635: ◆EBFgUqOyPQ 2014/07/10(木) 07:56:34.48 ID:hGgJ+5Tso


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ


  前回のアーニャ関連あらすじ
元憤怒の街で悲劇的ビフォーアフター

前回のその他のあらすじ
イルミナティの行き当たりばったり計画第一幕開始

636: 2014/07/10(木) 07:57:17.54 ID:hGgJ+5Tso
「ダー、ダー……。こちらシルバー1。……目標に変化なし、ドーゾ」

「はーい、こちらキュート2-8です。こっちも問題ないですよ」

「こちらパッション2-3。今日も糖分満タンで元気ですよ!」

『えーっと……これ一応作戦用の無線なんですが……』

 都心よりほんの少し離れた山中。
 杉一色ではなく種類さまざまな木々が、あちらこちらで自生しており身を隠せるような低木も比較的多いこの山。

 そんな中、3人の少女が低木を影にして身を潜めていた。

 いや、正確には4人である。少し離れた乱雑な山の斜面を一望できる場所に、スコープを覗き込む少女が身を隠しながら3人の様子を遠巻きに見ていた。

「まぁちょっとくらい問題ないですよぉ。固いこと言わないでください」

 パッション2-3と名乗った少女、槙原志保は楽観的にそう言う。

「それに今回の作戦はそこまで重要な作戦ではなく安全でしょうからから、比較的緩くできますからね」

 キュート2-8と名乗った少女、江上椿は微笑みながら言う。

『とはいっても作戦中なんですから気を引き締めてくださいね』

 無線の先で気楽な二人に忠告するのは瀬名詩織。
 そう言う彼女も気を張り詰めているわけではなくそれなりにリラックスしているようである。
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それは、なんでもないようなとある日のこと。
その日、とある遺跡から謎の石が発掘されました。
時を同じくしてはるか昔に封印された邪悪なる意思が解放されてしまいました。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



637: 2014/07/10(木) 07:58:01.46 ID:hGgJ+5Tso

「ンー……比較的重要な作戦ではない?安全とは、どういうことですか?」

 そんな疑問を投げかけるのは、シルバー1と名乗った銀髪の少女、アナスタシアであった。

「えーっと……まぁいろいろあるんですけど、あなたがこの作戦に参加しているっていうのが一番の理由ですね」

 椿はアーニャのその疑問に答える。

「GDFがわざわざアーニャちゃんに仕事を依頼する理由ってなんだかわかります?」

「ヤー……私の力が必要だから、ですかね?」

「まぁ私たちにとっては頼もしいと感じるのですが、上はそう言う意図ではないんですよ」

 少し苦笑をしながら答える椿。

「本来ならばGDFは傭兵……まぁアーニャちゃんは厳密には違いますが、傭兵は滅多なことがない限り雇いません。

それでも雇う場合に考えられるのはだいたい2つほどの理由があります」

 椿はアーニャの隣で顔を見ながら人差指をピンと立てる。

638: 2014/07/10(木) 07:58:43.83 ID:hGgJ+5Tso

「まずは人材不足。

最近なんかカースの出現が妙に多い時がありますし、基本的にそちらに人員が動員されてしまいます。

防衛のための待機人数の動員が多くなってますし、こちらから打って出るような作戦は重要度が低いものほど割かれる人員が少なってきてしまいまして……。

そんな猫の手も借りたい時がGDFにもたまにあるので、仕方なくGDF外から人を雇うことがあるんですよ」

 そして椿は人差指を立てたまま2本目である中指を立てた。

「それともう一つはかなり危険な作戦の場合に雇ったりします。

人材というのは宝、なかなかきな臭い噂の多いGDFも基本的に例外ではありません。

じゃあ犠牲者が確実に出るであろう作戦などではどうするべきか?

……ようするに当て馬としてGDF外から人を雇うんですよ」

 椿はあまり話していて気分がよさそうな様子ではない。
 雇われる立場の人間を前にして気持ちよく話せることではないのは明白だろう。

「……じゃあ、この作戦も危険なのでは?」

 アーニャはあまりそのことに対して気にしていないようで、先ほどと真逆のことを言っている椿に対して疑問を投げかける。

639: 2014/07/10(木) 07:59:36.37 ID:hGgJ+5Tso

「う、うーん……そう言うことじゃなくてね、そんな感じの危険な作戦の場合は作戦部隊を全員傭兵で固めるから今回のには当てはまらないの。

それに最近は傭兵も様変わりしてきて能力者も多くなったし、日本にはそう言った組織があまりないから基本的に雇っても採算が合わなんですよ。

GDFの上層部も個としての主張が大きい能力者と言う存在に肯定的でない人も多いですから、大々的に能力者の傭兵を雇うなんてことはプライドが許さない。

だからそんなことは滅多にないと思ってもいいんです」

「ターク リェータ……そうなん、ですか?」

 もともと特殊部隊出身であるアーニャにとっては傭兵などよく見るものであったので、椿の話は意外であった。

 カースなどの襲撃はあっても、人間同士の戦争のない日本では海外から傭兵を呼ぶ方が金がかかってしまうのは仕方のないことだ。
 それに対して大陸と地繋ぎならば移動や武器の持ち込みが容易な場合が多く、雇うための必要資金を多少抑えられるからだ。

「ええ、そうですね。

そしてこの作戦が重要ではないのは普通に分かるでしょう?

GDFが部外者に機密性の高い重要な作戦をGDF外の人間にさせるわけがないんですから。

その上で安全である理由は、初めに言ったようにあなたが参加しているからなんですよ」

「?」

 アーニャはやはりよくわからないと言いたげに首をかしげる。
 椿はそんなアーニャの様子に苦笑した。

640: 2014/07/10(木) 08:00:28.62 ID:hGgJ+5Tso

「だってあなたのピィさん?プロデューサーと言えばいいんですかね?

あの人が、あなたに本当に危険な作戦をさせるわけがないでしょう?」

「ピィさんが、ですか?」

「仕事選びはあなたがしているわけではないんですよね?

アーニャちゃんは強いけど、きっとそのピィさん、いや他の人もきっと心配しているんじゃないんですか?」

 椿自身はあまり『プロダクション』に行ったことはないがなんとなくあの場の雰囲気は理解している。
 そこから簡単に想像することはできた。

「ダー……そうですね。せっかく安全な仕事を選んでくれたんです。

心配かけないように、きっちり完了させて帰ります」

 アーニャのその言葉に椿が少し面食らったような表情をする。

「アーニャちゃん、少し変わりました?」

「?……なにがですか?」

「……いえ、気にしなくていいですよ」

 前に一緒に仕事をしたときとは少し違うアーニャの雰囲気。
 それが悪い変化ではないことに気づき、椿は表情を少し緩ませた。

641: 2014/07/10(木) 08:01:10.36 ID:hGgJ+5Tso

『さて、おしゃべりもこのくらいにしましょう?

