1: 2011/11/15(火) 00:49:50.28 ID:htOa0aMP0
男「なあ、深夜徘徊でもしようぜ」

日付が変わった頃、ルームシェアをしていた友人はいきなり僕に言った。

僕「深夜徘徊? なんでまたいきなり」

男「いいからさ。ついでにコンビニで酒でも買ってこようぜ」

男は僕の質問にも答えず、さっさとジャケットを羽織り玄関へと向かっている。

僕自身、夜は早めに眠りたいタイプだったが、まあ明日は土曜日なので大学も休みだし……いいか、と軽い気持ちで僕も上着を着て支度をしたんだ。

2: 2011/11/15(火) 00:53:41.39 ID:htOa0aMP0
男「やっぱり冷えるな」

玄関を出た僕たちの身体に夜の風が当たる。

寒気だけで頭が痛くなりそうなくらいの気温だった。

僕「ん、車使わないのか?」

男「ああ、今日はちょっと。歩きたい気分なんだ」

そう言って、駐車場の横を通りすぎる男。

最寄りのコンビニまでは歩けば15分……ちょっとした距離があった。

3: 2011/11/15(火) 00:57:29.54 ID:htOa0aMP0
僕「本当に歩くのかよ?」

男「たまにはいいじゃんないかよ。ほら、月だって綺麗だしさ」

僕「月……月、ね」

上を見ると、大きな月が空の一番高い場所に昇っているのが目に入ってきた。

周りに雲はなく、何物にも遮られないその光が夜の町を照らしていた。

僕はそれだけを見ると、すぐに歩き出した。

4: 2011/11/15(火) 01:02:14.27 ID:htOa0aMP0
男「……二年かあ」

僕「ん?」

男「いやあ、何だかんだで俺たち二年大学通ってるけどさ。まあ、よく慣れたもんだなあと思って」

僕「そりゃあ二年も一緒に暮らしてれば慣れもするよ。それにルームシェアしたいって言い出したのは男だろ?」

男「そうなんだけどさ。なんか、二年してやっと慣れたっていうか……そんな感覚だよ」

普段はこんな事をしみじみと語る奴ではないのに。

深夜という時間がそうさせるのだろうか?

