34: ◆BPxI0ldYJ. 2014/05/10(土) 23:23:30.10 ID:jdICBmJV0


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ


 憤怒の街が遂に完結、イルミナティvs櫻井財閥、加蓮の影が密かに蠢き、いろいろ気になる新キャラ登場。
良い傾向です。負けてらんねぇぜ!

そんなわけで飛鳥ちゃん学園祭珍道中その2投下しまー

35: 2014/05/10(土) 23:26:23.88 ID:jdICBmJV0
「そろそろ休憩にしましょう」

 不意に、後ろから投げかけられる言葉。
 それを聞きいた特攻戦士カミカゼ───向井拓海は目の前に並ぶ人々にその旨を伝える。

 ある者は抑えようとして抑えられず、ある者は半ば反射のように、ある者は隠そうともせず、思うところは数あれど、彼女を目当てに来た者は落胆の声を共通して漏らした。
 予め決められていた事とはいえどこか罪悪感を拭いきれず、せめてもと”アイドル”として目一杯の愛想を振り撒く。
 ついでに次に控える仕事の宣伝もしておく。
 取り敢えずは納得して貰えたようで、満足とは足りなくとも騒ぎを起こすようなマネは無くてなにより。

 安堵を胸の奥に仕舞い込み、地を踏む脚に力を込める。
 曲げた膝をバネに大地を蹴り出せば163cmの体は数メートルを跳躍、そのまま人目から消えていった。

 所謂一つのファンサービス。異能の者の退場は普遍であってはならないのだ。


 かくして跳び去ったカミカゼは、数度の跳躍を経て人目の付かない小影に着地する。尋常ならざる衝撃を身に受けるも、尋常ならざる体には何の影響もない。
 まるで階段を少し飛ばしたかのような気楽さで無事着地に成功する。

 首を回すついで、周囲に人が居ないかどうかを確認する。

(誰も居ねぇな……)

 終えると、向井拓海は体を解すように肩を伸ばす。それだけでは足りず、背中を少し反らして全身を伸ばす。

「くぁ……」

 思わず大きな欠伸が出る。
 アイドルとしてもヒーローとしても見栄えの良い行為ではないが、人が居なければ大口を開けてさえ出来るというもの。

 数時間コインを投げて過ごした体は予想以上に固まっており、軽いストレッチを行いたくなる程だ。

 実際した。

「………ふぅ」

 屈伸を終え、準備運動レベルのストレッチを終える。





「転身」

 静かに、敵意を孕んで唱えられる。
----------------------------------------



それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



36: 2014/05/10(土) 23:27:23.04 ID:jdICBmJV0
「出て来な」

 アイドルとしての向井拓海は既に消えた。
 両の拳は固く握られ、脚は地面を踏み締める。
 その立ち姿に隙は無く、その背中には甘え無し。
 漢が惚れるその尊容、”ヒーロー”特攻戦士カミカゼがそこに居た。


「流石、かな」

 ゆらり、影が揺れる。
 幽鬼の如く掴みようの無く、妖魔の如く障気を散らす。
 黒い闇に包まれたそれは人型であること以上を伺い知ることは出来ず、ともすればカースにも見えるかも知れない。
 しかし黒と言うには暗過ぎる、まるで光を拒絶しているかのようなそれはカースなどと生易しい物には感じられず、やはり何も伺い知ることは出来ない。

