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2016/01/22

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  • ディオゲネス

    ディオゲネスマルコ10.31しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。マタイ20.16このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。さて、これらの決まり文句は、ディオゲネスに帰せられている「まもなく上下が逆転するだろう」(…)という言葉をただちに想起させる。(略)この事実は、マルコおよびマタイが福音書を記述するに際し、巷間に流布していたキュニコス派の上下逆転思想に関わる定型的...

  • とういつ‐かがく〔‐クワガク〕【統一科学】

    とういつ‐かがく〔‐クワガク〕【統一科学】とういつ‐かがく〔‐クワガク〕【統一科学】《(ドイツ)Einheitswissenschaft》論理実証主義の立場から、物理学を基礎にして諸科学を一貫した体系に統一しようという主張。また、その運動。(引用者註:193年代)ウィーン学団のカルナップ・ノイラートらが代表者。(コトバンク)「科学の統一に関する国際会議」、通称、「科学者会議(ICUS)」が文鮮明師の提唱により、1972年11月に創立...

  • キリスト教のローマ化

    キリスト教のローマ化「私はキリスト教の本当の歴史を物語る。すでに「キリスト教」という言葉が一つの誤解である。ーー根本においては、ただ一人のキリスト教徒がいただけであり、その人は十字架上で死んだのである。「福音」は十字架上で死んだのである。その瞬間を境として、以来「福音」と呼ばれているものは、その人が生きぬいたものとは正反対のものとなった。すなわち「悪しき福音」、禍音となった。キリスト教徒であること...

  • 500マリア? 600マリア?

    500マリア? 600マリア?(「失楽園」の)新聞の広告、「原作者は語る」。<人間はもともとアニマルであり、男と女は彼と彼女である以前に、まずオスとメスであった。/幸か不幸か、高度に文明化された現代社会は、知的なもの、合理的なものだけを優先させ、精神性を強調するあまり、われわれが本来もっていた、生きものとしての輝きを見失ってきたようである。/小説の題名「失楽園」は、英国の詩人ミルトンの長編叙事詩に由...

  • 緑という色

    緑という色「緑の色は直接出すことができないが、そのかわり、青と黄をかけ合わせることによって緑が得られる。藍甕に、刈安・くちなし・きはだなどの植物で染めた黄色の糸を浸けると、緑が生まれるのである。」(『色を奏でる』志村ふくみ46頁)「緑と紫はけっしてパレットの上でまぜるな」とドラクロアは警告したという。緑と紫は補色にちかい色彩だが、補色どうしの色を交ぜると、ねむい灰色調になってしまう。この二色を隣り合...

  • 私の探し方

    私の探し方「例えば単にBさんというだけです。Bという人はいろいろ性質を持っているわけですね。警察官だとしたら警察官として扱われるわけですよね。子供がいれば、お父さんとしても扱われるわけですよね。そういう属性がたくさん集まってBさんという人が成立しているわけです。そして、他の人たちちはBさんを、そういう属性の集まりとして見ている。」(『〈仏教3.0〉を哲学する』藤田一照・永井均・山下良道 118頁)統一教会で...

  • 60歳のイエス

    60歳のイエスもし、イエスが60歳まで生きていたら、いま世界はどんな風に変わっていただろう。イエス33歳、ブッダ80歳という、この世を去った年齢の違いも関係しているのだろうか、わたしには西洋キリスト教の思想というのはどうしても「若い青年の思想」のように感じてしまう。80歳まで生きたブッダの仏教と違い、当たり前だが、西洋キリスト教世界には中庸とか、あいだを開くとか、あるいは全て論理で白黒かたがつくと...

  • 言葉の手品

    言葉の手品「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、」──井上ひさしウィトゲンシュタインは「言葉はの意味はその使用である。」と言った。言葉にはその意味に対応する実体がべつに存在しているわけではない、「言葉の意味とはその言葉を言ったり聞いたりする人の心に浮かぶ心象のようなものではない。」(『ウィトゲンシュタイン入門』永井均)のである。言葉の意味は言語ゲームの中にある。そ...

  • 原理は幸福ついて考え抜いてはいない(つづき)

    原理は幸福ついて考え抜いてはいない(つづき)幸福とは射程の長い概念である。そして幸福は幅広い、多義的な概念でもある。私が幸福であると思えばそこに道徳的な善悪もない、よって矛盾もないはずである。 過去における自分のある意図的行為(H)に対する後悔とは、一度後悔したら固定されるのではなく、われわれが人生の経験を重ねていくにつれて、Hに対する態度もクルクル変わってくる。Hをはじめ激しく後悔したのだが、後に...

  • 総序の幸福論と快楽説のパラドックス

    総序の幸福論と快楽説のパラドックスいつも本当に欲しいものが手に入れられない『99BLUES』佐野元春追い駆けて追い駆けてもつかめないものばかりさ『太陽と埃の中で』CHAGEandASKA幸福はよく言われるように欲しいものや目的があった場合(特に相手があったり、タイミングが重要な時は)、それを意識的に求めるとかえって獲得できず、達成もできない。これは経験的に知るふつうのことだと思う。意志的に意志を持つことができないよ...

  • 甘柿と渋柿

    甘柿と渋柿干し柿に「渋柿」が使われる理由は、甘柿より糖度が高いからである。甘柿の糖度は16度前後、渋柿は20度前後、渋柿を干すと渋みの元であるタンニンと水分が抜けて、糖度は50度にもなる。──勝利が早く求められる競争の価値観の中では、甘柿の方が有利であることは言うもでもない。統一教会では迅速な勝利がいつも求められるので、その時の摂理にマッチした甘柿のような人材が重宝される。そのため渋柿のような人材はいつも...

  • いやな感じ

    いやな感じ「蛇塚」という土地に結婚を機に引っ越した仲のいいカップルが離婚した。沼を埋め立てる時たくさん蛇が死んだ土地だそうだ。人間はその程度の瘴気でいきなり病気や離婚したりしないけど……。「誰だって、気分の悪い土地の上に暮らしているとなんとなく「いやな感じ」がする。でも、そこで暮さなければいけないということになると、そういう「いやな感じ」を感じないですむように身体感受性をゆっくりと鈍感にしてゆく。そ...

  • イエスの教えの現代での状況

    イエスの教えの現代での状況欲望と好奇心は姉妹であり、禁断の木の実は「いかにもおいしそうで、目を引きつけ」るようにできていた。ちょうど目を奪う広告のように。そして広告は、人間の理性を超える部分、すなわち動物的な性質に訴えかける。エデンの園では、蛇が言葉巧みにイヴの内なる欲望を目覚めさせた。それは、蛇に会うまでイヴが意識していなかった欲望であり、それも、まったく必要でないものに対する欲望だった。すでに...

