1: 2008/09/18(木) 21:26:18.35 ID:5zapjEjQ0
カツオ「ふぅ……」

中島「おーい、磯野。飲みに行こうぜ~。……って、またロボットいじりかよ、あきないな~」

カツオ「もうすぐゼミの発表なんだ。だからその準備だよ」

中島「ロボット工学なんて楽しいか~?」

カツオ「楽しいよ。今一番熱い分野だしね」

中島「まぁ、確かに信じられないくらいロボットが普及したよな」

僕たちは21歳で、大学三年生になった。
僕はロボット工学を専攻し、中島は法学を専攻している。
進む方向はまったく違ってしまったけど、今でも僕らは仲のいい友達だ。

中島「……まぁ、たまには息抜きしようぜ。今日は花沢さんも来るしさ」

カツオ「……そうだな。わかった。僕も行くよ」

中島「そうこなくちゃな。じゃあ、七時に駅前の魚民な」



5: 2008/09/18(木) 21:29:21.76 ID:5zapjEjQ0
魚民には、約束の時間通りに着いた。

中島「花沢さん、ちょっと遅れるって」

カツオ「花沢さんが?珍しいな」

中島「なんでも、骨川家の跡地の買収がうまくいきそうだとかで……」

カツオ「あの人も仕事人間だもんなぁ」

中島「まぁ、花沢さんに限って飲み会に来ないことはないだろうから、先に飲んで待ってようぜ」

カツオ「おう」


9: 2008/09/18(木) 21:32:08.27 ID:5zapjEjQ0
中島「生二つ。あとからあげで」

店員「かしこまりました」

カツオ「から揚げだけ?足りるのか?」

中島「まぁ、本番は花沢さんがきてからにしようよ」

カツオ「それもそうだな」

店員「生お待たせしました」

カツオ「どうも」

中島「ゴキュゴキュ。あー……うまい」

カツオ「そういえば聞きたかったんだけど、あの法案って通りそうなのか?」

中島「あの法案って?」

カツオ「ロボット保護法」

11: 2008/09/18(木) 21:35:03.97 ID:5zapjEjQ0
ああ――。
中島は言った。

中島「どうなんだろうな。でもこんだけロボットが増えたんだから、何かしら権利を認める法案はできると思ってたけど」

カツオ「あの内容はなぁ」

中島「ロボットに人間並みの権利を与えるってやつだもんなぁ」

カツオ「ロボットを研究している僕としては非常に気になるんだ」

中島「だろうね。僕もその法案について今度レポートを書こうと思ってる」

カツオ「……僕としては、ロボットにもある程度の権利を認めるべきだと思うけどね」

中島「……まぁ、そういう話はやめにしようぜ。今は楽しい話をしたい」



花沢「遅れてごめ~ん」

カツオ「花沢さん」

12: 2008/09/18(木) 21:36:37.55 ID:5zapjEjQ0
髪を乱して店に入ってきたのは、花沢さんだった。

花沢「いやぁ、走ってきたらのどが渇いちゃった」

中島「とりあえず生にする?」

花沢「そうするわ」

そして、花沢さんは僕を見ていった。

花沢「磯野君、久しぶり」

カツオ「う、うん」

僕は答えた。

14: 2008/09/18(木) 21:40:22.62 ID:5zapjEjQ0
中島「仕事の話はうまくいった?」

花沢「成功。大成功よ!かつての栄光も……今となってはもうだめね。骨川さん、今頃どこにいるのかしら」

カツオ「骨川さんってあの……?」

花沢「そう。骨川コーポレーションの骨川さんね。社長はあたしたちと同じくらいの年だったみたいだけど」

中島「あんな不祥事をおこしちゃったらねぇ……」

花沢「誠実さをもって商売をしないからそうなるのよ。社会ってのはシンプルよ」

カツオ「そういうもんかなぁ」

花沢「それで、あたしは今日気分がいいから全部おごってあげるわ!」

中島「ほんとう?!」

カツオ「そうこなくちゃ!」

花沢「さぁ、どんどん頼んで!」

17: 2008/09/18(木) 21:45:55.64 ID:5zapjEjQ0
花沢さんの頼み方は尋常じゃなかった。
僕らはつまみというよりほぼ晩飯になるほどの量の料理を食べ、そして大量のお酒を飲んだ。
そして僕ら、すっかり出来上がってしまっていたから、
一軒目を出たあと、コンビニでお酒を買って家の近くの空き地にやってきた。

中島「うわぁー、だいぶ酔ったなぁ……」

カツオ「頭ががんがんする……」

花沢「まだまだよ。あたしはぜんぜん飲み足りないわ!ほら、あんたたちも飲みなさい!」

ビールの缶を持ったまま、僕はずっと空を見ていた。
今日の空は、高い。僕はなぜかそう思った。

花沢「あ、警察!」

そんな、どうでもいいようなことをぼんやりと考えていたから、
花沢さんがそう叫んだときも、僕はうまく反応できなかった。

警官「君たち、こんなところでなにやってんだ?」

18: 2008/09/18(木) 21:49:16.81 ID:5zapjEjQ0
中島「へへへ……。酒盛りですよ、おまわりさん」

中島が言った。

警官「……酒盛り、か。まぁ、ごみには気をつけなさい。あと、迷惑がかからないうちには終わらせるように」

花沢「はっは。わかってますって」

警官の肩をバンバンとたたく花沢さん。

警官「それじゃ」

警官が見えなくなるのを確認して、僕らは大きく息を吐いた。

花沢「ふぅ。こんな時間までご苦労なこったわね」

中島「警察もこんな遅くまで大変だねぇ」

カツオ「そんなことないさ」

僕は言った。

カツオ「だってさっきの警官、ロボットの警官だったもの」

19: 2008/09/18(木) 21:52:10.40 ID:5zapjEjQ0
中島「さっきのが?ロボット?」

花沢「今時はすごいロボットもできてるのね……」

カツオ「今となっては業務用からお手伝い用まで。ほとんど人間と間違えるくらいのやつもできてるよ」

花沢「すごいのね」

花沢さんが感心していった。

花沢「でも、ロボットに人間並みの権利を、っていうのには賛成できないわ」

カツオ「どうして?」

花沢「昔、あったじゃない?ロボットが起こした事件が」

花沢さんは言った。

花沢「人を頃したロボットが、一人いたじゃない」

一人っていうのかどうか、わからないけど。
花沢さんはそう続けた。

21: 2008/09/18(木) 21:53:49.31 ID:5zapjEjQ0
中島「ああ。あったね、そういう事件が」

花沢「法学部の学生的には、どうだったの?あれは」

中島「いや、あの時はまだロボットに関連した法案がぜんぜんそろってなかったから。
    あのロボットはまだ政府が管理してるって聞いたよ」

花沢「なんていったかしら、あのロボット」

カツオドラえもん……だね」

僕は言った。

25: 2008/09/18(木) 21:57:21.37 ID:5zapjEjQ0
ドラえもん。

青い猫型のロボット。

猫型といっても、その外見はほぼ狸のようなものだった。
いや、狸というのも怪しい。あれは、本当に奇妙なロボットだった。

中島「そういえば、その、ドラえもんを所有していた元管理者がこのへんに住んでるって聞いたことがあるよ」

カツオ「このあたりに?」

花沢「あたしも聞いたことあるわ。名前は確か……」



野比のび太。

そのときに聞いた名前を調べて、僕は次の日、その野比のび太の家に行って見ることにした。

28: 2008/09/18(木) 22:02:59.82 ID:5zapjEjQ0
野比のび太の住む家は、なんの変哲もない、しかし屋根がやたらと派手な家だった。

