46:◆58jPV91aG. 2010/04/30(金) 13:05:10.01 ID:dSXiVic0
こんにちは、皆さん
GWに入りますが、いかがお過ごしでしょうか
風邪などに気をつけてくださいね

イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第一章
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第二章
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第三章
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第四章
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第五章
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第六章
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」最終章

イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第2部【その1】
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第2部【その2】
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第2部【その3】
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」第2部【最終話】


イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」外伝~砦ドラゴンと少女~【その1】
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」外伝~砦ドラゴンと少女~【その2】

イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」外伝~砦ドラゴンと少女~【その3】
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」外伝~砦ドラゴンと少女~【その4】
イャンクック「旧沼地で人間を拾ったんだが」外伝~砦ドラゴンと少女~【その5】

47: 2010/04/30(金) 13:06:40.68 ID:dSXiVic0
イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」

外伝 砦ドラゴンと少女 第5話

―四年前―

火に焼かれた森。
目に映るのは、かつて住んでいたはずの場所。
何もなくなった場所は、雨に濡れて、グズグズの泥に混じって流れていった。
流れていく。
全部。
守りたかったものも。
大切だったものの名残も。
全部、消えていく。
モンスターハンターB-SIDE LABELステッカー イャンクック

48: 2010/04/30(金) 13:07:10.27 ID:dSXiVic0
クック (私たちの巣があった場所……)
クック (火は、消えたのか……)
クック (人間は、火を放ったのか……)
クック (青クック、子クック達……)
クック (返事をしてくれ)

49: 2010/04/30(金) 13:12:22.04 ID:dSXiVic0
声は出ていなかった。
自分では出しているつもりなのだが、その時の彼には、自分が声を出していないことなど、分からなかった。
少し前までは、何度も、大声を上げていた。
しかし、それに返ってくるはずの、望んだ声はもはやなく。
返ってくるであろうはずと思っていた光景ではないモノが目の前に広がっているのを、生ぬるい雨の中で見つめ続けた彼は。
声を、出すことができなくなっていた。
目の前には、黒い煙を上げている、大きな木のうろの入り口があった。
彼は、その中に入ることができずに、長い時間、その前で立ち尽くしていた。

50: 2010/04/30(金) 13:12:56.08 ID:dSXiVic0
彼は、色々なことを考えた。
実は家族は別の場所に逃げていて、そして、自分は何か思い違いをしているのではないか。
場所を、間違えたのではないか。
煙にまかれて、幻覚を見ているのではないか。
こうしている間にも、いつも通り、妻と子供たちが巣から、自分を迎えに出てきてくれるのではないか。
そう、自分はただ、呆けているだけで。
全ては、夢なのではないか。

51: 2010/04/30(金) 13:13:34.42 ID:dSXiVic0
青クック 「どうしたの、あなた? そんなところに突っ立って」
青クック 「びしょ濡れじゃない。風邪引いちゃうわ。早く中に入って」
子クック 「パパが帰ってきたよー!」
クック 「……」

52: 2010/04/30(金) 13:14:05.15 ID:dSXiVic0
彼は顔を上げた。
その目に映るのは、相変わらず煙がくすぶり続ける、かつて彼の巣があった場所だった。
そして、一面の焼け野原だった。
ただ、それだけだった。
その事実は、彼が今聞いた言葉は全て幻聴であり。
そんな都合のいい偶然は、ないということを、どうしようもなくあっさりと、彼に突きつけて。
彼の、少しだけ残っていた希望を粉々に打ち砕くのには、十分過ぎるほどの、光景だった。

53: 2010/04/30(金) 13:14:37.87 ID:dSXiVic0
帰れば、妻がいる。
子供がいる。
いつもと変わらない、家がある。
いつもと変わらない団欒の時がある。
そして、いつものように狩りに出て。
子供に、生活の知恵を教えて。
平凡に幸せな暮らしを送って。
子供は巣立ち、妻とまた子供を作り。
孫の顔を見て、そして。
ゆっくりと、平凡に氏んでいく。

54: 2010/04/30(金) 13:15:14.06 ID:dSXiVic0
守りたかったのは、それだけだった。
ただそれだけを守るために、出て行った筈だった。
しかし、いざ帰ってみると、その光景も、その事実も何もなく。
彼はただ、呆然とするしかなかった。
少しして、彼は、これが夢だと思うことにした。
自分の翼の震えが、事実を事実と認めてしまうことの恐ろしさを、物語っているように感じたからだった。
本能的な防衛行動だったのかもしれない。
彼は目を、硬くつむった。
そして、だいぶ経ってから、もう一度開いた。

55: 2010/04/30(金) 13:15:46.57 ID:dSXiVic0
妻が、子供が、自分を出迎えてくれる今。
そして、人間の脅威がなくなった森で、今迄どおり、幸せで、そうではなくともささやかで、平凡な暮らしを送るはずの未来。
そう、夢なんだ。
だから、夢なら醒めるはず。
夢なら醒めて、そして。
――そして。

56: 2010/04/30(金) 13:16:13.13 ID:dSXiVic0
雨の音がやけに大きく耳に響いていた。
聞きたくもないのに、焼けた炭が弾ける音が聞こえる。
蟲の声も聞こえない。
誰の声も、聞こえない。
生命の雰囲気さえ、そこにはなかった。
都合のいい話は、どこにもなかった。
彼がそれを受け入れるより先に、現実は、どうしようもないほどに現実だった。

57: 2010/04/30(金) 13:17:12.99 ID:dSXiVic0
―現在、火山―

テオ・テスカトル 「ム……吹雪が先ほどよりも強くなってきているな……」
ナナ・テスカトリ 「ええ……雪原の方は、完全に雪で埋もれてしまっているかもしれません」
テオ・テスカトル 「ポポやガウシカ一族は無事だろうか……」
黒グラビモス 「テオ様、ドス一族とも連絡が取れていないのでしょう?」
テオ・テスカトル 「……ドスイーオス君がきちんと避難をさせてくれていると思いますが……この荒れようでは、心配です」
ナナ・テスカトリ 「彼らは数が多いですから……」
クック 「いずれにせよ、この強風では飛ぶこともできないな……翼が凍り付いてしまう」
黒グラビモス 「そうですね……私の鱗も、表面に氷が張っています」
ナナ・テスカトリ 「とにかく、早く海岸に出ましょう。あなた様、炎の力を最大にいたしましょう」
テオ・テスカトル 「分かった。おふた方は、我々の傍を離れないでください」
クック 「承知した」
黒グラビモス 「分かりました」

