1: 2015/03/25(水) 16:54:22.02 ID:qPnp7I26M.net
「だってぇ……」

ラビットハウス、玄関前。
ばつが悪そうに俯いたココアの胸には、一羽の子うさぎが抱えられていた。

「うちではうさぎは飼えないって、何度言えばわかるんですか」

呆れと怒りが混じったような表情で、チノは突き放すように言う。

「世話はちゃんと私がするし……、チノちゃんには迷惑かけないよ」

顔を俯けたまま、うかがうような目つきで、ココアがチノを見ていた。

5: 2015/03/25(水) 16:57:19.74 ID:qPnp7I26M.net
「ごめんねぇ。やっぱり、ダメなんだって」

夕暮れに染まる街を、子うさぎを抱いたココアが、一人トボトボと歩いていた。

「チノちゃんのけちんぼ」

足元に転がっていた小石をぽかりと蹴り飛ばす。

あの後、うさぎを飼わせてもらえるようにとココアは必氏に食い下がったが、
頑なにそれを拒むチノに「元いた場所に帰してあげてください」と言われ、
仕方なくそれに従うことにしたのだ。

やはり、日頃世話になっている家主の言うことには逆らえない。

「本当にごめんねぇ」

西日に長く伸びる自身の影を薄ぼんやりと眺めながら、
ココアは子うさぎに対して、何度も謝罪の言葉を口にしていた。

6: 2015/03/25(水) 17:00:41.16 ID:qPnp7I26M.net
木々の生い茂る公園の隅。
その中でも一際大きな木の下に、ココアは立っていた。

「じゃあね。また、会えるといいね」

ココアは呟くようにそう言うと、巨木を取り囲むようにして群生している、
名前も知らない草の上に子うさぎをそっと置いた。
悲しげな表情で、しばらく子うさぎを見下ろしていたが、
ぷいっと体の向きを変えると、ココアはその場を後にした。

8: 2015/03/25(水) 17:03:48.86 ID:qPnp7I26M.net
少し歩いて、ココアは立ち止まった。
やはり子うさぎが気になり、上体だけで後ろを振り返る。

「あっ」

草むらが少し揺れたかと思うと、隙間から子うさぎが顔を出した。
小さな体を必氏に動かして、ココアの方へぴょんぴょんと飛び跳ねてくる。

『待って!』『行かないで!』
ココアは、子うさぎがそう言っているような気がした。

ぎこちない動きを見せる子うさぎに対して、
何やら、母性に近しいものが芽生え始めてしまっている。
気付くと、ココアは駆け出していた。

9: 2015/03/25(水) 17:07:10.42 ID:qPnp7I26M.net
「うーん……。あっ、決めた!」

草むらに仰向けに寝っ転がったココアが、腕を伸ばして子うさぎを抱え上げた。
やおら顔の前に近づけ、笑みを浮かべる。

「君の名前はうさ太。保登うさ太ね」

きょとんとした表情の子うさぎの顔をしばらく満足げに眺めて、
そして、胸のあたりでぎゅうっと抱きしめた。

「うさ太~。うさ太はあったかいねぇ」

子うさぎを抱きしめたまま、ココアはごろんと横に寝返りを打った。

12: 2015/03/25(水) 17:10:53.02 ID:qPnp7I26M.net
「えっ。ココアちゃん、まだ帰って来てないの?」

チノからの電話を受けた千夜が、驚いたように声を上げる。

「そうなんです。何度もケータイにかけたんですが、繋がらなくて」

スピーカーを通じて、ややため息混じりの吐息が聞こえた。

「それで、千夜さんのところにお邪魔してないかなと思いまして」

13: 2015/03/25(水) 17:13:53.89 ID:qPnp7I26M.net
公園に行くだけなら、のんびり歩いてもせいぜい10分少々のはずだ。
それなのに、もうかれこれ2時間以上経っているにもかかわらず、
ココアは帰ってきていないという。

「とにかく、私もこれからすぐにラビットハウスに行くわ。
 ココアちゃんはきっと大丈夫だから、チノちゃんも焦らないで、落ち着いて待っていてね」

取り乱すチノを必氏になだめて電話を切ると、千夜は急いで出かけるための身支度をした。

17: 2015/03/25(水) 17:17:34.90 ID:qPnp7I26M.net
「千夜さん」

千夜がラビットハウスの扉を開けると、
薄暗い店内に整然と並べられた椅子の一つに腰を掛けたチノが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は、暗がりでも分かるほどにひどく青ざめている。

「チノちゃん。……ココアちゃんは?」

千夜の問いかけに、チノは無言で首を横に振った。

「そう……」

無責任なことを言うわけにいかないので、
千夜にはかけるべき言葉が見つからなかった。

ココアが家を出てから、もう既に3時間が経過しようとしている。

19: 2015/03/25(水) 17:21:11.60 ID:qPnp7I26M.net
「今までだって、こんなことは一度も無かったんですよ。
 夕ご飯の時間には、いつも家にいたのに」

