416: 2013/07/16(火) 22:02:35 ID:UJ/7oPJ.
連作短編その9 泰葉「小さな一歩」
P「こんなに長いものとは……」

泰葉「今日、午前中はオフだと聞いていましたが」

P「泰葉か、これだよ」

泰葉「セクシュアルハラスメント防止研修? 受けてきたんですか?」

P「これだけのアイドルがいて男が俺と先輩だけだから、受ける様にって社長から」

泰葉「アイドルから苦情が出た事とかあるんですか?」

P「聞いた事はない、実際にどう思われてるかは分からないが」

泰葉「プロデューサーにそういった心配はしていません」

P「聞きたくない話ばかり聞かされたな、他の事務所の人間から噂は入ってくるし」

泰葉「ここは綺麗ですから、天国みたいに」

P「生きてるだろ、その年で何を言ってんだ」

泰葉「一度、氏んだのかもしれませんね」

P「自分の足で歩いてきたんだろ、行くぞ。仕事だ」

泰葉「自分の足、か」
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(8) (電撃コミックスEX)
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(8) (電撃コミックスEX)

このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの世界観を元にしたお話です。
複数のPが存在し、かつオリジナルの設定がいくつか入っています。
連作短編の形をとっており、
前のスレを読まないと話が分からない事もあるかと思います。

検索タグ:ありす「心に咲く花」

その為、最初に投下するお話は事前情報なしでも理解できる構成としました。
こんな雰囲気が好きだなと少しでも感じて頂けた方は前スレも目を通して頂ければ 嬉しく思います。
それでは、投下を開始します。
417: 2013/07/16(火) 22:03:50 ID:UJ/7oPJ.
美波「ど、どうでしょうか?」

P「研修受けて一発目の仕事がこれって」

菜々「か、完全にコスプ――いえっ何でもないですよ!」

泰葉「不思議な感覚です」

P「唯一の現役がその感想か」

菜々「ナナはまだ現役です!」

P「昨日の時間割をどうぞ」

菜々「えっと、一時間目が数学で二時間目が体育で」

P「昨日、土曜ですけどね」

菜々「ほ、補習です補習!」

P「補習で体育ですか」

菜々「運動にも力を入れてるんです!」

P「菜々さん……」

菜々「ほら! ブルマ着てると恥ずかしいですよね?」

418: 2013/07/16(火) 22:05:16 ID:UJ/7oPJ.
美波「ブルマ?」

P「ウサミン星では履いてるんですよ」

菜々「そういうフォローはやめて下さい!」

美波「でもやっぱり泰葉ちゃんが一番。あ、逆に失礼かな?」

泰葉「いえ、そんな事は」

P「結構な人数がいますからさっさとやりましょうか、二日掛りですから」

美波「確か、10人以上は参加してるんですよね?」

P「まあ、現役学生が多いですから。こっちとしてもやりやすいんですよね、何故か違う方も出てるんですけど」

李衣菜「プロデューサー!」

P「ちょっと行ってきます、撮影はもうすぐですから」

419: 2013/07/16(火) 22:06:04 ID:UJ/7oPJ.
李衣菜「これ、サイズがちょっと合いません」

P「大きいのか?」

李衣菜「いや、小さくて」

P「衣装さんに言うか、待ってろ」

美羽「プロデューサーさん、リベンジです!」

P「リベンジ? ああ……」

美羽「ガム、噛む?」

P「却下で」

美羽「学園祭とかけましてアイドルのライブと解く」

P「その心は? まさか準備も本番も思い出いっぱいなんて言い出さないよな?」

美羽「」

P「またの挑戦お待ちしております」

420: 2013/07/16(火) 22:06:47 ID:UJ/7oPJ.
夏樹「プロデューサー、だりー知らないか?」

P「ああ、何かサイズが小さいって言うから衣装さんに伝えておいたけど」

夏樹「遅かったか!」

P「嫌な予感しかしないが……聞く」

夏樹「あいつ制服はあえて大きいのを着て着崩すのがロックだーって、言ってたからまさかと思ったんだけど」

P「アホかあいつ」

夏樹「ちょっと止めてくる!」

P「おー、任せたぞー……何で無駄に気配を消してる?」

あやめ「P殿の背中をお守りしようかと」

P「俺は誰から狙われるんだよ?」

あやめ「あそこに」

P「は?」

加蓮「……な、何?」

421: 2013/07/16(火) 22:07:18 ID:UJ/7oPJ.
P「何やってんだよ……」

加蓮「い、いやいたんだって思って」

P「ここじゃないだろ、ほらいったいった」

加蓮「今、休憩中だし」

P「それでもだ」

加蓮「別に――」

夏樹「プロデューサー、だりーが言うこと聞かねえんだ!」

P「はあ!? ったく、じゃあな」

加蓮「……また、か」

P「はあ、忙しい……」

422: 2013/07/16(火) 22:08:02 ID:UJ/7oPJ.
美波「大変ですね」

P「やれやれ、です。新田さんは落ち着いてくれて助かります、そんなに懐かしくもないでしょう?」

美波「もう二度と来ない所だと思っていましたから、新鮮ですよ。実際に使われている場所なんですよね?」

P「そうですよ、休みの日の中学校を借りてるんです」

美波「懐かしいです、去年まで着てたのに」

P「制服ですか」

美波「プロデューサーは制服はどんなのだったんですか?」

P「いや、制服は着た事がなくて」

美波「という事は私服だったんですか?」

P「え、ええまあ」

美波「珍しいですね、私はずっと制服でした。生徒会してたんです、勇気出して立候補して」

423: 2013/07/16(火) 22:08:32 ID:UJ/7oPJ.
P「副会長とか?」

美波「いいえ、書記を」

P「何でまた?」

美波「どうなんでしょう? 人生経験になるかと思ったから、でしょうか」 

P「俺よりも遥かに豊富そうだ」

美波「そんな、まだ社会に出てる訳でもありません」

P「立派に出てますよ、ああ出番です」

美波「変じゃないでしょうか?」

P「現役にしか見えませんから……制服か、着ないまま終わっちゃったな」

424: 2013/07/16(火) 22:09:14 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「プロデューサー」

