1: 2009/02/09(月) 23:50:06.07 
古泉「え?」

彼は中心に四つのパネルの置かれたオセロ盤を見下ろし、小さく呟いた。

僕は多少、驚きながら彼を見つめる。

それが彼らしからぬ言葉だったからだ。人の内側を覗きたがらない、第三者の距離を保ちたがる、彼の。



2: 2009/02/09(月) 23:54:05.12 ID:DWnRPGU20
みくる「はい、お茶どうぞ~。あれ、お二人ともどうしたんですか?じっとオセロ盤を見つめて」

キョン「ああ、どうもありがとうございます、朝比奈さん。いえね、今こいつにレクチャーしてる所なんですよ」

キョン「今のままじゃあまりにも弱くて、勝負になりませんからね」

キョン「先の先を読むにはどうしたらいいか、まずまっさらな状態の盤を見て考えろ、って。なあ、古泉?」

古泉「――え、ええ?そうですね―――。しかし、どうやら僕にはその才能がないようです。ただの緑の盤にしか、見えませんよ」

朝比奈さんは「はあ、なるほど~」と口に手を当てて呟き、自分も興味深そうに盤を眺めた。

僕はまだ、驚きを保ったまま彼の顔を見つめる。

すると彼は、にこりと微笑み朝比奈さんを見た数秒後、僕の目をじっと見つめた。

思考の裏側をえぐろうとする意思。

そんなものを感じてしまう、鋭い目線で。

5: 2009/02/09(月) 23:55:55.26 ID:DWnRPGU20
キョン「古泉、もういいんだぞ?ほら、とにかく初弾を打ち込んでみろ。くれぐれも、先を読みながらな?」

古泉「え、ええ……」

僕は言われるがままに黒いピースを掴み、そっと番に置く。そして白を一枚ひっくり返す。

ゲームが始まったのを見て、朝比奈さんは「お二人とも頑張ってくださいね~」と微笑みテーブルを離れた。

彼は何事もなかったかの様に白を置き、僕の黒を一枚取る。

そしてお前の番だぞ、と目配せをする。

古泉(……なんだろう。単なる気まぐれだったのか――?)

7: 2009/02/09(月) 23:57:12.79 ID:DWnRPGU20
パチリ。一枚置いて二枚取る。

パチリ。一枚置かれて二枚取られる。

パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ………。

僕達は徐々にゲームにのめり込んでいった。

ピースが置かれる、ピースが裏返される。

沈黙する部室に、白が黒に変わり、黒が白に変わる音だけが余韻もなく木霊する。

なんて人間味のない光景だろう。

なんて、味気ない放課後だろう。

黒が白に返るのを見て、かつては存在した未来の可能性を思い、

白が黒に返るのを見て、その可能性がつぶされた過去の光景を思い出す。

9: 2009/02/09(月) 23:59:30.38 ID:DWnRPGU20
僕はテーブルの向こうに相手が存在するのすら忘れて、緑の海に踊らされる白と黒をただひたすらに見つめる。

パチリ。あと四手。

パチリ。あと三手。

パチリ。あと二手。

パチリ。これで、僕の負けが決まった。

―――オセロなんてほんの少し考えれば、というよりもコツを掴めれば負けるはずはないとまでは言わないまでもそんなに差を開いて負けることはありえない。

それなのに、僕は必ずいつも、彼に大差をつけて負けてしまう。

どれだけ考えて、どれだけ無難にピースを置いていっても、気づいたらもう勝ち目のない状況に辿りついてしまうのだ。

最近は、自分の負けが決まる瞬間をカウントダウンすることさえ出来るようになっていた。

記憶が改竄されているのか、それとも意識が侵食されているのか……まったく原理はわからないけれど、今日も今の一手で僕は勝ち目を失う。

10: 2009/02/10(火) 00:01:15.13 ID:aMtBRWDG0
涼宮ハルヒの強い意志。彼女は彼に、僕に負けることを許さないのだ。

僕は彼女の為に、人生の中で最も大切な時間をささげているのに……まったくひどい話だ。

日常の一欠片、他愛無いオセロの一局さえ……僕は日の目を見させてもらえない。

古泉(さあ、あなたがあと一手打てば、もう僕の負けは決定ですよ?どうぞ、打ってください―――)

パチリ。白が打たれた。

古泉(さて、今日はどこまで差が開くだろうか。一度でいいから、全部取られて負けるところを――――っ?)

確かに白は打たれた。

しかし、それが置かれたのは僕の敗北が決まる部分ではなく……むしろ、勝利の可能性も見えてくるような場所だった。

古泉(何故………。どうして―――――?)

僕はさっきなんかとは比べ物にならない程の驚きをもって、彼の顔を見つめる。

すると―――彼は、汚らしいものでも見るかのような侮蔑の色を視線に滲ませて、僕を見ていた。

11: 2009/02/10(火) 00:02:31.22 ID:aMtBRWDG0
古泉「な、なんで………」

キョン「どうした?打てよ、続き」

古泉「いえ、でも、このままじゃ―――」

キョン「このままじゃ、なんだ?言ってみろ」

古泉「……いえ――」

ツツー。汗が一筋、こめかみをYシャツの中まで入る。

その一滴が、体を芯まで凍らせる。

怖い。どうして、彼はそんな顔で僕を見ているんだ?

みくる「あれー?古泉さん、今日は勝てそうじゃないですか~」

いつの間にか盤を見下ろしていた朝比奈さんがすごいすごいと手を叩いている。

でも、顔は笑っていなかった。むしろ冷たい目で、僕の表情と右手に握られた黒いピースを見つめている。

13: 2009/02/10(火) 00:04:56.27 ID:aMtBRWDG0
みくる「打たないんですか、次の手。キョン君、待ってますよ?」

古泉「え、ええ。でも、朝比奈さん――」

みくる「それとも何か、勝って都合の悪いことでもあるんですか?」

都合の悪いこと?あなただってそんなのわかっているはず――

古泉「僕の都合じゃ―――」

長門「じゃあ、誰の?」

いつの間にか背後に立っていた、長門さんの声が普段よりも数倍冷たく響く。

彼女の声には抑揚がない。だから、冷たくも温かくも、そんな変化が起こるとはかんがえられない。

でも、今の一言は確かに冷たかった。

後ろに続く言葉もない、たった一言が僕の胸を凍らせる。

15: 2009/02/10(火) 00:06:28.54 ID:aMtBRWDG0
古泉(誰の?)

古泉(そんなの、涼宮ハルヒに――――)

キョン「ハルヒがいるから俺に勝てないのか?」

みくる「涼宮さんがいるから、毎日を楽しめないの?」

長門「涼宮ハルヒのせいであなたの生活は不幸だと―――」

そう、思ってるの?

目。目。目。目―――――――沢山の目。

幾つもの視線が、黒いピースを握りしめ、声を出すことも出来ない僕の体に絡み付く。

立ち上がることもできず、逃げることもできず僕はただ責める言葉を浴びながら汗をかくだけだった。

18: 2009/02/10(火) 00:08:04.36 ID:aMtBRWDG0
なんだこれは。もしかして、涼宮ハルヒに嫌われたのか?

だから、僕はこんな目に合っているのか?

やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ―――――。

キョン「何を苦しんでいるんだ?」

みくる「簡単な方法があるじゃないですか」

長門「あなたは気付かないふりをしているだけ」

キョン「――――無理だと決めつけてるんだろ?」

試しもしないのに――――――無理だと。

21: 2009/02/10(火) 00:09:44.29 ID:aMtBRWDG0
いつの間にか僕は真っ暗な校舎に一人立っていた。

しばらく黙って立っていると、後ろから声を掛けられる。

「ねえ、どうしたの古泉君。こんな時間に呼び出して―――――」

僕はその声の主に向かって、ナイフを突き立てた。

突然の事に反応できず、全治全能であるはずのそいつはうぅ、なんて洩らしなが黒く、濃い影の中沈んだ。

黒の中に沈むのはどんな気分だ?僕は声に出さず問いかける。

23: 2009/02/10(火) 00:11:31.72 ID:aMtBRWDG0
何も知らず、何も気づかず、多くの人間を不幸にして、笑い続ける厄病神。

未来を奪われる気分がこれで少しくらいわかったか。

「古泉君……。何で…………」

古泉「あなたが馬鹿で、愚直で、人の気持ちを理解できない最低な人間だからです」

古泉「せいぜい誰かさんの“世界”が終わるまでその苦痛で歪む姿を拝見させていただきますよ」

古泉「さようなら、涼宮ハルヒ。愚かな神――――――」

24: 2009/02/10(火) 00:12:57.46 ID:aMtBRWDG0
―――古泉君、ちょっと――――

古泉(……ん――?)

――おーい、古泉。生きてるかー?――

古泉(生きてる……?)

――古泉さーん、しっかりしてくださーい――

古泉「……ん――」

――あ!目を覚ましたわよ!――

古泉「……眩しい――」

涼宮「ちょっと、古泉君。大丈夫?」

キョン「頭とか痛くないか?」

みくる「保健室、行きましょうか?」

長門「………」

25: 2009/02/10(火) 00:14:30.71 ID:aMtBRWDG0
額に手を当ててゆっくりと起き上がると見慣れた顔が四つ、円になり僕の事を心配そうに見つめていた。

あ、訂正しよう。長門さんは覗く。

古泉「……あれ、みなさん。どうして―――」

涼宮「どうしてって……どれだけ声をかけても目を覚まさないから心配して――」

キョン「違うだろ、ハルヒ。まずお前は、ごめんなさいだ。どう考えたってあれはお前の過失なんだからな」

涼宮「なによ、うるさいわねー!……まあ、でも、ごめんなさい」

古泉「……?何がですか?」

みくる「あの………実はですねー……」

28: 2009/02/10(火) 00:15:58.68 ID:aMtBRWDG0
朝比奈さんの事細かな説明によると、僕はどうやら一人でこの文芸部の部室に寝ていたらしい。

しかも、椅子を三つ並べてベッドにするというこの部室でやるにはあまりにも危険な状態で。

そこに涼宮さんと彼がやってきて、僕を起こそう、という話になったらしいのだ。

どんな起こしかたにするか議論の白熱した二人(主に涼宮さん)は、次第にモーションを交えた議論を始めたらしい。

それで涼宮さんがポーンと床を蹴りあげた時に、僕が頭を乗せていた椅子の足を蹴り、頭は床に落下。

そして、今に至るということだった。

29: 2009/02/10(火) 00:17:58.93 ID:aMtBRWDG0
古泉(ああ、なるほど。じゃあ、あれは夢だったのか)

古泉(あれは―――――)

目の前で僕を心配そうに見つめる彼女。

僕は涼宮さんの視線から逃げるように、彼の方を向いた。

キョン「……で、大丈夫なのか?保健室に行くなら手を――」

古泉「いえ、大丈夫です。少しだけ痛みますが、気にするほどじゃありませんので」

ハルヒ「本当……?結構勢いよく落ちたから、病院とか言った方が――」

古泉「いえいえ、本当に大丈夫ですから。ありがとうございます、涼宮さん」

僕は彼女の目を見ずに、立ち上がりながらそう言った。

本当はずきずきと頭が痛む。きっとこぶが出来ているのだろう。

でも、瘤ができるくらい、慣れてる。

古泉(ええ、そう。僕は瘤ができるくらい慣れたものなんですよ、涼宮さん――)

31: 2009/02/10(火) 00:19:49.23 ID:aMtBRWDG0
ハルヒ「そ、そう……?ならいいんだけど――」

ハルヒ「でも、団長のミス…じゃなくて、団員の手違いで脳に後遺症とか負ったりしたら団長としては心苦しいって言うかなんと言うか――」

キョン「お前、まだ俺のせいにする気なのか?いいからさっさと素直に謝れ」

彼に肩を叩かれて、涼宮さんは揺れる瞳で僕を見つめる。

尊大な台詞の裏側で時折彼女が見せる、弱者の瞳。

古泉(どうして、あなたがそんな瞳をする必要があるんですか?)

古泉(あなたが望めば、全ては叶うというのに――)

ハルヒ「あ、あの、古泉君?仕方がないから団長として、今回のキョンの失態を謝るわ。だから、もし本当に頭が痛むようだったら病院へ――」

キョン「だから、それじゃ謝ってないだろ?ほら、もっとちゃんと―――」

古泉「いえいえ、もう十分ですよ、本当に。涼宮さん、それに皆さん。御心配おかけして申し訳ございませんでした」

33: 2009/02/10(火) 00:21:28.69 ID:aMtBRWDG0
全てを仕切り直すために僕は微笑みを携えてそう言って、頭を下げる。

ずきんと打撲した部分が痛むけれど、やはり片目をつぶる程度で我慢できる程度だ。

頭を上げると、全員が――間違えた、長門さん以外が僕の事を見ている。

全く関与していないのになぜかおろおろと動揺している朝比奈さん。

何か腑に落ちないことでもあるのか、苦虫をかみつぶしたような表情で僕を見つめる彼。

そして、困ったような顔をして――彼と僕を交互に見比べる我らが神。

その光景を見て、あれがやはり夢だったのだと気が付く。

彼らがあんなこと言うわけないし、僕があんなことするはずない。

ここは鳥籠で、中にいるものはその小さな空間の範疇でしか羽を羽ばたかせることが出来ないのだから。

36: 2009/02/10(火) 00:23:09.20 ID:aMtBRWDG0
古泉「涼宮さん。今日の活動は、なんでしょう?」

ハルヒ「……え?あーー……」

彼女は少しだけ示唆する。しかし数秒の空白ののち、腰に手を当てて僕の予想通りの言葉を吐いた。

ハルヒ「えー、そう!今日はみんなに発表があるの!!ほら、有希もこっち注目!」

涼宮さんはそう言って、今週の週末はねー…の前置きの後、いつもの破天荒な予定を話し始めた。

ちらりと彼を見る。いつもの面倒くさそうな表情だ。

古泉(やはり現実は、こうだ――――)

38: 2009/02/10(火) 00:25:11.73 ID:aMtBRWDG0
キョン「ん、なんだ?肩に埃でもついてるか?」

僕の視線に気づいた彼が、面倒くさそうな表情のままこちらを見る。

古泉「いえ、なんでもありません。あ、そうですね…あとで、オセロでもやりませんか?」

キョン「…?いいけどお前、どうせまた負けるだけだぞ?」

彼は予想通りの言葉を呟く。だから、微笑みを携え僕はこういうのだ。

古泉「ええ。それで、正解なんです」

39: 2009/02/10(火) 00:26:43.67 ID:aMtBRWDG0
森「―――意外ね」

古泉「…何がですか?」

森「あなたも以外と、人間らしい感情も持ってるんだなーって。そう思ったの」

森さんはバックミラーをちらちらと見ながら、抑揚もなくそう言う。

僕はそれに笑顔で答えた。

古泉「いやだなあ。僕だって人間ですよ?彼みたいなこと言わないでください、森さん」

森「みんな似たようなこと思ってるんじゃない?そのペラッペラな笑顔を見たら、誰だって」

古泉「あはは、ペラペラですか……」

40: 2009/02/10(火) 00:28:08.20 ID:aMtBRWDG0
はぁ、とわざとらしく溜息をつき、クッション性の高いシートに体重をかける。

後頭部が触れるとまだそこはじんわりと痛んだ。

森「別にそこが悪いと言ってるわけじゃないわ」

森「ただ、ロールに徹するつもりならくれぐれもぼろは出さないことね。特に人に迷惑をかけるような、ぼろは」

古泉「――はは。本当に、面目ありません」

一台車両を越すと前方にあるのはパラパラと散る街灯と夜の闇だけだった。

森さんはアクセルを強く踏む。速度が徐々に上がっていく。

彼女はそのまま口をつぐみ何も言わなかった。普段は本当に、クールな女性だな、と思う。

それだけに夏、メイド姿の彼女を実際に目にした時は本当に面白かった。

古泉(僕の演技もあなたほどじゃないと思いますよ――)

41: 2009/02/10(火) 00:29:48.75 ID:aMtBRWDG0
森「……何?」

古泉「いえ、なんでもありません」

森「……。今日はどうして、彼女にあんな態度取ったの?」

古泉「……自分としては今日も普段と変わらず接していたはずなんですけどね――」

森「適当な事は言わない方がいいわよ。それとも今日は一人で戦う?あいつらと」

古泉「いえいえそれは……。本当に、すいませんでした」

51: 2009/02/10(火) 00:42:48.12 ID:aMtBRWDG0
僕が頭を下げると、本当に森さんはもうそれ以上言うつもりはないらしく、視線を完全に前へと向けた。

古泉(あんな態度、か………)

古泉(じゃあ、あの時僕はどうしていれば良かった――?)

あのまま保健室に運ばれれば良かったのか?

それとも、彼女がきちんと謝るまでずっと待っていれば良かったのか?

幾つかの選択肢が頭の中をよぎり、消えていく。

その中に正解があるとはどうしても、思えなかった。

52: 2009/02/10(火) 00:44:24.68 ID:aMtBRWDG0
肩の力を抜き、薄く目をつぶる。

視界に広がるかりそめの闇。その中であの映像を思い出す。

夜の校舎。黒い闇にうっすらと浮かぶ、彼女の姿。

夢の中で僕はあっさりと彼女を刺すことができた。

現実では不可能なことが、あの映像の中ではあまりにもすっきりと。

瞼を開けて、自分の掌をぼんやり見つめる。

古泉(この手が夢の中で涼宮さんを――)

古泉(この手が……何故、あんな夢を――――?)