憔悴しきった顔で俯いたチノが、抑揚のない声で呟く。
そんな様子を心配そうに見つめながら、千夜は疑問をぶつけてみた。

「何か心当たりはないの? ココアちゃんが行きそうなところとか。
 帰ってこない理由とか――」

千夜ははっとして、そこで言葉を止めた。
静かに聞いていたチノが、突然嗚咽を漏らし始めたためだ。

「私がいけないんです……。私が強く言い過ぎたから……」

23: 2015/03/25(水) 17:25:55.31 ID:qPnp7I26M.net
「うう……。寒い……」

草むらの中で、ココアは震えていた。

「やっぱり、チノちゃんと一緒に帰ればよかった」

ちょうどこの時期は、昼間は暖かかいものの、日が落ちるとぐんと気温が下がる。
部屋着の上に薄手のパーカーを一枚羽織っただけのココアは、
体をぎゅうっと丸めて必氏に寒さに耐えていた。

「ううん。やっぱりダメ」

ココアは首を振る。

「この子と一緒じゃなきゃ、私は帰らない」

子うさぎを抱えている両腕に、思わず力が入った。

24: 2015/03/25(水) 17:29:34.37 ID:qPnp7I26M.net
「さっき来た時は、どこを探したの?」

公園の入り口に差し掛かると、千夜がそう質問した。

「全部です。一周ぐるりと回って。声もかけました」

先程よりはいくらか落ち着きを取り戻したチノが、
泣き腫らした目で答える。

26: 2015/03/25(水) 17:34:10.73 ID:qPnp7I26M.net
「でもどこにもいなくて。それで少し混乱してしまって、千夜さんに電話したんです」