志保さんが難しい話のし過ぎで舟をこいでるのがこちらからも見えますし……』

 会話を打ち切るように聞こえてくる無線からの詩織の声。

 その声に従うように妙に静かだった志保を見てみれば、居眠りをし始めていた。

「さすがに……いささか緊張感がなさすぎではないですか?」

 椿もこれには苦笑いするしかない。

「志保、起きてください。……そろそろ動きます」

 アーニャは志保の肩を掴んで揺り起こす。
 それによって涎を垂らして眠っていた志保はようやく目を覚ました。

「ああっ、すみませんボーっとしてました。

寝てませんよ!寝てませんってば!」

「よだれたらしながら言うセリフじゃないですね……」

 志保はその言葉に慌てて口元に垂れた涎を拭う。

642: 2014/07/10(木) 08:01:51.24 ID:hGgJ+5Tso

『では目標の確認をしましょう』

 無線の先の詩織が場を仕切りなおすように話し始めた。

『視線の先、約100メートル先、開けた場所にある一軒の廃墟。

そこがある犯罪グループの研究施設に改造されているらしいです。

今回は作戦はそこの制圧。幸いいつぞやのような番犬もいないようですし、罠も多分なさそうです』

「なんだか簡単そうな作戦ですね~」

 志保は気楽なことを言うが椿はそれを否定する。

「なんだか少し怪しくないですか?簡単すぎるというか……」

『ブリーフィングによればもしかしたら宇宙人の技術協力があるかもしれないなんて情報もありますわ。

警戒すべきはそこでしょう』

「ツィジィロードヌィフ……宇宙人、ですか?」

「あれ、見たことありませんか?宇宙人」

643: 2014/07/10(木) 08:02:37.68 ID:hGgJ+5Tso

 宇宙人という単語に対して反応したアーニャに対して志保はそんなことを聞く。

「ニェート……宇宙人の武器っぽいものは、見たことありますが、よく考えてみると宇宙人そのものは見たことないですね。

武器を使ってたのも人間だけですし……」

「いったいどんな経験なのかわからないけど、なかなか殺伐としてますねぇ……」

 尋ねた志保もアーニャの答えに苦笑いするだけであった。

『とりあえず、途中で合流しながら廃墟へと潜入します。

今回はアーニャさんもいるのでリスクはかなり低くなりますが、それでも慎重に行きましょう』

「わかりました!」

「ダー」

「……了解です」

644: 2014/07/10(木) 08:03:08.59 ID:hGgJ+5Tso

 無線の先の詩織の指示を合図に各々に返事をし、目標へ向かって慎重に、素早く動き出す。
 これ以上先には遮蔽物はないので身を隠しにくい。

 故に目標の廃墟へと一直線に向かう。

 そんな中で椿は先ほどの自らの『怪しい』という疑念を拭いきれずにいた。

(正直私たち3人だけでも十分な作戦なような気がするのですが……。

どうしてアーニャちゃんも参加を?保険、ですかね?

まぁこの不安も杞憂に終わればいいんですが……)

 やはり不安は解消されそうにない。

「敵なし……ですね!」

 志保の言葉と同時にあっさりと4人は廃墟までたどり着いてしまった。
 その気が抜けるほどの簡単さは、椿の中の疑念をさらにねっとりとさせるものとなった。

645: 2014/07/10(木) 08:03:50.67 ID:hGgJ+5Tso

―――――――――
―――――――――――
 数日前。


「いやーこんにちはピィさん。急に押しかけて申し訳ない。

それにしても、だいぶ春も近づいてきましたねー」

 軽薄な笑顔を張り付けたその男は、言動の軽さとは真逆の暑苦しささえ感じるスーツにきっちりと身を包んでいる。

 きな臭いセールスマンのようなその男は『プロダクション』のソファに座って笑顔を崩さない。

「お久しぶりですね少佐。いつもならメールなどで済ませるのに突然どうしたんですか?」

 突然の来客、であろうその男に対してピィはその理由を尋ねた。
 少佐と呼ばれた男は特にいやそうな顔もせずそれに答える。

「いや近くに行く用事があったので、そのついでに寄ってみたんです。仕事も一緒に持ってきてね」

 そう言って少佐は、持っていた鞄からいくつか書類を取り出した。
 ピィはその出された書類を一瞥したが、すぐ視線を少佐に戻す。

「まぁ焦らないでください。少しくらいゆっくりしてもいいんじゃないですか?」

646: 2014/07/10(木) 08:04:31.25 ID:hGgJ+5Tso

 書類は全て『プロダクション』、主にアーニャに依頼される仕事に関するものである。
 ピィとしてはこの少佐という人物を苦手としていたが、早々に仕事の話に入るというのにも気が乗らなかった。

「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきますよ」

 少佐はピィの提案を飲んだようで、緊張させていた背筋を解き背もたれに体を預ける。
 すると少佐はピィに向けていた視線を、その背後へと移した。

「おやおやかわいらしいお嬢さんがいますね」

 ピィが後ろを振り向けばそこには藍子がお茶を持ってきていた。

「こんにちは。お茶をどうぞ」

 藍子は少佐の目の前まで来てお茶を目の前のテーブルへと置いて微笑みかけた。

「ふむ、どうもありがとう。気の利くお嬢さんだ。私は……少佐とでも呼んでくれるとうれしい。あなたのお名前は何でしょうか?」

 そのまま下がろうと思っていた藍子に名前を訪ねてくる少佐。
 一瞬びっくりしてしまった藍子だが、それに普通に答える。

「え、はい……。高森、藍子です」

647: 2014/07/10(木) 08:05:10.68 ID:hGgJ+5Tso

「藍子……いい名です。うちにもこういった愛嬌があって気の利く隊員が欲しいですね。

おっと自己紹介が遅れました少佐ですどうぞよろしく。

せっかくですし、うちの部署へ来ませんか?」

「ええ!?そ、それはちょっと……」

 少佐のまくし立てるような急な勧誘を受けて慌てふためく藍子。
 助けを求めるように後ろのピィへと視線を向ける。

「いいでしょピィさん。ちょっと貸してくださいよ」

「それはちょっと、了承しかねます少佐」

「はぁ……まぁいいか。それよりも藍子さん。少し頼みがあるのですが……」

「な、なんですか?」

 勧誘を受けたかと思えば、今度は頼みごと。
 きょとんとした表情で藍子は少佐を見る。

「図々しいようだがコーヒーを、もらえないでしょうか?」

「コーヒーですか?いいですけど……」

 藍子は少佐の言葉を聞いて、お茶の入った湯飲みをもって給湯室へと向かおうとする。

648: 2014/07/10(木) 08:05:57.70 ID:hGgJ+5Tso

「あ、いやちょっと」

 しかし少佐はそれを引き止めた。

「そのお茶は、置いといてもらえませんか?」

 藍子はお茶が苦手なのかと思ってお茶を下げようとしたのだが、それを制止されてしまった。
 いまいち少佐の意図がわからないがとりあえず少佐の言う通り、買い置きのインスタントのコーヒーを淹れる。
 ついでに給湯室から見えるように、少佐の向かいに座るピィのためにお茶をもう1杯持っていくことにした。

