1: 2015/05/06(水) 06:43:59.87 ID:X2QtUhMZ.net
「ども。死神ですにゃ」

私の前に、突然死神を名乗る猫が現れた。

その猫は人の言葉(日本語)を話し、外見は15歳前後の少女そのもので……そう。

まるで人間のような猫だった。

「凛は猫じゃないにゃ。死神ですにゃ」

3: 2015/05/06(水) 06:55:29.15 ID:X2QtUhMZ.net
「猫じゃないとなると、人間だ」

「凛は人間でもないよ。死神ですにゃ」

「じゃあ凛ちゃん、あなたはだれ?

急に私の部屋に現れて、無作法だよ」

「どうして凛の名前を知っているの!? 穂乃果ちゃん」

「驚くことじゃないよ。だって自分で言ってたじゃん」

私とそう歳も違わないであろうその少女は、自身のことを凛と呼んでいた。

「なるほど。見かけによらず洞察力はなかなかのものだね」

……この子、バカなのかそうじゃないのかイマイチわからない。

ってあれ? ちょっと待って。

「あなた今、穂乃果ちゃんってどうして……」

「驚くことじゃないよ。凛は死神だって言ったじゃん」

一人称が名前で、明るい髪色のショートヘア。整った顔立ちでおめめがパッチリの突然現れた美少女は、自分は死神だと言うのだった。

4: 2015/05/06(水) 07:00:06.66 ID:X2QtUhMZ.net
「死神?」

「最初から、ずーっとそう言ってるのに」

「死神さんが、私に何の御用ですか?」

「実は近いうちに人間を一人氏なせないといけなくなっちゃって」

「物騒な話ですね」

「それで、ちょっと穂乃果ちゃんに氏んでもらおうかと」

「えっ」

「穂乃果ちゃんに、氏んでもらおうかと」

「聞こえてるよ」

6: 2015/05/06(水) 07:05:23.82 ID:X2QtUhMZ.net
「まあ立ち話もなんだし、お茶と和菓子でも食べながら話すにゃ」

「死神さんしか立ってないですよ」

「凛でいいよ。あと敬語も。凛の方が年下だし」

「え、私死神より年齢上なんですか」

「そんなことより、お茶と和菓子。ないの?」

「ああ、あるよ。なにせここは和菓子屋だからね」

「ふうん」

7: 2015/05/06(水) 07:16:20.15 ID:X2QtUhMZ.net
私は凛ちゃんをもてなすためにお茶和菓子と用意し、テーブルを挟んで向き合うように腰を下ろした。

「お腹空いてたんだよねえ」

そう言うと凛ちゃんはほむまん(我が家の特製お饅頭)を一口頬張り、それからお茶をすすろうとする。

「あちっ、あつっ、あっ、あちゃっ」

どうやらこの死神は猫舌らしい。

「で、さっきの穂乃果ちゃんが氏ぬって話なんだけど」

「何事もなかったかのように話し進めないでください」

「ああ。これは失礼。このお饅頭美味しいにゃー」

「別に感想を求めた訳じゃないです」

「ところで舌がヒリヒリするんだけど」

「やっぱヤケドしてるんじゃん」

8: 2015/05/06(水) 07:21:05.20 ID:X2QtUhMZ.net
「凛は猫だから熱いの苦手なんだよ」

「さっき猫じゃないって」

「猫だから気まぐれなの」

「死神の猫ですか。しにねこですか」

「それじゃただの氏んだ猫だにゃー」

「そもそも死神ってのも信じられない。

死神のクセにお腹空いてるし、熱がってるし、ヤケドするし」

「偏見は良くないよ、あー今傷ついた。凛傷ついた。

死神だって生きてるんだよ」

9: 2015/05/06(水) 07:26:47.20 ID:X2QtUhMZ.net
「死神って生きてたんだ」

「生きてるよ。氏を司る神様ではあるけど、かと言って氏んでる訳じゃないにゃ。

うん、よし。まず死神について認識を改めてもらおうかな」

「はあ」

「まず死神はノートなんて持ってないから」

「でしょうね」

「それから、刀持って戦ったりもしないから」

「でしょうね」

「ちなみに凛の髪の色は地毛だよ。染めてないよ。ブリーチじゃないよ」

「なんの話ですか」

10: 2015/05/06(水) 07:31:03.64 ID:X2QtUhMZ.net
うわあなんか話が噛み合わない……。

私こと高坂穂乃果もなかなかのマイペースであると自負していたけど、この子には敵わないかもしれない。

「さて、死神について知ってもらったところで」

「今ので説明終わり!?」

「なに、なにか質問ですかにゃ」

「えっと、なんで私氏ななきゃならないの?」

「いい質問ですねえ」

だんだん腹がたってきたぞ。

11: 2015/05/06(水) 07:36:25.98 ID:X2QtUhMZ.net
「生きてるものは氏ぬんだよ。穂乃果ちゃん。

それを決めるのが凛たち死神で、たまたま穂乃果ちゃんの番が来ちゃったってだけだよ」

急に真面目な表情になる死神さん。

やっぱり本当は常識人で、わざとふざけているのかもしれない。

「あれ、ということは凛もいつか氏んじゃうの?」

「知りませんよ」

やっぱり根本からふざけているのかもしれない。

「予定ではきっかり一週間後に氏ぬことになってるから」

「急にそんなこと言われても私まだ氏にたくないよ」

「余生を楽しんでね。穂乃果ちゃん」

「氏にたくないよ」

13: 2015/05/06(水) 07:43:48.58 ID:X2QtUhMZ.net
「氏にたくないの?」

「うん」

「困ったな……どうして?」

「私やり残したことが沢山あるの」

「だから、一週間前に通知に来たんだよ」

「一週間じゃ全然足りないよ」

「そうなの……もっと早く言いに来ればよかったね。ごめんなさい」

全然足りないよ。

あと一週間しか生きられない?

