67: 2019/02/07(木) 21:42:25.07 ID:yjDNNIaMo

「はー……やむ」


 普段は入らないような喫茶店の、奥まった席で呟いた。
 向かいの席に座る人に聞こえてたらどうしよう。
 もしも聞こえてたら、どんな反応するんだろ。
 ぼくは、上目遣いで覗き込んだ。


「……」


 聞いてないし!! しー!!
 りあむちゃんの呟きをスルーするとか! はー!?
 やむやむ! チヤホヤしてよー!
 あ、ウソですすみませんでした。


「……」


 今日も学校に行かず、家でネット三昧。
 実家のある新潟から東京に出てきて、学校に馴染めなくて。
 学校を辞めたいと思ってるけど、それを親には言い出せない。
 言った時の事を考えただけで、やむ。やむ!!


「……」


 人生詰んだと思ってたけど、今はもっと詰んでる。
 ちょっとコンビニに飲み物買いに出たら、声をかけられた。
 普段のぼくだったら絶対に着いて来なかったけど、


 ――アイドルに興味はありませんか?


 の、一言がぼくの足を止めさせた。


「あの……」


 ……だけど、どう見ても不審者だし目つき悪すぎ背ぇ高すぎ!
 声も低いし怪しさ全開! どう見てもアイドル関係じゃない!
 明らかに、ぼくの乳目当てのえOちなビデオ関係の勧誘だよ!!
 やったね!! 人生オワタ!! はー、やむ!! やむー!!


「お話をしても、宜しいでしょうか?」


 声の出所が、さっきよりも近く感じられた。
 いつの間にか目の前のコーラのグラスに注がれていた視線を上げると、
鋭い二つの目が、少し覗き込むようにぼくを見ていた。


「はぁい!?」


 殺さないで!!


「……あ」


 思わず出た大声に自分でも驚き、周囲を見回すと、
喫茶店に居た他のお客さんからの注目がぼくに集まっていた。


「――すみません、お騒がせしました」


 向かいに座ってた勧誘の人が立ち上がり、謝ってくれた。
 まるで意図しない炎上。
 はー……やむ。
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(7) (電撃コミックスEX)
68: 2019/02/07(木) 22:16:50.19 ID:yjDNNIaMo

「驚かせてしまったようで、申し訳ありません」


 椅子に座り直して姿勢を正すと、勧誘の人はぼくに謝ってきた。
 そういう事言われると逆にきつい!
 だけど責められたら、やむ!
 ……から、


「……あ、いえ」


 なんて、当たり障りの無い返事をした。
 それから、どうして良いかわからずグラスに手を添え、
ストローからチュウと一口コーラを飲む。
 思っていた以上に喉が乾いていたようで、妙に美味しく感じられた。


「先程もお話しましたが……私、こう言う者です」


 勧誘の人は、大きな両手で小さな紙――名刺を差し出してきた。
 人生で名刺を差し出されるなんて初めての経験で、
なんとなく両手で受け取るものだって知識を頼りに、受け取る。
 ま、どうせぼくの知らない会社名なんだろうけど。


「……」


 受け取った名刺を見て、動きが止まった。


「……はっ?」


 体はくっそ健康に出来ている。
 血潮はAB型、心はガラス。
 幾度の――


「――346……プロダクション?」


 ――ステージを描き出してきた、大手芸能プロダクション。
 それが本当なら……いやいや!
 ナイナイ! あぶなっ! あぶなー!!
 そういう詐欺だコレー! うわ、うわうわうわ!!


「はい。自分は、346プロダクションで――」


 チャンス来た!!
 このやり取りをTwitterに載せればバズる! るー!
 うへへ、チヤホヤチヤッホヤされちゃうよう!!
 そうと決まれば、


「これが本物だって、証拠は?」


 質問タイム!
 ワンチャン、これでぼくも人気者!?


