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第592回

XR時代のディスプレイ。ソニーセミコンに聞く「マイクロOLEDとはなにか」

ソニーセミコンダクタソリューションズ製のマイクロOLED「ECX344A」

サングラス型ディスプレイやXR用機器などでの利用が拡大し、「マイクロOLED」に注目が集まることが増えた。

現在、その多くを製造し、著名な製品のほとんどで採用されているのがソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)社製である。

マイクロOLEDの需要は、これからさらに増えるだろう。だが、マイクロOLEDがどんな特性のデバイスであり、どう使われているかを知る人は少ないのではないだろうか。

そこで今回は、SSSでマイクロOLEDを企画・開発する方々に直接お話をうかがい、特徴と開発の方向性について聞いた。

ご対応いただいたのは、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社・ディスプレイデバイス事業部 統括部長(技術担当)の高徳真人氏と、同・統括部長(ビジネス担当)の牧村真悟氏だ。

なぜXRで「マイクロOLED」が使われるのか

まずはマイクロOLEDについて、基礎的なところから学んでいこう。

その名の通り、マイクロOLEDとは「小さな有機EL(OLED)」だ。

スマートフォン向けのディスプレイの場合、画素ピッチは44μm程度からで、下記の例の場合、画素密度は577PPI(Pixel Per Inch)。肉眼で見るなら十分に高解像度といえる。

しかしマイクロOLEDの場合には、画素ピッチがさらに一桁小さい6.3um程度になり、画素密度は4,000PPI超えと、劇的に小さなものになる。

ソニーセミコンダクタの公式サイトより抜粋。一般的なスマホ用OLEDとマイクロOLEDを比較すると、画素が劇的に小さいことがわかる

SSS・高徳氏は、マイクロOLEDがXR機器で使われ始めている理由を次のように説明する。

高徳氏(以下敬称略):XR機器では、一般的に「ニヤアイディスプレイ」(目に近い位置で使われるディスプレイ)が使われます。

広いFoV(Field of View、視野角)があって、さらに没入感のあるものを作ろうとすると、やはり高い解像度が求められます。

仮にFoVを100度から120度とし、PPD(Pixel Per Degree。視野角1度あたりのドット密度)が人間の視力に近いレベルとなるには、(片目あたり)4K以上の解像度が必要になります。理想的には6Kが望ましい。

ただ、それを一般的なLTPSによるOLED(筆者注:スマートフォンで現在一般的に使われている、低温ポリシリコンを使ったOLEDディスプレイパネル)で作ろうとすると、現実的なサイズで作ることができず、大きくなってしまいます。

だからこそ、今4Kをニアアイで使えるのはマイクロOLEDだけ、ということになります。

シンプルと言えばシンプルな話だが、ちょっと実際の製品で、サイズ感を比較してみよう。

以下は、Apple Vision Proのレンズ部だ。アップルはどのメーカーのディスプレイモジュールを採用したかを明かしていないし、SSSも明言するようなコメントはしていない。しかし分解記事などによれば、SSS製のものであることがわかっている。

サイズは約1インチ四方で、片目あたり3,660×3,200ピクセル。スマホに比べるともちろん小さい。冒頭で写真を紹介した「ECX344A」がスペック的に近い。ただし、Vision Proで使われているのは同じものではなく、アップル向けのカスタム品と思われる。

Vision Proのレンズ部。この向こうにマイクロOLEDがある

サングラス型ディスプレイの代表格である「XREAL Air 2 Pro」はもっと小さい。こちらはSSS製の0.55型のマイクロOLEDを採用していることが公開されている。解像度は片目あたり1,920×1,080ドット。こちらもスマホとサイズを比べてみよう。スマホが「Pixel 9 Pro XL」という大型のもの(ディスプレイは6.8インチ)なので特に差が大きく見えるが、実際、XREAL Air 2 Proに搭載されているマイクロOLEDはびっくりするくらい小さなものだ。

この小さなディスプレイの映像を、ハーフミラーを使った「バードバス」と呼ばれる仕組みで拡大しつつ目まで届けている。

XREAL Air Pro 2とPixel 9 Pro XL。ちなみにPixel 9シリーズは発売当初からDisplay Port Altモードでの画面出力に対応、サングラス型ディスプレイも使える
上がXREAL Air Pro 2の実際のディスプレイ。0.55型なので、スマホのディスプレイと比べると圧倒的に小さい
光学系を通してマイクロOLEDを接写
これがバードバス方式の光学系で拡大された画像。片目1,920×1,080ドット、FoVは46度