「気付くなってのが難しいぜ、人の事ジロジロ眺めやがって、アタシのファンか?」

「そんなに熱っぽかったかな?ボクの視線は」

「………テメェ何モンだ?」

「……通りすがりの悪魔、」

「ケッ、随分とちんちくりんな悪魔も居たモンだなァ?」

 言葉を紡ぐ毎、影は一歩ずつにじり寄る。隙だらけのようで、誘うような足取りはどこか近寄り難い。

 貫くような眼孔が、影の双眸を捉える。真っ黒の人体にふたつだけ灯る瞳はひどく不気味だった。

「…………」

「…………」

 静寂を彩るように、互いの間を風が吹く。

37: 2014/05/10(土) 23:29:00.32 ID:jdICBmJV0
「…………らッ!」

「…………ッ!」

 季節の移りを象徴するそれを合図に、両者は大地を蹴った。
 木の葉が巻き上がり、地が割れ、その者達の膂力を体現する。

 たかが数十メートルという間合い、異能の者には短か過ぎた。猛烈な相対速度の中、一秒と経たず拳の射程に互いを捉える。

 激突。
 残像すら残す速度が頃し合い、伸びきった鋼の腕と影の拳が火花を散らす。凄まじい拳圧が風圧となって駆け抜け、その破壊力を有象無象を伝える。

 殺人的な衝撃により芯が逸れ、ベクトルのズレた拳はけたたましい擦過音を鳴らして交錯する。 
 やがて高度を維持できるだけの速度を失った両者は慣性を残して落下する。地に着いた足が地面を穿ち、その勢いに引っ張られその場から長い爪痕を引いた。

 影が姿勢も整わぬ間に腕を大きく振るい、左足を軸に体勢をぐるりと捻じ曲げる。いち早く回り、残光を描いた瞳がカミカゼを捉えると、空中に遊ぶ右足を無理矢理に振り下ろしそのままの勢いで大地を蹴り出した。

「ふっ………!」

 過剰な脚力を受けた地面にヒビが走り、影は飛ぶように跳び、弾丸の如く間合いを詰める。
 最中視線が衝突し、迎撃の拳がカミカゼより振るわれた。

「しァッ!」

 抉るように、気迫を乗せて打ち込まれるカミカゼの左腕。

「……!」

 対する影は猛烈な勢いで迫るそれを、すり抜けるようにして逃れる。
 耳元を過ぎる破壊力が軌道上の空気を押し退け、圧力となって大気を震わす。甲高い音が風を切り、鼓膜から空気が奪われたような感覚を与える。

38: 2014/05/10(土) 23:30:34.51 ID:jdICBmJV0
 その脅威に戦慄する隙すら許さず、既に追撃の蹴りが放たれている。
 そのプレッシャー故か、振るわれる脚は何倍にも質量を増大させたように映り、ともすれば丸太が迫るかのようにも見えた。
 加速する体を半ば倒れ込むようにして低くとり、すかさず頭上を腕で庇う。直後、影で形取られた手甲に鋼の蹴りが打ちこまれ、派手な音が頭上で響く。
 手甲に対して斜めに命中した蹴撃は、流れに沿って表面を滑る。硬質同士が擦れ合い、不愉快でけたたましい金属音が重い衝撃と共に互いの体を貫いた。

 影は鋸で腕を削られたような感覚を覚えるが、怯むこと無く。

 擦過の余韻が残る腕に鞭を打ち、カミカゼの脚を押し退けるようにして弾き飛ばした。
 大きく振り上げられた右足と、未だ体重を支える左足。攻撃をいなされ、不安定な体勢のまま大きく隙を晒す結果になった。

 マスクの下で芳しくない状況に歯噛みするも、カミカゼも黙ってはいない。有り余る膂力で足に働く慣性を頃し、震脚の要領で地に叩きつける。凄まじい脚力に大気は震え、地面にめり込んだ足から地震のような振動が響き渡っていく。
 強引に姿勢を持ち直したは良いが、しかし状況は好転したとは言えず、隠そうともしない舌打ちをアーマーの中で鳴らした。

 作り出した隙に飛び込み、軽い意趣返しだとでも言うのだろうか、真っ黒い装甲に包まれた脚が鞭のようにしなり、鋭い蹴りを浴びせかける。
 大上段に振るわれたそれを回避する余裕はカミカゼには無く、引き締めた腕でガードの体勢を取るほか無かった。

