493: 2013/07/30(火) 23:07:45 ID:0Og5kcVQ
モバマス連作短編10 ありす「名前をなくした少女」

物心がついた頃から私はこの名前が嫌いだった

誰かと違う、それだけでこの世界で生きるのは難儀で一苦労だ

こんな事ならいっそのこと、名前なんてなければよかったのに

P「いや、確かに奢るとは言ったが……」

薫「すごーい!」

P「いつまで食べるんだ?」

茜「体力の続く限り!」

P「……好きにしてくれ、もう」

薫「せんせぇこのウインナーおいしい!」

P「保育園に訪問して最終的に園児の体力が尽き果てるって、オンエアされるのかな」

茜「大丈夫! 皆、笑顔でしたから!」

P「笑いながら倒れてったな」

茜「笑顔が一番です!」
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(8) (電撃コミックスEX)
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(8) (電撃コミックスEX)

このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの世界観を元にしたお話です。
複数のPが存在し、かつオリジナルの設定がいくつか入っています。
連作短編の形をとっており、
前のスレを読まないと話が分からない事もあるかと思います。

検索タグ:ありす「心に咲く花」

その為、最初に投下するお話は事前情報なしでも理解できる構成としました。
こんな雰囲気が好きだなと少しでも感じて頂けた方は前スレも目を通して頂ければ 嬉しく思います。
それでは、投下を開始します。
494: 2013/07/30(火) 23:08:49 ID:0Og5kcVQ
P「食べるか喋るかどっちかにしろよ。薫、それは食べれないからな」