男はなんだか他にも感傷的な事を話していた……気がした。

5: 2011/11/15(火) 01:06:52.59 ID:htOa0aMP0
会話をしていればすぐにコンビニに着いた。

最初言っていた通り、お酒と明日の食事を軽く買って……僕たちはまた短い帰り道を歩いていた。

コンビニの袋がカサカサと、夜の風に吹かれているのだけが聞こえる。

静かで……キーンと、耳が鳴っているような気がした。

男「……」

僕「……」

二人、何も言わずに道を歩く。

地面は月明かりで照らされ、ほんの少しだけ白光を生み出していて……そして。

スッと、地面に影の輪が出来たのが僕の目に入った。

6: 2011/11/15(火) 01:10:31.46 ID:htOa0aMP0
僕「雲……」

男「んー?」

僕は足を止めて、月にかかった真丸な雲に目を奪われた。

大きな丸い雲が、まるで月を飲み込んで巨大な輪になり……その中央には霞んだおぼろ月が一つ、ゆらっと浮かんでいた。

男「……ああ、あまり見ない雲だよな」

男は興味なさそうにポツリと言った。

僕「……」

僕はその月をジッと見つめていた。

何かが……見えたからだった。

7: 2011/11/15(火) 01:15:56.95 ID:htOa0aMP0
僕「……あれ」

男「んー? まあ、いいから行こうぜ」

僕「……いや、待てって。なんか、あれ」

まるで、雲が月に吸い込まれるようにどんどんと小さくなっていく。

渦を巻きながら、雲は月にぽっかりと……吸い込まれてしまった。

と、思うと……僕たちの上空にパッ、と。

白い布のようなものがフワリと舞ったのがわかった。

それは、音もなく僕たちの足元に降り立ち……。

少女「ん……」

気付けば、僕らの目の前には少女が立ち尽くしているのが、見えた。

月には雲が無く、キラキラとその少女を照らしていた。

8: 2011/11/15(火) 01:21:28.66 ID:htOa0aMP0
男「……え」

僕「……」

僕たちは言葉を失っていた。

少女「……」

少女のように見えるが……年齢は見た目からはわかりにくかった。

10歳くらいのようにも見えるし、でもどこか大人らしさも見せる彼女の姿は……なんとも不思議だった。

少女「……ねえ」

その少女が、突然口を開いた。

僕たちは内心ドキッとしながら、固まっている。

少女「月ってここからだととても綺麗に見えるのね」

それが、彼女の最初の言葉だった……。

9: 2011/11/15(火) 01:26:51.11 ID:htOa0aMP0
男「あ、ああ。えっと、君どこの子?」

困惑気味に男は尋ねた。

少女「どこって……私、今ここに来たばかりだから」

男「……こんな時間に迷子か?」

面倒だ、と言った具合に男は僕の方を見た。

僕「……どうする?」

男「お嬢ちゃん、お家はどこにあるのかな。俺たちが送ってあげようか?」

少女「……無理だよ。私のお家は」

スッ、と指差した少女の指先には……。

少女「あそこになるんだもの」

少女の細い指先を、空に浮かんでいた綺麗な満月が照らし……少女もまた遠い空を指差していた。

僕と男は目を見合わせて……まるで金縛りにでも合ったかのように、ずっとその場所で動けなかったんだ。

10: 2011/11/15(火) 01:30:46.55 ID:htOa0aMP0
少女「ねえ、せっかくここに来たんですもの。どこか落ち着きたいわ」

僕たちが彼女の扱いに困っていると、いきなりそんな事を言われたのだった。

落ち着くって言ったって……。

少女「あなたたちのお家、行ってみたいなあ」

男「……」

僕「……」

こんな時間に出歩いている少女を家にあげるのは正直気が引けたが、このまま放置するのはもっと酷い気がしたので。

仕方なく、僕らはその少女を連れていくことにした。

少女はニコニコとしながら、夜の町を見つめていたような気がする。

13: 2011/11/15(火) 01:34:56.67 ID:htOa0aMP0
少女「……」

少女はチョコンと床に座った。

二人暮らしのルームシェア、半端な都会なので家賃はそこまで高くない。

なのに広さはそこそこ……ちゃんと二部屋だってある。

居間の真ん中で、少女は物珍しそうに目線が物色をしていた。

少女「ねえ、これはなーに?」

テレビを指差しては、エアコンを指差してはそう聞いていた。

まるで、そういった物を見た事がない……そんな反応だった。

僕と男は、二人して顔を見合わせていた。

15: 2011/11/15(火) 01:39:36.68 ID:htOa0aMP0
男「……えっと、君は本当に月に住んでるの?」

男は質問を「そう言った」内容に変えた。

柔軟性のある男だから、この状況も受け入れられるのだろう。

少女「そうだよ、私はあそ……あ、見えない」

空を見ても、映るのは天井とえらく無機質な白色電気の光だけ。

少女は振り上げた指先を、都合悪そうにぽいっと窓の方に向けた。

むくれている態度は、とても少女らしく年齢相応に見えた。

男「……こりゃあ迷子で届け出しても仕方ないんかな」

16: 2011/11/15(火) 01:44:00.05 ID:htOa0aMP0
僕「多分、この子は本当に……」

月が雲を吸い込みながら、そして僕の目の前に降りてきた……女の子。

月から生まれた少女とでも言うのだろうか?

男「……月、月、か」

僕「かぐや姫とか」

僕は軽く、そんな冗談をたたいてみた。

余裕の出てきた証拠だ。

男「かぐや姫……ねえ」

少女「~♪」

少女は、満足そうな笑顔で窓の外を見つめていた。

僕たちの言葉なんて聞かないみたいな態度で……窓から入る、強い月の光をご機嫌に見つめているようだった。

17: 2011/11/15(火) 01:47:42.49 ID:htOa0aMP0
僕「……まあ」

僕も頭を切り替え、話題を出した。

僕「問題なのは、これからどうするかって事だよな」

男「ああ……そうかも、な。なあ、えっと……」

少女「ん~?」

男「その、君は名前とか無いのかな。月にも名前はあるんだろう?」

少女「名前、名前……ん~忘れちゃった」

僕「忘れちゃったって……」

少女「名前、覚えてないみたいなんだよね。名前だけじゃなくて、月にいた記憶が……無い、みたい」

18: 2011/11/15(火) 01:51:06.67 ID:htOa0aMP0
男「記憶無いのに月にいたのは覚えてるのかよ?」

男がちょっと口を強めて言った。

少女「……うん。覚えてる、私は月で生まれたの」

少女「でも、なんでここにいるかはわからない。ここがどんな場所かもわからない……」

少女「でもちょっとだけ、覚えてるかな。この星は……よく、月から見つめていた」

少女「そんな気は……するの」

男「……」

僕「……かぐや」

男「ああ、俺も同じ事考えてたわ」

少女「えっ?」

19: 2011/11/15(火) 01:54:44.75 ID:htOa0aMP0
僕「名前がないなら、かぐやちゃんって呼んでいいかな?」

少女「かぐや……?」

男「結構合ってるかもな。ちょっとだけ姫っぽいし、呼びやすいし」

少女「かぐや……悪くない、かな」

僕「本当に?」

少女「うん。なんか、好き」

好き、という言葉に僕は反応してしまった。

少女の無垢な言い方が……僕の気持ちを刺激したらしい。

男「……よし。名前はこれで決まったな。あとは……」

僕「寝る場所、かな……?」

かぐや「んっ?」

22: 2011/11/15(火) 01:58:28.17 ID:htOa0aMP0
男「布団居間に敷くしかないか?」

僕「……そうだね、一緒に寝るわけにはいかないし」

かぐや「え~っ、一人は寂しいな」

僕「……それでもダメなんだよ、ごめんね」

かぐや「むぅ~っ……」

僕(むくれる姿は、小さい子なんだけどなぁ)

