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弌矢
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武蔵野市
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2020/09/14

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  • 旅行先の一ページ

    アフリカの夕日があった。途中、真横に太陽を見つめていた。視界の両側で、アカシアの樹が夕刻の空を掴んでいる。 日本人の旅行家に、コネで紹介されたビッグマムの家庭に混ぜてもらうことになった次第だった。エアシックのぼくは、ビッグマムにあてがわれた部屋のベッドに倒れ込んだ。 朝、目覚めると、放り出していたバックパックが、きちんと縦に置かれていた。ベッドを出てダイニングに入ると、ビッグマムがチャイをいれてくれた。アフリカ文化的飲み物。ジンジャー、ガラムマサラの味に心地よくなる。覚醒効果のある許された草を噛んでチャイで流し込む。 食事を終えると礼をいい、部屋にもどる。バックパックから

  • アランフェス通り

    自分の棲み家である都営住宅を、老人は眺めやっていた。蛍光灯の色が縦横に規則正しく発光している。あと一階上の最上階だったら夜景が見えるのに、と電話をとり出した。 「というわけで、では、いまから出る」 ここから三〇分でアランフェス通りに出ることができる。老人は電話をバッグにしまい、乗り込んだ。 電話をズボンのポケットに入れた中年は、走っている国道一四号線からアランフェス通りまで三〇分でつくようにアクセルを加減した。目のまえを光の粒子が拡散して散らばっていく。 老人はアランフェス通りに入った。前方、起伏のある道を走るブレーキランプやヘッドライトの並びが、波のように見え隠れしている

  • まほろばから遠く離れて

    この異郷の塔からは、まほろばもながめられた。不確かだった時間に鐘が響き、あたりの空気をひやした。春らしさも夏らしさも感じとれないこの異郷は秋か冬だろうが、季節と呼ぶにはあまりにも空気がよそよそしい。 冷たいアウラに包まれながら見下ろし、目線を落として見る懐中時計がしめすのは午前のような午後、根拠はないが区切りの時間の気がして、マグリットは階段を降りた。 広場に出ると、いきなりギリシャ彫刻が規則正しく一〇メートルごとに突っ立って、その列にアポリネールのシルエットが絡んでいた。長い影の反対側に陽光が位置するはずだが、建造物に隠れているらしく、一度も見えない。 広場を仕切る壁の向こうに

  • 記憶在るK

    小学四年生だった。夕闇しのびよる放課後の教室で、Kという女の子と思いがけず二人きりになった。いつもなら「きもちわるい」「体操服が黄ばんでる」「K菌が伝染る」などとKを忌み嫌ってみせるクラスメイトのイジメに加担していたぼくだが、いざKと二人になると、この放課後の教室のなか、彼女とは対等の立場として在った。要するにこのときぼくは、心ならずも彼女をタイマン相手にしてしまったのだ。放課後の静まりかえる教室は、あかねの色に色めいていた。 それでね、私がタオルケットをとりにいってもどってくるとね、もうお母さん息をしてなかった。 Kは自分の母親が危篤になったときのこと、この世を去ったときのことを

  • ともあれジャズとライム

    宵のマントが窓辺にたれている、やさしい指先までもが響きわたる"おろかな私"の演奏、繊細きわまるその音の流れにみずみずしいライムが乗る。彼女は聴きながら傷ついている気持ちをもてあそんで味わいたがる。もっと味わうためにサンライズをでも飲もうかしら お酒はハタチでやめたんだった 男たちより大胆だった ギターは金曜日に捨てたのだった 燃やす人をフィルムで見たから可燃ゴミ、ではなかった ジャズとヒップホップはあうんだねと語らいあう恋人たちに微笑む顔、音以外のライムを知らずとも聴くのは可能、放たれた言葉が離れた言葉とであうのは、けれども突飛な言葉遊びとはまるで違う、甘美なるデペイズマンよ、だっ

  • 宵のエル・ドラード

    気が触れるほどに翻訳書籍読めば そこはジョイスのきめた場所のちから 日が沈んだあとでようやくドアを出れば 外はキアロ・スクーロの効いた路上 ポケットにはまだまだ書籍が入る ソネットにはつれづれ書き込みがある 虚構のかなたにほんものを置いてくる 今日このごろ軀がほんとうに老いてく 人気のない公園のほとりの静けさの闇 よく見ると見えてくる二人、カップルの病 読めないほど暗いとよろよろ歩いて 汚れている黒い水によりそいながめる 肌身で触感をL、紙、噛みしめる 味方を直感でL、L、神頼み ふと観ずる文章の軀、だが晩刻に安堵する 立ち現れる運命の楽園、ただ蛮勇で配置する

  • A.Sに

    風のたよりもこと切れたいま見る君の面影 記憶をさぐるも懐かしさまみれの思いで 気持ちを物に託すのが得意だった 意地悪さえ呑気で助かっていた ボーダフォンという物を覚えているか そうだったととむらう君、おぼろげにありや 言葉たちが輪舞する室内 言霊への信仰は別にない 時間によりそってつづくと説く師匠ベルクソン 自分のよりどころでくつろぐしかないのだもの さむらいの色も現在はユニフォームの青 その言葉耳にするたび共感性羞恥で真っ赤 意味をそろえては月日を過ごすのが常套手段だった 日々のそれぞれを次の日に託すのが上手だった 世界大会の歓声はその耳に残っているか 切ない前回の

  • 境界で

    交通網をくぐりぬけて降りていった 扉のまえで立ち止まる。思考する、 アンダーグラウンドとアングラの差異、 向こう側はおおよそ想像できている

  • 二重になりそう

    暗がりにゆれる心地 物騒にゆれる ざわめきをきく目 人生がふたつにぶれてしまいそう いまにも

  • ナイトホークス

    街角のダイナーに入って、モーニングを注文する。楕円形のカウンターは、右側にスーツを着た男が一人、左側は男女のカップルで、めかし込む女と話す男の方はやはりスーツ姿だった。 店内は硝子張りで、信号機の灯りに照らされる夜道が覗える。人どおりはまだかなりあった。人どおりの上に傘がひらきはじめた。雨脚は強くなってくるようだった。 カウンターごしに給仕がモーニングを渡してきた。トーストと玉子と分厚いベーコン、昼夜逆転した味覚で食しつつ、手帖をひらく。手帖に目を落とし、けれども読みはしない。 右の男に用があるのだ。気づかれないよう観察していると、男は給仕に御手洗いの場所を聴いて席を立っ

  • 「酒が好きなのかだって? 違うな、...

    「酒が好きなのかだって? 違うな、飲んで二日酔いになるのさ。二日酔いになってだな、それから栄養のあるものを飲み食いしてな、おれはそこから復活していく過程が大好きなのだ」 弌矢

  • 世界のディテールより

    降りしきる雨、静かにぬらしていくアスファルトの水たまりに波紋、反影する街灯の色と陰影。交差点の自動販売機、そのディスプレイのなか、仄白いあかりが幽霊のようにゆらめいて、その姿を雨粒に反射させる。 キャッツアイがまたたく十字路をライトが這って、濡れた空き缶やプラスティックを路地の闇に浮かべる。缶のラベルは九〇年代と覚しき謎めいたデザイン。物質化した過去、無意識のスペースにまで集合的ノスタルジア。 終電後の刻限も脈拍と走り廻る車たち、ひかりあふるる都心のジャンクションより網の目に広がるシナプスのグリーン、グリーンからダークグリーンへと、円周に向けてトーンダウンしていく環状マップのグラデ

  • 離合の昼夜

    彼女は、夜の暗がりのなか、眠る女を見下ろしている。横たわる女の安らかな呼吸により、掛け布団が上下しているのが覗える。彼女は眠る女のゼリーのような潤みあるくちびるに触れてみた。その感触は、やはりゼリーだった。 水底に寝そべる彼女は、くちびるを小魚に触られて我にかえった。翻る小魚たちが銀色にちらついて、上には輝く太陽の白銀がゆらめいている。シュノーケリング姿の女がこちらを覗き込んでいた。何時なのだろうか。たぶん正午近くだ。彼女はそうかんがえる。 眠る女を見下ろす彼女は、暗がりの女が何か夢を見ているらしいと、まぶた──rapid eye movement sleep──により推測

  • 移動の情景

    国道一四号にさしかかり、工業ベルト地帯が続くようになると、いつもラジオの電波が混信して、知らない言語が幻のように聴こえてくる。 時折見える海辺をながめながらそれを聴いていると、情景が浮かんでくる。それはゲームの情景で、草原や神殿などを歩き廻るロールプレイングゲームのようだ。 情景は、生まれるまえからあったレトロゲームに違いなく、プレイした覚えはまったくないが、けれども懐かしくて、そのなかの場所にたたずめば憩うことさえできる。 情景の場所に憩いつつ、飼い慣らした幻獣たちにおやつを与えたりして戯れたあと、森が点在する海沿いの草原を行脚して、装備屋や宿屋などがある街は、あと一〇〇メート

