271:◆58jPV91aG. 2009/11/01(日) 22:16:49.60 ID:MLHU/1g0

272: 2009/11/01(日) 22:18:33.13 ID:MLHU/1g0
イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」

外伝 ~砦ドラゴンと少女~ 第2話

-三十年前、樹海-

黒チャチャブー 「…………ケッ」
チャチャブー達 「黒チャチャブー様が逃げたぞー!!」
チャチャブー達 「ビィ! 捕まえろー! また何をなされるかわからないぞー!」
黒チャチャブー 「(役立たずどもが……一生そこで俺を捜し続けてろ)」
黒チャチャブー 「…………(ササッ)」
チャチャブー達 「外に出すなー!! 絶対に見つけるんだー!!」
チャチャブー達 「ビィッ!!」
モンハン イャンクック ペン画 原画
273: 2009/11/01(日) 22:19:53.32 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「…………(タタタタタタッ)」
黒チャチャブー 「はぁ……はぁ(ドサッ)」
黒チャチャブー 「これで俺は自由だ……!!」
黒チャチャブー 「ははっ。自由だ!!」
黒チャチャブー 「(王家の奴らめ! ここまでは追ってこれまい)」
黒チャチャブー 「(窮屈な王家の暮らしなんざ、金輪際ごめんだ!)」
黒チャチャブー 「(そんなのやりたい奴だけでやればいい)」
黒チャチャブー 「(俺はもっと自由に生きるんだ。そう、自由に!!)」
黒チャチャブー 「(がんじがらめの王族なんて、もうまっぴらだ!!)」
黒チャチャブー 「(とっととこんな所、出ていって……)」
黒チャチャブー 「!! (誰かいる!?)」

274: 2009/11/01(日) 22:20:45.77 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「(追っ手か……!?)」
黒チャチャブー 「(…………いや、違う……?)」
黒チャチャブー 「(こんな夜更けに、歌……)」
黒チャチャブー 「(女の声……)」
黒チャチャブー 「(ここから、たいして離れてない……)」
黒チャチャブー 「(澄んだ、まるで鈴の音のような声だ……)」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(だが、はかなく消えてしまいそうな……)
黒チャチャブー 「(何て悲しい声で歌う女だ……)」
黒チャチャブー 「(こんな歌、聞いたことがない)」
黒チャチャブー 「(悲しくて、辛くて、ひとりぼっちで……)」
黒チャチャブー 「(でも、美しい歌だ……)」
黒チャチャブー 「(美しい、歌……)」
黒チャチャブー 「…………」

275: 2009/11/01(日) 22:22:03.55 ID:MLHU/1g0
-樹海、秘境の泉-

茶アイルー 「~~♪ ~~♪」
黒チャチャブー 「(猫族の小娘か……)」
黒チャチャブー 「(だがこんな夜中に一人、ここで何をしている……)」
黒チャチャブー 「(ガサッ)」
茶アイルー 「!!」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「だ……誰……?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「ひっ……チャチャブー…………」
黒チャチャブー 「…………」
チャチャブー達 「こっちから物音がしたぞ!!」
チャチャブー達 「探せー!! 是が非にでも探し出せー!!」
黒チャチャブー 「!!」

276: 2009/11/01(日) 22:23:16.81 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「チッ……」
茶アイルー 「追われてるの……?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「こっち。ここの穴に隠れて……」
黒チャチャブー 「…………」
チャチャブー達 「誰かいるぞ!!」
チャチャブー達 「全員ここに集まれー!!」
黒チャチャブー 「(ササッ)」
茶アイルー 「…………」
チャチャブー達 「……(ガサッ)あぁん? 何だァ。猫の小娘だ!!」
チャチャブー達 「ビィ! 猫がこんなところで何をしている!!」
茶アイルー 「…………」
チャチャブー達 「答えないつもりか! 猫のくせに!(ドンッ!)」
茶アイルー 「きゃっ!(ドサッ)」
チャチャブー達 「このあたりで別の人影を見なかったか? 答えろ猫」

277: 2009/11/01(日) 22:24:10.51 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「わ……私は、水を汲みにきただけで……」
茶アイルー 「誰も、見てません……」
チャチャブー達 「猫は信用できねぇ。捕まえて絞り込んでやった方が……」
茶アイルー 「(ブルブル)」
チャチャブー達 「いや、待て。嘘をつけるような猫にも見えない」
チャチャブー達 「おい猫!」
茶アイルー 「は……はい」
チャチャブー達 「このあたりで怪しい人影を見かけたら、すぐ奇面族の里に知らせよ」
チャチャブー族 「仲間にも伝えろ! 分かったな!!(グイッ)」
茶アイルー 「わ……わかり……ました(ブルブル)」
チャチャブー達 「ふんっ(パッ)」
茶アイルー 「ケホ……ケホ……」
チャチャブー達 「もっと下に降りていったのかもしれない! 下るぞ!!」
チャチャブー達 「ビィ!!!」

278: 2009/11/01(日) 22:25:01.61 ID:MLHU/1g0
-しばらく後-

茶アイルー 「あなたを捜している様子だった人は、もう別の場所に行きましたよ」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(ノソノソ)……貴様、何のつもりだ?」
茶アイルー 「?」
黒チャチャブー 「誰が助けてほしいと頼んだ? 俺は、お前に助けてほしいなんて頼んでいないぞ」
茶アイルー 「でも、追われていたのでしょう?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私のことなら、心配はいりません……誰にもしゃべりません」
茶アイルー 「ケホ……ケホ……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「しゃべる……人も、いませんし……」

279: 2009/11/01(日) 22:27:15.77 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「貴様、病気なのか」
茶アイルー 「気に……しないでください。ケホッ、ケホッ……ケホッ」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「診せてみろ。俺は薬術師について勉強をしたこともある」
茶アイルー 「本当に……何でもありませんから……」
黒チャチャブー 「その咳……痰病か」
茶アイルー 「!」
黒チャチャブー 「おおかた、仲間から隔離されてこんなところに、といった具合か?」
茶アイルー 「あなたには、関係がありません……それに、そこまで分かっているのなら、早くここを立ち去ってください」
茶アイルー 「この病は、伝染ります……」
黒チャチャブー 「ふん……(ぐいっ)」
茶アイルー 「!!」
黒チャチャブー 「この病は伝染らん。猫どもの医術は、俺たちの医術よりだいぶ遅れているようだな」