カツオ「ここか……」

ここに来る前に、例のドラえもんが起こした事件について、僕はもう少し詳しく調べてみた。

事件が起きたのは、三年前。
野比のび太、当時18歳だった彼が管理していたロボットが、近所の公園で遊んでいた風間トオル(12)を惨頃した。

その事件現場は悲惨なもので、報道管制までしかれたらしい。

そのロボット、ドラえもんは即刻国が回収。野比のび太は逮捕されたが、未成年ということですぐに釈放された。
それに、悪いのはそのロボットだというのが、世間の見方だったからだ。

カツオ「……会うのは、やっぱりまずいかな」

僕はつぶやいた。


???「あら、お客さん?」

不意に、誰かの声がした。


30: 2008/09/18(木) 22:06:53.68 ID:5zapjEjQ0
振り返ると、僕と同じくらいの年齢に見える、きれいな女性が立っていた。

カツオ「あ、ぼ、僕は……」

僕はどきまぎした。なんといえばいいかわからなかったし、それになんといっても、その女の人がきれい過ぎたからだ。

その女性は、しずか、と名乗った。

しずか「のび太さんのお客さんかしら?」

僕はうなずいた。

カツオ「しずかさんは……野比さんの、その、奥さんですか?」

僕がそういうと、しずかさんは少し笑っていった。

しずか「違うわよ。私はのび太さんの身の回りの世話をしているだけ。
    ……あの人、あの事件以来、変わっちゃったから」

彼女は、少し悲しげに言った。


33: 2008/09/18(木) 22:10:40.90 ID:5zapjEjQ0
カツオ「僕はとある大学でロボット工学を勉強しているのですが、その事件について野比さんにお話を聞きたいんです」

しずか「……」

カツオ「やっぱり、だめでしょうか?」

しずか「いえ、いいわ。あの人の話を、聞いてあげてちょうだい。警察も、国も、信用してくれなかった、あの人の話を」

カツオ「?」

しずか「わたしも、信じてる。ドラちゃんは、あんなことするひとじゃないわ」

彼女はまた悲しそうな顔をした。

しずか「……ごめんなさい。こちらへどうぞ。案内するわ」

彼女は言った。
僕は黙ってうなずいた。

35: 2008/09/18(木) 22:12:58.32 ID:5zapjEjQ0
家の中は、少し薄暗くて、息苦しかった。

しずか「のび太さん。あたしよ」

彼女は襖にむかって言った。

しずか「あなたとお話したいってお客さんが見えてるわ。通すわよ」

襖の中から、こんこん、と襖をたたく音がした。

しずかさんは、僕を見て黙ってうなずいた。

入ってもいい、ということらしい。

カツオ「失礼します」

僕は言い、部屋に入った。

37: 2008/09/18(木) 22:17:00.67 ID:5zapjEjQ0
部屋の中は、想像以上に暗かった。
カーテンは完璧に閉められ、その中で冷房だけが不気味に音を立てていた。
明るいところから急に暗いところに入った僕は目が慣れなくて、少しの間そこに人がいるのかどうか、よくわからなかった。

そしてしばらくして、暗闇の中から声がした。

野比のび太です。

その声の主は、開口一番にそういった。

僕は思わず唾を飲んだ。
来てはいけないところにきてしまった。

僕は、心のそこからここにきたことを後悔した。




のび太「僕をたずねてくるなんて、あなたも変わり者ですね」

闇の中から、聞こえるのは声だけ。

42: 2008/09/18(木) 22:20:20.90 ID:5zapjEjQ0
僕は意を決して言った。

カツオ「例の……ドラえもんさんの事件について、お聞きしたいんです」

のび太「ドラえもんの……?」

カツオ「はい。三年前の、あの――」

僕が言い終わる前に、暗闇の中で動く人影。
首筋に当たる、冷たい何か。

ナイフだ。
僕は直感でそう思った。

のび太「あんた、マスコミか何か……ですか?」

カツオ「い、いえ――」

なんとか声を振り絞る。

カツオ「ただの、大学生です……」

学生証を見せながら、なんとかそれだけ言った。

45: 2008/09/18(木) 22:25:05.96 ID:5zapjEjQ0
のび太「まぁ、いいです……」

暗闇の中で学生証を確認できるはずがない。しばらくして、彼は言った。

のび太「で……」

カツオ「はい」

反射的に声を出してしまう。

のび太「何について、詳しく聞きたいんですか?」

カツオ「は……」

のび太「あ、いや、すみません」

彼は、カーテンを開けながら言った。

のび太「最初に、聞きましたね。ドラえもんの、ことだって」

そういって振り向いた彼の顔は、僕の想像以上に好青年だった。




48: 2008/09/18(木) 22:28:26.59 ID:5zapjEjQ0
しずか「お茶もってきました……まぁ」

盆を持って入ってきたしずかさんは驚いた様子で言った。

しずか「のび太さん、また何かやったの?!」

のび太「これでいいんだよ。好奇心だけで来たやつじゃないって、これでわかるんだからさ」

しずか「もう……大丈夫でしたか?」

カツオ「は、はい」

しずか「怖い思いさせてごめんなさい。ほら、のび太さんも謝って!」

のび太「ははっ。すみませんでした。ちょっと、あなたを試させてもらいました」

カツオ「は……」

僕はさっきから、同じような返事しかできていないような気がする。

のび太「そうそう……ドラえもんの、ことでしたね」

彼は言った。

53: 2008/09/18(木) 22:32:50.87 ID:5zapjEjQ0
のび太「あの日――。いや、その一週間くらい前からかな。ドラえもんの様子は、確かにおかしかった」

彼は続けた。





ある日、僕が帰ってきても、ドラえもんが出迎えてくれなかったんです。
いつもなら、そう、ちょうどこのあたりで、漫画でも読んでるんですけどね。
その日は、いなかった。
そう、後にも先にも、その日だけでした。
6時くらいになって、晩御飯の時間になっても帰ってこない。僕は心配して、彼を探しに行こうと思ったんです。
でも、6時、ちょっと過ぎ、かな。ふらっと帰ってきて、それで、飯も食べずに二階に行って、寝ちゃったんです。
なにを言ってもおきませんでした。

まぁ、疲れてるんだろうな。

僕はそう思って納得することにしました。

61: 2008/09/18(木) 22:36:56.45 ID:5zapjEjQ0
次の日、ドラえもんはいつもどおりでした。
次の日も、その次の日も。

なぁんだ、いつものドラえもんだ。
僕はあの、不意にいなくなった日のことなんてもうすっかり忘れてしまって、
いつもどおりの生活を送ってたんです。

そして、ちょうど、ドラえもんが遅れて帰ってきた日の、一週間後のことでした。


僕は学校に行って、帰ろうとしたところでジャイアン……あ、僕の友達です、につかまりました。
まぁ、いつものことなんですけどね。それで一緒に野球をすることになったんです。

そのために、川原に行ったんですがあいにくあいてなくて、しぶしぶ公園に行ったんです。



そう、あの、事件があった公園です。

68: 2008/09/18(木) 22:41:29.47 ID:5zapjEjQ0
小学校6年生くらいの子供たちが遊んでいました。
僕ら高校生が小学生を押しのけて遊ぶのは、ちょっと悪いですよね。
まぁ、高校生にもなって野球をやるのもあれですが……

だから僕ら、野球をするのはあきらめたんです。
そこで、じゃあまた明日、と別れようとしたんです。

そこに、ドラえもんがやってきました。

例のロボットです。青いボディの……はい、そうです。

そのとき、彼はいつもどおりでした。
ただ一緒に遊びにきたんだと、僕は思いました。

のび太『ドラえもん、ほら、今日は野球できそうにないよ』

ドラえもん『……』

のび太『ドラえもん……?』

彼は、言葉が出せないようでした。

73: 2008/09/18(木) 22:45:09.24 ID:5zapjEjQ0
のび太『ドラえもん……?』

そのうち、目の焦点が合わなくなってきました。
彼は僕の腕をつかんで、焦点の合わない目で僕の目を必氏で見るんです。

僕には、助けてくれ、といってるように見えました。

しかし僕はどうすればいいかわからなかった。
ジャイアンも、僕の後ろで心配そうにしてたんです。

そして、その状態が一分くらいずっと続いてました。

急に、変な音がしだしたんです。
ドラえもんの体から。
何か、高速でディスクを読み取っているような、そんな音が。


そこから先は、スローモーションのように覚えています。

81: 2008/09/18(木) 22:49:59.38 ID:5zapjEjQ0
僕の体を突き飛ばして、ドラえもんは走り始めました。
ジャイアンは、もちろんとめようとしました。でも、無理でした。当然です、馬力が違いますから。