P「終わったか?」

泰葉「少し、ご相談が」

P「珍しいな、泰葉からなんて」

泰葉「このアンケート用紙なんですが」

P「んーと、学校生活に関するアンケート……か」

泰葉「書く事が、何もなくて」

P「すらすら書けるアイドルだってそこまでいないさ、全く行ってなかった訳じゃないだろ?」

泰葉「週に一、二回をどう表せばいいのか」

P「勉強はどうしてたんだ?」

泰葉「仕事の合間に通信教育を、テストも毎回きちんと受けられませんでしたから学力も分からないんです」

P「そっか、そうだよな」

425: 2013/07/16(火) 22:10:11 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「この事務所はそういった所はきちんとしてるって聞いていて、実際に入ってみたら本当にそうで」

P「社長の方針だよ、学校も必要な場だっていう」

泰葉「プロデューサーもそう思いますか?」

P「行かなくて良かった、って思った事はない。行っていたらどうなっていたかは分からないけどな」

泰葉「それって」

P「何でこの世界に入ったか覚えてるか?」

泰葉「物心付いた時には既にいましたから、何となくとしか」

P「選ぶ余地が無いんだ、入った世界で育ってそれが全てになる。同年代が知ってて当たり前の世界を、知らない事の怖さも知らないまま」

泰葉「どうして……行かなかったんですか?」

P「……その質問は悪いがそのまま返す、どうして行かなかった?」

泰葉「行かなかったって、仕事を放り出す訳にはいきません」

P「それがもう、この事務所では他のアイドルとすら違うんだ、同じアイドルなのに」

426: 2013/07/16(火) 22:10:48 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「普通でない事は分かっています、けれど何でアンケート一つ書けない事が何でこんなに」

P「誰のせいでもない、だから誰のせいにもできない。受け止めて書くしかないんだよ」

泰葉「それで何を書けって言うんですか? 言ってくれたら……そのまま書けるのに」

P「意味ないだろ、そんなの」

泰葉「私だけが、違う世界にいるんです。同じはずなのに、埋められない、取り戻せない。その変わりに得た物が何なのかも分からない」

P「……」

泰葉「プロデューサーはどうやって――」

菜々「撮影、終わりました!」

P「ああ、お疲れ様です」

菜々「あの、疲れてます?」

P「いえ、そこまでは」

菜々「ならちょっと待っててもらえますか?」

427: 2013/07/16(火) 22:11:28 ID:UJ/7oPJ.
P「はあ」

泰葉「何でしょうか?」

P「何だろうな、菜々さん終わったら移動のはずだけど」

泰葉「遊園地に行ったそうですね」

P「ああ、綺麗だったよ」

泰葉「造り物でも綺麗なんですよね、空や海とはまた違った」

菜々「お待たせしました、どうぞ」

P「男物? 誰に着せるんです? あいさん今日はいませんよ」

菜々「もちろん、Pさんです!」

P「はあ!?」

菜々「美波ちゃんが着た事ないって言ってましたって聞きましたから、サプライズのお返しです!」

P「サプライズって、こんなの着てどうしろうと?」

428: 2013/07/16(火) 22:12:04 ID:UJ/7oPJ.
菜々「撮ってあげます、喜びますよ」

P「誰が喜ぶんですか……」

泰葉「菜々さん、この後はまた仕事では?」

菜々「あ」

P「はいはい、残念ですが」

菜々「よし、泰葉ちゃん頼んだ!」

泰葉「はい?」

P「な?」

菜々「ちゃんと撮って見せてくださいね、これカメラです! あ、ついでに泰葉さんはPさんが撮ってください」

P「何で!?」

菜々「では、お任せしました」

P「言いたい放題していったぞ」

429: 2013/07/16(火) 22:12:41 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「撮影経験なんてあるんですか?」

P「無いことはないけど、ちょっとスタッフに確認とってくる」

泰葉「何かの間違いだと思いますけど」

P「菜々さんの言う通りだった」

泰葉「どうなってるんですか」

P「俺が聞きたい」

泰葉「それが衣装ですか?」

P「違和感が凄いんだが」

泰葉「私だって着てるんです、我慢してください」

P「俺、アイドルでもなんでもないんだけどな」

泰葉「この世界にいる以上はこういう事もあります」

P「……着てくる」

430: 2013/07/16(火) 22:13:17 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「お似合いですよ、私よりは自然です」

P「そうか? 何か思ったより重い」

泰葉「学生服なんてそんなものですよ」

P「ふうん、まあいいや。とっとと終わらせるぞ、フィルムの無駄だし」

泰葉「少し、移動しましょうか」

P「必要あるのか?」

泰葉「控え室で撮っても面白くありませんから」

P「教室かあ、何か机の中に入ってる」

泰葉「教科書を置いていったりするんです、面倒くさいからって」

P「教科書ってこんなにあるのか?」

泰葉「中学校を何だと思ってるんですか」

431: 2013/07/16(火) 22:14:24 ID:UJ/7oPJ.
P「勉強の場だと思ってるさ。数Ⅰ数Ⅱか、本当にあるんだな」

泰葉「中学も行ってないんですか?」

P「その頃はもう働いてたからさ」

泰葉「そこに座って下さい」

P「こうか? 思ってた机とは違うな」

泰葉「撮ります」

P「誰もいないって新鮮だな、何かもっと騒がしいイメージがあるから」

泰葉「私はこの方が落ち着きます」

P「そうか? 何か寂しいけどな」

泰葉「夜に特別に授業をしてくれる先生もいましたので」

P「いい先生だな、マンツーマンか」

泰葉「授業なんだか雑談なんだか分からない方に話が脱線したり、何故か一緒に私の出てる雑誌を見ていたり」

P「何だそれ」

432: 2013/07/16(火) 22:14:55 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「芸能人というのがどういう職なのかよく分かっていなかったみたいで、普通の子供だねって」

P「子供だろ」

泰葉「皆がそう見てくれた訳ではありませんよ」

P「貸せ」

泰葉「撮るんですか?」

P「メインは泰葉だろ? ほら、窓際に腰掛けて」

泰葉「こうですか?」

P「何で緊張してんだ、髪を掻き分けて……少し顔を外に」

泰葉「プロのカメラマンみたいですよ」

P「腕に期待すんなよ、こんなもんかな。次はそうだな、机に座って授業を受けてる感じに」

泰葉「何を教えてくれるんですか? 先生」

P「何って何だよ?」

泰葉「でもその格好だと違いますか、二人っきりですね先輩」

433: 2013/07/16(火) 22:15:27 ID:UJ/7oPJ.
P「せ、先輩……?」

泰葉「宿題、教えてもらえますか?」

P「俺は文系なんでね、数字は分からないぞ」

泰葉「じゃあ、一つ問題を」

P「本当にあるのか」

泰葉「貴方にとって、アイドルって何ですか?」

P「夢だよ」

泰葉「即答するんですね」

P「意外か?」

泰葉「悩む人が多いですから」

P「経営資源って言う人はいないだろうけど、悩む人はいるかもしれないな」

泰葉「その夢を叶える為にこの世界にいるんですか」

P「そういうこと」

434: 2013/07/16(火) 22:15:57 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「その夢って何です?」

