4:◆G309cXFSD. 2023/03/06(月) 12:23:40.11 ID:rRXXHp0F.net
~西暦753年~


長江河口付近


唐の港

5: 2023/03/06(月) 12:24:20.89 ID:rRXXHp0F.net
 
可可「遣唐使船に乗せてクダサイ!」

可可「ククも倭に連れて行ってクダサイ!」

6: 2023/03/06(月) 12:25:09.78 ID:rRXXHp0F.net
 
船員「下がらんか。邪魔だ」

可可「お願いシマス! 遣唐使船に乗せてクダサイ!」

可可「どうしても倭に行きたいのデス!」

遣唐大使・藤原清河「何の騒ぎだ? この娘は何者だ?」

船員「これは大使様。わかりませぬ。勝手に押しかけてきて船に乗ろうとするのです」
 
 

7: 2023/03/06(月) 12:26:43.64 ID:rRXXHp0F.net
 
可可「可可と言います! エライ人デスか? 遣唐使の皆様はこれから倭に帰るのデショウ? ククも遣唐使船に乗せてクダサイ! 倭に連れて行って欲しいデス!」

清河「またか……」

可可「また?」

清河「良いか、我らは唐の官憲から『現地人を連れて帰るな』と命令されたのだ。だから汝を乗船させることは出来ぬ」

可可「どうかお願いシマス! ククはどうしても倭に行きたくて………!」
  

8: 2023/03/06(月) 12:27:56.82 ID:rRXXHp0F.net
 
清河「ええいうるさい! それに倭ではなく日本だ! もう何十年も前に名を変えておる! 汝は唐と日本の関係を悪化させる気か!」

可可「あぇ……ククはそんなつもりじゃ……」

清河「この娘を追い払え!」

ゲシッ

可可「あぅっ……!」

ドサッ
 

11: 2023/03/06(月) 12:31:35.26 ID:rRXXHp0F.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


トボトボ

可可「追い払われてシマイマシタ」

可可「うう……どうすれば……この機会を逃したらもう……あれ?」


老僧侶「……」フラフラ


可可「あのおじいさん……フラフラしてるけど大丈夫デスか?」


老僧侶「……っ」ドサッ


可可「あっ転びマシタ! 大丈夫デスかおじいさん!」タタッ
 

12: 2023/03/06(月) 12:33:21.18 ID:rRXXHp0F.net
 
老僧侶「んん? ああ、心配かけましたねお嬢さん。私は盲目でね、転ぶのも慣れておるから平気ですよ」ヨロヨロ

可可「目が見えないのデスカ!? こんな海の近くを歩いていたら危ないデス! こっち来てクダサイ!」ガシッ

スタスタ

可可「ここに座れマス。とりあえず休んでクダサイ」

老僧侶「親切に申し訳ないですねえ」ヨッコイセ

可可「おじいさんはどうして港に? お一人で来たのデスカ?」
 

13: 2023/03/06(月) 12:34:31.66 ID:rRXXHp0F.net
 
老僧侶「日本へ渡るために遣唐使船に乗ろうとしたのですが、遣唐大使様に乗船を拒まれてしまい、共に居た弟子たちともはぐれて途方に暮れていたのです」

可可「そうなのデスカ! ククも倭……じゃなくて日本に行きたかったのに追い払われマシタ! あの大使許すまじデス!」

老僧侶「おお、それは奇遇ですね」

可可「でしたらククがお弟子さん探しマス! そして一緒に日本に渡る方法考えマショウ!」

老僧侶「そこまでしていただくわけには……」

可可「大丈夫デス! おじいさんの事、他人事とは思えないデス! そうだ、ククは可可と言います。おじいさんの名前教えてクダサイ」

老僧侶「鑑真と申します」
 

17: 2023/03/06(月) 12:43:23.10 ID:rRXXHp0F.net
 
可可「鑑真さんデスね! ではお弟子さんを……あぇー!? 鑑真って江南第一の大師として名高いあの鑑真様デスか!?」

鑑真「ええ、まあ」

可可「おじいさんなんて、ククとんだご無礼を……こんなみすぼら……げほんげほん」

可可「普通な格好をしているものデスから……」アセアセ

鑑真「無礼なことなどありません。実際みすぼらしい老人なのですから」フフッ
 
 
  

19: 2023/03/06(月) 12:45:38.75 ID:rRXXHp0F.net
「「鑑真様ーー!」」

鑑真「おお、あれは弟子たちです。探していただかなくて済みました」

可可「それは良かったデス! でも日本に渡る方法がマダ……」

弟子「はあはあ鑑真様! こちらのお方が遣唐使船に乗せてくれるそうです!」
 
可可「何デスと!?」
 

20: 2023/03/06(月) 12:48:13.72 ID:rRXXHp0F.net
 
大伴古麻呂「遣唐副使の古麻呂と申します。大使の指揮する第一船には乗らず、私の指揮する第二船に密かにお乗りください」

鑑真「本当ですか!? しかし唐から禁止されたのでは……」

古麻呂「ええ、これは私の独断です。頭の固い清河には乗せるなと命じられましたが……命を賭けてまで日本に渡ろうとしてくださった鑑真様の乗船を拒否するなど、末代までの恥になりましょう。責任は私が負います。どうぞお乗りください」

鑑真「ありがたいことです……副使様。無理を承知で申しますが、どうかもうひとつだけ私の願いを聞いていただけませんか?」
 

21: 2023/03/06(月) 12:49:23.28 ID:rRXXHp0F.net
古麻呂「何でしょう?」

鑑真「このお嬢さんも一緒に遣唐使船に乗せてほしいのです」

可可「……!!」

古麻呂「この娘は?」

可可「ククは可可と言いマス! どうしても日本に行きたいデス! お願いシマス!」

鑑真「私の恩人なのです。どうかお願いします」
 

22: 2023/03/06(月) 12:53:46.46 ID:rRXXHp0F.net
 
可可「ククは日本でどうしてもやりたいことがあるのデス! お願いシマス!」ペコペコ

古麻呂「……良いでしょう。密航者が一人増えたところで変わりません」

可可「ええー! 良いのデスカ!?」

古麻呂「真っ直ぐな若者に弱いのだ。日本で何か成し遂げたいことがあるのならやってみるが良い」

可可「ありがとうゴザイマス!!」パァァ
  

36: 2023/03/06(月) 23:00:34.01 ID:ubjCPA8e.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


遣唐使船出航から3ヶ月後


~西暦754年(天平勝宝六年)~ 


日本


平城京

 

37: 2023/03/06(月) 23:02:45.70 ID:ubjCPA8e.net
 
かのん「遣唐使が帰ってきた?」

かのん母「ええ。去年、大宰府にいるお父さんから報せが来たでしょ? その方たちが今日、平城京に到着するのよ」

かのん「ふーん」

かのん母「今回は唐からすごく偉い法師様を連れてきたんですって。羅城門で歓迎の式典をやるみたいだから帰りに見物にでも行ってきたら?」

かのん「別にいい。唐人なんて興味ないし」

かのん「あ、マンマル行ってくるね」

かのん母「かのん! 女孺の装束、似合ってるわよ!」

かのん「……似合ってない!」
 

40: 2023/03/06(月) 23:30:55.01 ID:ubjCPA8e.net
 
タッタッタッ

ありあ「行っちゃった……まだ内教坊の試験に落ちたこと引きずってるの?」

かのん母「繊細だから」
 

42: 2023/03/06(月) 23:32:19.95 ID:ubjCPA8e.net
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


かのん「澁谷のかのんです!」


かのん「夢は新設された内教坊の歌生になって、歌でみんなを笑顔にすることです!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



かのん「う、右京西市の住人……澁谷のかのんです」ガクガクガクガク


「では課題曲の独唱を」


かのん「は、はい、あっ……ァっ」ガクガク


バターン


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

43: 2023/03/06(月) 23:34:55.42 ID:ubjCPA8e.net
 
かのん「馬鹿。歌えたら苦労しないっつーの」


ザワザワ


かのん「はぁ、遣唐使だかのせいで今日はいつもより人通りがすっごく多い気がする」

かのん「朱雀大路は無理だね。裏道通って西一坊大路から一条大路に出よ」


スタスタ


千砂都「あ」

かのん「あ」

バッタリ
 

44: 2023/03/06(月) 23:37:08.38 ID:ubjCPA8e.net
千紗都「かのんちゃん! ういっすー!」

かのん「ちぃちゃん! おはよう!」

千砂都「かのんちゃんも今日から?」

かのん「うん!」

かのん「ちぃちゃん、内教坊の儛生の装束似合ってるね。かっこいいし可愛い!」

千砂都「えへへ~」ニコッ
 

51: 2023/03/07(火) 21:10:09.50 ID:ElLs/eLx.net
 
かのん「やっぱりすごいなあ、ちぃちゃんは。私なんて歌生を目指しておいて一言も歌えなかったのに」

千砂都「でも、かのんちゃんだって内教坊の女嬬として採用されたでしょ」

かのん「女嬬なんてただの雑用係みたいなものだもん。基礎的な勉強はさせてもらえるみたいだけど、音楽なんて出来ないよ」

千砂都「歌……もうやめちゃうの?」

かのん「うん。私、向いてないし」

千砂都「そんな事ないと思うけどなあ」

かのん「あ、そろそろ朱雀門の開門じゃない?! 急がないと!」ダッ

千砂都「……うん、そうだね!」タタッ
 

52: 2023/03/07(火) 21:13:25.79 ID:ElLs/eLx.net
  
平城宮 朱雀門前 

午前四時頃
 

ザワザワザワザワ

かのん「うわー、開門前はすごい人だかりだねー」

千砂都「遅刻したら職場に入れてもらえないもんね、仕方ないよ」

かのん「今日からは毎日のようにこの大量の人混みに会うのかぁ、はぁ~嫌だぁ」

千砂都「かのんちゃんったら、初出仕の前から溜息ついちゃって」

ザワザワザワザワ……
 

53: 2023/03/07(火) 21:24:40.23 ID:ElLs/eLx.net
 
衛士「……」ザッザッザッザ

千砂都「衛士の人たちが集まってきたみたいだね」

かのん「そろそろかな」

ドォーン! ドォーン! ドォーン!

千砂都「衛士の太鼓の音が聞こえてきたよ! やっぱり丸い楽器が鳴らす音は良いねえ」

かのん「そろそろ開くかな?」ソワソワ

千砂都「もう少しだね。太鼓が24回打たれたら開門だよ」
 

54: 2023/03/07(火) 21:28:30.83 ID:ElLs/eLx.net
 
……ドォーン! ドォーン!

かのん「24回!」

衛士「開門!」

ギギィー!

かのん「開門した! 行こう、ちぃちゃ……」

官人たち「「「うおおおお!!! どけどけええ!!!」」」

ワーワー ドドドドド

ドンッ

かのん「うぇっ!?」
 

55: 2023/03/07(火) 21:46:55.08 ID:ElLs/eLx.net
 
千砂都「わぁっと。かのんちゃん大丈夫!?」

かのん「うん、ちぃちゃんも平気」

千砂都「平気だよー。それにしても一部の人達はすごい急いでるねー」

かのん「夜明けまでに職場に着かなきゃいけないとはいえ、あそこまで走らなくても」

千砂都「でも私達も急がないとだよ。初出仕で遅刻なんてしたくないしね」

かのん「そうだね、えっと…内教坊の場所は……」

恋「内教坊はこの朱雀門からずっと北東の、平城宮の端ですよ」

千砂都「あ、その装束は……内教坊の学生?」
 

57: 2023/03/07(火) 22:01:18.40 ID:ElLs/eLx.net
 
恋「はい。葉月の恋と申します。琴生として出仕します」

かのん(え……葉月ってたしか貴族様だったよね)

恋「あなた方も、内教坊に出仕されるのですよね? お話が耳に入りまして」

千砂都「うん、?生の嵐の千砂都だよ。よろしくね」

かのん(ちょっとちぃちゃん! 相手貴族様だよ!)

恋「嵐の……あの、受験者の中で最も巧みな舞を披露して?生となった嵐の千砂都さんでしたか!」

千砂都「そんな大したことしてないよー」
 

58: 2023/03/07(火) 22:03:54.04 ID:ElLs/eLx.net
>>57 文字化けしたので訂正差し替え

 
恋「はい。葉月の恋と申します。琴生として出仕します」

かのん(え……葉月ってたしか貴族様だったよね)

恋「あなた方も、内教坊に出仕されるのですよね? お話が耳に入りまして」

千砂都「うん、舞生の嵐の千砂都だよ。よろしくね」

かのん(ちょっとちぃちゃん! 相手貴族様だよ!)

恋「嵐の……あの、受験者の中で最も巧みな舞を披露して舞生となった嵐の千砂都さんでしたか!」

千砂都「そんな大したことしてないよー」
 

59: 2023/03/07(火) 22:06:01.49 ID:ElLs/eLx.net
恋「よろしくおねがいしますね! 共に内教坊をもり立てて行きましょう!」

恋「あ、そちらのお方は?」

かのん「あ、どうも……一応、女嬬として出仕する澁谷のかのんです」

かのん(ちぃちゃんのあと自己紹介するの言いにくくて嫌すぎる)

恋「よろしくおねがいします。良ければお二人とも一緒に行きませんか? 少々遠いですし案内しますよ」

千砂都「いいの? ありがとう、助かるよー! ね、かのんちゃん」

かのん「え、うん……」

かのん(ちょっと気まずいけど……貴族でも優しそうな人みたいだからまあ良いか)
 
 

63: 2023/03/08(水) 21:27:41.17 ID:CzogO2Xz.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

恋「到着しましたよ。ここが内教坊の官衙です」

ちい「ありがとう! 大きいねー!」

恋「前庭で日の出と同時に朝礼が始まります。学生は前列、女嬬の皆さんは後列になりますので」

ちい「じゃあ、かのんちゃんとは一旦お別れだね」

かのん「う、うん」
 

64: 2023/03/08(水) 21:28:44.54 ID:CzogO2Xz.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


かのん「うー。ちぃちゃんと離れると、とたんに心細いよ……」

かのん「周りは知らない子ばっかりだし」キョロキョロ


すみれ「……」スン

かのん「え、巫女さん……?」
 

 

65: 2023/03/08(水) 21:32:31.32 ID:CzogO2Xz.net
 
すみれ「……何でしょう?」

かのん「あっごめんなさい、目立ってたから」

すみれ「まぁこの私だもの。目立って当然ね」フフン

かのん「目立ってたのは一人だけ巫女さんの装束を着てるからだと思うけど……なんで巫女さんがここに?」

すみれ「私を誰だと思ってるの!? 神社の娘が女嬬として出仕しちゃ悪い?」

かのん「いやそんな……」


恋「そこ! お静かにお願いします!」

かのん「ご、ごめんなさいっ」
 

71: 2023/03/12(日) 03:07:58.78 ID:DuH9hPdJ.net
すみれ「全く。あなたのせいで目をつけられたじゃない」

かのん「大声出したのはあなたじゃ……そう言えば名前なんだっけ? 私は渋谷のかのん」

すみれ「すみれよ」

かのん「よろしくね、すみれちゃん」

すみれ「……よろしく」

72: 2023/03/12(日) 03:08:32.91 ID:DuH9hPdJ.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

頭預「……」ザッザッ

恋「頭預様に立礼!」ペコリ

千砂都「……」ペコリ

かのん「……」ペコリ

すみれ「……」ペコリ

頭預「よく集まってくれました。皆とこの内教坊の設立を共にできることを光栄に思います」

 

73: 2023/03/12(日) 03:09:29.37 ID:DuH9hPdJ.net
 
頭預「この地には、かつて皇族や貴族の子女が音楽を学ぶ館、歌所がありましたが、17年前の疫病の蔓延により廃止されてしまいました。内教坊の建物の一部はその館を改修して使用しております」


かのん「頭預様、美人だね」ヒソヒソ

すみれ「噂で聞いたけど、頭預様は今話してた昔の歌所の出身で、この内教坊を創設した女性の親友らしいわ」ヒソヒソ

かのん「へぇー」ヒソヒソ


頭預「そして、歌や舞や楽器を学ぶ才能ある女子を身分を問わず集めた日本初の女子専門の教育機関としてこの内教坊が設立され……学生の皆には大きな期待を……」
 

74: 2023/03/12(日) 03:10:12.08 ID:DuH9hPdJ.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ザワザワ

かのん「今日は朝礼だけで終わりみたいだね。ちぃちゃんと合流して帰ろうっと」


恋「女嬬の方々はお待ち下さい。お願いしたい仕事がありますので」

かのん「えっ」

恋「正午に行われる遣唐使の歓迎式典の手伝いが不足しているので人員を融通するようにと式部省から通達がありました。羅城門に向かって指示に従ってください」

かのん「えぇ~」

ナナミ「仕事なら仕方ないね」

ヤエ「私たちは学生じゃなくて女嬬だし」

ココノ「行こう行こう」
 
 

75: 2023/03/12(日) 03:11:34.81 ID:DuH9hPdJ.net
 
かのん「あ、みんな行っちゃう。すみれちゃんどうしたの? 早く行こう?」

すみれ「私は行かないわよ」

かのん「怒られるよ?」

恋「いえ、彼女はこちらに残ってもらいます」

かのん「なにそれズルくない!? あっ……いやその葉月様すいません、些かおかしくなかろうかと……」

恋「そんな畏まらなくても、恋で構いませんよ。身分は関係ないと頭預様も仰っていたではないですか。学生と女嬬も、職務は違いますが同じ仲間ですし」

かのん「じゃ、じゃあ恋……ちゃん。なんですみれちゃんだけ羅城門に行かなくて良いの?」

すみれ「今から神様をお祀りして、内教坊の安全と繁栄を願う新室祭をするからよ」
 

76: 2023/03/12(日) 03:12:17.18 ID:DuH9hPdJ.net
 
恋「彼女の家は、葉月家の荘園の一部である平安名という地に鎮座する由緒ある神社です。本来ならば神主様に来て頂くのですが、内教坊は男子禁制ですので」

かのん「だからすみれちゃんだけ巫女の装束を着てたんだ。てっきり目立ちたいからだと思った」

すみれ「そんなわけないでしょうが!」

恋「こちらに準備は整えてありますので、お願いします」

すみれ「ええ、じゃあ式典の手伝い頑張ってね」

かのん「うん……」


すみれ「掛巻も畏き大地主神、埴山姫神、産土神の御前に白く……」
 

77: 2023/03/12(日) 03:18:40.76 ID:DuH9hPdJ.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

羅城門前

正午


可可「ふぅわー! これが奈良の都、平城京なのデスね! 立派な正門デス!」キラキラ

可可「唐から旅立って3ヶ月……やっと、やぁーっっと辿り着きました!」
 
 

82: 2023/03/12(日) 21:31:43.89 ID:DuH9hPdJ.net
古麻呂「ここまで皆が諦めずに旅を続けられたのは汝のおかげだ」

可可「あぇ……ククは船に乗せてもらっただけで何も……」

古麻呂「いや、我らの船が益救嶋(やくしま)の近海で嵐に遭って漂流した時、誰もが生きることに絶望した中で汝は希望を捨てず、その笑顔と歌で皆を励ましてくれた。
おかげで皆、気力を取り戻して薩摩に漂着するまで生き延びることができたのだ」

可可「船に乗せてもらったお礼がしたかっただけデスよ、それに第一船が……」ウルウル

古麻呂「汝が気にすることではない。危険な旅であることは皆承知の上だったのだ」

可可「はいデス……それにしても本当に綺麗な都デス。ここに来るまでの道も整備されてマシタし、始皇帝陵みたいに大きな陵墓もたくさん見マシタ。
こんなに日本が発展していたなんて」