「インスタントですが、どうぞ」

「ああ、ありがとう藍子」

「わざわざ手間とらせてすまないね」

 そのまま注文通りのものをもって二人の元へと戻った藍子は、コーヒーとお茶を置く。

「藍子ちゃんみたいな歳の娘がここにきているということは、藍子ちゃんにも何か能力があるのですか?」

 少佐はその笑顔を張り付けたまま藍子の方を見て尋ねる。

「え、えーっと……」

「すみません少佐。あまりうちの子にそう言った踏み込んだ質問はご遠慮していただけませんか?」

649: 2014/07/10(木) 08:06:43.10 ID:hGgJ+5Tso

 急な質問にたじろぐ藍子を庇うようにピィが少佐に言う。

「おやこれは失礼。出過ぎた質問でした」

 少佐は謝罪を言うが、悪びれる様子はない。
 そして目の前にあったコーヒーカップと湯呑を両手に持って胸の前辺りまで上げる。

「まぁ少し聞いてください。私はお茶も、コーヒーも大好きなんです。

これは私の持論なのですが、おいしいものならば、どんなものでも交わると思うんですよ」

 そして少佐は湯呑を傾ける。

「おいしいものとおいしいもの、混ぜ合わせれば最高なんじゃないか、ってね」

 徐々にコーヒーカップに注がれていく緑茶。
 そして溢れそうにいなったコーヒーカップから今度は湯呑側へとその混ぜ合わさった液体を入れていく。

 それを繰り返して濃度が均等になるように撹拌していく。

「あ、あの……それ」

 突然の少佐の奇行にどうしていいのかわからない藍子に構わずに、少佐は鼻にコーヒーカップを近づけてお茶でもコーヒーでもなくなったその液体の香りを楽しむようなしぐさをする。

650: 2014/07/10(木) 08:07:30.76 ID:hGgJ+5Tso

「んー……、やはりこれがいい」

 そしてその液体を口へと運んだ。

「私としては、GDFもこれと同じように個としての強大である能力者を受け入れていく方針でもいい気がするんですがねぇ……」

 少佐は誰に語るでもなくそんなことを呟く。

「頭の固い上官たちは、あくまで無能力者、数にこだわって組織を作っている……。

そんな前時代的なスタンスに固執するあまり、無能力者を改造したサイボーグを作ってるなんて噂もある。それの方がよっぽど非人道的です。

そんなんだからヒーローに後れを取るというのに……」

「しょ、少佐?」

「そうは思いませんかピィさん 」

「うわ!?」

 少佐はソファから身を乗り出してピィの眼前すれすれまで顔を近づけてくる。
 ぶつぶつと独り言をつぶやき始めたかと思えば、その様子を心配して声をかけたピィに対して急に同意を求める少佐の突然の行動でピィは声を上げながら後ろへとのけ反ってしまった。

651: 2014/07/10(木) 08:08:20.48 ID:hGgJ+5Tso

「おやこれは失礼、少々興奮してしまいました」

 ピィの声で我に返った少佐は、声を落ち着けて再び元いたソファに座る。

「ともかく私のようなGDF内でも能力者賛成派からすれば、あなた方が我々の依頼を受けてくれるのはありがたいことなのですよ。

こうして地道に能力者の協力を仰いでいけば、上層部の意向もすこしは変わるのではないかとですね」

「は、はぁわかりました少佐」

「さてではお仕事の話に移りましょう」

「ええ……そうですね。藍子は少し下がっててくれ」

 ピィはすぐ近くで固まっていた藍子に下がっているように言う。

「わ、わかりましたピィさん……」

 すっかり少佐に怯えてしまったのか藍子はおとなしくその場から離れていく。
 少佐はそんな藍子の背中を変わらぬ笑みで姿が見えなくなるまで見続けていた。

「ふむ、やはりいい子ですね」

652: 2014/07/10(木) 08:09:01.37 ID:hGgJ+5Tso

「早く仕事の話をしましょう。少佐」

 終始表情を変えない少佐に対してピィは表面上は笑顔を、それでいて瞳の中には警戒を残したままである。
 当然少佐もそれには気付いているが、気にしないようであった。

「そうですね。じゃあ今回は依頼の作戦をいくつか持ってきました。

どれにします?」

 少佐は資料の束に手のひらを置いて横にスライドさせる。
 それによってすべての資料がすべてみられるように並んだ。

 ピィは一枚一枚手に取って内容を入念に確認する。

 それに横槍を入れるように、少佐がピィがまだ見ていない一枚を手に取ってピィの前へと差し出した。

「これなんかどうですか?

作戦内容はとある研究施設の制圧。護衛がいる可能性はありますが事前の調べでは武装している者はいないようですし他に比べて比較的安全かと?

