1: 2012/12/03(月) 17:14:10.14
里志「うん。最近、東京の大学からこっちに帰ってきたらしいよ」

奉太郎「……そうか」

高校一年生の春。

千反田が言った言葉が蘇る。

「私の終着点はここなんです!」

三年生の卒業式以来一度も顔を会わせていない。

卒業式に言ったあの言葉。
その言葉も千反田は覚えていてくれてるだろうか。

14: 2012/12/03(月) 17:19:57.80
里志「それでさ、久しぶりに古典部で集まろうと思うんだ。奉太郎ももちろん来るよね」

奉太郎「……ああ」

里志「よし! 決まりだね。場所と日程は後で連絡するよ」

千反田に会える。

不安と期待が入り混じる。

この四年間で千反田は変わったのだろうか?

俺はどうだ?

少しは成長したのか?

あの約束を果たせるぐらいに……

17: 2012/12/03(月) 17:25:29.40
俺と里志と伊原は同じ地元の大学に進んだ。

一年生から学年トップクラスの成績を維持し続けた千反田は、東京の某有名大学に入学した。

合格発表から帰ってきた日。

千反田が、泣いて顔をくしゃくしゃにしながら俺に抱き着いてきたのが、昨日のことように思い出される。

大学に行ってからもはじめは電話やメール等で連絡はとっていた。

しかし、その頻度は徐々に減っていった。

20: 2012/12/03(月) 17:30:38.24
大学に入ってからの俺は常に物足りなさを感じていた。

千反田がいない。

それだけで俺には全てが灰色に思えた。

千反田は、俺にとって、いつのまにか、なくてはならない存在になっていたのだ。

後悔が募る。

だが、虚無感に苛まれ続けた俺にも一つ守り続けていたことがあった。

千反田との四年前の約束だ。

21: 2012/12/03(月) 17:32:06.19
>>18
はい

24: 2012/12/03(月) 17:38:06.36
電話が鳴った。

表示された名前は――――――里志。

奉太郎「もしもし」

里志「もしもし。奉太郎かい? 日程と場所が決まったよ」

奉太郎「……」

里志「一週間後。場所は部室」

奉太郎「部室?」

里志「やっぱり僕達の原点はあそこだからね。もう学校側から許可はとっておいたよ」

27: 2012/12/03(月) 17:46:41.59
奉太郎「分かった。一週間後に部室だな」

里志「奉太郎」

奉太郎「なんだ?」

里志「楽しみかい?」

奉太郎「なにがだ?」

里志「決まってるじゃないか! 千反田さんに会えることだよ!」

奉太郎「まあ……な」

里志「卒業式からもう四年か~。ということは奉太郎のあの告白からも、もう四年も経つんだね」

奉太郎「や、やめろ」

里志「いいじゃないか。僕も驚いたよ! まさかあの奉太郎が千反田さんに……」

奉太郎「切るぞ?」

28: 2012/12/03(月) 17:47:46.67
>>25
それはちょっと……
すみません

29: 2012/12/03(月) 17:52:53.20
里志「ははは、冗談だよ。奉太郎」

奉太郎「……」

里志「じゃあ詳しい時間は決まり次第連絡するからね」

奉太郎「分かった」

里志「あっ、それと千反田さんはもう実家に帰ってきてるらしいけど、当日まで会うのは駄目だよ。四年越しの感動の再会は僕も見てみたいからね」

奉太郎「……」

里志「ふふふ、じゃあまたね」

電話が切れた。

里志は四年前と少しも変わってない。

多分俺も……。

32: 2012/12/03(月) 18:00:41.38
千反田はもう家に帰ってきている。

今から自転車を飛ばせば、三十分もかからずに会える距離にいる。

里志には会うなと釘を刺された。

だが、里志にそう言われずとも、俺は千反田に会いに行こうとはしなかっただろう。

俺は大学で見てしまった。

人は変わるものだ。

千反田の艶のある黒髪。

透き通るような白い肌。

大きくて澄んだ瞳。

真っ直ぐな性格。

その全てが変わってしまっているのを見たとき、俺はどうなるだろうか。

36: 2012/12/03(月) 18:08:32.72
もちろん千反田を信用していないわけではない。

俺の中にあるこの四年間の千反田の像は、卒業式の可憐で純粋な千反田のままだった。

だからこそ、その像が壊れてしまうことを俺は恐れていた。