83: 2023/03/12(日) 21:33:10.61 ID:DuH9hPdJ.net
古麻呂「壮麗さも規模も唐の都・長安と比べれば小さかろう」

可可「確かに長安は大きいデスが、城壁に囲まれていて息苦しく感じるのデス。この平城京は正門以外は開放的で、田地も多くてとってものどかで良い雰囲気デス!」グッ

古麻呂「まあ、褒め言葉と受け取っておこう」

「副使様! 右大臣様と大納言様が来られました!」

古麻呂「うむ! すぐに鑑真様をお呼びしろ!」

古麻呂「……式典の準備が整ったようだ。我は鑑真様と共に右大臣らに挨拶をせねばならん。
汝は鑑真様の付き人であると朝廷に申し伝えたゆえ、我らの後ろでおとなしくしておるのだぞ」

可可「ハイデス!」

84: 2023/03/12(日) 21:35:56.35 ID:DuH9hPdJ.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ザワザワザワザワ

ワーキャー ギャー

かのん「あっちょっと、押さないで下さーい! 押さないで!」

ザワザワザワザワ ゴッタガエ

かのん「もう! 都の住人がみんな羅城門に集まってるんじゃないのこれ!? 混みすぎだって!」

かのん「式部省の人には人員整理するように言われたけど……! こんなの無理ぃー!」
 

85: 2023/03/12(日) 21:37:04.26 ID:DuH9hPdJ.net
 
ザワザワギャーギャー

かのん「危ないですから押さないで! これ以上羅城門に近づかないで下さーい!」

ザワザワ 

「おお、藤原の右大臣様と大納言様だ!」

「あちらにいるのが副使様と鑑真様か!」

「おおー! 遣唐使の一行が羅城門をくぐったぞ!」

オオーー! ザワザワザワ

かのん「あ、式典始まってる!? 押さないでくださーい! 妨害すると京職に逮捕されますよ!」
 

86: 2023/03/12(日) 21:38:07.18 ID:DuH9hPdJ.net
 
ザワザワザワ
 

鑑真「……」


かのん「あれが唐から来た偉い法師様かな。普通のおじいさんに見えるけど」


可可「……」ソワソワ ワクワク


かのん「あ、女の子もいる。あの子も唐から来たのかな。私と同い年くらいに見えるのにすごいなぁ」
 

87: 2023/03/12(日) 21:45:03.26 ID:DuH9hPdJ.net
 
右大臣・藤原豊成「鑑真様、遠路遥々よくぞ来てくださいました」ペコリ

大納言・藤原仲麻呂「是非とも日本に正しき仏教を広めてくださいませ」ペコリ

鑑真「私ごときが仏の教えを広める手助けができるのなら、何処にだって参ります」

豊成「当面は東大寺にお住まいになり、旅の疲れを癒やしてくださいませ。2年前に開眼した大仏もご覧になっていただきたく存じます」

鑑真「ありがとうございます」

豊成「大極殿にて帝がお待ちしております。まずはこちらへどうぞ。牛車を用意しておりますので」

豊成「仲麻呂、あとは頼んだぞ」

仲麻呂「お任せください、兄上」
  

88: 2023/03/12(日) 22:15:31.84 ID:DuH9hPdJ.net
 
仲麻呂「さて、遣唐使の皆。長旅ご苦労だった。この場には副使・大伴古麻呂殿の第二船と、同じく副使・吉備真備殿の第三船の面々しかおらぬが……」

仲麻呂「第四船も遭難により遅れたが帰国に成功したと大宰府から報せがあった。いずれ都に帰ってくるであろう。行方知れずは第一船だけだ」

仲麻呂「第一船には阿倍仲麻呂殿を始めとした優秀な者たちが多く乗船していた。安否が気がかりだが、彼らなら必ずや無事に帰ってくると信じておる」

仲麻呂「大役を果たした皆には相応しき報酬と昇叙、新たな官職を約束しよう!」

「ははーっ!!」
 

89: 2023/03/12(日) 22:16:22.32 ID:DuH9hPdJ.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ザワザワザワ

かのん「ふーん。あの方が今、朝廷の中心人物って噂の大納言・藤原仲麻呂様……」

かのん「遠くから見てもすごいオーラ感じるかも」

ドンッ ザワザワザワ

かのん「うあっ! 押さないでくださいってば!」

ザワザワザワザワ

かのん「式典が終わったからって一斉に動かないでください! 順番に……!」

ザワザワザワザワ ドドドド

かのん「うきゃぁー! 人波に流されるー!」
 
 

91: 2023/03/13(月) 22:36:27.73 ID:A4+eAJ9G.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


古麻呂「さて、これで式典も終わりだが……汝は都で行く宛はあるのか?」

可可「ないデス! でも都まで来れたのデスから、きっとなんとかなりマス!」

古麻呂「こんな所で放り出すわけには行かぬ」

橘奈良麻呂「おい! 古麻呂よ、久しいな。よくぞ戻ってきた」

古麻呂「おお、汝か」

可可「?」

古麻呂「この者は参議の橘奈良麻呂。我の幼馴染だ」

  

92: 2023/03/13(月) 22:38:33.46 ID:A4+eAJ9G.net
  
可可「あ、どうもデス。可可デス」ペコリ

奈良麻呂「古麻呂。汝がこれほどの大役を果たすとはな。第一船は沈んだのか?」

古麻呂「わからん。阿児奈波(おきなわ)を出るまでは一緒だったが、途中で座礁したらしく、見失ったのだ」

奈良麻呂「そうか……うむ。とりあえず皆で呑もうではないか。唐の話を聞かせてくれ」

古麻呂「その前に頼みたいことがあるのだ。この娘は都に来たばかりで、働き口と寝泊まりできる場所が必要なのだ。雅楽寮の唐楽生に空きは無いか?」

奈良麻呂「うーむ。雅楽寮は都の官人が様々な音楽を学ぶ場だからな。唐人となると、唐楽師としてなら勤められるかもしれぬが」

可可「ククは人に教えるほどは唐楽に詳しくないデス……」ガックリ

古麻呂「我ら遣唐使第二船の恩人なのだ。お前の伝手でどうにかしてやれぬか」

奈良麻呂「汝の恩人ならば力になってやりたいが……」
  
 

93: 2023/03/13(月) 22:39:37.46 ID:A4+eAJ9G.net
 
可可「あの、ククは本当に大丈夫デス! ここまで連れてきてもらっただけでじゅうぶんデス!」

奈良麻呂「……そうだ、内教坊ならば入れてやれるかもしれぬ」

可可「内教坊?」

奈良麻呂「新設されたばかりの、女子の為の音楽教育機関だ。雅楽寮と違って身分を問わず学生や女嬬を募っているゆえ、唐人でも問題なかろう。それに遠方から来たものには宿舎も提供されると聞く」

古麻呂「おお、うってつけではないか。なんとかなりそうか」

奈良麻呂「内教坊にはまだ憎き藤原の影響力が及んでいない。藤原の者共に疎まれている私でも何とか出来るだろう。知り合いに当たってみよう。古麻呂よ、今からお前も来い」

古麻呂「うむ。勿論だ。可可よ、このあたりでおとなしく待っていろ。朱雀大路ならば治安も良い。裏通りには行くなよ」スタスタ

可可「ハイです!」

 

94: 2023/03/13(月) 22:40:14.51 ID:A4+eAJ9G.net
 
可可「……」

可可「そう言われるとちょっとだけ裏通りを探検したくなってしまいマス……」ウズウズ

 

95: 2023/03/13(月) 22:40:33.63 ID:A4+eAJ9G.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

かのん「やばいやばい、人波に押し流されて、気がついたら裏通りまで来ちゃった」

かのん「あれだけ居た人はもう周りに全然居ないし、なんか怖い……」フルフル

かのん「こういう時は、歌って気を紛らわせよう……」

 

96: 2023/03/13(月) 22:42:49.96 ID:A4+eAJ9G.net
  
かのん「~~~~~♪♪♪」タタッ

かのん「~~~♪~~~~♪♪」タタタッ

かのん「~~~♪~~♪♪♪♪~~っ」タタターン!

 
可可「!!!!!!」
 

102: 2023/03/15(水) 19:47:54.04 ID:gFY385jg.net
  
 
かのん「……ふう、誰も見られてなければ歌えるんだけどなあ」

スタスタ

かのん「他の女嬬ともはぐれちゃったし、このまま帰ろうかな」


可可「スバラシイコエノヒト!!」ドーン

かのん「わあ!?」

可可「スバラシイコエノヒト! スバラシイウタ!」

かのん「えっ// 歌ってるの聴かれてた!?」
    

103: 2023/03/15(水) 19:50:17.33 ID:gFY385jg.net
 
可可「あの、一緒に、一緒に……!」

かのん「ってこの子、さっき遣唐使と一緒にいた唐人?」

可可「ククは可可と言いマス! スバラシイコエノヒト! 一緒にやりませんか!」

かのん「ちょっと顔近いって! 落ち着いて! っていうか一緒にやるって何を?」

可可「あぇ……ぇっと……何デショウ」

かのん「いや私に聞かれても」

可可「ククがやりたいのは、歌と、舞と、カワイイ装束を合わせた……『まだ名もないモノ』デス!」
  

    

104: 2023/03/15(水) 19:51:48.17 ID:gFY385jg.net
   
かのん「ええ……よくわかんないよ」

可可「で、でもククは倭に来ればきっと出来ると思って……あ、今は倭じゃなくて日本でしたか」

可可「とにかく一緒にやりましょう! お願いシマス!!」グイグイ

かのん「ご、ごめん!! 私用事あるから!」

ピューン!!

可可「あ……」シュン
 

105: 2023/03/15(水) 19:53:18.64 ID:gFY385jg.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日

平城宮 朱雀門前


千紗都「ふーん、唐人の女の子かー」

かのん「怖くなって逃げちゃったんだけど、かわいそうなことしちゃったかな」

千紗都「かのんちゃんは優しいね。でもかのんちゃん、歌……やっぱりまだ好きなんだ♪」
  

106: 2023/03/15(水) 19:54:38.90 ID:gFY385jg.net
 
かのん「べ、別にちょっと暇つぶしに歌っただけだよ」

千紗都「それにしても、歌と舞と可愛い装束を合わせた『まだ名もないモノ』ねえ」

かのん「普通さ、歌と舞は伝統装束を着てやるものでしょ? 可愛い装束を合わせるなんて、そんな伎芸は聞いたことないよね」

千紗都「どうだろうね。都でやってる伎芸だけが全部じゃないし、日本のどこかにはあるかもしれないよ?」
  

108: 2023/03/15(水) 22:56:23.33 ID:Uq6wojBs.net
ドォーン ドォーン

衛士「開門!」


かのん「あ、もう開門だね」

千砂都「とりあえず行こうか。そういえばその唐人の女の子って唐菓子(からくだもの)には詳しいかな?」

かのん「え? どうだろう、ちょっとしか話してないし……なんで?」

千砂都「昨日はバタバタしてて言いそびれちゃったけど、実は私、午後から東市の索餅肆(さくべいのいちくし)で働くことにしたんだ」

かのん「えぇ!? そうだったんだ」

※肆:市場にある店のこと 

109: 2023/03/15(水) 23:03:50.44 ID:Uq6wojBs.net
 
千砂都「索餅って、小麦粉とかを固めて縄状にする食べ物じゃない? それをなんとかまーるくまん丸な形にできないかなって思ってるんだけど上手く行かなくてねー」

かのん「ちぃちゃん、相変わらずだね」

千砂都「元々は大陸から伝わった唐菓子の一種だし、唐人なら加工技術に詳しいかなー、なんてね」

かのん「うーん、残念だけどもう会うこともないと思うから」

千砂都「だね。かのんちゃんも今度遊びに来てよ! かのんちゃんの家の西市とは逆方向だけど、いつでも待ってるからね!」

かのん「うん。ありがとう」

 

110: 2023/03/15(水) 23:04:22.57 ID:Uq6wojBs.net
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

内教坊 女嬬作業場


かのん「……」

カリカリカリカリカリ

すみれ「……」

カリカリカリカリカリ

かのん「すみれちゃん、今日は巫女の装束じゃないんだね」

すみれ「巫女としてのお勤めがある時だけよ。普段はあなたと同じ女嬬の仕事をしなきゃいけないの」

カリカリカリカリカリ
 

111: 2023/03/15(水) 23:06:07.29 ID:Uq6wojBs.net
 
ガラガラガラ

ヤエ「かのんちゃん、すみれちゃん。追加の木簡持ってきたよー」

ココノ「ここに置いておくね」ドサドサドサドサドサ

ナナミ「じゃあ私達は別の仕事に戻るから」

ピシャ


かのん「……もう木簡を削る作業、飽きたーーーー!!」

カリカリカリカリ

すみれ「うるさいったらうるさい。黙ってやりなさいよ」

カリカリカリカリカリカリカリカリ
 

112: 2023/03/15(水) 23:08:29.45 ID:Uq6wojBs.net
 
かのん「もう木簡見たくないよ……削っても削っても減らないんだもん。なんでこんなことしなきゃいけないの?」

カリカリカリカリカリカリガリ

すみれ「新設された内教坊には学問や記録のために使う木簡がこれからたくさん必要だけど、新品の木簡は高価なの。
だから他の省や寮から使用済みの木簡を譲ってもらって表面を削って再利用するわけ」

カリカリカリカリカリ

かのん「うー。手がしびれてきた……」


ガラガラ

恋「失礼します。おや、今いるのはお二人だけですか」
 

113: 2023/03/15(水) 23:09:42.35 ID:Uq6wojBs.net
 
すみれ「何の用かしら。木簡削りで忙しいんだけど」

かのん「別の仕事!? 木簡削り以外なら喜んでやるよ!」ガバッ

恋「いえ、新しく女嬬として採用された方を紹介しに来たのです」

すみれ「随分と急に採用されたわね」

恋「他の女嬬の皆様には後で会ってもらうとして、とりあえずお二人に紹介しましょう。どうぞこちらへ」


ヌッ

可可「初めまして! 唐から来ました、可可デス!」ピョコッ

かのん「!!!」

可可「ぁ……スバラシイコエノヒト!」
  

114: 2023/03/16(木) 19:08:41.81 ID:VNKF4B7G.net
恋「おや、お知り合いでしたか?」

すみれ「何か様子がおかしいけど」

可可「スバラシイコエノヒト! 一緒にやりましょう!」グイグイ

かのん「引っ張らないで?!」

すみれ「ちょっと、木簡削りやってるんだから邪魔しないでよ」

可可「むむ! アナタも一緒にやりマス? このスバラシイコエノヒトと一緒に」

かのん「私の名前はかのんだから!」

すみれ「私はすみれだけど……っていうか一緒にやるって何ったら何よ、さっきから」

恋「と、とりあえず作業はお静かにお願いしますね。ゆっくりで良いので可可さんにも教えてあげてください」

可可「そうデス、レンレンも一緒にどうデスか?」
 

116: 2023/03/17(金) 21:15:50.77 ID:nL/sj8+6.net
恋「ですから、一緒にって何のことなのですか?」

可可「ぴったりの言葉が見つかってないので、まだ名もないモノですが……」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

恋「歌と舞と可愛い装束……」

すみれ「確かに聞いたことないわね」

恋「うーん。わたくしは昔、どこかで聞いたことがあるような……」

可可「本当デスカ!」キラキラ

118: 2023/03/17(金) 21:18:32.65 ID:nL/sj8+6.net
恋「ごめんなさい、よくは覚えていません……」

可可「そうデスカ……でも興味はあるんデスね! ならやりましょう!」

恋「いえ、正直まだ想像がつかないので……」


かのん「恋ちゃんに興味が行ったみたいで助かった……」

可可「ではとにかく始めてみましょう! かのんさん!」

かのん「助かってなかった!」

すみれ「それにしても、あなた唐人にしては日本語(やまとことば)が上手いのね」

可可「ハイ。お母さんが倭人の一族出身デスから」

120: 2023/03/17(金) 21:57:19.86 ID:nL/sj8+6.net
かのん「え、クゥクゥちゃんのお母さん倭人なの?」

可可「そうデス!」

恋「以前の遣唐使船で渡った留学生でしょうか」

すみれ「遣唐使船の留学生は男だけじゃなかった?」

可可「いえ、お母さんも生まれは唐デス。唐に住んでいる倭人の一族デス」

かのん「唐にそんな一族居たんだ」

可可「ククのひいおじいさんとひいおばあさんが倭の出身らしいデス」

可可「ふたりは戦争で帰れなくなって、唐で暮らし始めたと聞きマシタ」

121: 2023/03/17(金) 22:00:04.88 ID:nL/sj8+6.net
   
すみれ「……そういうことね」

恋「大変な苦労をされたんですね……」

可可「そんな悲しい顔しないでクダサイ。ククの家族は今は唐でそれなりに良い暮らしが出来てマスから」ニコッ

かのん「え、どういうこと?」

すみれ「わからない? この子のひいおじいさまの世代くらいの戦争といったら」

かのん「あ……」

恋「白村江の戦い……倭と百済の連合軍が唐と新羅の軍に大敗したあの戦ですね」
  
 

122: 2023/03/17(金) 22:22:05.90 ID:nL/sj8+6.net
 
かのん「じゃあクゥクゥちゃんのひいおばあちゃん達はその戦で……」

すみれ「白村江で敗けた倭軍が撤退する時に取り残されて、唐軍の捕虜になったんでしょうね」

かのん「すみれちゃん! そんな言い方……!」

可可「平気デス! 大昔のことよりもククはこうして今みんなと出会えたことが嬉しいのデス!」

恋「唐との国交が回復した時、大勢の捕虜が帰還したと聞きましたが……やはり全員ではなかったのですね」

すみれ「家族は唐で暮らしてるって言ってたけど、あなたが日本に行くこと家族は反対しなかったの?」

可可「反対されマシタ……」
 

124: 2023/03/18(土) 21:59:08.29 ID:3PZd7xb6.net
       
すみれ「はぁ!? じゃあなんで来ちゃったのよ!」

可可「ククの家族の父方は唐の官僚で、すごく厳しいのデス。ククが技芸をやろうとしても学問ができなくなると反対され、大好きな姉にも怒られマシタ……」

可可「だからククは自由に技芸をやろうと飛び出したのデス!」

かのん「それでわざわざ日本に? すごい行動力……」

すみれ「でもどうして日本なのよ。お母様の一族の出身地とは言え、知り合いがいるわけでもないんでしょ?」
  

125: 2023/03/18(土) 22:02:22.54 ID:3PZd7xb6.net
 
可可「いろいろな国の人が集まるスバラシイ都があると聞きマシタから!」

恋「確かにこの平城京には、唐や渤海、果ては天竺から波斯(ペルシャ)まで……多くの国の方々が来ています。ですが、唐の長安や洛陽ならさらに多くの人が集まっているのでは?」

可可「実は、ククがこの国を目指したのにはまだ理由があるのデス!」

ゴソゴソ 

可可「これを見てクダサイ!」サッ

コロン キラッ

かのん「おおー、黒くて綺麗な石」

すみれ「この石って、もしかして黒曜石?」ジー

可可「そうデス!」
  

128: 2023/03/19(日) 22:10:33.99 ID:wTGx4m53.net
可可「ククが唐にいた時、街で二人組の女性と出会いマシタ」

可可「その人たちは、とっても可愛い装束を纏って路上でスバラシイ歌と舞を披露し、道行く人々を虜にしていました。ククも虜になった一人デス!」ホワホワ

可可「ずっと学問漬けだったククはその自由で可愛くて美しい……初めて観る伎芸に衝撃を受けたのデス」

可可「いてもたって居られなくなり、演舞が終わったあとその二人組の女性に話しかけマシタ」キリッ

可可「二人は遠い異国の島から来て伎芸を披露しながら旅をしていると教えてくれました。そして『出会えた記念に故郷の石をあげる』とこの石をくれたのデス! 
次の街へ旅立つと言ってすぐにいなくなってしまい、詳しいことは聞けませんデシタが……」
 

129: 2023/03/19(日) 22:34:48.36 ID:wTGx4m53.net
    
可可「ククは、この石がどこのモノかを人に聞いたり、文献を読んだりと色々と調べマシタ。そして……倭にある『カミノツドイシシマ』の黒曜石だと分かったのデス!」

かのん「なんか可可ちゃん、とんでもなく頭良いんだね」

恋「それにしても『カミノツドイシシマ』ですか……聞いたことのない島ですが。可可さんは場所を知っているのですか?」

可可「そこまでは唐ではわかりませんデシタ。でも大丈夫デス! 
ククはこの都で仲間を集めて、あの二人と同じような……いえ、あの二人にも負けないような伎芸を皆で披露したい! そうすればきっとあの二人にもいつか出会えると思ってマス!」

