1: 2011/04/15(金) 01:20:08.50 ID:/BRmE3hNo
2: 2011/04/15(金) 01:30:50.50 ID:ufsL59nAO
恐らくこのスレで最後かな
天上天下やら一騎当千やらを厨二成分抽出してごちゃ雑ぜにした感じのssです
たまにある工口ネタと胸糞ネタはぬるーい目で見てくれたらありがたいな
こっから先はさらっとググった程度の神話の知識があればほんの少し楽しめるところが増えるかも
天上天下やら一騎当千やらを厨二成分抽出してごちゃ雑ぜにした感じのssです
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こっから先はさらっとググった程度の神話の知識があればほんの少し楽しめるところが増えるかも
9: 2011/04/21(木) 23:08:12.27 ID:RWLsOBnAO
紬の拳が地を砕き、和の斬撃が大気を切り裂く。
紬の一撃が和を捉えてからおよそ十分間、力の均衡は保たれていた。
和「さっきの手品はもう使わないのかしら?」
伸縮自在の闘気の刃を作り出し、紬の側に振り降ろす。
グラウンドの深い層にある硬い岩が砕け散り、飛礫となって紬を襲った。
紬「同じ手品ばかり続けてたら飽きちゃうでしょ?」
地に深く食い込んだ闘気の刃に手を添え、無力化する。
六道が一つ餓鬼道、貪欲に闘気を食らい尽くす悪鬼の力だ。
餓鬼道の前ではあらゆる闘気も渇いたスポンジに垂らした水のように吸い尽くされてしまう。
紬の一撃が和を捉えてからおよそ十分間、力の均衡は保たれていた。
和「さっきの手品はもう使わないのかしら?」
伸縮自在の闘気の刃を作り出し、紬の側に振り降ろす。
グラウンドの深い層にある硬い岩が砕け散り、飛礫となって紬を襲った。
紬「同じ手品ばかり続けてたら飽きちゃうでしょ?」
地に深く食い込んだ闘気の刃に手を添え、無力化する。
六道が一つ餓鬼道、貪欲に闘気を食らい尽くす悪鬼の力だ。
餓鬼道の前ではあらゆる闘気も渇いたスポンジに垂らした水のように吸い尽くされてしまう。
10: 2011/04/21(木) 23:08:39.52 ID:RWLsOBnAO
光の刃を打ち消した右手をそのまま引き、和目掛けて飛び掛かる。
人間離れした驚異の脚力、そして振り降ろされるのは脅威の鉄鎚。
避ける事は許されない。
この衝撃の余波を無防備の状態で受けるなどそれこそ自殺行為だ。
同じ倒れるなら前向きに倒れよう、和はそう考えた。
和「──止める!」
彼女にしては珍しく声を荒らげた。
腰を落とし、桜花の刀身にありったけの闘気を込めて盾にする。
シンプルな答えだった。
逃れようの無い巨大な力が迫っているのなら、それを上回る力で応えてやれば良い。
人間離れした驚異の脚力、そして振り降ろされるのは脅威の鉄鎚。
避ける事は許されない。
この衝撃の余波を無防備の状態で受けるなどそれこそ自殺行為だ。
同じ倒れるなら前向きに倒れよう、和はそう考えた。
和「──止める!」
彼女にしては珍しく声を荒らげた。
腰を落とし、桜花の刀身にありったけの闘気を込めて盾にする。
シンプルな答えだった。
逃れようの無い巨大な力が迫っているのなら、それを上回る力で応えてやれば良い。
11: 2011/04/21(木) 23:09:05.26 ID:RWLsOBnAO
拳と刃が触れ合い、とてつもない衝撃が巻き起こされる。
衝撃はやがて熱に転化され、熱波となって拡がった。
和「く……うぅ……っ!」
紬「六道が一つ、畜生道。読めたところで躱せなきゃ意味無いでしょ?」
地についた和の足が爪先から地面に沈んでゆく。
多くの血を啜り続け、多くの栄光を打ち立ててきた桜花。それに闘気を込めている限り、桜花は最強の盾と成り得る。
だがそれゆえに畜生道の力は全て和の腕を容赦無く襲う。
次第に手の感覚が薄れてゆき、自分のものではないような錯覚に陥った。
衝撃はやがて熱に転化され、熱波となって拡がった。
和「く……うぅ……っ!」
紬「六道が一つ、畜生道。読めたところで躱せなきゃ意味無いでしょ?」
地についた和の足が爪先から地面に沈んでゆく。
多くの血を啜り続け、多くの栄光を打ち立ててきた桜花。それに闘気を込めている限り、桜花は最強の盾と成り得る。
だがそれゆえに畜生道の力は全て和の腕を容赦無く襲う。
次第に手の感覚が薄れてゆき、自分のものではないような錯覚に陥った。
12: 2011/04/21(木) 23:10:01.53 ID:RWLsOBnAO
刀を手放した先に見える未来は何色だろうか。
和の瞳に負の色が滲み始めた瞬間、紬の拳は刀身から離れた。
和「な……っ!?」
決して紬が根負けしたわけではない。
次に放たれるのは勝敗を決めんとする一撃なのだ。
和は理屈ではなく、本能でそれを悟っていた。
痺れる両手に鞭を打ち、懇親の力を込めて振り抜く。
紬「人間──」
和「させないわ!!」
鍵語が紡がれるよりも和が放った刃は速かった。
地面を踏み締めていた紬は咄嗟の反応で後転し、それを躱す。
そして再び戦況は均衡を保つ。
両者共に一寸の隙も無い鋭い目で敵を見据えていた。
和の瞳に負の色が滲み始めた瞬間、紬の拳は刀身から離れた。
和「な……っ!?」
決して紬が根負けしたわけではない。
次に放たれるのは勝敗を決めんとする一撃なのだ。
和は理屈ではなく、本能でそれを悟っていた。
痺れる両手に鞭を打ち、懇親の力を込めて振り抜く。
紬「人間──」
和「させないわ!!」
鍵語が紡がれるよりも和が放った刃は速かった。
地面を踏み締めていた紬は咄嗟の反応で後転し、それを躱す。
そして再び戦況は均衡を保つ。
両者共に一寸の隙も無い鋭い目で敵を見据えていた。
13: 2011/04/21(木) 23:10:30.37 ID:RWLsOBnAO
和「…………」
紬は確実に強くなっている。
それも女帝の名を欲しいままにしてきた和と対等に渡り合えるほどに。
ここまでの決して多いとは言えない鍔競り合いの中で和はそれを嫌というほど理解していた。
和「なるほどね……」
だがそこで朽ち果てる女帝ではない。
和は大多数の生徒が一筋縄ではいかない武術を持つ桜高を一手に束ねあげてきたのだ。
彼女を形成しているものは単純な武力だけではない。
要所要所で的確な判断を下す為の知識。
逆境に立たされた際に不可能を可能たらしめる知恵。
そして今そのあらゆる力を総結集させて、六道の力と向かい合っている。
紬は確実に強くなっている。
それも女帝の名を欲しいままにしてきた和と対等に渡り合えるほどに。
ここまでの決して多いとは言えない鍔競り合いの中で和はそれを嫌というほど理解していた。
和「なるほどね……」
だがそこで朽ち果てる女帝ではない。
和は大多数の生徒が一筋縄ではいかない武術を持つ桜高を一手に束ねあげてきたのだ。
彼女を形成しているものは単純な武力だけではない。
要所要所で的確な判断を下す為の知識。
逆境に立たされた際に不可能を可能たらしめる知恵。
そして今そのあらゆる力を総結集させて、六道の力と向かい合っている。
14: 2011/04/21(木) 23:11:00.09 ID:RWLsOBnAO
和「ここまでの手品は全て理解したわ。今まで通り上手くいくとは思わない事ね」
和は桜花の刀身を指でなぞる。
指が通った部分は砂埃が綺麗に取れ、妖しい輝きを取り戻した。
紬「…………」
肌を刺すような空気に、紬は自ずと脇を絞る。
紬を含む真鍋 和をよく知る人間は駆け引きに置けるブラフを得意とする人間と聞いて真っ先に彼女を連想する。
恵まれた才覚、神域に到達している剣術。時には鬼にもなれる冷酷さ。
そのどれにも依存せず、常に戦場を自分だけのキリングフィールドたらしめる狡猾さを彼女は持っていた。
和は桜花の刀身を指でなぞる。
指が通った部分は砂埃が綺麗に取れ、妖しい輝きを取り戻した。
紬「…………」
肌を刺すような空気に、紬は自ずと脇を絞る。
紬を含む真鍋 和をよく知る人間は駆け引きに置けるブラフを得意とする人間と聞いて真っ先に彼女を連想する。
恵まれた才覚、神域に到達している剣術。時には鬼にもなれる冷酷さ。
そのどれにも依存せず、常に戦場を自分だけのキリングフィールドたらしめる狡猾さを彼女は持っていた。
15: 2011/04/21(木) 23:11:28.59 ID:RWLsOBnAO
そんな彼女の本質を知りながらにして紬は彼女の言葉を真直ぐに受け止めた。
薄っぺらな嘘などではない。ここから先、自分が優位に立つには一度のミスも許されないだろうと。
紬「……それでも、やれる事をやるだけだから」
先の見えない闘いの海の中を深く潜ってゆく。
この闘いの敗者とは即ち、苦しみから逃げて先に顔を上げた者だ。
紬も、そして和もそれをひしひしと感じていた。
和「じゃあ一つずつへし折ってあげるから、氏ぬ気で這い上がってきなさい」
和はどこか楽しそうな面持ちだった。
荒れた地面を軽く足で慣らし、その上から刀を突き刺す。
薄っぺらな嘘などではない。ここから先、自分が優位に立つには一度のミスも許されないだろうと。
紬「……それでも、やれる事をやるだけだから」
先の見えない闘いの海の中を深く潜ってゆく。
この闘いの敗者とは即ち、苦しみから逃げて先に顔を上げた者だ。
紬も、そして和もそれをひしひしと感じていた。
和「じゃあ一つずつへし折ってあげるから、氏ぬ気で這い上がってきなさい」
和はどこか楽しそうな面持ちだった。
荒れた地面を軽く足で慣らし、その上から刀を突き刺す。
16: 2011/04/21(木) 23:12:04.69 ID:RWLsOBnAO
紬「……っ!」
紬の足元が一瞬だけ煌めいたかと思うと、次の瞬間地を食い破って岩の槍が突き出してきた。
紬は身を翻してそれを躱し、闘気によって造り出された岩の槍を打ち消そうとする。
和「甘いわね。私の剃刀は二枚刃よ」
刹那、紬は身体の中の臓器が全て下ってゆくような錯覚に陥った。
痛みは無い。だがとてつもない衝撃は紬を混乱させる。
彼女は自分が宙に投げ出されている事を認識するのに数秒を要した。
では何故紬が宙に投げ出されているのか。
答えはあまりにもシンプルだ。比喩でも何でもなくそのままの意味で、地が跳ね上がったのだ。
紬の足元が一瞬だけ煌めいたかと思うと、次の瞬間地を食い破って岩の槍が突き出してきた。
紬は身を翻してそれを躱し、闘気によって造り出された岩の槍を打ち消そうとする。
和「甘いわね。私の剃刀は二枚刃よ」
刹那、紬は身体の中の臓器が全て下ってゆくような錯覚に陥った。
痛みは無い。だがとてつもない衝撃は紬を混乱させる。
彼女は自分が宙に投げ出されている事を認識するのに数秒を要した。
では何故紬が宙に投げ出されているのか。
答えはあまりにもシンプルだ。比喩でも何でもなくそのままの意味で、地が跳ね上がったのだ。
17: 2011/04/21(木) 23:12:41.44 ID:RWLsOBnAO
和「また人間道で私を叩き付けてみる? そしたらこの状況も打破出来るんじゃない?」
紬の眼前に皮肉めいた笑みを浮かべた和が迫っていた。
振りかぶった桜花の切っ先が妖しく輝く。
和「出来ないわよね。だって地に足がついて無いんだもの。種さえ分かればこんなものよ」
紬の肩口から鈍い音がした。
斬られてはいない。ただの峰打ちだ。
しかしその一撃は紬に致命的なダメージを与えた。
闘気の加護も受けていない峰打ちが何故致命傷と成り得るのか。
その理由は、紬が現時点で「闘気という概念を微塵も理解していない」からだった。
紬の眼前に皮肉めいた笑みを浮かべた和が迫っていた。
振りかぶった桜花の切っ先が妖しく輝く。
和「出来ないわよね。だって地に足がついて無いんだもの。種さえ分かればこんなものよ」
紬の肩口から鈍い音がした。
斬られてはいない。ただの峰打ちだ。
しかしその一撃は紬に致命的なダメージを与えた。
闘気の加護も受けていない峰打ちが何故致命傷と成り得るのか。
その理由は、紬が現時点で「闘気という概念を微塵も理解していない」からだった。
18: 2011/04/21(木) 23:13:11.15 ID:RWLsOBnAO
逆に地に叩き付けられた紬は息を詰まらせた。
ほんの一瞬だけだが脳が陥落しまう。
常人にとってのそのほんの一瞬は取るに足らないような時間だが、この二人にとっては勝敗を決し得る時間だ。
和「チェックメイトね」
仰向けに倒れた紬に覆い被さるように、和は紬の喉元に刃を突き付けた。
勝ち誇ったような笑みを浮かべる和は勝利を確信しながらも一寸の油断もしていない。
和「今まで貴女が放った技の中にこの状況を打破出来るものは無い筈よ」
紬「……どうかしら」
紬は苦し紛れに声を搾り出すが、それは逆に和に自信を与える。
ほんの一瞬だけだが脳が陥落しまう。
常人にとってのそのほんの一瞬は取るに足らないような時間だが、この二人にとっては勝敗を決し得る時間だ。
和「チェックメイトね」
仰向けに倒れた紬に覆い被さるように、和は紬の喉元に刃を突き付けた。
勝ち誇ったような笑みを浮かべる和は勝利を確信しながらも一寸の油断もしていない。
和「今まで貴女が放った技の中にこの状況を打破出来るものは無い筈よ」
紬「……どうかしら」
紬は苦し紛れに声を搾り出すが、それは逆に和に自信を与える。
19: 2011/04/21(木) 23:13:39.58 ID:RWLsOBnAO
和「認めないなら一つずつ説明する? 最初に放った鎌鼬には私を引き離す殺傷力は無い。あくまで目眩ましのようなものよね」
和は修羅道が発動された時、紬が緑の闘気に目覚めたのかと思ったが一度鎌鼬を受けてみてその考えを否定した。
風、大気を司る緑の闘気の能力者の技ならば真面に受けて掠り傷程度で済む筈が無いのだ。
紬から緑の闘気を感じられない事。初撃の威力の小ささ。
この二点から和は修羅道の力が取るに足らないものだと判断した。
和「次に私の闘気を打ち消した技と畜生道。この二つは二つで一つ。どちらか一つを抑えれば無力化される。そうでしょ?」
和は修羅道が発動された時、紬が緑の闘気に目覚めたのかと思ったが一度鎌鼬を受けてみてその考えを否定した。
風、大気を司る緑の闘気の能力者の技ならば真面に受けて掠り傷程度で済む筈が無いのだ。
紬から緑の闘気を感じられない事。初撃の威力の小ささ。
この二点から和は修羅道の力が取るに足らないものだと判断した。
和「次に私の闘気を打ち消した技と畜生道。この二つは二つで一つ。どちらか一つを抑えれば無力化される。そうでしょ?」
20: 2011/04/21(木) 23:14:20.42 ID:RWLsOBnAO
紬「…………」
紬は押し黙った。
発言の一つ一つから何を気取られるか分からないからがゆえに。
和「やっぱりね。これはあくまで確信に近い推測だけど、畜生道は相手の闘気に触れないと使えないんじゃない?」
術者の身体能力を飛躍的に増幅させる畜生道の力。
一度発動してしまえばたとえ和と言えども継続的に見切り続ける事は難しい。
それは紬から見ても火を見るよりも明らかだ。
だがそれならば何故その力をフル活用しないのか。
和はまずそこに着眼した。
和「貴女が畜生道を使ったのは二回。そしてその二回とも私の闘気に触れた後だったわ」
紬は押し黙った。
発言の一つ一つから何を気取られるか分からないからがゆえに。
和「やっぱりね。これはあくまで確信に近い推測だけど、畜生道は相手の闘気に触れないと使えないんじゃない?」
術者の身体能力を飛躍的に増幅させる畜生道の力。
一度発動してしまえばたとえ和と言えども継続的に見切り続ける事は難しい。
それは紬から見ても火を見るよりも明らかだ。
だがそれならば何故その力をフル活用しないのか。
和はまずそこに着眼した。
和「貴女が畜生道を使ったのは二回。そしてその二回とも私の闘気に触れた後だったわ」
21: 2011/04/21(木) 23:15:03.99 ID:RWLsOBnAO
それだけならば偶然という線が濃厚だろう。
だがそれならば説明出来ない点が出てくる。
二度目の畜生道を使う前に紬は地から突き出た岩の槍に触れてそれをかき消した。
しかし普通に考えればその行動にメリットなど一つも無い。
危険はほぼ零と言って良い停止した岩の槍にわざわざ触れに行く時間。
言うまでもなくその動作が生むタイムラグは時には致命的な敗因と成り得る。
そこから考えられるのは……。
和「畜生道の前に使った力は闘気を打ち消すじゃなくて闘気を吸収する力。そしてそれが成功して初めて畜生道を使う事が出来る」
だがそれならば説明出来ない点が出てくる。
二度目の畜生道を使う前に紬は地から突き出た岩の槍に触れてそれをかき消した。
しかし普通に考えればその行動にメリットなど一つも無い。
危険はほぼ零と言って良い停止した岩の槍にわざわざ触れに行く時間。
言うまでもなくその動作が生むタイムラグは時には致命的な敗因と成り得る。
そこから考えられるのは……。
和「畜生道の前に使った力は闘気を打ち消すじゃなくて闘気を吸収する力。そしてそれが成功して初めて畜生道を使う事が出来る」
22: 2011/04/21(木) 23:15:32.11 ID:RWLsOBnAO
紬の肩がびくりと跳ねた。
一瞬だけ驚いたような表情を浮かべる。
和「人間道についても説明出来るわよ。あれは自分が地面に触れていないと──」
紬「もう良いわ」
表情が驚きから一変し、穏やかなものとなる。
それを見て和は紬の首に突き付けた刃を離そうとした。
紬「もう出し惜しみはしない。次の技が私の切り札よ」
紬が言い終えるよりも前に和は刀の柄を握る手に力を込めた。
勝敗自体は既に決まってはいるものの、和は思った。
純粋に、単純に、紬の本気を見てみたいと。
和「切り札はゲーム中に切らなきゃ意味無いわよ。実戦では出し惜しみしないようにね」
一瞬だけ驚いたような表情を浮かべる。
和「人間道についても説明出来るわよ。あれは自分が地面に触れていないと──」
紬「もう良いわ」
表情が驚きから一変し、穏やかなものとなる。
それを見て和は紬の首に突き付けた刃を離そうとした。
紬「もう出し惜しみはしない。次の技が私の切り札よ」
紬が言い終えるよりも前に和は刀の柄を握る手に力を込めた。
勝敗自体は既に決まってはいるものの、和は思った。
純粋に、単純に、紬の本気を見てみたいと。
和「切り札はゲーム中に切らなきゃ意味無いわよ。実戦では出し惜しみしないようにね」
23: 2011/04/21(木) 23:16:08.93 ID:RWLsOBnAO
和も紬もどこか楽しそうな顔をしている。
互いが互いに自分の技の方が優れているという確信があった。
だからこそ戦況的には優劣があるものの、精神面ではどちらも劣っていない。
和「…………」
生唾を飲んで刀の柄を絞る。
その後に二人の視線が交錯した。
紬「地獄道」
まるでそれを契機にしたかのように鍵語は呟かれる。
移り世に蔓延する全ての物質は停止し、音も無く常世の門が開かれた。
和「これは……!?」
和は光景が移り変わる事すら認識出来なかった。
彼女は目の前にそびえ立った門を見て驚愕する。
美術に聡い者でなくとも一度は映像、或いは写真などで見た事があるであろう。
ロダンの地獄の門がそこに現れたのだ。
互いが互いに自分の技の方が優れているという確信があった。
だからこそ戦況的には優劣があるものの、精神面ではどちらも劣っていない。
和「…………」
生唾を飲んで刀の柄を絞る。
その後に二人の視線が交錯した。
紬「地獄道」
まるでそれを契機にしたかのように鍵語は呟かれる。
移り世に蔓延する全ての物質は停止し、音も無く常世の門が開かれた。
和「これは……!?」
和は光景が移り変わる事すら認識出来なかった。
彼女は目の前にそびえ立った門を見て驚愕する。
美術に聡い者でなくとも一度は映像、或いは写真などで見た事があるであろう。
ロダンの地獄の門がそこに現れたのだ。
24: 2011/04/21(木) 23:19:03.08 ID:RWLsOBnAO
和「地獄の……門……?」
紬「お久し振りです和さん。ここは地獄のコミューンです」
そんなノリ
紬「お久し振りです和さん。ここは地獄のコミューンです」
そんなノリ
27: 2011/05/06(金) 02:22:24.57 ID:d6rmYWQAO
静止した闇の中で和は言葉を失っていた。
自身の心臓の鼓動すら警鐘に思えて、彼女の心を落ち着かせるものなど一つも無い。
この状況をどのようにして説明付けようか。
脳は無意味に足掻くも思考の糸は絡まるばかりだった。
紬「ようこそ地獄へ」
疑念でごった返す和の脳内が紬の一声で水を打ったように静かになる。
いつの間に抜け出したのだろうか、紬は和の手元を離れて彼女の真後ろに立っていた。
不敵に微笑む紬の肌は不気味なほどに青白く、まるで氏人のようだった。
自身の心臓の鼓動すら警鐘に思えて、彼女の心を落ち着かせるものなど一つも無い。
この状況をどのようにして説明付けようか。
脳は無意味に足掻くも思考の糸は絡まるばかりだった。
紬「ようこそ地獄へ」
疑念でごった返す和の脳内が紬の一声で水を打ったように静かになる。
いつの間に抜け出したのだろうか、紬は和の手元を離れて彼女の真後ろに立っていた。
不敵に微笑む紬の肌は不気味なほどに青白く、まるで氏人のようだった。
28: 2011/05/06(金) 02:22:55.94 ID:d6rmYWQAO
和「ここまで来るともう……なんだか、ね」
空間そのものを造り替える能力。
或いは本当に地獄が存在すると仮定して、地獄を召喚する能力か。
どちらにしてもこの現象は和の理解の範疇を越えている。
紬はこの力を大切な人、かつての師斎藤から譲り受けたと言っていた。
六道の力を自在に行使する兵が敵の中に居たと思うと和は内心ぞっとする。
物語を根本から覆せる力を持ちながらにして敢えて自らフェードアウトする事を選び取った男。
和「私には理解出来ないわね……」
二つの意味を込めて和は呟いた。
そして同時にとんでもない狂言回しだ、と今は亡き斎藤に向けて毒づく。
空間そのものを造り替える能力。
或いは本当に地獄が存在すると仮定して、地獄を召喚する能力か。
どちらにしてもこの現象は和の理解の範疇を越えている。