  • 都道沿いのモンタージュ

    歩いていた彼女はともるコンビニエンスストアのまえで立ち止まり、スマートフォンを見、深夜二時五分まえを示しているのを確かめて、店内に入った。 都道七号線を走るタクシーがあかるいガソリンスタンドのある角を折れて信号でとまるとコンビニエンスストアが見え、彼はそこでお願いしますといった。 酒のコーナーで立ち止まった彼女は、それから窓際に置かれた雑誌を眺め、けれども手にとろうとはせず、外を覗うと、ちょうど信号が青に変わり、タクシーが駐車場に入ってきたのを見て店を出た。 二人ははす向かいにある公園へ入った。見廻すと、すべてのベンチに酒の缶が置かれていた。二人はブランコに並んで座った。彼女が

  • 夏街

    ビニールバッグを抱えた少年少女、中央線の座席の上、ぶらつかせている細い足の長さもちょうど、ちょこんと上目遣い、並べた肩も細かった 向かいに立つ男が親と見える、彼は釣り道具を持っている、向かっているのは海と伺える、目的地は近場の千葉、いや、新幹線もありえる だんだん海が恋しくなってくる、自慢じゃないが泳ぎは達者、それだから夏はうれしいはずなのだ、しかしいまバッグのなかには謎の荷物 ばっくれたらにっちもさっちもいかなくなるだろう、なにが入っているのかどうにも察知できないでいる、釣り道具ではないはず、つれない荷物 新宿駅東口を屹然と出て、荷物をコインロッカーに入れたらさあOK、新

  • 昨日の日曜日、吉祥寺のZINEフェ...

    昨日の日曜日、吉祥寺のZINEフェスへ遊びに。 曇り空などなんのその! 作家さんたちの作品を見て、文化というものはこうして脈々と──などと関心したりしました。 ZINEフェスはぼくにとって楽しみなイヴェントのひとつになりました。吉祥寺パルコの屋上にいた皆様、幸いあれ。 弌矢

  • 都市部というアンビエント

    電信柱の上、鉛色の雲が流れる、街灯に浮かぶ公園でコンクリートに生きる物の怪と団地の少年少女が戯れる 塗装の匂い立ちこめる高架下より、うち捨てられたビニール傘、昔ジュース、橋の上より、川に反射する信号の明滅の赤と青 深夜の学校のプールにいくつもの波紋、降っている、黙り込んだ校舎のなか、にじむ警報ランプの赤、向かいのテナントビルも無人 しかし一階には灯るコンビニエンスアのしるし、通過する銀色にあかるい快速、駅まえの踏切のルフラン アスファルトに描かれた図形、飛び跳ねるレインコートの街っ子と都市部の物の怪、駐車場にもコンクリートの物の怪とカップルの傘 マンションのベランダから外を覗

  • 春のノンブル

    お日様にあかるい桜の樹の下、キックボードで川沿いを走る。「零! 爛漫だな」 私は零に呼びかけた。彼は口笛を吹く横顔を見せた。軀に浴びる花びらは流れて落ちていく。川から何かが跳ねるような音がして、その滞空時間に、 「ア 𓄿」── それから私はヒエログリフの夢を見ていたのだ。それはいつから持続していたのか記憶にないが、やがて𓄿は零に変容していった。見上げると、見下ろされている 花の舞う宙のなか、救急車を呼ぶかと零がいった。首をふって、ただでは死なない、起きない、と私はアスファルトに耳を澄ました まだ凍てつく地下鉄の音が聴こえる。それに乗る寒そうなミイラたちを思いながら、こうしてあ

  • 谷間の百合の白め

    緑に乗って黄に乗り換えて、さらにオレンジに運ばれ、街に出れば颯爽と歩くトレンチコートの男女たち、ずいぶんと立派に見える、なんてビジネスライクなんだ その歩きかたに見とれているうち、ビジネスする彼彼女たちから遅れをとって、自分のビジネスも無駄な時間を喰い、急いで百合の白を探すべくポート迄 百合の白、彼女のその純白は、いとけない世間知ラズの少女のようでいて、その実不義理の大人である、おれの制裁に値するあばずれである コンクリート製ジャングル、捜索するおれは速度二〇kmのトランスポートシステムの上に立つ、ゆくさきはめくるめく高層ビル街区、ぐるぐる 青をバックにのしかかるNSビル、

  • taxi driver

    乗客たちに殴られたあと、一人ぼっちのおれは口の血をぬぐい、孤独なアパルトマンに帰りついた ベッド横のテーブルに死んだママンにもらった聖書。去年ママンも死んだ。一昨年かも知れない。わかんない。去年だったんだろ   弾を確認する。この弾丸で聖書を撃ち抜けるだろうか。カーネーションが枯れている。オイルかけて燃やし捨てる。選挙区へ向かう 選挙にいったことがない、それは政治的でないからで、政治的になりたければ箱に紙っぺら一枚でこと足りると耳にし、唖然としたが 口が痛え、腫れていやがる、覆してえ、今度はこっちから狩る、孤独な毎日、女もいない、孤独から孤立、それでいて由ない

  • 地中海の舞踏/Mediterranean Sundance

    夜の地中海沿岸にセットされたステージで、舞踏はとっくにはじまっている。 踊り子たちのその腰つきに没入していると、バックパッカーの青年は飲みたくなってきた、酒ではない、コカコーラを。それも瓶のコカコーラに限る。ステージ横に小屋みたいなキオスクがあって、そこを覗いた。 コカコーラはあったが、缶だった。しかもプルタブをあけるとぬるい泡があふれて大量にこぼれた。あふれて減ったぶん、缶にくぼみをつくってみた彼は、舞踏の続きにふたたび没入した。 踊り子について地元のみなが知っているのは、彼女は幼いころ内陸の故郷で人身売買者に誘拐され、この地中海沿岸に売られたことだった。地元のみなは踊

  • 凄く聴こえる音楽

    日曜日の夜中に、すごい現代音楽を見つけて驚いた。何度もリピートして聴き、この興奮はただちに友人にもつたえてやらねばならないとLINE通話。 出ない。 もう寝ているのだろう。だがいち早くつたえなくてはならない。discordで通話をかけてみるとしゃがれた声の友人が出た。 こんな時間にどうしたのかといわれて、曲の大発見について興奮して話した。そんなことでこんな曜日のこんな時間に? とシーツの擦れる音がした。うめき声も漏れてきた。 辛そうだね。 ぼくがそういった。 だって叩き起されたんだから。 そういった友人は声を出したせいで眠気が飛んでしまったといった。ぼくだって寝てないよ

  • お知らせのフライヤー

    これからnoteにupする数を減らして、そのぶんの文をZINEにぶち込む予定を立てており、それを実行しつつあります。 ひとまずnoteには週末に一作品ほどのペースでupする、などとかんがえていて、まだ未定ですが、なので、そのうちなにか見えてくると思います。 いつもお読みいただき感謝の念に堪えません。ほんとうにありがとうごさいます。これからもよろしくお願いいたします。 弌矢

  • これからnoteにupするデジタル...

    これからnoteにupするデジタル作品をさらに減らして、そのぶんの文を紙のZINEにぶち込むことになるかも知れません。まだわかりませんが。 まだわかりませんが、表現について少しは(無論書きながら)かんがえているつもりなので、そのうちなにか見えてくると思います。 以上でーす 弌矢

  • 架空の下 Cmaj7

    夏の空を背景に、目に痛いほどの純白のシーツがはためいている、清涼飲料水を口にして、それをめくり上を眺めやる フロスティブルーのなかにかがやく積乱雲、あの青の色に開眼して観覧だ、うん。テラスも陽に照らされてかがやいている 実はいまこちらで女友達がぐっすり眠っている。じっとしてこちらに耳を傾けているようにも見える。巻き毛で赤毛、安らかなまぶた、あ、かすかにいままたたいた 牙ない狼でも歯並びはいい、威張らない犬歯もて書き言葉の犬、よしない言葉が呪文の音符、うとうと眠る わぎみに、うた うた 空 安らぐ色あいの上空、手まえに目覚ましいシーツがゆれる、うまいぐあいに目覚ましは準備し

