1: 2013/03/01(金) 16:11:29 ID:4UeeMjMI
モバマスSS短編

P「ああ。社長の知り合いにハウス栽培している方がいるそうで、来ないかって招待券を貰ったんだ。どうだ? 明日だから、ちょっと急なんだが」

ありす「それで、どうして私を? そういった事情であれば、他に行きたがる方も多いと思いますが」

P「空いた時間はいつも読書かゲームだろ? たまにはこういうのもいいんじゃないか、
と思ってさ」

ありす「仕事ではないんですよね?」

P「全く無関係だ。もしそうなら、他のアイドルに回してる」

ありす「私よりそういった仕事の似合う方はたくさんいるからですか?」

P「もし仕事なら、橘はそれを黙々とこなす。今までだってそうだし、俺はそれを間違っ
ているとは思わない。けど、今回もそれじゃ意味がないからさ」

2: 2013/03/01(金) 16:16:14 ID:4UeeMjMI
ありす「意味が分かりません」

P「橘が歌や音楽に対してきちんと取り組んでいるのは知ってる。けれど、橘はそこで
立ち止まってる様に見える。特に最近は」

ありす「私は私の夢に向かってきちんと進んでいるつもりです。プロデューサーにどうこう
    言われる筋合いはありません」

P「その本、一体いつになったら読み終わるんだろうな?」

ありす「……関係ないでしょう」

P「あるさ、俺は――」

ありす「プロデューサーだからですか」

P「さあな。さて、どうする?」

ありす「……丁度、暇ですから。ただ、それだけですから」

P「分かった、じゃあまた明日」

3: 2013/03/01(金) 16:21:54 ID:4UeeMjMI
P「おはようございます」

ありす「おはようございます」

P「何だ、早いな。少しは楽しみしててくれたのか?」

ありす「仕事の関係者との約束はきちんと守ります」

P「いい心がけだ、ならもう出るか。帰りが遅くなるといけない」

ありす「他の仕事は?」

P「今日は俺がついてなくても大丈夫な仕事ばかりだよ」

ありす「苺狩りを優先する程度にはどうでもいいという事ですか」

P「今は」

ありす「感心しません」

P「はは、確かにそうかもな」

ありす「……どうして私なんですか」

P「らしくないな、まだそんなこと思ってたのか」

ありす「答えをはっきりとは聞いてませんから」

P「車、用意してあるから乗ろう。時間はたっぷりとある」

4: 2013/03/01(金) 16:36:51 ID:4UeeMjMI
P「さて、こうして二人でってのは久しぶりだな」

ありす「忙しいですから、プロデューサーは」

P「アイドルの数も最初の頃に比べて多くなって、それに比例して仕事の量も増えたからな。
  今では会うのが一ヶ月ぶりなんてアイドルまで出てくる有様だ」

ありす「それでもプロデューサーは信頼されています。どういう訳か私には分かりませんけど」

P「俺も分からないよ、スカウトして仕事を見つけてきてスケジュールを組んで。それだ
  けなんだけどな」

ありす「意外と、鈍感ですね」

P「聞こえてるぞ」

ありす「知ってます。他の方ともこうして出かけている事くらい」

P「橘としてはどう思う?」

ありす「どうも思いません、そんな事に口を挟むほど子供でもありませんから」

P「なるほど、てっきり批難されるのかと思ってたが」

5: 2013/03/01(金) 16:37:50 ID:4UeeMjMI
ありす「プロデューサーはどう思ってるんですか?」

P「何を? って怒るな怒るな分かってるよ。正直な、今はこれでいいと思ってる」

ありす「モチベーションの維持の為に?」

P「アイドルってのは孤独なんだ、ファンが思う以上に」

ありす「ここの事務所は賑やかすぎるくらいですが」

P「ファンの為、家族の為、何より自分の可能性に期待しているからこそあいつらは頑張ってる。
けれどそれだけで進めるほど、この世界は優しくない。あんな年端もいかない女の子でも容赦なくその才能を否定され、潰される。
支えってのは必要なんだ、どんなに強そうに見える子でもな」

