紫外線が白内障をはじめ、眼病リスクを高めるという報告はこれまでたくさん発表されてきました。
ところが、紫外線だけでなく、環境温度や熱中症の既往も白内障リスクを高める可能性があることが明らかになってきています。
紫外線被曝といい、環境温度や体内温度といい、いずれも気候変動問題が白内障リスクとしても見逃せない重要な要因となっているということですね。
地球沸騰化や気候変動の問題は、災害等を通して、1980年代以降の「トラウマの時代」の成立に大きな役割を果たしてきましたが、
いわば眼球の水晶体に対しても「トラウマ」を引き起こしているわけです。ただし、「トラウマ」の本来の意味、つまり身体的な外傷としてですね。
とするなら、白内障とくに「核白内障」は、今や「外傷性水晶体損傷」(traumatic crystalline lens injury)とでも呼ぶべき病態なのではないでしょうか!
「トラウマの時代」が孕む問題の深刻さを痛感させられると同時に、その克服が本当に喫緊の問題であることを、改めて痛感させられるトピックです。
2024年6月14日、ジョンソン&ジョンソン本社で開催されたプレスセミナーで、
金沢医科大学眼科学講座主任教授の佐々木 洋氏が「紫外線と高温環境が目に与える影響と対策」と題した講演を行ない、
紫外線だけでなく、環境温度や熱中症の既往も白内障リスクを高める可能性があることを報告されたそうです。
佐々木氏らの研究グループは、これまで世界各地で紫外線被曝量と白内障リスクの関連について調査してきましたが、
講演はその調査データをまとめて報告したものです。以下のようなものです。
①中国・台湾の3エリアで行なった生涯紫外線被曝量(COUV)と白内障リスクの関連の研究では[Miyashita et al. 2019]、人種を漢民族に絞り、COUV量の異なる三亜・太原・台中において年齢、性別、糖尿病の有無、眼軸長(強度近視)調整後の白内障リスクを比較しましたが、その結果COUVは、これまで報告されてきた水晶体皮質の白濁による「皮質白内障」の発症よりも、水晶体核の硬化による「核白内障」発症リスクとの関連が最も大きいことが明らかになりました。
②沖縄県・西表島の40歳以上の住民を対象とした研究では[桶本・佐々木2020]、幼年期の紫外線被曝量が成人後の白内障リスク因子として大きいことが判明しました。なかでも、同じ西表島在住の成人でも、20代以前から在住していた群は、20代以降に移住した群よりも「核白内障」に8.67倍なりやすかったとのことです。
さらに、世界各地の研究結果を比較すると、COUVが高い地域の在住者はそうでない地域の在住者と比較して、
総じて「核白内障」のリスクが増すこと、そのうえ、COUVが同等の地域であっても、屋外活動時間やメガネ・サングラス装着習慣の有無によって、
発症リスクが大きく変わることも明らかになりました。
さらに見逃せないことには、高温地帯で白内障の発症リスクと強い相関が確認されることから、紫外線だけでなく、環境温度や体内温度も白内障リスクと関わりがあるとのではないか、という仮説が生まれたことから、
③名古屋工業大学・平田 晃正氏のチームは、人体を対象とした複合熱解析手法により、環境温度・湿度、深部温度、年齢、出生地域、太陽光曝露の有無などの因子が水晶体温度をどう変化させるのかについて、スーパーコンピュータを使った計算機シミュレーションで予測できることを報告し、この研究結果を基礎研究データとし、これまでの眼疫学研究から得た「核白内障」の有病率とシミュレーションにより計算した水晶体温度の関連を併せて検討した結果、高温環境下、具体的には水晶体温度が37度以上の熱負荷が続くと、「核白内障」のリスクが増す可能性が高いことが明らかになりました[Yamamoto et al. 2020]。
④とくに熱帯地域や高齢者、屋外労働者などでリスクが高いことが明示されています[Kodera et al. 2020]。
⑤さらに続く研究により、「核白内障」リスクの寄与因子として、水晶体への熱負荷が52%、紫外線被曝が31%、その他加齢要因が17%であることが示されました[Kinoshita et al. 2023]。
佐々木氏らは、さらにこの研究を進め、高温多湿の環境が引き起こす疾患、熱中症が白内障リスクにつながるのかについても調査しています。その研究は現在論文執筆中とのことですが、2016年1月~2023年2月のレセプトデータを用い、追跡可能だった255万8,593例を調査対照としたうえで、対象者を熱中症、白内障、糖尿病の病名で分類し、年齢、性別、都道府県、糖尿病罹患歴の有無でマッチングコホートを作成し、追跡期間中の熱中症既往の有無により、5年間の年代別白内障発症率を比較したものです。
その結果、追跡期間中1回以上の熱中症既往のある人は、そうでない人に比べ、白内障リスクが3~4倍高く、その差は年代が上がるほど急激に開く傾向が確認されました。おそらく熱中症時の急激な体温上昇によって、水晶体の温度も上昇し、水晶体熱負荷が白内障発症リスクにつながったものと佐々木氏はみています。なお、幼少期の紫外線被曝が白内障リスク上昇に関与している可能性を示唆する調査結果も出ており、紫外線被曝や熱中症既往は、30~40代といった若い時期の老眼リスクにもつながりかねません。