可可「デスからかのんさん、ククと一緒にやりましょう!」

かのん「うぇ!? だから私はそういうの向いてないって~」

可可「歌がお好きなんですよね?」

かのん「まぁ……好きといえば好きだけど人前で歌えないし、それに可愛い衣装とかガラじゃないし!」

可可「かのんさんとっても可愛いです!」

かのん「そ、そんな可愛いなんてこと、ないと思うけど///」テレテレ
    

130: 2023/03/19(日) 22:56:37.28 ID:wTGx4m53.net
    
すみれ「……ねえ、『カミノツドイシシマ』ってもしかしてなんだけど」

恋「すみれさん、何かご存知ですか?」

すみれ「こういう神話を聞いたことがあるのよ。神様たちが伊豆の島々をお創りになる時に、ある島に集まって相談をしたって話」

すみれ「その『神の集いし島』は、今では『神集島(こうづしま)』と呼ばれているわ」

可可「!!」

恋「黒曜石の産出地は複数ありますが……確かに神集島もその一つでしたね」
         

131: 2023/03/19(日) 23:42:37.71 ID:wTGx4m53.net
 
かのん「伊豆の島々って……どこだっけ?」

すみれ「あんたねえ」

恋「駿河国の東が伊豆国。その南の島々のことですね」

かのん「そうだったそうだった。でも駿河のさらに先かあ。けっこう遠いよね……」

可可「そんなに遠いのデスか……」

かのん「まあ、唐から海を渡ってきた可可ちゃんからしたら近く感じるかもだけど」

恋「駿河……また何か心に引っかかるような……思い出せそうなような」
 

132: 2023/03/19(日) 23:43:24.67 ID:wTGx4m53.net
  
すみれ「大丈夫?」

恋「あ、はい。すみません。とりあえずわたくしは戻りますので、可可さんをお願いしますね。可可さんも、女嬬として働いている時は芸事の勧誘などはしないように」

可可「ハイデス」

すみれ「さあ、木簡削り作業に戻るわよ」

かのん「うへぇ~」ゲンナリ

可可「木簡削り?」

すみれ「あなたにも教えてあげるから」

かのん「可可ちゃん、覚悟しといたほうが良いよ」
    
 

141: 2023/03/22(水) 22:34:34.76 ID:WXoHW9+o.net
   
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

正午

かのん「あ~、やっと終わったあ」グデー

可可「かのん、すみれ。教えてくれてありがとうデス」

かのん「可可ちゃん本当に木簡削り初めて?」

可可「そうデス」

すみれ「教えたばっかりだってのにかのんより多く木簡削れてるじゃない」

かのん「わ、私だってあんまり経験ないし」

可可「手先には自信がありマスから! 今日はこれでお仕事終わりデスか?」

かのん「そうだよ。内教坊もだけど、平城宮の他の官司もみんな勤務時間は夜明けから午前中までだから」

すみれ「一部の宿直の人や衛士は残るけどね」
    

142: 2023/03/22(水) 23:18:56.00 ID:WXoHW9+o.net
 
可可「では午後は暇デスね! 伎芸の練習をしましょう!」

すみれ「まだ言ってたのそんなこと」

可可「そんなこととは何デスか! ククは本気デス!」

かのん「私は家の手伝いするからこれで帰るね。ごめんね~」

可可「ほぇ? 仕事は午前だけでは無いんデスか?」

かのん「官司はそうだけど、東西の市場は午後から開くんだよ。仕事終わりに役人の人たちが買い物して帰ったりするからね」

すみれ「あなたの家、肆をやってるの?」

かのん「うん。お父さんは外国語に詳しいから大宰府で官人をやってるんだけど、それだけだと収入が少ないからお母さんと妹と一緒に西市で酒肆をやってるんだ」
 
 

143: 2023/03/22(水) 23:30:06.54 ID:WXoHW9+o.net
    
可可「酒肆?」

かのん「お酒とか飲み物を売ってる店だよ。その場で飲める座敷も少し用意してあってね。
一応結構繁盛してるから私も女嬬の仕事が終わったらなるべく手伝おうかなって」

可可「ほぉー。お酒デスか」

かのん「お酒と言っても、ちゃんとしたお酒は高価だから庶民には手に入りにくくて、ウチで主に扱ってるのは酒粕を使った甘酒だけどね」

可可「甘酒! 美味しそう! 飲んでみたいデス!」キラキラ

かのん「じゃ、じゃあこの後来る?」

可可「ハイ!」ピョン
  

148: 2023/03/23(木) 23:02:35.80 ID:GE8rQ/V1.net
 
かのん「すみれちゃんはも来る?」

すみれ「私はやめとくわ。
この平城宮の北東の端にある内教坊からじゃ東市ならともかく西市はちょっと遠くて、帰りに寄宿舎の門限に間に合わなくなったら嫌だもの」

かのん「う、確かに遠いけど……ちぃちゃんが東市を選んだのはそれかぁ」

可可「すみれは寄宿舎なのデスか? ククもデス!」

すみれ「唐から来ていきなり女嬬として採用されて、寄宿舎の部屋まで貰ってるの? あなた本当どんな力持ってるのよ」

可可「皆さんに親切にしてもらってマス! すみれも遠くから来たのデスか?」

すみれ「ええ。本貫地はここから北の山背国(やましろのくに)よ」
 

149: 2023/03/23(木) 23:45:34.47 ID:GE8rQ/V1.net
   
かのん「そういえばすみれちゃんの家は葉月氏の荘園にある神社って言ってたよね。山背の国のどの辺りなの?」

すみれ「恭仁宮があった場所からさらに北の、鴨川の西の辺り。まあど辺鄙ったらど辺鄙よ」

かのん「へぇー」

すみれ「そこにある葉月氏の荘園は小さいけれど、いくつかの『預作名』、略して『名』という単位で分割されてて、その一つが平安名。
ウチの神社は葉月氏から平安名の責任者も任されているから、いつしか家の名前も平安名って呼ばれるようになったらしいわ」

可可「神社というのは日本の土着の信仰デスよね。仏教も取り入れながら土着の信仰も続けていく精神はスバラシイデス!」

可可「だからククと一緒に新しい伎芸をやりマショウ!」

すみれ「結局その話になるのね……」
    

150: 2023/03/24(金) 00:00:14.38 ID:7lUtsbaf.net
   
可可「あ、クニノミヤと言ってましたが、宮はこの平城宮では無いのデスカ?」

すみれ「恭仁宮は、10年くらい前までは一時的に日本の都だったのよ。私は行ったこと無いけど」

かのん「私は住んでた筈なんだけど、小さかったからよく覚えてないや。
でも引っ越しがものすごく大変だったのは覚えてるよ。
貴族も庶民も皆大荷物を抱えて道を歩いて……あの頃はお父さんもお母さんも、都の候補がころころ変わって大変そうだったなあ」ハハハ

可可「それはまた何でミヤコが移ったのデス?」

すみれ「当時の帝……今の太上天皇がお決めになったことだから。私達が余計な詮索をしてもしょうがないわよ」

かのん「そうだね、宮門の中だと誰に聞かれてるかわからないし」
    
    

151: 2023/03/24(金) 00:09:07.15 ID:7lUtsbaf.net
 
恋「あ、皆さん! こちらに居ましたか!」タッタッタ

かのん「恋ちゃん!? い、言ってないよ!? 私達は太上天皇の悪口なんて!」ビクッ

すみれ「馬鹿!! 余計なこと言わないの!」

恋「はい? 何の話ですか?」

かのん「あ、ははは、何でもないですぅ」アセアセ

恋「とりあえず聞かなかったことにしておきますが……可可さん、お呼び出しです」

可可「ククです? 誰からデスか?」
   
 

152: 2023/03/24(金) 00:18:25.99 ID:7lUtsbaf.net
     
恋「大伴古麻呂様ですよ! 鑑真様を饗す宴に一緒に来てほしい、鑑真様も喜ぶから……との伝言を古麻呂様の家人が伝えてきました」

可可「わぁ、嬉しいデス! 日本に来てから鑑真さんは忙しくてほとんどお話出来なかったデスから。きっと古麻呂さんが気を使ってくれマシタ」

すみれ「え、ちょちょっと待ちなさいったら待ちなさいよ」 

かのん「鑑真さんって……なんか親しげだね」ビックリ

すみれ「あの鑑真様や大伴古麻呂様と知り合いなわけ?」

可可「ハイ。一緒に唐から来ました」

すみれ「ギャラクシィー!?」ガーン

かのん「すみれちゃん何その言葉!?」

すみれ「わ、わからない……意味もわからないけど突然心の奥底から湧き出してきたわ」
     
  

157: 2023/03/25(土) 00:47:34.32 ID:Hmmvkmhc.net
 
可可「かのん、すいません。今日はかのんのお店行けないデス」

かのん「ううん、良いよ気にしないで。また今度、遊びに来てね」

すみれ「ねえ恋、この子がいきなり採用されたのって……」

恋「橘奈良麻呂様を通して大伴古麻呂様からお話があったようです。頭預様も驚いておられました」

すみれ「ま、また大物の名前が……! 橘奈良麻呂様って左大臣の橘諸兄様の息子で参議じゃない!」

恋「可可さんの能力ならば、正規の試験を受けても問題なく女嬬として採用されると思いますが、それだと時間がかかりますので。
今回は頭預様の判断で特例措置として即時採用され宿舎も提供されることになったのです」

すみれ「でも大丈夫なの? 橘奈良麻呂様って大納言の藤原仲麻呂様と不仲だって噂を聞いたけれど」
  

158: 2023/03/25(土) 01:26:46.57 ID:Hmmvkmhc.net
   
恋「それに関しては噂ですのでわかりかねますが……大伴古麻呂様の方は大納言様からも高く評価されているようですよ。
鑑真様を連れてきたこともそうですし、何より唐での朝賀の一件です」

すみれ「そういえば内教坊でも話題になっていたわね。
唐で元日の朝賀に招かれた時に、日本の大使の席が新羅の大使の席より下座だったことに猛抗議して席を入れ替えさせたのよね? 
本当、とんでもない人だわ」

恋「大納言様は対新羅強硬派ですから、その一件で日本が新羅より上位であることを唐に認めさせた大伴古麻呂様の手腕を気に入り、弁官局の長である左大弁に任命されるようです」

すみれ「弁官局と言ったら太政官と八省を繋ぐ重要官司じゃない! 
そこの長になるのなら本当に大出世ね。古麻呂様が奈良麻呂様・仲麻呂様の両方と良好な関係なら、心配するようなことはないのかしら」

恋「内教坊には有力な貴族の後ろ盾はありません。大伴古麻呂様が後ろ盾になってくださるのならこれほど頼もしいことはありません!」
   

159: 2023/03/25(土) 01:39:53.77 ID:Hmmvkmhc.net
   
すみれ「そんなすごい人が集まる宴って……もしかして、またとない機会かもしれないわ……」ボソッ

恋「どうしました?」

すみれ「いえ、何でもないったらないわ。ねえ可可、ちょっと提案があるのだけど」

可可「何デスか?」トコトコ


かのん「でも、恋ちゃんの家も貴族なのに他に後ろ盾が必要なの?」

恋「”従五位下”以上の位階を持つ氏族が貴族になりますが、葉月氏はせいぜい従五位上が極位で、貴族と名乗れるのもギリギリの下級貴族です。
名門の藤原氏や大伴氏とは比べ物になりません」シュン
  

160: 2023/03/25(土) 01:50:33.81 ID:Hmmvkmhc.net
  
可可「ええぇ! 鑑真様を饗す宴でククが伎芸を披露するのデスか!?」

すみれ「そうよ! 宴ならば歌や舞は付き物でしょ? しかも偉い方々がたくさん集まる宴! 
一気に私の顔を売る……じゃなくてあなたの伎芸を広める良い機会じゃない!」

可可「た、確かに……それは良いかもデス!」

すみれ「でも、あなた日本に来たばかりで作法とかよく知らないでしょ? だから私が特別に一緒にやってあげても良いわ」

可可「本当デスか! すみれありがとうデス!!」ガシッ

すみれ「私なら歌も舞も結構出来るし、どんな装束だって着こなせるもの」フフン

すみれ(そしてこの子より目立って偉い人と知り合って……ふふふふふ)

すみれ「だから、私も参加出来ないかな~ってちょっと頼んでみて貰えないかしら」

可可「古麻呂さんにお願いしてみマス! きっと大丈夫デス!」タタタッ 
   

165: 2023/03/26(日) 11:51:44.46 ID:9LN7HWdx.net
   
かのん「すみれちゃん、どうしたの? さっきまでそんなやる気なかったのに」

すみれ「ふふん。私の秘めたる力はこんなところじゃ収まらないってことよ」


可可「すみれ~!」タタッ

かのん「早っ! もう戻ってきた」

可可「問題ないそうデス! 他にも連れて来たい友達がいたら何人でも参加して良いって!」

すみれ「よし、行くったら行くわ!」

恋「内教坊の勤務時間外ですので自由ですが、一応わたくしは頭預様に報告しておきますね」スタスタ

かのん「私もそろそろ行こうかな。ふたりとも頑張ってねー」


可可「ぁ、かのん!」

かのん「ん?」

可可「やっぱりかのんも一緒にやりませんか? ククはかのんの歌をみんなに聞いて欲しいデス!」

かのん「だから私は良いって。人前でなんて無理だよ」

可可「デスが……あんなにスバラシイ歌声なのに……」

かのん「もう歌うのはやめたの! じゃあね!」タタッ

可可「あぅ……」シュン

すみれ「……」
   

166: 2023/03/26(日) 13:48:21.96 ID:9LN7HWdx.net
すみれ「追いかなくて良いの?」

可可「もうこれ以上しつこくしてもかのんに迷惑デショウから……」


千砂都「こんにちはー。かのんちゃんいますか?」ヒョコッ

すみれ「かのんなら今さっき走って帰っちゃったけど……あなたは? その装束はここの学生よね」

千砂都「私は舞生の千砂都だよ」

すみれ「ああ、かのんが話してたちぃちゃんって子」

千砂都「知ってたんだ。なんか照れるなー」エヘヘ

千砂都「ってことはあなたが平安名のすみれちゃんかな? かのんちゃんから聞いたよ、巫女さんだって」

すみれ「ええ」

167: 2023/03/26(日) 16:53:12.51 ID:9LN7HWdx.net
可可「あ、こんにちはデス。ククは……」

千砂都「唐の可可ちゃんだね。学生の間でも話題になってたよ~。それに、昨日かのんちゃんを勧誘?したのも可可ちゃんだったんだよね」

可可「でも断られてしまいマシタ」

千砂都「うーん。私もかのんちゃんの歌、好きなんだけどね」


恋「お待たせしました。頭預様にも報告しましたので……って千砂都さん? どうしてこちらに?」

千砂都「かのんちゃんと途中まで一緒に帰ろうかと思ったんだけど入れ違いになっちゃったみたいだから、もう帰るところ」

恋「そうでしたか。ところで可可さん。わたくしも宴に同行して良いでしょうか?」

すみれ「あら、恋も来るの?」

恋「はい。学生の代表として古麻呂様たちにご挨拶しようかと思いまして」

すみれ「あー、後ろ盾になって欲しいってやつね。あなたも大変ね」

可可「大歓迎デス! レンレンも一緒に伎芸やりマショウ!」

恋「いえわたくしはあくまでご挨拶だけで……」

千砂都「宴? 伎芸?」ハテ

168: 2023/03/26(日) 22:32:07.95 ID:9LN7HWdx.net
   
千砂都「なるほどねぇ~、それでかのんちゃんが逃げるように帰っちゃったんだね」

可可「お、怒ってマスか?」ガクガク

千砂都「そんなことないよ?」

すみれ「ねえ、そろそろ行ったほうが良いんじゃない? 古麻呂様の家人を待たせてるんじゃないの?」

恋「そうですね。行きましょうか」

可可「あ、あの! 千砂都さんは舞生なんデスよね? でしたら舞がとっても得意デスよね?」

千砂都「まあそれなりにね」

恋「それなりだなんてとんでもない! 千砂都さんの技術は舞生の中で間違いく最上位ですよ!」

可可「これはすごい逸材デス! 千砂都さんも一緒にどうデス?」

すみれ「いや、いきなり迷惑でしょ?」

すみれ(そんなすごい子がいたら私が目立てないじゃないの!)
   

169: 2023/03/26(日) 23:03:18.52 ID:9LN7HWdx.net
    
可可「なーんですみれが止めるデスか? 仲間は多いほうが良いデショウ?」

千砂都「でも私じゃかのんちゃんの代わりにはならないよ?」

可可「代わりじゃ無いデス! かのんの代わりを務められるヒトなんて居ません! ククは千砂都さん個人の実力を見込んでお願いしてマス」

千砂都「……宴の場所は?」

可可「あぇ、えーっとデスね……」チラッ

恋「外京の五坊大路の西にある大伴氏の邸宅です」

千砂都「じゃあ大安寺から北東に行った辺りかな」

恋「そうですね。ちょうどその辺りです」

千砂都「なら働いてる東市に休みの連絡に寄ってからでも私の足なら間に合いそうだね。
いいよ。ただし一緒に舞うんじゃなくて助言と指導だけならね」

可可「わぁーー!! ありがとございマス千砂都!!」ダキッ

千砂都「ふふ、可可ちゃんは人懐っこいなあ」ナデナデ
     

170: 2023/03/27(月) 00:00:23.15 ID:vtDT4ZYg.net
  
すみれ「良いの? そんな簡単に引き受けて」

千砂都「かのんちゃんのことだから、きっと可可ちゃんの誘いを断ったことに罪悪感を持っちゃってると思うんだ。
私が協力しておけば少しはかのんちゃんも気が楽になるかなって」

千砂都「私はかのんちゃんの代わりになるんじゃなくて、かのんちゃんに出来ないことをしてあげたいから」

すみれ「はぁ、あの子も幸せ者ねえ」

恋「では本当にそろそろ行きましょうか。千砂都さんは後から現地で合流ということでよろしいですね?」

千砂都「うん。ちょっとお休みの連絡入れてくるからまた後でね! うぃっすー!」タッタッタッ

すみれ「足速いわねー」

可可「レンレン、邸宅にはここからどのように行けば良いデスか?」

恋「平城宮からですと、単純に二条大路を進んで五坊大路に当たったら南に進むだけですね」

すみれ「ん? 大路だけだと結構遠回りにならない? 二条から四条あたりまでは小路を使ったほうが良いんじゃないかしら」

恋「確かに距離としてはその方が近いですが、都の住人はあまり通りたがらない場所があるのです」
 

171: 2023/03/27(月) 00:05:16.69 ID:vtDT4ZYg.net
        
すみれ「そうなの? 外京には行ったこと無かったから知らなかったわ」

恋「三条大路と四条大路の間を通っている五坊の小路……角に大きな桜の樹が生えているので、周辺住民からは『桜小路』と呼ばれている小路ですが」

恋「その桜小路には俘囚の一族が住んでいるのです」

可可「フシュウ?」

恋「日本に服属した蝦夷を俘囚と呼んでいます」

可可「エミシ……?」

すみれ「北方の夷狄、要するに異民族のことよ」

恋「日本の実質的な支配地域は出羽国の秋田あたりまで。それより北は蝦夷が支配し、今でも頻繁に戦いが起きています。
そこで降伏して捕虜になったり、和議を結んだ蝦夷の一族が俘囚として日本の各地に移住しているのです」

可可「日本でも異民族との戦いがあるのデスね」

恋「俘囚には動物や武器の扱いに長けている者も多く、桜小路の一族もそうした技術を生かして働く代わりに都に住むことを許されています。
ですがやはり文化の違いから周辺住民との軋轢も多いようで……とにかく我々はあまり近寄るべきではないでしょう」

すみれ「なるほどね、そういうことなら遠回りも仕方ないわね」
        
   

176: 2023/03/28(火) 18:37:34.09 ID:kUOsUfiR.net
     
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大伴氏邸宅


可可「古麻呂さーん!」パタパタ

古麻呂「よく来たな、可可よ。それにもう友人が出来たのだな。皆も歓迎するぞ」

恋「内教坊で学生の代表、上﨟学生をしております葉月の恋と申します」ペコリ

すみれ「女嬬のへ、平安名のすみれですぅ、こ、こんにちは~」ブルブル

すみれ(やっぱり緊張するったら緊張するわ! 古麻呂様以外にも貴族がたくさんいるし!)

