ジェーン・スーさんとこざき亜衣さんが縦横無尽に語り合う
16世紀のイングランドを舞台とした漫画「セシルの女王」。作者であるこざき亜衣さんたっての希望で、コラムニストやラジオパーソナリティとして幅広く活躍するジェーン・スーとの対談が実現。歴史の陰で語られてこなかった女たちの生き様とは。互いにファンであり、読者である2人が縦横無尽に語り合います!
あらすじ:時は1533年、イングランド。衣装担当宮内官である父に連れられ、12歳のウィリアム・セシルは初めて城へ登ることに。しかしそこに君臨していたのは、暴虐な絶対君主・ヘンリー8世だった。
夢見ていた宮廷との差に落ち込んだ少年はその夜、王妃アン・ブーリンと出会い、彼女のお腹の中の子……
未来の“王”に仕えることを誓うが――
“俺がエリザベス様をこの国の女王にします”
『あさひなぐ』こざき亜衣が描く、新時代を築く本格歴史ロマン漫画!!
心に刺さったジェーン・スーさんの言葉
――今回の対談は、こざき先生がジェーン・スーさんのファンであることがきっかけで実現しました。スーさんとの「出会い」や、意識するに至った経緯を教えてください。
こざき亜衣 最初は、X(旧Twitter)でフォローしてもらってスーさんのことを知ったのですが、本格的に意識するようになったのは、3年前ぐらい。私生活でトラブルがあって、ある人のことを、「絶対に許せない」と思うようになってしまって。
ジェーン・スー そうだったんですね。
こざき どうしても許せなくて、2年くらいの間、毎日とても苦しんでいたんです。そんなときに、私の悩みを全部知っている編集担当者から、スーさんのラジオ(TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」)を「聴いてみてください」って教えてもらって。聴いたら、まさに私と似たような悩みを抱えている人がスーさんにお悩み相談をしている回でした。そのときのスーさんの回答が「人間、たいがいクソだから」。それを聞いて、「確かに!」「私もクソだったわ」と思いまして。
スー (笑)。
こざき 人を「許す・許さない」ということに関して、考えさせられたんです。私がこのまま「許さない」って立場を取り続ければ、自分がずっと人をジャッジし続ける立場にいなきゃいけないことになる。それが一番しんどいんだと思ったんです。自分がジャッジする側だと、間違いが犯せないじゃないですか。それに、自分の子供もそのうちとんでもない間違いをしでかす日も来るだろうなと思うし、そのためにも「許せる人」になっておかなきゃなと思った。そう思えたことで、自分のなかでスッとロジックが通ったんですよ。
スー よかった、お役に立てて。そこから「OVER THE SUN(※)」を聴いてくださるようになったんですね。(※TBSラジオのポッドキャスト「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」)
こざき これも、担当さんから「拠りどころをたくさん持っていたほうがいいですよ」と教えてもらって聴くようになりました。「互助会(※)というのがあってですね……」と聞いたときは「は?」ってなりましたけど(笑)。そのときも私は大変苦しんでいたので、確かに、しんどい者どうし連帯していかなきゃいけないと思うようになりました。(※番組のリスナーは、お互いの助け合い精神から「互助会員」と呼ばれ、番組内では失敗談やお悩み、妄想などが共有される)
簡単には諦めない女たちが好き
――「セシルの女王」第5集の帯の推薦文はスーさんによるものです。「女に生まれたことが呪いになるような時代は、果たして完全に終わったのだろうか? エリザベス、どうか生き延びてほしい。できることならあなたらしく」。女性たちが、国家、宗教、男性という権力の陰で翻弄されながら、それでも懸命に歴史をつむぎ、運命を切り拓いていくさまが見事に描かれている「セシルの女王」の魅力を言い当てていると感じています。この文に込めた思いを、詳しくお聞かせください。
スー はるか昔から連綿と続く、「女の人がどういう扱いを受け、どういうふうに社会のコマになってきたか」は、世界史では習わない。習うのは、王位がどう移っていったかだけ。そこに辿り着くまでの話は習わないじゃないですか。「セシルの女王」はもちろん史実に基づいた創作ですが、ヘンリー8世が実際に辿った人生を調べれば、同じように話が動いていることがわかる。つまり、実際にもその陰で語られなかった女の人がたくさんいることは、想像に難くない。
――実際、ヘンリー8世の6度の結婚のうち、2人の妻が処刑されています。いくら時代とはいえ、異常ですよね。
スー そのときの彼女たちの心の動きや、自身の運命の捉え方、はたまた男の人が抱えているプレッシャーって、現代とあんまり変わってないと思う。そこに鬱々とすることもあるけれど、ならばそれをどうするんだということを、自分で考えるきっかけになる作品だと思います。どこが面白いと思うかは人それぞれですが、私は、登場する女の人たちが簡単に諦めないところが好きです。
――現在、物語はヘンリーの6番目の妻、つまり歴史上最後の王妃であるキャサリン・パーとの婚姻が成立したところまで来ました。6人の王妃たちを描いてきたわけですが、よくここまでキャラクターが揃ったなというくらい、それぞれまったく個性の異なる女たちです。
こざき 私、女が大好きなんですよね(笑)。
――女性を描くのが楽しくて仕方ないんだろうな、と感じます(笑)。これまでのところ、勝ち組は4番目の王妃であるアン・オブ・クレーフェなのかなと。彼女は、クレーフェ公国(現在のドイツとオランダにまたがって存在した国)のお姫様で、「誰の妻でいるのもイヤ」「一生ひとりでパーフェクトハッピー」と、今でいうアセクシャルっぽい描かれ方をしています。
こざき いろいろ調べた結果、そういう感じでもおかしくないよなと。実際、ヘンリーとの婚姻が無効になったあとも、国に戻らなかったんですよね。イギリスにとどまって、生涯結婚もせずに、けっこう楽しくお金を使って暮らしていたらしい。
スー 素晴らしいですね。今回「登場人物の誰にインタビューしたいですか?」って質問を事前にいただいたんですけど、仮に彼女に話を聞いたとしても、全然わからないだろうなって思う。こちらが納得できる話をしてくれる感じじゃないというか、たぶん、自分独自の感覚だけで生きてるだろうし。
こざき 本当のことは言ってくれなさそうですよね。
――ではあらためて、もし「セシル」の登場人物を1人選ぶとしたら、スーさんは誰に、どんなことを聞いてみたいですか?