まず、ジャングルジムにつっこんで、ジャングルジムが吹き飛びました。
ええ、文字通り、吹き飛びました。ドラえもんの体には傷ひとつない。
そして、そのまま、遊んでいた、小学生のところに……

彼らはおままごとをやっていたようです。
どうも昼メロのようにも見えましたが、たぶんおままごとです。
小6にもなって……と思うでしょうが、彼らだとなぜかそれが自然に見えたんです。なぜでしょうね。
いや、そんなことはどうでもいい。

そう、ドラえもんは、その小学生たちに、突っ込んだ。

5人の小学生たちに、です。



そこから先は……あまり思い出したくありません。
でも、お話します。そのために、いらっしゃってくれたんですからね。

91: 2008/09/18(木) 22:54:40.42 ID:5zapjEjQ0
3人は、よけました。
1人は、異常なほどの身体能力を持っているように見えました。
高速で突っ込んできたドラえもんをかわして、そしてほかの二人を突き飛ばしたんです。
安全なところに、ね。彼はドラえもんが危険だとわかったんです。そのあたりも、不思議なところです。
まぁ、変わった少年でしたからね。本能的なところでしょうか。

とまぁ、それで三人は避けた。残り二人のうち、1人自力で避けました。ぼーっとしてそうな感じだったのに。
でも、最後の一人は……


そのまま、ドラえもんの直撃を受けたんです。

彼は宙を舞って……地面にたたきつけられて……

そして、ドラえもんに踏みつけられました。


即氏、だったそうです。


96: 2008/09/18(木) 22:58:10.06 ID:5zapjEjQ0
*


のび太「ごめんなさい……うっ」

しずか「のび太さんっ!」

のび太「大丈夫、大丈夫だ……」

彼は胸を押さえながら言った。

のび太「僕が覚えているのはそこまでです。そこから先は、もうよく覚えていない。
     ジャイアンに聞いたほうがいいかもしれないですね。でも、大体ニュースで報道されたとおりです」

カツオ「……」

のび太「あの時、ドラえもんは、ドラえもんであって、ドラえもんじゃなかった。僕にはそういう気がするんです」

しずか「……のび太さんの話を聞くのなら、私も」

のび太「マスコミも警察も、信じてくれませんでしたけどね」

彼は力なく笑った。

101: 2008/09/18(木) 23:02:31.09 ID:5zapjEjQ0
カツオ「僕も……」

のび太「はい」

カツオ「ドラえもんさんほど完成されたロボットが、そんなことをするとは思えないです」

のび太「ほう」

カツオ「きっと何かが……ドラえもんさんの身に何かがあったんですね」

のび太「……僕もそうおもっていますが、何もわからない」

カツオ「……」

のび太「もう、おちおちと外を出歩くこともできないですからね」

彼はまた力なく笑った。
僕は返す言葉が見つからなかった。

のび太「僕が話せるのはこのくらいです。話を聞いてくれてありがとう。
     信じてくれて、ありがとう。ドラえもんが、悪者のままじゃ、僕もいやなんだ」

106: 2008/09/18(木) 23:07:20.52 ID:5zapjEjQ0
彼はそういってまた僕に背を向けた。
そして、しずかさんに僕を送るよう言った。
しずかさんは黙ってうなずいた。

しずか「すみません、わざわざ来て頂いて」

カツオ「いえ、僕のほうこそ、いきなり失礼なことをして」

しずか「彼は、今話を聞いてくれるだけでもうれしいんです。
    ドラえもんがあんなことをするはずがない、寝言でもそういってますから」

カツオ「……寝言でも……?」

しずか「あ……いや」

彼女は少し恥ずかしそうにうつむいた。
僕はほほえましくなって、少し息を吐いて言った。

カツオ「今日はどうもありがとう」

しずかさんは、僕がドアを閉めるまで手を振っていた。

114: 2008/09/18(木) 23:11:29.26 ID:5zapjEjQ0
ドラえもんの様子がおかしかった。

彼はそういっていた。
そして、その一週間前に、ドラえもんは数時間の間どこかへ行っていた。
野比さんや、しずかさんが知らないどこかへ。

いったいどこへ?

カツオ「いや……」

考えてもわからない。
僕は、探偵でも、刑事でもないんだ。

カツオ「……今日は帰ろう」


ふと見上げた空は、少し低かった。


そして、電車に乗るために僕は駅へ向かった。

119: 2008/09/18(木) 23:17:09.13 ID:5zapjEjQ0
カツオ「やばいやばい」

電車がもう来ている。急げば乗れるかもしれない。
僕は駆け足で電車に乗り込み、空いている席に座った。

ノリスケ「……カツオ君?」

カツオ「ノノリスケおじさん!」

妙な偶然だった。
電車の中で出会ったのは、ノリスケおじさん。

ノリスケ「カツオくんじゃないか。こんなところで会うなんてな」

カツオ「ええ、でも、ノリスケさんもどうしてこの電車に?」

今乗っている電車は、彼が普段通勤で使っている電車ではない。

ノリスケ「ああ、ちょっと出張でね」

カツオ「出張?」

ノリスケ「株式会社出木杉コンピュータにね」

130: 2008/09/18(木) 23:22:32.97 ID:5zapjEjQ0
カツオ「出木杉コンピュータ……」

ノリスケ「知らないのかい?今新鋭の企業さ。社長が本当に敏腕でね」

カツオ「ふーん」

ノリスケ「で、僕は今日そのインタビューに行ってきたって訳さ」

カツオ「ああ、そういえば今はインタビュアーをやってるんだっけ」

ノリスケ「いささか先生があんな状態じゃあね……」

カツオ「何もかけないって、今も塞ぎこんでるよ」

たまに夜、叫び声も聞こえる。
僕は続けた。

ノリスケ「浮江さんも大変だな……」

カツオ「甚六さんはまだ大学に合格できないしね」

ノリスケ「難儀だねぇ」

141: 2008/09/18(木) 23:26:56.05 ID:5zapjEjQ0
ノリスケさんとは駅で別れ、僕は一人で家路に着いた。
時刻は夕暮れで、買い物をする主婦たちで商店街はあふれていた。

