1: 2011/11/28(月) 18:12:44.49 ID:lX7sMwmjO
目の前には紅莉栖が立っていた。
彼女は目を閉じ、少し頬を紅潮させている。
そして、微かに肩を震わせているのがわかる。
彼女はつま先を立てていて、
その端正に整った顔が俺に近付いてくる。
俺が戸惑っていると。

紅莉栖「岡部ぇ……はやくぅ……んーっ」

と、言って唇を尖らせてくる。
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3: 2011/11/28(月) 18:15:04.95 ID:lX7sMwmjO
すまん………紅莉栖っ!!
ラボに、ばつっ、という鈍い音が響いた。

紅莉栖「う゛っ!? ……うえ゛ええ゛ぇぇっ!」

俺が目一杯の力を込めて紅莉栖の腹をパンチすると、彼女はそのままもんどり打って後ろ向きに倒れた。
受け身すら取らなかった紅莉栖は、ラボの固い床に背中を激突させ、体を丸め込む。

紅莉栖「うえっ……げほっ……うぅっ…………ぐっ、げほっ!」

ひどくせき込んでいて痛々しい。
俺はその様子を、紅莉栖の傍でただ見下ろしていた。

岡部「く……紅莉栖……っ!」

5: 2011/11/28(月) 18:19:08.07 ID:lX7sMwmjO
あれは、一時間前の事だった――。

ラボには俺だけしか来ておらず、ガランとした室内はいくらストーブをつけようと、いつも以上に寒く感じた。
コンロで火にかけたケトルがコトコトと音を立て、立ち上る蒸気がラボの窓を曇らせていく。
その向こうには、ぼやけた秋葉原の街が映し出されていた。
そんな景色を眺め、

岡部「もう、12月も折り返し地点ではないか……」

などと。
……俺は、なぜ独り言など呟いているのだろう。
実に女々しいな。よろしくない。
我に返り、一人勝手に気恥ずかしくなってしまう。
俺は以前に比べ、感傷的になりすぎているようだ。
いかんいかん、ちょっと気晴らしをしなくては。

6: 2011/11/28(月) 18:20:40.34 ID:lX7sMwmjO
久しぶりに、@ちゃんのトピ主を論破してみようか。
それとも、新しい未来ガジェットの原案を、安価で募集してみようか。
そう思い立ち、俺はソファから立ち上がって研究室に鎮座するX68000へと向かう。
そんな時、ラボのドアが勢いよくはね開けられる音が耳に飛び込んでくる。
それに驚いて振り返ると、ラボの外には迷彩服と無線機らしきものを装備した、さながら軍人のような姿が見えた。
しかし、そのシルエットのラインはあまりにスラリと細く、軍人と呼ぶにはいささか心許ない。
捲られた袖からは、白く透き通った肌をしていて、細くしなやかな腕が見える。
髪は栗色の、くせっ毛。
どこかとぼけたような、その目。
長い、長い睫毛。
アンバーを称えたような虹彩。
それに、おさげ。

7: 2011/11/28(月) 18:21:07.24 ID:lX7sMwmjO
久しぶりに、@ちゃんのトピ主を論破してみようか。
それとも、新しい未来ガジェットの原案を、安価で募集してみようか。
そう思い立ち、俺はソファから立ち上がって研究室に鎮座するX68000へと向かう。
そんな時、ラボのドアが勢いよくはね開けられる音が耳に飛び込んでくる。
それに驚いて振り返ると、ラボの外には迷彩服と無線機らしきものを装備した、さながら軍人のような姿が見えた。
しかし、そのシルエットのラインはあまりにスラリと細く、軍人と呼ぶにはいささか心許ない。
捲られた袖からは、白く透き通った肌をしていて、細くしなやかな腕が見える。
髪は栗色の、くせっ毛。
どこかとぼけたような、その目。
長い、長い睫毛。
アンバーを称えたような虹彩。
それに、おさげ。

10: 2011/11/28(月) 18:23:12.35 ID:lX7sMwmjO
岡部「す……ず…は……?」

そんな、まさか。

鈴羽「リンリン!」

第一声がそれだった。

岡部「えっ、リンリン……?」

上野動物園の?
俺が聞き返すと、鈴羽はぶんぶんとかぶりを振った。

鈴羽「あ、違った…岡部倫太郎! 助けて!未来が大変なの!」

未来が、大変?
もう一度、脳内ミーティング会場に今の言葉を流す。
助けて、未来が大変なの!
そこから会場はどよめきの嵐。
俺は、吹っ飛びそうな意識を制し、言葉を絞り出す。

岡部「なん……だと……? また……?」

ようやく言えてこれだ。
また……未来が大変だと?

12: 2011/11/28(月) 18:25:19.90 ID:lX7sMwmjO
と言う事は、やはりこいつもタイムマシーンに乗ってやってきた、阿万音鈴羽だというのか。
見ると、息は上がり、顔は真っ青となっている。
何かのドッキリとは思えない。
……またもや決氏の時間跳躍を行うほどの事件が未来で起こった、と。
……そういう事なのか?
胸の中に、言いようのない不安がよみがえってくる。

岡部「じ、冗談だろう……なぜ、お前が? ……未来が大変、だって?」

それに……助けろ、だと?
そもそも、俺は確かにやるべき事をやったんだ。
まゆりを、紅莉栖を……それだけじゃない。
世界を、SERNによるディストピア構築どころか、核戦争からも救った。
ドクター中鉢の陰謀を阻止した。
エシュロンを牽制し、SERNにも見つからなかった。
電話レンジ(仮)を解体した。
タイムリープマシンなど“無かった”のだ。
これ以上、俺に何をやれというのか。

>>8ありがとうございます<(_ _)>

13: 2011/11/28(月) 18:29:36.50 ID:lX7sMwmjO
岡部「未来では……何がどうなっているのだ? お前は何で“ここ”に来た…?」

鈴羽は、初めて会った時と変わらないバツの悪そうな、迷ったような表情。
視線が斜め上辺りを泳いでいる。
しかし、それはすぐに真っ直ぐに軌道修正され、俺に届けられる。

鈴羽「り……理由は言えない……けど、お願い、岡部倫太郎、あたしに助力を…!」

岡部「理由が言えない? 言えないのに助力、だと?」

鈴羽「でも、でも未来が大変なのは事実なんだよ……」

なんて……こった……。

14: 2011/11/28(月) 18:32:19.61 ID:lX7sMwmjO
日々、心のどこかで怯えていたのだが、それが現実となった。
やはり、シュタインズゲートなどという理想郷は無かったのか。
未来に待ち受けるは、SERNによるディストピア構築か、核戦争か、はたまたポールシフトによる世界構造の崩壊か。
なんにせよ。
俺達に……安息の未来は無いという事か。
膝から力が抜け、床に両の掌が突く。

鈴羽「お、岡部倫太郎っ!」

岡部「……くそったれェッ!!」

思う様、右手を床に叩きつける。
そこから、ビリビリと痺れが伝わり、ピリピリと痛みがやってくる。
夢ではない。
これは、夢ではない。
このままいけば、ろくでもない未来が待っているのだろう?
今、鈴羽がここに存在しているのがその証明になる。
今度は、誰が氏ぬ?
もう勘弁してくれ……。
もう、あんな思いをするのはまっぴらごめんだ……。
俺は、両腕を床に突いたまま、それに顔を埋めた。

15: 2011/11/28(月) 18:35:46.63 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「岡部倫太郎、しっかりして! 君がしっかりしなきゃ…未来は…!」

鈴羽が、俺の肩を掴んで乱暴に揺さぶる。
瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

岡部「………っ」

鈴羽「まだ……今なら岡部倫太郎の力によって、未来を変えられるという余地は残されてるんだよ!?」

なに?
また、俺には世界を変える鍵が与えられている、と?
世界を騙す方法が存在している、と?
アトラクタフィールドの壁に致命傷を与えられる武器がある、と?
それは詳しく聞きたい。

16: 2011/11/28(月) 18:38:13.21 ID:lX7sMwmjO
俺は、フラフラと立ち上がり、鈴羽の肩を掴んだ。

鈴羽「う……っ! お、岡部倫太郎……」

琥珀色が、俺の目をまっすぐに見据えてくる。
以前の世界線の鈴羽と、何ら変わりはない。
覚悟に満ちた、戦士の光。

岡部「鈴羽………俺は、何をすればいい……?」

すがるような思いで、鈴羽の瞳を見つめ返す。
俺がやる事は一つ。
理由などはどうでもいい。
“変えなければならない未来”
それが、ここに鈴羽が来ている事によって、確実に存在している。

