月刊アクアネット誌 2023年8月
洋上風力発電と漁業 海外情報から見えた実相と北海道の沖合底びき網漁業
原口 聖二(はらぐち せいじ)
北海道機船漁業協同組合連合会 常務理事。58歳。北海学園大学経済学部卒業後1988年入会。2012年より現職。北洋転換遠洋底びき網漁船・沖合底びき網漁船のロシア海域操業を一貫して担当。民間ベースと政府間ベースの漁業交渉のため訪モスクワ70回超。現在、水棲生物資源の管理保全と合理的利用、漁業分野の経済等への貢献に関する海外の経験と日本のあり方に強い関心をもって任務にあたっている。
筆者は、漁業に関わる立場から洋上風力発電の動向に関心を持ち、昨秋から欧米の漁業分野の業界紙のサイト等へアクセスして、“洋上風力発電と漁業”に関する情報の収集と発信を行ってきた。その中で、日本にはこれまで伝わっていなかった様々な影響と問題提起が存在していることが分かってきたので、その一端を報告したい。
「きせんれん」と沖底船
北海道機船漁業協同組合連合会(愛称:きせんれん)は、沖合底びき網漁船と呼ばれる160トンクラスの漁船33隻が所属する水産業協同組合法に基づく連合会組織で、札幌に事務所をおいており、小樽、稚内、釧路の各機船漁業協同組合、枝幸、紋別、網走、広尾、日高、室蘭等の各漁業協同組合が会員となっている。漁船団は、一部、ロシアとの政府間協定に基づく相手国水域での漁獲割当を有しているが、主に日本の排他的経済水域(EEZ)で、道内10基地を根拠に、年間15万〜20万tのスケトウダラ、ホッケ、その他底魚類を漁獲し、地元水産加工業界等へ原料魚を供給している。
開発事業者発信の成功体験
筆者は、この連合会に勤務し、漁業に関わる者として洋上風力発電の動向には一定の関心を持ってきたが、近年の洋上風力発電への開発事業者の取り組みの進捗は、自らの予想をはるかに超えており、地方自治体の前傾姿勢がこれを加速させているように感じるところがあった。当該沿岸沖合の既存の経済的利用者となる「漁業者への配慮」「十分な説明」「共存共栄」等のフレーズに加え、魚礁効果等、日本における報道では、先進地とされる欧米での成功体験が並んでいたが、これらは一様に開発事業者の発信によるものばかりとなっていた。
このことから筆者は、2022年の秋から、洋上風力発電と漁業に関する欧米の漁業分野の業界紙のサイト等へアクセスし 、「洋上風力発電と漁業 海外の経験」というタイトルのブログを始め、情報の収集と発信を行うこととした。その中で、英国、アイルランド、ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フランス、オランダ、そして米国等のプロセスは、必ずしも成功しているとは言い難く、日本にはこれまで伝わっていない、様々な影響と問題提起が存在していることが分かるところとなった。
欧米の漁業界による危惧と批判
2023年3月、米国の漁業団体らで構成される“責任ある沖合開発連盟”(RODA)、米国海洋大気庁(NOAA)、そして米国内務省海洋エネルギー管理局(BOEM)は、洋上風力発電開発が漁業と海洋環境にもたらす影響について、これまでの情報等の包括的な報告をとりまとめている。それより先の2020年11月には、ノルウエー海洋研究所(HI)が、やはり、洋上風力発電開発が漁業等にもたらす影響について報告書を発表している。
欧米の漁業界が指摘しているのは、風力発電所の建設中の杭打ちの現場近くで魚類が打撲で死んだり、発生する衝撃音で建設が完了した後もしばらくの間、当該地域を資源が避け続けること、杭打ち衝撃音、稼働中のタービンの騒音が、タラ等の産卵行動中のコミュニケーションなど生物学的に重要な手がかりをかき消す可能性があること、さらには、商業的に価値の高い様々な魚種が、送電施設によって形成される電磁場にさらされ、通常の行動能力を失い捕食される機会が増大することが危惧されること等だった。
また、米国漁業界紙は、政府が政治的利益、第三者団体が寄付金、そしてエネルギー会社が耐用年数の短い大規模な洋上風力発電で巨額の利益を、それぞれ求め、勝手に行動していると批判しており、同国漁業界は不信感をあらわにして、複数件の訴訟も始まっている。