60: 2009/02/10(火) 01:05:25.86 ID:aMtBRWDG0
何故……というのはあまりにも白々しいのかも知れない。

自分がその事を全く考えなかったかと言えば、嘘になるからだ。

現実では彼女を殺すなんてことは絶対に、ありえない。

でも、彼女が死ねば自分は自分を縛る鎖の中から解放される。

絶対不可能な壁に対する願望が……夢の中に現れてしまったということだろうか。

古泉「……森さん」

森「何?」

古泉「本当に、すいませんでした。どうやら少し、疲れていたみたいです」

古泉「確かに、今日の僕は正常な判断力を欠いていました。普段なら絶対にしないようなミスだった――」

古泉「……反省しています」

61: 2009/02/10(火) 01:06:57.56 ID:aMtBRWDG0
森「……まあ、そこまでわかっていればいいわ」

森「でも、もう少し深くまで考えてみなさい」

森さんはそう言うと、信号も何もないところで突然ブレーキを踏んだ。

体が前のめりになる。

古泉「……!森さん、どうし―――」

森「なんで、今日あなたが普段しないようなミスをしたのか」

森「その原因を、自分を誤魔化さないでちゃんと考えなさい」

森「じゃなきゃ………たぶん、あなたは同じことをこれから何回も繰り返すわ」

森さんはハンドルを握ったまま、強い視線で僕の事を見て、言った。

言い終わるとまた直ぐにアクセルを踏む。

古泉「……今のを言うためにわざわざ止まったんですか?」

森「……」

64: 2009/02/10(火) 01:09:39.69 ID:aMtBRWDG0
彼女は何も言わない。僕は小さく溜息をついた。

古泉(ごまかさずにちゃんと考える、か――)

古泉(なにも誤魔化してるつもりはないんだけどなぁ)

しばらく無言のままのドライブが続いた。

キキィー。今度はきちんと指定の場所で車が止まる。

僕たちはそろって車を出た。


その瞬間、黒の世界は灰色に染まる。

そして、低い雄叫びとともに数体の神人が灰色の世界を壊さんと暴れまわっている。

古泉「本当に、いつもと様子が違いますね……」

森「あなた、愛されてるじゃない。彼女に」

古泉「……下らない」

67: 2009/02/10(火) 01:11:17.95 ID:aMtBRWDG0
本当に、下らないと思った。

勝手に椅子を蹴って、勝手に強がって謝らず

そのくせ一人になってから、嫌われたんじゃないかと怖がって不安になる。

そんなに団員が大事だと思うなら最初から大事にすればいい。

横暴に振舞うなら、そんな心の機微なんて捨ててしまえばいい。

イライラする。

最近、神人と対峙する時にこのイライラを抑えられなくなってきていた。

古泉「……どこまで迷惑な人なんだ」

森「何?」

古泉「……いえ、なんでもありません」

僕はそれ以上詮索される前にと、ひどく限定的な羽を使って、神人の元に飛び立った。

83: 2009/02/10(火) 01:53:34.01 ID:aMtBRWDG0
それから数日。

あの日から三日間、連日で神人は現れた。

普段と同じく原因のほとんどは彼にあり、特に涼宮さんと彼が言い争いをした昨日は神人達もいつもより手ごわかった。

古泉(本当に………疲れた)

まだ誰も来ない自分一人きりの部室で、僕は小さく溜息をついた。

誰もいないこんな場所ですら大きく溜息のつけない僕は、臆病者だろうか――

それとも大した役者なのだろうか――

あの日の森さんの言葉がやけに耳にこびり付いて、最近は思考が空回り気味だった。

古泉(何が、原因か……か)

古泉(原因なんて、そんなもの、決まっているじゃないか―――)

97: 2009/02/10(火) 02:21:08.30 ID:aMtBRWDG0
そこまで考え、それ以上深入りするのを止めて机に突っ伏す。

もう、椅子をベッド代わりにするなんて愚行は犯さない。

今はどんな体勢でもいい。とにかく少しでも多く睡眠をとりたかった。

古泉(長門さんが来るまであと十分くらいか―――)

古泉(少しでもいい。何も考えない時間を――)

――ガチャン。扉の開く音が聞こえる。

それが聞こえると同時に僕は素早く机から顔をあげた。

気が付くと長門さんはもうすでに、自分の定位置に座り分厚い本を広げ、そこに視線を落としていた。

時計を見上げると、さっきからもう二十分過ぎている。

どうやらほとんど自覚のないまま、眠りについていたようだ。

98: 2009/02/10(火) 02:23:59.54 ID:aMtBRWDG0
古泉「おはようございます、長門さん」

長門「……?……おはよう」

彼女の妙な返答の間で、自分がおかしなことを言った事に気が付く。

古泉(この時間におはようは確かにおかしいな………)

古泉「――あ、おはようじゃなくてこんにちはでしたね。僕としたことが……失礼しました」

最大限の笑顔を作ってそう言うと、長門さんからは一言「いい」とだけ返ってきた。

後は沈黙。それが彼女と僕の通常の距離感だった。

通常の距離感のはずだった。

しかし……心がざわつく。

あの日から胸に巣食ったものは森さんの言葉だけではなかった。

101: 2009/02/10(火) 02:27:53.38 ID:aMtBRWDG0
僕は……漠然とした恐怖にかられていた。

自分の内面が長門さんや、朝比奈さん。そして彼にばれてしまっているのではないか。

あの夢が実は現実に程近いものだったのではないか、という……漠然とした恐怖感に。

古泉(……大丈夫)

古泉(元々、僕と長門さんはこうだったじゃないか。だから、何もおびえる必要はない)

―――脅える必要はない。

分かっているはずなのに、奥歯が本当に微かな音でカチカチとなっている。

古泉「あの……長門さん」

長門「……?」

古泉「いや、大したようはないんですけど……。本は、面白いですか?」

僕の質問に、彼女はすぐには答えなかった。ただ、じっとこちらを見つめている。

104: 2009/02/10(火) 02:41:37.00 ID:aMtBRWDG0
今の台詞は……明らかに、失言だった。

じゃあ、それを自分はどう取り繕えばいい?

考えれば考えるほど、思考の沼にはまり答えなんて無いように思えた。

古泉(古泉一樹は普段こんな時どう誤魔化す―――?)

古泉(どう演じていたんだ……)

長門「………特筆すべき場所はない」

古泉「―――え?」

長門「最も適する単語を当てはめると、普通」

長門「それ以上でも以下でもない」

僕が呆気に取られている間に、彼女は質問にとてもサマリィに応えて視線を本に戻した。

105: 2009/02/10(火) 02:44:45.06 ID:aMtBRWDG0
古泉(……あ。まあ、良かったのか――?)

一時的に見ればよかった。でも、今の流れではっきりと分かる。

今の自分は、おかしい。

以前はあんな状態になることは絶対にありえなかった。

僕は常に張り付いたような笑顔を浮かべていて、なんでも知ったような顔をしていて、

渦中にいても第三者の顔を崩さない。そんな人間だったはずだ。

古泉(今は、長門さん一人だったからいいけれど、このままじゃ―――)

ガチャン。扉が開く。

みくる「あ、お二人ともおはようございます~」

キョン「あれ?ハルヒはまだか」

107: 2009/02/10(火) 02:49:15.71 ID:aMtBRWDG0
部室に入ってきたのは僕ら機関にとってあまり好ましくないカプリングの二人だった。

古泉「いえ、まだ来ていませんよ。ご一緒じゃないんですか?」

僕はさっきのこともあってか努めて、笑顔を保ち、振舞う。

とにかく、ぼろがでないように自然に、自然に――――。

キョン「ああ、あいつ授業が終わった途端どっかに飛んで行っちまったんだよ。部室にいないとなると……」

キョン「まあ、いいや。待ってればくるだろ」

古泉「ええ……。まあ、そうでしょうね」

そこで探しに行くと一言言ってくれればこっちは楽なのに、と普段なら思うところだけれど、今日はとにかく普通のやり取りができたことに安心する。

古泉(ああ、やっぱりさっきのは長門さんだったからか―――)

古泉(考えすぎなければ、大丈夫普通に接することができる――)

みくる「あ、あの……」

古泉「あ、着替えですね。すいません、今出ますから――」

111: 2009/02/10(火) 03:03:32.95 ID:aMtBRWDG0
僕と彼はいつものように二人で廊下に出た。

そして、着替えが終わったことを確認し中に入った。

朝比奈さんがお茶を入れ、長門さんは本を読み続け、男二人はほんの少しの雑談をする――――。

それは、僕を安心させるいつもの部室の光景だった。

みくる「はい、お茶どうぞ~」

キョン「あ、ありがとうございます」

古泉「どうも、いつもありがとうございます」

僕たち二人はメイド姿の朝比奈さんから、ゆげの上り立つ緑茶を受取、そして段々と話すネタがなくなるのを感じ始める。

大体いつもこの流れで、テーブルゲームを始めるのだ。

古泉「……今日は、何をやりましょう?」

キョン「そうだな……。もう大体やりつくした感があるし――」

113: 2009/02/10(火) 03:05:56.11 ID:aMtBRWDG0
僕は彼にゲームの選択権を譲り渡し、部屋の中をぐるりと観察する。

どこかに機関の監視カメラが付いているはずだ。

意識が向いてしまうといけないという理由で、僕でさえ何処にあるかは知らないけれどこの部屋についているのは間違いない。

古泉(まあ、そんなの気にしてもしょうがないか……)

古泉(要は僕がもう、二度と同じミスをしなければいいだけだ――)

キョン「――そうだな。今日はこれにしよう」

古泉「ええ。では今日は―――っ」

僕は笑顔で頷こうとする。しかし、彼が指さしたそれを見て、その動きを止める。

古泉「オセロ……ですか?」

キョン「そうだが……いやか?お前が、この間も自分からしようって言ってたし…」

古泉「あ、いえいえ。いやというわけでは全然なく……」

115: 2009/02/10(火) 03:08:22.33 ID:aMtBRWDG0
ただ、今この状況でオセロというのがどうしても……

部室。オセロ。そしてこの四人。

まるであの夢と同じだった。

古泉(いやいや、考えすぎだ―――)

古泉(今と同じような状況、今までだって沢山あったじゃないか――)

キョン「嫌なら変えても――」

古泉「いえ、かまわないです。オセロでいきましょう」

キョン「……?そうか?」

キョン「……まあ、いいや。じゃあ、やろう――」

117: 2009/02/10(火) 03:10:51.60 ID:aMtBRWDG0
僕は笑顔で頷いて、箱からオセロのボードとピースを取り出す。

緑のボード。

白いピースと黒いピース。

古泉(大丈夫、大丈夫――――)

この間だって、きちんと負けたじゃないか。

なんの問題もない。大丈夫、大丈夫―――。

盤の中心に黒と白を二つずつ、交差させる。

前回負けたから、という理由で先行の黒は僕になった。

古泉「じゃあ、始めましょうか」

古泉「今日は、負けませんよ?」

僕は全力の笑顔を振り絞って、彼にそう言った。

118: 2009/02/10(火) 03:13:08.23 ID:aMtBRWDG0
キョン「……なあ――」

しかし

古泉「…え?」

彼は僕の笑顔を、見据えて

キョン「最近思ったんだけどさ……」

あの言葉を口にした。





キョン「……古泉。お前、疲れてないか?」




124: 2009/02/10(火) 03:23:03.09 ID:aMtBRWDG0
それを聞いた瞬間。ヒューズが飛んだかのように、頭の中が真っ白になった。

古泉(―――――なんで)

古泉(そんな、馬鹿な―――――)

キョン「おい、どうした、古泉?大丈夫か?」

古泉「……あ、はい。いえいえ、全然大丈夫ですよ。あはは、どうしたんですかはこっちの台詞ですよ」

古泉「どうして、僕が疲れるんですか?あはは、おかしな人ですね、あなたは」

キョン「…いや、今の流れでおかしいのは明らかにお前だ」

キョン「まあ、いいや。取り敢えず打てよ、初弾」

130: 2009/02/10(火) 03:40:52.40 ID:aMtBRWDG0
ええ、そうですね。そう笑顔で返してから、黒いピースを掴む。

掴んで手はカタカタと震えていた。

おかしい。流れが夢と同じになっている―――。

馬鹿な。そんなはずはありえない――――。

おかしい。ありえない。おかしい。ありえない。おかしい!ありえない!!

二つの単語が頭の中で交差する。

古泉(……いや、あれは夢だ。僕しか知っているはずのない、夢だ)

それを確かめようとする意思が、そっと握りしめるピースをあるマスへと運んで行く。

パチリ。僕は自ら夢の中での初弾と同じ場所にそれを置いた。

そして一枚、白を裏返し黒にする。

132: 2009/02/10(火) 03:43:30.37 ID:aMtBRWDG0
キョン「……そこでいいのか?」

意味ありげに彼がそう尋ねる。

僕は体中の震えを隠しながら、それに笑顔でうなずく。

パチリ。白が盤上に置かれる。そして、一枚黒が白に反される。

夢と同じだった。

古泉「…………っ!」

声を上げそうになるのを必死に抑える。

古泉(―――大丈夫。これは定石だ。普通の人間ならばこんな風に打つ。だから―――)

大丈夫。震えを抑えるためにそう強く念じながら次の手を打つ。

134: 2009/02/10(火) 03:52:11.60 ID:aMtBRWDG0
パチリ。一枚置いて二枚取る。

パチリ。一枚置かれて二枚取られる。

パチリ、パチリ、パチリ、パチリ、パチリ………。

一手一手と手が進んでいく。

信じられない事にその軌跡は……全て、夢の中と同じだった。

古泉(そんな馬鹿な――――)

古泉(どうして――――)

僕は震えながらパチリパチリと夢の通りにピースを置いていった。

一個、違う所に置いてしまえばもうそこで夢とは違った道のりに乗れる。

それなのに、僕はあの映像の通りに石を盤に置いてしまうのだ。

怖かった。怖いのに、確かめたかった。

僕は彼が、あの夢の道筋を外れてくれることを祈りながらひたすら夢の通りにし続ける。

途中朝比奈さんが一言二言僕たちに話しかけてきていたけれど、耳には入ってこなかった。

その代わりにあの夢で聞いた彼女の冷たい声が、まざまざと頭の中に浮かぶ

135: 2009/02/10(火) 03:53:47.62 ID:aMtBRWDG0
パチリ。あと四手。

パチリ。あと三手。

パチリ。あと二手。

パチリ。彼がピースを置いた。

古泉(……そんな―――――)

古泉(ありえない――――――)

緑のフィールドに浮かんだ、白と黒。

それは、あの夢の中でみたソレと全く同じだった。

僕があと一手打って、彼があと一手打って。

そして――――。

キョン「……ここで長考か、古泉?」

みくる「この場面だったら、えっと、あそこかな……?」

二人の視線が僕に向かっている事に気づく。

いや、二人じゃない。長門さんも―――本から目を離して、こっちを見てる!

あ、あはは……。僕は曖昧に笑ってごまかして、もう震えの抑えられなくなった手を、机の下に隠す。

137: 2009/02/10(火) 03:56:45.20 ID:aMtBRWDG0
古泉(どういうことだ?)

ハルヒ「みんな、集まってるーー!?」

古泉(これも、夢か―――?)

キョン「おい、ハルヒ。どこに行ってたんだ?」

古泉(それとも、もしこれが現実なら―――)

ハルヒ「別に何処だっていいでしょ!それより、みんなで何やってるの?」

古泉(この後、僕は――――――)

キョン「ああ、オセロだ。みんなでじゃなくて、俺と古泉で、だけどな。古泉の重要な一手を待ってるんだよ」

古泉(僕は――――――――?)

139: 2009/02/10(火) 03:59:23.17 ID:aMtBRWDG0
ハルヒ「なになに?ちょっと見せて。あ、これなら―――――」

パチリ。はっと気が付くと、じっと睨み続けていた板状に一枚黒が置かれる。

あの夢と全く同じ――――――あの場所に。

古泉「なっ――――――――?」

ハルヒ「ここに置けば勝てるわよ、古泉君。ちょっと考えればわかりそうなもんだけど―――」

声のする方を見ると、そこにはいつの間にか……彼女が立っていた。

そして、満面の笑みを浮かべ僕を見下ろしている。

140: 2009/02/10(火) 04:00:55.90 ID:aMtBRWDG0
――――――その瞬間。

僕はもう、本当に、何が何だかわからなくなってしまった。

気が付くと、無意識に右手がオセロ盤を払い落し

左手で椅子にかけてあったカバンをつかみ取り、

しまったと思う前に、僕はもう部室から出てしまっていた。

失敗したことに気がついてからも、混乱はまだ続いている。

わからないわからないわからないわからないわからない――――――。

繰り返している内に、何がわからないのかさえ、僕はもう忘れてしまっていた。

142: 2009/02/10(火) 04:03:13.38 ID:aMtBRWDG0
森「………どういうつもり?」

古泉「…………」

分かり切っていたことだったけれど、学校を出てすぐに厳しい目をした森さんに捕まった。

森「……まあ、わけなんて後ででもいいわ。とにかく行ってきなさい」

古泉「…………どこへです?」

バン。思い切り肩を殴られる。

体が一瞬宙を浮き、次の瞬間アスファルトに落ちた。

森「あなた、ふざけてんの?」

彼女は無表情で僕を見下ろす。

しかし、僕は何も答えない。

191: 2009/02/10(火) 10:51:03.00 ID:aMtBRWDG0
森「……自分で自分の首を絞めてるのよ?あんなことをして、どうなるかもわからない間抜けじゃないわよね?」

森「涼宮ハルヒは酷く傷ついていたわ。さあ、行きなさい」

古泉「……………」

古泉「……お断りします」

森「なっ―――――」

古泉「……僕は、今日あそこには戻りません」

森「……本気でそんな世迷言を言っているの?」

古泉(……本気?)

