225: 2010/08/23(月) 00:12:04.48 ID:05phwhOw0
ここは鶴賀学園

放課後、津山睦月はいつも通り麻雀部の部室へと向かっていた。

睦月「こんにちわー」ガラッ

扉を開けると、そこにはまだ誰もいなかった。

睦月(私が一番乗りか…)
咲-Saki- 24巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

226: 2010/08/23(月) 00:19:48.27 ID:05phwhOw0
睦月(暇だな…)

十五分ほど経ったが誰も来ない。睦月は暇を持て余していた。

睦月(みんな遅いな……カードでも眺めて待つか……)

そう考えて、彼女は部室の机の上に、自身の集めている
プロ麻雀せんべいのおまけカードを並べ始めた。

227: 2010/08/23(月) 00:24:24.72 ID:05phwhOw0
それから程なくして――

ガラッ

蒲原「ワハハ―、一番乗りだー!」

ゆみ「おい、もうちょっと静かに開けろよ」

三年の先輩である加治木と蒲原。
そしてその後ろからは、

モモ「いやー、今日も暑いっすね」

妹尾「この部屋、クーラーがきいてて涼しいですねー」

同学年の妹尾佳織と、後輩の東横桃子も入って来た。

228: 2010/08/23(月) 00:29:12.13 ID:05phwhOw0
睦月「あっ、みんなこんにちわ」

睦月はすかさず彼女らにあいさつしたのだが――

蒲原「もーゆみちんは細かいトコこだわるなー」

ゆみ「こういう性分なんだよ。ところで睦月のやつはまだ来てないのか?」

睦月「えっ?」


231: 2010/08/23(月) 00:39:54.88 ID:05phwhOw0
睦月「ちょっと先輩、からかうのはよしてくださいよ」

妹尾「そういえば、今日は掃除当番がないから早く来れるって言ってましたけど」

睦月「か、佳織まで……私はここにいるよ」

ゆみ「まあいい、取り敢えずこの四人で始めるか」

睦月「待ってください、悪い冗談ですよ……ホントに怒りますよ?」

モモ「はいっす、早く始めましょう!」

睦月「………」

232: 2010/08/23(月) 00:43:51.01 ID:05phwhOw0
睦月(何だ? 何でこんなにナチュラルにハブられてるんだ私…)

睦月(新手のイジメ? いや、そんなまさか……)

蒲原「あれ? 誰だー、こんなところにプロ雀士カードおいたのは?」

睦月「!!」

233: 2010/08/23(月) 00:48:52.40 ID:05phwhOw0
睦月「あっ、それ私のです!」

ゆみ「部員の誰かが置いて行ったのか?」

妹尾「私じゃありませんよー」

モモ「私もカード集める趣味はないっす」

睦月「だから私のですってば」

蒲原「とりあえず、邪魔だから片付けますか―」ガサガサッ

睦月「ああっ、もうちょっと丁寧に扱ってくださいよ!」

蒲原「大体、今どきカード集めとか古いよなー」

睦月「………」

234: 2010/08/23(月) 00:57:32.53 ID:05phwhOw0
モモ「さー始めるっすよ―」

妹尾「今日は負けませんよ」

睦月「む、無視しないでくださいよぅ…」

ゆみ「蒲原、それロンだ」

蒲原「ワハハー、相変わらずゆみちんは強いな―」

睦月(どうなっているんだ……まるで姿が見えていないような)

睦月(常日頃から、自分でも存在感が薄いと感じていたが、まさか本当に見えなくなった?
いやそんなバカな……)