ではどうするのか? 地球沸騰化や気候変動の問題を解決するのが最も根本的ですが、さしあたりの具体的な対策として、
まずとくに眼科医が少ない発展途上国では、白内障発症はそのまま失明につながることも多いため、啓蒙と対策が喫緊の課題とみられています。
日本では、紫外線・赤外線カットサングラス、UVカットコンタクトレンズなどを使った対策を普及させること、
これと併せて熱中症予防対策を強化することと考えられます。
紫外線カットの具体的な方法としては、日本ではまず日傘の使用者が多いですが、その紫外線カット率は10~30%程、
これに対し帽子は種類により20~70%、しかしサングラスは50~98%、帽子とサングラスの併用で95~99%カットできるとされています。
とくにUVカット機能のあるコンタクトレンズは、角膜全体を覆い、耳側から入る光や反射光も防ぐことができるため有用ともいわれます。
遠くない将来ヒトは、世界中どこへ行っても、頭には帽子、目にはサングラスやコンタクト、さらに口にはマスクを必携とするようになり、
何もつけてない素顔で出かけることは、裸体で街を歩くのと同等度の、猥褻な振舞いということになる時代に突入するのかもしれません。
ただし佐々木氏は、「西表島で課外活動中の小学生にサングラスを掛けさせる運動を行なったこともあるが、
子供がずっとサングラスを掛け続けることは難しい面もあり、ほかの対策を併用する必要があるだろう」と述べておられますが。
このように紫外線被曝といい、環境温度や体内温度といい、
いずれも気候変動問題が白内障リスクにおいても見逃せない重要な要因となっていることがわかります。
地球沸騰化や気候変動の問題は、災害等を通して、1980年代以降の「トラウマの時代」の成立に大きな役割を果たしてきましたが、
いわば眼球の水晶体に対しても「トラウマ」を引き起こしているわけです。
ただし、「トラウマ」の本来の意味、つまり身体的な外傷としてですね。
とするなら、白内障とくに「核白内障」は、今や「外傷性水晶体損傷」とでも呼ぶべき病態なのではないでしょうか!
「トラウマの時代」が孕む問題の深刻さを痛感させられると同時に、その克服が本当に喫緊の問題であることを、改めて痛感させられるトピックです。
<文 献>
Kinoshita, K., Kodera, S., Hatsusaka, N., Egawa, R., Takizawa, H., Kubo, E., Sasaki, H. & Hirata, A., 2023 Association of nuclear cataract prevalence with UV radiation and heat load in
lens of older people -five citystudy, in Environmental science and pollution research international, vol.30, no.59;123832-123842. doi:10.1007/s11356-023-31079-2.
Kodera, S., Hirata, A., Miura, F., Rashed, E. A., Hatsusaka, N., Yamamoto, N., Kubo, E. & Sasaki, H., 2020 Model-based approach for analyzing prevalence of nuclear cataracts in
elderly residents, in Computers in Biology and Medice, vol.11;126;104009. pii: S0010-4825(20)30340-1.
Miyashita, H., Hatsusaka, N., Shibuya, E., Mita, N., Yamazaki, M., Shibata, T., Ishida, H., Ukai, Y.,Kubo, E. & Sasaki, H., 2019 Association between ultraviolet radiation exposure dose
and cataract in Han people living in China and Taiwan: A cross-sectional study, in PloS one, vol.14, no.4; e0215338. pii: e0215338.
Yamamoto, N., Takeda, S., Hatsusaka, N., Hiramatsu, N., Nagai, N., Deguchi, S., Nakazawa, Y., Takata, T., Kodera, S., Hirata, A., Kubo, E. & Sasaki, H., 2020 Effect of a Lens Protein in
Low-Temperature Culture of Novel Immortalized Human Lens Epithelial Cells (iHLEC-NY2), in Cells, vol. 9, no.12; pii: E2670.
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