「ぐ────ッ!!」

 それから攻撃が襲い来るまでに寸秒ほどの間も無く、身を固める腕を相手の蹴りが芯に打ち据え、次いで凄まじい衝撃がカミカゼを襲った。華奢な脚から繰り出された重い破壊力は、幾度目かの金属音と共にヒロイックなアーマーの下、肉で固められた骨の随まで響きじんじんとその余韻を浸透させる。
 堪え、食いしばられた歯の隙間から短く呻き声を漏らし、さしものカミカゼもその上体をぐらつかせた。

「ふっ!」

 効果を確認すれば、相手は息を付く間も与えず次の攻撃に移る。静かな掛け声に確かな闘志を灯し、脚を引いたそのままから反転、左回りの勢いを乗せ、肘鉄がまたも腕に向けて叩き付けられた。
 金鎚もかくやという威力のそれは、先程の蹴りには及ばずとも確かな衝撃をカミカゼに伝える。
 崩された重心に追い討ちを受け、安定を取ろうとした左足は無意識のうちに後退っていた。

 僅かに開いた間合いを詰めるが如く、影は右足を一歩踏み出す。下方から抉り込むように接近し、肌と肌が、装甲と装甲が触れ合うまでに踏み込み、フェイスガードの下、相手の目線の氏角───固められた腕の向こうから拳を繰り出した。
 顎を狙い澄ましたアッパーカットは残像を残して接近、その目標を────

39: 2014/05/10(土) 23:31:54.62 ID:jdICBmJV0




「チョーシ、乗ってンじゃねェ……!」



 ─────打ち据えることは、無かった。

 その拳はカミカゼの眼前で止まっていた。

 否、止められていた。

 腕力を受けた腕が小刻みに震え、それをカミカゼの手が押さえつける。襲い来る敵意を捉え、掴み、捕らえ、止め、握り、そのまま潰してしまいそうにすら思える。
 明確の過ぎる危険から逃れようと、力を込めて腕を引く。
 逃げられない。カミカゼの眼孔からは、掌からは、握力からは、敵意からは、恐怖からは、危機からは、怒りからは、覚悟からは。
 逃げられない。逃げられる道理など在る訳が無い。

 みしみしと、不穏な音が腕から響く。それは数秒毎に存在感を増し、迫り来る脅威を嫌と言うほど伝える。

         ステゴロ
「────アタシに素手喧嘩を挑んだ度胸は褒めてやるよ……」

「体捌きにしてもなかなかのモンだが………」


 握る掌に力を込める。


「たが、ちっ──とばかしおイタが過ぎたみてェだなァ?…………」


 ───ばきり。

 おぞましいまでの握力に耐えられず、ついに手甲にヒビが走る。


 ───ばきり。

 めきめき。

 みしみし。

 みきみき。

 べきべき。




「オイ」


 ───ばきり。


「歯ァ」


 ばきり。
 ばきり。ばきり。


 ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。ばきり。

40: 2014/05/10(土) 23:33:04.50 ID:jdICBmJV0



「………喰いシばれぇえええエエエエェあああああああああッッッ!!!!!」


 大地を震わす絶叫が腹の底から響き渡り、龍の如く咆哮が森羅万象を伝い天を砕く。
 腕を肩から引く抜かん勢いで掌を振り上げ、技も無く、知恵も無く、ただただ力のみで相手の無防備を晒す。

 右足を上げ、ぐるりと体を回転させて───


 ───ある一点を超えた地点で、猛烈な力が乗せられる。ぶわりと、音が聞こえる程の力が込められる。軌道上の空気までも蹴り飛ばし、突風となって吹き荒ぶ。残像を残すばかりか景色までも歪ませる。