  • 日本「男性」アダム国家、韓国「女性」エバ国家

    日本「男性」アダム国家、韓国「女性」エバ国家「作戦のない日ばかりでない。敵方の城を落とした後にも、褒美の乱取りが認められていた。信玄が上野箕輪城の小幡図書助を攻め落とすと、「武田の家のかせもの・小もの・ぶどう迄、はぎとりて、その上、図書介が居城にて、次ぐ日まで乱取り多し」という事態になった。敵方の城主や兵士たちが松井田・箕輪・安中など一帯の城から散りぢりに逃げ出すと、武田の倅者(侍)から小者(下人...

  • マリアの断絶、サラの延長

    マリアの断絶、サラの延長 とんちクイズや奇術、詐欺などの騙しのテクニックは、いってみれば認知錯誤を強いるテクニックですから、このような潜在的文脈を研究する格好のケース・スタディとなります。そのような騙しのテクニックは、たいてい「常識」=暗黙知を逆手にとる手法に他なりません。一例だけ挙げると、たとえばこんな問題です。「牛をつないだ縄の長さは三メートルしかないのに、杭から草の生えている所まで六メートル...

  • 思い込み(2)

    思い込み(2)『遅刻の誕生』(橋本敦彦+栗山茂久編著)という本の冒頭の序文を引用する。 幕末の一八五七年から二年間、長崎海軍伝習所に滞在し、西洋式の操船技術と科学技術の知識を日本人に伝えたウィレム・カッテンディーゲは、その『滞在日記抄』において「日本人の性癖」という一節を書き残している。 そこにはまず、「日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ」という文句が一言述べられると、その悠長さ示す事例が次々...

  • 仕組まれた矛盾

    仕組まれた矛盾「ねじれ」を感じていないということは、「主観的にはすっきりしている」ということである。「ねじれ」は一人の人間が矛盾を抱え込むから「ねじれる」のであって、矛盾や対立が二人の人間に分割されれば、そこには「すっきり」と対峙する二人の人間がいることになり、内的な「ねじれ」は消滅する。簡単な算術だ。 これが戦後日本が採用した「ねじれ」の処理法である。対立するふたつのイデオロギー、ふたつの党派の...

  • 解散請求の件

    解散請求の件最も対処がむずかしいのは、利己心や虚栄心、欺瞞ではなく、純然たる愚かさである。愚か者を扱うには、調教師の才能を必要とする。──エリック・ホッファー東京地裁は今日旧統一教会に対し解散を命じた。韓国人を同胞のように扱ってはならない。厳しく対処する必要がある。それが韓国併合の失敗から学ぶ教訓の一つである。「解散命令の要件には民事裁判の不法行為は入らない。」と教団が主張するのは、民事の範囲でなら...

  • 信仰のセカンドレイプ

    信仰のセカンドレイプ・「狂信者は、科学者が問題を処理するように人間を扱う。」(エリック・ホッファー)宗教の倫理観より、おおよそ一般の社会の倫理観のほうが繊細なのである。宗教の倫理は大味である。特に統一教会の場合は親子関係の問題でその弱点が顕著になってあらわれている。原理の言語は現実の複雑な親子関係を把握するには粗すぎてまったく頼りにならないのだ。統一教会にもいろんな身の上の信者がいると思う。その中...

  • 知恵の木

    知恵の木・精神分析をうけるのは、どこか、知恵の木の実を食べることに似ている。そのときわれわれが手に入れた知恵は、(新しい)倫理的な問題をわれわれに突きつけるのだが、その解決にはまるで役に立たない。(『反哲学的断章―文化と価値』 ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン p104)原理をうけいれるのは、どこか、知恵の木の実を食べることに似ている。「(新しい)倫理的な問題をわれわれに突きつけるのだが、その解決には...

  • ヒュームの懐疑

    ヒュームの懐疑統一教会が原理をこれは経験則であると、前置きしているのならかまわないが、絶対的な真理の法則を謳っているから問題なのである。「帰納法の懐疑」について引用する。 デイヴィッド・ヒュームという、十八世紀イギリスの哲学者がいる。(略)彼の遺した学問的遺産に「帰納法の懐疑」というものがある。簡単に言うと、以下のようなことである。 これまで毎日太陽が昇ってきたという経験的事実から、明日も太陽が昇...

  • 原罪は疾病利得

    原罪は疾病利得春日 だから、現代人にとっては、「病こそが癒し」なんでしょうね(笑)。内田 そうか、「病こそ癒し」か。なるほどねぇ。「病気になって救われた」か。でも、ひどい話だなあ(笑)。春日 つまり、「病気」が水戸黄門の印籠になっちゃうんですね。(『健全な肉体に狂気は宿る』内田樹 春日武彦)「現代人には病こそが癒し」というけれど、それこそ統一教会員にとっては「原罪こそが癒し」なんではないだろうか。...

  • 「sad song」

    「sad song」・人が自分の体験を、そのまま思想化するとどうなるか。体験からしか言えない人は、体験が逆ならば、逆の意見を言うだろう。だから個人の意見などいくら集めてもしょうがないのだ。(池田晶子「信じること知ること」より)キリスト教はパトスの宗教と言われる。理屈以前に十字架のイエスの姿がある。では、統一教会のパトスは何か? それは、反日である。統一教会が世界で思ったより支持を受けないのは、そのパトスが...

  • 言葉と堕落

    言葉と堕落 かつてわたしの前には、ただ数枚の絵があった。わたしの目はその絵を、確かに「所有」していた。それだけで満足して、絵のことを誰かに話そうなどと考えたこともなかった。絵を見たことは、見たという個人の経験のなかで、ただただ豊満にふくらんでいるだけだった。 しかし絵にはタイトルがあり、描いた画家がおり、その人には名前もあった。値段までが付いていた。その絵のことを誰かに話すときには、その人の名前を...

  • 善悪混合

    善悪混合ハンセン氏病や結核の療養所などに見舞いにゆくような人物が、療養者の味方として立候補して代議士となる。彼はやがてその公約通り療養施設完備のために働くが、「しかしそれ以上にピンハネして私腹をこやした。ーとすると、彼は療養者の味方なのか。療養者を食いものにする人間なのか。まったくその辺のところ微妙で、人間の世界はウラメシイです。」(『宿なし興道法句参』)9割は本当のことを語り、残り1割で自分が伝...

