1: 2012/07/19(木) 11:55:36
お嬢様「それとも、あなたと一緒だからかしら?」

男(出てってくれないかなぁ・・・)


2: 2012/07/19(木) 11:56:00 ID:.ifnVuEU
お嬢様「どうかした?」

男「ここ、個室なんだけど・・・」

お嬢様「そうね」

男「しかも、男子トイレの」

お嬢様「知ってるわ」

男「・・・あの、出てってくれない?」

お嬢様「イヤよ」

3: 2012/07/19(木) 11:56:46 ID:.ifnVuEU
男「・・・・・・」

お嬢様「・・・・・・だいたい」

お嬢様「鍵を掛けない、あなたがいけないのではなくて?」

男「掛けようとしたら、キミが駆け込んできたんだけど」

お嬢様「そうだったかしら?」

男「それにここ、ご飯食べるところじゃないから」

4: 2012/07/19(木) 11:58:38 ID:.ifnVuEU
お嬢様「あら、あなただって、お弁当広げているじゃない」

男「・・・僕は、いいんだよ」

お嬢様「そんなの納得いかないわ」

お嬢様「なんであなたは良くって、わたしはダメなの?」

お嬢様「あなたがよそへ行かない限り、わたしもここにいますから」

男「・・・じゃー、わかったよ。いいよもう」

男「隣の個室が空いてるから。そっちで食べていいから、ね」

5: 2012/07/19(木) 11:59:09 ID:.ifnVuEU
お嬢様「ここで食べるわ」

男「狭いじゃないか」

お嬢様「気にしないわ」

男「僕が気にするんだよ」

お嬢様「器量の小さい男ね」

男「・・・」

6: 2012/07/19(木) 11:59:45 ID:.ifnVuEU
お嬢様「時間、なくなってしまうわよ?」

男「・・・いただきます」パカ

お嬢様「・・・」ジー

男「なに?」

お嬢様「その・・・玉子焼き、美味しそうね」

男「べつに。ふつうだよ」

お嬢様「少しわたしに・・・、あ」

7: 2012/07/19(木) 12:00:28 ID:.ifnVuEU
お嬢様「こ、交換っことか・・・しない?///」

男「え?」

お嬢様「いいでしょ、ね、ねっ?」

男「キミのその・・・、えぇと」

お嬢様「クラブ・サンドウィッチよ」

男「それ、サンドイッチなんだ」

8: 2012/07/19(木) 12:01:00 ID:.ifnVuEU
お嬢様「食べたこと無い?」

男「サンドイッチはあるけど・・・」

男「それ、中身なに?」

お嬢様「ハムと卵とお肉と、トマト」

お嬢様「あと、トリュフよ」

男「トリュフ?」

お嬢様「ただのキノコよ」

男「サンドイッチにキノコ?」

9: 2012/07/19(木) 12:01:28 ID:.ifnVuEU
お嬢様「はい、どうぞ」

男「・・・・・・」

お嬢様「それじゃあ、わたしはこれいただくわね」

お嬢様「・・・!わぁ、おいしいっ」

男「・・・」モグモグ

お嬢様「玉子焼きって、こんなに甘くてとろ~ってしてたのね」

男「うん」

10: 2012/07/19(木) 12:02:11 ID:.ifnVuEU
お嬢様「・・・そっちは、あまり口に合わなかったかしら?」

男「そんなことないよ」

男「ただ、いつも食べてるサンドイッチと全然違ったから」

お嬢様「そう・・・次は、もっとあなたの口に合うものを作らせるわね」

男「うん。・・・ん?」

11: 2012/07/19(木) 12:02:53 ID:.ifnVuEU
お嬢様「ごちそうさま」

男「あれ、もう? まだサンドイッチ残ってるよ」

お嬢様「あなたの玉子焼きで、おなかいっぱいになっちゃったのよ」

男「! ぜんぶ食べてるし・・・」

お嬢様「よかったらこれ、食べてくれないかしら?」

お嬢様「もし食べ切れなかったら、棄ててしまって構わないから」

12: 2012/07/19(木) 12:06:35 ID:.ifnVuEU
お嬢様「それじゃ、またね」バタン

男「・・・」パク

男「・・・・・・」モグモグ

男「うん」

男「サンドイッチにキノコ、意外にイケるね」

13: 2012/07/19(木) 12:57:08 ID:oXlukW9w
トイレフードって青春だな

21: 2012/07/20(金) 12:37:21 ID:O4CR8UtI


女子生徒A「昨日のドラマみたー?」

女子生徒B「見た見た、キモタク超ヤバかったよねー!」

・・・

男子生徒A「帰りゲーセン寄ってかね?」

男子生徒B「いいねー。今日は隣街の、1ラインシャッフルのとこ行こうぜ」

22: 2012/07/20(金) 12:37:57 ID:O4CR8UtI
・・・

女生徒C「え~、それってほんとー?」

女生徒D「マジマジ、あたし卒業した先輩から聞いたんだから」

・・・

男子生徒C「Pubで一緒になったクソ外人のせいで、俺のHCウィズ子ちゃん(Lv58)がお亡くなりに」

男子生徒D「だから、ワンパンマンなんかと組むのは止めとけって言ったろ」

・・・

23: 2012/07/20(金) 12:38:31 ID:O4CR8UtI
お嬢様「・・・」

男(見事に孤立してるなぁ・・・)

男(そうだ。たしかあの子、一週間前に転入して来た、お嬢様さんだ)

男(自己紹介で盛大にやっちゃってからこっち、そのままズルズルきちゃったんだな)

男(この特別教室での授業にしたって、お嬢様さんの周りだけ人が座ってないし)

男「・・・それは、僕も一緒か」ボソ

24: 2012/07/20(金) 12:39:10 ID:O4CR8UtI
お嬢様「・・・」ガタッ

男「ん?」

お嬢様「・・・」スタスタ

男「あれ?」

お嬢様「・・・」トスッ

男「え・・・」

25: 2012/07/20(金) 12:39:37 ID:O4CR8UtI
お嬢様「ここ、座ってもいいかしら?」

男「もう、座ってるじゃない」

お嬢様「空いてるんだから、いいわよね」

男「自分で訊いて、自分で答えちゃったよ」

生徒たち「・・・・・・」ジーー

お嬢様「・・・」

男「・・・」

26: 2012/07/20(金) 12:40:20 ID:O4CR8UtI
ガラッ

教師「全員、席に着けー」

お嬢様「・・・・・・テキスト」

男「え?」

お嬢様「忘れてしまったのよ。・・・見せてくれないかしら?」

男「いや、さっきの席に置――」

お嬢様「見せてくれるわよね?」

27: 2012/07/20(金) 12:42:22 ID:O4CR8UtI
教師「よし、授業はじめるぞー」

お嬢様「・・・」

男「・・・いいよ」スッ

お嬢様「少し、見にくいわ」

男「ちゃんと真ん中に置いてるよ」

お嬢様「もっと、こっちに寄ってくれない?」

男「え?」

お嬢様「いいわ。わたしがそっちへ行くから」

28: 2012/07/20(金) 12:43:19 ID:O4CR8UtI
男「な・・・」

男(腕が触れそうなくらいくっついてきた・・・)

お嬢様「こ、これでいいわ///」

お嬢様「・・・い、いいわよね?」

男「・・・うん」

生徒たち「・・・・・・」ポカーン

教師「こら、お前らよそ見してるんじゃない!」

男(はやく終わらないかなぁ・・・)

30: 2012/07/21(土) 07:52:38 ID:l24p3bmI


友「男、いまから帰りか?」

男「友・・・うん、まぁ」

友「なら、俺も帰ろうかな」

男「でも・・・」

友「坂を下るまでは一緒だろ?」

男「うん」

31: 2012/07/21(土) 07:53:50 ID:l24p3bmI
後輩「友せんぱぁ~い!」

友「ん?」

後輩「あのぅ、いまから友達とみんなでカラオケ行くんですけどぉ~、よかったら・・・」

友「ワリ。今日は、こいつと一緒に帰るから」

後輩「えぇ~・・・」チラ

男「あ、おれはべつに・・・」(「おれ」のイントネーションは語尾上がり)

32: 2012/07/21(土) 07:54:52 ID:l24p3bmI
友「また今度誘ってくれよ、な?」

後輩「友先輩、いっつもそう言って、一緒してくれないんだもん~」ムスー

友「今度は都合のいい日に、こっちからメールするから」

後輩「絶対、約束ですよぉ~?」

友「ああ」

男「・・・」

33: 2012/07/21(土) 07:56:58 ID:l24p3bmI
友「んじゃ、行くか!」ニッ

男「・・・僕に気を使うことないのに」

友「ハハ、そんなんじゃないって」

友「俺が、お前と一緒に帰りたかっただけだよ」

男「・・・うん」

男「ねえ、友」

友「ん?」

34: 2012/07/21(土) 07:57:48 ID:l24p3bmI
男「県大会、残念だったね」

友「またその話かー? ははっ、お前こそ、俺に気を使いすぎだって」

男「ごめん」

友「確かに惜しかったんだけどな。・・・甲子園かー」

友「でも、後悔はしてないぜ。未練も。野球は、そりゃあ好きだけどさ」

友「俺には、もっと大事な、夢があるからな」

35: 2012/07/21(土) 08:00:46 ID:l24p3bmI
男「それって」

友「男は知ってるだろ?」ニコッ

男「プロレーサー、でしょ。でも、とんでもなくお金がかかるって」

友「ん、まぁな。お金だけじゃない、コネも必要だし、何より才能だ」

男「才能なら、きっとあるよ。僕が保証する」

友「そりゃ、心強いな」ハハ

36: 2012/07/21(土) 08:06:05 ID:l24p3bmI
男「幼馴染の僕は、小さい頃から見てきたから」

男「たくさんのカートレーシングの大会で、表彰される友を」

男「それだけじゃないよ」

男「どんなスポーツも、勉強でも、いつだって友は、人よりも結果を出してきたもの」

男「だから、きっと大丈夫だよ」

友「おだてすぎだって。・・・結局、全日本カートで特別ライセンスは取れなかったんだ」

男「・・・」

37: 2012/07/21(土) 08:09:05 ID:l24p3bmI
友「でもな、腐ったりしないぜ?」

友「どんなに狭き門でも、一部の特権者が幅を利かせる世界だって」

友「ここを走るんだって、自分で決めた、俺の道なんだ」

男「自分の道、か」

男「羨ましいな。僕には・・・」

友「男だって、なんだってできるさ」

38: 2012/07/21(土) 08:16:07 ID:l24p3bmI
男「僕は、友みたく器用にはできないし、そんな風には思えないよ」

友「そんなことないさ、腕も足も二本ずつ、目と口もちゃんと付いてる」

友「しっかり見れて、はっきり喋れて、元気に走れる。俺も男も変わらない、同じ人間だ。違いなんか無いさ」

男「・・・」

友「そうだ」

友「運転免許な、今週末にセンターへ試験を受けに行って、取りに行く予定なんだ」

男「うん」

39: 2012/07/21(土) 08:17:25 ID:l24p3bmI
友「取れたら、どこかドライブでも行かないか?」

男「僕と二人で?」

友「華が無いかな? なら、妹か姉貴を連れてこう」

男「いや、そうじゃなくて・・・」

友「たまにはパーっと外でさ、遊ぶのもいいだろ? なっ?」

男「・・・僕は、いいよ」

男「代わりに、さっきのほら・・・あの女の子誘ったら?」

友「お前の代わりなんか、どこにもいねーよ」

40: 2012/07/21(土) 08:17:53 ID:l24p3bmI
男「・・・」

友「・・・」

友「なぁ男、まだ・・・一人でメシ食ってるのか?」

男「・・・」

友「時間が解決してくれる、なんて思ってたけどさ」

友「もう、そろそろさ、いいんじゃないか」

友「そうだ。明日は、俺と一緒に食べないか?」

41: 2012/07/21(土) 08:22:37 ID:l24p3bmI
男「でも・・・」

友「いや、もちろん、いきなりはハードル高いから、他のやつはナシで」

友「俺とお前二人でよ、屋上にでも出てさ・・」

男「友」

男「ありがとう。・・・でも、ごめん」

友「・・・」

男「やっぱり、まだ・・・」

42: 2012/07/21(土) 08:25:16 ID:l24p3bmI
友「・・・そか。無理強いは、よくないよな」

友「っ、なら、せめてさ! 今日の晩御飯、ウチでどうだ!?」

友「いやほら、妹も姉貴も男に会いたがってるし、母さんも・・・!」

男「友」

友「おうっ!?」

男「着いたよ」

43: 2012/07/21(土) 08:27:50 ID:l24p3bmI
友「あ、もう・・・坂の下か」

男「僕、こっちだから」

友「・・・ああ」

男「今日は・・・無理だけど、いつか行くから」

友「いつかっていつだよ・・・」ボソ

男「妹ちゃんや、おばさんに、よろしくね」

友「・・・ああ。伝えとく」

44: 2012/07/21(土) 08:29:07 ID:l24p3bmI
男「・・・」

男「そうだ、友」

友「なんだ?」

男「あのさ、トリュフって食べたこと、ある?」

友「チョコレートの?」

男「じゃなくて、キノコの方」

45: 2012/07/21(土) 08:30:04 ID:l24p3bmI
友「ないけど・・・、なんでまた?」

男「今日初めて食べたんだけど、けっこう美味しかったんだ」

友「へ、へぇ、そうなんだ?」

男「うん。白くて・・・クラブサンド、だっけな? それに挟まってて・・・」

友「・・・」

男「あ、それだけなんだけど・・・」

友「そっ、そうか」

46: 2012/07/21(土) 08:30:24 ID:l24p3bmI
男「うん。それじゃ・・・」

友「ああ」

友「・・・」

友「男が自分の事を、自分から話すの、久しぶりだな・・・」

友「ていうか、クラブサンドに白トリュフ?」

友「・・・」

友「プラチナ・クラブ・サンドウィッチ?」

友「・・・はは、まさかな」

47: 2012/07/21(土) 13:19:08 ID:l24p3bmI


お嬢様「やっぱり、あなたの玉子焼きは美味しいわね」

男「・・・そう」

お嬢様「家では、わたしが言って作らせても、こうはならないのよ」

お嬢様「なにが違うのかしら?」

男「・・・さあ」

48: 2012/07/21(土) 13:19:57 ID:l24p3bmI
お嬢様「なにか、特別な調味料でも入れているの?」

男「砂糖と塩と醤油しか入れてないと思うけど」

お嬢様「そんなはずないわ。・・・でも、じゃあ、作り方に秘密があるのかしら?」

男「ていうかね・・・」

お嬢様「? どうかした?」

男「今日でもう、二週間だよ」

49: 2012/07/21(土) 13:20:22 ID:l24p3bmI
男「キミがこうして僕の所に・・・二週間、ずっとだよ」

お嬢様「あら、もうそんなになるの?」

男「あのさ・・・いい加減、なんとかならないかな?」

お嬢様「そうは言っても、あなた全然ここから動かないんだもの」

男「僕はずっと、ここで食べてきたんだよ」

お嬢様「わたしも、ずっとここで食べることにしたのよ」

50: 2012/07/21(土) 13:21:53 ID:l24p3bmI
男「・・・」

お嬢様「・・・そ、そんなにイヤなら、鍵を掛けてしまえばいいでしょう・・・!」

男「鍵は・・・」

男「最初はああ言ったけど、掛けたことなんてないよ」

お嬢様「どうして?」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

51: 2012/07/21(土) 13:22:35 ID:l24p3bmI
男「・・・・・・」

男「怖いじゃないか」

お嬢様「え?」

男「・・・」

お嬢様「怖いって、なにが?」

男「・・・」

お嬢様「ねえ」

52: 2012/07/21(土) 13:23:15 ID:l24p3bmI
男「言っても、きっと分からないよ」

男「キミみたいな、世間知らずのお嬢様には」

お嬢様「!わたっ、・・・!」

お嬢様「そう・・・、わかったわ。・・・そうよね」ガチャ

男「あ・・・」

53: 2012/07/21(土) 13:23:38 ID:l24p3bmI
お嬢様「立ち入ったことを聞いてしまって、ごめんなさい」

お嬢様「悪気はなかったのよ・・・・・・、許して頂戴」

男「・・・」

男「・・・もう、来ないかな」

男「ううん、これでいいんだ」

男「・・・これで、いいんだよ」

58: 2012/07/24(火) 08:11:34 ID:oqeNWKgs


友「なるほどね、そんなことがあったのか」

男「うん・・・」

友「そうか。だから、そんなに落ち込んでるんだな?」

男「え?」

友「男が、だよ」

59: 2012/07/24(火) 08:13:02 ID:oqeNWKgs
友「その子のこと、気にしてるんだろう?」

男「べつに僕は・・・」

友「・・・実はさ、ここ最近、聞こうか聞くまいか迷ってたんだ」

男「なにを・・・?」

友「男、自分のことをよく話すようになったろ?」

友「どんなものを食べたとか、今日はこんなことがあったとか」

友「自分じゃ、気付いてなかった?」

60: 2012/07/24(火) 08:13:38 ID:oqeNWKgs
男「・・・」

友「不思議に思ってたんだけどさ、良い傾向だからって、ずっと訊き損ねてたんだ」

友「でも、今の話を聞いて合点がいったよ」

友「お嬢様ちゃんか・・・」

友「変わった子だと思えるけど・・・、男が普通に話せる女の子なんて、珍しいんじゃないか?」

男「図々しいだけだよ」

友「はは。男が、そんな風に他人の事を言うなんてさ」

61: 2012/07/24(火) 08:14:29 ID:oqeNWKgs
男「友、からかってるでしょ?」

友「まさか。・・・まあ、ちょっと無遠慮だったよな」

男「そうだよ、だから僕は」

友「言いすぎたって、思ってるんだろ?」

男「っ・・・」

友「・・・謝らないのか?」

男「・・・」

62: 2012/07/24(火) 08:15:39 ID:oqeNWKgs
友「・・・男がどうしてもイヤに思ってるならさ、俺から改めて言ってやるぞ?」

男「え?」

友「男はあなたのことを、とても不快に思ってるので、金輪際近づか――」

男「そんな、だめだよ! ・・・あっ」

友「・・・なーんてな」

男「う・・・」

63: 2012/07/24(火) 08:18:31 ID:oqeNWKgs
友「謝るんだろ?」ニコッ

男「ぼ、僕は・・・」

男子生徒A「おい! 正門のとこ見てみろよ、黒塗りのすンゲー車が停まってるぞ!」

男子生徒B「すっげぇ、マジだ! しかも、あれメイドか!?」

女子生徒A「あたし、本物のメイド初めて見た・・・」

男子生徒A「ていうか、メイドの左右で仁王立ちしてるの、SPとか黒服ってヤツか・・・?」

女子生徒B「ねえ、あそこで大声で揉めてるのって、お嬢様さんだよね?」

女子生徒A「ホントだ・・・。やっぱり、あの子って普通じゃないんだ・・・」

64: 2012/07/24(火) 08:19:38 ID:oqeNWKgs
男「・・・あの子がいる」ポカーン

友「へえ、どれどれ? ・・・って、すごい可愛いじゃないか!」

友「あの子が本当に、お前と一緒に二週間も、トイレでランチを?」

男「うん」コク

友「人は見かけによらないな・・・」

男「・・・」

65: 2012/07/24(火) 08:22:54 ID:oqeNWKgs
友「で?」

男「え?」

友「行くんだろ?」

男「ええっ!? ・・・ど、どうしよう、友?」

友「俺は、彼女とは何の関係も無いよ。・・・男が決めるんだ」

66: 2012/07/24(火) 08:24:00 ID:oqeNWKgs
男「・・・・・・。い、行くよ」

友「よし! なら、行こうっ」ポンッ

男「子供の頃はさ・・・いつも、友が前で、僕はその後ろを付いてってたよね」

友「はは、そうだな。たまには、逆もいいだろ?」

男「・・・そうかも」

友「男、後ろにいるからな」

男「うん・・・!」

67: 2012/07/24(火) 08:36:54 ID:LKsI6dkE
俺もトイレでメシ食えばこんな出会いが出来ますか?
支援

71: 2012/07/25(水) 07:22:12 ID:/IvFmpgc


メイド「お嬢様、何度も言わせないで下さい。これは、大旦那様の言いつけなのですよ?」

お嬢様「そっちこそ、何度も言わせないで! 嫌だって、言ってるでしょう!?」

メイド「・・・あまり子供のような我侭を申されて、困らせないで下さいませ」

メイド「今日、この日のことは、以前からお聞きなさっているはずではありませんか」

お嬢様「そんなの・・・っ! わたしは、承諾した覚えはないもの!」

お嬢様「ぜったい、絶対にイヤよ!」

72: 2012/07/25(水) 07:25:37 ID:/IvFmpgc
メイド「お嬢様・・・・・・」

メイド「わかりました、仕方ありませんね」

お嬢様「・・・」ホッ

メイド「あなたたち、お嬢様をお車へお連れして」

お嬢様「! うそ、やめてよっ!」

黒服A「失礼します、お嬢様」

お嬢様「やっ・・・――!」

73: 2012/07/25(水) 07:26:42 ID:/IvFmpgc
男「あのっ!」

お嬢様・黒服A「!」

メイド「・・・なにか?」

お嬢様「っ、離しなさい、よ!」バッ

お嬢様「・・・!」トタタッ

男(僕の後ろに隠れた・・・)

黒服A「!」ギロリ

74: 2012/07/25(水) 07:27:26 ID:/IvFmpgc
メイド「申し訳ありませんが、いま立て込んでおりますので」

男「その、嫌がってますよ・・・彼女」

メイド「・・・失礼ですが、どこのどなた様でしょうか?」

男「あの、おれは、」

お嬢様「お付き合いしている方よ!」

男「・・・え?」

75: 2012/07/25(水) 07:30:55 ID:/IvFmpgc
メイド「・・・・・・お嬢様、今、なんと仰いましたか?」

お嬢様「この方と、こっ・・・、交際していると言ったのよ!」

メイド「それは、友人としてではなく・・・男女の関係、という意味でしょうか?」

お嬢様「そうよ!」

メイド「・・・・・・本当でしょうか?」

お嬢様「ほ、本当よ!」

76: 2012/07/25(水) 07:31:32 ID:/IvFmpgc
メイド「お嬢様ではなく、そちらの方に訊いております」

お嬢様「あっ・・・」

メイド「どうなんですか?」

男「お、おれは、その・・・」

お嬢様「っ・・・」ギュッ

男(あの子の、小さく震えた手が僕の腕を・・・)

男「・・・・・・」

77: 2012/07/25(水) 07:34:30 ID:/IvFmpgc
男「本当、です」

お嬢様「!」

メイド「・・・そうですか。お嬢様、今のご自分のお立場は、分かっておられますよね?」

メイド「まさかとは思いますが・・・、これは大問題ですよ」

メイド「大旦那様が知ったら、きっとただでは済まないでしょう」

お嬢様「立場・・・問題・・・? なら、いいわよ」ギュ

78: 2012/07/25(水) 07:36:05 ID:/IvFmpgc
お嬢様「わたし、家には戻らない」

メイド「なにを仰って・・・冗談はおやめください」

お嬢様「冗談なんかじゃないわ」

メイド「それでは、戻らなければ、どこに行かれるのですか?」

メイド「今のお嬢様は、現金どころか、身分を証明するもの一つだってお持ちではないでしょう?」

メイド「これは冗談ではなく・・・お嬢様一人では、どこへも行けませんよ」

お嬢様「わたしにとっては、このまま家に帰ることも、結局おなじことなのよ!」

79: 2012/07/25(水) 07:40:09 ID:/IvFmpgc
お嬢様「だから・・・! お願いだから、放っておいて!」タッ!

