1: 2023/08/25(金) 21:25:16.69 ID:Tzz1XYKu.net
夏も終盤ですが長編ssを
去年エタらせてしまったものです。せっかくなので書き溜めて最後まで投稿します。

【ラブライブ】侑「その閉ざされた楽園で」



虹ヶ咲×スーパースター

内容は蝿の王や無限のリヴァイアスみたいなもんです

2: 2023/08/25(金) 21:26:24.25 ID:Tzz1XYKu.net
12月〇×日 6:45p.m.

侑「みんな、今日はお疲れ様! みんなの協力があって、無事に第3回スクールアイドルフェスティバルの成功を収めることができました。ちょっと早いけど、私から乾杯の音頭を取らせていただきます。フェスティバル成功を祝って、カンパーイ!」

「「「カンパーイ!!!」」」

 夕暮れの高速を走るバスの中で、私たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は打ち上げをはじめた。
 ジュースの入った紙コップを頭上に掲げ、音頭の後、それぞれ隣席の人と紙コップを軽く打ち合わせる。

歩夢「ふふ。侑ちゃん司会進行お疲れ様」

侑「ありがと。みんな今日もすごく輝いてたよ。お疲れっ」

 第1回、第2回と規模を拡大していき、栞子ちゃん、ミアちゃん、ランジュちゃんという3人の新メンバーを迎えて臨んだ第3回スクールアイドルフェスティバルは、冬の長期休暇を利用した1週間という期間で開催された。

 東京、神奈川、埼玉の3県の学校で行われた合同のスクールアイドルイベントで、それぞれの学校で披露されるライブを生中継し、視聴者によるリアルタイムの投票で順位を決めるというラブライブ!の大会形式に則ったものとなった。

5: 2023/08/25(金) 21:28:30.29 ID:Tzz1XYKu.net
歩夢「でも、まさか私たちが優勝できるなんて思わなかったな」

侑「どの学校もすごく輝いてて順位なんて決められないよね」

ランジュ「そう? このランジュがいるんだもの。優勝以外ありえないわ」フフン

 最終日、一番獲得票数の多かった私たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は、今回の合同企画を持ちかけた神奈川の学校で最後のライブを行ったのだった。
 私たちは今までにない充実感と達成感を胸に帰路に就いていた。

彼方「ふわぁ〜、彼方ちゃん疲れちゃったよぉ」ポテン

エマ「ふふ。よしよし」ナデナデ
 

果林「それなりに長旅だったものね。でも、楽しかったわ」

愛「愛さんまだ体火照ってるよー。どっかのホテルで一休みしたいくらい。火照るだけに!」

<プヒョッ ユウチャン!?

13: 2023/08/25(金) 21:32:41.78 ID:Tzz1XYKu.net
ミア「少し静かにしてくれないか? 疲れてるんだ」っアイマスク

璃奈「ジュース、飲まない?」

ミア「……もらうよ」
 

しずく「かすみさん、そのクーラーボックスの中身って」

かすみ「これはねえ、かすみん特性スペシャルコッペパンの詰め合わせ!」

しずく「スペシャル? お昼に出してくれたのとは違うの?」コンナニタクサン

かすみ「にっひっひ。それは食べてからのお愉しみ♪ はいどーぞ」

しずく「あ、ありがとう」
 

栞子「想定以上の盛り上がりでしたね。神奈川まで出向いた甲斐がありました」

せつ菜「規模が規模なだけに心配していた部分もありましたけど、いろんな人が力を合わせてくれたおかげですね!」

18: 2023/08/25(金) 21:35:40.99 ID:Tzz1XYKu.net
栞子「はい。ライブ配信も過去一の同接数を記録したと聞いています。これがきっかけで、さらにスクールアイドルの輪が広がってくれれば喜ばしいのですが」

せつ菜「きっと伝わっていますよ。だって、あんなにもたくさんの人達が見ていてくれたんです。私たちの活動は決して無駄にはなりません」

栞子「そうですね。そう、願いたいものです」


かすみ「かすみんのかわいさが全国に広がるのも時間の問題ですねぇ」ニシシ

しずく「はいはい」フフ

かすみ「むう……あ、そういえば」

しずく「どうしたの?」

かすみ「かすみんたちの他にも東京から来てた学校あったよね」

しずく「えっと、それって確か原宿にある……」

23: 2023/08/25(金) 21:37:51.50 ID:Tzz1XYKu.net
侑「結ヶ丘女子だね!」ヒョコ

歩夢「ゆ、侑ちゃん危ないよ」

ランジュ「ああ、あの子たち」

侑「ランジュちゃんはどう思った? 私すっごいときめいちゃった!」

ランジュ「確かにあのパフォーマンスは侮れなかったわ。まだ拙いながらも、光るものがたくさんあった。来年はちょっと凄いんじゃないかしら?」

かすみ「あのランジュ先輩にここまで言わしめるとはっ」グヌヌ

しずく「どうしてかすみさんが悔しそうなの」

果林「確かルエラって名前のグループだったわね」

愛「Liellaね、カリン」

侑「うんうん。本当に凄かったよね! なんでも先月行われたラブライブ!の東京大会で2位だったとか」

侑「しかも全員1年生!」

25: 2023/08/25(金) 21:39:55.57 ID:Tzz1XYKu.net
しずく「わたしたちと同い年だよかすみさん」

かすみ「かすみんだってあれくらいヨユーですけど!!」

ミア「……ボクにはそこまでのものには見えなかったけどな」フン

璃奈「私たちも負けてない」っ璃奈ちゃんボード『ムン』
 

栞子「結ヶ丘女子……あの5人組のグループですか。確か、まだ結成して間もないと聞きましたが、あのステージは見事なものでした」

せつ菜「そうですね。特にあのセンターの人、どこか普通ではないカリスマ性のようなものを感じました」

せつ菜「歌の上手さはもちろんですが、それだけでは説明のできない不思議な魅力がありましたね」

栞子「不思議な魅力……せつ菜さんのようなものですかね」クス

せつ菜「し、栞子さんっ」カラカワナイデクダサイ

27: 2023/08/25(金) 21:41:43.10 ID:Tzz1XYKu.net
歩夢「あ、侑ちゃんそろそろトンネル入るからちゃんと座席に座って」

侑「はーい」

侑(あれ、行きにトンネルなんてあったっけ……?)

 確か、このバスは往路、復路で同じルートだったはず。交通状況や渋滞の問題で多少のルート変更があったとしても、この近辺の道路にトンネルがあるなどという記載はなかった。

侑(うーん、地図にも載ってない古いトンネルか、開通したばかりの新しいトンネルか。この辺の地理は全然詳しくないんだよなぁ)マ、イッカ

 特に深く考えることもなく、私は疲れた頭に糖分を補給しようとポケットに入れていた飴玉を口に放り込んだ。

 フロントガラスから覗くライトに照らされたトンネルの入り口が、まるで暗闇で獲物を待ち伏せる化け物の大口に見えるようで思わず肩をすくめる。

 バカバカしい。たかがトンネルだ。
 いくら長くとも5分もかからず通り抜けてしまうだろう。

 バスが速度を緩め、トンネル内に入っていく。

侑(……長いな)

 目線を先に向けてもトンネルの出口が見えない。思ったよりも長いトンネルのようだ。

28: 2023/08/25(金) 21:43:44.79 ID:Tzz1XYKu.net
ゴゥー ゴゥー ガー ブロロ…

歩夢「ねえ、侑ちゃん」

侑「ん、なに歩夢?」

歩夢「今日は本当に楽しかったね。今までにないほど充実した1日だったと思う」

侑「うん、そうだね。ふふ、でも急にどうしたの」

歩夢「うーん、なんかね。もう12月も終わっちゃうでしょ。今日は彼方さんやエマさんたち3年生と一緒にできる最後のライブだったから」

歩夢「なんか、今になってしんみりしちゃって」

侑「分かるよ。勉強や進路のことで忙しい中、今日この日のために予定を合わせてくれたんだもん。このフェスティバルに参加してくれたみんなにも感謝してもしきれないよ」

ガゥーゴゥーゴゥー

歩夢「ううん。誰よりも、人一倍頑張ってくれたのは侑ちゃんだよ。私たちにとって侑ちゃんはかけがえのない大切な人」

歩夢「忘れてないよね。侑ちゃんが信じてくれたから、私は前に進めたんだよ。今度は私たちが侑ちゃんの背中を押す番」

 なんて、ちょっとくさかったかな? 歩夢はそう言ってはにかんだ。

29: 2023/08/25(金) 21:44:59.24 ID:Tzz1XYKu.net
侑「歩夢……ありがとう。私もピアノもっともっと頑張る! だから、困った時はじゃんじゃん頼っちゃうからね」

 たとえ離れ離れになったとしても 心は繋がっている。
 背中を押して押されて、互いに引っ張り合げて。それが私と歩夢の真の関係性。

 だから、これからも――――

ブロロ…ブォーパラ…パラ

「なんだぁ? 雨……か?」

侑「?」

 運転手の呟きを耳が拾う。
 雨? そんなはずはない。今日の天気予報はずっと快晴。何よりもここはトンネル内だ。

ランジュ「ねえ、なんか揺れてない?」

歩夢「もう、ランジュちゃん。バスの揺れでしょ?」

ランジュ「不对。ええと、何ていうのかしら、体の芯から震えるような地響き……感じない?」

カチッカチ…パラ

「今度は照明か? どうなってんだこりゃあ」

30: 2023/08/25(金) 21:46:26.88 ID:Tzz1XYKu.net
かすみ「わひ?! い、今一瞬明かり消えなかったっ?」

しずく「道路照明の点滅? 明かりが切れかかってるのかな」

ドン…ドンドン

歩夢「それって、太鼓の振動が体にビリビリ伝わる感じ?」

ランジュ「ああ、言われてみるとそんな感じね。歩夢もビリビリきてるでしょ?」

ドンドン…パラ…パラ…カチッカチッドン

果林「なんか、揺れるわね」

愛「あ、また消えた」

愛「ライトがないと暗いと! なんてっ」
 

せつ菜「あのっ、これじ、地震ではないですか!?」

栞子「落ち着いてください……っ、揺れはそこまで強くはn

ズズンッッ!!

31: 2023/08/25(金) 21:47:52.17 ID:Tzz1XYKu.net
彼方「!! う、ぅえっぷ……っ」

エマ「彼方ちゃんっ、大丈夫?」サスサス

ドン…ドンドッドッドカチッーーーーバチッッ!

璃奈「み、ミアちゃん。起きてっ」ユサユサ

ミア「h…hmmm…」zzz

ドンッドンドンドン‼︎ガラガラ

ランジュ「きゃあ!? な、なにようこれぇ!」

パッ カチッ カチ パッドン ドン ドンドンドンドンドンドン!!!!

侑「あ、ちょっ 待ってこれやばいやt――――
 

――――――ドン"ッ!!!!

32: 2023/08/25(金) 21:50:01.44 ID:Tzz1XYKu.net
第1章 始まり-tunnel-

――
――――
――――――

チャン ウチャンッ

侑「う、うぅん……」

「―――侑ちゃん!」

侑「っ、あ、あゆ……む?」

侑「っう゛ぅ!?」キーーーン

 頭が痛い。耳鳴りがひどい。
 ぼやける視界の中、私は歩夢の顔を見上げていた。

歩夢「よ゛がっだよぉおお! うわぁああん」ギュウ

侑(歩夢、泣いてる。いま、どういう状況なんだろう……)

 朦朧とする意識。なんとか頭を動かして辺りを確認する。

侑(バスの中……でも、変だ。止まってる?)

侑「ねえ、今、どういう状況? なんか、すっごく頭痛いんだけど……っいつつ」

歩夢「動かないでっ。あの、ね、落ち着いて聞いて欲しいのっ」アタフタ

侑(落ち着くのは歩夢の方じゃ……)

33: 2023/08/25(金) 21:51:39.31 ID:Tzz1XYKu.net
栞子「侑さん、大丈夫ですか?」

侑「栞子ちゃん……」

栞子「状況を説明します。まず、ここはトンネルの中です」

 トンネル。ああ、そうだ。
 確かバスがトンネルに入って、それから……

侑「――――! そうだ! 揺れてっ、じ、地震は!?」ガバッ

侑「いつぅ!」ズキンッ

歩夢「侑ちゃん!」

栞子「こめかみが切れています。無理に頭を動かさないでください。吐き気はありませんか? 手足に痺れは?」

侑「う、ううん、大丈夫。ただ痛むだけ」

栞子「よかった」ホッ

栞子「少し待っていてください」

 栞子ちゃんはそう言うと、その場を離れた。

34: 2023/08/25(金) 21:52:48.68 ID:Tzz1XYKu.net
歩夢「侑ちゃん、本当に平気? 何かあったらすぐに言って」グズ

侑「平気だよ。歩夢こそ怪我はない? 他のみんなは?」

 歩夢の太ももの感触に妙な安心感を覚えつつも、辺りの反応を探る。
 通路を挟んだ隣座席にはランジュちゃんがいた。見たこともないような焦燥を顔に滲ませている。

 後方からは、誰かの悲鳴にも似た金切り声。

侑(これって……)

 ぼうっとする頭で理解する。何か、どうしようもないほどの、致命的な事態に、私たちは陥ったのだ。

 見上げると、歩夢は啜り泣くだけでとても満足に話ができるような状況じゃない。
 そんな私の態度を察したのか、歩夢はポツリ、ポツリと絞り出すように言葉を落とし始めた。

歩夢「たぶん……地震だと思う。それもすごく、すごく大きな……っ。侑ちゃんの体、宙に浮いてそれでっ」

侑「おかしいな。ちゃんとシートベルトしてたのにね。すっぽ抜けちゃったのかな、なんて」エヘヘ

36: 2023/08/25(金) 21:54:27.83 ID:Tzz1XYKu.net
 歩夢を少しでも安心させようと、冗談交じりの口調で返すが、

歩夢「わかんないよ。とにかくすごい衝撃だったから……気付いたら侑ちゃん通路に投げ出されてて、血流しててっ、私もうどうしていいかわがんなぐて……うっう"う」ボロボロ

 どうやら逆効果だったらしく、話の途中で再び泣き出してしまった。

栞子「お待たせしました……って、大丈夫ですか?」

侑「あはは、気にしないで。それは?」

栞子「救急箱です。持ってきておいて正解でした」

 栞子ちゃんはそう言うと、タオルで私のこめかみを強く抑えた。

侑「いっ」

栞子「すみません。少しだけ我慢して下さい」

 傷は思ったよりも浅かったようで、血を拭き取るとすぐに消毒液を染み込ませたガーゼを私の頭に巻く。

侑「手際いいんだね」

栞子「これぐらいは普通です。とにかく、無事でよかった」ハァ

 栞子ちゃんは大きく息を吐いた。心配させちゃったみたい。

38: 2023/08/25(金) 21:57:53.35 ID:Tzz1XYKu.net
侑「ありがとう。栞子ちゃんは命の恩人だよ」ニコ

栞子「……大袈裟ですよ。私は他の人を診てきます」

 くれぐれも無茶はしないように。そう言い残し、栞子ちゃんはその場を後にした。
 

侑「――――さて」ガバ

歩夢「侑ちゃんっ」

歩夢「まだ横になってなきゃだめだよ!」

侑「平気平気! こめかみが少し切れただけだって。軽傷だよ」

歩夢「でも、頭打ったんだよ? 暫くは動かないほうが」

侑「ううん。今は少しでも情報が欲しい」

 ただ不安のままでいるより、自分の眼と足で確かめたかった。

歩夢「それは」

侑「歩夢」ジー

歩夢「うぅ……もぉ。何か違和感覚えたらすぐに言うこと」

歩夢「それなら、許します」フイ

侑「ふふ。分かってるって」

 この時の私は、いや、私たちはまだ心のどこかでこの現状について楽観視していたのかもしれない。大丈夫だと。きっと平気だと。数年後には笑い話にすらなってしまうと。

 そう、思っていた。

39: 2023/08/25(金) 21:59:12.66 ID:Tzz1XYKu.net
>>37
浪人には入ってませんけど、なぜか投稿できてますね

40: 2023/08/25(金) 22:01:06.75 ID:Tzz1XYKu.net
侑「これは、酷いね」

歩夢「うん……」

 バスのフロントガラスには無数のひび割れが入り、指先で押すだけで粉々に割れてしまいそうだ。

 あの時の揺れで、運転手は咄嗟の判断でハンドルを切り、トンネルの壁に車体を押しつけて止めようとしたのだろうか。
 もしくは揺れで手元が狂い、壁にぶつからざるを得なかったのか。
 単にブレーキをかける余裕すらなかったのかも知れない。

歩夢「運転手さん、いないね」

侑「きっと助けを呼びにいったんだよ」

 壁に押し当てられたであろう運転席側の座席はひしゃげていて、ドアは大きく凹んでいた。

侑(まさか、押しつぶされ……いやそんなはずない)

 運転手は絶対無事だ。五体満足でここを抜け出したに違いな。
 だから、きっと違う。

侑(この赤いナニカは絶対に違う)

41: 2023/08/25(金) 22:03:39.70 ID:Tzz1XYKu.net
 運転席のあちこちに塗りたくられた赤。
 道に吐き捨てられたガムのようにべっとりと付着した黒の混じった赤。

歩夢「……」

 歩夢は何も言わない。見えているのに、口に出さなければ真実じゃないと、その表情は物語っている。

ランジュ「血でしょ、ソレ」

 そんな私たちの暗黙を破ったのはランジュちゃんだった。

侑「何を、言って」

ランジュ「アタシ見てたのよ。右足とお腹だったかしら、運転手が血塗れでそこのドアから出ていくの」

 ランジュちゃんが指差した先には半開きの乗車口。
 そこに続く通路には引き摺ったような赤いナニカの跡。

ランジュ「アタシたちを置いて先に逃げたってことじゃない」

侑「冷静、なんだね」

ランジュ「冷静? 别小看我! 冷静だったなら運転手をそのまま見過ごすわけないっ」

42: 2023/08/25(金) 22:04:56.44 ID:Tzz1XYKu.net
侑「っ、ごめん」

歩夢「……侑ちゃん、私怖い」キュ

 歩夢が私の裾を掴む。その瞳には涙を浮かべていた。
 そうだ。不安なのはみんな同じだ。

侑(私だって怖い。足だって震えてる。あのランジュちゃんでさえ、どうしていいか分からないんだ)

侑(どうしよう。まず何をすればいい? 運転手を追いかける? それで私たちも歩いてトンネルから抜ける?)

侑(だめだ。ランジュちゃんの話だと、運転手は重症。途中で力尽きて倒れていたら? バスに連れ戻すべき? そのまま担いでトンネルを出る?)

侑「――――あ、そうだよ! まずは電話! 警察、110番? いや、救急車? えぇっと」ゴソゴソ

侑「うわ、画面にヒビ入ってる……え、うそ」

歩夢「どうしたの?」

侑「圏外になってる。なんで? どうして!?」

歩夢「そんな……」

ランジュ「ランジュのもダメだった。多分、他の人も同じなんじゃない?」

侑「そう、なんだ……」

43: 2023/08/25(金) 22:09:18.44 ID:Tzz1XYKu.net
侑(どうしよう。電波が繋がる場所まで行くべき? それならトンネルから出た方がいいんじゃ)

栞子「侑さん、まだ安静にしているよう言ったはずですが」

侑「あ、栞子ちゃん」

ランジュ「栞子」

栞子「……」ハァ

栞子「お二人とも、言いたいことは分かります。一先ず、一度みんなで話し合いましょう」

ーーーー
ーーーーーーーー

栞子「手当てが必要だったのは侑さん、璃奈さんの2人。できるのなら、早急にしかるべき医療機関へ運ぶべきなのですが」

栞子「他に怪我人がいなかったのは不幸中の幸い……ですね」

せつ菜「あれだけの衝撃だったんです。むしろ運が良かったのだと考えましょう」

44: 2023/08/25(金) 22:10:52.50 ID:Tzz1XYKu.net
果林「ええ、私たちは何ともないわ」

エマ「……うん。でも、璃奈ちゃんが」

璃奈「私は大丈夫。みんな、心配しないで」っ璃奈ちゃんボード『キリッ』

 左腕の打撲。
 あの時の衝撃で、小柄な璃奈ちゃんは私同様に席から投げ飛ばされてしまったらしい。
 その際に、左腕を前の座席に強打したとミアちゃんが私たちに教えてくれた。

ミア「ああ、クソっ……ボクのせいだ。ボクが呑気に寝ていたから、璃奈が。damn it!」ガンッ

璃奈「ミアちゃんはすぐに私を助けてくれた。だから、そんなに自分を責めないで。お願い」

ミア「璃奈……」

 璃奈ちゃん、痛いはずなのに。私なんかよりずっと辛いはずなのに。額に決して少なくない汗を浮かべながらも、弱音を吐くようなことはしなかった。

45: 2023/08/25(金) 22:13:25.67 ID:Tzz1XYKu.net
愛「りなりー」ウルウル

璃奈「愛さん、泣かないで。痛いのは平気。みんなが悲しんでる方が辛いから」

愛「り"な"り"ぃいい!!」ブワ

栞子「本当はしっかりと固定させた方がいいのですが、如何せん包帯もなければガーゼも足りず、応急処置が手一杯なのが歯痒いですね」

せつ菜「そんなことありませんよ! 栞子さんがいなければどうなっていたか。その救急箱だって栞子さんの持ち物ですし」

侑「うん。本当に、栞子ちゃんがいてくれてよかった」

栞子「まさかこんな形で活躍することになるとは、お役に立てて幸いです」

 栞子ちゃんは腕に抱く救急箱を愛おしそうに撫でた。

彼方「あの〜」

 そんな折、恐る恐るといった感じで手を挙げたのは彼方さんだ。

46: 2023/08/25(金) 22:15:45.77 ID:Tzz1XYKu.net
彼方「あのね、彼方ちゃんたちはこれからどうすればいいのかなぁ、って」

彼方「運転手さんいなくなっちゃったみたいだし、携帯も使えないし……探しに行った方が」

果林「ねえ、本当に誰も気が付かなかったの?」

しずく「あの衝撃では誰も満足に動けなかったみたいですし、無理はないかと」

かすみ「それより、どうしてスマホが使えないんですか! いくらトンネル内でもおかしくないですかっ?」

璃奈「電波が悪いのは仕方ないけど、全員圏外なのはちょっとおかしい、かも」

エマ「どういうこと? ここってそんな山の中ってわけじゃないよね?」

栞子「このような閉鎖的な空間内では電波を通すための回線か、発信するための基地局が内外にあるはずです」

栞子「圏外ということは、内部にある回線かアンテナが地震の影響で破損し、機能しなくなっている場合。いえ、それよりも最悪なのは……」

 栞子ちゃんは途中で顔を伏せた。
 そして、俯いたまま押しこもった声で続ける。

47: 2023/08/25(金) 22:18:07.11 ID:Tzz1XYKu.net
栞子「そもそも、物理的に電波が届かない状況にあるということ……です」

彼方「え? それって、と、トンネルが塞がれてるって、こと?」

ミア「what? 今そういうジョークは面白くないぞ栞子」

栞子「いえ、冗談なんかでは……すみません。憶測でものを言い過ぎました」

かすみ「そ、それなら早くバスから出ようよ! 出口に近付けば電波も入るかもしれないし。しず子もそう思うよね!?」

しずく「う、うん」

侑「待って。ここで待つのは確かに辛いかもしれないけど、暫く待てば私たちの親が連絡を入れてくれるはずだよ」

かすみ「そ、そうかもですけどぉ。それって早くても2、3時間はここで待たないといけなくなるじゃないですか!」

侑「……うん。私たちの帰りが遅くなるのは向こうも知ってるから、時間はかかるかも知れない。でもわざわざ危険を冒す必要はないよ」

48: 2023/08/25(金) 22:21:59.41 ID:Tzz1XYKu.net
ミア「danger? 何を怖がっているんだ?」

侑「それは、上手く言えないけど、こういう災害時って無闇に動くのは得策じゃないと思うんだ」

せつ菜「それは時と場合によると思います。しかも、今は頼りになる大人がいない状況です。ここは危険を承知でも行動するべき時ではないでしょうか」

エマ「でも、危ないよ。見て、この先の道。遠くに行くほど暗くなってる。奥の方なんてもう真っ暗だよ」

ランジュ「だから急いだ方がいいのよ」

エマ「え?」

ランジュ「もしさっきと同じかそれ以上の揺れがまた起こったら? 今度こそ天井が崩落するかも知れない。照明だっていつまでも点いてる保証はないわ」

ランジュ「それに、先にここを出た運転手が途中で倒れていたら? そのまま見頃しにする気? かすみも言っていたけど、外に近付けばそれだけ電波が届く確率も上がる。少なくとも、栞子の話が真実かどうか分からない今、ここで待つメリットなんて何一つないのよ!」

「……」

 誰も答えない。
 ランジュちゃんの言葉を頭の中で反芻しているのか、幾人かの表情には迷いが見て取れた。

49: 2023/08/25(金) 22:26:13.19 ID:Tzz1XYKu.net
ランジュ「……運転手を引き止めなかったのはアタシの責任よ。言い訳はしないわ。それで、どうするの?」

侑「で、でもっ」

愛「いや、行こう。アタシもランジュの意見に賛成だよ」ゴシゴシ

歩夢「愛ちゃん……?」

愛「助けを待つにしても、スマホが使えないんじゃどうしようもない。確かに、時間が経てば心配になった親御さんが警察に連絡を入れてくれるかも知れない」

愛「でも、それじゃ遅いんだ。余震の危険もあるし、早くりなりーとゆうゆを病院に連れて行かないと」

侑「っ、それは……」

ランジュ「決まりね。荷物をまとめて早く行きましょう」

愛「待って。何も全員で行く必要はないと思う。愛さんとランジュ、それとあと1人欲しいかな」

果林「なら、私が行くわ。体力には自信があるし」

侑「このトンネル、相当長いよ。私たちが今いるこの場所って感覚的に中間地点辺りだと思う。確証はないけど、戻るより進んだ方が早く着くはず」

50: 2023/08/25(金) 22:32:14.82 ID:Tzz1XYKu.net
愛「ん、愛さんもそんな気してた」

璃奈「愛さん、気を付けて。急がなくてもいいから、無茶だけはしないで」

愛「だーいじょうぶだって! 愛さんの走りは誰にも止めランない!」ワシワシ

愛「出口がどうなってるか確認したらすぐ戻ってくるから」

 多分だけど、ここからでもトンネルの出口までは相当な距離があるはずだ。
 本当なら私も一緒に行きたかったけど、頭の怪我もあるし体力的にも足を引っ張ってしまうだろう。

エマ「果林ちゃん、迷わないでね」

果林「一本道でどうやって迷うのよ」モウ

ランジュ「う"、臭うわね。栞子、マスクか何か持ってない?」

栞子「それなら、こちらに」スッ

ランジュ「謝謝。あと、まさか懐中電灯とかあったりする?」

栞子「えっと、流石にありませんね」

51: 2023/08/25(金) 22:34:11.59 ID:Tzz1XYKu.net
ランジュ「そう。まあスマホがあれば十分ね。じゃ、行ってくるわ」

侑「愛ちゃん、ランジュちゃん、果林さん……気を付けてね」

ランジュ「ええ、任せて。いい報告を期待してなさい」

 いつものランジュちゃんらしい勝気な笑みを浮かべ、3人はバスから降りていく。
 残された私たちは一抹の不安を覚えながらも、ただ待つことしかできなかった。

――――
――――――――

エマ「けほ、けほッ。ねえ、なんか空気悪くない? あ、場の雰囲気がって意味じゃなくてね?」

彼方「トンネルは排気ガスとか良くない空気が充満してるからね〜。換気もできないから閉め切るしかないけど……」

 ランジュちゃんたちがバスを降りて10分が経った。圏外だと電波を受信できないから、このスマホの時計も徐々にずれていくんだろうか。
 私は時刻を確認すると、窓を開けて顔を覗かせる。

 途端に、もわっとした生暖かい空気が顔にまとわりついた。まるでサウナの中にいるみたいだ。
 鼻を摘みたくなるほどの強烈なガスと埃の臭いに顔をしかめながら、周囲を見渡す。
 思った以上に頼りない照明の光。50メートル先の景色すら満足に見通すことができない。

52: 2023/08/25(金) 22:37:49.53 ID:Tzz1XYKu.net
歩夢「侑ちゃん? 何してるの」

侑「ああ、ごめんね。ちょっと気になることがあって」

侑(……静かだ)

 不気味なほどに。微かに低いラッパ音のようなものが聞こえるくらいで、試しに指先を舐めて掲げるも、前からも後ろからも風を感じなかった。
 たらりと、冷たい汗が背中を伝う。

 私たちは本当にトンネルの中にいるの?
 何か巨大な怪物の腹の中にいるんじゃないか?

侑「私たちだけなのかなって。このトンネルにいるの」

 そんな馬鹿げた妄想を振り払うように、歩夢に疑問を振った。

歩夢「え? うーん、そう言えば他に走ってる車全然見かけなかったね」

侑「あんまり気にしてなかったけどさ、ちょっとおかしいよね……?」

 場合によっては一番交通量の多い時間帯にも関わらず、道中全くと言っていいほど他の車を見なかった気がする。

54: 2023/08/25(金) 22:40:51.16 ID:Tzz1XYKu.net
歩夢「偶然だよ」

歩夢「今は助かることだけを考えようよ、侑ちゃん」

歩夢「余計なこと、しなくていいよ」ギュウ

侑「……ごめん」

 歩夢はこれ以上、何も考えたくないんだ。
 私はそっと、窓を閉めた。

侑(私たちだけなんて、そんなことないと思うんだけどな)

 バスのエンジンは止まっているけど、室内灯は点いている。他に同じような状況に陥った人たちがいるなら、この光が目印になるはずだ。

栞子「? 何でしょうかあの光」ガラ

かすみ「どしたのしお子。え、愛先輩たち帰ってきた!?」ガタ

しずく「本当?」

栞子「いえ、方向は真逆で……入り口の方から」

ミア「誰か来たのか?」

栞子「ごほっ、ごほ……はい、こちらに向かってきています」

侑(誰か来てる? やっぱり他にもいたんだ!)ガラッ

56: 2023/08/25(金) 22:43:04.07 ID:Tzz1XYKu.net
「ねえ! ほら見てよ。よかったぁ! 私たち以外にもいたんだっ」

「だから言ったじゃない。私たちだけなんて、ありえないったらありえないのよ」

「うう……こわ"がっだよぉお"お"」

「おー、よしよし」

「这很有帮助ァ! ミナサン一先ず安心デスね!」

「そうですね。本当、一時はどうなることかと……」

 複数の声と共に近付いてくる複数の光。それがスマホのライトだというのはすぐ分かった。

コンコン

「あのー、す、すすすみましぇん!」

侑(噛んだ……)

 半開きの乗車口をわざわざノックして、顔を覗かせたのは女の子だ。
 5人の女の子。私たちと同じ高校生に見える。

侑(あれ? どこかで見たような)

57: 2023/08/25(金) 22:45:47.99 ID:Tzz1XYKu.net
栞子「すみませんが、あなた方はもしかして……」

「あ、えって、とかのんです!」

かすみ「とかのん?」

かのん「かのんです! し、し澁谷かのんと申します!」

侑「かのん……? あっ」

 どうしてすぐに思い出せなかったのか。
 彼女たちの姿はまだ記憶に新しいではないか。

侑「スクール、アイドルの……」

かのん「え? あ、はい! スクールアイドルグループ『Liella』って言ったら伝わりますかっ?」

 煤汚れた顔。所々にほつれや赤黒い汚れを滲ませた制服。
 背中に背負うリュックやキャリーケースをパンパンに膨らませ、疲労を顔に浮かべながらも彼女は笑った。

かのん「あ、皆さんのことはも、勿論っ知ってます! こ、こんな状況ですけど、嬉しいです! 会えて!」ニコ

 こうして、私たちは出会った。
 この出会いは運命? それとも奇跡?

 多分違う。

 神様のいたずらは こんなにも不条理で残酷なのだと
 この時の私は まだ 知る由もなかったのだ

侑「……うん! 私も、会えて嬉しい」

ブゥゥーン…

 どこからか、蝿の羽音が聞こえた気がした。

58: 2023/08/25(金) 22:50:30.12 ID:Tzz1XYKu.net
第2章 秩序-society-
 

12月〇×日 6:45p.m.

ブロロロ

かのん「みんな、今日はお疲れさま! 私たちいいライブができたと思う」

千砂都 「そうだね。結果は悔いが残るものだったけど、反省点も見つけられたし、次に活かせるいい経験ができたんじゃないかな」

すみれ「そうねー。4位ってのはちょっとばかし納得できないったらできないけども」

可可「グソクムシはほっといてシュクハイをあげまショウ!」

すみれ「おいこら」

恋「ま、まあまあ」

サヤ「皆さん、一応レンタカーですので祝杯は程々にお願いしますね」フフ

かのん(いやぁ、でもまさか私たちがあんなすごいイベントに呼ばれるなんて……)ニヘラ

 自然と頬が緩んでしまう。
 ラブライブ!の東京大会を終え、新たな目標を定めた矢先に訪れた、スクールアイドルフェスティバルというイベントへの誘い。

59: 2023/08/25(金) 22:53:54.49 ID:Tzz1XYKu.net
かのん(これって私たちの名前が他の県にも知れ渡ってたってことだよね? うわぁ、どうしよどうしよ! まあ、伊達に2位だったわけじゃないけどお?)クネクネ

かのん(でも、すごかったな。1位の学校……)

 ラブライブには出場していないソロ主体のグループで、虹なんとか同好会って言ってたっけ。

千砂都 「かのんちゃん嬉しそうだね」

かのん「うん。私、今すごくワクワクしてるんだ。サニーパッションだけじゃない。私たちの身近にもとんでもない人たちがいるんだって」

かのん「そう考えたらさ、なんだか燃えてきちゃって」

千砂都 「うんうん。なら、帰ったら反省会だね!」

かのん「え"っ!?」

60: 2023/08/25(金) 22:56:32.16 ID:Tzz1XYKu.net
ブロロロ

サヤ「お嬢様? どうかされました?」

恋「あ、いえ。この辺りは交通量が少ないのでしょうか」

恋「結構離れていますが、前を走るバス以外には他の車両を見かけませんので、気になってしまって」

すみれ「走りやすくていいじゃない」

可可「この道は人気がないのデスカー?」

サヤ「ふふ、それはどうでしょうか。何分、私も初めて通る道ですから」

ブロロロ…

恋「サヤさん、トンネルが見えましたよ」

サヤ「おかしいですね。ナビにはこの道が最短ルートで設定されていましたが、トンネルの表記などは……」ピッピ

サヤ「型落ちのレンタカーですから、ナビも古いのでしょうか」ウーン

かのん(トンネルかぁ。前に通ったのいつだっけ)

61: 2023/08/25(金) 22:59:57.25 ID:Tzz1XYKu.net
 その深い深い大きな穴は、まるで私たちを飲み込まんとじっと獲物を待ち伏せる深海の狩人のようである。

かのん(なーんて。これ次の曲で使えないかな)

 そんなことを考えているうちに、サヤさんの運転するミニバンはゆっくりとトンネルの中に入って行った。

 今時珍しくなったオレンジ色の照明が視界を一気に変化させる。

かのん「豆電球ってこんな感じの色だったよね」

千砂都 「あはは、懐かしいね。小さい頃はずっと付けっぱで寝てたっけ」

かのん「ちぃちゃん、豆電球好きだったよねぇ」

千砂都 「だって、響きがまんまる〜って感じしない?」キラキラ

かのん「そ、そうかな」

パラ、パラ…カチ

可可「あ! 見マシタか!? 一瞬ライトが消えマシタ!」

62: 2023/08/25(金) 23:03:56.41 ID:Tzz1XYKu.net
すみれ「え? ごめん、見てなかった」っアイマスク

可可「ブフッ。なんですかソレ。グソクムシにはお似合いのマスクデスね」

すみれ「……うっさいわねぇ」

ズズ…カチ、カチ パラパラ

可可「また消えマシタ! ニッポンのトンネルの照明は付いたり消えたりするモノなんデスね〜」グイグイ

すみれ「ちょっ、もう! 大人しく寝かせなさいよ!」

ドッ…ド…ドッ ズズ

サヤ「お嬢様、皆さん…‥シートベルトはちゃんとしていますか」

恋「? はい」

千砂都 「……揺れた」

かのん「え? なにもーちぃちゃんたら。私そんな揺れるほどある? あっちゃう?」

千砂都 「かのんちゃん、シッ」

かのん「もがっ?」

63: 2023/08/25(金) 23:06:04.29 ID:Tzz1XYKu.net
すみれ「どうしたのよ? 千砂都 」

ズン、ズン…ガタッン!

可可「今ナニカ踏みましたか!?」

千砂都 「っ、サヤさん! 一度停車させて下さい!」

すみれ「ちょっと何言ってるの!? トンネル内での停車は違反ったら違反よ!」

サヤ「私も嫌な予感はしておりましたっ。ですが!」

ドンドンドンツ…ドンッ!

サヤ「つぅ、!?」ガッ!

キキィイイイ!!

恋「きゃあぁああ!?」

千砂都 「かのんちゃん!」

かのん「〜〜〜っ!?!?」

64: 2023/08/25(金) 23:10:44.78 ID:Tzz1XYKu.net
 なに! なに? なんなの!?
 地震!!?

 急ブレーキがかかる。車体がつんのめり、急な衝撃が私たちを襲った。
 体重を支えられず、シートベルトに体が強く引っ掛かる。胸を締め付けられ、呼吸が一瞬止まったかと思うほどだ。

かのん「がはっ! げほっ、」

千砂都 「はぁ、はぁ。かのんちゃん、身を低くして頭を押さえて!」

千砂都 「みんなも! 早く!!」

すみれ「いっつぅ……な、なんなのよこれ」

可可「一体全体ナニゴトデスカ!?」

恋「あ、ぁあ、さ、サヤさ――――

――――ドッッン!!!!

――――

――――――――

66: 2023/08/26(土) 00:17:11.09 ID:BZ2Vhtdy.net
ユサユサ

かのん(う、うぅ……ん。な、に?)

パチン、ペチン

かのん(ちょ、誰? 頬叩いてるの……もう、ゆっくり寝かせてよ)

千砂都 「かのんちゃん! 起きろ!」

かのん「――――えっ、ち、ちぃちゃん?」パチッ

千砂都 「っ」ガバッ

かのん「わっ?!」

 この匂い、感触。ちぃちゃんだ。
 私、どうしてちぃちゃんに抱きつかれてるの?

千砂都 「よかった」ギュウ

 耳元で囁かれた噛み締めるようなその一言で私は理解した。
 ここはトンネルの中だ。そして、車は止まっていた。

67: 2023/08/26(土) 00:22:45.08 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「っあ!!? じ、じじ地震!! すごいっ、ゆれって、あの! わた、私、気絶s

千砂都 「かのんちゃん、深く息を吸って」ムギュ

かのん「ふぁ、ふぁい」

かのん(鼻摘まれた……)

千砂都 「はい。吐いてー吸ってー、もう一度……うん、おっけー。落ち着いた?」

かのん「ふぅー。う、うん、ごめんね。取り乱しちゃった」

 気を失ったのはこれで何回目だろう。
 また嬉しくない記録が更新されてしまった。

かのん(ああ、私ってほんと……情けないなぁ)

千砂都 「あのね、かのんちゃん」

恋「サヤさん! サヤさん!! しっかりして下さい!!」

 助手席に座る恋ちゃんの悲鳴が鼓膜を突く。

 恋、ちゃん……?

68: 2023/08/26(土) 00:24:49.68 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都 「怖がらないで聞いて欲しいんだ」

 ちぃちゃんが私の手を握る。

 何を言って、今は恋ちゃんが

かのん「ね、ねえ……恋ちゃん? どうしたの?」

千砂都 「かのんちゃん」

かのん「サヤさんは? どうして動かないの? ねえ、寝てるの? 教えて」

千砂都 「かのんちゃん!」

かのん「なんでサヤさんは起きないの!?」

 気付けば、可可ちゃんとすみれちゃんが心配そうな目で私を見ていた。

69: 2023/08/26(土) 00:26:49.42 ID:BZ2Vhtdy.net
可可「クゥクゥは無力デス。なにも、なにも出来ませんデシタ」グス

すみれ「……私たちに何が出来たって言うのよ」フイ

かのん「サヤさんに何が起きたの? 教えて、恋ちゃん」

 私は静止するちぃちゃんの手を振り払うと、ゆっくりと前部座席の方へ体を動かした。
 車内のルームランプで淡く照らされたサヤさんの姿がはっきりとその目に映る。

かのん「……あ、え?」

 ハンドルにはべっとり赤黒いモノが付着し、サヤさんはぐったりとその上に体重を預けていた。
 見れば、フロントガラスにはヒビが入っており、それはちょうどサヤさんの頭が――――

かのん「ひ、ひぃいいいい!?」ガタガタッ

70: 2023/08/26(土) 00:28:39.79 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「っ、このバカ!」

かのん「あ、はっ、ひ、ひっひ」ゼェゼェ

可可「かのん!! しっかりするデス!」

 ああ、ダメだ私。さっきちぃちゃんに言われたばっかなのに。
 怖くて、足がすくんで、体が震えて仕方ない。

かのん(こ、呼吸が……でき、なっ)ハッハッ

恋「かのんさん!?」

かのん「ち、ちひちゃっ、たすけ

――――パン!

かのん「っ、!?」

すみれ「ちょ、千砂都、あんたなにしてっ?」

71: 2023/08/26(土) 00:30:54.29 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都 「落ち着いて――――いい? 今かのんちゃんが泣き喚いたって何にもならないんだよ。イタズラにみんなを怖がらせるだけ」

かのん「っ、っ」コク、コク

千砂都 「大丈夫。かのんちゃんはやればできる子なんだから」ニコ

可可「千砂都 ……?」

千砂都 「恋ちゃん、サヤさんを起こせる?」

恋「! は、はい! やってみます!」

千砂都 「すみれちゃんも手伝ってあげて。起こしたら座席を倒して、なるべく水平に……うん、ありがとう」

かのん「……」ヒリヒリ

 ちぃちゃんに叩かれた頬がジンジンと熱を発する。
 気付けば呼吸もすっかり落ち着いていた。

72: 2023/08/26(土) 00:36:09.68 ID:BZ2Vhtdy.net
 テキパキと指示を出すちぃちゃん。
 その姿はあんまりにも眩し過ぎて、

可可「かのん、大丈夫デスカ? 千砂都はやりすぎデス」

千砂都 「可可ちゃん。タオル持ってないかな?」

可可「も、持ってマス!」

恋「ああ、サヤさん、こんなに血がっ」

かのん「……」

 ――――私にも何か手伝えることはある?