時折見せる、しっかりとした態度とのギャップを感じさせていた。

男「……寂しいってんなら、いいもん貸してやるよ」

そう言って、男は部屋から以前ゲーセンで取ったぬいぐるみを持ってきたのだった。

かぐや「うわぁ……もふってする~」

お気に入りの様子だ。

24: 2011/11/15(火) 02:03:57.68 ID:htOa0aMP0
かぐや「すぅ~っ、すぅ~っ」

布団とぬいぐるみを与えると彼女はすぐに寝付いてしまった。

明るかった部屋も落ち着いて、今は茶色いちいさな電球だけが少女の寝顔を照らしていた。

僕と男は彼女の寝顔を見ると、ホッとした様子でお互い部屋に戻っていった。

明日、起きたら考えよう。

視線を交わし僕たちは部屋に戻った。

すぐに睡魔が来る……僕は瞼の裏に焼き付いた満月をボーッと眺めながら……静かに眠った。

26: 2011/11/15(火) 02:09:37.80 ID:htOa0aMP0
次の日。

目が覚めたのは朝の10時過ぎだった。

いつもの休みならもう少し寝ているのだが……今日は事情が違う。

僕は、よっと体を起こして布団から起き上がった。

居間に入ると、少女は昨日と変わらない様子で布団にくるまっていた。

ピンクの熊のぬいぐるみをギュッと抱きしめながら……穏やかな寝顔を覗かせている。

僕は、そんな表情を見て安心をした。

なんだかわからないが、ホッとする。

彼女はそんな寝顔をしていた……。

27: 2011/11/15(火) 02:14:37.97 ID:htOa0aMP0
それから30分もしないうちに、男が部屋から出てきたのだった。

僕「お、今日は早いな」

男「……気になって」

顎先で、クイッと少女の寝顔を撫でた男はそのまま居間に座り込み、テレビのリモコンに手を伸ばした。

僕「起きるかな?」

男「起きるだろ、子供なんだから」

少女「すぅ~っ……」

部屋には三人と、テレビの音だけが。

朝のちょっと冷えた空気を張り巡らし、包みこんでいるようだった……。

28: 2011/11/15(火) 02:20:27.06 ID:htOa0aMP0
少女「くぅ~っ……」

僕「……起きない」

もう時計はお昼を回った頃だと言うのに、少女が目を覚ます気配はなかった。

それどころか、朝の状態から微動だにすらしないのだ。

男「……飯だしたら起きるかな」

そんな、空腹少女じゃないんだから。

29: 2011/11/15(火) 02:24:01.52 ID:htOa0aMP0
少女「すや……う~ん」

僕「……」

男「……」

時計が午後4時を過ぎた頃、ようやく寝返りを一つうった程度だ。

男「最近の子供はこんなに寝るのか?」

僕「……月の生活習慣じゃないかな」

ああ、と男は半ば諦めたように洗濯物をたたんでいる。

僕も夕食の準備のため、台所で作業をしだした所だ。

かぐや「ん……んっ」

かぐやが目を覚ましたのは、僕たちの作業が終わりそうになった……夜の入り口の時間だった。

31: 2011/11/15(火) 02:28:34.78 ID:htOa0aMP0
少女「ふぁ、おはよー……」

ゴシゴシと目を擦りながら、かぐやはぬいぐるみ片手に体を起こした。

雰囲気は明らかに寝足りない、といったところか。

男「……寝すぎ。もう夜だぞ夜」

僕「ホント、ちょっと心配したよ」

かぐや「あぁ~、うん……私、光が強いとダメなんだ。眠ってないと」

僕「光……太陽?」

かぐや「これくらいの明るさのが、楽~」

窓の向こうをボーッと見る彼女。

男「……太陽にあたると溶けるとか?」

かぐや「寝るね、きっと」

少女は軽く息巻いて、ぬいぐるみにギュッと顔を埋めた。

男「威張るな、こいつ」

彼女の頭が……ポフッと優しく叩かれた。

32: 2011/11/15(火) 02:34:08.49 ID:htOa0aMP0
かぐや「む~っ……」

目を閉じたまま、グリグリとぬいぐるみに肌を押し付ける少女。

僕「まあまあ。とにかく起きたんだから、ご飯にしようよ」

男「かぐやにとっては朝ごはんだな」

かぐや「わ、食べていいの?」

男「ああ、待て待て。食べる前には、ちゃんといただきますって言うんだよ」

かぐや「んー……ちゃんといただきます」

男「ちゃんとは余計だ」

かぐや「じゃあ……いただきます」

男「よろしい」

34: 2011/11/15(火) 02:38:11.52 ID:htOa0aMP0
食事は無事に終わった。

チャーハンと、唐揚げ(どちらも冷凍)そしてサラダというフォークとスプーンで食べられる夕食だったため彼女もそんなに苦戦はしなかったようだ。

箸を知っているかと僕が聞くと。

かぐや「はし……はしって?」

と、不思議そうな顔で僕たちを見回していた。

今度使い方を教えるよ、といった会話をして夕食は終わった。

かぐや「……食べ終わったら?」

僕「ごちそうさま」

僕は笑顔で彼女に言った。

35: 2011/11/15(火) 02:45:24.77 ID:htOa0aMP0
かぐや「……ごちそうさま」

今度は彼女も笑顔だった。

僕は、なんとも言えない穏やかな気分になる。

かぐや「美味しかったぁ」

僕「……」

僕「……?」

あれ?