280: 2009/11/01(日) 22:28:24.79 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「え……伝染らない……?」
黒チャチャブー 「ふむ……だいぶ喉が腫れているな……」
黒チャチャブー 「(ごそごそ)この薬草の粉末を水に溶かして飲めば、かなり楽になるはずだ」
黒チャチャブー 「どうした? 早くしろ」
茶アイルー 「あ……ありがとうございます……」
茶アイルー 「(ごそごそ)……(ごくり)」
茶アイルー 「…………苦…………」
黒チャチャブー 「薬は苦い。当たり前だろう」
黒チャチャブー 「効き目は一時間ほどであらわれるはずだ。しかし、もう冬も近いというのにここに野ざらしか?」
茶アイルー 「いえ……少し離れた所に洞窟があります……」
茶アイルー 「私は、少し前からそこに住んでるんです……」
黒チャチャブー 「…………しっかりと治療をすれば治らない病ではない。猫は遅れているな」
茶アイルー 「あの……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「ありがとう…………私は、茶アイルー。あなたは、どちら様ですか?」
黒チャチャブー 「俺は……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……俺は……俺だ」

281: 2009/11/01(日) 22:29:23.57 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「……?」
黒チャチャブー 「俺は俺だ。名前は捨てた。戻る家ももうない」
茶アイルー 「ふふ……おかしな人ですね……」
茶アイルー 「でも。私と同じ……」
黒チャチャブー 「……?」
茶アイルー 「私も、もう帰る家がないんです」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「家族もこの病で氏にました。一族のみんなは、私からこの病が伝染るのを恐れています……」
黒チャチャブー 「この病は遺伝性で発症する。人から人へ伝染らないことは、実証されている事実だ」
茶アイルー 「本当……ですか?」
黒チャチャブー 「ああ。お前の場合はたまたま悲運な偶然が重なったと考えていいだろう」
黒チャチャブー 「もう少し詳しく診察させてくれ」
茶アイルー 「あ……はい……」
黒チャチャブー 「(…………喉の腫れが尋常ではないな…………)」
黒チャチャブー 「(間に合わせの薬草では効き目は薄い……)」
黒チャチャブー 「(屋敷に戻れば、効き目の強い薬草を持ってくることが出来る)」
黒チャチャブー 「(………………)」
茶アイルー 「どう……ですか?」

282: 2009/11/01(日) 22:31:42.88 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「喉の腫れから炎症が広がっているな。もう少し強い薬が必要だ」
茶アイルー 「薬……でも、そんなの私、交換できるものは何も持っていません……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(屋敷に戻れば……)」
黒チャチャブー 「(…………戻れば…………)」
黒チャチャブー 「(………………)」
黒チャチャブー 「(……こいつ……仲間に隔離されて、家族もいなくて……こんな場所に一人で……)」
黒チャチャブー 「(俺と同じ……?)」
黒チャチャブー 「(いや、違う……俺とは……違う)」
黒チャチャブー 「(俺は……俺は何をしている……)」
黒チャチャブー 「(王家の暮らしが嫌になって、逃げ出しただけだ)」
黒チャチャブー 「(俺には家もある。家族もいる……)」
黒チャチャブー 「(俺にはまだ、部族がある……)」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「どうか、しましたか?」
黒チャチャブー 「……いや…………なんでもない」

283: 2009/11/01(日) 22:32:42.54 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「猫族にはちゃんと診察のできる医者はいないのか?」
茶アイルー 「私たちは、基本、神様に祈りますから……」
茶アイルー 「それでも祈りが届かなければ、そこが私の天命なのでしょう」
黒チャチャブー 「ケッ!」
茶アイルー 「……?」
黒チャチャブー 「祈りが何だ? 神様になんて祈っても、願っても、何もくれはしない!」
黒チャチャブー 「神様なんてこの世にはいない。猫は本当にくだらない生き物だな!」
茶アイルー 「それは違いますよ」
黒アイルー 「何がだ?」
茶アイルー 「神様はこの世にちゃんといます。いて、私達を見ています」
茶アイルー 「今この瞬間も……私の病気も、神様が与えた困難なんです」
茶アイルー 「だから、祈りが無駄になることはありませんよ……」
黒チャチャブー 「神が何だ。何をしてくれる? お前の病気を治してくれるとでも言うのか?」
茶アイルー 「それは…………」
黒チャチャブー 「ふん……っ。くだらねぇ。居もしない神にすがる氏にぞこないくらい見苦しいものはないぜ」

284: 2009/11/01(日) 22:33:36.08 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「氏にぞこない……そうかもしれませんね……」
茶アイルー 「早く居なくなった方が、部族のためにもなるかもしれないし……」
茶アイルー 「…………あなたの言う通りかもしれません…………」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「…………ケホッ、ケホッ…………」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「~~~ッ!!!(ガシガシ)」
茶アイルー 「!?」
黒チャチャブー 「お前のような者を見ているとイライラする!!」
茶アイルー 「……ご、ごめんなさい……」
黒チャチャブー 「お前はここに住んでいるんだな!?」
茶アイルー 「は……はい。近くの洞窟に……」
黒チャチャブー 「ならすぐ戻って、火を焚きなるべく体を温めろ。水分を多くとるんだ。これを混ぜて(ポイッ)!」
茶アイルー 「(パシッ)…………え……でも、私……」
黒チャチャブー 「やかましい、言うとおりにしろ。それだと効き目が弱いから、俺が今から効き目の強い薬を取ってきてやる」

285: 2009/11/01(日) 22:34:41.24 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「そんな……見ず知らずのあなたに、そんなこと……」
茶アイルー 「それに私、お返しできるようなものは何も……」
黒チャチャブー 「誰が見返りを期待した? 俺をバカにするのも大概にしろよ」
黒チャチャブー 「俺は…………」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「俺は、奇面族の一の王子、黒チャチャブーだ! 下賎の民からの礼物などいらぬわ!」
茶アイルー 「……チャ、チャチャブーの王子様…………でもさっきは、名前を捨てたって…………」
黒チャチャブー 「……気が変わった。ともかく、お前は俺が来るまで洞窟の中で静かにしているんだ」
黒チャチャブー 「こんな夜中に湖のほとりに出てくるなんて自殺行為もいい所だ。体を温めろ」
茶アイルー 「は……はい。分かりました」
黒チャチャブー 「それに、見返りならもうもらった」
茶アイルー 「……?」
黒チャチャブー 「俺はお前に庇われた。王族が下賎の民に庇われるなど、本来あってはならないことだ」
黒チャチャブー 「分かったか? 俺にはお前を治療する義務がある!」
茶アイルー 「よく分かりませんけれど……あなたは、私が恐くないのですか……?」