58: 2010/04/30(金) 13:18:15.47 ID:dSXiVic0
テオ・テスカトル (ぬう……)
テオ・テスカトル (何だ……この、我の胸の中にある、テスカトルの宝玉に響くモノは……)
テオ・テスカトル (これは鼓動か……?)
テオ・テスカトル (何かが宝玉に反応している……)
ナナ・テスカトリ 「…………」
テオ・テスカトル 「ナナよ」
ナナ・テスカトリ 「ええ。テスカトリの宝玉も、震えております」
テオ・テスカトル 「お前もか……」
ナナ・テスカトリ 「しかし……もし、そうだとしたら……これは、いいモノではありませぬ」
テオ・テスカトル 「ああ。そうだな……何だかは分からないが、何か禍々しいものだ」
テオ・テスカトル 「ガルルガ君は、これに連れて行かれたのか……?」
ナナ・テスカトリ 「おそらくは……」

59: 2010/04/30(金) 13:19:32.77 ID:dSXiVic0
クック 「テオ殿、ナナ殿、何かを感じるのですか?」
テオ・テスカトル 「…………」
ナナ・テスカトリ 「今はまだ憶測でしかないのですが……」
ナナ・テスカトリ 「もしやすると、戦闘になるやもしれませぬ」
クック 「戦闘? この悪天候の中で、我々を襲う者など……」
黒グラビモス 「……人間ですか? しかし、互いに視界がきかない寒さでは、まともな戦いにはならないのでは……」
テオ・テスカトル 「人間ならばまだ追い返すことができるのですが……」
テオ・テスカトル 「相手が超常現象の類だとしたら、我々も遭遇するのがはじめてのことなのですので、何とも申し上げることかなわぬ」
クック 「超常現象?」
ナナ・テスカトリ 「ええ。残念ながら、そう考えるしかないようです」
クック 「詳しくお教え願えますか?」
テオ・テスカトル 「…………」

60: 2010/04/30(金) 13:21:48.68 ID:dSXiVic0
テオ・テスカトル 「先ほどから、我々の中に在る『宝玉』が、かすかに、何かの波動を感じ取っているのです」
黒グラビモス 「波動?」
テオ・テスカトル 「左様」
ナナ・テスカトリ 「宝玉は、記憶や知識を代々受け継ぐものです。私たちは先代テスカトルと、テスカトリから承りました」
ナナ・テスカトリ 「そして宝玉とは、同種の者が近くにいると反応をするのです」
クック 「成る程。しかし、そう考えると……」
ナナ・テスカトリ 「はい。反応をしているということは、この近くに、私たちと同種のモンスターが存在しているということになります」
黒グラビモス 「同種? つまり、古龍テスカトル、テスカトリ様ということですか?」
テオ・テスカトル 「そうなります」
クック 「お二人には、お仲間はいらっしゃらないはずでは……」
テオ・テスカトル 「テスカトルとテスカトリは、元来孤独な種族です。子供はひとつがいからオス、メスがそれぞ産まれます」
ナナ・テスカトリ 「そして、親である二頭は、子供をある程度育て、宝玉を与える際に命を落とします」
テオ・テスカトル 「そうやって命を繋いでいくのが我々です」
テオ・テスカトル 「それゆえ、この大陸にも、他の大陸にも、我々と同種のモンスターは存在していないといえます」
テオ・テスカトル 「それが、生きているモンスターに限ればの話なのですが……」

61: 2010/04/30(金) 13:22:40.93 ID:dSXiVic0
クック 「まさか、亡くなったおふた方のご両親の……魂に、宝玉が反応していると?」
ナナ・テスカトリ 「…………」
テオ・テスカトル 「……かすかに感じるのは、冷たさと、確かに覚えのあるにおいです」
テオ・テスカトル 「信じられないことではありますが……ガルルガ君が魂だけを抜かれている状況を鑑みれば、あながち考えられないことはないでしょう」
黒グラビモス 「…………」
ナナ・テスカトリ 「氏者や生者の魂を操ることのできる何かが、海岸にいるのだとしたら、それは間違いなく禍々しいものです」
ナナ・テスカトリ 「きっと、ガルルガ君のような犠牲者を増やすことでしょう」
ナナ・テスカトリ 「ですから……方法は分かりませんが、もし遭遇したら戦わねばなりません」
ナナ・テスカトリ 「私たちは、子供たちや、この大陸の皆さんを守らねばならないのですから」
テオ・テスカトル 「ナナの言う通りです。おふた方は、何か異変を感じたらすぐに退避してください」
テオ・テスカトル 「お二人とも、子供がいらっしゃる」
クック 「…………!」
黒グラビモス 「…………!」
テオ・テスカトル 「危ないと思ったら、迷わず避難所に戻ってください。分かりましたか?」
クック 「……承知しました」
黒グラビモス 「申し訳ありません……」

62: 2010/04/30(金) 13:23:10.31 ID:dSXiVic0
ナナ・テスカトリ 「あなた方が謝る必要はございませんよ。もし、手をお貸しいただけるのでしたら、その際はお願いいたします」
テオ・テスカトル 「……ヌ?(ザザッ)」
クック 「テオ殿、いかがなされた?」
テオ・テスカトル 「あれは……」
××××× 「…………」
ナナ・テスカトリ 「雷の膜が、吹雪を弾いている……」
黒グラビモス 「あなたは……」
ラージャン 「…………(ザ、ザ、ザ)」
テオ・テスカトル 「…………」
ラージャン 「(ザ……)」
ナナ・テスカトリ 「ラージャン君、こんな吹雪の中……」
ラージャン 「…………」
ラージャン 「来ると思っていたが……気をつけることだ、と言ったはずだ。先生達」
ラージャン 「この先に進むのは、あまり薦められない」