薫「だめなの?」

P「パセリは薫にはまだ早い」

薫「食べる!」

P「あ」

薫「う……」

P「ほら言ったろ、口開けて」

薫「あー」

P「取れた、と。そういえば、嫌いな物って」

茜「ふぁい?」

P「……なさそうだな」

茜「ご馳走様でした!」

薫「ばいばーい、またいっしょにたべようね!!」

P「はいはい、気を付けてな」

495: 2013/07/30(火) 23:09:09 ID:0Og5kcVQ
礼子「こんばんは」

P「礼子さん? あれ、確か」

礼子「時間が空いたから来てみただけよ、今日でしょう?」

P「お手柔らかにお願いします、しかし礼子さんも出るんですね」

礼子「そこまで目立つ気はないわよ、これはあの子の為の物語」

P「そう思いますか?」

礼子「そんな気がするわ、その封筒じゃない?」

P「ええ、そうみたいですね。どうぞ」

礼子「まずはPくんが開けなさい」

P「いいんですか?」

礼子「譲ってあげるわ、折角の機会だから」

496: 2013/07/30(火) 23:11:48 ID:0Og5kcVQ
P「やっぱり台本ですね、三冊」

礼子「あの子と私以外に誰が出るの?」

P「クラリスさんですよ」

礼子「私が世間からどんなイメージを持たれてるか思い知ったわ」

P「お似合いですよ」

礼子「一応、素直に受け取っておくわ……やっぱりあの子の為の物語ね」

P「ですね、製作者側はそう思ってないんでしょうが」

礼子「できるのかしら?」

P「できるできないではなく、必要だと思ってます。成長するためにも」

礼子「私もいい機会ね、ここまで年の離れた子を相手にお芝居するってないのよ」

P「母親役……はちょっと似合いませんね」

礼子「この事務所で子供がいそうな子がいたら問題じゃない?」

P「それはそれで俺は構いませんけど」

礼子「どんな子でもトップにできる?」

497: 2013/07/30(火) 23:13:21 ID:0Og5kcVQ
P「その子次第です、と逃げておきます」

礼子「今回は悪魔の役、しっかりと惑わせてあげる」

P「楽しみにしてますよ」

礼子「あら、ここでもいいのよ」

P「ははは……ほら、もうこんな時間ですし」

礼子「残念ね、台本は頂いていくわ」

P「はい、スケジュールが決まったら連絡入れますから」

礼子「ばいばい、子猫ちゃん」

P「……絶対に勝てないな」

498: 2013/07/30(火) 23:14:48 ID:0Og5kcVQ
ありす「これが、今回の劇ですか」

P「キャストは三人だけ、台本は読めば分かるが」

ありす「分かってます、一つの物語として演じるだけです」

P「小さな劇場だし公演期間は三日間、事務所の人間だけの劇だからそこまで緊張はないだろうが」

ありす「これ、プロデューサーが取ってきたんですか?」

P「いや、こういう舞台を作りたいって製作者側からの依頼だよ。俺は配役に関して何も関わってない」

ありす「名前」

P「そうだな、この劇のテーマと言ってもいい。主役は自分の名前が嫌いだからな」

ありす「人と違う名前を憎み、願いと引き換えに悪魔に名前を渡した」

P「もう読んだのか? 台本を渡されたの今朝だろ?」

ありす「そこまで長い話ではありませんし、何より主役は私です」

P「あんまり気負わないようにな。すまん、ちょっと席を外す」

499: 2013/07/30(火) 23:16:12 ID:0Og5kcVQ
茄子「それが、今回の舞台の台本ですか?」

ありす「はい?」

茄子「橘さんの舞台の台本ですよね?」

ありす「あの、すみません」

茄子「あ、鷹富士茄子です。知ってますか?」

ありす「はい。多分、この事務所で一番」

茄子「本当ですか? 嬉しいです!」

ありす「……それでどうしたんですか?」

茄子「いえ、できたらその台本を読ませてもらえたらな~なんて」

ありす「構いません、後で宜しければですが」

茄子「よかった、ありがとうございます」

500: 2013/07/30(火) 23:17:29 ID:0Og5kcVQ
ありす「一つ、条件があります」

茄子「条件ですか? 出来ることがあれば何でも言って下さい」

ありす「分かりました、なら――」

P「悪かったなありす。茄子さん? お疲れ様です」

茄子「はい、お疲れ様です。お仕事中に邪魔してごめんなさい、また後で来ます」

P「俺、邪魔だったか?」

ありす「違います、寧ろ」

P「どうした?」

ありす「苺狩りに行った時、プロデューサーは珍しい名前のアイドルを何人か挙げましたよね」

P「ん? ああ、そんな事も言ったな」

ありす「実はあれから、赤城さんと話したんです。名前について」

P「へえ、何を話したんだ?」

ありす「名前、好きですかと」

501: 2013/07/30(火) 23:19:42 ID:0Og5kcVQ
P「本題から入ったのか」

ありす「11歳相手に小細工してどうするんですか」

P「というか、ありすに小細工できるのかって話だな」

ありす「むう」

P「それで、どうだった?」

ありす「かわいいでしょ! って言われました」

P「……なあ、今の」

ありす「聞かなかった事にして下さい」

P「特に何も言われないならそんなもんじゃないのか」

ありす「ちなみにきらりさんですが」

P「え、聞いたの?」

ありす「いけませんか?」

P「いや、いいんだが……」

502: 2013/07/30(火) 23:22:18 ID:0Og5kcVQ
ありす「聖來さんから聞きましたが、プロデューサーはあんまり近づかないそうですね」

P「俺にだって安っぽいプライドの一つや二つあるんだよ」

ありす「もやしも買えませんね」

P「……悪かったな、きらりは気にしてないだろ。身長だって武器にしてるんだから」

ありす「その通りでした、何か抱きしめられてどこかに連れて行かれそうになりましたけど」

P「そこまでやってるって事はのあさんにも聞いたのか?」

ありす「聞きました。それで、メモを取ったんです。聞いただけでは分からなかったので」

P「メモ?」

ありす「はい、これなんですけど」

P「ふうん、なるほどね」

ありす「どういう意味なんですか?」

P「自分で分かるまで取っておけ、その方がいい」

ありす「秘密ですか」

503: 2013/07/30(火) 23:23:55 ID:0Og5kcVQ
P「まあな。そういえばさっきのって、茄子さんにも聞こうとしてたのか」

ありす「いえ、また別の話を」

P「別? 変な話して茄子さんを困らせるなよ」

ありす「分かってます、練習はいつからですか?」

P「調整中だけど、一か月も取れないだろうなあ。一時間に満たない劇だし」

ありす「プロデューサーは来れますか?」

P「時間は取る。全ては見れないけど、本番は絶対に見るよ」

ありす「それは当然です、プロデューサーなんですから」

P「っと、今日はよく電話が掛かってくる日だな」

ありす「とりあえず全て読んでしまいますから、気にせず仕事してて下さい。時間になったらレッスンに行きますから」

P「悪い。はい、CGプロのPですが――」

504: 2013/07/30(火) 23:26:27 ID:0Og5kcVQ
ありす「名前、か」

桃華「冷静ですわね」

ありす「意外ですか?」

桃華「正直に申し上げれば、もう少し駄々をこねるかと思っていましたわ」

ありす「そんな事しません」

桃華「何か心境の変化でもありましたの?」

ありす「下を向いていたら置いて行かれますから」

桃華「そう、頑張って」

ありす「素直な応援なんて似合いませんよ」

桃華「貴方に強がりも似合いませんわ」

ありす「強がりじゃありません」

桃華「そういう事にしておきますわ」

505: 2013/07/30(火) 23:27:55 ID:0Og5kcVQ
P「お見事、相変わらずいい音色だ」

クラリス「ようこそ、お祈りは済ませました?」

P「これから。はい、お届け物です」

クラリス「舞台の上とはいえ、私にこの様な役が巡ってくるとは」

P「受け取るかどうかはクラリスさん次第ですよ」

クラリス「謹んでお引き受け致します」

P「ああ、一つ聞いていいですか?」

クラリス「懺悔ですか?」

P「それはまたの機会にしておきます、始めたら日が暮れる」

クラリス「そうは思いませんが……では、何でしょう」

P「名前って何だと思います?」

クラリス「名前、その個人を区別するため。といった答えを期待されているのではない様ですね」

P「いえ、別にそれでも構いません。ただの世間話ですから」

506: 2013/07/30(火) 23:28:59 ID:0Og5kcVQ
クラリス「愛です」

P「なるほど、らしい答えですね」

クラリス「神様からの、と言いたいところですがそれが全てとも思いません」

P「いいんですか? 教会なのに」

クラリス「それで神がお怒りになるなら、アイドルなどできません」

P「確かに、その時は俺も一緒に頭を下げます」

クラリス「名は、その方への祈りにも似た願いです。健やかにこの世界で育つようにと、その形は様々あれど思いは同じです」

P「なら、クラリスさんはこの物語の主人公は嫌いですか?」

クラリス「迷う者を導くのもまた、神の御業です」

P「クラリスさんは自分の名前をどう思ってます?」

507: 2013/07/30(火) 23:32:25 ID:0Og5kcVQ
クラリス「そうお聞きになるという事は、あまり自分の名前に良い感情を持ってはいないのですね」

P「まあ、そうなりますかね」

クラリス「私にとって名は神と両親から与えられたもの、感謝以外の言葉はありません」

P「俺も、そう思える日が来るでしょうか」

クラリス「大丈夫ですよ」

P「神のお導きですか」

クラリス「いえ、いつか必ず現れます。あなたと、真正面から向き合おうとする誰かが」

P「そんな奇特な人がいますか?」

クラリス「います、必ず」

508: 2013/07/30(火) 23:35:39 ID:0Og5kcVQ
千枝「あ、ありすちゃん帰ってきたんだ。それ、台本?」

ありす「うん、そう」

千枝「凄いね、もう主演なんて」

ありす「小さい所だから。それ、手紙?」

千枝「うん、お父さんとお母さんに」

ありす「そう、なんだ」

千枝「最近はこういう事したんだーって、電話でもいいんだけどそれだけじゃ寂しいから」

ありす「……」

千枝「ありすちゃんはお話とかする?」

ありす「私は……あんまり」

千枝「忙しいと、そうなっちゃうよね」

ありす「別にそういう訳でもないんだけど」

千枝「……千枝、初めてお仕事でステージに立った時お父さん達を呼んだんだ」

509: 2013/07/30(火) 23:37:00 ID:0Og5kcVQ
ありす「歌ったの?」

千枝「ううん、本当にちょっとした役。予定はもう少し出番があったんだけど、取られちゃって」

ありす「取られた?」

千枝「うん。それはそれで仕方がない事だったんだけど、Pさんが」

ありす「背負い込んだ」

千枝「当たり。ごめんなって、千枝に謝ってお父さん達に頭を下げて。何だかそういうの見てたら泣いちゃって」

ありす「何か、想像つかない」

千枝「千枝もパニックになっちゃって、もうわんわん泣いた。Pさん悪くないから、怒るなら千枝を怒ってって縋り付いて。今になって思うと、
   やり過ぎたかなって気がするんだけどその時はそんな余裕なかった」