  • 摂理的同時性、絶対的敗者への道

    摂理的同時性、絶対的敗者への道史観は、いよいよ精緻なものになる、どんなに驚くべき歴史事件も隈なく手入れの行きとどいた史観の網の目に捕えられて逃げる事は出来ない、逃げる心配はない。そういう事になると、史観さえあれば、本物の歴史は要らないと言った様な事になるのである。どのような史観であれ、本来史観というものは、実物の歴史に推参する為の手段であり、道具である筈のものだが、この手段や道具が精緻になり万能に...

  • ・原理手法

    ・原理手法6000年の聖書における人類歴史。これを攻略するために、その閉じた歴史の動きに後から様々な任意の数字を当てはめ、その歴史の裏にある数理パターンを考察する。試行錯誤を繰り返しながら、時に特別ルールを適用しながら、次々に新しいパターンを考案する。そして、最後にその聖書歴史の一切を一挙に説明できるようなパターンを考案できたなら、それが正しい歴史攻略手法の完成なのだ。これがいわゆる信仰基台、実体...

  • 蕩減復帰を再考する(走り書き)

    蕩減復帰を再考する(走り書き)虚栄心を捨て去りたい、と私が言うとき、またもやそれを単なる虚栄心から言おうとしているのでないとは言い切れない。私は虚栄心が強い。そして私の虚栄心が強い限り、より善くなりたいという私の願望も虚栄心に満ちている。そんなとき私は、自分の気に入っている虚栄心のない過去の誰々のようになりたいと思うのだが、すでに心の中で虚栄心を「捨て去る」ことから得られそうな利益を計算しているの...

  • 花の美

    花の美花の美はいかにして決定されるのだろうか。それは、神がその花を創造された目的と、その花の美を求める、人間の美に対する創造本然の追求欲が合致するとき、言い換えれば、神の創造理想に立脚した人間の美に対する追求欲が、その花からくる情的な刺激によって満たされ、人間が完全な喜びを感ずるとき、その創造本然の美が決定される。このように、創造目的を中心として、その花から感ずる喜びが完全であるとき、その花の美は...

  • 抜き差しならぬ現実

    抜き差しならぬ現実ベーメ :豚イエス :猫に小判 豚に真珠仏陀 :縁なき衆生は度し難しスウェーデンボルグ :単純なひとヴェイユ :階級道元 :外道神の真の愛や、人間の根源的な平等性を謳いながら、一方で抜き差しならぬ現実に対応するこの義人聖人たちの言葉。皆一緒くたに暮らしているけど、人生経験を積めば積むほどそれぞれ霊的レヴェルがぜんぜん違...

  • 思い込み

    思い込みある夜、散歩していると、街灯の下で捜し物をする人に出会う。鍵を落としたので家に帰れず困っていると言う。一緒に捜すが、落とし物は見つからない。そこで、この近くで落としたのは確かなのかと確認すると、こんな答えが返ってくる。「鍵を落としたのは他の場所なのですが、そこは暗くて何も見えません。だから街灯近くの明るいところで捜しているのです」(『答えのない世界を生きる』小坂井敏晶)街灯の光は原理だ。食...

  • 日韓友好について

    日韓友好についてシンシアリーさんの5年以上前のブログの記事を紹介する。投稿日: 2019年11月14日 投稿者: sincerelee韓国国策研究機関の世論調査「日朝戦争になったら、北朝鮮を助ける」が45.5%・・「日本を助ける」は15.1%国務総理傘下に「統一研究院」というところがあります。南北統一関連での国民の世論、社会主義圏国家との交流の仕方などを研究する国策研究機関です。その統一研究院の世論調査ですが、日朝戦争になったら...

  • 原理講義演習

    原理講義演習たいていの人間にとっては学問というものは飯の種になる限りにおいて意味があるのであって、彼らの生きていくのに都合のよいことでさえあれば、誤謬さえも神聖なものになってしまう(ゲーテ)書類整理をしていたら、こんなものが出てきた。(後で捨てよう!)以前テレビで録画していた統一教会特集などを見ていると、二世の学生たちが講義演習をしている場面に出くわす。あんな頃があったなあという感慨と同時に、あん...

  • リベットの実験

    リベットの実験「行為とは、身体と環境とが呼応しあい一体となって作り出すできごとの姿にほかならない。われわれは世界の中で行為するのではなく、世界とともに行為するのである。」(『哲学・航海日誌』野矢茂樹)リベットの有名な実験がある。「我々は、自分の自由意志によって行為していると思っているが、実はその0.5秒前に脳によって行為はすでに準備されている」という例のヤツだ。この実験結果についての統一教会界隈の...

  • 選民の倫理観

    選民の倫理観日本には武士道がある。欧米には騎士道がある。ノブレス・オブリージュ( 「高い地位に伴う道徳的・精神的義務」広辞苑)という言葉もある。韓国中国は孫子の兵法である。韓国人の道徳、倫理レベルは日本人に比べ低い。(最近はメディアを奪われ、浅はかな欲望を刺激された日本人も大分レヴェルが落ちたが…)善のレベルが低いのだ。だから、選民韓国人はどれほどの人格の持ち主なのだろうかと、思って話を聞くと、えっ...

  • 理想相対の危うさ

    理想相対の危うさ・祝福、理想相対の危うさについて、内田樹氏の言葉を備忘録として残しておく。 今、結婚に際して多くの若者たちは「価値観が同一であること」を条件に掲げる。二人で愉快に遊び暮らすためにはそれでいいだろう。だが、それは親族の再生産にとっては無用の、ほとんど有害な条件であるということは言っておかなければならない。というのは、両親が同一の価値観、同一の規範意識を持っている完全に思想統制された...

  • 大器晩成しない

    大器晩成しない「過去はそこに存在する。けれども過去の意味や過去が私に与える命令を選ぶのは私である。」(『存在と無』ジャン=ポール・サルトル )もしあなたの運命が大器晩成を示していたなら、……。その運勢は統一教会の組織の中では非常に不利に働く。なぜなら、組織はあなたの持つ潜在的な能力など目もくれない、それより目の前の献金額(実績)の達成が何よりも最優先であり、そのためにはどうしても即戦力が求められてく...

  • 原因において自由な行為

    原因において自由な行為泥酔状態を利用して他人を傷害する類行為者が自ら心神の異常(後述する心神喪失または心神耗弱(こうじゃく))の状態を招き、この状態を利用して犯罪を実現すること。たとえば、飲酒や薬物使用により人に危害を加える危険性があるにもかかわらず、それによって自ら心神喪失(責任無能力という)または心神耗弱(限定責任能力という)の状態に陥り、他人を殺傷したり、自動車死傷事故を起こす場合である。(原...