随伴するGDF隊員もあの銀色ちゃんとこれまで何度か作戦をこなしたことのある隊員です。

信用できるでしょう?」

653: 2014/07/10(木) 08:09:49.61 ID:hGgJ+5Tso

 ピィは手に持っていた資料を置いて、少佐に差し出されたその資料を手に取る。
 その内容を流し読みしてみたところ、少佐の言う通り危険度も比較的少なく好条件に思える。

「……考えておきましょう。私一人では、決定できないですから」

「……ですよね。でもいい返事を期待してますよ。

依頼を選ぶ代わりに、あなた方は普通の傭兵に比べてかなり安めで依頼を受けてくれますから私としても重宝していますので。

あなた方とはこれからも仲良く付き合っていきたいですね」

 少佐はにこりとピィに笑い、ソファから立ち上がる。

「では今日はこの辺でお暇しましょう。

藍子ちゃんにおいしかったと伝えてください」

 そして嵐が去るように少佐は『プロダクション』を後にした。
 そのタイミングを見計らったかのように、藍子がピィの元へと戻ってきた。

「ど、どうしたんですかピィさん?」

「おー……藍子か……」

 ピィは先ほどまでとは打って変わってソファに全体重を預けてぐったりとしている。

654: 2014/07/10(木) 08:10:32.37 ID:hGgJ+5Tso

「あの人を相手にすると、ホント精神が削られるな……」

 ピィは思い返す。
 少佐はすでに去ったというのに、未だにあのポーカーフェイスよりもたちの悪い、気味の悪い笑顔がピィの脳内にへばりついている。

「どちら様ですかあの人は?」

 藍子のそんな疑問に、ピィは窓の外の曇り空を見ながら答えた。

「GDFの『プロダクション』担当にして、対外作戦部部長さん、本名不明の階級少佐。

あの人も少佐としか自称しないから、俺も少佐って呼んでる。

そしてあの人のさっき言ってた通りGDF内の能力者賛成派……というか推進派だな。それのエースだよ」

「なんだか……ちょっと変わった人でしたね」

 ピィは藍子のそんな言葉にため息をついて言う。

「まぁあの人のおかげでGDFから安定的に仕事が舞い込んでくるんだけどな。

アーニャのヒーローとしての収入減を支えてくれてる人だ。

普通の傭兵に比べて安いとはいってもそれなりに羽振りもいい。

ありがたい……んだけどな」

655: 2014/07/10(木) 08:11:00.71 ID:hGgJ+5Tso

「けど?」

「あんな気味の悪い雰囲気やWin-Winであるということをあえて主張してくるような態度。

あの人が言ってること以外に、絶対何か裏がありそうなんだよな……」


―――――――――――――
――――――――――


656: 2014/07/10(木) 08:12:07.53 ID:hGgJ+5Tso


「廃墟まで来てみたものの何もないですねぇ」

 志保が廃墟の中をぐるりと見渡しながら言う。

 その廃墟は見た目以上に狭かった。。
 大きさとしても前に宇宙人が根城にしていた廃墟より少し小さく、むき出しのコンクリの壁や扉が備え付けられていないために入ってきた枯葉が散乱としているだけの室内ばかりであった。

 かつて人が住んでいた気配さえ感じさせない殺風景な空っぽの廃墟である。

「この場合、目標はすでに引き上げてしまったのか……それとも?」

 詩織はそう言うとしゃがみこんで落ち葉に埋もれた床を探り始める。

「やっぱりおなじみの、地下ですかね?」

 椿はいつぞやの作戦を思い浮かべる。
 ウサミミの宇宙人の潜伏していたあの一件だ。

「……でもそんな簡単に、見つかるでしょうか?」

 アーニャはそんなことを言いながら壁にもたれる。
 ブリーフィングではここは研究施設らしい。さすがにそんな頭の悪い単純な仕組みはしていないだろう。

657: 2014/07/10(木) 08:12:55.17 ID:hGgJ+5Tso

 カチリ。

 そんなことを思っていたアーニャの背後で無機質な音。

「まぁ確かにそうかも……ひえぇっ!!!」

 それと同時に床を探っていた詩織の目の前の床が跳ね上がるように勢いよく開いた。

 アーニャが後ろを振り向いてみれば、コンクリート壁にカモフラージュされていた隠し扉のスイッチであろうものが窪んでいた。

 そして視線を戻したアーニャから見えるのは床の隠し扉から奥に続く階段と顔を青くさせ、涙目な詩織。

「ディスヴィーチェリナ……ホントに、地下ですね」

「アーニャさん……何か私に言うことありませんか?」

「……ゴメンナサイ」

 あと一歩詩織が前にいたならば扉が顔面直撃であっただろう。

「ま、まぁともかく見つけましたし先へ進みましょう」

 気を取り直すように志保が先へ進むことを提案する。
 その視線の先の階段はどこまで続いているわからず真っ暗であった。

658: 2014/07/10(木) 08:13:35.69 ID:hGgJ+5Tso

「とりあえず、誰か一人ここで待機しておきましょう。

もしかしたら今ので気づかれた可能性もありますしね」

 椿は冷静に先へ進むための人員について考える。

「い、いつも通り私が待機でいいんじゃないですか?」

 いまだに驚きで閉まりきっていない心臓を押さえながら言う詩織。

「まぁそれでいいんじゃないですか?賛成の人は挙手で!」

 志保のその声に従うように皆手を上げる。

「決まりですね。

詩織ちゃんは何かあった場合本部に連絡をお願いします」

「了解しましたわ」

「じゃあ行きましょう~」

 椿と志保が階段を下りていく。

 アーニャはその背後で気を引き締めるように顔を緊張させる。
 そして拳銃をいつでも撃てるように構えながら二人の後を着いていった。

659: 2014/07/10(木) 08:14:14.22 ID:hGgJ+5Tso

***

 薄暗い手術室のような部屋の中、数少ない光源の一つであるモニターの前で人影が一人。

「にゃーっはっは!や~っと来たね。あと数分遅かったら飽きて帰っちゃうところだったよー」

 けらけらと笑いながらモニターの前の人影はモニターの中を注視する。
 暗視装置によって緑色の画面の中には3人の人物が歩いているのが見える。

「じゃああやしい実験の対象も来たことだし、さっそくはっじめましょー」

 身に纏う白衣をはためかせ、モニターの後ろへと視線を向けた人影。
 その先にあるのは手術室で見るようなキャスター付きの台、そしてその上には雰囲気に似付かないおもちゃのようなスイッチ。

「ぽちっとな♪」

 人影はためらいなくそのスイッチを押したのだった。

660: 2014/07/10(木) 08:14:47.19 ID:hGgJ+5Tso

***

 場面は戻って3人の元へ。

「……明りが少なくて、薄暗いです。

内装はなんだか……バリニーツァ、病院みたいな感じがします」

 暗い場所には慣れているアーニャが、周囲の状況を伝える。

「うーん、なんだか怖いですねぇ~」

「確かに不気味ですけど……隠し部屋だったというのになんだか人の気配がほとんどしませんね」

 3人は周囲を警戒しながら進んでいく。

『とりあえずは3人固まったまま、しらみつぶしに調べましょう。

どこかに本命の研究室がきっとあるわ』

 その指示の通り、3人は前後を警戒しつつ先へ進み、階段から降りて最も近かった部屋へと入る。
 ゆっくりと中を確認して、安全を確認した3人はその実内の状況を確認した。

661: 2014/07/10(木) 08:15:20.93 ID:hGgJ+5Tso

「……っていうか案の定何にもないですね~」

「本当にここに敵性の研究施設なんてあるんでしょうか?」

 入った部屋の中はやはり何もない。
 せいぜいあるのは、棚であったらしいものと先ほどまでの落ち葉の代わりに剥がれ落ちた壁材の破片くらいである。

「……まだ一部屋目です。

まだ奥もあるようですし、もう少し探りましょう」

 アーニャとしても拍子抜けしてしまうほどに何もないこの状況に違和感を覚えながらもとりあえず先に進むことを提案する。

「そうですね。そうしましょう」

 椿が振り向いて後ろにいたアーニャに同意する。

 だがそれは一瞬であった。

「え?」

「シトー?」

662: 2014/07/10(木) 08:15:54.45 ID:hGgJ+5Tso

 アーニャ自身ですら油断していた。
 実際室内には何もなさすぎるほど違和感がなかったためにこの結果を招いてしまった。

 アーニャが感じる浮遊感。
 重力に従って体が落ちていく感覚。

 椿から見れば、アーニャの足元に円形の穴が開いて、その穴は状況を把握させる暇もなくアーニャを飲み込んだ。

「くっ!?」

 椿は何が起きたのかさえ理解できていない志保の腕を引いて飛び退く。
 転がり込むように部屋の隅まで到達し、迅速に銃を構える。

「ど、どうしましょう!?アーニャちゃんボッシュートされてしまいました!」

「落ち着いて志保ちゃん、次は私たちかもしれません」

 だが室内は沈黙したまま変化はない。
 気が付けばアーニャを飲み込んだ穴は跡形もなく消失していた。

663: 2014/07/10(木) 08:16:33.09 ID:hGgJ+5Tso

『どうしたの?みなさん』

 無線の先での異常を察知したのだろう詩織が無線で話しかけてくる。

「アーニャちゃんが敵の手に落ちました。どうしましょう?」

 詩織に作戦を仰ぐ椿。
 この状況で撤退か、それとも作戦を続行しアーニャの捜索もするかの2択である。

『その後の敵の様子は?』

「変化はないです。私たちに追撃してくる様子もないです」

「と、とりあえずアーニャちゃん探しましょう?ね。

あの穴だって、私のロケランでこじ開けますし……」

 志保は背負っていたロケットランチャーを構える。

「待って志保ちゃん」

 椿は考える。

(多分どこかで見ているのでしょう。

その誰かの目的は侵入者である私たちの排除?それとも……)