可可「あと一人、後から友達が来るのデスが良いデスか?」

古麻呂「もちろん構わんぞ。鑑真様もそろそろお越しになるはずだ。
その前に何人か紹介しよう。内教坊への支援者を増やすのならばその方が良かろう? 葉月の娘よ」

恋「は、はい。お見通しでしたか。お願い致します」

古麻呂「可可の件では無理を聞いてくれて感謝しておる。大伴としても内教坊への支援は惜しまぬつもりだ。
身内に歌の造詣が深い者がおってな……」

大伴家持「兄上!」タタッ

古麻呂「おお、噂をすれば。我のいとこの大伴家持だ。こやつは幼き頃に父を亡くし、我の家で兄弟のように育った仲なのだ」

家持「兄弟のようとは水臭い! 私は兄上を実の兄と思って慕っております!」バッ

恋「は、はあ……」

家持「申し遅れました。私は少納言の家持。どうぞよろしく」
    

177: 2023/03/28(火) 21:52:20.83 ID:kUOsUfiR.net
 
橘奈良麻呂「ご一同、鑑真様がお見えになられましたぞ」

可可「あ、鑑真さんデス!」トテテッ

護衛の兵「こら! 鑑真様に近寄るでない!」

奈良麻呂「構わん。退け」

護衛の兵「はっ!」ササーッ

鑑真「その声は可可さんですね。お元気そうで何より」

可可「はい! 鑑真さんは日本に来てからずっと忙しくて疲れてないデスか?」

鑑真「はは、まあ忙しいと言えばそうですが、皆様が仏の教えを求めておられる証。
私ごときのために東大寺に戒壇を作っていただけるようで、久々に頑張ろうかと思っております。可可さんの元気さに負けていられませんね」

奈良麻呂「無理をさせるようなことはせぬから安心しろ。朝廷の誰もが鑑真様を崇敬しておる。あの冷酷な藤原仲麻呂ですらな」

可可「奈良麻呂さんがそう言うなら安心デス!」

すみれ「す、すごい。有名人や実力者とこんなに親しげに話すなんて……」

すみれ(っていうかこんなところで伎芸なんて披露させてくれるのかしら?)
   
  

179: 2023/03/28(火) 22:21:05.65 ID:kUOsUfiR.net
 
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西市

澁谷の酒肆

かのん「……」ポケー

ありあ「どうしたの? ぼーっとして。内教坊で何かあった?」

かのん「別にー」プイッ

ありあ「もう……あ、そういえばお姉ちゃん。家にあったこれ、木器肆で売っていい?」

ガサゴソ スッ

かのん「それ、私の琵琶!? 駄目だよ!」

ありあ「もう音楽はやらないって言ってなかった? じゃあ楽器いらないじゃん」

かのん「そ……そうだけど駄目なものは駄目! 返して!」ガバッ

ありあ「はいはい。だと思った」

かのん「はぁ!?」
   

183: 2023/03/29(水) 22:10:48.73 ID:I8yav7vM.net
  
ありあ「あのさ、お姉ちゃんは午前中は女嬬の仕事して家計を支えてくれてるんだから。午後くらいは好きなことしてて良いんだよ?」

かのん「別に、好きなことなんて……」

ありあ「私はまたお姉ちゃんの弾き語り聴きたいけどな~」

かのん「だからぁ」

ありあ「あ、そろそろ食材の買い出しに行ってくるね。今日はお客さん少なそうだし、日没近くになったら適当に畳んじゃって良いからね。じゃ!」

スタスタ

かのん「好きなこと……かぁ」
 

184: 2023/03/29(水) 22:24:55.41 ID:I8yav7vM.net
   
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大伴氏邸宅

可可「さあ、千砂都も合流したことデスし、伎芸をする許可も貰ってこの別室も貸してくれマシタので練習するデスよ!」

すみれ「そういえば具体的な演目を全く聞いていなかったわ」

恋「あまりにも時間がないような」

千砂都「どんなことをするのかな?」

可可「まず装束の用意は間に合いませんでしたので、このままで行きマス。女嬬の装束も可愛いので大丈夫デス!」

すみれ「歌と舞は?」

可可「詩は作って来ました。漢文ですが、これを拍子に合わせて歌いマス」ササッ

すみれ「え、紙に書いてあるの?」

可可「はい。唐から持ってきマシタ」

すみれ「紙に詩を書くなんて豪勢ね……私たちは使用済みの木簡を必氏に削ってるってのに」

恋「こちらでは紙は貴重で朝廷の正式な書面くらいにか使えませんからね」
    

185: 2023/03/29(水) 22:52:41.18 ID:I8yav7vM.net
    
可可「そして舞も、なんとなくですが作ってありマス。神集島のお二人を参考にして……」

可可「こんな感じデス! はっ! ほっ! よっ、デス!」フリフリフリフリ

可可「はあ、はあ、はあ……ぜえぜえ、どうデスか千砂都!」

千砂都「……ごめん、全然マルじゃないね」

可可「あうぇー! 何でデスかー!?」

すみれ「そりゃそうでしょ、動きが遅い上にすぐに息が上がってるし……」

千砂都「貴族の人たちは雅楽寮の舞を観たことがあるだろうし、特に大伴氏なんかは神代から行われてたっていう『久米舞』との関係も深いからね。
可可ちゃんの舞を認めてもらえるとは思えないかな、率直な意見で悪いんだけど」

可可「いえ……意見ありがとうデス」ズーン

千砂都「もちろん伝統的じゃないからだめって訳でもなくて、独創的な舞でも基礎的な動きさえ出来てれば見栄えがするんだけどね」
    

189: 2023/04/01(土) 13:14:44.45 ID:N+vqyRmM.net
千砂都「例えば今の可可ちゃんの動きをちょっと改良して、舞ってみるね」

千砂都「ほっ! いよっ! はいっ!」タタッ ターン

可可「おぉー! ククと全然違いマス!」パチパチ

すみれ「すごい。初めて見る動きなのに」

恋「さすが千砂都さんですね」

千砂都「ただ、歌の方は専門外だから……合うかどうかはわからないけどね」

可可「いえ、きっとこれなら」


ドンガラガッシャーン ギャー!


すみれ「え!? 何の音ったら何の音!?」

恋「皆さんが宴をしている広間の方からですね」

千砂都「行ってみようか」

可可「はい! 心配デス」

190: 2023/04/01(土) 15:37:57.11 ID:N+vqyRmM.net
  
ザワザワ

奈良麻呂「貴様! 藤原氏の味方をするつもりか!」

グッ

家持「そんなこと申しておりません! 私は奈良麻呂様の身を案じて……!」

古麻呂「おいやめぬか二人共! 鑑真様の前で醜態を晒すな!」

ギャー ワー パリンパリン

すみれ「喧嘩になってるみたいね」

恋「橘奈良麻呂様と大伴家持様が揉めているようですが……」

可可「あわわ、どうしまショウ。食器もたくさん割れてしまってマス」

千砂都「宴会の食器はみんな使い捨ての土師器(はじのうつわ)だから大丈夫だと思うけど、マルくない騒ぎになってきてるね」
  

191: 2023/04/01(土) 15:45:55.59 ID:N+vqyRmM.net
      
奈良麻呂「藤原の横暴に文句を言って何が悪いのだ!」

家持「誰かに密告されれば貴方の立場を悪くするだけです! 
それに奈良麻呂様の父君は太政官の首座である左大臣で、奈良麻呂様ご自身も参議ではございませんか。
不満があるなら太政官で直接論議すれば良いでしょう!」

奈良麻呂「父上はもはやお飾りだ。十数年前の疫病で藤原四兄弟が氏んだ時にたまたま生き残っていたから太政官の首座になれただけのこと。
今の朝廷は帝や太上天皇とも親しい藤原氏に支配されているようなものだ! 
右大臣の豊成殿はまだ常識があるが、大納言の仲麻呂だけは許しがたい……あのような人を人とも思わぬ男に」

古麻呂「それ以上口を開くな! このままでは宴に参加した者全員に謀反の疑いがかけられるぞ!」

奈良麻呂「なっ……汝までそのような」


可可「やめてクダサイ!」ウルウル

古麻呂「!」

可可「さっき言った通り、これから歌と舞を披露しマスから、落ち着いてクダサイ!」

すみれ「ほ、本気で言ってるの!? この一触触発の雰囲気で!?」
  

193: 2023/04/01(土) 18:39:57.25 ID:N+vqyRmM.net
古麻呂「可可よ、すまぬがここに居ては汝らも巻き込んでしまうことになる。騒ぎが広まる前にここから去れ」

可可「え、でも……」

鑑真「お待ち下さい。聞けばわかります。可可さんは震えながらも声を上げてくださいました。
我々は遣唐使船の海の上で何度も可可さんの前向きさに励まされてきたはず。ここは可可さんの意思を尊重してみてはいかがでしょう」

古麻呂「鑑真様がそう仰るのなら……可可、くれぐれも無理はするなよ」

可可「はいデス。行きマスよすみれ」

すみれ「え、ええ……」

ザワザワ ナンダ? ナニカハジマルノカ?

家持「あの娘さんたちが何かするようですよ。一旦、観ませんか」

奈良麻呂「ふん。まあ良いだろう」

194: 2023/04/01(土) 19:00:10.07 ID:N+vqyRmM.net
  
恋「どうしましょう。このまま全員謀反などということになったら葉月氏も内教坊も終わりです……」

千砂都「落ち着いて。可可ちゃんとすみれちゃんの様子をちゃんと見ておこう」

可可「い、行きマスよすみれ」

すみれ「それはもう聞いたわよ! ほら、あんたから始めなさいよ。なんとか合わせるから」

可可「だ、大丈夫、大丈夫、大丈夫……」ブツブツブツブツ

すみれ「可可!?」

すみれ(ちょっと、この子めちゃくちゃ震えてるじゃない。こんな状況じゃ……)

可可「大丈夫、大丈夫、だいじょ……」フラッ

すみれ「ちょっと可可! しっかりしなさい!」ガシッ

ザワザワ ナンダ ドウナッテルンダ

古麻呂「僧医を呼べ! 急げ!」

可可「へ、平気デス……ククは出来ます……!」

すみれ「無理に決まってるでしょ!」
  

195: 2023/04/01(土) 22:08:47.89 ID:N+vqyRmM.net
  
恋「こうなったらわたくしが!」バッ

すみれ「恋!?」

恋「葉月の恋と申します! 僭越ながら倭歌を詠ませていただきます」

恋「えー、こほん」

恋「秋茜 歌にいざよう 葉月恋 想いは未だ 十六夜なり」

オオー パチパチパチ

家持「うん……悪くはないが、今は秋じゃないのが残念だね」

恋「なっ! わたくしつい///」カァー

千砂都「頑張ったよ、恋ちゃん」グッ

可可「レンレン……ごめんなさいデス」ブルブル

すみれ「悔しいけど……今、この子と一緒に歌えるのは私じゃないわ」

千砂都「すみれちゃん……」

すみれ「千砂都、可可をお願いして良い?」

千砂都「うん。任せて。すみれちゃんこそ、お願いね?」

すみれ「察しが良いのね。行ってくるわ。恋、一緒に来て! 馬、乗れるでしょ?」

恋「え、ええ。乗れますがそれが」

すみれ「行くわよ!!」
   

196: 2023/04/01(土) 22:31:41.84 ID:N+vqyRmM.net
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

四条大路


恋「すみれさん、待ってください! どこに行くのですか!」

すみれ「かのんを連れてくるのよ……! 今、可可と一緒に歌えるならあの子しかいないわ!」

恋「そういうことですか。でしたらかのんさんのいる西市は方向が違いますよ。こっちに向かったら例の桜小路ですよ」

すみれ「だからよ。俘囚は動物や武器の扱いに長けてて仕事をもらってるんでしょ? なら馬も居るわよね」

恋「確かに馬寮の馬の飼育を請け負う俘囚もいるので、馬は居ると思いますが……まさか!?」

すみれ「ここから走っていったんじゃ時間がかかりすぎるもの。だから乗馬の出来る恋を連れてきたの」

恋「わかりました」

すみれ「あら、止めないのね。貴族のお嬢様が蝦夷と会うのは怖くないのかしら」

恋「怖いですが、今は可可さん達を助けることを優先します」
  

197: 2023/04/01(土) 23:01:18.47 ID:N+vqyRmM.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


桜小路
  

すみれ「あのー!」

スススッ

恋「どなたか馬を貸していただけませんか! 必ずお礼はしますので!」

チラッ サッ

すみれ「駄目ったら駄目ね……道行く人が目を合わせようともしてくれない」

恋「ええ、ですがなんとかしなければ……」

すみれ「ごめんくださーい! 助けてほしいんですけど!」


きな子「助け……?」ヒョコッ


すみれ「あ、あなたも俘囚の子? 馬を借りたいんだけど……」

きな子「ここに居る馬はみんな馬寮から預かって世話を任されてる子たちっす」

きな子「馬が居なくなったら、明日には罪人として捕まるっす。貸したなんて言っても信じてくれるわけない。きな子たちは蛮族だと思われてるっすからね」
  

200: 2023/04/02(日) 14:19:03.37 ID:853FJ2HG.net
      
すみれ「今日の夜までには絶対に返すから! 明日の仕事に間に合えば良いんでしょ?」

きな子「それを信じろって言うんすか? お母さんから聞いたっす。倭人はそうやって友好的に近づいて何でも奪って行ったっす。住む場所も、命も、誇りも……」

恋「それについて、わたくしからは反論できません。日本が支配地を広げるためにやってきたことは事実ですから。ですが……」

恋「サヤさん!」

サヤ「はい、ここに」ササッ

すみれ「だ、誰!?」

恋「私の家人のサヤさんです。いつも少し離れたところから見守ってくれています」

すみれ「貴族にしては従者が居ないなとは思っていたけど……ずっと居たのね」

恋「貧乏貴族なので1人しか居ませんけどね」

きな子「ますますわけわかんねえっす。貴族の娘がこんな所に来るなんて」

恋「友達が困っているのです。サヤさん、あれを」

サヤ「はい」ササッ

きな子「これは……貴族の女の人が顔を隠すのに使うやつっすか?」

恋「母の形見でもある翳(さしば)です。これをお預けします。馬を返さなかったら強引に奪われたと訴えて構いません。これを証拠として馬寮の官人に渡しせば信じてもらえるはず」

きな子「そんな大事な物……」

恋「お願いします!」ペコリ

すみれ「お願い!」ペコリ

きな子「……」
    

201: 2023/04/02(日) 14:43:32.40 ID:853FJ2HG.net
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

西市

ザワザワ

かのん(さて、そろそろ日の入りで市場の門が閉まる。坐を畳んで帰ろうっと)

パカッパカッ

かのん「?」

すみれ「かのん!」

恋「かのんさん!」

ヒヒーン! ザザザッ

かのん「なになになに!? 何で二人が馬に乗ってこんな所に!?」ビクッ

すみれ「可可が大変なの! お願い、一緒に歌って!」

かのん「可可ちゃんが?」

恋「もう、かのんさんしかいないのです! どうか来てください!」

かのん「いや状況がよくわからなすぎるよ!」
 

202: 2023/04/02(日) 15:19:04.31 ID:853FJ2HG.net
 
すみれ「時間がないから簡単に説明するわ!」

・・・

かのん「可可ちゃんがそんなことに……それにちぃちゃんも来てるんだ……」

恋「かのんさん!」

すみれ「かのん!」

かのん「だけど……私の歌なんかじゃ……」

かのん「やっぱり無理だよ……歌えない……」

すみれ「そう……わかったわ。行くわよ恋」

恋「そうですね。戻って謝罪するしかありません」

パカッパカッ


かのん「……!」

かのん「……っ!」

ザッ

かのん「待って!!!」
 

203: 2023/04/02(日) 18:22:28.19 ID:853FJ2HG.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大伴氏邸宅


ザワザワザワ ギャーギャー

千砂都「また喧嘩が始まっちゃった……」

可可「千砂都も伝統的な倭舞(やまとまい)を披露して時間を稼いでくれマシタが……
ごめんなさい、ククのせいで」

千砂都「そんなことないよ、それに」



かのん「失礼します!」バンッ



千砂都「ほら、やっぱりかのんちゃんが来てくれたっ!」

可可「かのん……!」
  

204: 2023/04/02(日) 18:23:15.65 ID:853FJ2HG.net
   
古麻呂「何だ、汝は何者だ!?」

かのん「内教坊女嬬、かのんです! 歌います!」


すみれ「やってやれったらやってやりなさい!」

恋「責任ならわたくしが負います! 遠慮なくやってください!」

かのん(歌える……いや、歌うんだ!)


かのん「……すぅー」
  

205: 2023/04/02(日) 18:24:06.68 ID:853FJ2HG.net
   
かのん「寶物 見つけし わらべのごとく 奏で始むるなりき ゆめ」♪

かのん「きらり望み 響かさるぞ」♪

かのん「何處さへ廣がれ 我が重樂奏」♪


~~~~♪♪♪♪♪♪


可可「かのんっ!」

家持「この歌は……」
  

206: 2023/04/02(日) 18:41:33.45 ID:853FJ2HG.net
     
かのん「すがらに やむごとなくしまへり 壱番いと恋しきこと」♪

かのん「いかにしせば叶へらるるぞ? 分からざりて立ち止まりたりき」♪


可可「ククも……一緒に歌いますっ!」バッ


可可「たよりは ある日 卒爾 まなかひに舞ひおりきたり」♪

可可「思ふやどもと違ふとも やはら両手伸ぶるなりき」♪


鑑真「可可さんの歌声ですな」

古麻呂「はい……この歌声に我ら遣唐使は励まされました」
         

207: 2023/04/02(日) 19:10:39.58 ID:853FJ2HG.net
     
千砂都「私たちも」チラッ

すみれ「ええ!」ニヤッ

恋「参ります!」キリッ


すみれ「ぎこつなく刻みし壱歩が」♪

千砂都「パッとけざやかに天下を変へゆく」♪

恋「何待つぞ? 何やらるぞ?」♪


5人「「「「「勇い出して進まむ」」」」」♪


~~~~♪♪♪♪♪♪
   

208: 2023/04/02(日) 19:26:22.19 ID:853FJ2HG.net
    
「「「「「小さき 昨日までの我ならず 奏で始むるなりき ゆめ」」」」」♪


すみれ「幕のあがる 此處より先は」♪

千砂都「胸に描きたりし舞台」♪


「「「「「あたふわけぬとは思ひたりしことも 踏みださばすは叶ふなり」」」」」♪


恋「きらり望み 響かさるぞ」♪

かのん「何處さへ廣がれ」♪

「「「「「我が重樂奏」」」」」♪


~~~~♪♪♪♪♪♪
~~~~♪♪♪♪♪♪
  
♪私のSymphony ~754 Version~♪
   

209: 2023/04/02(日) 19:28:45.80 ID:853FJ2HG.net
  
シーン……

かのん「はあ、はあ……」

かのん「歌えたっ……! 歌えたっ!」

可可「かのんっ!」

千砂都「かのんちゃん!」

すみれ「かのん!」

恋「かのんさん!」

かのん「みんなっ!!」ウルッ

ダキッ
 

210: 2023/04/02(日) 19:41:22.89 ID:853FJ2HG.net
  
家持「……」パチパチ

古麻呂「……」パチパチ

パチパチパチパチパチ!!

オオー!!

