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「ともに生きる 山のツキノワグマ」動物写真家・前川貴行さんインタビュー 人と動物が一緒に生きるために考え続ける

『ともに生きる 山のツキノワグマ』(あかね書房)より

初めて出会った野生のクマ

―― 前川さんにとってクマは、動物写真家としての原点ともいうべき特別な存在なのだそうですね。

 動物写真家として生きていこうと心に決めたとき、最初に取り組もうと思ったのがクマでした。クマは容易には近づきがたい動物ですが、ぬいぐるみやおもちゃのモチーフ、絵本の主人公などにもよくなっていて、子どもから大人まで多くの人を惹きつける存在ですよね。クマのどこに魅力を感じるのか、僕自身も言葉ではなかなか表せないのですが、もっと知りたい、近づきたいと思わせる何かを感じていたんだと思います。

―― 初めてクマと対面されたときの様子は、フォトエッセイ『クマと旅をする』(キーステージ21)などで拝読しました。

 動物写真家の助手時代に、個人的に初めてアラスカに行ったときのことです。グリズリーやブラックベアーなど、野生のクマをメインに撮影しようと決めて、ボートで島を巡って探していると、降り立った浜辺で、遠くからゆったりと歩いてくるブラックベアーを見つけました。距離は200メートル以上あったと思うのですが、初めて見る野生のクマを前に、ものすごい緊張感と恐怖感が湧いてきて、クマってこんなにすごいのか、これはやばいな、と身をすくませてしまって。とにかくその強烈な存在感に圧倒されて、撮影しようにも近づくことすらできませんでした。自分としてはかなりショックで、落ち込みましたね。

 それでも動物写真家を目指す以上、びびっていてはいかんと思って、毎日毎日クマに接近を試みて……何日かするうちにだいぶ慣れてきて、近くで写真を撮れるようになってきました。経験を積み重ねて、恐怖心を克服していった感じです。

『クマと旅をする』(キーステージ21)

―― 今はもう恐怖を感じなくなったのですか。

 いや、恐怖心は常にあるんですが、初めてのときのような身動きできなくなるほどの恐怖は感じなくなりました。クマの表情や動きの変化を注意深く観察して、少しでもおかしな動きをするようなら、すぐに距離をとるようにしていますしね。

 トラやライオンに生身で接近することはできませんが、クマならぎりぎりそれができる。そんなぎりぎりのチャレンジをしてみたい、というのも、クマの撮影に取り組むようになった理由のひとつです。でもそんな気持ちを抜きにしても、ただ単純に惹かれてしまう、さまざまな魅力を感じる生き物、それが僕にとってのクマです。

ツキノワグマの置かれた現状を伝えたい

―― 近年、市街地にクマが現れ、人の暮らしを脅かすニュースをよく目にします。『ともに生きる 山のツキノワグマ』は、そのような問題と向き合うべく作られたのでしょうか。

 日本には、北海道に生息するエゾヒグマと、本州・四国に生息するツキノワグマという2種類のクマがいます。僕はどちらも好きで、つい先月も知床半島でエゾヒグマの撮影をしてきました。

 ツキノワグマは、本州と四国では敵なしの、食物連鎖の頂点に立つ強い動物ですが、実は人を恐れて警戒する、臆病な側面もあります。そんなギャップや、真っ黒でつやつやとした毛皮をまとった姿、醸しだす雰囲気などもすごく魅力的で、昔からお気に入りの動物です。

頭からおしりまで140センチほど。力持ちだが性格は臆病という思いがけない素顔を持つツキノワグマ。『ともに生きる 山のツキノワグマ』(あかね書房)より

 そんな大好きなツキノワグマが人里に姿を現して、人身事故を起こし、駆除されている……そんなニュースを聞くたび、僕は心を痛めていたんです。報道では、クマは悪者、厄介者として扱われることがほとんどで、僕の中にあるツキノワグマ像とはかけ離れているように感じていました。

 自分にできることは何だろう、と考えたとき、写真と文章でツキノワグマの魅力を世の中に伝えていこう、と思いました。ツキノワグマの写真をたくさん撮って、ツキノワグマが置かれた現状を自分の目でしっかりと見つめて、それを写真絵本にすることで、子どもから大人まで、できるだけ多くの人にツキノワグマのことを知ってもらいたい。そんな思いで『ともに生きる 山のツキノワグマ』を作りました。

―― 撮影はどのように行われたのでしょうか。

 この本の序盤に出てくる湖では、夏の2、3カ月間ほとんど張り付いて撮影しました。まったく出ない日もあれば、7、8頭くらいを一度に目撃することもありましたね。

 エゾヒグマは知床の生息地に行けばわりと撮影できる機会があるのですが、ツキノワグマはいざ撮影しようと思っても、なかなか出会うことのできない生き物です。あまり開けたところに出てこないので、安全なスタンスで撮影できるチャンスが断然少ないんですよ。そんな条件の中で、いかに魅力的な写真を撮るかというのが、動物写真家としての僕自身の挑戦でもあるんですが。この本の表紙のような距離感で撮影できることは、そう多くはないですね。