やがて、里志から詳しい日時の通達が来た。

日曜日の午後4時30分。



その時は明日に迫っていた。

42: 2012/12/03(月) 18:16:21.91
夜が明けた。

結局、昨夜は一睡もできなかった。

目を閉じても、千反田との思い出が溢れでてきた。

笑った千反田。

泣いている千反田。

怒った千反田。

困った千反田。

一晩中、千反田が頭から離れることはなかった。

47: 2012/12/03(月) 18:21:55.11
顔を洗い、朝食をとる。

今日は昼から美容院の予約をとっていた。

無駄だと分かっていても、千反田に少しでもよく見られたい。

そんな自分がいた。

何かやろうとしても、集中できない。

俺はいつのまにか卒業アルバムを手にとっていた。

目に入るのは千反田。

このアルバムには俺と千反田の思い出の切れ端が詰まっている。

48: 2012/12/03(月) 18:28:56.17
時刻は15時半を指していた。

少し早いが、他になにもすることがない。

俺は学校に向かうことにした。

鏡で入念に身嗜みを確認してから家を出る。

ここまでする自分に滑稽ささえ抱きはじめていた。

奉太郎「いってくる」

鏡の自分に告げてから、家を出た。

57: 2012/12/03(月) 18:38:39.76
神山高校。

思えば、ここに来るのも四年ぶりだった。

まだ時間は四時にもなっていない。

おそらく自分が一番早いだろう。

俺は部室の鍵を取りに行くことにした。

幸い日曜日の学校には教師があまりいない。

鍵の場所まで俺は知り合いの教師に会うことはなかった。

里志は許可をとっていると言っていた。

鍵を無断で持って行っても、まあ大丈夫だろう。

だが、そこに、地学準備室の鍵はなかった。

58: 2012/12/03(月) 18:44:53.19
誰かすでにもう来ているのだろうか?

だとすると、可能性が一番高いのは―――――――

胸の鼓動が高まるのを感じた。

とりあえず部室に行ってみるしかないだろう。

階段を一段一段のぼっていく。

一段ごとに、それは確信に変わっていた。

部室にいるのは千反田。

今、俺は一歩ずつ千反田に近づいている。

61: 2012/12/03(月) 18:51:43.84
俺の頭の中には四年前の卒業式が思い出されていた。




える「折木さん、とても感動的な卒業式でしたね!」
千反田は卒業式が終わると、目に涙をためながら言った。

える「もうこの学校ともお別れなのだと考えると、寂しいです」

奉太郎「そうだな」

俺は決めていた。

一年生の春、雛行列のとき。

あのとき言えなかった思いを、今日、千反田に告白する。

65: 2012/12/03(月) 18:58:05.83
卒業式の後の古典部員だけのお別れ会が終わった。

奉太郎「千反田、少し話さないか」

里志には事前に伝えていた。

俺が、今日、千反田に告白しようと思っていることを。

気を聞かせた里志は、伊原を連れて先に帰ってくれた。

今、部室には俺と千反田の二人だけだ。

俺は、今日、省エネ主義を卒業する。

える「いやです」

68: 2012/12/03(月) 19:03:30.08
頭の中が一瞬にして真っ白になった。

始まる前から終わってしまった。

やはり俺には灰色がお似合い……

える「私、少しなんていやです」

奉太郎「え?」

える「私、折木さんとは、もっとたくさんお話したいんです」

千反田が微笑んだ。

78: 2012/12/03(月) 19:11:49.85
奉太郎「千反田、お前いつからそんな……」

える「ふふふ、驚いた折木さんの顔、久しぶりに見せてもらいました」

それから俺と千反田は、時間の許す限り、三年間の思い出を語り続けた。

時間にすれば、一時間ほどだっただろう。

おそらく人生で一番短く感じた一時間だ。

下校を促す放送が入った。
える「……そろそろ帰りましょうか」

千反田が席を立つ。

奉太郎「ちょっと待ってくれ千反田。最後に聞いてほしいことがある」

82: 2012/12/03(月) 19:16:33.48
える「はい。なんですか?」

千反田が大きな瞳で俺を真っ直ぐに見つめている。

赤面しているのが自分でも分かる。

奉太郎「その……なんだ……」
言え。

奉太郎「俺はだな……」

言え。

奉太郎「ずっと前から……」

言え!