岡部「教えてくれ。“どうしたら”未来を……変えられるのかを」

17: 2011/11/28(月) 18:41:03.06 ID:lX7sMwmjO
少しためらい、間をおいて、ゆっくりと鈴羽が呟く。

鈴羽「……ぱん」

岡部「え?」

よく聞こえなかった。
聞き返す。

鈴羽「腹パン……」

岡部「なんだって……?」

鈴羽「だ、だから…っ、腹パン……腹にパンチだって……」

鈴羽はグーを作ってシュシュッとパンチの動作をして見せてくる。

岡部「腹……パン……? 腹にパンチの…? 腹パンって、腹パン?」

俺も、鈴羽の動きに倣ってパンチの動作をして見せる。

鈴羽「そ、そう。その…腹、パン」

19: 2011/11/28(月) 18:42:44.14 ID:lX7sMwmjO
なんだ。
ふざけているのか。
未来を変える鍵が、俺の繰り出す腹パン?
ふざけているのか? あえて二回言おう。
ふざけているのか? あ、これで三回か…。
鈴羽は先程から相変わらず、ばつの悪そうな顔をラボ内にフワフワと漂わせている。
そして、ようやく目があったと思いきや、胸ポケットから、クシャクシャのペラ紙を取り出す。

鈴羽「あっ……こ、これ……リスト…」

鈴羽はこちらに、おずおずとそれを手渡してくる。

岡部「リスト……これに載っている人物に……?」

鈴羽「そ、そう………腹パン……」

20: 2011/11/28(月) 18:45:15.34 ID:lX7sMwmjO
盛大にため息をつく。
腹パンって。
@ちゃんならば、腹パンには、全角小文字でwがつくだろう。
つまり“腹パンwww”
呆れ半ばで、受け取ったリストとやらに目を落として、俺は息を呑んだ。

岡部「………っ!?」

なんだこれは。

No.1、牧瀬紅莉栖
No.2、椎名まゆり
No.3、フェイリス・ニャンニャン(秋葉留未穂)
No.4、桐生萌郁
No.5、漆原るか

ああ、そうか、びっくりした。
鈴羽のやつ、持ってくるリストを間違えたのか。
大事なところでおっちょこちょいなのは相変わらずのようだな。
だってこれは――。

岡部「これは……ラボメンたちではないかー!」

鈴羽「う、うん……」

俺が問いかけると、鈴羽は俯いたまま微妙な頷きを見せる。

岡部「えっ?」

22: 2011/11/28(月) 18:49:21.85 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「だから、うん、って」

うんって……。
え? マジで?
もう一度見直す。
確かに、腹パンリスト、と書いてある。
つまり、このリストに載った者に腹パンをしろ、と?
俺が?
しかし、これは我がラボのメンバー。
ラボラトリー・メンバーなのだぞ?

岡部「な、なぜ……?」

鈴羽「えっ!?」

岡部「俺が……するのか……?こいつらに……? 腹パンを……?俺が…? なぜ…?」

信じられない。


>>21
ありがとうございます

23: 2011/11/28(月) 18:52:58.67 ID:lX7sMwmjO
やっぱりドッキリだろう?
だって、腹パンなんておかしいじゃないか?
そんな期待を裏切り、

鈴羽「う、うん……あたしの言ってる事、信じられないかもしんないけど、全部、真面目も真面目、大真面目な真実」

さっきから、鈴羽が口を開く度に絶望の事実を伝えてくる。
が、めげない。 今は、唯一無二の観測者たる威風が必要とされるのだ。
鈴羽がそこまで言いはるのなら、ドッキリでも何でもなく、本当にそうなのだろう。
となれば、相手がラボメンでもやるしかないのか。

岡部「俺の………俺の腹パンで、未来が変わると?」

鈴羽「そう……やらないと、大変な事になるんだよ。 未来が岡部倫太郎の腹パンに懸かってるんだ…」

岡部「しかし、その腹パンが未来にどう影響を及ぼすか、それは訳あって話せない、と?」

鈴羽「……うん、ごめん」

しかし、腹パンの向こうに、真のシュタインズゲートが待っている、と。

岡部「そうか、そういう事だったのか……! 段々わかってきたぞ…!」

24: 2011/11/28(月) 18:54:51.58 ID:lX7sMwmjO
気がつくと、俺は鈴羽の手を握りしめていた。
鈴羽が、顔を赤らめ、手をふりほどこうとしてくるが、そんなもの。

鈴羽「り、リンリン? ちょ、いきなり何なのさ!?」

岡部「わかったぞ……」

お前を、いや、俺達を。
この世界線から救い出してやる。
それが、鍵、いや……魔眼、リーディングシュタイナー使いの世界におけるロールなのであろう。
いくら相手がラボメンでも、腹パンも止むを得まい。

岡部「この俺が……一人残らず……」

俺はわざとらしく、前髪をかき上げる。
久しぶりの動作だ。

岡部「全て片付ける……」

25: 2011/11/28(月) 18:56:09.85 ID:lX7sMwmjO
俺は今から腹パン戦士となろう。
ラボメン皆が笑って暮らせる未来のために。
もう、鈴羽が軍服を着なくてもいい、普通の時代が来るように。
俺の、腹パンで。

岡部「行くぞ……鈴羽よっ! 腹パン作戦開始だ!ついてこい!」

鈴羽「あ、ダメダメ! 悪いけど、あたしは待機させてもらう決まりなんだ」

岡部「え?」

鈴羽「それにターゲットの一人、牧瀬紅莉栖は……この後すぐにこのラボに来るから」

岡部「え? 紅莉栖が?」

鈴羽「そう、牧瀬紅莉栖が」

岡部「なんで……紅莉栖が? 奴は今、アメリカのアリゾナのはず」

鈴羽「それは……確定事項だから。来るから来るとしか言いようがないよ」

26: 2011/11/28(月) 18:58:02.62 ID:lX7sMwmjO
岡部「本当に来るのか…? 紅莉栖が…」

ミッションのために、渡米も辞さないつもりであったのだが。

鈴羽「うん。 じゃ、そろそろあたしは身を隠すね! 本当に頼んだよ、岡部倫太郎!」

岡部「ううむ……」

クエスチョンマークを浮かべているであろう俺の肩をスパンと軽快に叩いて、鈴羽は奥の研究室に引っ込んでしまった。
相変わらず、肝心の理由は話さないのだな。
どうせ今回もまた、事後報告されるのだろう。
そして、彼女の預言が、すぐに本物だと気付いた。
ラボの扉がこそりこそりと開かれ。
そこから現れたのは、ツンデレでありながら天才の称号を持つ少女。
牧瀬紅莉栖であった。

紅莉栖「……岡部、来ちゃった☆」

岡部「本当に……来た…だと?」

紅莉栖「え?」

28: 2011/11/28(月) 19:00:26.11 ID:lX7sMwmjO
紅莉栖「な、なによ、いきなり……随分とご挨拶ね」

岡部「あ、すまない……なんだかお前が来るような気がしてな」

紅莉栖「えっ、なにそれ…。 ちょっと脅かしてやろうと思ったのに」

以前の、制服を改造した堅いイメージの服とは違って、ピッチリとした七分丈のデニムに
某国のネズミ男が描かれた白いパーカーというカジュアルな格好。
かわいい。
思わず見とれてしまった。