紬はこの力を大切な人、かつての師斎藤から譲り受けたと言っていた。
六道の力を自在に行使する兵が敵の中に居たと思うと和は内心ぞっとする。
物語を根本から覆せる力を持ちながらにして敢えて自らフェードアウトする事を選び取った男。
和「私には理解出来ないわね……」
二つの意味を込めて和は呟いた。
そして同時にとんでもない狂言回しだ、と今は亡き斎藤に向けて毒づく。
29: 2011/05/06(金) 02:23:33.52 ID:d6rmYWQAO
紬「理解する必要は無いわ。ここでは思考するという行為が無駄にナるから」
紬の身体に目に見えるほどの変化が起きる。
目の回りが急速に窪んでゆき、氏人のような白い肌にどす黒い斑点模様の痣が浮かび始めた。
和「ちょっ……。身体が……っ!」
紬「思考だけジャないわ。呼吸モ、運動も、悲哀モ、憤慨モ、歓喜も……」
言いながら和に向けて翳して腕が黒いゲル状の肉塊となって爛れ落ちる。
連鎖反応のようにその勢いは増してゆき、紬の身体が原形を留められなくなるのは直ぐだった。
紬「人ノ無力さを痛感シナさい。それが貴女が出来ル──」
紬の身体に目に見えるほどの変化が起きる。
目の回りが急速に窪んでゆき、氏人のような白い肌にどす黒い斑点模様の痣が浮かび始めた。
和「ちょっ……。身体が……っ!」
紬「思考だけジャないわ。呼吸モ、運動も、悲哀モ、憤慨モ、歓喜も……」
言いながら和に向けて翳して腕が黒いゲル状の肉塊となって爛れ落ちる。
連鎖反応のようにその勢いは増してゆき、紬の身体が原形を留められなくなるのは直ぐだった。
紬「人ノ無力さを痛感シナさい。それが貴女が出来ル──」
30: 2011/05/06(金) 02:24:04.38 ID:d6rmYWQAO
言い終えるよりも先に紬の身体は完全にゲル状の液体となった。
そして地面と呼んで良いのかも分からない、そこに立つ者を墜ちてゆく錯覚に陥らせる黒い足場に染み込んでゆく。
和「ムギ……!」
咄嗟に手を伸ばすが既に遅い。
得も知れない恐怖に苛まれる暇もなく、翳した腕の肩口を背後から叩かれた。
背後に居る人物から逃げるように和は振り返りつつ大きく後退する。
だが和は目の前に佇む人物を見て、驚愕のあまり目を見開いた。
和「……どうして」
理解不能な状況は和の精神を摩耗させ、その影響は肉体にも現れ始める。
そして地面と呼んで良いのかも分からない、そこに立つ者を墜ちてゆく錯覚に陥らせる黒い足場に染み込んでゆく。
和「ムギ……!」
咄嗟に手を伸ばすが既に遅い。
得も知れない恐怖に苛まれる暇もなく、翳した腕の肩口を背後から叩かれた。
背後に居る人物から逃げるように和は振り返りつつ大きく後退する。
だが和は目の前に佇む人物を見て、驚愕のあまり目を見開いた。
和「……どうして」
理解不能な状況は和の精神を摩耗させ、その影響は肉体にも現れ始める。
31: 2011/05/06(金) 02:24:43.47 ID:d6rmYWQAO
込み上げる吐き気を堪えながら和は声を振り絞った。
和「どうしてアンタがここに居るのよ!?」
自然と声が荒くなる。
だが和の前に佇む少女は皮肉な笑みを浮かべるだけだった。
澪「失礼だな。まるで私が幽霊か何かみたいじゃないか」
生気を感じられない白い肌。色素の薄い唇から紡がれるのは冷たい声。
何をしても不安感を煽るその容姿で、澪の姿をした何かは軽くおどけて見せる。
澪「ほら足だってちゃんとあるよ。触ってみる?」
和「……いや。遠慮しとくわ」
にじり寄ってくる澪を制し、眉間に皺を寄せる。
澪はそれに気付いたのか、悲しそうに目を伏せた。
和「どうしてアンタがここに居るのよ!?」
自然と声が荒くなる。
だが和の前に佇む少女は皮肉な笑みを浮かべるだけだった。
澪「失礼だな。まるで私が幽霊か何かみたいじゃないか」
生気を感じられない白い肌。色素の薄い唇から紡がれるのは冷たい声。
何をしても不安感を煽るその容姿で、澪の姿をした何かは軽くおどけて見せる。
澪「ほら足だってちゃんとあるよ。触ってみる?」
和「……いや。遠慮しとくわ」
にじり寄ってくる澪を制し、眉間に皺を寄せる。
澪はそれに気付いたのか、悲しそうに目を伏せた。
32: 2011/05/06(金) 02:25:36.58 ID:d6rmYWQAO
澪「……何でそんな顔するの? 私の事嫌い?」
和「…………」
上辺だけの言葉で取り繕えばどうとでもなるのに、何故か和は何も言えなかった。
それは和が自発的に押し黙ったわけではない。
自分の身体が見えない何かに支配されているような感覚が和を押さえ付けているのだ。
澪「そっか……。やっぱり嫌いなんだな。前々から気付いてたよ、変なところで妙に他人行儀だし……。他にもいろいろ──」
両手で頭を抱えて蹲る澪の身体が溶けてゆく。
和が瞬きする毎に澪の姿は紬と同じように黒い地面に染み込み、消え失せた。
和「…………」
上辺だけの言葉で取り繕えばどうとでもなるのに、何故か和は何も言えなかった。
それは和が自発的に押し黙ったわけではない。
自分の身体が見えない何かに支配されているような感覚が和を押さえ付けているのだ。
澪「そっか……。やっぱり嫌いなんだな。前々から気付いてたよ、変なところで妙に他人行儀だし……。他にもいろいろ──」
両手で頭を抱えて蹲る澪の身体が溶けてゆく。
和が瞬きする毎に澪の姿は紬と同じように黒い地面に染み込み、消え失せた。
33: 2011/05/06(金) 02:26:14.84 ID:d6rmYWQAO
澪「私は大好きなのに……。何で皆そんなによそよそしくなっちゃうの? ねぇ、どうして?」
背後で響いた声と共に和に覆い被さるのは澪の身体だった。
反射的に押し退けようとする和だが、触れた先に衣服の感触は無く、柔らかい肌の感触が指を伝って身を固まらせる。
和「服ぐらい着なさいよ……」
澪「ほらやっぱり素っ気無い。触ってよ、触らせてよ。じゃないと淋しいよ」
澪は胸に触れて固まったままの和の腕を掴み、自分の秘部をそっとなぞらせた。
和「離しなさいっ!」
澪「やだ」
澪は和と向かい合う形で身体を擦り寄らせ、求めるように腰をよがらせた。
背後で響いた声と共に和に覆い被さるのは澪の身体だった。
反射的に押し退けようとする和だが、触れた先に衣服の感触は無く、柔らかい肌の感触が指を伝って身を固まらせる。
和「服ぐらい着なさいよ……」
澪「ほらやっぱり素っ気無い。触ってよ、触らせてよ。じゃないと淋しいよ」
澪は胸に触れて固まったままの和の腕を掴み、自分の秘部をそっとなぞらせた。
和「離しなさいっ!」
澪「やだ」
澪は和と向かい合う形で身体を擦り寄らせ、求めるように腰をよがらせた。
34: 2011/05/06(金) 02:26:52.99 ID:d6rmYWQAO
和「……好き合ってるとしてもこんなのおかしいわよ。普通じゃないわ」
澪「嘘だ! 本当に好いてくれてるなら私の全てを受け止めてくれる筈だろう!!」
何とか手を振りほどこうと身を捩らせる和だが、澪の化け物染みた力の前では成す術無く押し倒された。
和「ちょっ……止めなさい! その首切り落とすわよ!」
澪「やってみろ。私に敵う人間なんて居ない事ぐらい、和なら分かるだろ?」
口元は微笑んでいるものの目は据わっていた。
這い寄る強烈な氏のイメージが和の脳内を徐々に浸食してゆく。
澪「嘘だ! 本当に好いてくれてるなら私の全てを受け止めてくれる筈だろう!!」
何とか手を振りほどこうと身を捩らせる和だが、澪の化け物染みた力の前では成す術無く押し倒された。
和「ちょっ……止めなさい! その首切り落とすわよ!」
澪「やってみろ。私に敵う人間なんて居ない事ぐらい、和なら分かるだろ?」
口元は微笑んでいるものの目は据わっていた。
這い寄る強烈な氏のイメージが和の脳内を徐々に浸食してゆく。
35: 2011/05/06(金) 02:27:36.66 ID:d6rmYWQAO
和「……っ」
胸の奥で蠢く恐怖という魔物は和の視界を霞ませ、強者としての芯をいとも容易く叩き折る。
靄がかかった視界に映る光景が和にとって最も辛辣なものだったから。
「和……ちゃん……っ」
声がした方に首を回すとそこには見慣れた少女の姿があった。
いつもと変わらないふんわりとした茶色の癖毛。幼さを残す柔和な声色。
そして、今まで和が一度も見た事がない、彼女の絶望に打ちのめされた表情。
唯「たすっ……助けて……!」
両手両足を泥を固めたような人型の何かに押さえ付けられ、唯は苦悶の表情を和に向ける。
胸の奥で蠢く恐怖という魔物は和の視界を霞ませ、強者としての芯をいとも容易く叩き折る。
靄がかかった視界に映る光景が和にとって最も辛辣なものだったから。
「和……ちゃん……っ」
声がした方に首を回すとそこには見慣れた少女の姿があった。
いつもと変わらないふんわりとした茶色の癖毛。幼さを残す柔和な声色。
そして、今まで和が一度も見た事がない、彼女の絶望に打ちのめされた表情。
唯「たすっ……助けて……!」
両手両足を泥を固めたような人型の何かに押さえ付けられ、唯は苦悶の表情を和に向ける。
36: 2011/05/06(金) 02:28:04.70 ID:d6rmYWQAO
唯が着ている制服は揉み合いの際に負荷がかかったのか、ところどころが破れている。
柔らかい肌を露出させて押さえ込まれている唯の上に跨がるのは澪だった。
澪「──っ! ~~っ!?」
人語にすら聞こえない奇妙な呻き声を上げながら澪の形をした何かは唯の胸に顔を埋める。
唯「やっ──。和ちゃ……っ! たすけっ」
手足の自由を塞がれて凌辱される唯と目が合った。
和の喉は自然と渇き、手足が僅かに震え始める。
『友達一人救えねーくせに何が生徒会長だよ』
全身の神経を逆撫でる嫌な声が和の脳に直接響いた。
柔らかい肌を露出させて押さえ込まれている唯の上に跨がるのは澪だった。
澪「──っ! ~~っ!?」
人語にすら聞こえない奇妙な呻き声を上げながら澪の形をした何かは唯の胸に顔を埋める。
唯「やっ──。和ちゃ……っ! たすけっ」
手足の自由を塞がれて凌辱される唯と目が合った。
和の喉は自然と渇き、手足が僅かに震え始める。
『友達一人救えねーくせに何が生徒会長だよ』
全身の神経を逆撫でる嫌な声が和の脳に直接響いた。
37: 2011/05/06(金) 02:28:53.78 ID:d6rmYWQAO
『女帝? そんな肩書きに何の意味があるの?』
『そりゃ嫌なものから逃げてれば嫌なものに負ける事も無いもんね』
『序列一位ってどれだけ強いの? 大事なものを守れるの?』
『生徒会長なら──』
『女帝なら──』
『真鍋 和なら──』
多くの声が和の脳内で木霊する。
和自身の心に巣くう闇をひっくり返してぶち撒けたようなこの空間で……。
和「壊すわ」
達観している面はあれど精神は一介の女子高生。
そんな和が正気を保っていられる筈がなかった。
『そりゃ嫌なものから逃げてれば嫌なものに負ける事も無いもんね』
『序列一位ってどれだけ強いの? 大事なものを守れるの?』
『生徒会長なら──』
『女帝なら──』
『真鍋 和なら──』
多くの声が和の脳内で木霊する。
和自身の心に巣くう闇をひっくり返してぶち撒けたようなこの空間で……。
和「壊すわ」
達観している面はあれど精神は一介の女子高生。
そんな和が正気を保っていられる筈がなかった。
38: 2011/05/06(金) 02:29:27.32 ID:d6rmYWQAO
和「悪い冗談もこのぐらいにしてよね。この趣味の悪いセットも纏めて壊してあげる」
取り押さえられたままの姿勢で掌を黒い足場に添える。
刹那、目も眩むような極光が全てを包み込んだ。
『やっぱり逃げるんだ』
『氏を以て勝ち逃げってか? そんなの週間少年ジャンプの中だけにしてくれよ』
『臆病者。薄情者。小心者──』
和「五月蠅い」
頭の中を舐め回す陰湿な声は止んだ。
地震を思わせる大きな揺れは和の精神を終わらせる部屋を終わらせようとしていた。
和「じゃあ私、生徒会行くから」
向かい合う澪と目が合った。
自身の黄色の闘気の奔流に身を任せる中で、和は彼女だけは受け入れる事なくはっきりと拒絶した。
取り押さえられたままの姿勢で掌を黒い足場に添える。
刹那、目も眩むような極光が全てを包み込んだ。
『やっぱり逃げるんだ』
『氏を以て勝ち逃げってか? そんなの週間少年ジャンプの中だけにしてくれよ』
『臆病者。薄情者。小心者──』
和「五月蠅い」
頭の中を舐め回す陰湿な声は止んだ。
地震を思わせる大きな揺れは和の精神を終わらせる部屋を終わらせようとしていた。
和「じゃあ私、生徒会行くから」
向かい合う澪と目が合った。
自身の黄色の闘気の奔流に身を任せる中で、和は彼女だけは受け入れる事なくはっきりと拒絶した。
39: 2011/05/06(金) 02:30:05.48 ID:d6rmYWQAO
このまま壊されるくらいならば、と彼女は自壊する事を選んだ。
散りゆく極光はやがて大地を揺るがす力となり、全ての幻想を虚無へと帰す。術者自身と共に。
和「ほんと、嫌なもの見せてくれるわよね……」
和が持つ全ての闘気を吐き出した際に起こる奥義『天崩し』。
地の底から大地を突き上げる強大な力は天をも穿つ。
それそのものは技などという人為的で陳腐なものではない。
地震、竜巻、津波。森羅万象と同列の力を持つ一つの現象なのだ。 抑え込まれた唯諸共泥人形達が黒い大地に穿たれる。
散りゆく極光はやがて大地を揺るがす力となり、全ての幻想を虚無へと帰す。術者自身と共に。
和「ほんと、嫌なもの見せてくれるわよね……」
和が持つ全ての闘気を吐き出した際に起こる奥義『天崩し』。
地の底から大地を突き上げる強大な力は天をも穿つ。
それそのものは技などという人為的で陳腐なものではない。
地震、竜巻、津波。森羅万象と同列の力を持つ一つの現象なのだ。 抑え込まれた唯諸共泥人形達が黒い大地に穿たれる。
40: 2011/05/06(金) 02:30:34.73 ID:d6rmYWQAO
やがて闘気は和が御せる範囲を越え、暴走を始める。
地表を喰い破る針の筵が彼女自身をも貫いた。
和「かはっ……!」
幻想では有り得ないリアルな痛みが全身に走る。
口から零れた血の生温かさ。馬乗りになる澪の身体から漏れた得体の知れない液体の冷たさ。
全てが本物の感覚だった。
前後左右、天と地、善悪。あらゆる絶対的な概念が崩壊してゆく。
崩れてゆく視界の中で和は首吊り氏体が笑うのを見た。
切断された奴隷の足が羽根を生やして羽ばたく。
積み上げられたドル紙幣の城が巨人の糞尿に呑まれたところで和の意識は途切れた。
地表を喰い破る針の筵が彼女自身をも貫いた。
和「かはっ……!」
幻想では有り得ないリアルな痛みが全身に走る。
口から零れた血の生温かさ。馬乗りになる澪の身体から漏れた得体の知れない液体の冷たさ。
全てが本物の感覚だった。
前後左右、天と地、善悪。あらゆる絶対的な概念が崩壊してゆく。
崩れてゆく視界の中で和は首吊り氏体が笑うのを見た。
切断された奴隷の足が羽根を生やして羽ばたく。
積み上げられたドル紙幣の城が巨人の糞尿に呑まれたところで和の意識は途切れた。
41: 2011/05/06(金) 02:31:06.37 ID:d6rmYWQAO
「六道が一つ、地獄道」
凜とした声が和の耳に鳴り響く。
汗で濡れて額に張り付いた前髪を拭い、彼女は重い瞼を開いた。
紬「私の眼を見た人にとって最も辛い地獄を見せる力よ」
視界に広がった光景は仄かに赤みがかった空だった。
まさに地獄のようなあの場所とは似ても似つかない、至極普通で自然な場所だ。
和「幻覚……だったの?」
和は疲弊した身体を労るようにゆっくりと上体を起こした。
その際に向かい合うように座り込んだ紬と目が合ったが、彼女は薄く笑みを貼り付けて首を横に振る。
凜とした声が和の耳に鳴り響く。
汗で濡れて額に張り付いた前髪を拭い、彼女は重い瞼を開いた。
紬「私の眼を見た人にとって最も辛い地獄を見せる力よ」
視界に広がった光景は仄かに赤みがかった空だった。
まさに地獄のようなあの場所とは似ても似つかない、至極普通で自然な場所だ。
和「幻覚……だったの?」
和は疲弊した身体を労るようにゆっくりと上体を起こした。
その際に向かい合うように座り込んだ紬と目が合ったが、彼女は薄く笑みを貼り付けて首を横に振る。
42: 2011/05/06(金) 02:31:42.92 ID:d6rmYWQAO
紬「幻覚とはちょっと違うの。対象の五感を全部遮断して心の中に有る負の感情と強制的に向き合わせる。それがこの力の正体よ」
和「…………」
和は紬の説明を理解するのに時間を要した。
目が合うだけで五感を遮断する力。どう考えてもその理屈は理解し得ない。
紬「邪眼、とでも言おうかしら。私自身にも理屈は分からないの、ただこの眼はそうあるべきっていう感覚みたいなものかしら? 何故だが分からないけど解っちゃうの」
紬が言いたい事はやんわりとだが理解出来ていた。
はっきりとした感覚はあるのだがそれを表現する為の語彙力が無い。
それは和自身もよく経験する事があったからだ。
和「…………」
和は紬の説明を理解するのに時間を要した。
目が合うだけで五感を遮断する力。どう考えてもその理屈は理解し得ない。
紬「邪眼、とでも言おうかしら。私自身にも理屈は分からないの、ただこの眼はそうあるべきっていう感覚みたいなものかしら? 何故だが分からないけど解っちゃうの」
紬が言いたい事はやんわりとだが理解出来ていた。
はっきりとした感覚はあるのだがそれを表現する為の語彙力が無い。
それは和自身もよく経験する事があったからだ。
43: 2011/05/06(金) 02:32:15.71 ID:d6rmYWQAO
たとえば闘気の使い方を口語で説明する事は可能か。少なくとも和には無理だ。
自転車の乗り方、手足の動かし方。
それをするのは簡単だが出来ない人間にそれを説明する時、人はどうしても口ごもってしまう。
和「危ういわね……」
何が危ういのか、つまり感覚的にそれを行使出来てしまうという事は表面的に見れば不都合などは無い。
だが人が無意識に手足を動かしたりするようにこの力が発動してしまえば……。
実際の時間にすれば十分にも満たないであろう、だが確かにその間に地獄を見た和は気が気ではなかった。
自転車の乗り方、手足の動かし方。
それをするのは簡単だが出来ない人間にそれを説明する時、人はどうしても口ごもってしまう。
和「危ういわね……」
何が危ういのか、つまり感覚的にそれを行使出来てしまうという事は表面的に見れば不都合などは無い。
だが人が無意識に手足を動かしたりするようにこの力が発動してしまえば……。
実際の時間にすれば十分にも満たないであろう、だが確かにその間に地獄を見た和は気が気ではなかった。
44: 2011/05/06(金) 02:32:46.53 ID:d6rmYWQAO
和「澪もムギも……。唯も、皆私なんかじゃ届かないところまで行っちゃいそうね」
無意識に震えていた掌を握り、自嘲染みた笑みを零す。
和にはそれが切なく思えたが、どこか嬉しくも思えた。
今まで女帝として桜高の頂点に君臨し続けていたが、強い個性を持つ集団を一人でどうこう出来ると思うなどおこがましいにも程がある。
頂点の座が揺るぎなかった頃には無かったそんな感情が和の内に芽生え始めていた。
紬「そんな事無いわ」
紬の一声が緩やかな静寂を打ち消す。
紬「力だけじゃないわ。今まで和ちゃんがしてきた事は私達には真似出来ないもの」
無意識に震えていた掌を握り、自嘲染みた笑みを零す。
和にはそれが切なく思えたが、どこか嬉しくも思えた。
今まで女帝として桜高の頂点に君臨し続けていたが、強い個性を持つ集団を一人でどうこう出来ると思うなどおこがましいにも程がある。
頂点の座が揺るぎなかった頃には無かったそんな感情が和の内に芽生え始めていた。
紬「そんな事無いわ」
紬の一声が緩やかな静寂を打ち消す。
紬「力だけじゃないわ。今まで和ちゃんがしてきた事は私達には真似出来ないもの」
45: 2011/05/06(金) 02:33:24.99 ID:d6rmYWQAO
立ち上がり、スカートに付いた砂埃を払うと紬は優しい笑みを和に向けた。
紬「私には私にしか出来ない事があるし和ちゃんには和ちゃんにしか出来ない事がある。それで良いと思うわ」
自分にしか出来ない事。
和はそれを考えて少しの間黙り込んだ。
そして空を見上げて鼻で笑い、刀を杖にしてよろよろと立ち上がる。
和「……体裁も考えなきゃいけないってのが生徒会長の辛いところよね」
距離を置いて固唾を飲むギャラリー達を一瞥し、和は紬に背を向けた。
紬「私、強くなったかな?」
和「ええ、とても」
紬「私には私にしか出来ない事があるし和ちゃんには和ちゃんにしか出来ない事がある。それで良いと思うわ」
自分にしか出来ない事。
和はそれを考えて少しの間黙り込んだ。
そして空を見上げて鼻で笑い、刀を杖にしてよろよろと立ち上がる。
和「……体裁も考えなきゃいけないってのが生徒会長の辛いところよね」
距離を置いて固唾を飲むギャラリー達を一瞥し、和は紬に背を向けた。
紬「私、強くなったかな?」
和「ええ、とても」
46: 2011/05/06(金) 02:33:50.90 ID:d6rmYWQAO
和の返事を聞いて紬の表情が綻ぶ。
一時は手が届かないのではと思っていた和に認められた。
それを思うと感きわまり、紬は深々と頭を下げた。
和「私も色々学ばせてもらったわ。私にしか出来ない事、私なりにやり遂げてみせようと思う」
桜花を鞘に納め、足を踏み出す。
靴の底から感じる大地の脈動が、何故か和には温かく感じた。
紬「…………」
去りゆく和の背を見つめていた紬。
闘いの場特有の張り詰めた空気の残滓すらも消え失せかけたその時、それは起きた。
紬「──っ!?」
紬の視界が瞬きの間に遮られる。
身を捩る間も無い速さで大地を喰い破って現れるのは岩の槍。
それが突き出ると認識する頃には紬は四方を岩で囲まれていた。
一時は手が届かないのではと思っていた和に認められた。
それを思うと感きわまり、紬は深々と頭を下げた。
和「私も色々学ばせてもらったわ。私にしか出来ない事、私なりにやり遂げてみせようと思う」
桜花を鞘に納め、足を踏み出す。