鑑真「……奈良麻呂様、いかがでしたか」ニッコリ

奈良麻呂「毒気を抜かれてしまった気分です……すまなかったな、家持」

家持「いえ、こちらこそ……それにしてもあの娘らの歌と舞。私は歌には詳しいつもりでしたが、聞いたことのないものでした」

奈良麻呂「ほう、汝ほどの歌人でも知らぬとはな」
   

211: 2023/04/02(日) 19:51:35.68 ID:853FJ2HG.net
   
家持「私もまだまだです。おそらく日本には私の知らぬ歌が幾万の葉の如く在るのでしょうな。改めて身の程を知らされた気分です」

家持「……たよりはある日卒爾、か。そうですね、生きているうちに少しでも多く、そのような古今東西の歌を万世に残したいと思いましたよ」

奈良麻呂「ふっ、それが汝の奏で始めし夢というわけか。今日はあの娘らを立てて帰るとするが……我も我のやり方で天下を変へゆくことは諦めぬ」スタスタ

家持「奈良麻呂様っ」

古麻呂「行かせておけ」

家持「兄上、ですが」

古麻呂「奴は情の厚い男だ。当分ははおとなしくしているだろう。今日、皆を巻き込んで騒ぎを起こさなかっただけで充分だ」
  

可可「よかった! 丸く収まったみたいデス!」
  

212: 2023/04/02(日) 19:54:00.17 ID:853FJ2HG.net
   
千砂都「マルだね!」

かのん「ありがとね、可可ちゃん、ちぃちゃん、すみれちゃん、恋ちゃん」

かのん「私をここに立たせてくれて」

可可「お礼を言うのはこっちデス!」

かのん「いやいや、私のほうが」

可可「いえククが!」

すみれ「はいはい、この辺にしときなさい」サッ

恋「ふふ、なんだかとても楽しかったですね」
 

213: 2023/04/02(日) 20:01:38.19 ID:853FJ2HG.net
    
可可「皆さん、これからよろしくお願いしマス!」パァ

かのん「うん!」

可可「皆さんとならきっと歌をどこまでも響かせることが出来ます!」

すみれ「まあ、少しくらいなら付き合ってあげても良いわ」

千砂都「そうだね、舞の稽古のついでなら……」

恋「これならきっと……内教坊に入りたいと思ってくる方が増えるかもしれません!」

かのん「みんな……!」

可可「せーの!」

「「「「「ういっす! ういっす! ういーっす!!」」」」」
    

214: 2023/04/02(日) 20:02:40.33 ID:853FJ2HG.net
第一部・完

225: 2023/04/06(木) 21:09:41.58 ID:MUxBM+S6.net
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天平勝宝七歳(西暦755年)


正月 内教坊


かのん「あけましておめでとう!」

可可「あけましておめでとうごさいマス!」

すみれ「謹賀新年ったら新年ね」

かのん「今年も女嬬の仕事が始まっちゃったねー」
  

226: 2023/04/06(木) 21:10:18.07 ID:MUxBM+S6.net
 
可可「ククは待ち遠しかったデス! みんなと活動できるのが嬉しいデス!」

かのん「そういえば年末年始は寄宿舎はしばらく閉鎖してたと思うけど、可可ちゃんとすみれちゃんはどうしてたの?」

すみれ「寂しそうにしてたから一緒に私の実家、山背国の平安名の神社に連れて行ってあげたわよ」

可可「違いマス! 別にすみれの家に行かなくても東大寺の宿坊に泊めてくれる手筈でしたけどすみれがどうしても一緒に帰りたいって言うから行ってあげたデス!」

すみれ「はぁ? あんたが来たがったんでしょうが」

可可「すみれが来て欲しがったデス!」

かのん「ふふ、二人共すっかり仲良しになっちゃって」
 

227: 2023/04/06(木) 21:11:37.90 ID:MUxBM+S6.net
  
恋「皆さん、新年の寿ぎを申し上げます」

千砂都「ういっすー!」

すみれ「あら、舞生様と琴生様の御出座しよ」

可可「お二人はとても忙しかったと聞きましたよ」

恋「ええ、新年は儀式が多く舞や演奏の機会も多くありましたから」

千砂都「私はまだマシな方だよ。恋ちゃんは貴族だから元日から朝賀の儀にも出なきゃいけなくて大変だったでしょ?」

恋「責務ですから仕方ありませんよ」
   

228: 2023/04/06(木) 21:36:12.90 ID:MUxBM+S6.net
 
可可「羨ましいデス。クク達も朝廷の儀式で歌舞したいデス!」

すみれ「正式な伎芸として朝廷に認められるのはさすがに無理ったら無理よ」

かのん「まあ、今年もみんなよろしくね」

恋「ええ、よろしくお願いします。天平勝宝七歳を良い年にしましょう」

かのん「七歳? 七年じゃなくて?」

すみれ「かのん、あなた都にいたのに知らないの?」

千砂都「かのんちゃんも酒肆が忙しかったからねー。しょうがないよ」   
 
 

229: 2023/04/06(木) 21:36:56.76 ID:MUxBM+S6.net
 
すみれ「ああ、確かに正月の都はお酒の需要はすごいことになりそうね」

かのん「まあね、今月はまだまだ節日があるからお母さんと妹はまだ忙しそうにしてるよ。
って、それで話を戻すけど年じゃなくて歳って何でなの?」

恋「天皇(すめらみこと)がお決めになられたのですよ。『思うところがあって』今年から『年』を『歳』と改めると」

すみれ「なんだか意味深よね」
 

230: 2023/04/06(木) 21:38:52.45 ID:MUxBM+S6.net
    
可可「そういえば、唐でも元号を数える時は『年』ではなく『載』デス。ククが唐を出た時は『天宝十二載』デシタ」

千砂都「遣唐使からそれを聞いて唐の真似をしたのかな?」

かのん「ありえるかもね。大納言の仲麻呂様は唐風が好きだって聞くし」

恋「ここだけの話にしてほしいのですが、不穏な噂もあるのです」

かのん「不穏な噂って?」

恋「最近、太上天皇のお体の具合がよろしくないという噂です。それで縁起を担ぐために、年の数え方を唐風に改めたと……」
  
 

233: 2023/04/07(金) 22:24:19.71 ID:QVV2/YSC.net
 
かのん「そうなんだ……何事もないと良いんだけどね」

恋「どうかこのことは内密にお願いしますよ」

かのん「もちろんだよ」

千砂都「私は今日は市場で働く日だからそろそろ行くね。頑張ってねかのんちゃん。すみれちゃんと可可ちゃんも! ういっすー!」タタッ

かのん「ちぃちゃんも頑張ってね、ありがとう!」

恋「わたくしも上﨟学生の仕事がありますので、これで失礼しますね」

すみれ「ええ、お疲れ様」
 

234: 2023/04/07(金) 22:25:05.34 ID:QVV2/YSC.net
 
可可「うーん。千砂都とレンレンが仲間になってくれたらもっと頼もしいのデスが」

かのん「仕方ないよ。2人とも私たち女嬬より忙しいし、それに空いているときは練習に協力してくれてるし」

すみれ「ええ、2人とも技術が巧みだし、かなり助かってるわ」

可可「だからこそ一緒にもっとやりたいのデスが……」

すみれ「この私がいるんだから安心なさい。それに私たち3人だけでも去年は色々なところで伎芸を披露できたし、今年も色々と公演の仕事を貰ってるじゃない」

かのん「うん。着実に技術が上がってきてると思うよ」

可可「……はいデス! そうデスね、ククも頑張ります!」
 

235: 2023/04/07(金) 22:25:44.59 ID:QVV2/YSC.net
 
すみれ「今年は歌人の多治比国人様の宴にも呼ばれていたわね。それから橘奈良麻呂様の宴も」

かのん「橘奈良麻呂様も最近は反藤原氏的な不穏な言動はしてないみたいだし、安心だね」

すみれ「ええ、太上天皇や光明皇太后が藤原氏や他の氏族との均衡を上手くとりなしてくださっているようだし」

かのん「太上天皇が生きている限りはきっと平和だよね!」

 

236: 2023/04/07(金) 22:26:23.61 ID:QVV2/YSC.net
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

翌年 天平勝宝八歳(西暦756年)



恋「太上天皇が崩御されました……」

かのん「」 
 
 

239: 2023/04/09(日) 00:13:31.98 ID:o/1X1O98.net
  
かのん「これから一体どうなっちゃうの?」

すみれ「当面は国忌として喪に服すから宴は中止、伎芸を披露することはしばらくできないでしょうね」

恋「太上天皇には『勝宝感神聖武』と諡号が贈られるとのことです」

かのん「聖武……」

すみれ「それで、聖武帝は仏教を厚く信仰されてたけど、さすがに葬儀は古来の神式で行われるのよね?」

恋「ええ、基本的には古来の神式に則った殯(もがり)の儀や、陵(みささぎ)への埋葬を行いつつ、仏教による法要も行うという葬儀の形になるそうです。
これから葬儀の準備や陵の建設も急がれるでしょう。
しばらく内教坊は休止。学生も、女嬬の皆さんにも臨時で色々と仕事が入るかと思います」

かのん「うん、恋ちゃんも色々と抱え込まないでね。手伝えることがあれば手伝うから」

恋「ありがとうございます。ではわたくしはこれにて」タタタッ
  

240: 2023/04/09(日) 00:14:19.93 ID:o/1X1O98.net
 
すみれ「私も、実家の神社の方を手伝わなきゃいけなくなるかもしれないわね」

かのん「えっすみれちゃんも?」

すみれ「これから神祇官が全国の神社に人員や物資の調達命令を出すはず。ウチの神社もきっと大変ったら大変よ」

かのん「そっか……市場はどうなるんだろう。私も家に戻った方が良いかな? 
雅楽寮に出向してるちいちゃんは宮門の中だし大丈夫だよね? あ、東大寺に行ってる可可ちゃんは!?」

すみれ「落ち着きなさいったら落ち着きなさい!」

可可「かのん、すみれー!」タッタッタ

すみれ「ほら、噂をすれば戻ってきたわ」

かのん「って、大勢の兵士に囲まれてきたんだけど!?」
 

241: 2023/04/09(日) 00:16:22.33 ID:o/1X1O98.net
 
可可「大伴氏の兵士の人たちデス! ククは東大寺で太上天皇の快復を願う祈祷をずっとしていた鑑真さんを手伝っていマシタ」

可可「ですが残念な報せが入って祈祷が中止になって、ククを心配した古麻呂さんが迎えに派遣してくれマシタ」

すみれ「相変わらずあんたの保護者は強力ね」

ザッザッザッザ ザワザワザワ ドタバタ

かのん「でも、宮門の中でもこれだけ物々しい雰囲気になって行き交う人達がピリピリしてるのを感じるよ。衛士も増えてきたし」

ザッザッザ

古麻呂「ん? おい、馬を止めてくれ。そこに居るのは可可ではないか。無事であったか」

可可「古麻呂さん! お気遣いありがとうデス!」
 

242: 2023/04/09(日) 00:17:27.32 ID:o/1X1O98.net
 
すみれ「あの、都はそんなに護衛が必要なほど危ないんですか?」

古麻呂「そうならぬことを願うが。これから都には戒厳令が敷かれ、三関を封鎖・固守する固関が行われる」

可可「三関とは何デス?」

古麻呂「伊勢の鈴鹿、美濃の不破、越前の愛発。これら東国に通ずる三つの道を守る関のことだ。
都が動揺している間に東国の者たちが攻めて来ぬよう封鎖するのだ」

かのん「せ、攻めてくる!?」ビクッ
 

243: 2023/04/09(日) 00:18:35.55 ID:o/1X1O98.net
  
古麻呂「あくまで念のためだ。だが、数ヶ月前に橘諸兄様が左大臣を辞し、太上天皇も崩御された今、皇太后様と親しい藤原仲麻呂がますます権力を握ることになるであろう。
大伴氏や橘氏とも対立するかもしれぬ。そうなると我や家持、奈良麻呂などと親しい内教坊に良からぬことをする輩が出ないとも限らん」

すみれ「そんな……」

古麻呂「無論、そうならぬために我は藤原氏とは協調する道を探っていくが、今回の一件で左大弁の政務が多忙になることに加えて山作司にまで任じられることになり、全てには手が回らぬ」

古麻呂「だから平安名の娘に、澁谷の娘よ。どうか可可と共に居てやってほしい。頼む」ペコ

すみれ「そんなの当然ですよ」

かのん「はい、可可ちゃんも内教坊も私達が守りますから!」

可可「すみれ、かのん……! ククだって自分のことくらい自分で守りマス! むしろククがみんなを守るデス!」

古麻呂「そうか。良き友人を持ったな」
  

245: 2023/04/10(月) 00:06:26.51 ID:XSy9uX2r.net
  
可可「古麻呂さんも、何か手伝えることがあったら言ってクダサイ!」

古麻呂「うむ……ならば山作司の務めを少し手伝って貰っても良いか?」

可可「山作司?」

古麻呂「太上天皇を葬り奉る陵を用意する臨時の役職だ」

かのん「そういえば恋ちゃんもこれから陵の建設が始まるって言ってたね」

可可「ミササギとはお墓のことですか?」

古麻呂「うむ。古来と同じように墳墓を作るのだ」

可可「そういえば、都に来る時に通った難波の港から見えた陵墓はすっごく巨大デシタ! あんな大きなお墓をこれから作るのデスか?」
  

246: 2023/04/10(月) 00:07:24.03 ID:XSy9uX2r.net
 
古麻呂「いや、難波から見えた陵は日本でも最大の大きさであろうが、今はそのような巨大なものは作れぬ。
大化の頃に墳墓の大きさが制限されておるしな」

可可「そうデシタか……日本人はみんな巨大なお墓を作るものかと……」

古麻呂「そして陵の場所は平城京の北、佐保山のふもとに決まった」

かのん「確かに平城京の北には陵墓がたくさんありますね」

すみれ「それじゃあ私達に手伝えることはもう無いんじゃないですか……?」

古麻呂「いや、建設に関しては問題ないのだが、陵を管理する『陵戸』の選定が進んでおらぬ」

古麻呂「故に、汝らに会いに行って欲しいのだ……陵戸の『鬼塚の一族』に」
  

248: 2023/04/10(月) 21:42:29.68 ID:XSy9uX2r.net
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雅楽寮 前庭

千砂都「壱、弐、参、肆!」シュタッシュタッシュタッ

千砂都「ふう……そこに居るのは誰?」

スタスタスタ

仲麻呂「見事な舞だな。嵐の娘よ。伝統に囚われぬ、むしろ伝統を壊す新たな舞」パチパチ

千砂都「崩御の報せで解散になって。時間が余ったから少し自由に鍛錬していただけですよ。それで、あなたは?」

仲麻呂「大納言兼紫微令・藤原朝臣仲麻呂だ」

千砂都「!」

仲麻呂「汝に会いたくて雅楽頭に無理を言ったのだ。突然すまぬな」
   

249: 2023/04/10(月) 21:44:34.50 ID:XSy9uX2r.net
 
千砂都「庶民にとって雲の上の存在の大納言様が私ごときに用ですか?」

仲麻呂「謙遜するな。汝の舞は宮中でも評判だ。内教坊に留めておくのは惜しいと雅楽寮に招聘したが、あくまで内教坊に所属しながらの出向を希望したことも知っておる」

千砂都「はあ」

仲麻呂「回りくどい話は好かぬ。我に協力しろ。嵐の娘よ」

仲麻呂「これから始まる世は伝統を守るだけでは何もなすことは出来ぬ。才能こそが武器になる。我の下でその才能を存分に活かすが良い。汝なら遥か高みを目指すことが出来る」
 

250: 2023/04/10(月) 21:48:52.56 ID:XSy9uX2r.net
 
仲麻呂「我が曽祖父・鎌足が蘇我を討ち、我が祖父・不比等がこの国の礎を作り、我が父・武智麻呂が藤原の力をより強めた。
そしてその血を継ぐ我こそが……」

千砂都「お気持ちは嬉しいですが、お断りします」ペコリ

仲麻呂「ほう? 理由を言ってみろ」

千砂都「あなたをまだ信用できませんから」

仲麻呂「ふっはっは! 正直なのは良いことだ。今日はこのくらいにしておこう。また来るぞ」

千砂都「また来るんですか? 押しが強いと嫌われますよ?」

仲麻呂「押して押して勝つ。それが我のやり方だ。ではさらば」

千砂都「……うぃっす」ペコリ


千砂都「遥か高み、かあ」
  

253: 2023/04/11(火) 21:39:49.36 ID:/kbgrFfh.net
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平城京 郊外


パカッパカッ 

すみれ「そろそろね、鬼塚とかいう陵戸がいるっていう集落」

可可「馬がいると楽ちんデスね! 古麻呂さんが公的な仕事だからと馬を手配してくれて良かったデス」

かのん「内教坊で恋ちゃんが女嬬にも乗馬を教えてくれたおかげだね。それにしても」

ヒヒーン

きな子「はい。よしよし、もうすぐ着くみたいだからいい子で頑張るっすよー」ナデナデ

かのん「左馬寮に馬を借りに行ったらきな子ちゃんと会えるなんてねー」

きな子「固関使やら諸国への報せやらで一気に馬も人手も足りなくなって、きな子も馬部の下に動員されたっす」
   

254: 2023/04/11(火) 21:41:30.79 ID:/kbgrFfh.net
  
きな子「馬を貸した役人に、馬の世話係として同行する仕事を任されて不安だったっすけど、お供するのが知ってるみなさんで良かったっす!」

かのん「ありがとう。でもきな子ちゃんくらい馬の扱いに長けてたらどこでも重宝されるんじゃないの?」

きな子「いえ、所詮は俘囚っすから。どういう扱いを受けるかわかったもんじゃないっす」

かのん「あ、ごめん……」

きな子「う……こちらこそ自虐してすまねえっす」

パカラッ ヒヒーン

可可「わわっ!」

すみれ「ここね、とりあえず下馬しましょう」

ズゴゴゴゴ

かのん「ここが集落? なんか小さい丘があるだけみたいだけど」
   

257: 2023/04/12(水) 22:54:35.54 ID:PKo3JVgA.net
 
可可「まるっとこんもりしてて可愛い丘デスね! 千砂都がいたら喜びそうデス」

すみれ「いえ、陵戸がいるってことはこの丘はたぶん丘じゃなくて……」


夏美「くぉらー! 何勝手に入ってきてるんですの!? ここは聖域ですのよ!」

夏美「通行したいならゼニーを払うんですの!」

かのん「うわっ!? いきなり出てきて何この子!?」

夏美「私はこの陵墓の守り人! 陵戸の夏美ですの!」

きな子「守り人」

すみれ「やっぱり、この丘は小規模の墳墓だったのね」

夏美「小規模とは失礼な! この陵墓は、近くに住む人々からは鬼が住むと恐れられ『鬼塚』と呼ばれているくらい凄いんですの!」

すみれ「それと大きさは関係ないったらないでしょうよ」
  

258: 2023/04/12(水) 22:56:38.69 ID:PKo3JVgA.net
   
夏美「余計なお世話ですのー! それで一体この私に何の用ですの!?」

かのん「これから造られる聖武帝の陵墓を管理する陵戸が足りなくて、鬼塚の一族に来てほしいんだって」

可可「山作司の大伴古麻呂さんの代わりにクク達が来たのデス!」

夏美「にゃはは〜そんなのお断りですの!」

かのん「ええっ!なんで!? 朝廷の命令だよ!? 断ったらまずいよ!」

夏美「それが、ぬわぁんと、断われるんですの〜♪」

可可「何故デスか!?」

すみれ「……陵戸は古来から神域たる陵墓を守ってきた。つまり歴代の神々や天皇に仕えているとも言えるわ。だから朝廷の人間は祟りを畏れて陵戸が多少わがままを言ったくらいじゃ手を出せない」