286: 2009/11/01(日) 22:35:55.26 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「恐い……?」
茶アイルー 「もしかしたら……何かが、伝染ってしまうかもしれません……」
茶アイルー 「私は病人なんですよ……?」
茶アイルー 「病人の近くに居たら、病気になってしまいます」
茶アイルー 「ですから……」
黒チャチャブー 「ケッ。だからといって神に祈ったって何も変わりはしないぜ」
黒チャチャブー 「それに恐いだと? 病気が恐くて、病気を治せるか!」
黒チャチャブー 「そんなことで一族を守れるとでも…………!」
黒チャチャブー 「…………守れるとでも…………」
黒チャチャブー 「………………」

287: 2009/11/01(日) 22:38:13.10 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「(俺は…………)」
黒チャチャブー 「(俺は、全てを捨てて逃げ出そうとしていた…………)」
黒チャチャブー 「(一族も、何もかも捨てて…………)」
黒チャチャブー 「(誇りさえも捨てて……)」
黒チャチャブー 「(何を守って、何のために生きるのか分からなかったからだ……)」
黒チャチャブー 「(だから、俺は…………)」
茶アイルー 「ケホッ、ケホッ」
黒チャチャブー 「…………待ってろ。ガタガタ言わずにな」
茶アイルー 「……はい……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「神様は、やっぱり居ますよ」
茶アイルー 「私と黒チャチャブーさんを、出会わせてくださったじゃないですか」
黒チャチャブー 「…………ケッ(タタタタッ)」

288: 2009/11/01(日) 22:39:07.35 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「どこを探している! 黒チャチャブーはここにいるぞ!」
チャチャブー達 「ビィ! 坊ちゃま!!」
チャチャブー達 「どこにいらっしゃったのですか!? あれほど勝手に里を出てはならぬと……」
黒チャチャブー 「うるさい! 興が削がれた。帰る!」
チャチャブー達 「そんな、子供のような……あっ、お待ちください!」
チャチャブー達 「我々もお供します!」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「(…………)」
茶アイルー 「(本当にチャチャブーの王子様なんだ……)」
茶アイルー 「(チャチャブーは粗野で乱暴だって聞いてたけれど……)」
茶アイルー 「(そんなに悪い人には見えなかった……)」
茶アイルー 「(…………)」
茶アイルー 「(ゴソゴソ)……お薬……」
茶アイルー 「(ゴクリ)……苦っ…………」

289: 2009/11/01(日) 22:40:05.88 ID:MLHU/1g0
―二日後、夜―

黒チャチャブー 「(派手に脱走しすぎたからな……警戒が厳しい……)」
黒チャチャブー 「(見つからずにここまで来るだけで、随分時間を食ってしまった……)」
黒チャチャブー 「(あいつ……)」
黒チャチャブー 「(あの猫……無事でいるだろうか……)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(待てよ……何で俺は、あんな身も知らない猫のことを心配してるんだ……?)」
黒チャチャブー 「(俺には関係ないことじゃないか……)」
黒チャチャブー 「(それに、もしかしたら場所を変えてるかもしれない……)」
黒チャチャブー 「(チャチャブーと猫は仲が悪いからな……)」
黒チャチャブー 「(俺から言わせればどちらも同レベルのような気がするが……)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(……俺は、何真面目に、また里を抜け出して……)」
黒チャチャブー 「(逃げ出すんじゃなくて、奴の看病に行こうとしてるんだ……)」
黒チャチャブー 「(俺は、何をしてるんだ……)」

290: 2009/11/01(日) 22:40:59.46 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「(俺は……)」
茶アイルー 「……あ…………」
黒チャチャブー 「…………よ、よう」
茶アイルー 「(ニコリ)こんばんは」
茶アイルー 「私、言われたとおりに火で体を温めて、あなたのくれた薬を飲んでいました」
茶アイルー 「そうしたら、少し楽になったような気がします」
黒チャチャブー 「(こいつ……)」
黒チャチャブー 「(二日間、ずっと俺を待っていたのか……)」
黒チャチャブー 「(だまされているかもしれないとは考えなかったのか……)」
黒チャチャブー 「(……いや、考えられるはずがない……)」
黒チャチャブー 「(こいつにはもう、帰るところがない……)」
黒チャチャブー 「(俺と、違って……)」
黒チャチャブー 「(ぬくぬくと生きてきた俺と違って……)」

291: 2009/11/01(日) 22:41:54.17 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「? どうかしましたか?」
黒チャチャブー 「……いや、薬を持ってきた(ガサッ)」
黒チャチャブー 「見張りに金をつかませて、少しの時間だけここに来たんだ」
茶アイルー 「何だか……申し訳ありません」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「私なんかを気にかけなくて、あそこで逃げ出していれば、別の所にいけたかもしれないのに……」
黒チャチャブー 「…………別のところか…………」
黒チャチャブー 「俺は、それを夢見ていた」
黒チャチャブー 「どこか別の、ここじゃない別の場所……」
黒チャチャブー 「そこではきっと、俺を俺と認めてくれる人がいるかもしれない……」
黒チャチャブー 「そんなことを思っていた」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「だけど……それって全部、空虚な妄想なんだよな……」
黒チャチャブー 「自分でも何となく分かっていた。外の世界なんて存在してないって」
黒チャチャブー 「逃げ出した先には何もないって」
黒チャチャブー 「…………お前を見て、そう思った」

