64: 2011/08/05(金) 21:42:30.95 ID:rkRztRK1o
第5話 祈り

それはいつも通りの、ある三月の朝でした。

コーデリア「た、大変ーっ! 遅刻よ!」

眠気の抜けない春の朝のお布団の中でコーデリアさんの声を聞いていました。

コーデリア「ほらっみんな起きて! 遅刻しちゃうわよぉ」

シャロ「ちこくってなんですかー……」

ネロ「あまいの? おいしいの?」

コーデリア「もう……みんな起きてってばぁ……」

お願いするようなコーデリアさんのその声に、ネロが目をこすってゆっくり起き上がりました。

ネロ「んー……コーデリア、よだれついてるよ」

コーデリア「えっ!?」

シャロ「あたしは好きですよーよだれ」

エリー「わ、私も好きです……コーデリアさんのよだれ……/// あまくて、おいしくて……」

コーデリア「もう、変なこと言わないでよエリー……///

         ほら、みんなちゃんと起きてるんなら早く着替えてっ!」

白くて柔らかなベッドの上でみんな着替え始めました。

春といっても三月はまだまだ寒く、肌を空気にさらすと身が縮むようです。

そんな理由から、私は服を脱ぐのを億劫に感じて、脱げかかったパジャマのままでぼんやりとみんなを眺めていました。

ネロは眠いとごねながらしぶしぶ着替えています。

春の朝日が輝くネロの白い素肌、華奢な肩。

その健康的な美しさについぼーっと見とれてしまいました。

そのまま私は半ば無意識に、肌を露出するように、パジャマを脱ぎます。

コーデリア「ほら、エリーも早く着替えてっ」

エリー「ひゃっ……///」

コーデリアさんは私の服を脱がせ、制服を押しつけました。

コーデリア「急いでっ!」

エリー「は、はい……///」

きれいな髪をくくりながらそう言ったコーデリアさんはもうほとんど準備ができていました。

ソックスをはいて、ばってんの髪留めをつけて……

私がそろそろ着替え終わろうとする頃、ふとシャロの方をみると、制服を頭からかぶってもぞもぞしています。

どうやらうまく着られないようです。

私は見かねてシャロの近くによって手伝ってあげることにしました。
探偵オペラ ミルキィホームズ-スクールデイズ-

65: 2011/08/05(金) 21:43:29.20 ID:rkRztRK1o
エリー「ほら、シャロ、しっかりっ……///」

シャロ「じゃん! 着られましたー! ありがとうございます、エリーさん!」

エリー「ほら、ちゃんとタイも結んで……」

シャロの首もとに手を回し、タイを結んであげます。

シャロ、いいにおいがする……///

そんなことを考えてひとりどきどきしているとシャロは私の耳元でささやきました。

シャロ「エリーさん、いいにおいがしますね……」

エリー「もう、シャロ……///」

結んだタイを整えます。

シャロ「ありがとうございますー エリーさんはいいお嫁さんになれますねっ!」

エリー「お嫁さん……///」

ネロ「はいはーい、そこいちゃついてないで、行くよー」

コーデリア「百合も素敵だけど、それはまた夜にお姉さんといっしょにしましょうね」

気がつくとネロもコーデリアさんも準備ができていました。

エリー「あ……ごめんなさいっ……!」

シャロ「今行きますー!」

シャロはそういって飛び出そうとしました。

エリー「あ、待って、シャロ!」

私は振り向いて立ち止まったシャロにピンクの傘を渡しました。

エリー「今日は雨が降るらしいから……」

シャロ「ありがとうございますー」

そして私はシャロのリボンが少し曲がっていたのをなおしてあげました。

エリー「うん、かわいい……///」

シャロ「えへへ……」

そんな私たちの様子をネロはあきれたようにみていました。

ネロ「だからさあ……」

エリー「ご、ごめんなさいっ……!」

いつもマイペースなシャロをみていると、つい手伝ってあげたくなってしまうのです。

コーデリア「ふふっ、ほんとにマイペースなんだから、ふたりとも。早くいくわよぉー!」

でも、手伝っているつもりの私もマイペースに見えてしまうようです……

走り出すネロとコーデリアさんの後ろを、シャロと手をつないで走り始めました。

66: 2011/08/05(金) 21:44:07.09 ID:rkRztRK1o
午前の授業は春のふわふわした空気で満たされて、時間が止まったように静かです。

