。
このページでは、簡単な曲を例に、2つ異なる楽譜スタイルとその読み方を説明します。まず、初心者に分かりやすく、パソコン環境で共有しやすい「サーダナ記譜法」を紹介します。その後、ヒンドゥースターニ古典音楽の世界で広く使われている「バトカンデ記譜法(Bhatkhande notation)」を説明します。
また、西洋式の楽譜に慣れている方のために時々簡単なラーガ曲を西洋式に記譜したものも作成して提供していますので、ご参照ください。
インド古典音楽の基本的な概念がお分かりでない場合、音符、ラーガ、リズムに関する記事を先に読んだ方がいいかもしれません。
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サーダナ記譜法
サーダナ記譜法では、最初の行に曲の種類(ここではBandish)、ラーガ名(ここではRaag Kedar)、タール名(ここでは16拍子のTeentaal)、テンポ(ここでは活気あるテンポ:Drut Laya)の情報を示します。次に作曲家の名前を示し、その下に曲の歌詞をローマ字で普通に書きます。その後楽譜を書きますが、楽譜の説明は画像の後に続きます。
インド古典音楽では、旋律(メロディー)はタール(リズムパターン)にフィットして記譜されますので、タールの拍子数と同じ数の列の表を使います。例の曲はTeentaal(16拍子)にフィットされたもので、Teentaalは4拍ずつの4セクションあります。したがって、合計16列の表を使い、セクションは色で分けています。
最初の2行では各列の拍子番号と拍子の発声(bol)を示しています。段落が上・下(sthayiとantaraといいます)に明確に区別されています。
曲の記譜法
曲は、歌詞とその楽譜を適切な列に記入し、タールのどの拍子にどの音節を歌う必要があるかを示します。
例の曲は、Teentaalの9拍目から始まるため、楽譜が9列目から始まっています。1拍目に当たる音節は赤いフォントで強調表示します。この音節(「sam」と呼ばれます)は、古典音楽の演奏で非常に重要な役割を果たすためです(詳細はリズムに関するページをご参照ください)。
表の各セル(マス目)が拍子1つに相当するので、各セル内に記されている歌詞が全て1拍子内に歌う必要があります。楽譜の各行が表上2行で構成されます。1行目には歌詞の音節、2行目にはその音節に当たる音符が書かれています。
音符の記譜は、以下の表のNotation ID列をご参照ください。
また、音符以外にも、表記に使用している記号がいくつかあります。
「~」は、同じ音符・音節の滑らかな延長を示します。
「.」または空白のセルは休符(その拍子分何も歌わないこと)を示します。
「|」または「/」は曲の各行の終わりを示します。
「-」で区切られた母音または鼻音(「a-a」・「i-i」・「n-n」など)は、「Gamak」という装飾を示します。
主要オクターブの上または下のオクターブの音符は、音符の後または前に「'」を付けて示します。
装飾音符(kan swar)がある場合、括弧内に書かれて示します。
行や節の繰り返しに関する情報は提供されません。行や節を何回繰り返すべきかについては、演奏家の自由だからです。
サーダナ記譜法について
サーダナ記譜法は私が開発したもので、YouTubeなどで共有している簡単なラーガ曲デモに使っている楽譜です。例えば例の曲のデモはこのビデオをご参照ください。
他にも沢山ラーガ曲のデモがありますので、以下のプレイリストをご参照ください。
バトカンデ記譜法
ヒンドゥスターニー古典音楽には昔から、色んな記譜法が使われていましたが、音楽学者のヴィシュヌ・ナラヤン・バトカンデ氏(1860-1936)が提供した記譜法が、20世紀初頭に広く受け入れられ、今でも音楽の教科書など、ヒンドゥスターニー古典音楽の世界では広く使われています。バトカンデ記譜法では、音符と歌詞がヒンディー語で書かれますが、以下便宜上ローマ字にしたものを使って説明します。説明は画像の後に続きます。
一番上の行にラガの名前(Kedar)、リズムパターン(Teentaal)、テンポ(drut laya)が記載されます。上下の段落が、「Sthayii」と「Antara」と書いてしめされます。縦線を引いて該当タールのセクションが区切られます(ここではTeentaalなので、3本の縦線を引いて4セクションに区切られています)。曲の各行は、3行の楽譜(旋律を示す音符、歌詞の音節、そしてタール記号)に分かれています。
サーダナ記譜法では、9列目から記譜し始めることによって、曲がTeentaalの9拍目から始まることを示していますが、バトカンデ記譜法では、左端から記譜し始め、各セクションの始めにタール記号で拍子番号が示されますが、この方法では、読者がすでにタールに精通していることを前提としています。
例えば、例の曲だと、読者はTeentaalに関して以下のような情報をあらかじめ知っている必要があります。
上の表には、1行目には拍子番号、2行目には拍子の発声、3行目にはタール記号が記されています。タール記号ですが、各セクションの最初の拍子だけが記号で記譜されます。「x」記号はいつもタールの1拍目(「sam」)を示し、タブラでは強く打たれて強調されます。「o」記号は控えめに打たれる拍子を示します。Teentaalの場合、これは9拍目に当たります。その他のセクションの1拍目がセクション番号で示され、残りの拍子が記譜されません。
旋律はソルファ音節を使って記譜され、フラットは下線で、シャープは上の縦線で示されます。主要オクターブの上または下のオクターブの音符は、音符の上または下に点を付けて示されます。音符の延長はハイフンで示され、歌詞の音節の延長は「S」に似た記号で示されます。また、2つ以上の音符を1拍子内に歌う必要がある場合、下方に曲線で結ばれます。
以上、「第6章インド古典音楽の楽譜の読み方」でした。
このシリーズのほかのブログ(未投稿のものも含める):
第8章 インド古典音楽における即興演奏の仕方
第9章 ラーガ演奏の構成