236: 2010/08/23(月) 01:09:39.68 ID:05phwhOw0
蒲原「そーいえばさー」

ゆみ「何だ蒲原」

蒲原「ここだけの話、むっきーって影薄いよなー」

睦月「!!」

ゆみ「おいお前何てことを…」

蒲原「いやだからここだけの話だって」

睦月「………」

237: 2010/08/23(月) 01:13:08.18 ID:05phwhOw0
蒲原「佳織もそう思うだろー?」

妹尾「ええっ? わ、私に振らないでよー」

蒲原「どうなんだー?」

妹尾「え…えっと……まぁ、たまにいるのを忘れることがあるけど……」

睦月「そ、そんな…」

蒲原「だろー? 正直モモよりもステルスだと思うんだよなー」

238: 2010/08/23(月) 01:18:17.32 ID:05phwhOw0
モモ「私よりステルスっすか…?」

蒲原「モモの場合、ステルス自体が一種の個性だからな―」

モモ「まぁ確かにそうっすね」

蒲原「その点、むっきーの場合は個性がないっていうか……地味なんだよなー」

モモ「確かに遠慮がちで、どっちかっていうと消極的なタイプっぽいっすよね」

蒲原「あの性格じゃ、私たち以外に友達いるのか心配だなー」

睦月「くっ……」

239: 2010/08/23(月) 01:28:17.70 ID:05phwhOw0
睦月(ひどい、ひどすぎる…あんまりだ! いくらそうだとしても、
本人のいないところで陰口を叩くなんて許せない……!)

蒲原「麻雀にしても特徴のない打ち方だし……ホントに個性ないなー」

妹尾「智美ちゃん、言いすぎだよ。いくら本人がいないからって……」

蒲原「強いて言えば、個性がないのが個性ってトコかなー?」


睦月「っ………!!」

241: 2010/08/23(月) 01:35:42.18 ID:05phwhOw0
睦月「うあああああっ!!!」ダッ

睦月は大声を上げながら、蒲原めがけて一直線に突進した。

蒲原「あれ? むっきーいたの……」

睦月「うらあっ!」ガッ

蒲原「ぐはっ…」

睦月は両腕に渾身の力を込め、まるで万力のように蒲原の首を締めあげた。

242: 2010/08/23(月) 01:42:59.74 ID:05phwhOw0
睦月「誰が無個性だ! あんただって、その笑いがなきゃ私と似たようなものでしょう!?」ギリギリ

蒲原「ぐっ……がっ……」

睦月「二度と笑えないようにしてやる……!」ギリギリ

睦月は首を絞める力をさらに強める。

だがそこで邪魔が入った。

ゆみ「やめろ睦月!!」

244: 2010/08/23(月) 01:50:37.73 ID:05phwhOw0
睦月「邪魔しないでください先輩! こいつだけは許せないんです…」ギリギリ

ゆみ「妹尾とモモも手伝え! 睦月を引きはがすんだ!!」

モモ「は、はいっす!」

三人によって、睦月は蒲原から無理やり引きはがされた。

津山「うわぁぁぁぁ、離せ―!!」ジタバタ

ゆみ「大丈夫か、蒲原?」

245: 2010/08/23(月) 01:57:31.83 ID:05phwhOw0
蒲原「ゼェ…ゼェ……な、なんとか……」

睦月「邪魔しないでって言ってるじゃないですか!」ジタバタ

モモ「うわっ、すごい力っす!」

ゆみ「ダメだ、わたしたちじゃ押さえきれない!」

妹尾「誰か……誰か力を貸してくださーい!!」

その時、幸いにも部室の近くを教師二人組が通りかかった。
加治木たちは彼らに助けを求め、二人は睦月を取り押さえた。

246: 2010/08/23(月) 02:06:00.11 ID:05phwhOw0
教師A「こらっ、大人しくしろ!」

睦月「 離してくださいっ!! この、離せ―!!」ジタバタ

教師B「このまま教務室に連れていくぞ!」

ガラガラッ…ピシャン!