窓の外は芽生え始めた草や木に光が揺れています。

天気予報では雨って言ってたけど、全然そんな感じじゃないな……

そんなことをぼんやり思いつつ、ふと横を見るとシャロが真剣な目で私を見つめていました。

私はシャロに尋ねるように小首をかしげます。

するとシャロは慌てたようなそぶりを見せたあと、おずおずと顔をよせ、ささやきました。

シャロ「あのあの、エリーさんの好きなものって何ですかー?」

エリー「好きなもの?」

私の好きなもの……

私がほんとうに好きなのは、友達。

シャロ、ネロ、コーデリアさんが一番大切です。

エリー「好きなのは、シャロかな」

ちょっとからかってみます。でも、嘘はついていません。

シャロ「えっ、あ、ありがとうございます……/// えと、他にはありませんかー?」

エリー「他には……」

遠くを見ながら考えます。

晴れた空には雲が流れています。

ネロは本に隠れてお菓子を食べていて、その隣のコーデリアさんはまじめに授業を受けようとしていますが、半分眠っています。

コーデリアさんの横顔が揺れるたびに髪のお花はふわふわ揺れます。

エリー「お花……かな」

シャロ「お花ですかー」

シャロは満足そうに微笑みました。

67: 2011/08/05(金) 21:44:47.85 ID:rkRztRK1o
ネロ「くっそーまたじゃがいもだけー?」

ネロは憎らしげに目の前のじゃがいもを見つめていました。

コーデリア「仕方ないじゃない……いつものことよ……」

エリー「授業が終わったら、きのこ探しましょう……」

お昼の食堂は活気のある喧騒に満ちていますが、私たちの前にはじゃがいも、4つ。

それでも、食べられることはありがたいのでみんなでじゃがいもをかじります。

むしろ最近ではじゃがいもひとつでさえ幸せな食事に思えてきます。

コーデリア「あら、どうしたの、シャロ?」

シャロ「えっ?」

エリー「なんだか、元気なさそう……///」

シャロ「いえ、あの、大丈夫ですっ! ちょっと考え事してただけなんでー」

ネロ「考え事ー? その時点でシャロらしくないんだけど。風邪なの? クラリス王女なの? 変なもの食べたの?」

シャロ「ひ、ひどいですー……どいひーですー……」

そしてみんなで顔を見合わせて笑い出しました。

じゃがいも1個の食事でも私たちは結構この生活を楽しんでいるのです。

でも、目が合うとすぐに視線を逸らしてしまうのですが、やはりシャロは何かを考えている風な表情で私を見つめているのでした。

アンリエット「楽しそう、ですわね」

そんな折、アンリエット生徒会長がやってきました。

シャロ「アンリエットさん! どうしたんですかー?」

エリー「わざわざこんなところまで……」

アンリエット生徒会長はなんといっても注目される存在で、ここにやってくると隔離されている私たち4人のところにも自然と食堂にいるみなさんの視線が集まります。

アンリエット「あなたたちにお話があります」

ネロ「話って?」

コーデリア「なんか嫌な予感が……」

アンリエット生徒会長は周囲をすこし気にする素振りを見せてから、言いました。

アンリエット「そうですわね。今お話するのも何ですから、放課後に生徒会長室にきてください。よろしいですか?」

シャロ「はいですー!」

そういうとふわりと向きを変えて戻っていきました。

コーデリア「なにかしら?」

ネロ「さあ?」

エリー「でも、あまりいい予感はしないような……」

ふと窓をみると、空にはだんだん雲が重なっていました。

68: 2011/08/05(金) 21:47:08.98 ID:rkRztRK1o
午後の授業が始まる頃には雨が降り始めました。

春の雨はささやかに、繊細で静かな雨音を漂わせています。

隣でシャロは外を眺めながら退屈そうに足をぷらぷら動かしています。

私はぼんやりと雨の音を聞きながらシャロの足が揺れるのを眺めていました。

シャロ「あ」

ぴたっ、と足が中空で止まります。

シャロは外を向いたままぴったりと静止しています。

その視線の先にも特に変わった様子はなく、ただ雨がしとしと降っているだけです。

そして、シャロはまた足をぷらぷら動かし始めました。

理由はわかりませんがその様子が楽しそうだったので、私はなんだか満足したような気分でシャロの足を眺めていました。

私は瞼を閉じました。

生徒会長室のドアをおそるおそる開きます。

シャロ「失礼しまーす……」

アンリエット「どうぞ」

生徒会長室は掃除が行き届いていて無駄なものがなく、いつ来ても背筋の伸びる思いがするところです。