男「わっ!?」グイッ

メイド「! お待ちください、お嬢様!」

お嬢様「追ってこないで!」

メイド「そうはいきません! あなたたち、すぐに連れ戻して!」

黒服A・B「はい」

友「おっと、ストップ」

80: 2012/07/25(水) 07:41:34 ID:/IvFmpgc
友「忘れてるかもしれませんけど、ここ、学校の敷地内ですよ?」

メイド「なんなんですか、あなたは!」

友「あなた達が、どれくらいの無茶ができるかは分かりませんけど」

友「もうすぐ教師たちがやってきます。そうしたら・・・」

友「少なくとも、状況説明をする必要は、あるんじゃないですかね?」

メイド「! お、お嬢様っ・・・、もう、あんな遠くへ!?」

81: 2012/07/25(水) 07:43:26 ID:/IvFmpgc
メイド「あなたたち、なにをしているんです! 押し退けて行きなさいッ!」

黒服A・B「はッ!」ダッ

友「だから、通行止めだって」スッ

ズシャッ!!

黒服A「足を引っ掛けやがった!?」

黒服B「この、ガキ・・・ッ!」

82: 2012/07/25(水) 07:44:23 ID:/IvFmpgc
友「後ろを、任せてもらったんでね」

メイド「お嬢様、ああっ・・・!」

黒服B「そこをどけッ!」

友「・・・教師たちが来るまで、あと2、3分てところか」

友「男、時間稼ぎをしてやるからな」

87: 2012/07/26(木) 07:36:32 ID:9IMSg2cg


男(僕の手を牽いて駆け出した、お嬢様さんは・・・)

男(しばらくすると立ち止まって、息をつくと、こんどは早足で歩きはじめた)

男(・・・その間、彼女は一度も振り返らずに、前だけを見ていた)

男(そうして今も、僕の前を歩いている。 ・・・繋いだ手は、そのままに)

お嬢様「・・・」トタトタ

男「・・・」スタスタ

88: 2012/07/26(木) 07:38:25 ID:9IMSg2cg
男「・・・あの」

お嬢様「っ!」ビクッ

お嬢様「な、なによ・・・?」

男「いや、どこまで行くのかなって」

お嬢様「そんなの知らないわよ」

お嬢様「こんなところ、歩いたことなんてないんだから・・・」

89: 2012/07/26(木) 07:40:05 ID:9IMSg2cg
男「・・・そう」

お嬢様「ええ・・・」

お嬢様「・・・」トタトタ

男「・・・」スタスタ

男「・・・あの」

お嬢様「今度はなによ!」

90: 2012/07/26(木) 07:42:32 ID:9IMSg2cg
男「その、手・・・いつまで繋いでるのかなって」

お嬢様「て・・・っ!?///」

お嬢様「ちがうのよ!」バッ

男「なにが?」

お嬢様「これは、そういう・・・あの。 とにかく、違うからねっ?///」

男「あ・・・うん」

お嬢様「わかればいいのよ・・・!」コホン

91: 2012/07/26(木) 07:47:13 ID:9IMSg2cg
男「あのさ」

お嬢様「なにかしら?」

男「さっきのことなんだけどね」

お嬢様「・・・・・・べつに、なんでもないわよ」

男「僕は、なにも訊かないよ」

男「何か、込み入った事情があるんでしょ?」

92: 2012/07/26(木) 07:49:12 ID:9IMSg2cg
お嬢様「事情なんて・・・!」

男「いいんだ。ただ、その・・・これから、どうするの?」

お嬢様「どうするって?」

男「家には戻らないって言ってたよね?」

お嬢様「ええ、そうよ。 べつにいいでしょう?」

男「行くところ、あるの?」

お嬢様「・・・・・・」

93: 2012/07/26(木) 07:52:37 ID:9IMSg2cg
男「あのさ」

お嬢様「イヤよ。家には戻らないわ、戻りたくない」

男「そうじゃなくって、その・・・」

男「・・・僕の家、くる?」

お嬢様「え?」

男「さっきの様子だと、もう一度話し合うにしても、日を跨いだ方が良さそうだし」

男「今日一日くらいなら、僕は構わないよ」

94: 2012/07/26(木) 07:54:45 ID:9IMSg2cg
お嬢様「・・・いいの?」

男「うん」

お嬢様「でも、わたしはあなたに・・・」

男「ごめんね」

お嬢様「えっ・・・?」

男「キミに、悪気があったわけじゃないのは分かってたのに・・・」

男「あんな、突き放すような言い方しちゃって」

95: 2012/07/26(木) 07:56:24 ID:9IMSg2cg
お嬢様「・・・」

男「ひどいこと言って、ごめん。 ・・・許してくれる?」

お嬢様「・・・」フルフル

男「だめってこと?」

お嬢様「・・・」フルフル!

男(どっちなのかなぁ・・・)

96: 2012/07/26(木) 07:58:36 ID:9IMSg2cg
お嬢様「それじゃあ・・・」クルッ

お嬢様「二人とも、配慮に欠けてたってことじゃない。 お互いさまでしょ・・・」

お嬢様「許すも許さないも、ないわよ・・・っ」

男「・・・ありがとう」

お嬢様「・・・っ、・・・」グスッ

97: 2012/07/26(木) 07:59:45 ID:9IMSg2cg
男「・・・」

お嬢様「・・・ぅ、・・・っ?」ゴソゴソ

男「ハンカチ、使う?」スッ

お嬢様「っ」

男「持ち物、全部置いてきちゃったもんね」

98: 2012/07/26(木) 08:01:45 ID:9IMSg2cg
お嬢様「ちがうのよ・・・っ、あなたが変なことを言うから・・・!」

男「うん」

お嬢様「わたしは・・・、泣いてなんかっ、ないんだから・・・」

男「うん」

お嬢様「ぅ・・・く・・・」

男「ごめんね」

99: 2012/07/26(木) 08:04:24 ID:9IMSg2cg
お嬢様「・・・」ゴシゴシ

男「・・・で、どうしようか?」

お嬢様「・・・・・・行く」

お嬢様「今日だけ、・・・お世話になるわ」

男「わかった」

100: 2012/07/26(木) 08:06:39 ID:9IMSg2cg
男「ところで、僕の家なんだけど・・・」

男「ここからだと、ほとんど反対側になっちゃうんだよね」

お嬢様「それじゃあ、なんでこんなところを歩いているのよ」

男「キミが引っ張ってきたからでしょ」

お嬢様「わたしのせいだって言うの?」

男(そうなんだけどなぁ・・・)

101: 2012/07/26(木) 08:08:25 ID:9IMSg2cg
男「・・・とにかく、日が暮れる前に帰りたいから。 こっちだよ」

お嬢様「待ちなさいよ」

男「・・・」

お嬢様「み、道が・・・分からないわ」

男「大丈夫だよ、何回か通ったことあるから」

お嬢様「そうじゃなくて・・・!」

102: 2012/07/26(木) 08:11:25 ID:9IMSg2cg
男「?」

お嬢様「女性を・・・き、きちんとエスコートするのは、男性の務めでしょう?」

お嬢様「だから、そのっ・・・///」モジモジ

男「・・・手、繋ごうか」

お嬢様「! しょ、しょうがないわね・・・」

103: 2012/07/26(木) 08:15:39 ID:9IMSg2cg
男「両手で握ってると、歩きにくいと思うんだけど」

お嬢様「そんなことないわ!」

お嬢様「いっ、いいのよ・・・これで///」

お嬢様「・・・もう、気付くのが遅いんだから」

お嬢様「でも・・・」クス

お嬢様「ふふっ、許してあげる!」ニコッ

105: 2012/07/27(金) 12:24:07 ID:8QWMkuVA


お嬢様「ここ?」

男「うん」

お嬢様「立派な一軒家ね」

男「そうかな・・・。いま、開けるから」

お嬢様「ええ、・・・あ。ちょ、ちょっと待って!」

106: 2012/07/27(金) 12:24:46 ID:8QWMkuVA
男「?」

お嬢様「・・・///」サッサッ

男「どうしたの?」

お嬢様「身だしなみを整えてるのよ・・・っ、お、おうちの方にご挨拶するんだから・・・」

男「ああ・・・」

男「大丈夫。誰もいないから」

107: 2012/07/27(金) 12:25:31 ID:8QWMkuVA
お嬢様「え? お母様は・・・?」

男「いないよ。・・・誰もいないから」カチャッ

お嬢様「そ、そう」

男「気を使わなくていいよ。 どうぞ、あがって」

お嬢様「・・・お邪魔します」ペコリ

男「とりあえず、そっちの部屋で・・・って」

108: 2012/07/27(金) 12:26:05 ID:8QWMkuVA
男「あの、お嬢様さん? なにしてるの?」

お嬢様「見れば分かるでしょう? 脱いだ靴を揃えているのよ」

男「そんなのいいのに・・・」

お嬢様「ダメよ。ご家族の方が帰られた時に、はしたない女だと思われてしまうじゃない」

男「・・・」

109: 2012/07/27(金) 12:26:28 ID:8QWMkuVA
男「スリッパ、これ使って」

お嬢様「ありがとう、お借りするわね」

男「僕、着替えてくるから」

お嬢様「そう、わかったわ」

男「すぐに行くから、適当に座って待っててくれる?」

お嬢様「ええ。 あ、ちょっと待って!」

110: 2012/07/27(金) 12:26:54 ID:8QWMkuVA
男「どうしたの?」

お嬢様「あの、・・・お手洗い・・・貸してくれないかしら?」モジ

男「トイレなら、そのすぐ横のドアだよ」

お嬢様「あ、ありがとう」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

111: 2012/07/27(金) 12:27:27 ID:8QWMkuVA
お嬢様「なぜ、そこで立ったままこちらを見ているのかしら?」

男「・・・ちゃんとは入れるかなぁって」

お嬢様「・・・そう」

お嬢様「まさか、わたしが入るところ、見ているつもりじゃないわよね?」ニコ

男「え、ダメかな?」

お嬢様「だ、ダメに決まってるでしょう!?///」

112: 2012/07/27(金) 12:28:48 ID:8QWMkuVA
男「一応、心配して・・・」

お嬢様「いいから、行きなさい。行くのよ・・・ね?」ニッコリ

男「お嬢様さん、こわい顔してるよ?」

お嬢様「! 誰のせいよ!」

男「わ、分かったよ」

お嬢様「・・・もうっ・・・///」

113: 2012/07/27(金) 19:03:13 ID:CUUQHg6.
高校三年間ボッチメシだったけど、こんな出会いなかったぞ

115: 2012/07/27(金) 23:16:31 ID:VHifXXtg
>>113
トイレで食べないとだめなんだよきっと

116: 2012/07/28(土) 11:02:42 ID:UFKzqMDo


男「お待たせ」

お嬢様「あら、お帰りなさい」

男「・・・」

お嬢様「どうかしたの?」

男「・・・いや、あ・・・座ってていいって言ったのに」

117: 2012/07/28(土) 11:05:57 ID:UFKzqMDo
お嬢様「勝手に座ったりできないわよ」

男「和室、珍しいかな?」

お嬢様「そういうことではなくて、お行儀が悪いじゃない」

男「気にしすぎだよ」

お嬢様「そういう風に躾けられてきたのだから、仕方ないじゃない」

男「そういうものかなぁ・・・」

お嬢様「そういうものよ」

118: 2012/07/28(土) 11:07:29 ID:UFKzqMDo
男「とりあえず、座ろうよ。 はい、座布団」

お嬢様「ありがとう」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「・・・」

119: 2012/07/28(土) 11:09:43 ID:UFKzqMDo
お嬢様「な、なにか喋りなさいよ・・・」

男「なにかって?」

お嬢様「なんでもいいわよ」

男「あ、それじゃあ・・・」

男「僕、ずっと気になっていたことがあったんだけど、聞いてもいいかな?」

お嬢様「ええ、いいわよ。なにかしら?」

120: 2012/07/28(土) 11:11:38 ID:UFKzqMDo
男「なんであの日、僕のところに来たの?」

お嬢様「あの日・・・」

男「初めてキミがトイレに、僕が食べてるところに来た理由」

男「ずっと気になってたんだ。なんでなんだろうって」

お嬢様「・・・あなたのことを、ずっと見ていたからよ」

男「え?」

121: 2012/07/28(土) 11:16:33 ID:UFKzqMDo
お嬢様「ふふっ、少し端折りすぎたわね」

お嬢様「わたしが、あなたのクラスへ転入した日のことは、覚えている?」

男「うん、覚えてるよ」

お嬢様「あの時、自己紹介が終わって、みんながわたしのことを笑っていたわ」

お嬢様「被害妄想なのかもしれないけれどね・・・、少なくとも、誰もわたしと目を合わせようとはしなかったわ」

お嬢様「・・・あなたをのぞいてね」

男「・・・」

122: 2012/07/28(土) 11:21:30 ID:UFKzqMDo
お嬢様「皮肉なことにね」

お嬢様「他人と自分の価値観に、そんな風にズレがあるなんて、ずっと気付かないままでいたのよ」

お嬢様「・・・・・・あなたは、運命って信じる?」

男「運命?」

お嬢様「あの瞬間・・・頭の中が真っ白になってしまって」

お嬢様「小さい頃から、何不自由なく、それが当たり前のように生きてきたから」

お嬢様「だからこそ逃げられないんだな、って。 『わたし』はずっと『わたし』のまま」

123: 2012/07/28(土) 11:23:35 ID:UFKzqMDo
お嬢様「人は・・・変われないんだって、これが運命なんだって。 大袈裟かもしれないけど、そう・・・思ったの」

お嬢様「・・・あなたの、小さな拍手が聞こえるまでは」

男「・・・僕は、ただ・・・」

男「キミが一生懸命なのが伝わったから」

男「きっと、頑張って話すことを考えたんだろうなって分かったから・・・」

お嬢様「・・・」

124: 2012/07/28(土) 11:24:41 ID:UFKzqMDo
お嬢様「それから、あなたのことをそれとなく見ていたの」

お嬢様「そうしたら、他の人とは必要以上に言葉を交わさなければ、何をするにも一人でいる」

お嬢様「休み時間やお昼になったら、決まって姿が見えなくなるし」

お嬢様「・・・なによ。この人だって、十分変わってるじゃないって」

お嬢様「そう思ったら・・・ふふっ、なんだか興味が湧いてきたのよ」

125: 2012/07/28(土) 11:29:13 ID:UFKzqMDo
男「それであの日、僕の後を尾けてきたの?」

お嬢様「ええ、そうよ」クス

お嬢様「びっくりしたわ。どこで食べるのかしらと思っていたら、お手洗いへ入っていくんだもの」

男「それで個室にまで付いてきちゃうんだから、僕の方がビックリだよ」

男「でも・・・そっか」

お嬢様「これでわかった?」

126: 2012/07/28(土) 11:30:32 ID:UFKzqMDo
男「僕が変わってたからってことだよね」

お嬢様「・・・もう少しロマンチックに言えないのかしら」

男「ねえ、お嬢様さん」

お嬢様「なに?」

男「僕の友達が言ってたんだけどね」

男「しっかり見れて、はっきり喋れて、元気に走ることができれば・・・。人間に、違いなんか無いって」

127: 2012/07/28(土) 11:33:07 ID:UFKzqMDo
男「二週間・・・短いけど、キミと一緒にいた僕が保証するよ」

男「キミは、他の人と何も違わない」

お嬢様「・・・」

男「頑固で、見栄っ張りで、図々しくて・・・」

男「でも、優しくて、照れ屋で・・・よく笑って、たまに泣いちゃう」

お嬢様「・・・」

男「僕にとっては、ただの可愛い、一人の女の子だ」

128: 2012/07/28(土) 11:34:26 ID:UFKzqMDo
お嬢様「・・・っ」ポロッ

お嬢様「あ、あれ・・・なんで・・・うそ?」ポロポロ

お嬢様「・・・ぁ、・・・ぅ」

男「お嬢様さん・・・」

お嬢様「なっ・・・なにか喋ってとは言ったけど・・・っ」

お嬢様「泣かせてとは・・・ひっく・・・言ってないわよぅ」グスッ

129: 2012/07/28(土) 11:36:20 ID:UFKzqMDo
男「・・・」

お嬢様「なによぉ・・・言いたいほうだい、言っちゃって・・・」

男「ごめん」

お嬢様「でも・・・ぐすっ・・・嬉しいの」

お嬢様「・・・すごく、嬉しいのよぅ・・・っ」ポロポロ

男「うん」

お嬢様「・・・っ」ゴシゴシ

130: 2012/07/28(土) 11:41:22 ID:UFKzqMDo
男「・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「あ、あなたといると・・・なんだか泣いてばかりだわ、わたし」

男「そういうところも、可愛いと思うけどね」

お嬢様「な、なに言って・・・///」

131: 2012/07/28(土) 11:42:18 ID:UFKzqMDo
お嬢様「・・・・・・あ。あの、ね」

男「なに?」

お嬢様「あなたに、聞いて欲しいことがあるの」

お嬢様「わたし、じつは――」

ぐぅーーーー

132: 2012/07/28(土) 11:42:41 ID:UFKzqMDo
男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「僕じゃないよ」

お嬢様「っ///」

男「えぇと、さきに、ご飯にしようか?」

お嬢様「そっ・・・そう、ね・・・///」

134: 2012/07/29(日) 11:12:17 ID:FdhB8vhE


男「食材、あったかなぁ・・・」

お嬢様「あら、あなたが作るの?」

男「うん。冷蔵庫の中、見てみるね」ガチャ

お嬢様「・・・・・・卵ばっかりじゃない」

男「そうだね」

135: 2012/07/29(日) 11:14:18 ID:FdhB8vhE
お嬢様「ずいぶん偏ってるわね」

男「・・・僕の家の冷蔵庫がこうなったのは、キミのせいでもあるんだからね?」

お嬢様「あなた、そうやってなんでもわたしのせいにするの、やめてくれないかしら」

男「一度、僕のお弁当に玉子焼きが入ってなくて、大騒ぎしたのはキミでしょ」

お嬢様「それは・・・たしかに、そうだけど」

お嬢様「・・・あなたって、けっこう底意地の悪いところあるわよね」

136: 2012/07/29(日) 11:15:42 ID:FdhB8vhE
男「そうかな? 初めて言われたよ」

お嬢様「見る目がないのね、みんな」

お嬢様「・・・・・・ないままでいいけど」ボソ

男「なにか言った?」

お嬢様「な、なんでもないわよ・・・///」

男「そう?」

137: 2012/07/29(日) 11:16:37 ID:FdhB8vhE
お嬢様「・・・・・・ねえ」

お嬢様「もしよかったら、わたしが作りましょうか?」

男「・・・え?」

お嬢様「・・・」

男「料理、できるの?」

お嬢様「・・・あなたがわたしをどういう風に見ているのか、少し分かったわ」

138: 2012/07/29(日) 11:18:35 ID:FdhB8vhE
お嬢様「人と比べたことがないから、基準は分からないけれど・・・」

お嬢様「レシピと材料があれば、大体のものは作れるわよ」

男「家で、自分でご飯を作ったりするの?」

お嬢様「しないわよ?」

お嬢様「決まった日に、お料理を教えてくれる人がいるの」

139: 2012/07/29(日) 11:20:01 ID:FdhB8vhE
男「料理教室みたいなものだね」

お嬢様「お料理だけじゃないわよ?」

お嬢様「華道に茶道にピアノ、それからお着物の着付けに・・・小さい頃はバレエの先生もいたわね」

男「・・・」

お嬢様「ふふっ、すごいでしょ?」

男「本当に、お嬢様なんだね」

お嬢様「ええ、そうよ」クスッ

140: 2012/07/29(日) 11:22:03 ID:FdhB8vhE
お嬢様「それで、どうするの? わたしが作ってもいいのかしら?」

男「あの、でも・・・僕・・・」

お嬢様「いいじゃない。ね、ねっ?」

男「・・・」

男「えっと・・・・・・、じゃあ・・・」

お嬢様「きまりねっ」パァッ

141: 2012/07/29(日) 11:23:09 ID:FdhB8vhE
男「僕も手伝うよ」

お嬢様「いいわよ、あなたは座ってて?」

男「でも・・・」

お嬢様「道具の場所とか、分からなかったらあなたに聞くから」

男「う、うん・・・」

お嬢様「それじゃあ、えーっと・・・」ゴソゴソ

男「・・・」

142: 2012/07/29(日) 11:24:21 ID:FdhB8vhE
お嬢様「あ、ねえ? このエプロン、借りてもいいかしら?」

男「あ、うん」

お嬢様「ありがとう。~~♪」

男「・・・」

お嬢様「あ、ねえ? 冷蔵庫の中にあるものは、みんな使ってもいいの?」

男「あ、うん」

お嬢様「わかったわ。~~♪♪ ふふっ」

143: 2012/07/29(日) 11:25:45 ID:FdhB8vhE
男「・・・」

お嬢様「~♪、~~♪」

男「・・・」

男「あの」

お嬢様「あら、どうかした?」

男「やっぱり、僕も手伝っていいかな?」

144: 2012/07/29(日) 11:27:37 ID:FdhB8vhE
お嬢様「・・・そんなにわたしって信用ないかしら?」ムス

男「そうじゃなくって・・・なんだか、落ち着かなくて・・・」

お嬢様「そうなの?」

男「うん・・・」

お嬢様「もう、しょうがないわね」

お嬢様「じゃあ、こっちの野菜を洗って、皮を剥いておいてくれる?」

お嬢様「わたしは、卵を溶かして下拵えしてしまうから」

男「わかったよ」

145: 2012/07/29(日) 11:28:29 ID:FdhB8vhE
お嬢様「~♪~~♪」カシャカシャ

男「・・・」

男「すごく、楽しそうだね」

お嬢様「そう? 普通じゃないかしら・・・ふふっ♪」

男(料理するのが好きなのかなぁ・・・)

お嬢様「~~~♪」

150: 2012/07/31(火) 11:23:17 ID:PJEBMrR2


お嬢様「それじゃあ、いただきましょうか」

男「・・・う、うん」

お嬢様「どうかしたの? やっぱり、どこかおかしいかしら?」

男「ううん。すごく、美味しそうにできてるよ」

男「ただ、人が作ったものを食べるの、久しぶりだから」

お嬢様「あら、そうなの?」

男「うん」

151: 2012/07/31(火) 11:23:50 ID:PJEBMrR2
男「・・・いただきます」

お嬢様「ええ、どうぞ召し上がって」ニコ

男「・・・」

お嬢様「食べないの・・・?」

男「・・・あ・・・」

お嬢様「もしかして、嫌いなもの入ってたかしら?」

男「だ、だいじょうぶ」

お嬢様「そう?」

152: 2012/07/31(火) 11:24:24 ID:PJEBMrR2
男「・・・っ」ゴクッ

男「あむ・・・」

お嬢様「・・・どう、かしら? おいしく・・・できてる?」ドキドキ

男「あ・・・はは。う、うん・・・。おい――」

『――どう? 男ちゃん、美味しい?』

男(!!!!)

153: 2012/07/31(火) 11:25:13 ID:PJEBMrR2
男「~~~ッ!!」ガタン!