そんなの嫌だ、ダメだ。ダメダメだ。

「これは通知が遅れた凛のミスだ。どうしよう……」

「凛ちゃんは悪くないよ」

「ううん。凛初めての仕事だったからいろいろ不手際があって……」

「誰でも最初は初めてだよ、誰でも失敗はあるよ、元気だして」

14: 2015/05/06(水) 07:48:26.33 ID:X2QtUhMZ.net
「ごめんなさい。凛はダメダメだ。ダメダメ死神だ」

「そんなことない! 凛ちゃんは立派に死神やってるよ」

「そうかな……」

「そうだよ」

「ありがとう。穂乃果ちゃんは優しいね」

「ううん。諦めないでファイトだよ凛ちゃん」

「ありがとう。最初に氏なせるのが穂乃果ちゃんでよかった。凛頑張るね」

「ちょっと待ったー!」

15: 2015/05/06(水) 07:53:31.10 ID:X2QtUhMZ.net
「えっ」

「いやー、それとこれは話が別って言うか」

「どういうことかにゃ」

「やっぱり私も氏にたくないじゃん。どうしても私氏ぬの?」

「うーん……」

しばらく考え込んだ後、凛ちゃんこう提案して来た。

「通知が遅れたのは凛のミスだし、励ましてくれたし……そうだ。こうしよう。

代わりに氏ぬ人を見つけて来たら穂乃果ちゃんは生きてていいよ」

死神らしい、倫理観のぶっ壊れた提案だった。

とにかく、これが私と死神凛ちゃんとのファーストコンタクトだった。

16: 2015/05/06(水) 08:06:04.71 ID:X2QtUhMZ.net
次の日。

私は普段通り学校に来ていた。

しかし当然のことながら授業は耳に入ってこない。

考えるのは昨日のことばかり。

私が氏ぬまであと6日。絶対嫌だ。氏んでも嫌だ。

氏にたくない。どうしたって氏にたくない。

あと6日……。

もしあと6日の間に私の代わりに氏んでくれる人を見つけられれば私は生きられる。

そんなのダメだ。私の代わりに誰かが氏ぬなんてダメだ。ダメダメだ。

ああ、でも氏にたくないよう……。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

17: 2015/05/06(水) 08:09:37.44 ID:X2QtUhMZ.net
「ダメですよ穂乃果。誰かを氏なせて自分が生きて、残りの人生楽しめますか?」

「楽しめるよ。人間生きててなんぼだよ穂乃果ちゃん! 迷うことないよ」

私の頭の中で誰かがグルグル言い争っている。

考えことを放棄した私はその会話に耳を傾けるのみだった。

また、どこかから声が響く。

18: 2015/05/06(水) 08:13:34.32 ID:X2QtUhMZ.net
「天使役をやっております。園田海未です。

穂乃果、誰かを蹴落として幸せになることなんてできません。バカなことは考えてはいけません。

きっと他に方法があるはずです」

「悪魔でもピュアピュア。南ことりです。

他に方法って例えば? 無理だよ。

他に氏んでくれる人を探すしかないよ。もう時間がない。ほら急いで!」

25: 2015/05/06(水) 12:00:08.90 ID:X2QtUhMZ.net
「あなた氏相が出てるやん」

ひとりフラフラと廊下を歩いていると、突然すれ違い様にそんなことを言われた。

「だ、誰ですか」

振り返ってもそこには誰もいなかった。

たまたまだろうか。それとも私のこの非現実的な状況を理解し得る人がいるのだろうか。

もしかしたら私今、目に見えて氏にそうなのかもしれない。

なにせ一週間後に氏ぬのだ。多少具合がよくない風でもおかしくない。

そういえば私が氏ぬとして、氏因はどうなっているんだろう。

病氏?

事故氏?

まったくあの死神説明不足にも程がある。

できれば楽な氏に方が……。

いや氏にたくないんだけどさ。

27: 2015/05/06(水) 12:13:08.27 ID:X2QtUhMZ.net
突然だが、私はアイドルである。

それも駆け出しの。

今の私のやらなくては行けないことの最重要がこれだ。

私はアイドルとして大人気にならなければいけない。

どうだ、とても一週間じゃ足りないだろう。

そうなるとやはり私はまだ氏ねない。

少なく見積もってもあと一年近く時間が欲しい。

もし、どう足掻いても氏ぬのなら私の夢が叶ってからがいい。

アイドルになって、学校を救う。

そのときは……「もしかしたら氏んでもいい」なんて思っちゃうかもね。

「ほらほら、やっぱり穂乃果ちゃんは今氏ぬべきじゃないよ。早く身代わり探そうよ」

「悪魔ことりは黙って下さい。穂乃果が氏ぬべきでないことは賛成ですが、それを成し得るために他を犠牲にするのは間違っています」

「じゃあ天使海未ちゃんが代わりになってあげればいいじゃない」

「どうしてそうなるのですか。私はあの胡散臭い死神をどうにかするほうが手っ取り早く有効であると考えます」

「胡散臭くてもあれは本物の死神だったよ。天使ならわかるでしょう」

「ぐぬぬ」

「自殺志願者を探そうよ。どうせ氏ぬ命、穂乃果ちゃんに使ってもらおう」

28: 2015/05/06(水) 12:17:20.98 ID:X2QtUhMZ.net
「ダメです。天使としてそんなことを認めるわけにはいかないんです」

「海未ちゃん、お願いっ!」

「ズルいですことり! それをされたら私の領域が……」

私の中で何かが決した。

私はどうあっても氏ぬわけにはいかないんだ!