いつものように厳しい表情をしたアンリエット生徒会長の前に私たちは横一列に並びました。

コーデリア「それで、お話というのはー……」

アンリエット「最近のあなたたちについてです」

シャロ「最近のあたしたちですかー?」

アンリエット「どうですか。トイズは戻りそうですか?」

エリー「それは、その……まだ……///」

アンリエット「退学の期限が迫っているのに、トイズを取り戻す手がかりをつかめず、のんきに暮らしている。

          しかも、しょっちゅう遅刻してくる……本当にダメダメすぎです」

ネロ「きょ、今日は遅刻してないよ! しそうにはなったけど」

シャロ「一生懸命がんばりました!」

コーデリア「そうです! 私たちがんばってるんですっ」

アンリエット「ですが、あなたたち……」

エリー「のんきなように見えるかもしれないですけど、4人一緒だから、頑張れるんです……/// だから、その……」

アンリエット生徒会長はため息をひとつつきました。

アンリエット「……わかりましたわ。あなたたちがよく頑張っていることは」

エリー「あ、ありがとうございます……///」

シャロ「あたしたち、もっともっとがんばります! 立派な探偵になるために!」

アンリエット「ですが、あまりわたくしに心配をかけないようにしてくださいね」

シャロ「はい!」

私たち4人が笑顔で答えると、アンリエット生徒会長も表情を緩めて、包み込むようなほほえみを見せてくれました。

69: 2011/08/05(金) 21:47:48.45 ID:rkRztRK1o
雨上がりの帰り道、私たちはそれぞれの傘を片手に並んで歩きます。

シャロ「雨、あがりましたね!」

ネロ「生徒会長にも怒られずに済んだし!」

コーデリア「遅刻もしなかったし!」

エリー「良かった、です……///」

雨上がりの雲は夕焼けの色に映えて、暮れようとする群青の空に浮かびます。

みんなと歩く何となく優しい空気。

きょう一日のいろんなことがきらきら輝いて思い出されます。

シャロ「あ、エリーさん!」

エリー「なに?」

シャロは私を見上げます。

シャロ「エリーさんの好きなお花って何ですか?」

エリー「えっと……」

私は少し考えて、じっとシャロの姿を見つめました。

エリー「なずな、かな」

シャロ「なずな?」

エリー「ちっちゃくて、かわいくて、そばにあるとうれしいような、そんな感じがするから」

シャロ「素敵ですねー」

シャロは楽しそうに言いました。

コーデリア「私が好きなのは百合よ!」

ネロ「それは他意を感じる」

みんなで帰るいつもの道、それでいて大切な時間。

私はこんな時間がずっと続けばいいなと思うのです。

そして、それはきっとみんな同じ。

4人の影は仲良く並んで長く私たちの後ろに延びていました。

70: 2011/08/05(金) 21:49:24.40 ID:rkRztRK1o
暗い窓に映る私の顔。

すっかり日が暮れると、また雨が降り始めました。

窓ガラスに映る部屋の中を眺めています。

ネロはベッドの上でかまぼこと遊び、コーデリアさんは机に向かっています。

コーデリア「あら、シャロは?」

ネロ「そういえば、いないね」

その夜、シャロは12時を過ぎても帰ってきませんでした。

さすがに心配になった私たちはアンリエット生徒会長に相談に行くことにしたのでした。

夜の学院の廊下は普段見慣れているものとは違った印象です。

エリー「コーデリアさん、大丈夫ですか?」

コーデリア「うん……怖いけど、大丈夫」

ネロ「シャロ、一体何やってんだろ……」

廊下のガラス窓の向こうの闇では雨音が不気味な音を立てていました。

生徒会長室の扉をノックしてそっと開きます。

アンリエット「一体どうしたのですか、こんな時間に」

生徒会長は事務仕事をしていたようで、まだ起きていました。

部屋は明るく、私たちは少しほっとします。

コーデリア「実は、シャロが帰ってこなくて」

アンリエット「シャーロックが? 心当たりはないのですか?」

私たちは顔を見合わせましたが、思いあたることはありません。

アンリエット「それは気がかりですわね。雨もこれから強くなるようですし……」

ネロ「もし、シャロに何かあったら……僕……」

コーデリア「落ち着いて、ネロ」

不安げな表情のネロをコーデリアさんは後ろからそっと支えます。

アンリエット「わかりました。わたくしが何人かを同行して探しに行きます」

ネロ「それなら僕たちも……!」

アンリエット「気持ちはわかりますが、あなたたちは部屋に戻ってください」