夏美「そちらのお姉さんは話がわかるみたいで助かりますの。ではとっとと通行料のゼニーを置いて帰るんですの」

かのん「ま、まって! じゃあ一族の他の人と交渉させてよ!」

夏美「そんな人いませんの。一族の皆は私以外はとっくに氏んだか逃散していきましたの!」

夏美「ここを守るのは夏美ひとりですのー!」

きな子「たった、ひとりで……?」
 

266: 2023/04/16(日) 22:38:21.93 ID:afVrmI2d.net
 
すみれ「確かに墳墓全体に草木が生い茂ってて、まるでお手入れされてないものね」

かのん「うん、言われなければ丘にしか見えないよ」

可可「陵墓というのは手入れがされていないとこんなに緑に飲み込まれてしまうのデスね」

夏美「うるさいんですの! もう付き合ってられませんの!」

ササッ

可可「あ、待ってクダサイ!」

かのん「墳墓の生い茂った木の中に入っていっちゃった」

すみれ「かのん、可可、追ってきて」

かのん「えっ嫌だよ!? 侵入したら祟られるんでしょ!?」

可可「すみれひどいデス! ククたちがどうなっても良いのデスか!?」プンプン
 

267: 2023/04/16(日) 22:56:22.60 ID:afVrmI2d.net
  
すみれ「落ち着きなさい。あんたらが祟られたら私がお祓いしてあげるから」

かのん「じゃあすみれちゃんが行ってよ!」

すみれ「私が祟られたら誰がお祓いするのよ!?」

可可「いいからすみれも来やがれデス!」

すみれ「無理ったら無理だってば!」

ギャーギャー

きな子「じゃあきな子が追って行くっすよ」スタスタ

かのん「えっ! きな子ちゃん危ないよ!」

すみれ「そうよ、官戸のあなたにそこまでしてもらう訳には行かないわ」

きな子「祟りとかは平気っすよ。きな子はそもそも倭人の神様に守られてないし信じても居ないっすから」

ガサガサ

かのん「い、行っちゃった」
  

268: 2023/04/16(日) 23:00:54.56 ID:afVrmI2d.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ガサガサガサ

夏美「えっ!? 誰か追ってきましたの!?」

夏美「聖域に入ってくるなんて祟りが怖くないんですのー?」

きな子「こんにちはっす。守り人」

夏美「あなたはさっきの人たちと一緒に馬を連れてた」

きな子「桜小路のきな子っす。都で官戸として働いてる俘囚っす」

夏美「そういうこと……あなたも私と同じ賤民というわけですのね」

夏美「ですが陵戸は賤民の中でも特権が認められている特別な存在! 一緒にしないでほしいんですの」

きな子「別に一緒だとは思ってないっす。日本の身分とか仕組みとかよくわかんないっすし」
 
 

269: 2023/04/16(日) 23:06:59.55 ID:afVrmI2d.net
  
夏美「じゃあ何しに来たんですの?」

きな子「あの人達のために何かをしたいって思ったっす。きな子に優しく接してくれて、歌や踊りも見せてくれたこともあるっす」

夏美「ふぅん、まあ私には関係のないことですの」

きな子「なんで守り人はこんなところでひとりっきりなんすか?」

夏美「……夏美でいいですわ」

きな子「特権が認められてる存在なら、なんで守り人以外は居なくなっちゃったんすか?」

夏美「だーかーら夏美でいいって」

きな子「教えてほしいっす!」

夏美「儲からないからですの。こんな大昔の誰のお墓かもわからない陵墓を守っていても……」

夏美「朝廷は祟りを恐れて、陵戸に税を課したりはしませんの。だけど報酬を与えることもない」
  

270: 2023/04/16(日) 23:23:28.88 ID:afVrmI2d.net
 
夏美「それでも昔は周辺住民がここを聖域と崇めて、支えてくれていましたの」

夏美「だけどここ数十年で、朝廷は大陸から仏教を積極的に取り入れ、大仏開眼だの鎮護国家だのと仏教の力がどんどん強くなって……いつしか住民は陵墓ではなく寺を詣でるようになり……」

夏美「そしてここは鬼が住む塚とただ恐れられるだけの存在に成り下がりましたの」

きな子「それで、生活が苦しくなって?」

夏美「10年ちょっと前に墾田永年私財法が発布されてから、各地で新田開発が盛んになって、耕作民が不足していますの」

夏美「例え元陵戸でも働き手がほしいという荘園はいくらでもありますの。だからみんな耕作民として各地に散っていきましたの」

きな子「なんで守り人……じゃなくて夏美ちゃんは行かなかったんすか?」

夏美「だって、ここから私が離れたらもう永遠にこの陵墓は忘れられてしまいますの……」

夏美「もう誰のお墓かわからなくても、そんなの悲しすぎますの」
 

273: 2023/04/17(月) 21:21:59.03 ID:2zG/vMRg.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ガサガサガサ

可可「あ、キナキナ戻ってきマシタ」

かのん「きな子ちゃん! 無事!? 祟られてない!?」

すみれ「見た感じは大丈夫そうだけど」

きな子「きな子は大丈夫っすよ! 夏美ちゃんも連れてきたっす!」

夏美「……ですの」モジモジ

きな子「夏美ちゃん、条件付きで協力してくれるらしいっす!」

かのん「えーっ!?」

274: 2023/04/17(月) 21:22:28.33 ID:2zG/vMRg.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

すみれ「なるほどね、仏教の伝播と各地に荘園が増えた影響で……」

可可「ナッツかわいそうデス」ウルウル

かのん「そういえばすみれちゃんの実家も葉月氏の荘園にあったよね」

すみれ「まあ、ウチのあたりは三世一身法の頃に出来た荘園だからもっと古いけどね」


すみれ「それで、条件っていうのは?」

夏美「新たな陵墓の管理を手伝う代わりに、こちらにも定期的に通わせて整備もさせてほしいんですの」

きな子「どうっすかね? きな子としては夏美ちゃんの気持ちを尊重してあげたいっす」

かのん「古麻呂様の許可なく私達で決めちゃって大丈夫なの?」

すみれ「まあ、あの人は可可には甘いしなんとかなるんじゃない」

可可「ククが頼んでおきマス!」グッ

きな子「良かったっすね! 夏美ちゃん!」キラキラ

夏美「あ、ありがとうですの……」テレ

かのん「なんだか仲良しになってよかったね」ニコ

すみれ「じゃ、戻りましょうか」

277: 2023/04/19(水) 22:49:52.90 ID:FeoeVm2X.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

平城宮内

ザワザワ


かのん「やっと帰ってきたと思ったら、なんかますます騒がしくなってない?」

すみれ「とにかく古麻呂様に報告に行きましょ」

きな子「では、きな子と馬たちは左馬寮に戻るのでここで失礼するっす」

ヒヒーン

かのん「きな子ちゃん、いろいろとありがとね!」

すみれ「ほんと助かったわ」

可可「また遊びに行きマスね!」

きな子「はいっす。夏美ちゃんのことよろしくお伝えくださいっす!」

278: 2023/04/19(水) 23:20:46.45 ID:FeoeVm2X.net
  
可可「ククたちも古麻呂さんに会いに行きマショウ」

すみれ「いるとしたら弁官局かしら」

かのん「あれ、あそこにいる人って……」


ザワザワ

家持「本当か、とにかく今は落ち着いて……」


ザワザワ

かのん「大伴家持様だよ。聞いてみようか」

可可「こんにちはー! 古麻呂さんどこにいるか知りマセンか?」ブンブン

家持「君たちは内教坊の……」

すみれ「いきなり失礼しました兵部少輔様。私達、古麻呂様を探していまして」

家持「悪いが今、兄上は君たちに会っている余裕は無いと思う。大変なことが起きたのでね」
  

279: 2023/04/19(水) 23:24:04.20 ID:FeoeVm2X.net
  
かのん「大変なこと?」

家持「我が一族の、大伴古慈斐という者が衛士府に捕縛され勾留された」

かのん「えっー!?」

家持「罪状は『朝廷への誹謗』だそうだが……このような時にいきなりとなると恣意的なものを感じずにはいられない」

家持「とりあえず、兄上が仲麻呂様に事情を問い質しに向かっているところだ」

すみれ「そうでしたか。邪魔にならないように私たちは一旦、内教坊に戻りますね。失礼しました」ペコリ

可可「え、デモ……」

すみれ「ほら行くわよ」グイッ


すみれ「もう、古麻呂様が危惧していた藤原氏と大伴氏の緊張関係ってやつが早速始まってるじゃない……!」
 

280: 2023/04/20(木) 22:17:59.12 ID:nFyuw7ds.net
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朝堂院


古麻呂「くそっ! 腹立たしい!」

ザッザ

家持「兄上! いかがでしたか、大納言様は何と?」

古麻呂「家持か……勾留された古慈斐は2,3日で解放されるそうだが。仲麻呂め、露骨に大伴氏に圧力をかけて来おったわ」

古麻呂「太上天皇が崩御された混乱に乗じて妙なことをせぬようにとな」

家持「確かに一族には過激な者もおりますが、このようなことをしたらますます刺激するだけですのに……」

古麻呂「それが狙いであろう。過激な連中を暴発させて、大伴氏を制圧する口実を作りたいのだ」

家持「なんと……一族の者たちには私からも冷静になるように伝えましたが、このまま耐えられるかどうか」

古麻呂「耐えねばならんのだ……民を巻き込む戦を起こさぬように」

家持「はい……そういえば、内教坊の娘たちが戻ってきて兄上を探しておりました」

古麻呂「そうか……山作司の仕事を頼んでいたのだったな。会ってやらねば」
   

281: 2023/04/20(木) 23:04:52.93 ID:nFyuw7ds.net
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内教坊

ザワザワザワ ギャーギャー

恋「み、皆さん落ち着いてください!」

「もう許せないよ!」

「抗議にいきましょう!」

ギャーギャー

かのん「恋ちゃん!?」

可可「一体何の騒ぎデスか?」

すみれ「学生と女嬬の子たちが集まって、なんだか殺気立ってるわね」


ナナミ「あ、かのんちゃんたち。大伴氏の人が言いがかりで捕まった話は聞いた?」

すみれ「ええ、さっき知ったばかりだけど」

ヤエ「ここにいる子たちの親や兄弟も、何人か中衛府の衛士に不当に尋問されたんだって」

ココノ「捕まったわけじゃないけど、藤原氏に逆らわないように暗に圧力をかけられたんだよ」

かのん「それで、みんな怒ってるんだ」
 

284: 2023/04/22(土) 18:37:16.51 ID:0NcCyANk.net
  
すみれ「元々、聖武帝の親衛隊として作られた中衛府も今では藤原氏の私兵同然ね。衛士府も影響下にあるし」

ナナミ「だけど藤原氏以外の氏族の私兵を集めれば充分に対抗できるって話だよ」

かのん「いやいや、対抗って何を言ってるの? 戦になっちゃうよ」

可可「そんなの駄目デス! 古麻呂さんも協調すべきと言ってマシタ!」

ヤエ「大伴氏からも不満の声はたくさん出てるよ」

恋「皆さん! そのような話はおやめください! 藤原氏に密告でもされたら内教坊は終わりです!」

「だったら藤原氏と戦えば良いよ!」

「そうだそうだ!」

ワーワーギャーギャー
  

285: 2023/04/22(土) 18:38:07.54 ID:0NcCyANk.net
  
千紗都「ういっすー、ただいまー……って、なんか大変な感じになってるね」

かのん「ちぃちゃん! 良かった、心配だったんだよ」ギュッ

かのん「大丈夫? 雅楽寮では何もなかった?」

千紗都「……うん、何もなかったよ」

ワーワー キャーキャー

可可「あわわわ、今はここが一番何か起きそうデス……!」ブルブル

すみれ「ちょっとこの騒動、さすがに内教坊の外まで聞こえかねない。まずいったらまずいわよ」
  

286: 2023/04/22(土) 18:38:53.50 ID:0NcCyANk.net
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内教坊 門前


家持「兄上! 内教坊の学生と女嬬たちが……今すぐ止めましょう」

古麻呂「待て、内教坊は男子禁制。これより先に侵入は出来ぬ」

家持「ですがあの娘らのためにも止めてやらねば!」

古麻呂「いざとなれば我らの兵で取り囲む。だが今は見守るのだ」
  

287: 2023/04/22(土) 18:39:49.33 ID:0NcCyANk.net
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ワーワー キャーワー

可可「こうなったらクク達に出来ることはひとつ! 歌いマショウ!」

すみれ「ま、待ちなさい。聖武帝の初七日法要も終わってないのに踏歌なんて披露したら不敬の罪を着せられかねないわ」

かのん「……やろう、すみれちゃん。歌の力を信じたい」

千紗都「じゃあこの前に舞を鍛錬したあれ、やろっか」

恋「でしたらわたくしも! たとえ不敬と言われようとも学生と女嬬の皆さんを守りたいのです!」

すみれ「ったく、仕方ないわね。私がいなきゃ始まらないでしょ。付き合ってあげるわよ」

可可「まったく、素直に一緒にやりたいって言えば良いデス。でもこれで揃いマシタ!」

かのん「うん、私達の歌を響かせよう!」
   

289: 2023/04/23(日) 21:10:49.64 ID:QMTN5Lj9.net
 
5人「「「「「まことの ゆめは 止まらざるなり」」」」」♪

5人「「「「「いま心 駆けいだすなり」」」」」♪


~~~~~♪♪♪♪♪♪

ザワザワ…

ヤエ「この曲は!」

ナナミ「みんな、聞こう! 見よう!」

ココノ「かのんちゃん達の踏歌を!」


~~~~♪♪♪♪♪
 

290: 2023/04/23(日) 21:11:43.93 ID:QMTN5Lj9.net
  
可可「何時のまにや いと恋し育ちたりき」♪

千砂都「此の想ひ届けてみせむ」♪

可可・千砂都「「定めけり 本気ぞ!」」♪


すみれ「如何なること あたふやなる」♪

恋「まばゆき空 見上げ」♪

すみれ・恋「「大聲にて 歌ひたらむ」」♪


かのん「やりたきことあることは 朝夕ごと」♪

かのん・千砂都・恋「「「楽しけり」」」♪

5人「「「「「汝も さう覚えたりや?」」」」」♪
  

291: 2023/04/23(日) 21:12:17.46 ID:QMTN5Lj9.net
  
~~~~~♪♪♪

5人「「「「「嗚呼 屹度 待てるなり 出會ひ我等の始まり」」」」」♪

かのん・可可・すみれ「「「ゆめと ゆめが」」」♪

千砂都・恋「「惹かれあひて」」♪

5人「「「「「始まりはべり」」」」」♪


5人「「「「「まことの願ひに 驚きき いまとまらず」」」」」♪

5人「「「「「いま心 駆けいだすなり」」」」」♪

5人「「「「「いま全力で 駆けいだすなり」」」」」♪

~~~♪
  

292: 2023/04/23(日) 21:12:43.07 ID:QMTN5Lj9.net
  
ワアアアアアアア!!!!


「興奮してごめんなさい!」

「ちゃんと落ち着いて考えるよ!」

「みんなの歌と舞を見ていたら心が安らいだ!」

ワアアアア!

かのん「ありがとう!」

恋「ありがとうございます!」
  

293: 2023/04/23(日) 21:13:57.54 ID:QMTN5Lj9.net
  
ワアア……

古麻呂「殺気立っていた娘たちも皆、治まった。これが……可可たちの踏歌の力か」

家持「歌の力。これです……歌ならば大伴一族の者たちにもきっと伝わります」

古麻呂「何か思いついたようだな」

家持「ええ、私も一族に対して自制するように諭す歌を作ってみようかと」

家持「そして、私が歌を詠んだという話を広めるのです。内教坊で起きたことの噂が広まるよりも前に。
どのようにすれば朝廷に言い訳が立つでしょうか?」

古麻呂「そうだな。天孫降臨の頃から皇祖に仕えていた大伴氏の誇りを伝え、帝への忠誠を改めて誓う歌ならば、この時期でも咎められることはあるまい」

家持「畏まりました。そのように仕上げて参ります」

古麻呂「頼んだぞ。内教坊の娘たちには我から話しておこう。今日のことは口外せぬようにとな」
 

296: 2023/04/25(火) 21:44:27.92 ID:p5Lr1J4c.net
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翌年

天平勝宝九歳(西暦757年)

6月

297: 2023/04/25(火) 21:45:35.48 ID:p5Lr1J4c.net
  
東大寺


可可「鑑真さん! 古麻呂さん!」トテテ

鑑真「おお、可可さん。お元気そうな声が聞けて何よりです」

古麻呂「鑑真様。東大寺にこのような場を設けて頂き感謝致します」

古麻呂「……可可もよく来てくれたな」

可可「この3人で久しぶりに会えて嬉しいデス! 唐からの旅を思い出しマス!」キラキラ

鑑真「それで、改まってお話とは何でしょうか?」

古麻呂「新羅から亡命してき僧からの情報で、唐は今大規模な内乱状態にあると分かった」

可可「何デスと!?」

古麻呂「安禄山という者が叛乱を起こし、玄宗皇帝はすでに長安を追われて行方知れずのようだ。古い情報で、どこまで確実かわからぬが……」

鑑真「皇帝が……」

古麻呂「日本は新羅とは断交状態、遣唐使も次がまだ決まっておらぬ有様。お伝えするのが遅くなり申し訳ない」ペコッ

鑑真「古麻呂様が謝ることではありませんよ」

可可「はい……家族が心配デスが……古麻呂さんは悪くないデス」
  

300: 2023/04/26(水) 22:42:04.94 ID:jxEPBNko.net
古麻呂「この日本が乱れる前に2人を故郷に返すべきかと思っていたが、もはやそれも叶わぬ。我は無力だ」

可可「日本が乱れる? 最近は平和だったと思いマスが……」

古麻呂「そうだな。先月には養老の頃から策定されていた新たな律令も発布されておるし、内政は安定しているように民衆からは見えているかもしれぬ」

鑑真「やはり、あの仲麻呂様に不安が募っているのですか」

古麻呂「仲麻呂は先月、新たな律令を発布した功績によって紫微内相に昇叙されました。大臣としてこの国の頂に立ったのです」

古麻呂「一方で仲麻呂と縁遠い者達は左遷や冷遇を受けております。反仲麻呂派の筆頭・橘奈良麻呂などは我よりも地位の低い右大弁に降格させられまし

鑑真「そうですか……仲麻呂様は仏教を篤く保護し、民の苦労を聞き税を減らすなどの良き政治を行ってくれていると思うのですが」

301: 2023/04/26(水) 22:42:55.88 ID:jxEPBNko.net
古麻呂「ええ、間違いなく朝廷の誰よりも優秀で良き政治家です。素直な民衆には徳をもって接している」

古麻呂「ですが奴は自分と意見を異にする者には容赦が無い。それが人であっても、国であっても……」

可可「国……? もしかして、日本が乱れると言うのは戦争が起きるのことデスか!?」

古麻呂「すまぬ。喋りすぎた。忘れてくれ」

可可「デスが……」

古麻呂「そこに隠れている者たちも、心配せずとも良い。可可や内教坊には決して手は出させぬ」


「「「「!!??」」」」ビクッ


かのん「ば、バレてました?」アハハ

可可「あぇっー!? なんで皆がここに!?」

302: 2023/04/26(水) 22:43:58.29 ID:jxEPBNko.net
すみれ「全く、こんな人数でいたらそりゃバレるわよ」

千砂都「すみれちゃんが可可ちゃんが心配だから後を付けようって言い出したくせに~」

すみれ「ちょっ!//」

恋「申し訳ございません! わたくしがいながらこのような無礼な行動を……申し訳ございません」ペコ

かのん・千砂都・すみれ「「「すいませんでした」」」ペコリ


可可「付いてきたいなら言ってくれればよかったのデスのに」

鑑真「ふふ、可可さんは皆に愛されているのですね」ニコニコ

古麻呂「唐に帰れぬ今となっては、内教坊が可可の唯一の拠り所かもしれぬ。皆、今後ともよろしく頼むぞ」

303: 2023/04/26(水) 22:45:38.33 ID:jxEPBNko.net
すみれ「え、ええ」

恋「はい。勿論です」

千砂都「ういっすー!」

可可「もう古麻呂さん、恥ずかしいデス!」

かのん「ふふ、なんだか親子みたい」

可可「はいデス! 古麻呂さんはお父さん、鑑真さんはおじいちゃんみたいデス」

鑑真「ははは、それは嬉しいですね」

古麻呂「せっかくだ、一緒に帰ると良い。護衛の兵に内教坊まで送らせよう」

すみれ「いつもありがとうございます」

古麻呂「最近の新たな戒厳令で、京内で20騎以上がまとまって行動することを禁じられたゆえ、少数の兵しか付けられぬがな」
  

304: 2023/04/27(木) 20:54:37.09 ID:+DlYA2mt
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東大寺 