292: 2009/11/01(日) 22:43:00.51 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「……そうですか……気にされていないんなら、いいんです」
黒チャチャブー 「喉を見せろ。俺がじきじきに診てやる」
茶アイルー 「はい……」
黒チャチャブー 「(炎症は引いているが、前より腫れが大きくなっている……)」
黒チャチャブー 「(これは単なる痰病ではない……もっと別の何かだ……)」
黒チャチャブー 「(違う病気も併発しているんだ……体の免疫力が低下して……)」
黒チャチャブー 「(治せるのか、俺に……)」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「……どう、ですか?」
黒チャチャブー 「とりあえず、痰病に効く薬を飲め。後は喉もとのマッサージを少しするから」
茶アイルー 「はい……」
黒チャチャブー 「お前、ちゃんと食事はしているのか?」
茶アイルー 「干し魚を少し……」
黒チャチャブー 「……チッ。そういうことだろうと思って、色々持ってきた」
黒チャチャブー 「食欲がなくても食わなければ、治るものも治らないぞ」

293: 2009/11/01(日) 22:43:58.36 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「…………ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
黒チャチャブー 「じゃあ、この粥を食え。その後にこの薬を飲むんだ」
茶アイルー 「分かりました」
黒チャチャブー 「それじゃ。俺は戻るから……」
茶アイルー 「あ……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「あ……いえ……」
茶アイルー 「戻らなければ、いけないんですよね……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……もう少しここにいる」
茶アイルー 「…………ありがとうございます…………」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「(もぐもぐ)」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「あの…………」

294: 2009/11/01(日) 22:44:56.99 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「何だ?」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんは、どうして里を抜け出そうとしたんですか?」
黒チャチャブー 「…………嫌になっただけだ」
茶アイルー 「?」
黒チャチャブー 「俺は、生まれたときから次期キングになることが決まっている」
黒チャチャブー 「周りの奴らは俺をもてはやす」
黒チャチャブー 「そして俺を大切にする」
黒チャチャブー 「俺は、足りないものなど何一つとしてない生活をしている」
黒チャチャブー 「ほしいものがあれば、言えばすぐ誰かが持ってきてくれる」
黒チャチャブー 「俺が、偉いからだ」
茶アイルー 「その、何がいけなかったんですか?」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「誰も、俺を見ていない……」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「誰もが見ているのは、次代キングという俺の偶像だ」
黒チャチャブー 「俺が頼んでキングになるわけではない。誰かが勝手に決めたことだ」
黒チャチャブー 「そして、みんなその、誰かが勝手に決めたキングという偶像に俺を当てはめようとする」

295: 2009/11/01(日) 22:45:47.41 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「その中に、俺はどこにいる?」
黒チャチャブー 「誰の中にも俺はいない」
黒チャチャブー 「あるのは空っぽの偶像だけだ」
黒チャチャブー 「だから逃げようと思った。逃げて、遠くに行けば……」
黒チャチャブー 「誰も俺のことを知らない場所に行けば、本当の俺が見つかるんじゃないかと思った」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「…………何を言っているんだろうな、俺は」
黒チャチャブー 「猫なんかに話しても、どうなるものでもないのにな…………」
茶アイルー 「本当の自分……」
茶アイルー 「それって、探しに行かなければ見つからないんでしょうか……」
黒チャチャブー 「……?」
茶アイルー 「だって、私から見た黒チャチャブーさんは、今、この目の前にいます」
茶アイルー 「手を伸ばして……?」
黒チャチャブー 「? こうか?」

296: 2009/11/01(日) 22:50:13.09 ID:MLHU/1g0
茶アイルー 「(ぎゅ……)」
茶アイルー 「私の手、あなたの手よりだいぶ小さいけれど、温かいでしょう?」
茶アイルー 「私は今、ここに居ます。生きています」
茶アイルー 「あなたの手も温かい……」
茶アイルー 「あなたは、今、ここに居ます……」
茶アイルー 「私とおなじ場所に居ます」
茶アイルー 「自分は、探しに行くものじゃないんです。見つけてあげるものじゃないでしょうか」
茶アイルー 「すぐそこにいる自分を、見つけてあげるものなんじゃないでしょうか……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私の、この目の前には……」
茶アイルー 「少し恥ずかしがり屋だけれど、真面目で、優しくて、頭のいいチャチャブーさんが一人います」
茶アイルー 「私には、そう見えますよ……」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「逃げる必要なんてどこにもないんです……」
茶アイルー 「だってあなたは、こんなに優しいじゃないですか……」
茶アイルー 「優しいあなたは、今、ここにいますよ……」

297: 2009/11/01(日) 22:52:05.28 ID:MLHU/1g0
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「……時間だ」
茶アイルー 「はい(にこり)……ありがとうございました……」
黒チャチャブー 「明日、また来る。同じ時間に」
黒チャチャブー 「それとこれ、毛布をもってきた」
茶アイルー 「わぁ、嬉しいです……!」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私、待ってます。ここにいます。どこにも行きませんから」
茶アイルー 「また、来てくださいね……」
黒チャチャブー 「ああ。また来る」
黒チャチャブー 「それじゃ……(ガサガサ)」
黒チャチャブー 「(自分はここにいる……)」
黒チャチャブー 「(どこにも探しに行かなくていい……)」
黒チャチャブー 「(本当の自分……ここにいる自分……)」
黒チャチャブー 「(それでいいのか……)」
黒チャチャブー 「(そんな単純なことで、俺は本当にいいのか……)」
黒チャチャブー 「(俺は…………)」
黒チャチャブー 「(……………………)」

309: 2009/11/07(土) 22:25:47.64 ID:3a6EclQ0
―数日後―

黒チャチャブー 「(腫れが一向に引かない……もしかしたら、この病は……)」
茶アイルー 「……私、どうですか?」
黒チャチャブー 「………………」
黒チャチャブー 「…………良くなってる。心配せずに薬を飲んでればいい」
茶アイルー 「そう、ですか……」
黒チャチャブー 「何だ? どうしてそんな顔をする」
茶アイルー 「いえ……ありがとうございます(にこり)」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんがいなければ、私はもっと早くに氏んでしまっていました」
茶アイルー 「独りぼっちのまま、氏んでしまっていました……」
茶アイルー 「それってとっても、寂しいことだなあって思って……」
黒チャチャブー 「……まるでもうじき氏んでしまうかのような口ぶりだな」
茶アイルー 「……! …………」
黒チャチャブー 「俺がじきじきに治療しているんだ。そう簡単には殺さん」
黒チャチャブー 「それとも、俺が信用できないのか?」
茶アイルー 「……(にこり)いいえ、あなたを信用しています……」