ありす「それで、お父さんは?」

千枝「ここまで千枝を連れてきてくれてありがとうございます、って本当に笑ってそう言ったの。驚いて涙が止まっちゃった、そんな事を言う人だと思って
   なかったから」

ありす「厳しい人っていうこと?」

510: 2013/07/30(火) 23:38:08 ID:0Og5kcVQ
千枝「うん、千枝から見れば。それ聞いてPさんも必ずこの子の望む場所まで連れて行きますなんて真っ直ぐお父さんを見て、
   それから千枝を見て頑張ろうなって笑って。何か……うん、この人でよかったって心から思った」

ありす「あの人ならやりかねないけど」

千枝「だから、手紙にはPさんの事も書いてるんだ。二人でここまで来たよって教えたいから」

ありす「それ全部?」

千枝「一枚や二枚じゃ書ききれなくって、いつもこんな枚数になるの」

ありす「それだけあれば、伝わる」

千枝「うん! じゃ、出してくるね!」

ありす「もし私がそうなったら、プロデューサーはどうするのかな……」

511: 2013/07/30(火) 23:41:20 ID:0Og5kcVQ
P「変な気負いはないですね」

礼子「意外ね」

P「やっぱりそう思います?」

礼子「当然でしょ、あれだけ名前に拘り持ってた子が普通に演技してるんだもの。拍子抜けしちゃうわ」

P「何かあったのか、あるいは強がりか」

礼子「あの年で隠してるなら大したものね」

P「うーん、何もないならそれでいいんですけど」

礼子「仮にもプロデューサーなら見極めなさい。後、あそこにいるのお客さんじゃない?」

P「肇?」

肇「お邪魔でしたでしょうか」

P「いや、どうした? 見学って訳でもないだろ?」

肇「事務所の近くにいると聞きましたので、お伝えだけしようかと思いまして」

512: 2013/07/30(火) 23:42:41 ID:0Og5kcVQ
P「何か伝言?」

肇「作ったもの、届きました」

P「ああ、あれか。今はどこに?」

肇「私の部屋にあります。よければ明日にでもお持ちしますけれど」

P「分かった、楽しみにしておく。それだけの為に悪いな」

肇「折角ですから、少しだけ見ていっていいですか?」

P「いいよ、練習と言ってもこれ事務所の人間だけでやってる自主練みたいなものだけど」

肇「ありすちゃんの演技を見るのも初めてですから」

P「そうだな、観客もいるし少し通してみるか。クラリスさん、さっきの場面を通しでいいですか?」

クラリス「分かりました、でしたらありすさん」

ありす「分かってます、台詞はもう覚えてますから」

P「よし、ならそこからだ」

513: 2013/07/30(火) 23:44:28 ID:0Og5kcVQ
肇「ありがとう、ごめんね。何か邪魔しちゃって」

ありす「いえ、人に見られるのも練習の内ですから」

肇「何だか緊張してたのが嘘みたいだね」

ありす「あの時は、まだ、その」

肇「あっという間だよね、何か」

ありす「でも、まだ宙ぶらりんです」

肇「そうは見えないけど」

ありす「名前を呼ばれる事への嫌悪感も少なくなってきてはいるんです、それは確かなんですけど」

肇「何か思うところがあるの?」

ありす「分からなくなってきたんです。最初は成長できているのかなって思ってたんですけど、何だかそうではない気がするんです」

肇「どんな風に?」

ありす「あの人から名前を呼ばれる時と、他の人から名前を呼ばれる時と何かが違うなって思い始めてきて」

514: 2013/07/30(火) 23:46:08 ID:0Og5kcVQ
肇「……Pさんから名前を呼ばれるとどんな風になるの?」

ありす「楽しいとか嬉しいとかとは違うんです。嫌ではないんですけど……分からなくなる」

肇「本当に……あっという間だなあ」

ありす「肇さんなら、分かりますか?」

肇「それは、言えないかな」

ありす「分かる分からないではなく、ですか?」

肇「うん、でもありすちゃんならすぐに気づいちゃうから」

ありす「気付けば、私はどうなりますか?」

肇「ありすちゃん次第だよ。さて、ここで分かれ道だね」

ありす「お仕事ですか?」

肇「うん、それじゃ頑張ってね……ごめんなさい。悪いお姉ちゃんだね、私」

515: 2013/07/30(火) 23:48:57 ID:0Og5kcVQ
ありす「気付けるのかな、でも」

茄子「ここで待っていれば、会えると思っていました」

ありす「わざわざ寮の前で待っていなくても、電話の一本でも事務所に入れたら時間は作りますよ」

茄子「大丈夫です、会いたいと思ったら会えますから」

ありす「それも、その運の良さのお蔭ですか?」

茄子「そうかもしれません」

ありす「入りましょう、外にいても台本は読めません」

茄子「来客用の部屋もきちんとあるんですね」

ありす「それくらいは、事務所から家が遠い方が臨時で使う時もありますから」

茄子「話の途中でした。条件、でしたね?」

ありす「一つ、聞きたい事があるんです」

茄子「何なりとどうぞ」

516: 2013/07/30(火) 23:52:16 ID:0Og5kcVQ
ありす「どうして鷹富士なんですか?」

茄子「どうして、とは?」

ありす「順番が逆です。昔から言われているのは一富士二鷹三茄子、なのに名前は鷹富士茄子」

茄子「ああ、そういう事ですか」

ありす「教えて欲しいんです、これではちぐはぐです」

茄子「島根、と聞けば何を思い浮かべますか?」

ありす「……出雲大社でしょうか」

茄子「はい、出雲です。では出雲をその言葉が出た江戸時代に出雲を治めていたのは?」

ありす「越前松平家。徳川家康と関わりの深い家ですから、そんな苗字が出雲にあってもおかしくありません。
    そこまでは分かるんです」

茄子「なのにどうして順番が入れ替わっているのか、ですね?」