靴の底から感じる大地の脈動が、何故か和には温かく感じた。
紬「…………」
去りゆく和の背を見つめていた紬。
闘いの場特有の張り詰めた空気の残滓すらも消え失せかけたその時、それは起きた。
紬「──っ!?」
紬の視界が瞬きの間に遮られる。
身を捩る間も無い速さで大地を喰い破って現れるのは岩の槍。
それが突き出ると認識する頃には紬は四方を岩で囲まれていた。
47: 2011/05/06(金) 02:34:31.89 ID:d6rmYWQAO
和は紬に背を向けたままギャラリーを一瞥し、爪先で軽く地面を蹴った。
次の瞬間常人では立っていられない程の強烈な揺れが辺りを襲う。
和「私の全力が軽音部全員に破られる日も近いかもね」
大きな揺れの中で和だけが悠然と歩いている。
紬を閉じ込めた岩の槍が揺れと共鳴して自壊し始め、やがて盛大な音を立てて崩れた。
紬「やっぱり、レベルが違うわね……」
呆然と立ち尽くす紬に怪我は無い。
だがその表情は引きつっていた。
小さくなってゆく和を見据えて紬は呟く。
その場に居た全員が和を生徒会長たらしめるものを再認識した瞬間だった。
次の瞬間常人では立っていられない程の強烈な揺れが辺りを襲う。
和「私の全力が軽音部全員に破られる日も近いかもね」
大きな揺れの中で和だけが悠然と歩いている。
紬を閉じ込めた岩の槍が揺れと共鳴して自壊し始め、やがて盛大な音を立てて崩れた。
紬「やっぱり、レベルが違うわね……」
呆然と立ち尽くす紬に怪我は無い。
だがその表情は引きつっていた。
小さくなってゆく和を見据えて紬は呟く。
その場に居た全員が和を生徒会長たらしめるものを再認識した瞬間だった。
58: 2011/05/24(火) 01:33:38.03 ID:Bx/LCwsAO
曽我部 恵は苛立っていた。
大学の課題のレポート、幾らやっても追い付かなかった予習もようやく要領を掴んできた今日の頃。
久方振りの息抜きにと同じ学部の友人と出掛ける予定だったのだが。
恵「えっ、中止?」
運悪く恵以外の全員がその予定をキャンセル。
仕方無しにこのまま休みをだらだら消化するのもどうかと思い、洗車したばかりの車を出してあても無くうろついていた。
するとどうだろう。天気予報では地方一帯を太陽マークがオレンジに彩っていたのに雲行きは怪しくなり、遂には恵が最も望んでいなかった状況になった。
大学の課題のレポート、幾らやっても追い付かなかった予習もようやく要領を掴んできた今日の頃。
久方振りの息抜きにと同じ学部の友人と出掛ける予定だったのだが。
恵「えっ、中止?」
運悪く恵以外の全員がその予定をキャンセル。
仕方無しにこのまま休みをだらだら消化するのもどうかと思い、洗車したばかりの車を出してあても無くうろついていた。
するとどうだろう。天気予報では地方一帯を太陽マークがオレンジに彩っていたのに雲行きは怪しくなり、遂には恵が最も望んでいなかった状況になった。
59: 2011/05/24(火) 01:34:25.59 ID:Bx/LCwsAO
恵「何でよりにもよって今日降るのよ……」
喫茶店の一角にて恵は窓の向こうの曇天を眺めながら悪態をついた。
昼下がりのこの時間はいつもなら隠居暮らしの爺や旦那の稼ぎで私腹を肥やす裕福層の主婦達の寛ぎの間となっているのだが、滝のように雨が降り注ぐ今日のような日にはそんな暇を持て余した者もまるで見受けられなかった。
恵「こんな日はヤな事続きそうよね……」
誰に言うでもなく恵は呟く。
車から店内に入るまでの短い距離でびしょ濡れになった彼女の姿は物憂げに空を仰ぐ表情と相俟って扇情的なものを感じさせた。
喫茶店の一角にて恵は窓の向こうの曇天を眺めながら悪態をついた。
昼下がりのこの時間はいつもなら隠居暮らしの爺や旦那の稼ぎで私腹を肥やす裕福層の主婦達の寛ぎの間となっているのだが、滝のように雨が降り注ぐ今日のような日にはそんな暇を持て余した者もまるで見受けられなかった。
恵「こんな日はヤな事続きそうよね……」
誰に言うでもなく恵は呟く。
車から店内に入るまでの短い距離でびしょ濡れになった彼女の姿は物憂げに空を仰ぐ表情と相俟って扇情的なものを感じさせた。
60: 2011/05/24(火) 01:35:15.00 ID:Bx/LCwsAO
暫くはする事もなく、値段のわりには薄味で香りも良くないコーヒーをちびちびと飲んでいた。
アルバイトであろう若い従業員が時折嫌らしい目付きで恵の方を眺めていたが、その度に恵は小さく咳払いをする。
今日はもう家に帰って大人しくしていようか、そう考えた矢先に恵の首筋に電流が走った。
恵「……?」
懐かしい感覚だった。
昨年まで自分もその渦中に居た群雄割拠の無法地帯。
突如辺りに満ちたぴりぴりとした空気はまるで恵をその中に舞い戻ったかのような錯覚に陥らせた。
アルバイトであろう若い従業員が時折嫌らしい目付きで恵の方を眺めていたが、その度に恵は小さく咳払いをする。
今日はもう家に帰って大人しくしていようか、そう考えた矢先に恵の首筋に電流が走った。
恵「……?」
懐かしい感覚だった。
昨年まで自分もその渦中に居た群雄割拠の無法地帯。
突如辺りに満ちたぴりぴりとした空気はまるで恵をその中に舞い戻ったかのような錯覚に陥らせた。
61: 2011/05/24(火) 01:35:51.96 ID:Bx/LCwsAO
飲みかけのコーヒーを飲み干し、足早に会計を済ませて店を出る。
雨粒が再び恵の髪を濡らし、薄手の服に染み込んでいった。
恵「さて、と……」
ツイてない、恵は胸の内でそう呟くと状況を脳内で整理し始めた。
先程から際立った殺気を放つ正体不明の人物、恵はそれを暫定的にXと命名する。
恵「色は無し、尾行の経験は無し……」
次に恵は仄かに感じられるXの気配から闘気の質を探り、その力量を見定めんとする。
更に気配の移行から身のこなし方を予測し、Xが単独犯であるか否か、その他諸々の情報を読み取った。
雨粒が再び恵の髪を濡らし、薄手の服に染み込んでいった。
恵「さて、と……」
ツイてない、恵は胸の内でそう呟くと状況を脳内で整理し始めた。
先程から際立った殺気を放つ正体不明の人物、恵はそれを暫定的にXと命名する。
恵「色は無し、尾行の経験は無し……」
次に恵は仄かに感じられるXの気配から闘気の質を探り、その力量を見定めんとする。
更に気配の移行から身のこなし方を予測し、Xが単独犯であるか否か、その他諸々の情報を読み取った。
62: 2011/05/24(火) 01:36:42.73 ID:Bx/LCwsAO
恵「出てきなさい」
恵は静かな水面に一石を投じる。
だが返事はおろか僅かな空気の乱れすらも感じられなかった。
恵「…………」
当初の予測通り恵はXを桜高の生徒であると断定する。
桜高を離れたこの地でわざわざ自分の元に桜高の生徒が来る事も無いだろう、一瞬そう考えもしたがXの尾行に慣れていない身のこなしから桜高以外の組織の者である可能性は無いと断定したのだ。
この広い世の中でここまでの殺気を放てる者を数えればそれこそきりが無い、だがそんな者達は往々にして何かしらの特殊な組織に属している。
Xが単独犯にして動きは素人、だが力量は備わっているという矛盾。
それが恵の考えの裏付けだ。
恵は静かな水面に一石を投じる。
だが返事はおろか僅かな空気の乱れすらも感じられなかった。
恵「…………」
当初の予測通り恵はXを桜高の生徒であると断定する。
桜高を離れたこの地でわざわざ自分の元に桜高の生徒が来る事も無いだろう、一瞬そう考えもしたがXの尾行に慣れていない身のこなしから桜高以外の組織の者である可能性は無いと断定したのだ。
この広い世の中でここまでの殺気を放てる者を数えればそれこそきりが無い、だがそんな者達は往々にして何かしらの特殊な組織に属している。
Xが単独犯にして動きは素人、だが力量は備わっているという矛盾。
それが恵の考えの裏付けだ。
63: 2011/05/24(火) 01:37:44.54 ID:Bx/LCwsAO
桜高に所属していた頃はこの程度の諍いなど日常茶飯事だった。
だからその際には作業の如く敵を迎え撃っていたし、簡単なその作業で自分が傷を負うなど考えた事も無い。
恵「……苛々させないでよ」
強がったような呟きは恵が不安を塗り潰すように漏らした虚栄だった。
本格的な闘いはいつぶりかを遡れば桜高を卒業するよりも前になる。
今の桜高のトップスリーとその他の生徒のが越えたくても越えられない、越える事すら馬鹿らしくなるような力の壁、『絶対の彼方』と呼ばれるように。
曽我部 恵は『絶対領域』という壁を生徒達に見せつけて桜高のトップクラスに君臨していたのだ。
だからその際には作業の如く敵を迎え撃っていたし、簡単なその作業で自分が傷を負うなど考えた事も無い。
恵「……苛々させないでよ」
強がったような呟きは恵が不安を塗り潰すように漏らした虚栄だった。
本格的な闘いはいつぶりかを遡れば桜高を卒業するよりも前になる。
今の桜高のトップスリーとその他の生徒のが越えたくても越えられない、越える事すら馬鹿らしくなるような力の壁、『絶対の彼方』と呼ばれるように。
曽我部 恵は『絶対領域』という壁を生徒達に見せつけて桜高のトップクラスに君臨していたのだ。
64: 2011/05/24(火) 01:38:20.31 ID:Bx/LCwsAO
当然大義名分を持たない狂犬のような生徒でも恵の『絶対領域』の前では萎縮し。
力ある者とはあくまで和解の道を選ぶ。
そうして恵は高校生活の後半を穏やかに過ごしてきた。
桜高を卒業してからは闘いとは縁遠い普通の大学生活。
突然のXの襲撃が恵の不安を煽るのは至極当然の事だった。
恵「──っ!」
刹那、恵の髪を嫌な風が舐めた。
半ば無意識に身を翻し、喫茶店の屋根に着地する。
恵がそうして身を退いてからコンマ一秒と遅れずに、アスファルトの地面が爆ぜた。
力ある者とはあくまで和解の道を選ぶ。
そうして恵は高校生活の後半を穏やかに過ごしてきた。
桜高を卒業してからは闘いとは縁遠い普通の大学生活。
突然のXの襲撃が恵の不安を煽るのは至極当然の事だった。
恵「──っ!」
刹那、恵の髪を嫌な風が舐めた。
半ば無意識に身を翻し、喫茶店の屋根に着地する。
恵がそうして身を退いてからコンマ一秒と遅れずに、アスファルトの地面が爆ぜた。
65: 2011/05/24(火) 01:39:19.56 ID:Bx/LCwsAO
恵が立っていた場所は幾千もの衝撃を与えられたような抉れ方をしている。
にも拘らず粉微塵のアスファルトを作り上げた張本人はそこにはいない。
恵「なかなかのタチワルさんね……。そこまで恨まれるような事したつもりは無いんだけ……どっ!」
今度は身を屈め、半ば転げ落ちるように屋根から降りた。
舌打ち混じりに車を止めてある駐車場の方に目をやり、一目散に駆けてゆく。
だが追跡者がそれを見逃す筈は無い。
雨粒の幕に身を潜めるXは自分に背を向けて駆けてゆく恵に詰め寄ってゆく。
にも拘らず粉微塵のアスファルトを作り上げた張本人はそこにはいない。
恵「なかなかのタチワルさんね……。そこまで恨まれるような事したつもりは無いんだけ……どっ!」
今度は身を屈め、半ば転げ落ちるように屋根から降りた。
舌打ち混じりに車を止めてある駐車場の方に目をやり、一目散に駆けてゆく。
だが追跡者がそれを見逃す筈は無い。
雨粒の幕に身を潜めるXは自分に背を向けて駆けてゆく恵に詰め寄ってゆく。
66: 2011/05/24(火) 01:39:55.92 ID:Bx/LCwsAO
「──っ!?」
後もう一歩で恵の背中に手が届く。
その瞬間Xは悶絶した。
鳩尾を抉り込む衝撃に身体の内側から異物感が込み上げる。
恵が馬蹴りの要領でその一撃を放ったのだと気付いたのは、その異物感を堪えた後だった。
短めのスカートの中から覗く淡色の下着などに視線を回す余裕は無い。
恵「あらごめんね? 足が滑っちゃった」
すらりと伸びた足を引き、恵はいたずらな笑みを浮かべて舌を出す。
激しく動けば裂けてしまいそうな短いスカートに重心を固定するには向いていないピンヒール。
そんな格好でも思った以上に動いてくれる自分の身体に恵は未だに錆び付かない自信を取り戻した。
後もう一歩で恵の背中に手が届く。
その瞬間Xは悶絶した。
鳩尾を抉り込む衝撃に身体の内側から異物感が込み上げる。
恵が馬蹴りの要領でその一撃を放ったのだと気付いたのは、その異物感を堪えた後だった。
短めのスカートの中から覗く淡色の下着などに視線を回す余裕は無い。
恵「あらごめんね? 足が滑っちゃった」
すらりと伸びた足を引き、恵はいたずらな笑みを浮かべて舌を出す。
激しく動けば裂けてしまいそうな短いスカートに重心を固定するには向いていないピンヒール。
そんな格好でも思った以上に動いてくれる自分の身体に恵は未だに錆び付かない自信を取り戻した。
67: 2011/05/24(火) 01:41:15.94 ID:Bx/LCwsAO
恵が視覚したXは小柄な少女で、雨避けの黒の外套に身を包んでいた。
頭まですっぽりと覆ったその身ぐるみを剥してやろうとも思ったが、恵は直ぐに目を切って自分の車へと駆ける。
「つっ……!」
外套の少女は腹部を抑え、ぎりぎりと奥歯を噛み締めるとよろよろと立ち上がった。
彼女の視界に映るのは白の軽自動車の後部座席で何かを探している恵の姿だった。
恵が何をしようとしているのか、それを彼女が知る術は無い。
だがだからといってこのまま恵の企みを野晒しにしておくつもりは彼女には毛頭無かった。
頭まですっぽりと覆ったその身ぐるみを剥してやろうとも思ったが、恵は直ぐに目を切って自分の車へと駆ける。
「つっ……!」
外套の少女は腹部を抑え、ぎりぎりと奥歯を噛み締めるとよろよろと立ち上がった。
彼女の視界に映るのは白の軽自動車の後部座席で何かを探している恵の姿だった。
恵が何をしようとしているのか、それを彼女が知る術は無い。
だがだからといってこのまま恵の企みを野晒しにしておくつもりは彼女には毛頭無かった。
68: 2011/05/24(火) 01:42:07.48 ID:Bx/LCwsAO
恵の一撃によって崩されかけた自身の身体に叱咤し、十メートル以上はあろうかという恵との隔りを一瞬で詰める。
その瞬間だった。彼女が絶対領域の真の恐怖を感じたのは。
恵「見っけ」
恵は短く呟いた。車内から手繰り寄せたのは一本の模造刀。
ただそれだけ。だがそれだけあれば恵にとってこの状況は取るに足らないものになるのだ。
「つっ──!?」
外套の少女は咄嗟に両手を眼前で交差させ、襲い来る衝撃を受け止める。
だがその衝撃の規模は咄嗟のガードで頃しきれるようなものではなく、アスファルトを滑るように退く羽目となった。
その瞬間だった。彼女が絶対領域の真の恐怖を感じたのは。
恵「見っけ」
恵は短く呟いた。車内から手繰り寄せたのは一本の模造刀。
ただそれだけ。だがそれだけあれば恵にとってこの状況は取るに足らないものになるのだ。
「つっ──!?」
外套の少女は咄嗟に両手を眼前で交差させ、襲い来る衝撃を受け止める。
だがその衝撃の規模は咄嗟のガードで頃しきれるようなものではなく、アスファルトを滑るように退く羽目となった。
69: 2011/05/24(火) 01:42:38.52 ID:Bx/LCwsAO
恵「断言するわ」
まだ鞘から抜いていない刀を器用に指で回しつつ、恵は薄く微笑んだ。
恵「ここから先貴女は私に指一本触れる事も出来ない」
鈴を鳴らしたような小気味の良い音と共に鈍色の刃が鞘から抜かれる。
恵という鞘から大気を動かす闘気が放たれたのはそれとほぼ同時だった。
「っ……」
外套の少女は息をする事すら忘れ、襲い来る闘気の奔流から逃れたい気持ちを堪えた。
桜高の生徒である彼女は恵を絶対領域と言わしめた所以を今まさに自身の肌で感じている。
まだ鞘から抜いていない刀を器用に指で回しつつ、恵は薄く微笑んだ。
恵「ここから先貴女は私に指一本触れる事も出来ない」
鈴を鳴らしたような小気味の良い音と共に鈍色の刃が鞘から抜かれる。
恵という鞘から大気を動かす闘気が放たれたのはそれとほぼ同時だった。
「っ……」
外套の少女は息をする事すら忘れ、襲い来る闘気の奔流から逃れたい気持ちを堪えた。
桜高の生徒である彼女は恵を絶対領域と言わしめた所以を今まさに自身の肌で感じている。
70: 2011/05/24(火) 01:43:25.65 ID:Bx/LCwsAO
滝のように降り注ぐ雨が恵を取り巻く大気に弾かれ、視覚可能なドーム状の領域を作り上げている。
それこそが恵の絶対領域。
踏み込む事すら許されない神聖なる剣聖の境地だ。
恵「なまじ半端な力を持ってる貴女なら分かるでしょう? 私の領域に踏み込む事がどれだけ愚かしい事か」
外套の少女は何も答えない。
代わりにその小さな肩を震わせ、恵の問いに対する肯定を示す。
恵「……敵を作るのは私としても本意じゃないの。今なら形だけの謝罪もいらない、今日の事は忘れて血みどろな日常に戻れば良いわ」
それこそが恵の絶対領域。
踏み込む事すら許されない神聖なる剣聖の境地だ。
恵「なまじ半端な力を持ってる貴女なら分かるでしょう? 私の領域に踏み込む事がどれだけ愚かしい事か」
外套の少女は何も答えない。
代わりにその小さな肩を震わせ、恵の問いに対する肯定を示す。
恵「……敵を作るのは私としても本意じゃないの。今なら形だけの謝罪もいらない、今日の事は忘れて血みどろな日常に戻れば良いわ」
71: 2011/05/24(火) 01:44:10.32 ID:Bx/LCwsAO
血みどろな日常。そう揶揄したのは本心だ。
だが本気でそう思える環境が今はどこか懐かしく、愛しくも思える。
三つ子の魂百までとはよく言ったものだと恵は心中で自虐的に呟いた。
「…………」
見つめ合う二人の間に一瞬とも、永劫とも思える時間が流れた。
力の責めぎ合いと共に交錯するのは互いの想い。
外套の少女は恵の意志を読み取る事が出来なかったのか、或いは出来ないふりをしたのか。特に反応を示さなかった。
恵「……?」
だが恵は違った。
積み重ねてきた戦歴から培った経験則から少女の意志を読み取るに、些か不審な点があったからだ。
だが本気でそう思える環境が今はどこか懐かしく、愛しくも思える。
三つ子の魂百までとはよく言ったものだと恵は心中で自虐的に呟いた。
「…………」
見つめ合う二人の間に一瞬とも、永劫とも思える時間が流れた。
力の責めぎ合いと共に交錯するのは互いの想い。
外套の少女は恵の意志を読み取る事が出来なかったのか、或いは出来ないふりをしたのか。特に反応を示さなかった。
恵「……?」
だが恵は違った。
積み重ねてきた戦歴から培った経験則から少女の意志を読み取るに、些か不審な点があったからだ。
72: 2011/05/24(火) 01:45:00.53 ID:Bx/LCwsAO
桜高の生徒特有のぎらついた闘争本能。
闘いを一種の娯楽として捉えるその気概は本人が意識せずとも仕種や態度に現れる。
だが桜高に所属している筈の外套の少女からはこの闘いを楽しもうとする気概が全く感じられない。
恵「私が……憎いの?」
訝しく眉を顰める。
外套の少女の未発達の闘気から感じられる意志を一文字で表すとするならば「哀」。
どうにもならない現実に打ちのめされ、達観する事も出来ずに彷徨い続けた者が織り成す色だった。
闘いを一種の娯楽として捉えるその気概は本人が意識せずとも仕種や態度に現れる。
だが桜高に所属している筈の外套の少女からはこの闘いを楽しもうとする気概が全く感じられない。
恵「私が……憎いの?」
訝しく眉を顰める。
外套の少女の未発達の闘気から感じられる意志を一文字で表すとするならば「哀」。
どうにもならない現実に打ちのめされ、達観する事も出来ずに彷徨い続けた者が織り成す色だった。
73: 2011/05/24(火) 01:45:36.17 ID:Bx/LCwsAO
刹那、生まれたのは存在すら疑わしい程の僅かな隙。
大気の澱みからしか認知出来ないその空白の間に外套の少女は動いた。
恵「──っ!」
速いという言葉で表すのも憚られる程に彼女は速かった。
恵の絶対領域の内部で唯一安全であろう場所、恵の背後に外套の少女は回り込んだ。
振りかぶる拳は固く握られ、一撃必殺の鉄槌となる。
直撃すれば背骨諸共臓器を壊される可能性が高いだろう。
だがその拳が恵に届く事は無かった。
大気の澱みからしか認知出来ないその空白の間に外套の少女は動いた。
恵「──っ!」
速いという言葉で表すのも憚られる程に彼女は速かった。
恵の絶対領域の内部で唯一安全であろう場所、恵の背後に外套の少女は回り込んだ。
振りかぶる拳は固く握られ、一撃必殺の鉄槌となる。
直撃すれば背骨諸共臓器を壊される可能性が高いだろう。
だがその拳が恵に届く事は無かった。
74: 2011/05/24(火) 01:47:04.12 ID:Bx/LCwsAO
「がっ──!?」
外套の少女は首筋に走った衝撃に耐えかね、地に膝をついた。
込み上げる吐き気、止まらない手足の震え、そして頭上で冷たい視線を注ぐ恵の瞳。
少女の心をへし折るには充分過ぎる要素がこの場には揃っていた。
恵「氏角なんてあると思った? 私が油断したとでも思った?」
降り注ぐ凌辱の雨に打たれた恵の髪は艶めき、透けた衣服の内側から覗く肢体には他者の心を犯す何かがあった。
恵「甘いわよ」
刃が振り下ろされる。
不快な鈍痛と脳内に響く殴打の音。
それが外套の少女が意識を手放す前に感じたものだった。
外套の少女は首筋に走った衝撃に耐えかね、地に膝をついた。
込み上げる吐き気、止まらない手足の震え、そして頭上で冷たい視線を注ぐ恵の瞳。
少女の心をへし折るには充分過ぎる要素がこの場には揃っていた。
恵「氏角なんてあると思った? 私が油断したとでも思った?」
降り注ぐ凌辱の雨に打たれた恵の髪は艶めき、透けた衣服の内側から覗く肢体には他者の心を犯す何かがあった。
恵「甘いわよ」
刃が振り下ろされる。
不快な鈍痛と脳内に響く殴打の音。
それが外套の少女が意識を手放す前に感じたものだった。
75: 2011/05/24(火) 01:47:43.08 ID:Bx/LCwsAO
唯「はやく退院したいよ~」
澪「今ので八回目」