P「見てみたいものがあるんだよ、俺には」

泰葉「それは、プロデューサーでなければ見えないんですか」

P「その為になったからな」

泰葉「ファインダー越しには、見えませんか?」

P「泰葉?」

泰葉「冗談です、私を撮っても見えないでしょうから」

P「いや見えるよ、学校って夢を見る場所だろ?」

泰葉「何ですかそれ」

P「ああなりたいこうなりたいってさ、泰葉は何になりたい?」

泰葉「トップ…アイドル?」

P「何で疑問形になってんだよ」

435: 2013/07/16(火) 22:16:31 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「改めて言われると、考えたことがなかったなって」

P「夢ぐらいいつでも見れるだろ、明日はカレーが食べたいとか」

泰葉「ただの願望では?」

P「いいだろ、ハンバーグだって立派な夢だ!」

泰葉「子供ですね」

P「悪かったな、どうせ子供だよ」

泰葉「こうやって、普通に笑い合えるだけならいいのに」

P「友達いないとか言うなよ?」

泰葉「いましたよ、いましたけどこの世界にいるのはもう私だけです」

P「連絡、取り合ってないのか?」

泰葉「彼女らにとってこの世界は終わった世界なんです。女の子に戻るねって離れていった子に何て言えばいいんですか?」

436: 2013/07/16(火) 22:17:12 ID:UJ/7oPJ.
P「いつか離れる時は来るさ、誰だろうと」

泰葉「プロデューサーは、どうやってその寂しさを耐えたんですか?」

P「前に言ったな、未練がましく残ってるって」

泰葉「俺の方だって言ってましたね」

P「離れる寂しさより残る辛さの方がマシだって俺は思ってるから、強がりかもしれないが」

泰葉「逃げたくなりませんか?」

P「あるよ、泰葉だってあるだろ?」

泰葉「ありますよ、そんなの」

P「それでも残ってる理由を考えれば、自然と答えは出そうなものだけどな」

泰葉「……そうでしょうか」

437: 2013/07/16(火) 22:18:10 ID:UJ/7oPJ.
菜々「写真、撮れました?」

P「泰葉が撮ったのですか? えーっと、待って下さい。ああ、あった。こんなの誰に見せるんです?」

菜々「千枝ちゃんとかありすちゃんとか」

P「千枝はともかくありすがこれ見て喜びますか?」

菜々「もちろんですよ!」

泰葉「おはようございます」

P「おはよう」

女P「ああ、丁度良かった。二人共ちょっといい?」

P「何です?」

女P「一人、あんたに付かせる子を連れてくるから」

P「構いませんが、それと泰葉と何の関係が?」

438: 2013/07/16(火) 22:18:40 ID:UJ/7oPJ.
女P「別のプロダクションからの移籍組なの、だからそういう事を知ってる子に付けた方がいいかと思って」