 鋼鉄を灰燼と帰すまでのパワーが、防御の字のない影に迫る。

 防御の字が無ければ、回避の字も無く。

 無防備。無抵抗。残された道はただ一つ


 命中。
 激震。
 破砕。
 粉砕。


 今日という日において最大の威力を持った回し蹴りが、向井拓海の怒号を孕んだ回し蹴りが、有り余る破壊力が空間までもを砕かんばかりの回し蹴りが──

 ──哀れ、無防備な影に叩きつけられる。

 その身に有り余る攻撃翌力は装甲を砕くばかりか、その肢体を遥か上空に砲弾の如く打ち上げる。二度目の突風が吹き荒び、気持ちの良い程かっ飛んで行く。

 悪魔を名乗る影は消え、その場には脚を振り上げ、攻撃の余韻を残すカミカゼが残った。

41: 2014/05/10(土) 23:34:29.03 ID:jdICBmJV0
 蹴りを繰り出した脚を庇うように、ゆっくりと地に着ける。

 敵を打ち砕いた。
 それは紛れもない事実に見える。


 だが、仮面の下、向井拓海の表情は芳しくない。

 瞳に灯る火は未だ消えず、堅く結ばれた口は弛むことがない。

 まるで、まだ闘っているかのように。


「…………」

 耳を澄ませば聞こえてくる。
 空気を裂いて接近する音が。
 数秒毎に勢いを増す音が。
 上空より迫り来る音が。


 まだ生きている奴の影が。


 拳を再び握り締め、地を蹴って後ろ跳びをする。

 直後、カミカゼの居た空間を猛禽の如く振り下ろされた”爪”が切り裂き、その切っ先が地面に三本の傷を抉った。
 おそらくは位置エネルギーも加算されていたのであろうそれは、カミカゼをして、”もしもそこに自分が居たら”と悪い想像を働かせる。
 それほどまでに強烈で、鋭利で、凶悪な一撃であった。

「手応えが無ェと思ったぜ……!」

 吐き捨てるように、誰に言うでもなく呟く。

 視線の先に浮かぶは影。
 腕を振るって土を払い、不敵な瞳を覗かせる影。

 その背中には新たに翼が携えられ、その両手は鉤爪へと変貌している。蝙蝠を思わせるそれは分かりやすいほど禍々しく、人の身に余る大きさのそれは、成る程悪魔を名乗っていても問題はないように見える。

 真っ黒い、表情の読めぬ顔をカミカゼに向けたけり、脱力したように両の爪を提げる。ばさりばさりと羽音鳴らし、ただただその場に浮かび続ける。
 体に合わせてぶらぶら揺れる腕は酷くだらしなく、今すぐにも叩き落とせてしまえそうに思えるが、隠しきれない気迫はそれ以上の物を感じさせ、彼女が実力を出し始めた事を伝えている。
 それについてはカミカゼに於いても同様で、たかが数発の打ち合いなど、ウォーミングアップもいいところだった。

 睨み合う両者。

 羽音だけが時間の経過を感じさせ、耳を塞げば時間が止まっているように思えることだろう。
 そんな事を考えさせる程の静寂。

42: 2014/05/10(土) 23:35:58.56 ID:jdICBmJV0
「はあっ!」

 破ったのは、影の気合いと一際大きい羽音。
 羽が大気を叩きつけ、背後に風圧を推進力の如く打ち出す。漂うのみだった体が不意に弾き出され、蝙蝠の羽根を器用に制御しながら、鋭角的で、曲線的で、直線的で、不気味なほど不規則な機動でカミカゼに襲い掛かる。
 手慣れたようなその機動はさながら水を得た魚のようであり、カミカゼに、なかなかどうしてやり手であると一種の畏怖を抱かせた。

 なればこそカミカゼは動じず、両の足で地面を錨のように噛み締め体をその場に固定させる。腰を落とし両脇を締め、拳を顎の前に置く。
 所謂ファイティングポーズを取り、万全を以て迎え撃った。

 依然として不気味な程不規則に飛ぶ。右に左に上に下に。縦横無尽に、ともすれば嘲るように飛び続ける。

 対するカミカゼは敢えてそれを追わず、対照的に静寂を保つ。静かにその距離だけを測り、攻撃を放つその時を、カウンターを狙う機会を虎視眈々と待った。

「せえっ!」

 塗り潰したように黒い爪を右手より振りかざされる。反応したカミカゼはその眼孔を煌めかせ、満を持して右腕の突きを繰り出す。 
 その拳が影を打ち据えんとしたその時、鉤爪はそのままの勢いで切り裂くかに思われたが、突如としてその慣性をねじ曲げる。