 椿は慎重に動き出してアーニャが落ちていった穴の辺りを調べる。

664: 2014/07/10(木) 08:17:10.41 ID:hGgJ+5Tso

 その床には、切れ目もなく穴があった痕跡すら見つからない。

(多分宇宙人かどこかの私たちの知らない技術でこの施設はできている。

じゃあ監視カメラもきっと目に見えないようになっている可能性もあります)

「まるで生き物みたいですね、この建物」

 椿はぼそりと呟いて床を撫でる。

『出来ればいったん撤退した方がいいと思うわ』

 無線の先の詩織から撤退の提案。
 だが椿はある一つの考えへと至っていた。

(この中で目に見えて派手な武装をしているのは志保。

それに対して一番軽装なのはアーニャちゃんでした。

それなのにあえてアーニャちゃんを真っ先に狙った理由。

まさか……)

「つ、椿ちゃん?」

 椿の後ろにいた志保が考え込む椿に声をかける。

665: 2014/07/10(木) 08:17:49.90 ID:hGgJ+5Tso

(偶然でないとするならば……)

「すこし、厄介かもしれませんね……。

詩織ちゃん、少し危険かもしれませんが撤退はしません」

『え?なんでです?』

 椿には漠然とした予感があった。
 きっとそれを知ったのならば引くべきなのだろうが、椿としては引いてはいけないと思ったのだ。

(もしかしたらこの作戦自体が……)

「志保ちゃん、駄目元でいいですからやっちゃってください」

「なんだかいつもは反対するのに……わかりました!派手に一発やります!」

 とはいっても狭い室内でロケットランチャーを発射するわけにはいかないので一旦外へと出る。

 少し距離のある階段まで引いて、志保が手に持つのは起爆装置。

「派手に、ドーン!」

666: 2014/07/10(木) 08:18:22.96 ID:hGgJ+5Tso

 それを合図に起爆装置に指をかける。
 それと同時に先ほどまでいた部屋の辺りから爆音が響いた。

「ど、どうですか?」

 椿はおそるおそる爆心地を確認しに行く。
 だが扉は吹き飛んでいる者の壁や床は少し焦げただけであった。

「だ、駄目でした!」

 椿としては穴をたどってショートカットがしたかったが無意味ならば仕方がない。

「詩織ちゃん志保ちゃん、アーニャちゃんを探しに行きましょう。

勘ですがこの作戦では、私たちに直接的な危害が加えられることはないでしょうから作戦通りしらみつぶしでいきます!」

「わかりました椿ちゃん!」

『よ、よくわからないけど……わかったわ椿さん』

667: 2014/07/10(木) 08:19:52.38 ID:hGgJ+5Tso

***

 なんだかいつも以上に体の重さを感じながら、まどろむ意識をアーニャは覚醒させる。

 視線の先には手術に使う円形のライトがアーニャを直接照らしているのが見えた。

「……こ、ここは?」

 アーニャは記憶を思い返す。
 あの時、穴に落ちた後水の張った水槽のような何かに落下したことまでは思い出せた。

 だがそれ以降は着水後、一気に意識が遠くなったことぐらいしかアーニャには思い出せなかった。

「グッモーニン、アナスタシア!気分はどうかな~?」

 急にそんな声が聞こえてくる。
 アーニャは急いで起き上がって対処しようとするが体が起き上がらない。

「シトー?……なんですかこれ?」

 アーニャの体は手足や腰の部分が金属製の枷で今寝そべっている台の上に固定されていた。

「くっ……動けません」

 いくら力を入れてもアーニャの枷はびくともしない。
 それどころか意識が完全に覚醒していないようなまどろむ感じが体中に残っており、全身に力を入れることすらままならなかった。

668: 2014/07/10(木) 08:20:28.47 ID:hGgJ+5Tso

 当然思考がまとまらない故に集中もできず、天聖気を全身に纏うこともままならないので、今のアーニャはただの少女程度の力しか発揮できない。

「無駄だよー♪それは宇宙怪獣バゲマゴン用の枷にも用いられる金属だから絶対びくともしないってー」

 気楽そうな声がアーニャに近づいてくる。
 アーニャはかろうじて動く首をその声の主の方へと向けた。

「ふっふふーん。その上あたし特製の強力な麻酔に全身漬けてあげたから多分しばらくは満足に体を動かすことすらできないだろうしね」

 その声の主は、学校の制服のような衣装の上に白衣を身に纏い、くせっ毛の長髪に爛々と輝く瞳。
 そして何よりも。

「ネコミミ?」

「ノーノー、よく間違える人いるけど、これ実は短いけどネコミミじゃなくてウサミミなんだよね~」

 ボリュームのある髪をかき分けると、後頭部と頭頂部の境目辺りから少し短めだがウサミミのようなものが生えていた。
 それが髪に隠されることによってネコミミのごとくの短さになっていたのだ。

「耳の短いウサギと言えばネザーランドドワーフを思い浮かべるかな?

でも残念あたしのこのウサミミはウサギの耳ではないのだよー」

「……ウサミミなのに、ウサギの耳ではない?」

 状況を理解できないアーニャはとりあえずそんな単純な疑問しか口にすることができないが、そのウサミミ少女は気にせずマイペースに話を進める。

669: 2014/07/10(木) 08:21:14.19 ID:hGgJ+5Tso

「まぁそんなことは置いておいて、自己紹介と行きましょーか。

あたしは、シキ。自称マッドサイエンティストのシキなのだ!」

 シキと名乗った少女は耳をピコピコと動かしながらニヤリと笑う。
 アーニャはそんな顔を見上げるしかできなかった。

「さてアーニャちゃん?どうしてこんな状況なのかわっかるかなー?」

 シキはアーニャの顔を覗き込みながら言う。

「……どうして、こんなことを?

そうでした、他のみんなは無事、なんですか?」

 真っ先に思い浮かぶのはこの作戦に一緒に来ていた他の3人である。

「他のみんな?

