1: 2012/11/21(水) 21:41:08.32 ID:P00i90N/0
「急に泊まりたいなんて、どういう風の吹き回し?」

「別にー」

幼馴染が泊まりに来ていた。

夜の十一時。
風呂上がりの私たちはジャージに着替えて、眠るつもりなんて毛頭なく、べらべらとおしゃべりを続けていた。

そんな中ふと思ったのだ。

そういえば、久しぶりだな。と。

幼馴染同士でさらには同じ女子校に通っているというのに、振り返ってみれば実に、一年ぶりのことだった。
江戸前エルフ(1) (少年マガジンエッジコミックス)
2: 2012/11/21(水) 21:47:04.91 ID:P00i90N/0
「だって、久しぶりじゃん。家来るの」

「そーいえば最近、行ってないなーと思って」

幼馴染はソファに寝転がって漫画をぺらぺら捲りながら、私の方なんて見向きもせずに答えた。

「そっか」

それ以外には、特に言いたいことは思いつかなかった。

幼馴染にとっては、取るに足らない、とりとめもない理由だったのだ。

なんでもない。っていうのはこういうことで

普段と変わりのない幼馴染の姿に、私はなぜか、ちょっぴりばかし安心した。

3: 2012/11/21(水) 21:52:00.66 ID:P00i90N/0
「続きとってー」

「自分でとれよ」

どういう風の吹き回し。とは言いつつも、よくよく考えれば私たちは元々、こんな風だった。

別に、これまでと変わらない。どこにでもある関係。

幼馴染っていう、とても近い親友同士。

でも、なんだかざわめいているみたいだった。

4: 2012/11/21(水) 21:56:28.65 ID:P00i90N/0
幼馴染に変わりがないのなら、多分、変わったのは私の方なんだろう。

感じたり見えたりする物が、今までとはちょっと違う。

久々に家に来た幼馴染の姿にだって違和感を覚えた。

なんだか、小さく見えたんだ。

でもそれは、幼馴染が小さくなったんじゃなくて

私が遠くに離れたんだと、思う。

5: 2012/11/21(水) 22:01:36.14 ID:P00i90N/0
「ねえねえ、続き、ないよ?」

「え?ああ、まだ買ってない」

「えー、続き気になるよ」

幼馴染が駄々をこねた。ソファーの上で四肢をバタつかせる。

あれみたいだ。あの、ゼンマイ式のクロール人形。

「新刊でてるよ。自分で買えば?」

「あ、コンビニ行こうぜ」

7: 2012/11/21(水) 22:07:00.18 ID:P00i90N/0
「結構距離あるよ?寒いし」

「夜の散歩。風情があっていいじゃん」

強引な幼馴染と、それに振り回される私。それは相変わらずだった。

でもさっきから、二人の「相変わらず」を見つける度に、安堵する私がいる。

今までとは変わらない二人。

変わってしまった私が、欲しがっているもの。

8: 2012/11/21(水) 22:12:19.62 ID:P00i90N/0
「ちょっと、幼馴染とコンビニにいってくるから」

今でテレビを見ていた母にそう告げて、家を出た。

上着の上からでも身を切るような夜の冷たさ。

澄んだ空気に白く輝いた街燈は、まるで氷の結晶のようだった。

息を吸うと、肺の中まで凍えそうだ。

「さびい」

幼馴染はそっと体を寄せてきた。

9: 2012/11/21(水) 22:17:42.10 ID:P00i90N/0
「だから言ったじゃん」

「こんなに寒いとは思わんかった」

「どうする?やめる?」

「いや、せっかく外出たんだし、行こうぜ」

幼馴染はそういうと、私の手をとって歩き始めた。

奴の手は、温かった。

昔の私だったら、別に気にしなかった事だ。

10: 2012/11/21(水) 22:26:40.78 ID:P00i90N/0
「街、綺麗だな」

「あ、ほんとだね」

小高い此処から見下ろす夜の街は、まるで星空を映した鏡みたいだった。

建物の輪郭はほとんど闇に溶け込んで、空と繋がってしまっていた。

星と街の灯が混ざり合って、宇宙の中心のような光景だ。

13: 2012/11/21(水) 22:34:06.50 ID:P00i90N/0
「ねえ、今まで聞こうと思ってたんだけどさ」

「うん、なに?」

不意にこっちを向く幼馴染。いつになく、真剣な目をしていた。

私があまり知らない、こいつの表情。

でも、懐かしいとも思った。

「なんで演劇部辞めたの?」

強く印象に残っている。というか、焼き付いた残像みたいな表情だ。

こいつのこの顔を見るのは、多分二度目だ。

14: 2012/11/21(水) 22:39:38.14 ID:P00i90N/0
「確か、あの時は『なんで演劇部辞めるの?』って聞いてきたよね。幼馴染は」

「うん。結局、話してくれなかったじゃん」

あの時と同じ目で私を見つめる。

心配と、不安と、一握りの怒りが篭った目だ。

「話したよ私。『別にあんたの所為じゃない。私が弱かっただけ』だって」

私は覚えていた。だからこそ、視線を合わせることなんて、出来なかった。

幼馴染の姿を背景に、冬の悲しい夜道を見ていた。

15: 2012/11/21(水) 22:44:19.11 ID:P00i90N/0
「そんなの煮え切らないよ」

「煮え切らなくていいよ」

「教えてよ」

「嫌だ」

私たちは、アスファルトを踏みしめて歩みながらそんな問答を繰り返した。

幼馴染だって、言えないことがある。

16: 2012/11/21(水) 22:50:25.82 ID:P00i90N/0
寄り添って歩いているのに、こんなに遠い。