モモ「ふー、大変だったっすね―」

ゆみ「ああ、まさか普段おとなしい睦月があんなことをするなんて……」

妹尾「それにしても、どうして津山さんは急に暴れたんでしょうか?」

蒲原「さっきの話、ひょっとして聞かれてたのかな?」

248: 2010/08/23(月) 02:13:26.87 ID:05phwhOw0
教務室

睦月「はーなーせー!!」ジタバタ

教師A「おい、暴れるのをやめんか!」

教師B「生徒手帳によると、彼女の所属は二年D組ですね」

教師A「D組は田辺先生のクラスでしたな……おーい田辺先生、こっちに来ていただけますか?」

担任「はい、何でしょう?」

教師A「あなたのクラスの生徒が問題を起こしましてね」

睦月「違うんです先生! これには理由があって…」

担任「あー……あなた誰だったかしら?」

睦月「なっ…」

249: 2010/08/23(月) 02:21:56.70 ID:05phwhOw0
教師B「えーっとですねえ……生徒手帳にはD組所属って書いてあるんですが……」

教師A「もしかして間違ってますか? 名前は津山睦月ですよ」

担任「ちょっと待ってください、今名簿を……津山…津山睦月……
ああーはいはい、確かに私のクラスですねえ」

睦月「………」

担任「困りますよ、えーっと……津山さん、一体何を…」

睦月「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」バッ

251: 2010/08/23(月) 02:30:01.19 ID:05phwhOw0
教師A「うわっ、なんて力だ!!」

睦月は力ずくで、教師二人の拘束を振りほどいた。

睦月「自分の生徒の顔ぐらい覚えてください!」

バキッ

担任「ぎゃっ」

教師B「こいつ担任を殴ったぞ! 取り押さえろっ」

睦月「うおぉぉぉっ!」ドカッ バキッ

教師B「うわっ……誰か彼女を止めろぉ!!」

252: 2010/08/23(月) 02:40:45.22 ID:05phwhOw0
教師C「止まるんだ!!」

ガタイのいい体育教師が、睦月に向かっていく。
だが彼女は、彼をやすやすと投げ飛ばした。

ドガッシャァァァァン!!

投げ飛ばされた教師が、ドアを突き破ってすっ飛んでいく。

それを見た他の教師が怯んだ隙に、睦月は教務室を飛び出した。

253: 2010/08/23(月) 02:47:50.90 ID:05phwhOw0
教師A「大変なことになったぞ。他の生徒に危害を加えるかもしれん」

教師たちは手分けして彼女を探すことに決め、同時に全校放送を流した。

放送『校内に残っている生徒に連絡します。部活動を中止して、
直ちに付近の教室に入りなさい。廊下には出ないように。繰り返します…』


モモ「何すかね、この放送は?」

妹尾「不審者でも入って来たんでしょうか?」

ゆみ「さっきの事といい、今日は嫌なことばかり起こるな」

261: 2010/08/23(月) 08:31:39.33 ID:05phwhOw0
ガチャッ

ゆみ「一応扉にカギも掛けたし、これで安心だろう」

モモ「それにしても、さっきはびっくりしたっすねー」

ゆみ「蒲原のバカのせいだ。あとで睦月に謝らなければ」

妹尾「でも凄かったですよ」

ゆみ「何がだ?」

妹尾「あんなに存在感がある津山さん、初めてで…」

ガタン!

262: 2010/08/23(月) 08:35:10.98 ID:05phwhOw0
次の瞬間、天井のダクトカバーが外れ落ち、室内に津山睦月が飛び降りてきた。

睦月「………」キッ

唖然とする一同を、睦月は怒りの形相で睨みつけた。

ゆみ「睦月、お前……」

睦月「うむァ!」バキッ

何か言いかけた加治木を問答無用で殴り倒す。

ドギャァァァァン!

ゆみ「うぐっ……」

吹っ飛ばされたゆみは机の角に頭をしたたかに打ちつけ、動かなくなった。

263: 2010/08/23(月) 08:42:18.12 ID:05phwhOw0
佳織「加治木せんぱ…」

睦月「ひどいよ佳織……友達だと思ってたのに」

妹尾「ひっ…」

睦月「人の悪口言うのって、そんなに楽しい?」スッ

そう言いながら睦月は、用務員室から盗んできたナタを取り出す。

妹尾「…………ブクブク」バタンッ

ギラギラと光る刃先を向けられただけで、佳織は泡を吹いて卒倒した。

264: 2010/08/23(月) 08:58:16.13 ID:05phwhOw0
モモ(やばいことになったっす……)