お嬢様「きゃ・・・!?」ビクッ

ドタドタドタッ

男「ぅ、ぐ・・・っ、ォぇ・・・っ!!」

お嬢様「え、え・・・?」

お嬢様「! ねえ、だ、大丈夫!?」トタタッ

154: 2012/07/31(火) 11:26:25 ID:PJEBMrR2
男「はぁ、はぁ、ぐ・・・ぅぇ・・・ッ」

お嬢様「どっ、どうして・・・。なんで? やっぱり・・・」

男「ちが・・・、キミの、せいじゃ・・・なくて」

お嬢様「お、お医者様よぶ?」

男「へいき・・・だいじょうぶ、だいじょ・・・ぅ゛、・・・ェっ!」

お嬢様「大丈夫に見えないわよ! ねえ、お母様、どのくらいで戻ってくるの?」

155: 2012/07/31(火) 11:28:10 ID:PJEBMrR2
男「・・・・・・いよ」

お嬢様「え?」

男「・・・戻ってなんてこないよ」

男「はじめから、いないもの」

お嬢様「いない・・・、え?」

男「この家には、僕一人で・・・」

男「母さんなら、とっくに死んでるよ」

156: 2012/07/31(火) 11:29:03 ID:PJEBMrR2
お嬢様「・・・うそ・・・」

お嬢様「! あの・・・っ、ご、ごめんなさい・・・!」

男「どうして、キミが謝るの?」

お嬢様「だって、わたしずっと・・・無神経なことを・・・」

男「・・・不公平だよね」

お嬢様「え・・・?」

男「キミは、ちゃんと理由を教えてくれたのに」

157: 2012/07/31(火) 11:29:30 ID:PJEBMrR2
男「僕・・・誰かと一緒に物を食べることが、すごく苦痛なんだ」

男「特に、こうやって卓を囲んで食べるっていうのが、無理みたい」

男「拒否反応がね、でちゃうんだ・・・。ずっと、ここの胃の辺りがぎゅうって」

お嬢様「そんな・・・」

男「それに、人が作った料理を食べるのも、じつは苦手なんだ」

男「スーパーで出来合いのものとか、殆ど買うことないし・・・」

男「自分が食べる物は、自分で全部作ってる」

158: 2012/07/31(火) 11:30:11 ID:PJEBMrR2
お嬢様「うそ・・・」

男「調子のいい時はね、少し気持ちが悪くなるくらいで済んじゃうこともあるんだ」

男「一口二口くらいなら・・・我慢できるし」

男「でも、そんなの続かないでしょ?」

男「ひどい時は、さっきみたいに吐き戻しちゃうし。みんな、すぐに気味悪がって・・・」

男「僕も・・・しょうがないかなって」

159: 2012/07/31(火) 11:31:08 ID:PJEBMrR2
お嬢様「でも・・・だって、あなたはわたしと・・・!」

男「うん。・・・だから、心のどこかで期待してた」

男「もしかしたら、キミが作ったものならって」

男「あんな距離で食事ができるの、友達の家族以外じゃ、初めてだったから・・・」

男「それも、やっぱり楽じゃなくって・・・、苦しいの、我慢して・・・それが、申し訳なくて」

男「でも、キミと食べてる時は、イヤな気持ち悪さも感じなくて」

160: 2012/07/31(火) 11:31:29 ID:PJEBMrR2
男「もしかしたら一緒に、普通に・・・食べれるんじゃないかって。僕も、自分で手伝えば・・・って」

お嬢様「・・・」フルフル

男「はは・・・馬鹿だ、僕。そんな保証なんて、どこにだってないのに」

男「素直に言えば良かった・・・。自分で勝手に期待を持って、こうしてキミにイヤな思いを・・・」

お嬢様「・・・」フルフル

男「・・・・・・ごめんね」

男「僕はこんなだから・・・ダメで、食べてあげられないけど・・・、キミは――」

161: 2012/07/31(火) 11:32:01 ID:PJEBMrR2
お嬢様「っ・・・!」ダキッ

男「え・・・」

お嬢様「わたし、何も知らないし・・・何も訊かないわ」

お嬢様「世間知らずだし・・・お嬢様だし・・・」

お嬢様「もし話を聞いても、分かってあげられないかもしれないから」

162: 2012/07/31(火) 11:32:33 ID:PJEBMrR2
お嬢様「でも・・・っ」

お嬢様「何も知らなくても、こうすることはできるわ」

お嬢様「だって・・・っ、きっとわたしなら、悲しいとき、誰かにこうして欲しいって思うもの・・・!」

男(正面から彼女に抱きすくめられた僕の首筋に、冷たい感触・・・)

男「泣いているの?」

お嬢様「・・・そうよ・・・」

男「・・・どうして・・・」

お嬢様「あなたが、泣かないから・・・」

163: 2012/07/31(火) 11:33:48 ID:PJEBMrR2
男「・・・」

お嬢様「ごめんなさい・・・ごめんね。 悲しいわよね、ずっと、辛かったわよね・・・」

お嬢様「あなたの苦しい気持ちの、半分でもって思うのに・・・!」

お嬢様「なにも知らなくて、何もできない・・・、こんなわたしを、許して・・・っ」

男「僕は、・・・っ」ポロッ

男「怖いんだ、僕は・・・ずっとこのままなのかなって・・・っ」

164: 2012/07/31(火) 11:34:19 ID:PJEBMrR2
男「そのうち、食事だけじゃなくて、何をするのも無理になっちゃって」

男「そうしたら、ずっと一人でいないといけないのかなって・・・!」

お嬢様「・・・うん」

男「毎日ずっと、僕は・・・僕だけで・・・! 一人きりで・・・生きてるんだって、実感がなくて」

男「平気じゃないのに、平気な振りをして・・・、いつかそれが当たり前になっちゃうんじゃないかって」

お嬢様「・・・うん」

165: 2012/07/31(火) 11:34:42 ID:PJEBMrR2
男「キミが、このことを知ったらって思って・・・想像したら、どうしようもなく不安になって」

男「キミと出会って、話せて・・・嬉しかった。もう一度、頑張れるかもって・・・」

お嬢様「・・・うん」

男「でも、ダメだったっ! ・・・寒いんだ・・・っ、胸の辺りが、ずっと・・・」

男「どこにいても、何をしていても!」

男「ずっと、寒いんだよぅ・・・っ」

166: 2012/07/31(火) 11:35:19 ID:PJEBMrR2
お嬢様「なら・・・」

お嬢様「わたしが暖めてあげる!」ギュッ

男「・・・っ」

お嬢様「わたしが、あなたを暖めるから」

お嬢様「・・・ほら、聞こえる? わたしの鼓動、とくんとくんって」

男「・・・・・・うん」

お嬢様「ね。・・・あなたのも、聞こえるわ」

167: 2012/07/31(火) 11:35:50 ID:PJEBMrR2
男「・・・」

お嬢様「あなたは生きてる、ちゃんと生きているのよ・・・」

お嬢様「あなたはここにいる。わたしがしっかり抱いているもの」

お嬢様「ね? だいじょうぶ、大丈夫だから」

お嬢様「あなたが、寒くなくなるまで・・・ずうっと、こうしてるから」

男「・・・っ」

お嬢様「涙、拭いてあげる」ゴソ

168: 2012/07/31(火) 11:36:47 ID:PJEBMrR2
男「ハンカチ・・・」

お嬢様「あなたのハンカチよ」

お嬢様「わたしの涙も混じってしまってるから・・・少し、冷たいかもしれないけれど」フキフキ

男「・・・・・・あったかい」ギュ

お嬢様「・・・」ソッ

男「あったかい・・・よ・・・っ」

お嬢様「よかった」

169: 2012/07/31(火) 11:37:09 ID:PJEBMrR2
男「・・・」

お嬢様「・・・ねえ、ごはん・・・食べましょう?」

男「え・・・でも、僕は・・・!」

お嬢様「わたしが、食べさせてあげる」

お嬢様「きっと食べれるわ。・・・わたしが、あなたに食べて欲しくて作ったんだもの」

170: 2012/07/31(火) 11:37:49 ID:PJEBMrR2
男「・・・」

お嬢様「怖い? 寒い?」

お嬢様「ほら、こうして手を握っていてあげる」

お嬢様「ちょっと・・・お行儀はよくないけれど・・・」クスッ

お嬢様「ほら、あーん。・・・ね?」

男「・・・っ」

男「・・・・・・あむ」

171: 2012/07/31(火) 11:38:13 ID:PJEBMrR2
お嬢様「・・・」

男「・・・、っ・・・」モグ、モグ

お嬢様「・・・」ギュッ

男「・・・ん」ゴクン

男「・・・できた・・・」

お嬢様「ね?」ニコ

172: 2012/07/31(火) 11:38:59 ID:PJEBMrR2
男「食べれた・・・気持ち悪くない・・・」

お嬢様「おいしかった?」

男「・・・よく、わかんなかった・・・」

お嬢様「もう、しょうがない人ね」

男「もう一回! 次は、しっかり味わって食べるから・・・」

お嬢様「ふふっ、いいわよ。また同じものでいい?」

男「えっと・・・こっちのも美味しそうだし・・・。あ。でも、そっちのも・・・!」

173: 2012/07/31(火) 11:41:42 ID:PJEBMrR2
お嬢様「そんなに慌てないで」ナデ

お嬢様「心配しなくても、ちゃんと全部食べてもらうつもりよ?」クス

男「う、うん・・・///」

お嬢様「ずっと、こうして・・・」

お嬢様「もうあなたが一人で震えないように、寒い思いをしないように」

お嬢様「あなたの横にいて、わたしが暖めてあげるわ」

お嬢様「・・・そう、決めたからね?」ニコ

174: 2012/08/01(水) 10:37:10 ID:PzFs0mHs


男「やっぱり、よくないと思う」

お嬢様「どうして?」

男「どうしてって」

お嬢様「わたしは、あなたの横にいるって決めたわ」

男「だからって、一緒のベッドで寝るのは違うと思うよ」

175: 2012/08/01(水) 10:40:44 ID:PzFs0mHs
お嬢様「なにか問題あるかしら?」

男(問題だらけだと思うけどなぁ・・・)

お嬢様「わたしがいいって言ってるのだから、いいじゃない」

男「でも、恥ずかしくないの・・・?」

お嬢様「べつに、恥ずかしいことなんて、なにもないわよ?」

男「そっぽ向いたまま言っても、説得力ないし」

男「それと、耳赤いよ」

お嬢様「うそっ、部屋暗いのに、そんなのわかるわけ・・・!」

176: 2012/08/01(水) 10:42:18 ID:PzFs0mHs
男「・・・」

お嬢様「ぁ・・・///」

男「ほら? やっぱり恥ずかしいんじゃない」

男「僕、やっぱり床に布団敷いて、そっちで寝るよ」

お嬢様「待って、行かないで・・・!」

男(彼女の指が、僕のシャツの裾を掴んだ・・・)

男「そんなに無理することないよ」

お嬢様「無理なんてしてないわ! ・・・あの、恥ずかしいのは認めるけど・・・」

177: 2012/08/01(水) 10:44:31 ID:PzFs0mHs
お嬢様「あなたになにかあった時に、そばに居ない方がイヤ」

男「いや、気持ちは嬉しいんだけど・・・」

男「僕の場合、食事以外は問題ないから」

お嬢様「一人だと、寒いって言ってたじゃない」

男「うん。でも、キミがいれば大丈夫」

お嬢様「じゃ、じゃあ・・・いいじゃない、このままで・・・///」

178: 2012/08/01(水) 10:47:08 ID:PzFs0mHs
男「いくらなんでも極端すぎるっていうか・・・、正直、かえって眠れくなっちゃうよ」

お嬢様「・・・なぜ?」

男「意識しちゃうから」

お嬢様「・・・わたしを?」

男「キミを」

お嬢様「! へっ、変なことしないわよね・・・!?」

男「しないよ・・・するわけないでしょ」

お嬢様「そう・・・? それはそれで、なんだか釈然としないわね」

179: 2012/08/01(水) 10:49:20 ID:PzFs0mHs
お嬢様「ねえ、どうしてもダメ?」

男「うーん・・・」

お嬢様「わたし、頑張るから」

男「え、なにを?」

お嬢様「ドキドキさせないように、頑張るからっ」

男「・・・」

180: 2012/08/01(水) 10:49:53 ID:PzFs0mHs
男「・・・じゃー、いいよ。わかったよ。とりあえずこれで・・・」

お嬢様「・・・!」コクコク

男「やっぱり眠れそうになかったら、布団敷くからね?」

お嬢様「わ、わかったわ・・・」

男「それじゃ・・・」ゴソゴソ

男「おやすみ」

お嬢様「・・・お、おやすみなさい」ゴソ

181: 2012/08/01(水) 10:51:18 ID:PzFs0mHs
男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「・・・そうだ」

お嬢様「なっ、なに?」

男「学校で、一緒にごはん食べてる間に、キミから分けて貰った物なんだけど」

男「あれ、殆ど食べれないまま、捨てちゃってたんだ・・・」

182: 2012/08/01(水) 10:53:02 ID:PzFs0mHs
お嬢様「いいのよ。 何も知らなかった、わたしがいけないんだもの」

お嬢様「でも、全然気付かなかったわ。 いつも、わたしの前では食べてたし・・・」

男「少しなら・・・。 いつも、先に出て行くのがキミで助かったよ」

男「今更だけど、ごめんね」

お嬢様「ううん。気にしないで」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

183: 2012/08/01(水) 10:55:08 ID:PzFs0mHs
お嬢様「ねえ? あなたの体のこと知ってるのって、わたしだけなの・・・?」

男「友っていう、幼馴染がいるんだけど・・・」

男「それから、友のお母さんと、友姉さんに友妹ちゃん。友の家族だね」

お嬢様「そう・・・」

男「でも、僕が人の作ったものが苦手だっていうのは、ずっと言ってない」

お嬢様「どうして?」

184: 2012/08/01(水) 10:57:58 ID:PzFs0mHs
男「余計に心配して、きっと、もっともっと気を遣わせちゃうから」

男「すごく、大事な友達で・・・なんでも出来て。小さい頃の夢を、今も持ち続けて・・・」

男「叶えて欲しいんだ。 これ以上、僕が負担になりたくない」

お嬢様「・・・」

男「友の家族も、みんないい人ばっかりでね?」

男「母子家庭なのに、元気で明るくて、笑顔の絶えない家なんだよ」

男「すこし、羨ましいくらい・・・はは」

185: 2012/08/01(水) 11:01:08 ID:PzFs0mHs
お嬢様「負担なんて・・・」

男「え?」

お嬢様「負担になんて、きっと思ってないわ」

お嬢様「大事なお友達なんでしょう? きっと、向こうだってそう思ってるわよ」

お嬢様「それなのに・・・あなたがそういう風に一人で考えてしまって、距離を取ったら・・・」

お嬢様「もしそれを知ったら、すごく寂しくて、悲しむと思うわ」

お嬢様「少なくとも、わたしだったら悲しいもの。あなたに、そんな風に思われたら」

男「お嬢様さん・・・」

186: 2012/08/01(水) 11:01:47 ID:PzFs0mHs
お嬢様「だから、すぐでなくてもいいから・・・」

お嬢様「その人にも、話してあげて?」

お嬢様「・・・ね?」

男「・・・うん、そうだね。・・・そうする」

お嬢様「・・・」

男「・・・」

187: 2012/08/01(水) 11:03:38 ID:PzFs0mHs
お嬢様「あの・・・」

男「・・・」

お嬢様「・・・ね、寝てしまったの?」

男「・・・起きてるよ」

お嬢様「あの・・・寒くない?」

男「ん。だいじょうぶ」

188: 2012/08/01(水) 11:05:35 ID:PzFs0mHs
お嬢様「じゃ、なくって・・・その。・・・な、なんだか寒くない?」

男「毛布もう一枚持ってくる?」

お嬢様「い、いいわよ」

男「エアコンつける?」

お嬢様「そ、そういうのはいいから。・・・ちょっとだけ・・・」モゾモゾ

お嬢様「ちょっとだけ、そっちに行ってもいいかしら・・・?」ピトッ

男「もう、きてるじゃない」

お嬢様「こ、こうした方が、あったかいもの」

189: 2012/08/01(水) 11:06:35 ID:PzFs0mHs
男「あったかいけど・・・」

お嬢様「・・・ドキドキしちゃう?」

男「うん・・・」

お嬢様「・・・離れたほうがいい?」

男「そのままで・・・」

お嬢様「・・・こっち、向いて?」

男「・・・」モゾモゾ

お嬢様「・・・ぁ///」

190: 2012/08/01(水) 11:08:12 ID:PzFs0mHs
男「顔、真っ赤だよ」

お嬢様「暗いから分からないはずよ・・・」

男「これだけ近かったら、さすがにね」

お嬢様「ぅ・・・///」

お嬢様「あのね?」

お嬢様「さっきの、あなたの言葉なんだけど・・・」

お嬢様「家族が、羨ましいって。あれね・・・」

男「うん」

191: 2012/08/01(水) 11:10:14 ID:PzFs0mHs
お嬢様「その、わたしが・・・あなたの家族に・・・なるわ」

男「え?」

お嬢様「ば、バカなこと言ってるのは、自分でも分かっているのよ?」

お嬢様「でも、わたしの今の、素直な気持ちっていうか・・・」

お嬢様「あなたと、ずっと一緒にいれたらって思ってるの。本当よ?」

お嬢様「・・・わたし、ここにずっといたら・・・だめ?」

男「・・・それは」

192: 2012/08/01(水) 11:12:14 ID:PzFs0mHs
男「難しいよ・・・。キミの問題は何も解決してないし、僕たち学生だし、生活力ないし・・・」

お嬢様「・・・やっぱり、そうよね」シュン

お嬢様「ごめんなさい。いまのは、わすれて――」

男「――でも」

男「僕も、キミとずっと一緒にいたい」

お嬢様「ふぇ・・・っ!?///」

193: 2012/08/01(水) 11:12:51 ID:PzFs0mHs
男「僕の今の、素直な気持ち。 ・・・キミに、僕の家族になって欲しい」

お嬢様「ぁ・・・ぅ///」

男「帰り辛いなら、ここにいていいよ。・・・ううん、いて欲しい」

男「僕は、ずるい人間だから・・・」

男「こんなの長続きしないって分かってても、甘えちゃうんだ」

男「だから・・・」

194: 2012/08/01(水) 11:14:43 ID:PzFs0mHs
お嬢様「もういっかい」

男「えっ?」

お嬢様「・・・もう一回、言って?」

男「・・・どこを?」

お嬢様「あの、一緒に・・・ってとこ・・・///」ゴニョゴニョ

男「ずっと一緒にいたい」

お嬢様「っ/// そ、それから・・・っ?」ドキドキ

男「・・・家族に、なって欲しい」

195: 2012/08/01(水) 11:21:42 ID:PzFs0mHs
お嬢様「~~~っ///」ダキッ!

男(抱きついてきた・・・)

お嬢様「・・・もういっかい」

男「・・・ずっと一緒にいたいよ・・・」

お嬢様「よく聞こえないわ、もっと大きな声で言って・・・?」

男「ていうか、布団の中の僕の胸に顔うずめてたら、聞こえづらいよね?」

196: 2012/08/01(水) 11:23:04 ID:PzFs0mHs
お嬢様「~~♪」ギュ~

男「・・・人のこと言えないけどさ。キミ、スイッチ入るとけっこー変わるよね」

お嬢様「? ねえ、はやくいって?」

男「・・・・・・ずっと、一緒に・・・」

お嬢様「ふふ、ふふふっ♪」

男(はやく眠ってくれないかなぁ・・・)

201: 2012/08/03(金) 08:51:58 ID:BHBzB302


友「そうか・・・」

男「今まで、黙っててごめん」

友「・・・どうして、言ってくれる気になったんだ?」

男「彼女がね・・・」

男「お嬢様さんが、知らないままでいる方が、悲しいことなんだって」

友「お嬢様ちゃんが?」

男「うん」

友「・・・そうか」

202: 2012/08/03(金) 08:52:47 ID:BHBzB302
友「・・・・・・俺も、な」

友「ずっと、男には遠慮してたのかもしれない」

友「なまじ距離が近かったからってのを、言い訳にするつもりはないけどさ」

友「口ではなんのかんの言ったところで、結局は、腫れ物を扱うみたいにしてよ・・・」

友「負担っていうのなら、きっとそういうの、男には良くなかったんだろうな」

男「・・・良いとか悪いとか、僕には分からないよ」

男「でも友がいたから、彼女に会うまで、僕は僕のままでいれたんだ」

203: 2012/08/03(金) 08:53:36 ID:BHBzB302
男「何も知らない外の人から見れば、それでも歪に映ったんだろうけど」

男「・・・定期診断から任意診断に切り替わったのも、中学を卒業して普通の高校に入れたのも・・・」

男「みんな友のおかげだよ。・・・本当に、ずっとありがとう」ニコッ

友「・・・・・・はは、まいったなぁ」

友「お嬢様ちゃんに、感謝しないといけないな」

男「え?」

204: 2012/08/03(金) 08:54:27 ID:BHBzB302
友「どんなに図々しくて世間知らずでもさ」

友「男を・・・一人ぼっちのトイレから、手を牽いて外へ連れ出したのは、彼女だってことだ」

男「・・・うん」

友「それじゃあ、お嬢様ちゃんには、全部話したのか?」

男「僕の、体のことだけね」

男「そうなった理由は・・・話してないんだ」

205: 2012/08/03(金) 08:55:40 ID:BHBzB302
友「話さないのか?」

男「話したくないわけじゃないんだけど、向こうが、あまり気にしてないみたいで」

友「聞いてこないか」

男「うん」

友「まあ、敢えてしなくちゃいけない話でも、ないのかもな」

男「もし訊かれたら、ちゃんと話すつもりだよ」

206: 2012/08/03(金) 08:56:03 ID:BHBzB302
男「お嬢様さんには、僕のこと、みんな知っていて欲しいから」

友「・・・ゾッコンなわけだ?」

男「そうみたい」クス

友「・・・」ポカーン

友「ハハッ・・・ホント、まいったぜ」

207: 2012/08/03(金) 08:56:30 ID:BHBzB302
男「ねえ、友は昨日、あの後大丈夫だった?」

友「ん?」

男「どこも、怪我とかしなかった?」

友「ああ、問題なかったぜ。 あちこち強く引っ張られて、制服が少し伸びたくらいだな」

男「よかった。心配してたから・・・」

友「さすがに、あそこで手を出してくるほど浅慮じゃないだろうよ」

友「しっかり分別を弁えた大人だったってことさ」

208: 2012/08/03(金) 08:56:54 ID:BHBzB302
男「あの人たち、なにか言ってた?」

友「どうかな。すぐに教師が来て、連れ立って校舎へ入って行ったからな」

友「俺は俺で、その場で事情を説明しないといけなくってさ」

友「男とお嬢様ちゃんについては、知らぬ存ぜぬを通してみせたけど・・・」

友「あの人たちが、本当にお嬢様ちゃんの家の関係者なら、今頃大騒ぎだろ?」

男「きっと、そうだろうね」

209: 2012/08/03(金) 08:58:03 ID:BHBzB302
友「そっちは、なんにもないか?」

男「たぶん。・・・少なくとも、目に付く範囲では」

男「僕としては、むしろ昨日のうちにでも、何かあるんじゃないかって思ってて・・・」

友「・・・どういうつもりなんだろうな?」

男「・・・わからない」

210: 2012/08/03(金) 08:58:32 ID:BHBzB302
友「お嬢様ちゃんは?」

男「僕の家にいるよ。学校には、きてない」

友「教師からは、何も訊かれなかった?」

男「うん」コク

友「不思議だな。かえって怪しいというか」

友「俺は当事者なわけだけど・・・。あんなにギャラリーがいたんだぞ?」

友「いくら俺がトボけてみたところで、男やお嬢様ちゃんを見たって人は、いっぱいいるだろうに」

211: 2012/08/03(金) 08:59:04 ID:BHBzB302
男「・・・」

友「そんな顔するなよ。 考えたって、仕方ないさ」

友「もし何かあったら、迷わず相談してくれよ?」

友「たとえ何があっても、世界で俺だけは、お前の味方でいるんだからな」

男「友・・・」

212: 2012/08/03(金) 08:59:27 ID:BHBzB302
友「あー・・・、っと? もう俺一人だけじゃないのか」

男「?」

友「お嬢様ちゃんもなんだろ? ・・・世界で、二人だな」

男「! ・・・はは、そうだね」

男「昔からずっと・・・これからも、頼りにしてるからね、友」ニコ

友「ああ、任せとけ」ニッ

213: 2012/08/04(土) 10:08:16 ID:3FFfBojY


お嬢様「ごちそうさまでした」

男「ごちそうさま、美味しかったよ」

お嬢様「ふふっ、ありがとう」ニコ

男「なんだか、朝からやけに豪勢だったけど・・・」

男「なにかあったの?」

214: 2012/08/04(土) 10:09:27 ID:3FFfBojY
お嬢様「とくに、なにかあったわけじゃないんだけどね」

お嬢様「今日は、わたしがこの家に来て、はじめての休日でしょう?」

お嬢様「それでね? その・・・いろいろ考えていたら、なんだか浮かれてしまって」

お嬢様「き、気が付いたら、こんなことに・・・」

男「考え事って?」

お嬢様「それは・・・」

215: 2012/08/04(土) 10:10:25 ID:3FFfBojY
お嬢様「それは・・・」

男「僕には言えないこと?」

お嬢様「そうじゃなくって・・・」

男「あ。もしかして、あれ?」

男「この前、買い物に行った時、キミがこっそりカゴに入れた生理用品ならトイレの収納スペ――」

ダンッ!!

