週刊誌にあふれる医療批判記事
近年、週刊誌でやけに目立つのが医療に関する特集記事だ。医師や病院、病気や健康、薬はもちろん、健康食品やサプリ、ダイエットに至るまで様々なテーマについての記事が氾濫している。
もちろん正しい情報に基づく批判であれば何の問題もないのだが、今の週刊誌が取り上げるのはほとんどがストレートな医療情報ではない。
基本的には現代医学の常識にケチをつけるような逆張り情報ばかりで、「このまま薬を飲み続けると死ぬ危険性も」「〇〇に殺される」「〇〇が治った!」「これをするだけで死なない!」といった過激な見出しを垂れ流しているのが実情だ。
「オヤジ系週刊誌を読んでいると、日本の医療は崩壊しているんじゃないかと思うほどです。もちろんそんなことはないのですが、今の週刊誌は読者の情弱ぶりに付け込んだビジネスにしか見えません」(女性誌記者)
この傾向が特に目立つのが『週刊現代』『週刊ポスト』といったオヤジ系週刊誌で、ここ1カ月ほどの誌面を見ても毎週のように医療系の批判記事が特集されている。
たとえば『週刊現代』では「緊急総力特集 毎日飲んでいる家族や友人にも教えたいサプリと副作用/ウコン・EPA/グルコサミン・鉄・クロレラほか/呼吸器障害、アナフィラキシー、死亡事故も/高いだけで効果はゼロ/腎臓を傷める要注意サプリ/医者はこれを飲んでいる」(4月12日号)、「健康食品のウソ」(5月4日号)。
『週刊ポスト』も「ベストセラー医学博士が教える『健診結果』の正しい読み方[完全図解]」(5月3・10日号)「健康食品サプリの副作用 50品目リスト」(4月26日号)「知らずに口に『紅麹』の毒と機能性食品の闇」(4月12・19日号)と、ほとんど健康雑誌とみまがうばかりである。
普通の医療記事は地味なので読者を煽る方向に
「オヤジ系週刊誌の主要読者層は60代以上の高齢者ですから、健康・医療記事は読者の反響も大きく鉄板の企画になっています。ただ、普通の医療情報は地味なうえ専門的な話は難しすぎて読者の興味を引きづらいので、いきおい読者の興味を煽るような方向にエスカレートしているんです」(週刊誌記者)
スキャンダル記事で好調の『週刊文春』や『週刊新潮』といった硬派系の週刊誌も医療記事に限っては他誌と大差ない。ここまで極端ではないにせよ定期的に医療批判記事を手掛けており、『週現』『ポスト』と変わらないトンデモ医療記事を連発した“前科”もある。
たとえば『週刊文春』は「がんもどき理論」を提唱して著書『患者よ、がんと闘うな』がベストセラーになった近藤誠を何度も取り上げ続けた過去がある。医学的、科学的な根拠が薄いにもかかわらず、「がんは放置するのが一番」「抗がん剤は使うな」と主張した近藤の理論は一定の支持を集め日本のがん治療の現場に多大な迷惑を与えた。また、「血液サラサラ、ダイエットから認知症予防、美容・健康まで様々な効能がある」と「水素水」を推しまくったのも『週刊文春』だった。
『週刊新潮』も「トクホの大嘘」という特集記事で〈はっきり言ってしまおう。トクホ(特定保健用食品)は国とメーカーによる壮大な消費詐欺である〉と難癖をつけて物議を醸したことがある。特にオリゴ糖をめぐる記述は多数の医師から「結論ありきで多数の臨床試験の中から都合のよいところだけを抜き出してつなげただけ」と指摘されている。
こうして見るだけでも、今の週刊誌が掲載する医療情報がいかに信用の置けないものばかりかがお分かりいただけるだろう。
トンデモ医療のトンデモ言説
週刊誌が報じる医療情報の中でも、典型的なものが、がん治療をめぐるトンデモ言説の数々だ。「抗がん剤は命を縮めるから受けない方が良い」「重曹でがんを治せる」「玄米が良い」といった明らかにアレな言説はともかく、最近では「ビタミンC療法」「免疫治療」「食事療法」といった一見するともっともらしく聞こえる説も少なくない。
だが、これらはすでに医学的に効果がないことが証明されている。日本では高額な自由診療でビタミンC療法を行っている医療施設は少なくないが、アメリカではすでに医師免許剝奪、訴訟の対象となっているシロモノだ。免疫アップや食事にもがんを治療する効果がないことも証明済みだ。免疫細胞が大事なのはその通りだが、そもそも自分の免疫細胞では倒せないからがんが増えているわけで、免疫力アップを売り文句にしている治療はすべて疑ったほうがいい。