モモは加治木が殴り倒された瞬間、ステルスを発動していた。
実際は佳織の横に棒立ちしているだけだったが、もう何人も彼女の姿を認識できないはずだった。

睦月「さぁて、次は…」

モモ「………」ブルブル

モモ(ふ、震えるな私……このままむっちゃん先輩が部室を出て行くのを待てば……)

ぴとっ、とモモの首筋に、ナタの冷たい刃先が付きつけられた。

265: 2010/08/23(月) 09:04:10.80 ID:05phwhOw0
モモ「な……んで……私が見えてるっすか?」

睦月「簡単だよ、自分より存在感のある人を見つけることなんて」

モモ「そ、そんな……」

睦月「それより蒲原先輩はどこに行った? ここにはいないみたいだけど」

モモ「さっき……一応、保健室に行ってくるって……」

睦月「ふーん」

266: 2010/08/23(月) 09:11:35.21 ID:05phwhOw0
ドンドン!

教師A「いたぞ、この教室だ!」

教師B「はやくカギを!」

モモ(よかった、先生たちだ……早く助けてほしいっす!)

睦月「………」ギロッ

モモ「ひっ……!」

睦月「みんなに伝えるんだ……もう空気とは呼ばせないって」

そう言い残すと、睦月は部室の窓から外へ飛び出した。

267: 2010/08/23(月) 09:21:21.41 ID:05phwhOw0
睦月は鶴賀学園を囲む山の中へと逃げ込んだ。
教師たちは警察に通報した。
なにせ、大の大人が数人がかりでも捕まえられない女が、刃物を持って逃走しているのだ。

十分もしないうちに、警察がたくさん集まって来た。
警察犬が導入され、大規模な山狩りが始まろうとしていた。

269: 2010/08/23(月) 09:31:06.84 ID:05phwhOw0
睦月(ハァ…ハァ…まさかこんなことになるなんて)

茂みの中で、睦月は息をひそめていた。
遠くから犬の鳴き声がする。やがて、自分を探している大人たちの姿が見えた。

睦月(警察があんなにたくさん……鉄砲持ってる人もいる)

捜索には警察の他、地元の猟友会のメンバーも加わっていた。

睦月(くそっ、これじゃあまるで、私が凶暴な野生動物みたいじゃないか!!)

警察「犯人は凶暴らしいぞ。捕まえる為なら、多少は手荒なことをしてもかまわん」

睦月(なるほど……そっちがその気なら、私も精一杯やってやる!)

270: 2010/08/23(月) 09:41:14.94 ID:05phwhOw0
睦月は狩人の一人に忍び寄った。
存在感の薄さがここでは功を成し、相手は全く気付いていない。

睦月「うむァ!」ドギャ

狩人「ぐぁっ」

首に手刃をくらわせると、一発で相手は気絶した。

睦月(今のうちに装備を頂こう)

睦月は狩人のライフルと弾を奪い取った。その時――

ワン、ワンワン! ワンワン!

睦月(しまった、見つかった!)

279: 2010/08/23(月) 13:43:44.61 ID:05phwhOw0
警察「いたぞ、いたぞおおおおぉぉぉ!!!」

睦月の匂いを嗅ぎつけた警察犬、その後ろからは大人たちが、
一斉に彼女を追いかけ始めた。

睦月(まずい、逃げなくては……!)

ザザザザザザッ

茂みをかき分け、睦月は必氏で走る。背後からは、犬や大人たちの声。

警察「確保しろー!」

狩人「ワシらが捕まえれば、テレビに出れるぞ!」

睦月(くそっ……そんな理由で捕まってたまるか!)

やがて茂みが少なくなり、道が開けてきた。
そして彼女の目に飛び込んできたのは―――

睦月(行き止まり!?)

280: 2010/08/23(月) 13:55:40.68 ID:05phwhOw0

いや、正確には行き止まりではなかった。

睦月の目下に広がっていたのは、一面の崖だった。

ゴォォォォォッ

睦月「うっ……」

彼女は一瞬躊躇したものの、

睦月(いや、ここで捕まってたまるか!)