ありす「はい、何か意味があるんですか?」

517: 2013/07/30(火) 23:53:55 ID:0Og5kcVQ
茄子「鷹と富士が逆さなのは、その並びを私の家が嫌ったからです」

ありす「富士鷹では駄目だったんですか?」

茄子「駿河の名物であるその三つの中で、茄子と富士は当時の島根にはありません」

ありす「残るは鷹、ですか」

茄子「私の生まれた地に伝わる話の一つに、多加比社という神社があるんです」

ありす「たかひのやしろ、鷹を祀っているんですか?」

茄子「この鷹さんは神様の使いで、祀っているのは天照大神なんですけど鷹もその地ではとても格式高い生き物なんです」

ありす「だから、順番を入れ替えたんですか」

茄子「島根流に置き換えたんです、その方が島根に住む者にとっては縁起がいいだろうと」

ありす「……意外に、簡単な理由なんですね」

茄子「謎なんてそんなものですよ」

518: 2013/07/30(火) 23:57:21 ID:0Og5kcVQ
ありす「納得しました。どうぞ、読むだけならそんなに掛からないと思いますけど」

茄子「でしたら、ここでも大丈夫ですか?」

ありす「えっと……はい、誰かが来る予定はないみたいですから」

茄子「では、ゆっくり読ませてもらいます」

聖來「よしよし、ほら駄目だよわんこ。ちゃんと足を拭いてからね」

茄子「お帰りなさい」

聖來「へー、アタシって今日は運がいいのかな」

茄子「それはどうでしょうか」

聖來「寮にいるなんて珍しいから、お姉さん驚いちゃった。誰かに用?」

茄子「ありすちゃんから台本をお借りしに、あまり長くないのでここで読んでしまおうかと思いまして」

聖來「ああ、あのありすちゃん主演の。まだ知らないんだけど、どんなお話なの?」

茄子「そうですね、とても面白いお話です」

聖來「P君が持ってきた話なんだからそうだろうけどね。ね、ありすちゃん?」

519: 2013/07/30(火) 23:59:22 ID:0Og5kcVQ
ありす「聖來さん。犬、いいんですか?」

聖來「犬? あ、ちょっと待ったそっちは駄目!」
――


茄子「ありがとうございました、楽しいお話でした」

ありす「楽しかったですか?」

茄子「はい、とても」

ありす「私はそうは思いませんでしたけれど」

茄子「面白いじゃないですか」

ありす「それは、何故ですか?」

茄子「条件には答えましたから、今日お答えするのは一つだけです。それでは、失礼しました」

聖來「ああもう、手こずらせるんだから。あれ? もう帰っちゃった?」

ありす「……はい、それはもう颯爽と」

520: 2013/07/31(水) 00:00:55 ID:En4pGZ7.
泰葉「面白い、ですか」

菜々「うーん、読んだ限りはどっちかって言うと」

桃華「あまり愉快な話ではありませんわ」

みく「みくは嫌にゃ、こんなの」

泰葉「天使と悪魔に振り回された哀れな少女、としか言い様がなくて」

みく「名前にそこまで拘るからにゃ、みくはそんなの思った事もにゃいのに」

菜々「ナナもあんまり……」

ありす「それでも鷹富士さんは面白いと言いました、という事は理由があるんです。この物語の中にその要素がないとそんな感想は出てきません」

桃華「あの方の感性がずれているだけでは」

菜々「またストレートな」

みく「なら、みく達も色んな人に聞いてみればいいにゃ」

泰葉「感性がずれていそうな人に、ですか?」

菜々「そんな都合よく事務所に顔を出す人なんて――」

フレデリカ「フンフンフフーン、フンフフー、フレデリカー!」

521: 2013/07/31(水) 00:02:27 ID:En4pGZ7.
桃華「……来ましたわね」

フレデリカ「ぼんじゅーる、どうしたのー何かの集会?」

桃華「貴方を待っていましたの」

フレデリカ「ほんとー? フレデリカハッピー♪」

泰葉「確かに合致しますけど」

菜々「とっても申し訳ない気分に」

みく「いいのにゃ、みくはそんなの気にしないにゃ」

ありす「みくさんと菜々さんもそうだと思って声を掛けたんですけど」

菜々「」

みく「」

泰葉「私は違うんだ、よかった」

桃華「それでフレデリカさん、時間はございまして?」

フレデリカ「はーいございまーす! 何々、遊ぶの?」

522: 2013/07/31(水) 00:05:01 ID:En4pGZ7.
桃華「残念ながら今回は別の事ですわ、これなんですけれど」

フレデリカ「台本? アタシの?」

ありす「私のなんですけど、読んで頂けませんか。それで感想を聞きたいんです」

フレデリカ「読むの? ふーん、いいよ」

泰葉「どうなるんでしょうか?」

桃華「それはもう、この方の感性次第ですわ」

フレデリカ「つまんなーい、もっとパーッとしたお話がいいなー」」

桃華「妥当と言えば妥当ですわね」

泰葉「人を選ぶ脚本ではありますから」

みく「みくもそう思ったにゃ」

ありす「どこかで境界線があるんでしょうか」

泰葉「どんな人に合うか、ですか。話としては私はあまり」

桃華「私も、進んで読む気にはなりませんわ」

523: 2013/07/31(水) 00:07:23 ID:En4pGZ7.
みく「ありすちゃんはどう思うのにゃ?」

ありす「私は……よく分からないんです。何の感想も浮かんでこなくて」

泰葉「それはそれで凄いですね」

菜々「感想がないって、何とも思わなかったの?」

ありす「重ねないようにすると、話の中のこの少女と私の間に距離ができてしまって」

桃華「難しい話ですわね」

P「まあ、感想なんて人それぞれだけどな」

泰葉「Pさん、聞いてたんですか?」

P「事務所にはいたからな、ちなみに俺は好きだな」

菜々「どうしてですか?」