63: 2010/04/30(金) 13:23:36.99 ID:dSXiVic0
ナナ・テスカトリ 「私たちを待っていたのですか?」
ラージャン 「…………」
ナナ・テスカトリ 「あなたには、海岸にいるモノが何だか分かるのですか?」
テオ・テスカトル 「…………」
ナナ・テスカトリ 「……私の生徒が一人、魂を抜かれたような状態になってしまいました……」
ナナ・テスカトリ 「もしできることなら、教えてください」
ナナ・テスカトリ 「彼を助けたいのです。それに、この吹雪の訳も……」
ラージャン 「…………」
ラージャン 「先程も、俺の横を一匹、チャチャブーが通っていった」
クック 「チャチャブー……? キングのことか!?」
ラージャン 「奴も、今頃は見ているのだろう」
ナナ・テスカトリ 「見ている……? 何をですか?」

64: 2010/04/30(金) 13:24:07.75 ID:dSXiVic0
ラージャン 「…………親父と、会った」
テオ・テスカトル 「……!」
ナナ・テスカトリ 「……!」
ラージャン 「どうも、海岸に漂着したらしい『大亀』には、得体のしれん幻や夢の類を見せる『力』があるらしい」
ラージャン 「俺には、たいして効かんようだが」
テオ・テスカトル 「ドドと会ったのか?」
ラージャン 「…………」
ラージャン 「ああ。一言も喋らなかったが、親父で間違いはないだろう」
ナナ・テスカトリ 「それで、あなたは……」
ラージャン 「掻き消した」
クック 「……!!!」
ラージャン 「氏人は氏人だ。今更顔をあわせても、何の感慨も湧かん」

65: 2010/04/30(金) 13:24:39.39 ID:dSXiVic0
テオ・テスカトル 「…………大亀、と言ったな?」
ラージャン 「…………」
テオ・テスカトル 「それは、何だか分かるか?」
ラージャン 「…………」
ラージャン 「さぁな……」
ラージャン 「ただ、俺には『亀』に『視えた』……おそらく『そういうもの』なんだろう」
ラージャン 「右足に大きな怪我をしているようだ」
ナナ・テスカトリ 「怪我……? それは、モンスターなのですか?」
ラージャン 「…………」
ラージャン 「……分からないが、部族の誰もが、『あれ』を見ることはできなかった」
ラージャン 「おそらく、ここにいてはいけないモノだ」
テオ・テスカトル 「…………」
クック (掻き消した……?)
クック (家族の……父親の幻を、この子は……)
クック (…………)

66: 2010/04/30(金) 13:25:18.50 ID:dSXiVic0
ナナ・テスカトリ 「…………ご忠告ありがとう、わざわざ待っていてくれて、先生、とても嬉しいわ」
ラージャン 「…………」
テオ・テスカトル 「…………」
ナナ・テスカトリ 「でも、それなら尚更行かなくてはいけないわ……この目で確かめないといけない」
テオ・テスカトル 「……そうだな。行こう」
クック 「…………」
ラージャン 「待て」
テオ・テスカトル 「…………?」
ラージャン 「俺も行こう」
ナナ・テスカトリ 「いいのですか? あなたはブランゴ一族の……」
ラージャン 「一族の避難なら、完了した。長として、悪天候の原因を断たねばならぬとは思っていた」
テオ・テスカトル 「……分かった。君が加わってくれれば心強い」
ラージャン 「…………」
クック 「…………」
黒グラビモス 「キングチャチャブー様が先に行かれたということなら、急ぎましょう」
ナナ・テスカトリ 「ええ。ラージャン君、案内してはもらえませんか?」
ラージャン 「…………(ザ、ザ……)」

79: 2010/05/12(水) 23:18:26.81 ID:YEtEZS20
―海岸―

キングチャチャブー 「…………」

目に映るのは、巨大な何かだった。
あの日に見た何か、それがおそらく、目の前にいる。
そう考えるしかなかった。
それに対して、自分はあまりにも小さすぎた。
一族の王として存在している自分自身。
そんな彼が、あまりにもな、自分の小ささに、恐怖にも似た怒りの感情を抱いたのは、仕方のないことだった。
どこにその感情をぶつけたらいいのか、分からなかったのだ。

80: 2010/05/12(水) 23:19:12.79 ID:YEtEZS20
ただ、吹雪の奥に鎮座する、その大きなモノを、自分はどうにもできない。
いや、どうすることもできないだろうという、確信にも似た推測は、徐々に彼の心の中を侵し回していた。
どうにかするためには、自分の存在、それそのものが小さすぎた。
どうにかしたかった。
自分から、大事なものを奪ったソレを、彼はどうにかしたかった。
踏みつけてやりたかった。
切り刻んでやりたかった。
そして、唾を吐きかけてやりたかった。
ただ感情の赴くままに、ソレを頃し尽くしてやりたかった。

81: 2010/05/12(水) 23:19:39.63 ID:YEtEZS20
しかし、できないだろう。
それを、彼は本能の一番奥の部分でまた、理解してしまっていた。
自分がコレに対してできることは、ただ見上げることのみ。
王として生きている自分が、地面を這いずり。
頃してやりたいと思っていたモノが、ただ目の前に鎮座する。
それは、圧倒的な存在の差だった。
自分という存在と、目の前の得体の知れないという存在。
何もできない。
何もしてやれない。

82: 2010/05/12(水) 23:20:31.70 ID:YEtEZS20
でき得ることなら、彼は、それを頃したかった。
彼女のためと言ってしまっては詭弁なのだろうことは分かっていた。
そう、それは自分のためなのだ。
他ならぬ自分のため。
氏んだ者のために、仇を討つなんて、かいがいしい心を持ち合わせていないことは、何より自分自身が良く知っている。
自分本位だということは分かっていた。
何より、彼女は氏んだということは、重々自分自身が良く理解していた。
氏んだということは――「氏んだ」ということなのだ。
それを表す言葉は沢山あるものの、ただ単純に、氏んだ、ということは、それ以外の何者でもない。

