633: ◆EBFgUqOyPQ 2016/01/16(土) 19:13:36.58 ID:Ah1rtJBzo


モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」シリーズです


前回はコチラ


「そうだな……キヨラ。

お前はなぜアナスタシアに注目していた?」

「それは先ほどあなたが指摘していたじゃないですか。

理由はわからなけれど、『神さま』の加護をアナスタシアが受けている。

そう、理由なんてわからなくても『神さま』が加護を与えたというなら、それに気をかけるのが私の務めですから」

 基本的に清良は自らの正体を隠している。だからこそなるべく情報を伏せるような言葉となるが、それでも隊長には理解できた。

「盲信的に上司を信用するのがお前らかもしれないが、そうじゃあないだろうが。

お前だって思ったはずだ。

お前の『神』は容易に人に加護を与えるか?

直接動くか?最も近しいお前たちに何も言わずに?

これはあまりにも異常だということだ。お前たちが知りえないところで『神』が動いていること。

それこそが、もっとも不安要素として一番だろうよ」

 天界は唯一神ではなく様々な神がいる。
 だがその中でも1、2を争うほどに力を持つ『全能神』が直接介入した事態。
 本来『全能神』は直接介入してくることはなく、配下である天使を介して地上に介入をするはずなのだ。


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それは、なんでもないようなとある日のこと。

~中略~

「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。



634: 2016/01/16(土) 19:15:06.65 ID:Ah1rtJBzo

 側近である四大天使全員ですらこの事実を知らないということ。
 誰にも悟られないように『全能神』がたった一人密かに手を下したことの重大さは明らかである。

「……ええ、そうですね。私は不安なのよ。

特に大きな力を持っていないように見えるあの子、アナスタシアが一体何を抱えているのかを。

『神さま』が誰にも話さず秘匿している彼女が……何者なのか不安なんです。

だから、いい加減もったいぶらずに教えていただけるかしら?

