白球つれづれ2024・第20回
守備と足にスランプなし!野球界に古くから伝わる格言だ。
これを実践しているのが、10日現在(以下同じ)セ・リーグで首位を行く広島である。中でも今季の活躍が著しいのは矢野雅哉選手。ともかく驚きの内野守備は「師匠」の菊池涼介選手を時には凌ぐ働きで、ファンの間では「忍者守備」と絶賛されている。
9日に行われたロッテ戦。2回に早くも“忍者”が動いた。
ロッテ・角中勝也選手の止めたバットに当たった打球が三遊間に高く弾む。前進した小園海斗三塁手が処理し損ねた。この時点で内野安打かと思われたが、遊撃を守る矢野が、右手でワンハンドキャッチ。そのまま矢の送球を一塁に送って間一髪アウト。こうした堅い守りで終盤までもつれた接戦をモノにした。
二塁にゴールデングラブ賞常連の菊地と組む二遊間は、守備範囲の広さと強肩、さらにアクロバチックな職人技まで加えて、文句なしの12球団一。日本一の遊撃手として知られる西武・源田壮亮選手も一目置く男が現れた。
20年のドラフト6位で入団。亜細亜大学時代の同期には巨人の1位指名を受けた平内龍太投手らがいる。同大時代の3年には東都大学リークの首位打者も獲得するが、171センチの小柄と打撃の非力さが指摘されていた。それでも広島の松本奉文担当スカウトは1年の頃から身体能力の高さを評価して指名に踏み切っている。遠投128メートル、50メートル走5.9秒の素材はいかにも広島好みと言うべきか。
矢野の存在が一軍でも認知され出したのは昨年から。前年のオフに菊池のもとに弟子入り。自主トレを共に行い、守備の極意や打撃のコツを学んだことで一軍の出場数を93試合と伸ばし、堅実な守備とチームトップとなる12犠打でチームに欠かせないピースに成長する。
4番不在で機動力と守備力重視の用兵に転換
一方で今季の広島の下馬評は決して高くなかった。
開幕直後には新外国人のジェイク・シャイナー、マット・レイノルズ両選手が故障離脱。4番打者候補がいなくなり、堂林翔太選手を起用するも、長くは続かない。案の定、4月と5月には最下位転落の苦境に立たされたが、新井監督は辛抱強く浮上策を練っていく。
大きな手応えをつかんだのは5月17日からの対巨人3連戦だった。
エースの大瀬良大地が復活の好投。さらに4番に起用した小園が大当たりで7試合に7打点。この3連戦をスイープすることで上位に浮かび上がっていった。本来は遊撃手である小園の守備の負担を軽くするために三塁にコンバート、これによって矢野の出番が増えていった。今では菊池に休養を与える時は矢野が二塁に回り、小園が遊撃に戻るなど幅広い起用が可能になっている。
昨年まで1割台の低率に終わっていた課題の打撃も今季は10日現在、打率.234と数字を伸ばしている。矢野の“忍者守備”と快速があれば2割5分でも3割打者と同等の評価を受けてもおかしくない。
交流戦は6勝6敗の五分で、巨人と並ぶ5位につけているが、セ・リーグで上を行くのは6勝4敗2分けのヤクルトだけ。シーズン全体の成績では依然として首位を走っている。
阪神や巨人がもたつく間に、そつのない戦いを見せる。その原動力は何といっても守りだろう。
投手成績を見れば大瀬良が防御率1.07でトップ。3位に床田寛樹がつけ、規定投球回不足ながら森下暢仁も大瀬良のすぐ下にいる。守護神・栗林良吏の完全復活も心強い。
その彼らを助けているのが矢野と菊池を中心とした鉄壁の守備陣である。二遊間に打球が飛んだだけで相手ベンチを絶望に陥れる。
交流戦も残り6試合(雨天中止分は除く)。カープの相手を見ていくと西武と楽天に各3試合。西武ファンには申し訳ないが、7連敗のどん底に沈むレオ相手に貯金できれば、目下交流戦首位の楽天戦次第で更なる首位固めも望める。
本日も忍者出現。パ・リーグ党にも矢野の守備は見てもらいたい。それだけの価値は間違いなくある。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)