紅莉栖「ちょ、なにジロジロ見てんのよ……は、恥ずかしいな。もう」

岡部「あ、ああ……すまない」

紅莉栖「……あ、そうだ」

何かを思い出した紅莉栖が、手に持っていたキャリーバッグ――長く滞在するつもりなのだろうか――を開き、ゴソゴソと中を探った。

紅莉栖「はい、岡部……あんた、昨日誕生日だったでしょ。 遅れてごめんね?」

なんという事だ…。
他のラボメン達にすら忘れられていたというのに…。

岡部「お、覚えていてくれたのか……っ!」

紅莉栖「当たり前じゃない。私はあんたの彼女なのだぜ? ハッピーバースデイ、岡部」

手渡されたのは、カッチリと包装された小箱。

29: 2011/11/28(月) 19:02:58.00 ID:lX7sMwmjO
紅莉栖「あんたが何に喜ぶかわからないから、私が勝手に選んだんだけどね」

岡部「紅莉栖……っ」

持つ手がカタカタと震える。
その様子を見て、紅莉栖が、

紅莉栖「そ、そんな大したモンじゃないけど……気に入ってくれると嬉しい、なんて」

などと言いながら、
頭に手を当てて、照れる、の仕草。

岡部「……っ」

言葉が詰まってしまい。
視界がぼやけて。
箱に、ポタリと一滴雫が落ちる。

紅莉栖「ね、開けてみ……って岡部、なんで泣いてるの!?」

岡部「っ……くぅっ……!」

顔を直視出来なくなって俯くと、紅莉栖はそれに近付いてきて、
彼女の細い指が、俺の髪をすくように優しく撫でてくる。

紅莉栖「ばか……いきなり泣き出すやつがあるか…」

岡部「すまん……ありがとう、紅莉栖……」

32: 2011/11/28(月) 19:05:24.26 ID:lX7sMwmjO
これは出来ない。
俺には出来ない。
紅莉栖に腹パンなど。
出来るわけがない、やっていいわけがない。

…………しかし。

そう思う一方、頭の中の冷静な部分では、未来はどうなってしまうのか、という疑問が浮上してくる。
腹パンをしない先の、とんでもない未来で、紅莉栖はどうなってしまうのか。
紅莉栖とは、どうなってしまうのか。
俺は、紅莉栖を失う事になるのではないか。

紅莉栖「岡部……会いたかった……」

岡部「……っ」

顔を上げると、紅莉栖までもが涙ぐんでいる。

33: 2011/11/28(月) 19:07:49.86 ID:lX7sMwmjO
俺は思った。
こいつと離れたくはないと。
ずっと一緒だと。
牧瀬紅莉栖を、未来永劫離したくはないと。
そのためには………。

岡部「紅莉栖……?」

紅莉栖「…ん?」

岡部「ちょっと、目をつむってくれないか?」

紅莉栖「ふえっ!?」

ボフッと音が聞こえ――もちろん幻聴だが――瞬く間に紅莉栖が赤面する。

紅莉栖「ず、随分……いきなりだな」

岡部「頼む……」

これからやる事を思うと、胸が張り裂けそうになる。
しかし、これもお前のため。
いや、俺のため。

34: 2011/11/28(月) 19:10:34.21 ID:lX7sMwmjO
紅莉栖「わ、わかった……でもまあ、ちょっと……期待はしてたけどな、なんて」

赤面しながら満面の笑みで、てへ、と笑ってくる。

岡部「くう…っ!」

紅莉栖が、ゆっくりと目を閉じる。
その顔は、まるで宇宙が作り出した奇跡のように美しかった。

35: 2011/11/28(月) 19:12:34.90 ID:lX7sMwmjO
ようやく咳が治まった紅莉栖が、這うようにキャリーバッグまで辿り着くと、フラフラと覚束ない足取りでラボを出て行こうとする。
何も言わずに、ただ涙をボロボロと流しながら。
それを目で追う俺も、何も言えなかった。
背中すら、さすってやれなかった。
これで良かったのか?
これで、本当に未来を守ったという事になるのか?
そう考えていると、フラフラのままの紅莉栖が、ラボのドアを開けてその向こうに消える。
直後に、まるで子供のような、幼い泣き声が聞こえてきた。

鈴羽「いやー、これは……なんというか……」

研究室のカーテンの向こうから、鈴羽が申しわけなさそうな顔を出してくる。

鈴羽「あの、なんていうか、その……ん?」

岡部「……俺は……俺は……っ。 最低だ……」

鈴羽「えっ?」

俺は、またもや床にうずくまる。

岡部「紅莉栖になんて事を……っ! 誕生日プレゼントまで用意していてくれたではないか!」

岡部「それを俺は……俺は、最低なクソ野郎だよ…」

36: 2011/11/28(月) 19:16:36.91 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「岡部倫太郎! 君は最低なクソ野郎なんかじゃないよ! 未来のためにやったんだ! しょうがないじゃん」

鈴羽が、崩れ落ちた俺に檄を飛ばしてくる。
しょうがないじゃん、って、しょうがないわけがないじゃん。
もうこんなの、続けられないかもしれない。

岡部「俺にはもう……あんな事……」

鈴羽「リンリン……」

急に、鈴羽が俺の傍に来てしゃがみこむ。

鈴羽「ね、顔を上げて……?」

岡部「……?」

鈴羽「ん、ちゅっ……」

顔を上げた途端、頬に暖かくて柔らかい感触。
音を立てて。
キス、された。
いい香りを残して鈴羽が離れる。

岡部「えっ……」

鈴羽「えへへ……君が、未来と戦えるようになるおまじない。 これで君はもう“修羅”だよ」

38: 2011/11/28(月) 19:18:36.96 ID:lX7sMwmjO
岡部「修羅……俺が……修羅?」

鈴羽「そう、そして……あたし達を救ってくれるヒーロー」

腹パンの……修羅。
未来を救う……腹パンの救世主《メシア》
そうだ。
俺にしか出来ないのなら、後悔している暇はない。
ラボメンの皆を、未来を救うのが最優先ではないか。
心を鬼にしろ。
今は修羅になれ。
お前は、今再び鳳凰院凶真となるのだ!

岡部「鈴羽よ……ちょっと、行ってくる」

鈴羽「……うんっ! 今こんな事を言うのは不謹慎だけど、頑張ってね!」

鈴羽が、手首だけで手を振ってくる。

岡部「ああ……それと、さっきのはちょっと元気が出たぞ。 感謝する」

鈴羽「え、それ本当? うわぁ、よかったぁー」

そう言って、にぱっ、と屈託のない笑顔を見せてきた。
俺はラボを出る。
この胸に、確かな覚悟を携えて。

41: 2011/11/28(月) 19:20:54.31 ID:lX7sMwmjO
本格的な冬になったとはいえ、秋葉原の街は活気に溢れていた。
おしげもなく熱気を振りまきながら、様々な人種が息を白ませて道を行き交っている。
俺は、そんな景色を眺めながら、腹パンリストをポケットに仕舞った。
次のターゲットは、ルカ子だ。
無難なところから行こう。
別に、ラボメンに対する愛情の量で順番を選んでいるわけじゃない。
そう、無難だからだ。
ルカ子は無難なのだ。
何をするにしても。


柳林神社に着くと、このクソ寒いなか、ルカ子は健気にも掃き掃除をしていた。
相も変わらず父親の趣味の巫女装束を、クソまじめに纏っている。
腰には、俺のやった五月雨を携えて。
ふと、俺に気付いたルカ子が掃除の手を止め、トタトタと駆け寄ってくる。
未だに男とは信じられぬ、可憐な笑顔を浮かべながら。

るか「岡部さんっ!」

43: 2011/11/28(月) 19:24:02.78 ID:lX7sMwmjO
岡部「る、ルカ子……」

るか「今日はどうされたんですか? ボク、久しぶりに岡部さんを見た気がしますっ!」

岡部「いや、ちょっと野暮用があってな。 ついでに顔を出していこうかと思ったのだ」

るか「そうなんですかぁ、岡部さんはお変わりないみたいで…」

ルカ子が、顔をほころばせる。

岡部「あ、ああ…ルカ子もな」

るか「あ、そうだ。 岡部さん、ちょっといいですか?」

あれからというもの、俺はルカ子の小ボケに突っ込まなくなっていた。
それ以来、ルカ子のやつは俺の事を岡部、と呼ぶようになっていた。
だがしかし。

岡部「凶真……だ」

るか「えっ!?」

44: 2011/11/28(月) 19:26:07.58 ID:lX7sMwmjO
岡部「鳳凰院……凶真だと、言っている……」

るか「ど、どうして……」

ルカ子がたじろぐ。

岡部「今日は……訳あって鳳凰院凶真なのだ。 だから以前のように呼んでくれないか?」

そう、鳳凰院凶真でなければ、非情なる修羅にはなれないのだ。

るか「……わ、わかりました…っ。 き、凶真さん……」

46: 2011/11/28(月) 19:30:14.31 ID:lX7sMwmjO
ルカ子と並んで、社殿の階段……賽銭箱の前に腰を下ろす。
雪こそ降っていないものの、この寒さ。
堅い石段が、ひやりと尻に冷たい。