演劇部を辞めてから一年、いや、本当はもっと前からかもしれないけど

私は幼馴染から、遠ざかってるみたいだった。

一歩ずつ、一歩ずつ。

最後にはさよならもいわずに、消えてしまうつもりでいた。

そうだ。

片思いっていうのは、こんなにも遠い距離の事を言うんだ。

17: 2012/11/21(水) 22:55:44.11 ID:P00i90N/0
近くて遠い。

それは、私の他の、誰の所為でもない。

自分から、自分の足で、君を置き去りにしたんだ。

どんなに近づいても、私たちは幼馴染同士だったから。

なら、遠ざかってやろうって思った。

気づけば、こんなに遠くに来てしまった。

「今日、泊まっていいか?」だなんて

今更遅いんだよ。

18: 2012/11/21(水) 23:01:22.89 ID:P00i90N/0
「じゃあさ、先に私の質問に答えてよ」

「なんだよ」

コンビニへ行くつもりが、公園へ。

私たちはブランコに腰掛けて、軽く揺られていた。

「なんで泊まりにきたの?」

「理由なんてない」

「嘘だね」

21: 2012/11/21(水) 23:05:17.06 ID:P00i90N/0
幼馴染は頭を二、三度かいて、口を開いた。

「……先輩に振られた」

「…そう」

私は、その言葉にショックを受けなかった。

泊まりに来た理由を知らなくても
泊まりに来ない理由は知っていたから

幼馴染と先輩は付き合っていた。そういうこと。

22: 2012/11/21(水) 23:10:12.85 ID:P00i90N/0
「じゃあ、お前はなんで部活辞めたんだよ」

「あんたと先輩が付き合い始めたから」

幼馴染も、ショックは受けていないようだった。
聞くまでもないことだったと、納得した様子だった。

「やっぱり、私の所為だったんじゃん」

「だから、あんたの所為じゃないって」

「いや、私が悪かったんだ」

「やめてよ。惨めになるだけだから」

「っ……」

23: 2012/11/21(水) 23:14:27.64 ID:P00i90N/0
「幼馴染でいられなかった、私がいけないの」

「そんなこと……」

幼馴染は言葉を詰まらせて、それ以上なにも言えなかった。

暫く互いに無言のままだった。ブランコの凍てついた鎖の音だけが、情けなく響いている。

「私が勝手に、あんた達を妬んだだけだから」

自分で言ってても、それはさよならの合図みたいだなあと思った。

25: 2012/11/21(水) 23:21:16.77 ID:P00i90N/0
「あんた達を見るのが嫌だったし、幼馴染でいられなくなっていく醜い自分を見るのだって嫌だった」

「私は、私の勝手な都合で演劇部を辞めた。幼馴染だからって、首突っ込まないでよ」

いままで、言おうと思ってため込んできた別れの言葉が、あふれ出てくるみたいだった。

さよならが止まらない。

「……ごめん。無神経、だった」

小さな声だった。けれども、私の言葉を掻き消すような音像だ。

幼馴染の口からこぼれた、決別によく似たなにか。

26: 2012/11/21(水) 23:26:07.28 ID:P00i90N/0
まるで、別の誰かに言うみたいな口ぶりだ。

その誰かとはきっと、私であることに間違いはないんだろうけど

幼馴染の中に存在した私ではないことは、もっと確かだ。

ああ、そうか。

ここにいる私は、もう幼馴染じゃないんだな。

そう思い知った。

27: 2012/11/21(水) 23:32:19.73 ID:P00i90N/0
「先輩に振られて、ショックだった」

「だから、泊まりにきたの?」

「うん。あさましいだろ?」

「うん。すごく」

「一番近い友達は、お前だと思ってたから。気がまぎれると思ったんだよ。でも、それは違った」

28: 2012/11/21(水) 23:39:12.43 ID:P00i90N/0
「自分で遠ざかったんだからさ。今更、虫がいいよな」

幼馴染が、私のセリフを盗んだ。そう思えるぐらい、おんなじことを考えていた。

「私が悪かったんだよ」

「いや、私が」

「違う」

「そうじゃないって」

何故だろう。遠いのに、こんなに近い。

29: 2012/11/21(水) 23:44:26.82 ID:P00i90N/0
きっともう、私たちは幼馴染じゃない。

根本的に間違ってしまった。

私はこいつが好きで、そんな私にこいつは、負い目を感じている。

下手な他人よりも、ずっと遠い。悲しい片思い。

その場に寄り添っているだけで、傷つけあってしまうだろう。

それなのに

お互いの事が、自分の事のように理解できてしまう。

私たち二人を呼び、表す言葉を、私は知らない。

30: 2012/11/21(水) 23:53:57.50 ID:P00i90N/0
悪いのは私。それは互いに思う事。
街中の悲しみを、かき集めたみたいだ。

こんなにもわかりあっている。でも、近づくことはできない。



君は、私たちは、一体どこにいるのだろうか。

今更もう、遠い君に向かって、どんな声をかければいいのだろう。

31: 2012/11/21(水) 23:59:49.25 ID:P00i90N/0
「愛してる」
それは本当だったけど、此処からじゃ遠すぎて嘘くさいよ。反吐が出る。

言えない。

君に伝えたかった言葉は、虫が良すぎて、口に出すのも憚られる。

なら、どうすればいい?

「明日は日曜日」だとでも、ジョークを言ってみればいいのだろうか。





おしまい

引用元: 女「今更もう、遠い君に向かって」