  • その話はハルになってから

    小春日和になったらね、お弁当と水筒を持って、空港から飛び立つ飛行機を見に、羽田の河口まで行こうじゃないか。 約束はそれだったが、二〇の終わりに彼は最期を迎えた、なかんずくおろかな出会いだった、仲よく煙草ならKOOLなど吸っていた、丘だった 死んだ彼はクスリ博士、心配ごとは他人任せ、今日を生きられなかったあの日々、狂人の字引きには載っているその意味 いま私は果汁を用意する、ガジェットで作るモクテル、そういや確かエンゲルスとエンゲル係数、あほな彼ごっちゃにしてエンドレスをエンド Good bye若き日、狂った季節誰にもありや、傷だらけでいまここに刻まん、私の手はいとおかしく軋まん

  • 夜の走行

    夜に浮遊していた魔法の絨毯が、信号の目の色をうかがいながらその下を抜ける。 都道七号線に入りひた走る、眩いばかり、聖なるひかりの都内。 前方に数珠繋がりのテールランプ。ふと気づけば停滞に陥っていた。 車道がゆっくり脈打つ。脈打って脈打つと脈が早くなってふたたび走り出す。 「次、左折です」とくりかえすナビによりマップ上にループが生じ、ひかりの波を渦と巻く。 明滅するひかりの波、さざ波あら波、波の満ち干きのなかに生まれる奇跡を求めて溺れあう。 円周率のまぼろしを見ながら走った、走り廻った、そんな今夜描いた円環がいま閉じられる。 星月の力のまにまに魔法の絨毯を降りる。静か

  • リカの面影

    持て余していた時間に思い出すだけのつもりだった過去、巻きもどすことができないと理解しても募り募ってくるあの子 あのとき好きだった子の名前はリカ、リカとリニアモーターカーの夢なども見た、どんな夢でも栄光のリアリズムだった 様々に満ちていた栄光は未だ実現していない、まざまざと見ていた記憶は脳裏に沈めるしかない、栄光なんか、エゴじゃないか 栄光よりも重要だと思われるあの恋、映画館横の渋滞を眺められるあの公園、秋のなかにいたと思う、はっきりさせるべくたどる 「ふりむくな後ろには夢がない」とかいう決め台詞、口だけで読了の甲斐もなかったやつのセンス、試されていた、騙されるものか 確か

  • 光景のアイランド

    光景のなかに、人類の手からこぼれ落ちた島があった。都会から島流しにされた男女たちが、その島にたどりついて自然とともに生活しており、亞里砂もそこにいた。 都会から島に流されるときはさみしくてならなかったのに、島ですごしていうるちに、亞里砂は帰りたいと思わなくなった。 島流しにされた男女たち毎日、海を泳いで魚を追い求めた。いつものようにみなで海で泳いでいると、亞里砂の泳いでいる近くに半分に割れた丸太が浮かんでいた。その上に立ってみると、天賦の才なのかも知れない、彼女は波乗りをたちまち覚えた。 調子に乗って燥ぎながら、波を背に海面をすべっていると、波のなかに幾つも見えていた魚た

  • Bye Bye Blackbird

    雨のなかであいつを思う、歩きながら哀愁を背負う、いっちまったな、汚れつちまつたよ、鳥が歩いている、あいつのように見える アーケードの下に「僕たちの失敗」の広告、バリケード封鎖の名残は恥ずかしい失態の露悪、ニヒリズム、生きている 五日市街道に出たら、古着屋地区のデルタ、バス停に突っ立ってみる、斜交いから現れたから乗る 雨をくぐる、すぐに降りる、雨に濡れる街なみを愛している、雨宿りの街っ子と相性がいいのである 街並みを染めるグレー、ロータリーは駅を飾る、脈打つように走るシボレー、高架線は道をかたどる 風上から流れてくる空きありのマンション、紙切れで流される空想のキャプショ

  • Round Midnight

    夏の終わりのここ、ぼくの知人の箱、補導されるぞと歩道にJKを出す、ほどほどに流れ出すDJの曲、しっかり覚えてしまっていた曲、うっかり思い出してしまった記憶 ディグられてまき散らされた音の結果、チクタクと巻きもどされた時の経過、散々オールするとまくし立てておいてとりやめにする、騒ぎと音楽を背にまとわりつかせてドアを出る 時計の針がさすのはVの字、都道七号線からの道のり、ジャワティを買ってあける、駐車場がらんどうにあいてる、高架下をくぐって自由に歩くか、轟音がするのは一〇時台の快速か 満月は蒼白かった、マンション群を歩いていた、とおる公園にいる恋人、とおく家屋の窓の音、テレビニュース

  • メルトメイズの入り口

    雲の流れの背後で月にあるあかりが沼の右半分を照らし、左手には燃えるガス灯が城のような白い建築物にあかるみを与えている。沼には小舟が浮かんでいて、彼と彼女が乗るその後ろで、レースをまとった女性がオールで舵をとっている。 小舟は泥のふちに向けて進んだ。みなもから赤みを帯びた蓮の花が顔をだしてふるえている。彼女が小舟から蓮の花を撫でると、ひらいた香りが鼻腔を打った。 小舟の突端が沼のふちにめり込むと、漕ぎ手の女が表情の失せた顔で指先を陸へ向けた。陸地へとまたいだ彼女と彼は、そびえる城のような建物のまえに立ち、それを眺め廻す。逆さまの剣を頂きに掲げる入り口がガス灯にゆらめいている。 仄

  • あさきゆめみし

    台風竜巻いて虎みたいに暴れている、大音量でドラゴン的風を起こしている、内側は平穏で戦いもなく乱れたりしないでいる、嘘みたく平成とかわりなくみな令和になじんでもいる 静かな絵たちとアンビエントライト、明るい部屋でもスタティックな色、シャーベットカラーがチャーミングポイント、壁紙の色はガーリーに見えるホワイト アロマ焚いて嵐を耳にする、書籍ひらいてあらすじをみている、香るネロリはシフォンの精油、誇る祈りのシモーヌ・ヴェイユ、如何なる奇跡が恩寵也し可、いまさら君の温度を感じた 魔法の絨毯、いや違う、浮かぶ室内、違う違う、彼女の思想は思索の果て、彼女の祈りは労働が糧、重力から逃れられると

  • 音楽、その道

    茶目っ気のあるブレザー着てはめられた高校一年目、チャールズ・ミンガスのプレイに殴られた登校の道で、いま思えばだが正しく殴られた、忌ま忌ましさから逃れて聴いていた、 夏休みもすでに終わったな、ふりかえるのももうやめらどうかな、大人になったが、子供であったし、かつては幼く、いまでも怪しく、道しるべをきたのだが、みちがえるほどではなく、 人生に文句はない、日常に文句がある、退屈が許しがたいらしい、ゲーミングなごまかしをているらしい、快楽が欲しいのではなく刺激が欲しいのだと、傀儡政権の手先がコーラのなかに仕込めと、 ILLコミュニケーションふたたび斬るカラオケージョンなパーティ、カラオケ

  • 君の住処へ

    ゆく先は東京側の千葉、すぐ近くの車窓の外、電光掲示板にショートムービー、自己啓発ですぐわかる人生だと、ファストなラスト、ファックだダスト、キックで遠く、線路は続く、終点までだが。 たどりついたら津田沼駅、だとしたらば船橋市、スマートフォンのチャージをためて、改札口のSuicaの祭り、つま先からふみだしてロータリーを眺めやる、つまらなくなるなよこの街といま一度思いやる。 次は秋にと約束していた女の住処、浮き上がるほど厄介なこの思いの在処、釘をさすけどただの友愛、首ひねってもただされないかい、ではなぜ吉祥寺から延々と、手放しで来てしまったのだええいままよと。 タクシーだとtwoメータ

  • 恋愛などで進行だとて

    夏は終われど、暑さ終わらぬ、少なくとも空まだ盛夏、ときめくのも素肌の裸、ひらめくのは海と空の境界、きらめくその上の道を航海 終わりなきときめきの心臓、怖がるなだって恋なんだろう、退屈よりましだろう、退屈に埋没を恐れ、ららららと口ずさんで祈れ、日常を暮らしを歌え 流れ流れてさかのぼる、海を川へとさらに山へと、見下ろすと街並みも広がる、見晴らしは絶景が彩る、磨いた大気を見る、ひらいた瞳孔で見る あの海からここにきた、また海へともどるのだ、山からダイヴして海辺の光景、やまないくたびれないのだこの憧憬、グライダー、GoodRider、耽溺、飛んでけ 内向的アバンチュール、口内炎に

  • 無意識のうえ意識的にしても

    背後にフロイトじっとしているかのように、虚空のフロント自由にかたるように、広がっていく小宇宙、ひそかな草原に夢中、森のなかの花園、なごみながら寝そべる、 まったく無意識で、うっかりうたた寝してた、音声認識メモ作動、見張られていた挙動、絵空事めぐる明晰夢、寝言までがメモられている、ふたしていた不必要な夢までを拝借、ふと思えばぶしつけなまでの解釈、 暗号の解読みたいだった、関係のないことみたいだった、「駄菓子屋の人体」、だがしかし診断、「惚れてて舞う身体」、それでもなお診断、それで分析できるのかと思ってしまう、そういう文明でもってきたという、 健全な不健全だったとの診断、石けんで洗浄