ありす「だからプロデューサーは優しくするんですか?」

P「単純に一緒にいて楽しいからってのもあるぞ。アイドルだけあって人を楽しませるのはあいつら得意だ」

ありす「狡いと思います、そこまで言っておいて隠すのは」

P「何をだ?」

ありす「孤独なのはプロデューサーも同じです」

P「……そう、見えるか」

ありす「何となく、そう思っただけです。そもそも、プロデューサーにそこまで興味ありません」

6: 2013/03/01(金) 16:39:31 ID:4UeeMjMI
P「また厳しい言葉を頂戴したな」

ありす「私と苺を食べて楽しいんですか?」

P「楽しいさ、こんな事を俺に言ってくるの橘くらいだ」

ありす「私も、孤独に見えましたか?」

P「似てるなって思った」

ありす「プロデューサーと私が?」

P「アイドルやってた頃の俺と」

ありす「」

P「おい、何か言ってくれ。橘にそんな顔されたらどうしていいか分からん」

ありす「それ、知っているのは?」

P「橘だけだ。売れなかったからな、俺は。自分から言わない限り誰も気づかない」

ありす「潰されたんですか」

P「勝手に潰れたんだよ、そんだけの話」

ありす「どうして、そんな話を私に」

7: 2013/03/01(金) 16:49:06 ID:4UeeMjMI
P「名前嫌いなんだろ」

ありす「はい、それは最初に会った時にも言いましたが」

P「俺も嫌いだ、自分の名前」

ありす「変わった名前なんですか?」

P「違う、ありきたりなんだ。だからデビューの際に芸名を勧められた」

ありす「芸名……」

P「珍しい話じゃない。別に本名だから売れないわけでも、芸名だから売れる訳でもない。
  それはもうそいつの才能と努力次第だ」

ありす「それで、どっちでデビューしたんですか?」

P「さて到着だ、外は寒いぞ。ちゃんとコートは着るように」

8: 2013/03/01(金) 16:50:07 ID:4UeeMjMI
P「招待頂きましてありがとうございます。こちらは橘ありす、まだほとんど新人なんですが。
  はい、ありがとうございます。ええ、ええ」

ありす「えっと……」

P「何だ? 想像と違ったか?」

ありす「その、しゃがんで採るのかと思ってましたから」

P「木になっている苺を見るのは初めてか?」

ありす「ネットでならあります!」

P「それで、実際に見てどうだ?」

ありす「甘い……匂いがします」

P「このハウス内にあるのは食べていいぞ、お土産にジャムまでくれるそうだ」

ありす「これ、そのまま食べられるんですか?」

P「当たり前だろ。うん、旨い。ほら」

ありす「自分で取れます」

P「へえ、届くのか?」

ありす「届きますよ!」

9: 2013/03/01(金) 16:56:06 ID:4UeeMjMI
P「調子に乗りすぎた……」

ありす「どうするんですか、これ」

P「ま、まあ事務所に持って帰れば誰か食べるだろ。食べ盛りが多いし」

ありす「木苺なんて持って帰ったら皆さんびっくりしますね」

P「何せ、橘からのお土産だからな」

ありす「そんなに、無愛想でしょうか」

P「大人びているとは言われてるな」

ありす「この事務所に入って、よかったとは思っています。優しい方が多いですし、間近で活躍する方を見るのは刺激になります」

P「それで?」

ありす「名前、今でも好きになれません。でも、ここの事務所にはその……本当に色んな人がいて」

P「珍名のオンパレードだよな、のあ、みりあ、きらり。おまけに鷹富士茄子、もう凄いよな色々と」

ありす「でも、何も気にしていないんです。本当にただ自分らしくいて」

P「羨ましいのか」

10: 2013/03/01(金) 17:29:11 ID:4UeeMjMI
ありす「私はずっと気にしてきました、人とは違うこの名前を。あまりにも有名な物語の主人公が既にいるというのに、
    どうしてあの人達は私にこの名前を付けたのかと」

P「橘」

ありす「物語の中の人達はどんな名前でもからかわれる事はありません、馬鹿にされることもない。ゲームなら私が好きに名前を付けてあげられます。
    どんな名前の勇者だって英雄になれるんです、人気者にだって」