そんなこと、もうわからなかった。

195: 2009/02/10(火) 10:53:43.04 ID:aMtBRWDG0
ただ、一つだけ、あの疑問符の連鎖の中で分かったことがある。

もう、どうでもよかった。

何もかも、どうでもよくなった。

閉鎖空間?そんなもの生まれ続ければいい。

どうせ僕が何をしなくても、彼がいる限りそれは生まれ続けるんだ。

優柔不断な彼の言動で、生まれ続けるんだ。

神人とは別に戦ってもいい。でも、何故僕は外の世界のアフターケアまでしなければいけないんだ。

あの、灰色の鳥籠の中で、僕は羽をもつ超能力者で入れる。

でも、現実世界ではただの、人間なのだ。

ずっと、ひたすら演技をし続けるなんて、できない―――――。

197: 2009/02/10(火) 10:55:43.87 ID:aMtBRWDG0
古泉「――――森さん。僕は本気ですよ。彼女に頭を下げるためあそこに戻る気は全くありません」

古泉「その代わり、今日神人とは僕一人で戦います。それでいいですか?」

僕はゆっくりと立ち上がりながらそう宣言した。

――自分の心に嘘をつかなくていい。

その事実はとても僕の心を楽にした。

森さんは何も言わなかった。

何も言わずに、笑顔を浮かべる僕の顔を見て……一瞬悲しそうな表情を浮かべた。

―――それは錯覚だったのかもしれない。

何故ならその次の瞬間、僕は彼女に襟首を掴まれて塀に押しつけられていたからだ。

199: 2009/02/10(火) 10:59:53.32 ID:aMtBRWDG0
森「いいですよって。言うと思ったの?私が」

古泉「……そう言われても仕方がないじゃないですか」

古泉「彼女をあのままにしておくと神人が生まれる、でもぼくは彼女に謝りに行く気がない」

古泉「それならば、僕がその神人を一人で片付ける以外に方法は……ないでしょう?」

森「……よく考えてそう言ってるの?考えないで言ってるなら最高の馬鹿だし、考えて言ってるなら……最低ね」

森「一人でなんて相手に出来るわけないでしょう?」

森「そんなことしたら……死ぬわよ?」

古泉「……それも、いいかもしれませんね」

古泉「一人で無謀な的に挑み、死んでいく――――。まるでヒーローみたいじゃありませんか」

古泉「舞台の隅で小さくまとまるしかできなかった僕には、大役すぎる大役で―――っ!」

じりじりと首をねじあげられる。

森さんは無表情だった。額に汗ひとつ流さず、高校生男子を片手で持ちあげている。

204: 2009/02/10(火) 11:13:05.46 ID:aMtBRWDG0
森「あなたが死んで、後始末は誰がするの?」

森「神人は?涼宮ハルヒは?自分がしんだ後の事をよく考えてみなさい!」

古泉「……死んだ後の事まで、僕は責任を取らされるんですか?」

古泉「……いったいどこまで僕を縛りつければいいんですか」

古泉「もう、自分を偽るのは……真っ平だ――――っ!」

森さんは僕の体を車道に思い切り投げた。まるで、いらなくなったおもちゃを投げ捨てるように。

森「本当に……本気なの?」

205: 2009/02/10(火) 11:16:53.23 ID:aMtBRWDG0
古泉「……ええ、本気ですよ」

古泉「今日の神人の事は……なんとかしたいと思っていますが、死んでしまったらすいません。後片付けはお願いします」

古泉「涼宮ハルヒの超能力者訳は、それこそ候補が沢山いるじゃないですか」

古泉「僕がいなくなってちょうど新しい転校生が来た――――なんてなったら、彼女たぶん大喜びでその転校生を迎え入れますよ?」

古泉「僕というロールが舞台から降りても、その程度のケアで何とかなるでしょう?」

古泉「もう……疲れたんですよ。何もかも。ここは閉鎖空間じゃないのに……こんにも空が灰色にみえる」

僕は道路に横たわったまま、ぼんやりと空を見上げた。

塀に挟まれて、電線に絡みつかれて、狭く、低い、灰色の空。

それに、ここじゃ空も飛べない。

何の能力も使えない灰色の世界なんて生きていても辛いだけだった。

206: 2009/02/10(火) 11:19:02.61 ID:aMtBRWDG0
古泉(言いたいことをいったら、結構すっきりするな――――――)

古泉(涼宮ハルヒ……。どうして、あんなにも自由に振舞っているのに、閉鎖空間なんてものを生み出すんだ)

古泉(僕はほんの少し感情を爆発させただけで、こんな目に合っているのに――――)

超能力者らしく振舞ってきたつもりだった。

誰にでも無害で、笑顔を携えていて、機転が利き、それ相応の知識もある―――。

でも、実際に考えてそんな高校生いるわけないじゃないか。

自分が、自分自身に相当無理をさせていたことに気づく。

演技はいくらし続けても、本当にはならないのだ、と理解する。

211: 2009/02/10(火) 11:28:14.88 ID:aMtBRWDG0
森「―――言いたいことは全部言った?」

視界に森さんの影が忍び寄る。

相変わらず無表情だったけど、言葉にはもう怒りや気迫は滲んでいいなかった。

抑揚のない口調。

それがどんなに人間に使われる口調なのか、僕はわかっていた。

古泉「―――ええ、言わせていただきました」

古泉「彼女はいいですね。常にこの開放感に満たされているなんて……」

森「じゃあ、あなたもその開放感に満たされてみれば?」

古泉(え―――――?)

森さんはそう言って、僕に手をさし述べた。

動揺したままその手を掴む。

214: 2009/02/10(火) 11:36:21.29 ID:aMtBRWDG0
古泉「あの、それはどういう――――」

森「あなたは機関を抜けなさい」

古泉「……はあ?」

森「もう二度と機関とは関わるなって言ってるの。首よ。住家もすぐに明け渡しなさい」

僕は彼女の言っている事を理解するのに少し時間がかかった。

古泉(機関を抜ける―――――?)

古泉(そんなこと許されるわけが――――――)

森「そうね」

まるで、僕の心の中を呼んでいたようにタイミングよく森さんがそう口にする。

森「でも、あなたみたいな用無しはもう機関にはいらないわ」

森「そんな腐った目をしてだらだら残られたんじゃ、いつかあなたは機関のガンになる」

森「閉鎖空間を使って自殺しようなんて、おこがましいわ。死にたいなら、どこかで勝手に死になさい」

森「学校の屋上とかはやめなさいね。涼宮ハルヒの目につかないところでにして頂戴」

215: 2009/02/10(火) 11:39:16.92 ID:aMtBRWDG0
僕が立ち上がると彼女はすぐに手を放し、そしてもうこちらを見ることなく車の方へと向かって言った。

森「じゃあ、部屋の整理しときなさい。どうせ自分の持ち物なんて少ししかないでしょう?」

古泉「あ、あの、森さん――?本当に―――」

森「どうして私があなたみたいなのの為に嘘をつかなくちゃいけないの?」

森「もう私、行くわよ。新しい対策を立てないと」

バン。音を立てて車のドアがしまる。鳴り始めるエンジン音。

古泉(機関を……抜ける?)

古泉(そんな事が、可能なのか?不可能だと思っていたのに……)

ぶうんとより一層強い音が鳴った直後、運転席の窓が開いた。

森さんがちらりと視線をこちらに向ける。

そして、小さく呟いた。

森「最後に忘れてるみたいだから教えてあげる。機関はあなたに、あんな演技することを強要なんてしなかったわよ?」

森「そこらへん、倒錯してるんじゃない?……まあ、どうでもいいけど」

そう言うと別れの挨拶も残さずに彼女は立ち去った。

485: 2009/02/11(水) 10:04:34.68 ID:B5r1eany0
――おい、古泉?――

古泉(――――ん?)

意識の外側から声が聞こえる。

――おい、お前どうしたんだよ――

古泉(――――うるさいな。せっかく、久しぶりにゆっくり眠っているのに……)

そう思った瞬間。自分の体が寒さにかたかたと震えた。

古泉(……なんだ?酷く寒い―――)

――おーい、起きろー。死ぬぞー…って死にゃしないか――

がくがくと寒さに震えながら、僕は薄く瞳を開ける。

視界の外は淡い太陽の光。

もっとはっきりしてくると、僕の目の前には珍しいものでも見るような目をした彼と無機質な視線を送る長門さんがいた。

487: 2009/02/11(水) 10:08:35.20 ID:B5r1eany0
古泉「……どういう状況ですか?」

キョン「それは俺の質問だ」

キョン「どうして、お前は休日に制服姿のまま公園のベンチで眠ってるんだ?」

キョン「いくら今が春だからって、それはあまりにも無謀じゃないかと思うぞ?」

確かに、そうだ。僕は思わず納得する。

普段、この服装で外を歩く分には五月の陽気はとても温かく心地よい。

でも、外で眠るとなるとまだまだ寒く――――

古泉(―――――ああ、そうか……)

ピンとのずれた考えが、一瞬で昨日の記憶に埋め尽くされる。

何故、自分がこんな所で寝ているのか。

何故、制服姿のままなのか。

そう言えば―――。

古泉(……こうやって朝を迎えられたということは、昨日の神人は倒せたんだな…)

500: 2009/02/11(水) 10:24:07.37 ID:B5r1eany0
キョン「長門、ちょっと待っててくれるか?」

彼がそう言うと長門さんは小さく頷いて、僕たちから少しだけ距離をとった。

古泉「……ああ、僕には別に構わないでください」

古泉「今日は……探索ですよね?すいません、涼宮さんにあったら昨日はごめんなさいと伝え――――」

キョン「俺が知ってる普段のお前は」

彼は僕の言葉を途中で遮ると、普段はぼんやりと掴み所なく見える目を真っ直ぐこちらに向けて、言った。

キョン「僕に構わないでくださいなんて、ストレートに口にするようなことしない」

キョン「かまわないでほしいんだったら嘘くらい上手くつけ。いつものペラペラの笑顔を浮かべてな」

古泉「はは、ぺらぺらとはあんまりですね……。これでも、かなりの訓練を積んで会得した笑顔なんですよ?」

―――確かに、上手く冗談も言えない。

自分自身が疲弊しているのを改めて感じた。

501: 2009/02/11(水) 10:28:30.50 ID:B5r1eany0
キョン「古泉。何があった?」

キョン「別に仲間だから言え、なんて暑苦しいこと言うつもりはないが、俺にはお前にいくつか借りがある」

キョン「どうやら今はその借りを返す機会みたいだからな」

言ってみろ。

彼は殊更強くその言葉を呟いた。

……疲れているのもあったのだろう。

僕は普段なら絶対に本当のことなど言わないような場面で、つらつらと昨日会ったことをありのままに伝えた。

部室での失敗の後、森さんに言われた言葉。

結局住処に戻らず、あてどなく街をフラフラしていたということ。

能力が売れてから初めて、神人が現れたのに戦いに参加しなかったこと。

そして、結局このベンチで眠ってしまっていた、ということ。

503: 2009/02/11(水) 10:39:44.10 ID:B5r1eany0
古泉「……まあ、全て僕の自業自得というわけです。だから、そんな複雑なしないでください」

古泉「同情の余地もなければ、僕の状況がそこまで悪くなったというわけではないんですから…」

キョン「――お前、帰る場所は?」

古泉(帰る場所、か――――)

故郷という言葉をぼんやり思いだす。

でも、あそこは僕にとって故郷というほど居心地の良かった場所じゃないし、それにもう、帰るわけがない。

古泉「いえ。でも、これから探します。この街なら住み込みで働かせてくれるところぐらいいくらでもありますよ」

古泉「誰かに飼ってもらうのもいいかも知れませんね」

キョン「気色悪い上に、お前が言うとなんか生々しい」

キョン「……つまり、現時点で住むところがない。そう言うわけだな?」

古泉「……?ええ、そうですよ」

キョン「じゃあ……古泉。お前、ここで待ってろ」

キョン「終わるまであと五時間近くあるが、今夜もここで寝るよりはましだろう」

古泉「待ってろってどういうことです?――――って、あ…」

彼は自分の言いたいことだけ言い終わると、すぐに長門さんの元に戻って言ってしまった。

507: 2009/02/11(水) 10:54:09.59 ID:B5r1eany0
立ち去ろうと思った。

というより普段の自分なら確実にそうしたはずだった。

彼は五時間後にここに戻ってきて、きっと自分の世話を焼こうとしているんだと思う。

そんなことを僕はのぞまない。

だから、まわる時計の針を眺めながら何度も何度も早くここを立ち去らなければと腰を浮かした。

しかし――――結局一歩を踏み出すことがないまま約束の時間を迎えてしまった。

意外な事に約束通りの時間に、彼は姿を現した。

古泉「……まさか、本当に約束通りの時間に来られるとは思いませんでした」

キョン「俺も、お前がまだここに座っている確率は大体五分五分だと思ってた」

キョン「……本当にお前、古泉か?」

そう言って、彼はくっくっく面白そうに笑う。

古泉「……?なんなんですか?」

キョン「ああ、いや、なんでもないんだ」

キョン「とにかく、行こう」

509: 2009/02/11(水) 11:03:52.21 ID:B5r1eany0
古泉「行く………?どこにですか?」

キョン「家だよ、家。お前だったら話の流れからそうなることを予測してると思ったんだがなぁ」

古泉「いえ、多少の予測はありましたけど、そこまでお世話になることはできません」

キョン「なんでだ?」

古泉(何でだ、って―――)

だって、そうだろう?

機関を抜けた以上僕にはもう、彼や彼女たちと関わる言われは――――

古泉「……もう僕は機関を抜けたんです」

古泉「だから、あなたとも、SOS団とも何の係り合い―――」

キョン「お前、馬鹿か?」

古泉「…は?いや、ですから――」

キョン「お前の理論で言うとあれだぞ?たとえば会社で退社した人間は、もうその時の知り合いと接触しないとか」

キョン「学校を転校したら、もう昔の友人とは会えないとか―――そう言うことになるぞ?」

古泉「……そう言う次元では――」

511: 2009/02/11(水) 11:13:32.48 ID:B5r1eany0
キョン「大体、お世話になることができないなら、どうしてここで待ってたんだ?」

キョン「ベンチに座って、五時間も。俺だったら、無理だな。他の店にでも入って時間をつぶしているかもしれない」

古泉「それは……」

もう、ぐうの音も出なかった。

確かに、明らかに自分の言動と行動は全く、矛盾している。

涼宮ハルヒの事を全く言えないくらいに、意識と律動が一致していなかった。

キョン「……お前さ、いい加減気付け」

キョン「疲れてんだよ。自分のことをなんだと思ってんだ?スーパーマンか?」

キョン「普通の人間は、四六時中笑顔を振りまいて、ろくな睡眠もとらず、クラスでも活躍し続ける……そんなこと、できるわけないんだ」

古泉「……それくらい、自分でわかってますよ」

古泉「僕は、スーパーマンなんかじゃない……。ただの―――」

―――――ただの、なんだ?――――――

言葉に詰まると、彼がそっと何かを差し出した。コーヒーだった。

513: 2009/02/11(水) 11:15:38.94 ID:B5r1eany0
キョン「そこまで自分でわかってるんなら、たまには人に甘えろ」

キョン「それとも、俺の言動に裏があるって疑ってんのか?」

古泉「……いえ、そんなことは―――」

キョン「じゃあ、決まりだな。行こう」

彼はそう言って、僕に背を向けて歩き出した。

渡されたコーヒーは温かった。しかも、糖分の多そうなカフェオレ。僕はブラックが好きなのに。

古泉(……なに言ってるんだ)

古泉(……自分の趣向を人に伝える機会なんて、高校にはいってからなかったじゃないか――)

僕はゆっくりと立ち上がり、彼の背中を追う。

そっとプルタブを引き抜き開けると、そこから真っ直ぐ空に昇る様に白い湯気がたった。

516: 2009/02/11(水) 11:25:01.76 ID:B5r1eany0
キョン妹「あ、キョン君お帰りー!あ、古泉君だ!」

古泉「どうも、おじゃまします」

僕はにこりと微笑む。

キョン妹「あれ、ハルにゃんは?みくるちゃんは?有希は?鶴屋さんは?ねえねえキョンくーん」

キョン「帰って来た直後からフルスロットル攻撃はやめろ」

キョン「それより、母さんいるか?」

キョン妹「うん、いるよーー!」

お母さんお母さん、古泉君きたーーー!と彼の妹さんは元気よく廊下を奥へと走っていた。

キョン「……あいつはほんとに元気でいいよな」

彼は眉間に緩い皺をよせて呟く。

古泉「あはは、そうですね。でも、子供の頃はあれくらいがちょうどいいんじゃないでしょうか?」

古泉「無邪気さを吸い取りながら、人間は大人になるんですから」

519: 2009/02/11(水) 11:33:20.39 ID:B5r1eany0
キョン「無邪気なまま大人になりそうな奴もいるぞ。その点についてはどう思う?」

キョン「……まあ、誰とは言わんが」

古泉「大人になるって言っても、体が大きくなること自体をそう捉えるのではないんじゃないでしょうか?」

古泉「見かけが大人でも、無邪気さを多分に残していたら……それは子供ですよ」

古泉「なんか、そういう探偵アニメありましたね。あれ?逆でしたっけ?」

キョン「…何かを期待している目だな。言っておくが、俺は言わんぞ?」

玄関でそんな会話をしていると、廊下の奥から彼のお母様がエプロンで手を拭きながらやってきた。

古泉「こんばんは、お母様。夜分遅くに大変申し訳ございません」

キョン母「あらあら、全然いいのよー。もちろん晩ご飯、食べていくんでしょ?丁度多く作り過ぎちゃって……」

キョン「母さん。こいつしばらく家に泊めていい?」

523: 2009/02/11(水) 11:41:20.69 ID:B5r1eany0
古泉(えっ?しばらく――――?)

古泉「いえ、そんなわけに―――――」

キョン「こいつが今住んでるマンション、改築するらしいんだ」

キョン「で、しばらく家を出てくれって言われたんだけどその間住む家がないらしい」

キョン「こいつんち実家も遠いから―――いいかな、母さん?」

彼は僕に言葉を挟む余裕すら与えず、まるで決まった台詞でもあったかのようにそう口にする。

それをただ、唖然とした心地で見つめた。

キョン母「あらー、そうだったの…。大変ねぇ…」

キョン母「そういうことなら、全然かまわないわよ。古泉君、自分の家みたいにくつろいでいいからね!」

古泉「あ、あの……」

キョン妹「わーい、じゃあ古泉君あそぼー!キョン君と遊ぶの、飽きちゃってたのー!」

キョン「お前、なんてことを……。――まあ、ということだ、古泉」

彼はそう言って、すました笑顔で僕の顔を見た。

525: 2009/02/11(水) 11:48:30.41 ID:B5r1eany0
ぐうの音も出なかった。信じられないほど、手際が良すぎる。

古泉(こんなに、機転の利く人だったか――?)

古泉(それ以前に、どうしてここまで僕におせっかいを――――)

キョン母「じゃあ、古泉君。この子の部屋に荷物置いてきなさい?」

キョン母「お兄ちゃん、使ってない布団あったでしょ?それ、出して下に持ってきておいて。はたいておくから」

キョン「はいはい。じゃあ、古泉。行くぞ」

彼はそう言って階段を上がっていく。

古泉「あ、あの……ありがとうございます」

キョン母「いいのよ、気にしないで。今夜はカレーだからね?」

キョン「おい、古泉。スエットは俺のでいいかー?」

階上から声がしたので、僕はもう一度頭を下げて、階段を上った。

536: 2009/02/11(水) 12:27:09.02 ID:B5r1eany0
彼のお母様が作ったカレーライスは本当においしかった。

最近は特にゆっくりと食事をしていなかったから、久しぶりに満腹というものを味わった。

そしてなにより……

あんなに和気あいあいとした食卓を僕は今まで囲んだことがあっただろうか?

キョン「どうだ?少しは元気がついたか?」

古泉「……ええ。そう言えば、僕は一昨日から何も食べていなかったんです」

古泉「おかげ様で、大分頭も回転してきました――――」

思考が潤滑になり、まず最初に思い浮かんだのはやはり機関のことだった。

僕がいなくなって―――まあ、そんなに困る事はないだろうけど、そもそも機関の情報を知っている僕を野放しにしておいていいのだろうか?

それに、涼宮ハルヒ。

自分の事を過大評価する気はないけれど、彼女にとっては僕も団員の一人だ。

昨日あんなことになって連絡もつかないとなると、今日の神人は………。

537: 2009/02/11(水) 12:31:29.40 ID:B5r1eany0
古泉「……涼宮さん、僕のことなんか言ってました?」

古泉「昨日あんなことになって、今日も連絡が付かず―――」

キョン「……ああ、そうだな」

彼は回転椅子をぎこぎこ鳴らしながら、目を細める。

僕は、ベッドに腰かけて続く言葉を待った。

キョン「いや、お前の事は何も言ってなかったよ」

古泉「――――えっ?」

キョン「昨日もな、あの後一言、変な古泉君ってこぼしただけであとは団長席に座っていつもどおり」

キョン「今日は、あたかも元からSOS団は四人しかいない、見たいな態度だったよ」

多少の驚きをまとい、彼の目を見る。

しかし、嘘を言っている目ではなかった。きっと、それは本当なのだろう。

539: 2009/02/11(水) 12:38:05.24 ID:B5r1eany0
古泉「……そうですか」

古泉「はは、じゃあ杞憂でしたね。なんだ、それなら、安心しました」

古泉「……そりゃ、そうですよね。彼女にとって――――」

彼女にとって自分はただ、変な時期に転校してきたと言うだけの存在。

特に僕を超能力者だと知らない彼女にとっては、本当にそれだけの――害もなく、得もない、つまり居てもいなくてもいいだけの――

古泉(……何を、動揺しているんだ?)