マイクロOLEDはいかに広がってきたのか

ソニー(SSS)製のマイクロOLEDが、XR向けとして幅広く使われるようになったのはここ数年のことだ。その前の主な用途は「デジタルカメラ用のEVF(エレクトリック・ビューファインダー)」。ミラーレスにとって高品質なEVFは必須であり、付加価値も大きいビジネスだ。

写真は筆者も使っているミラーレス「α6700」のものだが、もはや画質やフレームレートでの不満を耳にすることも稀になった印象が強い。

ミラーレスカメラ「α6700」のEVFを接写。前傾のサングラス型ディスプレイ向けにかなり近い

そして、現在XR向けのマイクロOLEDも、EVF向けの技術から進化したものが使われており、発色などには定評がある。

高徳:EVFをプロカメラマンの方々に使っていただくためには、OVF(光学ビューファインダー)と見栄えがまったく同じになるようなものを作らなければいけません。

当初は「EVFはOVFに絶対追いつかない」と言われたわけですが、もう今は、ミラーレスカメラをプロフェッショナルカメラマンの方々にも使っていただけるよう、EVFを作り込んでいます。

そのためにはチップ上にカラーフィルターを乗せたり、マイクロレンズを乗せたりして、光学ロスが少なくする努力を重ねました。光学ロスが少ないということは、隣の光が入ってこないので、より純粋に見えること。そういう技術を地道に作ってきたんです。

牧村:カメラのお客様は非常にスペックに厳しいというところがありますね。

背面モニターとの色味を合わせなきゃいけないとか、印刷物とファインダーの色味が合ってなきゃいけない、といったところがあります。ばらつきの少なさも求められます。

そういった環境の中で長く鍛えられたことが、今の高い評価をいただいているところにつながっているのかもしれません。

以下は現在、SSSが提供しているマイクロOLEDの一覧である。上がEVF用、下がXR機器用だ。

SSSが提供しているEVF用のマイクロOLED
SSSがAR・VR用として提供しているマイクロOLED

数字をよく見ると違いはわかるのだが、具体的に、両者はどこが違うのだろうか? ポイントは「明るさ」だという。

牧村:いわゆるARグラス向けは、光学シースルー式を採用しています。そのため、ディスプレイとしてはより明るいものである必要があります。具体的に言えば、明るさはEVF向けの10倍以上のものが求められます。また、サングラス型なので(ディスプレイの)外径サイズを小さくする必要もあります。

VR向けはクローズ型の構造です。より解像度を求めるニーズが高く、4Kクラスのものが求められるようになってきました。

サングラス型ディスプレイ向けでは現在、SSS製のマイクロOLEDが広く使われている。マイクロOLED自体はBOEなど他社も製造しているが、「ソニー製がブランド化している」という中国メーカーの証言もある。

EVFからXR向け、特にサングラス型ディスプレイへの変化について、牧村氏は次のように説明する。

牧村:我々はマイクロOLEDを10年ちょっと前から始めさせていただいているんですけれども、EVF向けと同時にヘッドマウントディスプレイ向けにも取り組みを行なっていたんですね。

2011年から14年ぐらい、ソニーのヘッドマウントディスプレイである「HMZシリーズ」です。

さらにいえばその前に、液晶で「グラストロン」に取り組んだ経験もあります。

前出の記事にもあるように、2011年に発売されたHMZ-T1は、当時「HD有機ELパネル」と呼ばれており、0.7型で1,280×720ドットのものだった。

今から見れば見劣りするクオリティだが、当時は発色といい鮮明さといい、圧倒的なものが現れた……と感じたものだ。

ただ不幸だったのは、視野角を広げて没入感を高める「Oculus型」のアプローチの方が体験的には新しく、そちらが主流になっていったことだろうか。

牧村:当時はコンテンツが十分でなく、使い勝手もまだまだでした。映像を見るにもBlu-ray Discプレイヤーをつなげなければならない時代ですから。そんなところから、なかなか継続できませんでした。

とはいえ、HMD向けにビジネスの模索というのはずっと続けてきたんですね。

EVFのものをヘッドマウントディスプレイに転用できないか、という話はずっと地道にはやってきたんですけれども、なかなか商品性マッチングするところが足りないところがありました。

いろいろな試行錯誤してきた中で、今少し花が開いているのが中国の各社さんとの取り組みです。光学シースルー型・サングラス型への引き合いは、2018年から19年ぐらいから増えたものですが、彼らの要求に最適化したものをご提供させていただく形になっています。

それができたのは、一つは高徳のほうから説明させていただいたような技術の蓄積があったこと、製品への知見・取り組んだ経験があったため、それが今のパネルの商品性の高さにつながり、非常にご好評いただいている、というふうに理解しています。