83: 2010/05/12(水) 23:21:09.63 ID:YEtEZS20
彼は、自分のためにソレを頃してやりたかっただけなのかもしれない。
そのあたりの感情が、彼自身にはよく分からなかった。
ただ、胸の奥に湧き上がる、ドス黒さにも似た感情のぶつけどころが分からなかったのかもしれない。
その感情は、彼が生きている間、今に至るまで、心の隅を食い抜いて、そしてどこか大事な場所に達しようとしていた。
それから、ただ、逃れたかったのかもしれない。
結論から言えば、自分本位な感情なのだ。
自分が解放されたいから、頃したい。
繋がりを、断ち切りたい。
ケジメをつけたい。
ただ、それだけなのかもしれない。

84: 2010/05/12(水) 23:21:44.75 ID:YEtEZS20
そんな自分本位で、どうしようもないほど、自分のことしか考えていない存在なんだ、俺は。
彼は、時折、よくそう思うようになっていた。
そう、思うようにしていた。
ご大層な大義名分なんて持ってはいない。
仇討ちなんて殊勝な言葉も知らない。
氏について深く考えられないほどの、センチメンタルな頭も持っていない。
自分にあるのは、現実的な今だけだ。
今だけだと、思うようにしていた。
そうしなければ、心の中に在る正体不明な何かに、食い尽くされてしまうように

85: 2010/05/12(水) 23:22:10.33 ID:YEtEZS20
だから、彼はとりあえず、ソレを見たら殺そう、と自分の心に漠然と誓っていた。
自分を守るために、そして、自分が理想の、強い自分であるという誇りを守るために。
だから、彼はソレを見たら、迷わず殺せるものだと思っていた。
だから待っていた。
心の片隅にその想いを置きながら、何十年も待っていた。
それを忘れないようにしながら、ただ待っていた。

86: 2010/05/12(水) 23:23:07.26 ID:YEtEZS20
その結果がこれか。

彼は、ただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。
自分があまりにも無力であるという事実は、認めてしまえば全て、今までの誇りが一切合財なくなってしまうだろうという恐怖を有していた。
見上げたモノは、何も言わなかった。
ただ、妙に白濁した眼球で、彼を見つめているだけだった。
吹雪の中、そこだけは妙にハッキリと見える。
その眼球は、まんじりと動くこともなかった。
ただ、ぼんやりと見つめている。
見つめているだけだ。

87: 2010/05/12(水) 23:23:52.98 ID:YEtEZS20
しかし、その視線に、彼は言い知れぬ恐怖を感じた。
目を合わせることで、ソレが何なのか、分かってしまったせいかもしれない。
彼が唯一できたことは、その場から退かないこと、ただそれだけだった。
雪に埋もれるのも構わず、彼は真っ直ぐソレを見つめ続けていた。
そのモノの目には、何も映ってはいなかった。
そして、これから先にも、何も映ることはない。
それが、氏という存在と、その意味なんだろうと、彼は漠然とそう思った。
ただ、ソレに対して、自分というちっぽけな存在が何をできるのか、ということまでは分からなかった。
相手はあまりにも巨大すぎて、そして自分はあまりにも無力すぎた。

88: 2010/05/12(水) 23:24:20.93 ID:YEtEZS20
それゆえ、砦ドラゴンの目は、彼を映すことはない。
どんなに目の前で殺気をぶつけたとしても。
たとえ矢を射掛けても、毒刀で切りつけたとしても、コレは何の反応も示さないだろう。
つまりは、そうだ。
それが、氏ぬということなのだ。
氏に立ち向かうためには、自分も同じように、氏ななければいけない。
しかし、氏ぬということは、つまりは目の前の存在に負けるということだ。
それは、彼の中に残っていた誇りが許さなかった。
許さないゆえに、致命的な矛盾を抱いていることは重々承知の上、その前から動くことができなかったのだ。

89: 2010/05/12(水) 23:24:48.23 ID:YEtEZS20
どのくらい経ったのだろうか。
依然変わらず、砦ドラゴンは、白く濁った目を、彼に向けていた。
時間の感覚もなくなってきた頃、彼は自分の手が、温かい何かに握られているのを感じた。
数時間前からだろうか、それともつい先ほどからなのだろうか。
よく分からなかったが、彼の手には、他の者の温かさが伝わっていた。

90: 2010/05/12(水) 23:25:16.01 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「…………」

顔を上げた先に、それが見えた。
目に焼きついて離れない、あの時の光景のまま、彼女が、隣に立っているのが見えた。

キングチャチャブー 「…………」

彼は口を開けた。
氏とはなくなること。
この世から、なくなって消えてしまうということ。
そんなことは分かっていた。
しかし、彼の口から出てきたのは、幻を否定する言葉でも、幻に抗う怒気でも、覇気でもなかった。
それは、ただ、単純な一言だった。

91: 2010/05/12(水) 23:25:48.82 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「近くに来い。そんなところでは凍えてしまう」

彼女は少しだけ、哀しそうな顔をした。
しかしそれはすぐに消え、力を抜くように小さく微笑むと、彼の脇に、足を踏み出した。
数十年の時は、彼らの距離を劇的に違えていた。
子供のままの彼女と、大人になった自分。
胸で彼女の頭を抱いて、彼は息をついた。
手の中には、生きた存在の感触があった。
それがたとえ、幻によるものだったとしても、それは、生きている感触だった。

92: 2010/05/12(水) 23:26:20.03 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「寂しくはなかったか」
茶アイルー 「いえ……ここには、沢山の人がいますから」
キングチャチャブー 「沢山の人?」
茶アイルー 「ええ。ご存知ですか? 氏んでしまえば、どんなに強い人でも、どんなに弱い蟲でも、同じ大きさなんですよ」
キングチャチャブー 「奇妙なことを言う。氏んでしまえば、大きさなど関係があるまい。存在からなくなっているのだからな」
茶アイルー 「……黒チャチャブーさんは、存在って何だと思いますか?」
キングチャチャブー 「久しぶりに会った男に聞く、最初の質問がそれか」
キングチャチャブー 「まぁ良い。幻だとしても、少しは付き合おう」
茶アイルー 「…………」