古泉(そんなの、最初の最初から、わかっていたじゃないか)

古泉(機関にとっても、彼女にとっても、結局僕はいなくても特に困らない存在だ)

古泉(生まれた時からずっと、何処にいても僕は居てもいなくてもいい存在―――)

古泉「……じゃあ、あなたの方から退団届け出も出しておいて頂けませんか?よろしくお願い―――」

キョン「お前……本当に、どうしたんだ?」

彼は呆れた顔で僕の顔を見て、そう言った。

541: 2009/02/11(水) 12:42:06.72 ID:B5r1eany0
古泉「――どうしたんだも何も…」

キョン「もう一度よく考えろよ。ハルヒは、殆どお前のことを気にしなかったんだぞ?」

キョン「少なくとも、俺たちにはそう見える態度をとったんだぞ?それがどういうことか、普段のお前なら、すぐわかることだろう?」

古泉「……?どういうことか……?」

古泉(いや、それはだって……)

古泉(本当に何も気にしてないから――――じゃないのか?)

キョン「わからないなら教えてやる」

キョン「本当にハルヒが何も気にしてないなら、たぶんあの時あいつはこうしただろうな」

キョン「まず、すぐに出て言って、お前の後を追いかける」

キョン「それで、まあ背なかでも蹴り倒すかなんとかして、どうしてあんなことをしたのか問いただす」

キョン「どうだ?映像が浮かんでこないか?」

644: 2009/02/11(水) 18:43:32.42 ID:B5r1eany0
―――言葉が映像になっていく。

オセロ盤をひっくり返し、何も言わずに立ち去ろうとする僕。

しかし、彼女は納得いかない。

廊下を足早に歩く僕の背中に、おもいっきり助走をつけて……

飛び蹴り。蹴られた衝撃で僕は思い切り転ぶ。

そんな僕に対して彼女は言うのだ。

『ちょっと、古泉君!なんのつもり!?』


キョン「――どうだ?本来ならそうなって然るべきだろ?」

古泉「………」

キョン「今日だってそうだ。本当なら無断欠席しようとしたお前に本来のあいつ
なら小一時間は電話し続けるだろう」

キョン「でも、そうはしなかった。それどころか、お前の名前を一言も出さなか
った」

キョン「なあ、古泉。お前ならそんなハルヒの不自然さを、誰よりもいち早く察
知できるはずだよな?」


647: 2009/02/11(水) 18:47:29.30 ID:B5r1eany0
古泉「………」

彼は僕に諭すようにそう言う。

僕は………何一つ言葉を返せない。

返せないということは、それを全部正論だと認めてしまっている、ということだ


古泉(彼の言っていることは正しい。あまりにも……正しい)

古泉(確かに、涼宮さんの行動は不自然だ。でも―――もっと不自然なことがある)

古泉「………一体、何があったんですか?」

キョン「はあ?どういうことだ?」

古泉「僕の知っているあなたは、そこまで人の心の機微に気を配れるような人間ではありません」

古泉「でも、今のあなたはそうじゃない。……何かあったんですか?」

キョン「……成長した、じゃ駄目か?」

古泉「人間そう簡単に変わりませんよ。大体あなたがそうならどうして神人が――」

650: 2009/02/11(水) 18:53:15.46 ID:B5r1eany0
僕はそこで口を噤む。どうせ、もう自分には関係のないことだ。

彼は視線を上に向けて天井を眺める。そして、呟くように言った。

キョン「人間は、変わるんだよ。きっかけがあればその度にな」

キョン「その変化が望んだものにしろ、望まなかったものにしろ……な」

古泉「……?どういう意味です?」

キョン「今も継続的に神人が現れてるなら、それはもう俺が原因じゃない。ハルヒ自身の問題だ」

キョン「それに、ここ一週間は……原因はお前だろう。わかってるだろ?自分で」

古泉「…………」

彼が原因じゃ……ない?

そう言えば、ここ最近の神人は依然と少し傾向が変わっていた。

以前の感情的に、暴れまわるようなそれじゃなくて、もっとこう……

言葉では表せない。でも、確かに、違っていた。

661: 2009/02/11(水) 19:24:39.45 ID:B5r1eany0
古泉「……でも、きっかけってなんです?僕たちは絶えず彼女やあなた方の変化を視察していますが、そんな大きな事件は一つも―――」

キョン「まあ、そうだろうな。お前らの機関どころか、たぶん未来人も、宇宙人も、誰も知らないだろうな」

キョン「知ってるのは……俺だけだ。あと、今は忘れているだろうがハルヒも一応知ってる」

古泉「…………?」

キョン「まあ、今その話はいいだろう。お前は一旦そう言うことを考えるのをやめた方がいい」

キョン「昨日も言ったけど……お前、疲れてんだろ?」

彼の視線が僕に降りてくる。

その瞳には……無気力な中にも優しさがあった。

古泉(本当に、人が変わったみたいだ――)

古泉(それ自体にも気付かなかったなんて……本当に、どうかしている――)

665: 2009/02/11(水) 19:33:56.95 ID:B5r1eany0
古泉「……疲れた、ですか。確かにそうです」

古泉「去年一年間、僕なりに頑張ってきたつもりですが……そのつけが回ってきたんですかね」

古泉「進級してからどうも……不安定でして、それが最近―――」

古泉(あの夢のせいで――――)

キョン「なるほどな……」

彼は何かを考えているようだった。

少しだけ続く沈黙の中で、自分もぼんやりと灰色の世界の事を考える。

古泉(彼の話通りなら今日も――――)

古泉(もう関係ないとはいえ、自分のせいで人が死ぬかもしれないのか……)

古泉「ちょっと、いいですか?」

キョン「…ん?なんだ?」

古泉「涼宮さんの様子……どうでした?」

668: 2009/02/11(水) 19:46:01.03 ID:B5r1eany0
キョン「ハルヒの様子?……ああ、閉鎖空間の心配か?」

古泉「…ええ。もう関係ないとは言え、さすがに自分のせいで人が死の危険にさらされるのは―――」

キョン「……ああ、そうだよな。向こうの世界はお前の組織にとって死の危険がある場所なんだよな」

キョン「でも大丈夫だ、心配するな。長門が上手いことやってくれた」

古泉「長門さんが……?一体なにをしたんです?」

キョン「ああ、いや、別にあいつの力を使ったわけじゃない。ただ、上手い言い訳をあいつがしてくれただけだ。…クックック――」

そう言うと彼は何故か楽しそうに笑った。

古泉「……なんです?」

キョン「いや、まあ気にするな。おいおい分かることだからな」

671: 2009/02/11(水) 19:53:25.94 ID:B5r1eany0
キョン「ああっと話がずれがちだな。……まあ、お前に今一番重要なのは、自分についてよく考えることだ」

古泉「自分について?」

キョン「ああ。お前、去年一年間常にハルヒの事をかんがえていたろ?」

古泉「…そう聞くと寂しい一年間ですね。思い人であるならいざ知らず、そうでもない人を365日も思い続けるなんて」

キョン「……まったく同意だ。まあ、聞け」

キョン「だから、お前は今自分のことだけ考えろ。ちょうど機関も抜けたんだろ?だったら普通に学校生活を楽しんでみろよ」

古泉「学校生活、ですか……」

普通に学校生活。そんな事、久しく考えていなかった。

古泉「……僕は機関の手引きで学校に通っていたんです」

古泉「もしかしたら、退学になっているかもしれません」

キョン「そうなったら、今度こそ自分の身の振り方を考えろ。住む場所も見つかったんだし、ゆっくりせんたくできるだろ?」

キョン「あと、部室には無理に顔を出さなくていいぞ。それも長門の上手い言い訳でなんとかごまかせるからな」



739: 2009/02/11(水) 23:02:57.03 ID:B5r1eany0
古泉(自分の事を考える、か………)

そもそも僕は、今後どうやって生きていくつもりだったのだろう。

機関にずっと属して生きていくつもりだった?……いや、たぶん違う。

未来なんて……考えていなかった。

三年前に機関に入ったあの日から、僕はただ「今」しか見ずに生きてきた。

古泉(でも、機関を抜けてしまった今)

古泉(このままじゃ、駄目か―――――)

古泉「そう………ですね」

古泉「しばらく、自分の今後についてゆっくりと考えてみることにします」

キョン「そうしろ。……まあ、俺も偉そうなこと言えた義理じゃ全然ないんだけどな」

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ーーーー



266: 2009/02/12(木) 22:24:46.98 ID:RExgi4Lp0
担任の先生に話を聞いたところ、どうやら退学手続きは出されていないようだった。

教室に入ると、クラスメートたちに普通に挨拶をされる。

普通。僕にとって義務として存在していた、普通の高校生活。

彼らに笑顔で挨拶を返しながら、僕はえも言われぬ不安感を覚えた。

まるで、今まで自分が立っていた足場が一本のロープになってしまったような。

一歩足を踏みちがえると、真っ逆さまに落ちて言ってしまうような。

何処におちるのか、いやそれどころか今自分が立っているここに何の価値があるかわからない。

僕は、機関から抜けたとたんただの無力な一高校生―――いや、それ以下になってしまった。

かといって、あの鳥籠の中に戻るのには大きな抵抗がある。

以前よりも窮屈な袋小路の中で、僕は一週間を過ごした。

270: 2009/02/12(木) 22:26:05.67 ID:RExgi4Lp0
キョン「どうだ、一週間過ごして。なんか、考えはまとまったか?」

古泉「……」

彼の部屋の黄色っぽい蛍光灯の下で、僕は天井を見ていた。

考えは纏まったか。その質問に答えが出せる気は到底しない。

そもそも、僕は一週間何かを考えただろうか?

キョン「……状況はあんまり変わってなさそうだな」

古泉「……本当に、情けない話ですが」

古泉「まったく、可笑しいですね――――。あなたと僕の立ち位置がこうもまるっきり入れ替わってしまうなんて……」

キョン「お前、それ自分で言うことか?……まあ、いい。自分で考えてもわからない事はわからないよな」

彼はそう言うと僕の目を見て、強く一言、呟いた。

272: 2009/02/12(木) 22:27:59.53 ID:RExgi4Lp0
キョン「なあ、古泉。お前、実家に帰ろうって発想はないのか?」

古泉「…………」

僕は彼の質問には何もこたえない。

キョン「答えないつもりか?」

古泉「……ええ。それに関して、僕は絶対に何も答えるつもりはありません」

キョン「なるほどな………」

彼はそう呟くと、鞄から一枚の紙を取り出した。

そして、ゆっくりとそれを眺め、読み始める。

キョン「……河原一樹、ね。お前、本名は古泉じゃないんだな」

古泉「なっ!!!どうしてあなたがそれを……」

キョン「父親河原一郎、母親河原美里。そして、現在二歳の――――」

古泉「どうして、あなたがそれを知ってるんですか!!!!!」

僕は声量は押さえて、しかし出来る限りの迫力を込めて叫んだ。

274: 2009/02/12(木) 22:30:04.39 ID:RExgi4Lp0
ちらりと、A4の紙から視線が上がる。その目は……侮蔑の色とも、同情の色とも判断のつかない、複雑な目だった。

キョン「お前、自分だけがみんなの秘密を知っている立場でいるつもりだったのか?」

古泉「……っ!それは………」

キョン「……ああ、違うな。お前はもう機関の人間じゃない。ということは、もう知れる立場でもなくなったわけだ」

古泉「………長門さんですか?」

古泉「彼女の能力を使って、僕のプライベートを暴いたんですか?」

古泉「何が、目的です?そんなものを知って、どうするつもりですか?」

はぁはぁ。自分が息を荒げている事に気が付く。

心拍が異常に高い。血管が切れそうだ。

この感情の高まりは自分でも、異常なように思われた。

276: 2009/02/12(木) 22:31:50.42 ID:RExgi4Lp0
古泉(どうして……)

古泉(どうして、僕はこんなに……)

キョン「どうして、そんなに興奮してるんだ?」

キョン「何か、理由でもあるのか?」

古泉「理由なんて………」

古泉「……誰だって、自分のプライベートを無闇に嗅ぎまわられたら腹を立てるんじゃありませんか?」

古泉「正常な反応だと思いますけど……」

キョン「それを今までお前は当然のようにやって来たんじゃなかったか?」

キョン「自分の番になった途端、そんなの許せないって言うのは少し傲慢かと思うが」

古泉「それは―――――」

何も反論が出来ない。確かに、その通りだった。

しかし、僕には自分の事を調べられたことが……いや、調べられたその奥にあることがどうしても、許せないのだ。

278: 2009/02/12(木) 22:35:18.29 ID:RExgi4Lp0
古泉「……何が、目的ですか?」

古泉「ここまでの親切にも、なにか裏があるんですか?」

古泉「でも、今の僕を脅したところで、何の得にも―――――」

キョン「……脅す?」

彼は、僕が放った言葉の一端をとらえて、薄く眉間にしわを寄せた。

キョン「今の内容から、俺が、何を脅すんだ?」

古泉「え……?」

キョン「俺はただ、お前の本名と、家族の名前を言っただけだ」

キョン「それがどうして脅すって発想になる?おかしくないか?」

古泉「それは…………」

またしても、何も言えない。

はめられたと思った。しかしすぐに勝手にはまったんだと気付く。

古泉(何故、自分はこんなにも動揺してるんだ?)

古泉(わからない……。いや、考えたくない……)

281: 2009/02/12(木) 22:44:15.60 ID:RExgi4Lp0
キョン「――――もう一度、質問するぞ?」

キョン「どうして、お前は実家に帰らないんだ?」

キョン「機関を首になったんだろ?それなら実家に帰ろうと思うのが普通の発想だと思うが……」

古泉「………実家には、帰れないんですよ」

僕は呟きながら、必死に理由を探す。

今の、異常なまで心の機微に鋭い彼を何とかごまかせる言い訳を――――。

キョン「……ほう。何故?」

古泉「……話しましたよね?僕は三年前……いや、そろそろ四年ですね。四年前、能力が生まれた時に機関に拾われました」

キョン「ああ、聞いたな」

古泉「その日以来、機関に入ったんです」

古泉「自分が無理やり授けられた超能力を使って、世界の崩壊を防ぐために。彼女の生み出す神人を倒すために」

キョン「ああ、そうだったな」

古泉「そのために僕は家を捨てました。何も言わず、姿を消したんです」

古泉「名前を捨てて、河原から古泉に姓を変えました」

古泉「そんな僕が、どうして家に帰れるんですか?帰れるわけ、ないでしょう?」

282: 2009/02/12(木) 22:48:20.71 ID:RExgi4Lp0
そうだ。自分は、涼宮ハルヒが下らないことを望んだがために、家を捨てたんだ。

四年前のあの日、新しい名前を自分につけたのだ。

自分の目前に存在したはずの未来を、手を伸ばした可能性を捨てて、機関に身を埋める毎日を選らばされたのだ。

古泉(全ては、涼宮ハルヒが望んだから……)

古泉(僕は狭い鳥籠の中で灰色の空を見つめながら、綺麗な歌だけを謳わされる羽目になった)

古泉(だから、僕は疲弊して、あんな夢を見て、今こんなに――――)

288: 2009/02/12(木) 22:55:09.80 ID:RExgi4Lp0
キョン「………違うだろ?」

古泉「……はい?」

脳を支配しする暗い思考を一括するように、彼は諭すように呟いた。

古泉「何が違うんですか?」

古泉「あなただって……いや、あなたが一番知っているはずでしょう?」

古泉「彼女の願いの強制力、一人の人間から生み出される強引な秩序」

古泉「機関の人間がたった一人のただの少女を神と呼んでいる事を」

古泉「彼女は神です。そして僕にとっては真の意味で厄病神だ!」

古泉「僕は家族を捨てることを選ばされ、疲弊しつくした時機関にも捨てられ、日常に戻ることすら出来ずに――――」

291: 2009/02/12(木) 22:59:12.09 ID:RExgi4Lp0
キョン「だから、そこが違うんだろ」

古泉「何がです!?」

キョン「興奮しないで、一旦ゆっくり落ち着いて考えてみろ」

キョン「お前、機関に家を捨てることを強要されたのか?」

古泉「……!何を――――」

古泉(何を―――――――?)

古泉(……………何?強要―――――――――?)

キョン「落ち着いたか?じゃあ、ちゃんと思いだせ」

キョン「お前は、機関を捨てることを強要されたのか?」

古泉(強要されたか………?)

突然の質問に混乱する。

強要されたかって?そんなのされたに―――――――

297: 2009/02/12(木) 23:06:21.53 ID:RExgi4Lp0
キョン「じゃあ聞くが、お前のいた機関には家から通ってる人間はいないのか?」

キョン「全員、家を捨てられることを強要されるのか?」

古泉「………そんなことは――――」

古泉「そんなことは………ない、ですね――――」

キョン「じゃあ、お前だけ強要されたのか?」

キョン「当時中学生だったお前に、機関は無理やり家を捨てさせたのか?」

古泉「……………」

古泉(なんだ、これは――――――?)

おかしかった。今まで自分が描いてきた古泉一樹が少しずつ、壊れていく。

古泉(僕は、どうして機関で日々を過ごすようになった?)

