昔の日本には士農工商という概念があって支配階級の侍、米を作る農民、物を作る職人、売る商人の順に偉いとされていた。対する欧州ではトランプに戦う騎士、祈る聖職者、儲ける商人、耕す農民が描かれていたが、貨幣経済の発達によって結局は東西どちらの文化圏でも商人が最大の権力を有するに至った。骨董品に関する物語・19世紀フランスで作られた古いカードゲーム"piquet"「ピケ」用のセット
たかあきによる創作文置き場です。 メインはお題を使ったショートショートですが、たまに長編も載せます。 ジャンルは主にファンタジー寄りのホラーやSFです。
青い花模様の入った白い皿に同じ模様の茶碗を乗せて特別に調合したお茶を注ぐ。更に同じ模様の皿に乗せた焼き菓子を用意して幸せになれる魔法をかけるのだと母は言った。その頃の私には母の言う魔法が何の変哲もない日常だったのが不満で、掛け替えのないものだとは気付かなかった。骨董品に関する物語・ヴィクトリア朝のティーカップトリオ
粉から作るプリンを猛烈に偏愛する友人から昔のゼリー型を購入したので試食に来いと誘われた。以前バケツプリンを型から抜いた際に自重で崩壊した際の騒動を考えると気は進まなかったが今度は大丈夫だとドヤ顔で断言してくる、何でも寒天を使う事で強度の問題を解決したのだそうだ。骨董品に関する物語・ヴィクトリア朝のゼリーモールド
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昔の日本には士農工商という概念があって支配階級の侍、米を作る農民、物を作る職人、売る商人の順に偉いとされていた。対する欧州ではトランプに戦う騎士、祈る聖職者、儲ける商人、耕す農民が描かれていたが、貨幣経済の発達によって結局は東西どちらの文化圏でも商人が最大の権力を有するに至った。骨董品に関する物語・19世紀フランスで作られた古いカードゲーム"piquet"「ピケ」用のセット
巡礼地で購入した鍔のない剣を思わせる形をした栞は実際にペーパーナイフとして使う事が出来た。そして結果的に刃の付いていない刀身で相手を刻むような物言いをしてくる彼女との縁を断ち切る手助けをしてくれた。彼女は今でも己の鍔のない剣を鞘に納められぬままでいるのだろうか。骨董品に関する物語・ルルドの巡礼記念のブックマーク兼ペーパーナイフ
奇跡の泉の巡礼から戻った彼からの土産は可憐な花の意匠をあしらったペーパーナイフだった。実は栞にもなるのだと自慢気に教えてくれた彼とはその年に別れる事になったが、彼との縁が切れた今でもそのペーパーナイフは栞として本から私の記憶が消えてしまわないように扶けてくれる。骨董品に関する物語・オダマキのブックマーク兼ペーパーナイフ
もう二度と目覚めない彼女の寝姿を写したペンダントヘッドを掌の上に乗せ、わたしは彼女が病床で遺した言葉を独りで噛みしめる。貴方は最期まで私を見てくれなかったと呟いてから瞼を閉じた彼女は、これからも生前と全く同じように、わたしから目を背けたまま存在していくのだろう。骨董品に関する物語・ヴォルカナイトのモーニングペンダント
究極の書味を求めて際限なく筆記具の蒐集を続ける友人が、今度はとうとう骨董品にまで手を出した。もはや行き着く処まで逝ってしまった感に意見を差し挟む気にもなれないでいると、今度は一切の蒐集を止め今までのコレクションも手放してしまった。何でも彼女が嫉妬するのだとか。骨董品に関する物語・アメジスト付きのメカニカルペンシル
龍が潜むと言われる淵で疑似餌釣りをしていたら大きめの蜥蜴を引っ掛けた。回収してみると実は龍の幼体で文句を言われたが、そもそも何で龍が疑似餌に引っ掛かったのかと問うと、この辺では見ない珍しい虫だったからと言い訳される。とにかく親龍が来る前に疑似餌を渡して退散した。骨董品に関する物語・イギリス製の擬似餌
この黄金の森は嘗て本当に存在していたのだと祖父は僕に語って聞かせた。鹿の王が支配する奥深い森は森に生きるものと訪れるものに恵みと死をもたらす優しく無慈悲な存在であり、この器は森の欠片を基に作り出されたのだと。だからこの器に収められた菓子には森の香りが宿るのだと。骨董品に関する物語・ボヘミアンガラスのボンボニエール