岡部「寒いな……今日はバカに寒い」

るか「ええ、そうですね。 もうすぐ雪が降るんじゃないかっていうくらい…」

岡部「しかし、大変そうだな。 こんな日にも外で掃除というのは」

るか「…はい、でも……やっぱり、境内は綺麗にしておかないといけませんから。枯れ葉も多いですし」

なるほど、見渡した柳林神社の周囲を、グルリと木々が囲んでいる。
そのどれもが葉を落として、冬の雪に備える体勢をとっていた。

岡部「そうか、ここでは落ち葉も多いからな。 そういえば、それ…」

るか「えっ?」

ルカ子の後ろに置かれた五月雨に目をやると、
それに気付いたルカ子が、それを取って胸に抱える。

47: 2011/11/28(月) 19:32:52.20 ID:lX7sMwmjO
るか「あ、ああ、えっと。 今日も…掃除の後に素振りをしようと思って」

岡部「まだ、続けていたのか……」

るか「はい、毎日……」

なんだって……!?
毎日、だと?
これは、かなり悪い事をしてしまっていたようだ。
こんな安物の模造刀に、ルカ子を縛り付けて。

岡部「ルカ子よ、清心斬魔流というのはな……」

清心斬魔流……神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る。
戦えば必ず勝つ。
全てで108式にも及ぶ奥義を秘めた、冷酷非道の必殺剣。
以上、全て俺の創作。
すまん、ルカ子。
しかし俺が、清心斬魔流の正体を明かそうとした時、ルカ子が急に涙目になって遮ってくる。

るか「わ、わかっています……っ!」

岡部「な、なにっ!?」

49: 2011/11/28(月) 19:35:33.37 ID:lX7sMwmjO
るか「わかっています、けど……これを振っている間は、凶真さんを……近くに感じます…から」

ルカ子……。
お前という奴は…。

るか「この、妖刀・五月雨が、ボクを……“凶真さんの弟子、ルカ子”で居させてくれる…から」

そう言って、ルカ子が頬を染め、五月雨を愛でるように見つめている。
こっちは思わず涙が浮かびそうになるのをこらえる。

岡部「くっ……そう……なのか」

何がルカ子は無難だ。
正直、グラッときた。
本当に、場合によってはルカ子が男でも関係ないのでは、と思えてしまう。
きつい。
きつすぎる……しかし、やらねば。
やらねばきっと、とんでもない未来がルカ子の平和を許してくれないだろう。
やるんだ。
鳳凰院凶真よ。

50: 2011/11/28(月) 19:38:46.06 ID:lX7sMwmjO
岡部「ルカ子、ちょっと立ってくれ。 こっちに来い」

るか「え、えっ? 凶真さん?」

立ち上がって、ルカ子に手をさしのべる。

るか「あ………はい……」

ルカ子は驚いた顔をして、おずおずと手を取ってくる。
俺はそのまま、落ち葉が敷かれた林の中へルカ子を連れ込んだ。
ここなら、勢いよく倒れたとしても平気だろう。

るか「あ、あの………凶真さん…?」

岡部「ルカ子よ、ちょっと目を閉じて貰えないか?」

るか「えっ!?」

51: 2011/11/28(月) 19:41:34.63 ID:lX7sMwmjO
岡部「頼む、ルカ子……」

るか「……わ……っ。 わかり…ました……」

そう言ってルカ子は目を閉じ、身体を震わせている。
寒さによるものか、そうでないのか。
さて。
すまない、ルカ子。
右手に握り拳を作り、力を込める。
軽く後ろに振りかぶり――。

るか「かは……っ!! ………きゅう」

腹にパンチを食らったルカ子は、またもや、受け身も取らずに後ろ向きで地面に倒れる。
そして、そのまま気を失ってしまったようだ。

岡部「ルカ子……すまない……これも俺に課せられた宿命なのだ……」

俺は、着ていたダウンジャケットをルカ子にかけてやると、そのまま柳林神社を後にした。

53: 2011/11/28(月) 19:45:35.59 ID:lX7sMwmjO
メイクイーンの前に来ると、丁度店から出てきたダルと出くわした。

ダル「あ、オカリンじゃん。 何やってんの? メイクイーンに来たん?」

岡部「あ、ああ……ちょっとな。 野暮用だ」

無論、腹パンをしにきたのだ。

ダル「ふーん、まあオカリンは何やっても野暮な用にしかならないけどな」

岡部「うるさいぞダル。 ならば訂正しよう、我が崇高なる理想のために、メイクイーンを訪れたのだ、とな」

ダル「あーそっか、めんどくせ。 じゃあ、僕はもうご飯を済ませちゃったから、先にラボに戻ってるお」

岡部「な、なに? ラボに戻る? あ、待て……ダル」

とっさにダルを呼び止める。
今戻られてはマズい。
鈴羽と鉢合わせになってしまうではないか。
鈴羽から聞いていたメールアドレスに、これからダルが向かうことを急いでメールをする。
そして、すぐに返信が届いた。
『ラジャ』と、三文字だけ。
それを見て、携帯をしまう。

岡部「さあ、ダル。 もう行っていいぞ」

ダル「……え? なんだよもう、待てとか、行けとか、変なオカリン」

55: 2011/11/28(月) 19:49:35.95 ID:lX7sMwmjO
岡部「いいから、行けばいい。 今ならまだ部屋も暖かいだろう。さっき出てきた所だからな」

嘘だが。
鈴羽のやつ、ちゃんとストーブを消して出てくれるよな?
でないと俺が消し忘れた事になり、あとからラボメン達にやいのやいのと文句を言われる羽目になってしまうのだ。

ダル「あ、そう。 それじゃ」

岡部「ああ」

ダルは不思議そうな顔を傾げながら、踵を返してラボ方面へ歩いていった。
鈴羽には一応、ちゃんとストーブを消すようにメールを送っておく。

岡部「さて……」

フェイリス・ニャンニャン………いや、秋葉留未穂。
次はお前の番だ……。
店の中に彼女の姿を確認し、俺はメイクイーンに入った。

56: 2011/11/28(月) 19:53:37.30 ID:lX7sMwmjO
フェイリス「いらっしゃいませ、ご主人様♪」

店の奥から、小柄なピンクが駆け寄ってくる。
泣く子も黙る、猫娘メイド。
そして、俺の姿を目視するなり――。

フェイリス「ニャニャッ! 凶真、ひっさしぶりだニャー! ニャウ~ッ」

そういって、フェイリスが飛びついてきて、俺の肩口でゴロゴロニャンニャン言い出した。
店内からどよめきが起こり、同時に数多の殺気が俺に向けられる。
まずい。
今日という今日は、店から出た途端に背後からブスリとやられるかも。
背筋に寒気が走った。

岡部「ち、ちょっと離れてもらおうか、フェイリスよ」

ぐい、とフェイリスの肩を押して離す。

フェイリス「ぶーっ、凶真はケチんぼさんだニャ。せっかく久しぶりに会ったのに…」

57: 2011/11/28(月) 19:55:58.80 ID:lX7sMwmjO
岡部「ケチではない! 俺自身の身を危険から守るためだ!」

フェイリス「なんでニャ? ……はっ!まさか凶真……」

あ。
まずい、このままでは多分ダビング10が始まる。
そんなものを、今からタレ流されては困る。
俺は、右手をフェイリスの目の前に突き出し、制してやる。

岡部「いや、フェイリス……今はそのような……」

そう言って突き出した手を、急にフェイリスに掴まれる。

岡部「な、なにをする!?」

驚いて振り払おうとするが、フェイリスは掴んだ手を離さず、それを見つめてくる。

フェイリス「凶真、拳のところ…怪我してるニャ!」

岡部「なに…? あ、本当だ」

さっきルカ子をアレした時に擦り剥けたのかもしれん。
そんなに強く殴っていたのか……。
ルカ子のやつ、大丈夫だろうか?
次からは自重しなくては。

59: 2011/11/28(月) 19:59:47.23 ID:lX7sMwmjO
フェイリス「凶真、一体何してきたのニャ?まさか喧嘩とか…?」

岡部「この俺が?」

フェイリス「そ、そうだよね…。 それより凶真、ちょっと店の奥に来るニャ!」

岡部「あ、おい、ちょっ!フェイリス!」

握られた右手をそのままに、俺は為すすべもなくメイクイーンのスタッフルームに引っ張り込まれてしまった。
もちろん、背中には殺気を受けて。
しかし、これは好都合かも。
フェイリスと二人きりになれたのだ。
すぐ側にあるイスに腰をかけると、フェイリスは自分専用のものと思しきロッカーを開けている。
ドアの内側には、なんとも吐きたくなるような、ド派手なデコレーションが為されていた。