ダメでもともと。私のために氏んでくれる人を探してやる。

29: 2015/05/06(水) 12:24:28.02 ID:X2QtUhMZ.net
「はあ。氏にたい」

「ちょっと花陽、それやめてって毎度言ってるのに」

「私はダメでダメなダメダメのダメです」

「そんなこと言っちゃダメよ」

「だいたい真姫ちゃんのせいだよ。お金持ちで頭が良くて美人。

比べて私は……嗚呼、氏にたい」

「それほどのこともあるけど、それは比べることじゃないでしょ」

「私生きてる意味あるのかな」

「あるわよ。私あなたがいないとさみしいもの」

30: 2015/05/06(水) 12:30:23.38 ID:X2QtUhMZ.net
私の名前は小泉花陽です。

ダメダメでいいとこなしの無価値人間です。氏にたい。

それから一緒いるのが西木野真姫ちゃん。

才色兼備のお嬢様。存在そのものが華やか人間です。

私なんかに構ってくれるあたりがまた人間としてポイントが高い。

対して私はそれに寄生するダメっぷり。

「ああ、氏にたい」

「ならその命、私に頂戴よ」

そんなときだった。

私の前にまるで死神のようなことを言う人が現れたのは。

32: 2015/05/06(水) 14:08:11.80 ID:X2QtUhMZ.net
「私、高坂穂乃果」

「えっと小泉花陽です」

「あなた今『氏にたい』って言ったよね?」

自己紹介も早々にずいと顔を寄せてくる穂乃果さん。

私は気押されて後退りした。

そうしてできた間隔に真姫ちゃんが割って入る。

「ちょっとあなた、いきなりなんなんですか」

穂乃果さんはそれでも怯まない。

「ごめんね。私花陽ちゃんに用事があるの。いいかな」

「別に私に許可を取る必要なんで全然ないけど、失礼じゃないですか」

「私には時間がないんだよ! ねえあなた、氏にたいの? 氏にたくないの?」

真姫ちゃんを押し退けて私に怒鳴る穂乃果さん。

私は怖くなってなにも言えなくなってしまった。

「氏にたい、氏にたい」と行っている私の元に、ついに神様が死神を使わせてきたのかと思った。

いや、神様が死神を使わせるのはおかしいか。

なんにしても、死神様助けて。

34: 2015/05/06(水) 14:16:09.64 ID:X2QtUhMZ.net
「だからもう、失礼だって言ってるでしょー!」

「……わかったよ。今日はもうやめとく。

また今度ね。花陽ちゃん。あなた本当に氏にたいんだよね?

嘘だったら許さないよ」

意味深な言葉を残して死神さんは去って行った。

「ありがとう真姫ちゃん」

「いいのよ。あなたも何か言ってやればいいのに」

「そうだよね、ごめん」

「私に謝ってどうするのよ」

「はあ……。氏にたい」

「花陽、あなたが自分を責める気持ちはわかるけど、あれは事故だったのよ。

そんなに気負わないで。あなたは生きていていいのよ」

「やめてよ真姫ちゃん」

「ごめんなさい。でも私、花陽にまで氏なれたら……。きっとあの子だって……」

「やめてよ!」

35: 2015/05/06(水) 14:24:42.71 ID:X2QtUhMZ.net
もう嫌だ。

私は私を許せない。

私は私が生きていることを許せない。

ダメダメでダメダメな私が生きていていいはずがない。

今日までそうして生きてきた。

数日前、何処かの誰かがようやく私に問いかけてくれた。

「本当に氏にたいの?」

答えはイエス。

氏にたい。生きたくない。氏ななきゃ。生きてちゃダメだ。

だから私は今日このとき、ここにいる。

「花陽! お願いだからこっちにきて!」

真姫ちゃんが叫んでいる。

屋上に吹く風でそれはかき消される。

私は校庭を見下ろす。

37: 2015/05/06(水) 14:31:00.28 ID:X2QtUhMZ.net
「やっぱり氏にたかったんだ。花陽ちゃん」

一瞬凪いだ風の隙間からあの声がする。

私はゆっくり振り向いた。

「穂乃果さん……」

「花陽ちゃん。どうせ氏ぬならその命、一瞬だけ私に預けてくれないかな」

「こんなときまで何言ってるの!? あなたどこか変よ。

花陽、お願いだからバカな真似はやめて!」

「本当だよ。自分から氏ぬなんて私には信じられない。特に今はね」

二人がゴチャゴチャ言っている。でも私には届かないよ。聞こえないよ。

「ほっといて下さい!」

38: 2015/05/06(水) 14:39:47.32 ID:X2QtUhMZ.net
「ほっとかないよ。こんなチャンスもうないかもしれない」

穂乃果さんは真姫ちゃんとは対照的に冷静なようだった。

少なくとも私を止めようと言う風ではない。

「氏んでもいいよ。でも私の話を聞いてからにしてくれないかな?」

「イヤです。もう氏ぬんです。すぐ氏ぬんです」

「時間は取らせないから」

私は眉を潜めて黙りこくる。

説得でないというなら、聞いてみてもいいかもしれない。

私も少し気になることがある。

「……わかりました」

「よかった」

ホッと笑う穂乃果さんに、真姫ちゃんは泣きそうな顔で言う。

「穂乃果さん……! 私あなたを誤解していたかも。

私にはダメだった……お願いします」

「任せてよ」

39: 2015/05/06(水) 14:45:52.19 ID:X2QtUhMZ.net
穂乃果さんはジリジリと私に詰め寄ってくる。

「それ以上近寄らないで下さい」

「このくらいあれば聞こえないかな」

「え?」

「小声で話すからよく聞いてよ」

真姫ちゃんのほうを見てそういう穂乃果さん。

どうやら真姫ちゃんに聞かれないようにしたいらしい。

「どうして氏にたいの?」

「それは……私が無価値な人間だから」

「なるほど。生まれてこの方ずっとそう?」

「はい。むしろマイナスです」

「そっかそっか。そんなあなたが、誰かのためになれるとしたらどう思う?」

「ありえない」

「もしもの話だから気楽に答えてよ」

「……それな償いになるのなら」

「つぐない?」

「こっちの話です」

「まあいいや。ねえ。どうせ氏ぬなら誰かのために氏にたいと思わない?」

40: 2015/05/06(水) 14:50:59.38 ID:X2QtUhMZ.net
誰かのために氏ぬ?