P「まゆの手は空いてないんですか?」

女P「統括との時間を減らすのも可哀想でしょ、あんまり接点無いんだから」

P「それで、か。どうする?」

泰葉「構いません、大した事は出来ませんが」

P「いつ頃の話です?」

女P「手続きが済めばすぐにでも、名前も教えておく。えっと、ああこの子よ」

P「知ってるか?」

泰葉「いえ……聞いた事ありません」

女P「察しの通り、あまり名前は売れてない。それでもやる気はあるから鍛えてあげなさい。詳細が決まればまた連絡するから」

P「分かりました」

泰葉「この世界にまだ夢を持っている方なんでしょうか?」

P「会ってみないと分からない、けどそうであって欲しいと思う」

439: 2013/07/16(火) 22:21:53 ID:UJ/7oPJ.
「私はここで終わるね、泰葉ちゃんなら絶対に人気者になれるから。応援してるからね」

「ここまで来たけど、私はこれでおしまい……泰葉はどこまでいくんだろうね」

泰葉「いや……待って。一人にしないで!」

泰葉「夢、夢か。何で今更」

泰葉「大丈夫、私はまだここにいる」

P「おはよ、覚えてるか?」

泰葉「何かありました?」

P「ほら、移籍してくる子」

泰葉「今日なんですか?」

P「みたいだな、後で応接室までいいか? 仕事は午前だけだろ?」

泰葉「終わってから戻るまで時間かかりますよ」

P「なら俺が迎えに行くから、1時くらいにまた連絡する」

泰葉「一人でも大丈夫ですよ」

P「いい、どうせ暇だ。じゃ、また後でな」

440: 2013/07/16(火) 22:22:30 ID:UJ/7oPJ.
スタッフ「お疲れ様でした」

泰葉「お疲れ様でした、また宜しくお願いします。1時まで……もう少しあるか」

あい「おや、君もここだったのか?」

泰葉「お疲れ様です、お仕事ですか?」

あい「これからね。全く、こんなに暑いというのに秋物を着させられるんだからたまったものじゃない」

泰葉「この世界の時間は速いですから」

あい「少しばかりタイムスリップした様な気分だな」

泰葉「未来にしか行けない欠陥付きですけれど」

あい「過去に行きたいのかい?」

泰葉「いえ、何となく言ってみただけですよ」

441: 2013/07/16(火) 22:23:04 ID:UJ/7oPJ.
P「ごめんな、別に特別どうこうするって訳じゃないんだけど」

泰葉「移籍してきたって事は、この世界は長い子なんですか?」

P「と思うんだけど、俺も詳しい事は知らないんだよ」

泰葉「名前は?」

P「白菊ほたる、だそうだ」

ほたる「は、はじめまして…白菊ほたるです」

P「そんなに緊張しなくていいよ。今日からこの事務所に所属してもらう事になるんだけど、書類とかは用意してあるのかな?」

ほたる「はい、ここに」

P「白菊ほたる、13歳。前に所属していたのは……ここって」

泰葉「二ヶ月前に無くなった事務所ですね」

ほたる「はい、実はその倒産してしまいまして」

P「生き残りも激しいからなあ、その前は……えっと」

ほたる「その前も、その前も倒産してまして」

442: 2013/07/16(火) 22:23:38 ID:UJ/7oPJ.
P「倒産、か」

泰葉「どこも大きい所だったのに」

ほたる「すみません、でもその頑張りますので!」

P「軽く事務所の中とかレッスン場を回ってくれればいいから、何かあったら連絡してくれ」

泰葉「では行きましょうか。ああすみません、挨拶がまだでした」

ほたる「岡崎泰葉さんですよね」

泰葉「よく知ってましたね?」

ほたる「共演した事あるんです、その覚えてないかもしれませんけれど」

泰葉「本当?」

ほたる「はい、私は後ろの方だったんですけど。泰葉さんと他にもメインの方がいて、確かレインコートの」

「ばいばい、泰葉ちゃん」

泰葉「……雨」

443: 2013/07/16(火) 22:24:24 ID:UJ/7oPJ.
ほたる「あの、大丈夫ですか?」

泰葉「え? ええ、大丈夫。ごめんなさい、ちょっとぼーっとしちゃって」

ほたる「大丈夫ですか? 体調が悪いようでしたら休んで頂いても」

泰葉「大丈夫、何でも無いからそこまで心配しないで」

ほたる「私のせいですよね、辛そうにさせてしまって」

泰葉「ううん、覚えてる。いたんだね」

ほたる「いつか横に並べたら、と思ってました。だからこうしてお会い出来て嬉しいです」

泰葉「……そう」

ほたる「広い」

泰葉「ここがレッスン場、今は誰もいないけど多い時は50人くらいはいると思う。専属のトレーナーさんもいるから、個別にレッスンの申し込みもできる」

ほたる「本当に凄く大きな事務所なんですね」

泰葉「魅力的な人が揃ってるから」

444: 2013/07/16(火) 22:24:54 ID:UJ/7oPJ.
ほたる「これなら、潰れることはないかもしれません」

泰葉「……次、行きましょうか」

ほたる「プロデューサーさん、四人しかいないんですか?」

泰葉「付き添いで来てくれるスタッフさんはいるけど、正式にプロデューサーとして働いているのは四名だけ。本当に今でも信じられないけど」

ほたる「誰か一人でも何かあったら」

泰葉「どうなるんでしょうね?」

ほたる「さっきのあの人はスタッフさんですか?」

泰葉「いえ、あの人もプロデューサーです」

ほたる「若そうに見えましたけど」

泰葉「若い、だから四人の中だとまだ余裕は無さそうで」

ほたる「でも、凄いです。それでもそんな場所で働いてるって」

泰葉「一生懸命ではあると思います、でも」

445: 2013/07/16(火) 22:25:29 ID:UJ/7oPJ.
ほたる「でも?」

泰葉「何か違うんです、他の方とは」

ほたる「何かあったんですか?」

泰葉「多分、すぐに気づくと思います」

P「泰葉がそんな事を?」

ほたる「はい、ですから何かあったのかと」

P「実を言うと、あんまり話した事がないんだ。まあ全体の中でなら話す方だけど、俺と繋がりあるアイドルってそんなに多くないし」

ほたる「私は気付けるでしょうか」

P「あんまり気にする事ないよ、ほらここが事務所の寮」

ほたる「ここに皆さん住んでるんですか?」

P「そう、小さい子から大人まで様々だな。ああ、いた」

446: 2013/07/16(火) 22:26:28 ID:UJ/7oPJ.
千枝「ほたるさんですか?」

ほたる「はい、今日からここに入る事になりまして」

千枝「佐々木千枝です、今日は私が案内しますね」

ほたる「知ってます、凄い本当にいるんだ」

P「じゃあ、任せるな。 俺が入っても問題はないけど、あんまりいない方がいいだろ」

千枝「ああやっていつも入ってくれないんですよ、Pさんって」

ほたる「他の方もそうなんですか?」

千枝「忙しい方ですから、来るのはスタッフさんばかりです。あ、こっちが食堂です」

ほたる「広い……」

千枝「ちゃんと栄養バランスとか考えられてるみたいです、千枝もここでご飯を食べてるんですよ」

447: 2013/07/16(火) 22:26:58 ID:UJ/7oPJ.
千秋「珍しいわね、こんな時間に」

千枝「千秋さん、先日はありがとうございました」

千秋「何の事?」

千枝「先日のお食事、楽しかったです」

千秋「提案したのは私じゃないわ、礼ならどこからの誰かさんに言いなさい」

千枝「それはもう言いました、でも千秋さんにも言っておきたかったんです。これから仲良くなれると嬉しいです」

千秋「私と貴方が?」

千枝「はい、演技凄かったです」