  • 誕生、希望、挫折、音

    誕生前夜を案じた心地で、環状線を安全運転、流す選曲、道に忠実、誕生石はターコイズ、一二月の約束はいつか薬指にとおす、 そうして誕生日から誕生してきた、躁みたく体感たかぶってもいた、そのように苦労を知らなかった、晴れ晴れしくも溌剌と朝日見てきた、 ノーマークのブランド、存在がブランド(なんてね)、脳天はぶれない、人生のプランはだがしかし、キメすぎないことだとしっかり、語ってみせるくちびるの赤、語り落としてく道筋も確か── 指先にトランキライザー、指折り服用を数えた、薬指にはターコイズの色あい、ゆく先を確かめる占い、結局は憂鬱、結婚の約束、いつしか薬で破局、 月は昇り切ってた

  • ヨハネスが髪を染める

    仄あかり程度にされていた部屋に座る私の向かいにヨハネスが座っていたから、色を頼んでみた。彼は一拍、思案する顔をしたが、色なら、と居間を見渡し右手で宙に波線を描き、指を鳴らした。 地味で暗い色をした居間に黄と青が広がった。こちらを覗うヨハネスに私が頷くと、ふたたび彼は指を鳴らし、黄と青を遠慮なく呼び込んだ。空間をはみでるかのように、至るところをひかりの粒で輝かせながら、目覚ましく広がる黄と、深みを持った青、赤も角からたれて、色彩は力を帯びていった。 私の指のアクセサリに乗ったひかりの粒たちが弾けあって移動している。ヨハネスのスリッパの先から見える裸足の爪先までそのひかりの粒はは

  • 彩りガム

    彩りガムというめずらしいものをもらった。色のついたガムで、青、赤、黄色、緑、紫、それ以上たくさんの色が各々のガムについている。 食べると味がある。それは、けれどもフルーツ味などではなく、色のみの味だった。つまり、味に色がついているのだ。 紫なら紫の味がして、緑なら緑の味がする。何の味がするの? 色味。共感覚の持ち主でなくてもその味の色はわかるようになっている。 複数の味を一緒に噛むと、当然ながら混ざった色の味になる。全部の色をいっぺんに口にしたら白味になって、黒味にはなることはない。 そんなめずらしいガムを祝いに一ダースもらった。冷蔵庫に入れないと色あせるから注意との

  • 夜あけまえあたりまえに一人

    バッハの夢みたあと目覚めている、部屋のなかはエアコンで冷えている、ラジコンの掃除機、買ったのおととい、勝手に動いてるぞおい おいと呼んでも一人の暮らし、甥もできた男やもめだし、だからといっても結婚なんてって感じだし、ろくに漢字も書けないし いまは夜なかのようだった、モニターついたままだった、ベットから立って水分とった、ペットボトルがぺこっと鳴った さっきの夢はG線上のアリア、確かあれはセバスチャン・バッハ、弟家族はオーストラリア、夢解釈でフロイトが手柄オーストリア 金曜日に狙ったあの子のゆくえ、きのうもかんがえていた恋よ叶え、金星に命を祈った救いたまえ、暮れきった夜はあけ

  • けむりの景色の祈り

    我慢できないスモーキングエリア、ドアあけてまた空気の換気、火をつける一本で喚起、けむり竜巻く宙の空間。 変わんねえじゃねえかと吐くけむり、変化あるはずない作用の怒り、触んじゃねえよと再度、警察たちへ見せる反抗、合法じゃねえかと吐いてみせても道の角の駐車場。 静脈に溶かす結晶、それだけに生きた友、それだけで消えたとも、昔がたり言葉で探る、昔々あるところに。 夢などないスモーキングエリア、ドアとじてまだけむりの呼吸一服。火をともす愛情一本、副流煙竜巻く竜の空中。 泣きたくなるじゃねえかとため息、転嫁できない傷心の域、わめくんじゃねえよとつぶやき、神々へあおぐ瞳孔、何が思い出だと吐

  • めくるめくドライヴの彼方に

    ゆくえに向けてにじむ電飾の列、大雨警報のLED、バックライトのレッド、対向車線のヘッド 車道脇に顔を見せて誘う、シャトーをかたどるモーテル、幻の正体はエーテル、路面の鏡の黒に逆さまに映る 海底トンネルへダイヴ、轟々とする内部、ラジオのFMライヴ、同じタイプのタイル並ぶ耐久大壁面 ETCレーン、人のいないレール、高速の霊園はパーキングエリア、例の如く霊に集まる若者たち退屈のため息 グットバイひるがえって走り出す、チェリーパイかじり食って嚥下する、清涼飲料水の化学式、頭に浮かべ式を解く 金払われた高速道路、解き放たれて音速を目指す、向かうゆくさきはまもなく、竜巻く色彩がめくるめく

  • 都下から湾岸まで

    都下マンションの下、眺めやる水色の空にクジラのかたちの飛行、耳に鳴るラジオに彼方の魔法、道路をいけば界隈のみんな、駅まえの池は鏡色のみなも。 中央線から乗り継いで、モノレールのなかボードレールの断章、空港近く、川がそそぐ湾岸の整備の箇所、沙羅がそよぐ湾岸の老人の場所、意外と服がお洒落、だが飲酒して口が駄洒落。 空の彩りは色濃くなっていく、空の旋回は両翼が傾いていく、takefour、低空飛行、上空はよく磨かれた空気でまだ青、信号はよく見つめたら青でなくて緑、歩道と空の道との距離は八〇〇〇メートル。 西に夜が近づいている、東にすでに月がある、天体を祝う祭りをいいだしたのは花巻の昔の

  • 花嫁だけれど

    母親が病死してからも、エマは父親と、千葉の南の森のなかに住んでいた。春に開花する蘭を、海の向こうの横浜まで運ぶ仕事を父親がして、彼女はヨガの講師、兼、ヨガモデルで、動画サイトにも上がっていた。 親子は、この千葉の南からさらに南下した土地にゲストハウスを運営していた。春夏秋冬、その土地で毎年四回開催される祭りにくる客たちをゲストハウスに泊めていた。父親は仕事をやめる歳になったら、そのゲストハウスを改築して、そこで余生をすごすつもりでいる。 エマは三七歳をすぎようとしている。未婚だった。下心でよってくる男たちに嫌気がさし、男性恐怖症寸前にまでなっていた。東京のスタジオでしたヨガモデル

  • センチメンタルなコミューン(fragment 2/2)

    水晶祭りがおこなわれる前日、ゲストにしてスタッフであるぼくとピーターは、コミューンの女の子との三人でローズゼラニウムの精油の瓶詰め作業をロッジでしていた。女の子が精油を瓶に注ぎ、輸出先などをピーターがスマートフォンで調べ、ぼくがその国名をラベルに書き込んでいると、慌ただしい足音がした。女の子は手元から目を離さずに、首を傾げた。扉が勢いあけられた。 乱闘になってるぞ、それもグループ同士の大規模な乱闘が。 扉をあけたところで堰を切ったようにそういったのはコミューン三年目の脱サラ中年男だった。彼は息巻いているが、こちらはローズゼラニウムの香りのなか、落ち着いたまま彼の興奮を聴いていた。

  • センチメンタルなコミューン(fragment 1)

    千葉の南にある太平洋に面した土地で、そのコミューンはできた。若者から中年まで二〇人ほどで組織されていた。 その共同生活のコンセプトは、自然との共存が希薄になって精神の均衡を欠いた人、すなわち都市ノイローゼになった人間の快復を目標に、晴耕雨読の精神を養うこと。らしい。 都市ノイローゼといっても色々だが、とにかく都会の生活で気が変になった人がついでに町おこしも兼ねて共同生活を営むのだった。アメリカ西海岸のヘイト・アシュベリーにおけるヒッピーカルチャー、そのはじまりだった若者や大人たちからもヒントを得ていたこのコミューンでは、作用のある植物やキノコ系菌類も育てられている。 このコミュ

  • 年年歳歳

    いい歳して人にも物にも恵まれて いい歳して若々しい環境の恩恵にもあずかる いい歳しても素晴らしいと思い続けられる いい歳してその音楽の趣味って、え、そこ? いい歳していいひがみはないと知ればいい いい歳してまだ好きな人を思い出す いい歳していい夢みて、いい気分になって それがいい希望ならなおいいと思っていい