「っ!?」

 暴風をはためかせ、不可視の力に引っぱられる
ように反対側へ飛び去る。右手に気を取られていたカミカゼの反応は遅れ、結果その攻撃は左腕でガードするに留まった。
 嫌な奴。胸中で呟き、アーマーの下で憎々しげに影を睨みつける。

 腕とかち合う力が緩んだかと思えば、矢継ぎ早に次の斬撃が放たれ、すぐさま逆側からの衝撃がカミカゼを襲う。相手を叩き落とさんと右の腕が振るわれるも、先んじてその右爪がカミカゼに迫っていた。

 不意にぞっとした物を感じ、守る左腕を突き出してその右爪の軌道を逸らす。直後三つに割れた切っ先の内二つが両の頬を掠め、フェイスアーマーに一本の傷を引く。
 削られた破片を視界の端に捉え、背筋にひやりと冷たい物が走る。

43: 2014/05/10(土) 23:37:07.84 ID:jdICBmJV0
 ようやく現れた右腕が横殴りの拳を繰り出すも、影はその身を翻し、行き場を失った威力は暴風となって駆け抜けるのみとなった。

 左後方に飛び去った影から放たれる爪を、視線を転じるまでもなく防ぐ。振るわれる毎に空気を切り裂き、接触の度に金音が響いた。
 右足を軸、地面を抉りながら回転し、遅れて無機質な顔を敵意に向ける。
 勢い良く振り下ろされた両爪を身を固めて耐えきると、一際強い衝撃がカミカゼの装甲を貫いた。

 無数に振るわれる爪の数々は、強いと言うよりも先に速いと思わせる。しかし考えなしに受けきれる程虚弱でもなく、ガードの上から走る衝撃は各所に傷を刻んでいき、装甲を伝いじわりじわりと向井拓海の肉体を蝕む。
 気持ちの悪い相手。真っ向からの正面衝突を好むカミカゼからして御し易い相手ではなく、愚であると理解しながらもイライラを募らせていた。

 がりがりと音を鳴らしながら散る火花が目に耳に鬱陶しく、腕を振り回して爪を弾き飛ばす。その衝撃を利用しくるくると回りそのまま視界の外に逃げていく影。視線が半ば反射的に追従し、それに引っ張られるように体が続く。
 その勢いのままに腕を振り回し、刈り取るようにして影を狙う。影はひらりと小さく宙返りをし、またも腕は虚空を抉った。
 体にかかるGにも似た慣性を噛み頃し、間を置かずに左のジャブを打つ。拳が放たれる前に左旋回していた影はそれを逃れ、右斜めから左爪を繰り出す。

「っ!」

「オラァッ!!」

 その時、カミカゼは防御を捨てた。
 影の居る左前方に踏み込み、右腕を振るう。
 ガードを取らない体は爪の衝撃をもろに受け、脳みそをぐらりと揺らす。
 カウンターのように打ち込まれた拳は、影からして予想外であったらしく、僅かに回避の遅れた鎧を拳が掠めその砕けた破片を周囲に散らす。

 仮面の下、向井拓海は唇の端を愉快そうに吊り上げる。

44: 2014/05/10(土) 23:38:45.47 ID:jdICBmJV0
 相手の攻撃は驚異だが、それでも致命傷には成り得ない。対してこちらの攻撃力に対してあちらの鎧は脆く、直撃させられれば破壊は容易。
 相手の攻撃は致命傷にならず、こちらの攻撃は致命傷になる。手数で負けているが、それ以上にパワーで勝っているのだ。
 捉えるのが難しいならば捉えられるまで打ち込むまで。そこに防御は必要無い。
 作戦と言うにはあまりに粗暴で、されど彼女の生き様を体現するかのようなそれは、その場に於いては確かに有効な策であった。