昼下がりの病室に間延びした声とそれを窘める声が響いた。
ベッドに腰掛ける澪と寝転ぶ唯。かれこれ一時間以上このままの体勢が続いている。
唯「澪ちゃんは学校行かなくていいの?」
澪「良いよ、今日はそんな気分じゃない」
澪は気怠そうに微笑み、唯はそれを受け止めるように僅かにはにかんだ。
唯「じゃあどんな気分なの?」
四つん這いに身を乗り出し、上目遣いで澪の目を見つめる。
すると澪も気怠そうな笑みではなく、照れ隠しのようにはにかんだ。
澪「今ので八回目」
昼下がりの病室に間延びした声とそれを窘める声が響いた。
ベッドに腰掛ける澪と寝転ぶ唯。かれこれ一時間以上このままの体勢が続いている。
唯「澪ちゃんは学校行かなくていいの?」
澪「良いよ、今日はそんな気分じゃない」
澪は気怠そうに微笑み、唯はそれを受け止めるように僅かにはにかんだ。
唯「じゃあどんな気分なの?」
四つん這いに身を乗り出し、上目遣いで澪の目を見つめる。
すると澪も気怠そうな笑みではなく、照れ隠しのようにはにかんだ。
76: 2011/05/24(火) 01:48:31.26 ID:Bx/LCwsAO
唯「はやく退院したいよ~」
澪「今ので八回目」
昼下がりの病室に間延びした声とそれを窘める声が響いた。
ベッドに腰掛ける澪と寝転ぶ唯。かれこれ一時間以上このままの体勢が続いている。
唯「澪ちゃんは学校行かなくていいの?」
澪「良いよ、今日はそんな気分じゃない」
澪は気怠そうに微笑み、唯はそれを受け止めるように僅かにはにかんだ。
唯「じゃあどんな気分なの?」
四つん這いに身を乗り出し、上目遣いで澪の目を見つめる。
すると澪も気怠そうな笑みではなく、照れ隠しのようにはにかんだ。
澪「今ので八回目」
昼下がりの病室に間延びした声とそれを窘める声が響いた。
ベッドに腰掛ける澪と寝転ぶ唯。かれこれ一時間以上このままの体勢が続いている。
唯「澪ちゃんは学校行かなくていいの?」
澪「良いよ、今日はそんな気分じゃない」
澪は気怠そうに微笑み、唯はそれを受け止めるように僅かにはにかんだ。
唯「じゃあどんな気分なの?」
四つん這いに身を乗り出し、上目遣いで澪の目を見つめる。
すると澪も気怠そうな笑みではなく、照れ隠しのようにはにかんだ。
77: 2011/05/24(火) 01:49:15.29 ID:Bx/LCwsAO
澪「そうだな……。今は何も考えずにずっとこうしてたい。そんな気分かな」
手櫛で唯の髪をそっと梳くと、唯は人懐っこい子犬のように目を細めた。
唯「えへへ……。みーおちゃん」
唐突に澪の太股を枕替りにして、腰に手を回す。
腹部に埋めていた顔を上げて何かをねだるようなまなざしを澪に送ると、澪はそっと唯の唇を指でなぞった。
唯「私なんだか、眠たくなってきちゃった……」
澪「寝てていいよ」
唯「何処にも行かない?」
触れてしまえば壊れてしまいそうなか細い声はふわりと澪の耳に入り込んでゆく。
澪「うん。行かないよ、何処にも」
手櫛で唯の髪をそっと梳くと、唯は人懐っこい子犬のように目を細めた。
唯「えへへ……。みーおちゃん」
唐突に澪の太股を枕替りにして、腰に手を回す。
腹部に埋めていた顔を上げて何かをねだるようなまなざしを澪に送ると、澪はそっと唯の唇を指でなぞった。
唯「私なんだか、眠たくなってきちゃった……」
澪「寝てていいよ」
唯「何処にも行かない?」
触れてしまえば壊れてしまいそうなか細い声はふわりと澪の耳に入り込んでゆく。
澪「うん。行かないよ、何処にも」
78: 2011/05/24(火) 01:49:48.23 ID:Bx/LCwsAO
たまに髪を触ってみたり、頬を撫でてみたり、唇に触れてみたり。
澪は崇高な美術品を愛でるように唯に触れた。
自分の膝の上で安らかな寝息を立てる唯の側にいつまでも居たい。
いつまでも愛しく想い続けたい。
そんな思いの裏に見え隠れする感情に澪は眉を顰めた。
澪「人間のふりか……。確かに言い得て妙だな」
人外と揶揄された自分と人外をその身に宿す唯。
それだけが自分と世界の絆に思えて、そしてそんな自分が情けなく思えて、澪は大きく溜め息を吐いた。
澪は崇高な美術品を愛でるように唯に触れた。
自分の膝の上で安らかな寝息を立てる唯の側にいつまでも居たい。
いつまでも愛しく想い続けたい。
そんな思いの裏に見え隠れする感情に澪は眉を顰めた。
澪「人間のふりか……。確かに言い得て妙だな」
人外と揶揄された自分と人外をその身に宿す唯。
それだけが自分と世界の絆に思えて、そしてそんな自分が情けなく思えて、澪は大きく溜め息を吐いた。
79: 2011/05/24(火) 01:50:47.34 ID:Bx/LCwsAO
軽自動車が雨に打たれながら走っている。
ハンドルを握る恵は忙しなく髪を弄ったり、数秒おきにメーターを確認したりと妙に落ち着きが無い様子だった。
狭い車内の後部座席には先程見えた外套の少女が横たわっており、頭を覆うフード部分は捲られている。
恵「シートびしょ濡れじゃない。渇いた後の匂いが大変なんだからね」
少女の長い前髪が車の揺れと共に僅かに動くが、返事は無かった。
恵「どうしてこんな事したの? 事と場合によってはオシオキも必要ね」
恵は妖艶な笑みを浮かべ、流し目で少女を見る。
恵「りっちゃん」
律は何も答えない。
代わりに二人分の吐息の音だけが車内に篭った。
ハンドルを握る恵は忙しなく髪を弄ったり、数秒おきにメーターを確認したりと妙に落ち着きが無い様子だった。
狭い車内の後部座席には先程見えた外套の少女が横たわっており、頭を覆うフード部分は捲られている。
恵「シートびしょ濡れじゃない。渇いた後の匂いが大変なんだからね」
少女の長い前髪が車の揺れと共に僅かに動くが、返事は無かった。
恵「どうしてこんな事したの? 事と場合によってはオシオキも必要ね」
恵は妖艶な笑みを浮かべ、流し目で少女を見る。
恵「りっちゃん」
律は何も答えない。
代わりに二人分の吐息の音だけが車内に篭った。
89: 2011/06/02(木) 21:29:12.41 ID:Fh8XTRmAO
律が目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。
こじんまりとした空間にはテーブルとベッドとテレビ、それに小さめのコンポやノートパソコン等の娯楽の道具が幾つか置かれている。
ありふれた若者の部屋。悪く言えば没個性的。律はそんな印象を覚えた。
「おはよう」
柔和な声が聞こえたと同時に律は自身は喉元に注視した。
鈍色の刃が律の首に触れて妖しく輝く。
切っ先から柄までは視線でなぞり、その先に目をやるとそこには恵が居た。
恵「よく眠れた?」
律「目覚めは最悪ですけどね」
こじんまりとした空間にはテーブルとベッドとテレビ、それに小さめのコンポやノートパソコン等の娯楽の道具が幾つか置かれている。
ありふれた若者の部屋。悪く言えば没個性的。律はそんな印象を覚えた。
「おはよう」
柔和な声が聞こえたと同時に律は自身は喉元に注視した。
鈍色の刃が律の首に触れて妖しく輝く。
切っ先から柄までは視線でなぞり、その先に目をやるとそこには恵が居た。
恵「よく眠れた?」
律「目覚めは最悪ですけどね」
90: 2011/06/02(木) 21:29:42.91 ID:Fh8XTRmAO
押し当てられた刃を拒絶する事はなく、律は皮肉な呟きを放った。
恵を見据えるその瞳には敵意しか無い。
恵「五体満足でいられただけでも感謝して欲しいんだけどな。まぁそれもこれ以上暴れるつもりなら解らないけど」
脅し文句としては充分だった。
闘気を開花させている者とそうでない者の力量の差など言うまでも無い。
互いに敵同士と認識している状態で恵が律に負ける道理などありはしないのだ。
律「……負けました」
恵「ん、よろしい」
刺すような恵の視線は一変し、一歩身を退く優しい先輩の表情になる。
恵を見据えるその瞳には敵意しか無い。
恵「五体満足でいられただけでも感謝して欲しいんだけどな。まぁそれもこれ以上暴れるつもりなら解らないけど」
脅し文句としては充分だった。
闘気を開花させている者とそうでない者の力量の差など言うまでも無い。
互いに敵同士と認識している状態で恵が律に負ける道理などありはしないのだ。
律「……負けました」
恵「ん、よろしい」
刺すような恵の視線は一変し、一歩身を退く優しい先輩の表情になる。
91: 2011/06/02(木) 21:30:19.06 ID:Fh8XTRmAO
恵は何故律が自分を襲ったのか、何故わざわざ長期休暇でもないこの時期にここまで来たのか、思う事はあったがなにも聞かなかった。
ただ一言お腹空いたでしょ? と言ってコンビニのレジ袋を律に手渡す。
中には菓子パンと紙パックの牛乳が入っていた。
律「…………」
律は無言で菓子パンに齧りつき、作業のような食事に入った。
対して恵は律が居ないもののように振る舞い、テレビのチャンネルを回す。
一回りした辺りでバラエティ番組が放送されている局で手が止まったが、大して興味も無いのだろう。つまらなそうにテレビを切るとベッドに腰掛けた。
ただ一言お腹空いたでしょ? と言ってコンビニのレジ袋を律に手渡す。
中には菓子パンと紙パックの牛乳が入っていた。
律「…………」
律は無言で菓子パンに齧りつき、作業のような食事に入った。
対して恵は律が居ないもののように振る舞い、テレビのチャンネルを回す。
一回りした辺りでバラエティ番組が放送されている局で手が止まったが、大して興味も無いのだろう。つまらなそうにテレビを切るとベッドに腰掛けた。
92: 2011/06/02(木) 21:30:59.48 ID:Fh8XTRmAO
形容しがたい不自然な沈黙が流れた。
黙っている事が苦手な律にとって今の状況は苦痛でしかない。
そんな彼女が沈黙を破るきっかけを作るのは不自然なほどに自然だった。
そう。それすらも見透かされているかのように。
律「何で何も聞かないんです?」
造られた日常、均衡が破られる。
律の言葉に恵は妖しく目を細めて微笑んだ。
恵「聞いたら答えてくれるの?」
自分を試すような口振りに律は気味悪さを感じていた。
だが律は退くわけにはいかなかった。
間違った選択肢を選んだ親友を在るべき場所に戻す為にも。
黙っている事が苦手な律にとって今の状況は苦痛でしかない。
そんな彼女が沈黙を破るきっかけを作るのは不自然なほどに自然だった。
そう。それすらも見透かされているかのように。
律「何で何も聞かないんです?」
造られた日常、均衡が破られる。
律の言葉に恵は妖しく目を細めて微笑んだ。
恵「聞いたら答えてくれるの?」
自分を試すような口振りに律は気味悪さを感じていた。
だが律は退くわけにはいかなかった。
間違った選択肢を選んだ親友を在るべき場所に戻す為にも。
93: 2011/06/02(木) 21:31:37.97 ID:Fh8XTRmAO
律「単刀直入に言います、私と一緒に桜高に来てください」
恵の表情は崩れない。
恵「会話が噛み合ってないわね」
律「噛み合わせますよ。拒否は許さないし、のんびりしてる余裕も無いんです。これで聞きたい事は無くなったんじゃないですか?」
気が急いている。それが恵が抱いた印象だった。
確かに律が言った通りならば無謀な武力行使に打って出たのも頷ける。
ただあまりにも無計画過ぎやしないだろうか。
仕種も挙動不審な点が多いし相手に理解させる気すらも疑わしいほどに言動も支離滅裂だ。
仮にも桜高軽音部を束ねる彼女をそこまで焦らせるものは……
恵の表情は崩れない。
恵「会話が噛み合ってないわね」
律「噛み合わせますよ。拒否は許さないし、のんびりしてる余裕も無いんです。これで聞きたい事は無くなったんじゃないですか?」
気が急いている。それが恵が抱いた印象だった。
確かに律が言った通りならば無謀な武力行使に打って出たのも頷ける。
ただあまりにも無計画過ぎやしないだろうか。
仕種も挙動不審な点が多いし相手に理解させる気すらも疑わしいほどに言動も支離滅裂だ。
仮にも桜高軽音部を束ねる彼女をそこまで焦らせるものは……
94: 2011/06/02(木) 21:32:16.53 ID:Fh8XTRmAO
恵「……澪ちゃんね」
恵は呆れたように大きく溜め息を吐いた。
まるでこうなる事に気付いていたかのようなその態度に、律は一瞬眉を顰めた。
律「……分かってるなら話は早いや。澪をまた元の──」
恵「無理よ」
聞く気など最初から無かったのだろう。
恵はあまりにも無情に、律の嘆願を拒絶する。
恵「あの子は全てを置き去りにする覚悟を以て強くなった。力だけ手にして元に戻して下さい、じゃああまりにも虫が良過ぎると思わない?」
律は何も言い返せなかった。
逆恨みに過ぎないと分かっていたのに、いざ恵を目の前にすると自分がやっている事の不条理さが律には歯痒かった。
恵は呆れたように大きく溜め息を吐いた。
まるでこうなる事に気付いていたかのようなその態度に、律は一瞬眉を顰めた。
律「……分かってるなら話は早いや。澪をまた元の──」
恵「無理よ」
聞く気など最初から無かったのだろう。
恵はあまりにも無情に、律の嘆願を拒絶する。
恵「あの子は全てを置き去りにする覚悟を以て強くなった。力だけ手にして元に戻して下さい、じゃああまりにも虫が良過ぎると思わない?」
律は何も言い返せなかった。
逆恨みに過ぎないと分かっていたのに、いざ恵を目の前にすると自分がやっている事の不条理さが律には歯痒かった。
95: 2011/06/02(木) 21:32:53.24 ID:Fh8XTRmAO
恵「それに今更澪ちゃんに何をしたって変わらないわよ。きっとあの子自身、私達に何も望んでないでしょうしね」
全てを理解したような達観した物言いは律の怒りの琴線に触れた。
一秒と経たない内に律は恵をベッドに押し倒し、胸倉を掴む。
ぎりぎりと噛み締めた唇から血が流れた。
律「……ふざけんなよ。なに澪の事全て知ってますみたいな面してんだよ……」
恵「気に食わなかった? でもりっちゃんよりかは知ってるかもよ?」
律の無礼を歯牙にもかけず、恵は自分に跨がる律の頬を撫でた。
全てを理解したような達観した物言いは律の怒りの琴線に触れた。
一秒と経たない内に律は恵をベッドに押し倒し、胸倉を掴む。
ぎりぎりと噛み締めた唇から血が流れた。
律「……ふざけんなよ。なに澪の事全て知ってますみたいな面してんだよ……」
恵「気に食わなかった? でもりっちゃんよりかは知ってるかもよ?」
律の無礼を歯牙にもかけず、恵は自分に跨がる律の頬を撫でた。
96: 2011/06/02(木) 21:33:33.67 ID:Fh8XTRmAO
律「私達はずっと一緒だったんだ。あいつが今辛い想いをしてる事なんて見ただけで分かんだよ!!」
恵「そんなの思い上がりよ。なら貴女はあの子の唇の味を知ってるの? 肌の冷たさを知ってるの? ココの熱さを知ってるの?」
にんまりと口角を歪めながら、恵は短いスカートを嫌らしい手つきでたくしあげた。
律はそれを見て嫌悪感よりも強烈な悲壮感を覚えた。
自分の中で何かが壊れる音がして、律は目を見開く。
恵「私は知ってるわよ。そして全て解った上で言ってるの。あの子はもう無理だって」
観念と欲の狭間で揺らぐ律を叩き付けるのは無慈悲な言葉だった。
恵「そんなの思い上がりよ。なら貴女はあの子の唇の味を知ってるの? 肌の冷たさを知ってるの? ココの熱さを知ってるの?」
にんまりと口角を歪めながら、恵は短いスカートを嫌らしい手つきでたくしあげた。
律はそれを見て嫌悪感よりも強烈な悲壮感を覚えた。
自分の中で何かが壊れる音がして、律は目を見開く。
恵「私は知ってるわよ。そして全て解った上で言ってるの。あの子はもう無理だって」
観念と欲の狭間で揺らぐ律を叩き付けるのは無慈悲な言葉だった。
97: 2011/06/02(木) 21:34:12.55 ID:Fh8XTRmAO
恵「最後に言った筈なんだけどね。決して『道』を間違えないようにって」
そして彼女は頷いたのだ。
だが道を見誤った。どれだけ強くなっても付き纏ってくる心の揺らぎに負けて。
律「なんでだよ……」
恵を押さえ付ける腕をだらりと下げ、律は放心気味に呟く。
律「なんで……。何でそこまで解ってたのに止めてくれなかったんだよ……」
恵「あの子がそれを望んだからよ」
貫徹して余裕を保っていた恵の表情が初めて揺らいだ。
そして彼女は頷いたのだ。
だが道を見誤った。どれだけ強くなっても付き纏ってくる心の揺らぎに負けて。
律「なんでだよ……」
恵を押さえ付ける腕をだらりと下げ、律は放心気味に呟く。
律「なんで……。何でそこまで解ってたのに止めてくれなかったんだよ……」
恵「あの子がそれを望んだからよ」
貫徹して余裕を保っていた恵の表情が初めて揺らいだ。
98: 2011/06/02(木) 21:34:53.08 ID:Fh8XTRmAO
恵「私にとって澪ちゃんが白と言えば黒いものも白なの。たとえそれが間違ってると解っててもね」
律「分かんねぇ! 分かんねぇよ! 間違ってるって分かってんなら何で……」
ぎりぎりと歯を食いしばり、怒りを露にするが、律は恵の顔を真面に見ていられなかった。
澪を盲信するあまりに自分の意志を失った者。
恵も、この物語の被害者なのだ。
恵「好きだから。それ以外に理由はいる?」
律は何も言えなかった。
むしろそれだけあれば充分だという事は彼女も解っていたから。
どれだけ醜く歪もうとも、愛情に勝る感情など存在しない。
律「分かんねぇ! 分かんねぇよ! 間違ってるって分かってんなら何で……」
ぎりぎりと歯を食いしばり、怒りを露にするが、律は恵の顔を真面に見ていられなかった。
澪を盲信するあまりに自分の意志を失った者。
恵も、この物語の被害者なのだ。
恵「好きだから。それ以外に理由はいる?」
律は何も言えなかった。
むしろそれだけあれば充分だという事は彼女も解っていたから。
どれだけ醜く歪もうとも、愛情に勝る感情など存在しない。
99: 2011/06/02(木) 21:35:33.54 ID:Fh8XTRmAO
半ば茫然自失となった律は不可解なものを見るような目で恵を一瞥し、ふらふらと身を退く。
律「じゃあせめて……」
逃げ出したくなる気持ちを堪え、律はか細い声で呟いた。
律「私にも澪と同じように、あの化け物染みた力をくれよ……」
恵は乱れた衣服を整え、のっぺりとした笑みを浮かべて言った。
恵「駄目よ。りっちゃんにはあの子ほどセンス無いもの。それにむざむざ暗い道を行く必要も無いでしょ?」
手放しで澪を暗い道に放った事に対する矛盾。
或いはそれすらも必然だと、律にはそう思えた。
律「じゃあせめて……」
逃げ出したくなる気持ちを堪え、律はか細い声で呟いた。
律「私にも澪と同じように、あの化け物染みた力をくれよ……」
恵は乱れた衣服を整え、のっぺりとした笑みを浮かべて言った。
恵「駄目よ。りっちゃんにはあの子ほどセンス無いもの。それにむざむざ暗い道を行く必要も無いでしょ?」
手放しで澪を暗い道に放った事に対する矛盾。
或いはそれすらも必然だと、律にはそう思えた。
100: 2011/06/02(木) 21:36:14.39 ID:Fh8XTRmAO
律「……さいですか」
聳え立つ巨岩を砕く為に平手で岩を打つような無為の虚しさを抱きながら、律は黒の外套を頭まですっぽりと被る。
恵「もう行っちゃうの? まだ雨強いけど……」
律「はい、もうここに居ても意味無いし」
ぶっきらぼうに言って律はもう一度だけ恵の方へと向き直った。
あまりにも勝手な物語の犠牲となった確固たる意志の残滓。
有り得たかも知れない自分と、自分を取り巻く者の末路に目を背けないように。
そして自分の末路を隠さぬように、恵も律から目を逸らさなかった。
聳え立つ巨岩を砕く為に平手で岩を打つような無為の虚しさを抱きながら、律は黒の外套を頭まですっぽりと被る。
恵「もう行っちゃうの? まだ雨強いけど……」
律「はい、もうここに居ても意味無いし」
ぶっきらぼうに言って律はもう一度だけ恵の方へと向き直った。
あまりにも勝手な物語の犠牲となった確固たる意志の残滓。
有り得たかも知れない自分と、自分を取り巻く者の末路に目を背けないように。
そして自分の末路を隠さぬように、恵も律から目を逸らさなかった。
101: 2011/06/02(木) 21:36:55.70 ID:Fh8XTRmAO
静寂を崩さぬまま律は再び恵に背を向けた。
恵「待って」
だがドアに手をかけようとしたその矢先、恵が引き止める。
律は振り向かないまま足を止めた。
恵「貴女の目には今の私はどう映ってた? そっち側の感想が聞いてみたいな」
一瞬だけ律の心臓が跳ねた。
考えなくとも直感で分かる。恐らくここが自分という存在を物語に介入させるか否か、最後の分岐点である事が。
歪な因果の外の平穏な日常を享受するか。どれだけの苦難が待っていようとも、物語の真実を目指すか。
律は大きく息を吸い、吐き捨てるように言った。
恵「待って」
だがドアに手をかけようとしたその矢先、恵が引き止める。
律は振り向かないまま足を止めた。
恵「貴女の目には今の私はどう映ってた? そっち側の感想が聞いてみたいな」
一瞬だけ律の心臓が跳ねた。
考えなくとも直感で分かる。恐らくここが自分という存在を物語に介入させるか否か、最後の分岐点である事が。
歪な因果の外の平穏な日常を享受するか。どれだけの苦難が待っていようとも、物語の真実を目指すか。
律は大きく息を吸い、吐き捨てるように言った。
102: 2011/06/02(木) 21:37:36.11 ID:Fh8XTRmAO
律「退屈そうですね」
扉が開き、そして閉まる音が部屋の中に木霊した。
一人残された恵にはそれが全ての終わりを知らせる音のような気がして、ほんの少し胸が締め付けられる。
恵「さて、と……」
物語の終わりの後に訪れるのは毒にも薬にもならない日常。
非日常の渦中に居た過去の思い出はゆっくりと、自分自身も気付かぬように色褪せて消えてゆくのだろう。
だがそれで良いのだ。恵はそう一人ごちて窓から外を見下ろした。
扉が開き、そして閉まる音が部屋の中に木霊した。
一人残された恵にはそれが全ての終わりを知らせる音のような気がして、ほんの少し胸が締め付けられる。