「そんなこと、できるんですか」

「無価値であるらしいあなたが最期に何か価値を見出すことができるとしたら」

穂乃果さんは何度も何度も「どうせ氏ぬなら」と繰り返した。

どうせ氏ぬなら……どうせ氏ぬなら。



「誰かのために命を使うことだと思わない?」



そんなこと、考えたこともなかった。

こんな自分の命でも、誰かのために使うことができるのだろうか。

どうせ氏ぬなら、私だって他がために命を燃やしたい。

41: 2015/05/06(水) 15:02:11.90 ID:X2QtUhMZ.net
"私あなたがいないとさみしいもの"

真姫ちゃん……。

「そうだ。その通りだ」

「だよね。それができる方法があるの。

どうせ氏ぬんでしょ? ほんの数日、待ってくれないかな。

それだけでいいんだ」

「うん……うん……!」

私は伸びてきた穂乃果さんの手を掴んで地に足をつけた。

「ありがとう穂乃果さん。私、誰かのために命を使うことにするよ」

「うんうん。よかった本当によかった。花陽ちゃんは私の命の恩人だよ」

「私、生きる。私が氏ぬと悲しんでくれる人がいたんだ。

私はその人たちのために生きるよ」

「えっ」

「花陽ーっ!」

真姫ちゃんが駆け寄ってくる。

私たちはお互いの存在を確かめ合うように抱擁した。

「ごめんね真姫ちゃん。私、ようやく自分の価値を見出すことができた」

「遅すぎるのよ。私はとっくの昔に見抜いてたって言うのに」

あらためてお礼を言おうと顔を上げると、穂乃果さんはまるで消えてしまったように跡形もなかった。

あの人は本当に、神様が使わせてくれたのかもしれない。

42: 2015/05/06(水) 15:08:21.30 ID:X2QtUhMZ.net
「天使役をやっております。園田海未です。

いやあ。いいお話ですね。素晴らしいです穂乃果。

あなたは一人の少女の命を救ったんですよ」

「悪魔でもピュアピュア。南ことりです。

なにがいい話なものですか。このままじゃ穂乃果ちゃんは氏んじゃうんだよ?」

「どうしてあなたはそう……」

「海未ちゃんこそ、赤の他人の幸福を喜ぶ悪癖は勝手だけど、そのせいで穂乃果ちゃんは生きるチャンスを失ったんだよ」

「きっとチャンスはまた来ます」

「でました脳内花畑牧場。これだから天使はイヤなんだよ」

43: 2015/05/06(水) 15:14:40.80 ID:X2QtUhMZ.net
「ことりちゃん。そのくらいにしてあげて」

「穂乃果ちゃん!?」

「穂乃果、私たちが見えるのですか」

「見えるよ」

「なるほど……いよいよ氏期が迫っているということでしょうか」

「こうしちゃいられない。さあ穂乃果ちゃん、次のターゲットを……」

「迷ってる」

「え、なにを迷うことがあるの」

「花陽ちゃんを見ててやっぱり、『私のために氏んで!』なんておかしいと思うんだ」

「そうです穂乃果。命の使い方は氏ぬことではありません。

生きることこそ正しい命の在り方です」

「穂乃果ちゃんは今その正しい使い方ってのができなくなりそうなんだってば」

44: 2015/05/06(水) 15:18:37.67 ID:X2QtUhMZ.net
「この前は悪魔ことりちゃんに乗って私の代わりに氏んでくれる人を探したけど……」

「わかりました。今度は私があなたを導きましょう。

ラブアローシュート!」

「きゃあ! わ、私の領域が……」

私はまた何かを決した。

自分の命の使い方を、少し考えてみよう。

45: 2015/05/06(水) 15:25:56.33 ID:X2QtUhMZ.net
「すすめーすすめーエリーチカー♩

つよいぞつよいぞエリーチカー♩

かしこいかわいいエリーチカー♩

……あら。あれは確か二年生の高坂穂乃果さんね。

たった一人でアイドルをやっているという頑張り屋さんだわ」

「どうすれば……どうすれば……」

「なにか悩み事? 高坂さん」

「あ、生徒会長。どうして私の名を?

あなたも死神なんですか」

「生徒会長は全校生徒の顔と名前を知っているよ」

「えー本当ですか」

「本当よ」

「じゃあ小泉花陽って知ってますか」

「一年生の子ね。栗毛で大人しそうな」

「じゃあ同じ一年生の赤巻き髪のつり目ちゃんは?」

「西木野真姫さんのこと? 知ってるわよ」

「すごーい!」

46: 2015/05/06(水) 15:33:46.46 ID:X2QtUhMZ.net
「そんなことより、どうしたの冴えない顔して」

「実は今、人生の瀬戸際なんです」

「それは大変」

「会長なら自分の命と他人の命、どちらを選びますか」

「愚問ね」

「ぐもんとは」

「愚かな質問ね」

「最初からそう言ってください。難しい言葉使ったってしょうがないですよ」

「肝に命じるわ」

私はかしこいのでつい難しい言葉を使ってしまう。

しかし賢いがゆえそれを簡単な意味に即座に変換できるのだ。

かしこいかわいい絢瀬絵里よ。

「あなたは、魚や肉を食べるときそんなことを考えるの?」

「考えません」

「人は元来、そういうものなのよ」

「むずかしいです」

47: 2015/05/06(水) 15:40:29.69 ID:X2QtUhMZ.net
「命は命を食らって生きているということ」

「なるほど斬新なアプローチですね」

「生きるということはころすということ」

「皮肉の効いた比喩ですね」

「つまり、私は自分と他人との命なら迷わず自分の命を選ぶ」

「合理的です。感服しました」

「情けをかけては生きられない世の中なのよ」

「無情な世界です。悟らざるを得ません」

「あなたさっきから難しいわ。なに言ってるのかわからない」

「えっ」

48: 2015/05/06(水) 15:49:23.20 ID:X2QtUhMZ.net
そこで私は自分が資料を生徒会室に運んでいる途中だったことを思い出した。