―― 後半には、前川さんがよく撮影していた若いツキノワグマが畑の罠にかかって駆除され、運ばれていく写真が掲載されています。

 仕留めたクマをハンターたちが運ぶ場に、たまたま居合わせました。人の暮らしを守るため、ハンターたちはやるべきことをしたわけですが、自分の好きなクマがこうやって射殺され、運ばれていく場面を目の当たりにするというのは、やはり愕然とする出来事です。こういう状況はこれまでも多々見てきているのですが、自分にはなすすべもなくて……毎回、無力感で胸が潰れそうになります。

 人が安全に暮らすためにはやむを得ないのかもしれないし、実際に自分の家族がクマのうろつくようなところで生活しなければいけなくなったら、僕だって不安や心配が絶えないだろうなとは想像できます。だから、クマの駆除をただ悪いことだとは思わないのですが、もう少しやりようがあるのでは、ということは常々感じています。

人と動物が共生していくために

―― 野生動物が市街地に出没する問題について、この本の中では、動物の居場所と人の暮らしとの境目がなくなってしまったことを指摘されています。

 昔は人の暮らしと自然との境界線がもっとしっかりあったんですよね。都会があって、田舎があって、人が手入れする林が広がっていて、動物たちが暮らす山があって……もし動物が境界線までやってきても、人の気配を感じたり、放し飼いされていた犬に吠えられたりして、山に戻っていったんですよ。

 それなら今後は農村部では犬を放し飼いにしましょう、というのも現実的ではありませんが、各自治体には何かしらの形で、境界線を作るという意識を持って行動に移していってほしいなとは思います。ただ、農村部の人口の減少という根本的な問題もあるので、一筋縄ではいかないというのもわかるんですが。

 ツキノワグマと共に生きていくためにはどうすればいいのか、僕たちにできることは何なのか―― 簡単な問題ではありませんが、まずはできるだけたくさんの人に、ツキノワグマのことを知ってもらいたいですね。ただやみくもに恐怖を感じるのではなく、まずは知ることから始めてほしいなと。もっとツキノワグマのことを知れば、そこまで恐ろしい生き物ではないということもわかってくるはずです。

栃木県足尾の山にて。昼寝から目覚め、大きなあくびをするツキノワグマ。『ともに生きる 山のツキノワグマ』(あかね書房)より

 本当は間近で見てもらえるといいんですが、それはさすがに難しいので、僕がクマの代弁者というか、通訳みたいな存在になれたらと思っていて。この本をきっかけに、ツキノワグマの魅力を知ってもらえればうれしいですね。

―― ほぼ同時期に、『オランウータン 森のさとりびと』(新日本出版社)も刊行されました。

 ボルネオ島のジャングルで暮らすオランウータンを撮影した写真絵本です。オランウータンは我々人間と近い種類の生き物なので、共感できる部分がものすごく多いんですよ。写真を撮っていると、見つめ合う瞬間がよくあって、コミュニケーションできるなと実感します。

 ツキノワグマにもオランウータンにも共通しているのは、人間社会とのかかわりが切っても切れないということ。歴史の中で虐げられてきた現実があって、その状況を打破しようとした勇敢な人たちがいて……そういった悲惨な歴史はどの動物にもかなり共通してあります。大昔と違って今の世界では、人は人、動物は動物という隔たれた世界で生きていくことは不可能です。一緒に暮らしていくにはどうしたらいいのか、地球上に生きる命全部ひっくるめての問題としてしっかり考えていこう、というのは、どの本を作るときにも共通の思いとしてありますね。

前川さんがこれまでに撮影した日本の動物たちは百種類にも上る。『ともに生きる 山のツキノワグマ』(あかね書房)より

―― 今後の活動についてもお聞かせください。

 最近気になっているのは、ロードキル(道路上で起こる野生動物の死亡事故)です。野生動物が人間の交通社会の中で犠牲になってしまう問題に対して、自分の立場でかかわって、改善していくことはできないかと思っていて。僕は車の運転をするとき、かなりゆっくり走ります。野生動物の多い北海道では特に気をつけて運転します。ですが、ものすごいスピードで飛ばす人も多くて、僕を抜かしていった車がシカをバーンと轢く、みたいな場面を目の当たりにすることもあります。そういうのは見るのも嫌だし、かわいそうだし、人間にとっても危ないので、なくしていきたいなと。

 写真や本につながるような活動ではないかもしれませんが、僕が動物写真を中心とした活動をしていく中で見えてきた問題に対しては、自分なりに取り組んでいきたいと考えています。

【好書好日の記事より】

ひもとく:クマと人間の距離 野生とは何か、知ることから 服部文祥

売れてる本:姉崎等、片山龍峯「クマにあったらどうするか」 実践的な知識の連続に圧倒

  翻译: