655: 2019/04/15(月) 22:50:00.82 ID:LWtsUkSMo

「……」


 ――時は金なり、と言うだろう?


「……」


 そう言って笑った、今西部長の顔が思い出されました。
 部長は、プロジェクトクローネの活動もしばしば見に来るのです。
 美城常務が、美城専務になって……忙しくなったから、でしょうか。
 皆はそう言っているのですが、私は、どうも違う気がしています。


「……」


 膝の上に乗せた本の読んでいるページに指を挟み、そのまま本を閉じました。
 そして、美しい装丁のカバーだけをめくり、
そこに挟まっていた紙――紙幣をペラリと持ち上げて、眺めました。
 紙幣と言っても、日本円や、外国の紙幣ではありません。


「……」


 それは、部長が言うには……ジョークグッズ。
 片面には、プロダクションの外観が印刷され、
その逆の面には……紙幣らしく、人の顔が印刷されているのです。
 その人とは――シンデレラプロジェクトの、プロデューサーさん。


「……」


 この紙幣の事を……あの人は、知っているのでしょうか。
 いえ、もし知っていたとしても、
いつもの様に、右手を首筋にやって……困った顔をするのかも知れません。
 美波さんが言うのは、見た目と違って……本当に、怒らない方らしいので。


「……」


 失くしてしまった、栞の代わりに。
 そう言って渡されたのですが……少し、勿体無いという気がします。
 あまり詳しくは無いのですが、こういった物を作るのは手間がかかると思いますから。
 けれど、渡された理由を考えたら……栞として使うのが、正解なのでしょうね。


「……」


 折り曲がらないように、ゆっくりと。
 指を挟んでいたページの間に、紙幣を挟んで本を閉じました。
 もう、読むのは三回目の本なので、正確なページを把握する必要はありません。
 しかし、だからこそ、栞を挟んでどこまで読んだかをわかるようにしておくのが、
正しい本への向き合い方なのではないかと……。


「……」


 オータムフェスで、私が倒れてしまった時……。
 あの人は、途切れそうだった物語を繋ぎ、その先へと続けてくれました。
 そう考えると、あの人が描かれた紙幣を栞にするというのは、
私にとって、何か、特別な事のように……不思議と、感じられます。


「……」


 壁にかけられた時計を見ると、レッスンの時間が近づいていました。
 時は金なり……では、ありませんが、急がないと。
 慌てて行動すると、失敗をしてしまいますから。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(5) (電撃コミックスEX)
656: 2019/04/15(月) 23:25:26.66 ID:LWtsUkSMo
  ・  ・  ・

「……」


 更衣室へ向かうため、エレベーターの前で待ちます。
 待っている間、ほんの少しだけ……手持ち無沙汰でしたので。
 持っていた本をめくり、挟まっていた紙幣を眺めました。
 1000P……というのは、この紙幣の通貨単位が、Pという事でしょうか……?


「……」


 それにしても……本当に、凝った作りになっています。
 流石に、ぼかしは入っていませんでしたが……それでも、よく出来ています。
 一体、どの様な状況で使う、ジョークグッズなのでしょうか。
 考えてみても、当然答えは出る筈も無く……すぐ、その思考を振り払いました。


「……」


 何故ならば、エレベーターの到着を告げる音が響いたからです。
 考え事をして乗り過ごした、等という失敗は……流石に、したくはありませんから。。
 開いていく、エレベーターのドア。
 そして、



「――おはよう、ございます」



 目が合って、かけられた低い声。


「っ!?」


 驚き、咄嗟に手に持っていた本を胸に抱き寄せました。
 もし、万が一……この本を取り落としてしまったら。
 そして、その拍子に挟んでいた紙幣が飛び出し、この人の目に留まってしまったら。
 私は、頭の中がその考えで満たされてしまい、
乗り込む筈だったエレベーターへと、歩を進める事を忘れてしまっていたのです。


「……あの」


 そんな私へと、再び低い声がかけられました。
 しかし、その声は先程よりもどこか控えめ……いえ、気遣っている様に感じました。
 本を胸に抱きながら、エレベーターの中に居るプロデューサーさんに、目を向けます。


「……あっ」


 開ボタンを押しながらなので、見えない右手。
 でなければ、あの右手はきっと首筋に添えられていたでしょう。
 ……そう思ったのには、理由があります。


「……」


 この人は――エレベーターを降りようとしている様に見えたからです。
 自分の容姿が、私を怖がらせていると……そう考えさせてしまった。


「っ……!」


 ――そんな事、無いのに。

657: 2019/04/15(月) 23:57:12.88 ID:LWtsUkSMo

「……どうぞ」


 思っていた通り、プロデューサーさんはエレベーターから降り、
右手だけを中に残して、開ボタンを押し続けています。
 ……こんな時に、なんと声をかければ良いのでしょうか。
 人と話すのも、目を合わせるのも苦手だというのが、
今回程問題だと思った事は有りません……。