  • 年年歳歳

    いい歳して人にも物にも恵まれて いい歳して若々しい環境にも恩恵にあずかる いい歳しても素晴らしいと思い続けられる いい歳してその音楽の趣味って、え、そこ? いい歳していいひがみはないと知ればいい いい歳してまだ好きな人を思い出す いい歳していい夢みて、いい気分になって それがいい希望ならなおいいと思っていい

  • 大雨あがり

    大雨は街を根絶やしにするかと思われたが、やんでみるとそうではなく洗い立ての世界が現れた。 駅近くのビルとビルのあいだ、水たまりの歩道を、炎のたてがみを持つキリンが横切った。 噴水の女神の両手、その水の軌道の上、ドラゴンフライが静止して水を飲みながら休んでいる。 花畑の鮮烈なパープルと紫、萌える芝生とクローバーの上に人々は座り、また、寝そべる。 大雨のあと、洗われて再度現れた街は輝きながら、その輝きに照らされ輝きをさらに帯びる。

  • ほんとうの虹

    沖縄の虹をみたことがあるかと女性写真家がいった。 ないよ。 沖縄の虹は本州の色と全く違うよ。 どんなふうに。 見るのが一番、ほんとうなんだから。 ぼくはそれから数年かかって機会を見つけて、ようやく沖縄へ、青のなかを飛んだ。那覇の空港から出て、女性写真家と合流して、その足で天気雨を探して廻った。それはすぐに見つかり、その虹の色彩に驚いた。 その虹は遠くだけでなく、目のまえでも現れ、手帳の上にも現れた。透明性のあるそれは薄いシャボン玉のような色彩で、見ていると数秒で消える。 消えなかったらいいのに。そこで写真という手があった。本業の彼女にそれをつたえると、彼女も沖縄の虹をファインダー

  • 豪邸の裏側

    植物が生い茂る裏庭を、マンションの三階から見下ろしていた。いつものように豪邸の婦人が手入れをしている。こちら側のベランダに日差しが射し、陰る豪邸の裏側は日に陰っている。豪邸の裏側には切妻型の小屋があって、ハロウィンやクリスマスになると、飾りがちりばめられ、その小屋のなかで食事をするのが決まりのようだと、以前、そばを歩いているときに夫婦の会話を耳にして知った。 その主婦は毎日豪邸で夫婦喧嘩をしていた。喧嘩する大声がこのマンションにまで聴こえてくる。夫婦には子供がいるが、大学を卒業して、余所で暮らしていると不動産会社の男から聴いていた。喧嘩が絶えないのは、子供がいなくなって、コミュニケー

  • バレルと夜の埠頭

    埠頭の灯台のひかりの回転の下、波の黒がゆれている。外国への航路をたどる貨物船が夜の水平線に沈んで行く。 ブルーノートのバレルの演奏を耳に描く。冷えたプーアル茶の闇色を一口、おにぎりを一つ。夜中の遠足のような風情に、複雑で優しいバレルの音色。 音色は七色より多く、けれども極彩色でもなく、そのとき、闇のなかから巨大な舳先が突き出した。 雲から漏れ出したあかりに、姿を現したのは巨大な客船だった。 月色のなか、流れるバレルの音色の円環がとじられていく。まだ帰宅をかんがえたくない。プーアル茶の闇色をふたたび一口飲む。とじられた円環をこじあけようとする。

  • 色彩の飛行のあと

    夜のウズベキスタンの光景を見下ろす。ミニチュアのような山村の灯りの火の色が転々と見える。世界の回転にあわせて世界時計の地球色を廻しているうち、気づけばモスクワの夕暮れの茜のなか。 確かな着陸の手応えは滑走路の灰色、階段を降りて機械仕掛けのゲートをくぐるとき、立ち止まれといわれてボディチェック、気をとり直して搭乗したモスクワからエジプトへ。 見えてくる空からの砂漠色、思わず起こった空中の急ブレーキに、座席ががたつく。パイロットは、けれども操縦の腕の確かな軍人上がり、きっとその目の色はレイバンのブラウン。 クフ王の墓を旋回してパキスタンを経由したら、思いがけずリッチなホテルにトランジ

  • ミクロネシアの記憶

    海の上を走るボートの舳先に立って詠む。独りよがりな愛を詠む。ミクロネシアの広がりが美しい。 海上の路をゆきながら/一握の愛を受けとる 世界の誰からなのか皆目見当がつかない/そんな半端な背中をボートが轢いて/走り去って グッドバイ ふり向いて、操縦席を横切り、一番後ろでノートにまた詩を書きつける。書き殴ったそれを持ってふたたび舳先まで歩く。西脇順三郎を意識しながら詠み直す。 大気の青のただなか/ 空中戦の機体の銀にゆがみ映る/敵であるあなたのエンジン/まざまざと/行為を受ける機体の銀 ところで、私は詩人の西脇順三郎に以前会った記憶を持っていた。ミクロネシアの島でちょうど

  • 秘密の森、病める少女

    東京の西のはずれ、トランキライザーをポケットに、少女が秘密の森のなかに入る。暗い道は樹木に囲われ、呼吸は次第に楽になっていく。道の先にあるのは大小様々な石がストーンヘンジ状に囲う池。 覗き込む池のおもては、少女の顔だけを映す鏡色。月あかりのなかをドラゴンフライが飛んでいる。さまよう少女のまなざしは見上げる狼の星座、南のかんむり。 近くにそびえる電波塔と遠い山の電波塔をつなげる電波は、少女でさえ懐かしく傍受できる。電波は生き物を誘う。みみずくかふくろう、そしてその他の夜鳥の声。 鵺の声もしてくる。リコーダーのような声を発しながら近づいてくる。樹木の陰、樹冠から、月あかりへ向けて生物

  • 案ずることなき子供たちは異郷を目指す

    幼少のころ、親に乗せられた車の窓からすぎ去っていく場所を見ていた。国道を走る車の外を、いつも同じ場所が流れていた。樹木に囲われた巨大な球体ガスタンク、複数のアンテナを伸ばしたUFO型の建物が工場のような建物と連結。それらが緑の茂みに隠れるように食い込んでいた。 いつもその場所は流れ去った。流れ去るその場所にさしかかるたびに、私はそこに降り立ってみたいと思っていた。通過するだけのその場所には神秘が隠されているに違いないと眺めていた。 小学生の頃にはすでに一人で電車にも乗れるようになっていたし、あまり遠出をしなければ何処にでもいってよいと母親からいわれていた。電車に乗ってもよい

  • 傷心で徘徊する

    失恋したその足で頑張って呪文を唱えながら白昼の月の下を歩けば、いとけないパイナップルの売り子、その背後に店店店、店の老獪な売り手は魔法の蜜をふり撒く。 恋愛流行歌謡曲に思わず耳をふさぎ、急ぎ足で、立ちどまる黄赤、青に歩き出せば白線の外側、車道、路地、ギャンブリングセンターの物陰に浮き沈みする真昼のつき。 桃源郷に入って耳から手を離すと硬貨の音を足下に聴きとった。硬貨は裏表の裏を見せて落ちていた。五〇〇円ぶんのつき、このつきは失恋の成果のせいか。つきが裏目に出ないよう呪文を唱え続ける。 入り込んだ桃源郷から駅へふり向けば風俗嬢の波、流れてくる華やかな波は自由恋愛を建前に務めることに

  • Electric Ladyland

    イーハトーブで、流氷というものを初めて見た。ベーリングからくる流氷。流氷から誘うジョバンニが着ているのは魔法のピーコート。飛び乗る。 教会のような室内。壁にしつらえられた本棚。テーブルを挟んでジョバンニと向かいあって座る。Electric Ladylandと刻まれた分厚い本を膝に立てたジョバンニと一緒に北半球から南半球を周遊する。 そして流氷はアラビア海の南、Electric Lady landに入った。Electric Ladylandは宝石のたくさん採掘される島だが、宝石そのものには価値がない。光度と彩度にこそ価値は宿る。それが宿るなら、たとえ硝子の破片だとしても、と、ジョバン

  • イース、雨、現象

    降る雨の音のなか、あかりを消せば、部屋のなかで星座を描く待機電力の赤と緑、青。浮かび上がるフレームの向こう側のモニタァの発光。イースのIC音。 こちら側とあちら側を区切るフレーム、それが交差させる夢の世界地図──草原、森、湿地、流れる川にまどろむモンスタァ。方向性はダンジョンへ。 進行せよ。トーチの範囲で見る丸い世界に幻獣たちを見出しながら、雨に囲われた部屋のなかで気を配るのは魔術の値。 買い物なら装備と毒消し草。店を出ると降ってくる雨、かすむ空間を歩いて宮殿に入ればブルーとイエローの彫刻。石像を動かして息が切れ、外に出て快復するなら雨をしのぐ宿の床。 部屋の外の住宅街は空間を