93: 2010/05/12(水) 23:26:56.62 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「存在は、生きているということだ」
茶アイルー 「では、氏ぬということはどういうことでしょう?」
キングチャチャブー 「存在が、なくなるということだ」
茶アイルー 「そうですね……確かに『そのもの』はなくなります」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「でも、存在はなくならないんですよ?」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「その形を変えるだけなんです。別のモノに変わるということが、氏ぬということなんです」
キングチャチャブー 「存在とは、その者が持つ個としての証拠だ」
キングチャチャブー 「それら全てを失って、生きているかと考えれば、それは否だ」
キングチャチャブー 「氏を変化と置き換えた、詭弁としか思えんな」

94: 2010/05/12(水) 23:27:52.96 ID:YEtEZS20
茶アイルー 「じゃあ、黒チャチャブーさんは、私のことを何だと思いますか?」
キングチャチャブー 「幻だ」
茶アイルー 「幻……そうですね。でも、その幻にも形はある、と考えることはできませんか?」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「そもそも、幻とは何でしょう?」
茶アイルー 「頭の中が作り上げた虚構なのでしょうか?」
茶アイルー 「そうあって欲しいという、虚構の願望なのでしょうか?」
茶アイルー 「もしも思念が形を持っているとしたら、『それそのもの』と考えることはできませんか?」
茶アイルー 「思念の存在にもし質量があるのならば、それは、存在していると考えることは、できませんか?」
茶アイルー 「私たちは、形を変えて存在し続けると、考えることはできないのでしょうか?」
キングチャチャブー 「随分と饒舌になったな」
茶アイルー 「…………」

95: 2010/05/12(水) 23:29:51.64 ID:YEtEZS20
砦ドラゴン 『…………』
茶アイルー 『私は、それを知りたい』
砦ドラゴン 『私は、自分自身がその幻であるという確証が欲しい』
茶アイルー 『私は、私としての存在が何なのか、それを知りたい』
砦ドラゴン 『私は、私として存在しなければいけないその理由を知りたい』
キングチャチャブー (やはり……茶アイルーの姿を通して、何者かが喋っている……)
茶アイルー 『私は、全てであり、全ての執着するところ、それそのものの存在である』
砦ドラゴン 『それゆえ私は知りたい』
茶アイルー 『私は、氏と云うものは存在なのかどうか』
砦ドラゴン 『氏と云う事象は、存在足りえるのかどうか』
茶アイルー 『私は』
砦ドラゴン 『知りたい』
茶アイルー 『小さき者よ』
砦ドラゴン 『弱き者よ』
茶アイルー 『花びらのごとき、かくも儚き者よ』
砦ドラゴン 『かくもこう、幽玄のごとき脆弱なる者よ』
茶アイルー 『私はただ知りたい』
砦ドラゴン 『だから、氏を見せてくれ』

96: 2010/05/12(水) 23:30:22.68 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「何?」
茶アイルー 「何千何百、何十万億と、彼はたった一人で、長い時間、氏を見続けてきました」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「それゆえ、彼は知りたいのです」
茶アイルー 「何故氏ななければいけないのか」
茶アイルー 「氏という変化の理由、その答えを、彼は知りたいのです」
茶アイルー 「だから、彼は氏を望んでいます」
茶アイルー 「無限ほどの氏の可能性の中で、自分自身という存在がもしあるのならば」
茶アイルー 「存在し続けるということが、もし許されるのならば」
茶アイルー 「何故、存在しなければいけないのか、その答えを知りたいのです」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん」
茶アイルー 「私と一緒に、来ませんか?」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「きっと彼も、それを望んでいると思います」

97: 2010/05/12(水) 23:30:55.39 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「……氏ぬことの意味か」
キングチャチャブー 「氏ぬことの、その変化の意味、その価値か」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「…………」
キングチャチャブー 「でき得ることなら、俺もそれを知ってみたいとは思う」
茶アイルー 「出来ます。氏は、誰にも均等に訪れるものですから」
キングチャチャブー 「出来ぬ」
茶アイルー 「?」
キングチャチャブー 「俺は生きる」
キングチャチャブー 「俺は、その平等に与えられる時間まで、脆弱に生きるつもりだ」
茶アイルー 「何故?」
茶アイルー 「何故、終末が目に見えているのに、それを前にしても生きてみようと思うのですか?」
キングチャチャブー 「それは、俺が今、生きているからだ」
砦ドラゴン 『…………』
キングチャチャブー 「氏という存在そのものだという、お前には分かるまい」
キングチャチャブー 「何故哀しいのか」
キングチャチャブー 「何故苦しいのか」
キングチャチャブー 「何故、コレほどまでに貴様に殺意を抱かなければいけないのか」

98: 2010/05/12(水) 23:31:47.46 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「それは、俺が脆弱に生きているからだ」
キングチャチャブー 「そして、彼女はもう氏んだという、紛れもない事実があるからだ」
キングチャチャブー 「彼女はもういない」
キングチャチャブー 「その個を、お前がどんなに知り尽くしていようと、彼女という存在は、もうこの世に、ない」
キングチャチャブー 「お前が頃したのだ」
キングチャチャブー 「共に来い? 笑わせる」
キングチャチャブー 「俺は終末に向かって歩いていく。貴様に言われるまでもなく、自分の意思で歩いていく」
キングチャチャブー 「ならば、貴様はどこに向かう?」
キングチャチャブー 「どこに向かって歩いていくつもりだ?」
砦ドラゴン 『…………』
キングチャチャブー 「笑えるものだ。貴様は、俺たちがうらやましいのだ」
キングチャチャブー 「だから、氏を集めようとする。それに少しでも近づこうと、氏のうとする」
キングチャチャブー 「だが、氏ぬことが出来ない」
キングチャチャブー 「喜劇だな」