ああ、他の人たちには興味がないから放置してあるよ」

 その言葉を聞いてアーニャは少し安堵する。
 シキの言葉をどこまで信用できるかはわからないが、本当に他の皆が無事ならば、どうにかして自分がここから脱出すればいいだけだからだ。

670: 2014/07/10(木) 08:22:04.39 ID:hGgJ+5Tso

「いーまのあたしの興味はキミだよ♪

あーにゃんにゃん」

 シキは急にアーニャに顔を近づけて、おどけたように言う。

「インチェリエス……興味、です?」

「そう、あたしの興味はアーニャちゃんのその体だよーん」

 シキは近づけた顔をアーニャの首元まで持っていき、匂いを嗅ぐように鼻を這わせる。

「ぐっ、私の体?……どういうことですか?

……というか、あなたのような人に、アーニャと呼んでほしくないです……」

「固いこと言わないでよねアーニャちゃーん♪ハスハス~」

 アーニャは身をよじるが枷のせいで全く動けない。
 その隙にシキは全身様々なところを嗅ぎはじめ、その呼吸はアーニャの体をくすぐった。

「うーん、なかなかいい匂い。気に入ったよアーニャちゃん♪」

 満足したのかシキはアーニャから離れて背後の方の別の台の元へと行く。
 キャスター付きのその台を物色するシキの後姿をアーニャは見ていることしかできない。

671: 2014/07/10(木) 08:22:44.23 ID:hGgJ+5Tso

 アーニャは冷静に自分の置かれている状況を振り返ってみる。
 気が付けばコートも、支給された拳銃もない。武器になりそうなものは全て身から外されている。

 枷はシキの話を聞く限り宇宙怪獣の強さまではわからないがかなり強固なものだろうと思われる。
 そしてこのように囚われた状況ならば助けは来ない可能性が高いとアーニャは考える。

 仮に来るとしても、眠っていた時間が短いならば暫くは来ないであろう。

(あれを……使えば)

 アーニャが思いつく一つの脱出案。
 だが切り札であるだけに、ここで切るかは少し迷ってしまう。

「さーて、趣味はこの辺にしてさっそく実験にはいろー」

 シキのその陽気な声にアーニャは現実に引き戻される。
 シキが何らかの準備を終えたようで、再びアーニャの方へと近づいてきた。

 アーニャは首を動かしてシキの方を向く。

「そ……それは」

672: 2014/07/10(木) 08:23:22.61 ID:hGgJ+5Tso

「そりゃーあやしい人体実験の醍醐味と言ったら解剖っしょ~」

 シキが満面の笑みで右手にナイフ、左手にフォークをもって近づいてきた。

「あの……それ……ちがいます」

 さすがにアーニャもそれには絶句する。
 一瞬でこの手術台が、盛り付け皿に感じられるようになってしまった。

「あれ?そうだっけ?

まー大して違わないし気にしない気にしない♪

どうせアーニャちゃんは再生能力持ってるんだからケチケチしないでさー」

(……能力のことまで知って!)

 アーニャにとって絶望的なこの状況の上に、能力のことまで知られていることが判明してしまった。
 これで切り札さえも、通用するのかのリスクが高くなってしまった。

(でも……)

 だがこの状況。
 このままナイフとフォークで解剖されるなんて氏んでも御免である。

673: 2014/07/10(木) 08:24:07.71 ID:hGgJ+5Tso

「あたし解剖はグッピーしかしたことないけどまぁ問題ないよね♪にゃはは」

 アーニャの目の前でナイフとフォークを構えながらさらに物騒なことを言い始めるシキ。

「仕方……ない」

 もはや決心はついた。
 切り札を使うことに。

「『聖痕(スティグマ)』」

 アーニャは爪で指先を思いっきり突き刺す。
 鋭い痛みと共にじぐじぐと広がり始める傷口。

 それが特徴的なダイヤ型になった途端に一気に湧いて出てくる天聖気。
 それは天聖気を持たぬシキでさえも視認できるほどの光だった。

 突如アーニャからあふれ出す光にシキも少し後ずさる。

「な、なにこれ?あたし聞いてないよー!」

 そんなことを言いつつも、まるで新しいおもちゃが手に入ったかのようにさらに目を輝かせるシキ。
 アーニャの力の入らなかった全身は一気に力がみなぎる。

674: 2014/07/10(木) 08:26:36.98 ID:hGgJ+5Tso

「はあ!」

 そして力を入れると同時にアーニャを拘束していた枷は一瞬ではじけ飛んだ。

「容赦は……しませんよ。シキ」

 そのまま足の枷も外して手術台からアーニャは降りる。
 それに対してシキは苦笑いをしながらさらに後ずさった。

「ちょ、ちょっと落ち着こうアーニャちゃん。ね」

 さすがに焦りを感じてきたのかシキもアーニャに制止するように言うが、当然聞くはずがない。

 アーニャはじりじりとシキに近づく。
 シキもその歩幅に合わせてゆっくりとさらに後退する。

「それは……聞けませんよ」

 そしてアーニャは拳を構え、背中から翼の様に天聖気の放出が始まる。

「にゃ、にゃはは……タンマ、タンマあああ!!!」

「はああぁぁーーー!!!!」

 アーニャの拳は背後の壁さえも貫いて崩壊させる。
 その轟音は地下に幅広く根付いていたこの研究施設内全体に響いた。

675: 2014/07/10(木) 08:27:16.75 ID:hGgJ+5Tso

「……し、シトー?」

 上がる土煙の中アーニャは違和感を感じた。
 拳が壁を殴った感覚はあったのだが、シキにあたったという感覚が全くしなかったのだ。

 あの状況で避けられたとも思えないし、避けるほどの実力もシキにはなかったように思えた。

「どこに、行ったのでしょう?」

 しばらく警戒して周囲を見渡してみたが、存在はおろか気配さえしない。
 仕方がないのでアーニャは警戒を解いて、『聖痕解放』も解除した。
 そして一息吐く。

「シキとは、いったいなんだったんでしょう?」

 まるで幽霊のごとく忽然と消えてしまったシキに疑問を抱きつつも、近くに掛けてあったコートを羽織って拳銃を装備しなおす。
 そして壊した壁の向こうにあった廊下へと出ると、奥の方から近づいてくる人影が見えた。

「おお、いました!アーニャちゃんですよ!」

 手を振ってくる人影は志保でありその隣には椿がいて、アーニャの方へと向かってきた。

676: 2014/07/10(木) 08:27:52.72 ID:hGgJ+5Tso

「無事ですか?アーニャちゃん」

 身の安全を心配してくる椿。

「ダー……もんだいない、です。

敵は逃がしてしまいましたが……」

「まぁ無事でしたんだから良しとしましょう!