お嬢様「すこし、黙っていてくれる?」ニコ

男「・・・はい」

216: 2012/08/04(土) 10:11:19 ID:3FFfBojY
お嬢様「あなたって・・・」

お嬢様「意地が悪いだけじゃなくて、デリカシーにも欠けるわよね///」

男「ごめんなさい・・・」

お嬢様「まったく。 本当に、仕方のない人なんだから」

お嬢様「わたしが考えていたのはね、今日は休日でしょう? だから、一日中・・・」

お嬢様「あ、あなたと一緒にいれるんだなって・・・あの、そういう・・・ことよ///」ゴニョゴニョ

217: 2012/08/04(土) 10:12:51 ID:3FFfBojY
男「・・・・・・ぷっ」

お嬢様「! わ、笑ったわね!?」

男「だって、キミがあんまり可愛らしいこと言うから・・・」

お嬢様「な、なによぉ///」

男「ごめんね。 ・・・でも、そっか」

男「キミが来て、もう五日なんだね」

お嬢様「・・・」

218: 2012/08/04(土) 10:13:29 ID:3FFfBojY
男「・・・本当に、キミの家の人、だれも来てないの?」

お嬢様「ええ、来てないわ」

男「学校も、いつもどおり。 まるで、本当に何にもなかったみたいだ」

お嬢様「そう・・・」

男「・・・心配じゃあ、ないのかな?」

お嬢様「お父様は、なによりも面子を気にする方だから」

219: 2012/08/04(土) 10:14:31 ID:3FFfBojY
男「・・・苦手なの?」

お嬢様「人間としてはすごく立派な方よ。とても尊敬しているし、誇らしいわ」

お嬢様「でも、父親としては・・・」

男「・・・」

お嬢様「わたしが小さい頃は、違ったんだけどね・・・」

お嬢様「お母様が病気で亡くなってからは、あまりわたしのことを見てくれなくなったわ」

男「そうなんだ・・・」

220: 2012/08/04(土) 10:15:28 ID:3FFfBojY
お嬢様「そんな顔しないで? ありがちな話よ」

お嬢様「人間って、そんなに強くないもの・・・。 わたしお母様似だったから、尚更ね」

お嬢様「・・・あなたの前で、不幸自慢なんてできないわよ」クス

男「そんなの、比べるようなことじゃないよ」

男「・・・ホントは、寂しいんじゃないの?」

221: 2012/08/04(土) 10:15:50 ID:3FFfBojY
お嬢様「仕方ないわ。いつだって、多忙な方だもの」

お嬢様「でも・・・そうね。 『寂しい』『わたしを気にかけて欲しい』って気持ちが、ないわけじゃないわ」

お嬢様「だって、わたしのたった一人のお父様だもの」

お嬢様「血の繋がった・・・家族なんだもの・・・」

男「・・・」ギュッ

お嬢様「なんだか、考えていたら心配になってきてしまったわ」

お嬢様「ダメね、わたし。 自分でそうするって言って、その結果がいまの状況なのに・・・」

222: 2012/08/04(土) 10:19:00 ID:3FFfBojY
お嬢様「でもね、あまり体が丈夫な人ではないから」

お嬢様「去年から、胃潰瘍を患ってしまって・・・」

お嬢様「・・・・・・お薬、ちゃんと飲んでいるかしら」

男「連絡してみる?」

お嬢様「でも・・・」

男「やっぱり僕たち、ずっとこんなこと続けていたらダメだと思う」

男「そもそもは、僕がキミに甘えてしまったのが悪いんだけど・・・」

男「どこかで、しっかりケジメは付けないと」

223: 2012/08/04(土) 10:19:57 ID:3FFfBojY
お嬢様「・・・そうね。・・・あなたの言うとおりだわ」

男「じゃあ、」

お嬢様「でも・・・待って!」

男「?」

お嬢様「あの、今日だけ・・・今日だけは、一緒に・・・」

お嬢様「最後だから、今日で、最後だから・・・!」

お嬢様「あなたと、一緒にすごしたいの」

224: 2012/08/04(土) 10:21:33 ID:3FFfBojY
お嬢様「・・・これで、最後のワガママにするから・・・」

お嬢様「そうしたらわたし、お父様とちゃんと話せるから」

男「・・・うん」

男「わかった・・・今日は、ずっと一緒にいよう」

お嬢様「! い、いいの?」

男「もちろん」

225: 2012/08/04(土) 10:22:02 ID:3FFfBojY
男「・・・僕も、同じこと言おうと思ってた」

お嬢様「そうだったの? ・・・同じことを考えていたのね」

お嬢様「ふふ、なんだか嬉しいわ」

男「それじゃあ、どうしよう?」

男「どこか行きたいところとか、したい事とかある?」

お嬢様「あなたは、なにか考えているの?」

男「いくつか案はあるけど、できれば二人で決めたいな」

226: 2012/08/04(土) 10:22:51 ID:3FFfBojY
男「僕たちの、初めてのデートなわけだし」

お嬢様「でっ、デート・・・っ!?///」

男「そうでしょ? あれ、違う?」

お嬢様「ちがわないわ! ええ、なんにも、ちがうことなんてないわね!///」ブンブン

男「あ、うん・・・」

お嬢様「でーとっ・・・好きな人と・・・お出かけ・・・ふ、ふたりでっ・・・」ブツブツ

227: 2012/08/04(土) 10:24:02 ID:3FFfBojY
男「まだお昼前だし、定番だけどレジャーランドとか・・・」

男「ちょっと早いけど、イルミネーションを見に行ってもいいし・・・」

男「都心まで出て、ショッピングっていうのもあるんだけど・・・」

お嬢様「///」ポー

男「お嬢様さん、聞いてる?」

お嬢様「! き、聞いていたわよ?」アセアセ

男「それで、キミの方はなにかある?」

228: 2012/08/04(土) 10:24:58 ID:3FFfBojY
お嬢様「・・・あなたと・・・」

お嬢様「・・・遊園地で遊んだり、ライトアップされた街を歩くのも、買い物をするのも・・・」

お嬢様「みんな、きっと楽しくて素敵だと思うわ」

お嬢様「でも今日は・・・あなたと二人、ゆっくり過ごしたい」

お嬢様「・・・近所に、小さな公園があるでしょう?」

男「うん」

229: 2012/08/04(土) 10:25:33 ID:3FFfBojY
お嬢様「あそこへ行って、二人でベンチに腰掛けてね?」

お嬢様「手を繋いで・・・とりとめのない話をしながら、たまに、あなたの肩にもたれたりして・・・」

お嬢様「小さな子供やその兄妹、その子たちと遊ぶ父親に、迎えに来た母親、その光景を見守る老夫婦・・・」

お嬢様「・・・そうやって、あなたと二人、たくさんの『家族』を見て過ごしたいの」

男「・・・」

お嬢様「だめかしら?」

230: 2012/08/04(土) 10:27:03 ID:3FFfBojY
男「なんだか、年寄りくさい気がする」

お嬢様「もうっ! そういうことは、思っていても言わないものよ?」

男「はは。でも、僕たちらしいや」

お嬢様「・・・ふふっ、わたしも同じこと思ったわ」

男「ついさっきも、似たようなやり取りしたね」

お嬢様「こういうの、フィーリングっていうんでしょう?」クス

男「そうだね」ニコ

231: 2012/08/04(土) 10:28:15 ID:3FFfBojY
男「よし。初デートは、公園に決まりだ」

お嬢様「外は寒いから、温かいお茶を淹れて行きましょう」

男「僕、着替えてくるよ。 ついでに、キミの分のマフラーも持ってくる」

お嬢様「ええ。ありがとう」

男「・・・あのさ」

お嬢様「なぁに?」

232: 2012/08/04(土) 10:28:48 ID:3FFfBojY
男「僕、キミに会えてよかった」

お嬢様「どっ、どうしたのよ、急に?」

男「なんだか、言っておきたい気分になって」

お嬢様「変なこと言わないでちょうだい。縁起でもないんだから・・・」

お嬢様「・・・それとも、またわたしを泣かせるつもり?」

男「純粋な、感謝の気持ちなのになぁ・・・」

233: 2012/08/04(土) 10:30:22 ID:3FFfBojY
お嬢様「あんまり泣かせると、嫌いになってしまうからね?」クス

男「はは・・・気を付けます」

ピンポーン!

お嬢様「あら・・・お客様?」

男「友かな? でも、事前に何の連絡もないのは、らしくないし・・・」

お嬢様「わたし、見てくるわね」

男(訪問販売か新聞屋か、宗教勧誘かなぁ・・・)

234: 2012/08/04(土) 10:33:19 ID:3FFfBojY
お嬢様「どちら様でしょうか?」

お嬢様「・・・」

男「・・・?」

お嬢様「誰かが、間違って押してしまったのかしら?」

?「・・・私だ」

お嬢様「――!!」

235: 2012/08/04(土) 10:33:56 ID:3FFfBojY
?「ここを開けて、出て来るんだ」

男「え・・・だれ?」

?「聞こえたのだろう? 同じことを二度も言わせるな」

お嬢様「・・・」

男「? お嬢様さん?」

お嬢様「・・・・・・お父様」

大旦那「家族ごっこは、終わりだ」

239: 2012/08/05(日) 11:05:26 ID:qd.ytklY


メイド「お帰りなさいませ、お嬢様」

お嬢様「・・・」

大旦那「何をしているんだ。早く行かないか」

お嬢様「・・・っ」チラ

男「あ・・・」

大旦那「あまりモタモタするな。客人を待たせているんだぞ」

240: 2012/08/05(日) 11:06:03 ID:qd.ytklY
お嬢様「お父様・・・!」

大旦那「メイド」

メイド「はい」

大旦那「娘を着替えさせろ。それから広間へ来い」

メイド「かしこまりました。 ・・・お嬢様、行きましょう」

お嬢様「待って、待ってくださいお父様! わたしは、この方と・・・っ」

241: 2012/08/05(日) 11:06:34 ID:qd.ytklY
大旦那「この男を連れてきたのは、おまえがどうしてもとゴネたからだ」

大旦那「あんなところで大騒ぎして、衆目の目に晒されるのは、こちらも望むところではないし」

大旦那「・・・彼にとっても、無体なことだろう? 特段の理由があったわけではない」

お嬢様「お願いです、お父様。どうか、わたしの話を聞いてください!」

大旦那「お前のくだらない話に貸す耳は持ち合わせておらん!」

男「あの!」

大旦那「部外者は、黙っていてもらおう」ジロッ

男「う・・・」

242: 2012/08/05(日) 11:07:10 ID:qd.ytklY
大旦那「・・・さっさとしろ。これ以上愚図るようなら、この男には今すぐ帰ってもらう」

お嬢様「・・・・・・わかりました」

大旦那「メイド、娘が変なことをしないか見張っておけ」

メイド「・・・はい」

男「・・・」

大旦那「さて、お前はこっちだ。ついてこい」

243: 2012/08/05(日) 11:08:05 ID:qd.ytklY
男「彼女は、どこへ?」

大旦那「客人がいると言ったろう。それなりの格好をさせなければ、失礼に当たる」

男「客人?」

大旦那「結婚相手だ」

男「・・・は?」

244: 2012/08/05(日) 11:08:22 ID:qd.ytklY
ガチャッ

大旦那「先ほどから何か言いたそうな顔をしていたが・・・」

大旦那「これも巡り合わせだと思えば、話が早くて都合がいい」

大旦那「お前にも紹介しておこう」

?「やあ、はじめまして」

大旦那「娘の許婚の、御曹司殿だ」

245: 2012/08/05(日) 11:09:00 ID:qd.ytklY
男「・・・」

男「い、いいなずけ?」

御曹司「ああ。婚約者っていうことになってる、一応ね」

御曹司「遅かったじゃないですか。 ・・・彼が、例の?」

大旦那「うむ。不肖の娘と結託し、私の顔に泥を塗ってくれた男だ」

御曹司「へえ・・・。どう見ても、普通の高校生って感じだけどなぁ」

246: 2012/08/05(日) 11:09:43 ID:qd.ytklY
御曹司「ねえ、キミ。キミは、何を持っているの?」

男「? なにを・・・?」

御曹司「だって、そうだろう?」

御曹司「およそ凡人が考え得るものは、全て手に入れることができるだろう彼女がだよ?」

御曹司「一般人か、それ以下にしか見えないキミとさ・・・」

御曹司「レアリティの高い・・・そう、何か特別な物で釣ったとしか思えないよ」

大旦那「・・・」

男「レアリティ、って・・・? おれは、何も・・・」

247: 2012/08/05(日) 11:10:15 ID:qd.ytklY
御曹司「じゃあ、何か弱みでも握っていたとか」

男「なッ・・・!?」

御曹司「オレはね、彼女のことなら小さい時から知っているんだ」

御曹司「幼馴染ってヤツさ。 実際に会ったのは、片手で数えるくらいだけどね」

御曹司「金や物で、彼女が動くとは思えないし・・・もしそうだったら、とっくに誰かのモノさ」

男「・・・」

248: 2012/08/05(日) 11:10:58 ID:qd.ytklY
御曹司「だから興味があるんだよ、純粋に」

御曹司「一体なにが、彼女をそうさせたのかってね」

御曹司「考えたかないが、実際こうなってるからには、そうさせるなにかをキミは持っていた」

御曹司「オレにはなくて、キミが持ってるものねえ・・・」

御曹司「そんなモンあるか?」

男「それは・・・」

御曹司「ぜひ、ご教示願いたいもんだ」

249: 2012/08/05(日) 11:11:32 ID:qd.ytklY
大旦那「それは違うな、御曹司殿」

大旦那「その男は、私らの目を惹くものなど、何も持ってはいない」

大旦那「ただの、ペテン師だ」

御曹司「へえ? それって、どういう意味ですか?」

コンコン

メイド「・・・お嬢様をお連れしました」

250: 2012/08/05(日) 11:12:01 ID:qd.ytklY
大旦那「来たか。入ってこい」

メイド「かしこまりました」

ガチャ

お嬢様「・・・失礼いたします」

男「!」

男(ドレスと洋服を折衷したような服に身を包んだお嬢様が・・・)

御曹司「おお!」

251: 2012/08/05(日) 11:13:36 ID:qd.ytklY
お嬢様「・・・御曹司様、ご機嫌麗しゅう・・・お久し振りでございます」

お嬢様「はるばる遠い国から、海をお渡りし、おいで頂いたにも関わらず・・・」

お嬢様「このたびは、わたしの浅慮な取り行いによって、多大なご迷惑をおかけしたこと、深く――」

御曹司「まあまあ。そんなに、気にすることないさ」

御曹司「向こうは、いまは情勢や景気も大分落ち着いていてね」

御曹司「多少の時間なら、オレがその場にいなくても回せる程度には、軌道に乗せてきたつもりだ」

お嬢様「ですが・・・」

252: 2012/08/05(日) 11:14:48 ID:qd.ytklY
御曹司「この数日は、いろいろな観光名所に足を運ばせてもらってね」

御曹司「ネズミーランドに、アースツリーに・・・むしろ、退屈しないで済んだくらいさ」

御曹司「そして現に、こうして無事あなたに会えた」

御曹司「今ならば、あなたの言うことも瑣末なことだと思える」

お嬢様「・・・寛大なご深慮に、感謝いたします」

お嬢様「それで、ですね・・・。 あの・・・今回、ご来日頂いた件ですけれど・・・」

253: 2012/08/05(日) 11:15:23 ID:qd.ytklY
大旦那「空とぼけるのはやめないか。縁談交渉だろう?」

お嬢様「! お父様!」

大旦那「彼に気を遣っているのか? だとしたら、もう遅いな」

大旦那「ここへ入る前に、お前と御曹司殿の関係は話してある」

お嬢様「そんな!?」

お嬢様「あ・・・っ」チラ

男「・・・本当、なんだ・・・」ポツリ

お嬢様「ちが、違うのよ・・・! あ、いえ・・・そういう話があるのは、本当のことなんだけど・・・」

男「・・・」

254: 2012/08/05(日) 11:17:04 ID:qd.ytklY
お嬢様「っ・・・お父様に・・・」

お嬢様「お父様に聞く気がなくても、聞いていただきます!」

お嬢様「御曹司様も、恥知らずな女と謗っていただいて構いません、どうか聞いて下さいませ!」

お嬢様「わたしは・・・お嬢様は、彼に・・・そこに居る男性に心惹かれております!」

大旦那「何を言いだす! よさないか、馬鹿馬鹿しい!」

大旦那「曲がりなりにも婚約者がいる前で、別の男に惹かれているだと・・・?」

大旦那「そのような、はしたない女に育てた覚えはない!」

御曹司「はは、そんなに怒鳴ることありませんよ。 確かにいい気分はしませんが・・・」

255: 2012/08/05(日) 11:17:38 ID:qd.ytklY
大旦那「そうはいかん。この際だ、お前にも教えておいてやろう」

大旦那「そこの男はな、お前を騙して拐した、ペテン師だ」

大旦那「いや、ペテン師どころではないな。もっとタチが悪い・・・」

大旦那「――親に棄てられた、欠陥人間だ」

お嬢様「お父様ッ!!!」

大旦那「・・・ここ数日の、おまえたちのやり取りはほぼ全て把握している」

男・お嬢様「!?」

256: 2012/08/05(日) 11:21:28 ID:qd.ytklY
大旦那「お前の制服にはな、マイクが仕込んであったのだ」

お嬢様「な、なんですって・・・? そんなこと・・・」

大旦那「それで常に監視させるよう、メイドにいい付けていたのだ」

大旦那「そうして、別の人間には、その男とやらの徹底した身辺調査を行わせた」

男「・・・!」

大旦那「漫画やドラマの世界だけの話かと思ったか? ふふ、ありがちな話だ」

大旦那「不思議に思ったろう? 何もしてこないのは何故だ、と」

257: 2012/08/05(日) 11:24:17 ID:qd.ytklY
大旦那「敢えてしなかっただけだ。 そう、いつでも『何かする』のはできた」

大旦那「それが、たまたま今日になっただけだ」

お嬢様「・・・・・・さい」

大旦那「なんだ?」

お嬢様「・・・取り消してください」

大旦那「なにをだ」

お嬢様「彼は欠陥じゃないわ!」

258: 2012/08/05(日) 11:27:09 ID:qd.ytklY
大旦那「満足に食事もできん人間だろう? そういった者の末路は想像ができる」

大旦那「いずれ、他者といるだけで苦痛を覚えるようになる。 ・・・その男自身、言っていた通りな」

男「・・・っ」

大旦那「断絶された世界で、独りきりでいる人間が、正常なわけもなかろう?」

お嬢様「望んでそうなったわけではないわ!」

大旦那「過程は問題ではない。 勉学も、仕事も、芸術も、評価されるのは結果であり現状だ」

259: 2012/08/05(日) 11:32:54 ID:qd.ytklY
御曹司「・・・その通りだね」

御曹司「仮にあなたが彼と一緒になったとして・・・」

御曹司「オレには、それが上手くいくとは到底思えない」

お嬢様「そんなことない! わたしは、そんな風には思いません!」

お嬢様「第一、親が居ないと言うのなら、わたしだって同じでしょう!?」

大旦那「病気で死ぬのと、棄てられるのでは、まるで意味合いが違うだろう」

お嬢様「それで心が傷つくのは一緒よ! お父様の言う通り、大事なのは過去じゃない」

お嬢様「わたしの今の、この気持ちよ!」

260: 2012/08/05(日) 11:36:04 ID:qd.ytklY
大旦那「おまえがそこまで惹かれるのは、この男の何に対してだ?」

大旦那「金がないのは勿論、特別な才能の一つも持ち合わせていない、平凡な人間ではないか」

御曹司「少なくともオレなら・・・名誉も地位も、権力も、あなたのために用意できる」

御曹司「誰よりも裕福で、満たされた暮らしが約束できる」

大旦那「もちろん、ただ普通であるだけの男におまえをやるつもりなど毛頭ないが」

大旦那「その相手が、精神的弱者であるのなら尚更許し難い」

大旦那「娘を持つ一人の親としては、これは当然のことだと思うがな?」

261: 2012/08/05(日) 11:39:40 ID:qd.ytklY
お嬢様「・・・それは、でも・・・っ」

大旦那「なんであろうと、お前をその男にはやれん」

大旦那「・・・信用できんのだ」

大旦那「おまえが無知なのをいいことに、さんざ下卑た真似をしたのではとな」

お嬢様「彼は・・・! わたしは、彼と五日間、寝食を共にしましたけど」

お嬢様「彼が、お父様が心配なさるような、破廉恥な気持ちで・・・わたしに触れてくるようなことはなかったわ!」

262: 2012/08/05(日) 11:42:07 ID:qd.ytklY
大旦那「・・・それは僥倖」

大旦那「娘が傷モノにされる前に解決できてなによりだ」

お嬢様「っ・・・こんな・・・お、お母様がいれば、きっと!」

大旦那「! 生きている人間の話に、死んだ人間を持ち出すんじゃない!」

お嬢様「・・・じゃあ、わたしの、わたしの気持ちはどうすればいいの?」

大旦那「そんなもの、初めからこうなると、わかっていただろう?」

大旦那「それに・・・今更どうしようもない話だ」

お嬢様「・・・?」

263: 2012/08/05(日) 11:42:31 ID:qd.ytklY
大旦那「お前は明後日、御曹司殿と一緒に海外へ渡るのだ」

男「!?」

お嬢様「? な、何を言ってるの、お父様・・・冗談はやめて・・・」

大旦那「冗談ではない、既に学籍は除籍済みだ」

お嬢様「うそ・・・」

男(そうか。だから学校じゃあ、なにも・・・)