千秋「物分りが良すぎるのも問題ね」

千枝「何の事ですか?」

千夏「ここは舞台じゃないのよ、二人共降りなさい。観客が困ってる」

448: 2013/07/16(火) 22:27:48 ID:UJ/7oPJ.
千秋「ああ、だから今日は暑いのね」

千夏「名が体を表すなら、貴方はもう少し冷めてるはずだけど」

千秋「残暑が厳しいんじゃないかしら?」

千枝「じゃあ千枝はどうなんでしょう?」

千秋「これから咲かせるんでしょ」

千夏「ごめんなさいね、慣れないうちはこの子達の言葉も分かりにくいでしょう?」

ほたる「いえ、そんな」

千枝「千夏さんは今日は?」

千夏「久しぶりのオフ。外出しようかと思ったんだけど、新作があるからって引き止められてて」

千枝「誰にですか?」

千秋「眼鏡よ」

449: 2013/07/16(火) 22:28:50 ID:UJ/7oPJ.
千枝「ああ……」

ほたる「眼鏡?」

千秋「今日から入るんでしょう? 今日くらいは逃げておいた方がいいわ、初めてだと疲れるから」

千枝「へ、部屋に案内します」

千夏「凄い言われようね」

千秋「当然よ」

千夏「拘り、という点では貴方も負けてないと思うけど?」

千秋「何が言いたいの?」

千夏「いいえ。ただ私が思ったよりプロデューサーの事、気に入ってたのねと思って」

千秋「負けるのが嫌いなだけよ、もう帰るから」

450: 2013/07/16(火) 22:29:56 ID:UJ/7oPJ.
千枝「ここが部屋です。鍵は……あった、これです」

ほたる「こんなすごい部屋、皆さん同じなんですか?」

千枝「はい、ちなみに私の部屋はこっちです。荷物、片付けたら私の部屋に来て下さい。色々とお話しましょう。じゃあ、お待ちしてますから」

ほたる「……いいのかな、私なんかにこんな凄い場所」

千枝「泰葉さんと共演した事があるんですか?」

ほたる「はい、前の前の事務所の時ですけど」

千枝「泰葉さんって、昔から真面目な人だったんですか?」

ほたる「凄いなって後ろから見てただけですから、憧れの人です」

千枝「それでこの事務所に来たんですか?」

ほたる「それは、ちょっと違うんです」

千枝「他に何かあるんですか?」

451: 2013/07/16(火) 22:30:35 ID:UJ/7oPJ.
あい「私が入っても潰れないと思ったから、とはね」

P「お褒めに預かり光栄ですね」

あい「しかし広い様で狭い世界だね、全く」

P「泰葉とほたるですか」

あい「私からすれば二人とも大先輩だよ」

P「経験だけが全てでもありませんよ」

あい「それでも敬服するよ、あの若さで生き残ってきたんだ」

P「それを本人達があまり自覚していないのはちょっと問題なんですけどね」

あい「難しいさ、自分を客観的に評価するというのは」

P「大人だって出来ませんよ」

あい「君は及第点だと思うが」

P「まさか、しかしここまで増えると人員不足が深刻だ」

452: 2013/07/16(火) 22:31:06 ID:UJ/7oPJ.
あい「どこからか引き抜いてくるかい?」

P「面接でもしますか? 面接官はあいさんで」

あい「無理だ」

P「謙遜は似合いませんよ」

あい「君以上のプロデューサーを探すのは至難だよ」

P「俺が気障な台詞を吐くようになったのって、絶対あいさんの影響だ」

あい「私はその何倍も受けているんだ。一応、お互い様さ」

P「さて、到着。後は宜しくお願いします」

あい「事務所に戻らないのかい?」

P「ええ、ちょっと局の人間と打ち合わせを」

あい「嬉しそうだね、大きな仕事かい?」

P「ええ、とっておきの仕事です」

453: 2013/07/16(火) 22:31:55 ID:UJ/7oPJ.
聖來「ドラマ化決定おめでと」

千秋「棒読みね、失格」

聖來「相変わらずの愛想の悪さ」

千秋「こういう役だもの」

P「はは……しかし凄いね。二夜連続の特別ドラマスペシャルなんてさ」

ゆかり「また一緒にお仕事できますね」

聖來「キャストの変更とかないの?」

P「ちょい役とかで事務所の誰かが出る事になるかもしれませんけど、主演二人とありすは確定ですね」

千秋「この人以外なら誰でもいいわ」

聖來「私のインタビューのお陰とは思ってないのかなあ?」

千秋「色々と期待を裏切ってたわね」

454: 2013/07/16(火) 22:32:27 ID:UJ/7oPJ.
P「いいインタビューだったじゃないですね、予想に反して」

ゆかり「凄く真面目でしたね」

聖來「私ってどんなキャラなの?」

P「もっと弾けたものかと思ってたんですが」

聖來「あのねえ……」

ゆかり「撮影、見に来て下さいね」

聖來「この前の鎌倉の顔は出したの?」

P「一応、珠美と三船さんの撮影はチェックを」

ゆかり「どうでした?」

P「綺麗だったよ、何度か行ってるけどあそこは東京から近くて行きやすいし」

455: 2013/07/16(火) 22:32:58 ID:UJ/7oPJ.
聖來「肇ちゃんのも行ったんでしょ?」

P「行かないと煩いのが揃ってましたから」

聖來「加蓮ちゃんのは?」

P「……都合が合わなくて」

千秋「はあ……」

聖來「また?」

ゆかり「何かあるんですか?」

千秋「トレーナー時代に受け持ってたのよ、この子」

聖來「なのにプロデューサーになってから全く仕事で絡まなくなってね」

ゆかり「三人って誰です?」

聖來「輿水幸子、北条加蓮、神谷奈緒」

ゆかり「凄い人達……」

P「俺が関わらなくたって大丈夫ですから、というか事務所で顔を合わせたら話してますよ」

456: 2013/07/16(火) 22:33:40 ID:UJ/7oPJ.
聖來「……少しは会いに行ってあげなよ、見てるこっちが辛い」
――

Pそんな事、言われてもな……もうこんな時間か。切り上げてそろそろ……何だ、今日もか」

のあ「……」

P「屋上に誰かいるなって思ったらやっぱり貴方でしたか」

のあ「分かってたわ」

P「俺が来るのが、ですか?」

のあ「いえ、分かっていたのは貴方の方」

P「……今日は曇りですよ、のあさんには何か見えてるのかもしれませんけど」

のあ「……P、貴方の心は?」

P「ここまで曇ってませんよ、快晴とはいきませんが」

のあ「wish upon a star」

P「願いなんて一つだけですよ、いつも」

457: 2013/07/16(火) 22:34:26 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「眠れませんか? 珍しいですね、部屋の外で空なんて見上げて」

ありす「そういう訳じゃ、ないんですけど」

泰葉「プロデューサーがいないからですか?」

ありす「違います!」

泰葉「そんな真に受けなくても分かってます、ドラマになるそうですね」

ありす「この舞台をして、少しだけ分かったかなって」

泰葉「女優として、ですか?」

ありす「違う世界で、違う誰かになって、違う名前で呼ばれて。夢だったんです、この名前が嫌いだったから」

泰葉「その名前がですか?」

ありす「いつもこの名前を呼ばれる度、私は嫌な気持ちになって。いつしか、誰も私の名前を呼ばなくなりました。でもそれで私は何とも思いませんでした、それでいいんだって思ってましたから」

458: 2013/07/16(火) 22:35:02 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「変わったんですか?」