  • イエス・私生児・タルムード

    イエス・私生児・タルムードイエスは私生児ではないか、──これは、統一教会にいると、まるで文鮮明が人類で初めて言及したかのように信者は誤解してしまいがちだが(教祖がそのように語るので)……。そんなことは当然なくて、ユダヤ教のタルムードの中にふつうに言及されていることである。福音書記者の物語への最も辛辣な対抗議論は、もちろんイエスが姦通した母親と取るに足らない愛人から生まれた非嫡出子であるという主張である...

  • 青春のフワフワ

    青春のフワフワ宗教法人の解散が現実味を帯びてくる……すると、もし解散の判断を日本の裁判所が下したとしても、外国が圧力をかけて救済される、一度死んだ一粒の麦が再び生き返る、これはそういう神の摂理に違いないなどと、どこまでも夢のような話を膨らませたりもする現役信者も出てくる始末だ。青春の夢というフワフワしたものが、どこかで一度はこっぴどく罰せられるべきだという考えには変りがありません。青年の夢を罰するも...

  • UCの未来予想図

    UCの未来予想図こういうシラー風の美しい心をもった人間っていうのは、いつもこんなふうなのさ。つまり、いよいよという瞬間まで相手を孔雀の羽で飾りたて、ぎりぎりの瞬間までよいほうにばかりとって、悪いことは考えない。裏目が出るのを予感しながら、そうなるまでけっしてほんとうの言葉を自分に吐こうとしない。そんなことは考えるのもいまわしい……で、自分が飾りたてた当の相手にいっぱい食わされるまで、真実なんてごめんで...

  • 悟りの差

    悟りの差釈迦牟尼のような旦那も、神秘的な境地に入って、このようなことを言いました。我々人間が修道しながら精神を統一して、霊妙な霊的世界に入って体験する中で、完全に神様の主体の前に対象の位置にぴったりと入るために、天上天下唯我独尊という言葉が可能なのです。自分が世の中を一度ぎゅっとつかめば、世の中がサッとこの握り拳の中で溶ける、そのような気持ちがするのです。これを持つようになれば、取りつかれた気分に...

  • 言語の機能

    言語の機能・言語の機能はモノゴトを二つに分けて、分節して表現することにあるのだから、我々は言葉を使って理解するという制約がある以上、世界が二性性相にみえるのはある意味当然のことである。引用しよう。 ひとは「種から芽が出る」という表現に何の疑いもいだかない。しかし、これを「穴から蛇が出る」という表現とくらべてみよう。文法的構造は同じである。後者の場合、穴から蛇が出ても、穴は依然として穴として存在する...

  • 映画『ポセイドン・アドベンチャー』と、『ミスト』

    映画『ポセイドン・アドベンチャー』と、『ミスト』先日HDDを整理のため、BSで放送していた昔の『ポセイドン・アドベンチャー』(ジーン・ハックマン主演)の録画を削除する前にもう一度観賞していた。これ、いま見直すと、そのストーリーは、モーセの出エジプトの物語をなっぞったものなのか? ということを改めて思わされたりした。今回その件については深掘りしないが、この映画自体は全体としてサバイバル脱出映画として繰り...

  • 原理物指

    原理物指・「物指で何かを計れば何かは何んでも物指の結果になることは必定である。」小林秀雄何かにつけて直ぐに「原理数になってる」と自慢げに言う食口。原理物指で計れば世界が原理数によって表示されるのはそりゃ、当たり前である。(「世界を数字で測ればわかりやすい。だからといって、世界自体がわかりやすくなったわけではない。」養老孟司)ランキングに参加しています。応援お願いします!にほんブログ村...

  • 独性女を擁護する

    独性女を擁護する統一教会には多くの勝利の記念日が設定されている。もうほとんど忘れてしまったので統一教会のHPから引っ張ってきました。・統一教会には大きな節目ごとに祝われる「八大名節」と、様々な勝利を記念する日として「記念日」があります。■八大名節■ ≫八大名節の解説はこちら 名称 宣布日1 天の父母様の日 1968年1月1日2 真の父母様御聖誕日 1920年・1943年1月6日(陰)3 真の父母の日 1960年3月1日(陰...

  • 献身の架空取引(と、拉致監禁問題について)

    献身の架空取引(と、拉致監禁問題について)日本ではどのような組織になっているかと言うと、教会組織がないのです。すべて「ハッピーワールド」の経済組織権内に入っているのです。そうしなければ地上天国を成し遂げられないのです。教会で地上天国を成し遂げるのではなく、職場で成し遂げていかなければならないのです。だから私たちが職場と同じように物を売ることにおいて、神様が協力するのです。どんな教会かと言うと「ビジ...

  • プラトンと祝福

    プラトンと祝福「天国はちょうど、個性を完成した一人の人間のような世界である。人間において、その頭脳の縦的な命令により、四肢五体が互いに横的な関係をもって活動するように、その社会も神からの縦的な命令によって、互いに横的な紐帯を結んで生活するようになっているのである。このような社会においては、ある一人の人間が苦痛を受けるとき、それを見つめて共に悲しむ神の心情を、社会全体がそのまま体恤するようになるから...

  • アウグスティヌスと復帰原理

    アウグスティヌスと復帰原理 このように、人間を命の道へと導いていくこの最終的な真理は、いかなる教典や文献による総合的研究の結果からも、またいかなる人間の頭脳からも、編みだされるものではない。(原理講論前編 総序)千曲川(五木ひろし)──都忘れ(谷村新司)──乙女のワルツ(伊藤咲子)統一原理で初めてキリスト教に触れ、「この原理は文鮮明が初めて発見した」と言われ、それまでにほとんど宗教、哲学に親しんでおら...

  • 映画『日日是好日』で削除されたもの

    映画『日日是好日』で削除されたものあまいお茶菓子を先にたべる、そのあと、抹茶をいただく……若いころイベントの簡易的なお茶会に出たときこの順番であることを初めて知った。――先日BSで映画『日日是好日』をふたたび放送していた。このお茶、茶道の映画は原作の森下典子さんのエッセイを先に読んでいたので、どんな風に映像化されているのか楽しみにしていた映画の一つであった。ところが、映画自体はすごくいい、これはこれでい...