264: 2012/08/05(日) 11:43:17 ID:qd.ytklY
大旦那「航空便も手配してある」

大旦那「できれば専属輸送を用意したかったが、なにぶん急に用意する必要があったからな」

大旦那「申し訳ないな、御曹司殿。少々窮屈な思いをさせてしまうかもしれん」

御曹司「とんでもない。一般の航空機というのも、それはそれで興味があります」

大旦那「私も鬼ではない。学友や教諭らにお別れを言う時間くらいは用意してやろう」

大旦那「明日、メイドに身辺整理も含めて送迎させよう。 メイド、いいな?」

メイド「はい。委細、かしこまりました」

265: 2012/08/05(日) 11:43:49 ID:qd.ytklY
大旦那「だが、その男はダメだ。 お前が発つその瞬間まで、一切の接触を禁じる」

お嬢様「いや・・・そんなの! お父様・・・お願い、やめて・・・」

大旦那「やめるもなにもない。 もう、決まったことだ」

お嬢様「やだ・・・こんなの、こんなのあんまりよ・・・!」

大旦那「理不尽に思えるだろうが、いずれお前にも分かる時が来る」

大旦那「私は失敗したことがない。いつだって、正しかったのは私だ」

266: 2012/08/05(日) 11:44:05 ID:qd.ytklY
大旦那「だからお前は、わたしの言うことを聞いていればいいのだ」

大旦那「そうすれば、お前は幸せになれる」

お嬢様「・・・」フルフル

大旦那「聞き分けろ」

お嬢様「彼と・・・話をさせて、二人で・・・」

大旦那「ダメだ」

お嬢様「・・・っ!!」

267: 2012/08/05(日) 11:44:41 ID:qd.ytklY
大旦那「お間がいま持っている気持ちは、一過性のものだ」

大旦那「普通ではない出会い、普通ではない状況、普通ではない環境・・・」

大旦那「そういったものが、たまたまお前の感情回路に作用して生まれただけのものだ」

大旦那「いずれ冷静になった時に後悔する」

大旦那「その時傷付くのは、お前だけではない。彼も傷付くだろう。それでもいいのか?」

お嬢様「・・・・・・」

大旦那「理解したのなら、部屋へ行って、荷物をまとめろ」

お嬢様「・・・」フルフル

268: 2012/08/05(日) 11:45:19 ID:qd.ytklY
大旦那「メイド、娘を連れて行ってくれ」

メイド「しかし・・・」

大旦那「もう話は終わりだ」

大旦那「御曹司殿、すまないが、一緒に行って見てやってくれないか」

御曹司「そうですね。まあ、あっちで物に困ることはないでしょうが・・・」

御曹司「思い入れがあるものは、手元に残しておいたほうがいいでしょう」

269: 2012/08/05(日) 11:45:44 ID:qd.ytklY
御曹司「さあ、行こうか」

メイド「・・・お嬢様・・・」

お嬢様「・・・」フルフル

大旦那「いいから連れて行け!」

メイド「お嬢様、行きましょう・・・」

バタン……

270: 2012/08/05(日) 11:46:24 ID:qd.ytklY
男「あ・・・」

大旦那「いま、タクシーを呼ばせる。それで帰ってもらおう」

大旦那「私は、仕事が溜まっているのでな。これで失礼する」

男「・・・・・・待ってください」

大旦那「なんだ? まだなにかあるのか?」

大旦那「おまえが何を言っても、もう――」

男「それは、いいです」

271: 2012/08/05(日) 11:46:52 ID:qd.ytklY
男「あなたの言ったことはいちいち正論でしたし」

男「おれがあなたの言う通り、人間として欠陥なんだというのも自覚しています」

男「でも、彼女という存在を、ないがしろに扱うのは止めてあげて下さい」

大旦那「親が自分の子をどう扱おうと、他人に口出しされる謂れはないな」

男「おれは親が居ません。父は蒸発して、母は自殺しましたから」

男「だからもちろん、親の気持ちなんて分かりません」

男「けど、親が子を思うように、子も親を思います」

272: 2012/08/05(日) 11:47:18 ID:qd.ytklY
大旦那「なにが言いたい?」

男「おれたちの会話、聞いていたんじゃないですか?」

男「彼女、あなたのことをとても気に掛けていました」

男「胃潰瘍に罹ってるんですよね? ・・・薬、欠かさず飲んでますか?」

大旦那「・・・」

男「あなたの言うこと、おれ、分かりますよ」

273: 2012/08/05(日) 11:48:07 ID:qd.ytklY
男「自分が親になるなんて、想像もつきませんけど・・・」

男「おれがあなたなら、やっぱり納得行かないし、許せないと思います」

男「どんなに自分の子供が理想や感情を翳しても、相手が障害者だったりしたら躊躇います」

男「・・・それが当たり前です。好きだという感情一つで生きていけるほど、世の中簡単じゃないですから」

大旦那「見た目に反して現実主義だな」

男「ずっと戦ってきましたから。・・・現実と」

274: 2012/08/05(日) 11:48:24 ID:qd.ytklY
男「お金があって、物に溢れてて・・・それで、幸せなんでしょうか?」

大旦那「ないよりは、あったほうがいいのは間違いなかろう」

男「彼女、寂しいって言ってましたよ。父親が、自分を見てくれなくなったと・・・」

大旦那「・・・」

男「彼女に、別れを告げるような学友は居ませんよ」

大旦那「なんだと?」

男「知りませんでしたか?」

大旦那「・・・」

275: 2012/08/05(日) 11:48:56 ID:qd.ytklY
男「もう少し、時間をあげることはできませんか?」

男「おれと彼女の、ではなくて・・・」

男「彼女がもう一度好きだという相手が現れた時、それが、おれのような欠陥人間じゃなかったら・・・」

男「彼女とその男を・・・しっかり見てやって欲しいんです」

大旦那「・・・おまえは・・・」

大旦那「私がこんなことを言うのもなんだが、娘に未練はないのか?」

大旦那「なぜそのようなことを、笑って言える・・・?」

276: 2012/08/05(日) 11:49:23 ID:qd.ytklY
男「未練はありますよ。お嬢様さんのこと、一生忘れられないと思います」

男「彼女のおかげで、おれは救われました。誇張じゃありません」

男「だから、彼女にはうんと幸せになって欲しいんです」

大旦那「なら・・・なぜだ?」

大旦那「駆け落ちでも何でも・・・方法はあったろう」

男「おれは・・・おれが世界で一番、彼女を幸せにできるんだって」

男「そんな風に思い上がること、できませんから」

277: 2012/08/05(日) 11:49:51 ID:qd.ytklY
男「・・・それに、駆け落ちじゃあ、ダメなんです」

男「おれだけじゃダメなんです。あなたもいないと」

大旦那「私も?」

男「あなたにも、きっと祝福して欲しいんです。 だって、あなたは・・・」

男「あの子のたった一人、・・・血の繋がった『家族』なんですから」

大旦那「!」

男「・・・彼女のこと、よろしくお願いします」ペコリ

278: 2012/08/05(日) 11:50:44 ID:qd.ytklY
大旦那「・・・待て」

男「?」

大旦那「・・・・・・」

大旦那「欠陥と言ったことは、取り消す・・・」

男「え・・・」

大旦那「それと数日間とはいえ、娘の面倒を見てくれたことには・・・感謝する」フイッ

大旦那「屋敷の門前まで、黒服に送らせよう」

男「・・・はい」クス

281: 2012/08/06(月) 04:37:51 ID:dITg6Ycw


お嬢様「・・・・・・」

メイド「・・・」

メイド「御曹司様、少しよろしいでしょうか?」

御曹司「なんだい?」

メイド「申し訳ありませんが、お嬢様は少し寄るところがあります」

お嬢様「・・・?」

282: 2012/08/06(月) 04:38:47 ID:dITg6Ycw
御曹司「寄るところ?」

メイド「お察しください」

御曹司「・・・ああ」

メイド「ですので、先に、お嬢様の部屋の前でお待ちいただけますか?」

御曹司「そういうことなら、仕方ないな」

御曹司「了解だ。だけど、あまり待たせないでくれよ?」

御曹司「べつに待つのは嫌いじゃないが、今回は散々待たされたからね」

メイド「かしこまりました」ペコリ

283: 2012/08/06(月) 04:39:17 ID:dITg6Ycw
メイド「・・・・・・」

お嬢様「メイド? わたしべつに・・・」

メイド「どうぞ、お行きください」

お嬢様「・・・え」

メイド「おそらく、大門を出てからタクシーに乗るはずです」

メイド「先に人払いをしておきますから、そこでお待ちになるといいでしょう」

お嬢様「メイド?」

284: 2012/08/06(月) 04:40:03 ID:dITg6Ycw
メイド「・・・大旦那様の、おっしゃった通りです」

メイド「全てではありませんが、わたくしはお二人の会話を盗み聞きしておりました」

お嬢様「・・・」

メイド「お嬢様にとって、それがどれだけ許しがたい行為で・・・」

メイド「わたくしが何度地に頭を擦りつけようと、決してお許し戴けないであろうことも、覚悟しております」

お嬢様「そんなこと・・・」

285: 2012/08/06(月) 04:40:38 ID:dITg6Ycw
メイド「どんな方なのか・・・。 はじめは、興味と警戒が目的でした」

メイド「しかし、日を追うに連れて・・・」

お嬢様「・・・」

メイド「血は繋がっていなくとも、お嬢様とあの方は、紛れもない家族でした」

メイド「なにより、お嬢様があのように笑ってらしたのは、わたくしにはとんと久しぶりに思えました」

メイド「・・・ああ。この方は、お嬢様を心から笑顔に出来る方なのだと・・・」

286: 2012/08/06(月) 04:41:09 ID:dITg6Ycw
メイド「ですからこれは、お嬢様への謝罪と、あの方への感謝の気持ちです」

メイド「わたくしには、この程度が精一杯ですが・・・」

お嬢様「いいえ」

お嬢様「そんなことない、充分だわ。 ありがとうね、メイド・・・」ギュッ

お嬢様「わたし・・・行ってくるわね!」ニコッ

メイド「はい、行ってらっしゃいませ」フカブカ

287: 2012/08/06(月) 04:42:02 ID:dITg6Ycw


男「・・・」

黒服A「よそ見してんじゃねえ」

男「あ、すいません」

黒服A「そんなに珍しいか?」

男「そうですね」

男「まず、家の中を車で移動するところが珍しいです」

288: 2012/08/06(月) 04:43:12 ID:dITg6Ycw
黒服A「・・・」

男「・・・」

黒服A「おい」

男「なんですか?」

黒服A「おまえ、本当にお嬢様には指一本触れてないんだろうな?」

男「そうですけど・・・」

黒服A「・・・」

289: 2012/08/06(月) 04:43:49 ID:dITg6Ycw
男「そういうのは全部、ケジメを付けてからだと誓っていたので」

黒服A「誓った? 何にだ」

男「自分自身です。 彼女を好きになった、自分にです」

黒服A「・・・」

黒服A「俺はな、この屋敷で、お嬢様のことをずぅっと見てきたんだ」

黒服A「だからかね? 大旦那様の前じゃ口が裂けても言えねえが、妹か、娘のように思ってる」

男「はい」

290: 2012/08/06(月) 04:44:48 ID:dITg6Ycw
黒服A「これは、俺だけじゃねえ。同じように思ってるヤツはけっこういるんだ」

黒服A「だから、お嬢様を五日間も拉致監禁した、どこぞの腐れた馬の骨を憎む気持ちがないわけじゃねえ」

男「・・・拉致監禁・・・」

黒服A「だが・・・最低最悪の一歩手前のとこで、筋は通してるみてぇだな」

黒服A「次に顔を見たら、変形するくらいブン殴ってやろうと思っていたが・・・」

黒服A「・・・勘弁してやる」フン

男「・・・どうも」

291: 2012/08/06(月) 04:46:25 ID:dITg6Ycw
キキッ

黒服A「着いたぞ。降りろ」

黒服A「降りたら、脇に人が出入りするための通用門がある。そこから出ろ」

男「わかりました。わざわざ、ありがとうございます」

黒服A「それから、こいつを」

男「この、封筒は?」

黒服A「大旦那様から、おまえ宛てに預かったもんだ。 必ず渡すようにってな」

292: 2012/08/06(月) 04:47:07 ID:dITg6Ycw
男「・・・中身、お金じゃないですか・・・」

黒服A「だろうな。大旦那様が、どういうつもりで用意したかしらねえが・・・」

黒服A「受け取っておけ。 べつにあって困るもんじゃねえだろ?」

男「これ、手切れ金っていうのですか?」

黒服A「・・・・・・かもな」

男「返します」

黒服A「ダメだ。必ず渡せと言い遣ってる」

293: 2012/08/06(月) 04:48:36 ID:dITg6Ycw
男「彼女と会わないということに、いまさら異論を挟むつもりはないです」

男「けれど、縁まで切って失くすつもりはありません」

男「だから返します。 もしあなたが返せないのなら、歩いて戻ってでも、自分で返します」

黒服A「・・・ちっ。 返せ、俺の方から上手く言っておく」

男「お願いします」

294: 2012/08/06(月) 04:49:31 ID:dITg6Ycw
黒服A「・・・おい」

男「はい?」

黒服A「・・・お嬢様のこと・・・」

黒服A「もう、諦めんのか?」

男「・・・」

黒服A「べつにお前個人がどうのこうのってわけじゃねえぞ?」

黒服A「ただな、御曹司みたいな男に、お嬢様を預けるくらいなら・・・」

295: 2012/08/06(月) 04:51:23 ID:dITg6Ycw
男「・・・ありがとうございます」

男「でも、もう決まったことみたいですから」

黒服A「そうか・・・そうだな」

黒服A「じゃあな。もう、会うこともないだろうが」

男「はい」バタン

296: 2012/08/06(月) 04:51:45 ID:dITg6Ycw
ブロロロロ

男「・・・ふう」

男「・・・・・・」クルリ

男「大きいなぁ。・・・僕には大きすぎるや」

男「・・・言いたかったこと、まだまだあったんだけどなぁ・・・」

男「また、泣いてないかなぁ・・・」

お嬢様「泣いてないわよ」

297: 2012/08/06(月) 04:54:45 ID:dITg6Ycw
男「!」

お嬢様「なによ、そんな驚いた顔して・・・」

男「・・・なんで、ここに?」

お嬢様「自分の家だもの、散歩くらいするわよ・・・」

男「そっか・・・」

298: 2012/08/06(月) 04:55:11 ID:dITg6Ycw
お嬢様「・・・なんで」

お嬢様「なんで、そのまま帰ってしまおうとするの?」

男「・・・」

お嬢様「わたしに・・・! もう一度、どうにかして会いたいとか、おもっ・・・!」ポロッ

男「ごめん・・・」

299: 2012/08/06(月) 04:56:21 ID:dITg6Ycw
お嬢様「・・・どうして・・・?」

お嬢様「どうして、何も言わなかったの?」

お嬢様「お父様や御曹司様に、あんな風に言われて・・・ぜんぜん、悔しくないの?」

男「は・・・」

お嬢様「あんな風に言われて、どうして何も言い返さないの?」

男「それは・・・」

300: 2012/08/06(月) 04:57:48 ID:dITg6Ycw
お嬢様「わたしは悔しかったわ」

お嬢様「・・・あなたはダメじゃないもの」

お嬢様「わたしが知ってるあなたは、欠陥人間なんかじゃ、ないもの・・・っ」ポロポロ

男「・・・」

お嬢様「過去の自分がどうだったとしても」

お嬢様「人は、変われるわ。変われるのよ・・・」

お嬢様「あなたがそう、わたしに教えてくれたんじゃない!」

男「・・・」

301: 2012/08/06(月) 05:03:03 ID:dITg6Ycw
お嬢様「なんで黙っているの?」

お嬢様「言いたかったこと、あったんでしょう? 言いなさいよ・・・」

男「僕は」ギュッ

お嬢様「・・・」

男(僕が、静かに涙を流す彼女の手を握ると、彼女もそっと指を絡めてきた・・・)

男「僕はずっと、自分のことが好きじゃなかった」

男「でも、キミのおかげで・・・。キミと出会って、キミの言葉で、キミがくれた温もりで・・・」

302: 2012/08/06(月) 05:04:08 ID:dITg6Ycw
男「ほんの少しだけど、僕は僕で。 ・・・これでもいいのかなって、思えるようになった」

男「それが、僕にとっては変わったってことなんだとしたらさ」

男「僕にはもう、それで十分だよ」

お嬢様「・・・それで十分? もう・・・?」

お嬢様「・・・わたしたち、これで終わりでもいいの・・・?」

お嬢様「こんな風に、もう会えなくなって、お別れしてしまってもいいの?」

303: 2012/08/06(月) 05:06:31 ID:dITg6Ycw
男「キミは、たくさんの人を幸せにできる人だよ」

男「僕一人じゃ、とても釣り合わない・・・勿体無い、女の子だ」

お嬢様「他の人なんて・・・! わたし考えられないし、考えたくないわ・・・っ」

お嬢様「だから、もう一度わたしと一緒に、お父様と話しましょう?」

お嬢様「わかってもらえるまで、何度も」

お嬢様「どうしてもダメだと言われたら、あなたと二人、どこか遠くへ・・・!」

304: 2012/08/06(月) 05:08:06 ID:dITg6Ycw
男「それはダメだよ」

男「それじゃ、僕もキミも、幸せにはなれない」

男「キミだって、それは分かるでしょ?」

お嬢様「でも、それじゃあ本当に、お別れなの・・・?」

お嬢様「イヤよ、イヤ・・・あなたと離れたくない・・・ずっとあなたといたい・・・」

お嬢様「あなたは、そうじゃないの? ・・・わたしのこと・・・」

男「好きだよ」

305: 2012/08/06(月) 05:08:37 ID:dITg6Ycw
お嬢様「・・・っ、ぅ・・・」ポロポロ

男「・・・」

お嬢様「っく・・・ぐす、ひっく・・・」ポロポロ

男「・・・やっぱり、キミのお父さんだね」

男「細かい仕草とか、照れたり泣きそうなると、背を向けるところとかソックリだ」

お嬢様「ぅ・・・っく・・・」ポロポロ

306: 2012/08/06(月) 05:10:31 ID:dITg6Ycw
男「お父さんのこと、大切にね」

男「もっと、怖がらずに、自分のことをたくさん話して上げなよ」

男「直接話すのが難しいなら、メールでもなんでもいいから、ね?」

男「やっぱり『家族』はさ・・・一緒に居なきゃダメだよ」

お嬢様「・・・」

男「・・・」

307: 2012/08/06(月) 05:11:53 ID:dITg6Ycw
お嬢様「・・・さいごのわがまま」

男「?」

お嬢様「デートには、行けなかったから・・・」

お嬢様「・・・まだ、有効でしょう?」

男「・・・うん。今ここで、僕ができることなら、なんでもするよ」

お嬢様「・・・目を瞑って?」

男「わかった」

308: 2012/08/06(月) 05:22:24 ID:dITg6Ycw
お嬢様「・・・ん・・・」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「ファースト・キスよ」

お嬢様「男さん・・・名前を呼ぶのは、初めてね。 なんだか不思議な感じ・・・」

お嬢様「あなたと過ごした時間は、わたしの人生の中で、一番安らぎに満ちたものだったわ」

309: 2012/08/06(月) 05:22:37 ID:dITg6Ycw
お嬢様「男さん・・・・・・男様」

お嬢様「男様がそうであるように、わたしも、男様にどれだけ救っていただいたか・・・言葉にできません」

お嬢様「わたしの人生に、夢のような日々を、ありがとうございました」

お嬢様「・・・わたしは・・・お嬢様は、これから先もずっと、男様だけを想っております」

お嬢様「ずっと・・・ずっと、愛しております」

男「・・・」

お嬢様「さようなら」

317: 2012/08/08(水) 09:55:47 ID:2BTS5C7k


タクシーの運転手「着いたぞ、兄ちゃん」

男「ん・・・ぅ」

タクシーの運転手「住所、ここで合ってるよな?」

男「・・・あ、・・・はい」キョロキョロ

タクシーの運転手「はっは、寝ぼけてるな? すっかり寝入ってたもんなぁ」

タクシーの運転手「悲しい夢でも見てたのか?」

男「え?」

318: 2012/08/08(水) 09:56:45 ID:2BTS5C7k
タクシーの運転手「いや、頬に涙の跡がよ」

男「・・・」コシコシ

男「・・・いくらですか?」

タクシーの運転手「ああ、お代ならもう貰ってんだ」

タクシーの運転手「だから、そのまま降りちゃってくれや」

男「・・・そうですか」ガチャ

319: 2012/08/08(水) 09:57:49 ID:2BTS5C7k
タクシーの運転手「・・・兄ちゃん、何があったかしらんけど、元気出せよ?」

タクシーの運転手「俺もよぅ、去年、二十年勤めた会社をリストラされちまってな」

タクシーの運転手「こんな時代だろ? 資格もキャリアもない中年オヤジには、再就職なんてホトホトなぁ・・・」

タクシーの運転手「でもよぅ。ウチに帰っと、笑顔の嫁が、泣き言一つ零さずに迎えてくれんだよ」

タクシーの運転手「毎日毎日よ。そしたらだんだん、自分が惨めに、情けなくなっちまってよ」

タクシーの運転手「俺と別れてくれ、自分の人生を歩いてくれやって・・・折れちまったんだなぁ」

320: 2012/08/08(水) 09:59:45 ID:2BTS5C7k
男「・・・」

タクシーの運転手「でもよ、そしたら・・・はっは。『絶対に嫌です』って」

タクシーの運転手「『貴方がどんなに貧しくても・・・どれだけの不幸に見舞われようと、私は貴方に寄り添って歩いてゆきます』」

タクシーの運転手「『ですから貴方も、私の手を引いて歩き続けて下さい。前に、進み続けてください』」

タクシーの運転手「『そしてどうか、生きてるうちは、前に進むことを諦めないで下さい』」

タクシーの運転手「・・・それが、生きてる人間の唯一の義務です・・・ってよ」

321: 2012/08/08(水) 10:01:26 ID:2BTS5C7k
男「・・・いい話ですね」

タクシーの運転手「ん、なんかノロケたみたいになっちまったか?」

タクシーの運転手「はっは、年甲斐もなくマジに語っちまって、恥ずかしいったらねぇな!」

タクシーの運転手「・・・なんだか、兄ちゃんの顔が・・・その頃の俺と、同じ顔してたように見えたからよ」

タクシーの運転手「見当違いなら、中年の戯言と思って、聞き流してくれや」

男「・・・はい・・・」

タクシーの運転手「それじゃあな、兄ちゃん」

男「ありがとうございました」バタン

322: 2012/08/08(水) 10:08:11 ID:2BTS5C7k
ブロロ・・・

男「・・・」

男「いつの間にか、日がこんなに傾いて・・・」

男「・・・」

男「・・・なんだか、あっという間だったなぁ・・・」

ガチャ

男「ただいま」

男(そういえば、もう誰もいないんだったなぁ・・・)