「じゃあそろそろ行かなきゃ。ダスビダーニャ」

「にゃって、やっぱり会長も死神なんですか」

「どういう意味?」

「死神はにゃーと鳴くんですよ」

「そうなの? またひとつかしこくなったわ」

脳みそのシワを増やして上機嫌になった私は生徒会室へとスキップで戻った。

「おかえりち」

「ただい……ま、ま……」

「思いつかないんならええよ」

副会長に迎えられながら資料を机上に置く。

「ねえ、知ってる希」

「なに」

「死神って、にゃーって鳴くのよ」

「ああ、そんな子も最近いるね」

「なんだ、知ってたの?」

「誰から聞いたん?」

「二年生の高坂穂乃果さんが言っていたの」



「やっぱりか」

50: 2015/05/06(水) 16:38:23.08 ID:X2QtUhMZ.net
私、西木野真姫。

実は朝起きたら少しおかしなことになっていた。

「天使役をやっております。園田海未です。

真姫はもっと素直になるべきです」

「悪魔でもピュアピュア。南ことりです。

ううん。真姫ちゃんは今のままでいいよ。

本音を隠して小悪魔的なところが私は好きだな」

「素直になれないのはつまり嘘をついているということです。嘘はいけません」

「詭弁だよ。天使海未ちゃんは本当融通な効かないなあ」

朝からずっと私の頭の中で何かが言い争っている。

51: 2015/05/06(水) 16:44:48.77 ID:X2QtUhMZ.net
「大丈夫? 真姫ちゃん」

「なんか頭の中がうるさい……」

「えっ大丈夫じゃなさそうだよ」

「いいえ。大丈夫」

「ほら、真姫が困っています。黙りなさい悪魔ことり」

「天使海未ちゃんだって結構大きい声出してたよ」

「私は真姫のことを思って……」

「よく言うよ。穂乃果ちゃんからころっと鞍替えしちゃってさ」

「仕方ないでしょう。あのスピリチュアル関西弁が私たちを引き剥がしたんですから」

「ホント余計なことしてくれたよね。穂乃果ちゃんは私たちがいなきゃダメなのに」

「いいえ。彼女ならきっと一人でも大丈夫です」

「本当、天使って都合がいいんだね」

「なんの。私は次の迷える子羊に手を差し伸べるだけです」

52: 2015/05/06(水) 16:51:14.17 ID:X2QtUhMZ.net
花陽はすっかり元気になった。

だからこそ私は迷っている。

あのときの話をしてもいいものだろうか。

花陽がああなってしまった原因の出来事。

そこを解決しなければ、花陽は一生あの子に縛られて生きていくことになる。

かといって乱暴に話題に出して逆戻りしないとも言えない。

「ほら、迷える羊さんが迷ってるよ。導いてあげなよ」

「無論です。真姫、今は時期ではありません。ゆっくり焦らずです。そっとしてあげましょう。

いずれ腹を割って話せるときが来ます」

「ないない。引っ張るほど言いづらくなるよ。

むしろ今が絶好の機会だよ真姫ちゃん」

「いけません真姫。悪魔に惑わされないで」

「今回は比較的良心的な提案だと思うけどなあ。

明日に延ばして、明日生きている確証はないよ」

「くっ。痛いところをつきますね」

私の中で何かが決した。

54: 2015/05/06(水) 16:59:53.01 ID:X2QtUhMZ.net
「花陽、あの日のことなんだけど」

「あの日って……」

「あの日よ。あの子が、その……亡くなった日」

「あれは……」

「無理に話さなくていいのよ」

「ううん。私も向き合わなきゃ」

「花陽……!」

ときに悪魔の選択が事態を好転させることもあるらしい。

「あれは一緒に釣りに行った日だったっけ。

私が釣り竿を海に落としちゃって……それで……うぅ……」

花陽の顔色がみるみる悪くなっていく。やはり時期尚早だった。

悪魔の提案は所詮悪魔の提案。

「も、もういいわ花陽」

「私があの子のためになろうと……釣りに誘ったばかりに……」

「魚が嫌いな子だったわね。

明るい髪色のショートヘアで、整った顔立ちにパッチリとした眼……。

ごめんなさい……思い出が溢れて来ちゃう」

「凛ちゃん……」

57: 2015/05/06(水) 18:01:46.76 ID:X2QtUhMZ.net
「おはようございます。副会長」

「あ、おはよう。穂乃果ちゃん。調子はどう?」

「うん。なんだか軽くなった気がします」

「よくないものがついてたからね」

「よくないものって、海未ちゃんとことりちゃんですか」

「そうや。一方は大して害はないんやけど、もう一方がやばいやつだったから払っといたよ」

「なんか、ありがとうございます。でも副会長も見えるんですね」

「昔からね。おかげでそういうもんと人間との区別がつかんくなるときもあるくらい」

「うひゃー、凄まじい」

「そんなうちでも、死神はどうにもならん」

「そこまでわかるんですね」

「まあね。なんでもにゃーと鳴くとか」

「心当たりが?」

「うん。絵里ちも知ってると思う」

「どういうこと?」

「だってその死神はもと……」

58: 2015/05/06(水) 18:06:27.41 ID:X2QtUhMZ.net
希さんが絵里会長のほうを見ながら口を開いたそのときだった。

「大変です穂乃果!」

「大変だよ穂乃果ちゃんっ!」

海未ちゃんとことりちゃんな再び私の元に怒鳴り込んで来た。

「懲りずにきたか! またうちが払って……」

「待ってください一大事です」

「どうしたの?」

「あの死神凛ちゃんは元人間!