ふふっ、と笑う彼女の顔立ちを見て僕は何か違和感を覚えた。

それは……少女の顔つきはまるで、昨日とは違ったような顔つきに見えたから……。

僕はもう一度、目をこらし彼女を見つめてみた。

かぐや「……んっ?」

彼女と目が合った。

彼女の顔は……どこか大人っぽくなったような。

そんな気がしたのだった。

36: 2011/11/15(火) 02:49:34.40 ID:htOa0aMP0
かぐや「どうかした?」

僕「……いや、なんだか。大人っぽくなったなって」

男「おいおい、よりによってナンパかよ」

僕「バッ……ち、違うっての!」

かぐや「ナンパ? ナンパってな~に?」

男「男性が女性に……」

僕「だあっ、止めろっての」

かぐや「……へえ、ふうん。そうなんだあ」

意味を聞いて、ニヤニヤとかぐやは笑っている。

かぐや「好き? 私の事好き?」

悪戯にそう尋ねる少女の笑顔は……まるで小悪魔のようだった。

その顔には、なんとも言えない艶やかさがあるのも事実だった。

38: 2011/11/15(火) 02:54:44.40 ID:htOa0aMP0
僕「あ、ああ。茶碗洗わないと、ほら、貸して貸して」

話を遮るように食器を取り上げ、僕は台所に向かった。

背中で男が笑う声が聞こえた。

少女もまた、クスクスといった可愛らしい笑い声をもらしているのが聞こえた。

僕「……なんで地球のジョークに馴染むのは早いんだよ」

ブツブツといいながら、僕は食器を洗い出す。

ぬるいお湯が手を濡らし、スポンジの感触が僕に伝わる。

洗い物をする僕の顔は……笑っていた。

少女に笑顔を貰ったような自覚は自分にはなく、表しようのない気持ちだけが僕の胸中に生まれていた。

彼女を……好きになってしまったようだった……。

39: 2011/11/15(火) 03:00:17.46 ID:htOa0aMP0
僕「……」

洗い物が終わった後、僕たちはゆったりと居間で過ごしていた。

テレビに釘付けな少女と、それを見守るように隣で話をしている男。

思えば、男はまるで妹をあやすかのようによく彼女の面倒を見ているようだった。

まあ、手が掛からないで楽だと思う反面、ちょっとだけ寂しい気持ちにもなった。

男「……っと、もうこんな時間か。風呂入ってそろそろ休むか?」

僕「ああ、そうだ……」

ここまで話して、僕たちは同時にハッとした。

かぐや「?」

僕「……着替えとか、どうすんの?」

男「今気付いたんだから俺に聞くなよ……」

二人、頭を抱えた。

40: 2011/11/15(火) 03:05:23.10 ID:htOa0aMP0
僕「ええっと、とりあえずどうすればいいんだろ」

男「うう~ん……服はともかく、下着とか……なあ?」

かぐや「?」

僕「えっと、かぐやちゃん」

かぐや「んっ?」

僕「その服ってさ。ちょっと薄いみたいだけど下に何か着ている? 寒くない?」

かぐや「ん~、なんにも。この着物は薄いから楽なんだよ~」

僕「……」

男「上はシャツ貸して、下は……まあ、短いジャージでちょうどいいだろ。下着はしてないみたいだから、このままで」

僕「……いいのかな、それで」

男「なら、明日出掛けて女児用下着コーナーにでも行ってくるんだな」

41: 2011/11/15(火) 03:09:25.74 ID:htOa0aMP0
僕「いや……大学生じゃあ色々と無理だろう」

男「だから、しばらくは仕方ないだろ? 落ち着いたらまたそれも考えるさ」

僕「……まあ、それもそうか」

男「……ってあれ? かぐやは?」


かぐや『ふんふん~♪』

お風呂場から、気持ちの良さそうな鼻歌が聞こえる。

ザバーッと湯船のお湯が溢れかえる音だ……。

男「こっちの苦労も知らないで……。あとでシャワーの使い方だけ、教えてやってくれな」

僕「ん……わかった」

かぐや『はっはっ、ふ~ん♪』

その夜は少女の気持ちよさそうな鼻歌が、ずっと居間まで聞こえていたのだった。

42: 2011/11/15(火) 03:13:34.75 ID:htOa0aMP0
少女がお風呂から出た後、僕と、続いて男。

全員が入浴をすませたんだ。

時間はもう0時前になっていた。

男「……寝るか」

僕「そうだな」

かぐや「ええ~っ、寝るの~? 私まだ元気~」

僕「半日以上寝てれば、そりゃあね」

男「……待てよ、って事はこいつ夜の間ずっと起きてられる事になるよな」

僕「でも昨日は寝てたよね?」

かぐや「今日は元気なの~、遊びたい~」

ワガママなただの女の子が、ここにいた。

43: 2011/11/15(火) 03:18:38.67 ID:htOa0aMP0
男「……遊びたいって言われても、なあ?」

僕「ん~……まあ明日はまだ休みだけどさあ」

男「……仕方ない。トランプでもしてやるか?」


かぐや「わ、ホントに? やった~」

