60: 2019/03/24(日) 21:05:43.44 ID:o5Zx5igvo

「ククク……我が闇の祝福を与えし地か!」


 右の手の平、中指と薬指の間からプロデューサーを見る。
 呼び出されたから、何か仕事の話かなって思ってたの。
 プロデューサーって、とっても真面目な人だもん。
 そんな私の予想は、外れてはいなかった。


「いざ! 我らが翼を広げ、彼の地へと羽ばたかん!」


 左の手の平を広げ、プロデューサーへ向ける。
 急な話だったけど……えへへ、嬉しいな♪
 だって、今度のLIVE会場の下見に、一緒に行けるんだもん!
 最近、プロデューサー忙しそうだったから……。


「あ、いえ……今日の話ではなく、ですね」


 プロデューサーが、右手を首筋にやって困った顔をしてる。
 う、ううっ……は、恥ずかしいよ~!
 ちゃんと話を聞かずに、行きましょう、だなんて言っちゃった~!
 えと、こういう時は、


「ふむ……時を司る神、クロノスが我らを阻むか」


 右手を下ろして、今度は前に出していた左手を顔の前へ。
 指の隙間から、プロデューサーを見る。


「我が友よ! 鬨の声が上がるは、いずれの時か!」


 プロデューサー、行くのはどの日ですか?


「そう、ですね……」


 プロデューサーは手帳を出し、カレンダーのページを開いて見せてきた。
 ポーズをやめて、デスクに近づいてそれを見る。
 プロデューサーの指先が示したのは、第二週と第三週の、日曜日。
 確か、この日はまだレッスンの予定も、仕事の予定も無かった……と思う。


「この、どちらかの日は……どうでしょうか?」


 少し遠慮がちな、プロデューサーの声。
 それは多分、その日をお休みにする事も出来るから……ですよね?
 でも、私の答えは決まってますよ!
 だから、そんな遠慮なんてしないでくださいっ。


「アーッハッハッハ! この身に安息は不要! 求めるは、さらなる高みへと登る力!」


 私、今がとっても楽しいんです!
 予め会場の下見をすれば、
ファンの人に喜んで貰えるアイディアが浮かぶかも知れませんし!
 そのためだったら、頑張っちゃいます♪


「……ありがとうございます」


 向けられる、優しい……ほんの微かな笑顔。
 いつか、満面の笑みをさせたいなぁ~……な、なんて!


「そこで……一つ、お願いがあるのですが……」


 はい?
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(5) (電撃コミックスEX)
61: 2019/03/24(日) 21:48:41.66 ID:o5Zx5igvo
  ・  ・  ・

「目立たない格好?」


 346プロダクションに所属するアイドル専用の女子寮。
 その食堂に集まった皆が、口を揃えて言った。
 予想外だったのか、やっぱり驚いてる。
 私の普段の服装は……目立たない、という言葉から程遠いから。


「戦装束を纏っていては、人の世に紛れる事は叶わない……」


 私の普段の服装は、目立つ。
 せっかくプロデューサーとお出かけだから、バッチリ決めていこうと思ってた。
 でも、それだとファンの人に見られて下見にならないかも知れない、って。
 そう……言われちゃった。


「しかし、我が衣は全て漆黒の魔力を放っている……」


 他にあるのは、学校の制服。
 でも、多分それだと……プロデューサーが捕まっちゃうかも知れない。
 プロデューサーは、知らない人が見たら怖い顔をしてるもん。
 最近は、警察の人に職務質問される事は少なくなってきたらしい……けど。



「――話はわかったにゃ!」



 みくちゃんが、大きな声を出して席を立ち上がった。
 そして、胸に手を当てながら楽しげに笑って、


「みく達で、蘭子チャンをコーディネートするにゃー!」


 そんな言葉を聞いた皆が、おー、と声を上げた。


「そ、それは真か……?」


 そうして貰えると、本当に助かる。
 出来るだけ可愛い格好をして行きたいな、って思うと……やっぱり、
私はいつもの服装を選んじゃうから。


「もっちろんネコミミも!……は、ジョーダンだけど」


 みくちゃんが、私の隣に来て椅子に座った。
 そして、ため息をつき、肩をすくめながら、


「前、Pチャンと出かけた時は制服で……二回捕まったの」


 なんて、冗談みたいな思い出話を語りだした。
 うわぁ……やっぱり、勇気を出して皆に相談して良かった~!
 せっかく、私のためにプロデューサーが誘ってくれたんだもん。
 それなのに、悲しい思いをさせたくないもんね!