P「その話、主役の少女の出番がやけに多い。だからもう感想はその子に共感できるかどうかに掛かってくる」

みく「どういう事にゃ?」

P「自分の名前を捨てても叶えたい願いがあるかどうかって事だよ」

524: 2013/07/31(水) 00:08:24 ID:En4pGZ7.
菜々「願い……」

P「泰葉、大丈夫だな?」

泰葉「思った事もありません」

P「そうかい、君は論外だろうな」

桃華「名前を捨てて得られるものなどありません」

P「言うと思ったよ」

泰葉「Pさんはあるんですか?」

P「あるさ、皆をトップアイドルにするんだから」

みく「ならまずはみくを構うにゃ」

P「何の関係があるんだよ!」

みく「猫は構われたら構われた分だけ頑張るにゃ」

525: 2013/07/31(水) 00:09:42 ID:En4pGZ7.
P「分かった、トレーナーさん」

みく「にゃ?」

トレーナー「なら今日はみくちゃんには特別メニューを組んであげる、頑張ろうね」

みく「にゃ、にゃんでにゃ……」

泰葉「頑張って下さい」

菜々「何か言葉に棘がありません?」

泰葉「気のせいです」

桃華「私もお仕事ですわ、皆様ごきげんよう」

P「ありす行くぞ、ついに本格的な練習の始まりだ」

ありす「はい、これからです」

526: 2013/07/31(水) 00:10:47 ID:En4pGZ7.
監督「またお前か」

P「起用したの監督でしょう?」

監督「プロデューサーを呼んだ覚えはない」

P「ありすなら来るのは俺ですよ!」

監督「続けてアイドルを主演で起用して俺が何と呼ばれ始めているか知ってるか?」

P「何です?」

監督「口リコン監督」

P「それは自業自得だろ!」

監督「何故だ……起用する子は公平な目で見ているのに……」

P「小さな舞台だと本当にやりたい放題だな、まさかその為にスタッフの数をここまで減らしたのか?」

監督「監督にそんな口を叩くお前も大概だ」

P「どうせドラマの撮影になったら二人して猫を被るんですからいいでしょ」

監督「人が多い所はあまり好きではないんだがな」

P「……何で監督になったんだよ、本当」

527: 2013/07/31(水) 00:12:15 ID:En4pGZ7.
礼子「随分と小さな所ね」

クラリス「その分だけ、私たちの演技がそのまま観客に伝わります」

礼子「伝わり過ぎて惑わされないといいけれど」

クラリス「それもまた一興です」

礼子「意外と言うのね」

クラリス「この舞台には必要ですから」

礼子「天使が言っていい台詞かしら?」

クラリス「私は人ですよ」

礼子「そこまでお堅くもないのね」

クラリス「出番ですので、失礼します」

528: 2013/07/31(水) 00:13:21 ID:En4pGZ7.
少女「お願いします! 私が間違っていました、だから……返して下さい」

天使「その願い、確かに聞き届けました。良いでしょう、再び貴方に名前を授けます」

少女「本当ですか?」

天使「では、どの様な名前にしましょうか」

少女「でしたら、もしまだ聞き入れて下さるというなら、私の名前は――」

P「どうですか?」

監督「練習時間を長く取れている訳でもない、俺のわがままで入れた様なもんだ。多くは求めん」

P「そういえば何で入れたんです? ドラマもあるのに、スケジュールきついのは監督も同じでしょう」

監督「あのドラマ、主役が三人になるって知ってるか?」

P「三姉妹ですか?」

監督「知らないって顔だな、急に決まった話だ」

P「ちなみに誰がやるんです?」

監督「お前の所のアイドルだよ。名前はえっと……何かやけに縁起のいい名前だったな」

P「……鷹富士茄子」

529: 2013/07/31(水) 00:15:02 ID:En4pGZ7.
監督「ああそうだ、それだよ。だから脚本も書き換えでな、しかももう一つ話がある」

P「何です?」

監督「その役、本当は違う女優の予定だった。だが、その話はあっさりと消えた」

P「そんな話、聞いてませんが」

監督「表には出てない話だ。そしてこれも噂だが、どうやらお前の事務所が裏で手を回したらしいぞ」

P「割り込んだんですか」

監督「そ、三人も出るのに欲張りな事だ。ああすまん、お前の事を言ってるんじゃない。あの三人を選んだのは俺だ」

P「……誰がやったか想像はつくので、別に」

監督「そしてもっと嫌なニュースを教えてやる。その女優、脇役だが出演するぞ」

P「はあ?」

監督「普通、そんな話があればその作品その物に事務所が関わろうとは思わん。なのに、だ」

P「そんなに魅力ある作品ですか?」

監督「殴るぞお前。ったく、これプロデューサーから見てどう思う?」

P「考えられる理由としては……報復でしょうか」

監督「鷹富士茄子とその女優との間の喧嘩でも起きるかもな」

530: 2013/07/31(水) 00:17:30 ID:En4pGZ7.
P「統括が出て来るでしょうね、そうなると」

監督「お前はどうする?」

P「三人に影響が及ばない様に手は打ちます、それでも影響は少なからずあるでしょうが」

監督「気を付けておけ、お前はともかく他の三人はあまりいい噂を聞かん」

P「三人、ですか?」

監督「そう、三人だ。何かあれば俺に言え、誰も出ようとしない作品に出てくれただけの礼はしてやる」

P「楽しかったですよ、売れませんでしたけど」

監督「それで業界内の地位が上がったから今がある、使えるものは使え。若い内なら尚更だ」

P「まあ、とりあえずこの作品をしっかり完成させましょう。心配はそれからでも大丈夫ですよ」

監督「だといいがな」

531: 2013/07/31(水) 00:19:59 ID:En4pGZ7.
ありす「名前のない少女、誰もその名を呼ぶ事はなく、誰もその存在を意識することもない」