 そんな言葉すら出てこなかった。

ーーーー
ーーーーーーーー

可可「あのぅ、サヤさんは無事なのデスカ?」

すみれ「……多分。頭をガラスに強くぶつけたんだと思うけど、この出血の量だと何とも」

千砂都 「わからないけど、やれるだけのことはやったよ。早く病院に連れて行かないと」

恋「駄目です。け、携帯が繋がりません!!」

73: 2023/08/26(土) 00:38:21.29 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「へ? 何言って……嘘でしょ。なんで、なんで圏外なのよ!?」

千砂都 「本当だ。かのんちゃんのもだめ?」

 そう言われて、慌てて自分のスマホを探す。
 あの時の衝撃で座席の下に落ちてしまったみたいだ。

かのん(私、今酷い顔してる)

 スマホの画面に反射して映るその顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

かのん(圏外だ……)

 私は首を横に振った。

千砂都 「そっか。可可ちゃんのもだめみたいだし、困ったね」

すみれ「……どうするの? いっそ誰かが運転してトンネル抜ける?」

可可「何言ってるんデスカ!? クゥクゥたち運転免許持ってないデスよ!!」

すみれ「真面目か! いい? サヤさんは危険な状態なの。悠長になんかしてられないのよ」

74: 2023/08/26(土) 00:41:38.52 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都 「うん。いいアイデアだと思う」

可可「千砂都 !?」

恋「待って下さい。ここはまだ入り口からさほど離れていないはずです。一旦、歩いてトンネルの外に出るべきです」

恋「外に出れば電波も届くはず」

すみれ「まあ、それが一番確実よね。この道を通る車に助けを求めることもできるし」

かのん「で、でもすごく暗いよ。危ないんじゃ」

 私は窓の外を指さした。
 元々、等間隔で設置されていた照明の光はただでさえ見通しも悪く、光量も弱く感じられた。
 きっと相当古いトンネル。それが、今では地震の影響か付近の照明はほとんど機能していなかった。

すみれ「スマホのライトでなんとかなるわ。完全に真っ暗って訳じゃないし」

かのん「で、でもぉ」

すみれ「ああもう。私が行くからそんな心配そうな顔しないでったら。仮にもリーダーなんだからシャキッとしなさいよ」

かのん「……ご、ごめん」

75: 2023/08/26(土) 06:04:19.16 ID:BZ2Vhtdy.net
恋「私も言い出しっぺですから。お供させていただきます」

可可「クゥクゥにも行かせてクダサイ! すみれとレンレンだけでは心配デス!」

すみれ「それはこっちのセリフ。あと恋はサヤさんの傍にいてあげなさい。起きた時に親しんだ人の姿が見えないと悲しむわ」

 すみれちゃん、すごいな。そんなかっこいいこと、すらすら言えるんだもん。
 私なんて肩書だけのへっぽこリーダーだ。

千砂都 「そうだね。恋ちゃんはここにいて。私が行くから」

かのん「え? なんで? ちぃちゃんはここにいてくれるんじゃないの!?」ガシ

千砂都 「かのんちゃん、痛い」

すみれ「ちょっと。こんな時にまた揉め事? 一刻を争う事態なのよ」

76: 2023/08/26(土) 06:07:01.33 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「ねえ、ねえっ。ここにいよう? 恋ちゃんと一緒にサヤさんの看護しようよ!」

千砂都 「かのんちゃん……私の知ってるかのんちゃんはそんなこと言わない」

かのん「へ?」

千砂都 「あの時のかのんちゃんはいつだって私のヒーローだった。私の心を震えさせてくれた」

千砂都 「今のかのんちゃんはただの泣き虫だよ。昔のかのんちゃんなら、私が行くって言ったら代わりに行ってくれるぐらいはしてくれたはずだよ」

かのん「何、言ってるの……ちぃちゃん?」

千砂都 「かのんちゃんはLiellaのリーダーで、ヒーローで、強い子なんだ。だから決めて」

かのん「決めてって……」
 

 かのんちゃん、どうするーーーー?

77: 2023/08/26(土) 06:09:04.36 ID:BZ2Vhtdy.net
続きはお昼か夜にまた投稿します

84: 2023/08/26(土) 17:29:31.76 ID:BZ2Vhtdy.net
――――
――――――――

ザリ、ザリ

すみれ「アンタおっちょこちょいなんだから、足元気をつけなさいよ」

可可「グソクムシこそ転ばないようにしっかりクゥクゥの後ろをついてくるのデスよ! かのんはクゥクゥと手を繋ぎまショウネっ」

 薄暗いトンネルの中を、3つの光がゆっくりとした速度で移動する。
 遠目に見れば、暗闇の中に浮かぶホタルの光のように映ったであろう。

かのん「うぅ、なんで私がぁ……」グズグズ

 あの時って何? いつのこと?
 わけ分かんない。ちぃちゃんは私に何を期待してたの? 何を求めてるの?
 ちぃちゃんの言葉が、時々分からなくなる。

85: 2023/08/26(土) 17:31:03.83 ID:BZ2Vhtdy.net
 結局、あの後彼女のえも言われぬ迫力に圧された私は、逃げるようにその場を後にしたのだった。
 これは昔からの悪いクセ。やりたくないのに、前に出たくないのに。誰かの期待が、誰かへの脅迫に変わるのだ。

可可「ヨシヨシ。千砂都はかのんに強くあって欲しいのデスよ」

すみれ「でも、確かに変よねぇ。千砂都ってかのんのこと絶対的に盲信してるって感じだし。そんな突き放すようなこと」

可可「すみれには人の機微が分からないのデスカ」

すみれ「? どういう意味よ」

可可「解釈違いデス。千砂都は鬼の子デス。クゥクゥの国にこんなことわざがありマス」

かのん「ちょっと、2人とも。そんな教育方針の違いみたいなこと言わないでよ……」

可可「百尺竿头、更进一歩。優れた成果をあげていても、それに満足せずひきつづあぃえ!?」ガツンッ

かのん「可可ちゃん!? 大丈夫!?」

86: 2023/08/26(土) 17:32:46.48 ID:BZ2Vhtdy.net
可可「ナニカにツマズキました……这很危险!」

すみれ「ちょっと、こんな所で怪我でもしたらシャレにならないわよ」

 地面にライトを向ける。

かのん(なんで、こんなに荒れてるの……!?)

 可視化された塵や埃の量もさることながら、周囲には大小様々な岩石が散乱していた。
 それは先に進むにつれ、より酷くなっていくようだ。

すみれ「……慎重に進みましょう」

かのん「う、うん。私と可可ちゃんで地面照らすから、すみれちゃんは前をお願い」

ガラ …ジャリ ジャリ

 整備された道路の上を歩いていたはずなのに、いつからか砂利道を歩いているような感触。
 時々、何か硬いものを蹴り上げる。

87: 2023/08/26(土) 17:34:47.40 ID:BZ2Vhtdy.net
可可「けほっ、けほ」

かのん「可可ちゃん、口元何かで覆った方がいいよ」

 空気も悪い。そして暗い。暗過ぎる。
 入り口に近づくほど周囲がより黒く染まっていくようだ。

すみれ「……2人とも、最悪の事態を想定しといた方がいいわよ」

かのん「……え?」

すみれ「おかしいのよ。外に近付いているのなら、こんなに真っ暗ってことはないでしょ。そろそろ外の明かりが見えてきてもいい頃じゃない」

かのん「そ、そうかな。だって、時計を見てよ。もう7時だよ。外は暗くなってるから……」

すみれ「だとしてもよ。こんなに暗いのは変。どんどん暗闇の中に飲み込まれていってる気さえするわ」

可可「風も全くありまセン。暑い……苦しいデス」ハアハア

 粘りつくような湿気と熱。空気もまともに吸えないほど悪くなっていく。

88: 2023/08/26(土) 17:37:50.14 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「……」フゥ、フゥ

 この辺りやばい。

 ひび割れ、砕けたアスファルト。迫り上がった道路は至る所に段差を作り、未舗装の山道を想起させた。

かのん(こんなの、まともに歩けない……!)

 そこまで大きな地震だったのなら、どうして自分たちは五体満足で歩けているんだろう。
 一生分の運をここで使い切ってしまったと言われても納得できてしまう。

すみれ「げほっ、ごほっごほ……っ、これ以上は流石にやばいったらやばいわね」

かのん(空気が薄く感じる……多分、無意識に汚れた空気を吸わないようにしているってのもあるんだろうけど)

 土埃とガスで痛む目を擦りながら、私たちは何かに取り憑かれたかのように歩みを進める。

 200メートルは歩いただろうか?
 実際にはたいした距離も進んでいなかったのかも知れない。

89: 2023/08/26(土) 17:40:06.12 ID:BZ2Vhtdy.net
可可「……あ」

 少し先を歩いていた可可ちゃんが足を止める。

可可「あ、え? どうして、ここに壁があるのデスカ……?」

 ついに私たちは辿り着いた。

かのん「ああ、そんな」

 見上げるほどに積み上げられた石の壁。
 それは完全にトンネルの入り口を塞いでいた。

すみれ「ウソでしょ? まさか、本当に……ぁあああ!!」ダンダンッ!

 すみれちゃんの嗚咽と悲鳴を含んだ絶叫が周囲に木霊する。
 悔しそうに地団駄を踏む彼女の姿を、私は黙って見ることしかできなかった。

かのん「可可ちゃん、どこかに隙間がないか探そう? 大丈夫だよ、きっと出られるよ」

 声も、視界も、震えていた。
 すぐに、隙間の向こうにも同じ景色が広がっているのが分かった。

 この瓦礫の山はどれほどの厚みがあるのか。想像もつかなかった。

90: 2023/08/26(土) 17:42:02.20 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「はあ、はあ、っ、ふう、ふぅ」

 何かに縋るように、闇雲に光を走らせる。

 トンネルの壁には無数の亀裂。半分崩落した天井を支えているのは皮肉にも、積み上げられた瓦礫の山。

 新たな情報が目に入るたびに、絶望が私たちを侵食していく。

かのん(こんなの、いつ崩落してもおかしくないっ)

可可「――――ゲホッ! ゴホっ、っ、ごほ」

かのん「可可ちゃん!」

 突然、可可ちゃんが喉を押さえて蹲る。

可可「我…不再想要、它了。我想…回家! 我想、回家‼︎」ゴホッゴホッ

かのん「げほっ、げほ、っなに? 聞き取れない!」

すみれ「ふざっけ、るな! 開けなさい! 開けなさいよ!!」ダンダンッ

かのん「すみれちゃんっ! そんなことしても無駄だよ!」

 だめだ。2人ともパニックになってる。
 ここで私まで取り乱してしまったら、今度こそ終わりだ。

91: 2023/08/26(土) 17:44:28.39 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都 『あの時のかのんちゃんはいつだって私のヒーローだった』
 

かのん(ちぃちゃん……そうだ。私はリーダーなんだ。この、Liellaの、みんなの!)

 なるんだ。
 みんなの理想のリーダーに。

ブゥウウーン

かのん「? 蝿の、音……?」

 こんなトンネルの中でも、虫は湧くのだろう。
 しかし、今はそんなことに気を掛けている場合ではなかった。

かのん「2人とも! 一旦みんなのところに戻ろう!?」

すみれ「どこかに隙間、隙間……何かあるはずよ」ブツブツ

可可「こんなガレキ、クゥクゥが全部取っ払って……っ、ふぬぐぅうう!」プルプル

92: 2023/08/26(土) 17:47:37.24 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「〜っ」

かのん「ねえ、聞いてよ!!」

かのん「おーい!!」

すみれ「っ、な、何よ!?」

可可「か、かのん?」

かのん「……」ムゥ

すみれ「っ、……悪かったわよ。ちょっと頭に血が上っちゃって」

かのん「この、分からず屋どもー!!」

――――ゴチンッゴチンッ

すみれ「ぎゃら!?」

可可「アイヨ!?」

93: 2023/08/26(土) 17:49:33.67 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「……いたい」グス

すみれ「……」

可可「……」

すみれ「待って、私たちなんで頭突きされたの。今の話聞く流れだったわよね」

かのん「だって、そういう場面だったじゃん」

可可「かのん、オデコ大丈夫デスカ?」サスサス

すみれ「あなたが1番ダメージ受けてるじゃない……」

かのん(頭突きってする方はそんなに痛くないのかと思ってた……)

 リーダーっぽいことしなきゃって考えた結果、何故か頭突きという選択肢が浮かんでしまった。先週見たヤンキー映画の影響だろうか。

すみれ「……はあ、まあいいわ。おかげでちょっと頭冷えた。ありがと」

可可「……クゥクゥもです」シュン

94: 2023/08/26(土) 17:51:35.57 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「こんな所にずっといたら倒れちゃうよ。スマホのバッテリーだって長くは持たないし」

すみれ「確かに、そうね。一度千砂都たちの所に戻りましょう」

 よかった。2人とも冷静になってくれたみたい。
 
かのん(少しはリーダーらしいところ、見せられたかな)

ーーーー
ーーーーーーーー

カランカラン…ジャリ、ジャリ

すみれ「2人とも、ちょっといい?」

かのん「ん、?」

可可「なんデスカ?」

すみれ「ちょっと今の状況をまとめてみたんだけど……2人にも確認しておこうと思って」

 さっきからライト照らさずにスマホ弄ってたのは、そういうことだったんだ。
 すみれちゃんらしいマメさというか何というか。

95: 2023/08/26(土) 17:53:52.00 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「結論から言うと、入り口から出るのはハッキリ言ってムリ」

かのん「っ」

 突きつけられたその言葉に、足元がふらつくような感覚を覚える。

可可「そ、そんなコトはっ」

すみれ「アンタも見たでしょ? 人の手であの瓦礫を退かすのは不可能よ。無理に動かせば落石の危険もある」

すみれ「ただ、あんだけ積み重なってるおかげでトンネル自体の崩落が防げているのも事実だと思うの」

かのん「でもそんな都合のいいことがあるのかな。出口だけ塞がれてるって、あんな量の瓦礫はどこからきたの?」

すみれ「そりゃあ山腹に造られてるんだから、土砂やら何やらが斜面崩壊ってやつじゃない?」

 そう言うと、すみれちゃんはスマホの画面を私たちに見せる。そこに開かれていたメモ帳アプリには、すみれちゃんが気になったこと、発見したものなどが箇条書きで事細かに記されていた。

96: 2023/08/26(土) 17:57:22.89 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「入り口に近づくほど、排気ガスや土埃、熱気がひどく濃くなっていく。目も開けられないほどにね」

可可「あとスゴク息苦しかったデス」

すみれ「ええ。まともに息を吸える場所じゃないわ。ただでさえトンネル内は空気が悪いってのに」

かのん「入り口付近は照明も落ちてるから真っ暗だし、足場も悪いから、行動するには明かりが必要不可欠だよ」

かのん(このスマホは命綱だ。もしバッテリーがなくなったら……)ゾッ

かのん「……」スッ

可可「かのん? なぜ、明かりを消したのデスカ?」

かのん「……え? あ、ご、ごめんっ」

 無意識だった。
 ライトを消したことに、疑問も抵抗も全く感じなかった。

101: 2023/08/26(土) 23:35:34.35 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん(何やってるんだ私。大丈夫、まだバッテリーは持つ……それに、私のが使えなくなってもちぃちゃんたちのがある)フゥ

 ああ、苦しい。自らの寿命を削っている気分だった。

すみれ「……圏外のままか。外に近づいてもだめだったってことは、相当大規模な地震だったのかしら。電波塔か回線がイカれたってこと?」ウーン

可可「これからどうするのデスカ……?」

すみれ「ん、一先ずは車に戻ってから千砂都たちの意見を聞くわ。サヤさんの容態次第では早急に手を打つ必要もある」

すみれ「まあ、入り口があんな惨状だった以上、出口に向かう他道はないんだけど。問題は距離よね」

可可「クゥクゥたちの車がある場所から、入り口まで200mはあったと思いマス」

すみれ「そんなあった? せいぜい100mちょっとじゃない?」

可可「かのんはどう思いマスカ?」

かのん「え? ああ、可可ちゃんと同じくらいかな……あ、すみれちゃんの意見も間違ってないと思う」アハハ

103: 2023/08/26(土) 23:39:43.17 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「なによそれ。どっちつかずね。暗いから感覚もおかしくなってるのかしら」

可可「――――あ、車が見えマシタ!」

すみれ「ここら辺も暗いったら暗いけど、まだ生きてる照明がある分恵まれてるわね」

かのん(よかった。無事に戻ってこれたんだ……)

 ただ、突きつけなければならない。
 残酷な真実を。

ーーーー
ーーーーーーーー

千砂都「お帰り! かのんちゃんよく頑張ったね」

かのん「う"ぅ、ちぃちゃあん!」

すみれ「はじめてのおつかいかっ。もう、サヤさんの容態は?」

104: 2023/08/26(土) 23:41:29.12 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都「それが」

恋「はい、大丈夫です。今は眠っているだけですから」ニコ

千砂都「恋ちゃん……」

可可「……」

可可「あの、レンレン」

すみれ「……」ツネリ

可可「痛!? な、なにするんデスカ!?」

すみれ「いいから。ちょっと口閉じてなさい」シッ

恋「それで、どうでしたか」

すみれ「っ、ああ、そのことなんだけど……」

105: 2023/08/26(土) 23:43:03.84 ID:BZ2Vhtdy.net
 すみれちゃんがメモ帳を見せながら、事情を簡潔に説明する。
 2人ともある程度は覚悟していたのか、特別取り乱すようなことはなかった。
 ちぃちゃんはともかく、恋ちゃんまでどこか涼しいような顔をしているのは気のせいだろうか?

千砂都「どうしても無理そうだった?」

すみれ「ええ。見てくれば分かると思うけど、人の手であの瓦礫をどうこうするのはスーパーヒーローでもない限り無理ったら無理ね」

可可「すみれの言う通りデス。それに、クゥクゥはあそこにはもう近寄りたくありません」

恋「話を聞く限り、あまり長居できるような環境ではなさそうですね」

かのん「うん。だから、出口に行ってみようと思う」

千砂都「そっちに賭けるしかないってことだね」

すみれ「そう。で、流石にここから歩いて向かうのはしんどいってことで」

106: 2023/08/26(土) 23:46:09.88 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「サヤさんのこともあるし、車が動くなら私たちの誰かが運転して出口まで行こうって。少し前に話したでしょ」

千砂都「それなんだけどね……」チラ

 ちぃちゃんが目を向けた方には、横たわるサヤさんの姿。
 車を運転するには、彼女を動かさなければならない。

 でも、誰もがあえて彼女から目を逸らしてした。見て見ぬ振りをしていた。
 恋ちゃんのどこか異様な雰囲気に気圧されていたのかも知れない。

千砂都「恋ちゃん、サヤさんなんだけど。ちょっと場所を変えてもいいかな?」

恋「どうしてですか?」

千砂都「あ、いや。あのね、車が動くか確認したいんだ。サヤさんは後部座席に寝かせてあげた方がいいと思うよ。ゆとりもあるし」

恋「ああ、それは確かに。ですが、サヤさんを起こしてしまうのも悪いですし……」

恋「それに、この狭い車内でどう移動させるのですか?」

107: 2023/08/26(土) 23:47:24.28 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「そ、それは座席をこう倒して、ね? 可可と私でサヤさんを抱えて」

かのん(なんだろう、この嫌な感じ)

 誰もが慎重に言葉を選んでいる節があった。
 恋ちゃんの言動に感じる違和感は、サヤさんの顔全体を覆うようにかけられたタオルが物語っていたからだ。

可可「……レンレン、どうしてサヤさんの顔にタオルをかけているのデスカ。それではサヤさんが苦しそうデス」

かのん(あ、可可ちゃん。言っちゃった)

すみれ「ちょっと、可可!」

可可「何故誰も何も言わないのデスカ? レンレンさっきからおかしいデス! アレが怪我人にすることなんデスカ!?」ビシッ

恋「どこか、変でしょうか?」

可可「どこかって、ち、千砂都!」

千砂都「えーっと、うん。今その話は置いておこっか」

可可「千砂都!?」

108: 2023/08/26(土) 23:49:10.10 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「……打ち覆いって言うのよ、それ。縁起でもない話だけど、もし冗談でやってるんだったら笑えないわよ。理由があるのなら説明して」

千砂都「すみれちゃん、ちょっと」

恋「他ならぬサヤさんの頼みですが、それがどうかしましたか?」

すみれ「――――は?」

かのん「え、サヤさん目覚ましたの?」

千砂都「それは、えっと、あのね」

すみれ「本当に眠ってるだけ? 見た目よりも軽傷だったってこと?」

可可「レンレン! どうなんデスカ!」

恋「どうと言われましても、言葉通りですが」

109: 2023/08/26(土) 23:50:17.44 ID:BZ2Vhtdy.net
すみれ「ああ、もうっ。なにこの噛み合ってない感じ……」

可可「字面上地! ? “我的话不够!”」

すみれ「アンタもアンタでややこしくするな!」

ギャイギャイ

千砂都『かのんちゃん』クチパク

かのん(ちぃちゃん?)

千砂都「――――ごめん! 私ちょっとお花摘み行ってくる」パン!

すみれ「こんなときに!? っても、ここトイレなんて……あー、そう。行ってらっしゃい」

千砂都「あはは、そういうことです」

すみれ「……これ、必要だったら」ボソっポケットティッシュ

千砂都「あ、ありがとう」

110: 2023/08/26(土) 23:51:40.20 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん(なんだ、ちぃちゃんトイレ行きたかったのか。わざわざ私に目配せなんて可愛ところあるじゃん)

千砂都「じゃ、かのんちゃん行こっか」

かのん「うんうん……え?」

ーーーー
ーーーーーーーー

かのん「ちょ、ちょっとちょっと突然どうしたの? 私別に催してないんだけど?!」ボソボソ

かのん「すみれちゃんに生暖かい目で見られちゃったじゃん!」

千砂都「私もだよっ! 恋ちゃんのことでちょっと話したいことがあったから」

かのん「何か知ってるの?」

千砂都「……ここら辺ならいっか」

 ミニバンから数メートル離れた場所まで移動した私たちは、脇にある段差に腰を下ろした。
 空気も変わらず悪く、照明もほとんど機能していないため隣に座るちいちゃんの顔ですら朧気だ。

111: 2023/08/26(土) 23:54:48.49 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都「知ってるっていうか、かのんちゃんたちが出ていった後、しばらくは普通だったんだ」

千砂都「でも、途中からどこか会話が噛み合わない気がしてね。私と話が終わった後も恋ちゃんずっと喋り続けてて」

かのん「どういうこと?」

千砂都「……サヤさんとね、ずっと何か話してるみたいなんだ」

かのん「え」ゾク

千砂都「最初は独り言かと思った。でも、違った」

千砂都「ニコニコしながらサヤさんの顔にタオルをかけて、お休みなさいって。それを止めようとするとすごく怒るの」

 スマホのライトで照らされたちぃちゃんの顔は、今まで見たこともないような戸惑いと恐怖に彩られていた。
 流石のちぃちゃんも相当参っているみたいで、心なしかやつれているようにも見える。

 私もすでに体中を鳥肌が駆け巡っていた。

113: 2023/08/26(土) 23:56:13.75 ID:BZ2Vhtdy.net
かのん「で、でもさ。それを私に言われてもどうすればいいのかなぁ、って……」

千砂都「ごめんね。かのんちゃんなら何とかしてくれるんじゃないかって思って。すみれちゃんも不審に思ってるし、何か起こる前に対策を打たないと」

かのん「っ」

 またそれだ。私ってそんなにすごい人? ちぃちゃんは澁谷かのんを過大評価しすぎなんじゃない?

かのん「……とりあえずさ、あの2人にもそれとなく伝えてしばらくは様子見でいいんじゃないかな」

千砂都「だね。私たちも今それどころじゃないし」

かのん「うん……そろそろ戻ろっか。あんまり遅いと変な勘違いされちゃうし」

千砂都「えー、なにそれ。変なかのんちゃん」クス

<ア、チョットサキイッテテ
<エ"、チィチャンマサカ

114: 2023/08/26(土) 23:57:27.53 ID:BZ2Vhtdy.net
千砂都「ただいまー」ガチャ

すみれ「遅かったわね。どんだけ遠くまで行ってたのよ。それとも」

かのん「わあ!? 違うから! そっちじゃないから!」

すみれ「はいはい」

千砂都「恋ちゃんの様子は?」コソコソ

可可「はい。サヤさんに近付かなければ……レンレンは一体どうしたのデショウ。クゥクゥ少し怖いデス」コソコソ

千砂都「かのんちゃん」

 ああ、そんな目で見ないでよ。

かのん「ね、ねえ、恋ちゃん」

恋「なんでしょうか?」

かのん「車動かす動かさないの話ってどうなったの、かな?」

115: 2023/08/26(土) 23:58:56.05 ID:BZ2Vhtdy.net
恋「そのことですが、サヤさんが起きるまで車内で待機ということで落ち着きました」

かのん「え、そうなの……?」

すみれ「……」フイ

 すみれちゃんはまだ納得していない様子だったけど、下手に動くといつ恋ちゃんの逆鱗に触れるかわかったものではない。
 触らぬ神に祟りなし。

 彼女もそう判断したのだろう。

かのん「あ、ならさ、車のキーは抜いておいた方がいいと思うな。インロックの危険もあるし」

かのん「万が一ってことでね?」

 そう言い、車のキーを抜こうと私は身を乗り出した。
 真下には横たわるサヤさん。少し体を動かせば、触れてしまう距離。

 誰かの息を呑む音が聞こえた気がした。

116: 2023/08/27(日) 00:00:04.89 ID:m8zw9NVS.net
恋「触らないでください!!!」
 

かのん「!? あっ」グラ

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声。それが恋ちゃんから発せられたものだと気付いたのは、彼女に襟首を掴まれ無理やり方向転換させられた後だった。

かのん(恋ちゃん!!? どこにこんな力がっ)

恋「ふぅ、ふぅぅっ……」ギュウ

 恋ちゃんの手は真っ赤だった。こびり付いた血はまだ完全に乾ききってはいないのか、車内の明かりを反射しててらてらと光る。
 服が血で汚れたとか、顔が近いとかそんなどうでもいい情報(こと)が頭の片隅に浮かんでは消えていく。

すみれ「恋!! アンタなにやってんの!?」

可可「レンレン!!」

117: 2023/08/27(日) 00:07:31.85 ID:m8zw9NVS.net
かのん「れ、恋ちゃん、痛いよ。ちょ、っと離してっ――――っ?!」

 闇雲に首を振った視界の行方は、とある一点で固定された。
 衝撃で捲れたタオルの下から覗いたその顔は、げっそりと頬こけ、土気色に変色し、今にも腐り落ちてしまいそうな泥人形のようで――――

かのん「――――っつ、おぇ」ガバッ

 サヤさんは、もう

恋「お願い、します。何も……言わないで……」

 恋ちゃんの手の力が弱まる。
 俯いて表情は見えないが、苦しそうに、蚊の鳴くような声で、一言一言を絞り出すように……そう呟いた。

かのん「恋、ちゃん……」

 恋ちゃんはサヤさんの顔を隠したんだ。見たくないものに蓋をして、都合のいい夢を見ようとした。
 それが今となっては無意識だったのか、意図的にだったのかは誰にも分からない。

118: 2023/08/27(日) 00:09:11.98 ID:m8zw9NVS.net
千砂都「ねえ、なにしてるの? その手、離しなよ」ガシ

恋「いたっ」

千砂都「恋ちゃん、今自分が何したかわかってる?」グググ

かのん「ちぃちゃん! やめて!!」

千砂都「なんで? だめだよかのんちゃん。こういう時はしっかり言わないと」

すみれ「そうよ。理由はどうあれ、今の態度は見過ごせないわ」

可可「手を出したらダメデスよ! レンレン!」

かのん「もう! いいからみんな黙って!!」

かのん「恋ちゃんの気持ちも考えてあげてよ!」

恋「かのんさん……すみません。わたし、ほんとうに、ぐす、ぅ、えぐ」ポロポロ

かのん「いいの。私の方こそ、ごめんね。つらいよね、苦しいよね」ナデナデ

119: 2023/08/27(日) 00:10:35.42 ID:m8zw9NVS.net
かのん「ちぃちゃん。タオル、かけなおしてあげて。ずれちゃってるから」

千砂都「……」

千砂都「うん」

 サヤさんの顔が再び完全に覆われた。
 こうして顔を隠せば、確かに彼女は安らかに眠っているようにも見える。

恋「ひっ、ぇぐ、う、ふえぇええん……っ」

 私の胸に顔を預け、肩を震わせ恋ちゃんは泣いた。
 誰も口を開こうとはしなかった。ただ、黙って事の成り行きを見守った。

かのん「……」ナデナデ

 痛ましい彼女の嗚咽は、いつまでも車内に響いていた。

123: 2023/08/27(日) 12:51:39.89 ID:m8zw9NVS.net
ーーーー
ーーーーーーーー

かのん「みんな、準備できた?」

すみれ「ええ。水と、少ないけど食料も入れてっと。替えの服は……まあ、少し汗臭いけど贅沢は言えないわね」

千砂都「思ったより荷物多くなっちゃったね」

かのん「うん。でも、ここから出口まで歩いて向かうなら用心するに越したことはないよ。本当はもっと軽装が良かったんだけど」

すみれ「日頃鍛えているからこのぐらいは余裕ったら余裕よ。むしろ、良い運動になると思って乗り切りましょう」

可可「サヤさんを、置いていくのデスカ?」

恋「……はい。サヤさんも、行ってこいって……そう言ってくれましたから」

かのん「恋ちゃん、無理しないでね」

すみれ「つらくなったら周りを見なさい。私たちが絶対に傍にいる。恋、あなたをもう1人にはしないわ」

恋「皆さん……うう、ぐすっ」

 サヤさんがどうなったのか、可可ちゃんとすみれちゃんは直接、彼女の顔を見たわけではない。
 でも、2人ももうわかっているんだと思う。

124: 2023/08/27(日) 12:53:04.51 ID:m8zw9NVS.net
可可「すみれがレンレン泣かせマシタ」

すみれ「いやなんでよ」

 この異常な空間の中では、人の氏すらも日常の一部として取り込まれてしまうような気がした。

かのん(……いや、それは外の世界でも同じ)

 ニュースで流れる人の氏は、驚くほど何気なく簡潔に伝えられ、自分とは関係のない世界の出来事として処理されてしまう。
 今私たちがこんな状況に陥っているこの瞬間にも、外の世界ではゆっくりと変わらない速度で時が進んでいるのだ。

かのん(何も考えるな。サヤさんのことも、外のことも。今は目の前の問題だけに集中するんだ!)

 心を保つには、嫌なことから目を瞑ればいい。
 そうだ。いつだって私は、そうしてきたんじゃないか。

すみれ「……そろそろ行きましょう」ガチャ

かのん(こんなところで氏にたくない。私は絶対に生きて帰ってやる)グッ

恋「サヤさん……必ず、迎えに戻ります」ボソ

125: 2023/08/27(日) 12:55:24.14 ID:m8zw9NVS.net
ジャリ、ジャリ…

かのん「本当によかったのかな。車使わなくて」

すみれ「いいのよ。よくよく考えれば、道路に瓦礫が散らばってたりでまともに走れる保証もないし。歩いて何時間もかかるような距離じゃないでしょ」

すみれ「無理に動かそうとして、二次災害でも起こしたら目も当てられないわ」

かのん「それもそうだね…….」

かのん(運転とか絶対ムリ)
 

千砂都「みんな、スマホの電波はどう?」

すみれ「……だめね」

可可「クゥクゥのも繋がりマセン」

かのん(私のも同じか。バッテリーの残量は残り61%……っ)

126: 2023/08/27(日) 12:57:22.67 ID:m8zw9NVS.net
千砂都「どうせ圏外なら、スマホは低電力モードにするか、いっそ電源を切っておいてもいいと思う。今はバッテリーを節約しないと」

すみれ「私、モバイルバッテリー持ってきてるわよ。いざとなったら貸してあげるから」

かのん「本当!? 流石すみれちゃん! 頼りになるっ」

千砂都「あー、その手があったか。私も持ってくればよかったな」

可可「クゥクゥも持ってます! 外出する時は予備のバッテリーの一つや二つ、持っていくのが基本デスよ」ドヤァ

恋「だからと言って、無闇にバッテリーを消耗させるようなことがあってはいけません。もしもの備えとして頭に入れておきましょう」

すみれ「ええ。そんな容量もあるわけじゃないし、安物だしね。まあ、その場凌ぎの奥の手ってことで」

かのん(う、そうだよね。それがあるから絶対に安心ってわけじゃないよね……電源切っとこう)スッ

127: 2023/08/27(日) 12:59:30.87 ID:m8zw9NVS.net
ジャリ、ジャリ…カツン

かのん「ねえ、私たち以外にも誰かいると思う?」

千砂都「これだけ長いトンネルだし、私たちだけしかいない方が不自然だよ」

恋「距離はありましたが、前を走っていたバスが1台いたはずです。トンネルを抜けきっていなければ、その内会えるかと」

すみれ「ええ。そろそろ照明以外の光が一つや二つ見えてきてもいい頃だわ」

かのん「さっきよりは明るくなったけど、まだ見通し悪いね」

千砂都「オレンジの光ってのも影響あるんだと思うよ。こうしてまばらに点いてる分、余計に薄暗い印象を与えてるんじゃないかな」

すみれ「……可可、ちょっとそこの壁ライトで照らしてみて」

可可「一体どうしたんデスカ? 何か虫でも見つけました? グソクムシは山にはいないデスよ」

すみれ「もう、そう言うのはいいからそこ照らして」

可可「壁なんて見ても何かあるとは思えま……ヒェ!?」

128: 2023/08/27(日) 13:02:25.10 ID:m8zw9NVS.net
かのん「どうしたの?」

かのん「え、……なに、これ」

 壁には何かを強く押しつけて引き摺ったような跡が続いていた。その跡を追うようにして進んだ先には……

可可「――――あ! か、かのん、アレ! 見てっ、あそこデス! 很轻! 车! “大车!” !」

かのん「え、な、なに? あそこって……あ!!」

かのん「ち、ちぃちゃんっ」グイグイ

千砂都「う、うん、見えてるよ」

すみれ「変だと思ったのよ。ここまで歩いてきた感じ、中央付近の環境は比較的安全に思えた。でも、ここら辺の道路は妙に荒れてるっていうか」

すみれ「タイヤの跡?みたいなのが地面に付着しているの。これって急ブレーキしたり、強い力が働かないと付かないでしょ?」

129: 2023/08/27(日) 13:05:00.62 ID:m8zw9NVS.net
かのん「全然気付かなかった……」

 こんな時でも、すみれちゃんは周りを冷静に観察していた。

かのん「夢じゃないよね? 幻とか、蜃気楼とか」

すみれ「素直に喜んじゃいけない場面なんだろうけどね。バスってことは結構な人数が乗ってるんじゃないかしら」

 トンネルの壁面を削るような跡の終着点。
 それは数十メートル先にある、白色の光をぼんやりと灯す巨大な車体まで続いていた。

 藁にも縋る思いで、私たちは誰ともなく駆け出した。
 地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸を、必氏に手繰り寄せようと。バスがそう至るまでの経緯をあえて無視して。
 

かのん「ねえ! ほら見てよ。よかったぁ! 私たち以外にもいたんだっ」

 見える。私たち以外の人の姿が、窓ガラスの向こうに!

すみれ「だから言ったじゃない。私たちだけなんて、ありえないったらありえないのよ」

かのん「うう……こわ"がっだよぉお"お"」

 人が増えた安心感からか、熱いものが込み上げてくる感覚。これほどまでに心揺さぶられる瞬間が今までにあっただろうか。

130: 2023/08/27(日) 13:08:15.07 ID:m8zw9NVS.net
千砂都「おー、よしよし」

可可「这很有帮助ァ! ミナサン一先ず安心デスね!」

恋「そうですね。本当、一時はどうなることかと……」

 これで一先ず安心。助かるかも知れない。
 いや、私たちはもう助かった気でいたんだと思う。

コンコン

かのん「あのー、す、すすすみましぇん!」

 か、噛んじゃった。恥ずかしいっ。

「すみませんが、あなた方はもしかして……」

かのん(あれ、この人たちってもしかして……)

 私たちを出迎えたのは同じ高校生と思われる少女たち。
 知っている。私たちは彼女たちを知っている。

かのん「あ、えって、とかのんです!」

「とかのん?」

 違う違う! なに言ってるんだ私はっ。口が上手く回らない。

131: 2023/08/27(日) 13:11:42.19 ID:m8zw9NVS.net
かのん「かのんです! し、し澁谷かのんと申します!」

「かのん……? あっ」

 一目見てすぐに分かった。
 だって、彼女たちは今日あんなにも輝いていたのだから。

「スクール、アイドルの……」

 そのバスに乗っていたのは、合同ライブ主催校の1つで、見事優勝に輝いたグループ。

かのん「え? あ、はい! スクールアイドルグループ『Liella』って言ったら伝わりますかっ?」

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会。

かのん「あ、皆さんのことはも、勿論っ知ってます! こ、こんな状況ですけど、嬉しいです! 会えて!」ニコ

 こうして、私たちは出会った。
 この出会いは運命? それとも奇跡?

 多分違う。

 神様のいたずらは こんなにも不条理で残酷なのだと
 この時の私は まだ 知る由もなかったのだ

「……うん! 私も、会えて嬉しい」

ブゥゥーン…

 どこからか、蝿の羽音が聞こえた気がした。

135: 2023/08/27(日) 18:51:28.47 ID:TQAoR0/G.net
 スクールアイドルグループ『Liella!』と、私たち虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会は運命的な邂逅を果たした。
 それが皮肉にも、私たちをさらなる絶望へと突き落とすことになるとは誰が予想できただろう?