奉太郎「お前のことが好きだった!」

91: 2012/12/03(月) 19:22:43.39
千反田の大きな瞳がますます大きく見開かれる。

千反田の顔が一気に紅潮するのが分かった。

える「私も……です」

俺は、千反田が言い終わる前に千反田を抱きしめていた。

える「私もずっと……ずっとずっと折木さんのことが大好きでした!」

千反田も俺の腰に手を回した。

ありがとう千反田。

100: 2012/12/03(月) 19:29:52.01
奉太郎「千反田、お前、大学は東京に行くんだよな?」


える「……はい」

奉太郎「俺はずっと待ってる……」

える「……はい」

奉太郎「だから、千反田も東京に行っても俺のことを忘れないで欲しい……」

える「……はい」

奉太郎「……千反田、四年間ずっと俺のことを好きでいてくれるか?」

える「はい! 折木さんも浮気せずに四年間ずっと私のことを好きでいてくれますか?」

奉太郎「もちろんだ。約束する」

える「私も……約束します!」

107: 2012/12/03(月) 19:36:43.29
あれから四年。

俺はあのときの約束を覚えている。

そして、俺は約束を守ってきた。

今日、俺と千反田の関係に答えがでる。

もともと俺が押し付けたようなものだ。

もし千反田が約束を守っていなくても、責めることなんてできない。

見慣れた部屋の名前が見えた。

地学準備室。

四年前、約束した場所。

110: 2012/12/03(月) 19:42:33.56
深呼吸をした。

やはり鍵はあいている。

ゆっくりとドアを開けた。

見慣れた光景が視界に入ってくる。

窓辺にいた。

外を眺めている。

はじめて会ったときと同じように。

長く艶のある黒髪。

吸い込まれるそうな大きく澄んだ瞳。

白く細い首筋。

そこには、俺が四年間、思い描いていた通りの千反田えるがいた。

116: 2012/12/03(月) 19:48:16.76
こちらに気付いたのか千反田はゆっくりと目をこちらに移した。

奉太郎「千反田……」

自然に声が出ていた。

える「……折木さん」

よかった。

本当によかった。

千反田は千反田のままだった。

俺は部室に足を踏み入れた。

もっと千反田を近くでみたい。

この四年間の話がしたい。

俺の心の中の不安は全て消え去っていた。

える「来ないで下さい!」

129: 2012/12/03(月) 19:56:32.73
足が止まった。

える「私は……私には……折木さんとの再会を喜ぶ資格がありません!」

千反田は目から一筋の涙が零れた。

奉太郎「千反田?」

える「私は折木さんとの約束を破ってしまいました……」

どうした? 折木奉太郎?

分かっていたことじゃないか。

こんな美人を東京の男が放っておくわけがない。

俺は何を期待していたんだ?

本当に千反田が四年間、誰とも交際せず、俺一人だけを思ってくれていると信じていたのか?

147: 2012/12/03(月) 20:03:05.60
える「今日、この場に来たのは折木さんや福部さん、摩耶花さんと再会するためではありません」

千反田が地に膝をついた。
える「私には、もうその資格すらありません」

やめろ。

える「今日、私がこの場に来たのは、折木さんに私が約束を破ったことを謝るためです」

俺はお前にそんなことを望んでいるんじゃない。

える「本当にごめんなさい」

千反田の長い髪が地についた。

163: 2012/12/03(月) 20:12:00.59
奉太郎「やめてくれ。もういい。高校のときの話でもしよう」

える「いえ、私にはもう折木さんと思い出を語る資格すらありません」

目から熱いものが込み上げてきた。

もうやめてくれ。

頼むから。

千反田が立ち上がった。

える「……それでは、これで失礼します」

千反田が俺の隣を通り抜ける。

どうしてだ? 止めたいのに身体が動かないのは

176: 2012/12/03(月) 20:19:22.34
俺はそのまま部室で一人立ち尽くしていた。

摩耶花「あれ折木? 早いじゃない」

奉太郎「……」

摩耶花「ちょっとなんとか言いなさいよ」

伊原が俺の顔を覗きこんだ。

摩耶花「ちょっと! あんたどうしたの!? 涙なんか流して!」

奉太郎「すまん。伊原、ちょっと今日はやっぱり調子が悪い。帰るわ」

声は震えていた。

摩耶花「えっ? って何かあったの?」

頼むから今は一人にしてくれ。

俺は部室から走り去った。

184: 2012/12/03(月) 20:26:43.48
家に帰って、俺は泣いた。

泣き続けた。

千反田の外見は変わっていなかった。

そのことがいっそう俺を苦しめた。

千反田は俺が見えない部分で変わってしまった。

期待した俺が馬鹿だったのか?

