都心の駅の雑踏の中、そして天使はまたあらわれて、彼女の耳というより脳裡に対しこう囁くのだ。「スマホ。電車の中で誰も彼もがスマホを弄くっている。でも、それが何だというのか。情報の氾濫が自分でものを考える能力を持たない人間を増殖させている？ では、スマホが普及する以前はどうだったというのか。そんな高度な能力を持つ人間は最初から限られていたの」 彼女は思う。その思いを天使は声を持つ言葉としてその光ある意識の中に受け止める。「月灯りの部屋。私は窓辺にずっと佇んでいます」 天使は微笑の金の粒子をこぼした。 溶暗。 皿の上のデミグラスソースと食べかけのハンバーグ、フォークとナイフ。彼女はそれを見るとはなし…

それはブリキのクッキーの箱である 乾いた土のこびりついた掘り起こされた箱 だが 中に収められていたものは 未来の自分へ宛てた手紙でも 大切にしていた小物の類いでもない 押し花である かつて本の栞の代わりに使っていたものだろうか よく憶えていない だがともかくも 長年ここに慎ましく睡っていたものだ それはすっかり枯れ干からびて幾分褐色（かちいろ）を帯びている この箱をまた土に埋めよう いつか興味を失くしてしまうより このままにしたいものを見つけた。 🍪 （澁澤政裕） ささやかな。 著作権があります。著作権侵害等の行為は法律で禁じられています。 ↓盗作著作権侵害ハッキング盗撮盗聴家宅侵入嫌がらせな…

不条理のようだ。計り知れない一個の運命ではあるだろう。暗雲がとぐろを巻いている。それは出口とはまた違う何らかの結論。謀られた偶然とも映る。だが運命は多くの場合そうしたものだ。不条理と条理とは背中合わせに密着し結びつけられている。運命は計り知れない。この事例の場合には、神意はどこに働いたのか。ことの起こりは卑俗なものだ。要するに女に拒絶された男が女を殺したのである。特筆すべきは、女の突き落とされたその高度。死体とはすなわち死んだ身体のことである。だがこの場合には余りにも破壊し尽くされていた。詳述することは止そう。それを死体と見なすには余りにもとどめていなかったものがあったのだ。残骸。飛行中の小型…

あれは確かに八月のこと 何もかも気ちがいじみていた 夕立は嵐のようで 逆巻き喚（おめ）く潮（うしお）の渦中 何もかも気ちがいじみていた 折れて破れたビニール傘はただ無惨 着ているものは水のよう 水そのもののよう 布地の肌触りを水分量が大幅に超えていた 八月 怒濤の中に無我夢中の空白時間 左手で拳銃のかたちを作る そして左のこめかみを狙う 指先の銃口と引き金で自己演出 Ｂａｎ！ 笑った 何もかも気ちがいじみていた （澁澤政裕） 前々回入院中に書いたものに直しを入れたもの。 著作権があります。著作権侵害等の行為は法律で禁じられています。 ↓盗作著作権侵害ハッキング盗撮盗聴家宅侵入嫌がらせなどなどス…

闇の奥には闇がある それは死ではなく深海の瞑想的な立ち込める沈黙 あなたは夢のあとに知る 無防備な忘れるための悪夢以外の夢のあと あなたは知る 死とは闇よりも夢の近くにあるのだと 午前三時 東京 覚めていた 星よりも海よりも慕わしい闇の深間で 虚飾のないひらかれた心をそこに感じた あなたはいま眠りこけている 夢を見て 忘れることを前提とした悪夢以外の夢を見て 死の面影に寄り添われつつ 眠って。 （澁澤政裕） 前々回入院中に書いたものを改稿したもの。 著作権があります。著作権侵害等の行為は法律で禁じられています。 ↓盗作著作権侵害ハッキング家宅侵入などなど含むストーカー被害関連の記事はこちら。母…

プロテスタントはカトリックほど形式にはこだわらない たぶん鋏を用いて角切りに刻まれた食パン これがすなわち キリストの身体なのである 憶えている 聖餐式は日曜の午前中にとりおこなわれる 冬の日の冷えた澄明な時 爽涼な午前の陽の射す時と 血と肉とは 矛盾したことが一度もなかった 多神教だというのは出鱈目に思える 単に迷信深いだけだろう この国の人々の多くは神を持たない そして理知的なわけでもない 感じることがある 滅びるために生まれた国が 緩慢な足取りで段々と滅びゆくのを キリストの身体は食パンの味がした 当然である 血は美味しかった あれはワインだったのだろうか （澁澤政裕） 前々回入院中に書…