 気合いを盾に爪を耐え、根性を杖に体を支える。その足は踏み出す為に在り、その拳は砕く為に在った。
 攻撃が来れば好機と捉え、後ろに逃げれば食らいつく。精巧な技術に裏打ちされた猪突猛進。

 繰り出し、打ち込み、抉る。
 爪が襲い来ようと揺らぐことなく、破片を散らしながら左腕を大振りに振り回す。

 鎧の下で嫌な汗を滲ませながら、それでも影は空を飛び続ける。巧みな機動でカミカゼを交わしながら、襲い来る敵意をすり抜けながら。
 それは恐ろしく素早く、凄まじく不規則で、憎らしくおぞましい。

 ────だが。

 ここで彼女は気付くべきだった。

 向かい合うカミカゼの拳は。

 歴戦の拳は。

 それ以上に、覆さんばかりに───


 ───鋭い。

45: 2014/05/10(土) 23:39:53.21 ID:jdICBmJV0
 ひらり体を翻し、手足を振り回した慣性で相手に正対する。右前方から対角を突っ切るようにして動いたお陰で、まだ相手の体はこちらを捉えきってはいない。
 瞳はその限りではないが、相手が行動するより先、こちらの翼がはためいている。
 翼で空気を蹴りつけて、後方に風を打ち出し、前方に突風を纏って突撃。耳元を気持ちの良い音が通り抜けていく。
 ぎらつく視線がこちらを見据え、捻りを加えられた裏拳が繰り出される。一種で的確に軸を捉えたそれは、やはり驚嘆すべき物がある。
 命中まで寸秒と無い間、猛烈な勢いのまま頭を垂れる。速度と体重がぐんと下に働き、落ちるように潜り込む。僅かに拳が背中を掠め、金属音が内部を伝播する。しかしこちらの勢いを殺ぐには至らず、僅かに破片を抉るのみ。
 舗装された地面が目前に迫り顔面に不可視の圧力が圧しかける。すかさず反り返る勢いで体を振り上げ、同時に翼で真上への力を発生させる。頭上には青空が広がり、先程の景色と併せ一種の開放感を感じさせた。
 激突してしまいそうな程接近して、上昇の勢いを乗せた爪撃でカミカゼの胴体を切り裂く。腰から右肩にかけて、さながら袈裟斬りのように斜めの傷を刻みつけた。

 反撃の拳が来る前に体を捻らせる。そのまま横ロールをして、その場からの離脱を図る。カミカゼを見やれば、先の攻撃により、ダメージになったとは言えずともその体を仰け反らせている。 

 このまま回り込んで追撃の爪を───



「───────」


「っ!?」


 ぎろり。

 カミカゼの瞳だけが動く。

46: 2014/05/10(土) 23:40:59.95 ID:jdICBmJV0
 その瞬間、カミカゼを中心に突風が吹き荒び、同時に空気がどろりとした粘性に変質する。
 それは悪寒となって体を駆け抜け全身の毛穴を萎縮させ、それは泥のような粘り気を以て肢体を絡め捕り、指の先まで動きを鈍らせる。

 それらは全て錯覚である。

 カミカゼの放つ無言の圧力が不可視の風を起こし、何倍、何十倍にも引き延ばされた時間感覚が空気の泥を作り出したのだ。

 カミカゼの右腕がゆっくりと持ち上げられる。

 かつてない戦慄が襲い来る。

 あれはダメだ。逃げなければ。避けなければならない。一心不乱に唱え、全身に力を込めて逃避を試みる。
 されど体はそれに反応せず、動くにしても鈍すぎる。何故だ、何故動かない。思考だけが先行し、声にならない叫びが胸の内に反響する。泥はクッションのように体を支え、墜落することさえ許されない。
 もし普段の肉体であれば今頃脇は冷や汗でぐしょぐしょだろう。しかし動くのは意識のみで、代謝さえも鈍っている。

 じわりじわり。ゆっくりと。
 しかし、確実に迫ってくる。

 もしも狙いが逸れていれば。ありもしない事を考えるも、その拳は軌道上に置かれるように、おそらくはこちらの動きを読んでいるのだろう。冷酷な程正確にこちらを据えている。