「フフッ! ランコは、アー、着せ替え人形、ですね?」


 アーニャちゃんが、両手をポンと合わせて言った。
 そして、あれよあれよと……私が、ボクが、うちが、アタシが、って、
誰が一番私を可愛く出来るか勝負だ、なんて事に。


「ふ、フヒ……キノコは何にでも合うぞ……」


 ……そ、それはちょっと遠慮させて~!?

62: 2019/03/24(日) 22:40:26.58 ID:o5Zx5igvo
  ・  ・  ・

「ううっ……! 結界が……!」


 女子寮の前に、車が停まっている。
 約束の時間まではもう少しあるけど、
それよりも早くプロデューサーが来ているのはわかっていた。
 なのに、私の足は一向に女子寮の外へ出ようとしてくれない。


「心配ない、です! ランコ、とっても可愛い♪」


 アーニャちゃんが、ニコニコと笑いかけてくる。
 今日の服は、ほとんどアーニャちゃんに借りた物だった。
 それが一番……ううん、二番目に似合うって皆が言ったから。
 シンプルだけど、女の子らしい……普通の服装。


「フフーン! まあ、ボクの次位にはカワイイと思いますよ!」


 幸子ちゃんが、そうやって勇気づけてくれる。


「そうやねぇ、髪に櫛を入れたうちも安心して送り出せるわぁ」


 紗枝さんが、これは……は、早く行けって意味……!?


「やっぱり、胸にクマさんのシャツに着替える?」


 美穂ちゃん、あのシャツは、その……ごめんなさい。


「クッ……! 降臨せし時は、今ではない……!」


 皆が応援してくれるけど、踏み出せない。
 今日は二つにくくっていない髪が、サラリと揺れた。
 被った帽子と、いつの間にか置かれていた伊達眼鏡。
 準備は万端……だけど、



「で……デートの時間が減っちゃうよ……?」



 小梅ちゃんが言った――デート、という言葉。
 其の言の葉が降魔の剣と化し我が翼を此の地へと縫い付ける。
 羽ばたきは意味を為さず、只、乙女達の園の門を打ち鳴らす。
 嗚呼! 嗚呼、我が友よ! 汝は、今、何を想うのか!


「――蘭子ちゃん!」
「ぴっ!?」


 私を呼ぶ声で、正気に戻る。
 うぅ……ビックリして、変な声が出ちゃったよ~!
 恐る恐る、後ろを振り返る。
 きっと皆、モタモタしてる私に怒ってるよね……?


「せーのっ――」


 ……なんて、私の考えは……全然当たって無くて、



「――闇に飲まれよ!」



 笑顔の力で、背中を押された。

64: 2019/03/24(日) 23:17:44.05 ID:o5Zx5igvo
  ・  ・  ・

「……」


 車の助手席に座りながら、横目でプロデューサーを見る。
 今日のこの格好の感想は……聞いてない。
 言おうとしてくれてたんだけど、私が喋り続けて……そのまま。
 だ、だって! は、ははは、恥ずかしいっちゃもん!


「……あの」


 プロデューサーの、低い声。


「はいっ!?」


 私の、裏返った高い声。


「その服は……神崎さんの物ですか?」


 聞かれて、私はポツリポツリと話し始めた。
 目立たない格好と言われて、少し困ってしまった事。
 そして、寮の皆に相談して、コーディネートを手伝ってもらった事。
 プロデューサーは、それを時折合いの手を挟みながら、静かに聞いてくれた。


「……成る程、それで」


 プロデューサーは、何に納得したのかわからないけど……頷いた。
 続く言葉が、どんなものなのかは……わからない。
 でも、私は心のどこかで、普段通りの私の服装の方が似合うと言って欲しかった。
 だって、あれが――我が身を包むに相応しい衣だから。


「とても、よく似合っていると思います」


 私は、少しだけ俯き、



「……仲間達の力を一つに集めた、友情の衣」



 すぐに、ハッと顔を上げた。


「……で、合っているでしょうか?」


 答えは、決まってます!


「そう! この姿は――乙女達により導かれし、覚醒した姿!」


 どちらの方が、じゃなく……どっちも似合う、で良い!


「人々の目を欺き! 使命を果たさんとする我を……しかと目に焼き付けよ!」




 結局、プロデューサーは職務質問を受ける事になった。
 人々の目を欺くための衣が、よもや我が魔力を高める事になろうとは……!
 でも、プロデューサーとのデー……下見!
 下見は楽しく……じゃなくて! ちゃんと出来たから、良いの!



おわり

65: 2019/03/24(日) 23:19:58.25 ID:S4eWhH9r0
変な英字Tシャツよりマシだから体罰は不要

66: 2019/03/25(月) 02:28:03.70 ID:lg4fPkDdo
癒やされる。武蘭て親子だよね

引用元: 武内P「泥酔、ですか」