蛤のような二枚貝の殻は、どれほど同じような大きさや型をしていようと決して対になるもの以外とぴったり重なり合うことはないと、彼は丁寧な動作で眼前の二枚貝で出来た小物入れの蓋を開いた。そして微笑みながら、之からもずっと離れる事なく一緒にいるねと呟いてから蓋を閉じる。骨董品に関する物語・本物の貝殻を使った小物入れ
人間は往々にして規定額に収まる品物の等価交換より、リスクを含んだ想定外の品物売買に魅力を感じるものだ。それを天使の導きと取るか悪魔の誘惑と取るかは人と場合によるが、生涯で一度も天使の導きも悪魔の囁きも体感したことのない人生は、恐らく不幸であると言わざるを得ない。骨董品に関する物語・聖人像、メダイ、フィギュア、フェーブ、クロモスカードなど
遺されたものは人生を終えた愛する人が確かに存在していた証として墓標を建て、記憶を残そうと絵姿を保存する。やがて絵姿を遺したものがこの世を去り、僅かな記述以外は語られることなく失われた物語を隠した絵姿だけがこの世に遺され、やがて全く異なる物語を生み出していくのだ。骨董品に関する物語・デスカードと写真のセット
醜い姿の下級悪魔が愛したのは、俗世の醜さを嫌って睡蓮と化した美しい尼僧だった。彼女の気を惹こうとする悪魔は尼僧に居ないものとして扱われ、魔界の掟に反して他者に愛を抱いた下級悪魔は魔王の裁きを受けるまでもなく、己の裡から絶えず湧き上がる炎に際限なく身を焦がされる。骨董品に関わる物語・J.J.グランヴィルによる「花の幻想」図版
以前、骨董品店で店番の手伝いをしていた時に暇だったので気を利かせたつもりで店内と展示品のあらかたを綺麗に清掃したら、何故か言われもしないのに余計なことをするなと怒られた。この店には骨董品が長い時間を掛けて纏うことになった歳月の気配を愛する客が訪れる場所なのだと。骨董品に関わる物語・真鍮とピューターのビアマグ
普段なら人間の眼には見えない世界に焦点を合わせてあるという小さな三連のルーペは、それぞれに異なる容姿の精霊を垣間見る事が出来たが、残り一枚のレンズが嵌めていないホールからは文字通り何も見えず不思議に思って尋ねると、いずれは喇叭を持つ天使が見える筈だと言われた。骨董品に関わる物語・水牛の角で出来たルーペ
この世界の総ては時間の経過によって研削され、いずれは跡形も失くなるものだか、人間の心身もその例外には成り得ない。それ故にか、財と権勢を手にした人間の殆どは高価な布や石をあしらった金物で少しでも我が身を覆うのだ。しかし、きらびやかに覆われた肉体はやがて朽ち果て腐り落ち、後に残るのは薄汚れた骨ばかりと成り果てる。骨董品に関する物語・ハンス・ホルバインの手彩色木版画「死の舞踏」
菫の香りに含まれる成分は短時間で人間の嗅覚を失わせる。そのせいか菫の花を眺める度に蘇りかける香りを伴った記憶も、脳裏で完全な像を結ぶ前に消えてしまう。思い出せるのは一面の菫の中で寝転がる顔も名前も、それどころか年齢や性別すら朧気な誰かの姿なのだと彼は寂しそうに呟きながら、精緻な菫が描かれたティーカップを傾ける。骨董品に関する物語・すみれのティーカップトリオ
ステレオヴューワーのスコープを何度覗いても立体に視えず癇癪を起こした僕に、父は同じように覗きながら、きちんと立体に見えると断言した。あの時感じた遣り場の無い憤りと父に対する断絶の感情は成長した僕が再び覗いたステレオヴューワー画面が立体に見えるようになるまで、絶えず胸の裡にあった。骨董品に関する物語・シックなステレオヴューワー
中世の時代に欧州の石工集団が創設したフリーメイソンは随分と長い間、謎の多い秘密結社として一般人から胡乱な眼を向けられ続けてきた。しかし結局は彼らも一般社会を構築する市民であり、また昨今の風潮から情報開示的な会報も発行されているらしい。そんな中に会員間の犬猫や家具の譲渡欄があったら面白いと思うののだが如何なものだろうか。骨董品に関する物語・秘密結社フリーメイソンの公式マニュアル「ソロモン王と追随する者たち」