 せめて一瞬の出来事であれば、まだマシだったかも知れない。ゆっくりと確実に驚異を滲ませる拳を視界の端に捉えながらそんなことを考える。

 息を吸えず、視界が拳でいっぱいになる程接近する。殴られる事は確定事項で、既に時間の問題だ。

 ────がちり。

 硬質同士のぶつかり合う音がじっくりと、水中で聞くように低く響き───

47: 2014/05/10(土) 23:42:16.76 ID:jdICBmJV0
「─────ォラあッ!!!」


 直後、影の頬を渾身の右ストレートが貫いた。影で構成された仮面の左半分が砕け散り、真っ黒な中身を露出させる。
 暴力的なベクトルが加わり、離脱のための横ロールは失墜の錐揉み回転へと変貌を遂げた。

 すかさず左の拳をぐっと握り締める。
 追い討ちをかけようと言うのだ。

 右足を大きく踏み出す。後方に振りかぶった左手を前方に引っ張り出す。その勢いで二度目の右ストレートを放つ。


「……ッ!!」

 しかしこの影もカミカゼと渡り合った相手。ただ殴れるだけでは終わらない。凄まじい回転の中、相手の視界を誤魔化しながら反撃の策を練っていた。
 まともに捉えることは出来ないが、既にその手に鉤爪は存在していなかった。──おそらくは彼女のできる最後の抵抗──二つ分の質量を一つに纏めて別の質量とした。
 すらりと伸びる持ち手、極端に肥大した先端。愚鈍なまでの力の象徴、影で出来た鉄槌。

 少し遅れたが、カミカゼはそれを認識する。しかし攻撃のみを考えたそれの体勢は回避を許さない。──よしんば可能だったとして、今度は彼女の矜持が許さないだろう。

 最後まで諦めることを良しとせず、一矢報おうとするその姿は賞賛に値すべきものなのだから。

 その形状と凄まじい回転を攻撃力に転化し、強烈な遠心力を得るに至った鉄槌。

 固く握られ、人知を超えたパワーで放たれる拳。

 縦の回転により叩き下ろされ、勢いのまま一直線に打ち出され────


 ───鉄槌が、先んじてカミカゼを打ち付ける。
 伸びきった左肩に直撃。削られるのみだった装甲を潰し、波紋の如くヒビを、内側からスパークの光を押し広げる。

 次いで、鉄拳が影を貫く。
 腹部に直撃。先の攻撃で勢いが削がれていたとは言え、その鎧を粉砕し踏ん張りの利かない体を吹き飛ばすには十分過ぎる威力があった。

 肩から重い鈍痛が全身に響き渡り、奥歯を噛み締めながらたまらず膝を着いた。

 腹部を鋭い衝撃が貫き、粉塵を巻き上げながら地面を転がっていく。

 カミカゼの耳元でバチバチと火花が爆ぜ、煙の向こうでめきりと鈍い音が鳴った。

48: 2014/05/10(土) 23:43:36.53 ID:jdICBmJV0
「………流石、と言うべきかな」

 晴れ始める煙の中から声が聞こえる。

「ケッ……案外元気そうじゃねぇか」

「いやいや?これでも結構参っているよ」

「そうは見えねぇがな」

 影はその鎧を崩壊させはじめ、砕いた仮面の左半分からは少女の澄まし顔を覗かせている。
 苦痛を訴えているようには見えず、虚勢を張っているのか、それともまだまだ余裕なのか。いまいち推し量れず、勝利したのかすら曖昧になる。