310: 2009/11/07(土) 22:26:44.70 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(釈然としない……)」
黒チャチャブー 「(……こいつ……薄々気づいているんだ……)」
黒チャチャブー 「(この病は、痰病だけという単純なものじゃないこと……)」
黒チャチャブー 「(そしてそれが、おそらくは…………)」
黒チャチャブー 「(………………)」
黒チャチャブー 「(なのに何故、笑っていられる……?)」
黒チャチャブー 「(何故俺に対して、笑いかけてくれる……)」
黒チャチャブー 「(俺には出来ない……)」
黒チャチャブー 「(俺には……)」
茶アイルー 「あとはこのお薬を飲めば、いいんですね?」
黒チャチャブー 「あ……ああ」
茶アイルー 「(ゴクリ)…………やっぱり苦いです」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん」
黒チャチャブー 「何だ?」

311: 2009/11/07(土) 22:27:39.48 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「黒チャチャブーさんは、どうしてこんなに親切なんですか?」
黒チャチャブー 「親切……?」
黒チャチャブー 「馬鹿言うな。俺は、お前に借りを返すために……」
茶アイルー 「借り……なら、もう十分返していただきました……」
茶アイルー 「でも、まだ……こうして何回も私のところに来てくれて、一緒にお食事もしてくれて……」
茶アイルー 「私は、もう十分です……」
茶アイルー 「なのに、どうして?」
黒チャチャブー 「(……間違いない。こいつは……)」
黒チャチャブー 「(気づいている)」
黒チャチャブー 「(自分がもう……)
黒チャチャブー 「(…………多分、助からないことを…………)」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(だが、俺は……)」
黒チャチャブー 「…………お前が、気になる……」

312: 2009/11/07(土) 22:28:50.16 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「私が……?」
黒チャチャブー 「寝ていても、覚めていても……頭の中は、お前のことばかりだ……」
黒チャチャブー 「生きているだろうか、氏んだのだろうか……」
黒チャチャブー 「俺の頭の中を、お前という存在が引っ掻き回していく」
黒チャチャブー 「だから俺はここに来るんだ……」
黒チャチャブー 「そう、ただ俺は単純に、お前が気になる……」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「生まれて初めてなんだ……」
黒チャチャブー 「俺をキング扱いしない者は……」
黒チャチャブー 「こうして対等に話をできるのが……」
黒チャチャブー 「あるいは、もっと単純な、何ともない理由なのかもしれない……」
黒チャチャブー 「特に……深い理由がない……」
茶アイルー 「(くすり)」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「私と、同じですね……」

313: 2009/11/07(土) 22:29:56.25 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「私を毛嫌いしない人と、こうして対等におしゃべりできるのって、生まれて初めてのことなんです……」
茶アイルー 「私も寝ていても、起きていても……頭の中はあなたのことばかりです……」
茶アイルー 「あなたは、また来てくれるだろうか……」
茶アイルー 「私は、また、明日の朝日を見れるんだろうか……」
黒チャチャブー 「!」
茶アイルー 「(にこり)そればっかりです」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「(まただ……)」
黒チャチャブー 「(何故笑う……何故、そうやって笑っていられる……)」
黒チャチャブー 「(まるで今すぐにでも消えてしまいそうな、儚い笑みだ……)」
黒チャチャブー 「……(すっ)」
茶アイルー 「……? 手を……」
黒チャチャブー 「(ぎゅっ)こうして触れていれば、そんなに哀しそうに笑わないか?」
茶アイルー 「…………」
黒チャチャブー 「……お前は、自分は今ここにいる自分、それそのものだと俺に教えてくれた」
黒チャチャブー 「なら今度は、お前が自分のそれを受け入れる番だ」
黒チャチャブー 「お前にどんな未来があろうとも、お前は今、ここで……」
黒チャチャブー 「俺と手を繋いでいるお前は、今ここで、確かにか生きている」
黒チャチャブー 「それではいけないのか……?」

314: 2009/11/07(土) 22:31:04.80 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「そう、ですね……」
茶アイルー 「私は今、あなたの目の前で生きているんですね……」
茶アイルー 「……忘れてしまう所でした……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「俺の手は、温かいだろう?」
茶アイルー 「ええ、とっても」
黒チャチャブー 「小さい頃からそうなんだ。俺の父も……もう氏んでしまったが、俺が泣いているとよく、こうしてくれた」
黒チャチャブー 「その時の父の手は、温かくて大きくて……」
黒チャチャブー 「触れていると何故か安心して、胸の動悸が収まっていくのを感じた覚えがある」
黒チャチャブー 「人は、誰かの中にいなければ生きていると、そう感じることが出来ないらしい」
黒チャチャブー 「その時の父は、そう言っていた」
黒チャチャブー 「誰かの中に鏡のように映っている自分を見ることが出来なければ、生きている実感を得ることは出来ないと」
黒チャチャブー 「どうだ? お前は今、確かに俺の中に映っていることを、感じることが出来るか?」
黒チャチャブー 「それで少しは、恐いのがなくなるか……?」
茶アイルー 「…………はい…………(ぎゅっ)」
茶アイルー 「そうですね……少しは、恐いのがなくなりました………」
茶アイルー 「ありがとうございます……」
茶アイルー 「……私たち、お互い意外と、お似合いなのかもしれませんね(にこり)」

315: 2009/11/07(土) 22:32:03.99 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(笑顔に、少しだけ温かみが出てきた……)」
黒チャチャブー 「(良かった……)」
黒チャチャブー 「……ああ、そうなのかもしれないな……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん、私、あなたに何もお礼が出来ないのですけれど……」
茶アイルー 「もし、良かったら、一緒に朝日を見ませんか?」
黒チャチャブー 「朝日を……?」
茶アイルー 「ええ。この近くの枝の上から見える朝日は、格別なんです」
茶アイルー 「何もかも全て、洗い流してくれるような光なんです」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……分かった。夜明けまで、ここにいるよ」
茶アイルー 「……(にこり)ありがとうございます」
黒チャチャブー 「(にこり)」
茶アイルー 「あ……」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「今、初めて笑ってくれた……」
黒チャチャブー 「俺が……笑った?」
茶アイルー 「うふふ……笑った顔は、可愛いんですね」
黒チャチャブー 「……ふん、茶化すな……」