99: 2010/05/12(水) 23:32:26.88 ID:YEtEZS20
砦ドラゴン 『小さき者よ』
砦ドラゴン 『お前の言うことは、よく分からぬ』
砦ドラゴン 『私には、お前の持つ目も、耳も、口も、舌も、何も無い』
砦ドラゴン 『氏が、一つ一つ、全てを奪っていってしまった』
砦ドラゴン 『私には、何も無い』
砦ドラゴン 『心も、どこかに置いてきてしまった』
砦ドラゴン 『それに形があると仮定するならば、もはや存在してはいないだろう』
砦ドラゴン 『そう、私はもう氏んでいる』
砦ドラゴン 『お前たちの定義する氏というものが何なのか、私には分からない』
砦ドラゴン 『だが、私はここに存在している』
砦ドラゴン 『存在してしまっている』
砦ドラゴン 『だから、私は知りたいのだ』
砦ドラゴン 『お前のごとき、かくも瑣末な存在に切に願うのは、私の存在の価値の解明、それのみである』
砦ドラゴン 『それゆえ、私は氏を見たい』
砦ドラゴン 『私と何が違うのか、それを知りたいのだ』

100: 2010/05/12(水) 23:33:31.84 ID:YEtEZS20
茶アイルー 「黒チャチャブーさん」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「生き物は、皆、いつかは氏にます」
茶アイルー 「それは仕方の無いことで、絶対的な摂理です」
茶アイルー 「私のように、氏んでしまいます」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「では、氏んだ者はどこへ行けばいいのでしょう?」
茶アイルー 「先ほどあなたが、私たちに問いかけた言葉を、そのままお返しします」
茶アイルー 「教えてください」
茶アイルー 「氏んでしまった存在は、どこに向かえば良いのでしょうか?」
キングチャチャブー 「…………」
キングチャチャブー 「きっとそれは」
キングチャチャブー 「……きっとそれは……おそらく」
キングチャチャブー 「俺は、生きているから」
キングチャチャブー 「お前と違って、生きているから」
キングチャチャブー 「だから、尚のこと、分からないのだと思うよ……」

101: 2010/05/12(水) 23:34:03.46 ID:YEtEZS20
茶アイルー 「…………」
茶アイルー 「黒チャチャブーさん、私は、お察しの通りに、以前の私ではありません」
茶アイルー 「私という存在は、彼と溶け合い、私は彼の一部になっています」
茶アイルー 「でも、私は」
茶アイルー 「氏んでしまっている私は、それでも」
茶アイルー 「あなたのことを、忘れたことはなかった」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー 「この気持ちも、幻なのでしょうか?」
キングチャチャブー 「…………」
キングチャチャブー 「――ああ」
キングチャチャブー 「残念ながら、それは幻だよ。茶アイルー」
キングチャチャブー 「お前は、もう氏んだんだ」
茶アイルー 「…………」
キングチャチャブー 「…………」
茶アイルー (ふっ)
キングチャチャブー (茶アイルーの姿が、煙のように掻き消えた……)

102: 2010/05/12(水) 23:34:37.92 ID:YEtEZS20
砦ドラゴン 『中々に興味深い問答であった』
砦ドラゴン 『お前には、我の力に対する耐性があるようだな』
砦ドラゴン 『だが、そんなことは瑣末な問題よ』
砦ドラゴン 『さて、小さき者よ』
砦ドラゴン 『お前の個は分かった』
砦ドラゴン 『次は、お前の氏を見せてくれ』
砦ドラゴン 『朽ち行く私に、希望を見せてくれ』
砦ドラゴン 『お前の氏を、私に見せてくれ』
 >ビュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
キングチャチャブー (くっ……突然吹雪が強く……)
キングチャチャブー (これでは、体が動かせん……!)
キングチャチャブー (何…………足が、凍って…………)
キングチャチャブー 「…………うぉおおおお!(ブゥゥン!)」
砦ドラゴン 『…………』
 >スカッ……
キングチャチャブー (俺の棍棒が、空振りだと!?)

103: 2010/05/12(水) 23:35:06.71 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー 「うおお! うらぁぁ!(ブンッ! ブンッ!)」
 >スカッ……スカッ……
砦ドラゴン 『…………』
キングチャチャブー (成る程……そうか、こいつには……実体がないのか……)
キングチャチャブー (……!!)
キングチャチャブー (砦ドラゴンの背の上に、茶アイルーの姿が……!!)
茶アイルー 「…………」
キングチャチャブー (見るな……)
キングチャチャブー (そんな目で、俺を見るな……!)
キングチャチャブー (俺は、こいつを……)
キングチャチャブー (こいつを……お前を……!!)
キングチャチャブー 「うおおおおお!!」
キングチャチャブー 「……!」
 >ヒュゥゥゥゥッ! ドォォォォォンッ!!

104: 2010/05/12(水) 23:35:35.07 ID:YEtEZS20
キングチャチャブー (これは……炎龍の炎弾!)
テオ・テスカトル 「グォォォォォォォォォォォォ!!!」
砦ドラゴン 『…………』
クック 「キング! どこだ! 返事をしてくれ!! 吹雪で何も見えない!!」
キングチャチャブー (イャンクックもか!? 馬鹿が、雁首そろえて、何故来た!?)
クック 「キングー!!」
キングチャチャブー 「来るなイャンクック!」
キングチャチャブー 「お前も……うぉおお!?」
 >ビュゥゥゥゥゥ!!!
キングチャチャブー (この吹雪は……不味い、体が、凍る…………)
茶アイルー 「…………」
キングチャチャブー 「! (俺の、後ろに……いつの間に……)」
茶アイルー 「(スッ……)黒チャチャブーさん」
茶アイルー 『一緒に、行きましょう』
キングチャチャブー 「くっ…………」

105: 2010/05/12(水) 23:36:02.07 ID:YEtEZS20
クック (何だ……!? この吹雪の強さは……翼が凍って動かん……!!)
クック (それに、テオ殿達とはぐれてしまった……)
クック (風の音で、声も届かない……!!)
クック (まずい、退避しないと……)
クック (だが、その前にキングを……)
クック (彼も、この吹雪に巻き込まれているはずだ……!!)
クック 「キングー!!」
クック 「………………!?」
クック (……? どうしたんだ……この場所だけ、吹雪が収まっている……)
クック (それに、とても暖かいぞ……)
クック (…………?)
青クック 「おかえりなさい、あなた」
クック 「……!!(バッ)」
子クック 「パパ、おかえり!!」
クック 「………………」
クック 「…………そんな……そんな馬鹿な…………」
クック 「な、何故……何故だ…………?」
クック 「…………お前たち!!!」