ネロ「でも……!」

コーデリア「トイズのない私たちが行っても足手まといになるだけよ。

         ここはアンリエット生徒会長にまかせて私たちはおとなしく待ちましょう」

エリー「ね、そうしよう、ネロ?」

ネロ「……わかった」

71: 2011/08/05(金) 21:50:27.23 ID:rkRztRK1o
そこは学院内にある教会でした。

ゴシック様式の高い塔と尖頭アーチが暗い空に延びています。

雨の中に黒くそびえたつ姿は怖いというよりも、むしろ守ってくれそうな印象を与えます。

重い扉をそっと開きます。

教会の中は暗く、ほのかな光でようやく近くが見えるほどでした。

私は身廊をまっすぐ歩きます。

石の床を歩く音は反響して広い教会の空間に不安げに漂いました。

そして私はアプシスの前に立ち止まり、もっとも奥にあるステンドグラスを見上げます。

ステンドグラスには神様と聖母と、真っ白な天使が描かれています。

いつもは天から降り注ぐような強い光も、今日は頼りないかすかな光です。

シャロ……

心に浮かぶのはただシャロのことだけ。

いまどこにいるのか、どうしているのか。

思えば、シャロはずっと近くにいました。

朝起きるときも、夜寝るときもずっと一緒。

今朝だって、起きたときには、手が届くところにシャロがいて……

そう考えた瞬間、私は不意にとても怖くなりました。

ついさっきまで、すぐそばに、触れられる距離にいたのに、もういない。

今朝、制服を着るのを手伝ってあげたシャロ。リボンをなおしてあげたシャロ。退屈そうに足を揺り動かしていたシャロ。

そして、うれしそうに笑うシャロ。

そのすべては、当たり前のようでいて、私が心の底から愛していた大切な人。

もしも……もしも、その笑顔が見られなくなったら……

私にとってそれはあまりにも怖く、想像すらできないことでした。

ただ胸に手を当てて、不安な思いを抑えつけるのがやっとです。

どうか無事でいて……

目を閉じ、苦しくて切ない祈りに似たその思いを私は胸の中で一人抱きしめていました。

72: 2011/08/05(金) 21:51:14.14 ID:rkRztRK1o
それからどのくらいそうしていたでしょうか。

背後から重い音がしてうっすらと光が射し込みました。

開かれた扉のむこうのかすかな光を背にした聖母像のような姿。

私はその黒いシルエットをただ無心に見つめていました。

アンリエット「こんなところにいたのですか……もう夜もかなり遅いのですから、部屋に戻りなさい」

雨は激しさを増しているようで、開いた扉から雨音が流れ込みます。

エリー「シャロは……」

アンリエット「シャーロックは……」

表情は見えません。

アンリエット「ヨコハマ大樹海付近で目撃されたという情報が入りました。何かを探していたようです」

エリー「探して……」

シャロの探していたもの……

アンリエット「とにかく、あなたは部屋に戻りなさい。あとの二人が心配するでしょうから……」

アンリエットさんのその言葉はもう私の耳には入ってきませんでした。

それは……お花。

確証はありませんが、私には間違いなくそうだと思えたのです。

シャロはなずなを探しに行って、道に迷い、遭難した。

私に花を贈るために。

いつの間にか再び闇に閉ざされた教会の冷たい石の床に私はひざをつきました。

もうなにも考えられませんでした。

ただ自分の身体をぎゅっと抱きしめ、目を堅く閉ざします。

それはたとえば、私のせいで行方不明になったとか、そんな問題ではもはやないのです。

私のためを思っていてくれたシャロのそのまっすぐな思いだけが、私の悲しみをただ増幅させるのです。

ステンドグラスに描かれたかみさまと聖母を見つめました。

73: 2011/08/05(金) 21:51:45.28 ID:rkRztRK1o
エリー「かみさま……どうか、シャロを助けてください。

    シャロは本当にまっすぐで、優しくて、いい子です……。

    私は、……私は、シャロが大好きです。愛して、います。

    だから、シャロがいなくなったら、シャロと会えなくなったら、私自身が消えてなくなるよりもずっとずっとかなしいんです……。

    ……だから、シャロを守ってください。そのためなら私のすべてを捧げたってかまいません。

    たとえこの身が消えてなくなっても、たとえこの心が朽ち果てても、かまいません。

    私のすべての存在を、すべての時間を捧げてもいいです。どうか、シャロを守ってください……!