古泉(いや、それは勿論彼女が………)

古泉「涼宮さんが――――」

キョン「――ん?」

古泉「涼宮さんが、そう、望んだからじゃないでしょうか?」

300: 2009/02/12(木) 23:13:25.35 ID:RExgi4Lp0
古泉「……正直に言うと当時の事は定かではありません。……混乱していましたから」

古泉「でも、やはり涼宮さんが望んだから―――――」

古泉「彼女の願い通りにSOS団は集まった。それこそが答えじゃないでしょうか?」

キョン「ハルヒが望んだから………ねえ」

彼は僕の回答を吟味するように何度か呟き、そしてふぅと溜息をついた。

キョン「……確かに、ハルヒが望んだとおりに世界が動くってのは俺も知ってる」

古泉「そんなのわかってます。じゃあ、僕の説明に―――――」

キョン「だがな、古泉。こう、考えたことはあるか?」

僕の言葉を制止し、彼は自分自身にも確かめるように呟いた。

キョン「どうして……SOS団はあのメンバーだったんだろうな?」

古泉「………はぁ?」

古泉「言っている意味が良く分かりませんね……。だから、彼女が宇宙人、未来人、超能力者を望んだからでしょう?」

古泉「……まあ、あなたは特別ですが」

310: 2009/02/12(木) 23:23:36.88 ID:RExgi4Lp0
キョン「――なるほどな。そう、あいつの望むとおり宇宙人、未来人、超能力者が集まった」

キョン「そして、お前はたぶん知らんと思うが、俺があそこにいたのも必然だ」

キョン「未来と過去が交差した上での複雑な必然だけどな」

キョン「ただな、さっき俺がいったのはそういう意味じゃない」

古泉「……?どういう意味です?」

キョン「どうして、超能力者はお前だったんだ?」

古泉「………さっきから回りくどい上に、質問の内容が分かりにくいですね」

キョン「お前にだけは言われたくないけどな」

キョン「いいから、答えろ。何故だと思う?」

古泉「……はぁ。全く、気が回るようになったらすっかりそんな感じですか」

古泉「わかりました。改めて確認しますよ?」

314: 2009/02/12(木) 23:27:54.41 ID:RExgi4Lp0
古泉「あの学校には僕以外にも機関の人間が複数名紛れ込んでいます」

古泉「あなたもご存じなのは、あの生徒会長ぐらいですか。でも、もっとたくさんいます」

古泉「僕たちは最初彼女に直接的に接触しようとは考えていませんでした」

古泉「しかし、知っての通り長門さん、朝比奈さんの両名がまるで導かれるように彼女の身近―――SOS団に介入しました」

古泉「そこで焦った機関は彼女の望み通り、時期外れの転校生として当初はこの学校にいる予定ではなかった僕を彼女の身近につかせたんです」

古泉「これで、満足ですか?」

キョン「……だからな、古泉。お前は俺の質問に全く答えていないんだよ」

キョン「俺が聞いてるのは、どうしてハルヒの超能力者がお前であったのか?ってことだ」

キョン「お前が学校にいなくて、たまたま都合良く一年生だったから」

キョン「だから、お前は偶然にもSOS団に入部したのか?」

キョン「全ての事はあいつが望んだ必然だったのに、そこだけは完全なる偶然だったのか?」

318: 2009/02/12(木) 23:32:47.31 ID:RExgi4Lp0
古泉「………えっ?」

古泉(そこだけは、偶然だったのか?)

古泉(……僕が今SOS団にいるのは、偶然だったの―――――か?)

そんな事、ちらりとも考えていなかった。

だって、そうだろう?

僕はたまたま、機関の中で選ばれただけだ。

他に適した人材がいなく、機関とともに生活していたから他の人間よりモビリティがあって――――。

古泉(……だから、たまたま自分が選ばれたんだ。それ以外に考えられない)

古泉(それに、涼宮ハルヒはあの日出会うまで古泉一樹という存在を知らなかった)

古泉(どうやってその状態で、強制力を掛けられるんだ―――――?)

320: 2009/02/12(木) 23:38:44.58 ID:RExgi4Lp0
古泉「………それはやはり、偶然じゃないかと思いますが――」

古泉「だって、転校する以前に僕は彼女に会ったことがありませんでした」

古泉「だから、彼女が僕を引き当てたのはただのランダム――」

古泉「古泉一樹である必要性は、涼宮さんにはこれっぽちもなかったと思います」

キョン「確かに、そうだな」

彼は強く頷く。

古泉「じゃあ―――――」

キョン「確かに、ハルヒにとっては超能力者はお前でなくても、よかっただろうな」

古泉(……また含みのある言い方だ)

古泉「まだ、なにかあるんですか?」

キョン「――まだ?今から話そうとしてるのが本題なんだが?」

少し苛立ちを覚えた。

古泉「一体、何なんです、今日のあなたは?僕だって、さすがにここまで回りくどくありませんよ?」

キョン「すまんな。ただ、本当は俺が話す前に自分で気付いて欲しかったんだが――――」

323: 2009/02/12(木) 23:43:45.05 ID:RExgi4Lp0
キョン「でも、やっぱり無理だよな。俺だって無理だった。だから話す」

キョン「古泉。ここからは自分に言い訳をせず、ゆっくり考えろよ?」

古泉「僕は元々いいわけなんて――――」

キョン「いいからさ。ゆっくり、考えてみろ」

僕が目を剥くと彼は言葉なく、落ち着けと言っているような平らかな視線をこちらに向けていた。

その目に毒を抜かれる。

口にしようとしていた反論を音をたてて飲み込んだ。

キョン「さっき、お前は自分が選ばれたのは偶然だって言ったよな」

古泉「……ええ」

キョン「そして、それはハルヒの能力を考慮した上での結論なんだよな?」

古泉「……そうです」

キョン「じゃあ、聞くが―――」

キョン「本当に能力を持ってるのは、ハルヒだけなのか?」

331: 2009/02/12(木) 23:51:03.37 ID:RExgi4Lp0
古泉「はぁ?」

それは意識する前に出た声だった。

あまりにも彼の言ったことがばかげていてつい、出てしまったのだ。

古泉「何を馬鹿なことを言っているんですか?」

古泉「彼女みたいなのが、何人もいる?そんな事になったら世界に秩序なんてものは存在しませんよ」

古泉「こっちは真面目に聞いてるんですから、あなたも真面目に話てくいれませんか?」

そうまくしたてると、彼はやれやれと言ったポーズをとり片眉をあげた。

キョン「まあ、興奮するな。俺だって真面目に話してるさ」

キョン「それに俺は別にハルヒみたいなのが何人もいるなんてこと言っちゃいない」

古泉「…じゃあ、なんなんですか?」

キョン「例えばさ……ハルヒを地球だったと考えよう」

キョン「あいつの望みをそのまま引力に例えると、あいつの望みは強い重力であると考えられてその重力にひっぱられるように世界は成立することになる」

337: 2009/02/12(木) 23:57:10.54 ID:RExgi4Lp0
キョン「じゃあ、引っ張られる側の俺たちには……引力は全くないのか?」

なるほど。確かにその説明はわかりやすかった。

しかし…………

古泉「……詭弁ですね」

古泉「確かに、彼女を地球だと考えるというのは面白い」

古泉「でも、だからと言って僕たちに引力がある?そんなわけないじゃないですか」

古泉「そんなバカなことが―――」

キョン「どうして、ないと言い切れるんだ?」

古泉「えっ―――」

馬鹿な。あるわけがない。

頭の中には繰り返しそのフレーズがあったけれど、言葉にはならない。

彼の顔が、本当に真剣で語調が今日一番、強かったからだ。

キョン「確かに、俺が言ったのは詭弁だ。上手く言えたとも思ってない」

キョン「でも、現在の自分が実際その詭弁の上に立っているのを俺は知ってる」

342: 2009/02/13(金) 00:03:11.41 ID:JKVEg6Tz0
キョン「俺は今から、恥ずかしいカミングアウトをしてやる。いいか?聞けよ?」

キョン「俺は正直、ハルヒと同じような事を考えていた」

キョン「宇宙人、未来人、超能力者………はたまた、その他の未知なる生物まで、世界には存在してると、心のどこかで信じてた」

古泉「……突然なにを言い出すんです?」

キョン「だから、カミングアウトだよ。…恥ずかしいんだから口挟むな」

キョン「特に中学の頃なんて、もう思いっきり、心の底からそう言うのを信じてたんだ」

キョン「なんかに出会いてえなぁ、何かおもしれえことねぇかなぁ、とかさ。かなり真剣に考えてた」

彼は恥ずかしそうに、でも真剣にそのカミングアウトなるものを続けた。

最初は下らないと思ったけれど、雰囲気にのまれたのか、自分の過去を思い出すように僕はその話を聞いた。

古泉(――――あの頃)

古泉(―――――自分は何を考えていたっけ……?)


347: 2009/02/13(金) 00:10:54.72 ID:JKVEg6Tz0
キョン「今なら、きちんと認められる」

キョン「俺は、あいつの起こす珍騒動巻き込まれていて毎回すごい楽しかった」

キョン「ああ、そうだな。今でもつれない事は言うがそれはあくまで俺のポジションだ」

キョン「本当は、今素直にSOS団に入れてよかったと思ってる。あそこで日々を過ごせて良かったと思ってる」

古泉「…………」

キョン「ついでに言うとな……長門はどうして、SOS団にいるんだろうな?」

古泉「……彼女こそ、ちょっとそれには無理がありませんか?」

古泉「だって、彼女は―――」

キョン「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース、か」

キョン「まあ、そうだな。あいつはパッと見……いや、じっと見てもそう言うのとは一番遠い存在に思えるな」

キョン「でもな……古泉。お前、思わないか?」

キョン「長門ってさ、朝倉とか喜緑さんとかって言う他のヒューマノイドなんちゃらよりよっぽど……人間らしいと思わないか?」

僕は少しだけ考えるふりをしてからその質問に頷く。

古泉「それは……そうかも知れませんね」

354: 2009/02/13(金) 00:17:28.97 ID:JKVEg6Tz0
キョン「どうしてだろうな」

キョン「なんで、人間らしくある必要のないあいつが、そう言う風に作られてないはずのあいつが、感情なんてものを持ち始めてるんだろうな」

古泉「彼女がそう望んだからだと。そう、言いたいんですか?」

彼はそれには答えなかった。

キョン「朝比奈さんについては俺にはなんとも言いかねる」

キョン「ただ、これは漠然とした感覚なんだが……大人になった朝比奈さんはそう言うところも全部理解しているように見えた」

キョン「その上で、今この世界に駐留している自分を操っているように思えた」

キョン「……なあ、古泉。お前は、どうだ?」

古泉「……僕は――――」

僕は……どうなんだ?

彼の言葉は一見真実である様に思える。

でも、それには何の確証もない。ただの彼の感覚上だけでの推論だ。

古泉(僕が………SOS団に入ることを望んだ?)

古泉(どうして?何の為に――――?)

361: 2009/02/13(金) 00:24:19.50 ID:JKVEg6Tz0
ぐるぐると思考の中を沢山の記憶が行きかう。

そこには記憶でないものもふんだんに含まれていて、僕はそれを取捨選択することができず、困惑する。

嘘。虚飾。現実。過去。そして常に僕の目の前には、幾つもの鳥籠―――――。

古泉(……どうしてだ?)

古泉(少し前まではこんなこと、なかった)

古泉(なのに、どうしてこんなに、今僕は混乱して―――――)

古泉「わか……らないんです」

古泉「僕は、機関にいることを当然だと思っていた」

古泉「ついで、SOS団の部室も僕にとっての当然になっていた」

古泉「それが、何故当然かなんて考えたことも―――――」

キョン「なかったろうな」

古泉「……え?」

キョン「なくて、当然なんだ。だって、考える必要もなく俺達はハルヒの傍にいたんだからな」

368: 2009/02/13(金) 00:31:30.67 ID:JKVEg6Tz0
キョン「この間、俺に変化があったって言ったよな?」

古泉「……ええ。そして僕はその変化を今まざまざと見せつけられていますよ」

キョン「まあ、そう複雑な顔をするな。それで、変化があったのは俺だけじゃない」

キョン「……ハルヒもだ。あいつも表面上じゃ変わってないが今、少しずつ変わってる」

キョン「たぶん、四月の終わりからお前が原因になるまでは、そのせいで神人が出てたんだろうな」

古泉「彼女にも、変化が―――――?」

まさか…………!

古泉「彼女は、自分の力に気づいたんですか?」

僕は両手を強く握りしめて、そう言いはなった。

キョン「……いや。そういうわけじゃない。もっと、ちっぽけな変化なんだけどな」

キョン「その小さい変化が、SOS団の拘束力を弱めてるんだと思う」

古泉「SOS団の、拘束力?」

キョン「……ああ。今までは強引な拘束力であの団は続いてきた。それって、部活とか、クラブとかでは、すごい不自然な形だよな?」

古泉「…え、ええ。まあ、そうでしょうね……。というより、普通はそんな個人の裁量で部活が拘束されるなんて、ありえませんよ」

372: 2009/02/13(金) 00:40:06.25 ID:JKVEg6Tz0
キョン「その不自然な形が、崩れたんだよ。今、たぶんあいつはSOS団を抜けるって言ったらちゃんとそいつに理由を聞くと思う」

キョン「それで、納得したら―――――抜けていいって言うよ。自分の好きにしろ、ってな」

キョン「まあ、お前は信じられないだろうけどな。そうだな。今度試しに言ってみたらどうだ?」

古泉「…もう半ばやめてますけどね」

キョン「まあ、そう言うな。とにかく、だからお前は今困ってんだろう?」

キョン「今まで当然自分がいるべきだった場所が……ハルヒの引力が弱まってるから。だから、余計疲れるんだろ?」

古泉「だから疲れる……」

信じがたい話だった。しかし、自分の身を振りかえると今の話はとても合点がいく。

去年一年間、僕は彼女の鳥籠でさえずることに些かの疑問も持たなかった。

そこにいるのが当たり前であると、感じる以前にわかりきっていて、それでいて直特に疲れることもなかった。

でも、四月を過ぎ少し疲れていると感じ始めてから少しずつ歯車が軋み始めた。

自分の振りまく笑顔に疑問を持ち、人に対する対応に不安を持ち、神人との戦いに以前以上の不快感を持ち、そして―――。

古泉(僕は……)

古泉(鳥籠を作った人間を恨み始めた―――――――――)


379: 2009/02/13(金) 00:44:41.95 ID:JKVEg6Tz0
キョン「悪いことは言わん、古泉」

キョン「一旦、実家に帰ってみろ」

キョン「そして、ちょっと思い出してみろよ。その能力が生まれた時自分がどんな状況だったのか」

キョン「そして、その上で考えてみろよ。自分が本当にハルヒに振り回されてるばかりの人間だったかを」

キョン「これから、自分がどうするのか、SOS団が本当にお前の言う鳥籠だったのかを」

膨張しそうになる混乱は、彼の力強くそして優しい言葉に堰止められる。

そして混乱の代わりに浮かべたのは……小さな決意と、ささやかな疑問だった。

382: 2009/02/13(金) 00:50:25.23 ID:JKVEg6Tz0
古泉「……わかりました」

古泉「あなたがそこまで言うなら……言ってみますよ、実家に」

古泉「ただ………一つだけ、質問していいですか?」

キョン「なんだ?」

古泉「何故、あなたはここまで僕によくするんです?」

古泉「確かに僕はあなたに幾つも恩を売りましたけど、正直ここまで親切をした気はまったくないですよ?」

僕のその台詞に彼は、一瞬めんどくさそうにめを細め、しかし次の瞬間には薄い笑みを浮かべて、答えた。

キョン「まあ、この間はああ言ったけどな」

キョン「……例えお前が俺のことをどう思っていようと、俺にとってお前は散々な一年をともに送った仲間だ」

キョン「仲間に親切にするのは気持ち悪いか?」

そこまでは思い切り、歯切れよく言う。しかし、最後に一節、彼は苦笑いを浮かべて付け加えた。

キョン「……若干気持ち悪いかもな」

僕はそれに本当に久しぶりの、心からの笑いを添えて「ありがとうございます」と伝えた。

395: 2009/02/13(金) 01:13:54.99 ID:JKVEg6Tz0
翌日の朝。

僕は宣言通り、実家に帰るための電車に乗っていた。

電車は進み、少しずつ周りを彩る色彩が変わる。

実際にはほとんど変化のないはずの景色が、自分の視線の中だけでコロコロと変化を続けていく。

それは車窓ではなく、自分自身を構成している過去の風景だった。

去年一年。

僕はSOS団に閉じ込められるように日々を送っていた。

毎日毎日梅雨はカビ臭く、夏は日差しが熱く、秋も冬も、過ごしやすいとは言い難い文芸部の部室に赴き、

土日は彼女の言うままに探索や、いくつものイベントに顔を出し、

夜は、まあ去年一年間はほとんどなかったけれど神人と戦い、機関内での話足などをして……

実際僕は閉じ込められていた。そう表現するに足る閉塞感漂う生活を送っていた。

402: 2009/02/13(金) 01:20:07.04 ID:JKVEg6Tz0
しかし、あの夏の日の海。

心から下らないと思った文化祭の映画づくり。

雪山……は、もう言うまでもなく災難だったとして、

季節折々催した幾つものイベント。自分で企画したものも多くあった。

それら全てが、ぼくにとっては苦痛で、つまらない出来事だっただろうか。

全てが彼女にたいして自らの時間を犠牲にするだけの最低の時間だっただろうか。

古泉(――――最近はそう思っていたのが、事実だ)

古泉(そうおもったから、僕は森さんにあんなことを言って、機関をぬけさせられら)

古泉(……いや、それ以前に死のうとさえ思った。夢の中では彼女を殺してしまおうとした)

古泉(疲れていたのは事実だし、二つの考えが嘘であったとも思えない)

古泉(元に僕はこの一週間、笑顔を浮かべる事さえも苦痛だったではないか)

409: 2009/02/13(金) 01:23:31.34 ID:JKVEg6Tz0
のっぺらぼうで過ごしてきた一年を自分がどう思ってたかさえ、今の僕にはさっぱりわからなかった。

それとも、作り笑顔を浮かべていた裏で実際僕は何も考えていなかったのだろうか。

彼の言っていた拘束力がなくなって初めて、自分の感情が生まれたのか……?

古泉(この作り笑顔……)

古泉(一体どこで生まれたんだ?この気色悪い顔は……)

一年間よりさらに奥。

機関での三年間よりももっと、奥。

そこを探ろうとする。しかし、自然に思考にブレーキがかかってしまう。

古泉(……まあ、いいか)

古泉(どうせ、今から僕はそこに行くんだ)

古泉(そこで答えが見つかったら―――――)

なんの、答えが見つかるのだろう。

今僕が信じられるのは、どうやら彼のあの包み込むような笑顔だけみたいだった。

413: 2009/02/13(金) 01:33:14.13 ID:JKVEg6Tz0
古泉(着いた………)

駅に降り立ち、僕は深く息を吸い込んだ。

あの日、機関に連れて行かれ―――いや、もうよそう。

機関について言って以来初めて舞い戻った故郷だった。

古泉(故郷か……)

古泉(でも、意味は半分だけだ―――――)

ゆっくりと駅から一歩踏み出し、灰色のアスファルトに足をつく。

見上げた空は今、自分がいるあそこよりも高く、碧かった。

古泉(ここにいた頃……)

古泉(自分は、幸せだったはずだ―――――)

かつて、中学生だった自分。

あの頃自分は……確かに笑っていた。

普通に笑顔を浮かべられていた。

417: 2009/02/13(金) 01:38:38.02 ID:JKVEg6Tz0
古泉(それどころか、あまりいい子供ではなかった気がする)

古泉(自分の境遇すら忘れて、問題も起こした―――――)

かつて、見慣れていたはずの道を歩く。

そこはもう、見慣れた道ではなかった。

一歩踏み出すたびに置き去りにした過去を思い出す。

一歩踏み出すたびに忘れようとしていた日々を思い出す。

あの頃、自分は何でもできる気でいた。

自分には他人よりも秀でた能力が幾つもあることを知っていた。

知識を沢山持っていて、スポーツができ、教わった事はすぐ出来るようになり、クラスでの人気もあった。

お父さんとお母さんは優しかった。

それをいい事に、迷惑を沢山掛けた。

過去には感じることのなかったその実感が、今小骨のように思考のどこかにひっかかる。

421: 2009/02/13(金) 01:44:16.26 ID:JKVEg6Tz0
古泉(確かに、今自分は過去の事を思い出している)

古泉(でも、何でだろう。漠然としていて、掴みどころがない)

古泉(僕は………何を忘れている?)