カツオ「疲れたな……」

少し休みたくなったので、近くにあった喫茶店に入ることにした。
時間も時間なので、客の姿は少ない。

???「いらっしゃ……あれ」

カツオ「ん?」

その、店員さんの顔。
見覚えが、あった。

カツオ「早川……さん?」

早川「そうだよ!磯野君だよね!きゃぁ、久しぶり!」

僕の手をつかんで騒ぐ早川さん。

カツオ「いててて……」

早川「あ、ご、ごめん!でも、いらっしゃい。きてくれてうれしいよ」

彼女は言った。

150: 2008/09/18(木) 23:30:11.87 ID:5zapjEjQ0
席に案内され、僕はブレンドを頼んだ。

カツオ「このお店は?」

早川「そう、あたしが経営してるの!」

カツオ「一人で?」

早川「まさか。花沢さんが格安で店舗を貸してくれて、中島君も手伝ってくれてるの」

カツオ「中島が?」

早川「うん。開店してからずっと」

そんな話、聞いたことがない。

カツオ「……なるほど」

早川「何一人で納得してるの?」

カツオ「いや、なんでもない」

159: 2008/09/18(木) 23:33:57.58 ID:5zapjEjQ0
カツオ「(あいついつの間に……今度問い詰めてやろう)」

早川「ねぇ、少しお話しよう!」

カツオ「え、うん。でもいいの?お店は?」

早川「この時間帯はお客さんは入らないわよ。みんなレストランってね。ここはコーヒーとサンドイッチしか出さないし」

カツオ「ふぅん」

早川「……磯野君、ずいぶん雰囲気変わったね。今何してるの?」

カツオ「雰囲気?変わったかな。今は大学でロボット工学を専攻してる」

早川「ロボット工学?すごい、かっこいい!」

カツオ「そんなんじゃないよ」

早川「あ、じゃあ、ちょうどいいかも!ちょっとなおしてほしいものがあるんだけど……」

カツオ「なになに?」

早川「これなんだけど」

169: 2008/09/18(木) 23:37:45.44 ID:5zapjEjQ0
早川さんが出してきたのは、給仕用のお手伝いロボットだった。

カツオ「このタイプは……」

早川「結構新しいタイプなんだけどね。なんか急に動かなくなっちゃって」

カツオ「……ドライバーと、ウォーターハイプフライヤーを」

早川「わかった!」

カツオ「(なんだろう……外見は、何も問題ないな)」

しばらくすると、工具を持って早川さんがやってきた。

早川「はい」

カツオ「ありがとう」

工具を受け取り、ねじをはずして中を見る。

カツオ「(……特に、異常があるようには見えないな……)」

181: 2008/09/18(木) 23:42:41.90 ID:5zapjEjQ0
基盤をはずして、細部を確認する。
しかし、やはり特に問題があるようには見えなかった。

カツオ「……うーん、とりあえず、CPUを交換してみたら?」

早川「しーぴーゆー?」

カツオ「中央演算処理装置。まぁ、とにかく大事な部分だよ」

早川「ちゅうおうえんさん……んっと、それを交換すればいいのね?」

カツオ「メーカーに送れば交換してもらえるよ」

早川「わかった!ありがと」

カツオ「ごめんね、ここで交換してあげたいのはヤマヤマなんだけど、なにぶん道具がなくて」

早川「うん、別にだいじょーぶ。ありがとー!」

早川さんは心底うれしそうに言った。

僕は思わず笑った。


196: 2008/09/18(木) 23:48:21.00 ID:5zapjEjQ0
そのあと、ずいぶん早川さんと話し込んでいたので、結局家に着いたのは7時過ぎだった。

カツオ「ただいま」

ワカメ「お兄ちゃん。ずいぶん遅かったのね」

カツオ「鍵閉めて大丈夫かな?」

ワカメ「あ、だめ。まだタラちゃんが塾から帰ってないわ」

カツオ「そっか」

ワカメ「ご飯できてるわよ」

カツオ「ありがとう。すぐ行くよ」

僕はそういうと、すぐに仏壇のある部屋に向かった。
かつては、父さんが使っていた部屋だ。

仏壇の前で、しっかりと正座をした。
今は写真の中の父さんに向かって、手を合わせる。

211: 2008/09/18(木) 23:54:29.53 ID:5zapjEjQ0
ワカメ「お兄ちゃん、ご飯」

カツオ「わかってる。今行く」

僕は部屋を出た。



寝る前に、今日わかったことをノートに書き留めた。
野比さんの言っていたこと。

僕の調べてみたことと比べてみて、事実関係を把握してみる。
やはり、事件が起こる一週間前がキーだ。

そこで、何があったのか。

カツオ「……まだ、情報が足りないな」

僕はノートを閉じた。
そして、早川さんの連絡先を、別の紙にメモした。
携帯電話にも登録したが、万が一という場合がある。

この学問をやっていると、機械にたいして、少し慎重になるのだ。

222: 2008/09/18(木) 23:59:39.51 ID:5zapjEjQ0
タラヲ「カツオ兄さん」

寝ようと思ったそのとき、不意に後ろから声がした。

カツオ「タラちゃん」

タラヲ「……その呼び方はやめてください。僕のことは、タラヲと」

カツオ「……はいはい。で、何か用?」

タラヲ「僕に数学を教えてください」

タラちゃんが持っているのは、中学数学の問題集。

カツオ「ねぇ、タラちゃ……タラヲ。今日はもう遅いし、僕も少し疲れてるんだ。明日にしないかい?」

タラヲ「だめです。今日じゃなきゃだめなんです。明日は明日の風が吹くんじゃなくて、明日は明日やることがあるんです」

カツオ「やれやれ」

まったく可愛げがなくなってしまったものだ。
僕は観念して言った。

カツオ「どこがわからないんだい?」

239: 2008/09/19(金) 00:04:48.93 ID:kFV5l0bd0
次の日。

中島「よう磯野~。って、なんだその顔」

カツオ「寝不足なんだ」

中島「ふぅん。難儀だな」

カツオ「そう。だから、僕はちょっと寝たいんだ。次の授業までねむってるからあとで起こしてくれないかな?」

中島「まぁいいけど。……といいたいところだがそうもいかない。面会だよ、男の」

カツオ「面会?」

中島「あそこ」

といって中島は指をさす。僕は怪訝な顔をしてその方向を見る。

中島「剛田って名乗ってた」

カツオ「剛田……?」

昨日の野比さんの話を思い出す。

カツオ「……ジャイアン」

249: 2008/09/19(金) 00:09:04.89 ID:kFV5l0bd0
立ち上がって、その男のもとへと向かう。
大きな男だった。190センチくらいあるんじゃないか?