意を決して崖を降り始めた。

282: 2010/08/23(月) 13:59:20.46 ID:05phwhOw0
睦月「むう……」

岩にへばり付きながら、おそるおそる崖を降りて行く。

バラバラバラバラバラ……

睦月「むっ?」

遠くから、耳をつんざくようなローターの回転音が聞こえてきた。

警察のヘリだ。

ヘリ『もうあきらめろ、おとなしく投降するんだ!』

283: 2010/08/23(月) 14:10:59.26 ID:05phwhOw0
ビュゥゥゥゥゥゥゥ!!

睦月「うわっ!」グラグラ

ローターの風圧がすさまじい。ただでさえバランスをとるのに必氏なのに、
ヘリの接近で風がびゅうびゅう吹きつけてくる。

睦月(このままじゃ落ちてしまう……!)

バラバラバラバラバラバラバラバラ……

ヘリ『もう逃げられないぞ!』

睦月(頼むからあっちに行って……私を頃す気ですか?)

ヘリ『さあ観念するんだ!』

ビュゥゥゥゥゥゥゥ!!!

睦月「う、うむァァァァァッ!!!」ビュッ

苦し紛れに、睦月はポケットに入っていた麻雀牌をヘリに投げつけた。


284: 2010/08/23(月) 14:18:39.90 ID:05phwhOw0
バリィン!

ヘリ『うわっ』

牌は操縦席付近のガラスに命中した。ガラスが割れ、破片が飛び散る。
驚いたパイロットは、思わず操縦桿を放してしまった。

キュイーン キュイーン キュイーン

あっという間にヘリはコントロールを失い、でたらめに機体が回転し始める。
そしてそのままどんどん高度を落とし、ついには崖下に墜落した。

ガシャァァァァン!!!

墜落したヘリから黒煙が上がる。
乗っている人がどうなったのか、睦月のいる場所からは分からなかった。

睦月(やってしまった……とうとうヘリまで墜落させるなんて)

286: 2010/08/23(月) 14:24:47.10 ID:05phwhOw0
警察は青くなって撤退命令を出した。
逃走犯は銃を所持しているばかりか、ヘリまで墜落させたのだ。

警察『隣県からも応援を寄こしてください! 私たちだけじゃ手に負えません!』

県境は封鎖され、町には検問が設けられた。
機動隊にまで出動命令が出された。

たった一人の少女を捕まえるために――

287: 2010/08/23(月) 14:30:19.15 ID:05phwhOw0
睦月(どうする……これからどうすればいい?)

睦月は苦悩していた。
自分の予想以上に、事が大きくなりすぎている。
もし今から投降したとしても、もう普通の生活には戻れないだろう。

睦月(くそっ……元はといえば蒲原先輩が悪いんじゃないか!)

追い詰められた思考の片隅に、全ての元凶である先輩の顔が浮かんでくる。

睦月(捕まる前に……何としても彼女だけは……)

289: 2010/08/23(月) 14:41:42.17 ID:05phwhOw0
睦月は山を下った。
降りた先はサービスエリアだった。車やトラックが何台も駐車してある。

運転手「♪~」

ちょうど一人の運転手が、口笛を吹きながらトイレから出てきた。
睦月は彼に銃を突きつけた。

睦月「動くな」チャキ

運転手「ひぃっ」

睦月「車のキーを渡してください。そうすれば乱暴はしません」

運転手「わ、わかった…」

290: 2010/08/23(月) 14:48:35.36 ID:05phwhOw0
睦月が手に入れたのは、トラックのカギだった。

睦月(運転できるかな……まあ、なんとかなるだろう)

ブォォォォォォォン!

エンジンを起動させ、睦月はトラックを走らせた。
このまま町から逃げるのではなく、あえて町の方へと走っていった。

291: 2010/08/23(月) 14:55:46.55 ID:05phwhOw0
睦月「むっ……検問か」

案の上、町の入り口は検問で封鎖されていた。
だがそんなものは意に介さず、睦月はアクセルを踏み込んだ。

警察「うわぁぁぁぁ止まれぇぇぇぇ」

当然止まるはずもなく、トラックは検問に突っ込んだ。

ドガシャァァァァン!