フェイリス「あー、あった!あったニャ♪」

そういって、ロッカーから何かを取り出すと俺の側に寄ってくる。

フェイリス「凶真、手……出して?」

岡部「え? あ、ああ」

62: 2011/11/28(月) 20:02:52.69 ID:lX7sMwmjO
岡部「え? あ、ああ」

怪我をしている右手をフェイリスに差し出す。
フェイリスはそれを手にとって見つめ、ペ口リと舌なめずりをした。

岡部「待て、余計な事はしなくていい。 そのような精神攻撃は、さすがにタチが悪いぞ」

傷口の衛生上にも、精神衛生上にも。

フェイリス「ニャハハ、バレちゃったか、残念ニャ♪」

岡部「お前な……」

てへ、と笑い、フェイリスが俺の隣の席へと腰を下ろす。
そして、可愛らしい猫のキャラがえがかれた絆創膏を袋から取り出し、擦り傷に貼ってくれた。
それも、ずっと俺の目を見ながら。
目を見て貼り貼り。
こんな事をされたのは、俺が初めてかもしれん。
ダルに知れれば、発狂するだろう。
店の連中に知れれば、そのまま店を引きずり出されて、火炙りに処されるかもしれん。
スタッフルームで本当に良かった。

63: 2011/11/28(月) 20:07:12.67 ID:lX7sMwmjO
フェイリス「凶真の身体は、凶真独りのモノじゃないんだから、怪我には気をつけてニャ?」

そういって、手を重ねてくると、ぐるぐると円を書きながら、まじないのような事を口にする。

フェイリス「早くよくなりますように、なんてニャ♪」

うぐっ…。

岡部「ふぇ、フェイリス? ……あ、ありがとう」

フェイリス「ニャニャッ!フェイリスと凶真の仲なのニャ? こんなの気にしないで」

岡部「ああ、そうか。 でも……これはやはり、ありがとう、だろう」

フェイリス「うっ。 き、凶真……今日はなんだか素直だニャ……ちょっと、ドキドキしちゃうかも…」

岡部「…そうか? 俺はいつでも素直なつもりだが」

フェイリス「ははあ、さてはクーニャンがいなくて寂しいのニャ? それで誰かに甘えたいんでしょ?」

岡部「い、いや……そんなわけでは……」

フェイリス「その反応は図星だったのニャ♪ じゃあ仕方ないから、今日はフェイリスが甘えさせてあげるニャン」

66: 2011/11/28(月) 20:11:53.40 ID:lX7sMwmjO
フェイリスの、可愛らしい優しさに胸が苦しくなる。
しかし、やる事はやらねば。
それは、それ。
これは、これ。
さて。

岡部「……フェイリス、ちょっと立ってくれるか?」

フェイリス「な、なんニャ、急に」

先に立って小さな猫娘を見下ろすと、フェイリスも、恐る恐るといった感じで立ち上がって、見つめ返してくる。

岡部「ちょっと、目を閉じてくれ」

フェイリス「えっ! ウソ!?」

小さな身体が、跳ね上がるような勢いでビクリと反応する。

フェイリス「く、クーニャンは……?」

岡部「く、紅莉栖の事は関係ない……」

だって、腹パンだから。

フェイリス「そ、そうニャんだ……凶真ってば、ワルい男ニャ」

そういって少しためらったあと、フェイリスは猫耳を外し、目を閉じた。

フェイリス「もう、いいよ? フェイリスの……留未穂の初めて……岡部さんに、あげます」

67: 2011/11/28(月) 20:12:59.06 ID:lX7sMwmjO
では、お言葉に甘えて。
すまないフェイリス。
俺は拳を振りかぶると、そのままフェイリスのか細いウエストに叩き込んだ。

フェイリス「ぐはっ……!! なん………で……おえっ、けほっけほっ…」

フェイリスは、俺の手加減により倒れこそしなかったものの、足をガクガクと震わせ。

フェイリス「うっ……あ、ああああ……っ!」

足元に水溜まりを作ってしまって。

フェイリス「だ、だめぇ……っ!」

などと。
その場にへたり込む。

フェイリス「いゃぁ……っ。 ……み、みないで……っ!」

そういってスカートを床に押さえつけている。

岡部「うぐっ……フェイリス……」

俺は、よりにもよって、なんというタイミングで…。
多分、フェイリスが今回で一番の被害者だ。
俺は居たたまれなくなり、フェイリスの首――両の頸動脈――を叩いて気絶させてやった。
本当にすまん、秋葉留未穂よ。
これで今の事を忘れているのを願う。

70: 2011/11/28(月) 20:16:58.38 ID:lX7sMwmjO
大檜山ビルへ帰り、一階のブラウン管工房で、店長の代わりに店番をしていた萌郁の腹を殴ると、
俺はすぐにラボに続く狭い階段を登った。
あとは、まゆりか……。
出来ればやりたくないのだが……。
しかし、ここまで来たらやるしかない。
ここでやめたらフェイリス達が浮かばれない。
そして階段を登り切り、ラボのドアを開くと、三人が仲良くお茶していた。

岡部「おい鈴羽……お前は何をやっているのだ?」

まゆり「あ、おかえりーん♪」

鈴羽「あ、いやぁ……ストーブ消そうとしたら、消し方がわからなくてさ…」

ばか!
ラジャ、って言ってたのに!!

ダル「あ、やっぱオカリンの知り合いかお? 由季たんと同じく、阿万音氏なんて、珍しいよね」

岡部「ま、まあな」

72: 2011/11/28(月) 20:19:56.63 ID:lX7sMwmjO
ダル「いやー、最初ビックリしたお~。 ラボに帰ったらいきなり軍服コスのおにゃのこだもんな~」

岡部「うむ、言っておけばよかったな…」

ダル「いやいや。 正直、一体なんのご褒美かと思ったって話ですよ、えぇ」

ご褒美とか言うな。
こいつは、他でもないお前の娘だ。
鈴羽は照れくさそうにはにかんで、頭を掻いている。

鈴羽「あ……で、首尾はどう?」

岡部「うむ、上々といったところか。 後は残すところ、一人だ」

チラリと、脳天気に微笑む水色を見やる。
鈴羽も、それに続いてまゆりの方を伺った。

鈴羽「……ごめんね、岡部倫太郎」

岡部「いいや、いいさ。お前が気にする事はない」

全ては未来のため、なのだからな。
そしてそろそろ、この苦行も終わらせなければならない。

75: 2011/11/28(月) 20:23:12.19 ID:lX7sMwmjO
ダル「それ、なんの話ぞ?」

俺と鈴羽の話を聞いていたダルが急に、それはなんの話か、と聞いてきた。

岡部「いや、何でもない」

鈴羽「そうそう、とう……じゃなかった、橋田至には関係ない話だよ」

岡部「あ、おい!」

鈴羽「ご、ごめーん…」

謝りながら、鈴羽は頭を掻いている。
うっかりとんでもない事を口走りそうじゃなかったか?今。

ダル「ん、んん? も、もしかして阿万音氏って……」

岡部「!」

鈴羽「!」

ダルは、訝しげに俺と鈴羽を交互に見つめだした。
まずい、気付かれたとでもいうのか!?