アナタは知っているのでしょう?隊長さん。

アーニャちゃんが『何なのか』を」

 清良としても、知らねばならなかった。
 この行為が『全能神』に対する越権行為となろうとも、自らが信じる者の行いの意図を理解しなければならなかった。

「ああ、それが正しい。

得体のしれないものってのは誰であろうと不安を煽られる。

そしてそんな『正体不明』は魔物の条件だ。

ここまで言えばわかるだろう。

あれは『加護』なんかじゃない。『枷』だ」

635: 2016/01/16(土) 19:15:49.45 ID:Ah1rtJBzo

 そこまで言われて、清良は眼を見開き理解した。
 だが同時に、想像できなかった。否、想像したくなかった。

「『神さま』でさえ封印するしかないなんて……そんなもの」

「『ありえない』ことはない。……自ずと数は限られるがな」

 隊長は、手に持つコーヒーカップをあおり、中身を飲み干す。

「ああ、確かにアナスタシア自身の力は世界の脅威になるほどのものじゃない。

だが世界を滅ぼしかねない『鍵』なら封印するしかないだろう。

それが『壊せない』と言うならなおさらだ」

「……『復活』の天聖気、世界を滅ぼす、『神さま』でさえ壊せない不滅存在」

 パズルのピースはそろっていた。
 四大天使である清良でさえ、その存在は聞き伝えられたもの。

 人知れず滅びをもたらし、誰の記憶に残ることなく地に眠る『閉塞の円環』

636: 2016/01/16(土) 19:16:57.92 ID:Ah1rtJBzo

「ああ……閉塞する世界、神さえ知れぬイレギュラー、滅びの三竜が一体。

無限円環竜『ウロボロス』。アナスタシアは魂として自我を持ったその力の欠片だ」

「うろ……ぼろす?」

 話を目の前で聞いていたみくには何がなんだかさっぱりであった。
 だが何かとてつもなくスケールの大きな話であることは理解できた。

「……それはあり得ないわ。

だってその三竜は神造兵器のはず。神と同等の力を持っていたとしても、神が対処できないはずは……」

 清良はその可能性を否定しようとするが、それらの情報を記憶から探れば探るほどに『穴』が見えてくる。

「神が作ったのならば、不要なら神が滅ぼせばいい。それができなかったからこそ今も『封印』されてるんだろうが。

『神造兵器』ってしといた方が都合が良かっただけだ。

実際のところ神の干渉を受けたのは『リヴァイアサン』だけだ。それでさえ始めの一押しだけでその後は自己進化の果てに神をも超越した。

『バハムート』にしても、竜族の始祖にして元からそうだった『運命頃し』。

ましては『ウロボロス』に至っては発生の因果から捻じれている運命のパラドクス。

それぞれが『運命』そのもの。世界の『ルール』だ。

『運命』を観測するのがやっとな神々じゃ、太刀打ちなんて不可能なんだよ」

637: 2016/01/16(土) 19:18:08.98 ID:Ah1rtJBzo

「よ……要するに、どういうことにゃあ?」

 やっと話に割り込むようにみくが喋る。
 実際この場でまともに話についていけているのは清良だけであり、この話を聞いていた者はみく同様さっぱりであった。

「チッ……要するにだ。

アナスタシアの魂は鍵なんだよ。世界を崩壊させるほどの化物の封印を解くためのな。

それに封印をかけていたからこそ、あいつは力を、天聖気を使えていたってことだ」

「おそらく……天聖気は副産物、なんでしょう」

 清良が隊長の説明に補足するように言葉を挟む。

「力の欠片とはいえ、その力は強大。

その力が封印を介することによって、天聖気となって漏れ出していたのでしょう」

 ウロボロスの無限は、復活の天聖気へと変換されていた。
 故に、これまで扱ってきた天聖気は、封印が正常に機能していた証拠である。

638: 2016/01/16(土) 19:19:38.22 ID:Ah1rtJBzo

「さてと……アナスタシアの正体がわかったところで、悪い知らせ、というかそもそも俺がこの日本に来た理由だ。

昨日、アナスタシアの封印が完全に破られた」

「は……つ、つまり?なんなのにゃ?」


「世界が滅ぶってことだ」


「は、はにゃあああああああああああ!?」


 さらりと吐かれた重大な事実にみくは奇声を上げる。
 隊長は心底うっとおしそうにそれを眺めているだけだったが、一方チーフは懐疑的に隊長を見ていた。

「正直そんなこと言われても実感わかないけれどさ。

なんで封印が破られたのよ?何の『神さま』か知らないけど曲がりなりにも神の封印が簡単に破られるとは思わないんだけれど」

 その点に関しては黙っていた清良も同様であった。
 実際昨日の時点では、神の『加護』と思われていたものは何の問題もないように見えていたはずである。

「そこで始めにしたDID、多重人格の話になる。

壊れた方、『優しい』アナスタシアの人格は、心の奥に引っ込んだわけだ。

そこでその人格は、あるものを見つけた」

「『ウロボロス』の力……」

639: 2016/01/16(土) 19:20:46.06 ID:Ah1rtJBzo

 清良は隊長の話を聞いてそれが何なのかすぐに理解した。
 魂の源泉にして、アナスタシアそのもの。
 封印された『ウロボロス』を、心の奥底に封じ込んだ人格が発見するのは道理である。