かぐや「で~、トランプってな~に?」

男「ああ、はいはい。今から教えてやるから。まずカードがあって、これが……」

かぐや「……おお~っ」

遊びを覚えてるかぐやの顔は、少女そのものだった。

僕たちは遅くまでトランプをして過ごした。

いつの間にか……かぐやは布団に潜り、またぬいぐるみを抱いていたんだと記憶している。

僕も眠かったから、詳しくは覚えていない。

44: 2011/11/15(火) 03:23:13.80 ID:htOa0aMP0
何となく、ゲームが終わって。

気付いたら僕の時間は日曜日になっていた。

目が覚めたのはお昼過ぎ、かぐやもまた、昨日と同じように眠っていた。

僕「……ん」

そして、寝ている彼女の姿を見て僕はまたその違和感に気付く。

今度は……前髪が少し、伸びているような気がして見えた。

寝ている格好なので正確な長さまでは覚えてないが……それに伴って顔付きも成長しているように見えた。

僕「……」

僕は、何も言わずに部屋へと引き返した。

どうせ夜まで彼女は起きない……ならば、僕もまだ少し眠っていよう。

そう、思ったのだ。

45: 2011/11/15(火) 03:25:48.83 ID:htOa0aMP0
男「よ、寝坊助」

結局、僕はかぐやが起きる二時間ほど前にようやく目を覚ましたのだった。

いつ起きたのかわからないが、男がすでに夕食の準備をしている所だった。

僕は、かぐやに目をやった。

寝返りすらうった様子は無く、また同じ姿勢でぬいぐるみを抱いて……寝息をたてている。

今夜も彼女は元気なんだろうか。

そう、思った。

47: 2011/11/15(火) 03:30:14.79 ID:htOa0aMP0
かぐや「ねえ、今夜もトランプやろうよ~」

男「今日はダメ。明日俺たちは学校だから」

僕「朝早いから、今日は寝ないと」

かぐや「学校? 学校って?」

男「……まあ、昼間行かないといけない場所なんだよ。かぐやが起きる前には帰ってくるからさ」

かぐや「ええ~……でも、私まだ眠くないんだけど」

男「暇だったらテレビでも見てろよ。なんかしらやってるからさ」

かぐや「……せめて二人とお話したいなぁ」

僕「お話、ね。でも寝ないと……」

男「ああ、じゃあ俺が付き合ってやるよ」

かぐや「えっ、いいの!」

多分、僕の表情はえっと言った様子で男を見たにちがいない。

48: 2011/11/15(火) 03:33:19.57 ID:htOa0aMP0
寝るまでの一時間くらいな。

そう言って、男は居間に残り僕は部屋へと入ってしまった。

眠らなければいけないのは事実だが、男とかぐやの会話も気になる……。

言われようのない嫉妬心と焦燥感が僕の中にはあった。

僕「……」

このまま、部屋にいたらいいのか。

それともここを飛び出して彼女と会話をしにいくのか……。

頭が、ぐるぐるとした。

50: 2011/11/15(火) 03:36:10.72 ID:htOa0aMP0
僕「……」

結局、僕はそのまま布団に潜りこんでしまった。

モヤモヤする気持ちとは裏腹に、眠気はすぐにやってきた。

昼間あんなに寝たのに……僕はすっかり、眠気の渦の中に。

僕(明日から学校か……夜、どうしようかな)

僕(学校があっても、やっぱり彼女とは……話したい)

僕(一緒に、過ごした……)

僕「……くぅ」

52: 2011/11/15(火) 03:41:07.25 ID:htOa0aMP0
男「よう、帰ろうぜ」

講義が終わって、そう声をかけて来たのは男だった。

僕「あ、ああ」

男の車に乗って、僕は自然の昨夜の事を聞き出そうとしていた。

僕「そう言えば、昨日なに話してたんだよ?」

男「おおっ、それがな。どこか遊びに行こうって話をしてたんだよ」

男は待ってましたと言わんばかりの声で、僕の質問に答えたのだった。

僕「遊び……え、いつ?」

男「多分夜中になっちゃうだろうな~、起きないから」

僕「夜中……って、まあそれはそうかもだけど。場所あるかぁ?」

53: 2011/11/15(火) 03:44:26.93 ID:htOa0aMP0
男「そうなんだよな~、見た目小さいからお店には入りづらいし……となると場所限られるんだよな」

僕「……」

パッと浮かんだのが海だった。

僕はそれをすぐ口に出した。

男「ああ、やっぱそういう場所だよな。あとは、う~ん……」

僕「……あとは景色とか。以外と夜景なんかいいんじゃないか?」

男「お~そういうのもアリだな。じゃあ……いつ行くよ?」

僕「……お互い比較的授業が落ち着く、水、木曜日辺りか?」

54: 2011/11/15(火) 03:48:34.15 ID:htOa0aMP0
男「週末まで待たせるのはちょっと気になるもんな」

僕「……気遣うのか?」

男「ん? まあ、一応はな。少女だしな~」

僕(少女……ね)

