ノワール その78 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「・・・元気そうじゃねえか。」

 

 ジェシンが答えると、ふん、と鼻で笑ったインスは優雅に椅子に座った。

 

 「意地でも病むわけにはいかない気持ちはわかるだろうが。それに、元から親父のやっていることについては限界があるって思っていたからな。」

 

 インスはそう言うと、実は別れを言いに来た、と突然宣言した。

 

 「別れ?」

 

 聞き返すヨンハに、カン・ムが代わりに応えた。

 

 「渡米するんだ。あっちで学校に通う。」

 

 「こいつの家で世話になっている間、独学で英語を学んだ。どこまで通じるかはわからないが、こっちよりは人の目を気にせずにいられるだろう。もう大学に入学手続きは済んでいる。」

 

 へえ、とヨンハは声を上げた。上げてから、聴きにくそうにそのう、と口を開きかけると、インスは相変わらずの鼻で笑っているような顔で被せてきた。

 

 「金の心配ならご無用だ。あの戦争で疎開する前、何かあった時のために、って数年分の生活費を持たされていた。それを使ったしまだ余裕もある。」

 

 「それは、お母さんと妹さんの分も入ってるんじゃないのか?」

 

 あとで揉めないか、と心配するヨンハに、

 

 「二人は爺さん婆さんの懐に潜り込んで、悠々と暮らしてる。話に行ったとき、金は半分に分けてきて、縁を切ってもらった。あっちも、今から大きな賭けに出る俺の後始末をしなきゃならないなんて思ったんだろ、あっさり首を縦にした。その金の一部を、世話になったカンの叔父さんにお渡しするなんてちらりとも頭をかすめないんだ。薄情な人だよ。」

 

 「・・・半分渡しても残るのか。」

 

 「疎開の時、あの人は闇の商売で馬鹿みたいに儲けてた。あの時財産のほとんどを金に換えて渡したと聞いたから、あんな人でも俺たちのために、と思ったものだ。それでも戻ってみれば何倍も稼ぎ始めていて、金はお前が何か商売するのに使え、なんて言われたほどだったから、なんとなく俺が管理してた。まあ、金に関しては本当に余裕がある。」

 

 「で、どうして俺たちに別れの挨拶なんだ?」

 

 ジェシンは腕を組んで聞いた。別に友人でも何でもなかった。どちらかと言えば虫の好かない奴だった。インスにしてもジェシンは煙たい存在だっただろう。会えば嫌みを言ってくるやつだったな、とジェシンは思ったが、それは顔に出ていたらしい、またインスは鼻で笑った。

 

 「別れの挨拶、というよりこれを・・・。」

 

 ポケットから小さな箱を取り出すと、ジェシンの方に押しやった。

 

 「お前の恋人に迷惑をかけたとは聞いていた。」

 

 「こっ!」

 

 と体を硬直させたジェシンを、インスは面白そうに見た。

 

 「なんだ、まだものにしてないのか。」

 

 「そうなんだよ、インス~。周りからすりゃいらいらするぐらいコロって奥手なんだよ~。」

 

 ごん、とジェシンはヨンハの頭をそちらを見もせずに殴った。正確に脳天に落ちた拳骨に、ヨンハは痛がり、インスは笑った。今度は本当に面白そうに。

 

 「久しぶりだな、お前ら、仲が良すぎで気持ちが悪いぐらいだ。」

 

 これのどこが、と痛がりながら訴えるヨンハを無視して、インスは笑いを納めた。

 

 「怪我をしたともきいた。他のことに関しては大掛かり過ぎて俺はどうもわからない。自分の父親ながら、なんてことに手を染めてたんだと思うぐらい現実味がないんだ。だが、流石に同級生の恋人が危険な目に遭わされたのだと思うと、お前にというより、その人に悪いことをしたという気持ちが沸き上がった。顔も知らない人なのにな。心残りは、その人の謝罪できないことだ、とこいつに言われてね。」

 

 カン・ムを顎で指したインスは、小箱をさらにジェシンの方に押しやった。

 

 「女性に渡す詫びの品などわからない。ただ、俺には同じ年頃の妹がいて、ヒョウンは髪を結った後飾る沢山の髪飾りを持っていた。大人ではないから化粧はできないし、服だって学校へは着飾っていってはいけないから、おしゃれするなら髪につけるものぐらいだ、って、幼い頃はリボン、中学生ぐらいになったら飾りのついたピンやらなにやら、俺にわからないものを付けていた。まあ、気に入らなければ捨ててくれていいが、妹のものよりももう少し大人になっても付けられるものを選んでもらった。」

 

 「俺の母に。」

 

 カン・ムが横から補足した。

 

 「これで贖罪になるとは思っていない。ただ、同じ年頃の妹を持つ身として、流石に遭わせてしまった事件のことを聞くと、申し訳なさがわく。心からの謝罪は形にできないが、ずっと心に留めて生きていくから、とお伝えしてほしい。」

 

 インスの目は、まっすぐにジェシンに向いていた。

 

 

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