「カワイイ顔してなかなかやりやがる……」

 自分の体を眺めながら忌々しさ半分、賞賛半分に吐き捨てる。
 大きなダメージは肩のみであるが、下手に見せればちょっとした騒ぎになるだろう。

「ふん?…まぁ、容姿に自信が無い訳じゃあ無いけれど、少しこそばゆいかな…」

「そっちじゃねぇよ、テメェアタシを誰だと思ってやがる?」

「知ってるさ。みんなのアイドル、向井拓海だろう?」

 あの質問の後にアイドルかよ、せめてヒーローを付けろよ。先の反応と言い、天然なのか?わざとやってんのか?
 胸中に問うても答が出るはずもなかったが、視線の先に映る頬はほんのり赤みがかっているような気がした。
 何でだよ。

「……で、まだやんのか?」

「遠慮しておくよ。ただでさえアイドルをキズモノにしたんだ、これ以上となるとボクもどうなるか理解らない」

「中身はまだピンピンしてるつもりだがな」

49: 2014/05/10(土) 23:45:15.47 ID:jdICBmJV0
「お互い後が控えているんじゃあないかな?仕掛けておいてなんだけど、大怪我をするのは望むところじゃあ無いだろうし、どちらが勝ったとてどちらも得しないんだ。」

「なら何だって………」

「なあに、ちょっとした悪巧みさ」

 くつくつと喉を鳴らし、口元を悪戯っぽく歪めてみせる。クールそうに見えるが、コロコロと表情が変わってなかなかどうして愉快な奴。

「この事は、同盟に報告させてもらうぜ」

「是非とも」

「………ケッ、読めねぇ奴……」

 その癖妙な態度もとってみせる。何というか底が見えず、当たり体に言ってすごく胡散臭い。

「それじゃあ、ボクはこの辺で失礼するよ」

「次会うときは……そうだね、味方として会いたいな」

 こちらに背を向けて歩き出すと、「また会う日まで」と言い残し、影に飲み込まれるように音も無く消えていった。

 ガチャガチャと音を立ててスーツが形を崩していき、元のバイクの姿となる。

 辺りは嵐の後のように静かで、火照った体を撫でる風が、草木を揺らす音のみが目立つ。

 そこかしこを抉られた地面と、ヒビの走った木の幹、そこに素のままの向井拓海が残された。

 戦闘の残響を全身に感じながら、ふと傍らのバイクを見やる。そこかしこに傷が目立つ。後で労ってやらねばなるまい。

 帰った後のことを考えていると、その表面に相棒の顔が浮かび上がってきた。

 傷は基本的に装甲に留まっているので損傷は見た目ほど酷くはないが、それでも見た目にはかなり痛々しい。


 思う。


 こんなバイクを見せたら、また小言を言われるんだろうな。

50: 2014/05/10(土) 23:46:39.68 ID:jdICBmJV0
※善悪問わず実力者に正体を隠した飛鳥ちゃんが喧嘩を売っています。
 でもカースが居たらそっち優先。


能力詳細:影を司る能力

近くにある影から質量を作り出す→光を反射せずシルエットしか見えません。大きくするほど、堅くするほど大きな影が必要。でも結構脆い。
 相手の足元から針を出すなんて芸当も出来るが、意識をそちらに向ける必要がある。

影と影を移動する→所謂瞬間移動。触れ合っていれば他人も一緒に。でも戦闘中咄嗟に出せるほど便利じゃない。登場、退場にどうぞ。

七罪探知:こちらは能力ではなく技術。強欲Pの思い付きと、飛鳥の努力の結晶。魔術もどき。目がすごい疲れる。
 飛鳥は自身の能力にかけて『心の影を覗く』と呼ぶ。

51: 2014/05/10(土) 23:51:41.15 ID:jdICBmJV0
カミカゼ、向井拓海お借りしました

……大丈夫だよね?どっか矛盾してないよね?


戦闘描写にこだわり始めると本当にキリがない。
結果総文字数は約一万。楽しかった。




52: 2014/05/10(土) 23:52:03.61 ID:MBe0ex8sO
乙ー

飛鳥なかなか強い!
実力者探しか…晴ちんと戦わせてみようかな?

53: 2014/05/10(土) 23:57:10.81 ID:hd4snF4e0
乙です
やだ飛鳥ちゃん強い。そして戦闘描写パナイの



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」 part10