㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「さて、君の状態をみようかな。」
と扉を開けた医師に、怪我はしていません、とジェシンは反射的に答えた。
「どこも痛くねえし。」
「そうだねえ。興奮してるからねえ。痛みを感じないかもねえ。でもほら、手の甲を見てごらん。」
そう言われて、ジェシンは右手に目をやった。
「わあ・・・にいちゃん、診てもらえって、な!」
一緒になって覗き込んだ大けが親父がひっくり返したような声で叫んだ。ジェシンも自分の右手の状態に、目を瞠ってしまった。
診察室に入ると、ユニは窓際の椅子に座らされて、奥さんに髪の毛を梳いてもらっていた。解かれたおさげの編み痕が波打つ黒髪が顔の周りに渦巻いていて、その光景にジェシンは息が詰まりそうになった。
「まあ、一人鼻がつぶれてる奴がいたけど、殴り合いしたかい?」
「殴ったのは一発だけ・・・相手の人数が多いから、最初から急所狙ってたんで。」
「急所・・・急所ねえ・・・。」
「試合では狙ってはいけないところです。」
「そうだろうねえ~~!」
「え、にいちゃん、急所なんて知ってるのか?」
「テコンドーやってたんで。狙ったらいけないけど、ダメなことってやってみたくなるもんで、こっそりみんなで練習したりしてたから。」
「三人共そこ殴ったのか?」
「鼻っ柱を折ったのは一人だけです。最初のはとりあえず吹っ飛ばそうと思って首筋を狙って回しげりしたから。相手する人数をとにかく減らしたくて。」
「へ・・・え・・・~!もう一人は?」
「さっさと警察に白状してもらわないといけねえから、関節外しときました。」
「かん・・・せつ・・・。」
「両肩両膝。」
「考えただけでいてえよお・・・。」
「折ったんじゃないから。関節は嵌めりゃ元通りです。」
「ひでぇ・・・。」
酷いのは女一人を男三人で引きずっていた奴らだ、と言いたかったが、そんなこと皆承知でこの話をしているんだと、ジェシンは何とかむかっ腹を押さえた。医師はジェシンの手をアルコール綿で拭き、すうすうするその手指を熱心に触っている。
「骨は折れちゃいないね・・・指の骨って細いんだからね、気を付けないと。酷い打撲だけど、ちょっと突き指っぽくなってるかなあ。ほら、中指、腫れてきてるだろ。」
固定しようねえ、と言って、医師は湿布薬を患部に合わせて切ると貼り付け、その上からきつく包帯で巻き上げた。中指だけだと動かすから、と薬指も一緒にぐるぐる巻きにされてしまう。
「大げさです・・・。」
ため息をつくジェシンに、どうせ明日になったら外すでしょ勝手に、と医師は取り付く島もなかった。
「で・・・ユニちゃんに怪我はなかったんですか、先生?」
部屋の隅でユニの髪は編み始められていた。話しかけながら優しい手つきでおさげを仕上げていく奥さんと、身をゆだねているユニを気にするように、大けが親父の声は小さかった。
「腹部の打撲が一番ひどい。ろっ骨が折れなかったのが幸いなぐらいだ。こんな打ち身になっている。」
医師が両手の中指と親指で円を作り、親父はひえ、と声を上げて涙を浮かべた。かわいそうにかわいそうに、と身を揉む。
「それとねえ、かかとからふくらはぎにかけて擦り傷が一杯だったよ。あれだけでどういう引きずられ方をしたのか、分かるねえ。あ、そうだ!」
医師は白衣のポケットから黒い靴を取り出した。両ポケットから片側ずつ。
「警察官の人たちとジェシン君たちを追っかけている途中で拾ったんだよ。一足ずつ、落ちてた。」
先生、貸してください、と親父は手を出した。医師は反射的にその手に靴を載せた。小せえな、とジェシンは思いながら靴の行方を追うと、親父はそれを膝に載せ、おもむろに手拭いをポケットから出してきて拭い始めた。
通学用の革靴だ。まだ靴を買うのにも注文しなければ手にいれられないご時世、ユニは高校合格のお祝いに母親が靴を注文してくれていたと言って大事に履いていた。引きずられ、埃まみれ、傷までついてしまったその靴を、親父は丁寧に拭い、靴墨がいるなあ、と言いながら磨いていく。
時々涙をこぼしながら磨く親父の手元を黙ってみていたジェシンと医師。すると待合室の方から通いの看護婦の大声が聞こえてきた。
「先生!ユンシク君がきました!」