古泉(何を………忘れようとしている?)

灰色のアスファルトから、石がぎっしりと満たされた砂利道に出る。

ここを真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに歩いて行けば家だった。

かつて、転びながら何度も走った砂利道。

僕が初めてこの街に来た時……そう、あの時も僕はこの道で転んだ。

それをお父さんとお母さんは優しく励ましてくれた。

――あなたは元気でいい子ね――

――そうだ。男の子は元気なのが一番だ――

古泉(お父さん……)

古泉(お母さん……)

424: 2009/02/13(金) 01:49:05.37 ID:JKVEg6Tz0
期待。

かつて、僕を包んでいた鳥籠の名前はそれだった。

最初僕はその中で、小さく、こじんまりと羽ばたこうとした。

鉄の枠に羽を触れないよう、柔らかく飛ぼうとした。

しかし、二人は僕をその鳥籠から出してくれるようになった。

そして、言うのだ。

――気を張らなくていいの。あなたはとても賢い子だから――

――遠慮しなくていいんだ。だってお前は私たちの息子なんだから――

僕は鳥籠の中で歌を歌うより、外で誰かに歌を聴かせることがとても楽しい事に気づいた。

鳥籠の中で羽をたなびかせるよりも碧い空に向かっていく方が楽しいと気付いた。

その時、僕は鳥籠を自分から抜け出すようになった。

せっかく居心地がいいように二人が整備してくれている鳥籠を我がもの顔で抜け出すようになった。


426: 2009/02/13(金) 01:54:11.73 ID:JKVEg6Tz0
古泉(そうだったな。二人は必要以上に僕に優しかった)

古泉(今なら分かるその理由を、意味を、当時は自分に都合のいい方向にしか考えられなかったんだ)

古泉(つまり……僕はバカだったんだな。馬鹿だったことなんてすっかり忘れてしまっていた)

少しずつ手が奥まで届いて行く感覚が分かる。

しかし、真実はまだその先の先にある様に思えた。

そして、段々と手を伸ばすのが怖くなってきた。

それに比例して、一歩ずつ踏み出す歩幅がせまくなっていくのを感じる。



432: 2009/02/13(金) 01:58:08.47 ID:JKVEg6Tz0
>>427
悪いことは言わないから寝た方がいいですよ。

僕も似たようなことやって後悔しましたから。

506: 2009/02/13(金) 12:52:17.96 ID:JKVEg6Tz0
古泉(もし、ここが涼宮さんの……彼女の夢の中だとしたら)

古泉(本当は四年前以前なんて自分に存在しないとしたら)

古泉(それなら、自分の記憶に齟齬があったとしても―――――)

ジャリ。ジャッジャッジャッジャッジャ………。

小石を自分の足がテンポよく踏みにじる。

その音は、どう考えてもかつて自分が毎日奏でていた音だった。

そのリズミカルな音を聴いていると、やはり今のも全部ただのいいわけであることが分かる。

古泉(それに、例え自分の過去が彼女によって四年前に作られたものだったとしも)

古泉(今、この瞬間感じている苦痛や不快は自分だけのものだ)

古泉(それだけは紛れもない…………真実)

古泉(詭弁は――――――――――もう、やめだ)

ジャリ。

512: 2009/02/13(金) 13:02:01.73 ID:JKVEg6Tz0
足が止まる。

そこには一軒の家があった。

昔ながらの日本家屋を数回改築して、すっかり和洋折衷になっているアンバランスな家。

かつて、僕が家族として迎え入れられ、

何も言わずに捨ててしまった、自分の中で唯一故郷と呼べる場所だった。

古泉(………変わらないな)

古泉(いや、少し変わったか。これまた洋風なガレージを作ったものだなぁ)

古泉(どうして、木造の家の横にレンガ調の駐車場なんて作ろうと思ったんだろう?)

古泉(それにあそこには……)

新しく出来たカラフルな駐車場。

確かそこには今ももし生きていたら13歳になるパールという犬の犬小屋があったはずだ。

入れ替わった犬小屋とガレージが、過ぎ去った三年という月日の長さを僕に教えた。

そして……決意を揺らがせた。

515: 2009/02/13(金) 13:10:44.78 ID:JKVEg6Tz0
古泉(………)

古泉(……暗いな。いないのかな?)

塀の奥を覗きこむと、やはり人の気配はなかった。

古泉(……どう、するかな)

その時。

ガシャガシャと音を立てながら、砂利道を自転車で走る音が聞こえた。

古泉(まずい!!)

特に悪いことをしているわけではなかったけれど、家の裏側に回り込み、隠れる。

息を殺して隙間からもといた場所を眺めていると、自転車は僕には全く気が付かなかったようで、過ぎていった。

古泉(危ない危ない………)

古泉(……って、何が危ないんだか)

つい先日まで、命を賭ける戦いをしてきた自分がこんなことで驚くなんて、あまりにも新鮮だった。

あはは。思わず、小さく声を出して笑う。

改めて、実家の裏口を覗くとうやはりそこも真っ暗だった。

520: 2009/02/13(金) 13:42:52.07 ID:JKVEg6Tz0
古泉「……待つか」

自分自身に確認するように小さく呟く。

そして、元いた場所に戻り来た道とは逆の方……背の低い山のある方へと足を向けた。

古泉(きっと、六時も過ぎれば帰ってきてるだろう)

古泉(それまで……久しぶりにあの山にでも行ってみるか)

ジャリジャリ。

ジャリジャリジャリジャリ……………

ジャリジャリジャリジャリ……………

なだらかな道を歩く。足音は一つしかない。

524: 2009/02/13(金) 13:50:40.35 ID:JKVEg6Tz0
山に入るといつの間にかなくなっていた砂利の代わりに、

木から零れた枝や風に揺らされ落ちた青い葉、

ゴツゴツとした岩やパッと見では判別の付かない何かが、秩序なく転がっている。

僕はそれを踏みながら山の奥を目指して歩いた。

そこには誰もいない。

空間を包むのは野鳥のさえずりと何処を流れているかもわからない小川のせせらぎだけだった。

しかし、僕の耳には沢山の声が聞こえた。

一樹、一樹君、いっちゃん、河原、河ちゃん、河やん―――――――

古泉。古泉君。今僕を包む現実では、殆ど全ての人が僕をそう呼ぶ。

かつてあった名前を捨てた僕は自らそう呼ばれるのを好み、そう呼ばれることを望んだ。

でも、今。

言ってしまえば幻聴でしかないかつての友人たちの声が、自分の名前を呼ぶ度に、僕は銘打ちがたい感慨と感傷に包まれた。

525: 2009/02/13(金) 13:58:03.91 ID:JKVEg6Tz0
古泉「古泉一樹、か」

古泉「何が目的だったんだかなー……」

さっと視界が開ける。

その向こうには、鮮やかな太陽の光に照らされた故郷の景観が広がっていた。

学校が見える。毎日のように通った駄菓子屋が見える。

あそこはよく遊びにいったあの子の家だ。

古泉(……そう言うことは、きちんと覚えているんだな――――)

僕は近くにあった切り株に腰を掛けて、ぼんやりと昼の陽光に照る街を見下ろした。

――――美しい―――――

心の中に、そんな短い単語が生まれる。

今、この瞬間その言葉はただの形容詞ではなかった。

本来の意味よりも、もっと複雑な

愛おしさや、悲しさや、切なさや、憐憫や、葛藤や――――――――

沢山の感情を合成させた“自分自身の”を端的に現す、都合のいい記号だった。

528: 2009/02/13(金) 14:06:22.95 ID:JKVEg6Tz0
初めてこの街にやってきた時。

そう言えば僕は二人に手をつながれていた。

緊張と不安に押しつぶされそうになりながら、必死に笑顔を振りまいた。

そうだ。確か、そんな時にあの砂利道で転んだんだ。

――あなたは元気でいい子ね――

――そうだ。男の子は元気なのが一番だ――

また二人の声が蘇る。しかし、思い返してみるとあの初めてここに来た時の自分は元気なんかじゃなかったはずだ。

孤児院から、あの二人に引き取られて――――

嫌われないようにと必死に緊張を隠して――――――

そんな僕にお父さんとお母さんは本当に優しくしてくれた。

無理に笑顔を作らなくていいと言った。

そして、それが自分の夢見ていた愛だったと気付いた。

古泉(そうだったな………)

古泉(僕は二人に愛されている、と思った。それで、自分は二人の本当の子供になれると思ったんだ――――)

531: 2009/02/13(金) 14:12:07.20 ID:JKVEg6Tz0
するすると、絡まっていた糸が少しずつほどけていくのが分かる。

そうだ。

僕お得意の作り笑顔は河原一樹になる前の、まだ本当に古泉一樹だった頃に得たものだったんだ。

そうか……そういうことか……………。

少しずつ陽が落ちてくる。

景色が段々と橙色に染まっていく。

暖色の街を数匹の蝙蝠が線を引くように横切っていく。

かつての僕たちは蝙蝠を合図に家に帰っていたのだ。

古泉(………と、言うことは)

古泉(もう、五時くらいか――――――)

535: 2009/02/13(金) 14:32:06.87 ID:JKVEg6Tz0
カサリ。足を動かすと、地面に転がっていたもう伸びることのない枝葉が小さな音を立てた。

その音をきっかけに僕は膝に手を付けて立ち上がる。

もう……自分の中で結論は見え始めていた。

おそらく、あと少し力を入れて両端から引っ張れば、この紐の絡まりはほどけて僕は答えを見つけられる。

どうして、自分が涼宮さんの超能力者になったのか。

彼の仮定する所でいう、こちら側から引力の理由が分かる。

古泉(家に、戻って――――)

古泉(窓からそっとのぞけば……答えは分かる)

登って来た道を下る。

ついさっきまで響いていた野鳥の歌、カラスの遠吠えにとって代わり

赤みを帯びている山道は来た時と随分違う印象を受けた。

かつて、ここでの日々を楽しんでいた頃は、この夕暮れを寂しいものだなんて思わなかった。

しかし、今は橙色の木漏れ日がたとえようもなくわびしい。

それはきっと……帰る家があるのと無いのの違いなんだ、と気づいた。

540: 2009/02/13(金) 14:40:22.34 ID:JKVEg6Tz0
古泉(電気は………点いてるな――)

背伸びをして塀の奥を覗くと予想通りもう帰ってきているようだった。

僕は一度、家の裏に回りゆっくりと深呼吸をする。

そして…………もう一度だけ、ゆっくりと考えてみた。

古泉(―――――これを確かめて、なんの意味がある?)

古泉(ただ、情けなくなるだけじゃないか?)

古泉(辛い思いをするだけじゃないか?)

何の意味もないんじゃないか―――――?

否定する言葉を頭の中に幾つも、幾つも並べてみる。

しかし――――――自分の足は駅に向かうことを選ばなかった。

古泉(鳥籠………か)

僕は人がいないのを確認して、裏口から庭の中に入った。

544: 2009/02/13(金) 14:49:49.76 ID:JKVEg6Tz0
焼き魚の臭いがする台所の裏を回り、居間の方へと向かう。

やはりパールはもういなくなってしまったようで、犬小屋らしきものは庭のどこにもなかった。

庭は相変わらず、お母さんの趣味で綺麗に手入れされた花達でにぎわっている。

しかし、それは以前よりも少し少なくなっているように思われた。

理由は察しがついた。

弱く唇を噛む。

足音を鳴らさないように静かに……居間の大窓の下についている足場に手を付いた。

窓の隙間からテレビの音が聞こえる。

相変わらずこの家にはカーテンが付いていなかった。

僕は小さく音を鳴らして唾をのみ、その中を覗いた。

547: 2009/02/13(金) 14:56:39.20 ID:JKVEg6Tz0
まずそこには……お父さんがいた。

ソファーに座り、テレビを見ていた。

部屋の中の様子は僕が出て行った四年まえとほとんど変わっていないように思えた。

そして台所の方からお母さんがお皿を両手に持ってやってきた。

楽しそうに笑いながら、さっき焼いてたであろう焼き魚と、深めの皿―――確かおしんこようだったか――をテーブルの上に置く。

そして―――――父さんの膝の上に、その子が映る。

古泉(……ああ)

古泉(やっぱり……ああ、そうだよな)

古泉(無事に……生まれたのか。そうかそうか。良かった良かった――――)

549: 2009/02/13(金) 15:02:17.34 ID:JKVEg6Tz0
僕は足場についていた手をだらんと地面に落し、少し湿った木造の壁にもたれかかる様にしゃがみこんだ。

古泉(……ああ、そうか)

古泉(やっぱり、僕が家を出て言ったのは正解だったんだ――――)

もう一度、窓の向こうを見る。

そこにはお父さんと、お母さんと、そして河原一樹の妹にとっては妹であるはずの少女がいた。

みんな幸せそうな顔をして、まるで……一枚の絵であるような風景をそこに作り出していた。

古泉(そうか……)

古泉(二人は、ちゃんと自分の子供を、産むことが出来たんだ……)

古泉(………じゃあ、やっぱり良かったんだ。僕の選択は間違っていなかった)

古泉(僕はやはり……ここからいなくなって正解だったんだ―――――)

553: 2009/02/13(金) 15:10:32.44 ID:JKVEg6Tz0
四年前の……そう、ちょうど今頃。

僕がまだ二人の優しさを当然のように受け入れて、元気にはしゃぎまわっていた頃。

お父さんとお母さんに聞かれたのだ。

妹か弟はいらないか、と。

それまで僕はお母さんは子供の生む力がなかったのだと。だから、僕が養子として迎えられたのだとそういう風に聞かされていた。

だから、初めてその話を聞いた時また孤児院から自分のような子を引き取ってくるのだと勝手に思っていた。

それならいい、楽しくなりそうだと思っていた。

しかし……実際は違った。

そんな話をすっかり忘れて油断していたある日、僕は言われたのだ。

突然に。何の準備もなく。

お母さんのお腹に手を当てられて「ここにあなたの弟と妹がいるのよ」と。

どうして、お母さんが妊娠出来たのかは当時そんな話聞こうともしなかったからわからない。

そして、僕はその言葉を……喜ぶことはできなかった。

555: 2009/02/13(金) 15:19:12.62 ID:JKVEg6Tz0
『妹と弟なんていらない!!!』

『僕だけじゃ駄目なの!?』

『子供は僕一人じゃいけないの!!?』

今まで忘れていた……封印していたはずの記憶なのに、その声は酷く鮮明に響いた。

僕は散々そのようなことを叫んだ。

物を壊した気もする。

そしてお母さんを泣かせて……

お父さんに殴られた。

『いい加減にしろ、一樹!!!』

『母さんの気持ちを少しは考えろ!!!!』

古泉(あれがちょうど………)

古泉(確か、梅雨の時期だった―――――)

557: 2009/02/13(金) 15:26:06.89 ID:JKVEg6Tz0
本当の子供が生まれたら、もう自分はいらなくなるんだとおもった。

必要とされなくなるんだと思った。

それが、酷く怖かった。

もう二度と、捨てられるのは嫌だった。

そう思いながら、あの日。

僕は今にも雨が降り出しそうな空のした、あの山の中で……友人達が家に帰った後も一人残ってぼんやりとしていた。

――もう、捨てられたくない――

――自分にしか、ないものが欲しい――

――自分を必要としてくれる、環境が欲しい――

――誰か………――

古泉(誰か僕を……見つけてくれ―――――か)

そう思った瞬間。

僕は灰色の世界にいたのだ。

全くみたこともない、ひどくさびれた世界に立っていたのだ。

559: 2009/02/13(金) 15:32:07.49 ID:JKVEg6Tz0
古泉(彼女が作った鳥籠の世界?)

古泉(鳥籠に進んで入ったのは……僕じゃないか―――)

酷い話だった。

僕は自らここを去ることを願い、

自らここでの生活を捨てることを選び、機関に属し

そして……彼が言うことが本当なら、自らの力であの能力を手に入れたのだ。

確かに強制的な部分も多少はあったかもしれない。

けれど根本の部分でそれを望んでいたのは……

古泉(紛れもない――――僕自身だ……)

古泉(それなのに、僕は勝手に疲れて夢の中で彼女を殺すなんて暴挙に出て、勝手に憤って、傷つけて……)

570: 2009/02/13(金) 16:14:21.35 ID:JKVEg6Tz0
………とにかく、帰ろう。

音をたてないように。

絶対に、ばれないように。

ゆっくりと慎重に立ち上がる。

自分がこれからどうするか。その答えは全く出る気配がない。

しかし、ここにはもう自分の居場所がこれっぽっちも残っていないことだけはよくわかった。

古泉(二人は―――いや、三人はあんなに幸せそうに暮らしている)

古泉(もう、あの二人は僕の親でもなんでもない)

古泉(顔を出すことさえ……僕はしない方が、いいのだ)

ぱさぱさと小さくお尻を叩き、最後に一度だけ今に向かって頭を下げる。

古泉(……お二人とも。どうもありあとうございました)

古泉(今なら、あのいただいた優しさの価値を理解することができます)

古泉(どうか、お元気で………)

573: 2009/02/13(金) 16:20:25.42 ID:JKVEg6Tz0
頭を上げて、居間に背を向けた………その時だった。

古泉(……!?なんだ!?)

空からこちらに何かが飛んでくるのが見えた。
僕は反射的にその物体を除ける。

バンッ。

それは家の壁に当たり、大きな音を立てた。

古泉(……石!?何故だ……?)