俺の手は、四年間、俺を支え続けた卒業アルバムにのびていた。

奉太郎「こんなもの……」

カッターを手にとり、原型を留めないほどにずたずたに引き裂いた。

188: 2012/12/03(月) 20:32:21.21
いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。

携帯電話が鳴る音で目が覚めた。

里志からだった。

出るかどうか迷ったが、私情で帰ってしまったことは謝らなければならない。

奉太郎「もしもし」

里志「もしもし、奉太郎? 今日はいきなり帰ったそうじゃないか? いったいどうして……」

奉太郎「本当に申し訳ないと思っている。だが今は一人にして欲しい」

里志「……千反田さんだね」

奉太郎「……」

里志「千反田さんと何かあったんだね」

195: 2012/12/03(月) 20:39:23.15
奉太郎「……うぅ」

里志「やっぱり千反田さんだね。良かったら僕に話してみてよ。少しは楽になるかもしれないよ?」

奉太郎「すまんな。里志」
俺は、四年前の約束のこと、今日部室であったことを全て里志に話した。

声は涙で途切れ途切れだったが、里志は相槌をうちながら聞いてくれた。

里志「そんなことがあったんだね……」

奉太郎「全部、俺の一人よがりだ……」

里志「そんなことないよ! 奉太郎は全然悪くない! 悪いのは千反田さんだよ!」

奉太郎「千反田のことを悪くいうのはやめろ」

里志「奉太郎……」

奉太郎「すまん。どうしてだろうな? 千反田のことを悪く言われるのはいやなんだ」

200: 2012/12/03(月) 20:46:28.14
里志「とにかく奉太郎は千反田さんと、もう一度会ってみるべきだと思う」

奉太郎「……」

里志「奉太郎は約束を守ったんだ。千反田さんが約束を破ることになった過程を聞く権利がある」

奉太郎「しかし……」

里志「僕に任せてよ。明日、もう一度、千反田さんを部室に呼ぶ」

奉太郎「……」

206: 2012/12/03(月) 20:53:11.15
里志「いいね? 奉太郎?」

奉太郎「……」

里志「黙ってるってことは肯定だよ?」

奉太郎「……」

里志「よし分かった。後は僕に任せて。奉太郎は明日、同じ時間に部室に行けばいいようにしておくよ」

奉太郎「……明日は月曜日だぞ」

里志「奉太郎は余計な心配しなくていいんだよ。それぐらい僕の交渉術でなんとかするさ」

奉太郎「……分かった」

ありがとう。

里志。

214: 2012/12/03(月) 21:00:24.92
夜は昨夜と違ってぐっすり眠れた。

俺の中でなにかが吹っ切れたようだ。

明日はとことん何があったのか聞こう。

四年間に何があったのか……

その方が、お互い今後のためになる。

もし千反田が一方的に悪いようなら、文句の一つでも言ってやる。

里志に話から、少し気分が楽になったようだ。

217: 2012/12/03(月) 21:06:48.15
朝、昨日と同じように顔を洗い、朝食をとる。

違っているのは俺の気持ちだけだろう。

昨日の悲しみは一晩たって怒りに変わりはじめていた。

大学四年間。

俺は完全に異性との交遊を断ち切っていた。

合コンにも参加しなかった。

千反田より外見は美しいと思う者もいたが、我慢した。

それなのにあいつは……。

今回は身嗜みも全く気に留めない。

この四年間の分、今日はとことん千反田を罵ってやる。

そんなことを考えながら家を出た。

250: 2012/12/03(月) 21:35:51.91
鍵はあった。

まだ千反田は来てないみたいだ。

俺は鍵を取り、部室に向かった。

鍵を開け、中に入る。

思えばここから全てはじまった。

千反田とはじめて会ったなも、千反田に告白したのもここだった。

だから。

今日。

ここで全部終わらせよう。

256: 2012/12/03(月) 21:40:19.90
俺は椅子を一つひいて座った。

足を組み、千反田を待つ。

千反田はどう言い訳するだろう?