恵「さて、と……」
物語の終わりの後に訪れるのは毒にも薬にもならない日常。
非日常の渦中に居た過去の思い出はゆっくりと、自分自身も気付かぬように色褪せて消えてゆくのだろう。
だがそれで良いのだ。恵はそう一人ごちて窓から外を見下ろした。
103: 2011/06/02(木) 21:38:15.16 ID:Fh8XTRmAO
片側二車線の広い道路を大型のネイキッドバイクが自己の存在を主張するように荒れた蛇行運転をしている。
恵「危なっかしいなぁ」
たとえばあのバイクに跨がる青年、或いは少女。はたまた老人かもしれない。名前も知らないあの運転手のように日常から非日常を求める人間が居る中で、既に非日常を否定した自分が物語に居座るのはあまりにも図々しいのではないか。
恵「……これで良かったんだよね」
新しく物語に介入する者の為に綺麗な椅子を空けておこう。
恵はそれを矜持として、確かめるように何度も何度も呟いた。
恵「危なっかしいなぁ」
たとえばあのバイクに跨がる青年、或いは少女。はたまた老人かもしれない。名前も知らないあの運転手のように日常から非日常を求める人間が居る中で、既に非日常を否定した自分が物語に居座るのはあまりにも図々しいのではないか。
恵「……これで良かったんだよね」
新しく物語に介入する者の為に綺麗な椅子を空けておこう。
恵はそれを矜持として、確かめるように何度も何度も呟いた。
104: 2011/06/02(木) 21:38:53.81 ID:Fh8XTRmAO
完全下校時刻を過ぎた桜高校舎。
その内の人が居る筈のない空き教室に艶めいた喘ぎ声が響いていた。
「あっ……。あっ……。あっ……」
声からは生気すら抜けきっており、やつれてはいるものの辱めを受ける妖しい声色は隠しきれない。
文恵「ねぇ、今どんな気持ち? こんなみっともない格好でお露垂れ流してるの見られてるわけだけど」
「ごめんなさい……っ。もう許してぐださい……っ!」
彼女はこんな諍いに巻き込まれるような人間ではなかった。
外の世界ではいざ知らず、桜高という狭い無法地帯の中では彼女は何の特異性も持たない没個性的な生徒だった。
その内の人が居る筈のない空き教室に艶めいた喘ぎ声が響いていた。
「あっ……。あっ……。あっ……」
声からは生気すら抜けきっており、やつれてはいるものの辱めを受ける妖しい声色は隠しきれない。
文恵「ねぇ、今どんな気持ち? こんなみっともない格好でお露垂れ流してるの見られてるわけだけど」
「ごめんなさい……っ。もう許してぐださい……っ!」
彼女はこんな諍いに巻き込まれるような人間ではなかった。
外の世界ではいざ知らず、桜高という狭い無法地帯の中では彼女は何の特異性も持たない没個性的な生徒だった。
105: 2011/06/02(木) 21:39:34.49 ID:Fh8XTRmAO
そんな彼女が凌辱の闇に囚われたのは突然だった。
辻斬りの少女に接触された時、彼女は再起不能を覚悟した。
だが彼女を待っていたのは再起不能などという生易しい地獄ではない。
文恵「あははっ、謝られても何て答えたら良いか解んないよ。貴女悪い事なーんにもしてないじゃん」
全裸に剥かれ、四つん這いの体勢で無理矢理秘部を刺激され続ける。
一体この時間はどれだけ続くのだろうか、少女はそれすらも考えられなくなっていた。
文恵「でも悪い事したと思ってるんならお仕置してあげないとね。あはっ、私ったら優しー」
辻斬りの少女に接触された時、彼女は再起不能を覚悟した。
だが彼女を待っていたのは再起不能などという生易しい地獄ではない。
文恵「あははっ、謝られても何て答えたら良いか解んないよ。貴女悪い事なーんにもしてないじゃん」
全裸に剥かれ、四つん這いの体勢で無理矢理秘部を刺激され続ける。
一体この時間はどれだけ続くのだろうか、少女はそれすらも考えられなくなっていた。
文恵「でも悪い事したと思ってるんならお仕置してあげないとね。あはっ、私ったら優しー」
106: 2011/06/02(木) 21:40:12.87 ID:Fh8XTRmAO
「ひっ──!?」
直後、自分を辱める指が秘部の突起を摘んだ。
襲い来るのは単純な快感ではなく、鋭い痛みを伴う快楽だった。
「やだあああっ! 摘まないで、痛い痛い痛い──っ!!」
文恵「暴れちゃ駄目だよ、最初に言ったよね?」
極上の愉悦を噛み締めるように文恵は口角を歪めた。
そして空いた手を少女の背中に向けて振り下ろす。
その手に握られたものが窓から差し込む月明りに照らされ、鋭く輝いた。
直後、自分を辱める指が秘部の突起を摘んだ。
襲い来るのは単純な快感ではなく、鋭い痛みを伴う快楽だった。
「やだあああっ! 摘まないで、痛い痛い痛い──っ!!」
文恵「暴れちゃ駄目だよ、最初に言ったよね?」
極上の愉悦を噛み締めるように文恵は口角を歪めた。
そして空いた手を少女の背中に向けて振り下ろす。
その手に握られたものが窓から差し込む月明りに照らされ、鋭く輝いた。
107: 2011/06/02(木) 21:40:56.19 ID:Fh8XTRmAO
「いぎっ──!?」
背中を貫く痛みに少女は短い悲鳴を漏らした。
絹のような肌には千枚通しが深々と刺さっており、薄く血が伝っている。
文恵「動くなって言ってんじゃん」
反射による制御不能な身体の動きすら文恵は許さない。
抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返し、時折肌に深く刺さった千枚通しを肉を抉るように押し込む。
「──っ! ──っ!」
少女は両手で口を抑え、悲鳴を頃して痛みに堪える。
両面からは大粒の涙が零れ落ち、全身には嫌な汗が滲んでいた。
文恵「へぇ、結構我慢強いんだね。カッコいいじゃんソーユーノ」
背中を貫く痛みに少女は短い悲鳴を漏らした。
絹のような肌には千枚通しが深々と刺さっており、薄く血が伝っている。
文恵「動くなって言ってんじゃん」
反射による制御不能な身体の動きすら文恵は許さない。
抜いては刺し、抜いては刺しを繰り返し、時折肌に深く刺さった千枚通しを肉を抉るように押し込む。
「──っ! ──っ!」
少女は両手で口を抑え、悲鳴を頃して痛みに堪える。
両面からは大粒の涙が零れ落ち、全身には嫌な汗が滲んでいた。
文恵「へぇ、結構我慢強いんだね。カッコいいじゃんソーユーノ」
108: 2011/06/02(木) 21:41:36.96 ID:Fh8XTRmAO
赤く染まった千枚通しを放り投げ、文恵は少女の顎を背後から掴んで海老反りにさせた。
だがそれは先程までのような痛みを与える為の乱暴な動作ではない。
「えっ……?」
傷口をなぞるくすぐったい感覚に少女は恐る恐る首だけを後ろに回した。
文恵「ん……」
文恵は無数の傷口から流れる血を愛しそうに舐めていた。
予測の範疇を越えた文恵の行動に少女の顔は強張る。
呆然とした少女の瞳と文恵の瞳が交錯した。
文恵「またやっちゃった……。やっぱ私って駄目だなぁ」
自身の咎を拭うように文恵は傷口を優しく撫でる。
だがそれは先程までのような痛みを与える為の乱暴な動作ではない。
「えっ……?」
傷口をなぞるくすぐったい感覚に少女は恐る恐る首だけを後ろに回した。
文恵「ん……」
文恵は無数の傷口から流れる血を愛しそうに舐めていた。
予測の範疇を越えた文恵の行動に少女の顔は強張る。
呆然とした少女の瞳と文恵の瞳が交錯した。
文恵「またやっちゃった……。やっぱ私って駄目だなぁ」
自身の咎を拭うように文恵は傷口を優しく撫でる。
109: 2011/06/02(木) 21:42:18.06 ID:Fh8XTRmAO
文恵「ごめんね? こんな酷い事しちゃって。許してはくれないよね……」
文恵の瞳が潤む。
少女の頬を撫でると、赤い罪の色が細い指から頬に伝わった。
「っ! 許します! 許しますから……」
許せるはずもない。だがそんな憎しみの感情よりも今は直ぐにこの場から離れたい気持ちで一杯だった。
文恵「ほんと? 怒ってない?」
あまりにも無神経な文恵の発言に少女は苛立ちを通り越し、呆れすら感じていた。
感情を押し頃し、首を縦に振る。文恵の表情がぱぁっと晴れてゆくのが見えた。
文恵の瞳が潤む。
少女の頬を撫でると、赤い罪の色が細い指から頬に伝わった。
「っ! 許します! 許しますから……」
許せるはずもない。だがそんな憎しみの感情よりも今は直ぐにこの場から離れたい気持ちで一杯だった。
文恵「ほんと? 怒ってない?」
あまりにも無神経な文恵の発言に少女は苛立ちを通り越し、呆れすら感じていた。
感情を押し頃し、首を縦に振る。文恵の表情がぱぁっと晴れてゆくのが見えた。
110: 2011/06/02(木) 21:43:00.00 ID:Fh8XTRmAO
文恵「じゃあもう帰って良いよ。飽きちゃった」
「え──?」
少女は身体が押し上げられ、宙に浮くのを感じた。
直後、腹部に突き刺さる鈍痛と身体が壊れる感覚が少女を支配する。
文恵「あっはははっ! 風邪引かないようにねぇ!」
文恵の足が少女の腹部に捩じ込まれていた。
肋骨が折れたなどというレベルではない。
身体の中で骨が原型を保てぬ程に打ち砕かれているのだ。
当然そんな規模のダメージを受けて臓器が無事である筈もない。
解りやすく例えるならば一般人がダンプカーに撥ねられたようなものだ。
「え──?」
少女は身体が押し上げられ、宙に浮くのを感じた。
直後、腹部に突き刺さる鈍痛と身体が壊れる感覚が少女を支配する。
文恵「あっはははっ! 風邪引かないようにねぇ!」
文恵の足が少女の腹部に捩じ込まれていた。
肋骨が折れたなどというレベルではない。
身体の中で骨が原型を保てぬ程に打ち砕かれているのだ。
当然そんな規模のダメージを受けて臓器が無事である筈もない。
解りやすく例えるならば一般人がダンプカーに撥ねられたようなものだ。
111: 2011/06/02(木) 21:44:08.94 ID:Fh8XTRmAO
少女の身体は教室の窓を破り、三階の高さから外に投げ出された。
墜ちゆく絶望に満ちた表情は文恵に何の罪悪感も与えない。
むしろ彼女にとって他者の絶望は辻斬りという自分のアイデンティティーを保つ上で必要不可欠なものであり、この上ない愉悦であった。
「救いようのないクズね」
冷めたような声が文恵の背後で響いた。
愉悦の余韻を残したまま文恵が振り返ると、古びた椅子に腰掛ける風子が居た。
文恵「私は自分がやりたい事を素直に実行してるだけだもん。私から見たら余計な気遣って生きてるそっちの方が哀れだよ」
墜ちゆく絶望に満ちた表情は文恵に何の罪悪感も与えない。
むしろ彼女にとって他者の絶望は辻斬りという自分のアイデンティティーを保つ上で必要不可欠なものであり、この上ない愉悦であった。
「救いようのないクズね」
冷めたような声が文恵の背後で響いた。
愉悦の余韻を残したまま文恵が振り返ると、古びた椅子に腰掛ける風子が居た。
文恵「私は自分がやりたい事を素直に実行してるだけだもん。私から見たら余計な気遣って生きてるそっちの方が哀れだよ」
112: 2011/06/02(木) 21:44:54.28 ID:Fh8XTRmAO
風子が嘲るように鼻で笑うと、文恵が露骨に表情を歪めた。
衝突は無い。歪な均衡が二人の間で保たれている。
文恵「それにそっちの気がある子の気持ちも知りたいしね。これから必要でしょ?」
風子「苛めたいだけでしょ」
文恵「まぁそうだけど」
開き直ってブレザーを脱ぎ、ブラウスのタイを緩めて僅かに汗ばんだ身体に風を通す。
風子「……同じ自由奔放主義でもどうしてこうも差が出るものなのかな」
風子は視線を滑らせ、教室の入口を見た。
そこに立ち尽くす少女は気怠そうに欠伸をしている。
「違いはあれど差は無いんじゃないですか? ここまでクズだと逆に見てて気持ち良いですし」
衝突は無い。歪な均衡が二人の間で保たれている。
文恵「それにそっちの気がある子の気持ちも知りたいしね。これから必要でしょ?」
風子「苛めたいだけでしょ」
文恵「まぁそうだけど」
開き直ってブレザーを脱ぎ、ブラウスのタイを緩めて僅かに汗ばんだ身体に風を通す。
風子「……同じ自由奔放主義でもどうしてこうも差が出るものなのかな」
風子は視線を滑らせ、教室の入口を見た。
そこに立ち尽くす少女は気怠そうに欠伸をしている。
「違いはあれど差は無いんじゃないですか? ここまでクズだと逆に見てて気持ち良いですし」
113: 2011/06/02(木) 21:45:43.93 ID:Fh8XTRmAO
からからと笑い、少女は真新しい血痕が残る床をじっと見据えた。
文恵「二人してクズクズ言わないでよ。まるで私がクズみたいじゃん」
風子「それこそ本気で言ってるなら抱き締めたくなるくらい哀れよね」
「まぁまぁ、面白ければ全て良しですよ。私は好きですよこういうの」
少女が笑い、風子が頭を抱える。
風子「……お願いだから興味本位で裏切ったりなんかしないでよ。なんだか二人揃ってやりかねないわね」
問題無いです、と少女は胸を叩き、風子の前へと躍り出た。
純「『夢幻』鈴木 純。モットーは面白きことなき世を面白く。こんな愉快な面子を裏切ったりなんかはしませんよ」
歪な平穏は静かに崩壊していった。物語は再び加速する
文恵「二人してクズクズ言わないでよ。まるで私がクズみたいじゃん」
風子「それこそ本気で言ってるなら抱き締めたくなるくらい哀れよね」
「まぁまぁ、面白ければ全て良しですよ。私は好きですよこういうの」
少女が笑い、風子が頭を抱える。
風子「……お願いだから興味本位で裏切ったりなんかしないでよ。なんだか二人揃ってやりかねないわね」
問題無いです、と少女は胸を叩き、風子の前へと躍り出た。
純「『夢幻』鈴木 純。モットーは面白きことなき世を面白く。こんな愉快な面子を裏切ったりなんかはしませんよ」
歪な平穏は静かに崩壊していった。物語は再び加速する
118: 2011/06/23(木) 02:07:31.49 ID:roH6HXyAO
梓「博物館が全焼だってさ」
純「どこの?」
梓「フランス」
歯切れも悪く、悶々とした会話が続く。
普段ならば意識しなくとも他愛ない話で何十分と潰す事が出来るのだが今はそれも敵わない。
退屈な時に限って時間が長く感じるのは昔の人間も今の人間も変わらない、普遍の感性だ。
梓「……もう今日は帰って良いんじゃないかな」
純「完全下校時刻が過ぎない内に帰ったら次の日が酷いんだよ。覚えときなよ」
それを聞いて梓の表情が引きつった。
あの自由奔放な純が生徒会、つまり和の言う事をここまで素直に聞いているのがおかしかったからだ。
純「どこの?」
梓「フランス」
歯切れも悪く、悶々とした会話が続く。
普段ならば意識しなくとも他愛ない話で何十分と潰す事が出来るのだが今はそれも敵わない。
退屈な時に限って時間が長く感じるのは昔の人間も今の人間も変わらない、普遍の感性だ。
梓「……もう今日は帰って良いんじゃないかな」
純「完全下校時刻が過ぎない内に帰ったら次の日が酷いんだよ。覚えときなよ」
それを聞いて梓の表情が引きつった。
あの自由奔放な純が生徒会、つまり和の言う事をここまで素直に聞いているのがおかしかったからだ。
119: 2011/06/23(木) 02:08:07.66 ID:roH6HXyAO
梓「ちなみにそれ破ったらどう酷いの?」
純「部外者が居るところで話せないよ。もしあの人の耳に入ったらほんとに酷いんだって!」
授業は終了したとはいえ教室内にはまだ生徒が数人残っている。
梓は苦笑いすると携帯電話のニュースサイトを閉じ、だらりと椅子の背もたれに身を委ねた。
梓「…………」
純「…………」
再び会話が途切れた。
この居心地の悪い静寂は二人に三人で居た時の事を連想させる。
人類最強の彼女が今ここに居たのならばきっとこんな空気を味わう必要も無かっただろう。
純「部外者が居るところで話せないよ。もしあの人の耳に入ったらほんとに酷いんだって!」
授業は終了したとはいえ教室内にはまだ生徒が数人残っている。
梓は苦笑いすると携帯電話のニュースサイトを閉じ、だらりと椅子の背もたれに身を委ねた。
梓「…………」
純「…………」
再び会話が途切れた。
この居心地の悪い静寂は二人に三人で居た時の事を連想させる。
人類最強の彼女が今ここに居たのならばきっとこんな空気を味わう必要も無かっただろう。
120: 2011/06/23(木) 02:08:38.07 ID:roH6HXyAO
禍々しい毒のような闘気を持ちながらにして彼女の人格は例えるならば聖母のようだった。
誰よりも他者を慮り、間を取り持つ事に関しては天性の才能を持っていた。
梓「…………」
梓は気持ちがネガティブな方向に進んでゆくのを感じた。
恐らく純も同じなのだろうと思い、脇目で純の顔を捉えたのだが……。
純「…………」
彼女は違った。
目は険しく、一見隙だらけの体勢もよく見れば直ぐに臨戦体勢に移れるようになっていた。
梓「純……?」
純「しっ」
梓は咎められて初めて異変に気付いた。
太股に吊ったホルスターに手をかけると鉄の冷たさが指を伝う。
誰よりも他者を慮り、間を取り持つ事に関しては天性の才能を持っていた。
梓「…………」
梓は気持ちがネガティブな方向に進んでゆくのを感じた。
恐らく純も同じなのだろうと思い、脇目で純の顔を捉えたのだが……。
純「…………」
彼女は違った。
目は険しく、一見隙だらけの体勢もよく見れば直ぐに臨戦体勢に移れるようになっていた。
梓「純……?」
純「しっ」
梓は咎められて初めて異変に気付いた。
太股に吊ったホルスターに手をかけると鉄の冷たさが指を伝う。
121: 2011/06/23(木) 02:09:19.13 ID:roH6HXyAO
梓「これってちょっと不味いんじゃないかな……」
純「少なくとも六人は再起不能になるだろうね」
純と梓を除いて今この教室に居る生徒の人数は六。つまりはそういう事だ。
生徒達の談笑が響く中で耳を澄ませば聞こえてくる。
爛々と眼を光らせて歩み寄る辻斬りの足音が。
梓「……っ」
梓の表情が一変して険しくなる。
太股に吊ってあるホルスターではなく机に手を手を突っ込み、グリップに小粒な宝石が光るショットガンを抜いた。
純「それもハンドメイド?」
梓「まぁね」
伸ばした手に握られているのはショットガン。
その飛散する殺戮の母体は窓に顔を向けている
純「少なくとも六人は再起不能になるだろうね」
純と梓を除いて今この教室に居る生徒の人数は六。つまりはそういう事だ。
生徒達の談笑が響く中で耳を澄ませば聞こえてくる。
爛々と眼を光らせて歩み寄る辻斬りの足音が。
梓「……っ」
梓の表情が一変して険しくなる。
太股に吊ってあるホルスターではなく机に手を手を突っ込み、グリップに小粒な宝石が光るショットガンを抜いた。
純「それもハンドメイド?」
梓「まぁね」
伸ばした手に握られているのはショットガン。
その飛散する殺戮の母体は窓に顔を向けている
122: 2011/06/23(木) 02:09:52.06 ID:roH6HXyAO
引き金を引くと同時に耳を劈く銃声が鳴り響いた。
硝子が飛び散る音、生徒達の悲鳴。
銃声を皮斬りに始まった狂想曲は最初からピークを迎える。
梓「……関係ない人を巻き込むことないんじゃないです?」
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、迫る辻斬りの恐怖に備える。
だがそれは逆に自分の無力を実感させられる事になった。
文恵「何の事かな?」
可愛らしい声と共に梓の首を絡めとるように細い腕が巻き付く。
殺傷目的ではないのは明らかだった。
かと言って友人同士のよくある馴れ合いでもない、一線を越えた感情から来る慈愛に満ちた何かが感じられた。
硝子が飛び散る音、生徒達の悲鳴。
銃声を皮斬りに始まった狂想曲は最初からピークを迎える。
梓「……関係ない人を巻き込むことないんじゃないです?」
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、迫る辻斬りの恐怖に備える。
だがそれは逆に自分の無力を実感させられる事になった。
文恵「何の事かな?」
可愛らしい声と共に梓の首を絡めとるように細い腕が巻き付く。
殺傷目的ではないのは明らかだった。
かと言って友人同士のよくある馴れ合いでもない、一線を越えた感情から来る慈愛に満ちた何かが感じられた。
123: 2011/06/23(木) 02:10:22.91 ID:roH6HXyAO
文恵の行動は狂想曲を彩る休符を打った。
一瞬で静まり返る教室。次いで響いたのは驚愕ではなく恐怖の悲鳴だった。
「きゃああああっ──!?」
生徒達は文恵の姿を認識した瞬間、世界の終わりが訪れたかのように焦燥し、逃げ惑う。
荷物も尊厳も投げ捨て、なりふり構わずに恐怖から逃れようとするその姿は弾圧される奴隷の様だ。
文恵「ここまで露骨に避けられたら……。逆に追いかけたくなっちゃうよねぇ」
粘っこい蜜のような声と笑み。
梓の脳内に最悪のイメージが過ぎる。
認知、思考、打算。全てを凌駕して梓は反射的にショットガンの引き金を引いた。筈だった。
梓「え……?」
絞った人指し指が空を切る。
手に持っていた筈の得物がどこにも無い。
それに気付くにはあまりにも遅過ぎた。
一瞬で静まり返る教室。次いで響いたのは驚愕ではなく恐怖の悲鳴だった。
「きゃああああっ──!?」
生徒達は文恵の姿を認識した瞬間、世界の終わりが訪れたかのように焦燥し、逃げ惑う。
荷物も尊厳も投げ捨て、なりふり構わずに恐怖から逃れようとするその姿は弾圧される奴隷の様だ。
文恵「ここまで露骨に避けられたら……。逆に追いかけたくなっちゃうよねぇ」
粘っこい蜜のような声と笑み。
梓の脳内に最悪のイメージが過ぎる。
認知、思考、打算。全てを凌駕して梓は反射的にショットガンの引き金を引いた。筈だった。
梓「え……?」
絞った人指し指が空を切る。
手に持っていた筈の得物がどこにも無い。
それに気付くにはあまりにも遅過ぎた。
124: 2011/06/23(木) 02:10:58.43 ID:roH6HXyAO
文恵「だぁめだよ? 人に向けて撃つような玩具じゃないんだから」