剛田「いきなり呼びつけてしまって、すまない」

彼は言った。

カツオ「ん……大丈夫です」

剛田「……体調が、よろしくないようで?」

カツオ「寝不足なんです」

剛田「それは失礼しました」

カツオ「いや、大丈夫です。それよりも……剛田さん?」

剛田「はい」

カツオ「お話というのは……?」

剛田「わかってるでしょう?」

カツオ「……とりあえず、座りましょう」

僕は言った。

262: 2008/09/19(金) 00:13:41.76 ID:kFV5l0bd0
フードコートにあるマクドナルドで、二人分のマックシェイクを買った。

剛田「俺は剛田。って、もう聞きましたか?」

カツオ「はい。僕は磯野」

剛田「それも聞きました」

カツオ「そうですか」

剛田「それで、俺が今日ここに来たのは、のび太にあんたのことを聞いたからです」

カツオ「僕のことを?」

剛田「あの話に興味がある人がいる、ってね」

カツオ「へぇ……」

剛田「話は、どこまで?」

カツオ「野比さんからは全部」

剛田「そうですか。なら、その話は省きます」

281: 2008/09/19(金) 00:18:53.18 ID:kFV5l0bd0
彼は続けた。

剛田「あの時、ドラえもんは、確実にどこかおかしかった」

カツオ「みたいですね」

剛田「それも、尋常じゃなく、だ。あんなドラえもん、俺は一度も見たことがない」

彼が持つとやたらと小さく見えるマックシェイクのカップを、
握りつぶさんばかりに手に力をこめて彼は言った。

剛田「ドラえもんは、あんなこと、絶対にしない。俺は、信じない。あんなの、ドラえもんじゃない……」

カツオ「……」

剛田「俺は……俺は、ちきしょう、言葉がまとまらねぇ。俺、頭わるいからさ。くっそ……」

カツオ「いいたいことは、すごくすごくわかります」

剛田「……とにかく、俺はドラえもんがどうしておかしくなったのか、それを知りたいんだ」

288: 2008/09/19(金) 00:22:53.35 ID:kFV5l0bd0
彼は続けた。

剛田「あんた、頭良いんだろ?ドラえもんの無実、証明してくれよ!」

カツオ「……」

剛田「なんとか言ってくれよ!なぁ!」

カツオ「すみませんが……」

僕は言った。

カツオ「この事件に関して、僕もまだ情報不足なんです。だから、ここで事件を解決することを約束はできません」

剛田「……」

カツオ「でも、善処します。僕も、あなたたちの力になりたい」

剛田「……すまねぇ」

カツオ「……僕も、ロボットが好きですから」

300: 2008/09/19(金) 00:27:01.68 ID:kFV5l0bd0
別れ際、剛田さんは僕に連絡先を書いた紙を渡した。

剛田「何かあったら力になる。いつでも連絡してくれ」

カツオ「わかりました」

僕も、手帳に自分の携帯電話の番号を書いて破いて手渡した。
彼はうなずいた。

剛田「本当に、すまねぇな……」

カツオ「いえ」

剛田「じゃあ、ここで。時間使わせて、悪かった」

カツオ「大丈夫ですよ。あなたと話せてよかった」

剛田「おう。じゃあ、また会えたらな」

カツオ「ねぇ、剛田さん。あなた、今日仕事は?」

剛田「へっへ。休んじまった。俺は普通に商社マンやってるよ。こんな見た目だけどな」

彼は少し笑っていった。

322: 2008/09/19(金) 00:32:44.58 ID:kFV5l0bd0
そのあとは講義に出て、とりあえず休むために帰ることにした。
携帯電話をチェックすると、早川さんからメールが来ていた。

from:早川さん

本文:
修理に送ったよ!
返ってくるのにあと二週間くらいかかるみたいだけど……。



とりあえず、無難に返信しておくことにする。

to:早川さん

本文:
そっか、早く直ってかえってくるといいね。

送信してしまうと、すぐに携帯電話をポケットに突っ込んだ。
そして、駅へと向かった。

332: 2008/09/19(金) 00:37:47.74 ID:kFV5l0bd0
駅に向かう途中、予備校の前を通りかかったとき、たまたま甚六さんに出会った。

甚六「おお、カツオ君」

カツオ「甚六さん!」

久しぶりに見た甚六さんは、少しやつれて見えた。

カツオ「久しぶりですね。勉強のほうはどうですか?」

甚六「ん。ばっちり。……どうだい、カツオくん。僕これからご飯食べに行くんだけど、いっしょにどうだい?」

カツオ「あー……僕は」

眠かったが、少し考えて、それもまぁいいかなと思った。

カツオ「いいですよ。いきましょう」

甚六「そうしよう。駅前のサイゼリアだよ」

甚六さんは言った。

347: 2008/09/19(金) 00:41:32.51 ID:kFV5l0bd0
僕はドリンクバーとカルボナーラを。
甚六さんはドリンクバーと肉サラダとたらこスパゲティを頼んだ。

カツオ「甚六さん、志望大学どこだっけ?」

甚六「ん?んー……六大学とだけ言っておくよww」

カツオ「六大学……」

甚六「今年は絶対にいけそうな感じがするんだ。いい感じなんだ、ほんとにさ」

甚六さんはうれしそうに言った。

カツオ「今年は受かるといいですね」

僕は言った。

甚六「それよりもカツオ君、だいぶ疲れてるみたいだけどどうしたの?」

カツオ「ああ、ちょっと。いろいろあるんです、最近」

甚六「どんなこと?聞かせてよ」

357: 2008/09/19(金) 00:45:51.45 ID:kFV5l0bd0
特に話題もなかったので、僕は今調べている事件のことを話すことにした。
歴史の中で、事故を除いて初めて人を頃した、ロボットのこと。

甚六「あー……あの事件かぁ」

カツオ「ええ、そうなんです。僕も、ロボット工学を専攻してますからね」

甚六「カツオくんってロボット工学だったんだ。へぇ。でも、あの事件は印象的だったよねぇ」

カツオ「そうですね。僕も、すごく覚えてます」

甚六「あのロボットってまだ壊されてないんだよね。政府が厳重に管理してるんだってきいた」

カツオ「らしいですね」

甚六「怖いよね。ロボットがひとを頃すなんてさ。あ、僕ちょっとドリンクおかわりしてくる。カツオ君、何がいい?」

カツオ「あ、すみません。僕はウーロン茶で」

甚六「はいよ。ちょっと待っててね」

カツオ「……」

363: 2008/09/19(金) 00:49:21.98 ID:kFV5l0bd0
甚六さんが帰ってくるまで、僕はまた考え事をしていた。

重要なのは、事件の一週間前。
抜け落ちているのはそこで、大事なのもそこだ。

カツオ「……」

甚六「お待たせ」

カツオ「あ、ありがとうございます」

甚六「まぁ、少し休んだほうがいいんじゃない?なんか疲れてるみたいだしさ」

カツオ「はい」

ウーロン茶に手を伸ばす。

甚六「でも、そういうときってうまく眠れないよね」

カツオ「はい」

ウーロン茶を、一口飲む。

カツオ「……?」

甚六「僕はそういう時、薬を飲むことにしてるんだ」

甚六さんは、不気味に笑いながら言った。

375: 2008/09/19(金) 00:53:33.34 ID:kFV5l0bd0
頭がくらくらする。そして襲ってくる、急激な眠気。

甚六「……長生きする秘訣を教えてあげるよ、カツオ君」

カツオ「うっ……く」

甚六「知らなくてもいいことを、知りすぎないこと、だ」

その言葉を聞いたのが最後だった。
僕の意識の糸はプツリと切れ、僕はテーブルに突っ伏した。


甚六「……」


カツオ「……zzZ」

393: 2008/09/19(金) 00:58:02.98 ID:kFV5l0bd0
どれだけ眠っていたのかわからない。
気がついたら、僕は真っ暗闇の中にいた。

カツオ「……うう」

どこだ、ここは。

周りを見渡す。部屋だ。それも、恐ろしく狭い。

独房?

部屋に差し込んでくる光は限られていて、目が慣れてきてもそこは薄暗かった。

カツオ「いったい……なんなんだ?」

頭を整理する。

甚六さんとファミレスに行って……そして?
盛られた?

カツオ「くそ……」

僕は毒づいた。

400: 2008/09/19(金) 01:00:55.21 ID:kFV5l0bd0
なんなんだ、甚六さんは。
何だって僕をこんな目に……

手錠はされていなかったので、僕はその独房の中を自由に歩き回ることができた。
鉄格子の向こう側に向かって、叫ぶ。

カツオ「おーい!」

反芻する僕の声。

カツオ「誰か!」

答える声はない。


カツオ「……くそ」

再び毒づく。いったい、どうなってるんだ?