男「お前だって、興味なさそうにしてるけど実は気になるだろ?」

僕「まあ、月から来たとか言われたらね」

僕は自分の気持ちを悟られないよう、あくまで平然と理由をそれらしく話した。

男「……ま、なんでもいいけどさ」

そのすぐ後に、車は家に着いた。

男は車をちょっと斜めに駐車場に止めたのだった。

55: 2011/11/15(火) 03:52:21.98 ID:htOa0aMP0
男「ただい……」

かぐや「あ、お帰り。二人とも」

僕「な……」

かぐや「ん、どうかした?」

僕「かぐや……ちゃん?」

かぐや「はい?」

僕たちはしばらく玄関に立ち尽くしたままだった。

視界に飛び込んで来た少女は……もう、少女とは呼べないような顔付きをしていたのだ。

いや、まだ幼さは残っている。

残ってはいるが……明らかに胸の膨らみは増し肉付きもよくなっている。

顔に残るあどけなさが逆にそれを引き立たせていた。

僕「……やっぱり」

僕は昨日までの事を見間違えではなかったと確信したのだった。

57: 2011/11/15(火) 03:56:20.84 ID:htOa0aMP0
僕「……」

男「……」

夕食はいやに静かだった。

僕も男も、なんだか言葉を失ってしまっていた。

かぐや「箸って……使いづらいね~……」

元気に箸を動かしているのは彼女だけだった。

箸を動かす度、服の下では何も着衣してないであろう胸元がゆるっと動いている。

もはや、身体だけは少女ではなかった。

かぐや「……もうっ、箸いらない! フォークちょうだいっ」

まだ、少女のような無垢な雰囲気は残っているのが余計に……僕の心を、くすぐっている。

58: 2011/11/15(火) 04:00:55.78 ID:htOa0aMP0
男「あ~、おほん。かぐや、昨日の話だけど……」

空気を割くように男が口を動かした。

男「あのな、明後日か明明後日……俺たちが暇な時間出来るからその時にどこか出掛けようって話をしたんだが」

かぐや「あさってって……」

僕「二日後か三日後」

かぐや「ふんふん……ひい、ふ、み……」

指折り、少女は数を数えたかと思うと。

ふうっ、と。

小さくため息をついて返事をしたのだった。

かぐや「うん、それでいいよ。わかった」

何か、心に引っ掛かるような笑顔を見せるかぐや……でも、確かにその顔は笑っている。

59: 2011/11/15(火) 04:03:44.92 ID:htOa0aMP0
かぐや「でも、それまで夜退屈だな~」

僕「あ、だったら今日は僕が話し相手になるよ」

かぐや「え、いいの?」

男「ああ、明日はお前楽な授業ばっかだったもんな」

僕「うん、だから少しなら……」

かぐや「えへへ、嬉しいなあ。じゃあいっぱいお話しようね」

夜が……待ち遠しく感じたのは多分これが初めてかもしれない。

僕は、寝る支度をすませてから居間に向かったのだった……。

60: 2011/11/15(火) 04:07:47.15 ID:htOa0aMP0
かぐや「あ、来た来た」

かぐやはテレビを見ながら座っていた。

ちょこんと座る彼女の姿は……形が変わってもいとおしく思えた。

かぐや「なに、話す?」

僕「……月の事。何か聞きたいな」

僕は彼女の事を知りたがっていた。

かぐや「ん~、ダメ。やっぱり覚えてないもの……ごめんね」

僕「じゃあ、かぐやちゃんの事。知りたい」

我ながらもどかしいセリフだった。

ベタすぎる、と思いながらも実際人間、こんな立場になれば出てくる言葉は一般的な文句だけなんだろうか……と、心の片隅で考える余裕があったのだ。

かぐや「ん~、そうだね~……」

61: 2011/11/15(火) 04:12:18.48 ID:htOa0aMP0
かぐや「でもその前に、僕ちゃんの事知りたいな」

名前で僕を呼んだのは、会ってから三日経った夜の事だった。

僕はこれを忘れはしない。

僕「えっ……と、自分の事?」

かぐや「うん、知りたいの。だから話して……何でも。月にはないこの星の事、君の事……」

君、なんて。

年上の女性にでもなったつもりだろうか。

それとも内面は、姿以上に早いペースで成長しているとでも?