バリケードを破壊し、強引に睦月は町へと侵入した。

292: 2010/08/23(月) 15:00:39.82 ID:05phwhOw0
ファン ファン ファン ファン

警察『そこのトラック、止まるんだ!』

今度はパトカーが何台も追いかけてきた。

睦月「やっかいな……まとめて始末しよう」

睦月は町中のガソリンスタンド目指して、トラックを走らせた。

294: 2010/08/23(月) 15:05:28.04 ID:05phwhOw0
やがてガソリンスタンドが見えてきた。睦月はアクセルをさらに踏み込んだ。

警察「なんだ? あいつ、あのまま突っ込む気か?」

トラックは一向に減速しようとしない。このままでは正面からスタンドに突っ込んでしまう。

警察「氏ぬ気か?」

そして、トラックは猛スピードでスタンドに突っ込み、ようやく停止した。

295: 2010/08/23(月) 15:11:01.96 ID:05phwhOw0
警察「ようし! 全車、トラックを包囲しろ!!」

パトカーがトラックの周りに輪を描くように停車した。
車両を盾に、警官たちが銃を構える。

警察『もう逃げられないぞ! 武器を捨てて出て来い!!』

だが五分、十分と経っても、トラックからは誰も出てこない。
その間にも、次々と警察の増援が駆けつけてきた。

296: 2010/08/23(月) 15:17:02.03 ID:05phwhOw0
警察「ええぃ、突撃しろ!」

包囲から三十分後、しびれを切らした警官たちは、ついにトラックへと突入をかけた。
盾をもった機動隊が二十人、その後ろからは数十人の警官たちが、銃を構えてトラックに近寄る。

バシュゥゥゥン!

車内に催涙弾が撃ち込まれる。
それを合図として、機動隊が荒々しくトラックのドアをぶち破り、突入したのだが―――

機動隊員「誰もいないぞ……」

トラックの中はもぬけの殻だった。

297: 2010/08/23(月) 15:27:54.69 ID:05phwhOw0
警察「いつの間に逃げたんだ? 早く探せ!!」

犯人が忽然と消えたことで、現場は大混乱に陥った。

警察「トラックの中になにか手がかりが残ってないか?」

そこで機動隊員が、トラックの中に残れた一枚のメモ用紙を見つけた。

そこには、こう走り書きされていた。
―――氏にたくなければ早く逃げろ。

機動隊員「ま、まさか…」

298: 2010/08/23(月) 15:35:44.27 ID:05phwhOw0
機動隊員「おい、みんな逃げろ!! 爆発するぞ!!」

警察「なんだって!?」

考えてもみれば、ここはガソリンスタンドなのだ。
もし犯人が、今にも銃を構えてここを狙ってるとしたら――

警察「に、逃げろおぉぉぉぉ!!」

パニックに駆られ、全員が逃げ出した。

299: 2010/08/23(月) 15:41:52.59 ID:05phwhOw0
睦月「うむ、計画通り…」

津山睦月はデパートの屋上から、眼下のガソリンスタンドを眺めていた。
まるで蜘蛛の子を散らすように、警官隊が逃げて行く。

今の彼女の存在感の薄さを持ってすれば、警察に完全包囲されたこの状況でも、
トラックから気付かれないように脱出するのはわけないことだった。

睦月(存在感のなさがこんなところで役立つなんて、皮肉だな……)

警察が全員避難したのを確認すると、彼女はスタンドのタンクを狙って発砲した。

ドゴォォォォォォン!!!!!

ガソリンに火花が引火し、大爆発を起こした。
その爆発はトラックはおろか、周囲を包囲していた警察車両ごと吹っ飛ばすほどの威力だった。

301: 2010/08/23(月) 15:49:31.01 ID:05phwhOw0
睦月(これは戦争……そして私の存在証明でもある……私は今、確かに存在してるんだ!)