侑「いやぁ、まさかこんな偶然があるとはね……」

歩夢「う、うん。驚いちゃった」

彼方「本当にLiellaのみんなだ〜。よろしくねえ」フリフリ

ミア「It's just unbelievable! あまり嬉しくない偶然だよ」

エマ「汗すごいよ。顔も汚れてる、これで拭いて。のど渇いてない? お水あるよ」ハイ

可可「ありがとうござぃマス!! んく、んぐ」

栞子「あなたも。その手、これで拭いて下さい」っウェットティッシュ

恋「っ」サッ

136: 2023/08/27(日) 18:52:51.75 ID:TQAoR0/G.net
侑「えっと、平安名すみれちゃん……すみれちゃんて呼んでもいい?」

すみれ「……別に構いません」

侑「あ、私のことは侑って呼んで。先輩とか後輩とか気にしなくていいからね」

すみれ「いえ。侑先輩と呼ばせていただきます」

侑(うーん、結構礼儀正しいと言うか堅い子なのかな。ライブで見た時と大分印象違うなぁ)

可可「グソクムシがネコ被ってマス」ププ

すみれ「可可ぁ!!」

侑「あ、あはは。……ねえ、何があったのか聞いてもいい? 入り口じゃなくてここまで歩いてきたのはどうして?」

 簡単な自己紹介を終え、和やかな空気もつかの間、車内には一転して陰鬱な空気が漂った。

137: 2023/08/27(日) 18:55:37.51 ID:m8zw9NVS.net
かのん「それは、その……」

 彼女たちの反応を見れば、とても素直に喜べるような状況ではないのは明白だ。

かすみ「運転手さんとか大人の人は一緒じゃないんですか?」

千砂都「そちらこそ、運転手はいないんですか? 同好会の皆さんも何人か足りないように見えます」

かのん「ち、ちぃちゃんっ」

侑「ここにいない3人には出口がどうなっているか見に行ってもらってるんだ。運転手さんも、そこにいると思う」

千砂都「同行してるってことですか?」

侑「えっと、それは違くて。すごい衝撃があったでしょ? それでバスはこの有り様。運転手は気が付いたらどこにもいなくなっててね」

可可「どこに行ったのデスカ?」

138: 2023/08/27(日) 18:56:44.99 ID:m8zw9NVS.net
侑「……わからない。でも、多分トンネルを抜けようとしてると思うから。この道の先に必ずいる。いるはずだよ」

すみれ「そう。なるほど、ね。大体分かったわ」

かのん「え、すみれちゃん分かったの?」

すみれ「ここもあまり良い状況じゃないってこと。ですよね?」

 すみれちゃんの言う通りだ。察しのいい子なのか、運転席の惨状と血痕を見てピンときたのかも知れない。

侑「ごめんね。助けを求めて来たんだろうけど、それはこっちも同じなんだ」

歩夢「で、でもこうして出会えたんだし、みんなで協力すればきっと何とかなるよ」

せつ菜「はい! 人が増えるのは純粋に喜ばしいですし、全く知らない仲ではないということがどれだけ心強いことか」

彼方「そうだねぇ。このままお喋りしてたら案外すぐに救助が来るかも〜、なんて」

139: 2023/08/27(日) 19:03:51.88 ID:m8zw9NVS.net
栞子「いえ。水を差すようで悪いですが、そう喜んでばかりはいられません」

璃奈「……」ハァ、ハァ

しずく「璃奈さん、大丈夫? 汗ひどいよ」フキフキ

かすみ「やっぱり相当痛いんじゃ……」

璃奈「へい、き。気にしないで」

ミア「……チッ、おい栞子。本当にその巻き方で合ってるのか? 璃奈が苦しんでるじゃないか!」

栞子「ですから、私のやり方では応急処置が手一杯なんです。痛み止めもありませんし、力不足なのわかっていますっ」

彼方「栞子ちゃんを責めるのはちょっと違うなって思うよ。ただ見てることしかできないことがどれだけ辛いか、私たちだって十分に痛感してるから」

エマ「心配する気持ちも分かるけど、こんな時こそ仲良くしなきゃだよ」

140: 2023/08/27(日) 19:06:44.73 ID:m8zw9NVS.net
ミア「そんなのボクだって理解してるつもりさ。……不甲斐ない自分にイラついているんだ」プイ

かのん「あの、だ、大丈夫なんですか? 高咲さ、侑さんも頭に包帯巻いてますけど」

侑「私は大したことないよ。それより」

歩夢「大したことあるよ。侑ちゃんも本当なら横になってて欲しいもん」

侑「歩夢っ。本当に平気なんだって。ちょっと切っちゃっただけ」

 ああ、もう。ここでも言い争ってたらLiellaのみんなにどんな目で見られるか。先輩の私たちがしっかりしないといけないのに。

かのん「……私たち、ここにいてもいいんですかね」

侑「え、どうして? 座席も空いてるし、ここにいてもいいんだよ。やっぱり不安にさせちゃったかな……ごめんね」

141: 2023/08/27(日) 19:10:53.69 ID:m8zw9NVS.net
歩夢「うう、ごめんなさい。私、侑ちゃんが本当に心配で心配で」

千砂都「その気持ち分かります。大切な人なんですよね」

歩夢「ふぇ!? あ、いやその、侑ちゃんは幼馴染でずっと一緒で、って、ど、どうして?!」カァア

千砂都「見ればわかりますって。ね、かのんちゃん」

かのん「え? う、うん。そうだね!」

侑「2人も幼馴染なんだね。うん。じゃ、話を戻すけどいいかな。かのんちゃんたちのこと、教えて欲しい」

侑「あ、幼馴染のエピソードはここを出てからゆっくり聞かせて」ニコ

千砂都「うぃっす」ビシ

かのん「ちぃちゃん!?」

142: 2023/08/27(日) 19:13:05.59 ID:m8zw9NVS.net
栞子「幼馴染のなんたらはそこまでにして下さい」ハァ

栞子「あなたたちがここに来るまでの経緯には大体察しがついていますので、先に言わせて下さい」
 

栞子「その服の汚れは、血ですか?」
 

 それは、かのんちゃんの胸元に付着していた赤黒い汚れを指しての言葉だった。

かのん「……これは」ギュ

 ただの汚れ。
 ここではそんな誤魔化しが効かないことくらい、彼女も理解しているのだろう。
 その目は縋るように千砂都ちゃんに向けられ、

千砂都「……」フルフル

 千砂都ちゃんはただ何も言わず首を振った。
 栞子ちゃんは尚も続ける。

143: 2023/08/27(日) 19:20:30.10 ID:m8zw9NVS.net
栞子「葉月恋さんでしたか。あなたの手も同様に赤い何かで汚れていましたね」

恋「……」

栞子「包み隠さず話してくれませんか? 私たちと一緒に行動するのでしたら、お互いの境遇はハッキリさせておくべきです」

栞子「こんな状況で、隣に座る仲間でさえ信じられなくなったらどうなりますか。きっと、私たちは大切な何かを失います」

栞子「お願いします。隠し事はなしにしましょう」

かのん「……っ」

 栞子ちゃんの言葉に、かのんちゃんは無言でかぶりを振った。明らかに逡巡している様子だった。

せつ菜「どなたか負傷しているのなら教えて下さい。私たちが力になります!」

歩夢「うん。私たちにできることなら何でもするよ」 

145: 2023/08/27(日) 19:25:40.63 ID:m8zw9NVS.net
恋「……」

栞子「何故、あなたたちは5人だけでここに来たのですか? 少なくとも、1人は大人がいるはず。車内で待機を?」

すみれ「恋、話すべきよ。隠し事は良くないわ……辛いなら私から」

恋「1人、います。サヤさんという、わたくしの家で身の周りの世話をしてくれている人です」

かすみ「家政婦さん、ですか?」

恋「ふふ。間違ってはいませんが、もっと……そう。家族のような方だと思っています」

 恋ちゃんは自身の両手を見つめる。
 その赤く染まった手を見て、一体何を思うのだろう。

侑「そうなんだ。恋ちゃんはお嬢様なんだね。上品で気品があって、見た通りだったみたい」ニコ

恋「……ありがとうございます」フッ

 その笑みはどこまでも儚げで、表情からは感情が消え失せているようにも見えた。
 彼女は続ける。

146: 2023/08/27(日) 19:27:26.18 ID:m8zw9NVS.net
恋「わたくしたちの乗っていたバンに、サヤさんはいます。ここにいないのは、満足に動ける状態ではないからです」

歩夢「その血と、関係あるの……?」

恋「……」

恋「そうだと言ったら、どうしますか」

かのん「っ、恋ちゃん」

恋「かのんさんの服の血も、わたくしのこの手の血も、この5人のものではありません。これで満足ですか?」

 これ以上余計な詮索はするな。その目はそう訴えていた。

侑「……そっか。うん、わかったよ」

 サヤさんが今ここにいない理由は、その大量の荷物がそのまま答えなんだ。

侑(恋ちゃんたちは前に進むことを選んだ……)

147: 2023/08/27(日) 19:30:01.86 ID:m8zw9NVS.net
かすみ「それってヤバいんじゃないですか!? 怪我してるなら助けに戻るbもぐぁっ

しずく「かすみさん、しっ」ガバ

しずく「空気読んで」

かすみ「――――ぷはっ。え? え?」

エマ「ねえ、栞子ちゃん。サヤさんて人は……」

栞子「残念ですが、おそらく、もう」

歩夢「……」ギュウ

侑「歩夢」

 ここに大人はいない。頼れるのは、まだ幼い自分たちだけ。

侑(……まいったなぁ、)

 じわじわと、しかし確実に私たちを蝕む不安と恐怖。心の奥底に巣食うナニカに、近い未来、いつかどこかで誰かが押し潰されてしまう気がした。

 それは時間の問題だと。そんな確信があった。

148: 2023/08/27(日) 19:38:29.42 ID:m8zw9NVS.net
 割れた窓から侵入するガスと埃の臭いに、蒸し蒸しとした不快な熱気が車内を支配する。

 口を開くのも億劫で、いっそ沈黙の方が心地良いとすら感じてしまいそうだ。

ミア「それで? 話はまだ終わっていないぞ。当然入り口は見て来たんだろ」

 苛立だしげな口調で、ミアちゃんが目線を向けた先はかのんちゃんだ。
 彼女は体を縮こませ、視線をあちこちに彷徨わせながらも辿々しく話し始めた。

かのん「えっと、あの。み、見てきましたっ。だけど、でも……だめでした。瓦礫で、完全に塞がれてて……」

侑「え、瓦礫……?」

 ヒュッと、風の金切り音のような短く鋭い悲鳴がどこからか聞こえた。
 かのんちゃんの口から語られたのは、誰もが恐れていた最悪の事態そのものだったから。

149: 2023/08/27(日) 19:41:10.19 ID:m8zw9NVS.net
侑(わざわざこんな量の荷物を持ってここまで来たんだ。そんなの、予測できたじゃないか……)

かのん「退かそうとはしたんです。なんとか、こうして……っ、でもあんなに、山みたいになってたら」

ミア「オイオイ。冗談だろう? 塞がれていたって、そんなバカな話が……」

彼方「か、彼方ちゃんたちで何とかならないかな? みんなで、こ、こう力を合わせればっ。ねっ? ね?」

エマ「ぇ、あぅ。う、うん。そうだよ、きっと大丈夫だよ」

かのん「退かすのは無理、絶対。入り口からは出られない……あっちはだめ、だめ」ブルブル

可可「かのん、大丈夫デスよ。怖くない、怖くない」ヨシヨシ

歩夢「私たち閉じ込められたの? ねえ、どうしよう。侑ちゃん、私」

侑「ううん。そんなことない。歩夢、深呼吸」

150: 2023/08/27(日) 19:44:13.76 ID:m8zw9NVS.net
 こんな時どうする? 出口はだめ、本当?
 実際にこの目で見ないと判断できない……いや、かのんちゃんたちのこの反応は――――

侑(待て、落ち着くのは私もだ)フー

かすみ「ど、どうするの!? かすみんたちで瓦礫を退かすのはっ?」

しずく「私たちで瓦礫をどうこうできると思う? 下手に動かして落石にでも巻き込まれたらどうするの」

かすみ「わかんないよそんなの! この目で見ないと無理だって言えないじゃん!!」

しずく「それは、かのんさんたちもああ言って」

ミア「かすみの言う通りだ。そんなの実際に見なきゃわかんないだろう! それともなんだ、彼女たちの言葉を黙って聞き入れろとでも言うつもりか?」ビシッ!

千砂都「じゃあ行ってくればいいじゃないですか。結構な距離ありますよ? 行けますか、1人で」

151: 2023/08/27(日) 19:48:20.25 ID:m8zw9NVS.net
ミア「なんだとっ、you piss m」

彼方「わぁ! す、ストップストップ!!」

エマ「ケンカはだめだよ2人とも!」

璃奈「ミアちゃん、だめ」ギュ

ミア「ハァ、ハァ……っ」

千砂都「私も、実際にこの目で見てきたわけじゃありません。入り口を見に行ったのはかのんちゃん、可可ちゃん、すみれちゃんの3人ですから」

ミア「ハァ?」

侑「みんな落ち着いてよ! 多分、人手が足りてもどうにかなるようなものじゃないんだと思う。そうでしょ?」

かのん「……」コクリ

すみれ「あの瓦礫の山は動かせない。だから、私たちは出口まで歩こうって決めたのよ」

恋「一刻も早く助けを呼ばなければ、ここまできた意味がありません。救助を待つ時間は、わたくしにはありませんから」

152: 2023/08/27(日) 19:50:54.00 ID:m8zw9NVS.net
栞子「気持ちは分かりますが、もう少しだけここで待っていてください。そろそろ、ランジュたちが戻ってくるはずです……」フゥ

 栞子ちゃんは目頭を抑え、座席に深く座り込んだ。
 それが不毛な話し合いの終わりとでも言うように、誰もが口を閉ざす。
 

「……」

 しばらく、無言の時間が続いた。

 聞こえてくるのは誰かの荒い息遣い。カリカリと何かを引っ掻くような音。通路を蹴る足音。
 
 ただ無力に過ごすだけの時間が、どうしてこれほどまでに心をざわつかせる。
 獄中で判決を待つ罪人は、日夜こんな気持ちで過ごしているのだろうか。

侑「…………あ」

 不意に、トンネルの前方でぼんやりと小さな明かりがチラついた。

侑「戻ってきた」

 その光はトンネルの照明と混じり合い、やがて3人の姿をハッキリと映し出す。
 私たちは誰ともなく立ち上がると、バスの乗車口を開け3人を迎え入れた。

154: 2023/08/27(日) 20:03:56.08 ID:m8zw9NVS.net
――――ガタン

ランジュ「……」フゥフゥ

愛「……」ハァハァ

果林「……」ゼェゼェ

 煤汚れた顔に、見て分かるほど大量の汗を額に滲ませ、肩で荒く息をする。
 普段の3人からは想像もつかないほどの苦悩の色をその顔に浮かべていた。

侑「一体、どうしたの。何かあった……?」

 そんなの、わかりきっている。それでも知らないふりをして間抜けな質問をした。

愛「……うん。ダメだった!」

侑「だめ、え?」

かすみ「だ、だめってなんですか? 何がだめなんですか?」

エマ「果林ちゃん……?」

155: 2023/08/27(日) 20:06:29.72 ID:m8zw9NVS.net
果林「出口からは出られない。そう言うことよ」

せつ菜「冗談で言っているわけではないですよね? すみません。あまりにもあっけらかんとした言い方だったものですから」

愛「ごめんね、せっつー。もう向こうで散々喚き散らしちゃったんだよね。なんで、どうしてって」

愛「みんなにはさ、あんなアタシ見られたくないから」

 そう言ってぎこちなく笑う愛ちゃんの目元は、煤ではない擦った様な化粧汚れが見られ、普段の快活な印象は見る影もない。

栞子「そう、ですか。これは不味い事態になりましたね」

ランジュ「……無問題ラ」ガタ

ミア「おい、どこ行くんだ?」

ランジュ「我不能退缩。今すぐ入り口に向かうわ」

侑「ちょ、ちょっと待っt

かのん「あの! 待ってください!!」

156: 2023/08/27(日) 20:08:03.22 ID:m8zw9NVS.net
 私の言葉を遮って、ランジュちゃんを止めたのはかのんちゃんだった。

果林「……誰?」

愛「あ、『Liella!』の子たちじゃん! え、一体どういうこと?」

侑「えっと、それはね――――」

 3人にこれまでの経緯を簡潔に伝える。
 

愛「……そっか。アタシたちの後ろを走ってたんだ。すっごい偶然だね」

愛「こんな状況じゃなければ、素直に喜べたんだけど」

ランジュ「ふーん。で、あなたたちがここにいるのは何故?」

かのん「あ、あのっ。私たち入り口の方から来ました、それで「もういいわ」――――へ?」

ランジュ「ああ、そういうことね……」ハァ

157: 2023/08/27(日) 20:17:00.53 ID:m8zw9NVS.net
 ランジュちゃんは何かを悟ったのか、かのんちゃんの話を途中で切ると天を仰いだ。

果林「ねえ、教えて。入り口はどうだったの?」

かのん「入り口も塞がれていました」

かのん「瓦礫が山みたいに積み重なっていて、人の手じゃどうしようもない有り様で」

歩夢「出口も……そんな感じなの?」

ランジュ「言葉が足りなかったわね。多分、その子たちが見てきたのと同じような状態だと思うわ」

 ランジュちゃんはひらひらと手を振る。
 彼女も自ら瓦礫をどうにかしようとしたのだろう。その手は爪の先まで土や泥で汚れていた。

彼方「運転手さんは? 一緒じゃないみたいだけどぉ……」

158: 2023/08/27(日) 20:18:33.96 ID:m8zw9NVS.net
果林「……見つけられなかったわ」

エマ「え? どういうこと?」

愛「わからない。愛さんたちも探したんだけど、奥の方はもう真っ暗だったし、呼び掛けにも反応はなかったんだ」

しずく「あの、一本道ですよね? 出口の方に向かったのならどこかで鉢合わせるはずですが」

 運転手がいない?
 ランジュちゃんは、バスから運転手が降りるのを見たと言っていた。仮に、来た道を戻っていたとしても、かのんちゃんたちが見つけているはずだ。

 それじゃあ、一体どこに?

ランジュ「ごめんなさい。アタシたちも隅々まで探したわけじゃないの。横に広いから、どこかで見落としたのかも知れない」

歩夢「見落としたって、そんな……」

159: 2023/08/27(日) 20:20:20.20 ID:m8zw9NVS.net
せつ菜「ランジュさんの話ですと、運転手さんは重症なんですよね? どこかで動けなくなって寝たきりなんてことは」

かすみ「な、ならもう一度探しに行くべきなんじゃないですか? かすみんはあまり力になれないと思いますけど……」

愛「いや。それは……止めた方がいい、かな」

璃奈「どうして? 愛さんらしくない」

愛「違うよ、りなりー。一旦アタシたちの現状を整理しようってこと。出口は塞がれていて、奥に行くほど真っ暗で明かりは必須。そんな状況下でまともに人を探すのは危険」

愛「空気も悪いし、あの中を大の大人1人担いで行くのはリスクが大きすぎる。先にアタシたちがダウンしちゃう可能性もあるし」

彼方「それどういう意味? それってさ、見頃しにするって言ってるのと同じじゃないの……?」

果林「違うわ! 後はもう救助隊に任せるの。私たちは無理にここから動く必要はないのよ」

160: 2023/08/27(日) 20:37:32.49 ID:m8zw9NVS.net
エマ「果林ちゃんたち、言ってることめちゃくちゃだよ」

果林「エマ、あなたも行って見てきたら? そうしたら分かるk

ランジュ「果林!」

果林「っ、なんでもないわ。ごめんなさい」

侑(果林さん……?)

 ここに戻ってきてからの3人はどこかおかしかった。
 何かを隠しているのは明白だったけど、そんな邪推を誰もに抱かせるほど分かりやすい態度。
 
 一体何があったの? 何を見たの?

愛「あ、そうだ! Liellaの子たちさ、名前教えてよ。自己紹介しよ!」

かすみ「このタイミングでですかぁ!? 自己紹介ならさっきやっちゃいましたよ」

せつ菜「あの、それよりまだ聞きたいことが」

愛「いいじゃんいいじゃん。こんな時だからこそ、助けが来るまでどれだけ仲良くなれるかだよかすかす!」

161: 2023/08/27(日) 20:39:17.61 ID:m8zw9NVS.net
愛「それじゃあ、キミから!」

かのん「え? あ、はい。澁谷です……澁谷かのん」

愛「アタシは宮下愛! 愛さんでも愛ちゃんでもアイアイでも何でもこい! てなわけでよろしくね!」

可可「なんですかこのヒト。グイグイくるデス」ヒキ

すみれ「……アンタも人のこと言えないけどね」

愛「さーて、次は――――」

 かのんちゃんたちが若干引き気味になるほどの異様なテンションの高さ。
 普段の愛ちゃんならともかく、今この状況下での正しい振る舞い方とは到底思えなかった。

愛「ふむふむ……よし、決めた! レンレン! ちさっち! すみすみ! クウちゃん! そしてかのっちだ!」ビシッ

162: 2023/08/27(日) 20:55:00.23 ID:m8zw9NVS.net
かのん「かのっち、かのっちかぁ」ケッコウイイカモ

千砂都「ちさっち……」

恋「レンレン……」

可可「フフン。残念ですが、レンレンの名付け親はクゥクゥデス!」

すみれ「そこ張り合ってどーすんのよ」

愛「あはは。被っちゃったみたい」
 

彼方「……」

彼方「あのさ、愛ちゃん」

愛「ん? どったのカナちゃん」

彼方「ちょっとおかしくないかな〜……それとも、彼方ちゃんたちが間違ってる? ランジュちゃんも果林ちゃんも、まともに会話しようとしてないよねぇ」ジト

163: 2023/08/27(日) 20:56:31.01 ID:m8zw9NVS.net
ランジュ「彼方、それはね」

しずく「わたしも同意見です。とても楽観視できる状況じゃないのは誰だって理解しているはず。なのに、どうしてそこまで明るく振る舞えるんですか?」

しずく「わたしは怖いです。手だってほら、こんなに震えて……情けないですよね」プルプル

かすみ「しず子!」ギュウ

かすみ「かすみんだって、私だって怖いよぉ! 早くお家に帰りたい……!」

愛「……っ」

愛「別に愛さんだってそこまでお気楽でも楽観主義者でもないよ。こう言うこと、あまり口に出すもんじゃないけどさ」

愛「アタシたちは閉じ込められた。出入り口は瓦礫で塞がれていて、少なくとも内側から人の手でどうこうできるものじゃない」

愛「……て、それはもういいか。それより、今ここでアタシたちにできることをしようよ」

エマ「できること?」

164: 2023/08/27(日) 21:01:04.27 ID:m8zw9NVS.net
愛「ほら、スマホは圏外で使えなくてもさ、今の状況、被害の規模詳細をメモアプリやカメラに記録しておけば後で役に立つかもでしょ?」

ランジュ「对。ただ助けを待つだけの時間をもっと有効に使うべきよ」

歩夢「……ランジュちゃん言ってたよね。いつまた次の揺れが起こるかわからない、運転手をみ、見頃しにできないって」

ランジュ「ええ、言った。でもね、歩夢……アタシたちはまだ子供。一介の学生に過ぎない。身の丈に合わない行動は己を滅ぼすわ」

愛「トンネルが崩落するほどの大きな揺れだったんだし、今まさに外で救助活動が行われている可能性だってゼロじゃないって!」

栞子「本当にそう言えますか?」

栞子「外の被害状況によっては、直ぐに助けが来れないかも知れない。スマホの使えない私たちにそれを確認する方法は
ありません」

侑(確かに、そうだ。外がどうなっているか、今の私たちに確認する術はないんだ。もしかしたら、都市部ではもっと……)

 いや、やめよう。自分で自分を追い込んでどうする。

165: 2023/08/27(日) 21:04:18.06 ID:m8zw9NVS.net
果林「トンネルの崩落事故なんて、それこそ最優先でどうにかすべきレベルでしょう」

栞子「いえ、一概にそうとは言えません。例えば」

ランジュ「何? 栞子、あなたさっきから何が言いたいの? イタズラに人を怖がらせているだけじゃない」

栞子「すみません。ただ、私は事実を」

ランジュ「今、それは、口に出してまで言うこと?」

 誰もが怯えと恐怖を顔に浮かべていた。そんなやり場のない感情の矛先は、栞子ちゃんを真っ直ぐと射抜く。

栞子「ぁ……」

侑「……」フイ

 縋るような彼女の視線から逃げるように顔を逸らす。
 何も言えなかった。必ずしも、正しい情報を伝えることが正解ではないというのは分かっていたから。

栞子「すみません、そんなつもりでは……っ、すみません、本当に」

ランジュ「いいのよ。別に栞子を責めたいわけじゃないの。――――みんなも! 言いたいことはあるでしょうけど、今はアタシたちの言うことを聞いて欲しい」

166: 2023/08/27(日) 21:29:15.03 ID:m8zw9NVS.net
ミア「ハァ? なんなんだよ一体……」ブツブツ

侑「あのー、ランジュちゃん」

ランジュ「何?」

侑「流石に色々と端折り過ぎてるんじゃないかな。ランジュちゃんたちが何を見てきたのか。今何を考えているのか……みんな知りたいはずだよ」

ランジュ「侑、言い争いはしたくないの。分かって?」

侑「いや、だからさ。言い争いって、」

歩夢「侑ちゃんっ」ギュウ

侑「歩夢?」

歩夢「今はだめ。大人しくしてよう……嫌な予感がするの」ボソボソ

 歩夢の感じ取った違和感は、他の何人かも気付いていたようで、見渡せば誰もが分かりやすく、私を目で牽制していた。

 みんな、不用意に発言するのを恐れているようだった。

167: 2023/08/27(日) 21:30:23.36 ID:m8zw9NVS.net
かのん「でも、不思議」ポツリ

ランジュ「不思議って?」

かのん「あ、いえ、こんなに長いトンネルなのに私たち以外の車両が走っていないなんてなぁ……って」

愛「確かに、それは思ったけどねー。流石に偶然だよ」

愛「偶々、あの時間帯にアタシたちだけがあの道路付近を走行していた。それだけの話」

かのん「で、ですよねー」エヘヘ

すみれ「私たちのような遭難者が他にいなくてよかった。そう考えましょう」

千砂都「そうだね。見方を変えれば、人が多ければ多いほどもっとパニックになっていたと思う」

恋「もし、小さい子どもや赤ん坊がこの場にいたらと思うと……ゾッとしますね」

可可「これだけのメンバーが集まっているんデス。きっとなんとかなります!」

168: 2023/08/27(日) 21:34:15.30 ID:m8zw9NVS.net
ランジュ「だといいわね。そんな甘くはないでしょうけど」

可可「アァ!?」

可可「ずっと気になっていましたけど、あなた中国の人デスネ」

ランジュ「……」ピク

可可「出身はどこデスカ! クゥクゥは――――」

かのん「可可ちゃんっ!」ストップ

エマ「ランジュちゃんもだめだよ! そんな突っかかるようなことしちゃ」

ランジュ「別に。ただ「同郷」のよしみで教えてあげただけよ。現実は甘くないって」

可可「他突然模仿的霸道态度让我不由得恼火……真是个让气氛变得更糟的天才!」

かのん「なに?! よくわかんないけどすっごく悪いこと言ってそう!」ヒィイ

169: 2023/08/27(日) 21:39:04.70 ID:m8zw9NVS.net
ランジュ「わお。ミア聞いた? あの子すごく口悪いわ」

ミア「ハァ、こんなところで仲間割れなんてごめんだぞ」

ランジュ「まさか。ランジュはもっと仲良くしたいと思ってるの。アナタもそうでしょ? 很高兴认识你」

可可「……我也很高兴」プイ
 

歩夢「大丈夫かな?」コソコソ

侑「うん。突然喧嘩腰になるもんだから何かあるのかと思ったけど、この様子なら大丈夫なんじゃない?」コソコソ
 

愛「そろそろ話を進めよっか」

愛「みんな、スマホのバッテリー残量はどう?」

彼方「バッテリー?」

愛「そ。今は圏外でほとんどの機能が使えないけど、これが命綱だってことに変わりはないし。無駄遣いしないように低電力モードにしておくか、いっそ電源を落としちゃってもいいと思う」

170: 2023/08/27(日) 21:42:12.36 ID:m8zw9NVS.net
 愛ちゃんの言葉を皮切りに、みんな一斉に自分のスマホを取り出した。
 画面を見つめ、不安そうに眉を顰める人もいれば、安堵のため息をつく人もいた。

 悲しきことに私は前者である。

侑(まあ、頻繁に連絡を取り合っていたらそうなるよね)

 SIFでは右に左に上に下に、スマホを片手に大忙しだったのだ。既にバッテリーの残量は30を切っていた。

歩夢「侑ちゃん、いざとなったら私のがあるから。心配しないで」

侑「ありがとう。でも、いつ電波が戻るか分からないから、電源は付けたままにしとく」

 電源を切ると、本当に文明社会から隔絶されてしまうようでどうにも踏み切ることができなかった。

かすみ「うわぁああん! かすみんもう真っ赤です!」

しずく「もう。散々自撮りしてるからだよ」

173: 2023/08/27(日) 22:10:27.86 ID:m8zw9NVS.net
璃奈「予備のバッテリー持ってるから、貸してあげる」

かすみ「りな子ー!!」

ミア「長旅なんだ。それぐらい用意しておくべきだろ」

かすみ「ふ、ふんっ。ミア子のは使ってあげないんだから!」

ミア「Huh? なんでボクが貸してあげたいみたいになるんだよ」

果林「Liellaの子たちは?」

かのん「あ、はい。ここに来る前にちぃちゃんが言ってくれたので、電源は切っています」

すみれ「私もモバイルバッテリー持ってますから、ある程度は」

可可「クゥクゥもデス」

恋「私は大丈夫です」

174: 2023/08/27(日) 22:13:40.47 ID:m8zw9NVS.net
千砂都「私も平気だYOー」

ランジュ「……」

 ランジュちゃんは何かを思案するように眉を寄せ、暫し逡巡した後、

ランジュ「それじゃみんな、バッテリー出して?」

 そう告げたのだった。

――――
――――――――

ランジュ「ヤー、イー、サー……意外とあるものね」フムフム

 通路に乱雑に置かれたモバイルバッテリーを見下ろしながら、ランジュちゃんは満足気に顎を撫でた。

175: 2023/08/27(日) 22:16:11.91 ID:m8zw9NVS.net
可可「……」プクゥ

璃奈「……」

 どこか息苦しい沈黙が流れる。それは、決してここが閉鎖されたトンネル内というだけの理由ではなかった。
 ランジュちゃんの放つ威圧感に、半ば強制的に受け渡すを得ない状況だったのだ。

歩夢「ちょっと横暴だよね……」ボソ

 歩夢の呟きに内心で同調する。

愛「納得いかない人もいると思うけど、これもみんなのためなんだ。共有できるものは共有する。これ以上の混乱を防ぐためにも、今のアタシたちは規則に則って行動していかなきゃ」

彼方「規則?」

愛「ここでいつ来るかも分からない救助を待つにしても、集団で生活していくにはルールが必要ってことだよ。カナちゃん」

かすみ「あのぉ、規則でもルールでもいいんですけど、具体的には何をどうするんですか?」

176: 2023/08/27(日) 22:18:12.82 ID:m8zw9NVS.net
愛「そうだね。例えばこのバッテリー。これはみんなで使う共有財産として管理しようかなって」

 勝手に他人の物を共有財産にするという発言には、誰もいい顔をしなかったけど、

侑(でも、愛ちゃんも、ランジュちゃんも自分のバッテリーを出しているから……私たちは何も言えない)

ランジュ「バッテリー残量が少ない人から優先で充電するわ。あまり長時間は無理だけれど、少しは足しになるはずよ」

 ただで使わせてもらう身としては、多少のばつの悪さを感じながらもスマホを手渡す。

愛「りなりー、ごめんね。でも3つも持ってるなんてありがたいよ」

璃奈「これくらいでしかみんなの役に立てないから、大丈夫。どんどん使って」

177: 2023/08/27(日) 22:20:46.71 ID:m8zw9NVS.net
果林「無理しなくていいのよ。ほら、ここに横になって」ポンポン

璃奈「う、ん……ごめん」フラ

愛「……っ」

 さっきの愛ちゃんの発言が、一体どれだけここにいることを見越してのことだったのか。
 彼女自身も痛いほど理解しているはずだろう。

 ――――ズキッ

侑(っう)

 再発したこめかみの痛みに眉を顰める。

歩夢「けほっ、けほ」

 空気も悪い。いくら車内にいようと換気設備はとうに機能しておらず、トンネル内の汚染された空気が充満するのもそう遠くないだろう。

 私たちにあまり時間が残されていないのは明らかだ。

侑(だからと言って、現状を打破できるような策があるかというと……)

178: 2023/08/27(日) 22:22:13.38 ID:m8zw9NVS.net
愛「寝床は後方の座席を回転させて倒せば十分な広さになるね。汗吸っちゃってるけど、タオルを毛布代わりにもできるし」

せつ菜「休む分には自分の座席で十分そうです。そちらは璃奈さんや侑さん、体調の優れない人が優先して使うようにしましょう」

栞子「割れた窓は日除けを下ろしておいてください。必要ならテープでひびを補強することも忘れずに」

 今の愛ちゃんたちの行動が最善手なのだろう。

しずく「あの、話の腰を折るようで悪いんですけど。このような集団の中でルールという物を設定するのなら、どうしてもリーダーという存在が不可欠ではないでしょうか」

しずく「こんな時に不躾ですみません。ただ、誰かまとめる人が必要ではないかと」

エマ「なら、そのままランジュちゃんとか愛ちゃんがやればいいんじゃないかなあ」

愛「もちろん、言い出しっぺの愛さんたちがやるのもいいけど、なんならリーダーは別で決めてもいいって思ってる」

愛「最年長の3年生でもいいし、この際、部長のかすかすでも!」

179: 2023/08/27(日) 22:24:22.69 ID:m8zw9NVS.net
かすみ「うえ!? か、かすみんにはちょっと荷が重いです……あと、かすかすじゃなくてかすみんです」

歩夢「うーん、リーダーなら侑ちゃんがなればいいんじゃない?」

侑「歩夢?」

せつ菜「いいですね! 侑さんなら大賛成です」

かすみ「かすみんも侑先輩がいいです」

侑「せつ菜ちゃん? かすみちゃん?」

果林「まあ、異論はないわね この同好会はこれまで侑を中心に回ってきたようなものだもの」

彼方「でもでも、侑ちゃん頭怪我してるし……あんまり気を張らせない方がいいよ」

愛「当然ゆうゆ1人に全てを任せるつもりはないよ。重要なのはリーダーっていう存在そのもの。しずくの言う通り、集団をまとめるのには必要不可欠な役割だからね」

ミア「ベイビーちゃんが? ランジュか栞子にやらせればいいだろ」

180: 2023/08/27(日) 22:26:47.84 ID:m8zw9NVS.net
栞子「いえ、確かに侑さん以上の適任は他に見当たりません」

ランジュ「ランジュもいいわ。誰も名乗り出なかったらやるつもりだったし、みんなが侑を推すのなら反対する理由もないもの」

 ランジュちゃんや栞子ちゃんにまでそう言われたら、嬉しい反面断りづらいな。

歩夢「ごめんね。頭の怪我もあるし、断りたかったら断っていいんだよ。ただ、私は侑ちゃんがいい」

歩夢「侑ちゃんとなら、どんな未来だって……」ボソ

侑「歩夢……」

愛「Liellaの子たちも異論はない?」

恋「はい。わたくしたちはまだ1年生ですし、そんな誰かをまとめるなんてまだ……」

すみれ「突然押しかけたようなものだしね。従うったら従うわ」

181: 2023/08/27(日) 22:32:38.63 ID:m8zw9NVS.net
可可「かのんがいます!!」

かのん「ん、え"っ?」ビクッ

可可「かのんならきっとみんなをひとつにまとめて、ここから無事にセイカンさせマス!」

かのん「根拠は? ねえ根拠を教えて具体的に」

可可「スバラシイコエノヒトデス!」

かのん「はぁぁあ!?」

千砂都「かのんちゃんは私たちのリーダーだからね」

すみれ「まあ、私たちの中でって言ったらかのんでしょうけど」

かのん「生徒会長の恋ちゃんがいるじゃん!」

愛「あはは。じゃ、投票でもする?」
 

 どうしてこうなったのか、私とかのんちゃんが候補に挙がり、

182: 2023/08/27(日) 22:35:26.92 ID:m8zw9NVS.net
侑「よ、よろしくお願いします……?」

かのん「やめて……頼むからやめて、目立たせないでぇ……」ウツムキ

 投票が行われた。

 結果は13:2で私、高咲侑がリーダーとして選出され、投票の間、生まれたての小鹿のように膝を震わすかのんちゃんが不憫だったのは言うまでもない。

 ちなみに、かのんちゃんに票を入れていたのは可可ちゃんと千砂都ちゃんだった。

愛「私たちのリーダーはゆうゆに決定。かのっちたちも意見があったら遠慮なく言っちゃっていいからね」

かのん「は、はい」ホッ

可可「どーしてかのんじゃないんデスカ!」

すみれ「逆にどうしてそこまでこだわるのよ。リーダーだからって好き放題できるわけじゃないっての」

183: 2023/08/27(日) 22:42:04.03 ID:m8zw9NVS.net
ランジュ「さて。みんな、ここからが本題よ」パンッ

 ランジュちゃんが手を叩き、再び注目を集める。
 成り行きでリーダーになったとはいえ、話を進めるのは強い発言権を有しているランジュちゃんたちだ。

ランジュ「問題点は山積み。それらを解決するために、まずは規則を作るの。助けが来るまで、この狭いコミュニティの中で正しい秩序の中生活するために必要な規則(ルール)を」

 生活する。それは決して大袈裟に言っているのではなく、最悪を見越した上での発言。

 救助が来るのは数時間後か、数日後か。今まさに瓦礫の撤去活動中なのか。
 なら、どれくらいかかる。下手したらトンネルが崩れるかも知れない。きっと慎重にならざるを得ない。1日では終わらないだろう。

侑(ここが私たちの世界(くに)になる)

 大人はいない
 生きるために、知恵を、力を、振るわなければ

歩夢「……」ギュウ

侑「生き残ろう。みんなで」

 こうして、私たちの長い長い戦いが始まった。
 

ピ…ピ6:45p.m. ―7:20p.m――8:0000??玲律縲?6??5p.m. ――――ピピピピ…カチ
――――――――ブゥーン、ゥゥン

189: 2023/08/28(月) 19:19:42.88 ID:kaERX8dO.net
第3章 社会-order-
 

侑「うーん」

 膝の上に広げたノートを睨みながら、首を捻る。

・室内灯
 バスのエンジンが切れている以上、いつか電力の供給は途絶える。トンネルの照明もいつまで保つか、見当も付かない

・車内の空気
 十分な換気はできていない。窓の開放による排気ガスの影響はどれくらいか。また、閉め切ることによる酸素不足、二酸化炭素過多にも注意したい

・気温
 幸い車内は人が大勢いることもあって暖かいが、エンジンがかけられず暖房機能が使えないため、徐々に冷え込んでいくだろう

 空調が機能していない前提で語るならば、数時間後には巨大な冷蔵庫に早変わりだ

 ※また、飲食物に関してはどんなに切り詰めても3日も持たないことを記しておく
 

――――パタン

侑「はぁ〜」グテ

 ノートを閉じ、座席に深くもたれかかる。
 こうして改めて書き記せば、自分たちがどれだけ絶望的な状況にいるのかが浮き彫りになるようで眩暈を覚える。

190: 2023/08/28(月) 19:22:05.04 ID:kaERX8dO.net
>>185
そこらへんは割といい加減というか、大目に見てやってください

191: 2023/08/28(月) 19:27:01.74 ID:kaERX8dO.net
歩夢「侑ちゃんそんなもたれかかったら腰に悪いよ。頭は痛まない? 喉乾いてない?」

侑「あはは……平気だよ。それに飲み水は貴重なんだから大事にしないと」

 リーダーを決めた後、私たちはそれぞれが定位置に戻り、思い思いの時を過ごしていた。

侑「……」
 

彼方『侑ちゃん、侑ちゃん」チョイチョイ

彼方『彼方ちゃん怒ってるんだよ〜。侑ちゃんならもっと突っ込んでくれると思ったんだけど』

彼方『私、ランジュちゃんたちのこと疑ってるから』
 

 みんなが席に戻る最中、彼方さんから言われた言葉が頭の中で反芻される。

192: 2023/08/28(月) 19:28:29.21 ID:kaERX8dO.net
 私だって有耶無耶にしたいわけじゃない。運転手を探しに行きたい。トンネルの出口と入り口がどう塞がれているのかこの目で確認したい。

 彼方さんがランジュちゃんたちに感じている不信感は、説明、情報の伝達不足からくるものだろう。
 実際に、惨状を目の当たりにして来たランジュちゃんたちと私たちとでは、危機感に対する温度差が違うのは当然だ。

ランジュ「侑、ちょっといい?」

侑「!?」ビクッ

歩夢「侑ちゃん!? 頭痛むの!?」

 件の本人の登場に腰が浮く。
 ランジュちゃんは不思議そうに首を傾げると、何事もなかったかのように話を進めた。その後ろには栞子ちゃんもいる。

ランジュ「さっき栞子と話し合ったんだけどね、侑にも共有しておこうと思って」

 そう言い、スマホをこちらに向ける。

193: 2023/08/28(月) 19:32:45.84 ID:kaERX8dO.net
侑「え、なに……これ地図?」

栞子「そう大層なものではありません。このトンネル内での私たちの現在地、そこから出口入り口までの順路を簡潔かつ大雑把に記したものです」

出口(封鎖)←―――(0.8)――――バス(現在地)――(0.4)―→ミニバン――(0.2)―→入り口(封鎖)

栞子「粗末なものですが、大まかな距離感を把握してもらえればと」

侑「この数字って、0.8は800メートルってこと?」

ランジュ「ええ。正確ではないけれど、実際に歩いて戻ってきた体感としてはそのくらいってことよ」

歩夢「これ本当なら、気軽に行って戻れる距離じゃないね……」

ランジュ「そういうこと。ただ勘違いして欲しくないのは、この数字はあくまで瓦礫で進めないところまでの仮数値。どのくらい深く崩れているかは見当もつかないわ」

侑「そっ、か」

194: 2023/08/28(月) 19:34:59.31 ID:kaERX8dO.net
栞子「トンネルの全長は1.4kmから大幅に見積もって1.9kmまでの長さがあると考えていいでしょう」

 1.4km、やっぱり結構長いトンネルなんだ。

栞子「それとは別に確認しておきたいことも。侑さん、少し外に出ませんか」

侑「うん? いいけど……」

かすみ「侑先輩? どこ行くんですか」

侑「ちょっと外に、ね。すぐ戻るから」

彼方「……」ジト

 歩夢を連れて、彼方さんの視線から逃げるようにバスから出る。
 

侑「……」ガタン

 トンネル内で道路に足をつけるのは変な感じだ。
 こんなことがなければ一生体験することはなかっただろう。

198: 2023/08/28(月) 19:43:46.81 ID:kaERX8dO.net
ランジュ「……」スタスタ

侑「けほっ、あの? ら、ランジュちゃん? もう随分歩いたと思うけど」

 暗い。数十メートル、いや数百メートル先は暗闇で前が見えないかと思えば、オレンジの頼りない光が照らす空間もある。

ランジュ「この辺りはまだ光がある。昼と夜が交互に訪れてるみたいでしょ。不思議よね」

 まるで外の世界みたいじゃない?

 顔は見えないけど、ランジュちゃんは笑っている気がした。
 

ランジュ「着いたわ」

 バスから200メートルは歩いただろうか。
 ランジュちゃんが足を止めた場所は、ちょうど照明の光が当たらない暗闇地点。
 ライトを使わないと細部まで見通せないが、何か特筆すべき点があると言うわけでもない。

199: 2023/08/28(月) 19:45:00.87 ID:kaERX8dO.net
ランジュ「見て。ほら、あれ」

 そう言って、ランジュちゃんはスマホのライトを天井に向けた。
 私もつられてその光を追う。

侑「あれ?」

 そこにあったのは天井から吊るされた大きな筒のようなもの。光量の関係ではっきりとした全容は窺えないが、空気清浄機かなにかだろうか?