現在のサングラス型ディスプレイにおいて、トップを走る中国メーカーは「ソニーとともに製品への活用を磨いた」というようなコメントもしている。

双方の連携もあって、現在の市場が出来上がっていると考えていいだろう。ディスプレイ面でのスペックがどの製品も似通っているのは、SSS製の同じマイクロOLEDを採用しているからでもある。

ただしSSS側の説明によれば、この種のディスプレイでの協業については「あくまで弊社からはディスプレイの提供であり、光学側の技術は含まれない」とする。もちろん設計の際には、どんな光学設計を使ってどういうデバイスを作るのか、という話をした上でパーツが提供されることになるので研究や内容は知悉しているだろうが、そこはあくまで最終製品メーカーの領分、ということのようだ。

VR向けマイクロOLEDに求められる特性とは

ではVR向けはどうだろうか?

牧村:現在はVR向けのものでも、FoVは90度程度にしてもPPDは30から40程度で、人間の視力と同等には届かない。ですから、まだまだ進化の途上です。FoVをさらに広げられるようになった時、我々としては、より解像度の高いディスプレイを提供できるソリューションはマイクロOLEDだと考えます。

そして、VR用とサングラス型ディスプレイ向けに共通しているのは、「消費電力を抑える」という要請ですね。これまで培ってきた技術を積み重ねてできるだけ消費電力を抑えることに注力しているところです。

高徳:我々の強みは「高精細」かつ「高輝度」なものが作れるところにあります。

工夫のポイントは独自の画素回路構造にありまして。これは学会でも発表しているんですけれども、OLEDを駆動するためには、いくつかのトランジスタとキャパシタを組み合わせ、画素一つ一つに配置します。4Kだったら4K×4K分の画素が並んでいるわけなんですけれども、その一つ一つに画素回路が載っていまして、その画素回路の工夫で高輝度高精細を達成しています。

ただ、並んでいる画素回路の特性のばらつきにより、画面がざらついたりするところが出がちなんです。我々は「面ざら」と呼んでいます。面ざら対策としては、4つのトランジスタと2つのキャパシタで補正しながら絵を出すことで、均一な絵を作れるところが我々の強みですね。

シンプルな話として、解像度が上がるということはそれだけ同じ面積に多数の画素が集まるということ。画素ごとにトランジスタとキャパシタが必要になるので、高画素・高密度が進めば進むほど消費電力は上がり、発熱につながる。

高徳:発熱=消費電力と考えられますが、パネルの中でどれだけの電力が熱になって出てきているか、という話になります。そこでは、画素回路、すなわちシリコン上で発熱する部分とOLEDの発光に伴って発熱する部分があります。

シリコンの方は画素回路の工夫ですとか、レイヤー数を上げて大電流をスムーズに流せるようにするとか、そういう部分を地道に設計して改善しています。

OLEDの発光による発熱では、発光効率が重要です。それに加え、マイクロレンズなどを使い、光をより無駄なく目に届ける、という光学設計が重要です。工夫により、EVFだけを作っていた時よりも、今は発熱を抑えられてきています。

ただ、EVFはEVFで、消費電力への要求はかなり厳しいです。特にプロフェッショナルなお客様からは、1回のバッテリーで何枚写真が撮れるのか、というところで厳しい要求がありまして、VR向けと同じような進化軸でやってきたところがあります。

前出のように、解像度を重視するとマイクロOLEDが必然となってくるわけだが、過去にはビューファインダーは液晶で作られていたし、XR向けでは液晶を使うものもある。液晶対OLEDという部分はどうだろうか?

高徳:全面に白を出す場合にはOLEDでも消費電力は高くなります。しかし、ずっと全白を出すような機会は少なく、実質使っているような明るさ・画面の場合にはOLEDの方が少ないと言われています。

液晶も大きなものだとローカルディミングを採用していますが、小型でVRに使うものはまだこれからの話です。全白でバックライトを焚いて液晶でシャッターをしているので、基本的な電力損失は大きくなります。また、高精細になればなるほど液晶は開口率の問題が大きくなり、バックライトへの負担も上がります。高精細になればなるほど差は大きくなる、と考えれば良いかと思います。

ここでマイクロOLEDの構造を見てみよう。回路の上に発光層があってその上にフィルターがあり、さらに画素ごとに用意されたマイクロレンズで光を届ける。サイズも素材ももちろん異なるが、昨今のテレビ向けのOLEDと同じような構造と言える。

SSS製マイクロOLEDの構造。画像はSSSのウェブより

低コスト化・高輝度化など「将来のマイクロOLED」はどうなるのか

では、今後の方向性はどうなるのだろうか?