途中でこの研究所の研究員を見つけましてその人たちを制圧してたら大きな音がしたんで辿ってみればこの通り。

無事にアーニャちゃんが見つかりましたー」

『アーニャさん無事?』

 無線の先から詩織の声がする。

「ダー……心配かけさせてしまい、すみません」

『次からは、気を付けてくださいね。

この研究所の制圧もあらかた終わったようですし、いったん戻ってきて』

「そうですね。いったん戻りましょうか」

677: 2014/07/10(木) 08:28:20.62 ID:hGgJ+5Tso

 椿の提案で3人は一度地上に戻って、本部に事の報告をすることにした。

 その地上までの道中で先を行くアーニャと志保の背を見ながら椿は考える。

(結局、気の回しすぎ、だったんでしょうか?

ちゃんとここは敵性組織の研究施設だったみたいですし、アーニャちゃんが囚われたのも偶然?)

 頭の中の可能性は、一気に信憑性を失っていく。
 それでも、椿には一抹の違和感が残っていたがとりあえず頭の片隅に追いやっておくことにした。

「ありえないですよね……この作戦自体がGDFの仕組んだ罠だなんて」

678: 2014/07/10(木) 08:29:06.01 ID:hGgJ+5Tso

***

 誰もいなくなった手術室。
 そんな沈黙した室内で、パラリと瓦礫の一部が転がり落ちた。

「ぷ、ぷはー……」

 それと同時に気の抜けるような声が一つ。

 虚空からまるで色がついていくかのごとく一人の少女が出現した。

「まったくあんなの聞いてないってばー」

 悪態をつきながら、その少女、シキは近くの椅子へと座った。

「まーなかなか興味深い子だったけどねー、アーニャちゃんはー」

 自身の座る回転椅子をくるくる回転させながらシキは言った。

「それなりに、データはとれたしね♪」

 ご機嫌な様子で回転する椅子を足で止めると、振動音が響く。

679: 2014/07/10(木) 08:29:47.65 ID:hGgJ+5Tso

 シキは白衣の胸ポケットからスマートフォンを取り出して人間の耳へと押し当てた。

「もっしもし~♪」

『どうもシキさん。わたしです。少佐です』

 電話の向こうからおおよそ軍人ではなくセールスマンにしか見えない男、少佐の声が響いた。

「やっぱり少佐さんかー。ごめん失敗しちゃった。てへ♪」

『……そう、無事ですか?』

「なんとかねー。あと一歩あたしの『透明薬』の効きが遅かったらきっと壁にめり込んでたねー絶対」

 そんな物騒なことを言いながらもシキは楽しそうである。

『ふーむ……その透明薬ってうちでも使えませんかね?』

「あいにくこれは質量さえも透明にするからなかなか複雑な薬でね、あたし専用だから量産は難しいかも~」

『……残念。それいったいどんな仕組みなんですかね?』

「それはマッドサイエンティストシキの超科学の謎パワーですぞ少佐殿。にゃっはっは♪」

『なるほどそれは納得だ。ははは!』

 電話口にお互いに笑い合って、本当に廃墟と化したこの研究施設内に笑い声が響く。

680: 2014/07/10(木) 08:30:31.03 ID:hGgJ+5Tso

『で目標の確保に失敗したとは言いましたけど、今回の作戦で手に入れた研究データとか隠したりしてませんよね』

 急に少佐は圧力をかけるように志希に尋ねてくる。

「そんなわけないじゃん♪だって採血しても再生能力のせいかすぐ血は消えちゃうし、眠ってる隙にいくら解剖してもすぐ治っちゃう。

サンプルも取りようがないよ全くもー」

『なるほど確かにそうですね』

 少佐もシキの言うことに同意する。
 アーニャ自体を確保できなければ、能力の性質上体細胞などのサンプルの確保が厳しいのも事前にわかりきっていたことだ。

『……で、本当にないですか?』

「ないよ」

『本当に?』

「ホントー」

『…………』

「…………」

681: 2014/07/10(木) 08:31:29.67 ID:hGgJ+5Tso

『わかりました。それならいいんですよ。

出来れば欲しかったんですけどね。あのアナスタシアの再生能力を我らがGDFに……。

まあまだ到底諦めきれるものではないですね……』

 そんなことを言いながらも仮面のごとくの笑顔が崩れていないことが電話口でも察しが付く。

「それとアーニャちゃんのあの技何なのさ?

少佐の情報になかったんだけどなー」

 シキはアーニャの使った切り札の説明を少佐にする。
 シキが思い返すアーニャの急激な身体能力強化とあの光。
 あんな技は少佐の事前の情報にはなかったはずである。

 本来ならばあのままずっと拘束し続けることが可能であり、作戦上ではもっとじっくりとアーニャの体を調べられることができたはずだったのだ。

『なるほど、あいにく私もそんな隠し玉があるなんて知りませんでしたよ。

いや一杯食わされました。

こんなことになるならやはり護衛をつけておくべきだったんでしょうかね?』

682: 2014/07/10(木) 08:32:11.01 ID:hGgJ+5Tso

「それは事前に言ったよねー少佐さん♪

あたしがアーニャちゃんの能力の解明に参加するけど、その際には護衛とか監視とかはつけないでってね。

そんな余計なものが近くに居たらあたし集中できなくなって、ぜーんぶ台無しにしちゃうよ。にゃはは」

 シキは少佐を暗に脅すような口調で言う。
 もともと少佐はそのような契約でシキを雇っていたのだ。

『それは怖いですね。できれば勘弁してほしいものです』

 シキは自称フリーのマッドサイエンティストの名の通り、報酬さえ払えばあらゆる研究に手を貸しそれを成功させる。
 各研究機関からすれば喉から手が出るほどに欲しい人材だが、その気まぐれな性格と個人レベルを超える圧倒的な科学力は雇う側からも脅威となっているのだ。

 契約違反によって研究所が謎の壊滅したなんて話はシキについての噂の中でざらにある。
 その上普通では見つけることですら監視カメラでさえシキに発見されたこともあり、少佐自身シキの勘の鋭さでは契約違反など到底できないことは理解していた。