    かみさま……」

74: 2011/08/05(金) 21:52:38.68 ID:rkRztRK1o
これ以上の声は音にならず、息の流れとなって空虚に漏れました。

冷たく堅い床の上で自分の身体を強く抱き、目を堅く閉じます。

私の中の力のすべてを、思いのすべてを祈りに変えて、ただ大切なシャロだけを思い続けていました。

地響きのような雷の音。稲光は一瞬のひらめきで私を照らします。

雨音は激しさを増していきます。

私の大事な愛する人が、どうか、無事でありますように……。

そしてそのとき、悲しみも苦しみも痛みもありませんでした。

それはただひとつの祈りだけでした。

やわらかなまっ白なひかり。

目を開き、見上げると、ステンドグラスの透過光は輝いて私を包んでいました。

まるで私は天使が舞い降りるのを幻視しているようでした。

そして、その天使のような、真っ白な光の中に確かにシャロを見たのです。

エリー「シャロ……!」

声にならない声。

私は両手を伸ばしました。

私がのばした両手の先には、ステンドグラス。

幻覚……?

なにもない中空に触れる指先。

しかし、そこから射す光は確かに暖かく、包み込むような白い光でした。

夜は明けていたのです。

75: 2011/08/05(金) 21:54:27.63 ID:rkRztRK1o
後ろで扉を開く音がしました。

振り返ると、まぶしいほどの白い光が射し、そのなかにふたつの影が見えました。

私はふるえる足で立ち上がり一歩踏み出しました。

エリー「シャロ……?」

目の前の存在が現実なのか、幻覚なのか。私にはわかりません。

ただ、私は長い身廊を、その姿だけを見つめてゆっくりと歩み続けました。光の射す方に向かって。

教会の外、明るい朝の光があふれる野に、アンリエットさんと一緒に、そこにたしかにシャロがいたのです。

エリー「シャロっ……!」

シャロ「エリー、さんっ……」

私はこれ以上なにも言葉がでませんでした。

いままで出なかった涙が急にあふれだして止まりません。

ただ、シャロに歩み寄り、ぎゅっと抱きしめます。

いま確かな現実として、暖かさを持った存在として、シャロを抱きしめます。

シャロも涙を流して私の身体を抱きしめてくれます。

そして私たちは雨のしずくが残るやわらかい草の上にふわりとひざをつけました。

ふたりとも力が抜けてしまい、お互いを抱いて泣くことしかできなかったのです。

エリー「よかった……よかった、シャロ……」

シャロ「エリーさん……ごめんなさいっ、心配……かけて……」

エリー「ううん……戻ってきてくれて、ほんとに、ほんとに嬉しい……」

胸の中に思いつづけていた言葉をやっとの思いで伝えます。

シャロ「エリーさん、これ……」

そういってシャロが差し出したのは……なずな。

天使の翼のように白い可憐な花がその手にあったのです。

シャロ「エリーさんに、ありがとうを伝えたくて……」

その白が涙で滲み、何も見えません。

エリー「ありがとう、シャロ……」

その花を受け取り、シャロをぎゅっと抱きしめました。

シャロ「エリーさん……」

いちばんしあわせなこと。

それはとってもかんたんなことで、だいじな人と一緒にいられること。

いちばんかなしいこと。

それはだいじな人と会えなくなること。

私はシャロをしっかり抱きしめながら、もう二度と、私のだいじな人を離さないと、強く思うのでした。

第5話 祈り おしまい

76: 2011/08/05(金) 21:56:11.48 ID:rkRztRK1o
以上です。ありがとうございました。

77: 2011/08/05(金) 21:58:53.90 ID:D5SA3h+Po
乙~

>>1を見て全裸待機した俺は穢れているのかな
この雰囲気良いね

79: 2011/08/06(土) 02:03:53.58 ID:VliDPdWgo
乙!!

絵本みたいな雰囲気でとてもよみやすかった!

引用: エリー「私と5つの物語……///」