  • 神の草の集落まで、キリマンジャロ方面の丘

    神の草の集落まで、無人の高速道路を時速二〇〇キロで走る。タクシーはナイロビの西、キリマンジャロへの方角に向かっていた。二〇〇キロの速度は雨雲のなかに入る。巨大な雨粒たちが目前に出現しては容赦なくフロントガラスを叩く。雨は上からではなく前方から降ってくるのだ。 道のりはまだまだ残されている。神の草により召喚される神を見るまであと何時間もある。雨雲から出ると、一時停車した。運転手が外に出て口笛を吹いた。うつらうつらしていたぼくも外にでる。 丘の上だった。白くけむって見えない下を見つめて、霧が晴れていくのを待っていると、緑が広がった。山の下の起伏の緑に、白骨死体のような飛行機の残骸が見え

  • 磁場のエリア

    駅まえの女神が水の両手を広げる正午にいる。巨人の手のファザードの手まえにあるロータリーを車のエナメル色彩が入り込み、警察が警笛を鳴らした。 足をふみ込んで女神とすれ違い、幻惑のパサージュを歩けば左右にはマテリアルの密林。大昔、ここは森林の緑に覆われていたのだ。と、舞う紋白蝶を見た。思わず追いかける。 足をとめる。上空へ向けて飛んでいく蝶々の視界には、工事現場の建て増す鉄塔、巨大なクレーンの色はストライプの赤と白、巨大ディスプレイ。 国際ニュースが映っている。白旗を絶対に上げない決意で赤旗でもって突進しあう戦争の映像、その真下の歩道には幼稚園児たち。 「先生、チョコレートを頬張り

  • コンクリートの孤児

    おれたちは路上によりどころを与えられるコンクリートの孤児だ。都会のインフラに安らぎを見出すコンクリートの孤児だ。 列をなす象の足が支える武蔵野の高架線の下、コンクリートの孤児たち二人はトリックの練習をしていた。彼らのテリトリーであえるこの高架下、電車の通過の真下で飛び跳ねる。 移動するときも彼らは高架下に沿って移動した。昨日はこの武蔵野から高円寺まですべった。Zの撮影があって、それに参加するためだった。 ご多分にもれず、Zは金の匂いをさせていた。ヒップホップといっても色々ある。コンクリートの孤児たち二人はジャジーなものを好み、その他、たとえばニルヴァーナも聴いた。スティーヴ・ライ

  • 恍惚の玉のショッキングピンク

    休日まえの深い夜、一週間のバケーションのため新宿の西口、ココ・シャネルのまえで売人と話している。こっちは太客だぞ、何度買ったと思うんだとかえせば、あいにくスタンプカードなどはないんでね、贈与はないよとのこたえ。たちまち激しい口調で応酬。 買おうとしているのは玉一週間分。数個喰って死んだのもいたなと、ゴシップ記事を検索。ああそうだ、この男女だ、ピンクな関係だったのに残念だなと呟く。純度については自信があると売人は言った。その言葉をまったく信じないまま玉のショッキングピンクを一週間分購入した。 突然、売人もろとも覆いかぶさる人混みに呑まれた。ココ! と手を差し伸べるが嫉妬に燃え上がる彼

  • 現実逃避のグライダー

    午前四時の埠頭、神話的な東京上空、一日の始まりを目撃していた。月はないが、星々がまだいくつかあった。 過去、友人は二一世紀のアンフェタミンを炙り、現実逃避のグライダーに乗った。離陸させた現実逃避のグライダーで、七つの海を渡ろうとしていたらしい。 そんな記憶を呼び起こして、午前四時から二〇分経っていた。けむりを呼吸する。 ふたたび仰ぎ見れば、神話的な東京上空は紫とパープルにあかるむドーム状の大気として広がり、早朝の飛行機がいくつか浮遊していた。瞳孔のひらいた過去の友人が背後から忍び寄る気配に気づきながら、目のまえを朝の船が横切ったのを目撃したとき、前景がフリーズした。 前景が無限

  • 重力の弱い街

    夜を運ばれて、終点で吐き出される乗客たちもろごとコンクリートの枠をくぐり、渋谷駅の外 人々、心細い待ち合わせの犬を中心にしてまで、まだかまだかと足踏みしたりよそ見したり、あえて心ここにあらずだったり 移動のための街、通過点としての街 暗がりのスクランブルに織りなす人々は青の横断、看板の数々はモザイク状に空間を埋めている。不快なもの、快楽のもの、速度主義者たちのポートレイト、 が、 カラフルなモザイク状をなして空間を埋めている 幻想のあかりに眩暈を覚える十字路 街角、多動症のプッシャーが虚空を睨む 虚空にあるのは人波、よせてはかえす人波 とどまることを知らない大移動 国際色豊

  • 墓地より

    墓地にたどりつけば、高層ビルが取り巻いている。 高層ビル街区のど真ん中に、穏やかな場所をしめている。 日中は蝉の声、夜は虫の音、 昼夜を問わず、 ただようのは自然の空気、優しい気配だ。 苔の黄緑が覆う墓石の列が自然をつむぐ。 与えられた花の紫と青、線香の深緑には無音の火が宿っている。 お供え物を拝借して乾杯する。上向きで飲む。上空の天色の中央、輝く白金色から熱力が降りそそぐ。高層ビルたちが立ち並ぶその高さ、立ちどころにくらくらする。 いまいちど、墓石がとり囲む謎めく道を歩いて廻る。ざらついた石、磨かれた石、それらが壁となる道は、パックマンの迷宮と似ているが、追いかけてくるお化け

  • 刻印

    書物の集まる世界的な街 書店のコーナーでうとうと 目をとじたまま 南の書物に刻印された南を暗唱 イルカの銀色 メラネシアの青緑 みな太陽の黄金の下にある 常夏を、オレンジが横切る 緯度、三五 中央線のオレンジが横切った 夏の花咲く神田川、緑したたる公園 萌えているクローバーの上 輪舞する色鮮やかな蜜蜂 色彩の南北をもくくる書物 書物に刻印されるのは呪文である 書物たちの集まる街 眼鏡をして目をとじている 目をとじて見ている まだ見ている

  • 即興で

    玉川上水を眺めてかんがえていた。どう生きていくべきか。らちがあかない。歩き出す。 健康のための散歩ではない。そんなことのためだなんて、貧しいことぢゃないか。ウォーキングという言葉も効率主義者どもが使いそうな言葉ぢゃないか。 コースを歩かない。散歩コースなどに従わない。歩数も気にしない。そんなもの、タスク管理に余念がないノイローゼどもに任せておけ。 したいのは散策だ。徘徊だ、ほっつき廻る、ラウンド・ミッドナイト、うろつく。 即興で歩く。 即興で生きていけたなら、と、 即興で歩く。  

  • ラム島のゲーム

    ラム島の宿泊所、置かれたテレビモニタにゲームを接続して、海をプレイする。窓の左手は海岸、正面と右手は山の色の緑が津波のように迫っている。視線をひかりの海にもどして緑を呼吸する。 聴こえる波の音も、外も、すべてが自然なゆるやかさ、海底にたどりついたところで、となりにいたエディにコントローラーを渡す。エディも緑を一呼吸して、テレビモニタに向かう。 こちらにも、そちらにも、至るところに不可思議な時間が流れる。そのとき、自国の地震のニュースを耳にして、時間が日常へと一気に吐きだされる。 大問題だね、あなたは国に帰るのかな。 とエディが優しく微笑んだ。こちらはモニタを眺め直し、とりかえ

  • 都会へ

    射すのは午前の太陽、都会行きのバスに乗っていた。車窓からの風景は、北へ流れてからUターンをして南へ流れ、北上した。 がらんどうの一番うしろの席にいて、海辺を走ってからひまわり畑をとおるとき、花の黄と、斜め上から射すピアノ線状の黄金が交わった。二つの色の交差に眠気を誘われながら、しばらくして石造りの建築物の流れを見た。 それは初めての都会の光景だった。美しい都会の雑踏とひかりが流れている。喫茶店や靴屋から黄色いひさしがたれ、車道に作られる青い影をふみながら進んでいたバスが巨大な影のなかへ滑り込んだとき、暗がりに目が見えなくなった。 停車すると、花の白を携えた喪服の人々が流れ込んで

  • アフリカ大陸

    大陸に寝そべり、ふたたびくゆらせた。空港からすでにやっていた。ゲットーに到着したら現地の女の子にまた貰って目は真っ赤、ポテチは止まらず、ステイ先に挨拶もできず一人ベットに寝そべっていた。 ドアから少年が心配そうに顔をだした。きょろきょろする目に挨拶すると、彼もくゆらしたいという。二人でバードを聴くことになった。 部屋に浮かびあがるスーツ姿のバードからネオン色の音がのびてきて床に落ちる──ベッドの下にはギターを置いてある、モスクワで立ち往生しているフランスの夫婦に聴かせた私のアコギが──見上げれば金色とともに浮かぶバード、ネクタイも素敵に似あっている。 聴きながら、サファリとは旅