「……まーいっか。

ところで少佐さん」

『なんですか?』

 ずっと笑っていたシキが顔を引き締める。
 それだけでこの場の空気までも引き締まったような感じだった。

683: 2014/07/10(木) 08:33:00.40 ID:hGgJ+5Tso

「あたしの主観だけどね、あれは多分単なる再生能力じゃないと思うよ」

『というと?』

「あたしもはっきりとはわっかんないけど、多分本質はもっと別。

再生とか回復じゃなくて、蘇生……いやきっとそれ以上の何かが深淵にある。

きっと予感だけど、それを思いどおりになるなんて考えてるときっと痛いしっぺ返しを食らうかもね。

一応、忠告しておくよ」

『マッドサイエンティストに忠告されるとはいやはや……。

元より諦めるつもりもありませんし、時間もたっぷりとあるのでゆっくりとやっていくつもりでしたが……。

まぁ一応、ありがたく受け取っておきますよ。』

 ブツリ、と電話が切れる。
 シキは腕をだらりと下げて、椅子の背もたれに体重を預けた。

「かといって、忠告したあたしも引くわけないんだけどねー♪」

 携帯を持つ手とは逆の手でポケットから取り出したのは、機械的な装置の着いた注射器。

 その中には赤黒いような固体が詰まっていた。

684: 2014/07/10(木) 08:33:43.59 ID:hGgJ+5Tso

***

 アーニャは帰り道、今日のことを思い返していた。

「なんてむちゃくちゃな人だったんでしょう……」

 結局シキの存在が現実か幻だったのかアーニャにはわからないが、とりあえず二度と会いたくないことだけ痛烈に感じた。
 アーニャは沈みゆく夕焼けを見ながらそう思う。

「……っ」

 そんなとき指先に鋭い痛みが走る。

 アーニャはその指を見るとまるでかさぶたのように結晶状の何かが指先にくっついていた。

「これは?」

 それは指でこすると簡単に剥がれ落ち、何事もなかったかのようにいつもの指がある。

「砂か、何かですかね?」

 アーニャは結局ほとんど気にも留めずに、そのまま歩いていった。

 結局アーニャは気づかなかった。
 その指が『聖痕』の発生源として傷つけた指であることを。

685: 2014/07/10(木) 08:34:24.83 ID:hGgJ+5Tso
シキ/一ノ瀬 志希

職業 フリーのマッドサイエンティスト
属性 科学者
能力 科学的知識、特に薬学

詳細説明
自称、フリーのマッドサイエンティスト。仕事ではシキと名乗っている。
様々な組織に科学者として協力しているが基本的に自分の興味を満たすためにしか動かず、あっさりとクライアントを裏切ることが多々ある。
自分が好きに実験できることが志希の中では重要であり、それを邪魔するものは自身の研究成果を用いて排除するので、これまでに彼女の雇ったせいで壊滅した組織がいくつもある。
そのかわりに確実に結果を出すので、雇う上で危険性はあったとしてもそれに見合うリターンは保障されている。
父がウサミン星人、母が地球人のハーフで短めのウサミミが頭に生えている。うまく耳をたためるらしく髪の中に隠すことも可能で、通常時も髪に埋もれているため傍から見ればウサミミではなく猫耳に見えてくる。見た目は完全に地球人。ウサミミだけがウサミン星人。
両親は全く家に帰ってこないので一応暮らすための住居として自宅を使っているが、志希自身もかなりの頻度で家を空けている。
両親共に科学者であり、その遺伝子をしっかりと受け継いでおり本人もまたマッドサイエンティスト。興味のためならば人体実験とていとわない性格。
研究成果は自己満足であり、それをほとんど明かすことはなく自分の目的以外には使うこともほとんどない。

686: 2014/07/10(木) 08:35:20.87 ID:hGgJ+5Tso

少佐
GDFの『プロダクション』担当にして、対外作戦部部長さん、本名不明の階級少佐。
さらにGDF内の能力者推進派のエース。
GDFに所属する軍人だが、常にスーツを着たセールスマンのような出で立ちで様々な活動をしている。
歪んだ思想の持ち主で自身の目的のためならばあらゆるものを利用し、切り捨てる非情さがある。
好きな飲み物は紅茶とコーヒーの1:1ブレンド。

アブソルートスレンジ
宇宙技術の一つであり医療器具。
抽出した液体を即時に絶対零度で保管する注射器。
結構いい値段する。

宇宙怪獣バゲマゴン
豚のような熊のようなよくわからない奇怪な怪獣
とても強く危険な怪獣だが比較対象としてよく使われるためあまり強そうに思われない。
例1.宇宙怪獣バゲマゴンが乗っても壊れない筆箱
例2.バケモン図鑑:スゴー
   うすい カスじょうの せいめいたい。カスに つつまれると 宇宙怪獣バゲマゴンも 2びょうで たおれる。



687: 2014/07/10(木) 08:36:02.43 ID:hGgJ+5Tso
***

 都内の某所。

 一軒のコンクリート造りの建築物の前の門。
 そこにかかれていたのは『一ノ瀬研究所』という文字であった。

 その建物内にいるのはたった一人である。

「まーったくフリーのマッドサイエンティストてのもなかなか忙しいものだよー」

 地下の研究施設に会った回転椅子の何倍も座り心地のよさそうな椅子に座るのはシキ。
 『一ノ瀬研究所』の所長の一人娘、一ノ瀬志希であった。

 この研究所兼自宅は家庭というものを全く感じさせえない雰囲気を家の外観の時点で醸し出しており、その家の中も閑散としていた。

「やっぱり家には一人で退屈。

パパは絶対に帰ってこないし、ママは世界中飛び回ってるから滅多に帰ってこない」

 志希の父親はウサミン星人であり、科学者であった。
 だがあいにく行方不明であり、地球規模ならまだしも宇宙規模の行方不明なので探す当てなど全くないのだ。

 さらに父はかなりのマッドサイエンティストであり、様々な者に狙われている。
 見つからないように潜んでいるために、この屋敷に帰ってくることはありえないだろう。

 母親も世界規模で有名な科学者であり家には滅多にいない。

 そんな親から、この志希が生まれたのはある意味必然であった。

688: 2014/07/10(木) 08:36:34.31 ID:hGgJ+5Tso

「だけど今日はこの子がいる!

出ておいでアブソルートスレンジちゃん。

抽出したものを絶対零度で保存してくれる優れもの~♪

偶然だったけど、これのおかげでアーニャちゃんの血液を採取できたよー」

 当然取り出せば、絶対零度は解除されてアーニャの能力の性質上消えてしまうので、絶対零度を保ったまま調べる必要がある。
 よって専用の特別な装置を用いて志希はその血液を調べることにした。

「えーっとこれはロシア系の男性の血かな?

そしてこちらは日本人の血の要素。

そしてこのところどころに見える光の粒らしきものがあの力の源かな?」

 着実にアーニャの血液を調べていく志希。
 今の技術ならば採取された血液だけで様々な情報を読み取ることができる。

 だが志希はその途中で本来ならば見逃してしまいそうなほどの一つの違和感に気づいたのだった。

「ん?なんぞこれ?」




689: 2014/07/10(木) 08:37:24.81 ID:hGgJ+5Tso

以上です。

志保、詩織、椿、藍子、ピィお借りしました。
まだしばらくは忙しいけれど、あと少しすればしばらく暇ができるので2,3ヶ月も投下期間が開くことはなくなるかもしれません。
それとアーニャに設定盛りすぎな可能性も反省すべき点かも(やめるとは言ってない)

690: 2014/07/10(木) 08:43:35.81 ID:xTX6Uua3o
乙乙。マッドサイエンティストいいですねえ。マッドとマッドで人間ダビスタ
黒い黒いよGDF
そして血液から何が作られるのか。普通の方法じゃクローンとかは難しそうですし

691: 2014/07/10(木) 10:15:36.98 ID:g+KagyY/O
乙です
GDFこわい。黒い。
バゲマゴンってインドゾウなんです?

……もしかして父親のウサミン星人って…



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」 part10