  • 献金の是非

    献金の是非 アメリカでこんな話がある。ある幼稚園では園児を迎えにくる親たちがしばしば遅刻するのに手を焼いていた。そこで時刻どおり迎えにこさせようと、遅刻したら罰金を取ることにした。ところが罰金を取りはじめたら遅刻がなくなるどころか、罰金を払って堂々と遅刻するようになったという。罰金を払うことで、申し訳ないという意識が消えたからである。(略) ジンメル(一九七八)も述べているように、「お金」は良きに...

  • 「心と体と夢と原理と」

    「心と体と夢と原理と」初夢はもう見ただろうか。──何年か前に『心と体と』というハンガリー映画を観たことがある。食肉処理場が舞台のひとつになっているのだが、いきなり話は少し逸れるが、食肉処理場に関連する仕事の応援として数日間現場に行ったことがある。その時のことをふと思い出したりした。消毒して入った場内の側溝には何か重たいものが流れているように感じたが、それは動物の血液であった。どんどん流れていた……。映...

  • 読書について

    読書についておもむろに背後にある本棚の隅っこから一冊、文庫本を取り出し、しおりを挟んだ頁を開く。むかし読んだ、懐かしい詩がそこにある。 倚りかからずもはやできあいの思想には倚りかかりたくないもはや できあいの宗教には倚りかかりたくないもはやできあいの学問には倚りかかりたくないもはやいかなる権威にも倚りかかりたくはないながく生きて心底学んだのはそれぐ...

  • ブログの方向性について

    ブログの方向性についてすっかりブログから遠ざかってしまっている。世の中ではすでに「真の父母論(独生女論)」が話題になって久しいし、原理批判も何だかすこし飽きてきたので、来年からブログの方向性を変えようかと考えている。残った原理の主な摂理的同時性と再臨論の問題は、古くは『堕天使のトリック』さんや、『これが統一原理だ』さんなど、他にも『カレブの部屋』さんなどで「摂理的同時性の年代」の間違いについて的確...

  • なぜ統一教会は日本で自前の政党を作らないのか

    なぜ統一教会は日本で自前の政党を作らないのかなぜ、統一教会は日本で自前の政党を作らないのだろうか? 選挙も近いことだし、ちょっとこの問題について考えおきたい。多分、統一教会の場合、純粋な韓国発の宗教なため性向が特殊で、よって政治的な発想が日本人とはまるで異なっているという事情があるためだろうと思われる。そこでこの一見理解しがたい彼らの思考の見通しをよくするため、そう、前回の被害者の立場と別に、二つ...

  • フィリピンにやってもらったら?

    フィリピンにやってもらったら?「日本は本来恩讐だ、エバ国であることは日本人にとってみれば望外の幸運である。もし、日本がエバ国の使命が果たせないのなら、フィリピンに代わってやってもらう。日本は運勢を失い地獄へ堕ちるだろう」何度も、何度も、何度も生前に文鮮明から繰り返し聞いたセリフ。解散請求? いったい彼らは何を慌てふためいているのだろう。そりゃ日本の美味しいおもいをしてきた専従スタッフ、幹部連中が困...

  • 拡声器の女

    拡声器の女その地方で最大手の地方銀行の入口で対象者(献金を出させる)の「定期預金を解約させろ!」と拡声器で叫ぶ地元出身の女。「あの姉妹よくやるよなあ」と、当時総務部長だった男と一緒にあきれていたけれど、本当によくやる。さて、韓国人にとって日本は外国である。恥のかき捨てではないが、彼らは困った事態になれば逃げる、最悪お金を持って帰国すればよいのだ、地元の資産家として名士くらいにはなれるだろう。そこで...

  • 統一思想の認識論 VS カントの超越論的観念論(仮題)

    統一思想の認識論 VS カントの超越論的観念論(仮題)誰でも自分自身が一番よく知っていると思いこんでいる。それで多くの人が失敗をし、多くの人が長いこと迷わねばならない──ゲーテ「私」は認識論では常に主体である。──認識する対象が実在(統一思想)であるか、観念(カント)であるかなどの議論の前にまず、認識する際はあくまでも「私」が主体となって認識する、ということを確認しておきたい。そのうえで、改めて統一思想の...

  • 聞いた話の又聞き

    聞いた話の又聞き博報堂の社員Sさんから聞いた話。Sさんはこう言われたという、「なあ、S。ひとはな、説得されたないんや。」博報堂は説得するのが商売である。こちらの考えは通さなければいけない。しかし、相手が説得されたという形にしてはいけない。相手に勝たせる。しかも、こちらの望む形で勝たせる。ぎりぎりまで渡しておいて、相手に最後の一言を、あたかもその人自身の考えであるかのように、言わせる。そして、こちらは...

  • 魔法はいらない

    魔法はいらない一人ぼっちがこわいから ハンパに成長してきた ──チェインギャング / ザ・ブルーハーツ志乃ちゃん(映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の主人公、高校生の大島志乃。以降ネタバレを含みます)は、緊張すると話し言葉が滑らかに出ない、吃音(どもり)の問題に悩まされているのだが、奇跡が起きるわけでもなく、最後まで治らない。だが、志乃ちゃんはラストシーンで自ら望んだわけでもない...

  • 今年もよろしくお願いします。

    今年もよろしくお願いします。ご存じの方も多い?と思うが占い系のユーチューバーによれば、今年の一月一日は吉日が3つ重なる稀なラッキーデイだったということ。それが、正月、元旦のいきなりの大地震に続き翌日、日航機の事故に驚く。見たところこの厄災について何の釈明もないようなのだが、その無責任な姿勢は、文鮮明の「金日成がいま死んだよ」という、メシヤの単独の予言(信者の責任分担を絡めないで、つまり外れた時の言...

  • 「韓国製日本国憲法」

    「韓国製日本国憲法」「戦後の憲法は、アメリカ占領軍によって強制されたもので自主的なものではない、したがって自主的に作り変えねばならない、という主張がこれまで幾度も繰り返されています。別の言葉でいえば、戦後の憲法は外発的であり、それを内発的なものにしなければならないということです。しかし内発性と外発性をそう簡単に区別できるでしょうか。たとえば、明治憲法は、明治政府が西洋列強の支配下のなかで形式的に近...

  • 「天宙主管の前に自己主管」VS「手をあげる」

    「天宙主管の前に自己主管」VS「手をあげる」私が手をあげるという事実から、私の手があがるという事実を差し引いたとき、後に残るのは何か?──ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン『哲学探究』「天宙主管の前に自己主管せよ」──これは、創造原理の四位基台、とくに個性完成(第一祝福)を成した人間である文鮮明のモットーとして、統一教会内ではよく知られた言葉である。ほとんど「修身斉家治国平天下」(自分の身を修めること...