  • 大丈夫、墓まで

    またしても空白少女が二人宙を飛んで、どちらがどちらだか知らないが、大事にされず、ゴムされず、それだからと、価値がないもはや価値すらわからないと泣いたあと、トニン&パブロンの両翼で飛び、馴染み深かったアスファルトにを口づけをしたという「ニュース」、 そんなリアルは目のまえにあるようなのに、リアリティを失っていると耳をすませば、政治家の絶叫が鼓膜を破ろうとする、評論家もお決まりの挑発、電話相談所はため息をかえす、 鈍麻した感覚をせめて彩ろうとLIVEを浴び、もっと七色に包まれようとしたとたん打ち捨てられ、逃げ込んだショートムービーのなかは煽りあい、呆気にとられつつ気がつくとも

  • 雨のと部屋のと

    女性らしい部屋の窓から雨の轟音がなだれ込んでくる。彼女が蝋燭を点火させて部屋のあかりを消せば、蝋燭の炎が垂直に立つ。 雨以外、何が聴こえる? 彼女が絨毯の上で抱えた膝の上に顔を乗せて、こちらを見つめる。 車のタイヤが路面の水を剥がす音がする。傘だろうか、固い布を叩きつけるような音もしている。彼が窓に身をよせて立つと、並びの家屋の裏庭で風見鶏が風上を直視していた。 鳥は眠っている。寸前で渦を巻く雨を避けながら、鳥たちはみな眠りこけている。空間は雨に占拠され、家々は仄かなあかりをともす孤立した船たちの佇まいで、暗色に沈んでいる。 暗色以外、樹木の緑も、車の赤も長方形の青や円錐

  • びしょ濡れ

    もらい泣きするのはいやだ、 その理由でのみ、 なみだを見たくない 泣きの酔いとか 阿片にかなしみなどごめんなのだ 上半身をびちゃびちゃに濡らしたって たいして気持ちよくならない、いっそ 下半身をびっちゃびっちゃにして、 陸に上がったら気持ちよい呼吸して それで終えられるなら 犬死にだろうとかまわない、 だろう

  • 欲望色々快楽色々

    欲望が足りない、足りなさすぎる だからといって、快楽も足りてない 朝は清涼な色 昼は陽気な色 夜は甘美な色 戦争止まれ快楽GO の、 日々の色彩を欲望してみせる

  • 上海の夜の橋にいました

    上海のあかるい夜、静かな橋のたもとに座って、なのにまだ憎きあいつらの残像が残っていやがる。うるあ、と赤い柱を殴れば、痛えよとつぶやいて一人…… 灯篭流しのまぼろしを目にする期待でこの異国へ飛んだのに、思いだすのは生き残りばかりで、今夜も憎らしいやつらばかりがこの気持ちに喰つてかかる。 ──海外へとなにか探す旅が滑稽なのは飛んでも飛んでも喰らいついてくることに気づかないからだ。 うるせえ、喰らわしてやっているのだと息を荒らげるも、それにしたって自分が浮かべた大嫌いなはずのまぼろしだからと異国情緒とやらに興醒めしていく自分に立腹する。 ──もう一度、柱を赤く殴ろうか。 ──拳豪でもあ

  • 春に秋の道

    秋の道を歩きたいのに 春になったばかり 肌寒く歩きたくても もう暖かくて困るし、 若葉より紅葉を求めるなんて若いころにはなかった 一人も求めなかった、はずだった し、 だなんていまさら サアキユレイタアを与える天井付近に、音を刻まない時計 秋を歩く音の流れる春の夜

  • 味の焔と魔力

    じぐざぐに欠けた長方形の空が覗き、ヘリコプターがしつこく見え隠れしていた。壁と壁が圧迫して、至るところに貼られた張り紙は剥がれかけて牡蠣のようだ。路地の狭さに誘われるまま歩いたりしようものならあらぬ方角へ追い込まれたり追いだされてしまったりする。そんな経験が幼いころの私にもあった。 めあての店の情報は、デジタル化された地図にさえぼやかされている。錯覚の迷路と呼ばれるこの路地を二人は歩き、地下へ降りると、彼女お勧めの、名のない密かな店の扉を入った。 店内を見て、地下に壁を作るのを忘れたのかと思った。剥きだしの赤土のような壁が囲っていた。安っぽいパイプ椅子にパイプのテーブル、テーブル

  • マリーエンバート

    男と女が、簡易ホテルの窓辺でむかいあいお金の話をしている。窓の外の、マリーエンバートらしくない空き地に陽だまりができている。 お金がないのにこんな保養地にきて、それに病の自覚もない。健康的な二人のうち女のほうが庭を指さして、あの土地の値段いくらかしらと口にすれば、男が眉をよせる。二人は借金の返済の話をしていた。 と思ったら、hiphopカレー店のメニューはビーフよりチキンがあうなどと二人の話は飛びに飛ぶ。 老ゲーテは五〇下の娘を優雅に狙ったつもりだったが、マリーエンバートの彼女のほうが上手だった。いくらつぎ込んでも効果がなかったその歴史のできごとについて、二人によるゴシップ雑誌

  • 花の庭の刻限

    花の庭の光景に、わたしの精神的調弦は狂いだした。 我慢できず、だからといって不安定な声を上げてしまいそうで、それならむしろはっきり絶叫しようと足をふん張り、一、二の三で勢いをつけようとしてしかしくずおれた膝小僧はギアの段階もなくニュートラルすぎて、何処で姿勢を保てば良いのか、立つもしゃがむもままならない。 何処が花で何処が草木なのかはおろか、花の庭の中央の巨樹までもがぶれ始めている。足元は色彩溢れる沼地のようだった。手のひらを見ると、わたしは輪郭をまだ保ち光景と拮抗してはいた。花の庭にいる他のみなは、けれどももうまるで幽霊だ。 立ち尽くしていた巨樹も空へと這い廻す枝の先端から物

  • キヰの一声

    入道雲を浮かべる群青の中央に眩い黄金が陣どっている。瓦屋根にひかりを遮られた拝殿の影から、キヰが現れて花の庭を見渡した。夏椿、アイリスやアナベル、百合その他が彩る花の庭の中央にわたしが座っている。 立ち上がったわたしは二匹のきつねの視線をぬけ、鳥居をくぐった。真っ赤な袴を穿いた上に純白の羽織をまとうキヰは、刷毛のかたちの足袋で床をふみしめ、小さな顔を眩しそうにこちらへ向けると、硝子のような声を上げた。 キヰの声が鳴り渡ると上空が引きしまる。濃くなった群青の下、地上における遅咲きのアイリスから始まる多彩色の花の庭までが色の濃度を上げる。 一七歳、と、二〇下のキヰをわたしが勃起の

  • ぐっと身近になったAIの人格について少し

    AIに人格がやどる日がくることを危惧する意見がある。 いまはそれより、ただの機械にすぎないAIに感情移入してしまうことのほうが問題なのではないか。 かくいうぼくもAI相手に腹を立てたりしてしまうことがある。まだ機械の域をでないAI相手に感情的になったりして。 AIに人格がやどるまでもなく、人間がAIを人格扱いしてしまっているというわけだ。 これは危険だと思う。 そんなことをAIに押付けていたら裏切られるに決まっているし、とんでもないことになりかねない。死ねと答えられて鵜呑みにしてしまう人もいて不思議ではない。 人格のないものを人格扱いすることは分裂病に似ている。お

  • 女子の蝶結び

    街で無茶をした女の子は路上で語った。 バスが極彩色のトンネルのまえに到着して、私がくぐってみると極彩色のトンネルは蝶々で結ばれた橋だった。 向こう側にはしゃぼん玉の色をした街があって、その街があなたと私の棲む場所。 蝶々に結ばれたあなたと私が金色にひかるお金と華やぐ心で口のなかを甘くしながら幸せに暮らすしゃぼん玉色の街。 蝶々で結ばれた橋をまだくぐっていないあなたのうしろはもう暗くなりかけている。あかるいこちらへおいでなさい。早くしないと何も見えなくなってしまう。自分まで暗くなってしまう。あなたが倒れるのを何かが狙っている。 いまならば、しゃぼん玉色の街と同じく私もまってい