323: 2012/08/08(水) 10:09:52 ID:2BTS5C7k
友「おかえり」

男「! と、友!?」

友「鍵、かかってなかったぞ? 無用心だな」

男「あ・・・。 出る時、バタバタしてたから」

友「ウチの妹が、車に乗ってくところを見てたみたいでさ」

友「とにかく泣きつかれて、様子を見に来てみれば、こんな状態だろ?」

324: 2012/08/08(水) 10:10:40 ID:2BTS5C7k
友「男・・・」

友「・・・ひとりか」

男「うん・・・」

友「お嬢様ちゃんは?」

男「帰ったよ、自分の家に」

友「そうか・・・」

友「まあ、気を落とすなよ。明日になれば、また学校で会えるさ」

325: 2012/08/08(水) 10:11:26 ID:2BTS5C7k
男「学校は辞めたよ、彼女」

友「はあ?」

男「実は婚約者がいて、その人と、外国へ行くんだって」

男「いつこっちへ帰ってくるかは分からないし、僕はもう、彼女とは会えない」

男「会うな、って言われた」

友「・・・・・・は、」

友「話が急すぎて、把握しきれないんだが・・・」

友「それで、そのまま帰ってきたのか」

326: 2012/08/08(水) 10:12:20 ID:2BTS5C7k
男「うん」

友「うん、って・・・! 男は、それでいいのか?」

男「そんなの、良いも悪いもないじゃないか」

男「土台、こんな状態長続きしっこなかったのは、友だってわかってたでしょ?」

男「彼女にはちゃんと本当の家族がいて、その父親が、彼女のためにそうすることを決めたんだ」

友「・・・お嬢様ちゃんが承諾するとは思えない」

男「そうだね・・・嫌がってたよ」

327: 2012/08/08(水) 10:15:13 ID:2BTS5C7k
友「横暴じゃないか!」

男「僕といるよりはいい」

友「それは、お嬢様ちゃんがそう言ったのか?」

男「・・・」

男「彼女ってさ、ほら、お嬢様でしょ?」

男「僕とは、身分違いにすぎるって」

友「やめろよ! なんだよそれ・・・?」

友「人を好きになる気持ちに、貴賎なんてあるか!」

328: 2012/08/08(水) 10:16:44 ID:2BTS5C7k
男「・・・もう、どうしようもないことなんだよ」

男「飛行機、取ったって。 ・・・明後日出発するみたい」

友「よし、俺が車を出す。 今すぐお嬢様ちゃんの所へ行こう!」

男「いいよ・・・。お別れなら、済ませてきたから・・・」

友「なんでそんなに淡白なんだよ・・・もう会えないんだろ?」

友「なんとも思わないのか? なんにも感じないのか?」

友「悲しくないのかよ!?」

329: 2012/08/08(水) 10:17:51 ID:2BTS5C7k
男「――悲しいよ!」

友「!」

男「彼女にもう、会えないんだって・・・声が聞けないんだって思うと・・・」

男「寂しいし、辛いし・・・苦しいよ!」

男「でも、彼女はホントにいい子で、友みたいになんでもできて」

男「だから・・・僕なんかといるよりも、きっと」

友「・・・またそれか」

330: 2012/08/08(水) 10:19:48 ID:2BTS5C7k
男「・・・」

友「二言目には決まって、自分みたいな人間はって言うんだよな」

友「・・・男はさ、ただ怖がっているだけだ」

友「繋がりを作ること、それを失うこと、そうして心が傷付くことを」

友「怖がって、避けてるだけじゃないか」

友「俺は、人並みの恋しかしたことないけど・・・誰かを好きになるのに、二番や三番はないんだ」

友「いつだって『誰が一番か』っていうのが、恋をするってことじゃないのか?」

331: 2012/08/08(水) 10:20:41 ID:2BTS5C7k
友「お嬢様ちゃんにとっては、男が一番で・・・」

友「お互い好き合ってて、一緒にいる理由に、それ以上なにが必要だ!?」

友「彼女の気持ちを、彼女の一番(おまえ)が否定するなよ!!」

男「っ・・・」

男「・・・それじゃあ、どうするのさ」

332: 2012/08/08(水) 10:21:09 ID:2BTS5C7k
友「とりあえず、どこか遠くへ二人で逃げちまえば・・・」

男「それこそ、この五日間となにも変わらない!」

友「帳尻なら、あとでいくらでも合わせればいいだろ!」

男「後ろめたさを抱えながら、彼女と暮らすのなら・・・僕は彼女の一番失格だ」

友「・・・っ」

333: 2012/08/08(水) 10:21:49 ID:2BTS5C7k
男「それに、ほんの少しだけど・・・気後れしたんだ」

男「・・・住む世界が違うんだなぁって、そう思っちゃったんだ」

男「彼女を一番傷付ける考え方をして、僕は彼女の気持ちに背を向けた」

男「彼女から逃げたんだ! ・・・結局僕は、弱くて情けない、ダメな人間のままで・・・」

男「そんな男が・・・いまさら、どんな顔して会いに行けるんだ・・・?」

友「・・・」

334: 2012/08/08(水) 10:22:23 ID:2BTS5C7k
友「・・・どんな顔だっていいじゃないか・・・」

友「誰だって、そんなに強くないだろ? みんな弱いところいっぱいあって・・・」

友「お嬢様ちゃんだって、そういう弱いところ全部裸になって、男に見せてきたんじゃないか」

友「男だって弱いところあって当たり前だろ」

男「・・・」

友「『僕は弱くて情けない、ダメな人間です』って・・・」

友「そういう顔していけばいいだろ!」

335: 2012/08/08(水) 10:23:53 ID:2BTS5C7k
男「・・・・・・」

友「男が躊躇うのも仕方ないさ。・・・性格や価値観って、一朝一夕で変えられるほど単純じゃない」

友「だからおまえが、弱くて情けない自分を、どうしても信じられないのなら・・・」

友「お嬢様ちゃんを、信じてみたらどうだ?」

男「お嬢様さんを・・・?」

友「『あなたはダメじゃない』って、そう言ってくれた彼女の言葉を」

友「おまえが好きになった・・・お嬢様ちゃんが変わったと信じる『男』ってヤツのことを」

336: 2012/08/08(水) 10:24:43 ID:2BTS5C7k
男「・・・」

友「・・・部外者の俺が、なに勝手なこと言ってんだって思うだろうけどさ」

友「俺は、男とお嬢様ちゃんの出会いは、特別なものだったんだって信じたいんだよ」

友「運命だったんだって」

男「・・・運命・・・」

友「俺も」

男「?」

友「お嬢様ちゃんが言うように、男は変わったって、信じてる」

337: 2012/08/08(水) 10:26:49 ID:2BTS5C7k
友「彼女と出会って、おまえは変われたんだよ」

友「だからもう一度、理屈や建前は抜きで、自分がどうしたいのか考えてみてくれ」

男「どうしたいか・・・」

友「おまえが前へ進む気になったのなら・・・。俺が、必ず何とかしてやる!」

男「友・・・」

友「連絡、待ってるからな」

男「・・・」

男「・・・僕は・・・!」グッ

344: 2012/08/10(金) 13:56:12 ID:QFYmIAUU


プルルルル・・・プ゚ルルル

・・・。

メイド「・・・もしもし? メイドです」

メイド「こちらは、さきほど学校に残った、お嬢様の荷物をまとめ終えたところです」

・・・。

メイド「・・・大旦那様は、お帰りなりましたか?」

・・・。

メイド「・・・そうですか」

345: 2012/08/10(金) 13:56:37 ID:QFYmIAUU
・・・。

メイド「・・・お嬢様なら、今しがた、担任の教師へご挨拶へ伺ったところです」

・・・。

メイド「・・・それは、そうでしょう。いえ、少なくとも、表面上は・・・」

・・・。

メイド「・・・わたくどもより先に、大旦那様が帰られるようなことがあれば、しっかりとお出迎えを」

・・・。

メイド「・・・ええ。こちらも、あと数刻ほどで戻ります」

346: 2012/08/10(金) 13:57:38 ID:QFYmIAUU
・・・。

メイド「・・・。ところで・・・」

メイド「あの、男という方が・・・屋敷に顔を出したりといったようなことは・・・?」

・・・。

メイド「・・・そうですか。もし・・・」

メイド「もし、彼が訪問してきたら、すぐにわたくしへ連絡しなさい」

・・・。

メイド「・・・もちろん、大旦那様には内密に」

347: 2012/08/10(金) 13:58:04 ID:QFYmIAUU
・・・。

メイド「・・・構いません。責任は、全てわたくしが取ります」

・・・。

メイド「・・・そうであるのなら、なおのことです」

・・・。

メイド「・・・ええ、よろしくお願いします。・・・では」

ピッ

お嬢様「・・・?」スタスタ

348: 2012/08/10(金) 13:59:14 ID:QFYmIAUU
メイド「お嬢様、お帰りなさいませ」

お嬢様「ええ・・・メイド?」

メイド「はい、なんでございしょう」

お嬢様「誰と電話をしていたの?」

メイド「屋敷の使用人です」

メイド「いくつか片付いてないままの雑務がありましたので、それを言伝たのと」

メイド「わたくしが帰る前に、大旦那様が戻られるようなことがあれば、しっかりお迎えするようにと」

お嬢様「そう・・・」

349: 2012/08/10(金) 13:59:49 ID:QFYmIAUU
メイド「担任教師へのご挨拶は、お済になったのですか?」

お嬢様「ええ・・・」

メイド「なにか、お嬢様に仰ってましたか?」

お嬢様「そうね。向こうへ行っても、頑張るようにと」

メイド「・・・左様でございますか」

お嬢様「・・・」

メイド「・・・あの、お嬢様・・・」

350: 2012/08/10(金) 14:01:07 ID:QFYmIAUU
お嬢様「帰りましょう」

メイド「・・・はい」

友「自分の教室には、寄っていかないの?」

お嬢様「? あなたは・・・」

メイド「! あの時の・・・!」

友「・・・男に、なにも言わないで行くつもりかい?」

351: 2012/08/10(金) 14:01:41 ID:QFYmIAUU
お嬢様「っ・・・」キョロキョロ

友「男なら、ここにはいないよ」

お嬢様「!」

メイド「・・・どういった用件でしょうか?」

友「今日は、あのコワーイお兄さんたちはお留守番?」

メイド「・・・ええ、そうです」

友「そう、よかった。なら、まともに話ができそうだ」

352: 2012/08/10(金) 14:02:35 ID:QFYmIAUU
お嬢様「はなし?」

友「そっちのクラスの先生問い詰めたら、今日の午後に来るって言うじゃないか」

友「昼休みからこっち、午後の授業全部サボって待ってた甲斐があったよ」

お嬢様「・・・メイド」

メイド「はい」

お嬢様「この人と、二人で話をさせて」

メイド「しかし・・・」

お嬢様「お願い」

メイド「・・・かしこまりました」ペコリ、スタスタ

353: 2012/08/10(金) 14:03:30 ID:QFYmIAUU
友「・・・」

お嬢様「友さん、ですよね?」

友「そうだよ、お嬢様ちゃん」

友「お互い、男を通して話は聞いてるわけだけど・・・こうして話すのは、初めてだね」

お嬢様「そう・・・ですわね」

友「最初で、最後になるかもしれないけど」

お嬢様「っ・・・」

354: 2012/08/10(金) 14:04:04 ID:QFYmIAUU
友「さっきはああ言ったけど」

友「男、学校には来てないんだよね」

お嬢様「! ・・・そう、ですか・・・」

友「気になる?」

お嬢様「・・・」

友「・・・・・・小学校の頃はさ」

お嬢様「?」

355: 2012/08/10(金) 14:04:35 ID:QFYmIAUU
友「・・・俺たちが、ランドセルを背負ってそうしないうちまでは、男もああじゃなくってさ」

友「母親が旧友同士ってのもあったのかな。どこへ行くのも、何をするのも、二人つるんでヤンチャしてた」

友「俺って上も下も女だから、男のことは幼馴染っていうより、兄弟ってかんじなんだよなぁ」

友「誕生日、俺の方が少し早いのもあって、しょっちゅう兄貴風吹かせてさ」

友「あっちこっち連れまわして・・・俺はいつでも男の前を歩いて、後をついてくる男の手を引いてた」

お嬢様「・・・」

356: 2012/08/10(金) 14:04:55 ID:QFYmIAUU
友「俺って、自分で言うのもなんだけど、器用な方でさ」

友「男にもよく、『友は何でもできるよね』なんて言われるんだけど・・・」

友「ほとんど、あいつのおかげみたいなところあるんだよね」

友「男が興味を持ったこととか、先回りして必死に調べてさ」

友「『友はやっぱりすごい』って、ニコニコしながら言われると、弟ってこんなかんじなのかなって」

お嬢様「・・・」

357: 2012/08/10(金) 14:06:10 ID:QFYmIAUU
友「・・・小学校四年生の、夏休みの時だったかな」

友「男の親父さん、突然いなくなっちゃったんだよね」

お嬢様「・・・!?」

友「出かけたっきり、家に戻ってこないでさ。蒸発っていうの?」

友「もちろん捜索願いとか、できることは全部やったんだけど・・・」

友「もともと、あまり家にいる人じゃなかったみたいでさ。俺も、数えるくらいしか会ったことないんだ」

友「だから、そんなことになっちゃった理由は分からない。 きっと、男も、おばさんも・・・」

358: 2012/08/10(金) 14:06:33 ID:QFYmIAUU
友「・・・それからは、目に見えて男と会って遊ぶ時間は減ったよ」

友「クソガキだった俺は、よく母さんに不満垂らしてたけど・・・当たり前だよな」

友「男は、おばさんの手伝いをするんだって、必死に家事を覚えはじめた」

友「掃除に洗濯・・・料理も。遊びたい盛りの子供がだぜ?」

友「俺からしたら、男のほうがよっぽどすごいヤツなんだよ」

お嬢様「・・・」

359: 2012/08/10(金) 14:07:08 ID:QFYmIAUU
友「でも、おばさんは・・・。無理、してたんだろうなぁ・・・」

友「あんまり強くない人なんだなっていうのは、たまに男から聞く話で、思ってはいたけど・・・」

友「・・・・・・」

お嬢様「・・・?」

友「・・・俺たちが、中学へ上がってすぐだった」

友「強い雨が降る日だった」

友「・・・・・・おばさんは・・・・・・」

360: 2012/08/10(金) 14:10:38 ID:QFYmIAUU


友「男と、無理心中しようとした」



361: 2012/08/10(金) 14:11:08 ID:QFYmIAUU
お嬢様「――!!」

友「その日は、月に一度のご馳走の日だって・・・」

友「おばさんは、自分の作った料理に毒物を混入させて、服毒自殺を図った」

お嬢様「・・・りょうり、に・・・?」

友「男が気付いた時、目に入ったのは、テーブルに突っ伏して口から血と泡を溢したおばさんの姿だ」

お嬢様「・・・っ!!」

362: 2012/08/10(金) 14:11:46 ID:QFYmIAUU
友「男はその光景を見て、その場で胃の物を全部ぶち撒けた」

友「そのうち吐くものが無くなってからも、涎と胃液を垂れ流し続けた」

お嬢様「・・・っ」ポロッ

友「・・・それが生理的、精神的な反応であったとしても・・・結果的には、それが良かったのかもしれない」

友「次の日、学校に来ないまま連絡のつかない男の家を訪ねた俺が見たのは・・・」

友「変わり果てたおばさんと・・・・・・涙と、自分の吐瀉物に塗れながら気絶する、男だった」

363: 2012/08/10(金) 14:12:05 ID:QFYmIAUU
友「あの後、どう対処したのか・・・よく覚えてない。とにかく救急車がきて」

友「――男はそのまま三ヶ月間、家には帰れなかった」

お嬢様「・・・っ、ぅ・・・」グスッ

友「肉体的な後遺症が残らなかったのは奇跡だと、医者は言ってたけどね」

友「・・・ハハッ、なにが奇跡だ。ふざけんじゃねえよ・・・!」

友「あの時の・・・っ、男の姿を見ても、同じことが言えんのかよって・・・!」

お嬢様「ぅ・・・ぐす・・・っ」ポロポロ

364: 2012/08/10(金) 14:12:23 ID:QFYmIAUU
友「・・・それから男は、人が変わったようになった」

友「ほら、そんなに大きくない町だろ? 噂も、すぐに広まって・・・」

友「心にひどい傷を負ったまま、あいつは独りになった」

友「・・・あとは、お嬢様ちゃんも知ってのとおりだよ」

お嬢様「・・・っ、・・・」ゴシゴシ

友「・・・」

365: 2012/08/10(金) 14:13:04 ID:QFYmIAUU
お嬢様「・・・どうして、その話をわたしに・・・」

友「フェアじゃないと思ったからさ。 ・・・男には悪いけど、これからする頼みには」

お嬢様「頼み・・・わたしに?」

友「・・・・・・男を」

友「あいつを、拒絶しないでやってくれ」

友「・・・高校に入って、環境が変わってからも、男は独りでいることをやめようとしなかった」

366: 2012/08/10(金) 14:13:37 ID:QFYmIAUU
友「でも本当は、救って欲しかったんだと思う」

友「他の人間との交流は頑なに避けるくせに、学校へは毎日律儀に通い続けて」

友「もう二度と辛い思いはしたくないと思いつつも、完全に独りきりになってしまうことが、怖かったんだろうな」

お嬢様「・・・」

『イヤなら、鍵を掛けてしまえばいいでしょう!』

『掛けたことなんてないよ・・・怖いじゃないか』

お嬢様「・・・ぁ」

367: 2012/08/10(金) 14:13:57 ID:QFYmIAUU
友「実は俺、お嬢様ちゃんのこと、少し恨んでるんだよね」

お嬢様「え・・・」

友「お嬢様ちゃんは『蜘蛛の糸』なんだよ」

お嬢様「い、いと・・・?」

友「それがさ、引っ張り上げるだけ引っ張っておいて、最後の最後でそれを切っちゃう」

友「ひどいじゃないか? 中途半端で、男はどうするんだよって・・・」

友「だから、恨み言の一つでも言ってやろうかなって」

お嬢様「ぅ・・・」シュン

368: 2012/08/10(金) 14:14:25 ID:QFYmIAUU
友「さっきの、男の話・・・ひいた?」

お嬢様「・・・・・・正直に言って、すこし」

お嬢様「嫌悪感ではなくて・・・。わたしでは、とても想像もつかないような出来事だから・・・」

友「そりゃあそうだ」

友「人間って、他人の痛みには残酷なくらい鈍感だよ。 まして心の痛みなんて、本人にしか分からないさ」

友「でも、お嬢様ちゃんは、男のために泣いてくれたじゃないか」

369: 2012/08/10(金) 14:15:06 ID:QFYmIAUU
お嬢様「・・・でも、わたしは・・・」

友「俺に言わせればさ、二人して意気地なしなだけだ」

友「困難だから、それで諦めるの? 本当に、それで終わっちゃっていいの?」

友「・・・男のこと、好きじゃないの?」

お嬢様「好きですっ!」

友「!」

お嬢様「愛しています・・・!」

お嬢様「きっともう、こんなに誰かを好きになることありません」

370: 2012/08/10(金) 14:15:44 ID:QFYmIAUU
友「・・・そっか。・・・それだけ聞ければ、十分かな」

お嬢様「・・・?」

友「明日、何時の飛行機?」

お嬢様「え、ええと・・・××空港から、十二時丁度初の、トルコ行きの便ですけれど・・・」

友「わかった」コク

お嬢様「でも、男さんは・・・!」

友「必ず間に合うよ。だって、男とお嬢様ちゃんは・・・家族なんだろ?」

お嬢様「・・・」

371: 2012/08/10(金) 14:16:40 ID:QFYmIAUU
友「男を、必ずキミの所へ送る。それは、俺の役目だ」

友「誰にも譲るつもりはない」

友「だから信じて待っていてくれ、キミの一番を」

友「お嬢様ちゃんが好きになった、男って人間を」

お嬢様「・・・はい」クス

ポッ・・・

372: 2012/08/10(金) 14:17:18 ID:QFYmIAUU
お嬢様「あら・・・?」

友「雨か・・・」

ポツ・・・ポツ・・・

友「まるで、あの日みたいだ・・・」ボソ

お嬢様「え、なにか?」

友「・・・あ、なんでもないよ」

友「・・・・・・」ジッ

友「・・・強く、なりそうだな・・・」

374: 2012/08/10(金) 20:06:02 ID:PPZ6Sa9.
友の言動がいちいちかっこよすぎる

376: 2012/08/13(月) 16:48:52 ID:CP.7AEjs


ポッ・・・

男「・・・雨・・・?」

男(箪笥の奥に仕舞っていた、父さんと母さんと僕が映った家族写真・・・)

男(それが収められた、小さな木製のフォトフレームを持つ僕の目の前の窓を、水滴が小さく叩いた・・・)

男「・・・」

377: 2012/08/13(月) 16:49:15 ID:CP.7AEjs
男「母さん・・・」

男「僕、一晩考えてみたけど、もう一度彼女に会うよ」

男「会って、どうするかは決めてないし、分からないけど・・・」

男「きっと、彼女が好きになった僕なら、そうすると思うからさ」

男「だから行くよ。行ってくる」

男「・・・」

378: 2012/08/13(月) 16:49:32 ID:CP.7AEjs
男「ねえ、母さん」

男「・・・どうして、僕と一緒に死のうとしたの?」

男「・・・僕は、愛されてなかったのかな・・・」

男「・・・」

ピンポーン!

男「? 誰だろう・・・?」

男「友かな?」スタスタ

379: 2012/08/13(月) 16:50:11 ID:CP.7AEjs
男「・・・どちら様ですか?」

?「お嬢様の、屋敷のモンだ」

男「えっ・・・?」ガチャ

黒服B「いなけりゃ、帰ってくるまで張り付いてやるつもりだったが」

黒服B「ふん、学校はサボりか?」

男「あなたは・・・」

380: 2012/08/13(月) 16:50:29 ID:CP.7AEjs
黒服B「・・・お嬢様が、お前に話があるそうだ」

男「! 彼女が来てるんですか!?」

黒服B「ここにはいねぇよ」

黒服B「大旦那様には内緒なんでな、後から来る。・・・お忍びってやつだ」

男「そう、ですか・・・」

黒服B「どうする?」

男「行きます」

男「僕も・・・彼女ともう一度、話がしたかったんです」

381: 2012/08/13(月) 16:51:21 ID:CP.7AEjs
黒服B「・・・人気のない所に案内しろ」

男「え?」

黒服B「あまり、人に見られたくはないだろ?」

黒服B「そうだな。滅多に人の来ないところがいい」

男「僕の家じゃあダメなんですか?」

黒服B「あ?そうだな・・・。ここでやると、後処理が面倒くせぇからな」

382: 2012/08/13(月) 16:51:38 ID:CP.7AEjs
男「処理?」

黒服B「・・・とにかく、外の方が都合がいいんだ」

男「わかりました。少し歩きますけど、いいですか?」

黒服「ああ、かまわねぇぜ」ニヤリ

・・・・・・

男「こっちです」

黒服B「・・・」

383: 2012/08/13(月) 16:51:58 ID:CP.7AEjs
男「あの、聞いてもいいですか?」

黒服B「なんだ?」

男「お嬢様さん、変わった様子とか、ありませんか?」

黒服B「・・・さあな」

男「お父さんとは、仲直りしてましたか?」

黒服B「・・・さあな」

男「そういえば連絡って・・・彼女、携帯電話は持ってませんでしたよね?」

384: 2012/08/13(月) 16:52:21 ID:CP.7AEjs
黒服B「まだか?」

男「あ・・・この、すぐ先です」

黒服B「ここはなんだ?」

男「養蚕工場、らしいです。元、ですけど・・・」

男「ここ、おれが小さい頃から廃工場で、友達とよく探検したり・・・って、関係ないですね」

男「今は、隅の一角を、粗大ゴミ集積場に使ってます」

男「とは言っても、予備ですから、ここへ持ち込む人はまずいません」

黒服B「ほぉ、ゴミ置き場か」

385: 2012/08/13(月) 16:52:39 ID:CP.7AEjs
男「ここなら、人が来ることはないです」

黒服B「そいつぁ、都合がいい・・・」

男「え? 何が――」

ドガッ!!!

男「――・・・ッ!!?」ズシャッ

男(な、殴られた! 思いっきり・・・顔を!)

386: 2012/08/13(月) 16:53:11 ID:CP.7AEjs
黒服B「・・・・・・てめえのせいだ」

バキッ!!!

男「ッ!?」

黒服B「てめえのせいで、お嬢様は!」

ドカッ、ドガッ!!

男「~~ッ!?」

387: 2012/08/13(月) 16:53:30 ID:CP.7AEjs
黒服B「変わった様子は、だとぉ?」グイッ

男「・・・ッ・・・!」

男(倒れ伏す僕にのしかかり、髪を掴み上げてきた・・・)

黒服B「てめえと出会ってから、お嬢様は変わっちまったよ、なんもかんも!」

ガンッ!

黒服B「この俺が愛して病まない、儚く憂う表情はナリを潜め、夢だ恋だ乙女だの!?」

黒服B「あまつさえ、海外だァ!? ・・・俺の手の届かないところへ行っちまうだとォ!!」

ガンッ!!

388: 2012/08/13(月) 16:54:04 ID:CP.7AEjs
黒服B「貴様のせいだ、このクズ野郎ッ!欠陥野郎がッ! 分不相応も甚だしい!」

黒服B「どこをとっても三流以下の、救いようのないゴミ人間が、この俺のお嬢様と五日も!?」

ガンッ!!!

黒服B「俺だけだ・・・! 世界中でお嬢様に触れることが、愛でることが許されるのは!」

黒服B「それをッ・・・!! 貴様は二度と、お嬢様の前に顔を出せないようなツラにしてやる!」

ドカッ、バキッ、ガンッ、グシャッ、ベキッ ・・・・・・・・!!