115: 2010/05/23(日) 17:58:45.28 ID:HPh4qv20
クック 「お前たち……」
クック 「な……何だ!? どんなタチの悪いいたずらだ!!」
クック 「お前たちは……」
クック 「お前たちは、確かに私の目の前で、氏んでしまったではないか!」
青クック (にこにこ)
子クック (にこにこ)
クック 「青クック……」
クック 「子クック……」
青クック 「……あなた」
青クック 「随分寂しい思いをさせてしまったわね……」
クック 「…………」
青クック 「でも、私たちはここにいるの」
青クック 「この、『砦ドラゴン』の背中で、私たちは今も暮らしているわ」
クック 「砦ドラゴン……?」
クック (キングが言っていたモンスターの名前……?)
クック (だとすると、これはそのモンスターの力なのか……)

116: 2010/05/23(日) 17:59:11.15 ID:HPh4qv20
クック (だが……これは……)
クック (とても幻には見えない……!!)
クック (本物の青クック……そして子クックだ……!!)
子クック 「パパ?」
青クック 「あなた、こっちに来て。一緒にお話しましょう(ぎゅ)」
クック (温かい……)
クック (本物だ……)
クック (だとすると、私は、今……もしかして)
クック (ガルルガ君と同じ状況に……)
クック (魂だけが、抜かれている状況になってしまっているのか!!)
クック (バッ!)
クック (あれは……あそこで凍り付いているのは……)
クック (私の……体……!?)
青クック 「…………」

117: 2010/05/23(日) 17:59:51.81 ID:HPh4qv20
クック 「お前たちは……」
青クック (ピタッ)
クック 「お前たちは……氏んだんだ……」
クック 「こんなのは……こんなのは、残酷すぎる……」
クック 「何故だ?」
クック 「何故、もう一度私の前に姿を現した……」
クック 「そんなこと……卑怯すぎるではないか……」
青クック 「あなた……泣いているの?」
クック 「…………」
子クック 「パパ……」
クック 「私は……」
クック 「私は、お前たちと一緒には、行けないよ……」
青クック 「…………」
子クック 「…………」
クック 「お前たちは、氏んだんだよ。私の目の前で……」
クック 「私の前の前で、私が看取ることも出来ずに、お前たちは氏んだんだよ……」

118: 2010/05/23(日) 18:00:24.17 ID:HPh4qv20
クック 「氏ぬということは、どういうことなのか、私にはよく分からないが……」
クック 「きっと、私たちはまだ、会ってはいけないんだと思うよ」
クック 「でも……」
クック 「だからこそ……」
クック 「もし、砦ドラゴンがこの状況を作り出したのだとしたら……」
クック 「私は、その人に、礼を言いたい」
青クック 「…………」
子クック 「…………」
クック (ボロボロ)
クック 「もう二度と会えないと思っていた……」
クック 「もう二度と、お前たちに会うことは出来ないと思っていた……」
クック 「氏ぬということは、そういうことなのだと思っていた」
クック 「ありがとう、感謝する」
クック 「だが、私にはそれでもう十分だよ」
クック 「お前たちが、ここにいたと言う事実だけで、私はもう十分だ……」
クック 「でなければ、私は壊れてしまう」
クック 「だから、私はお前たちと一緒には行けない」

119: 2010/05/23(日) 18:01:01.96 ID:HPh4qv20
クック 「……聞いてくれ」
クック 「娘が出来たんだ」
青クック 「…………」
子クック 「…………」
クック 「その子は、モンスターでさえもない、お前たちを頃した、人間の子供なんだ」
クック 「だが、私はその子と暮らしている」
クック 「その子は、とても純粋で、だからこそ辛い目に遭ってきた子なんだ」
クック 「私は、その子と一緒に生きていくことを決めたんだ」
クック 「どこかに行ってしまったお前たちに、恥じない父親であるように」
クック 「どこかでまだ存在しているかもしれないお前たちに、恥じない男であるように」
クック 「私は、あの子の父親になることを決めたんだ」
クック 「だから……」
クック 「だからこそ、私は今、とても辛いが……」
クック 「それこそ、張り裂けてしまいそうなほど辛いが……」
クック 「それだからこそ、私は、お前たちに恥じない存在でありたいと思うから」
クック 「私は、あの子の元に戻らなければいけない」
クック 「戻らなければいけないんだ……」

120: 2010/05/23(日) 18:01:31.76 ID:HPh4qv20
クック (ボロボロ)
クック 「すまない……」
クック 「だが、ありがとう」
クック 「もう二度と会えないと思っていた……」
クック 「本当に、そう思っていた」
クック 「もしこれが、砦ドラゴン、あなたの成したことなのだとしたら」
クック 「私は、それだけで救われた」
クック 「これだけで、私は生きていける」
クック 「だから、もう十分だよ」
クック 「一目でいい」
クック 「それだけで十分だ」
クック 「青クック……」
クック 「子クック……」
クック 「お父さんは、とても不器用なんだ」
クック 「満足にひとつのことも出来ない、不器用な男なんだ」
クック 「でも、もし、もう一度お前たちに会うことがあったら」
クック 「胸を張って、お前たちの立派なお父さんであれたと、私は言いたい」

121: 2010/05/23(日) 18:02:18.02 ID:HPh4qv20
クック 「ありがとう。だが、少し早い……」
クック 「もう少しだけ、待ってくれないか」
クック 「私は、まだ生きてみようと思うんだ」
クック 「私の娘と一緒に、あの子が大きくなって、普通に生きて……」
クック 「そして、普通に……もしかしたら、人間相手かもしれないが、恋をして……」
クック 「普通に幸せになれる、そんな未来を作りたいんだ」
クック 「それを見ながら、私は普通に氏んでいきたい」
クック 「それは、お前たちからすれば、実に都合のいい話なのかもしれない」
クック 「私自身のエゴなのかもしれない」
クック 「だが、私は、私自身のために、そしてお前たちのために」
クック 「立派な男で……戦士であり続けたいと思うから」
クック 「もう少しだけ、待っていてくれないか……」
クック 「その時になったら、一緒に笑いながら話そう」
クック 「その時になったら、一緒になろう」
クック 「私に、もう少し時間をくれ」
クック 「私自身も、これからどうなるかは分からない」
クック 「もしかしたら、すぐに人間のハンターに殺されてしまうかもしれない」
クック 「だが、それが生きるということだろう?」
クック 「お父さんは、もう少し生きてみたいんだ」