「……!」


 ……けれど、せめて。
 せめて、誤解だけは解いておかなくてはいけない、
という思いが私の体を突き動かしました。


「――えっ?」


 本を左手で胸に抱き、


「……!」


 残った右手を前に出し、


「……!」


 プロデューサーさんの左腕を押したのです。
 半身になっていたので、左の肩越しに視線を向けられているのを感じます。
 当然、私は顔を上げられませんでした。
 本当に、合わせる顔が無かったからです。


「……!」


 それでも、プロデューサーさんはまるで動きませんでいた。
 戸惑っているでしょうが、そもそも体格がまるで違いますから。
 本の移動で重い物を持つのに慣れてはいますが、それとこれとは訳が違います。
 けれど、


「……」


 ほんの小さな……聞き逃してしまいそうだった、微かな空気の音。
 その音が何だったのか、私にはわかりませんでした。
 わかりませんでしたが、プロデューサーさんは、


「はい」


 と、一言だけ言って、エレベーターの中へと戻って行きました。
 それを見て安堵し、ホッと胸を撫で下ろしました。
 しかし、そのまま立ち尽くすばかりで居たら、先程の繰り返しになってしまいます。
 それは……避けなければいけません。


「……おはようございます」


 同じページを繰り返さないように。
 最初に言うべきだった言葉と共に、一歩前へと踏み出しました。


 

658: 2019/04/16(火) 00:56:55.72 ID:hWdd6UE9o
  ・  ・  ・

「あの、それでは……」


 私の目的の階に、エレベーターが止まりました。
 ゆっくりと開いていくドアを視界の端に捉えながら、前髪の隙間から目を向けます。
 その視線は、今の私に出来うる限りの……途切れがちな、真っ直ぐなものです。


「はい。レッスン、頑張ってください」


 プロデューサーさんは……右手で開ボタンを押しながら、言いました。
 ほんの少し……人から見れば、他愛のない日常会話。
 けれど、私にとってはそうではない……前へと進んだと、実感出来る会話。
 その成果の一つが、こうやって激励の言葉をかけて頂けたという事です。


「――ありがとうございます」


 すれ違いざま……だったからでしょうか。
 本当に、自然と言葉が出て、目を合わせる事が出来たのです。
 ……しかし、何か失敗をしてしまったのかも知れません。
 少し、驚いたような表情を……されてしまいましたから。



「……良い、笑顔です」



 ……そんな私の考えは、閉じかけたドアの隙間から聞こえてきた低い声に、
完全に否定されてしまいました。
 私は、自ら出した答えが間違っていると言われ、下を向きました。
 ……この顔の熱さは、一体、どんな感情によるものなのでしょうか。
 そう思い、ふと顔を上げて視界の端に写ったのは、


「……えっ?」


 先程までとは、真逆の方向へと向かっていくのを示す、
エレベーターの現在位置を知らせるランプの光。


「えっ……?」


 果たして、その光は――私がエレベーターに乗った階で、止まりました。
 ……それが示す意味。
 そして、私がとった行動を思い返すと、
踏み出した一歩は大きかったのかも知れませんが……大きすぎた事に、気付きました。


「っ……!」


 呆然とする私の両手から、本が滑り落ちていきました。
 動揺をそのままに、しゃがんで本へと手を伸ばします。
 ページに折れは……良かった、無い。
 ああ、でも……次に会った時、なんと言えば……?


「……えっ?」


 本の状態を確認していたら、気付きました。
 挟んでいた筈の、あの紙幣が消えていた事に。
 今以外に落とすような場面はありませんでしたし、
周囲を探してみても……見つかりませんでした。



 思えば、あの紙幣が全てのきっかけだった様な気がします。
 良い事もあったにせよ、高くつきすぎでは無いでしょうか……。


おわり

659: 2019/04/16(火) 01:46:46.58 ID:FYj+m1nao
ぐぬぬ理解が追いつかん
何回も読まないと

660: 2019/04/16(火) 02:45:12.23 ID:SxiJHB1co
ふみふみが乗って来た階、そこで降りるはずだった武内Pを
わざわざエレベーター内に押し戻して、しばらく二人っきりの時間を作っちゃったって事か

1000P払ってw

引用元: 武内P「泥酔、ですか」