また声をあげようとした、そのときだった。

???「おい」

向かいの独房から、声がした。

409: 2008/09/19(金) 01:04:40.43 ID:kFV5l0bd0
カツオ「誰だ?!」

僕は叫んだ。
思わず身構えていた。

そして、相手の言葉を待つ。

???「お前、昨日入ってきたやつだよな?」

カツオ「……ああ」

???「そうか。……ここに来たってことは、お前、野比と剛田を知ってるか?」

カツオ「……!」

???「やっぱりな。お前も、難儀だったな」

カツオ「あんたは……?」

???「俺は……そうだな」

一呼吸おいて、そいつは言った。

スネオ「俺はスネオだ」


430: 2008/09/19(金) 01:09:21.61 ID:kFV5l0bd0
カツオ「スネオ?」

スネオといえば、あの骨川コーポレーションの取締役の……

カツオ「骨川コーポレーションの?」

スネオ「ああ。まぁ、今となっては違うが……」

カツオ「……違う?」

スネオ「俺はもう取締役じゃないし、骨川コーポレーションも、もう社会的に殺された」

カツオ「ああ、確か、不祥事で」

スネオ「不祥事なんかじゃない!!」

向こう側のそいつは、大声で叫んだ。

スネオ「……すまなかった。あれは、仕組まれたものだったんだ」

カツオ「誰が、何のために?」

スネオ「お前、また知り足りないのか?」

440: 2008/09/19(金) 01:12:23.89 ID:kFV5l0bd0
その声の重圧。
僕は思わず身震いした。

カツオ「い、いや」

スネオ「まぁいいさ。そのうち自然と知ることになる。まぁ、ここを出られれば、の話だがな」

カツオ「ここは、どこなんだ?」

僕は、今一番しりたいことを問いかけた。
答えは、すぐに返ってきた。

スネオ「東京さ。でも、恐ろしく深い」

カツオ「深い?」

スネオ「俺たちはもぐらってことさ」

スネオは少し笑った声で言った。

449: 2008/09/19(金) 01:15:32.50 ID:kFV5l0bd0
スネオ「しかし、お前は運がいい」

カツオ「運がいい?」

スネオ「お前に、選ばせてやる」

僕の問いかけには答えずに、スネオは言った。

スネオ「今、あがいて氏ぬか、何もせず、後で氏ぬか」

どっちかだ。
スネオは続けた。

僕は、すぐに答えた。

カツオ「今、氏ぬ」

スネオ「……おk。お前も、俺たちの仲間だ」

スネオは言った。

457: 2008/09/19(金) 01:20:28.28 ID:kFV5l0bd0
スネオ「よし、そうと決まれば……」

カツオ「ちょっと待て、何をするんだ?」

スネオ「いいから黙っていろ!」

僕はその声に押されて押し黙ってしまった。
空間に沈黙が訪れて、数秒。

コンコン、と、壁をたたく音が聞こえてきた。

カツオ「何だ?」

スネオ「……きたか」

スネオがそうつぶやいた時、石がこすれる音がして、ゴトン、と何かが落ちる音がした。

カツオ「……なんだ?」

スネオ「……ここから、逃げるのさ」

ゴリ、と何かが外れる音がすると、前の独房の扉が開いた。
現れるのは、意外と背の低い男。

カツオ「……な」


467: 2008/09/19(金) 01:24:08.28 ID:kFV5l0bd0
スネオ「よう。なんだよ、俺の見た目がそんなに不服か?」

カツオ「い、いや……」

スネオ「ガタイがいいのはジャイアンの特権なんだよ。ちくしょう、助けるんじゃなかったぜ……」

カツオ「に、逃げるのか?ここから、どうやって?!」

スネオ「仲間が、助けに来たのさ」

そういって、後ろを指差す。

???「オラに感謝しろよ、オラのおかげでここから出られるんだからな」

カツオ「お前は……」

スネオ「知ってるだろ?ニュースで見たことあると思うぜ」

しんのすけ「野原しんのすけ」

カツオ「あの事件のときの……!」

スネオ「さぁ」

スネオが言った。

スネオ「ここから逃げようぜ」

485: 2008/09/19(金) 01:28:44.73 ID:kFV5l0bd0
僕の独房の鍵が壊され、僕は外に独房の外に出ることができた。

しんのすけ「こっちだぞ。向こうでボーちゃんが待ってくれてる」

スネオ「おう、悪いな」

カツオ「……もう、何がなんだか」

しんのすけ「知りすぎることは、よくないぞ」

カツオ「お前までそれ言うのかよ……」

スネオ「ほら、いそげ。こっちだ」

しんのすけ「そのまままっすぐ。そしたら、JRの地下鉄に連結するぞ」

カツオ「地下鉄?」

スネオ「新橋駅。戦前に一度作られたが、戦後線路が拡大していく中で都合が悪くなって、結局一度も使われなかった、
     もうひとつの幻の新橋駅さ」

カツオ「……そんなものが」

498: 2008/09/19(金) 01:33:57.04 ID:kFV5l0bd0
しんのすけ「気をつけろだぞ。新橋駅に着いたらそのまま一般の線路を通って正規の新橋駅に入るんだぞ」

カツオ「で、でも電車が……」

スネオ「当然、走ってるよな」

カツオ「う……」

しんのすけ「電車光をまともに見たらだめだぞ。今までずっと暗闇の中にいたんだ、一発で目が見えなくなるぞ」

カツオ「なんてこった……」

村上春樹の小説を思い出す。
こんなことが、まさか自分に起こるなんて。

スネオ「だから言っただろ、難儀だなって」

スネオが笑いながら言った。

スネオ「まぁ、やみくろがいないだけマシだろ?」

スネオも、同じことを考えていたらしい。
村上春樹、世界の終わりとハードボイルドワンダーランド。

510: 2008/09/19(金) 01:37:51.65 ID:kFV5l0bd0
新橋駅について、何食わぬ顔でホームに上った。
驚いた様子で、何人もの客がこちらを見ていた。

スネオ「気にするな」

スネオが言う。

スネオ「当然、って顔をしとけ」

改札で、切符をなくしました、といったがやはり不審な目でみられた。
そりゃあ、全身泥だらけの男たち三人がやってきて、切符をなくした、といわれても信用できるはずがない。

駅員「どこから来たんですか」

しんのすけ「新宿」

駅員「ほんとに?」

しんのすけ「本当だぞ」

何を言っても信用されそうになかったので、千円を置いて僕ら三人は改札を突破した。
後ろから駅員が何か言っていたが、無視した。

しんのすけ「この先にボーちゃんが待ってるぞ」

スネオ「おう」

520: 2008/09/19(金) 01:42:13.45 ID:kFV5l0bd0
駅を出て、五分くらいのところにミニバンが止まっていた。

しんのすけ「あれだぞ」

スネオ「おう、ボーちゃん」

運転席に座っているのは、鼻を垂らした少年。

カツオ「あ……え?運転できるの?」

ボー「……技術的には」

カツオ「法律的には?」

ボー「……www」

スネオ「まぁ細かいこと気にするなって!」

しんのすけ「そうだぞ。そんなんだからいまいち垢抜けない男になるんだぞ」

カツオ「……」

ここ数時間、僕の主体性は完全に無視されている気がする。

531: 2008/09/19(金) 01:46:23.72 ID:kFV5l0bd0
ボーちゃんは、すぐに車を出した。

カツオ「どこにいくんだ?」

スネオ「とりあえず仲間のところに」

しんのすけ「そして、すぐに決着を付けに行くんだぞ」

カツオ「決着?」

スネオ「……すべての黒幕との、決着さ」

スネオは、静かに言った。


そのとき、不意に僕の携帯電話が鳴った。

カツオ「誰だ?」

こんなときに。

カツオ「あ……」

早川さんだった。

537: 2008/09/19(金) 01:50:36.24 ID:kFV5l0bd0
from:早川さん

本文:
ロボット、直ってきたよ!すごいよね、普通ならもっとかかるみたいだったのに、すぐに返ってきたよ!
さすが、出木杉コンピュータは違うよね!