父さんが買ってくれた幻灯機は暗い部屋で蝋燭を置いて照らすと奇麗な色付きの絵が映し出される。この絵が動いたり喋ったりしたらどんなに素敵だろうと夢見る僕に父さんはきっと実現するよと言ってくれた。勿論その時の僕は自分の曾孫が異国でアニメーターなる職に就く事を知らない。骨董品に関する物語・小型の幻灯機
観劇中の彼女は必ず、バッグから取り出したオペラグラス越しでしか周囲を見ようとしない。ある日事情を尋ねると余計なモノを見たくないからだと答えが返ってきた。別に害はないが芝居に集中出来なくなるのが嫌なのだと。ちなみに、その無害なモノが一体『何』であるのかまでは教えてもらえなかった観劇用のイヴニングバッグ
古い手廻しオルゴールを手に入れたと自慢した途端に表情が曇る友人に理由を尋ねると、嘗て読んだ物語に登場したオルゴール機能付きの珈琲挽きに憧れて自作したまでは良かったが、ハンドルがとてつもなく重くなって豆を挽いただけで体力を使い果たして音楽を楽しむ余裕もなかったと言う。当人はメロディーを二重奏にしたからだろうかと悩んでいたが、明らかにそういう問題ではないと思う。古い手廻しオルゴール
流石にこれだけ小型だと操演に依る音声は望めないので直接に音楽精霊を憑依させたと奴は得意げに言う。しかしそれでは万が一に制御術式が外れたら延々と音楽が止まらなくなるのではと突っ込みを入れると、まあ百年くらいで止まるからいいだろと無責任極まりない事をぬかしやがった。骨董品に関する物語・テナーサックスのアクセサリー
江戸時代に大流行した変わり咲き朝顔は、花が咲いた大量の鉢を一箇所に集めて受粉後に採れた種子から発生した変種を更に掛け合わせるという実に気の長い方法が行われていたが、遺伝法則も不明確な時代の、結果は神のみぞ知る方法で、何と現代でも幻とされる金色の朝顔が存在した。骨董品に関する物語・葡萄色の祈祷書
エンゼルヘアーなる希少物質から福音をもたらすアイテムを錬成したと自慢する学友から借りた金属製の繰り出し鉛筆で描いた絵が自分史上最高の出来に仕上がったので、拝み倒して売ってもらった。やがて奇跡の御業は失われ、文句を言うと福音アイテムは本体ではなく芯だと答えられた。骨董品に関する物語・メカニカルペンシルと芯のセット
星の狭間を走る列車に乗り合わせた少年の物語を愛読する友人がいい買い物をしたと見せてくれたのは、物語の冒頭に授業で登場した天文図だった。異国の言葉で書かれたその図を僕に向かって示しつつ、このぼんやりと白いものは本当は何かご承知ですかと教師の言葉を真似た彼は笑う。骨董品に関する物語・スペイン製の天文チャート
部屋を掃除していたら棚の裏からゲームに使うカードが何枚か出て来た。子供の頃、長期休暇にいとこや親戚が遊びに来た際に遊んだのが楽しくて、だから皆が帰った後も一人でカードを広げて、その時感じた寂しさと虚しさに任せて部屋中にばら撒いて捨ててしまった時の残りらしかった。骨董品に関する物語・旧東ドイツの星空カルテット
漆黒の空間に何の関わりもないまま輝くばかりの星星を繋ぎ合わせ、輪郭すらも存在しない獣や神話に思いを馳せながら物語を紡いだ古代の人間が理解出来ないとぼやく奴と、全く同じ理由から古代人の考えを推し量れる気がする俺は、お互い相容れないままに黙って同じ星空を見上げる。骨董品に関する物語・19世紀フランス製の獅子座図
紙で出来た学習教材から鉱石製の希少品まで、星座盤であれば見境なく蒐集している友人がまた一つコレクションを増やしたらしいので見に行くと、いつものようにコレは自分が求めていた星座盤ではないと落ち込んでいたので、それならまだ探す余地があるじゃないかと投げやりに慰める。骨董品に関する物語・20世紀初頭の星座早見盤
僅かに画像内容の異なる二枚の平面図から立体が浮き上がって見えるのは、人間の脳が眼球から伝えられた情報を正確に処理した結果だ。俺たちは本来なら自分すら気付いていない沢山の事を最初から知っているが、それを知るのは大概が失った後になると左眼を覆う眼帯を押えた彼は言う。十九世紀のステレオビューワ