389: 2012/08/13(月) 16:54:24 ID:CP.7AEjs
黒服B「はっ、はぁ、はぁっ」

男「・・・ぁ、・・・」

黒服B「ひ、ひひッ」

男「ぅ・・・っ」

黒服B「ひひひッ、どうだ思い知ったか!? 俺のモンに手を出すからだ!」

ドスッ!!

男「げェ、ッほ!」

男(お腹に・・・つま先を蹴り込まれた・・・)

390: 2012/08/13(月) 16:54:46 ID:CP.7AEjs
黒服B「オラ、オラァ、オラァッ!!」

ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

男「ぅぐ、ォ゛・・・ッぅ゛ぇ・・・ッ」

黒服B「おいおい、汚ねぇなぁクズ! ところかまわず粗相とは、気品が知れるぞゴミ人間!」

黒服B「そら、こっちだ・・・!」

ズリズリ

黒服B「オイオイ、よかったなァ、すぐそこがゴミ捨て場で?」

ドサッ!!

391: 2012/08/13(月) 16:55:07 ID:CP.7AEjs
黒服B「おーおー。ゴミはゴミらしく、そこにいるのがよく似合ってる、ぜッ!」ペッ!

男「・・・っ」ビチャッ

黒服B「ひゃッひゃッ、じゃあな。 そのまま、業者に夢の国まで運んでもらえや!」

男「っ・・・ぁ」

ポッ・・・ポツ・・・

男(滅茶苦茶に殴られた顔が、熱い)

男(しこたまお腹を蹴られたせいかな、気持ち悪い)

392: 2012/08/13(月) 16:55:45 ID:CP.7AEjs
ポツ、ポツポツ・・・

男(右目・・・瞼が重くて、開けらんないや。・・・頭、チカチカする。意識が、飛びそうだ)

男(僕、なんでこんな目に遭ってるんだろう・・・)

ポツポツポツポツ・・・

男(こんなことって、あるんだなぁ・・・)

男(ごめんね、友。 せっかく、背中を押してもらったのに・・・)

男(・・・・・・)

男(・・・ごめんね、お嬢様さん・・・)

ザアァァァァァ・・・

男「・・・・・・」

393: 2012/08/13(月) 16:56:25 ID:CP.7AEjs


ザアアアア・・・・

(いつの間にか本降りになった雨が、僕の全身を叩く・・・)

(冷たいはずなのに、なんにもかんじない・・・)

ザアアアァァァ・・・

(何も、見えない・・・真っ暗だ・・・)

(体は動かないし、なんだか気力も湧かない・・・)

394: 2012/08/13(月) 16:57:14 ID:CP.7AEjs
(僕は結局、なんにもできないまま・・・変われなかった・・・)

(もう、いいや・・・)

(もう、疲れた・・・)

・・・このまま、寝かせて・・・

・・・

『・・・男』

・・・?

・・・僕を、呼ぶ声がする・・・

・・・誰だろう・・・?

395: 推奨BGM 翡翠の記憶 2012/08/13(月) 16:58:33 ID:CP.7AEjs

『・・・』

『どうした? なんで、泣いている?』

・・・父さん・・・?

『辛い時にこそ、男は笑うもんだぞ』ニコ

『そうでないと、傍にいる家族が、不安になっちゃうだろう?』

396: 推奨BGM 翡翠の記憶 2012/08/13(月) 16:58:59 ID:CP.7AEjs
・・・

『・・・父さん、また出かけるけど・・・母さんのこと、頼むな』

『俺がいない間は、男が父さんの代わりに、守ってやらないとな?』

『そんなに寂しそうな顔するなよ。なぁに、すぐに帰ってくるさ』

『いつだって、母さんと男のいるこの家が、父さんの帰る場所なんだから』ニコッ

397: 2012/08/13(月) 16:59:25 ID:CP.7AEjs
・・・

『・・・男ちゃん、パパは必ず帰ってくるわ。ママは信じてる』

『だからそれまでは、ママが、男ちゃんとこの家を守るからね?』

『だってわたしは、男ちゃんのお母さんだもの、ふふっ』

・・・母さん

『男ちゃんは玉子焼きが好きなのね。じゃあ、ママが作り方を教えてあげるわ』

『いつか、男ちゃんが食べさせたい誰かに、美味しいって言ってもらえるようにね?』クスッ

398: 2012/08/13(月) 16:59:58 ID:CP.7AEjs
・・・

『ごめんね、男ちゃん。ママ、忙しくって、授業参観にも運動会にも行けなくって』

『友くんのお母さんに、ビデオとってもらったから、後で一緒に見ようね?』

『ふふっ、だって親だもの。男ちゃんのことは、何でも知っておきたいの』

『運動会は、終わっちゃったけど・・・。ママに、男ちゃんのこと、応援させてね』ニコッ

399: 2012/08/13(月) 17:00:38 ID:CP.7AEjs
・・・

『ごほっ、ごほっ。・・・ダメね、ママ。男ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃって』

『・・・もう、泣いたらダメよ、男ちゃん。大丈夫、ママならすぐに元気になるから!』

『もうすぐご馳走の日でしょう? 男ちゃんの好きなもの、ママたくさん作ってあげるからね』ニコ

・・・

『どう? 男ちゃん、美味しい?』

『そう・・・。ふふふっ、よかったわ』ニコッ

400: 2012/08/13(月) 17:01:07 ID:CP.7AEjs
・・・

ザアアアァァァァァ・・・

『ファースト・キスよ』

・・・あ・・・

『夢のような日々を、ありがとうございました』

『ずっと、愛しております』

401: 2012/08/13(月) 17:01:21 ID:CP.7AEjs
・・・

『こうした方が、あったかいもの』

『あなたと、ずっと一緒にいれたらって思ってるの』

『わたしがあなたの家族になるわ』

・・・

『あなたはここにいる。わたしがしっかり抱いているもの』
 
『わたしが、あなたを暖めるから』

『そう、決めたからね?』

402: 2012/08/13(月) 17:01:39 ID:CP.7AEjs
・・・

『ここ、座ってもいいかしら?』

『いいわ。わたしがそっちへ行くから』

『い、いいわよね?』

・・・

『わぁ、おいしいっ』

『玉子焼きって、こんなに甘くてとろ~ってしてたのね』

『お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!』

403: 2012/08/13(月) 17:03:28 ID:CP.7AEjs
・・・

―・・・『それとも、あなたと一緒だからかしら?』・・・―

ザアアアァァァァ・・・

男「・・・」

男「・・・うん」

男「きっと、僕も・・・」

419: 2012/08/17(金) 09:37:32 ID:WXjwtAew


お嬢様「お父様、いますか?」コンコン

大旦那「・・・」

ガチャ

お嬢様「・・・お父様」

お嬢様「・・・そろそろ、出発します」

大旦那「・・・そうか」

420: 2012/08/17(金) 09:38:41 ID:WXjwtAew
お嬢様「・・・」

お嬢様「わたし、御曹司様と行きます」

お嬢様「お父様の、言う通りにします」

お嬢様「だから・・・最後のお願いです」

大旦那「おまえの最後の我侭なら、もう聞いてやった」

大旦那「おまえがどうしてもとせがむから、一般の学校へ転校することを許したのだ」

お嬢様「はい。だから、これはワガママではなくて、お願いです」

大旦那「・・・なら、私がそれを聞いてやる道理はないな?」

421: 2012/08/17(金) 09:39:56 ID:WXjwtAew
お嬢様「彼のこと、お父様にお願いしてもいいですか?」

大旦那「・・・」

お嬢様「男さんのことを、どうかよろしくお願いします」ペコリ

大旦那「・・・あの男のことは、早く忘れるんだ」

お嬢様「忘れることなんて、できません」

お嬢様「人を、心から好きになるって、そういうことでしょう?」

お嬢様「お父様は・・・お母様のこと、忘れてしまったのですか?」

大旦那「・・・」

422: 2012/08/17(金) 09:40:17 ID:WXjwtAew
お嬢様「落ち着いたら、メールしますね」

お嬢様「わたし、お父様に聞いて欲しいこと、たくさんあるんです」

お嬢様「ずっと・・・今までのことも、これからのこともです」

大旦那「・・・私は忙しい。ちゃんと目を通してやれる保証などできんぞ」

お嬢様「はい、もちろんわかってます。それでもいいんです」

お嬢様「わたしのことを、お父様に知って欲しいっていう、わたしのワガママですから」

大旦那「・・・」

423: 2012/08/17(金) 09:40:36 ID:WXjwtAew
お嬢様「でも・・・」

お嬢様「お父様も、なにかあったらわたしに言ってくださいね」

お嬢様「他の人には言えないことでも・・・わたしには、遠慮しないでください」

お嬢様「わたしはお父様の娘で・・・」

大旦那「・・・」

お嬢様「お父様は、わたしのお父様なのですから」

大旦那「・・・」

424: 2012/08/17(金) 09:41:23 ID:WXjwtAew
大旦那「御曹司殿を、待たせているのではないか・・・?」

お嬢様「・・・・・・はい」

お嬢様「あの、お父様、最後に一つだけ」

大旦那「・・・なんだ」

お嬢様「・・・これからは、二人きりの時は『パパ』って呼んでもいいですか?」

大旦那「なに?」

お嬢様「まだわたしが小さくて、お母様も元気だったあの頃のように・・・」

お嬢様「・・・本当は、ずっとそう呼んでいたかったんです」クス

大旦那「・・・」

425: 2012/08/17(金) 09:41:45 ID:WXjwtAew
お嬢様「・・・それじゃあ・・・」

大旦那「・・・体には」

お嬢様「?」

大旦那「いや・・・」

お嬢様「・・・」

大旦那「・・・・・・・・・気をつけて行きなさい」

お嬢様「・・・っ」

お嬢様「はい、パパ」ニコッ

426: 2012/08/17(金) 09:42:24 ID:WXjwtAew
・・・・・・

ザアアアァァ・・・

男「・・・運休・・・全線?」

構内アナウンス「・・・えー、繰り返し申し上げます」

構内アナウンス「ただいま○×線は、昨夜から続く雨の影響と」

構内アナウンス「××駅で起きました人身事故の影響により、現在、運転を見合わせております」

構内アナウンス「お急ぎのところ、お客様には大変後迷惑をおかけします。 振り替え輸送のご案内ですが・・・」

427: 2012/08/17(金) 09:43:22 ID:WXjwtAew
男「あの、運転・・・再開の目処は、しばらく立ちそうにありませんか?」

駅員「ええ、そうですねぇ、今の所は・・・ひっ!?」ビクッ

男「・・・あ」

男「わかりました、どうも・・・っ」タタッ

男(いまの僕の顔、相当、酷いんだろうなぁ・・・)

428: 2012/08/17(金) 09:43:42 ID:WXjwtAew
ザアアァァァァ・・・

男「・・・まいったな」

男「タクシーもバスも、待っている人でいっぱいだ」

男「それにこんな顔してたら、乗車拒否とかされちゃうかな・・・はは」

男「痛っ・・・! 笑うと、顔に響くや・・・」

男「・・・どうしよう・・・」

429: 2012/08/17(金) 09:44:00 ID:WXjwtAew
ザアアァァァ・・・

男「・・・いや、行くんだ」

男「たとえ走っても、這ってでも、必ず・・・!」

男「・・・・・・必ず、行かないと」

ザアァァァァ・・・

430: 2012/08/17(金) 09:44:36 ID:WXjwtAew
・・・・・・

ザアァァァァ・・・

お嬢様「では、行ってくるわね、メイド」

メイド「はい、お嬢様。・・・寂しくなります」

お嬢様「ふふっ、わたしもよ」

メイド「向こうは、こちらとは風土も環境も違います」

メイド「慣れないうちにあまり無理をして、お体を壊されないよう、お気をつけ下さい」

お嬢様「そうね、ありがとう」

431: 2012/08/17(金) 09:45:57 ID:WXjwtAew
メイド「・・・」

お嬢様「・・・」

メイド「・・・お嬢様・・・」

メイド「わたくしの力が足りないばかりに、結局、このようなことになってしまって・・・」

メイド「本当に申し訳ありません、お嬢様」

お嬢様「謝らないで・・・? あなたは、十分助けてくれたもの」

お嬢様「もし、わたしにお姉様がいたら、あなたのような人だったらって思うわ」

お嬢様「・・・感謝しているのよ」

432: 2012/08/17(金) 09:46:17 ID:WXjwtAew
メイド「そんな・・・わたくしには勿体無いお言葉です、お嬢様」

お嬢様「・・・お父様のこと、お願いね」

メイド「はい、お任せください」

メイド「お嬢様の分も、わたくしが大旦那様をしっかりとお支えしてゆきます」

お嬢様「・・・ありがとう」

お嬢様「・・・・・・それじゃあ、ね?」

メイド「・・・はい」

433: 2012/08/17(金) 09:47:03 ID:WXjwtAew
メイド「あなたたち、いいですね?」

メイド「空港までお嬢様のこと、しっかりとお送りするように」

黒服A・B「はっ」

メイド「御曹司様は?」

黒服A「もう、むこうの車で待機しています」

メイド「そうですか・・・」

434: 2012/08/17(金) 09:47:32 ID:WXjwtAew
メイド「わたくしは、御曹司様と、少し話をしてきます」

メイド「あなたたちは、お嬢様を送る車に乗って待っていなさい」

黒服B「は・・・? しかしですね、雨天の影響で、多少の混雑が・・・」

黒服A「――了解です」

黒服A「ただ、あんまり余裕はないんで、早めに切り上げてくださいね」

メイド「ええ、そんなに時間はかけませんから」

スタスタ

435: 2012/08/17(金) 09:47:57 ID:WXjwtAew
黒服B「おい、どういうつもりだ? 時間は・・・!」

黒服A「まだ間に合う。・・・そんなに急ぐ必要もないだろう」

黒服A「・・・車で待機だ」

黒服B「チッ・・・!」

コンコン

・・・ウィーーン

メイド「御曹司様、少しよろしいですか?」

436: 2012/08/17(金) 09:48:34 ID:WXjwtAew
御曹司「なんだい? なにかトラブルでも?」

メイド「いいえ。わたくしが、御曹司様と個人的なお話をしたくてお伺いました」

御曹司「キミがオレに?」

メイド「はい」コクリ

御曹司「珍しいな、なんだい?」

メイド「・・・わたくしと、賭けをいたしませんか?」

御曹司「は?賭け? ・・・オレとか?」

メイド「はい。わたくしと、御曹司様で、です」

437: 2012/08/17(金) 09:50:17 ID:WXjwtAew
御曹司「そりゃあオレは構わないが、一体何を賭けるんだ?」

メイド「シンプルなことです」

メイド「今日、御曹司様とお嬢様が飛び発つまでに、あの方が・・・」

メイド「男様が現れたら、お嬢様との婚約の件は、無かったことにして頂きたいのです」

御曹司「・・・・・・本気か?」

メイド「わたくしは、冗談は苦手でございます」

438: 2012/08/17(金) 09:51:09 ID:WXjwtAew
御曹司「それで、オレが仮に頷いたところで・・・事はそう単純じゃあない」

御曹司「大旦那さんへはどう説明するつもりだ? ハイ、ソウデスカとはいかないだろ?」

御曹司「オレが、一方的に話を取り下げたら終わるような問題じゃない」

メイド「もちろん、大旦那様にも、わたくしからお話しを」

メイド「必ず承諾していただきます」

御曹司「・・・」

御曹司「そもそも、オレにメリットはあるのか?」

440: 2012/08/17(金) 09:54:41 ID:WXjwtAew
メイド「ございません」

御曹司「なんだと?」

メイド「ですが、このままお嬢様と一緒になられても、幸せにはなれません」

メイド「お嬢様はもちろん・・・御曹司様も」

御曹司「・・・ハッ・・・。メイド風情が、随分と・・・」

メイド「不敬は承知のうえで申し上げております」

御曹司「やたら強情に出ているが、使用人如きにそこまで口を挟まれるのは不快だな」

441: 2012/08/17(金) 09:55:48 ID:WXjwtAew
メイド「御曹司様の仰りようは、当然でございます」

メイド「この件がどちらに転んだとしても、わたくしのことは、どうぞお好きになさってください」

御曹司「たかだかメイド一人の人生と、彼女との婚約を秤にかけろと?」

メイド「はい。・・・どうか、お願い致します」フカブカ

御曹司「・・・なぜ、そこまで真剣になれる?」

メイド「こうすることが、お嬢様のためなのだと、心から思っているからです」

御曹司「・・・信じているのか?」

御曹司「キミは、あの男は来ると・・・」

メイド「ええ」

442: 2012/08/17(金) 09:56:26 ID:WXjwtAew
御曹司「・・・理解に苦しむな。まともに言葉を交わしたこともない人間を、どうして・・・」

メイド「そうですね・・・わたくしは、男様のことは何も知りません」

メイド「ですが、お嬢様が信じた・・・好きになった方です」

メイド「わたくしにはそれだけで、十分信じるに足る理由です」

御曹司「・・・」

メイド「・・・御曹司様」

メイド「受けて、いただけますか?」

ザアアァァァァ・・・

443: 2012/08/17(金) 09:57:11 ID:WXjwtAew
・・・・・・

ザアアァァァ・・・

友「止まなかったな、雨・・・」

友「男は、今朝も学校には来ていないか・・・」

友「男・・・」

友「来るよな・・・?」

教師「よーし、じゃあ次ページの英文を訳してもらおう」

444: 2012/08/17(金) 09:57:42 ID:WXjwtAew
教師「だれにやってもらうかな? そうだなー・・・」

ガラガラッ

男「・・・」

教師「――ん? うおっ!?」ビクッ

生徒A「! げッ、なんだあいつ!?」

生徒B「か、顔・・・ボコボコじゃねえか・・・全身ずぶ濡れだし・・・!」

ザワザワザワ・・・!