カツオ「もう返ってきたんだ……。っていうか、出木杉コンピュータのロボットだったんだ」


スネオ「出木杉コンピュータの……ロボット?」

カツオ「あ、うん。友達のロボット。二日前くらいに修理に出したのに、もうかえってきたんだって」

しんのすけ「……!!」

スネオ「カツオ!すぐに!」

カツオ「……?」

スネオ「すぐにその友達に、そのロボットを壊すように電話しろ!」

スネオが叫んだ。

スネオ「早く!」

551: 2008/09/19(金) 01:55:39.92 ID:kFV5l0bd0
カツオ「なんだっていうんだよ……」

僕はしぶしぶ早川さんの電話番号を呼び出して、電話をかけた。

カツオ『もしもし~?早川さん?』

早川『……お、磯野君?』

カツオ「大丈夫?」

早川『何が?ねぇ、それより聞いてよ。ロボット。前よりもすごい元気にうごくんだよ~』

僕は電話から口を離して、

カツオ「スネオ、勘違いじゃないのか?」

スネオ「馬鹿いうな!お前、何を調べてたんだ?!」

カツオ「?」

スネオ「出木杉コンピュータのロボットはなぁ……!」

早川『伽ぁあああああああああああーーーーー!!!』

電話口から聞こえる、早川さんの悲鳴。

563: 2008/09/19(金) 01:59:15.97 ID:kFV5l0bd0
スネオ「だからいったんだ!」

カツオ『早川さん!早川さん!』

早川『磯野君助けて!何で……なんでこのコ……いやああああああああああ』

ボー「っ!」

しんのすけ「どこだ!?言うんだぞ!」

カツオ「な、何を……」

しんのすけ「その友達の居場所だぞ!」

早川『きゃああああああああ……あっ……あ、あ、う……ぐ』

カツオ『早川さん!』

早川さん『い、そ……ゴトン』

ツーツーツー……

電話が、きれた。

僕は、通話の切れた携帯電話を握り締めたまま。

570: 2008/09/19(金) 02:02:06.46 ID:kFV5l0bd0
スネオ「……くそ……」

しんのすけ「……」

ボー「……」

カツオ「な、何が……どうして……?」

三人とも、黙ったまま。
誰も、しゃべらない。



なんだよ、これ。





カツオ「なんなんだよっ、これ?!」




僕の問いに、誰も答えない。

576: 2008/09/19(金) 02:06:41.42 ID:kFV5l0bd0
車が向かったのは、僕のしらない町の学校の裏山だった。

のび太「……よう、スネオ」

スネオ「おう、のび太」

野比さんのほかにも、しずかさん、剛田さんの姿。

剛田「よう、あんたか」

カツオ「あ、ああ……」

のび太「……なにかあったのか?」

スネオ「まぁ……な」

カツオ「……野比さん」

のび太「はい」


カツオ「すべて、話してくれよ」

何が、あったのか。
あんたたちは、何をしっているのか。

582: 2008/09/19(金) 02:12:09.76 ID:kFV5l0bd0
野比さんはうなずいた。

のび太「すべてを知ったのは、あなたが僕を訪ねてきてすぐでした」

野比さんは続けた。

のび太「僕は、すぐにあなたにもそれを伝えようとした。だけど、ジャイアンがとめたんだ。
     それを知ると、危ない目に合うことになる。ってね」

カツオ「……」

のび太「でも、あそこまで真剣だったあなたを裏切るわけにはいかない。だから、あなたの覚悟を確かめるために、
     次の日にジャイアンがあんたに会いにいったんだ」

剛田「……そして、その覚悟を確認した」

のび太「そしてすぐ、あなたに連絡を取ろうとしたんだが、そこであなたは敵に捕まってしまった」

カツオ「甚六さんのことか?」

のび太「冷静に考えて、もう30近いのに大学を受験するやつがいるか?
     あなたを、あそこで待ち構えていたとは思えないか?」

僕は、力なくうなずいた。

603: 2008/09/19(金) 02:19:38.27 ID:kFV5l0bd0
のび太「甚六は敵の一員だった」

そういうことです、野比さんは続けた。

カツオ「それで、敵……というのは……」

のび太「もうわかってるでしょう」

剛田「出木杉コンピュータ取締役の、出木杉英才だ」

のび太「骨川コーポレーションを社会的につぶし、その残りをすべて受け継いだ。
     それは、骨川コーポレーションの、ロボット産業シェア70パーセントも同時に引き継ぐことになる」

いや、と野比さんは続けた。

のび太「既存の自分のシェアをあわせると、七割以上か。まったく末恐ろしい話ですね」

カツオ「でも、それは単なる利益追求じゃないのか?やり方は別にしても……」

のび太「いや、目的は、別にあるんだ」

野比さんは言った。

614: 2008/09/19(金) 02:23:26.00 ID:kFV5l0bd0
のび太「本当の目的は、ロボットを完全に消滅させることだ」

カツオ「なんのために?」

のび太「それは……」



出木杉「僕が話してあげるよ」



不意に、僕の知らない声がした。

はっとして、その声のほうへ顔を向ける。

カツオ「出木杉英才……」

のび太「出木杉……」


出木杉「久しぶりだね、のび太くん」

急に現れたその男は、静かに言った。

624: 2008/09/19(金) 02:28:05.04 ID:kFV5l0bd0
剛田「なんでここが?!」

のび太「……発信機か」

スネオ「チッ、俺としたことが」

服についたなにか。本当に小さくてわからないそれを、スネオは引きちぎって捨てた。
カランと、乾いた音がした。

出木杉「……スネオ、お前がまさかあそこから逃げることができるとは思わなかった。
     念には念を入れておいて正解だったな」

スネオ「けっ……」

カツオ「お前が……」

出木杉「ん?」

カツオ「お前が早川さんを頃したのか?!なんのために?!」

僕は叫んだ。

そして出木杉は、静かに答えた。

632: 2008/09/19(金) 02:33:57.81 ID:kFV5l0bd0
出木杉「ロボットどもを、社会的に抹頃するためだ」

カツオ「社会的に……抹殺?」

出木杉「……少し、話が長くなる。まぁ、氏ぬ前にすべてを教えてやるよ」

出木杉は、静かに言った。


出木杉「三年前のあの日、僕はドラえもんを呼び出した。話をするために」


*


あいつはすぐにやってきた。
最初は、ただ、話し合いで済まそうと思ってた。一応、後詰めは用意してあったが、ただの脅しのつもりだった。
本当に、使うつもりはなかったんだ。

まぁ、それはいいか。

そうだな、この話をするには、もうひとつしなくちゃいけない話があるな。
それを先にしよう。

645: 2008/09/19(金) 02:38:34.12 ID:kFV5l0bd0
僕はしずかさんが好きだった。
本当に、本当に好きだったんだ。

だけど、だ。


野比のび太、お前が、僕の邪魔をしたんだ。

お前の本当の未来、ドラえもんに見せてもらった。

お前がしずかちゃんと結婚する?
そんなのありえない。信じられなかった。
だから僕は、本当の、本当の、ドラえもんが来なかったときのお前の将来を見せてもらったんだ。

お前はしずかちゃんと結婚していなかった。
しずかちゃんと結婚していたのは、この僕だった。

なのに、だ。

君が、しずかちゃんと結婚するために、ドラえもんを使っている。
それを、あのとき知ったんだ。

649: 2008/09/19(金) 02:40:43.29 ID:kFV5l0bd0
そんなことが、許されていいのか?

僕のこの気持ちはどうなる?
しずかさんに振り向いてもらうために、勉強もがんばった!スポーツも!全部だ!

なのに、何もできない、ほんとうに何もできないお前が、ドラえもんの力で、
しずかさんと結婚できる。

こんなことが、許されていいのか?


フェアじゃない……


僕はドラえもんに行ったんだ。

こんなのアンフェアだ。

すぐに未来に返ってくれ、ってね。

664: 2008/09/19(金) 02:45:41.02 ID:kFV5l0bd0
でも、あいつは拒否した。

この世界に、この時代にもっと長くいたいんだ、ってね。
のび太くんともっといたいんだ、ってね。

僕の人生を、めちゃくちゃにして、か?

そんなもののために、僕の人生は狂わされるのか?

あの時、僕の中で、何かが切れたんだ。

バットでドラえもんを殴って、気を失ったところに、僕は自前のウイルスをたんまり送り込んでやった。

効き目?