ランジュ「出口を見に行った時にね、見つけたの。愛が言うには送風機(ジェットファン)だって」

侑「これ、稼働してるの?」

ランジュ「どうかしら。音はしてるみたいだけど」

 耳をすませば、ゴォオオ……と微かな振動のような音が聞こえてくる。

200: 2023/08/28(月) 20:03:44.74 ID:kaERX8dO.net
侑「こんなに静かなものなのかな。ここまで近付かないと聞こえないって……」

 トンネル内の空気の循環を目的としたこの機械も、これでは精々微弱な風を起こすだけでこの広く長いトンネルを喚起しきれるとは思えない。

ランジュ「古いモデルなんじゃない? それか普段からロクな整備もされていなかったとか」

 あの「揺れ」で機械に不具合が生じたと言われたらそれまでだけど、ランジュちゃんの説もあながち間違ってはいないのかも知れない。

 どちらにせよ、これでは空気の問題を解決――――

侑「……あ、ちょっと待って。この手のファンてさ、1台だけじゃなくて等間隔で設置されてるもんじゃない?」

 愛ちゃんがいたら「もんじゃだけに!」なんてお決まりの台詞を語尾に付けていただろうな。

 そんなどうでもいいことを思いながら、ランジュちゃんの返答を待つ。

201: 2023/08/28(月) 20:06:43.85 ID:kaERX8dO.net
ランジュ「そうだとしても、出入り口が塞がれているんだから新鮮な空気なんて入ってこないわ」

侑「あ、そうか。そうだよね……」

ランジュ「それに、ここからさらに200メートルほど先で同じ物を見つけているの。それも動いてはいたけど」

侑「それは、素直に喜んでいいのかな」

ランジュ「どうかしら。瓦礫に僅かな隙間でもあれば少しは違うんでしょうけど、これじゃ汚れた空気を循環してくれる有難迷惑な機械ってことになるわね」

ランジュ「まあ、何もないよりはマシなんじゃない」

 新鮮な空気は入ってこない。
 限られた資源をただ消費することしかできないのだ。

侑「……」ゴク

 氏神の鎌がゆっくりと喉元に迫って来るような気がして、首元を隠すように手で覆った。
 カラカラになった喉を潤そうと生唾を飲む。

202: 2023/08/28(月) 20:08:34.62 ID:kaERX8dO.net
ランジュ「それと、バスから大体400メートルかしら。そこから先はもうずっと暗闇が続いていて、ライトで照らさないと何も見えなくて」

ランジュ「そこで大きな機械の残骸を見つけたの」

侑「それってこのファン?」

ランジュ「そう。揺れで落下したやつ。入り口の方はどうかわからないけど、こっちでまともに動いているのは2台だけ」

ランジュ「それを踏まえて、あえて問題提起をするのならば『密閉空間で起こる酸素不足』これをどう回避するか」

 救助が来るよりも排気ガス等で身体を壊し、酸欠で息絶える方が早い。
 ランジュちゃんはそう考えているのだろうか。

ランジュ「それを侑、あなたからみんなに提起するのよ」

侑「え?」

ランジュ「えって……仮にもリーダーでしょう?」

 リーダーとしての責務を果たせ。暗にそう言われている気がした。

207: 2023/08/29(火) 12:23:57.88 ID:/+oaPB/9.net
侑「そうだけど、でも……それを言いたかったからここまで来たの?」

 わざわざ2人きりになってまで。

ランジュ「別にそんなつもりはないわ。このファンを見せたかったのは事実だし、侑にはもっと知ってもらわないと」

ランジュ「これからアタシの言いたいことは侑に言ってもらおうと思ってるから」

侑「は? え、私に? な、なんで」

ランジュ「だって、ほら。アタシ、あんまりよく思われてないみたいだし……特に彼方には」

 ランジュちゃんはバツが悪そうにぼやいた。

侑「……知ってたんだ」

ランジュ「そりゃ気付くわよ。あんなに睨まれちゃ」

ランジュ「彼方ったら分かりやすいわ。ランジュのこと親の仇のような目で見るんだもの」

 思い当たる節はある。何かを隠してるような態度に物言い。ランジュちゃんも自覚はしているらしい。

208: 2023/08/29(火) 12:26:10.80 ID:/+oaPB/9.net
ランジュ「だから、ね。お願い。みんなあなたの頼みなら素直に聞くでしょ?」

侑「買い被りすぎだよ、私はそんなすごくない」

ランジュ「自分を安く見すぎよ」

侑「傀儡政権でもするつもり?」

ランジュ「ふふ。面白いこと言うのね。アタシがリーダーの座を譲ったのは、自分が裏から組織を動かすためだったって?」

侑「……ごめん。冗談」

 空気がピリつくのを感じ、私は咄嗟に矛を収めた。
 らしくもない。ランジュちゃんと今更言い合ったってなんの意味もないのに。無駄な時間だ。

ランジュ「……」フゥ

ランジュ「そろそろ戻りましょう。あんまり遅いと心配されちゃうわ」

侑「うん、そうだね」

 来た道を戻るランジュちゃんの背中に、私は例えて言いようのない不安を感じていた。

209: 2023/08/29(火) 12:27:53.93 ID:/+oaPB/9.net
――――
――――――――

バス車内

侑「――――と言うわけなんだけど。入り口の方はどうかな。かのんちゃんたち、何か情報はない?」

かのん「あ、えーと……送風機でしたっけ。上気にする余裕もなかったから何とも。あったっけ?」

千砂都「等間隔で設置されているはずだから、出口の方にあったのならこっちにもあるはずだよ」

恋「微かにですが、振動のような音が響いていたような」

すみれ「環境音だと思っていたけど、そう思うと確かにそれっぽいわね」

可可「地面にはそれらしきモノは落ちていなかったデスよ」

ランジュ「そうなると、入り口方面のものは正常に作動しているのかしら……」

愛「だとしても、元々が大した整備もされてない粗悪品くさいしねー」

210: 2023/08/29(火) 12:29:35.30 ID:/+oaPB/9.net
歩夢「どうしてわかるの?」

愛「んー、まず音が弱い。本来トンネルに設置されてる送風機ってもっとバカでかい音がするはずなんだよね。すぐ真下まで近付かないと聞こえないっておかしいでしょ」

彼方「低騒音のタイプなんじゃないの?」

愛「いやぁ、愛さんそれはないと思うな。低騒音だとしてもあれはないって。絶対どっか故障してる」

栞子「電力の供給が途絶えて、十分な動力が確保できていない可能性も考えられます」

愛「それだ!」ビシ

侑(うーん)

 微風ながらも人工的な空気の流れがあるのは確かだろう。
 しかし、一介の女子高生である私たちに酸素不足の問題なんてどうにかできるものでもなく。

ミア「なあ、そもそも本当にあるのか? こんな広いトンネルで酸素不足なんて」

211: 2023/08/29(火) 12:30:54.45 ID:/+oaPB/9.net
せつ菜「出入り口が塞がれているんです。時間の問題だと思いますよ」

ミア「それは何日、何週間後って話だろう」

エマ「どこかに隙間くらいはあるんじゃないかな」

果林「隙間なんてあるようには見えなかったわ。全体をくまなく調べたわけではないけど……」

愛「スモッグが特に酷かったからね。ライトで照らすとすっごいよ。ライブ会場のスポットライトみたいでキラキラと粒子が舞っててさ」

愛「あ、そんな綺麗なもんじゃなかったけどね。もんじゃだけに。あそこにはいれて3分かな。いや、もっと短いかも」

恋「? なぜ突然もんじゃなどと……?」

彼方「スルーしていいんだぜ〜、恋ちゃん」

212: 2023/08/29(火) 12:40:25.41 ID:/+oaPB/9.net
可可「クゥクゥたちは割と平気でしたよね?」

かのん「え、そうかな? 結構苦しかったと思うけど」

すみれ「しばらく立ち止まって話す余裕はあったわ。視界を覆うようなスモッグもなかったし」

ランジュ「へえ。ランジュたちの方とは大分環境に差があるみたいね」

すみれ「ええ、まあ。それとこっちは指を入れられるくらいの隙間なら何箇所もあったけど、その向こうも瓦礫で塞がれていてお手上げって状況ですね」

栞子「なるほど。しかし、出口と入り口でこれほど環境に差が出るとは。磁場の影響か、空気の流れが強制的に止められたことによる気象現象、揺れで地下地盤が浮き上がり天然ガスが……」ブツブツ

恋「ファンの故障が影響して、汚れた空気が奥の方で溜まってしまっているのではないでしょうか?」

213: 2023/08/29(火) 12:44:06.87 ID:/+oaPB/9.net
愛「あー、風の向きが入り口から出口にかけて流れるようになっているなら当然か。考えてみたらそりゃそうだ」

せつ菜「封鎖され空気の逃げ道がないせいで、時間が経てば経つほど酷くなる一方ってわけですか」

栞子「……」

ミア「考えすぎたな」

侑「……」

 状況は悪くなるばかり。そんな中で私に何ができる?
 仮にもリーダーになった身でありながら、目の前で繰り広げられる討議に耳を傾けることしかできていない。

 話を主導するような発言力も、妙案を出すような発想力もランジュちゃんに劣っている。

侑「ふ、う」ズキ、ズキ

 ふと思い出したかのように熱と痛みを発するこめかみを軽く抑える。

歩夢「まだ、痛むんだね」スッ

侑「うん、少し」

 歩夢の手が私の頬を包むように触れる。

214: 2023/08/29(火) 12:52:47.67 ID:/+oaPB/9.net
歩夢「心配だよ。私ずっと、心がはち切れそうなくらい……痛い」

歩夢「ここに閉じ込められている状況より、侑ちゃんを失うことの方がずっと、ずっと」

 こわい

 そう歩夢は呟いた。

侑「ごめん。でも、今は話を聞かないと」

 歩夢の気持ちは痛いほど理解できる。
 私だってもし歩夢に何かあったらと思うと、気が気ではない。

 自分で良かった。
 きっと歩夢は反対のことを考えているんだろう。

侑「……」

 歩夢から視線を外し、私は他の面々の声に耳を傾けた。
 結局、酸素の問題は気にするだけ無駄。その時が来るまでには救助されているだろうと、みんなが口を揃えた。

215: 2023/08/29(火) 12:57:31.23 ID:/+oaPB/9.net
かすみ「げほ、ごほっ。しず子ぉ、窓開いてないよね?」

しずく「開いてないよ。閉め切るわけにもいかないけどね。この狭い車内で、これだけ人が密集している状況も本当は良くないと思うし」

エマ「そう言われると、確かに……ちょっと息苦しいかも」

かすみ「うう、怖いこと言うのやめてください……すぅー、はぁ、はぁ。ぜ、全然平気ですよぉ」

果林「こーら。あまりかすみちゃんを怖がらせちゃだめじゃない。ただの思い込みよ」

璃奈「対策を講じるなら、口を閉じるのが1番……だけど」

璃奈「それは身も蓋もない」

しずく「璃奈さん、汗すごい」フキフキ

璃奈「ん、ありがとう」

かすみ「やっぱり痛いよね。顔も赤いし、喉乾いてない? かすみんにできることあったら何でも言って」

璃奈「うん、頼りにしてる」ニコ

璃奈「……っ」ズキン、ズキン

216: 2023/08/29(火) 13:00:39.52 ID:/+oaPB/9.net
かのん「やっぱりさ、もう一度入り口まで戻ってみない? あの時は冷静じゃなかったけど、今なら外に続く隙間見つけられるかも」

すみれ「悪くないけど、今は無理よ」

かのん「え、なんで?」

すみれ「いい? この車両は虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会が貸し切っている。招かれたとはいえ、私たちは余所者。ここで勝手な行動をしたら同好会の皆さんに迷惑をかけるわ」

恋「先ほど決めたリーダーに意見を通したら良いのでは?」

かのん「そ、そっかぁ。だよね」チラ

侑「?」

 かのんちゃんと目が合う。逸らされる。

かのん「ふ、ふへへ」

すみれ「どういう反応よ」キモチワルイワネ…

221: 2023/08/29(火) 20:37:01.15 ID:/+oaPB/9.net
侑(仕方ないとはいえ、遠慮しちゃってるな。Liellaの子たちにはもっと積極的に前に出て欲しいんだけど)

侑「……」クゥ

侑(お腹、空いたなぁ)

 ここに閉じ込められてから何時間経ったんだろう。
 四方から流れてくる会話の内容をぼんやりと咀嚼しつつも、小さく鳴ったお腹の音に意識を割かれる。

 最後に確認できた時刻は19時半だったか。

歩夢「お腹空いたね。本当だったら今頃晩ご飯食べてたのかなぁ」

侑「……聞こえてた?」

歩夢「かわいい音だったよ」フフ

侑「もう」

 結局、具体的な解決案が出ることもなく話は平行線を辿ったまま進んでいった。

222: 2023/08/29(火) 20:38:41.65 ID:/+oaPB/9.net
ランジュ「ーーーーこれでわかったでしょう。アタシたちのいる中央付近がどれだけ恵まれているのか」

エマ「うん、そうだね」

せつ菜「はい……」

すみれ「私たちのいた所より明るいし、ここしかないったらないわねぇ」

可可「デスネー」グイー

かのん「可可ちゃん、座席倒し過ぎないで……」セ、セマイ

 空腹と疲れからか、次第に口数も減っていく。一言二言の応酬が増えていった。

<グゥウウ

愛「ん、誰ー?」

歩夢「侑ちゃん、じゃないね」

侑「隣にいるんだからわかるでしょ」

223: 2023/08/29(火) 20:39:41.93 ID:/+oaPB/9.net
しずく「かすみさん?」

かすみ「かすみんのお腹の音はもっとかわいいもんっ」 

ランジュ「そういえば、もうとっくに夕食の時間かしら」クス

栞子「す、すみません……お恥ずかしい限りで」

 おずおずと、頬を真っ赤に染めた栞子ちゃんがゆっくりと立ち上がった。律儀にも手を上げて。

かすみ「なぁんだ、しお子だったんだ。かわいいとこあるじゃん」ニヒヒ

しずく「こら。わたしもお腹の音鳴らないように必氏だったんだよ?」

エマ「今って何時なんだろう?」

愛「時計は20時過ぎてるね」

224: 2023/08/29(火) 20:42:22.29 ID:/+oaPB/9.net
かのん「お母さん心配してるよね、ありあもお父さんも。今頃大騒ぎになってるはず……お願い早く助けてっ」

千砂都「救助活動が行われるとしたら明日かな。機材を運んでから瓦礫の撤去を始めるとしても、日が昇ってからになるだろうし」

恋「少なくとも、今夜はこの車内で夜を明かすことになりそうですね」

可可「救助、来てくれマスカ……?」

すみれ「来るわよ。来ないなんてありえない、許さない。絶対に」

せつ菜「半日程度ならまだ気力は持ちそうですが……今はただ信じて待つしかありませんね」

ミア「神頼みなんて役に立つもんか。ボクは自分の力で足掻いてやる」

果林「色々と思うところはあるけれど、今はとにかくお腹が空いたわ。流石に限界」

 困ったようにお腹を押さえて笑う果林さん。
 それを皮切りに、次々に空腹を訴える声が上がった。

225: 2023/08/29(火) 20:44:45.96 ID:/+oaPB/9.net
侑「えっと、じゃあご飯にしようか」

 そこからの行動はみんな早かった。
 それぞれが手荷物の中から何かないか探し始め、昼食の残りや携帯食などを膝下に広げていく。

 当然、何もなく悲痛な面持ちでそれを見つめる者もいた。

侑(カ口リーメイトが2箱、コンビニで買ったスティックパンの残りが少し……あと小腹が空いた時用に買っておいたスナック菓子)

 歩夢も大体同じくらいの量だ。
 決して多くはないが、1日程度なら十分持つだろう。

ランジュ「ねえ、みんなどれくらい残ってる? そこに並べてみましょう」

 通路にタオルを何枚か並べ、ランジュちゃんは自らの飲食物を並べ始めた。

かのん「す、少なくてごめんなさい」ソオ…

すみれ「私の手持ちもこれだけ」トサ

226: 2023/08/29(火) 20:46:10.12 ID:/+oaPB/9.net
エマ「わたし、何も残ってなくてっ、全部食べちゃったの……お水なら残ってるけど」

愛「気にしなくていいって。助け合っていこ!」

 個々の数は少ないが、流石に十数人が持ち寄っただけあってそれなりの量になった。中でも、かすみちゃんの持っていたコッペパンにはみんなが目を輝かせた。

侑「誰が何をとか、どれだけ出したとかそういうのは無しにしなくちゃ」

 間違いなく、一番貢献しているかすみちゃんの様子を窺いながら慎重に言葉を発する。

ランジュ「ええ。これは言うなればアタシたちの共有財産。この限られた飲食物が文字通りの命綱になる。大事に消費していきましょう」

かすみ「……っ」

 かすみちゃんの縋るような視線を感じながら、ランジュちゃんと私で食料を分配していく。
 苦しい。誰も悪くない。それでも、罪悪感で胸がいっぱいだった。

227: 2023/08/29(火) 20:47:41.29 ID:/+oaPB/9.net
 全員に行き渡るころには、あれだけ多くあった食料も半分以下まで減ってしまった。

ミア「……これだけ?」

果林「文句言わないの。何があるかわからないんだから、無闇に消費はできないでしょう」

かすみ「……なんかそっちの方が多くないですか」

しずく「かすみさん」ツネリ

かすみ「いっつ? や、やだな~。かわいいかすみんジョークですよぉ」ア、アハハ

しずく「そういうこと、冗談でも言わない方がいいよ」

かすみ「で、でもこのコッペパンはかすみんの……ごめん」

愛「りなりー食欲ある? 愛さんの分も食べて元気になるんだぞ」アーン

かすみ「……」ギリ

228: 2023/08/29(火) 20:50:02.00 ID:/+oaPB/9.net
歩夢「この後はどうするの?」

侑「うーん、ランジュちゃんと話してみるよ」

 栄養食でパサパサになった口内に水を流し込む。
 飲み水は特に少ない。冬の寒い時期に加え、用意していた市販の飲料水はSIFでそのほとんどを空にしてしまったからだ。

 ある意味、食料より貴重な水分を無闇に消費することはできない……けど、

侑(下手な我慢は身を滅ぼすしね)

 ボトルの中で無邪気に揺れる水を見つめる。この中身が無くなるころには、この狭い世界から解放されていることを願うばかりだ。

――――
――――――――

 ランジュちゃん、栞子ちゃんと話し合った結果、今日はこれ以上の無駄な体力の消費を抑えるために休むことになった。

侑「歩夢、眠れそう?」

歩夢「ううん……全然寝付けない」

侑「だよね。早く明日になっちゃえばいいのに」

229: 2023/08/29(火) 20:52:00.93 ID:/+oaPB/9.net
 もし目を閉じている間にでもサイレンの音が聞こえてくれれば、こんな不安な夜を過ごすこともないはずだ。

 だけど、聞こえてくるのは耳を圧迫するような沈黙に紛れた微かなファンの送風音。ジージーと時計の秒針を回すような虫か何かの鳴き声。不安と恐れを含んだ誰かの息遣い。

歩夢「侑ちゃん」ギュウ

侑「歩夢……大丈夫だよ。きっと明日はトンネルの壁を壊す音で目が覚めるって」

侑「それに、トンネルの中で一夜を明かしたなんてそうそう出来る経験じゃないし。帰ったらみんなに自慢しちゃおうよ」ニコ

 一生話のネタになる……なんて、いくらなんでもそれは不謹慎か。

歩夢「もう、自慢するようことじゃ――――あ、侑ちゃん覚えてる? 小学生の頃似たような経験したこと」

侑「え、あー……あー! あの家族で行った遊園地の時?」

230: 2023/08/29(火) 20:53:19.26 ID:/+oaPB/9.net
歩夢「そうそう。私たちの乗ってた観覧車が途中で止まっちゃって大騒ぎだったよね」クス

侑「機械の不備で5分くらい止まってたんだっけ。風も強かったからグラグラ揺れて大変だったなぁ」

 高所で閉じ込められて、短い時間だったけどすごく怖かったのを覚えている。

歩夢「その間、侑ちゃんはずっと私を慰めてくれた。今みたいに」

歩夢「侑ちゃんだって怖かったはずだよ」

侑「平気だよ。いつだって、歩夢はそばに居てくれるから」

歩夢「もう。恥ずかしいこと平気で言う」

侑、歩夢「「ふふ」」

231: 2023/08/29(火) 20:54:44.74 ID:/+oaPB/9.net
かのん「うーん」パチン

千砂都「……かのんちゃん?」

かのん「あ、ごめん。なんか羽音が……気のせいかな」

千砂都「バスの明かりに虫が集まってるのかもね。気になる?」

かのん「ちぃちゃんは聞こえない?」

千砂都「うーん、わかんない」

かのん「えー、ほんと?」

千砂都「いいから早く寝ちゃおう。明日に備えないと」

かのん「……うん」

232: 2023/08/29(火) 20:56:34.43 ID:/+oaPB/9.net
ランジュ「栞子ぉ」ユサユサ

栞子「うぅん、なんです――――え、虫がいる? 割れた窓の隙間から入ってきたんじゃ」フワァ

ランジュ「そうなのかしら」

栞子「それか環境音と聞き間違えたのでは」ゴロ

ランジュ「……眠れないわ」

栞子「今度は何ですか。そんな顔して……貴女らしくもない」

ランジュ「栞子は怖くないの?」

栞子「怖くない人なんてこの場にはいませんよ。珍しいですね、そんな弱気な姿」

ランジュ「あら、アタシを完璧超人かなんかだと思ってる?」 

栞子「いえ、安心しただけです。絶対にここから出ましょうね。おやすみなさい」

ランジュ「……ええ。おやすみ」

233: 2023/08/29(火) 20:59:04.81 ID:/+oaPB/9.net
「2日目」

ピピピピピ…

侑(ん、目覚まし?)

歩夢「あ、侑ちゃん。おはよう」

侑「歩夢、もう朝なの?」クシクシ

歩夢「うん、多分。寝る前にスマホの目覚ましを設定しておいたんだけど、ちゃんと作動してくれたみたい」

 そう言って歩夢が見せてくれた画面には、5時20分と表示されていた。

歩夢「何十分か何時間か。どれくらいズレてるかわからないけど、外はもう明るくなってるはずだよ」

侑「そっか」

 どうやら、私たちは無事に朝を迎えられたようだ。
 他にも、歩夢のアラームにつられて何人かが体を起こす。

234: 2023/08/29(火) 21:02:02.01 ID:/+oaPB/9.net
侑「みんな、おはよう」

かすみ「……おはようございます」

しずく「……」ボー

彼方「さすがの彼方ちゃんも寝不足なんだぜぇ……」

エマ「ミアちゃん、まさかずっと起きてたの?」

ミア「ハァ……寝ている間に揺れでもしてみろ。こんなスリリングな睡眠があってたまるか」ゲッソリ

愛「あはは。徹夜慣れしてるミアチでもやっぱ堪えちゃう?」

ミア「こんな状況だし呑気に寝ていられる方が怖いね。そういう愛こそクマがひどいぞ」

愛「それはみんなもね。半日でずいぶんやつれちゃった」

果林「そうね。こんな顔、ファンの子たちの前では絶対に見せられないわ」

235: 2023/08/29(火) 21:04:20.28 ID:/+oaPB/9.net
侑「かのんちゃんたちもおはよう。よく眠れては……ないみたいだね」アハハ

かのん「おはようございます……ぜんっぜん眠れなかった」ギンギン

すみれ「あー、節々が痛むわね。慣れない体勢で寝たせいかしら」コキコキ

可可「クゥクゥ、シャワー浴びたいデス」

かのん「わかるー」フワァ

可可「サイアク、顔だけでもこの水で……」ゴク

千砂都「可可ちゃん?」ガシ

可可「ヒェ。じょ、ジョーダンデスよ! だから手離してクダサイ!」

かのん「あはは、もう朝だよね?」

236: 2023/08/29(火) 21:08:11.73 ID:/+oaPB/9.net
すみれ「そうね。早朝のランニングに起きる時間くらいかしら」

千砂都「確かに。もうそれぐらいの時間には勝手に目覚めちゃうよね」

せつ菜「その感覚わかります!」

ランジュ「早起きして、まだ静かな街道を走るのは気持ちいいわよね」

 ある程度和やかな空気が漂ったところで、私たちは朝食を取ることにした。とは言っても、今後のことを考えてスティックパン一本だけだ。

 ただ、あんまりお腹は空いていなかった。それよりも気になるのは、

侑「ねえ、ちょっと寒くない?」

歩夢「うん。昨日は暑いくらいだったのに」

237: 2023/08/29(火) 21:14:08.40 ID:/+oaPB/9.net
侑「空調が機能してないから、これからどんどん冷え込んでいくかもね」

 私たちは寒さとも戦わなければいけなくなる。
 ジャージを羽織り、ランジュちゃんたちの席に移動する。彼女たちの意見を聞きたかった。

栞子「侑さんたちも感じましたか。今はまだ肌寒い程度ですが、真冬の、しかも都市部から離れた場所にあるトンネルです。この先、気温はどんどん下がり続けるでしょう」

栞子「救助が長引くようであれば、低体温症にも気を付けなければ……いいですね、ランジュ」

ランジュ「なによぉ。言われなくてもわかってるわよ。無駄に体力を消耗するなって言いたいんでしょ」

栞子「救助が来るまで、無闇にバスから出ないでください」

ランジュ「……ハイハイ。わかったわ」

歩夢「ねえ、侑ちゃん。バスのトランクにまだ私たちの荷物入ってるよね。座席に持ち寄れなかった大きいの」

侑「あ、そういえばあったね。毛布とか小物類とか役に立ちそうなものあるんじゃ」

238: 2023/08/29(火) 21:16:47.36 ID:/+oaPB/9.net
栞子「トランクの荷物、すっかり失念していました。歩夢さん、よく思い出しましたね」

歩夢「ううん、私が言わなくてもそのうち誰かが気付いたと思う」

ランジュ「見に行きましょう。防寒具はもちろん、防災セットが備え付けられているかも知れないわ」

侑「決まりだね。とりあえず、私たちだけで行こう」

 席を立つ。みんなの表情に昨夜ほどの絶望が見られないのは、今日救助が来ることを確信しているからだ。いや、最早願望と言ってもいい。

 来ないとおかしい。ありえない。そう言い聞かせているのだ。

エマ「ねえねえ、果林ちゃんみてみて」ハァー

果林「あら、白い息」

239: 2023/08/29(火) 21:18:01.20 ID:/+oaPB/9.net
ミア「早く窓を閉めてくれ。寒い」

愛「昨日の蒸し暑さはどこへやらって感じだね。換気もできてないだろうし、車の出す熱もないから冷え込むぞこりゃ」

しずく「トンネルって冬でも暖かいものだと思っていました。この長さと広さなら保温効果も相まって、昨日のような暑さが続くものだと」

愛「そっちのがよかったまであるよ。精神的にも肉体的にも、寒さってほんと怖いもんだから」

せつ菜「そう考えると、私たちの置かれている今の状況は雪山での遭難事故と似ていますね。あの有名な話です」

愛「あー、確か猛吹雪に襲われて避難した山小屋で、救助が来るまで寝ないで体を動かして温めるんだよね」

彼方「それってホラーなやつだっけ」

240: 2023/08/29(火) 21:19:30.74 ID:/+oaPB/9.net
愛「そうそう。4人がそれぞれ部屋の四隅に散ってぐるぐる回り続けるやつ。真っ暗闇の中、最初の1人が壁沿いに歩いて隅にいる人にタッチする。で、タッチされた人は同じことを次の人にする。それを朝まで繰り返して助かるって話」

千砂都「あ、それっていつの間にか1人増えてたってオチですよね。ネットではスクエアって言われてる都市伝説」

愛「お、ちさっちよく知ってるね」

かのん「へぇ、いい話。でもどこがホラー……?」

千砂都「かのんちゃんはもう少し考えよっか」

せつ菜「最初は5人いたんです。でも不慮の事故で4人になってしまった。このゲームは4人だと成立しないんですよ」

エマ「あ! 4人だと最初の1人がいた場所に誰もいなくなっちゃうからタッチできない?」

果林「……え、ホントじゃない。ちょっと、やめてよ」ブル

241: 2023/08/29(火) 21:21:09.25 ID:/+oaPB/9.net
しずく「結局、幽霊の正体は亡くなった5人目だったのか、別のナニカだったのか気になるところではありますね」

可可「でも助けてくれたってことは、きっといい幽霊さんだったんデス!」

かすみ「こ、怖い話はやめてください! 今そんな話する必要ありますか!?」バンッ

かのん「っ?!」ビクゥ

せつ菜「す、すみません。ちょっとした雑談のつもりだったんです」

果林「か、かすみちゃん?」

すみれ「……無理もないわね」

可可「恋バナの方がよかったデスカ?」

すみれ「そういう問題じゃないでしょ」ビシ

かすみ「はぁ、はぁ」フーフー

彼方「ありゃ。かすみちゃん、ちょっと神経質になっちゃってるね。こっちおいで」

242: 2023/08/29(火) 21:22:45.09 ID:/+oaPB/9.net
かすみ「な、なんですkもがっ」

彼方「ほーら。怖くない、怖くない……」ギュウ

彼方「小さい頃は、遥ちゃんにもよくこうやって落ち着かせてたんだ」

可可「はるかちゃん?」

エマ「彼方ちゃんの妹さんだよ。とってもかわいいの」

かのん「私にも妹いるんですけど、ちょっと反抗的で困っちゃうんです。でも、今はとにかく早く顔を見たい」

エマ「うんうん。わたしも、会いたいなぁ」

すみれ「……」

彼方「よしよし」ナデナデ

かすみ「ち、ちがうんですっ。かすみん不安で、こわくて、こわくて……っ、コッペパンだってかすみんがっぅう、うえぇえん!」グズグズ

しずく「かすみさん……」ギュウ

243: 2023/08/29(火) 21:24:55.74 ID:/+oaPB/9.net
恋「わたくしたちの中にも、いるんです」ボソ

可可「レンレン?」

恋「あの時、かのんさんに対して、わたくしは酷いことを。どす黒い悪意が、沸々と湧き上がってきて止められなかった」ブツブツ

すみれ「恋。サヤさんのことで、その、無責任な言い方だけどまだ気にしているのなら……無理に会話に混ざらなくてもいいのよ。休んでても」

恋「忘れないでください。わたくしたちの中にいるもう1人を。いつか、ソレは、牙をむいて襲ってきます」ガシッ

すみれ「痛っ、」

恋「すみません。少し、横になります」フラフラ

すみれ「恋、なんなのよ…‥もう」

可可「レンレンは、サヤさんがああなってからずっと変デス。クゥクゥ、怖い」

かのん「大丈夫だよ。ここを出たらいつもの恋ちゃんに戻るよ。きっと……」

244: 2023/08/29(火) 21:29:38.63 ID:/+oaPB/9.net
侑「かすみちゃん大丈夫かな」

歩夢「彼方さんがついてるから心配ないと思うけど、あんなかすみちゃん見たの初めてだからどうだろう」

ランジュ「……」

ランジュ「かすみ、あそこまで追い詰められてたんだ。ねえ、栞子。アタシのやってることって……間違ってる?」

栞子「誰も間違っていませんし、正しいとも言えません。ですが、私はランジュを信じています。何があってもあなたの味方です。それだけは変わりません」

ランジュ「……ありがと、栞子」

 ひんやりとした冷たい空気。変わらないのはガスと埃の臭い。吐く息が白く昇っていく。

 私たちはバスの外にいた。

侑「うーん、どこにもないね」

歩夢「バスの下は?」

245: 2023/08/29(火) 21:30:43.79 ID:/+oaPB/9.net
栞子「見当たりません」

ランジュ「見落としてない? 鍵っていったら結構小さいわよ」

 こうも薄暗いと、小さな鍵を見つけるのは困難を極めた。

侑「困ったなー。鍵がないとトランクを開けられないなんて」

栞子「考えてみれば当たり前のことでしたね」

歩夢「運転席にもなかったし、やっぱり運転手さんが持ってるんじゃ」

侑「……それしか考えられないか」

 トンネルの奥に目を向ける。先の見えない真っ暗闇がひたすら続いていた。

栞子「バスに戻りましょう。そこまでの危険を冒す価値はまだないはずです」

ランジュ「ええ、そうね。きっと……そうよ」

侑「……」

 ランジュちゃんは知っている。運転手がどうなったのかを。そして、この道の先にいることも。

246: 2023/08/29(火) 21:31:28.92 ID:/+oaPB/9.net
歩夢「救助が今日来るなら、バスの中にいればいいもんね。寒さだってまだ全然耐えられるし。そうだよね、ねっ?」

侑「え、あ、うん。大丈夫、大丈夫……」

 本当に、そうだろうか?

――――
――――――――

愛「りなりー、ちょっと汗臭いかもだけど我慢してね」ファサ

璃奈「愛さん、ありがとう……あったかい」

ミア「どうだった?」

侑「だめ。見つけられなかったよ」

しずく「でも、トランクにある荷物ってそう大した物じゃなかったですよね」

彼方「ライブで使った衣装とかメイク道具があるねぇ。寒さを凌げる物はわりかしありそう?」

侑「うん。後、バスに備え付けられてる防災セットとかがあるなら、トランクかなって」

247: 2023/08/29(火) 21:33:23.42 ID:/+oaPB/9.net
愛「ここら辺にないってことは、鍵は運転手が持ってるってことかな。……じゃ、しょうがないね」

果林「え、ええ。無理に探す必要はないわね」

彼方「……少しは隠す努力しなよ」ボソ

かすみ「彼方先輩?」

彼方「なんでもないよ〜。少しは落ち着いた?」フフ

かすみ「……はい。もう少しだけ、このままでもいいですか?」

彼方「もちろん。好きなだけいてもいいんだぜ」ナデナデ

エマ「あ、侑ちゃん侑ちゃん」チョイチョイ

侑「ん? どうしたのエマさん」

エマ「あのね、おトイレに行きたいの……」コソコソ

侑「トイレ?」

エマ「わたし以外にも我慢してる子いるみたいだし。ど、どうすればいいかな?」

 そうだった。その手の問題もあったっけ。

249: 2023/08/30(水) 19:12:21.45 ID:tUoG+Hk5.net
侑「ちょっと待ってて。なんとかするよ。もう少し我慢できる?」

エマ「う、うん」カァアア

侑(トイレ、トイレか。うーん、ぶっちゃけ恥も外見も捨てちゃえばどこでだってできそうなんだけど)

 私自身も、催していないと言ったら実は嘘になる。

侑(生理現象だし、ずっと我慢できるものでもない……栞子ちゃんに相談してみよう)
 

栞子「トイレですか。流石にそこらでしてこいとは言えませんね」

侑「うん、どうしよう。ペットボトルにするってのはやっぱりいろいろ問題あるよね」

栞子「まあ、非常時にそんなこと言ってはいられないとは思いますが、気持ちはわかります」

250: 2023/08/30(水) 19:15:25.95 ID:tUoG+Hk5.net
侑「そうだよねー。難しいし」

栞子「こほん。侑さん……あなたはもう少し恥じらいというものを」

千砂都「簡易トイレならすぐ作れると思いますよ」

侑「あ、千砂都ちゃん。それ本当?」

千砂都「はい。ビニール袋といらない布か紙なんかがあれば」

栞子「袋なら用意できますね」

歩夢「布なら窓に付いてるカーテンなんかいいんじゃないかな」

侑「そうだね。使っちゃっても誰も文句言わないだろうし」

 必要なものはすぐに揃った。それらを持って外に出る。

侑「こんな感じ?」

千砂都「そんなんで大丈夫です」

歩夢「こ、ここにするの……?」

251: 2023/08/30(水) 19:21:37.84 ID:tUoG+Hk5.net
千砂都「流石に排水はできませんけど、小さいほうなら十分かと」

 そこら中に落ちている瓦礫を楕円型に組み合わせ、ビニール袋をその上に覆い被せるようにセットする。その中に布を詰め込んだら完成だ。

千砂都「終わったらビニールを抜き取って縛っちゃえば処理も楽ちんです」

侑「布が水分を吸収してくれるから、周りを汚さないで済むね」

栞子「ティッシュもあるので、そばに置いておきましょう」

 バスから20メートルほど離れた場所に一つ。そこからさらに数十メートル離れた場所に二つ目の簡易トイレを設置した。

 トイレができたことをバスにいるみんなに伝える。

エマ「ご、ごめんねっ」タッタ

 駆け足でバスから降りていくエマさん。よっぽど我慢していたんだろう。その後ろを気恥ずかしそうについていくかのんちゃん。

252: 2023/08/30(水) 19:29:17.04 ID:tUoG+Hk5.net
千砂都「あ、一回だともったいないから数回使ったらビニールは捨ててねー」

かのん「え、ええ?!」

 その後、間隔を空けてトイレに立つ子が何人も続いた。私もその一人で、妙な開放感を感じたのは内緒だ。
 

歩夢「…‥寒いね」

侑「……うん」

 何時間経った?
 時計は朝の9:20から止まってしまった。

 最早、寒さは誤魔化すことができないところまできていた。口数はめっきりと減り、互いに身を寄せ合い体を温める。

253: 2023/08/30(水) 19:30:22.31 ID:tUoG+Hk5.net
 冬とはいえ、昨日の時点では車内は暖房が効いていたため、薄着の人が多かった。上着を羽織っていても、やはりトランクにある荷物を開けなければ寒さは凌げないだろう。

侑(お腹空いたな。起きてからスティックパン一本しか食べてないし……そろそろお昼かな)

 寒いと余計にお腹が減る。それがさらなるストレスとなって、私たちの不安を煽る。

しずく「……」ガチャ

かすみ「しず子……? 寒いよ」

しずく「ごめんね。ちょっと空気を入れ替えようと思って。あと、聞こえないかなって」

かすみ「そんなの、意味ないよ。何か聞こえるの?」

しずく「サイレンの音とかしないかな? ほら、今この瞬間にも向かって来てるかも知れないでしょ」

254: 2023/08/30(水) 19:31:30.44 ID:tUoG+Hk5.net
かすみ「こんなに静かなんだよ。来てないことぐらいかすみんにだってわかる。早く閉めて」

しずく「……ごめん。閉めるね」カチャ
 

エマ「……」カタカタカタ

愛「エマっち、ちょーっとそれやめてもらえない? りなりー今やっと眠れたから」

エマ「え、あ、ご、ごめんねっ。お腹空いちゃうとどうしても我慢できなくて」

愛「あはは、いいよいいよ。気持ちはわかるし。エマっちにもそういう一面あったんだね」

エマ「……うん。ほんと、ごめんね」

255: 2023/08/30(水) 19:33:34.54 ID:tUoG+Hk5.net
可可「寒いデスー。すみれそれ寄越すデス」グイ

すみれ「ちょっと、袖を引っ張らないでよ。自分のあるんだからそれで我慢して」

可可「いーやーデス。ソッチのが暖かそうだから交換!」ググ

すみれ「くっ、この、いい加減やめてって!」パチン

可可「あぃえ!? は、叩かれた! か、かのん、すみれがクゥクゥのこと叩いたデス!」

かのん「いや、今のは可可ちゃんが悪いと思う……」

可可「いつものジョーダンじゃないデスカ。クゥクゥは場を和ませようと」

すみれ「……っはぁ、ちょい待って。今、あんたの冗談に、付き合っていられないの」フゥー

可可「すみれ……?」

257: 2023/08/30(水) 20:09:18.90 ID:tUoG+Hk5.net
すみれ「そんな余裕ないって言ってるのよ。怒りたくないから、お願いだから黙って」

可可「な、なに言ってるデスカっ。クゥクゥは」

すみれ「千砂都、席交換してくれない?」

可可「――――はぇ?」

すみれ「いろいろと限界なの。しばらく距離置かせて」ガタ

可可「ぁ、」

すみれ「……可可、あんたのその余裕が今は羨ましいわ」
 

歩夢「みんなイライラしてる……」

 寒さ、空腹、寝不足、不安
 車内にギスギスとした空気が漂い始める。気付けば、あちこちで小さな言い争いが起こっていた。

歩夢「ねえ、どうしてこうなったのかな。私たち何か悪いことした? ライブだって大成功して、みんな笑顔で楽しかった。それなのに、こんな仕打ち……理不尽だよ」ボソ

259: 2023/08/30(水) 20:19:10.04 ID:tUoG+Hk5.net
侑「それは」

ランジュ「しょうがないわよ。だって、世の中そんなモノでしょ?」

歩夢「どういうこと」

ランジュ「転んで怪我するのも、宝くじに当たるのも同じことってやつよ。その日はたまたま運が悪かった。私たちの誰かなのか、全員なのか知らないけど」

ランジュ「そういう運命だったのかもね。今度はアタシたちに順番が回ってきた。それだけ」ギシ

歩夢「そんなの、納得できない。侑ちゃんが怪我したのも、璃奈ちゃんがああなったのも……全部運が悪かったから。それで片付けていいの?」

侑「歩夢、もういいよ。ランジュちゃんの言いたいこともわかるし、そう思わないとやってられないじゃん」

彼方「んー、でもさ」ヒョイ

 彼方さんが後部座席から身を乗り出し、会話に割って入る。

260: 2023/08/30(水) 20:33:55.23 ID:tUoG+Hk5.net
彼方「昨日最終ステージの後、アンコールに応えないで終わっていればもっと早く帰れた。サイン会を開いてバスの出発を遅らせなければ、今頃ここにはいなかった。言い出しっぺは全部ランジュちゃんだ」

彼方「そう考えると、本当に運が悪かっただけって言えるのかな?」

ランジュ「こうなったのはアタシの所為だって言いたいわけ?」

彼方「そうは言ってないけど。ただ、そんな言い訳して欲しくないなって」

ランジュ「彼方……ずっと感じ悪いわ。アタシ何かした?」

彼方「別に、ランジュちゃんは良かれと思ってやってるんだろうけどさ。みんながみんなランジュちゃんみたいに強くないんだよ」

ランジュ「どういうことよ。ずっと睨むように見てきて、いい加減気分悪いの。言いたいことあるならハッキリ言って」

彼方「みんな怯えてる。ランジュちゃんのこと怖がってる」

ランジュ「啊? どういうこと? ランジュのことが怖い?」

262: 2023/08/30(水) 20:53:30.84 ID:tUoG+Hk5.net
彼方「ランジュちゃんたちが事態を把握していても、それって何も知らない私たちからすればすっごく不安なことなのさ」

ランジュ「バカ正直に全部話していたらきっとパニックになっていた。まともに話し合いすらできなかったわ」

彼方「そうやって先入観で決めつけるから、みんなバラバラになっちゃったんだよ」

ランジュ「バラバラ? 言ってる意味がわからない……」

彼方「ほら、周りのことなーんも見てない。自分たちだけで完結してるからだ」

ランジュ「じゃあどうすればよかったのっ? さっきから意味わからないこと言って! 誰かが率先して動かないといけなかったじゃない!」ガタッ

彼方「最初から全部素直に話してくれればよかったの! 必要だったのは独断的な進行じゃなくて、もっとみんなの声に耳を傾けることだよ。それって彼方ちゃんたちのこと信頼してないってことじゃんっ!」

彼方「侑ちゃんを隠れ蓑にコソコソやろうとしてることだって知ってる。なんで正直に言ってくれないの? 私たちそんな頼りない!?」

264: 2023/08/30(水) 21:17:56.57 ID:tUoG+Hk5.net
ランジュ「っ、何もわかってない……だからそんなことが言えるのよ」

栞子「……今は言い争いをしている場合ではないでしょう。それよりもまず考えるべき問題があるはずです」

侑「そ、そうだよ。救助が来る前に凍えちゃったら洒落にならないって。ね、歩夢?」

歩夢「うんうん。そうだ! おしくらまんじゅうとかやってみる? あ、でもこの人数でやったらおしくらだいふくだね。な、なんちゃってっ」
 

かのん「うわぁ、あの先輩ああいうこと言うタイプには見えなかったけど……なんで大福?」

千砂都「さあ。上手いこと言おうとしたんだろうけど、スルーされちゃったね」ナム
 

ランジュ「――――ハア、もういいわ。鍵が必要なんでしょ」

栞子「は? ランジュ、なにを」

ランジュ「取ってくる」

265: 2023/08/30(水) 21:36:25.61 ID:tUoG+Hk5.net
侑「ちょっ、どこ行くのランジュちゃん!」

 慌ててランジュちゃんの背を追う。彼女は振り返ることなく早足でバスから降りてしまった。

彼方「行かせてあげなよ。やっぱり知ってたんじゃん」

栞子「彼方さん! さっきのは流石に言い過ぎです。今のあなたは、何かと理由を付けて誰かを攻撃したいだけに見えます」キッ

彼方「そう見える? でも、ランジュちゃんたちが隠し事してるのは事実だよ。彼方ちゃんはそれを問いただしただけ」

栞子「明らかに悪意がありました。何もあそこまで責めるようなことは」

かすみ「しお子にはわかんないよ。ランジュ先輩の言いなりだもんね」ベェ

栞子「かすみさん……?」

かすみ「愛先輩も果林先輩もみんな敵。きっと自分たちだけ助かろうとしてるんだ。かすみんにはわかる、ごはんも独り占めするき……」ガジガジ

彼方「かすみちゃん、そんなに爪噛んだら血が出ちゃうよ」

266: 2023/08/30(水) 21:46:03.25 ID:tUoG+Hk5.net
かすみ「彼方先輩っ、かすみんは彼方先輩の味方ですからね!? 一緒に戦いましょう!」

