絶対に開けてはならない扉

 扉には『絶対に開けないでください』という張り紙がしてあった。私の行く手は、その張り紙によって遮られていた。コツコツと努力を積み重ねて必死の思いでここまでやって来た。ここから先にはもう進めないということなのだろうか? 私の人生もここが限界ということなのだろうか? そう考えるとなんだかがっかりした。私の能力では決して乗り越えられない壁があって、今その壁にぶち当たっているのかもしれない。そんなことを考えていた。いや、違う。そういう考え方が根本的に間違っているのかもしれない。私は考え直した。張り紙の指示に従わなければならないと考えること自体が、そもそも私の限界ではないのだろうか? もしかしたら試されているのかもしれない。絶対に開けてはならないこの扉を開けて、その先に進んでこそ、私は私の限界を突破できるのではないだろうか? そうするとこの扉は私にとって試金石なのかもしれない。今まで通り、指示に従うだけのおとなしい人間のままでいるか? それとも危険を恐れずに前に進むことのできる人間へと華麗なる変貌を遂げるのか? それを試されているのかもしれなかった。案外、扉を開けたなら、慎重だけが取柄だった私という人間を、状況に応じて失敗を恐れずに一歩前に踏み出せる人間として、認めてもらえるようになるのかもしれない。だが、やはり、開けてはいけないと書いてある。それを無視して扉を開くのだから、何が起ころうとも文句は言えないということになるだろう。最悪、命を落とすことだってあるかもしれない。開けてはいけないと書いてあるのに、そこに踏み込んでしまったなら、自己責任だと誰もが考えるだろう。だが、そもそも、誰が扉にこんな張り紙をしたのだろう? もしかして私がどうこういう問題ではなくて、単に入って来られたら困るということかもしれない。扉の向こう側では、一羽の鶴が美しい羽を抜いて、それを見事な織物に仕上げているかもしれないし、奔放な男女が時の流れるのも忘れて快楽に耽っているのかもしれない。だが、それが何だというのだ? 私には助けた鶴もいないし、他人の痴態をのぞき見る趣味もない。だいたいそういう行為に耽るのなら、鍵くらい掛けるべきだろう。鍵も掛けずにそんなことをしている方が間違っている。いや、そもそも鍵は掛かっているのだろうか? 私は恐る恐るノブを回してみた。鍵は掛かっていなかった。誤って扉を開かないよう、そっとノブを戻した。どうして開けてはいけないと書いてあるのに、鍵が掛かっていないのだ? 私は憤りさえ感じていた。そして思い切って扉を開けてみた。

 

 そこには野原が広がっていた。そして机が一つ置いてあった。机の上には箱があった。箱には『絶対に開けないでください』と張り紙がしてあった。もうすでに扉を開けてしまった。いろいろ迷ったが、結局、何も起きなかった。どうせ同じことだと思って私は箱を開けた。そこにはボタンがあった。『絶対に押さないでください』と張り紙がしてあった。『絶対に』『絶対に』とはいったい何なんだ? しつこい。結局、何も起こらないじゃないか? そう思って私はためらうことなくボタンを押した。

「あーあ、押しちゃいましたね」

声のする方に振り向くとそこには一匹の白いうさぎがいた。

「あー、押しちゃった! 押しちゃった!」 

そう言いながら、うさぎはあちこち飛び跳ねていた。

「ちょっと待ってくれ! そんなに言いふらさなくてもいいじゃないか!」

そう言って、私はうさぎを追いかけた。早く捕まえて静かにさせなければと思った。だが、うさぎはすばしこく駆け回り、捕まえることはできなかった。そこへ、たぬきが現れた。

「たぬきさん、聞いてくださいよ。この人が絶対に押してはいけないボタンを押してしまったのです」

「えー、なんてことを!」

そう言って、たぬきは非難のまなざしを私に向けた。

「あー、あなたはさっき、絶対に開けてはならない箱を開けてしまった人ですね! 遠くから私は見ていましたよ」

「えー、箱も開けてしまったのですか! なんて人だ!」

二匹のつぶらな瞳が私をとらえて離さなかった。

「そこに集まって何をしているのですか?」

そこにきつねがやって来た。

「この人が、絶対に押してはいけないボタンを押してしまったのです。その上、絶対に開けてはいけない箱も開けてしまったのです」

「なんて人だ! あー、あなたはもしかしてさっき絶対に開けてはいけない扉を開いてしまった人じゃないですか!」

「何ですって? 絶対に開けてはいけない扉も開けてしまったのですか?」

そして私は、うさぎとたぬきときつねに寄ってたかって責められ続けた。こんなことになるのなら、絶対に扉を開けるんじゃなかったとものすごく後悔していた。

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