ダル「……オカリンの彼女なん? なーんか通じ合ってね?お互いの事をよく知ってそうだし」

まゆり「え、ええーっ! お、オカリンにはクリスちゃんがいるのにぃ!?」

77: 2011/11/28(月) 20:25:48.97 ID:lX7sMwmjO
岡部「あ、なんだ良かった、そっちか。ビックリさせやがって」

まゆり「えっ?」

やはりただの誤解だった。
正体がバレたわけではない。
しかし、止せばいいのに鈴羽が身を乗り出す。

鈴羽「本当に? そう見えた? 橋田至」

ダル「え? う、うん」

鈴羽「そうかぁ、へへ。カップルに見えるってさ、リンリン?」

ダル「!」

まゆり「!」

岡部「違う!全然違うぞ。 おい…お前、悪のりするな。俺達はそんなのではない」

リンリンと呼ぶのもやめろ。
見ると、まゆりとダルが二人揃って微妙な顔をしている。

78: 2011/11/28(月) 20:26:54.35 ID:lX7sMwmjO
ダル「り、リンリンって……?」

まゆり「なんぞ……?」

ほら見てみろ。
勘違いされたではないか。
まゆりまでダル語になっている。
文句の一つでも言ってやりたい。

鈴羽「ちぇー、岡部倫太郎はノリが悪いなぁ」

ダル「あ、なんだ、阿万音氏のジョークだったんか…」

まゆり「ビックリしたぁ……リンリンって、ねえ?」

隣に座っていたまゆりが、袖をチョイチョイと引っ張ってくる。

岡部「うむ、実にビックリだな。それに俺はノリが悪いのではなく、悪ふざけが嫌いなのだ」

ダル「それオカリンが言う?」

岡部「やかましいぞダル! おい阿万音、お前……まさかとは思うが」

鈴羽「あ、大丈夫大丈夫。 あれは悪ふざけとかじゃないから」

岡部「……」

80: 2011/11/28(月) 20:31:22.98 ID:lX7sMwmjO
まあそうだろうな。
ここまで来て悪ふざけとかだったら、それなりの手段をとらせてもらう事になるし……。
時計をチラリと確認する。
さて、と。
そろそろやるか。
とりあえずダルの居る前では出来ない。
ダルをこの部屋から追い出してやらねば。
俺は鈴羽の方を見やって、目があったのを確認すると頷いて見せた。

鈴羽「えっ、なに?」

岡部「……あー、おほん。そろそろかなー」

鈴羽「え?なにが?」

こいつ、とぼけているのか?

ダル「オカリンどしたん?」

岡部「いや、あの……独り言だ…っ!」

鈴羽「へんなの」

ダル「な。 オカリンはこういう時がよくあるから」

鈴羽「へぇ、そうなんだ」

ぐぬ……っ!こいつ…!
適当な理由をつけてダルを連れ出せ、と言っているのに!
わかるだろう!?俺たちは今、チームなのだから!

81: 2011/11/28(月) 20:35:35.60 ID:lX7sMwmjO
何度か意味深に頷いてみせるが、その都度首を傾げて返される。
だんだんイライラしてきた。
仕方がないのでメールで送ってやろう。
『ダルを連れ出せ』と、オーヴァ。
軽快なメロディーと共に、メールが送信された。
直後、鈴羽の無線機入れから着信音が聞こえる。
どうやらあれは無線機じゃなかったようだ。
となると、その銃のホルスターはさしずめバナナケースか何かか?
鈴羽が携帯を取り出し、画面を確認する。

鈴羽「あ、メールだ」

ダル「なんて?」

鈴羽「うん……えーっと。 ダ――」

岡部「おい!!!」

お前……本当に未来の戦士なのか!?
注意力が小学生レベルではないか!
俺が睨みつけてやると、苦笑いで返してきた。

鈴羽「ああ、はは……ゴメンゴメン…」

82: 2011/11/28(月) 20:38:15.48 ID:lX7sMwmjO
それを見て、またもやダルが目ざとく推理してくる。

ダル「え、今のメールはオカリンからなの? なんか怪しくね?」

まゆり「ええー、オカリン……」

岡部「ば、馬鹿をいえ。 そのような詮索はやめてもらおう」

ダル「ふーん……」

もう信じらんね、とでも言うような目をダルとまゆりから向けられる。
とにかく、だ。
もう一度、鈴羽に頷いてみせる。
鈴羽はしばらく視線を泳がせたあとで、ダルに向き直った。

鈴羽「あ、あのさー、橋田至?」

ダル「ん?どうしたの阿万音氏」

鈴羽「あ、あたし、この街来るの初めてなんだよねー」

そうきたか。
まあ、妥当じゃないか。

ダル「あ、そうなの?」

鈴羽「う、うん。 良かったらその、案内して貰えないかなー?」

よし、ダルなら間違いなく食いつくはず。
なにせ、ミリタリーコスの美少女なのだからな。

85: 2011/11/28(月) 20:39:50.08 ID:lX7sMwmjO
ダル「えっ!? そういうのオカリンに頼めばよくね?」

岡部「ナニーッ!!!?」

ダル「うわ!びっくりした。 オカリン声でけーよ!」

岡部「あ、ああ、すまない」

驚いて、思わず浮いてしまった尻を再び下ろす。

鈴羽「あ、いやぁ……あたしは橋田至に案内してほしいなー、なんて」

頭を掻きながら、鈴羽が畳み掛ける。
ナイスだ鈴羽。
そのまま食い下がれ!

ダル「え、まじで?」

鈴羽「う、うんうん! マジマジ!」

ダル「し、仕方ないなぁ……」

よし、よくやった鈴羽。
そしてしばらくは帰って来るなよ。

86: 2011/11/28(月) 20:44:15.25 ID:lX7sMwmjO
ダル「ま、なんか知らんけど、そういうワケみたいだから、オカリンすまんお」

岡部「あ、ええ?」

ダルはそう言って、勝ち誇ったような目を向けてくる。
すぐに増長するのはダルの悪い癖だ。
そうしてダルは、なんとも格好の悪い敬礼ポーズを決めて、上着を羽織る。

ダル「んじゃ、行ってくるお。 ねーねー、阿万音氏はなに見たい? もしや薄い本とか興味あるん?」

言いながらダルが出て行く。

鈴羽「あ、うーんと……薄い本ってなにかな? ちょっと興味あるなぁー、なんて……」

鈴羽もダルに続いて、そそくさとラボを出て行った。
ダル……哀れだな。
我が子に薄い本を紹介するとは。
そしてラボには、俺とまゆりの二人きり。
念のため、玄関には鍵をかけておく。
……さて。

88: 2011/11/28(月) 20:48:31.10 ID:lX7sMwmjO
岡部「なあ、まゆり。 最近、学校の方はどうなのだ…?」

まゆり「え、えっ? うん……普通だよー」

岡部「そうか、普通か。 よかったな」

まゆり「うん。 えっへへー♪ オカリンは?」

岡部「あ、ああ……俺は……」

いや、待てよ?
もうここまで来たら、わざわざ目を瞑らせなくてもいいんじゃないか?
だってあとはまゆり一人だし、これを終わらせれば未来は改変されるのだろう?

岡部「なあ、まゆり」

まゆり「んー?なにかなー?」

まゆりは、お気楽スマイルで聞き返してくる。
これから何をされるかも知らずに。
実に脳天気なものだ。

岡部「ちょっと立っ―――」

――てくれ、と言いかけて、玄関のドアが、ガツーンとドデカい音を立てる。

岡部「な……っ!?」

まゆり「きゃっ…!」

89: 2011/11/28(月) 20:49:28.15 ID:lX7sMwmjO
まさか……ラウンダーの襲撃!?
そう思って、背筋が凍りつく。
この計画に気付かれたのか!?
そしてそれを阻止するために襲撃をかけてきたというのか!?
俺だけならまだしも、今はまゆりがいる。
くそっ………またもや、まゆりが犠牲になるという――。


萌郁『おかべぇーーーーっ!!』

またもや、ドアがガツーンと鳴った。
あ、やばい。
桐生萌郁だ。
マジ切れモードの。
なにをしでかすか、わからない時の萌郁だ。
ラウンダーの襲撃には間違いないが、これは先ほどの報復と考えていいだろう。


萌郁『出てこおおおおい!!うわあああああああっ!!』

なおもガツン、ガツンとドアが叩かれて揺れる。
鍵をかけておいてよかった。

93: 2011/11/28(月) 20:53:24.39 ID:lX7sMwmjO
しかし、尋常じゃないその音にまゆりは怯えきってしまい、俺にしがみついてくる。

まゆり「お、オカリン…モエさんだよね? どうしちゃったのかなぁー……こわいよぉー」

かわいそうに、目に涙を溜めてブルブルと震えている。

岡部「ま、まゆり……大丈夫だ、問題ない! すぐに終わる…!」

まゆり「えっ!?」

俺がまゆりに腹パンをすれば、それでチェックメイトだ。

萌郁『おかべえええええええええっ!!』

あの様子を見ると、ドアの方も長く保ちそうにない。
最悪、拳銃を持ち出されれば玄関の鍵など一瞬でオシャカだろう。
早く片を付けなければ。
俺は、まゆりの肩をつかんで、ぐるりと向かい合うかたちになる。