栞子「戦うって、いったい何を言って……。敵なんていません。さっきからどうしたんですか」

愛「ちょーっと、かすかすぅ? 敵ってだr

かすみ「かすかすって言うな!!!」

愛「っ、おっと」ビク

愛「あ、アハハ、らしくないじゃんそんなに怒鳴って。ね、カリン」

果林「……わ、私は関係ないから、放っておいて」フイ

かすみ「侑先輩が戻ってきたらビシッと言ってやりましょうっ。ランジュ先輩をキツく叱ってやるんですって! みんなで責めれば大人しくなりますよ!」

せつ菜「かすみさん! そこまでするのなら、私が許しませんよ。今のあなたの言動は目に余ります!」

かすみ「せつ菜先輩はこっち側じゃないんですか? ランジュ先輩に味方するんですね」

267: 2023/08/30(水) 21:51:12.12 ID:tUoG+Hk5.net
せつ菜「いや、敵とか味方とかそういう話をしているのでは」

かすみ「なら黙っていてください。今、彼方先輩とお話ししているんですから」

彼方「ごめんねぇ、せつ菜ちゃん。多分、今のかすみちゃんには何を言っても無駄だと思うよ」

せつ菜「へ?」

彼方「目がね、合わないんだ。こうして向き合っても……ほら、どこ見てるんだろう」

かすみ「? どうしたんですか??」

彼方「んー、なんでもないよ」
 

ミア「かすみのやつ、急に取り乱してどうしたんだ。イカれたのか……?」

璃奈「かすみちゃんはずっと怯えてた。ここにきて、ついに爆発しちゃったんだと思う……」ムクリ

ミア「璃奈! 横になってなきゃダメだろう」

270: 2023/08/30(水) 22:09:09.31 ID:tUoG+Hk5.net
璃奈「いいの。これ以上、足手纏いにはなりたくない」ハァハァ

愛「りなりー、無理しないで……っ」

璃奈「私にも、できることあるから」フラ、フラ
 

彼方「! 璃奈ちゃん、ごめんよ。うるさかったよね、起こしちゃったかな」

璃奈「ううん。それより、みんなの顔、すっごく怖い」

彼方「え……ほんとだ。ひどい顔。眉間に皺よっちゃって、ブサイクだよ。こんなんじゃ、遥ちゃんに会わせる顔ないや」

璃奈「かすみちゃんも、笑って。そんな顔、かわいくないよ」

璃奈「璃奈ちゃんボード『にっこりん』」

かすみ「……うるさい」

275: 2023/08/31(木) 12:15:10.51 ID:fV3Q9uEH.net
璃奈「え」

かすみ「りな子……みんなの気引こうとしてるんでしょ。自分だけいい子ちゃんぶって、弱ってるふりして……かすみん騙されないからっ」

歩夢「かすみちゃん! いい加減怒るよ!」

かすみ「うるさい、うるさいうるさいうるさい!!」

璃奈「……」

ミア「ボクが相手してやる……!」ガタン

愛「ミアち、やめな」ガシ

ミア「離せっ、止めるな!」

愛「言うだけ無駄だよ。カナちゃんの言うとおり、今のかすみは殴ってでも大人しくさせなきゃ止まらない……」グググ

ミア「っ」ゾク

277: 2023/08/31(木) 12:17:32.75 ID:fV3Q9uEH.net
かすみ「ぅ”うう”ぅう……っ」ガリガリ
 

愛「でも、放っとこう。関わってアタシたちまでああなったらおしまいだよ。カナちゃんに任せとけばいい」ギリ…

栞子「彼方さん」

彼方「……なに? かすみちゃんなら大丈夫だよ。ん、いや大丈夫じゃないかぁ。あはは」

栞子「大切な人に会えなくて、苦しむ気持ちはよくわかります。でも、辛いのはあなたひとりだけではないんです」

栞子「こんな極限状態で、ランジュがいかに頑張ってくれているか、聡明なあなたならわかるはずですよ」

彼方「……うん、知ってる」

栞子「それだけ、言いたかったんです。失礼します」

彼方「……」

彼方「戻ってきたら、謝らないとなぁ」

278: 2023/08/31(木) 12:19:22.61 ID:fV3Q9uEH.net
恋「……」

恋「たいせつ、な ひと」ポツリ

すみれ「……恋?」

――――
――――――――

侑「まって、待ってよランジュちゃん! 彼方さんのことで責任感じてるなら」

ランジュ「……」スタスタ…ピタ

ランジュ「侑、これを」ヒョイ

侑「わ、なに笛?」ット

ランジュ「練習で使ったホイッスルよ。何かあったらコレを吹いて。すぐに戻るから」

 確かに、この閉鎖空間ならどこにいたって笛の音は反響して届くだろう。

ランジュ「アタシも持ってるから、こっちでも何かあったら吹くわ。そしたらすぐ駆けつけてね」

279: 2023/08/31(木) 12:20:58.90 ID:fV3Q9uEH.net
侑「……私も一緒に行く」

ランジュ「だめよ。リーダーのアナタがいなくなったらどうするの。彼方とかすみをお願い。他にも、危うい子が何人かいるわ」

侑「でも、」

ランジュ「どうも、アタシのやり方だとダメみたい。敵を作りすぎちゃった」

侑「違うよっ。ランジュちゃんがいるから、私たちはここまでパニックにならずに済んだ。ランジュちゃんは必要な存在だよ」

ランジュ「そんな無理に擁護しなくてもいいわよ。気持ちだけで十分。でも、そうね……鍵を見つけたら、全部包み隠さず話して、彼方やかすみと仲直りしないと」フフ

侑「無茶しないでよ。少しでも遅いって思ったらすぐ吹くからね」

ランジュ「無問題ラ。行ってくる」クル

ランジュ「――――あ」

280: 2023/08/31(木) 12:23:45.56 ID:fV3Q9uEH.net
侑「?」

ランジュ「ねえ、侑。アナタ、なにか聞こえてたりする?」

侑「え、なにかって? 特に変なものは聞こえないけど……」

ランジュ「……ソ。なら、いいの。アナタは大丈夫。みんなを任せたわよ」

侑「あ、ランジュちゃん――――気をつけてねー!」

 ランジュちゃんは歩き出した。今度は止まることも振り返ることもなく、やがてトンネルの奥に姿を消した。

 照明の届かない闇の中。不安と絶望、恐怖で塗り固めた、飲み込まれたら二度と戻って来れないような井戸の底だ。

侑「う、早く戻ろ」ブル

 どんどん冷え込んでいる。ランジュちゃんはそんなに厚着はしていなかった。
 大丈夫だろうか。この調子ではトランクの荷物が一刻も早く必要になる。

侑(ランジュちゃん、頼んだよ)

 脳裏にこびり付く微かな不安に目を瞑り、私はバスに戻った。
 首にかけたホイッスルを強く握りしめながら。

282: 2023/08/31(木) 12:34:56.72 ID:fV3Q9uEH.net
――――
――――――――

侑「かすみちゃん、どうしたの?」

 戻った私を待っていたのは、異常な光景だった。

歩夢「侑ちゃんがバスから降りた後、色々あったの。かすみちゃん精神的に限界だったみたいで、少し前からあんな調子で誰の話も聞かなくて……」

 かすみちゃんは体を震わせ、髪を掻きむしり、獣のような声で低く唸り続けていた。

かすみ「ゔゔぅ、ぅゔうゔ」ガリガリ

 アレは、本当にかすみちゃんなんだろうか。
 隣に座っている彼方さんは、ただぼうっと正面を見つめていた。時折り、思い出したかのようにかすみちゃんの頭を機械的に撫でる。

彼方「あ、侑ちゃん。おかえり」

侑「あの、彼方さん。かすみちゃんは……」

283: 2023/08/31(木) 12:36:05.83 ID:fV3Q9uEH.net
彼方「わかんない。なんかね、聞こえるんだって」

侑「聞こえる?」ピク

彼方「ずっとずっと、うるさくてたまんないみたい」

彼方「耳を塞いでも、だめ」

彼方「ソレは頭の中にいて、蠢いている」

侑「何を、言ってるの……?」
 

ランジュ『ねえ、侑。アナタ、なにか聞こえてたりする?』
 

 ランジュちゃんの言葉が頭をよぎる。

284: 2023/08/31(木) 12:37:59.25 ID:fV3Q9uEH.net
彼方「なんかね、かすみちゃんそればっかり呟くんだ。うるさい、うるさい、黙ってって」

侑「彼方さんが何を言ってるかわかんないよ。どうしちゃったの」

彼方「ごめんねぇ。ちょっと、彼方ちゃん疲れちゃった。ランジュちゃんにはちゃんと謝るから、うん。あやまる、から」

 そのまま、彼方さんは黙ってしまった。
 かすみちゃんに話しかけても反応はなく、私の声は届いていないようだ。

侑「愛ちゃん」

愛「ごめんね、ゆうゆ。何もできなかった、許して。アタシは、りなりーを守るのでもう手一杯なんだ」

侑「果林さん?」

果林「っ やめて、もう、誰とも関わりたくないの。ひとりにして……」ブルブル

285: 2023/08/31(木) 12:39:17.75 ID:fV3Q9uEH.net
侑「……しずくちゃん」

しずく「かすみさん、かすみさん……どうして。わたしが悪い? もっとしっかりしないと、だめ、いまのわたしだとだめ、もっと、もっと」ブツブツ

 みんな、おかしくなっていく
 少しずつ、変わっていく

せつ菜「侑さん、大丈夫ですか? こちらへ」

侑「……せつ菜、ちゃん」
 

侑「ランジュちゃん言ってた。危うい子が何人かいるって。こういうことだったんだ」

せつ菜「かすみさんを発端に、押さえていた感情の堰が切れたんでしょう。無理もありません」

侑「せつ菜ちゃんは大丈夫なの?」

288: 2023/08/31(木) 12:42:19.99 ID:fV3Q9uEH.net
せつ菜「大丈夫と言ったら嘘になりますが、誰彼構わず自暴自棄になっては元も子もありませんから。せめて、私たちだけでも気を強く持っていこうと、そう栞子さんと決めました」

侑「……そっか。やっぱり強いね、せつ菜ちゃんは」

せつ菜「無責任とは言わないでください。もし、かすみさんや他の方が凶行に及ぼうものなら命を賭しても止めてみせます」

侑「絶対に無茶はしないで。いざとなったら私も、歩夢もいる。一人で抱え込んじゃだめだよ」

せつ菜「……もちろんです!」ニコ

ーーーー
ーーーーーーーー

侑「寒いね、少し寄ってもいい?」

歩夢「いいよ。ふふ」

侑「どしたの」

歩夢「なんでもない。あったかいね」

侑「……うん」

289: 2023/08/31(木) 12:44:40.96 ID:fV3Q9uEH.net
 肩を寄せ合い、タオルを膝に掛ける。安心する。歩夢の隣が、一番心が安らぐ。

歩夢「それでね、あの時お母さんが――――」

侑「……ん、ぅ」コク、コク

歩夢「侑ちゃん? 眠いの? 昨日あんまり眠れてなかったよね。ずっと気を張ってて、少し休もうか」

 意識が微睡む。だめだ、ランジュちゃんを待たないと……
 でも、眠いな すごく、眠いや

 そうだ このまま、瞼を閉じてしまえ 嫌なこと見たくないもの全部から逃げて、今はただ眠ろう

ズズ…ゴ、ゴゴ

 視界が揺れる 歩夢の顔がぶれる ぶれる ぶれる?

290: 2023/08/31(木) 12:46:28.15 ID:fV3Q9uEH.net
ミア「――――Huh?」ガタガタ

栞子「なに、が」グラァ

エマ「え、なに、なに?」パラパラ
 

――――ズズン!!!
 

かのん「ひぇあぉあ!??」

千砂都「ま、また地震!?」

歩夢「侑ちゃん――――!!」ガバッ

パリン!! ガシャンッ ゴンゴンッゴン!!

侑「あ、歩夢っ! なにっ、っが、ぁ起きて!?」グラングラン

――――ドゴン!!!

 爆発音。バスを前後左右から巨大な金槌で殴りつけているかのように容赦のない強い揺れは、数十秒は続いた。

291: 2023/08/31(木) 12:48:34.08 ID:fV3Q9uEH.net
侑「止ま……った?」パラ、パラ

 遠くで一際大きく響いた落石音を最後に、潮が引くように静けさが戻ってくる。痛みを伴う耳鳴りは徐々に鳴りを潜め、嵐が過ぎ去ったことを伝えた。

 残ったのは息を吸うのも憚られる土煙り。騒音は車内を冷たい空気が侵入する。

侑「はぁ、はぁ」

 恐る恐る歩夢の腕の隙間から様子を窺う。揺れの直後、歩夢は私を押さえつけるようにして覆い被さっていた。

歩夢「ふぅ、ふぅ……んぐ、っ」

侑「歩夢? ねえ、どうしたの?」

歩夢「なんでも、ないよ? 侑ちゃん、け、怪我はない?」

侑「私は平気だよ。ねえ、歩夢、なにが」

292: 2023/08/31(木) 12:50:18.75 ID:fV3Q9uEH.net
 初めて見る表情。額には玉のような汗を浮かべ、力なく笑む。唇は真っ白になるほど強く噛み締められ、鼻呼吸をしきりに繰り返していた。

 私を見るその瞳はふるふると揺れ動き、視線が合わない。

歩夢「ふ、ふっ……ぅぐ。けっこう、痛い、かも」ハァハァ

侑「あゆ、む?」

 ゆっくりと、背中に手を回す。びくりと歩夢の体が大きく跳ねた。

歩夢「つう……!」ギュウ

侑(湿って……濡れてる?)

妙にザラザラとした感触。固いものに指が触れた。

栞子「――――む、さん!! じ、とっ」

せつ菜「ほ、の――――ですか!? す、にんを!」

 栞子ちゃんとせつ菜ちゃんの声がどこか遠く聞こえてくる。わからない。何が起こったのか。理解できない。

304: 2023/08/31(木) 20:43:39.90 ID:fV3Q9uEH.net
 口の中が苦い。息をするのも忘れて茫然としているうちに、歩夢が私の上から引き離された。

侑「――――あ」

栞子「大丈夫です! そんなに深く刺さってはいませんっ。誰かタオルを! 早く、水で濡らして」

せつ菜「ぬ、抜いていいんですかっ? やりますよ!?」

栞子「見た目ほど傷は深くありません! 感染症にさえ気をつければ助かります!」

千砂都「除菌シート使いますか? かのんちゃん! 荷物!」

ミア「オイ! 状況は!? 誰かケガしてるのか? 璃
奈!?」

愛「りなりーは大丈夫! 最初の揺れよりは強くないよ、落ち着いて!!」
 

侑「歩夢……背中、怪我してる?」

 歩夢の衣服は、細かなガラスの破片でところどころほつれ、裂かれていた。そして、大きな破片が数カ所、背中に食い込み赤い染みを作っている。

305: 2023/08/31(木) 20:58:33.07 ID:fV3Q9uEH.net
栞子「フロントガラスが衝撃で割れたんです。最前列付近のガラスはどこもヒビが入っていましたから。歩夢さんは、あなたを守って破片を受けたんです」

侑「そんな、どうして!? なんで!? えっ? わかんない、どうして、血がっせなか、あゆむ! あゆむ!!」ユサユサ

せつ菜「動かさないでください!! だめです、離れてっ。侑さん、落ちっ」

 ああ、だめだ。歩夢だけはだめだ。他の人の痛みなら、まだ耐えられる。他人事だと、どこかで思ってすらいた。でも、この痛みは耐えられない。

 ざわざわとした感情の波がミキサーのように頭を掻き回す。ぐちゃぐちゃになりそうだ。もし、歩夢が、氏んじゃったら――――

歩夢「ゆー、ちゃん」キュ

侑「――――歩夢?」

歩夢「そんな顔、しないで ほら、あゅぴ、ょんだよ」ニ、コ

侑「は、え、?」ポカン

306: 2023/08/31(木) 20:59:24.13 ID:fV3Q9uEH.net
歩夢「ちょっと、けがしちゃったけど大丈夫。このくらいならへっちゃら。だから」

歩夢「侑ちゃんには、まだやること、あるでしょ……?」

侑「やる、こと? なにそれ。いやだ、絶対にここから動かない!」ギュウ

歩夢「けほっ、だ、だめだよ。ランジュちゃんが、まだ外にいるよ」

栞子「……あ、ランジュ、ランジュが外に! 1人で、ああ、大丈夫でしょうかっ、こんなことなら私もついて」アタフタ

栞子「あの、すみませんっ。侑さん、なにか聞いていませんか!?」

侑「ぁ、そうだ。何かあったらこの笛、吹いてって……すぐ戻るって、言ってた」

栞子「っ」パシッ

 栞子ちゃんは私からホイッスルを奪い取ると、脇目も振らず外に飛び出した。

307: 2023/08/31(木) 21:07:13.40 ID:fV3Q9uEH.net
せつ菜「栞子さん! まだ外に出てはっ」

歩夢「侑ちゃん!」

侑「な、なに?」

歩夢「一緒に、行ってあげて。いまの栞子ちゃん、さっき、までの侑ちゃんにそっくり……だから。ぃつつ」

せつ菜「侑さん。歩夢さんは私が責任を持って看ておきます。だから、行ってください。まだ絶望するには早いですよ」ニッ

侑「歩夢、せつ菜ちゃん……わかった。待ってて、ランジュちゃん連れてすぐ戻るから」

 2人の言葉に半ば無理やり押されるように、私は後を追った。
 ふわふわとして、足に力が入っていないのがわかる。柔らかな地面の上を歩いている感覚だった。

ーーーー
ーーーーーーーー

侑「う、、げほっ、ごほ」

 すごい煙だ。巻き上げられた砂埃が数メートル先の視界を遮る。さらに、ひんやりと冷たい空気が体中を舐め回すようにまとわりつく。

308: 2023/08/31(木) 21:20:51.64 ID:fV3Q9uEH.net
栞子「はあ、はあ。ランジュ、ランジュっ」

栞子「っ、」ピィイイイイ!!

 つんざくような笛の音が耳を突く。それは栞子ちゃん自身の悲鳴のようにも聞こえた。

栞子「ふ、ふっふ、つ」ピイイィイイイ!!

侑「し、栞子ちゃん、それぐらいでいいよ。十分聞こえてるって」

栞子「で、ですがもし意識を失っていたら、ランジュは1人なんですよ!」

侑「でも、あのランジュちゃんだよ。きっと大丈夫」

栞子「あのってなんですか!? 絶対に無事なんていう保証はどこにあるんですか!?」ガシッ

侑「うわっ、」

栞子「そうです、ランジュはそんな強くない。私たちが期待させ過ぎてしまった……全部を押し付けて、無茶なことを」

310: 2023/08/31(木) 21:22:08.07 ID:fV3Q9uEH.net
ピィ…イィ…

侑「! ストップ、栞子ちゃん。静かにっ」

ヒュー…ヒュィイ

侑「聞こえる。笛の音……」

 掠れた弱々しい音が、答えるように返ってくる。

栞子「ランジュ!!」ダッ

侑「あ! ちょ、え、っとライト、ライト――――待って!」

 あそこまで焦っている栞子ちゃんを見るのは初めてだ。闇の中に消えた栞子ちゃんを急いで追う。

 かえって冷静になっていく自分がいる。そうだ。栞子ちゃんにとってランジュちゃんは、私にとっての歩夢と同じなんだ。

侑「く、栞子ちゃんっ、速い」

 さっきよりも暗くなっているのは、生きている照明の数が減ったから。
 足元に細心の注意を払いつつ、その背中を捉える。

312: 2023/08/31(木) 21:31:51.57 ID:fV3Q9uEH.net
ヒュウゥ…ヒュ、ゥ

侑(また聞こえた、でも、音が弱い。ランジュちゃんに何かあったの――――?)

 それは今にも消え入りそうで、力尽きる寸前の呼吸のようだ。
 大分奥まで進んだ。栞子ちゃんは立ち止まっている。

侑「はあ、はあ。栞子ちゃん、どうし……あ」

 栞子ちゃんが向いている方向にスマホを向ける。そこには壁に背中を預け、両足をだらりと投げ出している人影があった。  
 顔は下を向き、力無く垂れ表情は窺えない。ランジュちゃんじゃない。男の人だ。

 生唾を飲み、ゆっくりと近づく。

侑「……う"!?」

 いた、見つけた。
 そこにいたのは初日、姿を消した運転手だった。

314: 2023/08/31(木) 21:44:20.96 ID:fV3Q9uEH.net
侑「っ、ごめん……お"ぇ、ぅ」

 猛烈な吐き気を覚え、うずくまる。
 排気ガスとは一線を画す、強烈な臭気。それは魚やチーズをこれでもかと腐らせたような、二度と忘れることはできないニオイ。

侑(これ、氏んでっ、?)

 側頭部にはカンナで粗く削り取ったかのような痕があり、乾いた血が皮膚にこびりついている。
 腕や足は不自然な方向に折れ曲がり、お腹にはぱっくりと裂かれたような深い傷が一本、血溜まりを作っていた。

 傷口には蛆虫が這い、その周囲を蝿が集っている。

侑(こんな状態で、ここまで歩いて……)

 恐ろしいまでの生への執念。この人は、どんな思いで最期を迎えたんだろうか。ランジュちゃんたちが口を割らなかったのも納得だ。

 ブーン、ブーン…ブブブ

侑「……っ」

 不快な臭い、不快な音。
 じっくりと観察している余裕はない。鍵を探すチャンスだけど、氏体を漁る気には到底なれなかった。

317: 2023/08/31(木) 21:53:39.44 ID:fV3Q9uEH.net
侑(それよりもまずランジュちゃんだ。運転手がいるってことは、この近くに……音は?)

 込み上げる吐き気と戦いながらも、栞子ちゃんの姿を探す。
 少し先の方に彼女はいた。

侑(なんだろう……なにか大きなものがある)ザリ、ザリ

 正面には巨大な影が鎮座していた。黒い塊だ。
 地面には瓦礫や何かの機械の残骸が散らばり、足の踏み場がない。

「ぅ……あ、ぅ」

 声が、聞こえる
 影の下に 誰かいる

侑「はぁ、はぁ」

 怖い ライトを向けるのが 怖い

 可視化された砂塵の量は中央付近とは比較にならない。
 目が痛い。指先が震え、スマホを落としそうになる。

318: 2023/08/31(木) 21:55:04.49 ID:fV3Q9uEH.net
侑「そこに、いるの?」

 下から上に向けて、ゆっくり、ゆっくりと光を動かす。

 ぴちゃりと、足場の感触が硬いコンクリートから不愉快なものに変わる。妙に足にへばりつく、粘度の高いどろりとした感触。

 どす黒く濁った水溜まりだ。光を受け、ぬらぬらと妖しく波打つ。そこら中に飛び散った赤、赤、赤。むせ返るような鉄臭さと腐臭が鼻腔を侵す。

 その先にいたのは

ブブブ、ブブ

侑「ランジュ、ちゃん?」

 生きようと 必氏にもがいて 希望を信じて
 これまで 薄氷の上に成り立っていた社会

 私たちが築いた秩序の崩壊は 実に 実に

栞子「……」

栞子「…………」

栞子「らんじゅ?」

 あっけないものだった

ブーンブーン ブゥーーーーン…

323: 2023/08/31(木) 22:55:27.10 ID:fV3Q9uEH.net
第4章 崩壊-genocide-
 

侑「ランジュちゃん、そんな」

 光の先に彼女はいた。血溜まりの中でうつ伏せになっている。
 巨大な黒い塊の下にいるようだ。ちょうど、重なる位置に。

ランジュ「…………ぁ、ゆ、う、しぉ こ」

 光に気づいたのか、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける。
 正気のない、濁った瞳。血の気の引いた真っ白な肌。口元だけが不自然なほど真っ赤に染まり、だらだらと地面に赤い糸を垂らす。

ランジュ「しだ、のほっの 感覚が、ね ないの。寒い さむぃ いい、けほっごぼ」

 ああ、私は幻覚でも見ているのか。目を覆いたくなるほどの惨状。

ランジュ「いきで、きなぃ はぁ はぁ ぐる"じいの だす、げでっ」ヒュー、ヒュー

 どこか穴でも開いているのか、空気の抜けるような音が混じる。

 ランジュちゃんは、落下した送風機の下敷きになっていた。
 下半身の肉は押し潰され、機械が地面と密着している。

324: 2023/08/31(木) 23:10:22.23 ID:fV3Q9uEH.net
 彼女を中心に、高い位置から水風船を落としたかのように飛び散った鮮血。そこから抜け出そうと、芋虫のようにもがく。

 これほどまでに悍ましく、醜い光景があっただろうか。
 不条理で非道、醒めがたい悪夢。

侑「…………」

 思考が止まる。視覚からの情報を脳が拒否している。

ランジュ「ぇう"、つう……ごぼっだ、すけて」

 のろのろと伸ばされた手が私の足先に触れた。血と土で汚れた指。必氏に地面を掻いたのだろう。爪は割れ、剥がれているものもあった。

侑「――――ひっっ」

ランジュ「ぅう"ゥ"ぅウっ、じに"っだぐなぃ。こ、わぃ こッがっ、」ゴボゴボ

侑「ひ、ぁっ、う……あ」

327: 2023/08/31(木) 23:16:29.90 ID:fV3Q9uEH.net
 ランジュちゃんの吐き出した血が靴を汚す。黒く濁り、泡立つ液体。最早首を持ち上げる力もないのか、ごぼごぼと音を立てながら自らの血溜まりに顔を埋め動かない。

栞子「っ、ランジュ!!」

 放心していた栞子ちゃんが、突如弾かれるようにランジュちゃんの元に駆け寄った。私を突き飛ばし、頭を引き上げる。

栞子「だめです、なんで、どうしてこんな……血が、たくさん、なにか拭くものどこかに」

ランジュ「カ……っ、……がっ」ブク、ブク

栞子「あぁああ。ランジュ、はやく吐き出してっ、窒息してしまいます!」

 泥とも血ともつかないものが、泡となってランジュちゃんの口から溢れる。
 栞子ちゃんはその中に躊躇なく指を突っ込み、一心不乱に掻き出す。掻き出す。掻き出す。

334: 2023/09/01(金) 20:52:59.94 ID:Doo5nBLP.net
栞子「侑さん! 手を貸してくださいっ、血が止まらないんです。上に乗ってるものを退かさないと」

侑「退かすって、そんなの私たちだけじゃ。それに……」

 こんなの、もう助かりっこない

栞子「ランジュ、ランジュっ、うぅ」

ランジュ「ゴホっ、お、とが ね……ずっと、ず、ど きこて たの……こわ、く て ぁぐっっ、わ、くて……」

栞子「あああ……あ、あ。ランジュ、ランジュぅ」
 
ランジュ「ご、め……ね、ぉ、 りこ 。た、の顔 見れ よかっ、拜、ばぃ」

ランジュ「――――――――」

 光が消える。栞子ちゃんの腕の中で、ランジュちゃんは静かに動かなくなった。もう、二度と目覚めることはない。声を聞くことも、伝えたい言葉を届けることもできない。

 笑った顔、怒った顔、悲しむ顔
 浮かんでは、消えていく。

335: 2023/09/01(金) 20:54:55.85 ID:Doo5nBLP.net
侑(こんな別れって、ないよ……)

 パネル一枚を隔てた向こうの世界の出来事だと思っていた、人の氏や別れ。それは、こんなにも身近に存在していた。日常のすぐ裏に潜んでいた。

栞子「いや いや」

栞子「いやぁあああああ!!!」

 ランジュちゃんの短い人生は、この薄暗いトンネルの中で幕を閉じたのだ。
 

侑「…………はは」

 乾いた笑みが漏れる。自分でも、どうして笑ったのかわからない。だって、こんなのありえないことだから。

 ランジュちゃんが、あのランジュちゃんが……潰されて、氏んだ。

 圧倒的な脱力感と虚無感が体を支配する。

 栞子ちゃんの慟哭が響く中、遅らせながら気づく。
 私たちは、ランジュちゃんという精神的支柱を失ったのだ。

ブウーン ブウーン

 崩壊の音が 聞こえた

337: 2023/09/01(金) 21:04:05.44 ID:Doo5nBLP.net
――――
――――――――

かのん「まだ戻ってこないね。大丈夫かな……」

 散乱したガラスの破片を取り除き、なんとか落ち着きを取り戻す。2年の先輩-歩夢さん以外に怪我をした人はいなかったけど、新たな問題も起きた。

エマ「ど、どうしよう!? お、お水がっ」

 貴重な飲み水の半分が通路にばら撒かれ、その中身を散らしていたのだ。

せつ菜「なんてことを……蓋をちゃんと閉めてなかったんですか!?」

愛「蓋じゃないよ! 衝撃で穴が空いたんだよ。通路にはガラス片も散らばってるし」

ミア「そもそもあんな風に雑に置いておくからだ! 誰だ?」 

しずく「バッグには入れておいたんですが、何本か外に出しっぱになっていたみたいですっ」

果林「…‥誰なの。こんなことして、責任とれるの?」

338: 2023/09/01(金) 21:07:06.43 ID:Doo5nBLP.net
 みんな、杜撰な管理の責任を誰かに負わせようと躍起になっていた。糾弾する相手を探していた。

かのん(私たちに飛び火するのも時間の問題だ……)

可可「……ぁ」

可可「クゥクゥデス、クゥクゥが最後お水飲みマシタ……」ガクガク

かのん「っ、?! だ、大丈夫だよ。バレてない、わかりっこないよ」

すみれ「あんた、力弱いものね。蓋もちゃんと閉めれてなかったんじゃない?」

可可「びあ、!? す、すみ」

かのん「すみれちゃん!」

恋「……すみません。少し、お手洗いに」カタ

339: 2023/09/01(金) 21:12:40.27 ID:Doo5nBLP.net
かのん「へ? あ、ちょっと。こんな状況で?? 恋ちゃん!」

 もう! みんな勝手だ!

ミア「そうだ、ボクは見たぞ! ソイツが最後に水を飲んでた!」

可可「違いマス! クゥクゥ悪くない!! アレはクゥクゥたちの持ち物デス!!」

しずく「だから、なにしても関係ないと?」

可可「そんなんじゃ、クゥクゥそんなつもりは……うう」

せつ菜「……もうやめましょう。誰かを責めたって、なにも解決しません。過ぎたことをいつまでも考えるのは時間の無駄です」

可可「ぅ、えぐ、ひぐ、」グスグス

 不安と恐怖が伝播していく。このままだと、助けが来る前に自滅してしまう。

ブブブブ

かのん「……」ペチン

 ああ、うるさいなぁ

340: 2023/09/01(金) 21:15:06.11 ID:Doo5nBLP.net
――――
――――――――

歩夢「侑ちゃん、おかえり」

 バスに戻った私を、歩夢が出迎える。

 ランジュちゃんの亡き骸を抱き抱えたまま、泣き喚いていた栞子ちゃんを無理やり引き離し、腕を取って逃げるようにその場を後にした。
 
 道中のことはよく覚えていない。自分の感情さえもわからなかった。

侑「歩夢……怪我の具合は?」

歩夢「まだ、痛いけど……っ、なんとか、耐えられるよ。ランジュちゃん、は?」

侑「っ」

せつ菜「栞子さん、血だらけじゃないですか!? ど、どこか怪我でもしたんですかっ?」

栞子「……」ボー

せつ菜「栞子、さん? あの、侑さん、一体なにが……」

341: 2023/09/01(金) 21:19:57.36 ID:Doo5nBLP.net
ミア「戻ったか。keyは見つかったのか? ランジュはどうした」

侑「え、あ、ああ……うん」

歩夢「侑ちゃん?」

せつ菜「どうしたんですか、栞子さんっ。あの、栞子さん??」ユサユサ

栞子「あ、はは。なんででしょう。なにも、気力が湧かないんです……からだが 思うようにうごいてくれません」

栞子「ただ ひたすらに 寂しい。心に、穴が空いたみたいで……もう、むりです」

 静かに涙を流し、彼女は立ち尽くした。

ミア「おい、オイ! ふざけるなよ。ランジュはどうした? なんで一緒じゃないっ」

ミア「Don't be silent, say something!!」

歩夢「ランジュちゃん、どこ? 侑ちゃん、おね、がい。話して」

彼方「……え? どういう、こと。ランジュちゃん、そこにいないの?」

342: 2023/09/01(金) 21:21:59.42 ID:Doo5nBLP.net
侑「あー、」
 

侑「ランジュちゃん、氏んじゃった」
 

 一瞬、時が止まった。

ミア「…………ハ?」

せつ菜「へ?」

かすみ「あ、あははははは! ひぃ、っひ! 侑先輩も面白い冗談言うんですね」

かすみ「あのランジュ先輩が氏ぬわけないじゃないですか!! 逃げたんですよねっ? かすみんたちを置いてひとりで!」

侑「そうだったら、よかったね」

せつ菜「そんな、じゃあ、あの血は、全部……」フラ

侑「さっきの揺れでね、送風機が落下して、ランジュちゃん潰されちゃった」

 私は、今どんな顔をしているんだろう。どうしようもなくやるせない思いが、重く心にのしかかっている。

 それでも、ベラベラと舌が回った。

343: 2023/09/01(金) 21:24:51.12 ID:Doo5nBLP.net
侑「血がたくさん、たくさん溢れ出て、そこだけ池みたいになってて、その真ん中で、ランジュちゃん苦しそうにもがいてた」

せつ菜「もう、やめてください」

侑「運転手もいた。頭が半分削られて、お腹に大きな切り傷があった。蝿が、いっぱい、飛んでた。ブーン、ブーンて」

せつ菜「――――やめて!!」パチンッ!

侑「つ!?」

 火花が散る。せつ菜ちゃんの平手打ちがもろに入り、私は目を回した。頬が焼けるように熱い。

歩夢「侑ちゃん!」ギュウ

歩夢「もういい、もう、いいよっ」

歩夢「つらいよね、苦しい、よね。ショックで、ちょっと気が、っ、動転してるんだよね」

侑「うん、うん……ランジュ、ちゃん、っう うぅうふぐっ」

 ぼろぼろと、生温かいものが頬を伝った。

侑「うぁあああん」グズグズ

367: 2023/09/03(日) 20:25:06.05 ID:aJtifYzs.net
ミア「ウソだろう……? ランジュは、アイツはこんなところで氏んでいいヤツじゃない」

愛「はは。愛さん、ランジュと話したいこと、まだまだたくさんあったのに……なんで、こうなっちゃったんだろう」

かのん「え、氏んだ?って、あの人が……? は? 意味わかんない」

すみれ「嘘だって、信じたいけど……サヤさんだってそう」

すみれ「人って、案外簡単に逝っちゃうのよね」ギシ

侑「ごめっ、ね、かぎも見づげられっなかっだ」グスン、ズビ

歩夢「いいの、いいんだよ」ナデナデ

せつ菜「歩夢さん、あなたもひどい怪我を負っているんです。安静に。これ以上、仲間を失うわけにはいきません」

しずく「不思議ですね。ついさっきまで隣にいて、言葉を交わしていたというのに。やっぱり、信じられません。創作と現実がこれほど違うんだって、こんなにも悲しくて怖いものなんだって……」グス

368: 2023/09/03(日) 20:27:15.79 ID:aJtifYzs.net
彼方「……」

彼方「…………ぁ」

彼方「あああぁあぁああ!!!」

ガン!ガンガンガン!!

せつ菜「彼方さん!!?」

果林「彼方、ばか!! なにやってるの!?」

 前の座席に、何度も何度も強く頭を打ちつける彼方さん。

彼方「はな"じてぇええ! うわぁああ!」ジタバタ

愛「かなちゃん! っ、やめ、暴れないで!」ガシ

 彼方さんの突発的な行動に、誰もが呆気に取られ動きを止めた。近くにいた愛ちゃんと果林さんが暴れる彼女をなんとか取り押さえる。

369: 2023/09/03(日) 20:28:48.00 ID:aJtifYzs.net
侑「かな、たさん?」ズビ

彼方「わた、し、ランジュちゃんを頃しちゃった……わたしの所為で、氏んじゃった!」

彼方「謝れてないっ、まだ、仲直りしてない!!」

愛「みんな同じだよ! つらい、悲しい、ランジュを追い込んだのはアタシたちみんなだ!! カナちゃんだけの所為じゃない!」

果林「血が出てるじゃない! どうしてそこまで」

彼方「あ、ああ。うあっ、ランジュちゃん……」

せつ菜「大丈夫ですか? おでこ、手当します」

彼方「触らないで!!」パシン

せつ菜「っ、……彼方さん。あなたのそんな姿、ランジュさんが見たかったと思いますか。きっと、悲しむだけです」

彼方「そんなの、わかりっこない。ランジュちゃんはもういないんだよ!? いい加減なこと言わないで!」

370: 2023/09/03(日) 20:33:47.86 ID:aJtifYzs.net
せつ菜「だからってずっとそうしているつもりですか?」

彼方「は……」

愛「残酷なこと言うようだけど、ランジュのことを悲しむのはここを出てから。今は自分のこと一番に考えよ?」

果林「彼方……」

彼方「ごめんなさい……ごめん、なさい」ギュウ

 座席の上にうずくまり、顔を埋め耳を塞いでしまった。2人の言葉が届いたのかわからない。

侑(もう冷静な人はいないのかも。私も、どこかおかしくなってる? こわい……な)

 ランジュちゃんの氏がもたらしたものは、さらなる崩壊。決して拭えない呪いを私たちにかけたのかも知れない。
 

しずく「かすみさん」

かすみ「ランジュ先輩……ほんとに、氏んじゃった?」

371: 2023/09/03(日) 20:36:39.33 ID:aJtifYzs.net
しずく「そう、だね」

かすみ「は、ひっ、ひひ」ガジガジ

しずく「かすみさん、手見せて」

かすみ「……なんで?」

しずく「いいから」グイ

しずく「……キズだらけだね。深爪してる。女の子なのに、かわいくないよ、こんなの」

かすみ「しず子には関係ないよ。もう、どうでもいい」

しずく「そんなこと言わない。ねえ、ちゃんとこっち見て」

かすみ「は? 見てんじゃん」

しずく「わたしの目を見て」

かすみ「だから見てるって!!」

372: 2023/09/03(日) 20:40:38.12 ID:aJtifYzs.net
しずく「わたしもね、あんなことが立て続けに起きて、かすみさんがおかしくなって、今の自分じゃ何もできないって思った」

しずく「でも、やっぱり……変えられなかったよ。もうちょっとだけ、頑張ってみることにした」

かすみ「は? なに!? ウザいよしず子」

しずく「いいの。ここを出たら、また仲良くしてね」

かすみ「……」
 

すみれ「ねえ、かのん。恋がまだ戻って来ないのよ」

かのん「お手洗い行ってたよね。確かに遅いや……大きいほう?」

すみれ「……だとしてもよ。恋、ちょっと様子おかしかったし。まさかバンに戻ったんじゃ」

かのん「……サヤさん?」

373: 2023/09/03(日) 20:47:12.92 ID:aJtifYzs.net
すみれ「ええ。正直、今の恋からはなにしでかすかわからない危うさを感じるの」

すみれ「……あの人たちと同じ。もう、誰がいつ発狂してもおかしくない」

かのん「すみれちゃんは大丈夫だよね。ちぃちゃんも、可可ちゃんも。私たちはまだ」

すみれ「……そうね。まだ」

かのん「それで、恋ちゃんのことみんなに言う?」

すみれ「言わなくていいわ。遅かれ早かれどうせ気づくし。もう少し待ってみるけど、最悪引っ叩いてでも連れ戻す」

かのん「うん。私も手伝う」

ーーーー
ーーーーーーーー

侑「……これだけ、なんだ」

せつ菜「はい。飲み水は先ほどの件でかなり減ってしまいました。可可さんを責めるつもりはありませんが、今日1日持つかどうか……」

374: 2023/09/03(日) 21:00:38.20 ID:aJtifYzs.net
 明らかに減っている。

侑「でも、もっとあったはず。みんな本当にちょっとずつ食べてたんだよ。なんで、こんなに減ってるの?」

せつ菜「実は……誰かが勝手に持ち出しているみたいなんです」コソ

侑「え?」

せつ菜「別に金庫に入れて保管しているわけでもありません。隙を見てくすねることぐらい、これまでの状況を考えればいくらでも可能です」

侑「私たちの中にそんなことする人が……? せっかく協力して生きようって、みんなで頑張ろうって。こんなに大変な時なのに」

せつ菜「こんな状況だからこそかも知れません。すでに私たちはかなり追い詰められています。肉体的にも精神的にも……誰も責められませんよ」

侑「だからって」

せつ菜「要は救助が来るまでの間だけでいいんです。人間飲まず食わずでも3日は生きられます。寒さの問題はありますが、流石に今日明日中には何か動きがあると思いますよ」

侑「……」

375: 2023/09/03(日) 21:01:32.05 ID:aJtifYzs.net
 本当に? 歩夢は背中、璃奈ちゃんは腕を。彼方さんやかすみちゃんだってとても正常とは言えない。

せつ菜「侑さん、これを」

侑「……え? これせつ菜ちゃんの分だよ。だめだよ、ちゃんと食べなきゃ」

せつ菜「私は平気です。怪我をしている人たちは、なるべく食べて体力を維持して欲しいんです。お水は困りますけど、食べ物でしたら1日2日抜いてもへっちゃらです!」ニコ

せつ菜「歩夢さんの分も持っていってください」

侑「で、でも」

せつ菜「侑さん、最後まで希望を捨てちゃだめですよ。私たちの無事を祈ってくれている人達のためにも、抗うんです。屈してはいけません。負けてはなりません」グッ

侑「ふふ。せつ菜ちゃん、なんかアニメの主人公みたい」

せつ菜「ふぇ!? あ、う、すみませんっ。思わず口に……変でしたか?」

侑「ううん。かっこよかった。ありがとう、少し勇気出た」

376: 2023/09/03(日) 21:14:58.81 ID:aJtifYzs.net
ーーーー
ーーーーーーーー

愛「りなりー、口開けて」アーン

璃奈「んむ、……ゲホッ!」ビチャ

愛「大丈夫!? お、お水。ほら飲んで」

璃奈「けほ、こほっ、愛さん、ごめんね」

璃奈「 おなか、すかないの」

愛「りな、り……」

璃奈「さむい、のに。体の奥がずっと、熱くて……なにも、かんがえられ、ない。ずっと、気持ち、悪い」ゼェゼェ

愛「……うそ、すごく熱い。りなりー、熱あるよ」ピト

愛「いつから? なんで黙ってたの」

璃奈「しんぱい、かけたく……ないから」

愛「バカ! それで我慢してたのっ? そんなの、余計心配するに決まってる!」

377: 2023/09/03(日) 21:26:48.40 ID:aJtifYzs.net
璃奈「ご めん なさい。わた、し ずっと、役立たず。もう、氏にたい……」グス