門前


古麻呂「内教坊の娘たちも無事に出発したようですので、鑑真様、私も失礼します」ペコ

鑑真「ええ、くれぐれも無理はなさらぬようにお願いしますよ。可可さん達を悲しませないでくださいね」

古麻呂「ええ……そうですね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

パカラッ パカラッ


古麻呂「む……あの豪奢な軍団は」

ヒヒーン

古麻呂「紫微内相様」ペコリ


仲麻呂「おお、これは古麻呂殿。東大寺にご用事かな」

古麻呂「ええ、帰るところですが」

306: 2023/04/28(金) 20:35:17.88 ID:wbDUI3hS.net
仲麻呂「古麻呂殿。我に協力する気は無いか?」

古麻呂「これは異な事をおっしゃる。いつも朝廷で協力して政をしているではないですか」

仲麻呂「そんなことではない。新羅の征討に力を貸せ」

古麻呂「今の日本に他国に侵攻する力はありませぬ」

仲麻呂「そのために国を豊かにし、力を蓄えているのだ。
そもそも、唐の朝賀で新羅と席次を争ったのは汝ではないか。新羅に対して強硬に出られるのは古麻呂殿のおかげでもあるのだぞ」

古麻呂「席次を争ったのは外交を有利に進めるためで、戦争を起こすためではござらぬ。
100年近く前の白村江での大敗を知らぬのですか?」

仲麻呂「白村江では唐から援軍が来たことが敗因となった。
だが今、唐では内乱が起きている。今度は介入してくることは出来ぬだろう」

古麻呂「だとしても唐との関係が悪化し、いずれ攻められるでしょう」

仲麻呂「ふん、どうも協力するつもりは無いようだな。汝のことは高く評価していたのだが。
まあ良い。汝が助けてくれぬのなら、内教坊の娘たちに頼むとしようか」

古麻呂「なっ!?」

308: 2023/04/28(金) 23:17:19.84 ID:wbDUI3hS.net
                                
仲麻呂「あの娘らを新羅に渡って貰おう。もちろん戦場に出すつもりはないが」

古麻呂「一体何のつもりだ」

仲麻呂「葉月の恋。奏楽に秀で、下級貴族ながら女官としての実務にも堪能な才女」

仲麻呂「平安名のすみれ。評判の良い神社の娘で、あの若さで内教坊の祭事を1人で執り行うことが出来る優れた巫女」

仲麻呂「嵐の千砂都。都で右に出る者がいない舞の技を持ち、雅楽寮でも指導者として活躍する舞生」

仲麻呂「澁谷のかのん。その伸びやかな歌声は聴いた者をたちまち魅了するという、歌生顔負けの歌唱力を持つ女嬬」

仲麻呂「そして唐の可可。鑑真様と共に遣唐使第二船に乗り込んだ運の強さ、人を引き付ける天性の才気を持つ唐人」

古麻呂「そこまで調べたのか……!」

仲麻呂「皆、戦場の後方で大いに役立つであろうな。それに何より華やかだ。兵たちも喜ぶであろう」

古麻呂「貴様っ!!」ガッ

仲麻呂「落ち着け。まだ決まったわけではない。汝が我に協力してくれるのならばあの娘らの力を借りずに済むかもしれぬがなあ」

古麻呂「……!」ギリッ

仲麻呂「おっと、そろそろ行かねば。ではまた。良い返事を期待しているぞ」

パカラッ パカラッ
  

311: 2023/04/30(日) 23:02:21.38 ID:/foqQ2S0.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

平城宮

弁官庁舎


奈良麻呂「おお、古麻呂。戻ってきたか」

古麻呂「奈良麻呂よ。先日、我が断った話だが。計画は残っておるのか」

奈良麻呂「汝……どういうことだ。あれだけ何度誘っても制止してきたではないか」

古麻呂「そうも言ってられん。仲麻呂は内教坊までも新羅との戦に巻き込むと脅してきた」

奈良麻呂「あやつ、そこまで」

古麻呂「我は……藤原仲麻呂を討つ」

314: 2023/05/01(月) 20:57:03.93 ID:tu29bUzS.net
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ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