P「このイチゴの名前、知ってるか?」

ありす「……いえ」

P「どんな名前なら売れると思う?」

ありす「分かりやすくて、美味しそうな名前でしょう」

P「そう、アイドルだって同じ様なもんだ。人に覚えてもらいやすくて受け入れやすそうな名前を俺なら付ける」

ありす「私が、私がもし、そういうのを使うなら」

P「ありす」

ありす「はい?」

P「ありすにする」

11: 2013/03/01(金) 17:30:43 ID:4UeeMjMI
ありす「それは、受け入れろという事ですか?」

P「橘、ゲームの主人公にはどんな名前を付けてる?」

ありす「どんなって、別に普通ですよ。その世界観に合った名前を考えて付けています」

P「嘘だな」

ありす「嘘じゃありません」

P「ありすだろ」

ありす「……っ、って、違います! 何でそんな名前をつける必要があるんですか!」

P「人気者になりたいんだろ」

ありす「そこまで幼稚じゃありません!」

P「自分で言ったんだ、どんな名前でも人気者になれるって」

ありす「私は別にそんな」

P「なら何でアイドルになろうとしてる? 歌や音楽を仕事にしたいなら違う道はいくらでもある。いや、本気でその道を進みたいならアイドルなんて仕事は邪魔なはずだ」

ありす「どうしてですか?」

12: 2013/03/01(金) 17:32:13 ID:4UeeMjMI
P「これから先、橘が何をするにしてもそこには元アイドルって肩書きがつく。物珍しさは先行するし、イロモノ扱いだってされるかもしれない。
  あの橘ありすが作曲に挑戦! みたいな取り上げ方をされたいなら話は別だが」

ありす「違います……私は、私はそんな」

P「今ならまだ引き返せる」

ありす「え?」

P「一度この道を進んでしまえばもう逃れられない。そういう場所なんだ、あの世界は」

ありす「アイドルになるなって……そう、言ってるんですか?」

P「そんな悩みを抱えたままなら、な」

ありす「でも……でも……」

P「怖いんだよ、そんな悩みを抱えたままアイドルにしていいんだろうかって。立ち止まり始めた橘を見て、もっと怖くなって。
  話をせずにはいられなくなった」

ありす「どうすれば……どうすれば、どうすれば私は!」

P「俺はいつも色んな名前に変えていた。どんな名前の自分だったらあそこで立ち止まらなかっただろう、どんな名前の自分なら後悔しなかっただろう。
  そんな後悔をキャラクターに重ねて答えを探してた」

13: 2013/03/01(金) 17:37:11 ID:4UeeMjMI
ありす「見つ、かりましたか?」

P「分からない。あいつらと一緒にいれば見つかるかと思ったけど、やっぱり駄目だな。他人に答えを求めたって無駄みたいだ」

ありす「でも、私はアイドルになりたいです」

P「どうしてわざわざそんな茨の道を進みたがるんだ」

ありす「音楽には、力があるんです。」

P「力?」

ありす「どんな名前だろうと平等なんです、音楽は。私の歌は誰かが決めた記号でもない、私だけのものだって。そう思えるから、思わせてくれるから」

P「それすら、幻想かもしれない」

ありす「幻想じゃありません、ここにありますから。あるって信じてますから!」

P「……結局、諦められないんだろうな。俺も、この道を選んだ時点で」

ありす「初めての仕事を終えた時、嬉しかったんです。こんな私でもできる事があるって」

P「嬉しそうだったもんな、珍しく」

ありす「向き合えるかどうか、分かりません。けど、ここまできて逃げるなんてもっと嫌です」

14: 2013/03/01(金) 17:38:23 ID:4UeeMjMI
P「このまま進むのか?」

ありす「進み……たいです。だから、あの、その」

P「何で俺がありすにするって言ったか分かるか?」

ありす「何となく、ですけど。きっと私が一番、後悔しないから」

P「どんな道を進んだってどこかで後悔するが絶対に来るぞ、いいのか?」

ありす「その時は、私にも優しくして下さい。私の名前……呼んでもいいですから」

P「分かった、俺も覚悟を決めた。行こうありす、俺たちが行ける所まで」

ありす「あ、はい! えへへ」

とりあえず、おわり

引用元: ありす「心に咲く花」