ノルウエー漁業界紙によると、同国漁業界が、洋上風力発電プロジェクトの候補地選定のプロセスが政治的圧力と無責任な地方自治体の決定に基づいていると批判しているほか、ヨーロッパの北部漁業者同盟も、天然資源をどのように最大限に利用できるかについて、真の対話が必要であり、それは、伝統的な海の利用者の声を平等に尊重するためのものだとして、各国政府に対し、食料安全保障の考慮と海洋環境の健全性等を求めるための行動の開始を決議した。
これら全て、世界中の漁業者が共通に指摘していることは、
★当該沿岸沖合を独占利用しようなどとは全く考えていない。
★自らが知らない間に選定地が決まり唐突に説明会が始まる。
★漁業当局に十分なヒアリングを行うことなく、他の部局が主導する地方自治体の前傾姿勢による拙速な取り組み。
★事業開発者から漁業分野の科学的知見を理解しようとしない姿勢を感じている。
この4点に集約される。
漁業分野の科学的勧告が置き去りにされている
温暖化による漁場形成の変化に翻弄されている漁業者において、カーボンニュートラルを目指すエネルギーの開発に対して異論を唱える者は、ほぼゼロと言っても過言ではないと筆者も感じている。ではなぜ、世界中の漁業者が、共存共栄こそが歩むべき道と理解しながらも、多くのネガティヴな指摘をするのかというと、やはりプロセスにおいて、“漁業分野の科学的勧告が担保されるのか”、“これが置き去りにされている”と、大きな不安を感じているからだと考えている。我々漁業界がこれまで長い時間、科学研究機関と交流し、資源の保全管理と合理的利用を行ってきたことに対する理解を求める必要があり、共存共栄のための相互理解がそのプロセスにとって重要だと指摘したい。
ゼロサムゲームの構図にも
日本政府は、2023年2月、洋上風力発電の建設場所をEEZまで拡大するための法整備を検討していく方針を示した。北海道の沖合底びき網漁業は、駆け廻し漁法とオッター・トロール漁法で、沿岸側で操業が禁止されているラインの外側(沖側)で操業を行っている。これは、沿岸漁業との棲み分け調整に加え、文字通り洋上を“駆け廻り”、沖合底びき網漁業が広範な海域を利用することを特徴としているためで、また同時に、利用する底魚資源の漁場形成も広範にわたっている実態がある。
仮に洋上風力発電プロジェクトが沖合底びき網漁業の利用海域の一部を求めた時、我々の操業に魚礁効果はほぼ無縁であり、建造物を縫って操業することもできず、動力を失った時の衝突リスク等、おおよそメリットの想定は不可能で、海域が競合する場合には、共存共栄とはほど遠い、ゼロサムゲームの構図になると予想される。さらなる問題点は、当該海域における操業機会の喪失ばかりではなく、回遊する資源の再生産等への重大な影響が存在していることだ。
我々の漁業基地、北海道でも、先の統一地方選挙において鈴木直道知事が洋上風力発電の導入促進を公約に掲げ再選を果たした。経済産業省と国土交通省は、洋上風力発電に関するセントラル方式の一環として、2023年度に実施を予定する調査対象区域について、都道府県からの情報提供と第三者委員会における意見を踏まえ、北海道日本海側の「岩宇(がんう)・南(みなみ)後志(しりべし)地区沖」、「島牧(しままき)沖」、そして「檜山(ひやま)沖」の3区域を初めて選定したと発表した。
北海道の沖合底びき網漁業にとって、最も重要な漁獲対象資源はスケトウダラだが、現在、北海道日本海側資源(日本海北部系群)は、低位な資源評価から、世界中のスケトウダラ漁場において資源開発率(漁獲割合)が10〜20%に設定されているにもかかわらず、この漁場のみ5%を切る極めて低い総許容漁獲量設定で資源回復に取り組んでいる最中となっている。一方で、上述の調査海域には、重要なスケトウダラ資源再生産のための産卵場が含まれており、成魚の資源利用者は、調査海域漁業者ばかりでなく、少なくとも北海道の日本海側全体に及び、広域の多くの漁業者となる。
真の共存共栄に向けて
今回、先進地とされる欧米の洋上風力発電への対応に関する漁業分野の経験の一部を紹介することができた。現時点(2023年7月)において、北海道日本海のプロジェクト、その他の沿岸沖合のプロセスの今後の展開に関する詳細な情報に接していないが、洋上風力発電とのゼロサムゲームを回避し、真の共存共栄を目的に、科学研究機関を交えた論議の場と、納得のいく科学的勧告を強く求めるべく、関係者への働きかけ、我々の業界の立場の表明を開始したところとなっている。