片手間で梓のショットガンを弄びながら、文恵は更に目を細め、舌を出して笑った。
梓「くっ……。純っ!」
また純に頼るしかないのか、自分の無力さが歯痒かったが梓にそんな事を気にする余裕は無かった。
今文恵を抑制出来る可能性が高いのは純だけだ。
だが呼び掛けに対する合いの手は無い。
それどころか直ぐ側に居た筈の純は影も残さずに去り失せていたのだ。
梓「純……?」
文恵「あはっ、お友達はどうしても私と一緒に居たくないみたいだね」
片手間で梓のショットガンを弄びながら、文恵は更に目を細め、舌を出して笑った。
梓「くっ……。純っ!」
また純に頼るしかないのか、自分の無力さが歯痒かったが梓にそんな事を気にする余裕は無かった。
今文恵を抑制出来る可能性が高いのは純だけだ。
だが呼び掛けに対する合いの手は無い。
それどころか直ぐ側に居た筈の純は影も残さずに去り失せていたのだ。
梓「純……?」
文恵「あはっ、お友達はどうしても私と一緒に居たくないみたいだね」
140: 2011/06/23(木) 11:42:01.60 ID:roH6HXyAO
猫撫で声で言うと文恵は奪い取った銃を梓に返す。
文恵「梓ちゃんは、どうなのかな?」
解らなかった。
自分を好きだと言った文恵。
普通が欲しいと嘆願した文恵。
人を斬る愉悦に浸る文恵。
その中のどれが本当の木村 文恵なのか、梓には解らない。
解らないものを好きになる事も嫌いになる事も出来やしないのだ。
梓「私には……。分かりません」
ショットガンの銃口がまだ割れていない窓に向けられた。
刹那、噴き出した銃口から闘いの狼煙が上げられる。
125: 2011/06/23(木) 02:12:08.03 ID:roH6HXyAO
梓「だから値踏みさせてもらいます。貴女がこちら側の信頼に足る人物かどうかを」
砕けた硝子越しに幾重にも重なった殺意が滲み出す。
凡そ一クラス分の人数だろうか、少女達はそれぞれ得物を携え、臨戦体勢に入っていた。
梓「恐らく私というより生徒会に対する宣戦布告でしょうね。知った顔も何人かいますし私一人じゃあ手に負えないでしょう」
残虐性で名を轟かす者、単純な戦闘能力で名を轟かす者、敵を欺く狡猾な知性で名を轟かす者。
本質こそ大きく事なれど序列五十位以内の強者もちらほら見受けられる。
砕けた硝子越しに幾重にも重なった殺意が滲み出す。
凡そ一クラス分の人数だろうか、少女達はそれぞれ得物を携え、臨戦体勢に入っていた。
梓「恐らく私というより生徒会に対する宣戦布告でしょうね。知った顔も何人かいますし私一人じゃあ手に負えないでしょう」
残虐性で名を轟かす者、単純な戦闘能力で名を轟かす者、敵を欺く狡猾な知性で名を轟かす者。
本質こそ大きく事なれど序列五十位以内の強者もちらほら見受けられる。
126: 2011/06/23(木) 02:12:40.67 ID:roH6HXyAO
梓「貴女はどう動きます?」
梓の問いに対して文恵は不敵に微笑んでみせた。
そして腰に携えた刀を抜き、洗練された戦闘集団に切っ先を向ける。
文恵「ふふっ、梓ちゃんの仰せのままに」
とん、と床を蹴る音と共に文恵の姿が消えた。
「──っ!?」
集団の中の一人が自分達の過ちに気付く。
瞬時に消え、自分達の陣形を内面から崩すように現れたこの少女は……。
梓の問いに対して文恵は不敵に微笑んでみせた。
そして腰に携えた刀を抜き、洗練された戦闘集団に切っ先を向ける。
文恵「ふふっ、梓ちゃんの仰せのままに」
とん、と床を蹴る音と共に文恵の姿が消えた。
「──っ!?」
集団の中の一人が自分達の過ちに気付く。
瞬時に消え、自分達の陣形を内面から崩すように現れたこの少女は……。
127: 2011/06/23(木) 02:13:23.86 ID:roH6HXyAO
「辻ぎ──っ!?」
少女が恐怖の名を紡ぐよりも速く、文恵は刀の柄を口内に捩じ込ませた。
砕けた歯、口内を満たす鉄の味を感じる前に少女は胸を拳で打たれて昏倒する。
流れゆくスローな景観の中で文恵が捉えたのは雪崩のように襲い来る人の群だった。
文恵「良いね。興奮しちゃうよ」
正面から鉈を持って襲いかかる少女を袈裟斬りで一蹴し、素早く持ち替えて脇の下から居抜くように後方へ一突き。
「かはっ──」
真後ろで人が倒れる音を聞いて文恵は頬を緩めた。
少女が恐怖の名を紡ぐよりも速く、文恵は刀の柄を口内に捩じ込ませた。
砕けた歯、口内を満たす鉄の味を感じる前に少女は胸を拳で打たれて昏倒する。
流れゆくスローな景観の中で文恵が捉えたのは雪崩のように襲い来る人の群だった。
文恵「良いね。興奮しちゃうよ」
正面から鉈を持って襲いかかる少女を袈裟斬りで一蹴し、素早く持ち替えて脇の下から居抜くように後方へ一突き。
「かはっ──」
真後ろで人が倒れる音を聞いて文恵は頬を緩めた。
128: 2011/06/23(木) 02:13:55.35 ID:roH6HXyAO
並み居る人の群の中から文恵を挟むように二人飛び出した。
二人が携えた刀は文恵の首筋目掛けて加速する。
丸腰の文恵がただ立ち尽くすのを見て二人は勝利を確信した。
だがその確信が幻想と化すのは至極当然の事だった。
文恵「ひゅー……。ちょっと焦った」
両手を交差させ、二本の刀をそれぞれ二本の指で挟んで止める。すると鋭利な刃が瞬く間に溶け始めた。
「これは……?」
「熱!?」
その力の本質は闘気の道に聡くない二人にも理解出来た。
概念をも具現化させる力が文恵にはあったから。
二人が携えた刀は文恵の首筋目掛けて加速する。
丸腰の文恵がただ立ち尽くすのを見て二人は勝利を確信した。
だがその確信が幻想と化すのは至極当然の事だった。
文恵「ひゅー……。ちょっと焦った」
両手を交差させ、二本の刀をそれぞれ二本の指で挟んで止める。すると鋭利な刃が瞬く間に溶け始めた。
「これは……?」
「熱!?」
その力の本質は闘気の道に聡くない二人にも理解出来た。
概念をも具現化させる力が文恵にはあったから。
129: 2011/06/23(木) 02:14:54.55 ID:roH6HXyAO
文恵「私を倒したきゃ核でも持ってこないとね!」
文恵は背後で膝を付いた少女の身体から刀を抜き、大きく振りかぶった。
梓「──っ!」
一歩退いて戦況を見ていた梓は真っ先に危険に気付いた。
教室の端まで一気に身を引き、襲い来る熱波に備える。
刹那、文恵の一振りは紅蓮の炎を撒き散らした。
途端に教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
僅かに炎に掠められた自身の前髪を弄りながら、梓は錬獄の向こうの影を見据えた。
梓「規格外……ですね」
文恵は背後で膝を付いた少女の身体から刀を抜き、大きく振りかぶった。
梓「──っ!」
一歩退いて戦況を見ていた梓は真っ先に危険に気付いた。
教室の端まで一気に身を引き、襲い来る熱波に備える。
刹那、文恵の一振りは紅蓮の炎を撒き散らした。
途端に教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
僅かに炎に掠められた自身の前髪を弄りながら、梓は錬獄の向こうの影を見据えた。
梓「規格外……ですね」
130: 2011/06/23(木) 02:15:27.07 ID:roH6HXyAO
純「なんか色々人間辞めちゃってますねこれ」
風子「お互い様でしょ。私から見たら貴女も充分終わってるわよ」
高みの見物を決め込んでいるのは純と風子の二人。
丁度梓が居る校舎の向かいの棟の屋上。かつて和と純が憂を止めようと闘った場所だ。
風子「しかも貴女はあの子と違って明確な目標も無く動いてる。質の悪さで言ったら貴女の方が上よ」
眼鏡の奥の眼は険しく吊り上がっている。
純「……あんまり友好的じゃないですね。もしかして私居ない方が良かったですか?」
純は手摺から身を乗り出し、風子に背を向けたまま呟いた。
風子「お互い様でしょ。私から見たら貴女も充分終わってるわよ」
高みの見物を決め込んでいるのは純と風子の二人。
丁度梓が居る校舎の向かいの棟の屋上。かつて和と純が憂を止めようと闘った場所だ。
風子「しかも貴女はあの子と違って明確な目標も無く動いてる。質の悪さで言ったら貴女の方が上よ」
眼鏡の奥の眼は険しく吊り上がっている。
純「……あんまり友好的じゃないですね。もしかして私居ない方が良かったですか?」
純は手摺から身を乗り出し、風子に背を向けたまま呟いた。
131: 2011/06/23(木) 02:16:10.79 ID:roH6HXyAO
風子「違うわ。訳が分からないものを手放しに信用する事は出来ない。ただそれだけよ。貴女の意図さえ分かれば私達は貴女を歓迎するわ」
丁寧に言葉を選ぶように、だがそれでいて媚びぬように退かぬように、風子は純に諮問する。
純「こないだも言ったでしょう。面白きことなき世を面白く。ただそれだけですよ」
風子「嘘ね」
一瞬、時が静止したような気がした。
窘めた風子自身、胃の中を掻き毟られる思いだった。
純「……強がらなくてもいいんですよ?」
風子「…………」
沈黙を突き破るように一陣の風が流れた。
風に舞うスカートの裾を抑え、純は溜め息混じりに微笑む。
丁寧に言葉を選ぶように、だがそれでいて媚びぬように退かぬように、風子は純に諮問する。
純「こないだも言ったでしょう。面白きことなき世を面白く。ただそれだけですよ」
風子「嘘ね」
一瞬、時が静止したような気がした。
窘めた風子自身、胃の中を掻き毟られる思いだった。
純「……強がらなくてもいいんですよ?」
風子「…………」
沈黙を突き破るように一陣の風が流れた。
風に舞うスカートの裾を抑え、純は溜め息混じりに微笑む。
132: 2011/06/23(木) 02:16:44.09 ID:roH6HXyAO
純「……まぁ強いて言うなら、こんなところで終わりたくないからってとこですかね」
風子「ますます意味が解らないわよ」
風子が訝しげに眉を顰めても、それすら予想通りであるかのように純は淡々と語る。
純「このまま舞台に立たないままフェードアウトなんて氏んでも御免なんですよ。だったらせめて三文役者でも道化でも良い、足掻いて足掻いて足掻きまくってあの人達と同じ場所に立ってやりたいって……」
大仰に手を振りながら語り、一息置くと純は言った。
純「そう、思ったんです」
風子には純が何を言っているのか理解出来なかった。
だが彼女の熱意のようなものはひしひしと伝わった。
風子「ますます意味が解らないわよ」
風子が訝しげに眉を顰めても、それすら予想通りであるかのように純は淡々と語る。
純「このまま舞台に立たないままフェードアウトなんて氏んでも御免なんですよ。だったらせめて三文役者でも道化でも良い、足掻いて足掻いて足掻きまくってあの人達と同じ場所に立ってやりたいって……」
大仰に手を振りながら語り、一息置くと純は言った。
純「そう、思ったんです」
風子には純が何を言っているのか理解出来なかった。
だが彼女の熱意のようなものはひしひしと伝わった。
133: 2011/06/23(木) 02:17:17.12 ID:roH6HXyAO
点と点が繋がって進んでゆく物語の中で、置き去りになりつつある自分という存在を示したいから。
存在の証明など出来る筈もないその物語はそれでも確かに存在する。
だからこそ第三者から見れば純の葛藤は理解し得ないものなのだが、彼女はその熱意を以て風子の心を打ったのだ。
風子「もう理解しようとするのも馬鹿らしくなってきちゃった」
純「だったら今ここで私を切り捨ててみます?」
風子「ははっ、まさか」
存在しない絆で結託する。
二人は同じ事を考えて静かに笑った。
存在の証明など出来る筈もないその物語はそれでも確かに存在する。
だからこそ第三者から見れば純の葛藤は理解し得ないものなのだが、彼女はその熱意を以て風子の心を打ったのだ。
風子「もう理解しようとするのも馬鹿らしくなってきちゃった」
純「だったら今ここで私を切り捨ててみます?」
風子「ははっ、まさか」
存在しない絆で結託する。
二人は同じ事を考えて静かに笑った。
134: 2011/06/23(木) 02:17:55.73 ID:roH6HXyAO
文恵「これで解った? 警戒なんてしなくても私はなぁんにも企んでないんだよ」
積み上げられたモノの頂点で、文恵はスカートの裾を摘んで気取った会釈をする。
文恵「にしても……。動いたらお腹空いちゃったなぁ。もし良かったら何か食べに行こうよ」
梓「こんなの見た後で食事する気分にはなれませんよ……」
梓は文恵の足元に視線をやり、直ぐに逸らす。
人の作り上げたものとは思えない惨状がそこにはあった。
文恵「そっか……。残念だな」
文恵は眉を八の字にして溜め息を吐き、亡骸寸前となった敗者達の山から飛び降りる。
積み上げられたモノの頂点で、文恵はスカートの裾を摘んで気取った会釈をする。
文恵「にしても……。動いたらお腹空いちゃったなぁ。もし良かったら何か食べに行こうよ」
梓「こんなの見た後で食事する気分にはなれませんよ……」
梓は文恵の足元に視線をやり、直ぐに逸らす。
人の作り上げたものとは思えない惨状がそこにはあった。
文恵「そっか……。残念だな」
文恵は眉を八の字にして溜め息を吐き、亡骸寸前となった敗者達の山から飛び降りる。
135: 2011/06/23(木) 02:18:34.23 ID:roH6HXyAO
文恵「梓ちゃん」
口を固く閉ざした梓の元に歩み寄り、血に塗れた手をそっと差し伸ばす。
文恵「言ってくれればこんな汚れ仕事も幾らでもやるし、欲しいものがあればなんでもあげるよ? だからせめてそんな恐い眼で見るのは止めて欲しいな」
赤黒い血が文恵の指先から梓の頬へと伝い渇いてゆく。
文恵「××だから」
蚊の鳴くようなか細い声で、文恵はたった一言梓の耳元で呟き、窓から飛び降りた。
梓「……っ!」
梓は込み上げる胸の痛みに負け、得物を手放した。
その痛みの本質が何なのか、それは梓にも解らない。
口を固く閉ざした梓の元に歩み寄り、血に塗れた手をそっと差し伸ばす。
文恵「言ってくれればこんな汚れ仕事も幾らでもやるし、欲しいものがあればなんでもあげるよ? だからせめてそんな恐い眼で見るのは止めて欲しいな」
赤黒い血が文恵の指先から梓の頬へと伝い渇いてゆく。
文恵「××だから」
蚊の鳴くようなか細い声で、文恵はたった一言梓の耳元で呟き、窓から飛び降りた。
梓「……っ!」
梓は込み上げる胸の痛みに負け、得物を手放した。
その痛みの本質が何なのか、それは梓にも解らない。
143: 2011/07/06(水) 19:26:07.28 ID:cPAeyOXAO
全ての景色が灰色に見えた。
全ての思惑が灰盡に見えた。
全て現実が仄暗く思えた。
だから律はあても無く歩き続けた。
元居た場所に帰るでもなく。進むべき場所を目指すでもなく。
塵芥のように無為に漂い続けて律は初めて迫りくる危機に気付いた。
律「残金が……。三百円だと……?」
その気になれば電車より速く動く事など造作も無い。
だが一介の女子高生である律に未開の地で迷わずに道を選ぶ程の土地勘などある筈も無かった。
全ての思惑が灰盡に見えた。
全て現実が仄暗く思えた。
だから律はあても無く歩き続けた。
元居た場所に帰るでもなく。進むべき場所を目指すでもなく。
塵芥のように無為に漂い続けて律は初めて迫りくる危機に気付いた。
律「残金が……。三百円だと……?」
その気になれば電車より速く動く事など造作も無い。
だが一介の女子高生である律に未開の地で迷わずに道を選ぶ程の土地勘などある筈も無かった。
144: 2011/07/06(水) 19:26:34.47 ID:cPAeyOXAO
全ての元凶は律のメンタルの弱さに他ならない。
恵に拒絶された律はあれからあても無く歩き続けた。
荒んだ彼女の心に付け込むように視界に飛び込んできたのは一軒の定食屋だった。
律「うめー!」
一度その土地の味を知ってしまえば後は早い。
律の旅の目的は恵を連れて来る事から観光に変わり、済し崩しに財布の中身は削られていった。
普通ならば予想外の出費も見越して多めに現金を持っていくのだろうが、転ばぬ先の杖なんて言葉は律の辞書には無い。
恵に拒絶された律はあれからあても無く歩き続けた。
荒んだ彼女の心に付け込むように視界に飛び込んできたのは一軒の定食屋だった。
律「うめー!」
一度その土地の味を知ってしまえば後は早い。
律の旅の目的は恵を連れて来る事から観光に変わり、済し崩しに財布の中身は削られていった。
普通ならば予想外の出費も見越して多めに現金を持っていくのだろうが、転ばぬ先の杖なんて言葉は律の辞書には無い。
145: 2011/07/06(水) 19:27:03.46 ID:cPAeyOXAO
律「くそぉ……。ひもじいぞ」
豪勢に寿司を朝食に食べてから昼食を抜き、何も口にしていない。
そろそろ日も沈もうかという夕下がり。腹が減るのは自明の理だった。
律「うっ……」
なるべく周りを見ないようにしていた律だが嫌なものが目に止まってしまった。
全国チェーンの弁当屋。味も見た目も粗末なものだが今の律には寿司や焼肉よりもご馳走に見えた。
律の頭の中で二つの考えが過ぎる。
『この状況がいつまで続くか分からない。残りの金は慎重に遣うべきだ』
『三百円も無一文も大差無い。今が使う時だ』
二つの思案の果てに律が辿り着いた答えは……。
豪勢に寿司を朝食に食べてから昼食を抜き、何も口にしていない。
そろそろ日も沈もうかという夕下がり。腹が減るのは自明の理だった。
律「うっ……」
なるべく周りを見ないようにしていた律だが嫌なものが目に止まってしまった。
全国チェーンの弁当屋。味も見た目も粗末なものだが今の律には寿司や焼肉よりもご馳走に見えた。
律の頭の中で二つの考えが過ぎる。
『この状況がいつまで続くか分からない。残りの金は慎重に遣うべきだ』
『三百円も無一文も大差無い。今が使う時だ』
二つの思案の果てに律が辿り着いた答えは……。
146: 2011/07/06(水) 19:27:31.07 ID:cPAeyOXAO
律「はぁ……。やっちまった」
律の財布の中には十円玉だけが残った。
そしてぶら下げたレジ袋には某全国チェーンの弁当屋ののり弁当二百九十円。
果たしてこれで良かったのか、そう考えると律は虚しくなってきたので考えるのを止めた。
出来るだけ何も思わないように無心でフライを齧り、ぱさぱさの米を掻き込む。
そんな時、騒々しい音と共に一台のバイクが駐車場に滑り込んでくる。
律「うわっ!?」
律の真横すれすれを通って停車したバイクにはジェットタイプのヘルメットを被った二十代、或いは三十代前半に見える青年が乗っていた。
律の財布の中には十円玉だけが残った。
そしてぶら下げたレジ袋には某全国チェーンの弁当屋ののり弁当二百九十円。
果たしてこれで良かったのか、そう考えると律は虚しくなってきたので考えるのを止めた。
出来るだけ何も思わないように無心でフライを齧り、ぱさぱさの米を掻き込む。
そんな時、騒々しい音と共に一台のバイクが駐車場に滑り込んでくる。
律「うわっ!?」
律の真横すれすれを通って停車したバイクにはジェットタイプのヘルメットを被った二十代、或いは三十代前半に見える青年が乗っていた。
147: 2011/07/06(水) 19:27:57.23 ID:cPAeyOXAO
一つ文句をつけてやろうといきり立って立ち上がる律。
だが青年はそんな律をまるで歯牙にもかけず、ヘルメットをハンドルにぶら下げて飄々と降り立った。
「悪いな姉ちゃん。あんまりちっこいもんだから目に入らなかったよ、はははっ」
悪びれもせずにすれ違いざまに律の肩を叩き、青年は店内に入ろうとする。
律「待てよ」
気が立っている今の律にその行動はタブーに等しかった。
流水に投じた石のような律の一言は周囲の空気を一変させる。
だが青年はそんな律をまるで歯牙にもかけず、ヘルメットをハンドルにぶら下げて飄々と降り立った。
「悪いな姉ちゃん。あんまりちっこいもんだから目に入らなかったよ、はははっ」
悪びれもせずにすれ違いざまに律の肩を叩き、青年は店内に入ろうとする。
律「待てよ」
気が立っている今の律にその行動はタブーに等しかった。
流水に投じた石のような律の一言は周囲の空気を一変させる。
148: 2011/07/06(水) 19:28:24.58 ID:cPAeyOXAO
男が振り向くと同時に律の拳が男の頬を打っていた。
無論本気で殴るわけにはいかないので多少の手心は加えてある。だがそれでも常人を卒倒させるだけの威力はあった。しかし……。
律「あっ?」
まるで暖簾を打ったような気味の悪い感触。律は自分の突きが軽く受け流された事に気付く。
「おいおいおいおい……。どんだけバイオレンスなんだよ最近の女は。これで気がすんだか?」
律は頬を抑えて蹲る青年をきつく睨み付けた。
律「痛くも痒くもねーんだろ? 芝居は良いから立てよ」
無論本気で殴るわけにはいかないので多少の手心は加えてある。だがそれでも常人を卒倒させるだけの威力はあった。しかし……。
律「あっ?」
まるで暖簾を打ったような気味の悪い感触。律は自分の突きが軽く受け流された事に気付く。
「おいおいおいおい……。どんだけバイオレンスなんだよ最近の女は。これで気がすんだか?」
律は頬を抑えて蹲る青年をきつく睨み付けた。
律「痛くも痒くもねーんだろ? 芝居は良いから立てよ」
149: 2011/07/06(水) 19:28:50.81 ID:cPAeyOXAO
青年は訝しげに顔を上げ、面倒臭そうに溜め息を吐いた。
「なんだぁ? 武術でもやってんのか?」
律「あんな温い受け流しで誰が騙されるかよ。私の拳が当たる瞬間に首を捻った、そうだろ?」
とはいえあの初撃を軽く捌いてみせた青年の実力に律は素直に感心した。
ストリートファイトに慣れているだけではあの動きは出来ない。
相手の力量を認め、律は更に力のリミットを緩める。
「ふぅん。少しは動けるみたいだな。けどよ……」
野暮ったい前髪を掻き上げ、青年は下卑た笑みを浮かべた。
「上には上がいるもんだぜ?」
「なんだぁ? 武術でもやってんのか?」
律「あんな温い受け流しで誰が騙されるかよ。私の拳が当たる瞬間に首を捻った、そうだろ?」