週刊誌がトンデモ医療の記事を垂れ流すのは今に始まったことではない。これまで様々な問題を起こしてきたが、現在のブームとも言うべき盛り上がりの節目となったのが、2016年に『週刊現代』が掲載した「医者に出されても飲んではいけない薬」という特集記事だ。これによって売り上げが爆増し、気をよくした『週刊現代』は翌週も「有名な薬でも医者の言いなりに飲み続けるのはこんなに危険です!」という特集を企画しこれも大反響となった。
「ネタを提供していたのは浜六郎氏というトンデモ医学でメシを食っている人物で、記事もご多分に漏れない“週刊誌レベル”で薬や成分名など初歩的な間違いが目立っていました。相手にするのもバカらしいので製薬業界もまともに相手にしなかったくらいお粗末な内容だったんですが、これが週刊誌の定番になってしまいました」(前出・女性誌記者)
この特集がヒットしたのは、世間に「医療不信」が根強く残っていたからだろう。確かに医療業界には問題が山積みで、製薬会社の問題、許認可をめぐる厚生労働所の闇、質の低い医師の存在、利益優先の病院経営など数え上げればキリがない。ただ、だからといって不正確な記事では意味がないのだが、それでも『週刊現代』の成功に便乗するように他誌も次々とこのジャンルに参入し、週刊誌は開き直ったように医療批判記事を掲載するようになっていく。
週刊誌の売り上げが激減してビジネス的に厳しくなっていた状況もあり、医療批判記事は週刊誌にとって延命の特効薬になったわけだが、言ってみればこれはドーピングのようなもので、売れれば売れるほど医療現場に問題を引き起こすことになった。
「週刊誌の特集に書かれた薬を処方されていた患者たちが一斉に不安に駆られ、かかりつけの医者に『本当に大丈夫なんですか?』と迫る事案が続発しました。中には記事の情報を信じて勝手に薬の服用を止めてしまい最終的に死亡してしまうようなケースも出てきました。現場の医師たちが大迷惑をこうむったことをSNSなどで発信していましたね」(前出・女性誌記者)
ネットと違い週刊誌の怪しげな医療記事は野放し
この時期は週刊誌に触発される形でネット界隈でも医療批判記事が一種のブームとなっていたのだが、そんな状況に冷や水を浴びせたのが2017年のWELQ騒動だ。WELQはDeNAが運営していた健康・医療情報のキュレーションサイトで、低価格で外部に発注していた信頼性の低い医療記事が問題になって閉鎖に追い込まれている。
この問題では「風邪には家系ラーメンが効く」「吉野家のご飯にはアレルギー物質」といったトンデモ記事が検索上位に表示される事例が続き、グーグルがSEOに関する規制強化に乗り出している。以降、マトモなサイトでは医師や医療関係者など医学知識持つ識者による信頼性の高い記事しか扱わないという内部規定を設けることが一般的になった。
もちろんネットの世界では個人レベルでまだまだ怪しい情報が飛び交っているが、少なくとも商業ベースのサイトでは間違いなく減少傾向にある。この流れは加速しており、最近になってYouTubeも、がん治療に関して科学的根拠に基づかない誤った情報の削除を始めることを明らかにしている。現代のコンプラ重視の流れの中で、テレビですら裏付けのない医療情報を流すことには慎重になっている。
ところが週刊誌だけは怪しげな医療記事が野放し状態のままなのだ。週刊誌の医療記事がネットで配信されるのは稀で雑誌を購入した読者しか記事を読まないため、どんな酷い記事でも炎上するほど話題にならないのだ。いまだにこんな商売を続けているのは週刊誌だけだろう。
異端の医療を提唱している医師を探して取材
週刊誌の医療記事には構造的な問題もある。多くのメディアがそうであるように、正しくて当たり障りのない記事より、不正確でも読者が驚くような記事の方が反響は大きい。そのため週刊誌は現代医療の常識からかけ離れた逆張り記事ばかりを企画することになる。次から次にお粗末な医療批判やトンデモ医療記事が量産されているのは、それが売れるからにほかならない。