睦月は、今度は電柱にむかってライフルを発砲した。
電線が断線し、町のいたるところで停電が起きる。

睦月(準備は整った。次に行くところは決まっている……)

彼女はライフルを背負うと、ゆっくりと歩き始めた。

302: 2010/08/23(月) 15:59:08.36 ID:05phwhOw0
とある病院

ゆみ「ハッ……!」

刑事「おや、目が覚めましたか加治木ゆみさん」

ゆみ「ここは……どこですか?」

刑事「市内の病院です。あなたは津山さんに襲われて、気絶したんですよ」

ゆみ「そうだ思い出した……睦月はどうなったんです?」

刑事「津山さんはあなたたちを襲った後、学校外に逃走しました。
それから銃を奪い、追跡隊のヘリを墜落させ、ついさっきは数十台の警察車両を爆破したところです」

ゆみ「まさか……にわかには信じがたい話ですね」

刑事「とても女子学生とは思えませんよ。そして、彼女は現在も逃走中です」

303: 2010/08/23(月) 16:02:56.77 ID:05phwhOw0
刑事「せめて、彼女が現れる場所が分かれば……」

ゆみ「刑事さん、部活の他のみんなはどうしたんです?」

刑事「彼女たちには簡単な事情聴取を行なった後で、家に帰しましたよ」

ゆみ「……刑事さん、私には彼女が次に行くところの見当がつきます」

刑事「えっ? それは本当ですか!?」

ゆみ「ええ、急がないと手遅れになるかもしれません」

304: 2010/08/23(月) 16:14:47.05 ID:05phwhOw0
蒲原「ワハハ―、困ったな―」

ここは蒲原智美の自宅。両親はまだ帰っておらず、家には彼女一人だけだ。

蒲原「この停電じゃ、何もできないぞ」

ガタッ

蒲原「!!」ビクッ

同じ部屋の中で、何かが動いたような音がした。

蒲原「な、なんだ今の……」

305: 2010/08/23(月) 16:23:14.60 ID:05phwhOw0
ガタッ

またしても物音。今度は近い。

蒲原「一体何だよ……誰かいるのか?」ビクビク…

シーン

蒲原(……気のせいか?)

さっきのは自分の勘違いだろうと、蒲原がほっと一息ついたその時――

ガシッ

睦月「こ ん ば ん わ」

306: 2010/08/23(月) 16:28:19.79 ID:05phwhOw0
蒲原「ひっ……む、むっきー」

睦月「うらぁああああ!!!」バキッ

ドシャァァァァ

蒲原「がはっ!」

睦月「あなたに会うためだけに、この町に帰ってきました。さあ罪を償ってもらいますよ……」ガチャ

307: 2010/08/23(月) 16:32:43.14 ID:05phwhOw0
ゆみ「やめろっ!!」

睦月「!!」

ゆみ「もうやめるんだ睦月…」

睦月「先輩…どうしてここに」


ファンファンファンファン

けたたましいサイレンの音が聞こえてくる。
大量のパトカーが、蒲原の家の前で停車した。

308: 2010/08/23(月) 16:35:42.59 ID:05phwhOw0
ゆみ「お前がここに来るのは分かっていた。だからこの場所を警察にも教えた」

睦月「ちっ…」バッ

睦月は蒲原から手を離すと、ライフルに弾を込め始めた。

ゆみ「戦うだけムダだ。もう建物は包囲されている」

睦月は部屋の窓から外を見た。
今まで見たことのない数の警官が、家の周囲を完全に包囲していた。

ゆみ「二百人の警官が外にいる。これ以上抵抗すると殺されるぞ…」

309: 2010/08/23(月) 16:42:29.99 ID:05phwhOw0
ゆみ「あきらめろ、もう終わったんだ」

睦月「………」

ゆみ「もう終わりだ!!」

睦月「何も終わってない! 何も!!」

睦月は声を限りに叫んだ。

睦月「いや…まだ始まってすらないんだ! わたしの時代は……」

ゆみ「睦月、辛いのは分かるが……」

睦月「先輩に分かるもんですか! 空気キャラの宿命……苦しみが!!」

310: 2010/08/23(月) 16:50:17.83 ID:05phwhOw0
睦月「県予選だって私なりに精一杯戦ったんだ! でも終わってみれば、
一人だけ大した活躍してないだの存在感がないだの、言われたい放題だった!」