昔、奇妙な懐かしさを感じさせる瞳を持つ少女の存在が周囲の人間を徐々に狂わせていくが、実は彼らが見ていたのは少女の瞳に映る己自身の惨めな姿に他ならなかったという物語を読んだことがある。果たして本当に自分が見ているのは眼前に存在する相手の瞳そのものなのか、或いは。骨董品に関する物語・ドイツはラウシャ製のアンティーク義眼
病床の母から形見分けだと青いロケットを渡された。何が入っているのかと尋ねると、お前が入れたいものを見つけた時に開けなさいとだけ言われた。やがて亡くなった母の遺髪を入れようとロケットの蓋を開くと、そこから母の瞳と同じ青い色をした蝶が舞い上がり宙に飛び去っていった。骨董品に関する物語・青いモーニングロケット
とある人形師は、正しい人形の姿を自身の魂は死んでいる状態と言った。また別の人形師は、神に死を捧げるのと引換に永遠を生きるのが人形だと信じていた。つまり人形は本来、人間からの愛と奉仕を一身に受けながらも決して自ら人間を愛したりはしないのが正しい姿なのかもしれない。ドイツ製のビスクドール
私の暮らす屋敷で執事を勤めていた男は常に顔の上半分を仮面で覆っていた。何でも酷い傷を隠しているらしく、この屋敷で働いているのも他に行く場所が無いからだと父は言う。やがて私は男と死んだ母が嘗ては恋人同士で、男の傷は父に拠って負わされたのだと知ることになるのだった。ケチな老商人パンタローネの仮面
その宮廷道化は派手な衣装に鈴付き帽子を纏った姿で尖った靴を履き、その姿故に埒外の存在として侮られ嘲笑われ、同時に主君に対して際どい冗談を装った諫言を行うことを許されていた。人々はそんな哀れで愚かな道化の仮面の下に隠された素顔を知らず、むしろ知ろうともしなかった。イタリアの道化師アルレッキーノの仮面
呆れる程に多情な月は常に目移りしながら恋する相手を探していて、新しい相手に対して一方的に抱いた恋心に身を焦がして痩せ細り、やがて破れた恋を忘れようと肥え太る。ちなみにこの間、恋心を抱かれた相手は全く月からの思いに気づいていないというから目も当てられないのだった。骨董品に関する物語・三日月の振り子
義眼が生まれ持った眼を失った人の為に造られるのなら、この瞳の色彩も誰かが失った瞳の色彩で、この義眼も誰かの失われた眼の代わりとして使われたのだろうかと夢想する友人に、残念だがそれはサンプル品で恐らく実際に使用された義眼は使用者の葬式で共に埋葬されたとは言い難い。骨董品に関する物語・ドイツのラウシャ村で作られた義眼
枯れた色彩が嘘吐きだというのはガラス職人である師匠の口癖だった。万物が最初に持ち合わせていた筈の瑞々しさと引換えに、耐え難い程の痛みや悲しみさえ曖昧な感覚に変えてしまうのだと。そして、それ故に枯れた色彩はとても優しく人々の抱いた傷を静かに癒やしてくれるのだと。2023/07/23
また会えるわと彼女は誓い、また会おうねと彼は答えた。生者を容赦なく蝕む病にその身を食い荒らされた姉弟が遺した髪は残された両親によって同じブローチに収められ、末永く観る者の紅涙を絞る事になったが、魂となった二人は約束通りに再会を果たし今度こそ幸せになれただろうか。骨董品に関する物語・遺髪入りブローチ
くすんだ色彩のブリキ缶に詰められた小物は古いもの、用途の判らない不思議なもの、そして何より日常では何の役にも立たないもの。隙間なく収められた有用なものに囲まれて窒息しそうな日常を送る、無用なものの中でようやく安らぐことが出来る疲れた人の為だけに贈り物を厳選する。骨董品に関する物語・ブリキ缶に古いものを詰められるだけ詰めてみました
これって百一匹のアレだよなと陶器製の犬を手にした友人が呟く。実は近所で散歩している犬がこの犬種っぽいんだが身体に殆ど黒斑が無くて、額を除くと白犬にしか見えないんだと続けた後、映画だと毛皮商人に狙われていたが黒班が無いと価値的にどうなんだろうと物騒なことをぬかす。骨董品に関する物語・ダルメシアンの陶器のペン立て
先輩の故郷は昔から鴎の玉子を模した菓子が土産物の人気商品なのだと言う。黄金餡をカステラ生地で包み、ホワイトチョコレートでコーティングしたその菓子は、今では故郷以外の各地でも広く販売されるようになった。ちなみに昔は今と違って鶏卵くらいの大きさがあったとは先輩の談。骨董品に関する物語・カモメのバングル