何でもいい、僕はかぐやに……僕の話をした。

62: 2011/11/15(火) 04:17:23.30 ID:htOa0aMP0
深夜に語る僕の姿は、やはりどこかロマンチストのようで。

月が見えるからこそ、言える言葉なのだろうとずっと思いながら話している。

かぐや「うん……うん」

かぐやは頷きながら僕の話を聞いてくれていた。

僕を見る瞳は、まるで満月みたいにキラキラと輝いていて……それだけで。

僕「……こんなとこ、かな」

大方の話を終えた時、時計の針は、もうすぐ朝をさす位置にまで動いていた。

でも僕たちは話を止める事なく、ずっと。

ずっと話をしている。

僕「……今度は、かぐやの事聞きたい」

63: 2011/11/15(火) 04:20:18.18 ID:htOa0aMP0
かぐや「私? 私は……ね」

窓の外では、もう白い光が見え始めていた。

かぐや「私は、かぐや。月で生まれて、多分今まで生きてきて……」

ああ、もう朝なのだ。

月は顔を隠し太陽が昇る、彼女が眠る時間だ。

かぐや「私は、月で生まれて……」

会話の最後に、かぐやは悲しそうな瞳をしてこう言ったのだった。

私は、月で生まれて月で氏んでいくの──。

と……。

64: 2011/11/15(火) 04:23:40.70 ID:htOa0aMP0
僕「かぐ……や?」

かぐや「すぅ……おやすみ……」

氏という単語を聞き出してから、まるで僕の時間は飛んだようだった。

途中、会話をしながら時間に穴が空いたように……僕の中での感覚が止まった。

かぐや「くぅ……」

今、かぐやは目の前で大人しく寝息をたてている。

寝ている間は少女のように……あどけなく、可愛い。

僕「……」

僕「月で氏ぬって……かぐや?」

僕は……自然とかぐや姫の話を思い出していた。

66: 2011/11/15(火) 04:27:19.74 ID:htOa0aMP0
あの話の最後では、かぐや姫は長らく住んだ地球を離れ月に帰ってしまう。

大事な人も何もかもを投げ出して……。

ああ、そうだ。

月で氏ぬとはそういう意味なのかもしれない。

僕「……」

僕「……かぐや?」

僕「もしかして、僕たちはそんなに長い時間一緒にいられないのか?」

かぐや「……くうっ」

ゴロン、と寝返りをうった彼女はそれ以上動かなかった。

僕は、眠気も消え一人部屋に戻っていった。

一人になってしまった。

そんな気持ちが……僕の胸に残っていた。

67: 2011/11/15(火) 04:30:13.53 ID:htOa0aMP0
僕「……」

僕「……よし」

決めた。

男が起きたら、僕は…男に全部伝えよう。

そして、僕に今出来ることをするんだ……そう決めた。

たとえ独りよがりな考えでも、僕は彼女を……もう、決めたんだ。

68: 2011/11/15(火) 04:34:28.95 ID:htOa0aMP0
男「……」

僕「……」

男「本気で言ってんのか?」

僕「ああ、本気だ」

男「明日帰るかもわからない女のために、そこまでやるのかよ?」

僕「……だからこそ、今日からでも行きたいんだ」

男「授業は? 必修やゼミだってあんだろ?」

僕「……しばらくは諦めるよ。優先する事が見つかったから。男は普通に出てよ、迷惑はかけたくないから」

男「……お前」

男「本気、か」

僕「ああ」

男「だったら、もう何も言わないさ。ほら、これ」

僕「これは……車の鍵?」

男「足無いんだろ、使えよ。俺は変わりにお前のチャリでも借りるからよ」

69: 2011/11/15(火) 04:38:30.25 ID:htOa0aMP0
僕「迷惑はかけたくない」

男「バーカ、迷惑なんかじゃねえよ。いいから、ほら。あとこれも……遊ぶ金くらい必要だろ」

僕「! それはさすがに……」

男「……貸すだけだよ、貸すだけ。かぐやが帰って落ち着いたら、ちゃんと返せよな」

僕「男……」

男「まあ、なんだ。あんま気にすんなよ。一緒に暮らしてる仲なんだからよ……」

僕「……ありがとうな」

男「ん、いいんだよ。まあ、なるようになるって、な」

僕「……なあ、男ももしかしてさ。かぐやちゃんの事好き、だったりしたのか?」

男「……」

男「俺は妹がいるからさ。だから、可愛がって面倒見てただけさ」

70: 2011/11/15(火) 04:41:40.12 ID:htOa0aMP0
ま、適当にいってこいや。

それが男が玄関を出る前にかけた最後の言葉だった。

しばらく、男の声は聞けない……。

僕「……ありがとうな、本当に」

僕はもう一度お礼を言うと、夜に備えてもう一眠りする事にした……。

彼女と一緒に、夜の町を……月とは違う光を見せたくて。

僕の夜の逃避行が、始まる。

71: 2011/11/15(火) 04:46:08.75 ID:htOa0aMP0
かぐや「ん……」

僕「あ、起きた?」

かぐや「あれ……ここ、どこ?」

僕「車。今目的地に向かってるから、まだ寝てていいよ」

かぐや「もく……? ……え? え?」

僕「ああ、えっとね。今日からかぐやを連れて色んな場所を見せることにしたんだ」

僕「男は来られないけど……僕が、さ」

かぐや「……」

僕「かぐや? まだ眠い?」

かぐや「うう……ん。嬉しくて、つい」

僕「そっか、それならよかった」

かぐや「ね……どこ行くの?」

僕「もうちょっとまってね。すぐ着くから」

かぐや「……」

かぐや(もうすぐ、かなあ)