だが、どんな事情があろうが同情するつもりはない。

様々な千反田への罵声が湧いて出て来た。

はやく来い。千反田。

俺はお前を許さない。

259: 2012/12/03(月) 21:41:26.68
これは血を見ますねえ

268: 2012/12/03(月) 21:44:59.06
足音が聞こえた。

思わず口角が上がる。

確実に足音は、ここに近づいてきている。

来たな。千反田。

足音が部室の前で止まった。

「失礼します」

ドアがゆっくりと開いていく。

そこにいたのは、俺が四年間思い続けた―――――――――千反田。

277: 2012/12/03(月) 21:51:03.49
千反田は部屋に入って来ようとしない。

入口で立ちすくんでいる。

奉太郎「よくここに来れたな。千反田」

える「……」

奉太郎「はやく入れよ」

える「……はい」

千反田はようやく部室に足を踏み入れた。

奉太郎「どうしてお前がここに呼ばれたかは里志にきいているな?」

える「……はい」

285: 2012/12/03(月) 21:57:06.10
奉太郎「お前が大学四年間、男と遊んでいる間、俺はお前を思い続けていた」

える「……」

奉太郎「四年前の約束……忘れてしまったのか?」

える「……いいえ」

奉太郎「では、約束を覚えていながらお前は敢えて約束を破ったんだな?」

える「……はい」

千反田の目から涙が溢れ出した。

美しく澄んだ目がよどみはじめる。

294: 2012/12/03(月) 22:04:09.11
奉太郎「俺はずっとお前のことを思い続けてきた!
それをお前は踏みにじった。
確かにあの約束を言い出したのは俺だ。
だが千反田、お前はその約束を承諾した。
にもかかわらずお前は……お前は……」

える「……すみま……せん」

千反田の目からはとめどなく涙が溢れ出ている。

だがその涙も憎悪の対象にしかならなかった。

奉太郎「泣くぐらいならどうして約束を破った! できないことならはじめから承諾しなければいいだろう!?」

298: 2012/12/03(月) 22:09:49.80
える「すみま……せん……折木さんのおっしゃる通りです」

奉太郎「まあいい。俺にはお前が何故約束を破ることになったのか聞く権利がある」

える「……」

奉太郎「洗いざらい話してもらう」

える「はい……」

306: 2012/12/03(月) 22:18:01.75
える「あの日は今でも忘れもしません。
二年前の今日のような暖かい日でした。
私は大学から帰る途中でした。
その途中に道を尋ねられました」

奉太郎「……」

える「若い男性の方でした。
聞かれたのは近くの病院でした。
私はその病院の場所を知っていたので、その方に病院の場所を説明しました。
説明している途中で、私は布のようなものを口に押し当てられました」

奉太郎「……」

324: 2012/12/03(月) 22:26:47.34
える「それから私は気を失いました。
気がつくと私は両方の手足は動かなくなっていました」

奉太郎「……」

える「周りを見渡すと、先程私に道を聞いてきた方がいました。
顔はサングラスとマスクで隠されていました。
私は全てを悟りました。
このままでは、折木さんとの約束を破ってしまう……
私は叫びました。
声の続く限りに」

343: 2012/12/03(月) 22:32:50.84
える「私は声を出すたびに殴られました」

やめろ。

える「それでも私は叫びました」

やめろ。

える「私が諦めることは折木さんとの約束を破るということですから」

やめろ。

える「相手の方も私に根負けしたのでしょうか? 殴るのをやめて私の口にハンカチをつめました」

やめろ。

352: 2012/12/03(月) 22:38:59.34
える「それから私は服を脱がされました」

やめろ。

える「それから私は……」
奉太郎「やめろ!」

える「折木さん……?」

奉太郎「もう……やめてくれ……」

える「……」

361: 2012/12/03(月) 22:44:26.51
何が約束だ。

何が四年前我慢しただ。

一番辛い思いをしていたのは千反田じゃないか。

千反田は俺なんかよりもずっと約束を守ろうとしてくれていた。

なのに俺はどうだ?

千反田を罵ることばかり考えて……

俺は最低だ。

最低最悪の下衆だ。

今、こうして千反田と向き合う資格すらない。

俺は千反田の彼氏として……失格だ。

371: 2012/12/03(月) 22:52:24.61
える「折木さん」

涙が止まらない。

自分が情けなくて仕方ない。

える「お願いがあります」

こんな俺に差し延べられる手があってはならない。

える「一度だけ」

なのにどうして

える「私を抱きしめてくれませんか?」

千反田は俺のために涙を流してくれている?