  • たまに、統一教会(家庭連合他分派)関係者のブログを覗くと……

    たまに、統一教会(家庭連合他分派)関係者のブログを覗くと……今年も暑い夏だったが、統一教会の解散についてはそのあいだお寒い状況がずっと続いていた。すこしまえに文化庁は過料を科すよう東京地裁に通知したとのことで、秋の訪れと共に前進の気配もするところなのだが、さて、どうなることやら……。ところで、やっと仕事がひと段落して、久しぶりに統一教会(家庭連合他分派)関係者のブログなぞを覗いていると、元信者の文鮮明...

  • 「ヤロブアムの道」と金の子牛像

    「ヤロブアムの道」と金の子牛像彼は主の目の前に悪を行い、その父の道に歩み、父がイスラエルに犯させた罪をおこなった。彼は主の目の前に悪を行い、ヤラベアムの道に歩み、ヤラベアムがイスラエルに犯させた罪をおこなった。──列王記上 26,34七男(亨進)にはその昔、世界会長時代に金の父母像を作って販売しようと計画したが、偶像崇拝として批判されたからだろうか、結局理由がうやむやなまま中止になったという苦い過去があ...

  • 「イジメ蛙」のダークパターン

    「イジメ蛙」のダークパターンメディアは赤枠内しか見えていないと主張する田中富広会長が描いた「イジメ蛙」(「やや日刊カルト新聞」(教団配信映像より)から孫引き)(今更な感じがしないでもないけれども、少し前に似たような事件があったので…)元首相暗殺事件の後で、本部教会から全国の信者へ向けて送ったメッセージの中に「イジメ蛙」の絵があった。この絵の全体の構図をそのまま見れば「イジメ蛙」の「突き落とし」の行...

  • モーセはヘブライ人なのか?

    モーセはヘブライ人なのか?さて、フロイトがモーセがエジプト人であるとする根拠がどこあるのだろうか。いや、これがたしかに、原理や聖書が言うように、モーセがユダヤ人であったとしたらおかしな点がいくつかあるのである。フロイトはまず、「モーセ(Moses)」という名、それが典型的なエジプト式の名であることに注目するが、……この箇所は割愛してもいいだろう、モーセの血統を判断するのに決定的な事実ではない、と自ら否定...

  • モーセという男

    モーセという男モーセは、生まれたときは、パロ王の手によって殺されるよりほかはない立場にあったのであるが、その母親が彼を隠して育てあげたのち、パロの宮中に入り、敵の懐の中で、怨讐を越えて安全に成長したのであった。(『原理講論』後編2.2.1-1)映画『十戒』で幼子モーセが籠の乗って流れてくるシーンがあるが、覚えている方も多いのではないか。救世主の誕生を恐れたファラオはヘブライ人の男の幼児をすべて殺そうとする...

  • 自己責任論の主体について

    自己責任論の主体について自己責任論は統一原理の責任分担理論が由来ではないか……。いま、日本では自己責任が何かあれば叫ばれるのだが、それは統一教会が政治的な影響力を持ったこととまるで無関係ではあるまい。自己責任論を推し進めると同時に、自己責任との連関でマインドコントロールも否定する、すると統一教会の霊感商法などの責任も信者個人の自己責任の問題として回避できる、そういう上にとって都合のいい責任回避の策略...

  • 文鮮明のラスベガススタイル

    文鮮明のラスベガススタイルサタンが王になっていた旧約時代は、メシヤが現れるまで悪魔が権勢を握る時代なのです。モーセにとって主なる神は恐ろしい恐怖の神、復讐の神、嫉妬の神として現れ、僕の僕となった人間を律法でむち打ち、法度に反すれば容赦なく刑罰を加えた時代が旧約時代です。旧約の主なる神の属性を見ると、嫉妬心の強い神として「私」以外の他の神に仕えるならば恐ろしく嫉妬される神様であり、イスラエル民族にカ...

  • ヤコブをイスラエルと呼ばない理由

    ヤコブをイスラエルと呼ばない理由 ところが、胎内で子供たちが押し合うので、リベカは、「これでは、わたしはどうなるのでしょう」と言って、主の御心を尋ねるために出かけた。 主は彼女に言われた。「二つの国民があなたの胎内に宿っており二つの民があなたの腹の内で分かれ争っている。一つの民が他の民より強くなり兄が弟に仕えるようになる。」(創世記25章22節・23節)リベカは「腹の中でぶつかり合うようになった」双...

  • 「3月9日」と一週間断食

    「3月9日」と一週間断食一週間断食が祝福の条件でなくなって久しい。わたしは40時間、三日、一週間断食と計画してやったのだが、その後も何らかの条件として何度か断食をした記憶がある。ところで、毎年3月9日近くになるとレミオロメンの「3月9日」を聴く機会が増える。人により様々な思い出がその日にはあるのだろうが、わたしにはその曲が流れるたびに断食のことが思い出されてくるのである。それはわたしの断食とその日付が関係...

  • 『尼僧物語』を観て

    『尼僧物語』を観てオードリー・ヘップバーンの『尼僧物語』を録画しておいたのをやっとこないだ見終えた。申し訳ないが、わたしには非常に退屈で、……カトリック礼賛のプロパガンダ映画に思え途中で何度もやめようと思ったのだが、でも結局最後まで観てしまった。で、【ネタバレになります】じつはラストに思いがけない展開が待ち構えていて、主人公のガブリエル(ヘップバーン)は志の違いから献身を誓った修道会をやめるのだ。さ...

  • 「真の自分を探しましょう」の嘘、と解散請求

    「真の自分を探しましょう」の嘘、と解散請求そうすることによって、真の自分を探すことになるのです。男は男なり、女は女なり、神様と人間が一つになることによって、はっきりした自分の一体圏を生みだすことによって、この世の中の女や男のために乱されるようなことがなくなるので、世界の大問題も八〇パーセント以上が治ってしまうのです。分かりましたか?だから結論として、良心を強くしなければなりません。そうするには堕落...

  • 自己牧会批判

    自己牧会批判自分が何かゆうてみい、人間が、一人称が、何で出来てるかゆうてみい、一人称なあ、あんたらなにげに使うてるけどなこれはどえらいもんなんや、おっとろしいほど終わりがのうて孤独すぎるもんなんや、これが私、と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私と思ってる私!!これ死ぬまでいいつづけても終りがないんや、私の終りには着かんのや、ぜんぶが入ってぜんぶが裏返...