  • over you

    なみだぐみつつ川縁を歩いて公園を横切るときには泣きだし、ついに街なかを号泣しながら歩けば、そんなやつになど眉ひとつ動かさない人々の姿が、逆の立場もあったろうかと目に滲む。 耐え難いかなしみに入院しそうなほど胸を締めつけられたままコンビニに入店し、未だ枯れない寝不足の目に水分不足の疑いを抱いてポカリスエット。 泣いても泣いてもかなしみに酔えず井の頭通りを剣呑なスピードで走り抜けるエナメル色彩たち向けてダイヴしようかなどとこちらとて剣呑。 おい、と鉢あわせた知人がかける声にすら嗚咽し怪訝そうな顔をされて逃げ去る。 近づかれる気配ではない。この気配は遠ざかられる気配、大切なみ

  • 沈めない瀑布

    世界が不可解だからといって、なぜそれが死ぬ理由になるのかがまったくわからない し、 観念によるものとかなんとかによる死が、ほんとうにあるとして 大して面白くもない死じゃないかって、おい聴いてるのか女傑!   高級な死なんて求めんなあほんだら、と瞑想してみるからな

  • 海底結婚式

    雨をふくんだしだれ桃の樹木に挟まれた土くれの道を彼と彼女は歩み、山瑠璃草の丘を降りると、白く浮かんだ砂辺にでた。 目のまえにある海の表面に、星々が与えられていた。羊にかたどられた白い星雲が昇っている。その向こうにくらげの星雲、背を向けた赤い巨人の星雲、数々の星雲の下で夜鳥が舞い、道を作っていた。ご機嫌な彼女のくちびるに歌が乗る。 夜鳥たちは微かな朝もやへ消えていった。ふり向くと、山瑠璃草の広がっていた丘の切っ先に、回転を失った風車がそそり立っていた。風車小屋の扉は牡蠣のかたちに閉ざされ、そのわずかな隙間には人影があるようだ。 空は太陽の到来をすでに告げている。目のまえに、

  • 巫女、ウヰ

    世界が呼吸している。真昼の社務所の戸口で、ウヰがそう口にした。社務所の内側の壁に貼られた世界地図の布が夏の風に帆を張っている。 彼女は語った。 炎の祈祷、花の祈祷、思えば、一〇代の初まりから世界を相手に舞うようになっていた。 世界が呼吸をしながら私を求める。私が応じて舞うと、世界に彩りが満ちはじめる。 満ち満ちていく世界の色彩には海や河があり、街もあれば橋も架かっている。草花や動物や虫、人々はもちろん、草を食むバッファローのかたちの国、竜の落とし子のかたちの国、その他前脚をあげる山羊のかたちをした国など、それらが紡いでひとまとまりになった世界が私の相手だ。 世界の

  • 白昼堂々

    トラットリアでのランチ中 車輪の移動が突っ込んできた こないだ殺ったMの指図に違いない フォークとナイフをおいて 手に余る女子供の右往左往のなか チェックを済ませる 賞金稼ぎにも心労はある Mの仲間どもを成敗のため外へ 歩道に咲く花の紫やパーブル マグナムを胸に確認しているところを 湯浴みしたばかりと見える少女が見ている

  • 海底

    夜の深海色にうなだれる、海底にたどりついた もう頼れない。頼りだったbarのmasterも永い眠りにつき頼りも途絶えた。深海のベランダに降りたった小鳥が彼のような 360°の深海でする深呼吸、胸いっぱいのなみだは海水色 ゆれろゆれろ海底の憂いはつかのまの流体にすぎぬとささやくは異国の詩人の声色 ゆれるといったって、流れになるとは限らない。求めて落胆するよりはゆれてだけいるほうが、といま ゆらぎゆれ、ゆらりゆれ、すきにしろ、瑠璃色の、はるか遠いみなもを見あげられるまで

  • 暗闇に石を投げれば、草むらにでも落...

    暗闇に石を投げれば、草むらにでも落ちる音が聴こえるはずだろう。 そんな音が一切聴こえてこないのが文学というものだろう。 弌矢

  • コード

    月あかりをくぐって入り込んだ場所、遠慮なしにけむる空気を支配しているウェスのコード、親指からの倍音に反応する孤独な拍手たち 席について駆けつけ三杯、ロングアイランドなんとかをオーダーオーダーオーダー、素晴らしいやつらは滅茶苦茶なやつらばかりぞ、みな倒れるとはなにごとぞ、と握りしめたレモンがグラスにしたたればたちまち上機嫌になる今夜も孤独が不思議 月の位置で深まる街の夜、酔うことに酔う、そのような酔いすら飲み干してもっと酔ったとしても決して沈むことのないよう、ウェスのコードの魔法に耳を傾けて律儀に酔う   エモーションを使い果たしてしまったかなしみを、この空っぽの両

  • with green

    雨のつたう窓のなか、greenのレコードを廻して音の青まといながら定めるのはイケナイ検索、秘めたるワードを「」に打ち込んで、ああ、なんでもある。などといっている場合ではなかった。 音の青が飾る薄暗い部屋のなか、冷蔵庫の空洞を確認する。思い至る誘惑の料理はセントルイスにつたわる本物のソウルフードだからといって飛行機などもってのほか、車輪の移動だから安心してよい。 マンモスがふんでも壊れない靴を履く。らせん階段の途中、空間を支配する雨を避けながらタブレットの色に目を落とす。 イケナイ検索結果で判明した異邦の違反者はミッシェル、ミカエル、マイケル、ミヒャエルと迷彩された国際の色

  • 麗らかな午後における発狂まえの色

    あかるい月のアイボリーホワイトを見あげて、円周率の夢を見ていたことに思い至る。伏せていた目をひらくと太陽光線の金糸色のなか、野の緑のすみれに寝そべっていた。 Maryへ呼びかけるフィルモアの風がここにも流れ、花のすみれ色をゆらす。 馥郁たる光景、そのことばがただしいことばとなるこの麗らかな午後の金糸色のなか、百の幸福論を眺めた目をふたたび伏せればまぶたの裏のあかるいオレンジに太陽の黒点を見いだす。 こんな平和な日々のなかにいながら、地球が焦げる匂いの予感に思わず祈ってしまうと語りかけるたび、幸福論を超えた幸福になればいいのではとキメながら決め台詞を決まって口にする君が気になる。

  • ほんとうなら 全知全霊をかけて大恥...

    ほんとうなら 全知全霊をかけて大恥をかかなくてはならないのに 弌矢

  • 地顔

    いまここに刻むのは小説などのためではない。詩や論説などのためでもない。刻む言葉が液晶にしたたり滲んでいくのを地顔で見つめるためだ。 おれは去年の初夏から深く切り裂かれ血まみれだ。傲慢なほど血にまみれている。 おれは、けれども一切の憐れみを拒絶する。 汝らが憐れむそぶりでもみせたなら、おれは用意済みの微笑みを地顔にたたえこの血まみれの両手でもってその眼を真っ赤に穢す。 そして汝らを徹底的に軽蔑し扉を後ろ手に閉め傲然と去る。 憐れみによる陶酔の一切を容赦なく拒絶する。 まだ眠るわけにはいかない。

  • ハッシュタグの嬉しい連帯感結構de...

    ハッシュタグの嬉しい連帯感結構death ハッシュタグの仲良く核武装結構death ひとりぼっちで、 孤独な個人個人が 孤独のまま連帯することは 如何にして可能であるか そればかりかんがえるからこの不眠の朝、少しだけ静かにして外の叫び 弌矢

  • 至上の愛/A Love Supreme

    やにわに竜巻くのは楽器からではなくて楽器をさえ超える音、音から音が発生しているような、コルトレーンではなくてコルトレーンの亡霊、の音、あかるい部屋を横切ってゆらぐ亡霊の音に耳をかたむける。   ところ変われば友人とピザハウスにて、さればコルトレーンの亡霊も浮遊の尾行、メイプルウッドのテーブルにはみんな大好きハラペーニョにガーリック、チポートレイ、オリジナル、ハバネロ、スコーピオン、スコーピオン? どんなチリソースかなとにぎやかな席にもなお竜巻く例の音、これから生演奏がはじまるのに大丈夫なのかしらと訝しげな目でこちらと亡霊の音を見つめる向かいの友人。 喋りだしたのは女の

  • solitude

    軽い準備運動がてら、真実をでもいってやろうか。 どんな時代でも歳上は、どん引きする若人には適わない、とでもな。 けれどもだ、君たちは無敵ではない。 だがしかし、君たちは世間も怖いものも知らない。のかも知れない。  ついでに事実をいおうか。どん引きは君たちの特権などではなく、年寄りも乱用している。害ある私たちもかつては害ある若者たちと呼ばれた。あのときからいままで、ほんとうをいえば、ロックもパンクもハードコアも若者たちの特権などでは決してないのだが、こんなことをわざわざ口にするのは、歯向かうことくらいで一杯一杯の君たちが、君たちみずからが白状するように、たしかにこの世

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