72: 2011/11/15(火) 04:50:07.47 ID:htOa0aMP0
僕「ほら、ここ……足元段差あるから気をつけて」

かぐや「ん……」

僕「……ほら、見てごらんよ」

かぐや「わあっ……綺麗! 光が、光がいっぱいあるよ。すごい、星みたい……」

僕「夜景が見える場所。連れて来たかったんだよね」

かぐや「綺麗……星にいてもこんな光が見えるんだ」

僕「……月から見える星とは違うけど、これはこれでね」

かぐや「うん、私。好きよこの光……」

僕「かぐや……」

73: 2011/11/15(火) 04:55:29.27 ID:htOa0aMP0
かぐや「でも、ごめんね」

僕「ん……何が?」

かぐや「ここからは、よく月が見えちゃうから……だから、ごめん」

僕「……なに言ってんだよ。高い位置なんだから月がよく見えるのは当たり前じゃないか」

かぐや「違う、違うの……違う……ごめん、ごめんね……」

僕「……」

かぐやの身体が、ふわりと……浮かんだ。

空に目を移すとその雲の上には……おぼろ気な月が雲を吐き出すように、月の周りに薄い膜のような物を作っている最中だった。

僕「あれは……」

かぐや「……帰らないと」

僕「僕が……僕がここにかぐやを連れてきたから?」

74: 2011/11/15(火) 05:00:19.48 ID:htOa0aMP0
かぐやは小さく、首を横に振った。

でも、それ以上は言葉をかけてはくれなかった……。

僕は自然と、涙が目に浮かんだ。

かぐや「泣かないで……短い間だったけど、楽しかったよ。僕ちゃんに、会えてよかった」

かぐや「男さんにも……ありがとうって伝えて」

僕「嫌だ、嫌だよ。こんなに早くお別れなんかしたくないよ……!」

かぐや「……私だって、一人になるのは嫌だよ。でも」

僕「嫌だ……僕はかぐやと離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ」

かぐや「……私だって、でも、ダメ。それはあまりに……」

75: 2011/11/15(火) 05:07:09.83 ID:htOa0aMP0
かぐや「あまりに、迷惑になってしまう事だから」

僕「……かぐやといられるなら、僕は」

かぐや「……」

かぐや「それなら、私と一緒に……一緒に、月へ」

僕「!」

かぐや「この手をとって、さあ……」

僕「……」

僕はなんの迷いもなく、彼女の手をつかんだ。

ありがとう、と声が聞こえた気がした……。
しかし次の瞬間から僕の意識は……真っ白い、光の中へと消えていったのだった。

雲が輪を作り、おぼろ月を隠すようにどんどんとそれを濃くし……そして、しまいには雲が月をすっかり飲み込み、隠しきってしまう。

まるで人目から逃れるかのように。

そして、小高い丘には誰もいなくった……。

76: 2011/11/15(火) 05:14:55.88 ID:htOa0aMP0
男「……」

一晩が経ったあれから、不思議な事が起きた。

あいつに貸したはずの車のキーが、いつの間にか玄関の郵便受けに入っていたのだ。

念のため駐車場も見てみたが、車はずっとそこにあったかのようにいつもの場所に置いてあった。

しかし、二人の姿は見えない……。

男「……」

俺は嫌な予感がし、車を走らせた。

朝の通勤ラッシュが過ぎた道路はひどく空いている。

俺は……出発前にあいつが話していた「地球にある星が見える場所」へと向かっていた。

77: 2011/11/15(火) 05:19:43.48 ID:htOa0aMP0
小高い丘の上で、俺は一人町を見渡した。

夜なら光が走り、さぞ綺麗な景色が広がっているんだろう。

昼間の今では、町はただ町として眼下に広がっているだけだった。

男「……」

夢を、見た。

あいつがお礼を言って、光の向こうへ行ってしまう夢を。

あいつは夢の中で、ありがとうと言っていた気がする。

その隣には、あの少女がいて……。

78: 2011/11/15(火) 05:25:28.68 ID:htOa0aMP0
男「……なにも、二人でいっちまう事はねえのにな」

男「残された身にもなれっての」

男「……」

男は、胸ポケットを探ると中からタバコを取りだし吸殻に火をつけた。

日常的に喫煙をしない彼だったが、今は胸に空いた隙間を埋める為にどうしてもそれに頼る必要があった。

男「……フゥーッ」

煙が空へと立ち上がり、ユラユラと空間を歪ませ一種の隔たりを作り出していた。

男「……」

男「不老不氏の薬を焼いた時の気持ちってこんなんだったのかな」

男は、思い出したようにフフッ、と寂しそうな笑顔を浮かべた……。

79: 2011/11/15(火) 05:36:57.57 ID:htOa0aMP0
その煙は、真昼に浮かぶ空の月まで昇っているように見えたという。

しかし、友人との大切な日々を奪われた男の目には、煙の行き先などもう関係は無くなっていた。

やがて男は丘を後にし、この町で一番高い場所からはまた誰もいなくなってしまった。


雲一つない空の真ん中に、ずいぶんと蒼白い色をした三日月が一つ……。


どんなに美しい満月が浮かぶ十五夜だろうと、一人で歩く深夜の情景だろうと。

もう、その月に雲がかかり輪を作る事はなかったと……何年も空を見続けた男が言うのだった。

今日も月は、ただ静かにそこに浮かんでいる……。


引用元: 少女「月で生まれた少女」