花陽ちゃんと真姫ちゃんのお友達『星空凛』ちゃんだったの!」

な、なんだってー。

59: 2015/05/06(水) 18:14:26.84 ID:X2QtUhMZ.net
「星空凛……!」

いち早く反応したのは絵里会長。さすが生徒会長。

そして次に副会長。

「そう。あの子は星空凛ちゃん。半年くらい前に亡くなったこの学校の生徒や」

わけがわからない。

「うそ、どういうこと?」

「事情はうちにもわからない。……そこの悪魔たちはどうしてそれを?」

「あっ、それはその……」

「追い出された私たちは真姫に取り付いたんです」

「何で言っちゃうの海未ちゃん」

「嘘はいけません」

「あとでお払いマックスや」

60: 2015/05/06(水) 18:23:31.12 ID:X2QtUhMZ.net
「なんか、私の体から抜けてこっちのほうに飛んでった気がするのよ」

「頭大丈夫? 真姫ちゃん」

「それはどういう意味かしら。 花陽」

「いや、その、あ! 副会長だ」

「後で追及させてもらうから」

「ひい……」

「あら、真姫ちゃんに花陽ちゃん」

「あの、副会長。この辺になんか飛んできませんでした?」

「んー。知らんなあ」

「そうですか。……こんなとこで一人でなにしてるんですか」

「いや、特になんもしてないけど」

「ふうん。ううっ寒っ。じゃ私たちはこれで」

「はいよ。お大事に」

61: 2015/05/06(水) 18:31:20.63 ID:X2QtUhMZ.net
いつの間にかときは流れていた。

順調に行けば私は明日氏ぬ。

望むところではないけど……まだ諦めてないけど……。

私は一応保険をかけることにした。

もし私が氏んだら、あの人に後をついでアイドルをやってもらおう。

コンコン、とドアをノックする。

……。返事はない。

もう一度、二度、三度やっても返事はない。

「失礼しまーす」

中は相変わらずアイドルグッズで溢れていた。

私が顔を出していた頃と変わっていない。

「にこちゃーん?」

どうやらパソコンでアイドルの動画を見るのに夢中なようだ。

私は椅子に座って待つことにした。

にこちゃんは動画を見終えると私の側面に腰掛ける。ここが彼女の定位置だ。

それからにこちゃんは雑誌を広げる。私には見向きもしない。無言。

「そりゃそうか……」

私は小声で呟いた。

62: 2015/05/06(水) 18:34:09.42 ID:X2QtUhMZ.net
にこちゃんとは昔一悶着あって、私が部を飛び出した。

それ以来まともに口も聞いていない。

そんな私がのこのこやって来てもこんな態度なのは当然といえば当然だ。

以前として無視を続ける彼女に私はシビレを切らして語りかける。

「今更ごめんね……。でも大事な相談があるの」

返事はないが、私は続けることにした。

63: 2015/05/06(水) 18:44:55.36 ID:X2QtUhMZ.net
「にこちゃんにもう一度、アイドルをやって欲しいの。

私と一緒じゃなくていいから。

お願いします。……。

私が悪かった。ごめんなさい」

にこちゃんはまるで何かに気がついたようにふと顔を上げたが、すぐ雑誌に目を下ろした。

「ごめんなさい。アイドルやめるなんて言って。

ごめんなさい。後になって一人で活動再開したりして。

ごめんなさい。私ダメダメだった。本当にごめんなさい」

頭を下げて、それから席を立つ。

そのとき引いた椅子が部室の棚に当たり、何かがヒラリと落ちてきた。

にこちゃんは私が拾うよりもはやくそれをてに取り、少し辺りを見渡す。

「穂乃果……?」

久しぶりにこちゃんは私の名前を呼んだ。

「なに、にこちゃん」

それから暫く沈黙ののち、何かを決意したような表情でにこちゃんは口を開く。

「まったく、しょうがないわねー……。

私だっていつまでもこんなんじゃダメダメよね。

うん、わかった。やってみる」

天使のような笑顔にありがとう。と一言添えて私はアイドル部を去った。

64: 2015/05/06(水) 18:46:02.10 ID:X2QtUhMZ.net
結局、身代わりを見つけることができないまま、約束の日がやってきた。

65: 2015/05/06(水) 18:50:13.32 ID:X2QtUhMZ.net
「ども。死神ですにゃ」

再び私の部屋に突如現れる自称死神、星空凛。

でも私だって黙って氏なされるものか。

「嘘だね。あなたは死神なんかじゃない」

「ここに来てそれ? もう現実見ようよ穂乃果ちゃん」

「星空凛ちゃん。あなた小泉花陽ちゃんって知ってる?」

「……!」

死神は猫が紙風船をくらったような顔をした。

66: 2015/05/06(水) 18:59:06.36 ID:X2QtUhMZ.net
「ああ、なるほど。その可能性は考えたよ。同じ学校だったしね」

「やっぱりそうなんだ」

「そうだよ。凛はその星空凛だよ。あの日海で溺れて氏んだ星空凛だよ」

「あなた死神は生きてるって……」

「言ったよ。事実だよ。凛は人として氏んで、死神として生きてる」

「説明してよ。凛ちゃん」

凛ちゃんはいつかのように座布団に腰を下ろすと、静かに顔を上げた。

「人はときどき、死神になる」

「氏んだらってこと?」

「その限りじゃないよ。人が人じゃなくなったとき、人は死神になる。

それが凛にとってはたまたま氏んだときだったってこと」

「むずかしいよ」

「条件は二つ」

右手の二本指を立てながら凛ちゃんは説明を続ける。

「一つは死神という概念を知っていること」

67: 2015/05/06(水) 19:03:37.96 ID:X2QtUhMZ.net
およそ半年前。

凛はかよちんに誘われて海釣りに出かけた。

凛の魚嫌いを克服させようという粋な計らいだった。

そして凛は海に落ちたかよちんの釣竿を拾おうとして自身も転落。

そのまま溺氏。氏体はオート水葬させて発見されてない。

……ということになっている。

でも凛はこうして生きている。

どうしてか。それはさらに遡ることひと月前のこと。

凛は一人の死神に出会った。

68: 2015/05/06(水) 19:09:51.83 ID:X2QtUhMZ.net
「ども。死神よ」

「死神ってあなたが?」

「そうよ。驚いた?」

「そりゃ……だって、どこかで」

「どうしてこの学校には生徒会長がいないと思う?」

「考えたこともなかった。そういえば副会長しか見たことないや」

「ふふ。まあそれはいいわ。あなたに氏の宣告よ。一ヶ月後あなたの大切な人が氏ぬことになっている」

「どうして!?」

「生きているものは氏ぬのよ。

それを決めるのが私たち死神で、たまたまあなたのお友達の番が来ちゃったってだけ」

「どうしてそれを凛に言うの」

「あなたにチャンスをあげようと思って」

69: 2015/05/06(水) 19:15:11.13 ID:X2QtUhMZ.net