古泉(……いや、それどころじゃない!早く逃げな―――――)

そう思った瞬間にはもう遅かった。

ガラガラと音を立てて窓があく。

出てきたのは、「なんだなんだ?」といいながら眉を顰めているお父さんだった。

最初怪訝そうな表情をしていた懐かしい顔は、僕を見つけた瞬間驚愕した。

父「何だ……って、あれ!?お前、一樹じゃないか!!」


578: 2009/02/13(金) 16:26:48.57 ID:JKVEg6Tz0
数分後。

僕はついさっき頭を下げて別れたはずの居間に座って、お茶を出されていた。

古泉(……はぁ――――)

古泉(……なんでこうなるんだ―――――)

お茶を、お菓子をと忙しく動き回っていたお母さんは自分のお茶を入れてやっと父さんの隣に、僕の向かいに座った。

父さんの膝の上にはかつて、自分の妹になるはずだった女の子が、僕の事を不思議な生き物みたいに見ている。

僕も彼女を不思議な生き物でも見るような目で見ていたから、お互い様だ。

母「一樹ちゃん。本当に久しぶりねぇ」

口火を切ったのは、お母さんだった。

古泉「……はい」

父「本当に、大きくなったな。表情も……もう、とても子供とは言えないな」

古泉「……はい」

僕は二人と目を合わせることができずに、テーブルの上に置かれたマグカップを見つめる。

……気が付くと、それは当時自分の愛用していたものだった。

古泉(……まだ、とって会ったんだ――――)

579: 2009/02/13(金) 16:31:16.06 ID:JKVEg6Tz0
古泉「………ごめんなさい」

自然と言葉が溢れ出た。

古泉「本当に………ごめんなさい」

母「一樹ちゃん……」

父「一樹……」

僕はひたすら頭を垂れて、ごめんなさいと呟く。

自分は何をあやまっているのだろう。

何も言わず姿を消したことだろうか?

のこのこと戻ってきたことだろうか?

それとも当時、弟や妹をいらないなんていったことだろうか……。

それ全部な気もするし、全然そんなの関係ない気もした。

何処まで、自分自身は全く分からない。でも、とりあえず今は謝るべきだと。

そう、心が認識していた。

古泉「本当に、色々と……ごめんなさい」

585: 2009/02/13(金) 16:40:36.67 ID:JKVEg6Tz0
母「一樹ちゃん……顔を、あげて?」

延々と繰り返すその謝罪を止めたのは、お母さんの優しい声だった。

母「一樹ちゃん、あなたは何も謝ることはないのよ?」

父「そうだよ、一樹。悪いのは……お前のことをきちんと考えてあげられなかった、私たちだ」

古泉「……えっ?」

その言葉に顔をあげると、二人は微笑んでいた。

眉間に薄い皺をよせて。

その顔は微笑んでいるのに……泣きそうにも見えた。

まだ三歳にならない小さな妹だけがキャハハと楽しそうに笑っている。

父「お前がいなくなってからな……沢山、考えたよ」

父「果たして、自分達は胸を張って家族だったって言えるのか、ってな」

古泉「お父さん……」

587: 2009/02/13(金) 16:48:03.42 ID:JKVEg6Tz0
父「それを考えるとき……いつも、あの時お前に言った言葉を後悔した」

父「どうして、もっとお前のことを考えてやれなかったのか……って。そう、ばっかり頭に浮かんだんだ」

母「一樹ちゃん……ごめんね?本当に……ごめんね?許してね―――?」

お父さんは頭を下げて、お母さんはその言葉を呟くとうっすらと、涙を流した。

そして……言うのだ。それでも、自分達は家族だったよね?と。

今でも家族だよね?と。

古泉(今でも、家族………?)

古泉(僕は、今でも………家族?)

古泉「……家族?」

父「……一樹?」

古泉「僕は今でも………二人の家族?」

母「……そうは、思ってくれない?」

古泉「だって、もう二人には―――――」

お父さんの膝に絡まる小さな少女を見つめる。僕と違って、二人のちゃんとした血を受けた女の子。

590: 2009/02/13(金) 16:58:02.20 ID:JKVEg6Tz0
だから、僕は自分の居場所を探して

自分だけのものを探して、

もう、誰にも捨てられることのない自分を求めて――――――

父「一樹は……そんな事を考えていたんだな――――」

お父さんはそう呟くと、その小さい少女を優しく持ち上げて膝の上に座らせる。

彼女は僕を見た。

優しそうな、丸い目をしている。それはお母さんの目だった。

父「ほら、お兄ちゃんに自己紹介してごらん?」

彼女は丸い目を少し泳がして、父さんの方を見る。

しかし、すぐに視線を僕に戻して……指をそっと二本出した。

妹「ミキです。もちょっとで、三歳です」

美樹ちゃんと言ったその少女はそれだけ言うと、父さんのお腹に顔を埋めるように抱きついた。

父「……美しい樹と書いて、美樹だよ。一樹。お前の妹だ」

594: 2009/02/13(金) 17:08:20.68 ID:JKVEg6Tz0
父さんがそういうと、美樹ちゃんはもう一度こちらを振り向いて僕を指さして……言った。

妹「知ってるーーー!いっきお兄ちゃんでしょー!?ミキ、知ってるーーーー!!」

そして、彼女は指の方向を違う方向へと変えた。そこは低い本棚だった。

その本棚の中には一枚の写真が入っている。

映っているのは……四年前。中学校に入学した時の、僕の写真だった。

古泉「……あははは。あははは、はは――――――――」

僕は、右手で首の後ろを掻きながら、俯いた。

古泉(……あれ?おかしいな。自分はもう、いらないんじゃなかったのか?)

古泉(彼女がいるから、いらないんじゃ……なかったのか?)

そう思っていた。あの日から、そう信じて帰る家はもうないと思って……やってきた。

なのに、どうして彼女は僕の事を知っているんだろう。

どうして、勝手にいなくなった人間の写真なんていつまでも置いているんだろう。

602: 2009/02/13(金) 17:16:19.83 ID:JKVEg6Tz0
古泉「……あはは。僕は、いらないんじゃ――――――」

母「そんなこと……あるわけ、ないじゃない――――」

ファサ。

何かが優しく、首をかく手の甲に掛る。

そして……後ろからそっと抱き寄せられる。

母「一樹……ごめんね?そんなこと、考えさせて、ごめんね――――」

母「あなたは、私たちの息子に、決まってるじゃない―――――――」

母「一樹………一樹…………っ!」

ヒッ、ヒッ……と、母さんのしゃくりあげる声が耳元で聞こえる。

絶望にも似た空虚な頭の中で、その声が何音も何音も重なってリピートされて……。

古泉「あはははは……」

古泉「あははは………」

笑っているはずの自分の頬に、何か熱いものが流れ始める。

609: 2009/02/13(金) 17:24:46.95 ID:JKVEg6Tz0
父「一樹………。遅くなったけどな……」

父「………り―――――」

父さんがその後に何を言ったかは聞こえなかった。

言っている父さんも……小さくしゃくり上げ始めたからだ。

和洋折衷なアンバランスな今の中で、三つの涙が流れる。

ただ一人だけ、何も知らない小さな少女――――僕の妹だけはその光景を呆れて見ている…かもしれない。

あははは、あははは………

僕はただ笑って、ただ涙を流した。

―――全く、何一つ解決したわけではない。ただ、こんがらがっていた紐がほどけていっただけだ。

それなのに……僕はまるで重力を失ったように心が軽くなっていくのを今、感じている。

絶望に似た空虚が、段々とただの何もない空間へと変わっていくのを感じる。

その、白い……本当に真っ白な新しい空間の中で僕は、一緒に涙を流してくれている二人に一言。声にならない言葉を呟いた。

――父さん、母さん。ただいま―― と。

615: 2009/02/13(金) 17:36:59.59 ID:JKVEg6Tz0
母「ほら、一樹ちゃん!遠慮しないで、もっと食べなさい?」

父「そうだぞ、一樹。今はスマートなのがはやっているみたいだが、あんまりやせ過ぎてるのもどうかと思うぞ?」

食卓の上には、本当に信じられなくらいの量の御馳走が隅々にまでごった返していた。

予測もしていなかった事態なのに、どうやったらこんなに作れる材料を用意できたのだろうか?

古泉(……買いだめしておいたの全部使ったのかな?)

母「ほら、一樹ちゃん。これもこれも!」

古泉「わかったよ、お母さん。少しずつ食べるから待ってって」

僕は苦笑いを浮かべて、まだ食べきれてもいないのに更におかずが載せられる受け皿を見やる。

父「どうだ、一樹。おいしいか?」

古泉「うん、おいしいよ。……本当に。すごく、おいしい」

本当にその通りだったから、許容量の限界を超えて僕は食べ続けた。

ご飯ももう、四杯目だ。さすがにそろそろ限界かも知れなかった。

619: 2009/02/13(金) 17:48:25.86 ID:JKVEg6Tz0
古泉(それにしても………)

古泉(どうして二人は、僕が今までどうしていたか聞かないんだろう――?)

僕は取り敢えず受け皿にある分だけでも空にしようと箸を動かしながら、ぼんやりとそれを考えた。

美樹ちゃんは普段と違うことがあって疲れたのか、今はもう寝ている。

寝ている時の目元はお父さんそっくりだった。

母「ほら、一樹ちゃん。これも―――」

古泉「ああ、お母さん!ちょっとさすがにもうお腹いっぱいかな?」

母「あら、そお?」

父「一樹ー。男ならもう少しいけるだろう?」

そう目を細める父さんに、「父さんは二杯しか食べてないでしょう」といって、苦笑いを浮かべる。

タイムスリップとはこういうものなのだろうか。なんて下らないことを思ってしまうほど、僕は昔の自分に戻っていた。

古泉(もしかした、これこそ夢かも知れない――――なんてね)

623: 2009/02/13(金) 17:55:07.25 ID:JKVEg6Tz0
父「まあ、じゃあそろそろ御馳走様だな」

母「……そう?じゃあ、ラップしておくから、明日の朝食べるのよ?」

古泉「うん、わかったよ」

僕が頷くとお母さんは満足そうにほほ笑んだ。

父「そうだ、一樹。お前の話を聞かせてくれよ」

一樹「え……?」

母「ああ、そうねえ。一樹ちゃんの話聞きたいわねぇ」

お父さんとお母さんはそう言うと二人とも、楽しそうにほほ笑んだ。

古泉(……とうとう来たか――――)

二人の表情の理由はよくわからないけれど、やはり予想通りの質問が来た。

古泉(さて、なんて答えるか……)

父「どんな所を回ってきたんだい?」

古泉「えーっと、あの……。って、え、何?」

父「いや、お前の一番印象に残ったところでいいんだ。あ、最近行ったところ、とかでも」

639: 2009/02/13(金) 18:32:39.15 ID:JKVEg6Tz0
古泉(…………?)

父さんがどんな意図の質問をしているのか、さっぱりわからなかった。

古泉(一体、どういうことだ……?)

母「あ、前お手紙いただいた時はスーダンって言ってたわね。砂塵でテントが埋もれて大変だったって―――」

父「ああ、そんなのも聞いたなぁ。一樹。大変だったろう?」

古泉「……あ、あの―――」

古泉(……まったく話が読めない。何だ―――?)

古泉「あの、手紙って――――――?」

母「ああ、そうね。一樹ちゃんには内緒だっておっしゃられてたから……」

そう言って、お母さんはさっき僕の写真が入れてあった引出しから数枚の封筒を取り出した。

母「お名前は教えていただけないんだけどね、そのグループで一樹ちゃんがこんなことをやってる、頑張ってるって毎月ってわけではないけどお手紙をくれてたの」

母「……あなたが家を出て言って、そのグループに入ったってこともその方が教えてくださったの」

643: 2009/02/13(金) 18:38:16.44 ID:JKVEg6Tz0
その手紙には、女性の柔らかい字で「河原一樹」がその組織で何をやっているかが詳細に記されていた。

海外を回ってのボランティア活動。

そのグループは孤児院のメンバーを使って結成されたということ。

有名ではないけれど、多くの人を助ける仕事であるということ。

そして……この仕事は僕にしかできず、僕もそこでのびのびと仕事をしてるということだった。

古泉(……なんだ、これ)

古泉(……全部、真っ赤な嘘じゃないか―――――)

母「一樹ちゃん。どなたがその手紙をくださってるか、分かる?」

古泉「……うん。大体は」

古泉(この字は……確かに見覚えがある)

父「おお、本当か!それなら、その方に本当にありがとうございましたって伝えておいてくれ」

母「その方が手紙をくださっていて……私達は本当に心の底から安心していられたんだもの」

645: 2009/02/13(金) 18:45:11.53 ID:JKVEg6Tz0
古泉(笑顔で頑張ってる……?出鱈目じゃないか)

古泉(ペラペラの笑顔だったんじゃ、なかったのか?)

古泉(自分の生まれを誇りに思ってって……そのことに僕は今日まで向き合ってこなかったじゃないか)

古泉(仲間と協力して……………だって?)

古泉(そんなの……だって、僕はこの間――――――)

あの日浮かべていた彼女の顔を思い出した。

僕はそれに対して……どんな言葉を投げた?

母「……一樹ちゃん、あのね」

古泉「……ん?」

僕は手紙に視線を落としながら、曖昧に返事をした。

母「その方が、手紙の中でねおっしゃってたの」

母「もし、あなたが自分からこの家に帰って来た時はあなたが疲れた時だからって」

母「だから、その時は受け入れてあげてくださいって」

652: 2009/02/13(金) 18:50:51.13 ID:JKVEg6Tz0
古泉「………………」

母「もちろん、お母さんとお父さんは―――美樹も、あなたが帰ってきてくれたら本当に嬉しいわ」

母「一樹ちゃん―――――」

母さんの言葉を父さんの手が止めた。

父さんは真っ直ぐ、僕の目を見て呟いた。

父「……一樹。全部、お前が決めなさい?」

父「たまたま近くに来たしってことで家に来てくれたんなら、私達は本当に嬉しいよ」

父「まら、グループに戻って世界を回るって言っても笑顔で送り出すさ。また帰ってこいってな」

父「でも、もしお前が本当に疲れて帰ってきたなら――――」

――――うちで骨を休めていいんだよ?

――――また、新しい道を見つけてもいいんだよ?

お父さんは優しく、僕にそう語りかけた。

658: 2009/02/13(金) 18:56:36.39 ID:JKVEg6Tz0
僕は、お父さんの目を見る。

視線を落として、食卓に広がる沢山の御馳走を見る。

ソファーで幸せそうに眠る妹を見る。

眉間に皺をよせて、また泣きそうな顔をしているお母さんを見る。

そして――――最後に、手元に広がる沢山の手紙に目をやった。

この嘘だらけの手紙が真実だったら――――僕はきっと、胸を張ってここに帰ってこれたことだろう。

しかし、この手紙は内容は置いておくにせよ……僕個人の事について真実とは程遠かった。

河原一樹は手紙の中で本物の笑顔を浮かべていた。

自分の過去に誇りを持っていた。

自分の仲間たちを……信頼して、助けあい、笑い合っていた。

じゃあ、古泉一樹はどうだったか。

胸がひりつくけれど、その落差を脳に焼きつける。

手紙の中のかれと比べて、現実の僕は最低だった。

666: 2009/02/13(金) 19:05:48.60 ID:JKVEg6Tz0
古泉(お父さん……。お母さん……)

二人は優しい顔で僕の言葉を待っていた。

心が揺らぐ。

ここには、僕を必要としてくれる人がいる。

かつて、あの能力が生まれた日に渇望した……特別がここにはある。

古泉(確かに、僕は疲れていた)

古泉(疲れ果てた挙句に……ここに、帰ってきたんだ――――)

チクチクチクチク………。

時計の針の音だけが部屋の中を包む。

チクチクチクチク………ポーン。

三十分を経過を鐘の音が小さく響いた。

僕は決断する。

古泉(結局、必要としてくれる側に逃げて行ったら――――今までと、同じだ)

古泉(だから、僕は―――――)

669: 2009/02/13(金) 19:12:16.92 ID:JKVEg6Tz0
古泉「……お父さん。お母さん」

二人は、小さく頷く。僕は続けた。

古泉「僕は……確かに、疲れて帰ってきたんだ。だんだん、みんなが自分のことを必要だと思ってくれていないような気がして―――」

古泉「それどころか、別に自分がいなくてもこの人たちは誰も困らないんじゃないか。構わないんじゃないかって思えて」

古泉「そうしたら、すごくストレスが溜まって……」

母「一樹……そうだったの」

母「それなら―――――――」

古泉「でも、わかったよ。僕は間違ってた」

古泉「本当に必要だと思われる人間は……きちんと自分も相手を必要だと思える人間なんだって、わかった」

古泉「相手を必要だとも思わず、それ相応の努力もしない人間は……結局必要とされなくなるって。わかった」

父「……そうだな」

父「うん、そうだな」

父さんは二回、強く頷いた。

673: 2009/02/13(金) 19:21:36.63 ID:JKVEg6Tz0
古泉「……だから、僕はもう少し向こうで頑張ってみようと思う」

古泉「必要とされるから、ただそこにいるんじゃなくて……いたいから、自分はここにいるんだって胸張って言えるように、努力しようと思う」

古泉「また、家を空けることになるけど………それでいいかな?」

僕がそういうと、お父さんは何回も何回も、深く頷いていた。

お母さんは………あふれる涙を、服の袖口で拭いている。

古泉「お母さんごめ――――――」

母「違うのよ、一樹ちゃん」

母「お母さんね……嬉しくて、泣いてるの。ほんとに、本当に、嬉しくて―――」

父「一樹……成長したな」

父「本当に、本当に…………成長したな?」

僕は、二人の言葉に恥ずかしくなり俯いた。

何故なら、成長するのはこれからだからだ。

今自分で言った言葉を、本当に実行できるかは……これからの自分で決まるのだ。

やれるだろうか?何の根拠があって?

684: 2009/02/13(金) 19:27:39.75 ID:JKVEg6Tz0
――――――根拠なんて一つもなかった。

ただ、今日ぐらいは。

父さんの笑顔と、母さんの涙を見ながら根拠のない確信を胸に抱いてもいいんじゃないだろうか?