「……」


 詐欺師(仮)の人は、右手を首筋にやって少し困った顔をした後、
携帯電話を取り出して操作し、その画面をぼくに見せてきた。


「……プロデューサーをしています」


 画面の中では、ぼくの知っているアイドル達がこの人を取り囲んでいた。
 アイドル――シンデレラプロジェクトの、メンバー達が。

69: 2019/02/07(木) 22:48:03.88 ID:yjDNNIaMo

「……」


 シンデレラプロジェクトは、知ってる。
 知ってるって言うか、現場に参戦した事もある。
 この前、みくちゃんと杏ちゃんが炎上してた。
 あ、それは今は置いておいて、


「な、何が目的……?」


 シンデレラプロジェクトのプロデューサーが、ぼくに何の用!?
 アイドルの勧誘に見せかけた詐欺かと思いきやスタッフ募集とか!?
 えっ!? 芸能プロダクションのスタッフってこうやって集めてるの!?
 ちょっと待って、はー!? えっ、何!?


「君をアイドルにスカウトしたい……と」


 ……そう、考えています、だなんて言われても、追いつかない。
 あまりに唐突すぎて、脳が大炎上を起こしてる。
 素人ドッキリでしたと言われてもおかしくない発言に、
やみそうになりながら、


「や……やっぱり、良い乳してるから?」


 両腕で胸を挟み込んで寄せ、出来た山の上に両手を乗せる。
 眉は疑いから変な形になってるのが自分でもわかるし、
表情も右の頬がひくついて……って、このポーズはダメだよ!! よ!!
 また右手を首筋にやって困ってるもん!! でも、でっかくない!?



「――笑顔です」



 眼の前のこの人から出るとは思えない言葉。
 目つきが悪くて無表情で、アイドルとは無縁そう。



「貴女の笑顔が見たいと……そう、思いました」



 そんな、シンデレラプロジェクトのプロデューサーサマ。
 夜な夜なやんでポエってるぼくが、言われない台詞。


「あ、あのっ!」


 思わず立ち上がり、テーブルが音を立てる。


「ぼく、学校辞めたくてなんかもう人生詰んでて!」


 ……溢れる!


「そんなぼくでもアイドルになったらワンチャンあるかな!? な!?」


 溢れ出る!!



「それは……わかりません」



 ……うわーん!! なんだよそれ、やむ!!

70: 2019/02/07(木) 23:23:00.63 ID:yjDNNIaMo

「……私に出来るのは、手助けまでです」


 椅子に座り直そうとするぼくの耳に、声が届いてきた。


「アイドルになって、輝くのは……貴女自身の努力が必要になります」


 その声は、不思議とぼくの心に、響いた。


「貴女が笑顔で――楽しめるならば、ですが」


 ……楽しむ?


「詰む――行き止まりだと思っていた、貴女の眼の前の壁」


 ……前どころか、右も左も無い。



「その壁は、登っていくための階段なだけだ、と……気付けると思います」



 階段なだけ。
 ぼくが、やみにやんでる状況を階段だと言われた。
 ゆとったザコメンタルのぼくは、いつもなら、やむ。
 でも、


「プロデューサーサマ……!」


 詰んでるぼくにとっては、あまりにもキラキラしたポエムだった。
 だって、ぼくの笑顔を見たいって言ってくれる人が、
ぼくの人生は詰んでなんかない、スカウト――


 ――必要だって言ってくれてるんだから!!


 はー! めっちゃあがる! 何!? 神!?


「ですが……」


 何ですか、神!!


「学校に関しましては、親御さんとよくご相談された上で……」


 やむ!! やむー!!



 結局、名刺と資料を受け取って、後日また席を設けるという事で解散になった。
 それまでに、親に色々と話さなきゃいけない。
 夜、ベッドに寝転がりながら、必氏で何て言おうか考えて。
 その上で、貰った資料に目を通しながらベッドに寝転がっていたら、
いつの間にか真夜中を通り過ぎて……朝になっていた。


「……寝癖、やば」


 ぼくは、誰に聞かせるでもなく呟いた。




おわり

71: 2019/02/07(木) 23:32:28.74 ID:yjDNNIaMo
>>67
新潟→鳥取

謎ミス申し訳ない

72: 2019/02/07(木) 23:33:22.37 ID:1GalMytLo
おつ
巨Oアイドルをつれてきたのを見たしぶりんの心境やいかに

73: 2019/02/07(木) 23:46:39.15 ID:UGyaSYoQo
ふーん

引用元: 武内P「理由あって、飲み会」