礼子「呼ばれる事を拒否してしまったんだもの、当然の代価よ」

ありす「寂しくなって、最後は天使に名前を付けてもらってこの話は終わります。この話は何を伝えたいんでしょうか?」

礼子「どう思ったの?」

ありす「変えようとは思わなかったんです、あんなに嫌いな名前だったのに。呼ばれたいなら他の名前にしてもよかった」

クラリス「人は生まれた時から名を授かります、それを切り離すという事は心を削るのに等しい」

ありす「改名も今では珍しくありません」

クラリス「その覚悟をこの少女は持てませんでした、何故だか分かりますか?」

礼子「頑張って考えなさい、答えは一つじゃないわ」

ありす「……どうして、嫌いな物をまた欲しいなんて」

星花「ありすちゃん?」

532: 2013/07/31(水) 00:21:49 ID:En4pGZ7.
ありす「こんな時間までお仕事ですか?」

星花「丁度、終わった所でしたので。舞台の練習を?」

ありす「今日はもう終わりです、あの」

星花「はい、何でしょう?」

ありす「一度、捨てた物が欲しくなる時ってありますか?」

星花「うーん、どうでしょうか。無くなってみないとその価値が分からない物なら、あるいはそうなるかもしれませんわ」

ありす「無くなって、初めて気付く」

星花「ありすちゃんはどう思われます?」

ありす「……多分、あると思います」

星花「この星も、無くなってみないと人はその有難味も気付けないでしょう。当たり前にあると思うほどに」

ありす「私の名前は、星ほど綺麗ではありません」

星花「星も、こんな所で私たちが見上げているとは思っていませんわ」

ありす「そうでしょうか」

533: 2013/07/31(水) 00:22:29 ID:En4pGZ7.
奈緒「あれ?」

星花「奈緒さん、先日はありがとうございました。お蔭さまで上手くいきましたわ」

奈緒「え? ああ、あの……それはよかったです」

星花「どなたかお探しですか?」

奈緒「ああ、加蓮どっかで見ませんでした?」

星花「いえ、今日は特に」

ありす「私も見ていませんが」

奈緒「うーん、どこだよもう」

ありす「探しましょうか?」

奈緒「いや、もう帰ってるかもしれないから。もうちょっと一人で探していなかったらあたしも帰るからさ、気にしないでいいって」

星花「大丈夫でしょうか」

ありす「……いなくなったら」

星花「ありすちゃん?」

ありす「あ、あのちょっと戻ります」

星花「はい、お気をつけて」

534: 2013/07/31(水) 00:24:55 ID:En4pGZ7.
ありす「あ、いる……えっと」

P「ん? 何やってんだ、帰ったんじゃないのか?」

ありす「いえ、少し」

P「忘れ物か?」

ありす「……座りたくなったんです」

P「何だよそれ、何か飲むか?」

ありす「じゃあ、ある物でいいですから」

P「また聞き分けがいいな、ほら」

ありす「湯呑ですか?」

P「俺が作ったんだぞ、肇の家に行ったついでに作らせてもらった」

ありす「それは?」

P「これか? 肇が作ったの、どうぞって言われたから。初めて使うんだけど、いいよな。こういうのって」

ありす「取り替えましょう」

535: 2013/07/31(水) 00:33:21 ID:En4pGZ7.
ありす「そういう事ではありませんが、取り替えましょう」

P「まあ、別に拘りはないからいいけど」

ありす「ごめんなさい」

P「謝るほどの事でもないって」

ありす「プロデューサーに謝ったんじゃありません」

P「誰に謝ったんだよ?」

ありす「肇さんに」

P「肇に? 喜ぶぞ、ありすが使ったって聞いたら」

ありす「相変わらず馬鹿ですね」

P「……何でお茶出しただけでここまでぼろくそなんだよ」

ありす「プロデューサー、仕事はいつまでですか?」

P「楓さんが帰ってくるまで、報告を受けたら終わり」

ありす「遅いんですね、皆さん」

P「まあ明日になっても問題ないんだけど、楓さん事務所に必ず来るから」

536: 2013/07/31(水) 00:37:47 ID:En4pGZ7.
ありす「星ですね」

P「ほし?」

ありす「プロデューサーの方が、星です」

P「氏ぬのか俺は」

ありす「違いますよ、これ以上は邪魔をしたくないので帰ります」

P「いいのか?」

ありす「はい、分かりましたから」

P「何だかよく分からないけど、気を付けろよ。タクシー使ってもいいから」

ありす「大丈夫です、失礼します」

P「ああ、入れ違いになるかな。楓さん帰ってきた」

ありす「そっか……こういう事なんだ。だから私、この子の事が分からなかったんだ」

537: 2013/07/31(水) 00:39:53 ID:En4pGZ7.
礼子「200席、数字を聞くと改めて実感するわ」

P「本当、異例ですよ。チケットは三日間とも完売してネットだと数倍の値段が付いて」

礼子「監督さんの意向なんでしょう?」

P「事務所としてはもう少し大きくても、と思わないでもないですが」

礼子「デビューした頃を思い出すわ」

クラリス「教会に集まる方は大体はこれ位ですので、私には慣れ親しんだ大きさです」

礼子「まあ、これはこれで面白いんじゃない?」

P「関係者もそんなに来れませんし、リハーサルもこんな感じで非公開ですからね」

クラリス「届けましょう、共に過ごす時間が良きものとなりますように」

538: 2013/07/31(水) 00:41:07 ID:En4pGZ7.
監督「すまないな、私の我儘だ。急なスケジュールにしてしまって申し訳ない」

ありす「私にとっては大切な仕事の一つです」

監督「そうか、そう言ってもらえると助かるよ」