とはいえあの初撃を軽く捌いてみせた青年の実力に律は素直に感心した。
ストリートファイトに慣れているだけではあの動きは出来ない。
相手の力量を認め、律は更に力のリミットを緩める。
「ふぅん。少しは動けるみたいだな。けどよ……」
野暮ったい前髪を掻き上げ、青年は下卑た笑みを浮かべた。
「上には上がいるもんだぜ?」
150: 2011/07/06(水) 19:29:18.60 ID:cPAeyOXAO
言い終えると同時に青年の背後に律はいた。
片手だけで全体重を支えた地面すれすれからの華麗な足払いが決まる筈だったのだが。
「うぉっ! マジでか!?」
律の足は青年の足をすり抜けた。
正確には青年が律の足払いをぎりぎりまで引きつけて躱した事による錯覚がそう見せたのだ。
律「──っ! 嘘だろ!?」
ここまで来ると律の困惑は限界に達していた。
今度の蹴りは常人では躱すどころか目で追う事すら敵わない筈なのに、この青年は律以上に洗練された技術を以て初撃よりも鮮やかに躱してみせたのだから。
片手だけで全体重を支えた地面すれすれからの華麗な足払いが決まる筈だったのだが。
「うぉっ! マジでか!?」
律の足は青年の足をすり抜けた。
正確には青年が律の足払いをぎりぎりまで引きつけて躱した事による錯覚がそう見せたのだ。
律「──っ! 嘘だろ!?」
ここまで来ると律の困惑は限界に達していた。
今度の蹴りは常人では躱すどころか目で追う事すら敵わない筈なのに、この青年は律以上に洗練された技術を以て初撃よりも鮮やかに躱してみせたのだから。
151: 2011/07/06(水) 19:29:46.36 ID:cPAeyOXAO
律「だらあああああっ!!」
これ以上の慢心は敗北を招く。
律の動きは更に加速し、一挙一動に数十、数百にも及ぶオプションが付け加えられてゆく。
「なるほどね……。お前もしかして桜高の生徒か?」
律「だったらどうすんだ?」
眼前で律の踵落としを腕で受ける。
だがそれとほぼ同時に首筋を狙った上段回し蹴りが飛んでくる。
やがて始めは余裕のなさそうな青年の動作が、着実にしなやかに、そして無駄の無い動きに変わっていった。
これ以上の慢心は敗北を招く。
律の動きは更に加速し、一挙一動に数十、数百にも及ぶオプションが付け加えられてゆく。
「なるほどね……。お前もしかして桜高の生徒か?」
律「だったらどうすんだ?」
眼前で律の踵落としを腕で受ける。
だがそれとほぼ同時に首筋を狙った上段回し蹴りが飛んでくる。
やがて始めは余裕のなさそうな青年の動作が、着実にしなやかに、そして無駄の無い動きに変わっていった。
152: 2011/07/06(水) 19:30:15.18 ID:cPAeyOXAO
「ちょいと憂さ晴らしに付き合ってもらうまでさ。お宅の生徒さんには心の臓をぶち抜かれそうになったからな!」
青年の目付きが鋭くなる。
殺意、敵意を剥き出しにしているというよりも狩人が自分の仕事を楽しんでいるような様子だ。
律「やってみな!」
呼応するように律の表情は緩くなる。
予想外のイベントを楽しむ気持ちは両者に共通していたのだ。
律は自身の持ち得る最速を解き放つ。
路上のコンクリートが爆ぜ、風を切る衝撃は更なる風を呼び起こす。
青年の目付きが鋭くなる。
殺意、敵意を剥き出しにしているというよりも狩人が自分の仕事を楽しんでいるような様子だ。
律「やってみな!」
呼応するように律の表情は緩くなる。
予想外のイベントを楽しむ気持ちは両者に共通していたのだ。
律は自身の持ち得る最速を解き放つ。
路上のコンクリートが爆ぜ、風を切る衝撃は更なる風を呼び起こす。
153: 2011/07/06(水) 19:30:45.23 ID:cPAeyOXAO
最速の律から見れば彼女を取り巻く空間は静止しているようなものだ。
世界すら手中で弄ぶその速度はトリックスターと呼ぶに相応しい。
「っ!?」
青年の表情が一瞬だけ強張る。
律はそれを見て己の勝利を確信した。
全てを打ち抜き、蹂躙するは一万の打撃。
「はい、お疲れさまDeath」
青年は投げ渡されたものを払いのけるかのようにいとも容易く律を引っ掴み、放り投げた。
青年にとってそれが児戯に等しい事は飄々とした表情で煙草を咥えている事から明らかだった。
世界すら手中で弄ぶその速度はトリックスターと呼ぶに相応しい。
「っ!?」
青年の表情が一瞬だけ強張る。
律はそれを見て己の勝利を確信した。
全てを打ち抜き、蹂躙するは一万の打撃。
「はい、お疲れさまDeath」
青年は投げ渡されたものを払いのけるかのようにいとも容易く律を引っ掴み、放り投げた。
青年にとってそれが児戯に等しい事は飄々とした表情で煙草を咥えている事から明らかだった。
154: 2011/07/06(水) 19:31:11.54 ID:cPAeyOXAO
律「こんにゃろ……っ!」
空中で身を捩らせて着地する。
そして続け様に青年の懐に飛び掛かろうとしたが、虫の知らせのような微かな違和感が律の足を止めた。
「……なぁるほどね。なかなかどうして厄介な速さだが、この俺に喧嘩吹っ掛けるにはちょいと足んねぇな」
青年が咥えた煙草に火が点る。
吐き出された紫煙の奥の表情が人の悪そうな笑みに変わった。
律「アンタ……。まさか!」
溢れ出す赤の奔流。律は全てを思い出した。
この男に下らない理由で喧嘩を売る事がどれだけ愚かしい事か。
言う事を聞かずに震える自分の膝が、律には恨めしく思えた。
空中で身を捩らせて着地する。
そして続け様に青年の懐に飛び掛かろうとしたが、虫の知らせのような微かな違和感が律の足を止めた。
「……なぁるほどね。なかなかどうして厄介な速さだが、この俺に喧嘩吹っ掛けるにはちょいと足んねぇな」
青年が咥えた煙草に火が点る。
吐き出された紫煙の奥の表情が人の悪そうな笑みに変わった。
律「アンタ……。まさか!」
溢れ出す赤の奔流。律は全てを思い出した。
この男に下らない理由で喧嘩を売る事がどれだけ愚かしい事か。
言う事を聞かずに震える自分の膝が、律には恨めしく思えた。
155: 2011/07/06(水) 19:31:46.91 ID:cPAeyOXAO
聳え立つ二つの巨塔。
まさにそう表現するに相応しい二人は病院内で肩を並べて歩いていた。
和「悪いわね付き合わせちゃって」
澪「いや、これくらいならいつでも付き合うよ」
言いながら澪は和が腰に吊ってある得物にちらちら目を移している。
南極で刀を折られて以来雛鳥にチキンを食べさせているような、どうにも形容し難いむず痒い感覚が澪を苛めていた。
和「……あげないわよ?」
澪「……ワカッテルヨ」
擦れたような片言で返すと澪は大きく溜め息を吐いて。
まさにそう表現するに相応しい二人は病院内で肩を並べて歩いていた。
和「悪いわね付き合わせちゃって」
澪「いや、これくらいならいつでも付き合うよ」
言いながら澪は和が腰に吊ってある得物にちらちら目を移している。
南極で刀を折られて以来雛鳥にチキンを食べさせているような、どうにも形容し難いむず痒い感覚が澪を苛めていた。
和「……あげないわよ?」
澪「……ワカッテルヨ」
擦れたような片言で返すと澪は大きく溜め息を吐いて。
156: 2011/07/06(水) 19:32:18.11 ID:cPAeyOXAO
それから二人の間に会話は無かった。
これから何をするのかを考えれば自然と口数が少なくなるのは頷けるが、和には澪が敢えて沈黙という選択肢を選び取っているような気がして気味が悪かった。
和「ここね」
個室棟の一角で和が足を止める。
ネームプレートに書かれた名前を見て澪は一瞬だけ眉を顰めたが、直ぐに何事も無かったかのような無表情に戻り、静かに腕を組んだ。
和「この後に及んで抵抗するようなら迷わず頃して。私の手には負えないだろうから」
澪「ん……」
これから何をするのかを考えれば自然と口数が少なくなるのは頷けるが、和には澪が敢えて沈黙という選択肢を選び取っているような気がして気味が悪かった。
和「ここね」
個室棟の一角で和が足を止める。
ネームプレートに書かれた名前を見て澪は一瞬だけ眉を顰めたが、直ぐに何事も無かったかのような無表情に戻り、静かに腕を組んだ。
和「この後に及んで抵抗するようなら迷わず頃して。私の手には負えないだろうから」
澪「ん……」
157: 2011/07/06(水) 19:32:48.68 ID:cPAeyOXAO
部屋の主は静かに佇んでいた。
普段二つ結びにしてある髪の毛は乱れたまま放置しており、彼女の瞳はただ虚構だけを映している。
和「凄い変わり様ね……。アンタ一体この子に何したの?」
澪「覚えてないな。あれから色々あったし」
何をするでもなくただひたすらに惚けていた少女は蚊の鳴くような声で呟く。
いちご「……ここに来て初めてのお客さんね。コーヒーでも淹れようか?」
和「──っ」
和は何か言いかけたが澪がそれを片手で制す。
粗末なパイプ椅子に腰掛け、優しく微笑むと澪は言った。
澪「うん。お願いするよ」
普段二つ結びにしてある髪の毛は乱れたまま放置しており、彼女の瞳はただ虚構だけを映している。
和「凄い変わり様ね……。アンタ一体この子に何したの?」
澪「覚えてないな。あれから色々あったし」
何をするでもなくただひたすらに惚けていた少女は蚊の鳴くような声で呟く。
いちご「……ここに来て初めてのお客さんね。コーヒーでも淹れようか?」
和「──っ」
和は何か言いかけたが澪がそれを片手で制す。
粗末なパイプ椅子に腰掛け、優しく微笑むと澪は言った。
澪「うん。お願いするよ」
158: 2011/07/06(水) 19:33:18.57 ID:cPAeyOXAO
小さなマグカップに注がれたコーヒーは泡がやけに窪んでおり、インスタント特有の饐えた匂いがした。
和「……酷い匂いね」
澪「辛辣だな。氏人に鞭打ってるようなもんだぞ」
二人のやり取りなどどこ吹く風といった様子で、いちごは首を上下に揺らしている。
抜殻のようなその姿からはかつての天災的な風格は微塵も感じられない。
和「そういう澪も多少の罪悪感はあるんじゃない? あんなに早くこの子の壊れ具合に気付けるって事は、つまりそういう事なんでしょ?」
澪「掘り下げないでよ。人から出されたものにケチつけるのは感心しないって事。別に他意は無いさ」
和「……酷い匂いね」
澪「辛辣だな。氏人に鞭打ってるようなもんだぞ」
二人のやり取りなどどこ吹く風といった様子で、いちごは首を上下に揺らしている。
抜殻のようなその姿からはかつての天災的な風格は微塵も感じられない。
和「そういう澪も多少の罪悪感はあるんじゃない? あんなに早くこの子の壊れ具合に気付けるって事は、つまりそういう事なんでしょ?」
澪「掘り下げないでよ。人から出されたものにケチつけるのは感心しないって事。別に他意は無いさ」
159: 2011/07/06(水) 19:33:56.24 ID:cPAeyOXAO
澪は饐えたコーヒーに怖々と口をつけ、なるべく舌に触れないよう素早く飲み込んだ。
それでも鼻孔を突き抜ける不快な香りに澪は眉を顰める。
和「無理しなくても良いわよ。ただ見舞いに来たってわけじゃないんだから」
澪「良いよ、好きでやってる事だし」
和から差し出されたミントのタブレットを数粒受け取り、一気に噛み砕くとつんと舌を刺激した。
いちご「何の話してるの? もしかして私何か悪いことしちゃったかな……」
あどけない表情を浮かべるいちごを見て和は無性に腹が立ち、澪は哀れに思う。
それでも鼻孔を突き抜ける不快な香りに澪は眉を顰める。
和「無理しなくても良いわよ。ただ見舞いに来たってわけじゃないんだから」
澪「良いよ、好きでやってる事だし」
和から差し出されたミントのタブレットを数粒受け取り、一気に噛み砕くとつんと舌を刺激した。
いちご「何の話してるの? もしかして私何か悪いことしちゃったかな……」
あどけない表情を浮かべるいちごを見て和は無性に腹が立ち、澪は哀れに思う。
160: 2011/07/06(水) 19:34:23.75 ID:cPAeyOXAO
和「……代わりに聞いてくれない?」
澪「……晩ご飯奢ってもらうよ」
和は澪に耳打ちすると窓際に腰掛け、片手でその表情を覆い隠した。
しっかりしてくれよ、と澪は内心呟く。だがいちごがこうなってしまった原因が自分に帰結する事を考えればそんな我儘は言っていられない。
澪「何から話そうかな……。取り敢えず、私の名前は分かる?」
いちご「……秋山さん」
訝しげに首をかしげつついちごは答えた。
澪「外れだよ。私は真鍋 和さ」
いちご「……? 秋山さんは秋山さんだよ?」
いちごの表情が陰る。
硝子細工のように繊細な動きを見せる彼女の表情はきっかけさえあれば簡単に壊れてしまいそうだった。
澪「……晩ご飯奢ってもらうよ」
和は澪に耳打ちすると窓際に腰掛け、片手でその表情を覆い隠した。
しっかりしてくれよ、と澪は内心呟く。だがいちごがこうなってしまった原因が自分に帰結する事を考えればそんな我儘は言っていられない。
澪「何から話そうかな……。取り敢えず、私の名前は分かる?」
いちご「……秋山さん」
訝しげに首をかしげつついちごは答えた。
澪「外れだよ。私は真鍋 和さ」
いちご「……? 秋山さんは秋山さんだよ?」
いちごの表情が陰る。
硝子細工のように繊細な動きを見せる彼女の表情はきっかけさえあれば簡単に壊れてしまいそうだった。
161: 2011/07/06(水) 19:34:52.38 ID:cPAeyOXAO
澪「ん、正解だよ。私は秋山 澪だ」
意思疎通に若干の不具合はあれど気にするレベルではない。
いちごに他人をしっかり認識する能力が残っている事を確認した澪はいきなり核心に触れようとしていた。
澪「思い出せる限りでいいから答えて」
いちごの手を握り、澪は言う。
澪「君はここ一ヵ月、何をしてたんだ?」
澪の手の中でいちごの手が震えた。
いちご「…………」
視線は澪と和の間を行き来し、呼吸が徐々に荒くなる。
未開の地に一人取り残された子どものように、全ての挙動がぎこちなく変わっていった。
意思疎通に若干の不具合はあれど気にするレベルではない。
いちごに他人をしっかり認識する能力が残っている事を確認した澪はいきなり核心に触れようとしていた。
澪「思い出せる限りでいいから答えて」
いちごの手を握り、澪は言う。
澪「君はここ一ヵ月、何をしてたんだ?」
澪の手の中でいちごの手が震えた。
いちご「…………」
視線は澪と和の間を行き来し、呼吸が徐々に荒くなる。
未開の地に一人取り残された子どものように、全ての挙動がぎこちなく変わっていった。
162: 2011/07/06(水) 19:35:22.11 ID:cPAeyOXAO
いちご「私は……。寒いとこで……っ」
偏頭痛のような不快な痛みがいちごを襲う。
いちご「あれ……? なんで……っ? 思い出せない、よ……」
いちごの頬が赤く染まり、眼に涙が溜まってきた辺りで澪がいちごを優しく抱いた。
澪「いや、無理して思い出さなくても良いんだよ。ほらゆっくり息吐いて」
背中を擦り、いちご掌を握る力を強める。
脇目で和を見ると、彼女は深く考え込むように顔を伏せていた。
着いて来るんじゃなかった。
澪は舌打ちしてしまいたくなる気持ちを抑えて再びいちごに意識を向けた。
偏頭痛のような不快な痛みがいちごを襲う。
いちご「あれ……? なんで……っ? 思い出せない、よ……」
いちごの頬が赤く染まり、眼に涙が溜まってきた辺りで澪がいちごを優しく抱いた。
澪「いや、無理して思い出さなくても良いんだよ。ほらゆっくり息吐いて」
背中を擦り、いちご掌を握る力を強める。
脇目で和を見ると、彼女は深く考え込むように顔を伏せていた。
着いて来るんじゃなかった。
澪は舌打ちしてしまいたくなる気持ちを抑えて再びいちごに意識を向けた。
163: 2011/07/06(水) 19:35:55.20 ID:cPAeyOXAO
澪「駄目だったな」
和「そうね」
ファミレスの一角で二人はちびちびとコーヒーを啜っていた。
澪「にしても……。まさかあんなに取り乱すとは思わなかったよ。やっぱり無意識にあの時の記憶を身体が拒絶してる、のかな?」
和「……脳震盪起こした事ある? 記憶が飛ぶレベルのやつ」
表情を変えないままの問い掛けに対し、澪は過去の記憶を整理する。
澪「……入学式の時と、去年の体育祭の時。うん、二回あるよ」
和「そうね」
ファミレスの一角で二人はちびちびとコーヒーを啜っていた。
澪「にしても……。まさかあんなに取り乱すとは思わなかったよ。やっぱり無意識にあの時の記憶を身体が拒絶してる、のかな?」
和「……脳震盪起こした事ある? 記憶が飛ぶレベルのやつ」
表情を変えないままの問い掛けに対し、澪は過去の記憶を整理する。
澪「……入学式の時と、去年の体育祭の時。うん、二回あるよ」
164: 2011/07/06(水) 19:36:26.81 ID:cPAeyOXAO
和「体育祭か。そういや、去年は唯と当たってたわね」
澪「唯は手加減を知らないからな。ここからここまでぱっくり割れてさ、あの時は大変だったよ。で、それがどうしたの?」
澪は眉尻から髪の生え際まで指でなぞり、からからと笑った。
和「脳震盪とかで飛んだ記憶って医者からは思い出そうとしたり人から聞いたりしてはいけないって言われるでしょ? 記憶が混濁してパニクっちゃうから」
澪「ああ、そういえば言われたかも」
和「つまり、何となく探り入れてみたけどあれは一番やっちゃいけなかったのかもしれないわね……」
澪「唯は手加減を知らないからな。ここからここまでぱっくり割れてさ、あの時は大変だったよ。で、それがどうしたの?」
澪は眉尻から髪の生え際まで指でなぞり、からからと笑った。
和「脳震盪とかで飛んだ記憶って医者からは思い出そうとしたり人から聞いたりしてはいけないって言われるでしょ? 記憶が混濁してパニクっちゃうから」
澪「ああ、そういえば言われたかも」
和「つまり、何となく探り入れてみたけどあれは一番やっちゃいけなかったのかもしれないわね……」
165: 2011/07/06(水) 19:37:09.72 ID:cPAeyOXAO
それを聞いて澪の眉間に皺が寄った。
澪「私が悪いって言い──」
和「違うわ。深刻な状況だって分かっただけでも充分感謝してる」
澪の言葉を遮り、和は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
和「記憶が飛んだ原因が心因性か否か、後はそれさえ分かればあの子を元に戻せるわ。そうすればあの子の当初の目的も、胸の蟠りも全て晴れる」
澪「…………」
事は終わったにも拘らず胸の中を苛める蟠り。
それは和だけではなくあそこに居た澪以外の者全員の胸に潜んでいた。
澪「私が悪いって言い──」
和「違うわ。深刻な状況だって分かっただけでも充分感謝してる」
澪の言葉を遮り、和は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
和「記憶が飛んだ原因が心因性か否か、後はそれさえ分かればあの子を元に戻せるわ。そうすればあの子の当初の目的も、胸の蟠りも全て晴れる」
澪「…………」
事は終わったにも拘らず胸の中を苛める蟠り。
それは和だけではなくあそこに居た澪以外の者全員の胸に潜んでいた。
166: 2011/07/06(水) 19:37:53.12 ID:cPAeyOXAO
澪「……心因性だな」
澪は極寒の地。人の理解の範疇を越えた者同士の闘いの場で何が起きたのかを、誰にも語らない。
澪「私はあの時あの場所で、あの子の心を壊したんだ」
人の闘いが終わり、一対の龍の世界すら巻き込まんとする闘いが始まろうとしている事など、知らない方が幸せだと思ったから。
和「そんなところでしょうね」
だが仮に皆がそれに気付いたところで澪は止めたりはしないだろう。
全ては脚本の導くままに、胸に蟠りを残した物語は綻ぶ事なく突き進もうとしている。
それに逆らうことなど、誰にも出来はしない。
澪は極寒の地。人の理解の範疇を越えた者同士の闘いの場で何が起きたのかを、誰にも語らない。
澪「私はあの時あの場所で、あの子の心を壊したんだ」
人の闘いが終わり、一対の龍の世界すら巻き込まんとする闘いが始まろうとしている事など、知らない方が幸せだと思ったから。
和「そんなところでしょうね」
だが仮に皆がそれに気付いたところで澪は止めたりはしないだろう。
全ては脚本の導くままに、胸に蟠りを残した物語は綻ぶ事なく突き進もうとしている。
それに逆らうことなど、誰にも出来はしない。
183: 2011/08/18(木) 11:19:43.29 ID:cRFjROYAO
律「……んん」
重たい瞼を擦りながら起き上がると、そこは街灯の光など一縷も入らない深い森の中だった。
律「うわっ!?」
目の前には赤々と燃える焚火。その向こう側で炎に照らされた野暮ったい顔に律は心臓を跳ね上がらせた。
「……ビビり過ぎだろ。俺は幽霊かっての」
青年は据わった目で律を一瞥し、缶ビールに口を付ける。
既に何本か空けているのだろう。酒気を帯びた吐息は律を不快にさせた。
律「……酒臭いよおっさん」
「直ちにおにーさんに訂正しろ。さもねーとこの山ん中に捨ててくぞ」
重たい瞼を擦りながら起き上がると、そこは街灯の光など一縷も入らない深い森の中だった。
律「うわっ!?」
目の前には赤々と燃える焚火。その向こう側で炎に照らされた野暮ったい顔に律は心臓を跳ね上がらせた。
「……ビビり過ぎだろ。俺は幽霊かっての」
青年は据わった目で律を一瞥し、缶ビールに口を付ける。
既に何本か空けているのだろう。酒気を帯びた吐息は律を不快にさせた。
律「……酒臭いよおっさん」
「直ちにおにーさんに訂正しろ。さもねーとこの山ん中に捨ててくぞ」
184: 2011/08/18(木) 11:20:26.39 ID:cRFjROYAO
言いつつも青年はさほど気にしてはいないようで、焚火に当てられて焼ける何かの様子をしきりに気にしている。
「うっし。そろそろ頃合だな」
竹串に刺された魚が香ばしく焼けていた。
内臓は取り除かれているもののその技は明らかに素人のそれであり、見てくれは食欲が失せるほどに不格好だ。
律「? なにそれ」