122: 2010/05/23(日) 18:02:52.70 ID:HPh4qv20
クック 「お前たちが過ごすはずだった時間を」
クック 「お前たちが生きるはずだった期間を」
クック 「私は、あの子に与えたいんだ」
クック 「だから、私はもう少し生きてみたい」
クック 「お前たちを見て、さらに強く、そう思うよ」
クック 「私は……」
クック 「私は、あの凍りついた体に戻るとするよ」
クック 「それは、とてもつらいことなのかもしれない」
クック 「もしかしたら、今ここでお前たちと共に行くことよりも、さらにつらいことなのかもしれないな」
クック 「だがな」
クック 「私は、それでも、お前たちに誇れる父親でありたい」
クック 「誇れる父親であることを、誓うよ」
クック 「これからも、ずっと、氏ぬまで誓うよ」
クック 「砦ドラゴン、ありがとう」
クック 「あなたの力は、とてもすばらしい力だ」
クック 「もしかしたら、あなたは、存在するだけで沢山の人を救えるのかもしれない」
クック 「だが、私にはまだ少し早すぎる」

123: 2010/05/23(日) 18:04:05.78 ID:HPh4qv20
クック 「消してくれ」
クック 「お願いだ……」
クック 「娘のところに、帰らなければいけない……」
クック 「時が来れば、必ずあなたと一緒に逝くことを約束しよう」
クック 「望むなら、どんなことでもしよう」
クック 「だが、私は」
クック 「まだ、生きていたいんだ……」
青クック 「…………」
子クック 「…………」
青クック (にこっ)
子クック (にこっ)
クック 「…………」
クック 「…………?」
クック (誰もいない……)
クック (青クックも、子クックも…………)
クック (ボロッ……)
クック 「うっ…………」
クック 「ぐっ…………」
クック (ボロボロ)

124: 2010/05/23(日) 18:04:43.63 ID:HPh4qv20
砦ドラゴン 「何故泣く? 小さき者よ」
クック 「……!?」
クック (バッ!)
クック (な……っ、何だ、これは……!!)
クック (今までずっと目の前にいたのに、気がつかなかったのか!?)
クック (ラオシャンロンや、ジエン・モーラン殿を遥かに超える大きさだ!!!)
クック (これが砦ドラゴン……!!!)
砦ドラゴン 「私に憎しみをぶつける者は多けれど……」
砦ドラゴン 「私に礼を言う者は、初めてであった」
砦ドラゴン 「興味深い」
砦ドラゴン 「私は、お前のことをもう少しよく知りたい」
砦ドラゴン 「何故泣く?」
クック 「……あなたは、愛ということを知っていますか?」
砦ドラゴン 「愛? 何のことだ。分からない」
クック 「私は嬉しかったのです。まだ、家族が私に抱いてくれている愛が、変わらないという事実と」
クック 「そして、私はまだ、他の者に与えるべき愛を持っているという事実に気づかせてもらって」
クック 「私は、嬉しかった」
クック 「もしかしたら、あなたが作り出した幻なのかもしれない」
クック 「でも、確かに、氏んだはずの家族は、私に確かに、笑って見せてくれた」
クック 「それ以上、何が必要だというのでしょうか」
クック 「何も、私は要りません」
クック 「その笑顔が、愛です」
クック 「それだけで、私は生きていけます」

125: 2010/05/23(日) 18:05:26.08 ID:HPh4qv20
砦ドラゴン 「…………」
砦ドラゴン 「お前の言うことはよく分からないが」
砦ドラゴン 「お前は、私に感謝をした」
砦ドラゴン 「私は、存在していてもいいのだろうか」
砦ドラゴン 「お前なぞに聞いても、答えは出ないのかもしれないが」
砦ドラゴン 「私は、それが知りたい」
クック 「あなたは、私に生きる希望をまた与えてくれました」
クック 「十分すぎるほどの希望をいただきました」
クック 「それだけで、私にとって、あなたは価値のある存在です」
クック 「私はあなたの事を知らない」
クック 「知らないが、それだけは言うことが出来ます」
砦ドラゴン 「…………」
砦ドラゴン 「愛。よく分からない」
クック 「…………」

126: 2010/05/23(日) 18:05:52.19 ID:HPh4qv20
砦ドラゴン 「私の背に、人間の娘が一人、まだ『生きて』いる」
クック 「!!?」
クック 「少女!!!?」
砦ドラゴン 「探すが良い。小さき者よ」
砦ドラゴン 「生きてみたいと申すのであれば、生きて、生かしてみせよ」
砦ドラゴン 「それが愛というのであれば、私にそれを見せてみよ」
クック 「少女の魂が、ここにいるのですか!?」
砦ドラゴン 「…………」
クック 「…………」
クック (このままでは、私の体は凍ってしまう……)
クック (だが、私は……)
クック (青クック、子クック…………)

127: 2010/05/23(日) 18:06:19.79 ID:HPh4qv20
青クック (にこにこ)
子クック (にこにこ)

クック 「!!!!」
クック (お前たちに、ふさわしい父親であるためにも……)
クック 「分かりました。少女を探し出してみせます」
クック 「あなたに、小さき者でも、生きる意味と価値を見出すことが出来ることを、お教えしよう」
クック (バサッ!!)
クック (少女……!!!)
砦ドラゴン 「…………」

128: 2010/05/23(日) 18:10:33.08 ID:HPh4qv20
お疲れ様でした。
第6話に続かせていただきます。
この度は、私の勝手な都合により延期などでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。

130: 2010/05/23(日) 20:52:30.28 ID:JtZ.Iqco
乙です

さすが先生や・・・

131: 2010/05/23(日) 22:29:31.07 ID:r8pD10so
乙!
クックは良い父親だ

引用: イャンクック 「旧沼地で人間を拾ったんだが」 4