平城宮

薬園(内教坊の北隣)


~~~~♪♪♪

ガサガサ

メイ「お、おほ??!」

♪~~~

メイ「今日は練習してるみたいだな、こっちまで歌が聴こえてくる!」

メイ「ああ、最高だ……また近くで聴きたいな」

四季「おはよう、メイ」

メイ「うわあ!?」ビクッ

メイ「お前、いたのかよ!」

四季「私は典薬寮の薬園生。薬になる若菜を摘みに薬園に来るのは当たり前」

四季「メイこそ、主税寮の仕事はどうしたの?」

メイ「米はもう運び終わったから、ここで時間を潰してたんだよ。べ、べつに内教坊に興味があったわけじゃないからな」

四季「ふーん」
     

318: 2023/05/03(水) 17:11:19.58 ID:+8T86Z1T.net
  
  
メイ「な、なんだよ!// じっと見つめるな!」

四季「私は典薬寮に戻るけど、一緒に来る? どうせ暇なんでしょ」

メイ「う、おう。じゃあ付き合うよ。先生にも挨拶しときたいしな」

四季「うん。喜ぶと思う」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

典薬寮


メイ「ん? あの門の前に立ってる男は誰だ? 職員か?」

四季「ううん。知らない人」

四季「あの。何か用ですか」

男「医師の答本忠節様を訪ねてきたのですが、どちらにおられるかな」

319: 2023/05/03(水) 17:11:49.25 ID:+8T86Z1T.net
                  
四季「答本先生ならこの建物です」

メイ「先生の客人か。じゃあ案内しますよ」

男「かたじけない」

ガラガラ

四季「先生。戻りました。あとこちら先生にお客さん」

答本忠節「おお、四季。それにメイも来たのか」

メイ「うん。いつも邪魔させてもらって悪いな先生」

男「私は大伴古麻呂の使いとして参りました。高名な医師である答本忠節様に頼みたいことがございます」

答本忠節「これはこれは。儂は客人と話をするから、すまんが別室に薬草を運んでおいてくれ」

四季「了解」

メイ「手伝うよ」
    

320: 2023/05/03(水) 23:55:53.93 ID:+8T86Z1T.net
                           
ドサドサッ

メイ「よっと、こんなもんか」

四季「お疲れ様」

メイ「それにしてもあの客人、何の用なんだろうな」

四季「さあ。先生の医学や薬の知識は凄いから。頼って来る貴族は多い」

メイ「それは知ってるけどさ、大伴古麻呂ってあの左大弁で、最近藤原氏と険悪って噂だろ」

四季「そして内教坊の支援者でもある。やっぱり内教坊のことが気になる?」

メイ「ち、違うって!」


ガラガラ

答本「おおい。客人は帰ったぞ。こっちで甘酒でも飲まんか?」

四季「先生。お客さんは何の話でした?」

答本「ううむ、それがな……」
  

321: 2023/05/04(木) 22:10:02.62 ID:IYFP2tsN.net
メイ「藤原仲麻呂暗殺に誘われた!?」

四季「メイ、声が大きい」

答本「うむ。汝らだから話したが、当然他言無用で頼むぞ」

メイ「ご、ごめん」

四季「それで、協力するんですか」

答本「するわけなかろう。仲麻呂様のことはよく知らぬが、儂は先帝にも帝にも恩があるからのう。内乱を起こすようなことはせんよ」

メイ「良かった。じゃあ断ったんだな」

答本「ああ。だが困ったことになった。断ったとはいえ、誘いを受けた以上は黙っているわけにもいかん」

四季「でも、下手なことを言うと逆に疑われて危険かも」

メイ「かといって黙ってたらバレた時にもっとやばいだろ。言ったほうが良いんじゃないか」

四季「藤原仲麻呂は少しでも疑わしい者には容赦しないと聞く」

メイ「じゃあ、もっと良い人に相談するとか?」

答本「それが良いかもしれぬな。仲麻呂様の兄で左大臣の藤原豊成様とは会ったことが在るが、温和で誠実なお方であった」

答本「もはや実質的な権力は仲麻呂様の方が上だが、形式的にはまだ豊成様が朝廷の首班だ。あの方に報告するのなら筋も通っていよう」

324: 2023/05/05(金) 15:13:42.83 ID:3VT88hLw.net
 
四季「それが良いと思います」

メイ「私らで留守番してるから行ってきなよ」

答本「ああ、そうするとしよう。ちと行ってくる。留守を頼むぞ」

ガラガラ

メイ「なんだか平城宮もきな臭くなってきたな」

四季「うん。メイも気をつけて」

メイ「お前こそ……」

ガタガタッ

四季「誰?」

メイ「!」サッ

メイ「誰も居ないぞ……鼠か犬でもいたのか?」

四季「……」
  

326: 2023/05/06(土) 18:54:53.50 ID:7UrV0EeM.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

数日後

内教坊


かのん「恋ちゃんが中衛府に連れて行かれた!?」

すみれ「落ち着きなさい。拘束されたとかじゃなくて事情聴取で呼ばれただけみたいよ」

可可「どうしてレンレンが……」

かのん「ていうかちぃちゃんも見かけないんだけど、知らない?」

すみれ「さあ……見かけてないわね、そういえば」

可可「雅楽寮ではないのデスか?」

かのん「朝は一緒に来たけど、今日は出向は無いって言ってたんだよね」

ザワザワ

恋「……」

かのん「あ! 恋ちゃん!」

すみれ「良かった。早く帰ってきたわね」ホッ

可可「無事で何よりデス!」
   

327: 2023/05/07(日) 00:46:24.65 ID:pPPXBeH4.net
かのん「恋ちゃん、大丈夫だった?」タタッ

かのん「あとちぃちゃんどこに居るか知ってる?」

恋「千砂都さんでしたら、場所はわかりませんが少なくとも無事なことは確かです」

かのん「そ、そうなんだ、とりあえず良かったぁ……!」

すみれ「待って、場所がわからないのに無事がわかるってどういうこと?」

可可「レンレンはなぜ連れて行かれたのデス!?」

恋「何から話したら良いものか……」

恋「……」チラッ

可可「?」ポカン

恋「可可さん、どうか落ち着いて聞いてくださいね」

恋「今朝、大伴古麻呂様が謀反の罪で中衛府に逮捕・拘禁されたようです」

可可「え……?」

恋「他にも橘奈良麻呂様を含めた数名も同様に拘禁。
一昨日の深夜には医師の答本忠節様も秘密裏に捕らえられていたとのことです」

328: 2023/05/07(日) 20:53:50.43 ID:pPPXBeH4.net

可可「な、なんで」ブルブル

すみれ「可可……」ギュッ

かのん「ま、待ってよ、ちぃちゃんは? ちぃちゃんもまさか捕まったの!?」

恋「いえ、千砂都さんも中衛府に聴取を受けていますが、捕まったのではなく……」

恋「……密告したのです。千砂都さんが古麻呂様の謀反の兆候を藤原仲麻呂様に報せたと、中衛府の方から聞きました」

かのん「はっ!? 嘘でしょ!? ちぃちゃんがそんなことするわけないよ!」ガバッ

恋「わたくしだって信じたくありません!」

恋「ですが……」

かのん「ですが何?」ギリッ

恋「わたくしが上﨟学生として呼び出されて、軽い聴取を受けただけで解放され、内教坊の誰も拘束されない。あれだけ古麻呂様や奈良麻呂様に支援して頂いたにも関わらずです!」

かのん「……!」

恋「それこそが千砂都さんの密告が認められ、内教坊が謀反の罪を逃れた証拠ではないですか……!」
   

331: 2023/05/08(月) 21:10:51.60 ID:Ps33Ib7s.net
かのん「じゃ、じゃあちぃちゃんは内教坊のために古麻呂さん達を陥れたって言うの!?」

恋「そこまでは言っていません!」

かのん「言ってるよ! ちぃちゃんを裏切り者扱いしないで!」ザッ

恋「あなたの幼馴染でしょう!? わたくしに迫られてもどうしようもありません!」ギロッ

すみれ「やめなさいったらやめなさい!!」サッ

可可「古麻呂さん……」ブルブル

すみれ「可可は寄宿舎で休んでもらうわ」

すみれ「あんたたちは頭冷やしなさい。怒鳴り合ってもどうしようもないでしょ」

かのん「……ごめん、恋ちゃん。ひどいこと言って」

恋「いえ……わたくしも、申し訳ありませんでした」

332: 2023/05/08(月) 21:11:53.05 ID:Ps33Ib7s.net
                        
すみれ「ほら、行くわよ」

可可「あ……まってクダサイ! 古麻呂さんに会いに行きマス!」

恋「無理です。わたくしも事情を知りたかったのですが、尋問が終わるまで誰も面会できないと言われました」

可可「そう、デスか……」シュン

すみれ「騒ぎを大きくしても仕方ないわ。今は無事を信じて待ちましょう」

可可「古麻呂さんはずっと平和を願っていマシタ。何で……」

恋「それは……」

すみれ「ちょっと待って、かのんはどこに行ったの?」

恋「かのんさんならここに……っていません!?」

すみれ「ま、まさか……」

333: 2023/05/08(月) 21:43:07.61 ID:Ps33Ib7s.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


中衛府


かのん「はあ、はあ」ゼエゼエ

かのん「体が勝手に動いて、来ちゃった」ゼエゼエ

かのん「とにかくちぃちゃんに会わないと!」

衛士「おい、何者だ!?」ザッ

かのん「あ、えーと、嵐の千砂都さんと話がしたくて。居ますか?」

衛士「ならぬ。今は偉いお方と面会中だ」

かのん「やっぱりここに居るんですね! 会わせてください!」

衛士「ならぬと言っておるだろうが! 大きい声を出すな!」

かのん「お願いします!!」
         

334: 2023/05/08(月) 21:43:46.18 ID:Ps33Ib7s.net
        
仲麻呂「騒がしいな。何事だ?」

衛士「こ、これは内相様。申し訳ございません、すぐに追い払います」

仲麻呂「汝は澁谷の……」

かのん「藤原仲麻呂!……様」

仲麻呂「あの娘に会いに来たのか。良いだろう。入りなさい。丁度、我との話が終わったところだ」

かのん「あ、ありがとうございます」



ギギィ

千砂都「かのんちゃん……」

かのん「ちぃちゃん!」タタッ

かのん「大丈夫だった? 何もされてない?」

千砂都「平気だよ。話してただけだから」ニコッ

かのん「ちぃちゃん、たぶん恋ちゃんの勘違いだと思うんだけど……変な話を聞いたから心配で」

千砂都「変な話?」

かのん「ちぃちゃんが古麻呂さんが謀反するって密告したって……そんなことないよね?」

千砂都「密告したよ」

かのん「……え?」
    

335: 2023/05/09(火) 19:49:55.98 ID:dPTK2Zbj.net
千砂都「かのんちゃん、ごめんね」

かのん「ほ、本当にちぃちゃんが密告したの……!?」

千砂都「うん」

かのん「なんで!?」

千砂都「平城宮の端っこにある内教坊にはあまり噂は流れてこなかったんだろうけど、私が出向してた雅楽寮は中央の貴族がたくさん出入りするから、色んな話が集まってくるの」

千砂都「もう、謀反が起きそうって噂は流れてた。あの仲麻呂様がそれを見逃すはずがないよね」

千砂都「だから、かのんちゃん達が巻き込まれる前に私が古麻呂様達の動きを探って、密告したの。早く密告すればするほど、内教坊は疑われなくて済むでしょ?」

かのん「でも、古麻呂様は可可ちゃんがお父さんみたいに慕ってる人なんだよ!? それに内教坊のことも面倒を見てくれてたのに!」

千砂都「そうだね。可可ちゃんにも、みんなにも嫌われて、何を言われても仕方ないと思ってるよ」

かのん「ちぃちゃん……」

336: 2023/05/09(火) 23:21:03.34 ID:dPTK2Zbj.net

千砂都「可可ちゃんや内教坊が、かのんちゃんがまた歌えるきっかけを作ってくれた」

千砂都「だから、内教坊のみんなが無事ならそれでいいよ」

千砂都「それで内教坊に戻れなくなっても、雅楽寮で働けばいいしね」

かのん「え、待ってよ。内教坊に戻っちゃだめなんて誰も……」

千砂都「じゃあね」

スタスタ

かのん「待って! ちぃちゃん!!」
               

337: 2023/05/10(水) 20:51:48.64 ID:vYOzDXDB.net
                
 
仲麻呂「おっと、ここまでにしてもらおうか」サッ

かのん「なっ……!」

仲麻呂「こちらのお嬢さんを内教坊まで送ってやれ。手荒な真似はするなよ」

衛士「はっ!」

かのん「待ってください! まだ話は終わってません!」

仲麻呂「そうか?」

千砂都「いえ、もう話はしました。大丈夫です」

衛士「ほら、さっさと来なさい!」

ズルズルズル

かのん「ちぃちゃーん!」
   

339: 2023/05/11(木) 12:13:00.68 ID:/kFA9jL/.net
        
千砂都「……さっきの約束、本当ですよね?」

仲麻呂「無論だ。我としても奴を罪人にするのは惜しいからな。これが最後の機会だと伝えてやれ」

千砂都「わかりました。じゃあ行ってきます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

中衛府

獄所

ギギィ…


古麻呂「誰だ……」

千砂都「こんにちは」

古麻呂「おお、汝か」ボロッ

千砂都「怪我、してるじゃないですか。大丈夫ですか?」

古麻呂「気にするな。少し拷問されただけだ」
          

341: 2023/05/11(木) 23:13:58.40 ID:qaATzUC6.net
                           
千砂都「こんなところ早く出ましょう。古麻呂様」

千砂都「仲麻呂様が、他に謀反に加わろうとした者の名前を白状し、今後は藤原氏に協力することを誓うのならば解放するって約束してくれました」

古麻呂「それは光栄な話だな。だが出来ぬ。奈良麻呂を裏切るわけにはいかん」

千砂都「奈良麻呂様だってもう捕まってるじゃないですか」

古麻呂「それでもだ。奴は幼馴染なのだ」

千砂都「幼馴染……」
     

345: 2023/05/13(土) 00:02:41.87 ID:VVuo2FiW.net
                      
                   
古麻呂「汝ならわかってくれるであろう。我が頼んだ通りに密告してくれたのだからな。友人たちの為に」

千砂都「断ったところで、いつか別の人に密告されて古麻呂さんは捕まるし内教坊も危なくなるだけだったから」

古麻呂「良い冷静さだ。計画が漏れていることがわかった時点で、汝に密告を頼んで正解だった」

千砂都「なんでですか……古麻呂様がご自身で密告すれば良かったのに。そうすれば古麻呂さん自身も、内教坊も守れたのに」

古麻呂「さっきも言ったであろう。奈良麻呂は」

千砂都「幼馴染、ですもんね」

古麻呂「汝には辛い役目を押し付けてすまなかったな」

千砂都「……謝るなら、可可ちゃんに直接謝ってよ!」
     

346: 2023/05/13(土) 00:06:12.91 ID:VVuo2FiW.net

古麻呂「……」

千砂都「もういいじゃないですか! 私が奈良麻呂様の立場なら、幼馴染が自分と一緒に終わることなんて望まない!」

千砂都「例え自分と敵対しても、古麻呂さんには日本のために存分に力を発揮してほしいって……私ならそう思います!」

千砂都「仲麻呂様に頭を下げて、ここから出ましょう?」

古麻呂「……可可にはすまなかったと伝えてやってくれ。我のことは忘れて夢を追ってくれ、と」

千砂都「古麻呂様!」

古麻呂「今でも昨日の事の様に思い出す。唐で鑑真様と可可を遣唐使船に乗せた日のことを……」

古麻呂「我の航海はここまでだが、可可ならばもっと先へ進めるであろう」

千砂都「可可ちゃんだってこんなこと望んで……」

衛士「おい、時間だ! 出ろ!」

千砂都「っ!」

古麻呂「さらばだ」


ギギィ バタン……
           

347: 2023/05/13(土) 00:07:18.07 ID:VVuo2FiW.net
  
                      
天平勝宝九歳(西暦757年) 七月四日  

大伴古麻呂  獄中で激しい拷問を受け、氏亡
 
                            
                                      .   

348: 2023/05/13(土) 17:32:14.93 ID:VVuo2FiW.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


次の日


典薬寮


メイ「くそっ! くそっ!!」ドカッ

四季「メイ、騒がない方が良い」

メイ「なんでだよっ! なんで答本先生が殺されなきゃいけないんだよ!」

四季「殺されたのではなく、尋問中に発作で亡くなったと言われた」

メイ「尋問じゃなくて拷問だろ! 殺されたのと同じじゃねえか!」

四季「私だって……辛い」ウルッ

メイ「あ……ごめん、1人で興奮して。お前だって辛いよな」

ギュッ

349: 2023/05/14(日) 14:58:22.40 ID:ibGtlB6K.net
                           
四季「どうやら薬の処方を訪ねに来た人が、たまたま答本先生の話を盗み聞きして密告したらしい」

メイ「もしかしてあの時の物音か……私が追いかけてれば……」

四季「ううん。メイのせいじゃない。私が報告したら逆に疑われるかもなんて言ったせいで……」

メイ「お前のせいでもないだろ! 先生は右大臣の藤原豊成には報告したじゃねえか!」

メイ「朝廷への筋は通したのに、仲麻呂に直接報告しなかったからって謀反に加担した疑いを持たれるなんて横暴すぎる!」

四季「メイ、これからどうする?」

メイ「どうするって……」
    

350: 2023/05/14(日) 22:13:45.30 ID:ibGtlB6K.net
                                         
メイ「朝廷に訴えに行くさ……先生を罪人として葬るなんて絶対嫌だ」

四季「……うん」

メイ「あの人は孤児だった私達を拾って、四季の才能を見出して薬園生にも推薦してくれた。何の才能もない私も官戸として取り立ててくれた」

四季「そんなことない。メイは優秀」

メイ「私のことは良いんだよ、とにかく行ってくる」

四季「私も行く」

メイ「お前は来るなよ。捕まるかもしれないんだぞ」

四季「それで私がついて行かないと思う?」

メイ「まあ、それもそうか……じゃあやばそうになったら逃げてくれよ」
       

351: 2023/05/15(月) 12:07:56.62 ID:8DRyIM/o.net
                                    
千砂都「待って、二人共!」ザッ

四季「!」

メイ「あなたは内教坊の……」

千砂都「ごめんね、大きい声で話してたから聞いちゃった」

千砂都「あ、今は雅楽寮に無期限で出向してるんだけどね」

四季「ご要件は?」

千砂都「とりあえず、抗議に行くのはやめたほうが良いよ。捕まっちゃうから」

メイ「だとしても私は……!」

千砂都「ねえ、メイちゃんに四季ちゃん」

四季「なぜ、私達の名を……」

千砂都「メイちゃんはよく薬園から内教坊の方を覗いてたでしょ」

メイ「なっ!?///」

千砂都「それに四季ちゃんもメイちゃんの後ろから覗いてたし」

四季「///」

メイ「四季お前、まさかいつもいたのかよ!?」

千砂都「で、二人とも歌や舞に興味があるんでしょ? 私と一緒に来ない?」
   

352: 2023/05/15(月) 21:46:18.85 ID:JeXvq/fX.net
        
メイ「わ、私達が!?」

四季「どういうつもりですか」

千砂都「理由は3つくらいあるんだけど」

千砂都「ひとつめ、典薬寮の答本先生が捕まって、右大臣の豊成様も左遷されたことでこれから二人の立場はすごく悪くなる。で
も私と一緒に来れば守ってあげられる」

千砂都「ふたつめ、これから内教坊も大変な時期になる。たぶん、規制が厳しくなるし、しばらく人数が減って活動が難しくなると思う。
再び内教坊にみんなが集まるまで、私が雅楽寮でみんなが奏でた音、歌や舞が廃れないように人を集めて鍛錬を続けたい。
そのためにやる気のある子を探してるの」

千砂都「で、みっつめ。メイちゃんも四季ちゃんも、好きでしょ?歌と舞」

メイ「!」

四季「!」
       

353: 2023/05/15(月) 22:51:08.58 ID:JeXvq/fX.net

千砂都「四季ちゃんは薬園で薬草を採取しながら舞をしているのを見たことがあるし」

四季「///」

千砂都「メイちゃんは主税寮の倉庫で古い琴を弾きながらたまに歌ったりしてるでしょ」

メイ「お、お見通しかよ//」

千砂都「じゃ、決まりだね。もちろん典薬寮と主税寮の仕事も続けながらってことになるから、鍛錬は午後からね」

千砂都「新しい仲間を紹介するね。近い将来、次世代を一緒に盛り上げていく仲間を!」


きな子「あ、あのー、きな子たちもど素人っすけど、頑張るっす。よろしくっす!」

夏美「陵戸の誇りにかけてやってみせますの!」

メイ「こいつらが次世代の……」

四季「メイ……」チラッ

メイ「……」コクッ

メイ・四季「よろしくおねがいします」

千砂都「これからどんどん鍛えていくからね!」
        

355: 2023/05/16(火) 21:44:56.28 ID:zSzmBr9I.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

内教坊


「今までありがとう。ごめんね」

恋「こちらこそありがとうございました。どうぞお気になさらず」

「じゃあ、さようなら」


恋「……」

すみれ「……また辞める子が出たのね。これで何人目かしら」

恋「謀反の罪に連座しなかったとは言え、内教坊が大伴氏を関わりが深かったのは事実ですから」

恋「自分の娘を通わせられないと判断する家もあるのは仕方ありません。残念ですが」

かのん「そうだね。辞める子を責めても仕方ないよね」

すみれ「かのん! 今日は千砂都に会えたの?」

かのん「ううん。雅楽寮まで行ったけど門前払いされちゃった。でも、1日たって私も落ち着いたよ」

357: 2023/05/17(水) 21:56:43.10 ID:wDclt2Qt.net
                   
かのん「私はちぃちゃんを信じてるから。絶対ちいちゃんは帰ってきてくれるよ」

恋「ええ、きっと千砂都さんはかのんさんと心の底で通じ合っていますよ」

かのん「すみれちゃん、可可ちゃんの様子はどう?」

すみれ「寄宿舎の部屋に籠もってる。まあ……古麻呂さんが亡くなったんだもの。無理もないわ」

すみれ「しばらくはそっとしておいてあげたいけど、あの子のことだから自分を追い詰めて暴走しないように、食事と休息はちゃんとするように見ておくわ」

かのん「そっか……」


家持「……おーい、君たち!」

かのん「あれ、門前に家持様がいる」

恋「行ってみましょう!」
                              

358: 2023/05/18(木) 00:31:18.71 ID:ug/v1jrW.net
                
家持「すまないな、亡くなった兄上にかなり前に頼まれて調べていたことがあったのだが、それについて急ぎ知らせたいことがある」

恋「古麻呂様に?」

すみれ「あの、失礼ながら家持様は謀反の件は大丈夫だったんですか?」

家持「ああ……兄上も奈良麻呂様も、近頃は私とは一切接触していなかったからな。大伴氏と言えど私には処罰は無かったよ。淋しい話だが」

かのん「きっと、家持様を巻き込みたくなかったんですよ」

家持「そうだな……それで、本題だが」
   

359: 2023/05/18(木) 20:54:32.91 ID:GZd4rzDf.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

内教坊 寄宿舎
 

ギシッ

すみれ「可可、来たわよ」

すみれ「いるんでしょ? 勝手に入るわよ」

ギキイッ

可可「また来たのデスか。帰ってクダサイ、食欲は無いデス」

かのん「可可ちゃん!」

恋「可可さん、こんにちは」

可可「かのんとレンレンも来たのデスか……」

かのん「可可ちゃんに大事な話があるの!」

可可「ごめんなさい、もう内教坊を続ける気になれないデス……」
   

361: 2023/05/19(金) 20:27:17.80 ID:ovdpyt6I.net
                    
可可「なんで古麻呂さんが殺されるのデスか……」

可可「それに遺体に会ってお別れすることも出来ずに埋められてしまうなんて……酷すぎマス」ジワッ

すみれ「それは穢れが伝染らない為に仕方なくでしょ……7月だし放っておくと遺体はすぐに」

恋「すみれさん」

すみれ「っ! ごめん……かのん、話して」

かのん「可可ちゃん、前に神集島の話したよね?」

可可「……? ハイ、ククが唐で会った2人がそこから来たかもしれないと……」
                

363: 2023/05/20(土) 21:57:53.24 ID:27LvM7sf.net
                                      
可可「でも、古麻呂さんに聞いたら都からはあまりにも遠くて調べようがないと言われマシタが」

かのん「古麻呂様は可可ちゃんのために、ずっと調べててくれたんだよ! それで、古麻呂様に頼まれた家持様がさっき、知らせてくれたの」

かのん「これを見て」

スッ

可可「これは、木簡デスか」

かのん「この2枚の木簡には、それぞれ伊豆国の御津(みと)、駿河国の宇良(うら)という地名が書かれてるの」

かのん「調としてそれぞれの地域から堅魚を運んできた時に使われた荷札なんだって」

可可「カツオ……それが何か神集島と関係あるのデスか?」

かのん「あ、カツオは関係なくて、今度はこれを見てよ」
     

364: 2023/05/20(土) 22:44:08.27 ID:27LvM7sf.net
      
ジャラッ

可可「このたくさんの黒い石は、ククが貰ったものと似ていマス!」

可可「黒曜石デスね? すごく尖っているデスが」

かのん「みんな運ばれてきた堅魚の肉の中に混入していたんだって」

恋「かつて、鉄も青銅も無かった昔の人達は石を道具として使っていました」

すみれ「その文化が東の方ではまだ残っていて、この尖った黒曜石も堅魚の加工に使っているんじゃないかって家持様が言っていたわ」

恋「伊豆国の御津と駿河国の宇良。国を跨いでいますが伊豆と駿河の境目にありますので、ほぼ同じ地域です」

恋「そして、御津と宇良の内側の海にある名も無い小島で採石がされたことはあるようですが、そのあたりの地域で黒曜石が産出されたという記録は一切ありません」

かのん「ということは?」

可可「神津島から黒曜石が運ばれてきているのデスか?」

可可「それも、道具として使えるほど大量に!」
     

367: 2023/05/21(日) 22:54:37.64 ID:LnkNHEgB.net
                           
かのん「そうなの。神集島とあの辺りの地域が交流してるってことは、可可ちゃんが出会った二人組のことも知ってる人がいるかも」

恋「それに、駿河国と聞いてわたくしもやっと思い出したのです」

恋「わたくしのお父様は若い頃、駿河掾として駿河国府に勤めていた時期がありました」

恋「その時に、お父様に同行していたお母様は現地で聴いたことも見たこともない歌と舞を披露されたと、生前話していました」

可可「! もしかして、その歌と舞って」

恋「詳しくはわかりませんが、母の友人だった頭預様や、家人のサヤさんに色々と聞きました」

恋「どうやら母はその後、内教坊の前身である歌所で有志を集め、長屋王の邸宅で行われた宴で新しい踏歌を披露したことがあるそうです」

恋「長屋王という方は当時の朝廷で最も実力があった皇族です」

可可「そんなすごい場所で……」
           

368: 2023/05/21(日) 22:56:12.93 ID:LnkNHEgB.net
                            
恋「ですが長屋王が藤原氏によって氏に追いやられ、その後の疫病の流行もあって母の始めた踏歌は完全に廃れてしまったそうです」

可可「レンレンのお母さんは駿河国でククと同じように何かと出会って、新しい踏歌を初めたかもしれないのデスね」

恋「ええ、神集島との繋がり、わたくしの母との繋がり……駿河と伊豆の境界であるあの辺り、御津と宇良から、その新たな踏歌が始まった可能性もあります」

恋「もちろん、そこの人々もさらに別の地域から影響を受けたということも考えられますが」

すみれ「どう? 行ってみたくなったんじゃないの?」

可可「行くデスと!? 遠い駿河国に行けるのデスか!?」

かのん「家持様は全国の国府に知り合いが多いみたいで、駿河に行くなら女官として国府で働く手配をしてくれるって」
      

369: 2023/05/21(日) 22:56:57.34 ID:LnkNHEgB.net
                    
恋「官人として任地へ向かうなら駅鈴が貸与されるので、各地で馬を借りることができます。

恋「もちろん、容易ではない旅にはなりますがそれでも歩きよりは安心かと」

かのん「可可ちゃん、行ってみようよ! 手がかりを探しに!」

可可「一緒に来てくれるのデスか?」

かのん「うん、私は可可ちゃんのおかげでまた歌えるようになったんだもん。今度は可可ちゃんの力になりたい!」

可可「かのん……!」ウルウル

可可「あの、すみれとレンレンは……」

恋「申し訳ありませんが、わたくしは今、内教坊を離れるわけにはいきません」

すみれ「私も、内教坊の神事を投げ出せないわ。神事を疎かにして神様にまで見放されたら大変だもの」
           

370: 2023/05/21(日) 22:57:33.39 ID:LnkNHEgB.net
        
可可「そうデス、よね」シュン

すみれ「何? 寂しい?」ニヤニヤ

可可「そんなことないデス! すみれこそククとかのんが居なくなってもレンレンに迷惑かけずしっかりするのデスよ!」

すみれ「まったく。やっといつもの調子になってきたじゃない」

恋「かのんさんと可可さんが帰る場所はわたくしとすみれさんが絶対に守りますから、安心して行ってきてください」ニコッ

可可「千砂都はどうなるのデスか?」

かのん「ちぃちゃんも、今は何か考えがあって雅楽寮に行ったきりだけど、いつか絶対戻ってくる。だから大丈夫だよ」

可可「わかりました。クク、駿河国に行きマス! かのん、よろしくお願いしマス!」

かのん「うん!」
     

371: 2023/05/21(日) 22:58:19.11 ID:LnkNHEgB.net
             
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

雅楽寮 
 

かのん「っというわけだから、私と可可ちゃんは駿河国に旅に出るね!」

かのん「帰ってきたら、ちぃちゃんとまた一緒に歌って踊りたい!」

かのん「じゃあ行ってくるね、ちぃちゃん!!」



千砂都「……」

夏美「すごい大きい声ですの」

きな子「門前からこの建物の中まで聞こえてくるっす」

メイ「……会わなくていいのか?」

四季「駿河国に行くとなると、帰ってくるのはどれだけ先になるか」
        

372: 2023/05/21(日) 22:59:14.43 ID:LnkNHEgB.net
                     
千砂都「大丈夫だよ。かのんちゃんはかのんちゃんの、私は私のやるべきことをやるだけだから」

千砂都「ほら、みんな! 休憩は終わり! 稽古を再開するよ!」

夏美「は、はいですの!」

夏美(そうですの……私は陵墓を守り続ける。眠っている誰かの為にも……いつか帰ってくるかもしれない家族のためにも!)

夏美「だからどこまでも、力を得るためにのし上がってやるんですの!」


千砂都(内教坊が藤原氏に目をつけられて活動しにくい今は、恋ちゃんとすみれちゃんには内教坊を守って存続させることに集中してもらう)

千砂都(その間に私は雅楽寮で次世代のみんなを育て上げておく。だから安心して行ってきてね。かのんちゃん)
      

373: 2023/05/21(日) 22:59:48.09 ID:LnkNHEgB.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

東大寺


鑑真「そうですか。駿河国に」

可可「はい。古麻呂さんの喪中に良くないのはわかってマスが」

鑑真「それが古麻呂様の望んでいたことでしょう。ご安心を。彼の菩提は可可さんの分も私が弔っておりますから」

可可「感謝デス……」

鑑真「実は、朝廷から新たな寺を開く許可を頂いたのです。可可さんが帰ってくる頃には東大寺からそちらに移っているでしょう」

可可「新たなお寺デスか。何という名前デスか?」

鑑真「唐から日本に招かれた私は、可可さんや古麻呂様を初めとした沢山の方々のお陰で旅を乗り越え今、この地に居ます。その感謝の意味を込めて唐招提寺としようかと」

可可「そうデスか! 良い名前デス!」

鑑真「可可さんの新たな旅もきっと良きものになるでしょう。道中、どうぞ気をつけていってらっしゃい」

可可「はいデス!」
         

374: 2023/05/21(日) 23:00:13.45 ID:LnkNHEgB.net
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


平城京 

羅城門


パカラッ パカラッ

かのん「可可ちゃん、鑑真様と会えた?」

可可「はいデス。かのんも千砂都とお別れ出来ましたか?」

かのん「……うん。大丈夫だよ」

かのん「じゃあ、出発しようか」
    

375: 2023/05/21(日) 23:01:39.38 ID:LnkNHEgB.net
                            
女の子「あの、失礼ですが。あなた方は任地に赴く官人ですよね?」

かのん「は、はい。そうですけど。なんでそれを?」

女の子「立派な馬をお連れして羅城門から出てくるのは富裕な商人か、駅鈴を持った官人だけ」

女の子「そして商人なら大量の荷物を持っていますがあなた方は最低限の旅装のみ。なので明白です」

可可「た、確かに。論理的デス」

女の子「官人でしたらお聞きしたいことがあります」

女の子「平城宮内に、鬼塚の一族の夏美という陵戸がいると聞いたのですが。ご存知ですか?」

かのん「あ、夏美ちゃん? ならちぃちゃん……私の友達と一緒に雅楽寮にいるはずだよ」

女の子「!!そうでしたか……教えていただき感謝します」

タッタッタ

可可「あ、行っちゃいマシタ」

かのん「なんだかあの子、夏美ちゃんに雰囲気似てなかった?」

可可「そうデスか? 背丈も髪も全然違ったと思いマスが……」

かのん「うーん、なんとなくなんだけどね。まあ良いか」
   

376: 2023/05/21(日) 23:02:03.52 ID:LnkNHEgB.net
               
かのん「じゃあそろそろ、出発しようか」

可可「都ともしばらくお別れデスね」

キラッ!

可可「あっ! 流れ星デス!」

かのん「本当だ! 明け方なのに綺麗だね」

可可「ククたちはまだまだ小さな小さな小星星デスが」

可可「いつか、あの流れ星のように……!」

かのん「うん……!」
     

377: 2023/05/21(日) 23:02:36.99 ID:LnkNHEgB.net
                              
後に、藤原仲麻呂(恵美押勝)が政争に敗れて都を脱出した際、仲麻呂軍の駐留地に巨大な流星が隕石となって墜ちた。
その数日後、仲麻呂は戦に敗れて斬首されることとなる。
                             

378: 2023/05/21(日) 23:03:52.99 ID:LnkNHEgB.net
                    
かのん「都からは駿河までは長い道のりだよ。頑張ろうね!」

可可「遣唐使船から始まったククの旅はまだまだ終わりそうにないデスね」

かのん「可可ちゃんの旅が終わるまで……ううん、終わってからだって、私達は内教坊の仲間」

かのん「……行こう!」

可可「はい!」



     
この2年後の天平宝字三年(759年)、内教坊の名前が歴史上初めて文献に登場する。
   
『作女楽於舞台。奏内教坊踏歌於庭』 (続日本紀)
  



  

379: 2023/05/21(日) 23:06:41.98 ID:LnkNHEgB.net
これで完結になります。
当初は道鏡の事件やら平安京遷都あたりもやるつもりでしたが、うまくまとまりそうにないのでこのあたりで締めることとしました。
長い話でしたが読んでくれた方、ありがとうございました!

引用元: 可可「遣唐使船に乗せてクダサイ!」