愛「〜〜〜っ、あぁあ!!」ガシガシ

愛「なんでそうなるの!? 誰も役立たずなんて思ってない! 自分を卑下するのもうやめな!!」
 

侑「愛、ちゃん? どうしたの……?」

愛「はあ、はあ……ゆうゆ」

愛「ん、なんでもない。そっちこそどしたの?」

侑「あ、これ璃奈ちゃんの分のご飯。少し多めにしといたから」

愛「ありがとう。でも、ムリかも。さっきアタシのあげたんだけど、吐き出しちゃった」

侑「え? 璃奈ちゃん大丈夫なの?」

378: 2023/09/03(日) 21:27:51.31 ID:aJtifYzs.net
愛「熱がすごくて。ちょっと、まずいかも。解熱剤とかって誰か持ってる?」

侑「あ、えっと……確か栞子ちゃんが救急箱持ってた。ちょっと待ってて」
 

栞子「……」ボー

 栞子ちゃんはただ座っていた。気怠げな表情で窓の外、トンネルの壁を見つめている。なにも考えていないような、魂が抜けてしまったのか、抜け殻のような状態。

侑「栞子ちゃん、救急箱借りてもいいかな……?」

 返事はない。こちらを見ることもない。 

栞子「どうぞ……」

 しばらくして、ぽつりと蚊の鳴くような声が発せられた。

侑「……ありがとう」

 私はこれ以上のかける言葉を見つけられず、その場を後にした。

379: 2023/09/03(日) 21:33:47.39 ID:aJtifYzs.net
侑「解熱剤、解熱剤……あった。これかな」ハイ

愛「りなりー、これ飲んで。……うん、そう、ゴクンして」

璃奈「……ん、ぐ。はぁ、はぁ」

侑「腕の具合は?」

璃奈「すご、く、痛い」

愛「ちょっと緩んでるね。りなりー、一回解くよ」

 巻かれた布を丁重に解いていく。その途中、ふと愛ちゃんの手が止まる。

愛「……」

 璃奈ちゃんの華奢な左腕は、関節の辺りで大きく膨らみ、青白く変色していた。異常なほど腫れ上がった打撲箇所、いちじくを潰したかのような内出血は肘関節全体にまばらに広がっている。

侑「ひどい……っ」

388: 2023/09/05(火) 21:05:09.69 ID:OXzmyGUb.net
愛「りなりー、よく我慢できたね。ホントすごい。尊敬する……強いよ」

璃奈「あ"あ、いだい、い"たいいだい!」ポロポロ

愛「大丈夫、大丈夫。ゆっくりやるから。深呼吸して、落ち着いて」

 璃奈ちゃんの悲痛な声が響く中、愛ちゃんは言い聞かせるように慎重に手を動かした。

愛「――――ふぅ。しおってぃーのようにはいかないけど、さっきよりはガチガチに固めといた」

璃奈「……っ、」ブルブル

愛「これ羽織って、体冷やさないようにして。薬が効いてきたら、少しはマシになるはずだから……うん、よく頑張った」ナデナデ

389: 2023/09/05(火) 21:06:58.67 ID:OXzmyGUb.net
侑「……」

愛「ゆうゆ、りなりーさ……骨折してるかも」

侑「……え、骨折? 打撲じゃ」

愛「ねえ、どうしようゆうゆ。アタシ、もう耐えられない」ガシ

愛「りなりー、多分もうそんな長く持たない。どんどん弱ってる。ランジュだけじゃなく、りなりーまでいなくなったら……」

侑「愛ちゃん、だめだよ。そんな弱気になっちゃ。璃奈ちゃん今すごく頑張ってる。なのに、愛ちゃんまでそんなになったら悲しむよ」

愛「それでも、傷ついていくみんなの姿見るのつらいんだ」

侑「愛ちゃん……」

愛「ゆうゆ、気づいてる?」

侑「え?」

愛「まだ、2日。たったの2日だよ。カナちゃんやかすかすだって、昨日までは普通だった。笑ってた。でもこのトンネルに閉じ込められてから、何かがおかしくなってる」

391: 2023/09/05(火) 21:08:58.23 ID:OXzmyGUb.net
愛「コンパスの針が狂うみたいに、自分を見失っていく……」

侑「なに言って……愛ちゃんまで変になっちゃったの?」

愛「アタシはまだ正常のつもり。だけど、もし3日目を迎えるようなことになったら、一体何人がまだ人でいられると思う?」

 ぞっとするような冷たい瞳。体が震える。それは、決して寒さの所為だけじゃない。

愛「怖い? 顔色悪いよ。もういいから、歩夢のとこ行ってあげな」

 話は終わりとでも言うように、愛ちゃんは璃奈ちゃんへと向き直る。

侑「……」

 『正常のつもりでも』
 その言葉が胸にしこりを残す。私も、側から見れば既におかしくなっているのかも知れない。
 

侑「歩夢、背中見せて……あ、血が滲んできてる。痛いよね」

歩夢「うん。背中、付けられないし……腕上げると痛い」

侑「跡残っちゃうと嫌だよ。歩夢の肌きれいだから」

歩夢「もう、こんな時に何言ってるの」プクゥ

392: 2023/09/05(火) 21:13:06.15 ID:OXzmyGUb.net
侑「ふふ」

 大丈夫だ。私にはまだ歩夢がいる。歩夢がいるから、耐えられる。

歩夢「……侑ちゃんはさ、もし傷が残っても」
 

すみれ「あの、ちょっといいですか?」

侑「あ、すみれちゃん? どうしたの……あれ、歩夢なにか言った?」

歩夢「……ううん。なんでもない」ニコ

すみれ「あの、恋がお手洗いに行ったきり戻って来ないんです。ちょっと、探しに出てもいいですか?」

侑「恋ちゃんが? そういえばいないね。大きい方だったりしない……?」

すみれ「そう思って待ってたんですけど、流石に遅すぎて」

侑「一緒に行こうか?」

393: 2023/09/05(火) 21:19:26.63 ID:OXzmyGUb.net
 本当は歩夢の側を離れたくない。でも、ランジュちゃんの代わりはいない。だから、リーダーとして私にできることをするんだ。

すみれ「大丈夫です。かのんと行きます」

侑「……いいの?」

すみれ「あなたも、少し休んだほうがいいです。顔色、ずっと悪くて、見てると心配になるわ……」

侑「え、そう、かな」

 歩夢を見る。彼女はぎこちなさそうに頷いた。

侑「……じゃあ頼んだよ。もしなにかあっても、まずは戻ってきて。あと、外すっごく冷えるから、なるべく着込んでってね」

 2人を見送る。
 ランジュちゃんの件もあり、最悪の事態を想定してしまう。恋ちゃんは、初日にサヤさんという大事な人を失っていた。
 彼女も危険だ。1人にしてはいけない。

394: 2023/09/05(火) 21:22:31.83 ID:OXzmyGUb.net
侑「サヤさんて、どんな人だったんだろう。家族って、言ってたね」

歩夢「うん。きっと、すごく素敵な人だよ」

侑「もし、その人がここにいてくれたら、私たちここまでボロボロにならなかったのかな」ポツリ

侑「私やランジュちゃんの代わりに、みんなをまとめてくれたんじゃないかって。いいアイデアを出して、被害を最小限に抑えてくれたかもって考えちゃうんだ」

 それこそ、歩夢や璃奈ちゃんの怪我にだって適切に対処してくれたかも。

侑「……なんて、たらればのこと考えても意味ないよね」

歩夢「ううん。侑ちゃんよくやってるよ。私も、もっと力になれたらいいんだけど」

侑「歩夢は隣にいてくれるだけで、十分力になってるよ。私を守ってくれたし。こんな怪我しちゃったけど、あの時の歩夢かっこよかった」

395: 2023/09/05(火) 21:24:29.93 ID:OXzmyGUb.net
歩夢「咄嗟に体が動いたの。侑ちゃんになにかあったら、きっと私もだめになっちゃうから」

 これって普通? 少しだけ歪なのかも。でも、この狂った世界で確実に信頼できる相手がいるってすごいありがたいことなんだ。

侑(歩夢さえ、いれば……ほかに)

 あれ、私、なに考えてるんだろう まあ いいか
 

 しばらくして、すみれちゃんたちが戻ってきた。隣には恋ちゃんもいる。

すみれ「恋、外でうずくまってた。バンに戻ろうとしたのかわからないけど、それで凍氏なんてしたらシャレにならないわ」ハァ

かのん「恋ちゃん、手真っ赤だよ。しもやけになっちゃう」

恋「すみません。サヤさんが呼んでいる気がして……」

すみれ「ちょっと、恋あんた」

397: 2023/09/05(火) 21:26:27.18 ID:OXzmyGUb.net
恋「声が聞こえるんです。助けて、ここにいるよ、置いてかないでって」フルフル

かのん「……気のせいだよ。しっかりして恋ちゃん。気を強く持って」

恋「ああ、きっと震えてます。寒い、寒い、寒い。あんな軽装のままで、冷たくなって」

すみれ「っ、もういいわ。上着貸してあげるから、それ被って横になってなさい」

侑「恋ちゃん、また急にあんな……」

可可「……あの」オズオズ

侑「ん、可可ちゃん? どうしたの?」

可可「今日、助け来てくれマスカ? クゥクゥ、すみれとケンカしたままはいやデス。ここを出て、ちゃんと謝って……またスクールアイドルしたい」

398: 2023/09/05(火) 21:29:38.78 ID:OXzmyGUb.net
せつ菜「大丈夫ですよ。きっと来ます。その時に備えて、体力を温存しておくんです」

可可「……はい。まだ、氏にタクナイ。やりたいこと、たくさんあるデス」

侑「うん、うん。私も……ピアノ弾きたいなぁ」

歩夢「侑ちゃんのピアノ、聴きたいな。あとお料理したり、アクセサリーとか、作りたい。欲しい服もたくさんあるの」

侑「買いに行こうよ。奮発して、全部買っちゃおう」

せつ菜「いいですね。私も、ご一緒してもいいですか?」

侑「もちろん。Liellaのみんなも、一緒に行こうよ」

かのん「い、いいんですか? わあ、嬉しいな」

可可「クゥクゥ行きたいところあるデス! オダイバ!」

歩夢「ふふ、案内してあげるね。いいところ、たくさんあるんだよ。美味しいクレープ屋さん、連れて行ってあげる」

400: 2023/09/05(火) 21:32:50.68 ID:OXzmyGUb.net
侑「また食べたいね。全種類頼んじゃおうよ」

歩夢「お腹壊しちゃうよ、侑ちゃん」

可可「クゥクゥたちもいますカラ。山盛りしちゃいまショウ!」

かのん「うへえ、胸焼けしそう」

侑「あはは」

 こんな普通の会話したの、久しぶりに感じる。楽しい。

侑「あー、なんだろう。みんなの顔、まわってる」

歩夢「ええ? 侑ちゃん? どうしたの」

せつ菜「え? 大丈夫ですか? 侑さん?」

 息が上手く吸えない気がする。頭がぼうっとして、視界がぼやける。宙に浮いている感覚。

401: 2023/09/05(火) 21:34:16.77 ID:OXzmyGUb.net
侑「ごめん、ちょっと、横になるね」

 寝不足かな。ずっと神経張ってたから、急に気が抜けて一気に疲れがきたのかも。

せつ菜「侑さん、ゆっくり息吸ってください。酸素不足かも知れません。息苦しくないですか?」

歩夢「侑ちゃん? 侑ちゃんっ」

侑「うん、へーき。も、すこし、このままで、いさせて」

 ああ、しんどいな。寒い、お腹空いた、喉が渇いた。
 そろそろ限界? まだいける? どうだろう

 自問自答を繰り返し、歩夢やせつ菜ちゃんたちに見守られながら、私はゆっくりと意識を手放した。

――――
――――――――

かのん「大丈夫かな。あのまま目覚めないなんてことないよね」

千砂都「かのんちゃんたちとお話して、気が抜けちゃったんじゃないかな。多分、思ってる以上に余裕なかったはずだよ」

402: 2023/09/05(火) 21:35:27.27 ID:OXzmyGUb.net
千砂都「ランジュさんて人がいなくなって、みんながあの人に負荷をかけすぎた。背負わせすぎて、潰れる寸前だった」

かのん「……リーダーだから? もし、私があの時選ばれてたら、私もああなってた?」

千砂都「うーんとね、かのんちゃん。トロッコ問題って知ってる?」

かのん「え、なに急に。トロッコ?」

千砂都「簡単に言えば、1人の命と複数の命、どっちかしか救えない状況で、自分だったらどっちを助ける? って問題」

千砂都「例えばその1人が自分の大切な人、家族や恋人で、複数人の方は名前も知らない他人。命の重さはその数に比例するのか、かのんちゃんは選べる?

かのん「なにそれ。そんなの、選べるわけないよ」

千砂都「そうだね。人の倫理観が問われるから、正解のない問題だって言われてる。でもね、私は答え出せるよ」

403: 2023/09/05(火) 21:36:52.58 ID:OXzmyGUb.net
かのん「え?」

千砂都「ここでは、命の価値は平等じゃない。助かる命、捨てる命……それを選別する時がきっと来る」

かのん「どういうこと。ちいちゃん、自分がなに言ってるかわかってる?」

千砂都「私は他の人全員の命より、かのんちゃん1人の命の方が大事なんだ。もし、その時が来たら」

千砂都「――――躊躇わず引くよ」

――――
――――――――

「3日目」

 救助は来なかった

 私が目を覚ました時、日を跨いで3日目を迎えたのだと、なぜかそう直感した。

 そして、この日が最後になることを、どこか肌で感じていた。

404: 2023/09/05(火) 21:43:05.50 ID:OXzmyGUb.net
 救助が来ない絶望感に打ちひしがれ、どこか退廃的な空気が漂う。頭痛と吐き気を訴える声が次々に上がる。寒さで手足の感覚はほとんどなかった。

愛「誰か水を! りなりーが! あぁああ、やばいやばい、りなりー氏んじゃうっ」

 愛ちゃんの切羽詰まった金切り声。

 粘土のような生気のない肌。唇はカサカサにひび割れ、出血している。最初は璃奈ちゃんだった。

エマ「……だめ。もう、お水ほとんど残ってないの。璃奈ちゃんにあげたら、私たちの分なくなっちゃう」

愛「だめ、って? りなりーを見頃しにしろってこと? は? 意味わかんないよ、アタシたち友だちでしょ、仲間でしょ?」

エマ「でも璃奈ちゃんお水飲まないじゃん!! あげても全部吐き出しちゃった! わたしたちだって我慢してたっ、璃奈ちゃんのために」

愛「なにそれ。だからって放っとけるの? アタシ知ってるんだよ、エマっちがこっそり食料盗ってるの。水だってこっそり隠し持ってるんでしょ!」ガタン

406: 2023/09/05(火) 21:45:41.69 ID:OXzmyGUb.net
エマ「知らない! 勝手なこと言わないで!!」

 興奮気味の愛ちゃんがエマちゃんに掴みかかった。激しい取っ組み合い。狭い通路で、2人はあちこちに体をぶつけながらも髪を引っ張り、服を引きちぎり、憎しみをぶつけあった。

ミア「ストップ!! オイ、こんなところでケンカしてる場合か!? 璃奈のことを考えろ!」

 2人は耳を傾けない。

せつ菜「やめてください!! 2人とも、お願いですっ、やめ――――ッあ!?」

 割って入ったせつ菜ちゃんの顔に、愛ちゃんの肘が入る。

せつ菜「っ、つ うが、ぐ」ボタボタ

侑「せつ菜ちゃん!!」

 決して少なくない量の血を鼻から流し、せつ菜ちゃんは座席に倒れ込んだ。

愛「このっ、ぐ、うぁあああ!」グググ

エマ「カッ、ゲホっ! ――――か、果林ちゃん!! 助けて!」

408: 2023/09/05(火) 21:49:31.56 ID:OXzmyGUb.net
果林「え、」

愛「カリン! 早くエマっちの荷物取って! 水入ってると思うから!! 早くりなりーに!」

エマ「果林ちゃん!! おねがいっ、早く来て!」

果林「なんで、エマ、愛っ、どうして私なの……」

愛「カリン!!!」

エマ「果林ちゃん! わたしたち親友だよね!? 私の夢を一緒に応援してくれるって、約束してくれたよね!!?」

果林「え……ま」

エマ「ずっと、ずっと、ずっとずっと!! 早く! 果林ちゃん!」

果林「……ごめん、なさい。ごめ、っ、なさい」ガシ

愛「っ、?! なんで、カリン」

エマ「ハァ、ハァ――――っ、」フラ

410: 2023/09/05(火) 22:21:33.84 ID:OXzmyGUb.net
 果林さんが愛ちゃんを羽交い締めにし、エマさんから引き離す。拘束から抜けたエマさんは、側にあったクーラーボックスを手に取り、

――――ガン!

 勢いよく愛ちゃんの頭に振り下ろした。ボーリングの玉を床に落としたような鈍く重い音が鳴る。

愛「……信じ、ってたのに……カリン、おなじ、ゆにっ とで」ガク

 力無く倒れる。頭部から流れる血が、通路に広がっていく。

ミア「エ、マ、おま、え……自分がなにしたか、わかってるのか?」

エマ「ああ、違うの。わたし、そんなつも、じゃ、っ ねえ、きいて、侑ちゃん、果林ちゃん。事故なの。こんなっ、どうして」

侑「え、エマさん。落ち着いて、お願い。それ、下ろして」

エマ「わたし、わるくないよね? いいこと、したよね?」

しずく「愛さん! そんな、血が。ひどい、これじゃ」

愛「っ、っ、」ピク、ピク

果林「あああ、愛、愛っ!」ユサユサ

417: 2023/09/05(火) 23:34:55.47 ID:OXzmyGUb.net
ボーリング× ボウリング⚪︎

431: 2023/09/07(木) 21:09:01.93 ID:0KgVv1rK.net
すみれ「動かしちゃダメ! 傷口押さえて!!」

すみれ「やばい、やばいやばい……痙攣してる、こんなのどうすればいいのよ!」

果林「わ、わたっしの、せ、で あいが」

ミア「栞子!! なんとかできないか!? オイ! 聞いてるのか!?」

栞子「……?」

ミア「こっちを見ろ! 栞子ッ、しっかりしろ!! お前が頼りなんだ!」

歩夢「せつ菜ちゃん、鼻押さえて! 上向いちゃだめだよっ」

せつ菜「ぅう、鼻が熱いです。ん、っ……愛さんは?」ポタ、ポタ

歩夢「わからないけど……かなり危険だと思う」

434: 2023/09/07(木) 21:13:28.56 ID:0KgVv1rK.net
本当に申し訳ないです。もう最終章付近なので、二日に一回くらいのペースで投稿していきます

435: 2023/09/07(木) 21:15:03.78 ID:0KgVv1rK.net
侑「エマさん、早く、それを捨てて。深呼吸して……うん、大丈夫だから。愛ちゃん絶対助かるから」

エマ「侑、ちゃん。あれ、なんで わたし、こんなの持って。血、付いてる……」ゴト

エマ「愛ちゃん、どうして寝てるの……? だめだよ、そんなところで。はやくおきなきゃ」

すみれ「近づかないでください! 誰か、この人遠ざけて! 何するかわからないわ」

エマ「なんで、そんなこと言うの」

エマ「愛ちゃんが先にわたしを襲ったんだ。抵抗しなかったら、わたしがああなってた! ちょっと大人しくさせようとしただけなのに、どうしてそんなひどいこと言われなきゃいけないの!!」

すみれ「どんな馬鹿力よ……っ。頃す気だったくせに」キッ

エマ「なに!? あなたには関係ないよねっ? そうやって、みんなわたしを悪者にするんだ。ずるい、ずるいよ!!」ダンダン

かのん「ひっ、す、すみれちゃん。なんでそんな怒らせるようなこと」

436: 2023/09/07(木) 21:20:05.92 ID:0KgVv1rK.net
すみれ「もういい。この際ハッキリ言わせてもらうわ」

すみれ「……みんな狂ってる。おかしくなってる! だから平気でこんなことができるの。友達を疑って憎んで、傷つけ合って! それで最後はどうなるの!?」

 すみれちゃんの悲壮な訴えに、みんなばつが悪そうに顔を伏せた。

すみれ「私も一時の感情に流されて友達を傷つけた。でも、もうやめにしない? この人だって、今日救助が来れば、きっと助かる」ギュ

可可「すみれ……」

彼方「そう言って、結局昨日も来なかった。今日来る保証なんてあるの……? もしかしたら、忘れられてるかもね」

 不意に、彼方さんが言葉を発した。おでこの血はすっかり乾いて、不気味な模様を作っている。

すみれ「そんなのわからないじゃないですか。だからって見捨てていい理由にはならないわ」

彼方「……そっか」コツン、コツン

 彼方さんは座席に頭を軽く打ちつける。それを延々と繰り返す。

すみれ「懺悔のつもり……? 頭おかしいんじゃないの」ボソ


439: 2023/09/07(木) 21:23:52.30 ID:0KgVv1rK.net
侑(彼方さん……)

 ぶつぶつぶつと、うわ言のように謝罪の言葉を呟く彼方さんには誰も近づこうとしなかった。
 

エマ「あ、ああ……わたし、どうなるの? ここでたら捕まっちゃう? こわいよ、果林ちゃん」

果林「っ、大丈夫よ。愛はまだ生きてるわ。こんなので捕まるわけない」

ミア「こんなのって、ふざけるなよ。愛を頃しかけておいて、自分の心配か? こんなの立派な殺人だぞ!! エマも、果林も!!」

果林「じゃあ、エマが殺されてもよかったって言うの!? 首絞められてた、苦しそうだった、助けを求めてた。あんなの黙って見ていられるわけないじゃない」

ミア「今の愛を見ろ! その結果がコレだ! 最後のは明らかにやり過ぎだったじゃないか!」

果林「そう言うあなたはどうなのよ!? 口ばっかりで、偉そうにして! 自分じゃなにもしないくせに!」

ミア「なっ!? そんなこと、ボクはッ」

侑「もうやめてよ、2人とも。また同じこと繰り返すつもり?」

すみれ「侑さん、構わなくていいです。それより手伝ってください。かのんも来て!」

441: 2023/09/07(木) 21:28:14.94 ID:0KgVv1rK.net
かのん「え!? な、なにするの?」

すみれ「そっちの腕持って。侑さんは背中支えててください」

 3人で愛ちゃんを引きずるようして移動させる。

侑「はぁ、はぁ。愛ちゃん、目覚さない」

かのん「息はしてるみたい……だけど。どんどん顔白くなってる」

すみれ「当たりどころが悪かったんだわ。今はこの人の生命力に賭けるしかない」

侑「うん。ありがとう、すみれちゃん。助かったよ」

すみれ「いいの。それよりも、あの2人」

 エマさんと果林さんを警戒するように見た。

すみれ「状況が状況とはいえ、あの人たちは明確な敵意を持って人を攻撃した」

 そう言い、指で宙に横線を引いた。

442: 2023/09/07(木) 21:31:36.41 ID:0KgVv1rK.net
すみれ「もう3日目。食べ物や水も底をつきかけてる。全員には満足に行き渡らない。そんな中で、解決のために言葉じゃなくて暴力に訴えるようになったらどうなりますか」

 他人を傷つけてはいけない。それは持ってて当然の価値観。でも、

すみれ「人が無意識に引いていた最後のラインを、あの人たちは超えた」

 前例を作ってしまった。
 
すみれ「もしまたあんなことが起こったら、止められる人いますか?」

侑「起こらないよ。もう、絶対に」

 ランジュちゃんはいない。歩夢も満足に動けない。彼方さんや栞子ちゃん、かすみちゃんは自分のことで一杯一杯だ。

しずく「侑さん、隣にいてもいいですか……?」

侑「しずくちゃん……もちろん。おいで」

 不安そうに眉を下げ、今にも泣きそうな顔でしずくちゃんが隣に座る。

侑(しずくちゃんには酷だよ。無理だ……ミアちゃんも)

 せつ菜ちゃんにだって、これ以上無理をして欲しくない。

443: 2023/09/07(木) 21:33:31.85 ID:0KgVv1rK.net
侑「エマさんも、今は混乱してるだけ。すぐにいつもの優しくておっとりしたエマさんに戻るよ」

 みんな、自分が生き残るためなら、誰かを犠牲にしてもいいなんて思ってないよね。ここまで来たんだよ。いつ助けが来てもおかしくないんだ。だから、

 もうちょっとだけ、頑張ろうよ
 

エマ「ねえねえ、こういうのって正当防衛ってのになるんだよね?」

果林「え、わからないわ。でも、緊急避難って言葉なら聞いたことある。それなら罪には問われないんじゃないかしら」

エマ「そっか。愛ちゃん無事だといいな。あー、なんだかお腹すいてきちゃった」ガサゴソ

果林「あの、エマ……なんでそんなに」

エマ「ん? あ、違うよ? ずっと残しておいたの。果林ちゃんもわたしが盗ったって思う?」

果林「そ、そんなこと……思ってないわ」

果林「……っ」グウウ

エマ「えへへ。ありがとう。わたし、果林ちゃんのこと好きだよ。これあげるね」ハイ

446: 2023/09/07(木) 21:37:48.69 ID:0KgVv1rK.net
果林「! ありがとう、エマ」

エマ「またなにかあったら助けてね。あ、でもお水どうしよっか……」ウーン

エマ「あーあ。誰かがお水を外に放り置いてなかったら、愛ちゃんとケンカにならなかったのになぁ」

果林「そうよ。エマは悪くない。いつまでも名乗り出ない卑怯な子がいるのよ」

エマ「まさか、すみれちゃん? 愛ちゃんが倒れた時すぐに助けにきたよね。それって自分のせいだって思ってたからじゃないかな」

すみれ「……」

エマ「あ、でもミアちゃん言ってたね。確か、くう」

すみれ「――――!」

すみれ「私よ! 私がやったの!!」

448: 2023/09/07(木) 21:44:13.46 ID:0KgVv1rK.net
侑「すみれちゃん!」

かのん「ちょっ!?」

可可「……え」

エマ「なんだ、やっぱりすみれちゃんなんだ……悪い子」

すみれ「そうよ。私が最後に飲んだ。キャップも緩くして外に置いといたの。謝るわ」ペコリ

エマ「すみれちゃんのせいで、愛ちゃんがああなっちゃったんだよ。いまさら謝られても困るよ。責任とれないよね」

すみれ「ごめん、なさい……っ」ギュウ

果林「あんなこと言っておいて、あなたの方がよっぽどおかしいじゃない。自覚ないって怖いわ」

エマ「そうだ! 罰として今日はごはん抜きにしよう」

すみれ「!」

果林「ええ。本当なら厳しく叱らないといけないけど、あなただって痛いのは嫌でしょう?」ニコ

すみれ「は、はい」ブル

449: 2023/09/07(木) 21:46:32.31 ID:0KgVv1rK.net
エマ「お水も我慢してね。大丈夫だよ。1日くらいならへいきへいき」

エマ「でも示しがつかないから、ちょっとだけお仕置き必要かなぁ。悪いことしたらちゃんと叱らなきゃね」

果林「エマがそう言うなら……」

すみれ「え、な、なんでよ。どうして」

エマ「うーん、なにがいいかな。弟が悪いことしたときは、よくプロレスごっこしてたっけ。えっとね、こうやって腕組んで、ちょっとだけ力込めて倒したら……」

エマ「めっ、て怒るんだ。もちろん軽くだよ。あんまり痛い思いさせたくないし。かわいい、かわいい弟だから」フフ

すみれ「ひっ、」

エマ「いまはあんまり手加減できないかもだけど、しょうがないよね」スッ

侑「エマさん、やめて!」

451: 2023/09/07(木) 21:51:12.70 ID:0KgVv1rK.net
 まずい。エマさんを刺激させ過ぎた。このままだとすみれちゃんが、
 

可可「――――停下来!!」
 

エマ「なに?」ピタ

可可「クゥクゥです、やったの。もう、やめてクダサイ。これ以上、すみれを責めないで……」グス

すみれ「可可、この……ばか」

果林「え、あなたなの? なんなの……私たちをからかってるの?」

エマ「ふーん。別にどっちでもいいよ」ガシッ

すみれ「いっ」

 エマさんは可可ちゃんを無視して、すみれちゃんの腕を取ると一気に捻り上げた。

すみれ「がっ、あぁああ!?」

可可「すみれ!!」

452: 2023/09/07(木) 21:53:27.31 ID:0KgVv1rK.net
すみれ「ぎぃぃっい、い"だいいだ"ぃい!!」バタバタ

エマ「我慢してっ、ヘタに動くと折れちゃうよ」

すみれ「ひっひ、、びぃ、ぃいい」

可可「すみれを離せ!!」ドン

エマ「いたっ、果林ちゃん!!」

果林「邪魔しないの! お仕置きなんだから終わるまで大人しくしてて!」グッ

可可「あ、ああ! すみれぇ! すみれ!」

ミア「っ」

かすみ「あひっ、ひひ、あははは!」

せつ菜「は、離してください! あんなの、見過ごせません!」

歩夢「だめ! 今のせつ菜ちゃんがいっても、また怪我しちゃう! うぐっ!?」ズキン

 誰も止めに入れない。割って入れば、次は自分が痛い目に遭う。

454: 2023/09/07(木) 22:05:02.78 ID:0KgVv1rK.net
侑「しずくちゃん、お願い。一緒に」

しずく「いやです! ごめんなさい……でも、こわいんです。もういや」ガタガタ

侑「そんな、」

かのん「ちぃちゃん! すみれちゃんが、すみれちゃんが氏んじゃうよ!! どうしよう、みんなで止めに」

千砂都「だめ、そんなことしたらかのんちゃん守れない」

かのん「はぁ!?」

千砂都「頃すわけないよ。すみれちゃんにはちょっとだけ痛い思いしてもらう。それが一番平穏に事が済むんだ」

かのん「どこが平穏!? すみれちゃんがなにされてるか見えてないの?? ちぃちゃん!!」

可可「は、なっせぇ、ぐぅ、この」ガブッ

果林「痛い!? か、噛んだわね、」グイ

 果林さんは可可ちゃんを引き剥がすと、彼女の体を持ち上げ、座席に叩きつけた。

480: 2023/09/10(日) 12:22:22.31 ID:EzuKdF1w.net
可可「――――がはっ!?」

 そのままマウントを取ると、何度も何度も拳を振り下ろす。

可可「ぎゃふっ っか!? やべで、っくだざい!! いだ、っ」

果林「フゥっ、フゥ、ふ、ふふ」

すみれ「くう、ぐうっ、……!」

エマ「もう、余計なことするからだよ。これに懲りたr

――――ガンッ!

恋「……」ハーハー

かのん「恋ちゃん……!?」

すみれ「れ、恋……あんた」ゼェゼェ

481: 2023/09/10(日) 12:25:04.55 ID:EzuKdF1w.net
 エマさんの背後には、片手サイズの瓦礫を持った恋ちゃんが立っていた。それでエマさんを殴りつけたのだ。

恋「わかりません、どうして、こんなこと」ゴトン

すみれ「あの時から、隠し持ってたのね……まっ、たく」
 

エマ「……いったぁい。血、でてる」

すみれ「っ!!」ドンッ!

エマ「うわっ!?」

 エマさんの拘束が緩んだ一瞬の隙を、すみれちゃんは見逃さなかった。腕を振り解き、彼女に体当たりをかます。

すみれ「可可!! 逃げるわよ!」

 その勢いのまま、状況を飲み込めず固まっていた果林さんを押し退け、可可ちゃんの手を取った。

すみれ「恋! あんたも来なさい!!」

482: 2023/09/10(日) 12:26:35.03 ID:EzuKdF1w.net
恋「……え、」

すみれ「ここにいたら、なにされるかわかんないわよ!?」

かのん「すみれちゃん、どこ行くの!? 外出たって凍えちゃう、まさか」

すみれ「追ってこなくていい! あとは私たちでなんとかするから!! 心配するな!」

 そう言い切り、すみれちゃんたちはバスから転がるように飛び出した。

かのん「すみれちゃんたち、バンに戻る気だ。なにも持たずに、あのままじゃ危険だよ!」

千砂都「落ち着いて。多分、まだエンジンは動くと思うから、ここよりはあったかいよ」

かのん「そうかも知れないけど! 可可ちゃん怪我してる、すみれちゃんだって! それに、あそこにはサヤさんが……」

千砂都「かのんちゃん、今はすみれちゃんたちより自分のたちの心配したほうがいいかな。私たち、一番危ないかも」ジリ

483: 2023/09/10(日) 12:28:19.33 ID:EzuKdF1w.net
果林「待ちなさい! エマにあんなことしてただで済むと思ってあ!?」グラ

せつ菜「っ!」ガシッ

歩夢「せつ菜ちゃん!」

果林「せつ菜!! 離して! ちょっ、やめ」グイグイ

せつ菜「ぐ、ぅ、だめです! 冷静になってください! 果林さん!」

歩夢「果林さん、もうやめて……っ、自分の手を見て!」

果林「は?」

せつ菜「その、血は、っ……誰のものか、わかりますか?」ハァハァ

果林「血って、なにを……ひっ!?」

歩夢「自分がなにをしたか、気づいた? あんな顔した果林さん、もう見たくないよ」

484: 2023/09/10(日) 12:33:04.72 ID:EzuKdF1w.net
果林「私、あの子をそんなに……無我夢中で、悪気はなかったのよ。頭に血が上っちゃって、カーってなって気づいたら……」

ミア「笑ってた」

果林「……え?」

ミア「人を殴ってるとき、心底楽しそうだった。果林、それがオマエの本性なのか?」

果林「変なこと言わないで! そんなわけない、わ、私は……エマのために」

ミア「そう言えばなんでも許されるって?」

果林「さっきからなんなの? あなたも痛い目にあいたい?!」

ミア「好きにしろよ。殴りたかったら殴れ。ボクはもう疲れた……役立たずは大人しくしてるさ」

果林「は、? なによ、それ……もうわけわかんない。どうしたらいいの」ガリガリ

485: 2023/09/10(日) 12:33:57.01 ID:EzuKdF1w.net
 乱暴に髪を掻きむしる果林さんの姿は、どこか怯えている様にも見えた。恐れ、怒り、悲しみ、狂気、そんな感情が渦巻きぐちゃぐちゃに濁った瞳が私を捉える。

果林「侑、私どうしたらいい? 自分がもうわからないの」

侑「果林さん、大丈夫だよ。落ち着いて。まだやり直せるから」

 そんなの、私にだってわからないよ。こんな時、なんて言葉をかければいいの?

エマ「いいんだよ、果林ちゃん。あんなことしたから、びっくりしちゃって混乱してるんだよね」

 私が言い淀んでいると、エマさんが後ろから果林さんを抱き寄せた。果林さんの耳元で諭すように言葉を吐く。

果林「あ、エマ……頭の傷は大丈夫なの?」

エマ「平気だよ。果林ちゃん、こわいよね。お腹もすくし、喉もかわく。寒いからよけいにイライラしちゃう」

486: 2023/09/10(日) 12:36:01.58 ID:EzuKdF1w.net
エマ「だけど、それがふつうなの。果林ちゃんはなにも間違ってない。いま苦しんでるのも、みんなのために動いた結果だから」

果林「でも、私笑ってたわ。あの時、ほんとは少しだけ気持ちが楽になった。なにもかもから解放されてる感じがして」

果林「もう元の私には戻れないって考えたら……すごく怖い」

エマ「悪いことした子を叱っただけだよ。みんなが生きるために、正しいことをしたんだ。それなのに責められなきゃいけないのは、りふじんだよね」

果林「ええ、ええそうよ。私、正しいことしたんだわ。だから、気持ちよかったのね。いいことしたから」

エマ「うん。可可ちゃんはうそついてた。すみれちゃんもそれを庇ったから、ぜーんぶ自分たちで蒔いた種。それを刈り取ったんだから、もっと褒められなきゃ」

 頭部の出血をものともせず、聖母のように果林さんが求める言葉を投げかける。
 でも、その口調はどこまでも冷たく平坦だった。

487: 2023/09/10(日) 12:38:14.38 ID:EzuKdF1w.net
果林「それで、あの子たちはどうするの? 追いかける?」

エマ「すみれちゃんたちは自分の意思でここを抜けたんだから、ほうっといていいよ。じごーじとくって言うんだよね」

果林「じゃあ、このあとどうするの……?」

エマ「ちょっと休もっか。つかれたよ。頭いたいし」

果林「手当てするわ。侑、救急箱まだ持ってたわよね」

侑「う、うん」

しずく「……っ」ギュウ

 しずくちゃんが身を寄せてくる。彼女は果林さんに恐怖を感じていた。
 私も怖い。心なしか果林さんの体が大きく見えるのは、私が勝手に威圧感を感じているからかも知れない。

果林「ありがとう。私、頑張るわ。エマのために、みんなのために。やれること全部やる」

 言葉の端に不穏な影を残し、果林さんはエマさんのところに戻った。

488: 2023/09/10(日) 12:40:43.25 ID:EzuKdF1w.net
かのん「あの人、ちょっとやばくない? 本当になにするかわかんないよ。私たちここにいて大丈夫?」

千砂都「うん、下手に刺激しなきゃね。すみれちゃんは目立ち過ぎちゃったから……私たちはしばらく大人しくしてよう」

かのん「ああ、すみれちゃんたち、無事に着いてるといいけど」

 かのんちゃんは祈るように目を瞑った。
 薄くぼんやりとした明かりがまばらに照らす、トンネル内は既に大部分を暗闇が占めている。

侑「……」

 極限状態が、人の中にある暴力性や残虐性を表面化していく。この閉鎖された暗闇の世界から、なんとしても抜け出さなければ。

しずく「早く、元の生活に戻れたらいいのに」

侑「そう、だね」

 本当に 戻れるの ?