316: 2009/11/07(土) 22:33:29.74 ID:3a6EclQ0
―朝、茶アイルーの洞窟近くの木の上―

黒チャチャブー 「大丈夫か? こんな所に登って……」
茶アイルー 「私は木登りは得意なんですよ。これくらい平気平気……(ずるっ)」
黒チャチャブー 「(がしっ)何してるんだ。ほら、俺にしっかり掴まれ」
茶アイルー 「ご……ごめんなさい……」
茶アイルー 「よいしょ……」
黒チャチャブー 「(だいぶ体が弱っている……)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(こいつの病には、おそらく特効薬はない……)」
黒チャチャブー 「(段々と体の免疫力が低下していき、いずれ別の合併症で氏亡する……)」
黒チャチャブー 「(痰病は、単なる合併症だったんだ……)」
黒チャチャブー 「(免疫力が低下してるから、痰病も治らない…………)」
黒チャチャブー 「(…………)」
黒チャチャブー 「(俺は、こいつになにもしてやれないのか……?)」
黒チャチャブー 「(治してやれないのか……?)」
黒チャチャブー 「(俺は…………何もできないのか……?)」

317: 2009/11/07(土) 22:34:22.45 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「ほら、黒チャチャブーさん、この枝からの眺めが一番いいんです」
黒チャチャブー 「…………ああ(どかり)」
黒チャチャブー 「朝方冷えるようになってきたな……」
黒チャチャブー 「もっと俺にくっつくんだ(ぐいっ)」
茶アイルー 「は……はい……」
茶アイルー 「(くすり)」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「ふふ……こうしていると、恋人同士みたいですね」
黒チャチャブー 「…………ふん……」
黒チャチャブー 「恋人か……」
黒チャチャブー 「そんなこと、考えたこともなかった……」
黒チャチャブー 「俺は今まで、与えられたものしか、考えたことがなかった……」
黒チャチャブー 「自分の手で何かを掴むことなんて、考えもしなかった……」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「……でも、今、自分の手で掴みたいと、生まれて初めて思った」

318: 2009/11/07(土) 22:35:19.93 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「何をですか?」
黒チャチャブー 「……俺は、お前を掴みたい」
茶アイルー 「…………私を……?」
黒チャチャブー 「お前のことをもっと知りたい……」
黒チャチャブー 「これから先もずっと、お前のことを知っていきたい……」
黒チャチャブー 「与えられるんではなくて、俺自身の手で、お前の生を掴みたい……」
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「もしも……」
茶アイルー 「もしも、私がこれから先も生きることができて……」
茶アイルー 「あなたの傍に、居ることが出来るんだとしたら……」
茶アイルー 「それほど、幸せなことはないでしょうね……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「あ……ほら……」
黒チャチャブー 「!」
茶アイルー 「太陽が昇ってきます。地平線の向こうがオレンジ色に光って……」
茶アイルー 「まるで、光の海が出来たみたい……」

319: 2009/11/07(土) 22:36:51.40 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(本当だ……)」
黒チャチャブー 「(昇ってくる太陽の光が、色んなところに乱反射して、まるでこの世のものではないかのような……)」
黒チャチャブー 「(神秘的な光景だ……)」
茶アイルー 「ね……黒チャチャブーさん」
茶アイルー 「こんな話を知っていますか?」
黒チャチャブー 「?」
茶アイルー 「この世には、四匹の、大きな、大きなドラゴンがいるんです」
茶アイルー 「それぞれのドラゴンは、太陽をお父さん、月をお母さんとして生まれて……」
茶アイルー 「背中に、春夏秋冬の季節を乗せて、いろいろな所を歩き回っているそうなんです……」
黒チャチャブー 「……聞いたことがある……」
黒チャチャブー 「ドラゴンは、太陽や月に会いに行こうと、いつもどこかをさまよっていると……」
黒チャチャブー 「しかし地上にいる限り、絶対に父母に会うことは出来ない……」
黒チャチャブー 「だから、その四匹のドラゴンは、移動を続ける。永遠に……」
黒チャチャブー 「哀しいおとぎ話だ」

320: 2009/11/07(土) 22:37:44.19 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「……砦ドラゴンが地上をさまよっているのは、お父さんやお母さんを探す他の理由もあるんです。ご存知ですか?」
黒チャチャブー 「違う理由?」
茶アイルー 「その大きな背中に、生き物の魂を乗せて、いつか天に昇るときに一緒に連れて行ってあげるために……」
茶アイルー 「そんな、仲間達を集めているんです……」
茶アイルー 「砦ドラゴンも、独りはきっと、辛いんですよ……」
茶アイルー 「私、一度でいいから、砦ドラゴンに会ってみたいと思っていました」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「そうすれば、独りじゃなくなるんじゃないかなって、思っていました……」
茶アイルー 「今、この瞬間にも、どこかにいるかもしれない……」
茶アイルー 「命をなくしても、独りにならずに済むんです」
茶アイルー 「そんな素敵なことって、他にないと思いませんか?」
黒チャチャブー 「…………」
黒チャチャブー 「ああ……そうかもしれないな……」
黒チャチャブー 「……だが、見てみろ」
黒チャチャブー 「……この朝日、今、ここにある朝日は俺たち二人のものだ」
黒チャチャブー 「もう、お前一人のものじゃない……」
黒チャチャブー 「それだけじゃ、不服なのか……?」

321: 2009/11/07(土) 22:39:21.65 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「いいえ……これで十分です(にこり)」
茶アイルー 「…………コホッ、コホッ……」
黒チャチャブー 「(ぐいっ)」
黒チャチャブー 「(砦ドラゴン……)」
黒チャチャブー 「(魂を連れて行くドラゴン…………)」
黒チャチャブー 「(茶アイルーを渡すものか……)」
黒チャチャブー 「(砦ドラゴンなんかに、この子を渡すものか……!!)」
黒チャチャブー 「(この子を治してやりたい…………)」
黒チャチャブー 「(出来るなら、俺が……)」
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「綺麗な朝日……」
茶アイルー 「今までで、一番…………」

322: 2009/11/07(土) 22:41:31.83 ID:3a6EclQ0
―数日後、チャチャブーの里、黒チャチャブーの屋敷―

黒チャチャブー 「(何だ……妙に寒いな……)」
黒チャチャブー 「(ガサガサ)」
黒チャチャブー 「!!」
黒チャチャブー 「(何!? 雪だと!?)」
黒チャチャブー 「(いくら冬だといえ、昨日までは快晴だったじゃないか……!!)」
黒チャチャブー 「(くそっ! 吹雪いてる……!!)」
チャチャブーA 「ビィ! 坊ちゃま!」
黒チャチャブー 「チャチャブーAか! 何だ、この雪は……!?」
チャチャブーA 「我々にも……突然の寒波です!」
チャチャブーA 「朝方、いきなりのことで、民の避難が滞っています!」
黒チャチャブー 「屋敷を空けて、とにかく中に人を入れるんだ!」