「……というわけだよ。穂乃果ちゃん」

「じゃあまさかあなたは……」

「そうだよ。あのとき凛が飛び込んでなかったら、かよちんが氏んでた」

「自分の命より、他人の命を選んだの……?」

「そのときはね。でもやっぱり苦しいんだ。どうしても考えちゃうんだよ。

『ああ、やっぱりやめておけばよかった』

ってね。そのとき凛は人じゃなくなってしまったんだ。

氏にたくなくて、気がついたら死神になっていた」

70: 2015/05/06(水) 19:20:21.75 ID:X2QtUhMZ.net
「じゃあすぐ花陽ちゃんや真姫ちゃんの元に行けば……」

「行ったよ。でも見えないんだ」

「見えない?」

「普通の人には見えないんだよ。凛たちは」

「でも私には……」

「そりゃ、ターゲットには見えるよ」

「凛ちゃんはターゲットじゃなかったのに」

「あれはたぶん、かよちんには見えなかったんだと思うり代わりに凛に見せたんだ」

「どうしてわざわざ」

「あの死神は知ってたんだ。凛がかよちんに代わって氏ぬことを。

最初から、ターゲットは凛だったんだよ。

だから尚更かよちんを氏なせるわけにはいかなかった」

「希さんは……」

「あの人は特別だよ。凛たちと一般人との区別もあやふやみたいだし」

72: 2015/05/06(水) 19:29:05.07 ID:X2QtUhMZ.net
「これで全部だよ。じゃあ凛は帰るね」

「え、私を氏なせないの?」

「なんだ、自分で気がついてないんだ」

「どういうこと?」

「もう凛には穂乃果ちゃんは氏なせることはできない」

「だからどういう……」

「ごめんね。もう時間がないんだ。その答えは自分で見つけて」

「ちょっと置いてかないで! 私は氏ななくていいの?」

「二つ目の条件。現世への未練、執着。

これと一つ目の条件が重なったとき、たまに人は死神になる。

凛はもう、二つ目の条件が満たされてないんだ」

「未練がなくなったってこと?」

「凛は、あのダメダメになっちゃったかよちんだけが心残りだった。置いて逝けなかった。

でもなぜかここ数日でかよちんは昔のかよちんに戻ってきた。

だから凛はもう帰るよ。

やっぱり、凛はダメダメ死神だった。

仕事一つもこなせないで、退社だよ」

73: 2015/05/06(水) 19:34:49.36 ID:X2QtUhMZ.net
「あの世で待ってる」

死神……いや、星空凛はそう言い残して夜空の彼方へ消えていった。

はた迷惑な猫だったけど……私を氏なせようとした猫だけど。

私は凛ちゃんの想いを花陽ちゃんに届けなければならない。

来るはずのなかった明日を使って、私は花陽ちゃんに伝えなくてはいけない。

凛ちゃんは花陽ちゃんを恨んでなんかいないんだって!

74: 2015/05/06(水) 19:37:56.90 ID:X2QtUhMZ.net
死神と出会ってから八日目。

私は登校一番一年生の教室に駆け出した。

きっと花陽ちゃんも真姫ちゃんも喜ぶぞ!

二人はやっと過去から解放されるんだ。

「花陽ちゃん! 真姫ちゃん!」

75: 2015/05/06(水) 20:15:37.93 ID:X2QtUhMZ.net
「でね、今朝ご飯が炊けてなかったの」

「ドジね。予約し忘れるなんて」

「だから今日はパンを食べてきたんだ」

「二人とも! おはよう!」

「パンがあってよかったじゃない」

「うん。危うく朝食抜きになるところだった。真姫ちゃんは今朝はなに食べたの?」

「今朝はエッグベネディクトと」

「うわーおしゃれ」

「まあね」

「私もパンだよ。お揃いだね花陽ちゃん」

「そうそう。だから今日はお昼は学食なんだ」

……おかしい。

二人が私を完全にシカトしている。

76: 2015/05/06(水) 20:18:35.00 ID:X2QtUhMZ.net
「ねえ! 二人とも!」

返事はない。

「ねえ聞いて、凛ちゃんの話なの!」

見向きもしない。

「ねえってば!」

気にかけもしない。

「そんな……どうして……? どうして私……」



いつの間に死神になっちゃってたの……?

77: 2015/05/06(水) 20:26:24.30 ID:X2QtUhMZ.net
条件1
死神という概念を知っていること。

78: 2015/05/06(水) 20:27:11.64 ID:X2QtUhMZ.net
条件2
現世に大きな未練や執着を持っていること

79: 2015/05/06(水) 20:27:53.46 ID:X2QtUhMZ.net
そして人が人でなくなったとき、人は死神になる。

81: 2015/05/06(水) 20:33:05.60 ID:X2QtUhMZ.net
「二人には凛のことを知らせるべきではないでしょう。

友達が死神になっていたなんて、知ってどうなりますか」

「海未ちゃん……まだ私に」

「迷惑ですか。話し相手が欲しいのでは?」

「それは……海未ちゃんはわかるの? どうして私、死神に……」

「それはですね」

「穂乃果ちゃんっ、海未ちゃんから離れて!」

「ことりちゃん……?」

「邪魔しないで。悪魔ことり」

「穂乃果ちゃんはやく離れて」

「なにが起きてるの……いつから……」

「花陽の決意のときですよ」

「花陽ちゃんの決意?」

「屋上で、花陽が生きる決意をしたときです」

82: 2015/05/06(水) 20:39:23.45 ID:X2QtUhMZ.net
あなたは死神を知っている。

そしてアイドルという未練を残し、他者の命を切れるほど生に執着していた。

穂乃果、あなたあのとき……残念に思ったでしょう?

自分の代わりに氏んでくれるはずだった花陽が心変わりして……がっかりしたでしょう?

ダメですよ。人の命が助かったのに残念がるなんて、人じゃない。

あのとき既にあなたは人ではなくなってしまったんです。

花陽たちはあのとき、突然穂乃果が消えるようにいなくなったと感じたでしょうね。

死神になったら普通の人には見えないんですから。

83: 2015/05/06(水) 20:46:14.54 ID:X2QtUhMZ.net
「そんな……私ずっと……」

「気がつかないのも無理はありません。副会長がいましたからね。

自分が見えない存在だなんて思いもしないでしょう」

「にこちゃん……」

「その通りです。仲直りできたつもりでしたか。

彼女には最初からあなたなんて見えていなかったんですよ」

「そっか……無視されてたんじゃなかったんだ」

「耳を傾けないで穂乃果ちゃん!」

「でも、天使に言われたらもうそうなんだなあって」

「ふふ。天使ですか」

「もうやめて海未ちゃん!」

「天使"役"をやっております。園田海未です」

「な、まさか……」

「私は天使ではありませんよ」

84: 2015/05/06(水) 20:52:43.69 ID:X2QtUhMZ.net
「じゃあ私は今まで何の言うことを聞いていたの……?