  • アブラハムの倫理観

    アブラハムの倫理観 杜子春は必死になつて、鉄冠子の言葉を思ひ出しながら、緊かたく眼をつぶつてゐました。するとその時彼の耳には、殆ほとんど声とはいへない位、かすかな声が伝はつて来ました。「心配をおしでない。私たちはどうなつても、お前さへ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰おつしやつても、言ひたくないことは黙つて御出おいで。」 それは確に懐しい、母親の声に違ひありませ...

  • 二重の真理

    二重の真理大変だ!真実がイカサマと手を組んだ誰か僕に約束の守りかた教えてよ(シャララ/ザ・ブルーハーツ)昔の『祝福家庭』なんかみると後に分派の領袖となる人物に並々ならぬ忠誠を誓う祝福二世の言葉(アラスカの二世修練会)が並んでいるのだが、例えばテレビに出ているある幹部は彼を見事に裏切って家庭連合に留まっているようである。表面はまるで強い信念の持ち主のようにみえるが内実はそんなもんである。直系の子女が...

  • 棄教者、変節者

    棄教者、変節者通常、転向者は変節者と言われるが、本人がそれまで信じていた主義が本当に信じられなくなってこれを捨てたなら、厳密にいえばそれは変節ではない。一方、一つの主義を生涯保持していた者は変節者とはいわれないが、しかし、もしその本人が内心ではすでにその主義を信じていないのに、対外的配慮や自己の社会的位置への考慮から信じている振りをつづけているのなら、その人間こそ真の変節者である。(『「常識」の研...

  • 養子縁組の問題について

    養子縁組の問題について統一教会(家庭連合)は養子縁組について教会は関与しておらず、また信者(家庭)の責任として問題を押し付けようとしているがそれはないだろう。表紙も破って捨てようとしていた『祝福家庭』にこんな記事が載っていた。〈祝福家庭の皆さんへ(4)〉 養子縁組について 家庭局長 高橋久夫(1800双)祝福を受けた家庭には、その血統を保持し...

  • ノアの摂理と数秘術

    ノアの摂理と数秘術私は鳩を外へ放した。鳩は飛び去ったが、しばらくして戻ってきた。どこにも止まるところが見当たらなかったので戻ってきた。私は燕を外へ放した。燕は飛び去ったが、しばらくして戻ってきた。どこにも止まるところが見当たらなかったので戻ってきた。私は烏を外へ放した。烏は飛んでいき、水が引き始めているのを見た。烏は餌をとり、舞い上がり舞い降りた。そして私のもとへ戻ってこなかった。〈ギルガメッシュ...

  • 統一教会の刑務所経済

    統一教会の刑務所経済統一教会の解散命令の請求にまで至るのか、あるいは被害者救済法案が成立するのか、成立したとして被害者家族や第三者が悪質な献金を一部取り消すことができるのかそれとも骨抜きにされた形になるのか、騒いだわりには大山鳴動して鼠一匹となる可能性も無きにしも非ずだ。現在の政治状況ではまだまだ予断を許さないように思う(日本はアメリカの属国だから今回の中間選挙の結果が非常に重要になってくる)。問...

  • カインのパラドックス

    カインのパラドックス「選ばれていないときが選ばれているとき」(ドリアン助川『新宿の猫』)カインが嫉妬心を克服した場合どうなったのだろうか?カインには実体基台がどうのこうの言う前に、まず己の中にある弟アベルを殺したいと思うほどの嫉妬心を克服する必要があったはずである。原理のアダム家庭の摂理にはその可能性が示唆すらされていないのだが、……確かにカインの置かれた立場は難しい。これは聖書の中の、はるか昔、遠...

  • 蕩減復帰のパラドックス

    蕩減復帰のパラドックス己れが己れ自身に課した障害を克服することは、けっして障害を克服することではない。──出くわした障害以外に障害はない。純粋なゲームにおいては真の障害は存在しない。『カイエⅠ』シモーヌ・ヴェイユ 原理用語として使用されている韓国語の「蕩減」(탕감)とは、債権者である神に対して「償う」という意味なのか、それともその神に債務を「帳消し、ゆるし(こちらが「蕩減」(탕감)の本来の意味)」て...

  • Tの悲劇

    Tの悲劇したがって堕落直後、まだ原罪だけがあり、他の善行も悪行も行わなかったアダムとエバは、神とも、またサタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。それゆえ、アダムとエバの子孫たちもまた、そのような中間位置におかれるようになったのである。(『原理講論』 緒論1-1)「総序」で提起された、人間の生の矛盾の問題がここ「緒論」では神とサタンとの中間位置に置かれるようになったとより詳しく説明...

  • 興南にいた日本人

    興南にいた日本人興南収容所での強制労働の話は、主の路程のメインイベントで、選民である韓民族の頂点、再臨のイエス、メシヤである文鮮明の人格、愛を現すものとして大変感動的に語られる。想像を絶する苦難の中、神を慰めた文氏こそメシヤではないだろうかとそこにいた誰もが考えるようになる。ある部署に所属していた時、当時その興南収容所に収監されていた日本人を探し出し取材した人の話を聞いたことがある。一体どれ程困難...

  • 堕落論のケツモチ

    堕落論のケツモチ『モモ』(エンデ)ではないが、時間を管理しようとすればするほど時間がなくなり、逆に時間に管理されるようになるものである。性の問題を扱う場合にも似たような傾向が存在しないだろうか。おだやかな形にしておけばいいものを宗教者がわざわざ性と罪を連関させ言い出す、パウロがほのめかしそしてアウグスティヌスが「原罪」として一歩踏み込むのである。なぜそうするのか、人間のこの強力な本能を利用すれば信...

  • 巡回師制度廃止の理由を考察する

    巡回師制度廃止の理由を考察する「統一教会員は入教当時の精神レベルが重要である」と、ある時、役立たずの巡回師が言っていたが、これは意外にほんとうのことだろう。「信仰」が「条件(モノ的)」と連関する事態であるとすると、その世界では当然損得勘定(感情)が働き、それが強力に支配すれば資本主義的世界と同じということになる。それは信仰者が消費者に位置づけられることを意味する。見栄を張ってカッコつけて「為に生き...

  • 人間の歴史的行動と、宗教について(聖句は傍証なので除く)

    人間の歴史的行動と、宗教について(聖句は傍証なので除く)罪を取り除こうとする宗教は、みな姦淫を最大の罪として定め、これを防ぐために、禁欲生活を強調してきたのであるが、これも罪の根が淫乱にあるということを意味するものである。(堕落論1-5)宗教には性行為を秘儀として肯定しているものもある(タントラとか)、なのでここでいう宗教とはおそらくキリスト教系を想定しているのであろうが、例えば「贖罪規定書」という...