ありす「演じてみて、やっぱりこれは私じゃないなって。きっとこれからも色んな人になって、色んな名前になっても私は他の誰かにはなれない」

泰葉「確かに、それはそうです」

ありす「だから向き合うしかないって、改めてそう思いました。どう向き合えばいいのか分かりませんけど、今は一緒に歩いて名前を呼んでくれる人がいますから」

泰葉「最初に出会ったプロデューサーがあの人でよかったですね」

ありす「……うん」

泰葉「私もこの世界で最初に会えていたら、何か変わってたのかな」

459: 2013/07/16(火) 22:35:34 ID:UJ/7oPJ.
ほたる「うわあ……」

雪乃「どうされました?」

ほたる「いえ、カフェなんであるんだなあって」

雪乃「この事務所の売りの一つですわ、初めて来た方は驚かれますけど」

ほたる「自由に使えるんですか?」

雪乃「ええ、桃華ちゃんも認める紅茶。いかがですか?」

ほたる「えっと、お金」

雪乃「いえ、ここは私からの歓迎ということで」

ほたる「ありがとうございます」

雪乃「お砂糖は?」

ほたる「では、一つ」

460: 2013/07/16(火) 22:36:05 ID:UJ/7oPJ.
雪乃「どうして紅茶に砂糖を入れるようになったか、ご存知ですか?」

ほたる「美味しいからじゃないんですか?」

雪乃「私もそう思って、調べてみたんです。そうしたら」

女P「砂糖も紅茶も昔は非常に高価で、それらを組み合わせて飲む事が当時の貴族のステータスとなっていたから」

雪乃「……と、いうことですわ」

ほたる「お、おはようございます」

女P「何で私がここに来たか分かるわね?」

雪乃「お仕事でした?」

女P「……まあ、そのほんわかさも魅力だから別にいいけれど。ごめんなさいね、お邪魔して。じゃあ行きましょうか」

雪乃「また、ゆっくりね」

ほたる「はい。皆さん、忙しいんだな」

461: 2013/07/16(火) 22:37:10 ID:UJ/7oPJ.
P「……」

女P「どうしたの? 難しい顔して」

P「ああ、ほたるに仕事の依頼が来てまして。それも泰葉とセットで」

女P「こんなに早く?」

P「前の事務所でもしていた仕事なのかどうなのか判断が付かなくて、保留にしてるんですよ。彼女は今日は特に予定を入れてませんから」

女P「さっきカフェで雪乃と話してたわよ、引き離しちゃったけど」

P「カフェ?」

女「色々と見てるんじゃない、ここ他の事務所と違うから」

P「まあ、施設は豪華ですね」

女P「それだけじゃない」

P「それだけじゃないって、他に何が違うんです?」

女P「じゃ、出てくるわね」

P「先輩といい、あの人といい……」

462: 2013/07/16(火) 22:38:22 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「これが私達への仕事の依頼ですか?」

P「まだ何の返事もしてない、まあ二人に依頼が来た意味は何となく分かるけどな」

ほたる「どういう事ですか?」

泰葉「軽い色物として見られているのかもしれません」

P「そこまでは言わないけど、ウチで移籍組が珍しい事は確かだよ。まあ、統括を追いかけてきたまゆなんて例外はいるけど」

泰葉「この年齢で事務所を変わるなら、何かしらの理由は詮索されますから」

ほたる「疫病神とか、ですね」

P「……内容は二人で撮影だな、二年前の再現みたいだけど」

泰葉「残っているのが二人だけですから」

P「本当かと思って調べさせてもらったけど、思ったより入れ替わりが激しいんだな。不勉強だった」

ほたる「あんなにたくさんいたのに」

泰葉「そんなものですよ」

463: 2013/07/16(火) 22:38:58 ID:UJ/7oPJ.
P「再出発とか、そういう表現をされる様な仕事は大丈夫かどうかなんだ。もちろん、君が嫌だと言うならそう言ってくれて構わないし、だからといって対応を変える気はない。こちらとしてはいきなり来た話だし、断るなら断るで予定通り君のプロデュースは進めていくつもりだよ」

ほたる「私は構いませんが……」

P「泰葉はどうだ?」

泰葉「回答の期限は?」

P「明日までだ、できれば朝に答えは欲しい。スケジュールの調整もある」

泰葉「分かりました、少し考えさせてもらいます」

ほたる「私とお仕事、嫌なんでしょうか」

P「違う。ぶつかってるかな、雛祭りで多少は吹っ切れたみたいだったけど」

杏「元気ないよね」

P「……お前のそのぐうたらさを分けてやったらどうだ?」

464: 2013/07/16(火) 22:39:29 ID:UJ/7oPJ.
杏「勝手に持って行って」

P「とりあえず、そのソファはお前の私物じゃないからな?」

杏「うん、だからずっといないとね」

P「さっきの全部、そこで聞いてたのか?」

杏「寝てたら勝手に始まったんだよ、聞きに行くほど杏は暇じゃないしね」

P「なあ杏、一つ頼んでいいか?」

杏「飴は?」

P「三つで」

杏「内容次第」

465: 2013/07/16(火) 22:41:05 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「何を躊躇ったんだろう……選べる立場でもないのに」

美憂「暗い顔」

泰葉「え?」

美憂「鎌倉から帰ってみたら、辛そうな顔してるからどうしたのかと思って」

泰葉「すみません、そうですね」

美憂「私、いない方がいい?」

泰葉「そんな、全く……邪魔なのは私の方です」

美憂「ちょっと、座りましょうか」

泰葉「……」

美憂「これ、鎌倉からのお土産」

泰葉「ありがとうございます、和菓子ですか?」

466: 2013/07/16(火) 22:41:52 ID:UJ/7oPJ.
美憂「そう、あの若いプロデューサーさんに薦められて」

泰葉「そう、なんですか」

美憂「犬の話をしたの、雨の日だから思い出しちゃって」

泰葉「飼ってたんですか?」

美憂「そう、ゴールデンレトリバー。子供だった私には大きくて、頼もしくて、大好きだった」

泰葉「何か、簡単に想像できます」

美憂「雨が好きで、その度に私は散歩に行こうってせがまれて。雨の日は夏でも冬でも散歩に行ってた」

泰葉「今日の天気みたいな日ですね」

美憂「引っ張り回されるから傘もさせなくて、いつもレインコートを着て。いつしか、今日はどのレインコートにしようかって私も楽しみになってて」

泰葉「美優さんなら、何を来ても似合ってますよ」

467: 2013/07/16(火) 22:42:36 ID:UJ/7oPJ.
美憂「ありがと、一時期は何着も持ってた。普通の服よりそっちを選ぶのに一生懸命になって……もう、着る事もなくなっちゃったけど」