ありす「事実ですから」

監督「君は、自分の名前は好きかな?」

ありす「……嫌いな、はずだったんです」

監督「なかなか面白い返し方だ」

ありす「演じ始めてすぐに違和感を覚えました。自分に重なるはずの役が重ならなくて、どこか宙ぶらりんなまま演じ続けて」

監督「なるほど、つまり君と劇の中の子は違った訳だね」

ありす「その違いが何なのかずっと分からなくて、考え続けて」

監督「答えは出たかい?」

ありす「出たような気はするんです、ただ……はっきりと形にできなくて」

監督「そんなものだ、若い内は尚更だよ」

539: 2013/07/31(水) 00:42:16 ID:En4pGZ7.
ありす「彼女と私では何が違うのかはもう分かりましたから、後は私にあって彼女にないものを探せばいい。それが何かって考えると」

監督「彼かな?」

ありす「……そうなのかなって」

監督「どこか浮かない顔だね」

ありす「何だか痛いんです。一緒にいても、離れていても。それに、したくない事までしちゃって」

監督「そうか、やはり君を選んだ私の眼に狂いはなかったな」

ありす「そうですか?」

監督「自信を持ちなさい、君の演技は私は好きだ。黒川千秋や水元ゆかりの様に洗練されてはいないが、君にしかない輝きは誰からも見て取れる」

ありす「そんな、大層なものではありません」

監督「君が気付かずとも、皆が気付く。さあ、リハーサルの続きだ」

540: 2013/07/31(水) 00:54:41 ID:En4pGZ7.
少女「どうかお願いです、私から名前など取り去って下さい」

悪魔「ほう、ではその名を頂くとしよう。頂くだけでは私としても申し訳ない、どれ一つ願いを叶えてやる。何がいい? 財宝か、名誉か、地位か」

ありす「では、願いが叶うのなら――」

桃華「呑気にあくびとは、本番を明日に控えている方の振る舞いとは思えませんわ」

P「演じるのは俺じゃなくてありすだよ」

桃華「とはいえ、舞台には行かれるのでしょう?」

P「初日は時間が取れたから、君は来るのかい?」

桃華「桃華で結構ですわ。ええ、どのようなものか拝見させて頂きます」

P「ありすが君のライバルになるにはまだ時間が掛かると思うけど」

桃華「そう思っていた佐々木千枝も今では立派なライバルでしてよ」

541: 2013/07/31(水) 00:56:09 ID:En4pGZ7.
P「千枝と君でも需要は被ってないだろ、ありすなんて仕事の方針が定まってすらいない」

桃華「既に、胸の内では決めているのではなくて?」

P「その推察は見事だけど、今回は外れてるよ。ある程度、アイドルとしての形が見えてきた人ならともかくまだまだ未完成な器に対して
  こうだと形を決める事はしない」

桃華「余裕と解釈してもよろしいのかしら」

P「期待してるだけだよ。さて、日も暮れない内に早く帰った方がいい。話なら明日でもできる」

桃華「それだけの為に私が来たと思って?」

P「それは失礼、何かな?」

桃華「少し、お時間を頂戴してもよろしくて?」

P「これ何?」

桃華「見てお分かりになりません?」

542: 2013/07/31(水) 00:56:52 ID:En4pGZ7.
P「誰かの衣装なんだろうけど、男物ばかりだから。誰が着るんだ?」

桃華「勿論、ここにいる方ですわ」

P「ここって、ちょっと待った、俺か?」

桃華「察しが良くて何より」

P「一応、理由を聞いても?」

桃華「私の隣に座るのに、そのスーツはふさわしくありませんから」

P「……話が見えない」

桃華「見えなくて結構ですわ、見せたいのは他の方にですので」

P「いや、俺にも見せて欲しいんだけど」

桃華「それでは、選びましょうか」

543: 2013/07/31(水) 00:58:24 ID:En4pGZ7.
礼子「また面白い客層ね」

クラリス「場所も場所だからでしょうか」

礼子「何と言うか、評論家気取りの多そうな堅苦しい舞台ね」

P「まあ、仕方ないでしょう。宣伝も控えめでしたから、そういう人種が集まりやすい条件は整ってましたよ」

礼子「また、凄い格好ね。一緒に舞台に出る気?」

P「何故かこれを着るようにとある子に言われてしまいまして」

クラリス「神へ愛を誓いにいらしたのかと」

P「これで隣に座れってんだから本当に何を考えてるのかと」

礼子「さあ、何を考えているのでしょうね」

P「何か知ってる様な顔ですね」

礼子「知らないわ、ねえ?」

クラリス「何も見ておりません、私は」

P「……大丈夫ですよね?」

544: 2013/07/31(水) 01:04:05 ID:En4pGZ7.
少女は悪魔に願った。この世界の誰もが、私の名前など意識しない世界を。

その願いさえ叶えば変わると思った、皆が名前ではなく私を見てくれると。

少女「ねえ! どう、今日の私のドレス! 綺麗?」

少女「お花を摘んで来たの! 教室が華やかになるでしょう?」

少女「ねえ……誰か私を、私を見て?」

悪魔「どうだい? お前の望みの叶った世界は」

少女「おかしいの、どうして? どうしてだろう、名前は無くなったのに誰も私を見てくれないの」

悪魔「それはおかしいねえ、邪魔だったものが消えたら幸せなはずだろう?」

少女「そうなのに、そうなのに……」

悪魔「もっと自分を見てもらえるように努力してなくてはいけないよ、まだ足りないのさ」

少女「足りない……そっか、足りないんだ」

悪魔「そう、足りないんだよ……その程度の絶望では」

545: 2013/07/31(水) 01:04:41 ID:En4pGZ7.
少女「何が足りないんだろう……もっと着飾って、もっと笑顔を作って、もっと皆に見てもらえるように」