まゆり「お、オカリン? こ、こんな時に何を……」

95: 2011/11/28(月) 20:56:12.61 ID:lX7sMwmjO
岡部「まゆり、許せよ!」

俺は、素早く振りかぶってまゆりの腹目掛けてパンチを繰り出す。
どすっ、と俺の拳がまゆりの腹にめり込んで、

まゆり「かはっ……! う、うぐぅーーーっ!」

まゆりは腹を抱えて崩れ落ちた。
やった。
やってやった。
これで、未来は変えられたんだ。
きつかった……。
本当に……。

まゆり「う、ううっ……!」

まゆりのうめき声を聞いて、俺はハッと我に返る。

岡部「まゆり!!大丈夫か!? しっかりしろ、まゆり!」

横たわったまゆりの身体を揺さぶる。

まゆり「う、うぐぅ……」

しまった、やりすぎたか…。
まゆりは床にのたうち回ったまま、しばらく回復する兆しは見られない。

96: 2011/11/28(月) 20:57:19.15 ID:lX7sMwmjO
萌郁『おかべええええっ!!あああああああっ!』

岡部「なにっ!?」

ドアから、ガツンという音。
そういえば、まゆりの腹を殴った瞬間、リーディングシュタイナーは発動しなかった!
迂闊!
俺とした事が……!
恐る恐る確認すると、歪んだドアの向こうの萌郁と目が合った。
かなり血走っていて、32型のブラウン管を振り上げている。
なんという力持ち。
俺でさえ、21型を下のブラウン管工房に運ぶまでに散々苦労したというのに!
すぐさま研究室に駆け込み、モアッドスネークを用意する。
こうなった今、ここは何とか自分で切り抜けなければ…。

100: 2011/11/28(月) 21:02:34.85 ID:lX7sMwmjO
岡部「っ!」

ドアがはね開けられる音。
来た……!
入って来てしまった!
ブラウン管を抱えた萌郁がラボ内に侵入してくるや、すぐさま俺の姿を発見して睨んでくる。

岡部「今だっ!!」

萌郁「……っ!?」

俺は、迷わずモアッドスネークの起動ボタンを押した。
うんともすんとも言わない。

岡部「……あれ?」

なんで起動しない!?
萌郁が、なおもゆっくりと距離を詰めてくる。

岡部「え、ちょ……うそだろ?」

萌郁「うううううっ!」

岡部「ま、まて萌郁! こ、これには深いワケがあってだな……」

萌郁「おかべえええええ…! りんたろおおおおおっ!!」

101: 2011/11/28(月) 21:04:04.12 ID:lX7sMwmjO
萌郁は聞く耳持たず、の様相で、ブラウン管を振り上げる。
やばい。
これは氏んだかも……。
そう思って、全身がゾクリと総毛立つ。
もう……ダメなのか…?
あ…………でも、もういいか。
これで、多分未来は変わったのだ。
だから、この先みんなが幸せなら、もう悔いは無い。
どうやら俺の役目もここまでのようだ。
モアッドスネークが起動しなかったのも、つまりそういう事だろう。
俺は、立ち上がって、萌郁に両腕を広げて見せた。

岡部「わかった……やるがいい、桐生萌郁よ。 もう俺は、抵抗はしない…」

萌郁「うあああああああっ!」

さらばだ、みんな。
どうか………達者で。

103: 2011/11/28(月) 21:06:25.88 ID:lX7sMwmjO
振り上げられたブラウン管を見ると、画面は粉々に割れ、中の部品が丸見えになって、
それらがトゲトゲしく黒光りしていた。
あ、おいそれ……店長がなかなかに可愛がっていたハイビジョンブラウン管ではないのか?
いいのか、おい。
……ああ、やっぱりダメだ、怖いな。

岡部「くっ……!」

衝撃に備えて目を閉じる。
瞼の裏側には、走馬灯が走った。
これで殴られる。
それでジ・エンドだ……。
そう思った時――。

萌郁「うっ!」

と唸って、萌郁が倒れた。
振り上げたブラウン管が背中に落ちて、軽く痙攣している。
向こうには鈴羽の姿。
鈴羽の後ろでは、ダルがポカンと立ち尽くしている。

105: 2011/11/28(月) 21:09:03.20 ID:lX7sMwmjO
鈴羽は、表情が強ばっていたかと思いきや、萌郁が倒れて俺が無事だと確認した途端に涙を溢れさせ、

鈴羽「リンリン…っ!」

と、俺に抱きついてきた。
そのまま肩口に顔をうずめ、びいびいと泣き出してしまっている。

岡部「す、鈴羽……」

どうやら俺はまた、鈴羽に助けられたのだな…。

岡部「ありがとう、鈴羽……」

胸の中で泣き喚く、鈴羽の頭を撫でる。
全く、戦士らしくないな。
ダルはというと、倒れたまゆりと萌郁を見て、口をパクパクさせている。

鈴羽「もう…ぐすっ……無茶しないで…っ」

岡部「ああ、すまなかったな……」

鈴羽「リンリンが氏んじゃったら、意味ないんだからぁ……ひぐっ」

え?
俺が氏んだら意味がない?
どういう事だ?

106: 2011/11/28(月) 21:11:36.15 ID:lX7sMwmjO
とんでもない未来は変わったんだろう?
まだ、やる事が残っているとでも?

岡部「お、おい……俺が氏ぬと、なにかまずかったのか?」

鈴羽「あ、あったり前じゃん…! ぐすっ……ひぃん…」

岡部「また、この先何かをやれと言われるのか……?」

鈴羽「そ、そうじゃないけど…ぐすっ…」

鈴羽は、変わらずに肩を震わせている。
そうじゃなければ何だと言うのか。
そろそろ聞かねばなるまい。

110: 2011/11/28(月) 21:13:36.92 ID:lX7sMwmjO
岡部「なあ、鈴羽。そろそろ話してくれてもいいのではないか?」

鈴羽「え…っ?」

顔を上げた鈴羽は、目を真っ赤にして俺の顔を見つめてくる。
うっ……。

岡部「い、いや。 俺がこうしてラボメン達に腹パンして回った理由を、だ」

鈴羽「あ……えっと……それは…」

岡部「それは……?」

鈴羽「……………ゃったから……」

岡部「え?」

よく聞こえなかった。
聞き返してみる。

鈴羽「リンリンが……結婚しちゃったから……」

え…………。
意味がわからない。
全然意味がわからない。

113: 2011/11/28(月) 21:15:42.63 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「……未来で……ま、牧瀬紅莉栖と結婚しちゃったんだよ……? あたしというものがありながら…」

紅莉栖と俺が結婚……は、まあいいとして、だ。
あたしというものがありながらって……?

岡部「な、な、な、な、な、な、……」

鈴羽「え?」

岡部「ぬぁんなのだあああっ!! それわああああああああああああああああっ!」

俺の叫びが秋葉原に木霊した……気がした。
いやまて、なんなのだそれは!!

鈴羽「きゃっ!」

鈴羽の肩を、力いっぱいに掴んで揺さぶる。

鈴羽「ちょ、リンリン! いた…っ!」

岡部「やかましい! なんなのだそれは!!? 俺が未来で結婚!? で、腹パン!?」

お前にもやってやろうか!?
え?
腹パンを。
出来るぞ?
やってやろうか?
ええ?
俺は今修羅なのだからな?

116: 2011/11/28(月) 21:19:11.46 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「り、リンリン、落ち着いて……っ!」

鈴羽が、肩を掴んだ俺との間で、手を小刻みに振って落ち着くよう促してくる。

岡部「おっ、おおおっ、落ち着いてなどいられるか! どうしてくれるんだこの状況!?」

そのまま激しく揺さぶってやると、急に鈴羽も俺を睨み返してきて、

鈴羽「……り……リンリンが悪いんだからねっ!!」

などと、涙声で反論してくる。

岡部「なにっ!?おれが!?」

俺は面食らった。
まさか開き直るつもりだというのか?