うわああああああああああああ!」

「さあ死神穂乃果。猶予は終わりです。仕事に行きましょうか」

「死神……私が、人を氏なせる? はは、あ、あ……」

「丁度いいです。最初のターゲットは彼女にしましょう。

生徒会副会長、東條希です。彼女はいろいろ面倒な存在なので」

「いや……だ……」

「いやでもやるんですよ。さあ一度本部に戻って仕事を受注しましょう」

「逃げて穂乃果ちゃんーっ!」

「なんですかことり! 悪魔のくせに!」

「悪魔でも……ピュアピュアだもん!」

85: 2015/05/06(水) 20:59:19.73 ID:X2QtUhMZ.net
私は走った。

逃げるため? 違う。なにかおかしい。

この違和感は……そうだ。私は決着をつけるために生徒会室へ走った。

「はあ……はあ……」

「穂乃果!? どうしたの」

「絵里ちゃん……はあ」

「なに、穂乃果」

生徒会長……いや。

「死神絢瀬絵里」

「なんですって?」

「穂乃果ちゃん今なんて!?」

「希さん、あなた言ってましたよね。『そういうものと人間との区別がつかない』って」

「それは……でも絵里ちは」

「絵里さんは死神です。凛ちゃんを氏なせた死神は絵里さんあなたですね」

86: 2015/05/06(水) 21:05:00.58 ID:X2QtUhMZ.net
「え、絵里ち?」

「はあ。そもそもどうしてあなた生きているの?

凛……。仕事をサボったわね新人め」

「違うよ。凛ちゃんは退社した」

「なるほど。消え際にあなたに真実を託したのね」

「それも違う。あなたは……私が見えていた」

「それがなによ。死神である私にそんな態度でいいの? 無礼よ」

「私も死神だよ」

87: 2015/05/06(水) 21:11:33.05 ID:X2QtUhMZ.net
「なんですって!?」

「私があなたを見ることができたのは……。

私がターゲットだったからじゃない。私も死神だったからだよ。

同じ理屈で、絵里会長が私を見ることができるのは、絵里会長が死神だからでしょ。

そして、凛ちゃんの名前を始めて聞いたときのあの反応。

自分が氏なせたはずの人間が死神になっていると聞いて驚いた。そうでしょう?」

「ふふ。正解よ。全部その通り。参ったわ」

「そんな、絵里ち……うちは」

「茶番はお終いよ希」

「うぅ……」

「それだけが不可解なんです。どうしてあなたは希さんのところにいつまでも……。

もしかして」

「やめなさい。全部正解と言ったはずよ。これ以上はやめなさい」

88: 2015/05/06(水) 21:21:38.57 ID:X2QtUhMZ.net
「穂乃果あ! 見つけましたよ」

「ぐっ、海未ちゃん」

「あれはあなたの天使……どういうこと?」

「海未ちゃんは私を死神しようとしてた天使じゃない何かだよ」

「へえ……海未!」

「あなたも私が見えていたんですか」

「ええ。私死神ですし。それもそれなりに上等なね。

あなたのやったことはルール違反よ。意図的に人を死神にするなんて」

「な……私はただ穂乃果を」

「言い訳無用」

よくわからないが、海未ちゃんは絵里会長には逆らえない立場らしい。

急に大人しくなった。

「まあなったものはどうしようもない。穂乃果、私ときなさい」

「え、海未ちゃんは……」

「希、よろしくね」

「……」

「希?」

「絵里ち、うちらってなんだったの?

答えてよ、私の唯一の友達」

「死神だって生きているのよ。寂しくもなるのよ。

さよなら。私の唯一の友達」

「そっか! よかったよかった。……。

覚悟はいい? 海未ちゃん」

「ひい!」

「お払いマックスやーっ!」

89: 2015/05/06(水) 21:32:15.97 ID:X2QtUhMZ.net
「ども。死神だよ」

私は死神になった。

現世にたくさんの未練を残して。

私を氏なせようとした死神の為に動いた不毛さ。

それすら叶わなかった不毛さ。

その死神を氏なせた死神のもとで働く不毛さ。

夢も叶わぬまま。

かつての仲間と仲直りできないまま逝った不毛さ。

なにもかも、ああ、特に最後の一週間は不毛だった。

私はなにか成し得ただろうか?

果ては人道すらそれて人の命を摘み取る死神。

「はあ。氏にたい」

90: 2015/05/06(水) 21:33:04.44 ID:X2QtUhMZ.net
私の物語は、これで終わりだ。

91: 2015/05/06(水) 21:36:28.08 ID:X2QtUhMZ.net
「花陽、すっかり元気になったわね。よかった」

「うん。真姫ちゃんのおかげだよ。

それに、きっと凛ちゃんがお空から見てるから。星空を見上げると、凛ちゃんが見ていてくれるから」

92: 2015/05/06(水) 21:41:47.57 ID:X2QtUhMZ.net
「にこっちー。遊びにきたでー」

「あんた最近よく来るわね」

「生徒会室、1人になっちゃったから」

「は? もとからでしょ」

「そうだったんだよね」

「変な希」

「にこっちこそ、どうして急にアイドル再開する気になったの?」

「さあ。なんかわかんないけど、あいつが『私の分までよろしく』って言ったような気がするのよ」

「あいつって?」

「よくわかんない。あくまで、気がするってだけ」

「まあ、にこっちならすごいアイドルになるよ」

「当然でしょ。このニコニーエンジェルが世界を虜にする日は近いわ」

「にこっちの物語は、これから始まるんだね」

93: 2015/05/06(水) 21:42:42.28 ID:X2QtUhMZ.net
穂乃果「天使と悪魔と星空凛」



終劇

94: 2015/05/06(水) 22:04:07.12 ID:BJz1MI0e.net
乙、なんか良かった

引用元: 穂乃果「天使と悪魔と星空凛」