  • 善悪の知識の「樹木」

    善悪の知識の「樹木」聖書に載ってる、アダムがエデンの園で食べたリンゴは知ってます?」と彼は言った。「あのリンゴに何が入っていたかわかります? 論理です。論理とか、知性とか。入っていたのはそれだけです。だから──ここが肝腎なんです──ものをありのままに見ようと思うならそれを吐き出さないといけないんです。…… 」(『ナインストーリーズ』サリンジャー)「植物のこと 植物と人間の不思議体験」というサイトに、IB...

  • 摂理の条件法構文

    摂理の条件法構文内田樹氏の『内田樹の大市民講座』に「「リアリスト」の現実逃避」というエッセイが載っている。これ、そのまま統一教会員の摂理に対する態度ついての話のように思われてならない。どんな問題についても「万事は金の問題なんだ」と言う人たちがいる。本人は自分のことを「リアリスト」だと言うが、私はそうは思わない。「ものごとがうまくゆかないのは金がないせいだ」と主張する人は、そう言うことによって、実は...

  • 人間の本性は隠さない

    人間の本性は隠さない「あとから考えだした理屈が、逆にその行為の理由になる」ことがよくあると評論家(三浦雅士)は言う。たとえば神社仏閣に手水所があるように、人は昔も手を洗っていた。が、「清潔」という観念の出現とともにそれは衛生上の理由からということになり、その社会的、象徴的な意味が陰に退けられてしまう。(折々のことば鷲田清一674)堕落論は自信満々にこんなふうに言っている。もし、善悪の果というある果実...

  • カントの木の実とハンマー

    カントの木の実とハンマーイマヌエル・カントによる堕落の描写である。 自然的衝動に背くきっかけは、ほんのちょっとしたことでよかった。それにしても人間が最初の試みから得たところの成果―すなわち自分の理性は、およそ動物に加えられているところの制限を超えることのできるものである、という自覚をもつに到ったことは極めて重要であり、また彼の生活様式にとって決定的であった。ここに何か一つの果実あるとする、人間は...

  • 毎日がコンフェッション

    毎日がコンフェッションバートランド・ラッセルのエッセイ集の中に好きなのがある。「情緒の予知」というタイトルである。われわれが、ある日ある時刻の列車に乗ろうと決心する場合には、特別の事故が発生しないかぎり、それはもちろん可能である。しかし、もしもわれわれがある予定の時刻に、ある特定の情緒を味わおうと心に決める場合、十中八九その計画は失敗するだろう。たとえば、諸君は心中で「来週の土曜日の午后六時二十三...

  • 宗教統一のうさんくささ

    宗教統一のうさんくささ宗派が一つだけなら恐ろしい専制が生じ、二つあれば 互いに喉を切り合う。だがイギリスには宗派が三十もあるのでみんな仲よく暮らしている――ヴォルテール統一教会の主導する「宗教の統一」運動はなんだかうさんくさい。M&A(企業の合併買収)と同じ臭いがするのはわたしだけであろうか。ある時から、「統一」という言葉が支配や画一的という悪い印象を与えると気付いたのか、キャッチコピーを「統一とは...

  • 善の競争(『The Sting』)

    善の競争(『The Sting』) 「善と悪とは、同一の意味をもつものが、相反した目的を指向して現れたその結果を指していう言葉なのである。したがって、我々が、しばしば悪であると考えてきた人間の性稟も、それが神のみ意を目的として現れるときには善になる」(第二章 堕落論第四節 人間堕落の結果(三) 目的性から見た善と悪)統一教会に「善の競争」という言葉がある。特徴的なのは「善の競争」なのに悪OKということ。具体...

  • 創造原理的創造の不都合な点について

    創造原理的創造の不都合な点についてベネトレ:まだ人間のいない世界を考えてみよう。そこで神さまが五人の人間を作るとする。もちろん、それぞれ顔かたちも性格もすべてちがう五人だよ。さて、そのとき、ただたんに五人のちがう人間が作られるだけじゃなくて、その五人のうちに自分というものがふくまれているためには、神さまは、それぞれ個性を持った五個の肉体と精神を作る以外に、なにをしてくれればいいのだろう?ぼく:自分...

  • アダムの気質

    アダムの気質マーク・トウェインに、『アダムとイヴの日記』という、一風変わった作品がある。アダムとイヴ、交互の日記の体裁なのだが、二人の関係は自由で、西洋的な雰囲気を感じさせるものだ。エデンの園でのイヴはまるで植物学者のように描かれていて、「彼女を納得させるものがあるとすれば、それは実物教育だけだ。実証されていないような理論は、彼女の性(しょう)にはあわないのだ。」と、じつに活発に行動している。アダ...

  • アダムの見た世界(「二元論の原罪」)

    アダムの見た世界(「二元論の原罪」)エデンの園には木が生えていたのだから、時々雨も降ったのだろう。その時、偶然雨粒がアダムの眼に入ったなら、眼球が水滴で滲み、今まで見ていた景色が少し歪んで見えたはずである。アダムはその瞬間どう思ったのだろう、景色そのものが歪んでしまった、と驚いただろうか?それともこれは見間違い、あるいは錯覚であると冷静に考えたのだろうか……。この問いを創造原理的に考えてみたいと思う...

  • 期間限定の摂理(名称変更の本当の理由)

    期間限定の摂理(名称変更の本当の理由)狂言に「附子(ぶす)」という演目がある。 用事で外出する主人が、太郎冠者と次郎冠者に留守番を言いつける。主人は二人に、桶にはたいへんな猛毒である「附子(ぶす)」が入っているから決して近づいてはならない、と釘を刺して出かけていく。なにしろ附子のほうから吹く風にあたっても死んでしまうくらいの猛毒だというのである。最初おびえていた二人だが、好奇心に負けてふたを開け、...

  • 二性性相と甘エビと、LGBT

    二性性相と甘エビと、LGBT甘エビの寿命は約10年であるが、生まれてから3年ほどは性別が存在せず、4年目に「オス」になり、そして、メスと交尾した「オス」は5年目~6年目から今度は「メス」として生きる。性転換するのである。これは自然現象であり、当たり前だが、べつに甘エビが堕落しているわけでもない。 スピノザの『エチカ』の定理すべて在るものは神の内にある、そして神なしには何ものも在りえずまた考えられえない(...

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