古泉(どうだろう?なあ、河原一樹――――)

妹「………んーーっ?おかあさん、また泣いてるの?」

母「うふふ、ごめね、美樹。お母さんね、悲しくないんだよ?嬉しいんだよ?」

妹「……嬉しいのに、泣いてるの?……へんなのーーーー…」

いつの間に起きたのだろう。

美樹ちゃんは目をこすりながら、お母さんの背中にぴとりと張り付いた。

その光景が、とても微笑ましく、輝かしく見える。

父「そうだよー、美樹。お兄ちゃんがな、すっごくかっこよくて、お母さん泣いてるんだぞー?」

妹「……あはは!いっきお兄ちゃんかっこいい!」

古泉「あはは、本当?美樹ちゃんにそう言われると、お兄ちゃんうれしいなー」

688: 2009/02/13(金) 19:31:17.07 ID:JKVEg6Tz0
僕はそう言って、にっこりと―――心からの笑みを浮かべて美樹ちゃんに近づく。

さわっと頭をなでる。

古泉「美樹ちゃん―――美樹も、本当にいい子だね」

妹「えへへー、えへへへーー!」

母「あら、美樹……良かったわね……っ」

お母さんの涙はまだ止まらないようだ。

父「どれ、じゃあ俺は一樹の頭を撫でてやろうかなー」

一樹「いや、お父さん、さすがにそれはちょっと――――――」

僕は苦笑いを浮かべて、そして……心の底から笑った。

692: 2009/02/13(金) 19:44:34.92 ID:JKVEg6Tz0
母「一樹ちゃん……本当に、駅まで送っていかなくて大丈夫?」

お母さんは、玄関を出てすぐの砂利道で心配そうに僕の顔を見つめる。

ちなみに僕の手には大量の荷物がぶら下がっていた。手ぶらで来たはずなのに。

しかも、そのほとんどが食材やら非常食だった。

古泉「大丈夫だよ、お母さん。大体、駅まできたら今度は電車のるとか言い始めるでしょ?」

母「それも……そうねぇ」

父「そうだぞ、お前。特に一樹くらいの年はお母さんやお父さんといるのをみられるのが恥ずかしい年頃なんだ」

父「なあ、一樹?」

古泉「いや、まあそう言うわけでも……あ、まあそれでいいや。そうそう」

母「……一樹ちゃんがそういうなら、お母さんも我慢するわ」

僕は自然な苦笑いを浮かべる。

694: 2009/02/13(金) 19:47:54.13 ID:JKVEg6Tz0
妹「ねえねえねえ!いっきお兄ちゃん、いつ来るの?すぐ来る?すぐ来る?」

父「美樹。一樹お兄ちゃんは大変な仕事をしてるんだよ?だからあんまり無理を言っちゃ――――」

古泉「いや、お父さん。なるべく帰ってくるようにするよ」

古泉「これでもこの家の長男だし……美樹にも会いたいしね?」

僕がそういうとわーいいわーいと美樹は手をあげて喜んだ。

古泉「……じゃあ、そろそろ行くね」

父「一樹。しっかり、頑張るんだぞ?」

母「一樹ちゃん……?疲れたらまた、無理をせず帰ってくるのよ?」

二人の言葉に、二回、強く頷く。

一樹「じゃあ、行くよ。帰ってくる時は電話するから」

父「ああ。気を付けてな!」

母「一樹ちゃん、いってらっしゃい!」

妹「いっお兄ちゃん、いってらっしゃーい!」

僕は振り返りながら三人に手を振り、砂利道を歩き始めた。

700: 2009/02/13(金) 19:52:14.28 ID:JKVEg6Tz0
土曜日、日曜日とたった二日間の滞在だったけれどとてもそうとは思えないほど色の濃い二日間だった。

ジャッジャッジャッジャッジャ……。

砂利道を踏みしめて、歩く。

古泉(大変なのは、これからか―――――)

古泉(頑張らなくちゃな―――――)

まず、機関の問題だ。

戻りたいと言って、簡単に戻れるような場所じゃない事は重々に承知している。

どうすればいいだろう?

どうすれば失った信頼を取り戻せる?

古泉(…………)

古泉(―――――まあ、なんとかなるか)

砂利道を踏みしめて、歩く。

来た時よりもその砂利の一つ一つが、とても軽かった。

705: 2009/02/13(金) 20:00:02.37 ID:JKVEg6Tz0
ゆっくりとした足取りで駅までの道を歩いた。

そして後少しで駅という所で……駅の前にこの土地には合わないものが止まっているのを発見した。

古泉(………まさか―――――)

古泉(……いや、若干予測はしていたけれど――――)

僕はその、この土地に似合わないド派手な赤い車に近寄っていく。

窓の中を覗くと……予想通りの人がそこには座っていた。

古泉「あの………どうして、ここにいらっしゃるんですか?」

窓越しにそう訪ねると、急に扉が開く。

僕はその扉に思い切り腰をぶつけた。

古泉「あ、いたっ……」

森「気易く話しかけないでもらいたいわ。あなたはもう、機関の人間じゃないんでしょう?」

いたがっている僕に、彼女はまず第一声でそう語りかけた。

古泉「それは………」

森「そうでしょう?この間、そうなったわよね?」

森さんの視線は冷たい。

710: 2009/02/13(金) 20:06:09.68 ID:JKVEg6Tz0
僕はその言葉に答えず……強く、頭を下げた。

古泉「本当に、すいませんでした!」

古泉「深く猛省しています!ですので、あの日の自分の愚行を取り消していただくわけにはいかないでしょうか!?」

声の限りにそう言った。

森さんは何も言わずに突然僕の首元を掴み、ずるずると車の周りを引きずり、そして強引に助手席に詰め込んだ。

バタン。その音と同時に森さんも運転席に戻る。

森「荷物は後ろに置きなさい」

彼女はそれだけいって、車を発進させた。

車内には沈黙が満ちる。

僕は取り敢えず大量の荷物を後ろに移動させた。

まだ、沈黙。

古泉「あの……」

僕は意を決して、声を発した。

714: 2009/02/13(金) 20:13:00.40 ID:JKVEg6Tz0
森「そんな事が大人の世界で、通用すると思ってるの?」

しかし、声はすぐに制される。

古泉「その通りで―――」

森「一度信用を失ったら、それはもう二度と取り戻せないというのが大人の世界の常識よ」

森「子供みたいに、反省すればよしなんて言うのは大人の世界では通用しないの」

古泉「はい……」

全くその通りだった。こめかみに汗が一筋流れる。

古泉(やはり簡単にはいかないか――――)

森「だからね」

古泉「……はい」

森「大人になる頃にはきちんと責任感を身につけることね。今回がいい機会じゃない?」

古泉「……はい。その通りですね……」

古泉「今回のことでいい勉強になりました…………。って、え?」

森「……子供でも、二度繰り返したらもう終わりよ?肝に銘じておきなさい」

721: 2009/02/13(金) 20:19:09.08 ID:JKVEg6Tz0
シャ――――――――。

車内に響くのは風切る音だけで、また沈黙が生まれる。

古泉(……?今のは、どういうことだ?)

古泉(つまり――――――)

古泉「……すいません、森さん。いいですか?」

森「何?」

古泉「あの……今のは――――どういうことですか?」

森「言葉のとおりよ。聞いてなかったの?」

森さんはことなさげだ。

古泉「いえ、そうではなくて……。僕が機関に復帰するのは可能なのかどうかがイマイチ……」

森「復帰?ああ、それなら問題ないわよ」

古泉「え……?」

森「あなたはただ休暇をとってただけ。ってことになってるから」

722: 2009/02/13(金) 20:24:05.98 ID:JKVEg6Tz0
古泉「え!?じゃあ………」

森「言っておくけど、しばらくは休みなんて取らせないわよ?覚悟しておきなさい」

僕は驚きを隠せないまま、彼女の表情を見る。

古泉(どうして……)

古泉(あの手紙のこともそうだ。どうしてここまで――――――)

古泉「……幾つか、質問があるんですが、いいですか?」

森「何?」

古泉「彼に情報をリークしたのは……森さんですか?」

彼女は首肯する。

古泉「僕があそこを立ち去ろうとした時に石を投げたのは……」

森「私よ」

古泉「僕の両親に手紙を送ってくれていたのも、森さんですよね?」

森「ええ」

古泉「どうして、そこまでしてくれるんですか?僕はそこまで――――」

725: 2009/02/13(金) 20:29:42.83 ID:JKVEg6Tz0
森「そんなの、決まってるじゃない」

森さんは、こちらを振り向くこともなくそう言って……

次の瞬間、こちらをむいた。

森「あなたが子供で、私が大人だからよ」

森「大人にしかできないことがたくさんあるのに対して、子供にしかできないことも実は沢山ある」

森「私にしかできないことがたくさんある反面……あなたにしかできないことも、たくさんあるの」

森「だから、手をさしのべて引き上げられる仲間は全力で引き上げる」

森「お互いの欠陥を埋め合うのが組織であり、秩序ならそうするのが当然でしょ?」

森「わかる?…子供側の古泉くん?」

そこまで、息をつく間もなく言い放って彼女はまた前を向いた。

古泉(……なるほど)

古泉(……全部、お見通しだったのか)

古泉(僕は………子供か)

729: 2009/02/13(金) 20:35:41.56 ID:JKVEg6Tz0
ふつふつと、自分の中で何かが煮え立つ。

それが爆発する前に、僕はとにかく頭を下げた。

古泉「森さん……。ありがとうございま――――」

森「……?」

途中で言葉を止めてしまった僕を、森さんが怪訝な目で見る。

もう、我慢の限界だった。

古泉「はははは!…っく、あははははは!」

古泉「すいませ、……悪気はないんですけっ、なんか自分がくだらなく…あはははは!」

僕は狂ったように笑った。

森さんは憐れむかの様な視線で、壊れたおもちゃのように笑い続ける僕の事を見ている。

しかし、笑いは止まらなかった。

何を、ない頭でごちゃごちゃ考えていたんだろう。

所詮僕はまだ多くを経験していないただの、子供なのだ。

そして、彼女や、彼らも……まあ宇宙人の方は置いておいて、みんなそうだ。

731: 2009/02/13(金) 20:42:33.23 ID:JKVEg6Tz0
それならば……ごちゃごちゃ考えずに楽しめばいいのだ。

自分が楽しいか楽しくないか。考える前に感じればいいのだ。

彼は言っていた。「俺は、あいつに振り回されて楽しかった」、と。

何を誤魔化す必要があったろう。自分だって、楽しんでいたじゃないか。

それを鳥籠やら、作り笑いやらと……本当に、馬鹿だ。

作り笑いが嫌なら、本当に笑えばいいのだ。

最初は作り笑いのままかも知れなくても……笑おうとおもっていれば、つまらないことも楽しいと思えるかも知れないじゃないか。

古泉(日々を灰色にしていたのは……)

古泉(結局、自分だったんだな――――――)

僕はいまだに、最初程ではないけれど残響を楽しむようにはにかみ、笑っていた。

森さんは呆れたように溜息をついて、もうこちらを見ることはなかった。

そして、前方に広がる道路に向かって小さく呟いた。

森「あなた、ちゃんと笑えるじゃない」



736: 2009/02/13(金) 20:54:09.68 ID:JKVEg6Tz0
キョン「おう、古泉」

明くる日の放課後。

昨日は機関の施設に帰ったので、三日ぶりに彼とあった。

全ては昨日のうちに電話で話していたので、特に報告はなかったけれど、何もかも知られていると思うとなんとなく気恥ずかしかった。

古泉「きっと、生涯で一番の汚点になるでしょうね。あなたにあんなにも綺麗に騙されて、コロッと改心してしまうなんて」

キョン「ああ、そうだな。お前が自伝でも書く時は俺も一筆添えてやろう」

キョン「いや、一章くらい丸ごと受けてやってもいいかもな」

古泉「是非とも、勘弁していただきたいですね」

古泉「――――そう言えば、あなたが変わった出来事って結局なんだったんですか?」

キョン「ああそれな……」

738: 2009/02/13(金) 20:56:23.18 ID:JKVEg6Tz0
キョン「まあ、それについては凉宮ハルヒシリーズの新刊、『涼宮ハルヒの驚愕』でも読んでくれ」

キョン「この作品が果たしてきちんと驚愕に準拠してくれるのか、全く保障は出来ないけどな」

古泉「それより、その新刊ってちゃんと発売されるんですかね?」

古泉「僕はどっちかって言うとそっちの方が不安な――――」

キョン「おい、やめろ。ストップだ!それ以上は谷川さんに負担がかかる。自制しておけ!」

古泉「それもそうですね―――――」

古泉「まあ、今年中には発刊されることを心から期待して待ってますよ」



751: 2009/02/13(金) 21:02:51.69 ID:JKVEg6Tz0
僕達が向かっているのは、もちろん文芸部の部室だった。

扉の前に着く。

しかし、そこを開くには多少の抵抗があった。

古泉「……本当に、大丈夫ですか?」

キョン「ん?ああ、ハルヒか?」

古泉「ええ……。なにか、ワンクッション置いておいた方が――――」

僕は不安の色を声に滲ませて、彼にそう伝える。

しかし、彼はいたって自信満々――しかも、とても楽しそうな表情を浮かべていた。

キョン「大丈夫だって。俺と……あと、長門の事を信じろ」

古泉「……わかりました」

僕は恐る恐る扉を開いた。

755: 2009/02/13(金) 21:06:16.56 ID:JKVEg6Tz0
扉の向こうには、去年一年ですっかり決まった定位置に座る三人がいた。

宇宙人、未来人、そして………神と呼ばれる少女。

古泉「……どうも皆さん、おひさしぶりです―――?」

三人の反応を見る。長門さんは何の代わりもない。

いつものようにちらちとこちらに視線を向けて、視線を本にさげた。

問題は朝比奈さんと、そして涼宮さんだった。

朝比奈さんは自分の顔の二倍はあるトレーを抱え、不安そうな目で僕を見る。

そして……涼宮さんは顔をしかめたまま団長席から立ち上がり、つかつかとこちらに歩いてきた。

古泉「……話とちがうじゃないですか」

小声で彼に話しかける。

キョン「いいから、黙って見てろ」

彼は笑いながら答えた。

764: 2009/02/13(金) 21:12:21.46 ID:JKVEg6Tz0
涼宮さんは僕の目の前に立つ。

そして訝しげに僕の顔を睨んで……おごそかに、口を開いた。

ハルヒ「あなた………古泉、一樹君?」

古泉「……え?古泉ですが―――」

ハルヒ「そうじゃなくて、一樹君の方?それとも、二樹君の方?」

古泉「………はい?」

古泉(……ニキ?一体、なんのことだ……?)

僕は困って、彼の方を見る。

しかし、彼は楽しそうに笑っているばかりで何も教えてくれない。

古泉「……すいません、涼宮さん。ちょっと久しぶりで、状況がうまく飲み込めていないのですが………」

ハルヒ「だ!か!ら!」

彼女は文芸部中どころか、廊下中に響き渡りそうな声で叫ぶ。

ハルヒ「あなたが、古泉一樹の方か、弟の二樹の方かって聞いてんの!!」

772: 2009/02/13(金) 21:18:21.70 ID:JKVEg6Tz0
古泉(……………なんだって?)

今度こそ本当に、混乱の極北だった。

みくる「あの……先週までは二樹君だったんですよね?」

古泉「え、ええ………?」

みくる「あの、えーっと……二樹君?古泉君はいつ、帰ってらっしゃるんですか?」

古泉「ええ……、えーっと、ですね、あのー……」

もう、困りはてた僕は長門さんと彼を交互に見るくらいしかできなかった。

彼はやっと、満足したのか僕の耳元でそっと囁いた。

キョン「……長門がな、言ったんだ。今週の頭に部室で寝てたのも、昨日あんなことをしたのも、今日来なかったのも双子の弟の二樹のほうだってな」

キョン「それで、ほんもののお前は実家にどうしても帰らなきゃいけない用があって入れ替わってる、ってな」

………なるほど。

その説明で全て、合点がいった。

古泉(だから、涼宮さんは先週僕の事を全く気にしなかったのか―――――)

776: 2009/02/13(金) 21:25:10.76 ID:JKVEg6Tz0
ハルヒ「ねえ!どっちなの!?」

古泉「団長。大変失礼しました!」

ハルヒ「……?」

僕は取り敢えず、頭をさげる。

古泉「弟の無礼、心からお詫び申し上げます。本当にすいませんでした」

ハルヒ「……あ!」

みくる「……と、言うことは――――」

顔をあげる。そして、できる限りの笑顔を浮かべた。

古泉「一樹の方です。今週から、戻ってきました」

ハルヒ「なんだ!それなら早く言いなさいよ、まったく。副団長失格よ?」

みくる「ああ、本当に古泉君ですね~。良かった~」

僕の笑顔をみて、二人とも信じたようであははと顔を合わせてわらっていた。

ハルヒ「まったく、部長に何も言わず弟と入れ替わるなんて、団員にあるまじき行為よ!わかってる?」

古泉「ええ。本当に、骨身にしみています」

キョン「じゃあ、今週の探索はお前のおごりだな、古泉」

779: 2009/02/13(金) 21:31:24.80 ID:JKVEg6Tz0
彼は意地悪く微笑み、そう言う。

だから、僕も笑顔で答えた。

古泉「ええ、そうですね。皆さん、本当にすいませんでした」

僕が頭を下げると、涼宮さんはわかってるならいいけど……といって、口の先を尖らし席に戻っていった。

その小さな横顔は……とても「神」だなんて、呼べるようなものじゃなかった。

「ありがとうございます」と一言長門さんにはなしかけると、彼女は小さく頷くだけで本に視線をもどした。いつもどおりだ。

朝比奈さんは楽しそうに鼻歌を歌いながらお茶を入れだした。これだって……いつもどおり。

なのに、少し見方を変えるだけでこの部屋の色彩は随分と明るさを増した。

鳥籠のように思っていた、木目調の部室はせまいけれど僕たちにとって小さな世界なのだ。

僕と彼はテーブルに向き合って座り、今日プレイするゲームを選ぶ。

どちらともなく、その種目はオセロに決まった。

782: 2009/02/13(金) 21:35:15.55 ID:JKVEg6Tz0
いつもだったら、ゲームを決める時点で負け方をイメージしているところを……今日はどうやったら、勝てるか。

そればかり、考えていた。

キョン「お前、目の色違うぞ?大丈夫か?」

古泉「ええ、もちろん。あ、今日はきっと記念日になりますよ?」

キョン「……なんのだ?」

古泉「今日は、白のピースを盤上に一つも残しません」

僕が笑顔でそう言うと彼は呆れたような、嬉しいような表情をうかべ、微笑んだ。

キョン「……やってみろよ、じゃあ」

古泉「言われなくても」



786: 2009/02/13(金) 21:40:04.55 ID:JKVEg6Tz0
ゲームの途中。

団長席から身を乗り出した涼宮さんに声をかけられた。

ハルヒ「ねえ、古泉君。もう実家の方の問題はいいの?」

ハルヒ「また、二樹ってやつが来たりしない?」

僕は意識を盤上に集中しながら……しかし、笑顔を携えて、こういうのだ。

古泉「ええ、もうあいつは二度とこの部室に来たりしません」

古泉「二度と来させたりしませんよ」と。

これには根拠もある。確信も、あった。

だって、そうだろう?

僕はもう、彼女の身勝手に振り回されるだけの超能力者じゃない。

自分で彼女の傍に……彼らの傍にいることを選んだ―――――

この世に、ただ一人の超能力者なのだから。

792: 2009/02/13(金) 21:41:54.59 ID:JKVEg6Tz0
おしまい

794: 2009/02/13(金) 21:42:33.12 ID:gKrfAC/t0
おちゅかれ

795: 2009/02/13(金) 21:42:33.69 ID:DycEkPORO

799: 2009/02/13(金) 21:43:02.08 ID:iN2Lm/O4O

面白かった

815: 2009/02/13(金) 21:45:18.60 ID:v0fTn5yIO
長かったけど面白かった

乙なんよ



引用元: キョン「なあ、古泉。お前、疲れないのか?」2