「魚だよ見りゃわかんだろ。ほら食えよ」
辛うじて原型は保っているが差し出されてはいそうですか、と食べられるようなものではない。
だが青年は眉間に皺を寄せる律に強引に突き出す。
「うっし。そろそろ頃合だな」
竹串に刺された魚が香ばしく焼けていた。
内臓は取り除かれているもののその技は明らかに素人のそれであり、見てくれは食欲が失せるほどに不格好だ。
律「? なにそれ」
「魚だよ見りゃわかんだろ。ほら食えよ」
辛うじて原型は保っているが差し出されてはいそうですか、と食べられるようなものではない。
だが青年は眉間に皺を寄せる律に強引に突き出す。
185: 2011/08/18(木) 11:21:16.65 ID:cRFjROYAO
「ほら食えって、ほら!」
律「分かった分かった! 食うからちょっと引っ込めよ!」
警戒心も済し崩しに、律は見ず知らずのこの青年の空気に飲まれていた。
そして青年も同様、普通ならば喧嘩を吹っ掛けてきた者などその場に捨て置くのだがそうしなかった。何故ならば……。
(コイツ馬鹿そうだな……)
律(コイツ馬鹿っぽいな……)
互いが互いに相手の事を腹の中で軽く見ていたからだ。
馬鹿が馬鹿を馬鹿と蔑む。傍から見ていてこれほど滑稽な状況は無いだろう。
律「分かった分かった! 食うからちょっと引っ込めよ!」
警戒心も済し崩しに、律は見ず知らずのこの青年の空気に飲まれていた。
そして青年も同様、普通ならば喧嘩を吹っ掛けてきた者などその場に捨て置くのだがそうしなかった。何故ならば……。
(コイツ馬鹿そうだな……)
律(コイツ馬鹿っぽいな……)
互いが互いに相手の事を腹の中で軽く見ていたからだ。
馬鹿が馬鹿を馬鹿と蔑む。傍から見ていてこれほど滑稽な状況は無いだろう。
186: 2011/08/18(木) 11:22:08.49 ID:cRFjROYAO
閑話休題。
自然の中の会食を終え、青年は生い茂る草木の中大の字に寝そべった。
服が汚れる事を厭わないずぼらな性格なのか、はたまた寝る場所に拘る余裕が無いほど疲れていたのか。
恐らく前者だろうと考えながら、律は山道に似つかわしくない大型のバイクに目をやる。
律「……時代錯誤も良いとこだなこれ。こんな荷物積んで何処に行くつもりだったんだ?」
ハンドルに吊ってある革のバッグの中からはコップや皿などの日用品が見え隠れしていた。
「アテの無い旅ってやつさ。いつ止めるかも決めてねーし何をするかも決めてねーよ」
律「ふぅん……」
自然の中の会食を終え、青年は生い茂る草木の中大の字に寝そべった。
服が汚れる事を厭わないずぼらな性格なのか、はたまた寝る場所に拘る余裕が無いほど疲れていたのか。
恐らく前者だろうと考えながら、律は山道に似つかわしくない大型のバイクに目をやる。
律「……時代錯誤も良いとこだなこれ。こんな荷物積んで何処に行くつもりだったんだ?」
ハンドルに吊ってある革のバッグの中からはコップや皿などの日用品が見え隠れしていた。
「アテの無い旅ってやつさ。いつ止めるかも決めてねーし何をするかも決めてねーよ」
律「ふぅん……」
187: 2011/08/18(木) 11:23:04.58 ID:cRFjROYAO
気障ったらしい喋り方が耳に残る。
ぞわりと首筋を這うような感覚を紛らす為に薄汚れたマグカップに注がれたコーヒーを舐めるように飲むと、味気無い苦味が口の中に広がった。
律「にがい……」
だが不快な苦味は頭の靄を晴らすには丁度良い。
破り捨てられた願い。否定された想い。突如現れた青年。物語の分岐点。
ごった返しとなっていた頭の中が徐々に整理されてゆくがやるべき事、物語の模範回答は解らない。
龍の力を欲したあの少女ならば、全ての解答が解るのだろうか。
「そう言うお前はなんだってこんなとこに来たんだ? 桜高っつったら電車でお出かけでもって距離じゃねーだろ此処は」
ぞわりと首筋を這うような感覚を紛らす為に薄汚れたマグカップに注がれたコーヒーを舐めるように飲むと、味気無い苦味が口の中に広がった。
律「にがい……」
だが不快な苦味は頭の靄を晴らすには丁度良い。
破り捨てられた願い。否定された想い。突如現れた青年。物語の分岐点。
ごった返しとなっていた頭の中が徐々に整理されてゆくがやるべき事、物語の模範回答は解らない。
龍の力を欲したあの少女ならば、全ての解答が解るのだろうか。
「そう言うお前はなんだってこんなとこに来たんだ? 桜高っつったら電車でお出かけでもって距離じゃねーだろ此処は」
188: 2011/08/18(木) 11:23:41.00 ID:cRFjROYAO
律「私は……」
言いかけて口を閉ざした。
話したところで何も変わりはしない。だがだからこそ此処に来た理由、自分の想いをさらけ出す事に抵抗があった。
「…………?」
青年は訝るが問い詰めようとはしない。
上体を起こし、脇に置いてあった煙草に火を点けると紫煙を空に吐き出した。
律「知りたい?」
「うんにゃ、ぶっちゃけ大して興味ねーわ」
律「よし、じゃあ話すわ」
「何でだよ!?」
きっと下らないと一蹴されることだろう。
それが解っていればどれだけ重い気持ちも笑い種にして打ち明けられそうだから。
だから律は、話す事にした。
言いかけて口を閉ざした。
話したところで何も変わりはしない。だがだからこそ此処に来た理由、自分の想いをさらけ出す事に抵抗があった。
「…………?」
青年は訝るが問い詰めようとはしない。
上体を起こし、脇に置いてあった煙草に火を点けると紫煙を空に吐き出した。
律「知りたい?」
「うんにゃ、ぶっちゃけ大して興味ねーわ」
律「よし、じゃあ話すわ」
「何でだよ!?」
きっと下らないと一蹴されることだろう。
それが解っていればどれだけ重い気持ちも笑い種にして打ち明けられそうだから。
だから律は、話す事にした。
189: 2011/08/18(木) 11:24:29.14 ID:cRFjROYAO
律「何なら聞き流しても良いよ。子供の戯言だと思ってくれないかな、後藤さん」
「……お前、あの時のガキ共の一人か」
後藤は南極で心の臓を貫かれたのを思い出す。
実際には僅かに逸れていて九氏に一生を得たのだが。
自分の夢を踏み越えて進んで行った者の葛藤を自分で見る事になるとは、後藤は皮肉に笑う。
後藤「誰の悪意だよ……。笑えねぇなぁ」
律「何か言った?」
後藤「大人の戯言さ」
恨み言をつらつらと垂れ流す気にはなれなかった。
自分は敗者で、律達は勝者。
想いをそのままぶち撒けてしまえばそれは醜い負け惜しみになるような気がしたから。
「……お前、あの時のガキ共の一人か」
後藤は南極で心の臓を貫かれたのを思い出す。
実際には僅かに逸れていて九氏に一生を得たのだが。
自分の夢を踏み越えて進んで行った者の葛藤を自分で見る事になるとは、後藤は皮肉に笑う。
後藤「誰の悪意だよ……。笑えねぇなぁ」
律「何か言った?」
後藤「大人の戯言さ」
恨み言をつらつらと垂れ流す気にはなれなかった。
自分は敗者で、律達は勝者。
想いをそのままぶち撒けてしまえばそれは醜い負け惜しみになるような気がしたから。
190: 2011/08/18(木) 11:25:54.36 ID:cRFjROYAO
律「私らが南極に乗り込んだ時さ、幼馴染みが一緒にいたんだ。澪っていうの、知ってる?」
後藤「みお、ミオ、澪……。あぁあのおっOいネーチャンか。資料でちらっと見たな」
じわじわと色濃く滲んでゆき、思い出されてゆく記憶。
律の顔もその時見た資料に載っていた事に気付く。
後藤(名前は確か……。ド田舎? なんかそんな感じだったか)
後藤「……田舎」
律「は?」
後藤「いや何でもない」
煙草の灰がフィルターに達し、火種が零れ落ちる。
後藤「みお、ミオ、澪……。あぁあのおっOいネーチャンか。資料でちらっと見たな」
じわじわと色濃く滲んでゆき、思い出されてゆく記憶。
律の顔もその時見た資料に載っていた事に気付く。
後藤(名前は確か……。ド田舎? なんかそんな感じだったか)
後藤「……田舎」
律「は?」
後藤「いや何でもない」
煙草の灰がフィルターに達し、火種が零れ落ちる。
191: 2011/08/18(木) 11:26:39.94 ID:cRFjROYAO
律「人と話す時はいっつもおどおどしててさ、その癖私に対してだけはやたらと偉そうな事言うんだ。馬鹿律! なーんて言って拳骨してきてさ。それがまた痛いのなんのって」
身振り手振りは大仰に、愚痴を零しているわりにはやけに楽しそうだった。
律「でもなーんにも出来ない奴だった。そりゃ頭も良いし、顔も女の私から見てもすんごい綺麗だけどさ。人から見たあいつの良い所はあいつにとっては欠点だったんだよな」
後藤「はあ、顔も良い頭も良い。運動神経なんざあのガッコに通ってんなら聞くまでもねーし。なんにも困んねーじゃん」
身振り手振りは大仰に、愚痴を零しているわりにはやけに楽しそうだった。
律「でもなーんにも出来ない奴だった。そりゃ頭も良いし、顔も女の私から見てもすんごい綺麗だけどさ。人から見たあいつの良い所はあいつにとっては欠点だったんだよな」
後藤「はあ、顔も良い頭も良い。運動神経なんざあのガッコに通ってんなら聞くまでもねーし。なんにも困んねーじゃん」
192: 2011/08/18(木) 11:27:29.09 ID:cRFjROYAO
安直過ぎる答えだった。
だがむしろ律はそれを望んでいた。真摯な態度も核心を突くような言葉も望んでいない。
ただ上辺だけ捉えて、次の日には忘れるであろう率直な感想が聞ければそれで良い。
誰かに聞いて欲しいと思う反面、心の奥底の弱い部分には触れて欲しくない。きっとそんな辻褄の合わない気持ちの現れなのだろう。
律「だけど虫一匹殺せないような奴だったんだ。ちょっと紙で切ったぐらいの血を見ただけでびくびくしてさ。そんな奴が私と同じって理由だけで桜高に入ったんだ。世話の焼ける奴だよ」
後藤「お前、それって……」
後藤は何か言いかけて口を閉ざした。
だがむしろ律はそれを望んでいた。真摯な態度も核心を突くような言葉も望んでいない。
ただ上辺だけ捉えて、次の日には忘れるであろう率直な感想が聞ければそれで良い。
誰かに聞いて欲しいと思う反面、心の奥底の弱い部分には触れて欲しくない。きっとそんな辻褄の合わない気持ちの現れなのだろう。
律「だけど虫一匹殺せないような奴だったんだ。ちょっと紙で切ったぐらいの血を見ただけでびくびくしてさ。そんな奴が私と同じって理由だけで桜高に入ったんだ。世話の焼ける奴だよ」
後藤「お前、それって……」
後藤は何か言いかけて口を閉ざした。
193: 2011/08/18(木) 11:28:51.49 ID:cRFjROYAO
後藤「それってわりぃ事なのかね」
ぽつりと呟いた。
ぶっきらぼうではなく、教え諭すような口調だった。
後藤「ほっといても変わっちまうのが人間ってもんだろ。お前が何をしても何もしなくても、そうなっちまうもんさ」
でも、と否定したい自分が居た。
けれどそれがあまりにも独り善がりの我儘だと思って、それを口に出すのは許せなかった。
後藤「その過程で傷付いたり傷付けたりする事もあるけどさ、まぁそれが大人になるって事なんだろうよ」
ぽつりと呟いた。
ぶっきらぼうではなく、教え諭すような口調だった。
後藤「ほっといても変わっちまうのが人間ってもんだろ。お前が何をしても何もしなくても、そうなっちまうもんさ」
でも、と否定したい自分が居た。
けれどそれがあまりにも独り善がりの我儘だと思って、それを口に出すのは許せなかった。
後藤「その過程で傷付いたり傷付けたりする事もあるけどさ、まぁそれが大人になるって事なんだろうよ」
194: 2011/08/18(木) 11:30:19.18 ID:cRFjROYAO
色んな覚悟を決めたのに。
こんなにも自分が矮小に思えて。
心の奥の方は決して揺るがさないと決めたのに。
こうもあっさりと懐柔されてしまう。
それは彼が精神的にも、人を傷付けて、傷付けられる事に関しても、ずっとずっと大人だからなのだろう。
全てをさらけ出してみたくなった。
でもきっと駄目だ。きっとそれをしてしまえば……。
多分泣いてしまうだろうから。
律「子供の戯言……。全部聞いてくれるかな」
駄目だ。なんでこれ以上甘えようとするんだ、田井中 律。
律「……あ」
あーあ。
こんなにも自分が矮小に思えて。
心の奥の方は決して揺るがさないと決めたのに。
こうもあっさりと懐柔されてしまう。
それは彼が精神的にも、人を傷付けて、傷付けられる事に関しても、ずっとずっと大人だからなのだろう。
全てをさらけ出してみたくなった。
でもきっと駄目だ。きっとそれをしてしまえば……。
多分泣いてしまうだろうから。
律「子供の戯言……。全部聞いてくれるかな」
駄目だ。なんでこれ以上甘えようとするんだ、田井中 律。
律「……あ」
あーあ。
195: 2011/08/18(木) 11:31:28.37 ID:cRFjROYAO
おい、何泣いてんだよ。俺はそういうの苦手なんだって。
ごめん、でももう何か無理なんだ。私なりに色々考えてみたけど……。
何にも解らないんだ。澪の事も、私の事も、皆の事も。
何も見えてこなくてさ、今まで私はそういうの向いてないからって言い訳し続けてたのに……! もうそんな自分にも嫌気が差してきたんだ……!
そんなのも引っ括めてお前だろーが。お前の中身まで見透かして心配してくれる奴なんざいねーよ。
お前が嫌ってたんじゃあお前自身が救われねーじゃねーか。
ごめん、でももう何か無理なんだ。私なりに色々考えてみたけど……。
何にも解らないんだ。澪の事も、私の事も、皆の事も。
何も見えてこなくてさ、今まで私はそういうの向いてないからって言い訳し続けてたのに……! もうそんな自分にも嫌気が差してきたんだ……!
そんなのも引っ括めてお前だろーが。お前の中身まで見透かして心配してくれる奴なんざいねーよ。
お前が嫌ってたんじゃあお前自身が救われねーじゃねーか。
196: 2011/08/18(木) 11:32:36.77 ID:cRFjROYAO
でもさ、なんにも見えてこないのにへらへらなんて出来ないよ。
皆どんどん強くなって、でも段々笑わなくなってきて……。
このままじゃあ皆氏人みたいになってくんじゃないかって……。
それが変わるって事だよ。お前の周りの人間はそれがちょっと解りやすかっただけさ。
氏人みたいになったって、氏んだとしてもそれは変化の一部さ。
けど氏んじゃうのは怖いよ。それが私じゃなくても、私が知ってる人が氏んだら悲しい……。
経験してない事は誰だって怖いよ。俺だって怖い。
皆どんどん強くなって、でも段々笑わなくなってきて……。
このままじゃあ皆氏人みたいになってくんじゃないかって……。
それが変わるって事だよ。お前の周りの人間はそれがちょっと解りやすかっただけさ。
氏人みたいになったって、氏んだとしてもそれは変化の一部さ。
けど氏んじゃうのは怖いよ。それが私じゃなくても、私が知ってる人が氏んだら悲しい……。
経験してない事は誰だって怖いよ。俺だって怖い。
197: 2011/08/18(木) 11:33:35.54 ID:cRFjROYAO
けどそんなに怖がらなくても良いって事を俺は知ってるよ。
大きくなって背が伸びていって、小学校から中学校に進んで、今の仲間と初めて出会って……。
お前はその時怖かったか? 悲しかったか?
ううん、怖くないし悲しくない。
なんでか解るか?
……解らない。
だろうな。なら教えてやんよ。
それはその時のことを他でもない自分自身が、きっと覚えてやれるって確信してるからだよ。
何言ってんのかわかんないよ……。
うぐ……。
大きくなって背が伸びていって、小学校から中学校に進んで、今の仲間と初めて出会って……。
お前はその時怖かったか? 悲しかったか?
ううん、怖くないし悲しくない。
なんでか解るか?
……解らない。
だろうな。なら教えてやんよ。
それはその時のことを他でもない自分自身が、きっと覚えてやれるって確信してるからだよ。
何言ってんのかわかんないよ……。
うぐ……。
198: 2011/08/18(木) 11:34:40.26 ID:cRFjROYAO
つまりだな……。大きくなってもガッコの友達と別れても、きっと思い出ってやつは残り続けてくれるって、そう思っちまってるから怖くないんだよ。ほんとはそんな事ねーのにな。
でも氏んじったら怖い。友達に氏なれたら恐い。
氏んじまったら思い出も消えちまうし、氏なれちまったら自分の事を忘れられちまうから。
うん……。
でもそれってさ、すげー狭い考えだと思うんだよ俺は。
でも氏んじったら怖い。友達に氏なれたら恐い。
氏んじまったら思い出も消えちまうし、氏なれちまったら自分の事を忘れられちまうから。
うん……。
でもそれってさ、すげー狭い考えだと思うんだよ俺は。
199: 2011/08/18(木) 11:36:14.62 ID:cRFjROYAO
たとえ自分が氏んじまっても一緒に居た時の事を覚えててくれるヤツはいる。
たとえ誰かに氏なれても、自分が氏んじまったヤツの事を覚えててやれる。
そうやって悲しい事を一人が背負い込んでしまわねーようにさ、不安やら疑問やらは持ちつ持たれつで回ってんのさ。
…………。
お前は頑張ってるよ。闘ってるよ。
のっぺりした人形みたいになっちまう友達に呑まれないように覚えててやってんだからさ。
一緒に遊んだり悪さしたりした時の事を覚えてて、たまーにそれに甘えちまう事は弱さじゃない。
それが出来るヤツは傷付けたヤツ、傷付けられたヤツの事も背負えるんだ。
たとえ誰かに氏なれても、自分が氏んじまったヤツの事を覚えててやれる。
そうやって悲しい事を一人が背負い込んでしまわねーようにさ、不安やら疑問やらは持ちつ持たれつで回ってんのさ。
…………。
お前は頑張ってるよ。闘ってるよ。
のっぺりした人形みたいになっちまう友達に呑まれないように覚えててやってんだからさ。
一緒に遊んだり悪さしたりした時の事を覚えてて、たまーにそれに甘えちまう事は弱さじゃない。
それが出来るヤツは傷付けたヤツ、傷付けられたヤツの事も背負えるんだ。
200: 2011/08/18(木) 11:37:47.73 ID:cRFjROYAO
……ありがとう。
礼を言うんならさっさと泣きやめよ。俺はそういう辛気臭いのが大っ嫌いなんだよ。
…………。
だから泣くなって言ってんだろ! いい加減ぶん殴るぞ?
違うんだ。多分嬉しい筈なんだけどさ……。止めようと思っても止まらねーんだよ……。
はぁ……。でも分かったろ? 世界はお前が思ってるよりお前に優しく出来てるよ。
お前は主人公だから。お前達は主人公だから。
だから塞ぎ込んで潰れちまう前に造り替えちまえ。
うだうだ言う奴は全部通過点だ。ぶん殴って推し通れ。
お前にとって都合の良い世界ってのはお前が我儘になんなきゃ出来ねーからよ。
礼を言うんならさっさと泣きやめよ。俺はそういう辛気臭いのが大っ嫌いなんだよ。
…………。
だから泣くなって言ってんだろ! いい加減ぶん殴るぞ?
違うんだ。多分嬉しい筈なんだけどさ……。止めようと思っても止まらねーんだよ……。
はぁ……。でも分かったろ? 世界はお前が思ってるよりお前に優しく出来てるよ。
お前は主人公だから。お前達は主人公だから。
だから塞ぎ込んで潰れちまう前に造り替えちまえ。
うだうだ言う奴は全部通過点だ。ぶん殴って推し通れ。
お前にとって都合の良い世界ってのはお前が我儘になんなきゃ出来ねーからよ。
201: 2011/08/18(木) 11:38:58.93 ID:cRFjROYAO
何かを掴もうと、触れようとして翳した手が宙を掴んで、私は何となく切なくなった。
それでも目の前に佇むこの人に対する感謝の気持ちは絶えなくて、ありがとうと呟いては胸の奥がきゅっと絞まる。
その度この人は困ったように笑うから、だから私は彼が言ったように、ほんの少しだけ我儘になってみよう。
何がどうなっても私は私で在り続けると、その果てでどんなに理不尽な事が起きても、我儘に、子供のように駄々をこねて、きっと『元通り』を取り戻してみせる。
そう思うと何となく、何となくだけど空が近くなったような気がした。
小さな月に私の手が、届くまであと、どれくらいだろう。
それでも目の前に佇むこの人に対する感謝の気持ちは絶えなくて、ありがとうと呟いては胸の奥がきゅっと絞まる。
その度この人は困ったように笑うから、だから私は彼が言ったように、ほんの少しだけ我儘になってみよう。
何がどうなっても私は私で在り続けると、その果てでどんなに理不尽な事が起きても、我儘に、子供のように駄々をこねて、きっと『元通り』を取り戻してみせる。
そう思うと何となく、何となくだけど空が近くなったような気がした。
小さな月に私の手が、届くまであと、どれくらいだろう。
202: 2011/08/18(木) 11:41:28.10 ID:cRFjROYAO
律「葉っぱのリツ」
そんなノリ
久し振りで感覚がごちゃごちゃだったから思い切って書式変えてみた
微妙だったら元に戻します
予め言っておくとオリキャラと原作キャラをいちゃこらさせる気は一切無い
そんなノリ
久し振りで感覚がごちゃごちゃだったから思い切って書式変えてみた
微妙だったら元に戻します
予め言っておくとオリキャラと原作キャラをいちゃこらさせる気は一切無い
203: 2011/08/18(木) 11:44:17.96 ID:ssJdLRuDO
澪とか曽我部はもうオリキャラみたいなもんだろって突っ込みはしないほうがいい?
乙
乙
204: 2011/08/18(木) 11:53:46.28 ID:cRFjROYAO
>>203
それはタブー
カービィに壊されたデデデ城が一日で直ってるのを突っ込むぐらいタブー
それはタブー
カービィに壊されたデデデ城が一日で直ってるのを突っ込むぐらいタブー
205: 2011/08/18(木) 11:56:14.64 ID:APD+//JSO
乙
207: 2011/08/18(木) 13:29:47.50 ID:g/VAY/tMo
乙デス
引用: 唯「ボディがお留守だよ!」
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