スー いちばん聞きたいのは、エドワード・シーモアですね。
――3番目の王妃、ジェーン・シーモアの兄で、ジェーンとヘンリーの子である王位継承者・エドワードの伯父という立場の人ですね。
こざき 意外ですね!
スー というのも、王室まわりがどういうパワーバランスでどんな構造になっているのか、この人が一番見えてるんじゃないかなと思って。セシルがまだまだ新参で、臣下の中でも名を馳せていかなきゃいけないときに、ちゃんと勢力図を予測してエドワード・シーモアについたセシルはすごいなと思う。たぶん、エドワード・シーモアが一番構造は見えてるんだろうなと。だから、個人にナラティブで一人称視点のインタビューがしたいというよりは、「このときのイギリス王室の中、どうなってるんですか?」というのを聞きたい。
――エドワード・シーモアは早い段階で、王座に座ってふんぞり返るお調子者・ジョージ・ブーリンに牽制をきかせますね。「アイム・ウォッチング、ユー」と(3巻P.108)。「見ている人、見える人」としての彼を象徴する、面白いシーンです。
こざき それにしても、あまりにも意外すぎる人選(笑)。
――女ではなかった(笑)。
スー 女のことはだいたいわかるじゃん。あくまで読み手の勝手な解釈ですけど、何を考えてるか、何が大事なのかとかはわかる。だからもしインタビューしても、「そうねー、そうだよねー」って言って終わっちゃうから、聞くんだったらシーモアだな。
――今のところパワーゲームで勝ち続けてる人ですからね。ちょっと選択を間違えたら、比喩ではなくすぐに首を切られる時代に。
スー そうなんです。間違えない、そこがすごい。やだよこんな時代(笑)。
第6集の主役は、男と子供たち
――最新刊となる第6集では、6番目の王妃・キャサリン・パーを迎えての、連載始まって以来じゃないかというくらい穏やかな王室が描かれています。今後の展開で、見どころ、描きどころはどんなところでしょうか。
こざき やっぱり男たちの物語、ですかね。これまで王妃の交代劇を通して女をいっぱい描いていたんですけど、ここから先、男を描くターンに入ってきています。そこで、「男性の生きづらさ」的なものを背負うしんどさを描こうと思っているんですが、女だったらとことん感情移入して描けるのに、男だと「てめえ!」「なんでお前こうなんだよ!」って、描きながらキャラに対して「ひと怒り」する作業が入るので(笑)、そう言う意味ではしんどいかもしれないです。それから、子供がいかに大人になっていくのかという、子供の成長をしっかり描いていきたいなと思っています。
――まだ幼いエリザベスやエドワードたちも、王室という場所で汚れを知って、清濁併せ吞むようになる。
こざき 自分に課せられた運命があることを、受け入れるのか受け入れられないのか――この後いろんな子供たちが出てきて、残酷なこともありますが、その子たちもちゃんと描いてあげたいなと思っています。コマとしてだけじゃない、人格を与えてあげたいです。
――こざきさんの、子供の描写が大好きです。幼い頃のエリザベスをはじめとした、赤ちゃんや子供の描写が、胸がきゅんとするほどかわいらしい。こざきさんは2020年に第一子を出産されましたが、子供が生まれたことで、マンガ家人生や創作に変化はありましたか?
こざき 変わりましたね。以前は、子供ってどう接していいかわからない感じで、わりとみんな同じに見えていたんです。それが、育てていくうちに、小さいうちからかなり個性があることがわかった。そういう意味ではいろんな子供に思いを馳せられるようになりました。
いい死に様を描いてやろう
――個人的に、「セシル」では処刑シーンも見どころの1つだと思っています。写実的で残酷で、好きな人ばかり死んでしまうのでつらいのですが、カタルシスというか、どこかでスカッともします。アン・ブーリンにクロムウェルと、重要人物がどんどん死にますが、描いていていかがですか?
こざき やっぱり、いい死に様を描いてやろうと思っていますね。退場シーンなので、一番の見せ場として「お前の名誉は私が守る!」みたいな気持ちで描いています。
――その意味では、アン・ブーリンの兄であるジョージ・ブーリンの死に方もよかったです。性格の悪さがたたったのか、処刑人の腕の悪さか悪意からか、楽に死なせてくれないという……。
こざき あのキャラ、私も好きなんですよね。ダメなやつが一瞬だけ見せる輝きみたいなのが好きで。
――冒頭の、「人間、たいがいクソだから」というパワーワードとつながりましたね! ……つながらないかな(笑)。
こざき そうですね(笑)。自分のマンガの中ではクズを愛しているのに、実生活では許せない、という。
スー それは当たり前ですよ(笑)!