「週刊誌は書籍と違ってその週に買ってもらわなければならず、耳目を集めるために、見出しがどんどんエスカレートする傾向にあります。科学的な根拠がない論でも、センセーショナルであればあるほど注目されて雑誌が売れますからね」(前出・週刊誌記者)
こうして見出しに沿った主張をしている医者やコメントをしてくれる医療関係者を探して記事を作ることになるわけだが、当然、マトモな専門家はマトモな意見しか言ってくれないため、週刊誌の取材に答える専門家は限られた人間になってくる。
「編集者は企画を作る段階で、わざと異端の医療を提唱している医師を探して取材を依頼するケースも少なくありません。怪しい主張をしている医師ほどメディアに出て自分の名前と説をアピールしたがりますから、両者の思惑が一致してトンデモ記事が作られているんです」(前出・週刊誌記者)
医療のような専門性の高い記事の場合、本来なら専門家によるチェックが必要だが、週刊誌では時間もコストもかけられないため、識者とは別の専門家にチェックをしてもらうことはほとんどない。記事をチェックするデスクや校閲も専門知識がないため、どんなトンデモ情報でも世に出てしまうのだ。
週刊誌の現場で医療記事を作っている人間の大半は、医療の専門的な知識を持っているわけではない。大手の出版社では、専門教育を受けていないジャンルの本を作る部署に配属された編集者は、たいていその分野の知識を身に付けるための研修を受けており、時には年単位で大学の講座に通ったりもする。だが医療ジャンルに限ってはこうした対策もほとんど意味をなさない。医療の知識は広大でグレーゾーンも多く、付け焼き刃の知識でどうこうできるものではないからだ。
「週刊誌は何でもありの世界なので専門的な知識がない記者でも医療記事を担当することはあります。それなりに数をこなせば中途半端な知識と人脈だけは増えますから、似たような記事を量産するようになるんです」(前出・週刊誌記者)
この傾向は週刊誌だけに限らず書籍においても同様だ。昨今は「本が売れない時代」であり、週刊誌の特集で反響があったトンデモ理論をまとめて水増ししただけの書籍がまかり通っているのが現状だ。
日本人の医療リテラシーは低い
こうした手法がいまだに通用しているのは受け手である読者側の医療リテラシーの低さも一因だろう。というのも、実は日本人の医療リテラシーは想像以上に低いのだ。それが浮き彫りになったのがコロナ禍で、この当時、「ビタミンCで新型コロナを予防できる」「抗生物質が新型コロナに効く」「新型コロナワクチンを打つと不妊になる」といった様々なデマが飛び交い、国中が右往左往したことは記憶に新しい。
またこの時期、医療に関する様々な国際調査が行われているのだが、その結果、日本は欧州諸国だけでなくミャンマー、ベトナムといった東南アジアの国々よりも医療リテラシーが低かったことが判明している。たとえばがん情報をネット検索すると、アメリカでは正しい情報がヒットする確率は8割だが、日本では5割以下しかないのだ。
教育レベルや収入が高い人ほど、怪しい医療情報にだまされやすいという調査結果もある。彼らは自分の頭で考えたつもりでも、やっているのは願望の入った都合の良い情報を不確かな推測でつなぎ合わせてしまい、そのうちにとんでもない結論を受け入れてしまうのだ。自分でたどり着いたと思っているだけに、その思い込みは頑なで質が悪い。
「ネットを探せばたいていの健康情報は手に入れることができますが、この中から信頼度の高い情報を見抜くのは簡単ではありません。 はっきり言えば医療関係者でもない一般人にはほとんど不可能でしょう。ところが医療には不確実な要素が多く、絶対と言い切ることは難しいので、そこにトンデモ医療が蔓延するスキがあるんです」(前出・女性誌記者)
こうした土壌がある以上、週刊誌のトンデモ医療記事は今後も作られ続けるのだろう。週刊誌の記事を信じて命を落とすのは、もはや自己責任なのだ。
取材・文/小松立志
初出/実話BUNKAタブー2024年7月号