323: 2009/11/07(土) 22:42:44.04 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(…………!!!!!)」
黒チャチャブー 「(茶アイルー!!!)」
黒チャチャブー 「(あいつは……!!)」
黒チャチャブー 「(ダダッ)」
チャチャブーA 「坊ちゃま!」
黒チャチャブー 「すぐ戻る!」
黒チャチャブー 「…………(ふらっ)…………!!」
黒チャチャブー 「(な……何だ……? 今、目の前がぐらって…………)」
黒チャチャブー 「(俺……もしかして…………)」
チャチャブーA 「坊ちゃま! 不用意な行動は……」
黒チャチャブー 「……(ダダダダッ)」
チャチャブーA 「坊ちゃま!!」

324: 2009/11/07(土) 22:43:39.49 ID:3a6EclQ0
―チャチャブーの里―

黒チャチャブー 「くそっ……ものすごい雪の量だ……」
チャチャブーB 「坊ちゃま! こんなときに、どこへ……」
黒チャチャブー 「お前たちには関係ない!」
チャチャブーB 「ダメです! 雪で里の外の通路は全て凍り付いてしまっています」
チャチャブーB 「こんな中出て行ったら、遭難してしまいますよ!!」
黒チャチャブー 「………チッ」
黒チャチャブー 「(雪が腰の辺りまで……)」
黒チャチャブー 「(何だこの降雪量は…………!?)」
黒チャチャブー 「(ぐらっ……)」
黒チャチャブー 「!!」
チャチャブーB 「坊ちゃま、顔が真っ赤ですぞ!」
チャチャブーB 「まさか、熱病に……」
黒チャチャブー 「…………どけっ!」
チャチャブーB 「坊ちゃま!? 坊ちゃまー!!」
黒チャチャブー 「(くそっ……昨日診察した熱病の患者から、伝染ったか……!)」
黒チャチャブー 「(…………いや、しかし今は茶アイルーだ……!!)」
黒チャチャブー 「(この雪の中、まさか…………)」
黒チャチャブー 「(待ってろ……今行ってやる!!)」

325: 2009/11/07(土) 22:44:47.47 ID:3a6EclQ0
―樹海、秘境の泉―

茶アイルー 「(ガタガタ)さ……寒い…………」
茶アイルー 「(黒チャチャブーさんがくれた毛布に、もっとくるまって……)」
茶アイルー 「(火を焚いてるのに、凍えそう…………)」
茶アイルー 「ゴホッ……ゴホッ…………」
茶アイルー 「(黒チャチャブーさん…………)」
茶アイルー 「(どうしてだろう……私、今……)」
茶アイルー 「(すごく、黒チャチャブーさんに、会いたい……)」
茶アイルー 「(う……こんな所まで雪が……)」
茶アイルー 「(体が……動かないよ……)」
茶アイルー 「(寒くて……意識が……)」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん…………」

326: 2009/11/07(土) 22:46:24.59 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「茶アイルー!!!」
茶アイルー 「!!」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん…………」
黒チャチャブー 「どうした、しっかりしろ!!(バッ)」
茶アイルー 「あ……本当に……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんだ………………」
茶アイルー 「ケホッ……ケホッ…………」
茶アイルー 「ごめんなさい…………」
茶アイルー 「お薬飲んだんだけれど……」
茶アイルー 「それでも、寒くて……私…………」
黒チャチャブー 「すぐにここを出る。俺におぶされ。早く!」
茶アイルー 「(よろよろ)……は、はい…………」
 >ビュゥゥゥッゥゥゥゥゥゥゥッ
黒チャチャブー 「(ぐっ…………何とかここまでたどり着いたが……)」
黒チャチャブー 「(一寸先も見えないほどの吹雪だ……)」
黒チャチャブー 「(それに、俺も熱で、意識が…………)」
黒チャチャブー 「(……ダメだ! すぐに茶アイルーを里に避難させなければ……!!)」
黒チャチャブー 「(部族の争い云々の場合ではない。このままでは間違いなく……)」

327: 2009/11/07(土) 22:48:16.53 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「………………」
黒チャチャブー 「!? 茶アイルー! 返事をしろ!!(ゆさゆさ)」
茶アイルー 「…………う……うう……」
黒チャチャブー 「(体が氷のように冷たい…………)」
黒チャチャブー 「(顔色も悪い……この急激な寒波で、病気が一気に悪化したんだ!!)」
黒チャチャブー 「くそっ!!!(ダダダッ)」
黒チャチャブー 「ぐっ……前が見えない…………」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥッ!!!
黒チャチャブー 「(これは……ここから出てしまったら遭難する……)」
黒チャチャブー 「(洞窟の奥に逃げるしかない!!)」
黒チャチャブー 「(ダダダダッ)」
茶アイルー 「う……黒チャチャブーさん…………」
黒チャチャブー 「外の吹雪が尋常じゃない。ここを離れられなくなってしまった……!!」
黒チャチャブー 「(火なんてとうの昔に吹き消されてしまっている……!!)」
黒チャチャブー 「(毛布だけではこいつを温めることはできない……)」
黒チャチャブー 「(……ぎゅぅぅぅぅ)」
黒チャチャブー 「(こうして、抱きしめてやれば…………)」
茶アイルー 「…………(ぎゅ……)」

328: 2009/11/07(土) 22:49:55.07 ID:3a6EclQ0
茶アイルー 「…………黒チャチャブーさん……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「ありがとう……」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「……………………私、お父さんも、お母さんも氏んじゃって…………」
茶アイルー 「……友達も、誰も居なくて…………」
茶アイルー 「独りぼっちで…………氏んでしまうところでした……」
茶アイルー 「…………でも、黒チャチャブーさんは、私をそんなところから救い出してくれた…………」
茶アイルー 「私を…………独りぼっちじゃないところに、持ち上げてくれた…………」
茶アイルー 「私……嬉しかった……とっても……」
茶アイルー 「今日も……ちゃんと、来てくれた…………」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「ケホッ……ケホッ…………」
黒チャチャブー 「………………(ぎゅぅぅぅっ)」
茶アイルー 「私、知ってるんです……」
茶アイルー 「自分の……体のことですもの……」
茶アイルー 「この病は……黒チャチャブーさんでもきっと……治せないってこと……」
茶アイルー 「でも、黒チャチャブーさんは、あきらめなくて……」
茶アイルー 「私なんかに、こんなに世話をかけて……くれて…………」