泰葉「役目を終えたんですね、どちらとも」

美憂「最後まで一生懸命に生きてくれたから、でも雨の日は少し切なくなって。紫陽花を見たら余計に、一緒に歩いてきたから」

泰葉「そうして皆、いなくなってしまうんですね」

美憂「って、思ってたんだけどね。泰葉ちゃんを見て変われたの」

泰葉「私を?」

美憂「レインコートの事もいつしか記憶の片隅に行ってしまってたんだけど、見かけたんだ。泰葉ちゃんがそのレインコートを着てる」

泰葉「レインコート……あの時の」

美憂「ああ、まだあるんだなって懐かしくなって。私と同じように散歩してる子もいるのかなって、嬉しかった」

468: 2013/07/16(火) 22:43:19 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「そんな、積み重ねのある物だったんですね」

美憂「ごめんね。話そうとは思ってたんだけど、前の事務所のお仕事だから」

泰葉「……いえ」

美憂「でも、そんな顔を見たら話したくなって」

泰葉「……私も一緒に歩いてきた人がいました、デビューからずっと」

美憂「その子は?」

泰葉「生きてますよ、どこにいるかは分かりませんけど」

美憂「別々の道を歩んでるんだ」

泰葉「考えないようにしてたんですけど、夢に出てきたんです。久しぶりに」

美憂「楽しい夢なら良かったのにね」

469: 2013/07/16(火) 22:43:52 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「この事務所は楽しいです。はっきり言ってしまえば、前の事務所よりも遥かに。だからこそ、このままでいいんだろうかと」

美憂「それは、泰葉ちゃんが思い詰めることじゃ」

泰葉「過去の全てを置き去りにしてもいいんだろうかって、挙げ句の果てには最初からこの事務所にいたらなんて思い始める始末で」

美憂「私はここしか知らないけど、恵まれてるのかな」

泰葉「橘ありすって子をご存知ですか?」

美憂「ええ、何度か会った事もあるから」

泰葉「その子が言ってました、違う自分になろうとしても他の誰かにはなれないって」

美憂「それも、積み重ねなんでしょうね」

泰葉「あの若さでそれをきちんと分かるって事に嫉妬して、その環境が羨ましくて。だからきっと、私はこんな顔をしてるんでしょうね」

470: 2013/07/16(火) 22:44:33 ID:UJ/7oPJ.
美憂「一人で責めても、きっとその子は」

泰葉「そのレインコートの撮影の仕事が来ました。彼女のいない、新しい場での」

美憂「そう……それで悩んでたの」

泰葉「受けてしまえば、本当にあの時は過去になる。振り切らないといけない事と分かっていても、何かが私を引きずっているんです」

美憂「難しいね、本当に」

泰葉「私は、どうすればいいのかな」

千佳「あ、いた!」

美憂「千佳ちゃん?」

千佳「ずっと渡そうと思ってたのに会えなかったから、ちょっと待ってて!」

美憂「何かあったの?」

泰葉「最後に会ったの雛祭りの時ですから、私にもさっぱり」

千佳「あのね、これあの時の後に書いたんだよ!」

471: 2013/07/16(火) 22:46:22 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「これ、私?」

千佳「うん、すっごくかっこよかったから。千佳、頑張って書いたんだよ」

美憂「うん、とても綺麗。上手だね」

千佳「本当!? えへへ」

泰葉「……ありがと」

千佳「じゃあまたね! また一緒におしごとできるといいね」

泰葉「あの子には、私はこんな風に見えてるんでしょうか」

美憂「そのレインコートだけど、もう一つお話があるの」

泰葉「もう一つ?」

美憂「私、そのレインコートを着てる人に会ったの。つい最近の事なんだけど誰か分かる?」

泰葉「まさか」

美憂「何でだろうね、彼も何も言わなかったけどもしかして知ってるのかもね」

泰葉「……」

472: 2013/07/16(火) 22:46:54 ID:UJ/7oPJ.
ほたる「来ないですね」

P「一言、やりますって言われてから俺に顔を見せてないからな」

杏「大丈夫だと思うよ、さぼる訳ない」

P「まあ、俺もそう思うが」

ほたる「私とは嫌なんでしょうか」

P「まさか」

泰葉「おはようございます」

P「おはよう、スタジオまで少し距離あるから」

泰葉「ええ、ですから少し歩きませんか?」

P「ここからか?」

泰葉「はい……出来れば二人で」

473: 2013/07/16(火) 22:47:25 ID:UJ/7oPJ.
杏「タクシー使える?」

P「経費で落とす」

杏「じゃ、決まりだね」

ほたる「あの」

P「大丈夫、悪い事にはならないよ」

ほたる「先、待ってますから」

P「さて、舞台は整ったぞ」

泰葉「探しました、二年前の写真」

P「今日の仕事の参考にか?」

泰葉「今の私はあの頃から、少しでも成長できたかと」

P「それで、どうだった?」

泰葉「変わってないなと」

474: 2013/07/16(火) 22:49:05 ID:UJ/7oPJ.
P「まあ、人間そう簡単に変われたら苦労しないさ」

泰葉「レインコートを着たあの頃のまま、私の二年間が過ぎていきました」

P「無駄だったって思うのか?」

泰葉「いえ、覚悟を決めるにはそれ位の時間が必要だったんですよ。プロデューサーが何を考えているかも分かってましたし」

P「お見通しか、流石だな」

泰葉「分からない事だらけですが、分かった事もあるんです」

P「例えば?」

泰葉「今、抱えている問題に対して答えを出すのは今じゃなくてもいいんだって」

P「まあ、人生掛けて出るか出ないかって問題だしな」

泰葉「だから辞めたんです」

P「何を?」

475: 2013/07/16(火) 22:49:59 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「一人で歩くのは疲れますから」

P「……そうだな」

泰葉「少しずつ皆、変わっていく。それはあの時も、その後の舞台を見ても感じていた事で、無理に変わろうとする必要もない事なんだと」

P「そうか」

泰葉「誰かと歩けば、またいつか一人になる。でも、誰かと歩いた記憶が私の歩を進ませる」

P「お、その言葉はインタビューに取っておいて欲しかったな」

泰葉「もう少しゆっくり歩いて下さい、私の歩幅は狭いんです」

P「はいはい」

476: 2013/07/16(火) 22:50:38 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「この扉の先ですね」