死体は液化して青い水となりながら その元来の形態を保ち 人間の姿形（すがたかたち）を保ち さざ波を想わせる流動性の波動を湛えつつ 桜の木の下の土中の暗黒から 自在に浮遊する魂へと そのあいだに横たわる長い廊下 そこでしばしのあいだ立ち止まっているのだ 伸び縮みする曖昧な時間の中で ランプが灯り 快い夜の呼吸に充たされている 水の人 廊下は夜のどこかで煌々として この人は迷いなくそこに立ち止まっていた 声がある 何かそっと眼ざめを促すような （澁澤政裕） 初稿。ファッキン成増では集中出来ず。 著作権があります。著作権侵害等の行為は法律で禁じられています。 ↓盗作著作権侵害ハッキング家宅侵入などな…

タカシナという人が亡くなった。今まで彼の名も知らなかった私だが、新聞に「みうらまさし」さんのコメントが載っていて、読んでみると、なんだかすごい人だとわかってきた。みうらは かつて「ユリイカ」「現代思想」の編集をやって、編集長を経て、文芸評論家として色々本も書いている。．特に現代思想という雑誌は毎月本屋でみるものだったし、ユリイカという言葉も聞いたことはあった。．難しそうだなと10代の私は読んだこともなかったが、コレが高階に傾倒したものであったは今知ったことである。 さてタカシナシュウジは、東大の文学部を出て、フランス政府の招待でフランスに渡り西洋美術を研究する事になった。フランスといえば、ピカ…

「百合：女の子が好きな女の子の話」は、ヒトはあらゆる文脈や夢や救い、思い思いのモノを乗せて、包容している そこにある同性愛者はそこがホモフォビアがいない世界であると願ったり、ネトラレ好きはネトラレ趣味万歳と無茶苦茶書いたり… その百合の世界の包容力の話 ＝＝＝＝＝＝ やはり、止まり木なんだと思うな百合って 百合について極限に抽象化すれば「公に他言しにくい他人（特定個人でなくても良い）への好意」なんじゃないかと思う。同性愛を想起させるのであれば特にそうだが、友人への思いが重いとかも含む 言葉は嫌いだがあえて言うが”弱者男性”というラベルに当てはまる（はまりそうな自己認識をしている）男性が誰にたい…

■江藤淳と吉本隆明と大江健三郎⑴。江藤淳の《大江健三郎批判》を軽く見る人がいる。江藤淳は、大江健三郎の活躍に嫉妬しているだけだろう、とでも言うかのように。たとえば、小谷野敦の『江藤淳と大江健三郎』(ちくま文庫)などは、その典型で、全編が、そういう視点と色調で貫かれている。むろん、江藤淳の《大江健三郎批判》は、江藤淳個人にとってだけでなく、戦後思想史や近代思想史をを考える時、きわめて重要な問題をはらんでいる。小谷野敦等が理解出来ないだけである。小谷野敦等には、《江藤淳と吉本隆明》の共通性という問題意識はない。私は、江藤淳と吉本隆明の連続対談における《大江健三郎批判》だけでなく、吉本隆明個人の《大…

ナガノ先生が「第6回 野間出版文化賞」を受賞されました！

杉山平助の『文藝五十年史』はかなり前に浜松の時代舎で購入しているし、その後、典昭堂でも見ているので、奥付の初版一万部という記載、及び当時の「新日本文化叢書」の人気をうかがわせていよう。だが同書を買い求めたのはそれらに関心があったわけではなく、これが田中西二郎による代作とされていたからだ。 それを知ったのは確か古本屋理艸の古書目録で「代筆書目」という連載があり、そこで多くの代作、代訳書が示され、杉山の『文藝五十年史』は田中西二郎とあった。この指摘がどのような証言に基づいているのかは定かでないが、実物を入手し、「序」を読んでみると、「本書の完成にあたつて、田中西二郎君の熱心な協力を得たことを、記し…

お題一覧 市・々・互 本日のテーマは、 １・１・５ ですかね。 一日出詠者数 210 人 選択したお題 市 出詠者数 58 人 選歌者数 56 人 首席歌 ナカムラロボ様 おめでとうございます！ 本という鳥を世話する人々の所作やわらかな市立図書館 ハート数 11 (19.6%) 音符数 24 (42.9%) コメント 本を愛する人々の柔らかさですね。 短歌分類としては、口語、新仮名遣い、社会詠、定型でしょうか。 投稿歌 いつか見た空中都市の階段と信じた君の過量服薬 ハート数 1 (1.8%) 音符数 6 (10.7%) 振り返り １つの心に届いたでしょうか。深山夏楠様、ありがとうございました。…