329: 2009/11/07(土) 22:50:47.64 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「もういい、もうしゃべるな……」
茶アイルー 「………………」
茶アイルー 「ねぇ、黒チャチャブーさん…………」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「私が見たかったもの……」
茶アイルー 「私が体験したかったこと…………
茶アイルー 「全部、もらってくれますか……?」
黒チャチャブー 「…………」
茶アイルー 「この先もずっと、ずっと生きて……」
茶アイルー 「私が生きたかった全てを、引き受けてくれませんか…………?」
黒チャチャブー 「……………………………………」
茶アイルー 「て……ふふ……都合の、いい話かもしれませんね…………」
黒チャチャブー 「…………分かった…………」
黒チャチャブー 「お前の全てを、俺は引き受ける…………」
黒チャチャブー 「お前が見たかったもの……体験したかったもの……生きたかったこと……全て生きてやる…………」
黒チャチャブー 「生きてやる……だから……!!!」
茶アイルー 「ふふ……嬉しい……」
茶アイルー 「黒チャチャブーさんの体……温かい…………」
茶アイルー 「……………………」
黒チャチャブー 「………………」
茶アイルー 「………………」

330: 2009/11/07(土) 22:52:26.40 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「茶アイルー!! 茶アイルー!!!!」
茶アイルー 「………………」
黒チャチャブー 「(脈が……脈が段々と弱まっていく……!!)」
黒チャチャブー 「うおおおお!! 氏ぬな!!」
黒チャチャブー 「氏なないでくれ!!!」
黒チャチャブー 「(ぎゅぅぅぅぅぅ)茶アイルー!! 戻って来い!!」
黒チャチャブー 「戻って来い!!!」
茶アイルー 「………………」
黒チャチャブー 「う……嘘だろ…………!?」
黒チャチャブー 「さっきまで…………」
黒チャチャブー 「うおおおおおお!!!!」
黒チャチャブー 「ゲホッ…………ゲホッ…………!!!」
黒チャチャブー 「ぐ…………」
黒チャチャブー 「(俺…………も……寒さで意識が………………)」
黒チャチャブー 「(ぐううう…………茶アイルー!!)」
黒チャチャブー 「(俺に大切なことを教えてくれた、茶アイルー!!)」

331: 2009/11/07(土) 22:53:25.84 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(こんなに簡単なのか!?)」
黒チャチャブー 「(人の命って、こんなに簡単なものなのか!?)」
黒チャチャブー 「(負けるか……!!!)」
黒チャチャブー 「(こんな寒波に、俺は負けない…………!!!)」
黒チャチャブー 「(俺は……!!!!!)」
黒チャチャブー 「(負けてたまるかァァ!!!!!)」
 >ズゥゥゥゥン………………
黒チャチャブー 「!!!!」
 >ズゥゥゥゥン………………
黒チャチャブー 「な………………何だ…………あれは………………」
 >ズゥゥゥゥン……………………ズゥゥゥゥン………………

332: 2009/11/07(土) 22:54:26.11 ID:3a6EclQ0
熱に浮かされた幻かもしれなかった。
絶望が見せた幻影かもしれなかった。
だが、そのとき黒チャチャブーが見たものは。
山よりも大きく。
天を隠すほどの大きさの。
巨大な。
龍の、姿だった。

333: 2009/11/07(土) 22:55:17.87 ID:3a6EclQ0
黒チャチャブー 「(砦……ドラゴン…………!?)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
黒チャチャブー 「(吹雪が……! 洞窟の中にまで…………!!)」
黒チャチャブー 「(体が……凍りつく…………)」
黒チャチャブー 「(茶アイル……)」
 >ズゥゥゥゥン…………
 >ズゥゥゥゥン…………
 >ズゥゥゥゥン…………
黒チャチャブー 「(茶…………アイ………………ル………………)」
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
黒チャチャブー 「…………………………」

334: 2009/11/07(土) 22:56:08.78 ID:3a6EclQ0
―現在、クックの巣、朝方―

キングチャチャブー 「……………………」
キングチャチャブー 「(砦ドラゴン……もし、奴だとしたら……)」
キングチャチャブー 「(俺は奴を許せねェ…………)」
クック 「ふぁぁぁぁぁ……あ゛っ」
クック 「(ドス、ドス)キング、どうしてそんな所に? もしかして寝ていなかったのか?」
クック 「……! 入り口にふたをしてくれたのか。しかし……」
キングチャチャブー 「あァ。吹雪は止む様子がない」
キングチャチャブー 「逆に益々強くなってきてやがる……」
キングチャチャブー 「あの時と同じだ……」
クック 「あの時?」
キングチャチャブー 「部族が気になる。俺ァ一旦里に戻るぜ」
クック 「この雪の中を? 昨日よりも強いじゃないか」
キングチャチャブー 「この吹雪が、三十年前と同じものだとすると、まだ犠牲が出る可能性がある……」
キングチャチャブー 「それに……個人的に気になることもあるもんでな……」
クック 「…………私も、樹海のヤマツカミ様が気になる。同行してもかまわないだろうか?」
キングチャチャブー 「好きにしろ」
キングチャチャブー 「(……砦ドラゴン…………)」
キングチャチャブー 「(…………)」

335: 2009/11/07(土) 23:04:00.62 ID:3a6EclQ0
お疲れ様でした。次回へ続かせていただきます。

no title


11月から12月にかけて、私の生活環境が変わるということもあり、かなり低速になるかもしれません。
皆さんで雑談などをされて、気長にお待ちいただけますと嬉しいです。ご了承ください。

338: 2009/11/08(日) 21:46:02.89 ID:/Obm3MAO
オッツー!

340: 2009/11/09(月) 18:35:43.64 ID:wDo4uhYo
乙です
相変わらず面白い

引用: イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」 3