 その言葉に、私は喉の奥に引っかかるなにかに強い嫌悪感を抱きながらも、頷くことしかできなかった。

489: 2023/09/10(日) 12:44:35.42 ID:EzuKdF1w.net
――――
――――――――

可可「うげぁ」ドテッ

すみれ「可可! しっかりして、立つのよ!」

可可「あぐ、痛いっ。げほっ、すみ、れ、目がよく、見えマセン。いま、ど、こデスカ……」ヒュウヒュウ

すみれ「あんた、目……ひどい、こんなに腫れて」

可可「ごめんなさい、すみれ。クゥクゥのせいで……」

すみれ「謝らなくていいっ。ここまで来たのよ! 最後まで諦めるな!! 生き残るのっ、一緒に!」

恋「はぁ、はっ、は」ブルブル

すみれ「っ、まるで冷蔵庫の中にいるみたい。こんなに冷え込むなんて……」

可可「さきに、いてクダサイ。ちょ、っと休んでから、クゥクゥも行きマス」ゼェゼェ

すみれ「バカ! 凍氏する気? ……ほら、背中おぶさって」スク

490: 2023/09/10(日) 12:46:57.84 ID:EzuKdF1w.net
可可「へ?」

すみれ「そんな怪我でよくここまで来たわね。目も満足に見えてないってのに。アンタすごいわ」

可可「違いマス。すごいのは、す、みれの……ゲホッ」

すみれ「可可!」

可可「手がビリビリしま、す。足も、はっは、う、さむ、い」

すみれ「早く腕回して! そう、しっかり捕まっててよ」

可可「は、は、……あったかい」ギュウウ

すみれ「恋は自分で歩けるわね……よし、行くわよ。あともう少しのはず」ジャリ、ジャリ

恋「サヤさん……」

すみれ「絶対に生きて帰ってやる……っ、負けるもんか」ギリ

ヒュオオオー ブ、ブブ

――――
――――――――

491: 2023/09/10(日) 12:49:21.24 ID:EzuKdF1w.net
侑「え、外に出たい?」

かのん「はい。すみれちゃんたちも気になるし、一度バンに戻ってみようと思うんです」

侑「待ってよ、なんでそんな急に。千砂都ちゃん?」

千砂都「ここに残るつもりだったんですけど、かのんちゃん助けに行くって聞かなくて」

しずく「どうして、ですか? わざわざ危険な方に行くなんて」

かのん「友だちだから」

しずく「とも、だち?」

かのん「うん。友だちが苦しんでるのに、私たちだけ安全なところにいるなんて、やっぱり我慢できないよ。あ、ここも安全とは言いづらいかなー、なんて。あはは」

しずく「……」

侑「本当に行くの?」

千砂都「かのんちゃん、自分が許せないみたいです。Liellaのリーダーだからかな。ううん、違う。かのんちゃんはやっぱりヒーローなんだ。あの時のまま、変わってない……嬉しい」

 千砂都ちゃんの目はどこか遠くを見つめていた。キラキラと、場違いなほどうっとりとした表情。

492: 2023/09/10(日) 12:51:46.73 ID:EzuKdF1w.net
かのん「それに、ほら。今あの人たち寝てるし」

 エマさんと果林さんは肩を寄せ合い眠っていた。
 こんな状況だけど、和やかで安らかな表情だった。

しずく「……もしかしたら」

侑「どうしたの、しずくちゃん?」

しずく「昨日の揺れで、出入り口を塞いでいる瓦礫が崩れやすくなっているかもって思って」

侑「あ、確かに。初日ほどじゃないけど、結構強い揺れだったもんね。今頃、外はどうなってるんだろう」

かのん「最初に見た時はあんなにギチギチだったけど、なにか変わってるかも。私たちで瓦礫退かせられるかな?」

千砂都「危ないと思うけど、一回確認する価値はあるね」

 浮上した僅かな希望に、浮き足立つ。

せつ菜「――――どういうことですか?」

侑「せつ菜ちゃん、鼻大丈夫?」

493: 2023/09/10(日) 12:54:10.33 ID:EzuKdF1w.net
せつ菜「はい。血は止まりました……まだ痛みますけど。それより、私たちここから出られるんですか?」

侑「ううん。そうじゃないけど、可能性の話」

歩夢「でも、少しでも望みがあるなら、賭けてみたい」ヨロ

侑「歩夢、うん。そうだよね……やれるだけのことはやろう」

かのん「私、すみれちゃん助けに行って、そのまま入り口の方に行きます。瓦礫退かせそうならやってみる!」

千砂都「私たちだけだと厳しいかも。それに、軽装じゃ行けないかな」

侑「どうしよう。わ、私が

歩夢「私は、まだ満足に動けないけど、エマさんを見張ることぐらいできるよ」

 歩夢が被せるように言葉を発する。私を見て微笑む。心配しなくてもいい、そんな力強い瞳。

せつ菜「はい。もしもの時は私が足止めします。今度は必ず」

494: 2023/09/10(日) 12:56:56.92 ID:EzuKdF1w.net
 ここを離れても、いいんだろうか。みんなを置いて。

しずく「かすみさんと彼方さんは、わたしが……なんとかしてみせます」ギュ

歩夢「私たちの中で、十分に動けるのは侑ちゃんだけ。だから、お願い」

侑「私が、みんなのリーダーだから?」

歩夢「違う、侑ちゃんだから。私たちのこと、ずっと側で支えて、見てきた……そんな侑ちゃんだから、任せるの」

せつ菜「良い報告、期待していますよ」

 多分、これが最後だ。私たちに残された時間を考えても、ここで行動を起こさなければ後はなにもできなくなる。

 服を厚く着込む。

侑「あ、食べ物と水、持ってってあげなきゃ」

かのん「あの、でも」

 かのんちゃんが恐る恐る指差す。残った水と食料を入れたバッグは、エマさんの足元にあった。

608: 2023/09/12(火) 21:32:51.30 ID:JuAwoi8R.net
侑「……」ゴク

 起きる気配はない。大丈夫。ちょっとだけ貰うだけ……
 

エマ「……なにしてるの」
 

侑「ぅ、?!」ビク

エマ「侑ちゃん? なんで」

侑「エマさん、ずっと起きてた……?」

エマ「どうしてそんなことするの?」

 エマさんの手が伸びる。思わず身を強張らせるけど、その手は私の肩に優しく置かれた。

エマ「わたし、侑ちゃんにはそういうことしたくない。なんで? 理由を教えて」

侑「……すみれちゃんたち、なにも持っていかなかったから。お腹空かせてるよ。お願い、エマさん」

609: 2023/09/12(火) 21:33:48.73 ID:JuAwoi8R.net
エマ「すみれちゃんたちは自分の意思でここを抜けたんだよ。もう仲間じゃない。あげられないよ」

侑「そんなことしたら、倒れちゃうよ。せめて今日分だけでも、」

エマ「わたしたちのことはどうなってもいいの!?」ギギ

侑「っう!」

 肩に置いた手に力が込められる。ギシギシと骨が軋む音が聞こえた気がした。

エマ「ねえ、お願いだから目を覚まして。侑ちゃんはどっちが大切なの?」

侑「み、みんな大切だよ。優劣なんて、つけられない」

エマ「そういう中途半端が一番きらい。そんなこと続けてたら、誰も助からない」

侑「でも、エマさんのやり方は間違ってる。友だち同士で傷つけ合うなんて馬鹿げてるよ」

エマ「みんなを守るためなの。だって、そうしないと……また同じことする」

610: 2023/09/12(火) 21:36:32.94 ID:JuAwoi8R.net
侑「でも、あんなことする必要なかったよ。みんなを守りたいなら、絶対に手を出すなんてしちゃだめだった」

エマ「なんで? 下の子が悪いことしたら、責任もってそれを正さなくちゃ。なんども同じこと言わせないで」

 やっぱり、どこかおかしい。

侑「……少しでいいんだ。エマさんのを合わせれば、まだ全員に行き渡る分くらいにはなるはずだよね。水も、一本だけくれないかな」

 エマさんの言葉の節々に妙な引っかかりを感じながらも、話を戻す。

エマ「だめ。そんな余裕ない。わたしがちゃんと管理する」

侑「いい加減にして! そんな権利エマさんにはないよっ」

エマ「侑ちゃんにはあるの?」

侑「エマさん、リーダーは私だよ。お願い、渡して」

 語気を強める。ここで引くわけにはいかない。

611: 2023/09/12(火) 21:38:53.99 ID:JuAwoi8R.net
エマ「……なんで、どうしてなの。みんな勝手に動くから、だめになったんだよ。ランジュちゃんも、彼方ちゃんも、愛ちゃんも。協力してるつもりでも、全然そうじゃなかった」フルフル

エマ「心はいつもばらばらだった。違う方向を見てたから、最後は悲しいことになる。ここに閉じ込められてから、いっかいでも全員がまとまったことある?」

侑「話を逸らさないで。今、そんな話はしてないよ」

エマ「誰かが強引にでもまとめなきゃ。わたしがやるの。わたしじゃないと、ここにいるみんなを守れない」カリカリ

 爪を噛みながら、早口で捲し立てる。開かれた瞳孔は狂気を宿した鈍い鉛色で、どこでもない一点を凝視している。

侑「エマさん!」

侑「気づいてるでしょ? エマさんの方法じゃだめなんだ。恐怖で無理やりまとめようとしても、きっとすぐ崩壊する。残された時間で私たちにできることは、少しでも全員の生存率を上げることだよ」

エマ「ちがう! 時間や食べるものが少ないから確実に助けられる人だけを助けるの! ここを出ていった人たち、愛ちゃんや璃奈ちゃんに構っていられる余裕なんてない!」

613: 2023/09/12(火) 21:41:02.39 ID:JuAwoi8R.net
侑「いい加減にして! 愛ちゃんをあんなにした責任から逃げたくて、見て見ぬ振りしてるだけなんでしょ!?」

エマ「いい加減にするのは侑ちゃんだよ! 事実を受け入れないと、つぎは誰も助けられない!」

 拉致が明かない。エマさんと口論をしている時間はない。
 私は隙をついてエマさんの足元にあったバッグを奪い取ると、それをかのんちゃんに投げ渡した。

エマ「ああ、なにするの!? 返して!!」

侑「かのんちゃん! 早く行って!」

かのん「っとと、え? でも、これ全部っ」

千砂都「行くよ!」グイ

 2人がバスから降りる。私もその後に続く。

エマ「だめ! 絶対に行かせない!」

 エマさんが追ってくるが、その間に歩夢が立ち塞がった。
 さらにせつ菜ちゃんがエマさんの後ろに立ち、挟むような形になる。

614: 2023/09/12(火) 21:43:50.75 ID:JuAwoi8R.net
エマ「じゃましないで!! ぜんぶ持ってかれちゃう!」

歩夢「侑ちゃんを信じて。これ以上、罪を重ねちゃだめ!」

せつ菜「エマさん! あなたがそこまで抱え込む必要はありません。今はみんなで耐える時なんです」

エマ「っ、どいて!」

侑「歩夢っ!!」

 今の歩夢では、エマさんを止めることはできない。背中の怪我で踏ん張ることもできず、簡単に倒されてしまうだろう。

せつ菜「っ!」ガバ

 せつ菜ちゃんが後ろからエマさんを押さえ込む。歩夢がさらにエマさんの腰に腕を回して、動きを封じにかかった。

エマ「はなっして! やめて!」

歩夢「ふぐ、あぁあ!」

 肉食獣と小動物。激しい獣同士のぶつかり合いだ。

615: 2023/09/12(火) 21:47:14.91 ID:JuAwoi8R.net
しずく「エマさん、やめて! また繰り返すんですか!?」

エマ「――――」

 振り上げた拳が途中で止まる。
 エマさんは苦しそうに表情を歪めた。今にも泣きそうな顔で、私を見る。

果林「――――エマ? みんな、なにしてるの」

エマ「……果林ちゃん、起こしちゃった。ごめんね」

果林「え? ちょっと、歩夢、せつ菜? エマから離れて……なにが」

エマ「もういいや。全員助けることなんてできない。侑ちゃんも、そっちなんだね」

歩夢「侑ちゃん! 行って!!」

 私は反射的に走り出した。最後に見たエマさんは泣いていた。その涙に込められた意味を知るのは、もう少し後のことだ。

――――
――――――――

侑「はっは、ぁ、ぜぇっ」

 薄暗闇の中、少ない灯りを頼りに必氏に走る。身を刺すような鋭い冷気。吸い込む空気は苦く、喉を苦しめる。

 痛い、痛い。息が苦しい、眩暈がする。何度も転びそうになりながら、かのんちゃんたちの背中を追った。

617: 2023/09/12(火) 21:50:19.59 ID:JuAwoi8R.net
 歩夢を置いていくべきじゃなかった。私はなにか取り返しのつかないことをしてしまったのでは?

侑「ばかだ、ばかだ私。やっぱり、もどって」

かのん「侑さん! こっちです!」

 ぼやけた視界の先で、かのんちゃんが手を振っているのが見える。私は心と体の乖離に、身を裂くような痛みを感じながらふらふらと歩き出す。

 後悔が背中を引っ張るが、歩夢たちの覚悟を無駄にするわけにもいかなかった。

千砂都「ふぅ、もう少しで着くよ」

かのん「すみれちゃんたち、どうしてるかな」

 3人で周囲を注意深く観察しながら進んでいく。
 荒れ果てた地面。散らばる瓦礫。淀んだ空気。

侑「……ふたりとも大丈夫? 気分悪くない?」

かのん「ちょっと気持ち悪いです。頭も痛いし、さっきからずっと指先痺れてて」

618: 2023/09/12(火) 21:51:51.42 ID:JuAwoi8R.net
千砂都「、っと」ガツ

 千砂都ちゃんが瓦礫に躓く。表情や態度にこそ出してはいないけど、彼女も相当弱っている。

かのん「ばかちぃちゃん、私を守るって……そんなんじゃ守れるわけないじゃん。強がってたの?」

千砂都「え、へへ。ごめんね、弱い姿見せちゃかっこつかないから。すみれちゃんの時も、思うように体動かなくて……本当はきつかったんだ。いまさら遅いかもだけど、信じて」

かのん「うん。もう少しだから、頑張ろう。肩貸すよ」

千砂都「かのんちゃん、ありがとう。やっぱり私を助けてくれるんだ。ふ、ふふ、やったぁ」

 力なく笑う千砂都ちゃん。その光景に、私は歩夢の姿を重ねて見ていた。

かのん「あ、そういえば。さっきからなんか」
 

かのん「蝿の音、しません?」

侑「え?」

――――
――――――――

619: 2023/09/12(火) 21:57:08.05 ID:JuAwoi8R.net
 室内灯の明かりだ。

 かのんちゃんたちの乗っていたバンは、壁際に押し付けられるようにして止められていた。
 正面のガラスはひび割れているが、私たちのバスよりはるかに損傷は少ない。二度目の揺れの影響はさほどなかったらしい。

かのん「すみれちゃーん」オーイ

 窓を叩く。

すみれ「……え、うそでしょ。なんで来たの?」ガチャ

 すみれちゃんが驚いた様子でドアを開ける。その表情は別人のようにやつれている。

かのん「当たり前でしょ。放っとけるわけない」

可可「かのん? ……かのん、かのん!」ダキッ

かのん「わっと、ふふ。可可ちゃん、大丈夫?」ヨシヨシ

 まぶたは腫れ、内出血が痛々しい。満足に開かれていない瞳は赤く充血していた。顔のあちこちに痣や傷を作った可可ちゃんは、涙を流しながらかのんちゃんの胸に飛び込んだ。

620: 2023/09/12(火) 22:00:11.53 ID:JuAwoi8R.net
すみれ「どうしてここに?」

侑「お腹空いてるでしょ。まずはご飯にしよ」

 私がそう言うと、かのんちゃんがバッグから水と食べ物を取り出す。

すみれ「! それ……っ」グウウ

 お腹の音に、すみれちゃんは真っ赤にして顔を伏せた。

かのん「侑さんは食べないんですか?」

侑「私は平気。それより、ごめんね。ちょっとしかあげられなくて。流石に全部ってわけにはいかないからさ」

すみれ「んく、いえ。ありがとうございます。でも、これって残ってた分全部じゃ……どうやって」

侑「うーん、実は――――」

 すみれちゃんたちに事情を説明する。彼女たちの顔はみるみる蒼ざめていった。可可ちゃんに至っては食べたものを吐き出そうとしたくらいだ。

すみれ「そんなことしたら絶対報復されるじゃない! なんでそんな無茶したの? 千砂都、あなたがいながらどうして?」

621: 2023/09/12(火) 22:02:21.73 ID:JuAwoi8R.net
かのん「ちぃちゃんは関係ないよ。私が提案したの。侑さんや歩夢さんたちも力を貸してくれたんだ」

可可「残った人たちは大丈夫なんデスカ? また、あんなことあったら、こわいデス」

侑「大丈夫だよ。エマさんも、わかってくれる」

すみれ「そうは思えない。同じグループの仲間に手出すような人よ。もう後に引けなくなってるんじゃ」

 すみれちゃんは自らの左腕を庇うように撫でた。

侑「エマさんは優しすぎたんだ。だから、今までのことに責任を感じてあんな行動に走っちゃったんだよ」

侑「なんでもかんでも力で解決するような人じゃないし、入り口がどうなってるか確認したらすぐ戻るつもり。その後のことはまたみんなで考える」

 楽観的な思考だ。なんの解決にもなってない。
 すみれちゃんもそれはわかっているみたいで、渋い顔をしていたけどそれ以上追求はしてこなかった。

622: 2023/09/12(火) 22:30:44.62 ID:JuAwoi8R.net
かのん「恋ちゃん、全然食べてない。だめだよ、倒れちゃう」

恋「喉が通らないんです。すみません。せっかく、持ってきてくださったのに」

 誰も口には出さなかったけど、腐ったような臭いが車内に充満していた。臭いの元凶は、運転席に寝かせるようにして座らされているひとりの女性。

侑(この人が、サヤさん)

 顔にかけられたタオルで表情は窺えないが、生前はきれいな人だったんだと容易に想像できる。

 マネキンのように生気のないカサカサに乾燥した土気色の肌。肘から指先にかけて、赤い斑点のようなものがまばらに薄く浮かんでいる。捲れたロングスカートから覗く足はパンパンに膨らんでいた。

侑(思ったより、冷静だ)

 目と鼻の先に人の氏体がある。異常な空間。それに慣れてしまっている自分がいる。

恋「サヤさん……紹介します。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の高咲侑さんです。直接お会いするのは初めてですよね」

 サヤさんの手を取って、虚な表情で私を見る。硬直しているのか、腕全体が固定されたまま持ち上がった。

 私はなんともいえない憐憫な気持ちを抱えつつも、不器用に会釈する。

674: 2023/09/14(木) 22:16:16.84 ID:/dxU+MIp.net
すみれ「早く行きましょう。時間、ないんでしょ」

 そんな様子を見かねたすみれちゃんが、急かすように私の袖を引っ張った。

すみれ「可可はここにいて。その怪我じゃ、満足に動けないでしょ」

可可「な、く、クゥクゥも行けマスっ」

千砂都「あんまり目、見えてないよね。気を遣わせちゃうことになるから、ここに残ってたほうがいいよ」

すみれ「そういうこと。千砂都もね。かのん、行くわよ」

かのん「……私、ここに残っていい?」

すみれ「は? ここにきた目的ってそれじゃないの? アンタ
が行かなくてどうするのよ」

かのん「ごめんね。ちょっと、恋ちゃんのことで」

 意味ありげな目配せ。

675: 2023/09/14(木) 22:17:55.58 ID:/dxU+MIp.net
すみれ「へ、言いたいことあるなら、今言えばいいじゃない」

かのん「いいからいいから」

 それがなんなのかはわからなかったけど、かのんちゃんは何故かそこから動こうとはしなかった。

 結局、私とすみれちゃんで入り口付近の状況を見に行き、人手が要りそうならまた戻り、かのんちゃんたちを呼ぶということになった。
 

侑「ここからだと、入り口までそんなに距離はないのかな」

すみれ「ええ、はい。このペースでも5分しないうちに着くと思います」

ジャリ、ジャリ…カラン

すみれ「あれ、ここも明かり消えてる……足元気をつけてください」

侑「うん。あ、無理して敬語使わなくてもいいよ。たまに取れてるし。もっとくだけて話そうよ」

676: 2023/09/14(木) 22:24:46.76 ID:/dxU+MIp.net
すみれ「はあ」

侑「そうだ、教えてほしいな。Liellaのみんなのこと」

 酸素は薄く、空気も悪い。それでも、この重苦しい雰囲気から逃げたくて、私は努めて明るく話題を振った。

すみれ「……こんな時にですか?」

 すみれちゃんは怪訝そうに顔を上げた。

侑「こんな時、だから。みんなのこと、もっと知っておきたいの」

すみれ「それなら直接聞けば……」

侑「すみれちゃんの口から聞きたい」

すみれ「なんでです……よ。もう、仕方ないわね」

677: 2023/09/14(木) 22:26:25.97 ID:/dxU+MIp.net
 すみれちゃんは軽く咳払いをすると、ぽつりぽつりとゆっくり話し始めた。

 まずは可可ちゃん

 可可ねぇ ことあるごとにちょっかいかけてきたり口を開けばグソクムシグソクムシ でも すごいやつよ 遠いところからわざわざスクールアイドルやりにここまで来て 夢を叶えた
手先も器用だし 努力家よね もうちょい素直になればかわいいんだけど

 好きなんだね

 はあ?

 話してるとき すごく嬉しそうだったから 愛あるいじりってやつ?

 変なこと詮索しないで もう

 ごめんごめん そういえば グソクムシってなんのこと?

 ……

678: 2023/09/14(木) 22:27:42.11 ID:/dxU+MIp.net
 次は恋ちゃん

 恋は そうね 言っちゃえばお手本のような優等生ね しっかりしてるけど たまに抜けてるところもあって お嬢さまだからかしら? 最初は尖ったナイフみたいで近寄りがたかったけど 生真面目っていうか たまに頑固なのよね

こんな状況でも 恋がちゃんとしていれば なんて 酷な話かサヤさんがああなっちゃって 恋はずっと苦しんでる
もしサヤさんが生きてて 恋の精神もまともだったのなら こんなことになってなかった

 辛気臭くなっちゃったわね 次いきましょ

 じゃあ 千砂都ちゃんは?

 千砂都は うーん なんていうのかしら 体育会系? 普段は温厚なんだけど 一度スイッチ入ると鬼ね ストイックだし 千砂都にならなんでも信頼して任せられる安心感あるわ
冷静だし 判断力もある あの異常な丸いもの好きは理解できないけど

でも かのんが絡むとよくわからないのよね かのんに対して なんか 変な理想を抱いてるみたいな あのふたりの過去はよく知らないけど 正直 見てて不気味に思うこともあるわ
あ、これオフレコでね

679: 2023/09/14(木) 22:44:50.89 ID:/dxU+MIp.net
 ふう 喋り疲れた 最後はかのん?

 その前に すみれちゃんのこと教えてほしいな

 私? 神社の巫女さんやってます 以上

 えー 雑

 恥ずかしいったら恥ずかしいわ 他の子に聞いて

 ええと かのんは 内気で怖がりで小心者 かと思えば変なところで気が強いのよね 芯がしっかりしてるのかしら 歌唱力はプロ顔負けだし 割と多才で吹っ切れれば誰よりも強いと思うわ 人を惹きつけるのも その魅力故ね

今の『Liella!』があるのはかのんのおかげって ハッキリ言える でも

でも……?

それが悪い方向にいっちゃう未来も 考えちゃうのよね

――――
――――――――

680: 2023/09/14(木) 22:46:25.95 ID:/dxU+MIp.net
かのん「……よし」ガチャリ

可可「かのん、レンレンになにを」

かのん「……」

千砂都「かのんちゃん?」

かのん「ねえ、恋ちゃん。サヤさんともう一度会えてさ、どう思った? まだ頑張れそう?」

恋「すみません。やっぱり、無理です。こうして目の前にすると、サヤさんの顔が浮かんできて……只々苦しいっ」

かのん「そっか。大切な人を亡くしたんだもん。そんなすぐに立ち直れないよ」

かのん「これ、見て」ス

恋「! サヤさんの、携帯」

かのん「座席の下に落ちてたんだ。開いてみて」

恋「はぁ、はぁ、……っ、あ、ぁああ」

681: 2023/09/14(木) 22:51:27.94 ID:/dxU+MIp.net
かのん「待ち受け。恋ちゃんとサヤさん、仲良さそうに写ってるね。ふたりとも、お互いが本当に大切で大好きな人だったんだ」

恋「う、うぅうう!!」ガバ

可可「レンレン……っ」

かのん「この先、どんなに忘れようと努めても、ふとサヤさんのこと思い出して辛い思いすることになる。恋ちゃん、恋ちゃんには、あとなにが残ってる?」

可可「は? な、なに言ってるデスカ。かのんっ。レンレンにはクゥクゥたちがいます!」

恋「……のこってる もの」

かのん「ここまでよく頑張ったね。でもさ、もう恋ちゃんに生きる理由ってあるのかな」

可可「かのん!! ふざけているのデスカ!?」

かのん「ねえ、恋ちゃん。向こうでサヤさんとお母さんが待ってるよ? そろそろ、楽になってもいいんだよ」

683: 2023/09/14(木) 23:00:38.26 ID:/dxU+MIp.net
恋「あ、あ ぅぅ、お母様、サヤさんっ」

恋「――――っ!」キョロキョロ

パシッ

恋「う"、ぅう"う"あああっ!!!」

可可「れ――――」

千砂都「!!」

グサッッ

かのん「……」

かのん「…………」

かのん「あは」

ブブブ

――――
――――――――

侑「うわ、こんなになってたんだ。げほ、っ、目痛い」ゴシゴシ

すみれ「甘かった。あの揺れでビクともしないなんて。ただ、隙間は増えたような気もする。下手に引き抜いたら一気に崩落しそう」コホ

侑「それで開通すれば、みんな助かる」

684: 2023/09/14(木) 23:03:37.12 ID:/dxU+MIp.net
すみれ「バカなこと考えてない? やめてよ、ただの憶測なんだし。まだ氏にたくないわ。一旦戻りましょ」

 桁違いの瓦礫の山。積み重なったそれは難攻不落の要塞。充満しきった強烈な異臭とガス埃が、視覚嗅覚の感覚を狂わせる。

 最初から、希望なんてなかったのかも知れない。

侑「ここまで来たのに……」

すみれ「出口の方も見に行ってみる?」

 そんな気力も体力もない。胃はジクジクと痛み、足は悲鳴をあげていた。往復するだけで、フルマラソンでもしたかのような虚脱感。

 とてもじゃないけど、これ以上は。

すみれ「冗談よ。もう大人しくしているのが吉なのかも」

侑「うん……、あれ。なんか、様子おかしくない?」

 バンから悲鳴のようなくぐもった声が聞こえてくる。
 すみれちゃんが駆け出す。私もその後ろを追う。最初に目に映ったのはガラスや座席一面に飛び散った血。それはまだ鮮やかで新しい。

687: 2023/09/14(木) 23:22:54.31 ID:/dxU+MIp.net
すみれ「なにがあったの!?」

 むせ返るような血の臭い。
 声を押し頃して泣いている可可ちゃんと、放心状態の千砂都ちゃん。至る所に血が付着している。
 

かのん「おかえり。早かったね」
 

すみれ「かのん。恋は、どうしたの……」

かのん「ああ、すごかったな」

 頬にべっとりと血を塗り付けたかのんちゃんは、怪しげに笑んだ。

すみれ「説明して!!」

 サヤさんの氏体に寄り添うようにして横たわっている血まみれの恋ちゃん。彼女の喉には、ガラスの破片が深々と突き刺さっていた。

かのん「恋ちゃん、ガラスの破片で自分の首を……きっと耐えられなかったんだ。痛かったよね、苦しかったよね」

691: 2023/09/15(金) 20:03:12.60 ID:twAtl3by.net
すみれ「恋が、自分で……? そんなこと、あるわけないじゃない」

かのん「私たちの誰かがやったっていうの? ひどいなぁ。サヤさんを失って、恋ちゃんが勇気を振り絞って選んだ選択だよ。尊重しなきゃ」

すみれ「いやに冷静ね。いつものアンタならもっと慌てふためいてるんじゃないの」

かのん「うーん、そうかな……そうかも、、」

すみれ「……恋になにかしたんでしょ。千砂都、なにがあったか話して」

千砂都「……」

すみれ「千砂都!!」

可可「レンレン、レンレンっ、う、っうう」エグエグ

かのん「おいで、可可ちゃん」

692: 2023/09/15(金) 20:04:25.26 ID:twAtl3by.net
可可「ひぐ、かのん……レンレンは、あそこまで追い詰められていたんデスカ。じ、自分で、あんな」

かのん「そうだね。でも、見て」

かのん「すごく満足そうな顔してる。恋ちゃんは最後の最後に救われたんだよ」

可可「すく、い」

かのん「こんな地獄みたいな場所でも、幸せを見つけられたんだ。それって、素晴らしいことだと思わない?」

すみれ「かのん、ふざけないで。どうしちゃったの?」

かのん「恋ちゃんかわいそうだったから。解放してあげた。この暗闇から」

 不気味なほどの落ち着き具合。黒く濁った瞳。目の前にいるのはかのんちゃんであって、まるで別人の誰か。

侑(いつから……?)

 私は知っているはずだ。この変化は嫌というほど見てきた。
 極限状態の中で精神がストレスに屈したとき、自我は崩壊する。

 かすみちゃんは恐怖から錯乱した。栞子ちゃんは大切な人を失った悲しみから。エマさんは強迫観念からくる自己責任に押し潰された。

 じゃあ、かのんちゃんは?

693: 2023/09/15(金) 20:05:55.34 ID:twAtl3by.net
すみれ「やめてよ……かのんまでおかしくなったら、Liellaはどうなるの?」

かのん「おかしく……? あは、へんなの。私はおかしくなんかなってない。そうだよね、ちぃちゃん」

千砂都「……え」

かのん「教えて。今の私はちぃちゃんの目にどう映ってる?」

すみれ「千砂都っ、無視して」

千砂都「かのんちゃんは、恋ちゃんを苦しみから救ってあげた……」

かのん「そう」

千砂都「困ってる人に手を差し伸べて、悪いやつを懲らしめる……私の、ヒーロー」

かのん「うんっ」ニコ

694: 2023/09/15(金) 20:07:31.88 ID:twAtl3by.net
かのん「ほら、手出して」ス

千砂都「あ、」

かのん「せーの」

かのん、千砂都「うぃっす」コツン

かのん「あは、っは。ちぃちゃん、私も今なら答え出せそうだよ」

千砂都「ほんとっ?」

かのん「私も引くと思う。躊躇わず」

千砂都「! かのんちゃん」ダキッ

すみれ「なんなの、おかしい……ほんとに、っ、どうかしてる」
 

コン、コンコン――――バンッ
 

可可「な、なんデスカ?」

侑「誰かドア叩いてる……え、」
 

歩夢「は、ひ、ぅ……ゆ、ちゃ、ん」フラ

侑「歩夢!!」

 悪夢の始まり そして終わり
 最後の時が 近づいていた

3: 2023/09/24(日) 22:17:07.36 ID:7dNtg96b.net
 

最終章 楽園-lord of the flies-
 

4: 2023/09/24(日) 22:18:06.12 ID:7dNtg96b.net
侑「歩夢! どうして!?」

歩夢「は、っふあ……っ、」ブルブル

侑「冷たい……その怪我でなんでこんな無茶を」

 歩夢の指先は青白く変色し、固く腫れていた。顔色も悪く、頬には痛々しい青あざができている。ぱっくりと割れた唇からは、乾いた赤い筋が顎まで伸びていた。

 道中、何度も瓦礫に足を取られ転んだのだろう。膝は露出し、激しい擦り傷ができている。背中の傷も開き、酷く出血していた。

すみれ「ひどい……」

侑「傷口、洗わなきゃ……水、みず」

かのん「っ、」パシッ

侑「なに? 邪魔しないで、その手退けて!!」

歩夢「――――くる」ガシッ

侑「っ、え?」

歩夢「エマさん! ここに"来る"!!」

すみれ「な!?」

かのん「…………はぁ?」

6: 2023/09/24(日) 22:19:57.03 ID:7dNtg96b.net
歩夢「ゲホッ、はぁ、はぁ」

侑「落ち着いた?」

可可「あ、あのヒト、来るんデスカ?」

千砂都「私たちが食料持ってるから、奪い返しに来たね」

侑「歩夢、きついかも知れないけど、話して。そっちでなにがあったの」

歩夢「ふ、ふぅ、ふ……っ、あの、ね――――」

 歩夢の口から語られたのは、恐れていた最悪のものだった。

――――
――――――――

歩夢「侑ちゃん! 行って!!」

侑「っ、」ダッ

 よかった。侑ちゃん、そうだよ。ブ 振り返っちゃだめ。戻ってきちゃだめ。ブブ

エマ「……」

歩夢「エマさん……泣いてるの?」

7: 2023/09/24(日) 22:21:05.99 ID:7dNtg96b.net
 ブブ 体の力みが抜ける。エマさんは泣いていた。

果林「え、エマ? どうしたの、どこか痛む?」

エマ「グス、いいの。わたしがわるいの」

果林「あなたはなにも悪くなんてっ」

エマ「わたしがもっと厳しくしなかったから、ぜんぜん足りなかった。侑ちゃんも、ほかの子も、みんな好き勝手して……だからかな、悲しくて涙がでるの」グシグシ

しずく「……エマさん?」

エマ「T、T、Ti prego, perdonami. Povero me, che non ho potuto proteggere tutti q、quelli che amo.」

せつ菜「え、え、なんですか?!」

エマ「V、Voglio vedere la mia f、famiglia. Non voglio morire in un posto come questo. Quindi, per favore, perdonami.」

 涙を流しながら、ブ 淡々と聞き慣れない言葉を吐き ン 出す。ブ

8: 2023/09/24(日) 22:21:56.15 ID:7dNtg96b.net
 いやな予感がする。言葉 ブブ の意味はわからなかったけど、エマさんは ン なにか覚悟を決めた。それが、最悪に ブブ 振り切ったものだと。

エマ「……Scusa」グイ

歩夢「え――――かはっ!?」ドシンッ!

 馬乗りになら ブブ れた。激痛と衝撃で一瞬息が止まる。腹部の圧迫感による ン 猛烈な吐き気。喉の奥が胃酸で満たされていく。

せつ菜「歩夢さん!!」

エマ「あ、わかった。侑ちゃんがみんなを危険にさらしてるんだ」

歩夢「ぐ……んぐ、そんな、こと」

エマ「ほっとけばいいのに。そこまで頑張るひつようないのに。なんで? なんでなの?」グリ、グリ

歩夢「かっ、げぅ……っ」

10: 2023/09/24(日) 22:24:44.68 ID:7dNtg96b.net
 エマさんが体重を ブブ かけてくる。寒いはずなのに、背中だけが燃えるような熱を発する。ブブブ 息ができない、熱い、痛い 痛いよ

エマ「歩夢ちゃん、顔まっか。苦しいよね。でも、わたしも苦しいんだよ」

せつ菜「歩夢さんから早く退いてください! 怪我してるんですっ、お願いします!!」グイグイ

果林「動かないで! もうエマの邪魔はさせないからっ」

せつ菜「こんなことする意味ありますか!? みんな辛いんです、苦しいんです! お願いだから、もうやめて……っ」ボロボロ

せつ菜「私たち仲間じゃないんですか、友だちじゃないんですか……いままでの思い出は、全部うそだったんですか?」

果林「そ、そんなことないっ。私は……わた、しは、、、あれ、なんで私、こんなこと……してるの?」

せつ菜「っ!」バッ

果林「あ、」

11: 2023/09/24(日) 22:28:00.56 ID:7dNtg96b.net
エマ「果林ちゃん、なにしてるの?」

果林「エマ、えま……あなたのこと、信じたい。でも正しいのは? 私たち、悪いことしてる? わからないわ。なんで、どうして、私なの」ガシガシ

せつ菜「侑さんは必ずここに戻ってくる。だから、もう一度言います。歩夢さんから、退いてください」

エマ「……でも、ぜんぶ持ってっちゃったよ。もう戻る気ないのかも。取り返さなきゃ」

せつ菜「違います! 侑さんは持ち逃げしたわけでは」

エマ「どうして信じられるの? わたしたちを見捨てて、あの子たちと生き残るつもりかもしれない」

歩夢「ちがっ! うっ、ゆうちゃ、んは」

エマ「いいなぁ。羨ましいよ、侑ちゃんが……心底」ギロ

12: 2023/09/24(日) 22:32:10.41 ID:7dNtg96b.net
歩夢「――――え?」

バチン!

歩夢「……は、あれ」ヒリヒリ

 平手打ちされた? なんで、わからない。 ブブ ヒリヒリする。 ン 唇が痛い。切れたんだ。

エマ「もううんざり! もういや! 果林ちゃんも、歩夢ちゃんも、侑ちゃんも! わたしの言うこと聞いてくれないっ。かわいくない! イライラするの!!」

せつ菜「エマさん……そんな、どうして」

エマ「どうして大人しくしてくれないの。つぎからつぎからつぎからつぎから! わたしそんなひどいことしてる? ねえ、栞子ちゃん、ミアちゃん、彼方ちゃん……かすみちゃん?」

エマ「答えてよ。なんでずっと黙ってるの。そんなのずるい」

ミア「璃奈、ボクがついてるからな……最後まで一緒だ」

彼方「」コツンコツン

13: 2023/09/24(日) 22:34:11.06 ID:7dNtg96b.net
しずく「大丈夫だから。かすみさんは、わたしが守るから」ギュウ

かすみ「しず子……ばかじゃん、ほんとに」

エマ「なんで、なんで」スク

歩夢「か、げほっ」ゼエゼエ

せつ菜「歩夢さん! しっかり」

エマ「果林ちゃん」

果林「ごめんなさい、本当にっ、せつ菜、歩夢っ」

エマ「……」

 そこに味方はいなかった。まるで孤立した ブ 王様のように、エマさんは立ちすくん ブブブ だ。

せつ菜「歩夢さん、立てますか」

歩夢「う、うん」

せつ菜「大変かも知れませんが、侑さんのところへ向かってください」コソ

15: 2023/09/24(日) 22:39:33.79 ID:7dNtg96b.net
歩夢「……え?」

せつ菜「そのまま向こうに残るか、ここに戻るかはそちらで判断を」

歩夢「せつ菜ちゃん、なに言ってるの。いまさらそんなことできるわけない。ここで一緒に待とうよ」

せつ菜「すみません。情けないですけど、このままでは自身はおろか、歩夢さんを守り切れる自信がありません。あなたは、侑さんと一緒にいるべきです」

歩夢「わからないよ。急にどうして」

せつ菜「はや――――

ゴンッッ

歩夢「せつ、ちゃ、……?」

せつ菜「つぅ!」ドサ

 視界からせつ菜ちゃ ブブ んの顔が消える。下を見ると、頭を押さえて ブブブ うずくまる彼女の姿があった。

17: 2023/09/24(日) 22:41:19.65 ID:7dNtg96b.net
せつ菜「ぐぅぁ、いぎ」ゴロ

エマ「侑ちゃん、追わなきゃ。ご飯取り返して、またみんなを……」

しずく「だめです! い、行かせません」

 しずくちゃんがエマさんの腕を ン 引く。

かすみ「しず子!」

エマ「――――」

果林「ひい、ひいいい!!」
 

 怒声、悲鳴、耳を覆いたくなるような不快な音。不安やイライラがついにピークに達したんだ。みんな疲れていたから、正常な判断も思考も放棄してた。

 それは、火薬庫に火のついたマッチを投げ込んでしまったかのような取り返しのつかない衝撃。

18: 2023/09/24(日) 22:42:36.85 ID:7dNtg96b.net
歩夢(よーい、ドン)

 私は情けなく通路にへたり込んだまま、呆然と目の前で起こっている戦争を見ていた。

しずく「きゃあぁ"あ"ッ!?!?」

 しずくちゃん、右腕が変な方向に曲がっていた。

しずく「ひぎぃ……っうげぉえ!」ビシャ

 滝のような脂汗を浮かべ、吐瀉物を撒き散らす。固形物はほとんど含まれていない、胃液ばかりのものだった。

かすみ「しず、子……あ、はは はふっ う、ぅぅう、う、き、ぎひひひ」

 しずくちゃんのそれを頭から浴びたかすみちゃんは、泣きながら狂ったように笑い始める。

かすみ「ウウウ、ぴー、ポー。ピーポー、ピーウウウーウうゥウウ、は、あっ。聞こえました!? 救助ですよ! 助けが来たんです!!」

かすみ「ウウウ! ウーウーウゥウウ! ぴーぽー! ぴー」

20: 2023/09/24(日) 22:47:34.94 ID:7dNtg96b.net
しずく「く、口で言っでるだげだっ、よ。なにも、聞こえな"い'! かす、みさん、やめ"で、お願い!」ハアッ、ハァ

 上手いとも言えないサイレン音を真似しながら、窓から顔を出す。ひどく間抜けな光景。

かすみ「ピーポー! ウウゥウウ……あっちだ! しず子、待ってて。かすみんが助けを呼んできてあげるから! もう大丈夫、みんなみんなみんな助かるよ!」

しずく「ま"っで! いがないでぇえ!!」

かすみ「は、ははっ、ここから出られる!」

 かすみちゃん、窓から転がり落ちた。鈍い音。笑い声が遠ざかっていく。

果林「いや! 私まだ氏にたくない!! 助けてっ,誰かぐぅ、っかへッ!!?」

愛「フゥ"フ"ゥッ、し、ひんじ、でだの"っに! う"ぅう"」グギギ

 愛ちゃん、意識が戻ったんだね。赤く血走った目。狂気に満ち歪んだ顔。人ってここまで変わっちゃうんだ。

21: 2023/09/24(日) 22:49:19.54 ID:7dNtg96b.net
果林「や、だ わたっし、まだ、じに"だぐな…………か、ガ」ジョロロ

愛「――――」

 そのまま、果林さんの首を絞めながら崩れ落ちる。でも、そこまで。果林さんに覆い被さったまま、愛ちゃんはピクリとも動かなくなった。

ミア「――――!!――――!?」

 別のところではミアちゃんと彼方さんがいがみ合っていた。英語で捲し立てながら、お互いに掴み合い、髪を引っ張り、肉に噛みつき合う。醜い獣同士の争い。

彼方「ラン――ゃ、わた せ、 い――――のっ!!」

 ランジュちゃんや璃奈ちゃんの名前が聞こえた。あの2人が原因なんだろうか。もはやわからない。
 ただ、璃奈ちゃんがもうとっくに息をしていなかったこと。眠るように衰弱氏したことを知った。

歩夢(せつ菜ちゃんは……?)

23: 2023/09/24(日) 22:59:03.57 ID:7dNtg96b.net
せつ菜「栞子さん! お願いします! 手を貸してください!!」

栞子「……血が出てます。救急箱、ありますよ」

せつ菜「っ、しっかりしてください! しおりっごっおぐ!?」

 ガンッ、ガンガンガン!!

せつ菜「い"ひっ、ぎ、ぐぎ! がッやめ!」ボタボタ

 びしゃりと血飛沫が飛ぶ。エマさんは、せつ菜ちゃんを肉の塊にしようとしていた。

歩夢「あー、あ……あ」

 ただ みんな 外の世界に帰りたかっただけなのに

 憎しみをぶつけ合い、傷つけて、誰も信じられなくなって、大切な友だちを失っていく。

歩夢「ふ、ぅぐっ。うぁ、う、うわぁああん」

 心が侵されていく。つらいよ、侑ちゃん。

25: 2023/09/24(日) 23:02:27.34 ID:7dNtg96b.net
せつ菜「あ、あゆ"っさ……っっ、はや"ぐ!!」
 

 みっともなく泣き喚きながら、私はせつ菜ちゃんの声に押されるように駆け出した。

歩夢(ゆうちゃん、ゆうちゃん……ゆうちゃんっ)

 この暗闇に閉ざされた世界で、みんな必氏に縋るものを探していた。でも、それがなくなったら? その人はどうなる?

エマ「ぁゆ、ちゃ――――って、――――待て!!」

 後ろを向く勇気なんてない。でも、彼女は確実に追って来ている。

 私は脇ブー目もン振らず、暗闇の中ブブを必氏になって突き進んだ。何度もーン転んだ。でも、痛みブブブブブを感じるブブ余裕もブブなかった。

 はやくブブブ はブブーンく やブブーブーン ブブブ

――――
――――――――

 私たちがバスを降りた後、歩夢が経験した想像を絶するような地獄。少ない言葉だけでも伝わる。

29: 2023/09/24(日) 23:19:18.03 ID:7dNtg96b.net
歩夢「はあ、っは、は、んく」

侑「落ち着いた? 焦らないでいいから、ゆっくり飲んで」トントン

歩夢「う、げほっかは」ビシャ

かのん「あー、もったいない」ボソ

侑「なに」ギロ

すみれ「侑さん、気にしちゃだめよ」

かのん「……それで、どうするの? この人の話が本当なら、呑気に話してる場合じゃないと思う」

千砂都「やれるよ。そうでしょ、かのんちゃん。引こう、私たちで一緒に」

可可「やる? 引く? ど、どういう意味デスカ?」

かのん「うーん。できるかな。あの人、体大きいし強そう」

千砂都「でもひとりだよ。きっと」

すみれ「いい加減にして! バカなこと考えてるんじゃないでしょうね」

かのん「じゃあ、話し合ってみる? 無理だよ。聞く耳なんて持ってない。ここまで散々見てきたじゃん」

34: 2023/09/25(月) 21:42:56.32 ID:D9sEp36/.net
かのん「私、氏にたくない」

すみれ「そんなの私たちだって同じよ! 氏にたい人なんているはずないっ」

千砂都「すみれちゃんは何もしなくてもいいよ。私たちがやるから」

すみれ「人を頃すって言うの!? ふざけないで! 普通じゃない、狂ってるわよ……」

可可「で、デスガすみれっ、クゥクゥたちは無防備デス! なにか身を守るものを持っておくべきではないデスカ」

すみれ「でも、そんなものどこにあるのよ。武器になりそうなものなんて」

かのん「あるよ。そこらにいくらでも」

 そう言って、かのんちゃんが指差す先には恋ちゃんがいた。首に刺さったガラスの破片。周囲にも同じものが散らばっている。

すみれ「かのん!!」

35: 2023/09/25(月) 21:45:29.57 ID:D9sEp36/.net
かのん「外に出れば瓦礫だってたくさん手に入る。十分だよね」

可可「残ってる食料渡して、帰ってもらいまショウ! 目的はそれのはずデス」

かのん「それはだめ」

千砂都「うん。素直に見逃してもらえるとも限らないしね」

歩夢「侑ちゃん、エマさんは止められないよ。っ、言葉じゃ,もうだめなの……それに」

歩夢「侑ちゃんも、危ない」

侑「え、?」

かのん「人頃しですよ。遠慮する必要なんてありますか? 侑さん、もうとっくに気づいてますよね。全員は助けられない……このまま、大切な人まで失うつもりですか?」

侑「……」

かのん「それに、人が減ればその分食料は浮きます。歩夢さん弱ってる。たくさん食べさせないと……氏んじゃいますよ」コソ

36: 2023/09/25(月) 21:46:37.22 ID:D9sEp36/.net
侑「だめ、そんなの絶対に」

 自分を、歩夢を守るために……やるしかない。歩夢より大切なものなんて、今の私にはない。やれる、やる。

せつ菜『――――』

侑「っ、」グシャ

 せつ菜ちゃんは? 彼女はどうなる。無事なの? わからない。まだ生きてるかも知れない いや 揺らぐな 関係ない
友だち 仲間 まだ助けられる 違う もう遅い でも

歩夢「ゆー、ちゃん」ギュ

侑「! あゆ、む」

 そうだ。エマさんをどうにかしてから、考えればいい。

可可「クゥクゥ、瓦礫拾ってきマス」

すみれ「可可!」

可可「追い返すのに使うだけデス。遠くから投げれば、当てなくても帰ってくれる……かも」

38: 2023/09/25(月) 21:51:43.92 ID:D9sEp36/.net
すみれ「あんたは休んでなさい。私が行くから」

かのん「あは。すみれちゃん、やっとやる気になってくれたんだ」

すみれ「一緒にしないで。私は、最後まで人でいたい」

かのん「は? どういう

バタンッ

千砂都「……かのんちゃん。私たちも準備しよ」

侑「準備? なにするの」

千砂都「車のキーは挿さったまま。ひねればエンジンかかります」

かのん「ちぃちゃん車動かせるの?」

千砂都「なんとなく、見様見真似だけど任せて」

かのん「すごーい! じゃあさじゃあさ、こういうのはどう?」

 車内には2人分の氏体があった。その中であっても、まるで日常会話を楽しんでいるような和やかな雰囲気。可可ちゃんは会話に混ざることはなく、まるで異様なものでも見るかのように怯え震えていた。

侑(ふたりとも、何をしようとしてるの……?)

