淑琴(シュウチン)の押す車椅子が、ぼくとSaeの前を静かに通り過ぎていく。その先には馬上杯の飾られているテーブルがある。しかし、側には寄らず1メートルくらい前でとまった。マダムの祖母が自らの手で押さえたのだ。ぼくの方から、祖母の顔を窺い知ることができた。鑿(のみ)で刻まれたような深い皺の一つひとつに、先ほどの壮絶な人生体験が浸み込まれているように感じ、また、一瞬窓から入った強い日差しによりできた陰翳が、それをさらに強調しているように思えた。陽の明るさによるものなのか、脳裏に去来する過去を思ってなのか、老婦人は眼を線のように薄く細めると宙の一点をみつめ、ゆっくりと口を開いた。 「凉媛(リアンユア…