445: 2012/08/17(金) 09:58:44 ID:WXjwtAew
男「・・・」

スタスタ・・・

生徒C「きゃあ!?」

生徒D「ひぃっ!」

教師「お、おい! おまえ・・・どこのクラスの生徒だ!?」

教師「いまは授業中だぞ!? 自分の教室・・・いや、まずは保健室にだな・・・!」

スタスタ・・・

446: 2012/08/17(金) 10:00:24 ID:WXjwtAew
男「友」

友「・・・へへ。なんだ、随分男前になったじゃないか?」ニッ

男「彼女を、迎えに行く」

男「車を貸して」

友「・・・・・・」フゥ

友「先生!」

教師「な、なんだ?」

友「すいません、早退します」

447: 2012/08/17(金) 10:01:07 ID:WXjwtAew
教師「なんだと?」

友「こいつ、病院に連れて行かないと」

教師「あ、ああ・・・? しかし・・・」

男「友、僕は・・・」

友「貸してってな、お前、免許持ってないじゃないか」

友「だいたい、場所とか、飛行機の時間とか知ってるのか?」

男「・・・あっ」

448: 2012/08/17(金) 10:01:44 ID:WXjwtAew
友「おいおい・・・」

男「僕はとにかく、あの子のところ行かなきゃって、それだけで・・・」

友「・・・そうか、お前らしい」クス

友「気持ちは、固まったんだな?」

男「・・・うん」コク

友「よし。なら、俺が連れてってやる」

449: 2012/08/17(金) 10:02:27 ID:WXjwtAew
友「おっと、『でも・・・』はナシだからな?」

友「まったく、ヤキモキさせやがって・・・」

男「友・・・」

男「・・・・・・うん」

男「僕を、彼女のところへ連れて行ってくれ!」

友「ああ、任せておけ!」ニッ

450: 2012/08/17(金) 10:03:08 ID:WXjwtAew
・・・・・・

ザアアァァァ・・・

大旦那「・・・」

コンコン

大旦那「・・・だれだ」

メイド「メイドです、大旦那様。 ・・・入ってもよろしいですか?」

大旦那「・・・ああ」

451: 2012/08/17(金) 10:03:32 ID:WXjwtAew
ガチャ

メイド「失礼します」

大旦那「・・・」

メイド「間もなく、お嬢様たちが空港へ到着するそうです」

大旦那「・・・そうか」

メイド「・・・」

大旦那「・・・雨は、止みそうにないな・・・」

メイド「はい」

452: 2012/08/17(金) 10:05:19 ID:WXjwtAew
大旦那「・・・・・・『よろしくお願いします』、か」

大旦那「二人して同じ事を言って・・・」

大旦那「ふふっ・・・、これでは、私が悪者のようではないか・・・」

メイド「大旦那様・・・」

大旦那「メイド、お前はどう思う?」

大旦那「私が間違っていると思うか?」

メイド「・・・わたくしは・・・」

大旦那「無作法だと思うことはない。遠慮は要らんから、素直な意見を聞かせてくれ」

453: 2012/08/17(金) 10:07:39 ID:WXjwtAew
メイド「・・・大旦那様の仰った通り・・・」

メイド「気持ちというものは、ひどく不安定に揺れ動くものです」

メイド「愛しているから、と・・・」

メイド「言葉にするのは容易ですが、それを幸せという形にするには、とてつもない労力が必要でしょう」

メイド「・・・ですが、わたくしも女です」

メイド「立場や価値観を飛び越える、一生に一度の恋、運命の出会いというものには憧れますし」

メイド「そういうものが、きっと現実にもあって・・・」

メイド「そうして幸せになった人もいるのだと、信じております」

454: 2012/08/17(金) 10:08:40 ID:WXjwtAew
メイド「お嬢様にとって、それがあの方だと・・・男様なのだというのなら・・・」

メイド「わたくしは全身全霊をかけて、それを応援するだけです」

大旦那「・・・人を好きになる、か・・・」

大旦那「私とてな、木の股から生まれたわけではない」

大旦那「アレは・・・お嬢様の母もな、一般の家庭に生を受けた女だったのだ」

大旦那「笑った顔が向日葵のような、とても印象的な女でな」

大旦那「アレが笑うと、不思議と私まで温かい気持ちになれて・・・いつの間にか、どうしようもなく惹かれていた」

455: 2012/08/17(金) 10:10:15 ID:WXjwtAew
大旦那「・・・だが私の家は、父も母も、それは厳格な人だったからな」

大旦那「当然、私たちの関係が許されることはなかった」

メイド「・・・」

大旦那「そして、二人で遠くへ行った」

大旦那「色々な物を棄てて、親の手の届かないところへ」

大旦那「そしてお互い、死ぬ気で働いて・・・」

大旦那「ふふっ・・・当時は、自分がもし子供を持ったら『こんな想いは絶対にさせない』と誓ったものだが・・・」

大旦那「時の流れというものは皮肉で、残酷なものだ」

456: 2012/08/17(金) 10:12:38 ID:WXjwtAew
大旦那「・・・・・・アレが、病気で亡くなって・・・」

大旦那「私は、立ち止まることをやめた」

大旦那「振り返ってしまったら、彼女と過ごした日々を想ってしまったら・・・」

大旦那「そこから、二度と動けなくなりそうだったからだ」

メイド「大旦那様・・・」

大旦那「・・・パパ、か・・・ふふふっ」

大旦那「いつの間にか、わたしのことを『お父様』と呼ぶようになったお嬢様は・・・」

大旦那「笑った顔が、アレにそっくりに見えるくらい成長していた」

457: 2012/08/17(金) 10:13:48 ID:WXjwtAew
大旦那「・・・だから、怖くなったんだな、私は」

大旦那「また家族を・・・失ってしまうのでは、と・・・」

大旦那「仕事に一層傾倒し、娘と接する機会を出来るだけ削った。予防線のつもりだったんだろう」

大旦那「まったく・・・ダメな親の見本というやつだな」

大旦那「それに、娘から母親を奪ってしまったという負い目もあった」

メイド「それは・・・! 大旦那様せいでは・・・!」

大旦那「ああ・・・」

458: 2012/08/17(金) 10:14:53 ID:WXjwtAew
メイド「大奥様が亡くなられたのは、ご病気のせいであって、大旦那様は何も・・・!」

大旦那「みな、そう言うのだ」

大旦那「だがな、やはり思ってしまうのだ。当人としてはな・・・」

大旦那「あの時、あんな風に根を詰めるような働き方をさせるべきではなかった、と」

大旦那「・・・」

大旦那「逃げたりせず、トコトン・・・父と母が折れるまで、二人で話し合っていれば・・・と」

メイド「・・・」

459: 2012/08/17(金) 10:16:04 ID:WXjwtAew
大旦那「・・・お母様がいれば、か・・・」

大旦那「きっと、私はこっぴどく叱られるだろうな。『何を考えているの?』と・・・ふふっ」

大旦那「私は・・・間違ってしまったのかもなぁ・・・」

大旦那「もっと娘とゆっくり・・・時間をかけて、話すべきだったのだ」

大旦那「・・・家族、なのだから」

メイド「・・・・・・まだ」

メイド「まだ、間に合います」

大旦那「・・・」

460: 2012/08/17(金) 10:17:04 ID:WXjwtAew
メイド「お嬢様に、大旦那様の気持ちを伝えましょう」

大旦那「しかし・・・」

メイド「たとえ家族でも、言葉にしなければ伝わらないことはあります」

大旦那「娘を避け続けてきた私に、できるだろうか・・・」

メイド「・・・お嬢様が、仰ってました」

メイド「人は、変われるのだと」

大旦那「・・・あの子が・・・」

462: 2012/08/17(金) 10:18:07 ID:WXjwtAew
大旦那「私も、変われるだろうか。いまからでも・・・」

メイド「はい、きっと・・・!」

大旦那「・・・そうか」クス

大旦那「メイド、娘のいる空港まで車を出してくれ」

メイド「!」

大旦那「それから・・・」

大旦那「今日の仕事は、全てキャンセルだ」

メイド「・・・はいっ!!」パァ

463: 2012/08/17(金) 10:18:49 ID:WXjwtAew
・・・・・・

ザアァァァ・・・

友「男、もうすぐ着くぞ」

男「うん」

友「・・・腫れ、少しはひいたか?」

男「どうだろう・・・? よく、わかんないや」

男「でも、右目はどうにか開けれるようになったよ」

友「急場しのぎに、プレートアイス砕いたヤツ当てるだけでも、違うもんだな」

464: 2012/08/17(金) 10:19:58 ID:WXjwtAew
男「・・・あとでおばさんに、ちゃんとお礼言わないとだね」

友「その時は、お嬢様ちゃんと二人、一緒に来いよ」

男「そうだね・・・」

男「服も、ありがとうね」

友「男が着てたの、ビショビショの上に泥だらけだったしなぁ」

友「何より、一世一代の大勝負に出るんだ。おめかしくらいはな?」

男「だから、スーツなの?」

友「わかりやすくていいだろ?」

465: 2012/08/17(金) 10:20:39 ID:WXjwtAew
男「・・・」

友「・・・お嬢様ちゃんに、何て言うんだ?」

男「・・・」

男「・・・・・・夢でね」

男「父さんと、母さんのこと、少し思い出したんだ」

男「ずっと、思い出すの辛かったけど・・・」

男「いまなら、僕は二人に愛されていたんだって」

男「素直にそう、思えるんだ」

466: 2012/08/17(金) 10:22:31 ID:WXjwtAew
友「男・・・」チラ

男「父さんは、今も結局帰ってこないまま」

男「母さんも、僕を置いて逝ってしまったけど」

友「・・・空港に入るぞ」

男「子供の頃の僕は、自分のことを不幸だなんて思ったこと、なかったよ」

男「いつだって、写真に映る僕のように、笑顔でいれたんだ」

467: 2012/08/17(金) 10:24:49 ID:WXjwtAew
男「だから僕は・・・もっと、自惚れていいのかなって」クス

男「世界中の誰よりも、彼女のことを幸せにできるんだって」

男「彼女に会って、もう一度、今度は胸を張って言うよ」

男「好きだ、って」ニコ

友「・・・そっか」

友「もう、俺に手を牽かれなくても、男は一人で歩いていけるんだな」

友「・・・こういうの、寂しいって言ったら・・・ダメなんだろうなぁ」

男「友・・・」

468: 2012/08/17(金) 10:26:02 ID:WXjwtAew
友「よし、着いたぞ」

男「・・・うん。時間、何とか間に合いそうだ」

男「ここまで、いろいろありがとう」

友「ああ」

男「友は、これからどうするの?」

友「男は、男にしかできないことをするために行くんだろ?」

友「俺は俺で、自分にしかできないことをやるさ」

469: 2012/08/17(金) 10:26:28 ID:WXjwtAew
友「だから、後ろは俺にまかせて、お前は真っ直ぐ進め」

男「うん・・・!」

友「ここで、『無茶するな』なんて言わないぜ」

友「後悔しないように、思いっきり暴れてこい」

男「・・・行ってくる、友」

友「ああ。行ってこい、親友!」

ザアアァァァ・・・

470: 2012/08/17(金) 10:28:36 ID:WXjwtAew
・・・・・・

御曹司「A-29、A-29・・・ここか」

御曹司「さあ、座って」

お嬢様「・・・」トス

御曹司「ふむ。思っていたほどの窮屈さは感じないな」

お嬢様「・・・」

御曹司「・・・なにか珍しいものでも見えるのかい?」

御曹司「窓から外を見ているが・・・」

471: 2012/08/17(金) 10:29:58 ID:WXjwtAew
お嬢様「・・・」

御曹司「もしやと思うけど・・・」

御曹司「あの男を、待っているわけではないだろうね?」

お嬢様「・・・」

御曹司「来るわけないだろう」

お嬢様「・・・あの人は、来ます」

御曹司「なんで、そう言えるんだ?」

472: 2012/08/17(金) 10:30:46 ID:WXjwtAew
御曹司「・・・あの男とオレと、一体なにが違うっていうんだ?」

御曹司「オレは絶対に、あなたに不自由などさせない」

御曹司「あなたを、必ず幸せに・・・」

お嬢様「――御曹司様は」

お嬢様「わたしの、どのようなところに惹かれたのですか?」

御曹司「・・・」

お嬢様「幸せにしてくださると、言っていただけましたが・・・」

お嬢様「これから十年、二十年・・・五十年経っても、わたしのことだけを愛してくださいますか?」

473: 2012/08/17(金) 10:31:34 ID:WXjwtAew
御曹司「・・・」

御曹司「言葉にするのは、簡単なことだ。大事なのは・・・」

お嬢様「そうです」

お嬢様「きっと・・・そうなのかもしれません」

お嬢様「でも、わたしが欲しかったのは、そんな簡単なことで・・・」

お嬢様「あの人は、わたしにそれをくれたんです」

御曹司「・・・オレではダメだと? そんなにオレは、魅力がないか・・・?」

お嬢様「御曹司様は・・・たとえ『御曹司様』でなくても・・・とても、魅力的です」

474: 2012/08/17(金) 10:32:28 ID:WXjwtAew
御曹司「・・・」

お嬢様「ただ・・・」

お嬢様「わたしでなくても、平気な人なんです」

御曹司「・・・っ」

お嬢様「少なくともあの人・・・っ」ポロッ

お嬢様「男さんは、私でないとダメだって言ってくれたんです!」

お嬢様「言葉だけじゃなくて・・・っ、心から・・・!」ポロポロ

475: 2012/08/17(金) 10:33:10 ID:WXjwtAew
御曹司「あなたは・・・!」

お嬢様「御曹司様が、ダメなのではありません」

お嬢様「きっと、他の誰でも・・・」

お嬢様「男さんでないと、ダメなんです」

御曹司「く・・・っ」フイッ

お嬢様「・・・」グスッ

476: 2012/08/17(金) 10:34:38 ID:WXjwtAew
・・・・・・

グランドスタッフ「こんにちわ、お客様」

男「あの、十二時発の、トルコ行きの便なんですけど」

グランドスタッフ「トルコ航空の、イスタンブール行き直行便でしょうか?」

男「はい、それです」

グランドスタッフ「そちらは、すでに最終搭乗受付時間が過ぎておりまして・・・」

男「まだ、出発はしてないんですよね?」

グランドスタッフ「え? ええ、そうですが・・・」

477: 2012/08/17(金) 10:35:17 ID:WXjwtAew
男「知り合いがその飛行機に乗っているんですが、忘れ物をしてしまったようで・・・」

男「とても、大事な物なんです」

男「会って、渡すことはできませんか?」

グランドスタッフ「・・・それは・・・」

グランドスタッフ「問い合わせてみますので、少しお待ちいただけますか?」

478: 2012/08/17(金) 10:35:36 ID:WXjwtAew
男「・・・わかりました」

男「ちなみに、搭乗口ってどっちですか?」

グランドスタッフ「四階の、第三サテライト31番の、ゲートラウンジからになっております」

男「そうですか・・・」

グランドスタッフ「・・・もしもし、北口チェックインカウンターです」

グランドスタッフ「トルコ航空のTK51便なのですが、いま、乗客の方に荷物を届けにきたというお客様が・・・――!?」

479: 推奨BGM 00 gundam 2012/08/17(金) 10:37:47 ID:WXjwtAew

男「ッ・・・!!」ダッ

グランドスタッフ「お、お客様、どちらへ!?」

男「階段は・・・あっちか!」

グランドスタッフ「! だっ、誰か止めてッ!!」

空港係員A「なんだ!?」

空港係員B「不審者だ、各階へ連絡しろ!」

男「く、さすがに・・・ッ」

480: 2012/08/17(金) 10:38:12 ID:WXjwtAew
黒服A「なんだ? ――・・・アイツは・・・!?」

黒服B「!? あの野郎・・・!!」

男「なんとか四階へ・・・!」

黒服A「アイツ、まさかお嬢様のところへ!?」

黒服B「クソが、行かせッかァ!!」ダッ

黒服C「おい!?」

黒服D「ボケッとするな、俺たちも追うぞ!」

男「! あの人たちは・・・!」

481: 2012/08/17(金) 10:38:53 ID:WXjwtAew
空港係員A「そこの男、止まれッ!」

男「止まれといわれて、止まれるわけは!」

空港係員C「階段から移動するぞ、そっちに回れ!」

空港係員D「左右から・・・! エントランスの前にも何人か待機させるんだろ!」

男「!? くッ、あっという間に囲まれて!」

空港係員B「そのまま、壁際に追い詰めろ・・・そうだ!」

男「ここまで来たのに・・・! もう少しで届くのに・・・!」

空港係員D「こちらはもういい! 念のため、TK51便の機長に連絡を!」

482: 2012/08/17(金) 10:39:29 ID:WXjwtAew
男「彼女が、あそこにいるのに・・・ッ」

黒服A「おまえ、どういうつもりで・・・」

男「決めたんだ、もう何も零さないって・・・」ギュッ

黒服B「てめえは、あれだけやられてまだ理解できねえのかッ!」

男「父さん、母さん・・・僕はもう、過去には縛られないよ」

483: 2012/08/17(金) 10:40:01 ID:WXjwtAew
空港係員C「よし、警察署には連絡したんだな!?」

男「前を見て、生きていくんだ・・・変わってゆく、これからも・・・彼女と!」

黒服B「何をブツブツとッ・・・! 今度はその程度じゃ済まさねェぞ!!」

黒服A「なんだと、おまえ、どういう・・・!?」

男「だから、そこを退いてくれ・・・ここは――」

484: 2012/08/17(金) 10:40:58 ID:WXjwtAew



男「僕の道だぁぁァッッ!!!」



485: 2012/08/17(金) 10:41:43 ID:WXjwtAew
黒服B「――ッ!?」ゾクッ

空港係員A「・・・はっ、挟みこんで取り押さえろッ!」

黒服A「待ってくれ! 手荒な真似は・・・――なんだッ!?」

ガシャアアアアアン!!!

「「「!!!!????」」」

黒服A「な・・・ッ!?」

空港係員D「ま、窓から・・・!!」

空港係員B「乗用車が突っ込んで!?」

486: 2012/08/17(金) 10:42:17 ID:WXjwtAew
男(友―――!?)

友(―――男ッ・・・)

友「行っ、けぇぇぇッ!!」

男「ッ・・・!!」ダッ

空港係員A「滑走路へ出て行ったぞ!?」

空港係員C「ま・・・ッ、すぐに追いかけ・・・!」

ギャリギャリッ!!

黒服C・D「うおぉッ!?」

友(行かせねえよッ)

487: 2012/08/17(金) 10:43:00 ID:WXjwtAew
黒服B「うがあ゛あ゛あぁッ!!」ダッ

ギャキキキッ!!

黒服B「!?」

友「あいつの・・・俺の弟分の邪魔は、誰にもさせねえッ」

友(男・・・)

友(これが、俺がおまえにしてやれる、最後のことだ)

友「あとは、おまえ次第だからな・・・!」

488: 2012/08/17(金) 10:43:57 ID:WXjwtAew
・・・・・・

御曹司「・・・そろそろ、離陸時間だな」

お嬢様「・・・」

機内アナウンス「ご搭乗のお客様に、ご案内申し上げます」

機内アナウンス「当機、トルコ・イスタンブール行きTK51便は・・・」

機内アナウンス「ただいま、アクシデントが発生したために、離陸時間が遅れる見込みです」

機内アナウンス「設備トラブル等ではございませんので、ご安心ください」

機内アナウンス「離陸可能の目処が付きましたら、こちらのアナウンスにて、改めてご案内いたします・・・」

489: 2012/08/17(金) 10:44:35 ID:WXjwtAew
機内アナウンス「ご搭乗、お急ぎのお客様には、大変ご迷惑を・・・」

お嬢様「・・・?」

御曹司「トラブルだと? 一体なんの・・・」

お嬢様「・・・――うそ・・・」

お嬢様「っ!!」バンッ!

御曹司「な、どうしたんだ・・・?」

お嬢様「・・・きた・・・ぁっ・・・!」

490: BGM A letter 2012/08/17(金) 10:48:27 ID:WXjwtAew

・・・・・・

ザアァァァ・・・

男「ぜっ、ぜぇっ、・・・はっ、はぁ・・・はっ」

男「・・・・・・っ!」ゴクッ

男「(スゥー・・・)」

男「お嬢様ぁぁぁーーーっ!!」

491: 2012/08/17(金) 10:49:32 ID:WXjwtAew
男「きたよッ! 僕は・・・ここまで、キミに会いに来たんだ!!」

男「キミに、どうしても伝えたいことがあったから!」

男「僕はもう、諦めることはしないよ!」

男「生きることも、キミと一緒にいることも!!」

男「寂しいんだ! キミが僕の隣にいないと、苦しいんだよ!」

男「僕には、お嬢様が必要なんだ! お嬢様じゃないと、ダメなんだ!」

492: 2012/08/17(金) 10:50:08 ID:WXjwtAew
男「お金も、名誉も、才能もないけれど! キミの一番は、誰にも譲らない!!」

男「だからもう一度、今度は・・・! 今度も、心からの僕の気持ちを・・・」

男「僕だけの言葉で、お嬢様に届けるからッ!」

男「キミが僕の手をひいて連れてくれた、外の世界(ここ)で!!」

男「どうか、聞いて欲しいーッ!」

男「・・・僕の・・・っ、」

493: 2012/08/17(金) 10:50:48 ID:WXjwtAew



男「家族になってくれぇーーーっ!!!」



494: 2012/08/17(金) 10:51:08 ID:WXjwtAew
男「キミのことが好きだッ! 愛してるんだ!!」

男「誓うよ! キミのことを、世界の誰よりも好きな自分に、約束する!」

男「世界の誰よりも、僕がキミのことを幸せにするんだって!」

男「もう、涙は流させないから!」

男「笑わせ続ける・・・僕が、キミをずっと笑顔にするからッ!」

男「だから・・・!」

男「『さようなら』なんて、言わないでくれぇぇっ!」

495: 2012/08/17(金) 10:51:41 ID:WXjwtAew
男「・・・はぁ、っ、はぁ、はぁッ・・・」

男「お嬢様・・・」

男「僕の言葉が聞こえたなら、返事をしてほしいーーッ!」

男「それでここに・・・! 僕の・・・ッ、傍へきてくれ!」

男「この手を取って・・・! 僕のことを――」

男「抱きしめてくれえぇぇぇッ!!」

ザァァ・・・・・・

・・・ポツ、ポツ・・・

496: 2012/08/17(金) 10:52:22 ID:WXjwtAew
・・・・・・

お嬢様「ぅ、・・・っ、ぁ」ポロポロ

お嬢様「! っ・・・!」バッ

御曹司「・・・」

お嬢様「・・・ぁ・・・」チラ

御曹司「行くといいさ」

お嬢様「え・・・」

497: 2012/08/17(金) 10:52:48 ID:WXjwtAew
御曹司「・・・まさか、本当に来るなんてなぁ・・・」

御曹司「あの男にはあって、オレにはないものか・・・」

御曹司「そんなもの、あるわけないだろうと思っていたのにな」

御曹司「・・・あんな風に誰かのために、雨に打たれながら、好きだと叫び続ける・・・」

御曹司「ハハ・・・オレには、真似出来そうにない」

御曹司「・・・苦労なら、人一倍してきたつもりだが・・・」

御曹司「なまじ万能感なんて覚えてしまうから、小さくても大事なことへ目を向けられなくなってしまうんだな」

498: 2012/08/17(金) 10:53:27 ID:WXjwtAew
御曹司「・・・こんな気持ちは、初めてだ・・・」

お嬢様「・・・」

御曹司「あの男と、あなたを取り合う勇気は、オレにはとても持てそうにない」

御曹司「・・・・・・A-29、か」

御曹司「この席は、あなたには少し窮屈だったようだ」クス

お嬢様「・・・」

御曹司「行けよ」フイッ

499: 2012/08/17(金) 10:53:47 ID:WXjwtAew
お嬢様「御曹司様・・・」

御曹司「あなたの家の使用人に、伝えておいてほしい」

御曹司「・・・・・・賭けは、キミの勝ちだと」

お嬢様「・・・はい」コクリ

御曹司「『さようなら』、だ」

お嬢様「・・・」

お嬢様「さようなら、御曹司様」

500: 2012/08/17(金) 10:54:14 ID:WXjwtAew
・・・・・・

男「はっ、はぁ、はぁ・・・」

男(あ・・・足が・・・)ガクガク

男(でも、まだだ、まだ倒れるわけには・・・)

男(彼女は必ず来る、だから、その瞬間までは!)

男(男は、辛い時にこそ・・・)

男(・・・父さん、そうでしょう・・・?)

男「・・・ん?」

男「・・・あ・・・」

501: 2012/08/17(金) 10:54:39 ID:WXjwtAew
・・・・・・

友「! 雨が・・・」

友「って、いってぇ! もう何もしねえってば!」ドサッ

・・・・・・

メイド「! 大旦那様、外を・・・!」

大旦那「雨が止んで、雲が・・・」

502: 2012/08/17(金) 10:54:59 ID:WXjwtAew
・・・・・・

ビュウッ!

男(急に吹いた強い風に乗って、懐かしい匂いが鼻を掠める・・・)

男「・・・・・・かあさん?」

男「ぁ・・・っ」

男(急に雲が切れて、合間から光が・・・)

男「! まぶ、し・・・」

503: 2012/08/17(金) 10:55:23 ID:WXjwtAew
・・・・・・

お嬢様「どいてください! どいて! 道を空けてぇ!」

―走る。乗客を掻き分けて

お嬢様「あの人が・・・彼がそこにいるの! わたしを待っているの!」

―彼が何を言っていたかは、聞き取れなかった

お嬢様「だからお願いです! 通して! わたしを・・・っ」

―でも、わたしを求めてくれているのは分かった

お嬢様「彼のところへ行かせてぇっ!!」

504: 2012/08/17(金) 10:56:21 ID:WXjwtAew
―・・・運命だと、誰かがそう言うのなら、

―だからどうした、と。

―わたしの運命なんだ、わたしが決めてやらないでどうする。

―彼の横で、彼と一緒にずっと生きてゆく、

―もうずっと前に、そう、決めた。

―いつか、彼を愛するわたしにそう、誓ったのだから。

お嬢様「男様っ・・・男さんっ!」

男「! お嬢様さん!」

505: 2012/08/17(金) 10:56:51 ID:WXjwtAew
お嬢様「男さん、男さんッ・・・! おとこぉーー!」バッ

男「ッ・・・!」ダキッ

お嬢様「ぅ、ぐすっ、・・・おとこ、さん・・・!」

男「ごめんね。少し、遅くなっちゃった」

お嬢様「・・・」フルフル

お嬢様「顔・・・こんなにして・・・無茶ばっかり・・・!」

男「なんてことないよ」ニコ

お嬢様「もう・・・仕方のない人・・・なんだからぁ・・・」

506: 2012/08/17(金) 10:57:41 ID:WXjwtAew
男「好きだ」

お嬢様「・・・わたしも」

男「結婚しよう」

男「僕たち、本当の家族になろう」

お嬢様「はい・・・」

お嬢様「わたしを、もらってくれる?」

507: 2012/08/17(金) 10:57:59 ID:WXjwtAew
男「ずっと、そばにいてほしい」

お嬢様「ずっと、離さないでね?」

男「これからは僕が、キミの手をひいて歩くよ」

お嬢様「わたしも、あなたの手をひいて歩くから・・・」

男「二人、ずっと」

お嬢様「手を繋いで、一緒に」

男・お嬢様「「歩いていこう」」

508: 2012/08/17(金) 10:58:22 ID:WXjwtAew
お嬢様「・・・ぅ、っ・・・」グスッ

男「もう、泣かせないって決めたのになぁ・・・」

お嬢様「嬉しくて流す涙は、いいのよ・・・ふふっ」コシコシ

お嬢様「ねえ、あの時の、やり直し・・・」

お嬢様「してくれるでしょう?」

男「・・・うん」

お嬢様「・・・」

男「・・・ん」チュッ

509: 2012/08/17(金) 10:59:53 ID:WXjwtAew
男(空を厚く覆っていた雲に切れ目が入って、地上に太陽の光が差し込む)

男(長い滑走路が次々と陽光に照らされ、幻想的な光の道が、眼前に遼く伸びる)

男(僕には、その光景が二人の未来を示唆しているように、素直に感じられた)

男(口付けをおえた彼女がゆっくりと目を開けると、口元には柔らかな笑み)

お嬢様「わたし、いまとても幸せ」

男「・・・僕もだよ」

男(そう答えると、彼女は向日葵のような笑顔を浮かべ、それからまた静かに目を閉じた)

男「ふふっ・・・」クス

510: 2012/08/17(金) 11:06:08 ID:WXjwtAew
男(彼女もきっといま、僕と同じことを考えているのだろう)

男(僕は彼女の温もりをしっかりと胸に抱き寄せると、そっと彼女に唇を寄せた)

男「ありがとう」

男「キミに出会えて、よかった」

男「キミを好きになって、よかった」

男(太陽のアーチが僕らを包み、言祝ぐ)

511: 2012/08/17(金) 11:08:59 ID:WXjwtAew
お嬢様「わたしも、ありがとう」

お嬢様「あなたを愛して、よかった」

お嬢様「あなたに愛してもらえて、よかった」

男(そうして笑いあうと、僕たちは再び口付けを交わした)

いつまでも、

―・・・いつまでも、二人、一緒に。


Fin

514: 2012/08/17(金) 11:29:30 ID:IkljIcks
おつです!

520: 2012/08/17(金) 12:49:11 ID:EC13RCAg
感動した ありがとう

523: 2012/08/17(金) 13:57:35 ID:D60zRC.Y
黒服Bはこの展開をどう受け止めるのか

524: 2012/08/17(金) 20:20:17 ID:m1ZrAZAI

ちょっとトイレでメシ食ってくる

引用元: お嬢様「お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!」