10/14にXのスペースで実施した、怪談作家蛙坂須美さんとのおしゃべりのアーカイブです。ふたりで自宅の本棚を眺めつつ無軌道雑談しました。 podcasters.spotify.com どういった文脈で出てきた本かは聴いてからのお楽しみ。 ここではリストだけ公開します。 ※多分、漏れはない、はず・・・ 灰色のミツバチ 作者:アンドレイ・クルコフ 左右社* Amazon 夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く 作者:奈倉有里 イースト・プレス Amazon ある晴れたＸデイに カシュニッツ短編傑作選 作者:マリー・ルイーゼ・カシュニッツ 東京創元社 Amazon 現代思想2024年9月号 …

収録作品 ｢魂疫｣ ｢血腐れ｣ ｢骨煤｣ ｢爪穢し｣ ｢声失せ｣ ｢影祓え｣ 楽しみにしていた作品ということもあるが、これはちょっと忘れがたい素晴らしい短篇集だった。ホラーとしてもミステリとしてもレベルが高く、二つのジャンルを最大限に楽しめるように計算し尽くされている。一話読み終えたときに「この話がベストだな」と思うのだが、次の話を読むたびに「いやこれも良いな」となっていくので、結局ベストは決められない。どの短篇も、最後の一行まで物語がどこに着地するのか予想ができない。 ランキング参加中読書 血腐れ（新潮文庫） 作者:矢樹純 新潮社 Amazon ★本を買った。 森見登美彦『恋文の技術【新版】…

11月6日（水） 今日は日中もヒンヤリ 明日7日は全国的に今季一番の冷え込みに 7日は立冬 強い寒気が南下 本州の山も所々で雪 富士山にようやく雪 130年間の観測でもっとも遅い初冠雪 「米国を再び偉大に」トランプ前大統領が勝利宣言 50年ぶりに大阪・吹田で大相撲冬巡業 河内長野では初 大谷翔平が左肩を手術 球団発表…脱臼で肩関節唇を損傷 米当局者「北朝鮮軍、ウクライナ軍と交戦で相当数死亡」 朝5時20分 朝の準備 6時10分 みんなでいつもの散歩 8時半 朝一番を狙って、散髪屋へ 9時半 久恵、カーブスでトレーニング、途中で帰る 12時半 久恵とリッキーに送ってもらい、風サークル活動へ 1時…

新聞小説史（昭和初期）：高木健夫 1976年（昭51）11月～1978年（昭53）2月「新聞研究」304号～319号に〈昭和初期〉を連載。 1978年（昭53）3月～1981年（昭56）4月「新聞研究」320号～357号に〈昭和中期〉を連載。 明治篇から通算すると１３１回の連載だった。文字通りのライフワークだったと思う。昭和中期篇が戦後１０年経過した昭和３０年頃までで途切れてしまったのは残念としか言いようがない。特にこの昭和の時期に関しては、著者自身も新聞社を渡り歩きながら、直接・間接に作家たちあるいは連載担当者たちとの交流を重ねたこともあり、作品を新聞に連載させるまでのウラ話などにもリアルで…

最近、全く余裕がなくブログ更新が出来ていませんでしたが、トランプ大統領誕生の報道がなされた今（笑）、年内に予定している6つのイベントを、日程順に一気に告知しておきたいと思います！（開催日が近づいたところで、改めて告知するイベントもあると思いますが、まずは、忘れないうちに）。 resilience-keieikagaku.com １：まず来週の11月16日土曜日（16:00-18:00）の「第４回・レジリエンス連続講座」は、東京から岩尾俊兵先生（慶應義塾大学商学部准教授）をお呼びして講義をしていただきます。題して、「カネの論理とヒトの論理：資本主義の再構築」。 トランプ大統領誕生で、グローバリズ…

夫の海外赴任で中国に来てみたら無敵になれた妻の物語を読みました。 これが・・・最高に面白い！ 心をたのしく揺さぶられました。 彼女の無敵っぷりが最高です。 その無敵っぷりを、インテリな（？）夫は魯迅の書いた阿Qという人物に喩えて褒めているのだけど、夫は彼女のことを自分の理想の範囲でしか解釈しないので、その誠実さを突き止めることができていません。 終盤で、そんな無敵な彼女が日本にいた時には「できていなかったこと」を明かします。 中国で赤い服を着ることを楽しみながら、日本では赤と白のボーダーを着ることができなかったと。そこで、とても律儀な行動原理を持っている人であることが匂わされます。 侵してはい…