――

少女「……」

悪魔「久しぶりだね、どうしたんだい? そんな顔をして」

少女「ねえ……教えて…?」

悪魔「望む知識は全て与えよう、望む願いも全て叶えよう。次は何を望む?」

少女「私は…誰……?」

悪魔「その問いに意味はないだろう? 誰でもないのだから」

少女「何で……名前がないだけなのに、名前なんていらなかったのに!!」

悪魔「次は何が不要だ? 名前を取っただけでは足りないのだ、まだ捨てなければならない物があるだろう?」

少女「そっか…多すぎたんだ。そうだ、じゃあ次は」

悪魔「まだ足りないな」

少女「じゃあ次は、次は――」

546: 2013/07/31(水) 01:06:07 ID:En4pGZ7.
少女「じゃあ次は、次は――」
――

少女「あ……う…」

悪魔「頃合いか、楽しかったよ。哀れな娘よ」

どうしてだろう、どうして誰も私を見てくれない。

私は変わった、変われた。皆と一緒にいたくて。

皆と、ずっと。

天使「名を、奪われましたか」

少女「」

天使「聞こえますか? 名もなき者よ」

少女「もう……いい…何も……いらない…」

少女「私…好きになって……くれたら…きっと皆……名前も…好きになって…くれるって……」

天使「哀れな少女よ、全てはもう戻りません。ですが、一つだけ」

少女「…一つ…?」

少女「何を望みますか? 貴方の望む物はなんですか?」

少女「私は…私は!」

547: 2013/07/31(水) 01:06:59 ID:En4pGZ7.
桃華「いつまで舞台にいらっしゃいますの?」

ありす「少し、余韻に浸っていただけ」

桃華「あら、それはお邪魔でしたわね」

ありす「いえ、もう行きますから」

桃華「名前を取り戻したところで、全てが戻る訳でもない」

ありす「戻せる」

桃華「何か考えがあって?」

ありす「自分で取り戻せない物は返ってきたから、その子がする事は一つだけ」

桃華「納得しているのなら宜しいのですけれど」

ありす「大丈夫です、この子がどうすればいいかはもう分かってるから」

桃華「それなら結構ですわ、素晴らしい舞台をありがとう。と、申し上げておきます」

ありす「そんな事より、あれは何ですか?」

548: 2013/07/31(水) 01:07:56 ID:En4pGZ7.
桃華「何の事でしょう?」

ありす「隣にいた人の事です!」

桃華「お気に召しました? 気付いていないと思っていましたわ」

ありす「見ない様にするのに必氏になってただけ」

桃華「引っ張るのも意地悪でしょうか、そろそろでしょうからここで失礼いたします」

ありす「そろそろ?」

桃華「ええ、それではごきげんよう。私からの誕生日プレゼントですわ」

ありす「私ももう――」

P「よう、まだいたのか?」

ありす「」

P「絶句するな、俺だって着たくて着てるんじゃないんだから」

ありす「……太陽かも」

P「俺は燃えるのか」

549: 2013/07/31(水) 01:10:41 ID:En4pGZ7.
ありす「何でもありません、言われたら何でも着るんですか?」

P「そういう訳じゃないけど、断るのもなんだったから着ただけ」

ありす「今日、どうでしたか?」

P「良かったよ、久しぶりに仕事ぶりを見たけど成長してる」

ありす「しますよ、私を何だと思ってるんですか」

P「俺の夢だよ」

ありす「前、話し合いましたよね。名前について」

P「ああ」

ありす「あれから、色々な事を知りました。私なりに変われたと思いますし……何ですか、人の顔を見てにやけるのは止めて下さい」

P「いや悪かった、それで?」

ありす「私だって恥ずかしいんですから、でも……言わなくちゃって思うから」

P「何だ?」

550: 2013/07/31(水) 01:11:33 ID:En4pGZ7.
ありす「これから先も私は何回も立ち止まったり、振り返ったり、後ずさりしたり、捨てようとしたり。きっと、素直に進めない時が来ます」

P「まあ、それは誰もが通る道だ」

ありす「一緒に歩こうと思っても、いつの間にか一人になってるかもしれません」

P「そう、かもな」

ありす「Pさん、待てますか?」

P「ありす?」

ありす「いいから待てるか答えて下さい」

P「俺の歩く速さを分かってないな」

ありす「いつも私の前にいます」

P「見えなくはならないだろ? 待って欲しいのは俺の方だよ、いつか取り残されそうで必氏なんだから」

ありす「そんな謙遜には騙されません」

P「俺がそんな超人に見えるか? 失敗だって山ほどあるってのに」

ありす「Pさん」

551: 2013/07/31(水) 01:12:59 ID:En4pGZ7.
P「待つよ、来なかったら迎えに行ってやるから。ありすはありすのやり方で進み続けろ」

ありす「初めから、そう言えばいいんです」

P「ほら、立ってないで帰るぞ」

ありす「分かってます!」

礼子「お疲れ様ね、お互いに」

クラリス「人が成長していく様を見るのは、いつも心が高鳴るものです」

礼子「ふふ、高鳴ってるのは心だけ?」

クラリス「きょ、今日のごはんは何にしましょう」

礼子「そうね、彼らも誘いましょうか」

クラリス「ご飯ですね、ご飯ご飯。プロデューサー様ご飯です!」

P「クラリスさん!? 一体どこから?」

552: 2013/07/31(水) 01:13:40 ID:En4pGZ7.
礼子「ごめんなさいね、聞いてはいないから安心して頂戴」

ありす「聞かれて困る事なんてありません」

礼子「いい子ね、でもね。お姉さんから一つアドバイス」

ありす「何ですか?」

礼子「いい子なだけじゃ勝てないわよ」

ありす「べ、別に何の勝負もしてません!」

礼子「ふふっ、さあ行きましょうか」

P「礼子さん当たってます、当たってますって!」

終わり ありす誕生日SSでした 来月も落ちない程度にぼちぼちと投下するつもりです

553: 2013/07/31(水) 01:30:09 ID:Rlu/rjJk
乙乙乙

引用元: ありす「心に咲く花」