鈴羽「……だってリンリンが、リンリンが……あたしが生まれた時からずっと可愛がってくれて…」

……。
まあ、それはそうだろう…。
ダルの娘でもあるし、バイト戦士には世話になったのだからな。

117: 2011/11/28(月) 21:20:00.12 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「それであたしは……リンリンの事が大好きになって……将来お嫁さんにしてねって言ったら……」

岡部「うぐっ…………ま、まさか………」

鈴羽「いいよ、っれ……うっ……ぐすっ……いってくえたのにぃ……うええぇ…」

なんてこった……。
この娘………馬鹿だ……。
なおもポカンとしているダルをチラリと見やる。
お前もお前だ。
なんでタイムマシンを好き勝手に使わせてんだよこの親バカ野郎!
いやまあ、俺も無責任な事を言ったのは悪いかもしれないが。
だがしかし!!!
さすがにこれはやりすぎだ。
改めて確認。

岡部「お、俺がラボメンに腹パンして回れば……結婚相手がいなくなる、と?」

鈴羽「…ぅん……ひっく……」

岡部「それでわざわざそんな事をさせるために未来からやってきた、と?」

鈴羽「そうだよぉ……怖かったんだからぁ……うえぇん…」

岡部「……く、ククククク………」

118: 2011/11/28(月) 21:20:54.22 ID:lX7sMwmjO
笑けてきた。
実に面白い。

鈴羽「り、リンリン……?」

いや、笑っている場合ではない。
笑っている場合ではないのだ。

岡部「ふ、くくくく……フゥーッハ…だ、ダル!!! すぐに菓子折りを準備しろ! 俺はこれから謝罪に向かう!!」

ダル「な、なんの事かわからないけど、わかったお!!」

当然だ!
貴様も一枚噛んでいるのだからな!
ダルが回れ右して駆けだした。
というかお前がタイムマシンなど作らなければ……。
俺は、力いっぱいにギリリと歯噛みしながら、ダルのでっかい背中を見送った。
それに続いて、俺も早急に外出の準備をすすめる。

119: 2011/11/28(月) 21:21:45.31 ID:lX7sMwmjO
鈴羽「リンリン……待って……っ!!」

岡部「やかましい!!」

鈴羽「ううっ……ぐすっ……ごめんリンリン……あたしじゃ何やっても……紅莉栖おばさんにはかなわないと思ってぇ……」

俺が怒鳴ると、鈴羽は完全にむせび泣きだしてしまっていて、

鈴羽「それで……そえでぇ……ひぃん…ぐすっ…うええぇ……ごめぇん、リンリン……ごめんなさあぁぁい…っ!」

またもや、俺に抱きついてくる。
うぐっ……!
悔しい……でも……っ!

岡部「……ああもう、やかましい! もう泣くな!!」

鈴羽「ひっ……!! う、うん……ぐすっ……ぐすん……」

俺の肩口は、既に鈴羽の涙やらその他で、ひんやりとしてしまっている。

125: 2011/11/28(月) 21:27:15.89 ID:lX7sMwmjO
まあ、大した考えもなく、こんなアホな作戦に乗ってしまったのは俺。
これは、ちょっと考えればわかる事、だったのかもしれん。
そもそも、世界を変える鍵が腹パンなど、あってはならないのだ。
そこに気付くべきだった。
そして、未来で鈴羽に無責任なことを言ってしまったのも俺。
普通は真に受けないだろうに、SG世界線の未来でゆとりたっぷりに育てられた鈴羽は、信じてしまったのだ。
しかし、俺も俺だ。
完全に責任逃れは出来まい。
とにかく、だ。
これで全部ぶち壊しになったというのが結果であり、決して曲げられぬ事実である。
ここいらで鈴羽の乗ってきたタイムマシンを使え、と言われるかもしれないが、
俺は以前、これからもう何かを“無かったことにしてはいけない”と、
無かったことにしてしまった仲間たちの想いに誓ったのだ。
ならば、全てをぶち壊してしまった“今”を生きるには、この後はせめて建設的にいかねばなるまい。
なので、鈴羽を叱り飛ばしている場合ではないのだ。

岡部「黒幕は確かにお前だが、実行犯は俺だ…。 許してくれる、くれないにせよ、皆には謝罪には行かねばなるまい…」

鈴羽「ほんとに……ごめん……リンリン……」

128: 2011/11/28(月) 21:30:46.66 ID:lX7sMwmjO
鈴羽が力なく肩を落とす。
俺は、その肩にポンと手をおいた。

岡部「説教は後だ……覚悟しておけ……」

鈴羽「う、うん………」

そして。

岡部「あ、あと……な…」

鈴羽「えっ……?」

岡部「俺がこれで、一生独身という羽目になったら……そ、その……責任を取ってもらうからな……」

まあ、時間跳躍までして来た覚悟に対しては、少しは報いてやらねばなるまい。

鈴羽「…っ!!!」

鈴羽が目を見開く。
驚いて、その後抱きついて来ようとしたところで、俺はチョップを食らわせてやった。

鈴羽「いっ……たっ! リンリン、今のはひどいじゃん!」

岡部「ひどいのはお互い様だ……馬鹿者が……」

鈴羽「あ…はは……ごめん……」

鈴羽は、涙顔に屈託のない笑みを作ってみせた。

131: 2011/11/28(月) 21:35:30.54 ID:lX7sMwmjO
俺は、まゆりと萌郁を介抱した後で、二人を鈴羽に任せ、
ダルが買ってきてくれた菓子折りを手に、無いドアをくぐって、セキュリティゼロとなったラボを出た。
途中、鈴羽から何度も何度も謝られたが、俺はそれに対してもなんだか腹が立って来てしまって、
さっき言ってやった事を軽く後悔してみたり。
アメリカからプレゼントまで持ってきてくれた紅莉栖にはどうやって謝ろうと模索してみたり。
そして、
ラボの外の、馬鹿みたいに乾燥していて突き刺さるような冷気に頬を叩かれながら、フラフラと階段を降りる。
下まで降りて気がついた。
道の反対側には、制服警官が二人立っていて、こちらを指差している。

岡部「やっぱ最低なクソ野郎だよ、俺は……」

俺は。
抵抗の意思など全くもって無いことを示すために、
黙って。
灰色に曇った空に向けて。
両手を、挙げた。


おわり

132: 2011/11/28(月) 21:37:14.00 ID:sGRMR3xTO
まさかこんな終わり方なんて…

133: 2011/11/28(月) 21:37:27.91 ID:hadwJg9B0
夜のお説教ですね、わかります。乙乙

137: 2011/11/28(月) 21:40:54.92 ID:lX7sMwmjO
皆様、ご支援下さいまして、ありがとうございました<(_ _)>

次は真面目に椎名まゆりの話を書いてみようと思いますので、機会があれば是非ともよろしくお願いします。

最後にもう一度、本当にありがとうございました。

乙!

141: 2011/11/28(月) 21:48:19.38 ID:lX7sMwmjO
しまった……。
最後までやって、綯に腹パンするのを忘れていましたorz

149: 2011/11/28(月) 22:06:35.18 ID:lX7sMwmjO
>>144
警官が二人歩み寄ってくる。
なんだなんだと集まりだした野次馬どもの中に、ふと、天王寺親子の姿が見えた。

岡部「しまった。これは……まずいものを見られてしまったのかも……」

騒ぎを起こすな、そう言われていた手間、もしかしたらラボを追い出される事になるのでは…。
ふと、二階の窓がガラリと開けられ、鈴羽が顔を出すなり叫んだ。

鈴羽「失敗したっ、リンリン! あのリスト……天王寺綯の名前を書き忘れてたよ!」

岡部「なにっ!! じ、じゃあ……」

警官A「お、おい君……何の話を…」

掴みかかろうとする警官を、俺は必氏に腕で振り払う。

警官A「うわっ! なんだこいつっ!ぐうっ!」

岡部「や、やかましい! それで鈴羽!ま、まさか、綯にまで!?」

鈴羽「そう! 綯にも腹パンを……!」

ふざけるな。
小学生にまで腹パンだと!?
見境がなさ過ぎるだろう、鈴羽…!
残念すぎる…っ!

150: 2011/11/28(月) 22:07:33.10 ID:lX7sMwmjO
岡部「お前なに考えてんだ!! 俺があの小動物とどうにかなるわけあるまい!」

鈴羽「ええーっ!!でもぉ!」

岡部「でももクソもあるかっ! ……ん?」

足元には、先ほど振り払った警官Aが転がっていた。
腹を押さえている。

警官B「あー、君、今のは公務執行妨害だねぇ」

岡部「えっ!? うそでしょう!?」

どうやら、今のちょっとした事で刑期が延びたようだ。

おわり

引用元: 岡部「最低なクソ野郎だよ……俺は」