「そう」

夜の公園はひどく静まり返っていて、人の気配など微塵も感じられなかった。
薄暗い電灯が、ベンチの横でチカチカと明滅を繰り返している。

「とにかく、手分けしてもう一度探してみましょう。さっきは見落としがあったのかも知れないわ」

千夜の提案に、チノはこくりと頷いた。

27: 2015/03/25(水) 17:37:24.63 ID:qPnp7I26M.net
「チノちゃんの声。あと、千夜ちゃんのも」

雑草と土の匂いを感じながら、ココアは薄ぼんやりとした頭で呟いた。

「また、探しに来てくれたんだね」

なんだか、友人たちにひどく迷惑をかけているような気分になって、
ココアは居心地の悪さを感じていた。

「どうしよう。出て行ったほうがいいかな」

ココアはそう考えたが、薄らと熱を帯びた身体は鉛のように重く、
なぜだか言うことを聞いてはくれなかった。

28: 2015/03/25(水) 17:41:05.30 ID:qPnp7I26M.net
「ココアちゃん!」

頭上で声がし、ココアは目を開けた。
心配そうに覗き込む、千夜の顔がそこにはあった。

「チノちゃん! ココアちゃんが……!」

千夜が、ちょうど公園の反対側を探していたチノへ向け、声を張り上げる。

「もう大丈夫だから。しっかりしてね、ココアちゃん」

揺れる視界の中にいる千夜に、ココアは何かを言いかけたが、
喉の奥が少し鳴っただけで、言葉は声にならなかった。

30: 2015/03/25(水) 17:45:04.22 ID:qPnp7I26M.net
「すいません。こんな夜遅くまで」

ラビットハウスの前で、チノは深々と頭を下げた。
薄らと笑みを浮かべた千夜が、首を横に振る。

「ううん。私は良いんだけど」

少しの間、無言でチノの目を見つめてから、千夜は切り出した。

「私がいなくても平気? 看病とか、何か手伝えることがあるなら」

千夜が言い終える前に、チノは大きく首を横に振った。

「そう。私にできることがあったら、なんでも言ってね」

立ち去る千夜の背中を数秒眺めてから、チノは家の玄関をくぐった。

31: 2015/03/25(水) 17:48:56.24 ID:qPnp7I26M.net
「ごめんね。チノちゃん」

真っ赤な顔を布団から覗かせたココアが、熱い吐息混じりに言った。
ベッドサイドに置かれた木製の椅子に腰かけたチノは、
黙ったまま俯いている。

「馬鹿だよね、私。わがまま言って、みんなに迷惑かけて。
 風邪までひいちゃったし。それに」

「違います!」

ココアの言葉を、チノの叫びが遮った。

「馬鹿なのも、わがままなのも、全部私の方です」

チノは泣いていた。
大粒の涙が止めどなく溢れ、頬を伝う。

「謝らなきゃいけないのもこっちです。ごめんなさい、ココアさん。ごめんなさい」

喉の奥から絞り出すようにして、チノが謝罪の言葉を繰り返していた。

32: 2015/03/25(水) 17:53:14.99 ID:qPnp7I26M.net
「チノちゃん」

俯き、嗚咽を漏らすチノの前髪を、ココアが優しく撫で上げた。
ふと、チノは顔を上げる。

「ごめんね。心配かけて泣かせちゃうなんて、私、お姉ちゃん失格だよね」

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ココアは無理やりに笑顔を作った。

「お願いだから泣かないで。チノちゃんが泣いてると、私もつらいんだよ」

「ココアさん」チノが、覆いかぶさるようにして、布団の上からココアを抱きしめる。

「私も同じです。ココアさんが泣いてると、すごく悲しくなるんです」

部屋に、ふたつの泣き声が重なる。
二人は涙を流しながら、そのまま長いこと抱き合っていた。

35: 2015/03/25(水) 17:58:07.48 ID:qPnp7I26M.net
「食欲も出てきたし、熱も下がったみたいですね」

「うん! もうバッチリ!」

あれから二日後。
ベッドの上でおかゆを食べながら、ココアは満面の笑みを浮かべていた。

「そんなに慌てて食べないでください。病み上がりなんですから」

「大丈夫だよー! ……げほっ! ごほっ!」

「ほら。言わんこっちゃないです」

呆れた様子のチノが、おしぼりでココアの頬についたご飯粒を拭った。
ココアは、相変わらず笑みを浮かべている。

38: 2015/03/25(水) 18:03:10.10 ID:qPnp7I26M.net
「チノちゃん」

「なんでしょう」

食事を終えると、ココアは真剣な目でチノに向き直った。
そして、やや申し訳なさそうな顔をして、言葉を続ける。

「今回のことは、本当にごめんね」

ベッドに上体を起こした体勢のココアが、頭だけを前に倒した。
チノはココアの頭頂部をしばらく見つめたのち、短く嘆息を漏らす。

「やめてください。お互いに、もう謝らないって約束したでしょう」

39: 2015/03/25(水) 18:06:28.01 ID:qPnp7I26M.net
「けじめ。これは、私のけじめだから」

顔を上げたココアは、ひどく真面目な顔でそう告げた。
そんな様子に吹き出しそうになりながらも、チノは

「少し待っていてください」

と言って、部屋を出て行った。かと思うと、すぐに戻ってきた。

「うさ太!?」

チノの胸には、一羽の子うさぎが抱えられている。

「どうして」

ココアが何かを言いかけると、チノは少しはにかんだように笑みを見せた。

「これが、私のけじめです」

41: 2015/03/25(水) 18:10:04.08 ID:qPnp7I26M.net
「チノちゃんは寂しかったのよね? うさぎにココアちゃんを取られちゃうんじゃないか、って」

ココアの病状が回復したことを知った千夜は、
尋ねて来るなり、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言った。
図星をつかれたチノは、ばつが悪そうに俯いてしまう。

「そ、そんなことはないですが」

呟くように言ったチノの背後に、子うさぎを抱えたココアが忍び寄っていた。

43: 2015/03/25(水) 18:15:24.83 ID:qPnp7I26M.net
「チノちゃーん! 私の一番は、いつでもチノちゃんだよぉ!」

抱えた子うさぎごと、チノに抱き付く。
そしてぎゅうぎゅうと、痛いくらいに頬ずりをした。

「やめてください。ココアさん」

「あははー。うふふー。えへへー」

必氏に抵抗するチノに対して、ココアはいつまでも頬ずりを繰り返していた。

45: 2015/03/25(水) 18:18:51.12 ID:qPnp7I26M.net
「千夜ちゃんにも迷惑かけたよね。本当にごめん」

放心状態のチノの横で、ココアは友人に向けて頭を下げた。
それを受けた千夜は、口元に手を当て、微かに笑みを漏らす。

「あら、いいのよ。私は。ただ」

そこで、千夜は表情を少し困ったようなものへと変化させ、ココアの手を握った。

「ココアちゃんに何かあったらどうしよう、って。ただただ心配で。
 だから、もう無茶なことはしないでね」

やや潤んだ瞳でそう訴えかける千夜に、ココアは無言のまま頷いた。

46: 2015/03/25(水) 18:22:53.43 ID:qPnp7I26M.net
数日後。
チノがラビットハウス開店の準備を進めていると、
ドアがカラコロと鳴った。

「ココアさ……」

テーブルを拭きながらドアの方へと振り返り、
言いかけたチノは、口をあんぐりと開けた状態で固まってしまった。
満面の笑みを浮かべ、入り口に立っているココアの胸には、一羽の子うさぎが抱きしめられている。

「チノちゃん! 紹介するね! この子は、新しい仲間の、保登うさ美ちゃんです!」

チノの握った拳が、怒りにぷるぷると震える。
そして、固く目を閉じ、叫んだ。

「ココアさん! また野良うさぎ拾ってきたんですか!」

猛り狂うチノの足元では、たくさんの子うさぎたちがぴょんぴょんと元気に跳ねまわっていた。

終わり

引用元: チノ「ココアさん!また野良うさぎ拾ってきたんですか!」