39: 2023/09/25(月) 21:53:52.12 ID:D9sEp36/.net
すみれ「――――!」ドンドン

 少しして、外にいるすみれちゃんが激しく窓を叩いた。

侑「どうしたの?」

すみれ「音がしたの。多分、来たわ」

かのん「ほんと? でも暗くてよく見えない」

すみれ「聞こえたのよ! 歌声がっ」

侑「歌声……?」

 耳を澄ます。
 

 〜と、ばしょ で〜 ま、っ る〜
 

 暗闇の奥から聞こえてくる、愉快気な声音。それはどこか懐かしくもあり、聴き馴染んだメロディでもあった。

40: 2023/09/25(月) 21:56:43.64 ID:D9sEp36/.net
 すみ た そらを――――えて〜

 近づいている。ゆっくりと、でも確実に。

侑「エマさん……っ」

かのん「うわわ、どうしようちぃちゃん? 来るよ、やる? やっちゃう!?」ユサユサ

千砂都「うん、うんっ。もう少し近づいたらね」

 いの っと〜 ま  だ ない うん 〜ア

可可「す、すみれ……」ガシ

すみれ「ふう、ふう、大丈夫、大丈夫よ」ギュウ

 開い  なら〜 ひろ い…………も

侑「……え?」

 歌声が止んだ?

かのん「? 今さら黙ってもバレバレだよ。ちぃちゃん!」

千砂都「おっけー!」ガチ

42: 2023/09/25(月) 21:59:04.90 ID:D9sEp36/.net
 千砂都ちゃんが車のキーを回す。グオンとエンジン音がうねりを上げ、車体が一瞬強く揺れた。メーターパネルが点灯し、ヘッドライトが灯る。

すみれ「ちょっ、なにするの!?」

かのん「いいから見てて!」

 ヘッドライトが周囲を照らすが、エマさんの姿は見えない。

千砂都「確かここを倒せば」グイ

侑「っ、うわ!?」

 瞬間、強烈な光が前方を強く照らした。あまりの光量に目が眩み、視界がぼやける。

千砂都「ハイビームってやつ。この暗闇に慣れた状態で直視すれば、しばらく視力は効かなくなるよ」

かのん「すごっ……あ! 誰かいるよ、あそこ!」

侑「エマさん?」ゴシゴシ

43: 2023/09/25(月) 22:01:16.37 ID:D9sEp36/.net
 だめだ、よく見えない。微かだけど、前方に大きな影が見えた。あれはエマさんだろうか。突然の強い光に驚いたのか、影は左右に激しく揺れ動いている。

すみれ「視界を奪ったまではいいけど、この後どうするのよっ?」

可可「こ、この石投げマスカ!?」

かのん「ふふ。こっからが本番だよ。ちぃちゃん、いける?」

千砂都「うぃっす!」グッ

侑「……え、待って、なにしてるの。やめて」

 千砂都ちゃんはハンドルを握ると、足元にあるペダルを思い切り踏み込んだ。強い遠心力が働き、体が後ろに流れる。

可可「う、っわ!?」ゴロン

すみれ「千砂都!!?」

 轟音が鳴り響き、砂埃を巻き上げて車は走り出した。地面に転がる瓦礫を蹴飛ばして、速度を落とすことなく闘牛のように直進する。

44: 2023/09/25(月) 22:05:17.31 ID:D9sEp36/.net
かのん「あは、はは!! いっけー!」

 止まらない。車は今までの鬱憤、憂さを全て晴らすかのようなスピードで疾走した。前方にいる人影を避ける素振りすら見せない。

侑「おねがい――――やめて!!」

 私は、この時になってようやく理解した。千砂都ちゃんたちがなにをしようとしているのかを。

 ハンドルに手を伸ばす。でも、何もかも遅かった。
 

――――ドンッ!!
 

 鈍く、重い衝撃。急ブレーキがかかり、前方に投げ出される。

侑「うぐっあ!?」ガタンッ

歩夢「っう、!」ゴロ

かのん「あ、みんなシートベルト付けなきゃだめだよーって、遅いか」

46: 2023/09/25(月) 22:10:44.03 ID:D9sEp36/.net
すみれ「ゲホッ,いててっ、なにが……」

可可「お、重い……誰かっヒイイィい!?」ジタバタ

すみれ「可可! 落ち着いて、恋とサヤさんよ! 衝撃で動いただけっ」
 

千砂都「ふう。かのんちゃん、私やれたよ」

かのん「ありがとう、ちぃちゃん。車運転できるなんてすごいや」

千砂都「えへへ。ブレーキとアクセル踏むくらいなら誰だってできるよ」

かのん「エンジン切っといて。私見てくるから」

侑「はぁ、、はぁ、待って! 私も、行く」

かのん「……あは」ガチャ

 人を轢いたのに、どうしてそんな笑っていられるの?

47: 2023/09/25(月) 22:14:21.17 ID:D9sEp36/.net
 最初に目に飛び込んだきたのは、大きく凹んだボンネット。ところどころに赤い斑点が付着している。どれほどの衝撃だったんだろう。

かのん「う、寒いなぁ。あの人どうなったかな……あれ?」

侑「……うそ、だ。なんで?」

 そこから数メートルほど離れた場所に、誰かが倒れている。その側にはもう1人、寄り添うようにして座っていた。

侑「…………」

 全身を襲う激しい脱力感。足の力が抜け、その場にへたり込む。

侑「せつ、な……ちゃん?」

 そこに倒れていたのはせつ菜ちゃんだった。

かのん「なんで、この人が」

 頭部は出血が酷く、真っ赤に染まっている。これでもかと見開かれた目は光を失い、大きく開かれた口からは大量の血が吹きこぼれていた。両手足はあらぬ方向を向き、ピクリとも動かない。

49: 2023/09/25(月) 22:16:38.93 ID:D9sEp36/.net
エマ「ふぐ、っえぅ、う、うう」

 せつ菜ちゃんのすぐ側には、エマさんがいた。頭から血を流し、片腕を庇いながら、唸るような嗚咽の声を漏らす。

かのん「どういうこと、わからない……なんでなの。どうしてこの人が!!?」ダンダン

エマ「う"ぅう、せつ菜ちゃん、わたしを止めにきた……でも、轢かれる瞬間、わたしの前に立ってっ!!」

侑「……ああ」
 

せつ菜『――――命を賭しても止めてみせます』
 

 せつ菜ちゃんは守ったんだ。その言葉通り、彼女は本当に自分の命を投げ捨ててエマさんを止めた。友だちを、仲間を救った。でも、そんなの、

侑(バカだ、バカだよ。自分が氏んじゃったら、なんの意味もないじゃん)

73: 2023/10/02(月) 20:46:58.99 ID:RYWUQp+x.net
 彼女の見る人を魅了してやまない、ときめくような踊りや笑顔。これからの輝かしい未来も全て失われた。

侑「最後の別れくらい、言わせてよ……!」

 もう、せつ菜ちゃんはこの世にいない。目の前にいるのは、ただの人形。壊れた人形だ。

かのん「あぁ、もう。なんでこうなるかなぁ」

 私はせつ菜ちゃんの瞼をそっと閉じ、顔に付いた血をできる限り拭き取った。服装を、そして、折れ曲がった手足を歪ながらも真っ直ぐに正す。

かのん「うげぇ、なにしてんの」

侑「……」

 こんな地獄のような最後でも、せめて綺麗な格好で安らかにいけるようにと祈って、私は手を合わせた。

侑「……せつ菜ちゃん、ずっとひとりで頑張ってた。でも、もう疲れたよね。ゆっくり休んで」

 さようなら せつ菜ちゃん

75: 2023/10/02(月) 20:58:33.74 ID:i6lVWXlX.net
――――
――――――――

歩夢「せつ菜ちゃん……そんな、うぅ、、えぐ」

すみれ「歌声が途中で聞こえなくなったのも、ここに来るのが遅かったのも……全部せつ菜さんが足止めしていたから」

侑「うん。それに、ぶつかっただけじゃない。せつ菜ちゃんの体、すごくボロボロだった。あんなに傷だらけで、それでも、みんなのために最後まで尽くしたんだ」

可可「クゥクゥ、すごく悲しいデス。あの人は、絶対にいなくなってはいけない人でした……」グス
 

千砂都「私、間違えちゃった……」

かのん「ちぃちゃん、しょうがないよ。あんなの予測できないって。ただの事故事故」

侑「……事故? 事故なもんか、あんなの立派な殺人だよ」

可可「そうデス。千砂都は最後までブレーキを踏まなかった。最初から轢く気だったんデス」

76: 2023/10/02(月) 21:04:52.70 ID:i6lVWXlX.net
かのん「ちょっと、みんななに言ってるの? ちぃちゃんは命の恩人だよ? 結果は違っちゃったけど、あのままだともっと犠牲者がでてたよ」

かのん「ほら、見て」バッ

 かのんちゃんの指した先には、エマさんが虚ろな表情で立ち尽くしていた。
 せつ菜ちゃんが庇ったとはいえ、彼女も重症だ。頭部の出血は酷く、片腕もおそらく骨折している。

エマ「……」

 それでも、実際に受けた外傷より、せつ菜ちゃんの氏を目の当たりにしたショックの方がはるかに大きいんだろう。最早、私たちに対する敵意はすっかりと消え失せてしまったように見える。

かのん「ああなったらもう、私たちをどうこうする気なんか起きないだろうし。あの人のことは残念だけど、どっちにしろ結果オーライってことだよ」

すみれ「……かのん」

かのん「ん、なに? すみれちゃ

――――パァン!

77: 2023/10/02(月) 21:06:12.18 ID:i6lVWXlX.net
かのん「っ、いったぁ」

すみれ「もう、あなたとは友だちじゃないられない。Liellaも一緒には続けられない」グス

かのん「……なにそれ。あんまりなんじゃない」

すみれ「ここを出たら、ちゃんと償うの。あなたの犯した罪が消えることはないけど、それを一生背負って生きていく覚悟があれば、人生はきっとやり直せる」

すみれ「かのん、あなたならできるわ。そしたら、また……っえ?」

ポタ、ポタ

可可「すみれ!」

すみれ「な、なに……よ、っ、これ う ぐ」フラ

千砂都「変なこと言わないで。かのんちゃんは悪くない」フゥ、フゥ

 千砂都ちゃんの手にはガラスの破片が握られている。自身の手を血で濡らしながらも、すみれちゃんの脇腹を突き刺していた。

79: 2023/10/02(月) 21:17:52.53 ID:EtRdvjND.net
かのん「あーあ。私、すみれちゃんのこと結構好きだったのに。でも、なっちゃったもんはしょうがないか」

侑(……ああ、そうか)

 かのんちゃんは割り切ってしまったんだ。自分たちが助かるために、不必要なものは平気で切り捨てる。それが人を頃すということであっても、彼女らは厭わない。

 ここまでどんな葛藤や苦悩があって、その結論に至ったのかはわからない。でもそれが彼女の選んだ答えなのなら、もう私たちは相慣れない。

侑(やるしかない)

 その時が来れば 私が澁谷かのんを

 ――――頃す

ピシ

 その瞬間、私の中で何かが欠ける音がした。

――――
――――――――

80: 2023/10/02(月) 21:21:26.12 ID:EtRdvjND.net
かのん「バスに戻る?」

侑「うん。みんなを手当てしないと」

かのん「行って戻ってくるだけでもかなり体力使うのに」

侑「全員連れていく。ここにはもう戻らない」

かのん「え?」

侑「この人数だとバンは狭すぎるよ」

かのん「そうかな。恋ちゃんたちは外に出せばいいよ。まだエンジンかかるし、暖房付ければ寒さも対策できる」

かのん「すみれちゃんは……」チラ

 それだ。その目。すみれちゃんを助けるつもりなんて毛頭ない冷め切った眼差し。あわよくば、このまま自然に力尽きてくれるのを待っている。

 このままでは犠牲者は増える一方だ。

侑「とにかく、もう行くから。みんなのことも気になるし」

81: 2023/10/02(月) 21:23:53.42 ID:umuehOrx.net
可可「待ってください。千砂都に運転してもらって、バスの近くまで行けばいいじゃないデスカ……?」

侑「……」

 そう。それが一番手っ取り早く安全……でも、

かのん「なんで?」

可可「……へ、な、なんでって。その方が都合がいいはずデス!」

かのん「わざわざそんな面倒なことする必要ないよ。ね、ちぃちゃん」

千砂都「そうだよ。無理やり飛ばしたからタイヤもガタガタだし、障害物も多くて物理的にこれ以上は進めない」

可可「そ、それでもやるべきデス! バスに残ってる人たちを見捨てるつもりデスカ!?」

かのん「見捨てるって、そもそも生きてる人いるの?」

82: 2023/10/02(月) 21:26:36.82 ID:YQ10wH+n.net
侑「……え?」

かのん「だって、この人の話だと仲間割れっていうか最早頃し合ってるみたいだし。そんなところに戻っても、無事な人なんてひとりもいないでしょ」

かのん「ここまでくると獣同士の争いだよね。戻ったら私たちまで襲われちゃうんじゃない?」

歩夢「そんなこと、ない。辛いことがたくさんあって、余裕がなくなっちゃっただけ。みんな、本当は外に出たいだけだったんだよ……っ、そんな言い方、しないで!」キッ

 歩夢の悲痛な叫び。これ以上、友だちを侮辱するのは許さない。その瞳はそう訴えていた。

かのん「別に……どうでもいいけど、行くなら早くした方がいいと思いますよ」

侑「そんなの、言われなくたってわかってる」

 歩夢の手を取る。手遅れになる前に、戻らなければ。

84: 2023/10/02(月) 21:30:51.61 ID:6nScFNiP.net
かのん「すみれちゃんも連れて行くの? その傷で?」

可可「クゥクゥが背負いますっ。今度はクゥクゥがすみれを助ける番デス」

千砂都「かのんちゃん」クイクイ

かのん「どうしたの、ちぃちゃん」

千砂都「すみれちゃんはここに残さなくちゃ。もし外に出たらきっと私たちのこと警察に話すよ」

可可「ハ? なにを言って……そう言ってすみれまで頃す気デスカ……レンレンみたく」

かのん「大丈夫だよ。誰も信じないし、なにをしたって仕方なかったで済む。ここはそういう場所だから」

すみれ「ふ、ふ、ふぅ、っは、バカね」ゼェゼェ

かのん「……なに?」

すみれ「かのん。あ、あんたの思い通りにはならないわ。それに、私が氏ぬのは、っ少なくともここじゃない」

86: 2023/10/02(月) 21:33:19.73 ID:QvcM/xIl.net
かのん「傷が開いちゃうから、喋らない方がいいよ」

すみれ「そうやって、続ければいい。最後のふたりになるまで、仲間を」

千砂都「黙って!」

可可「住手! これ以上、すみれになにかするなら……クゥクゥは氏んでも千砂都を許さない!」バッ

千砂都「このっ、お」

かのん「いいよ、もう」

千砂都「かのんちゃん! いいの?」

かのん「これだけの怪我人を連れてバスまで戻るのは無謀だよ。精々頑張って」

侑「……食料、半分貰っていくから」

かのん「半分でいいんだ?」

侑「……」

 その挑発ともとれる言葉を無視して、私たちは歩き出した。

87: 2023/10/02(月) 21:35:20.79 ID:FAnIJQ5U.net
可可「すみれ、行きマスヨ」

すみれ「悪いわね……っ、」

侑「エマさん、歩ける?」

 道の端で佇むエマさんに声をかける。以前のエマさんの明るく穏やかな雰囲気とはかけらも離れた、無気力で生気の感じられないくたびれた案山子のような姿。
 ぼろぼろで、触れただけで崩れてしまいそうだ。

エマ「ゆ、ちゃ……ん。わた、し わた」

侑「もういいんだよ、エマさん。やっと戻れたんだね」

エマ「でも、でも、わたし取り返しのつかないことしちゃったっ。謝っても、なにしても……許されない!」

 あのエマさんが、小さい子どものように怯え震えている。

侑「頑張りすぎて、空回りしちゃったんだよね。誰もエマさんを責めたりしないよ。一緒に行こう?」

エマ「わたし、ここで氏ぬしかつぐなえない。外に出ちゃだめな人間なんだ」

88: 2023/10/02(月) 21:47:42.07 ID:XZs+yvxa.net
歩夢「だめだよっ。エマさんは、生きなきゃ……みんなの分まで、生きて。つらくても、ここで起きたことを絶対に忘れちゃだめ。私も一緒に背負うから」

侑「歩夢……」

エマ「うん、うん、う、、んぐ、ひぐっ」ポロ、ポロ

 私たちは身を寄せ合って歩いた。少しでも寒さと痛みを和らげようと、お互いを励まし合いながら。

侑「……」フゥフゥ

 ここまでくるとあとは気力との戦いだ。バスに戻ったらできる限りの手当てをし、助けが来るまでじっと耐える。それでいい。もう無益な争いは起こらない。

侑「歩夢、ほら……明かりだよ」

タッタッタ

侑「みんなも、頑張って。もう少しだから」
 

かのん「――――しね」
 

ドンッ!!

89: 2023/10/02(月) 22:26:07.90 ID:XZs+yvxa.net
かのん「〜っっ、すみれちゃん、なんで!!」ギギ

すみれ「やっぱり、ね。今のアンタが、私たちを素直に帰すわけない……!」グググ

侑「っ、なにが、かのんちゃん?」

 私の背後まで迫っていたかのんちゃん。振り上げた手には瓦礫が握られている。その腕をすみれちゃんが掴んでいた。

すみれ「ここでアンタの障害になるのは侑さんだけ。彼女さえどうにかしてしまえば、あとは重症を負った怪我人しかいない」

かのん「ふっ、ふぅふうっううう!」グギギ

すみれ「その後に食料を奪えば……あとはふたりの楽園の完成よね、っ」

エマ「侑ちゃんから離れて!」ドンッ

かのん「ぐぁっ!?」ガラン

90: 2023/10/02(月) 22:29:03.44 ID:XZs+yvxa.net
すみれ「いててっ、さすがに無茶しすぎたわ……」ジワ

可可「ああ、すみれっ、血が」

歩夢「侑ちゃん、大丈夫!?」

侑「私は平気っ、すみれちゃんが助けてくれたから」

 エマさんに突き飛ばされ、かのんちゃんは尻もちをつく。それでも、私を殺意のこもった目で睨み上げた。

すみれ「千砂都! 聞いてるでしょ! もうあなたたちと関わるつもりはないの。大人しくかのんを連れてバンに戻って!」

 やがて、暗闇の中から千砂都ちゃんが姿を現す。

かのん「ちぃちゃん、ごめん。ドジった」

千砂都「いいよ。私がやるべきだった」

 どうして? そこまでして私を狙う理由ってなに?

 私なんて体力はないし、まともに喧嘩なんかしたこともないちっぽけな存在だ。すみれちゃんの言う障害になんてなるはずがない。

侑「私なにかした……? かのんちゃんにとって、私ってそんな憎い存在? 理由があるのなら、教えて」
 
かのん「……理由?」

 かのんちゃんは不思議そうに二度三度瞬きを繰り返し、クックックと喉を鳴らす。

114: 2023/10/09(月) 23:47:29.63 ID:L7VANUyX.net
かのん「逆に聞きますけど、侑さんにとって私はどういう存在ですか? 殺人鬼? 異常者? まさか悪魔に見えたり?」

侑「は? どういうこと」

かのん「別に理由なんてない。私には、侑さんが殺人鬼にも異常者にも悪魔にも見える。だからやろうと思っただけ」

侑「……」

すみれ「呆れた。ここまできて、まだそんなことを」

可可「早く行きまショウ」

 どこか後ろ髪を引かれる思いだったが、かのんちゃんたちをその場に置いて歩き出そうとした時、

かのん「その人がかわいそう」

侑「――――なに?」

 その一言が私の足を完全に止めた。

かのん「私はちぃちゃんと生き残る。その為だったらなんでもする。でも、侑さんは?」

115: 2023/10/09(月) 23:49:05.55 ID:JHdcOCZT.net
かのん「あっちに行ったりこっちに行ったり。歩夢さんを振り回して、危険に晒してる」

侑「っ、そんなこと」

かのん「本当は心配で心配でたまらないはずなのに、置いて行った。もしかしたら、あれが最後の別れだったのかも知れないのに」

歩夢「違う! 私が行かせたのっ。侑ちゃんは、すみれちゃんたちを助けるために」

かのん「本音は?」

歩夢「 え、?」

かのん「行かないで、一緒にいて。侑ちゃんさえいてくれればいい……歩夢さえいてくれれば」

侑「やめて!!」

 かのんちゃんの言葉が深く胸に刺さる。それがあまりにも腑に落ちてしまうのは、心のどこかで望んでいた言葉だったから。

117: 2023/10/09(月) 23:50:54.13 ID:LS4Khlkt.net
かのん「ランジュさんが氏んでから、侑さんは自身がリーダーであることにより努めた。呪いのように。だから、こんな無茶ができた」

かのん「リーダーとしてみんなを見捨てることができなかったのは、いつまでもうわべだけの役割に縛られているから」

すみれ「アンタ、いい加減黙りなさい……っ!」

かのん「本当の悪魔は侑さんですよ。そうやって自分に嘘をついてまで中途半端な希望を持たせて、みんなに生きて欲しいなんて無責任な言葉を投げかける。だからみんな必氏になった」

かのん「必氏になって、壊れていった。一貫性のないあなたの行動が、存在がこの状況を作った。だから、全部あなたのせい」

 そんなの詭弁だ。だけど、言い返そうにも喉の奥を何かが塞いでいる。口が痺れて声が出ない。言葉が見つからない。

 私は 自分に嘘をついている

歩夢「べらべらべらべらうるさい。もう、黙って……これ以上、侑ちゃんを侮辱するな!」

侑(歩夢……)

118: 2023/10/09(月) 23:52:30.10 ID:r4eZ4KrF.net
千砂都「そんな体で凄まれても怖くないですよ。もう立っているのも辛いくせに」

 千砂都ちゃんが前に出る。

歩夢「あなたもでしょ!」

侑「ぁ、あ、」

 歩夢、挑発に乗っちゃだめ!

千砂都「かのんちゃんの言う通り。その人は生きてちゃいけない。疫病神、氏神だよ」

歩夢「うぁああ!!」

 歩夢が飛びかかる。体格では歩夢の方が勝っているものの、千砂都ちゃんは機敏な動きで飛び出すと、一瞬で歩夢を組み伏せた。

歩夢「っあう!」

 お互いに弱っているとはいえ、千砂都ちゃんは強かった。

119: 2023/10/09(月) 23:55:09.15 ID:U2Nuj3wd.net
エマ「歩夢ちゃん――――あぐぁっ!?」

 歩夢を押さえ込んだまま、向かって来たエマさんに足払いをかける。片腕を使えないエマさんは満足に受け身を取ることもできず、地面に叩きつけられた。

すみれ「千砂都!!」

千砂都「はぁ、はぁ、ふ、ふふ。次は誰!? すみれちゃんっ!?」

 肩で息をしながら興奮気味に叫ぶ。

千砂都「……ッ、早く来なよ!」タラ

 千砂都ちゃんの鼻から一筋の血が垂れる。彼女は文字通り命を削って戦っていた。その体に鞭を打って、限界を超えて動いている。

かのん「ちぃちゃん!」

千砂都「気にしないで、かのんちゃん。今が答えを出すときだよ。私に見せてっ。あの時の言葉が嘘じゃないって、証明して!!」

120: 2023/10/09(月) 23:56:32.71 ID:L7VANUyX.net
かのん「あは、ちぃちゃん……うん、そうだね。私やるよ」

 かのんちゃんが笑いながらゆっくりと近づいてくる。そのえも言われぬ狂気じみた迫力に気圧され、私は後ずさった。

すみれ「かのん、私はこのグループが好き。Liellaが大好きよ。ずっと、なにがあっても忘れることなんてできない……ありがとう。夢みたいな時間だったわ」

かのん「なに? 急にどうしたの?」

すみれ「気にしないで。決別よ。私なりのね――――!」

 その言葉を皮切りに、すみれちゃんがかのんちゃんに飛びかかる。

かのん「じゃま!!」

すみれ「いつも、気弱でビビリ腰なアンタがっ、ここまで豹変するなんてね!」ググ

すみれ「誰のせい!? 環境? 飢え? 寒さ? もしかして本性? 私たちの澁谷かのんはどこにいったの!?」

かのん「どうでもいい! すみれちゃんにも、誰にもわかんないよ!!」グリ

すみれ「ぐぅ!?」ガク

 すみれちゃんが脇腹を押さえ、うずくまる。かのんちゃんの指先は真っ赤に濡れていた。傷口に指を突っ込んだんだ。

121: 2023/10/09(月) 23:58:52.85 ID:hPIWI/YF.net
かのん「中途半端な希望なんか捨てたほうがまし! 口だけで、結局誰も救えてない! 生半可なことしてる侑さんが一番の悪魔! どっちかに割り切ることさえ許してくれないのなら、私たちが答えを決めてやる!!」

 バスに残っている人たちは揃って重症だ。助かる見込みは薄い。希望を抱かせて苦しみを長引かせるくらいなら、もう楽にしてあげたほうがいい。与える食料が無駄になる前に、この地獄から解放してやる。

 かのんちゃんの出した答え。私の本当の気持ち。そこに違いなんてなかった。でも、私には歩夢が。かのんちゃんには千砂都ちゃんがいた。

 そこが大きな違い。誰よりも大切で信頼している理解者の存在。千砂都ちゃんと歩夢の答えはきっと真逆だ。

侑(歩夢、私は……歩夢に救われていたのかな)

 歩夢は千砂都ちゃんに組み敷かれ、苦しそうに喘いでいる。早く助けないと。

 足元に落ちていた瓦礫を拾う。

かのん「離せ!」ダンッ

すみれ「いぎぁ!!?」

 腹這いになってまでかのんちゃんの足にしがみついていたすみれちゃんを振り払い、その手を足で踏みつける。

123: 2023/10/10(火) 00:01:20.14 ID:/knus1MR.net
可可「すみれ! ッ、かのん!!」

 可可ちゃんが突進した。そのまま、かのんちゃんに全体重をぶつける。すみれちゃんに気を取られていた彼女は、反応が遅れ見事に突き飛ばされた。

かのん「!? このっ!」ドシン

 体勢が崩れた。やるなら、今しかない。
 瓦礫を抱え、かのんちゃんの前に立つ。そして、ゆっくりと振りかぶった。

かのん「あ、はは。侑さん、それでどうしまっがぁあ!?」

 足を、潰した

かのん「はぁ、は、っい、ぎぃあぁ!!?」

 腕を

かのん「や、め、っで」

 最後に、頭を――――
 

侑(……だめだ。できない。無理だよ)

 もういい。もう、かのんちゃんはなにもできない。放っておけばいいんだ。人頃しにはならない。

124: 2023/10/10(火) 00:03:04.75 ID:I746BXUB.net
侑「……」ピタ

 ほんとうに?

 これだけの傷を負わせておいて? その責任は誰にある?

侑(私は、もう立派な人頃しなの?)

かのん「あ、っ、は……は。やっ、ぱり、中途半端だ」

 善にも悪にも振り切れない、成り切れない

かのん「そうや、って……なにも選べずに、みんなを見頃しにしていく。これからも、ずっと」

侑「っ!!」

 やれ、やれ、やるんだ

 あゆむのために ふりおろせ!!

侑「うぁぁあああ!!」

ガンッ!!

126: 2023/10/10(火) 00:05:23.13 ID:YivGUF99.net
千砂都「――――っう!!」

侑「は、あ? 千砂都、ちゃん?」

 私とかのんちゃんの間に割り込み、身を挺して彼女を守ったのは千砂都ちゃんだった。

 鈍い感触。千砂都ちゃんの背中に瓦礫がめり込む。

千砂都「ゴホッ、うげぇ……はは、こんどは、私の番だね」

かのん「ちぃちゃん、ちぃちゃん……ちぃちゃん?」

千砂都「ごめ、ね……わたしの いで かの ゃん が、さい まで……おし けて…………」

 千砂都ちゃんは言葉を言い終わらぬうちに、かのんちゃんの上で眠るように動かなくなった。

侑「氏んだ……? 私が、やったの?」ハァ、ハァ

かのん「氏んでない。気を失ってるだけだよ……でも、もう長くない」

侑「え?」

かのん「元々、ちぃちゃんは弱ってた。遅かれ早かれ時間の問題だったから。でも、最後に私を守れて救われたんだ」

 そう言い、千砂都ちゃんの髪を撫でる。

127: 2023/10/10(火) 00:07:30.31 ID:r9tbMnJ4.net
かのん「はぁ、ここまでかぁ。ちぃちゃん……私たち、よくやったよね」

侑「……やっぱり、わからないよ。かのんちゃんたちのこと、なんにも」

 理解できたと思った。だからやれた。でも、どうして

侑「なんでそんな顔ができるの?」

 やり切った清々しい表情。そこには、加害者も被害者もいない。

ブ、ブブブ

かのん「あ、はは。久しぶりだ。どっから湧いてくるんだろう」

 蝿の音。どこかで聞いた、懐かしさすら感じさせる音。その羽音だけが、私たちを嘲笑うかのように鳴り響いた。

かのん「こんな地獄みたいな場所でも、この蝿たちにとっては楽園みたい。私たちが血を流せば流すほど、その数を増していく。この羽音が、私たちを狂わせた」

ブーン…ブ、ブブ

かのん「ああ、そっか。最初に血が流れた時点で、私たちはもう嵌ってたんだ。どうしようもなかった。ひどい話だ」

129: 2023/10/10(火) 00:09:15.06 ID:GdLHFwVl.net
 ずるいなぁ、最後にそう呟くと、かのんちゃんは千砂都ちゃんを抱き上げた。潰れた腕で、足で。

侑「! 待って、まだなにも聞いてないっ」

 足を引き摺りながら、ゆっくりと歩き出す。

侑「私たちと一緒に、行こうよ」

かのん「はは、ほんと……筋金入り」

 蝿の音が遠ざかる。かのんちゃんと一緒に。

かのん「そうだ。トロッコ問題……侑さんなら、どんな答えを出しますか?」

 そう言い残し、彼女は千砂都ちゃんと共に暗闇の中に消えていった。

 この閉ざされた楽園で、かのんちゃんは最後真実に辿り着いた。その答えを出したんだ。

 なら、私と歩夢は?

侑「……」

歩夢「侑ちゃん、バスに戻ろう? もう疲れたよ、一緒にいて。最後の時まで」

侑「歩夢……うん。そうだね」

 全員を助けたかった でも この世界はそれを許さなかった

130: 2023/10/10(火) 00:12:49.64 ID:E7y/jmUJ.net
 先頭に立って 周囲を導こうと努力した人がいた

 暴力に頼って 力で従わせようとした人がいた

 第三者に立ち続け 逃げ出す人もいた

 大切な人を守るために 自分を犠牲にした人がいた

 自分が助かるために その他大勢を犠牲にする人がいた

 そして 最後まで人であり続けようともがく人たちがいる
 

 そのどれもが間違いじゃない。人の数だけ答えがある。

侑「正しい答えなんて、出せない。ないんだよ……正解なんて」

 それが私の 答えだ

――――
――――――――

 バスの中は鉄と錆の臭いで充満していた。それだけじゃない。吐瀉物や排泄物が入り混じった肥溜めのような空間と化している。

 そして、

ブブブ、ブブブブ ブーン ブーン

 蝿たちの楽園となっていた。

侑「みんな、戻ったよ」

132: 2023/10/10(火) 00:16:57.53 ID:Vs5z4FKy.net
 愛ちゃんと璃奈ちゃんを座席に座らせる。お互いが寄り添うようにして体を預けた。

 スマホを取り出し、2人の姿を写真に収める。

侑「……向こうでも仲良くね」

栞子「侑さん」

侑「みんなの手当てしてくれたの、栞子ちゃんだよね。目覚めたんだ」

栞子「長い夢を、見ていたんです。ずっと、ランジュの声が聞こえていた。決別するのに時間がかかりました。私は、弱い人間ですね」

侑「そんなことないよ。栞子ちゃんも、自分なりの答えを出せたんだ」

しずく「侑さん、かすみさんが……わたしは、止められなかった。すみません、ごめんなさい、ごめんなさい」

侑「いいんだよ。しずくちゃんのせいじゃない。誰も悪くない。腕は大丈夫?」

133: 2023/10/10(火) 00:19:16.37 ID:lhTif8Sm.net
エマ「……見て、しずくちゃん。わたしもね、折れちゃった。しずくちゃんと同じ。バチが当たったんだ。かすみちゃんやせつ菜ちゃんのこともそう。こんなので、許されるわけないけど、好きにしていいよ」

しずく「……ここを出たら、たっぷりと償わせる。だから、それまで氏ぬことは許さない。絶対に」

エマ「うん……うん、ごめんね。ごめんっ、なさい」

彼方「侑ちゃん、見て。片耳……千切れかけてるでしょ」

彼方「ミアちゃん、すごかった。小さい体で、必氏にしがみついて、私に噛みついた。なにしても離れなかった。だから思い切り振り回したの」

 ミアちゃんは彼方さんの隣で腕を組んで座っていた。頭や鼻から大量の血を流していなければ、今にも動き出しそうな雰囲気だった。

彼方「いろんなところに強く頭をぶつけて、ミアちゃんやっと離れた」

彼方「ランジュちゃんのこと、璃奈ちゃんのこと……ミアちゃんずっと思い詰めてたんだって。後悔してた。氏にたかったって、最後に言ってた……バカだよね、ほんとうに。自分だけだと思ってる」

134: 2023/10/10(火) 00:22:35.08 ID:9/3NSGT5.net
侑「彼方さん。だめだよ」

彼方「遥ちゃんに会うまでは、頑張って生きるつもりだからさ。安心してよ」

果林「あー、ああーあ」

すみれ「あの人は、どうしちゃったの?」

栞子「果林さんは体より先に心が壊れてしまった。ずっと良心の呵責に苛まれ続けて、耐えられなかったのでしょう。それより、こちらへ。手当てします」

侑「果林さん……」

果林「ゆう、ゆう! あのね、わたし、おもらししちゃったの。おこらないで……あ、エマ! エマ、エマっ」

エマ「果林、ちゃん。うぅ、ごめんね。ごめんなさい」

果林「だいじょうぶ? なかないで。エマはわたしがまもるから」
 
エマ「ふぐ、う、えぅ。うあぁああん」

136: 2023/10/10(火) 00:26:54.64 ID:7WLQY6F5.net
 誰もが心と体に深い傷を負った。それは一生治ることのない深い深い傷。

 でも、生きている。私たちは、確かにここに生きている。

侑「おやすみ、歩夢」

歩夢「うん、侑ちゃん」

 残った最後の食料をみんなに振り分け、食事を終えた私たちはお互いを抱くようにして寄り添った。あとはもう、なにもしない。余計なことは、無駄なことは。

 全部、終わったんだ。

 蝿の音が響くなか、側にいる大切な人のことだけを想いながら、眠りについた。

――――
――――――――

緊急地震速報が出ました 東北・関東で起きた地震、津波に関する情報をお伝えします 強い揺れにご注意ください また 余震にも十分注意をし 揺れが完全に収まるまで 安全な場所に避難してください 繰り返します 繰り――――

テレビや スイッチを ないで 情報を逐一  ます

午後 頃 地方で 強い地震が発生 た スタジオも おり 
各地  被害状況も 確認できて 高いところに  警戒の呼びかけを――――

――――
――――――――

139: 2023/10/10(火) 00:29:06.45 ID:GdLHFwVl.net
「瓦礫の撤去作業が 6日目にしてようやく完了したらしい」

「古いトンネルだから、発見に時間がかかったみたいよ」

「地震の被害もあちこちであったから、なかなか救助を回せなかったのもあるみたい」

「最近雨も多かったし、あそこらへんは低山だから土砂崩れも起きやすかったって。救助も難航したんじゃない」

「気の毒だよね。みんな氏んじゃったのかな」

「さあ。私たちには関係のない世界だし。どうでもいいしょ、そんなん。ま、1人でも生きててくれたらなんか嬉しいね」

「うわ、他人事ー」

141: 2023/10/10(火) 00:32:57.20 ID:7WLQY6F5.net
5日前、〇〇トンネルで起こった崩落事故
走行中の車に乗っていた男女十数人がトンネル内に閉じ込められ、◯名の尊い命が犠牲となりました。

世間ではスクールアイドルと呼ばれ、人気を博していた女子高生グループ  また 点検を怠ったとして 市の  責任問題に  遺族との対話の場を設けるとともに 警察は身元の確認を――――
 

侑「……」

 私たちの事故は、連日にわたりニュースで取り上げられた。ジャーナリストやタレント、心理学者などが好き勝手に議論を繰り広げる。

 その光景に、私はどうしようもない吐き気を覚える。

歩夢「侑ちゃん、こんなの見なくていいよ」

 隣のベッドには歩夢がいた。体中に包帯が巻かれた痛々しい姿だった。

142: 2023/10/10(火) 00:37:17.20 ID:E7y/jmUJ.net
 時間の感覚はなかったが、私たちは1週間近くあのトンネルに閉じ込められていた。救助された時の記憶は曖昧だ。
 酸欠、低体温症、感染症、衰弱。全員が氏の一歩手前の状態だったらしい。

 助かったのは9人。トンネルから生還できたのは、たった、それだけ。
 
 後から聞いた話だと、かすみちゃんはトンネルの出口付近で落石に巻き込まれて氏んでいた。恐らく、無理やり瓦礫を退かそうとしたのだろう。

侑「歩夢、ありがとう。最後まで側にいてくれて」

歩夢「どうしたの、突然。当たり前だよ。私たちはずっと一緒でしょ」

侑「でも、もうスクールアイドルは続けられないのかな」

歩夢「……」

侑「やっとこうして起き上がれるまでになったのに……見てよ、この指。私、もうピアノ弾けなくなっちゃった」

 小指と人差し指は第二関節から切除されていた。凍傷によって壊氏したのだ。足の指も何本かは使い物にならない。

147: 2023/10/10(火) 01:05:20.06 ID:Vs5z4FKy.net
 生きているだけでも奇跡だった。

侑(かのんちゃん……かのんちゃんは、どうしてるの?)

 生き残った人の数、氏亡者の数。どう計算しても、2人足りない。まだ、トンネルの復興作業は続いている。見つけられていないだけかも知れない。

 でも、もしかしたら、生きているのだろうか。まだ、あのトンネルで。

 その閉ざされた楽園で、2人はずっと――――

歩夢「ねえ、侑ちゃん」トントン

侑「っ、ごめん。考えごとしてた。なに?」

歩夢「キス、しない?」

侑「……へ、えっ??」

歩夢「 だめ  ?」

侑「ちょ、待ってっなにを言って、心の準備が、、ってそうじゃなく……ぁ」
 
歩夢「はむ ぷは ちゅう くち ブブ くちゅブ ブブブブ」

侑「ーーーー!!」ゴクン

150: 2023/10/10(火) 01:17:23.75 ID:/knus1MR.net
侑「う"!? お"えッ」

 私、なにを飲み込んで!? 

歩夢「ぷは、フフ」

 強烈な腐敗臭。歩夢の口から臭ってくるのは、あのトンネルで嫌というほど嗅いだ氏体の臭い。

歩夢「止まらないの。あの日、閉じ込められた時から、ずっと、ずっと、ずっとズットズットあの音が鳴ってる!!」

歩夢「どんどん大きくなってる もう我慢できないくらいにっ、おかしくなりそうだよ。でもね、やっと わかった。解放される方法が 侑ちゃん、侑ちゃん 私たち、最後の時まで一緒だよね?」

侑「歩夢、そんな……どうして」

歩夢「ブブ、ブブブブブ‼︎」

 ああ、そっ か。ずっと  最 初から

 歩夢の  答えは ま  て んだ

152: 2023/10/10(火) 01:43:00.18 ID:EKsUAXrh.net
――――
――――――――

さ、行こう

こわいな
 こわい?
    大丈夫 
私たちには羽があるから
きっと飛べる
      よ 
        そうだね 
う   ん


せーの

ーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーー

たった今速報が入りました
あのトンネル災害の生還者である女子高生2名が、昨夜入院中の病院の屋上から飛び降り命を絶った模様です 市民からの通報により  第一発見者は  様子を ており
また、解剖の結果 少女たちの身体から大量の蝿の氏体が発見され
警察は猟奇的な殺人事件  との関連性を踏まえ捜査を行うと発表し   進める方針です
スタジオでは極限状態における  たちの異様な精神状態に対し 著名な心理学の  さんを招き 思考実験の下
厚生労働省は  相談・支援を進める か 関係省庁とも
連携し 対策を   たいと  しています


ブブブ…ブブブブ

154: 2023/10/10(火) 01:48:11.25 ID:EKsUAXrh.net
ラ板は散々な状態ですが、なんとか完結までいけました
元々エタッていた作品でしたが、ここまで見てくれたり、レスしてくれた方々本当にありがとうございます。

156: 2023/10/10(火) 01:54:35.57 ID:qAU55v6+.net
乙、面白かったよ
ただ面白いからこそ待つのが煩わしいと言うか早く続き読ませろやってなるので次があるのなら書き切ってから投下して欲しい、わがままだけど

157: 2023/10/10(火) 01:56:06.19 ID:jUvlPO9G.net

去年から読んでて続き気になってたから再開してくれて良かった



引用: 侑「その閉ざされた楽園で」