特に期待されるのは、4KクラスのマイクロOLEDの低コスト化だ。Vision Proが高価である理由はディスプレイのコストに関わる部分が多いと推定されており、多くの人が求める「低価格モデル」について、画質を落とすことなく実現するには、解像度の高いマイクロOLEDが安価になっていく必要がある。

もちろん次のマイクロOLEDに関して直接的なコメントはないが、進化の方向性は示してくれた。

牧村:なかなか定量的には申し上げにくいところですが、XR向けの1インチを超えるようなパネルに関しては現状、普及価格帯のセットを作るハードルがまだまだ高いとは認識しております。

我々もコストを削減する取り組みというのはもちろんやっておりますが、ポイントは3つあります。

1つは、数量が増えることによって生産効率が上がっていくこと。いわゆる歩留まりの向上も含みます。

ただそれだけでは難しく、新技術の導入によって安価に生産できるようにしていく努力も欠かせないとは思っています。

もう一つ、我々は直接取り組んでいないですが、光学系の進化も鍵になります。光学系の進化により、同じFoVを実現しつつ小さなパネルが使えれば、コストダウンにつながります。

それがいつ実現できるのかは具体的にお答えできませんが、この3つの観点から我々は努力していますし、コストも下げていけると考えています。

高徳:我々の最小画素ピッチは、今6.3μmまできています。これはまだまだ発展途上。まだまだやれる技術はあり、より小さくしていく中では、我々独自の画素回路がより生きてくることになります。

また、マイクロレンズを含めたカラーフィルターの構造についても、「うまくやればもうちょっと狭められるよね」という余地が残っており、構造の改善を進められると思っています。

マイクロOLEDの進化としては、「カラーフィルターからの脱却」もありうる。一般論として、RGBそれぞれの画素をその色で発光できればもっと効率は上がる。カラーフィルターがなくなればより薄くなり、電力効率も良くなるからだ。

そうした研究は各所で行なわれており、SSSも「トレードオフがある技術だが、基礎的な検討はしている」と研究していることは否定しなかった。ただ、現状導入の可能性についてコメントはない。

また、将来的な方向としては、マイクロ「OLED」ではなく、LEDを並べた「マイクロLED」の登場も考えられる。これも否定はしない、とする。だが、具体的な導入の予定はない。

高徳:それぞれ向き不向きがあると想定しています。今後、例えば超高輝度なものが求められるところではLEDのほうが有利になってくるだろうな……という予想はありますが、例えばFoVを広く取るために大きく多数の画素を並べるならOLEDの方が低コストである時代は続くでしょう。それぞれ使い方かな、と思います。

そもそもXR用のHMDとしては、平均輝度はそこまで上げる必要がないと思いますし、HDR的な突き上げもどこまでやるかですよね。

それも1,000nitsから1,500、2,000nits以上のところは、そこまで重視されないかもしれない、と考えています。

牧村:クローズ型のVRヘッドマウントディスプレイでは、パンケーキレンズが主流になってきています。

しかしこれは、あまり光学効率が良くないんですね。なので、ディスプレイ側でも1,000nitsの輝度は求められるんです。

だからここも光学系がどうなるかによるところが大きくて。光学系の光学効率が高くなれば1,000nitsもいらないということになるかもしれないですね。

ただピーク輝度というのはやっぱり求められるので、そこはデバイスとしてはしっかり出せるようには構えておくということが大事だと思っています。

また、XR機器ではフレームレートも重要になる。この点はSSS側も認めており、「将来的には240Hz以上が求められるかもしれない」(牧村氏)という。

牧村:ソニーの「α1」用のEVFでは、モード切り替えによって、すでに240Hzのフレームレートを実現しています。ビューファインダーとして遅延がなくて、非常に良いんですよね。ハイフレームレートの価値は確実にあります。

ただし、フレームレートを上げると消費電力も高くなります。ですから結局は、商品バランスを見てどこに落とし込んでいくのか、色々な考え方があろうかと思います。

XR機器はまだ生まれたばかりで、普及もこれからだ。SSSとしても「これから数量が増えて大きなビジネスになる段階」と認識しているという。だからこそ、品質などの追求は重要だ。あらためて詳細を聞いてみると、いままでのディスプレイデバイスとも違う多くの特性があり、技術開発の真っ只中という印象だ。他のディスプレイメーカーも追い上げる動きを見せているが、「日本発のディスプレイ」としてがんばって欲しいと感じる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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