ゆみ「もう終わったことだ」

睦月「先輩はいいですよ! 大将戦の活躍で、ファンが大勢できたじゃないですか。
でも私は違う!! 世間じゃ未だにネタキャラ扱いだ!!」

ゆみ「そんなことは……」

睦月「大会の時はまだよかったですよ……あの時は、礼節ってものがありました。
予選を勝ち抜くために、五人でお互いに協力して、支え合っていました」

睦月「それなのに大会が終わった途端、私の必要性はどんどん薄れていった!
みんながちやほやされる中、 一人だけ蚊帳の外で………
まるで私には、ネタ以外の需要がないとでも言わんばかりに!!」

ゆみ「………」

睦月「いつから私は牌投げの名人になったんだ!!」

そう言って、睦月は手にしていたライフルを窓に叩きつけた。


311: 2010/08/23(月) 16:54:55.80 ID:05phwhOw0
ガシャーン!

けたたましい音を立てながら、窓ガラスが砕け散った。

睦月「なんて惨めなんだ……一体どうしてこうなった……」

睦月は堪え切れずに泣き出した。

睦月「ううっ……どうして私だけ……グス…ヒック…」

ゆみ「………」

313: 2010/08/23(月) 16:59:53.15 ID:05phwhOw0
睦月「グスッ……上柿恵……覚えてますか?」

ゆみ「……誰だ?」

睦月「ほら、清澄と一回戦で戦った……『あたしゃ、大将に託しますよ』が口癖の
千曲東高校の一年生です……」

ゆみ(そういえば、そんなのがいたような……)

睦月「登場した当初は……その容姿や独特の口調がコアな人気を呼んで、
某巨大掲示板に専用スレが立つほどでした……」

睦月「でも……県予選が終わってから……全国編のキャラが登場し始めると、
みんなそっちに夢中になった。次第に彼女の話題は減っていって……今じゃ誰も彼女を覚えていません」

睦月「そして、今度は私がそうなる番かもしれない………」

314: 2010/08/23(月) 17:08:00.68 ID:05phwhOw0
睦月「目が覚めて、自分が本当に存在してるのか分からなくなる時があるんです」

ゆみ「………」

睦月「誰にも話しかけられない時もありあます……丸一日……時には一週間も」

睦月「私には忘れられない……消えていったキャラたちが……」

睦月「私は…私はそんなふうになりたくない……空気には…なりたくないんです……うぅ」

そこまで言うと、睦月は加治木にすがりついた。そして、彼女の腕の中で静かに泣き続けた。

空気キャラの苦悩―――
それが理解できない加治木は、ただ彼女の肩を優しく抱いてやることしかできなかった。

318: 2010/08/23(月) 17:16:12.73 ID:05phwhOw0
津山睦月は警察に投降した。
「イッツ・ア・ロングロード」が流れる中、加治木と一緒にサイレンと群衆の中を歩いた。
彼女は手錠を掛けられ、パトカーに乗せられた。

今回の事件では、奇跡的に一人の氏者も出なかった。
墜落したヘリの乗組員も一命を取り留めたらしい。

319: 2010/08/23(月) 17:23:17.69 ID:05phwhOw0
睦月は特殊な施設に送られることになった。
だが、彼女は決して頭がおかしくなったわけではない。
自身の存在証明――そういう明確な動機で戦ったにすぎなかった。

なお彼女はこの後、その類稀なる戦闘能力を買われて
軍の特殊部隊にスカウトされることとなるのだが、それはまた別のお話――


     むっきー 怒りのアフタースクール 完

次回  神代「すべての相手に……敵意をもってあたりましょう」

321: 2010/08/23(月) 17:28:58.19 ID:Bz5NsG9t0
次は神代さんかwww


引用元: 咲「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!」