376: 2012/12/03(月) 22:57:06.57
奉太郎「俺にそんな資格は……」

千反田はいつの間にか俺の目の前まで来ていた。

える「いいえ。折木さんは約束を守ってくれました。どんな形であれ約束を破ったのは私です」

千反田が俺の頬に伝う涙を拭った。

える「だから泣かないで下さい」

俺は千反田を抱きしめていた。

強く。

強く。

もう二度と千反田が遠くへ行かないように願いながら。

383: 2012/12/03(月) 23:04:45.07
える「折木さん」

奉太郎「……なんだ?」

える「もう一つだけお願いしてもいいですか?」

俺は千反田を抱きしめる力を強めた。

暖かい。

今は、この暖かさが愛しくて愛しくて仕方ない。

奉太郎「ああ」

える「私の“はじめて”をもらってくれませんか?」

397: 2012/12/03(月) 23:11:58.55
“はじめて”?

奉太郎「“はじめて”?」
俺は千反田を抱きしめていた手を離した。

改めて千反田と目を合わせる。

奉太郎「どういうことだ?」

千反田の顔は紅潮していた。

泣いていたからか少し息も乱れ、色っぽい雰囲気を醸し出している。

える「恥ずかしいです。何度も言わせないで下さい」
奉太郎「いやでもお前は、二年前に……その……」

417: 2012/12/03(月) 23:23:16.21
える「確かに私は二年前に知らない男性の家に連れ込まれ、衣服を……脱がされました」

奉太郎「それで……その後に……」

える「私の叫びが通じたのかもしれません。
私が服を脱がされた直後、その家の大家さんが様子を見に来ました。
そしてその方は捕らえられました」

奉太郎「どうしてそれを先に言わなかった!」

える「『やめろ!』と言ったのは折木さんです……」

奉太郎「でもお前は約束を破ったと言っていたじゃないか?」

える「本意ではないとはいえ……他の男性にその……は、裸を見られるなんて……浮気と同じです」

俺は再び千反田を抱きしめた。

419: 2012/12/03(月) 23:24:25.75
なんだ......なんだ.......

421: 2012/12/03(月) 23:24:57.74
おおう・・・セーフだった

436: 2012/12/03(月) 23:34:05.96
全くどこまでこのお嬢様は純粋なんだ。

える「折木さん、少し苦しいです」

奉太郎「駄目か?」

える「いえ、もっと……です」

やっぱり千反田は最高だ。

える「ところで折木さん」

奉太郎「なんだ?」

える「私、折木さんの大学生活がどのようなものだったのか気になります!」

千反田が目を輝かせながら言った。

抱きあっているから、今までの『気になります!』の中でも一番距離が近い。

千反田は外見だけじゃなく、やっぱり千反田は千反田のままでいてくれた。

444: 2012/12/03(月) 23:39:58.42
それから俺達は自分達の大学生活について語り合った。

だが楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

やがて下校を促す放送が流れた。

奉太郎「そろそろ帰るか」
える「ちょっと待って下さい折木さん。折木さんは四年前のもう一つの約束を忘れてしまったんですか?」

奉太郎「もう一つの約束?」

他に約束などしただろうか?

だが記憶力のいい千反田が言っているのだから何か約束したんだろう。

458: 2012/12/03(月) 23:52:46.89
千反田が椅子から立ち上がり、俺の目の前にたった。

息づかいが聞こえてくるほどの至近距離だ。

える「四年前の卒業式に私が折木さんにキスをして欲しいと言ったこと覚えてますか?」

……思い出した。

える「そのときに折木さんは言いましたよね? 『キスは四年後、俺達がお互い約束を守れていたらここでしよう』って」

奉太郎「……千反田、キスははじめてか?」

える「はい」

奉太郎「俺もだ」

千反田が目を閉じた。

振り返れば、千反田と俺は全てこの部室からはじまった。

ここは出会いの場所であり、約束の場所だ。

そしてこれからは……

俺はゆっくりと唇を重ねた。



Fin~

460: 2012/12/03(月) 23:53:13.98
乙でした

462: 2012/12/03(月) 23:53:42.39
乙な

471: 2012/12/03(月) 23:56:02.31
ここまで読んで下さった方々、支援して下さった方々、ありがとうございました。

引用元: 折木奉太郎(22)「千反田が帰ってきた?」