P「そ、何が待ってるか予想はついてるんだろ?」

泰葉「細かいメンバーまでは分かりません」

P「お察しの通りさ、簡単に衣装を用意できるわけでもない。ま、無理を通す為に大物にもご足労願ったけどな」

泰葉「飴、何個でした?」

P「5個だったよ」

477: 2013/07/16(火) 22:52:27 ID:UJ/7oPJ.
美世「お、来たね今日の主役」

唯「Pちゃん、急にお仕事だって言うからびっくりしちゃった☆」

響子「部屋の中でこの格好って何か不思議ですね」

泰葉「やっぱり」

P「皆、乗り気でさ」

泰葉「本当に、この事務所は」

珠美「P殿!」

P「よう、どうしたそんな顔を真っ赤にして」

珠美「見て分かりませんか!?」

P「分からん」

珠美「これはどう考えても女子高生の着るレインコートではありません」

P「うん」

478: 2013/07/16(火) 22:53:58 ID:UJ/7oPJ.
珠美「ほら、響子さんや唯さんの様な物が珠美にもあるはずです」

P「自分で言ったろ、一部の愛好家から人気があるって」

珠美「うぐ……ですが」

美世「たまちゃん充分に可愛いけどなあ。小さいっていい事だよ、小回りも利くし」

珠美「車とアイドルを同じにしないで下さい!」

唯「ねえPちゃん、ちなったんは?」

P「残念ながらお仕事」

唯「そっかーざーんねん。たまみーん! これ着てみてー!

珠美「手持ち無沙汰だからといって珠美を玩具にするのは辞めて下さい!」

響子「もう使わないだろうなって思ってた衣装にこんな出番があるなんて」

P「いや、こっちとしても予定外だけど。どうせあるならってね」

響子「先輩方とお仕事できますから、私としても大歓迎です」

479: 2013/07/16(火) 22:55:43 ID:UJ/7oPJ.
P「鎌倉も色々とあったけど、いい終わりになるかな」

ほたる「プロデューサーさんから人数を増やすって言われた時、躊躇ったんです」

泰葉「また皆、いなくなってしまうから?」

ほたる「だから、まだこの世界にいる泰葉さんと会えて嬉しかったです。でも……」

泰葉「大丈夫、彼女達はいなくならない。少なくとも私達がこの世界にいる限り」

ほたる「泰葉さんが言うならそうかもしれません」

泰葉「あの人は、誰も見捨てられない人だから」

ほたる「プロデューサーさんですか?」

泰葉「……そういう人だから」

480: 2013/07/16(火) 22:56:13 ID:UJ/7oPJ.
杏「前よりはいい顔」

泰葉「自分から仕事に顔を出すなんて明日は雪?」

杏「多分ね」

泰葉「最初は、この事務所でしっかりと仕事をしようって無我夢中で進んでたんだ」

杏「尊敬に値する、絶対に無理」

泰葉「なのに、雛祭りの後から段々と後ろめたくなってきた。何でだろうって自分に問いかけ続けて、やっと分かった」

杏「仕事なんて張り切るものじゃないって事だよ」

泰葉「ふふっ杏さんらしい」

杏「真理」

泰葉「私、楽しいんです」

杏「狂気だ」

泰葉「とっても楽しい。それを認めるのが怖くて、でも認める事にしたんです」

481: 2013/07/16(火) 22:56:50 ID:UJ/7oPJ.
杏「あのプロデューサーの影響?」

泰葉「はい」

杏「ああ、もうこれで何人目の犠牲者なんだろ」

泰葉「多分、全て分かってて気づくまで待ってくれたんだと思います。気づけたのは曖昧な答えですけど」

杏「後悔するよ」

泰葉「大丈夫です、その時も私は一人じゃありません」

杏「ま、好きにしたらいいよ。そこはお互い様って事で」

泰葉「……二年前の写真を見て見つけたのは、私とほたるちゃんだけじゃないんですよ。Pさん」

杏「ん? 何か言った?」

泰葉「いえ……何でもありません。さて、頑張りましょうか」

482: 2013/07/16(火) 22:57:40 ID:UJ/7oPJ.
P「……あれは気付いたって顔だな、まあいいけど。あいつに関しては時間の問題だったし」

カメラマン「すみません、遅れまして」

助手「失礼します!」

泰葉「あれ?」

ほたる「あの人……」

P「……あいさんの言う通りだ、この世界は狭い。本当に狭い」

カメラマン「ああ、今日からの新人です。練習は積んでいますからご心配なく、いいのを撮りますよ」

助手「はい、宜しくお願いします。久しぶり、泰葉ちゃん」

泰葉「……何で……どうして……?」

助手「反対側から見たらどうなもんかなって思ってね、頑張ってるね。それでこそ私のライバル」

泰葉「そっか、うん。頑張ってるよ、私」

助手「三人共、ぼやぼやしてたら追い抜くからね」

483: 2013/07/16(火) 22:58:38 ID:UJ/7oPJ.
ほたる「三人?」

泰葉「そうですね、Pさん?」

P「俺に振るなよ……元気そうで何より」

助手「どうも、まさか一緒にいるなんてね」

ほたる「お知り合いですか?」

P「うーん……以前に仕事で」

泰葉「嘘ではありませんね」

助手「折角だし、最初の一枚。三人にしよっかな」

P「おい、俺を入れるのか」

助手「他に誰がいるの? ね?」

泰葉「来て下さい、小さな一歩です。私達の」

P「ったく、絶対に公開するなよ」

助手「しないって、ほらもっと近づいて」

泰葉「一緒に並ぼ、きっと記念になる」

ほたる「はい、宜しくお願いします」

484: 2013/07/16(火) 23:00:03 ID:UJ/7oPJ.
泰葉「Pさん。私、アイドルになれてよかった」

P「その変わり身の速さはどっから来たんだ?」

泰葉「ちょっとしたきっかけで……人は変わることができるのかなって」

P「そんなきっかけあったのか?」

泰葉「内緒です」

助手「あ、いい顔。シャッターチャンス!」

終わり、次の更新は30日を予定しています。それまで自分で保守します。

485: 2013/07/17(水) 01:31:20 ID:KfHizWbI
乙乙乙

引用元: ありす「心に咲く花」