そんなのわからなかったよ。
僕だって、そんなにコンピュータに詳しいわけでもなかったしな。


でも、効き目は、あのとおりだった。

ドラえもんは暴走し、人を頃した。
そして、ドラえもんは社会的に抹殺されたんだ。

677: 2008/09/19(金) 02:52:11.66 ID:kFV5l0bd0
カツオ「……そんな」

出木杉「しかし、時間はながれている。いつ、またドラえもんのようなロボットがこの世に生まれるかわからない。
     そうなってしまってはまた、僕は……。そう思って、僕はロボットが存在できない社会を作ることにしたのさ」

のび太「……」

出木杉「骨川くんの会社が、ロボット産業のほとんどを掌握してくれていたのは好都合だった。
     骨川コーポレーションさえおさえれば、ロボットのほとんどを牛耳れる。
     そして……僕は、骨川コーポレーションを手に入れた」

スネオ「……」

出木杉「骨川のシェアは7割だ。つまり、七割のロボットを牛耳ることができる。
     そして、七割のロボットを暴走させて、ロボットへの世論を抹殺に傾けようと思ったんだ。
     無論、僕もただではすまないけどね」

カツオ「……」

出木杉「でも、そうせざるをえなかった!……僕の怒り、ここで晴らさないわけにはいかなかった!」

685: 2008/09/19(金) 02:55:08.10 ID:kFV5l0bd0
カツオ「そんなの……」

出木杉「ん?」











カツオ「そんなの……間違ってるよっ!!!!」



僕は、できる限りの大声で叫んだ。

695: 2008/09/19(金) 02:58:27.96 ID:kFV5l0bd0
カツオ「ロボットは、本当は可哀想なやつらなんだ」

出木杉「……」

カツオ「人の都合で作られて、人の都合で使われて、古くなったら捨てられる」

僕は続けた。

カツオ「そんな……そんな風に、ロボットを使うなんて……」


出木杉「……」


カツオ「間違ってる、間違ってるんだよ……」

710: 2008/09/19(金) 03:04:02.07 ID:kFV5l0bd0
出木杉「……まぁ、君の言うことも一理ある。
     僕らの都合だけで使われるやつらも、確かに可哀想な連中だ」

出木杉は続ける。

出木杉「それに結局、しずかさんは僕に振り向いてくれなかった。
     ドラえもんがいなくなっても……もう、本当はだめだったのかも知れないな……」


のび太「出木杉……僕は……」

出木杉「いいさ、のび太くん。僕はもう、やめたよ」

のび太「やめた?」

出木杉「ロボットを使って、復讐することは、もうやめる」

出木杉は、静かに言った。







出木杉「でも、君だけは生かしておけないっ!!!」

手にはナイフ。飛び散るのは、鮮血。

725: 2008/09/19(金) 03:08:12.89 ID:kFV5l0bd0
剛田「のび太!」

スネオ「のび太ぁ!!」

二人は、叫びながら出木杉に飛び掛った。

出木杉「止まれ!」

出木杉が叫ぶ。

甚六「こいつの命が惜しかったら、動くな」

不意に現れた甚六さん。


その腕の中には、しずかさん。
喉に突きつけられているナイフ。


出木杉「……のび太くん、ほら」

出木杉が、野比さんに向かってナイフを投げる。

出木杉「本当に悪いと思うのなら、それで自分の腹を切れ」

747: 2008/09/19(金) 03:13:59.03 ID:kFV5l0bd0
のび太「……」

出木杉「ほら、早くしろ。しずかさんが、どうなってもいいのか?」

のび太「……そうだな」

受け取ったナイフを、自分の腹に向ける野比さん。


剛田「のび太……」

スネオ「のび太……」

しずか「のび太さんっ」



野比さんがナイフをつきたてようとした、そのときだった。


出木杉「……あれ」


ぽろぽろとあふれ出る、出木杉の涙。

出木杉「あれ……なんでだ、悲しくなんて、ないのにな」

763: 2008/09/19(金) 03:19:18.57 ID:kFV5l0bd0
甚六「出木杉様っ!?」

出木杉「おかしいな……のび太くんがこれで氏ねば……僕はそれでいいのに……」


カツオ「……」

出木杉「なんでだよぅ……なんで、こんな……ちくしょう」


のび太「……出木杉……」


出木杉「くそ、くそくそくそくそくそ……」


甚六「出木杉様……。くそ、クソガキ。ここまで来てなにしてんだ。ここまで付き合った俺はどうなるんだ?
   もうあとに退けないって、わかってんのか、この……」

776: 2008/09/19(金) 03:24:26.37 ID:kFV5l0bd0
のび太「……出木杉……」

出木杉「なぁ、のび太。……僕は間違ってたのか?なんで、こんなにむなしいんだ?
    おしえてくれよ、なぁ……」

のび太「出木杉、僕は……」

出木杉「……」

のび太「道具なんか使わずに、君と正々堂々と勝負すればよかったんだよな。
     本当に、すまない。許してくれとは言わないけど……」

出木杉「いや、もういいんだ。もう……。
     もしかしたら、いや……」


甚六「このクソガキ……!俺に仕事をやるっていうから着いてきたのに……!
    俺の人生をめちゃくちゃにしやがって、ぶっ頃す!」





剛田「出木杉!」



出木杉「え……?」

793: 2008/09/19(金) 03:29:16.85 ID:kFV5l0bd0
考える前に、体が動いていた。

カツオ「甚六さん!」

しずかさんを突き飛ばして、ナイフを構えて出木杉向かって直進する甚六さん。
僕はその間に、割って入った。


のび太「カツオさん!」

出木杉「!」

甚六「!?」


体に走る激痛。


僕は腕で、突き出されたナイフを受け止めていた。

カツオ「う……ぐ」

甚六「う、ああああ」

807: 2008/09/19(金) 03:32:07.70 ID:kFV5l0bd0
実際にさしてしまったことで、甚六さんは我に返ったらしい。
すぐにナイフから手を離して、青ざめた顔をして後ずさった。

のび太「ジャイアン!スネオ!」

剛田・スネオ「おう!」


すぐに甚六さんを抑える二人。

甚六「う、うわ、放せ、放せーー。ふざけるなあっ」


カツオ「う……」

のび太「カツオさん!」

カツオ「僕は……」

僕は、大丈夫だ。

816: 2008/09/19(金) 03:35:06.88 ID:kFV5l0bd0
出木杉「……僕は……」

のび太「……ああ」

出木杉「すぐに救急車を。……あと、警察も」


野比さんは、静かにうなずいた。







こうして、出木杉は逮捕され、甚六もまた捕まった。
僕は病院に運ばれたが、幸い大事には至らなかった。



そして、この事件は終わった。

822: 2008/09/19(金) 03:37:05.00 ID:kFV5l0bd0
中島「……なぁ、磯野」

カツオ「ん?」

中島「その怪我、どうしたんだよ?」

カツオ「ああ、ちょっとね」

中島「……話してくれないのな、その傷のことは」

カツオ「……何から話せばいいかわからないからな」

中島「まぁ、いいか。それよりも早川さんのおみまいだ。ねぇ、僕の髪型変じゃないかなぁ?」

カツオ「大丈夫、かなり決まってるよ」

僕は軽く笑いながら言った。

835: 2008/09/19(金) 03:39:38.67 ID:kFV5l0bd0
早川さんは、大怪我を負ってはいたが、幸い命に別状はなかった。

本当に、よかった。


カツオ「……中島、先に行っててくれ」

中島「ん?どうして?」

カツオ「一人になりたいんだ」

中島「……そうか。じゃあ、先に行ってるよ」





カツオ「気を使ったことに、なるのか?これは」

僕は自分に問う。

840: 2008/09/19(金) 03:40:37.79 ID:kFV5l0bd0
まぁいいか。
どこかそのへんの喫茶店でブレンドでも飲もう。


そう思って、僕は病院を出た。




今日の空は少し、高かった。









終わり。

848: 2008/09/19(金) 03:41:57.40 ID:N0aRwZFwO
乙でした

857: 2008/09/19(金) 03:42:35.90 ID:kFV5l0bd0
俺が一番眠い……疲れた……
今日が休みでよかった……


何回か聞かれたけど、
俺が前に書いたのは、

のび太「でも、僕は……」
のび太「それでも、僕は……」

ってやつ。


引用: カツオ「そんなの……間違ってるよ」