「ウロボロスの力を見つけたその人格は、それの使い方を何年もかけて学んだ。

心の奥底でその人格は、外で自分の代わりに頑張っている『アナスタシア』のために力の調節なんかをしていたらしい。

神は万象は把握できても、人の心は把握できない。

故に神は、そんな人格の存在を把握できなかった」

 人の心は小宇宙などとは言ったものだ。
 たとえ神が全宇宙を把握できたとしても、数多の生命一つ一つの心を把握しきることは不可能であった。

「さて、そんなアナスタシアにも転機は訪れる。

『部隊』からの脱走だ。たとえ心の内から、自らが手を下していなくともこんな血なまぐさい環境はその人格には耐えきれなかった。

だからこそ訪れた脱走のチャンス。海に投げ出されて意識を失っているアナスタシアに代わってその人格は目指した。

自分の故郷であるこの国をだ」

 そうしてアナスタシアはたどり着いた。
 故郷である日本に。そしてようやく、あの地獄のような日々から脱出したのだと。

640: 2016/01/16(土) 19:21:27.80 ID:Ah1rtJBzo

「なんて中の人格は思ったが、そんなことはなかった。

あろうことかアナスタシアはヒーローを始めた。

前ほど血なまぐさくはなくとも、なぜ争いの道を選ぶのか。なぜ暴力の道に進むのか。

せっかく自由になれたのに、やってることが変わらなければ、さすがにその人格も我慢はできないだろう。

『強要されているわけでもないのに、なぜ戦う?そんなの私は許さない』ってな」

 そこからは中の人格は動き出した。
 ウロボロスを解き放って、自らの願いをかなえるために。

「ん……なんでウロボロスの封印を解く話になるにゃ?

自分が表に出て、戦わない生活をすればいいのに……」

「だいたい……まだ『神さま』の封印の問題も解決していないわ。

そこらへん、いったいどうなんです?」

 みくとキヨラの同時の疑問。
 疑問の毛色こそ違えど、どちらも当然の疑問であった。

641: 2016/01/16(土) 19:22:35.12 ID:Ah1rtJBzo

「DIDはそんな簡単な病気ではないわ、みく。

主人格、副人格、混沌に近い精神は簡単に折り合いがつく問題ではないの」

 みくの隣で話を聞いていたのあの言う通り、そんなに簡単な話ではない。
 現在の主人格であるアーニャの意識を、ずっと潜んでいた人格が簡単に乗っ取れるほど人の心は単純ではない。

 これまで中の人格が一歩引いてきたために、アーニャは気づかずにこれまで過ごしてきたのだ。
 突如として主導権を奪い返そうとすれば、人格に様々な齟齬が発生するだろう。

「ウロボロスは他の二竜と違って魂と言うものを持たない。

代わりに別の魂を内包する。というより、一つの願いを取りこんで叶えようとする所謂『願望機』だ。

当然中の人格はそのことを理解していた。

そしてずっと心の中に引きこもっていれば、いくら清廉な心であっても腐り落ちる。

ウロボロスの隣で地獄を見続けてきた人格は自然と歪んでいったわけだ。

そして外の世界には絶望していた。外に出ることは望んでいなかったのだよ

せめて自分の代理で体を動かしている『アナスタシア』が幸せに、戦いのない平和な生活を送ってくれることを願っていたのに。

それもアナスタシア自身で否定された。

全てに絶望した人格は、自ずと考えた。『全部やり直そう』ってな」

 もはやこの世界に希望はない。
 中の人格にとって、この世界は父と母と過ごしたわずかな時間しか価値はなかったのだ。

642: 2016/01/16(土) 19:23:43.96 ID:Ah1rtJBzo

「たしか、ウロボロスは『願い』を聞くが『叶えない』。

やり直したい過去に対して、世界の時ごと巻き戻し、やり直させる。

だがその願いは絶対に叶わない。その願いを起点に叶うはずのない過去改変を延々と繰り返し続ける。

世界そのものを閉塞した時間の檻に閉じ込める。故に『無限円環』」

 かつて魔界の書庫で見た『ウロボロス』の情報。
 清良にとっても情報があっているかはわからなかったが、それでもこれが事実ならば、封印が解けた今世界は同じ時間をループする檻が起動する直前なのであろう。

「それは正しい。

無限ループこそ『ウロボロス』のルール。世界を閉塞させる滅びの龍だ。

そしておそらく中の人格は、全てを無かったことにして親の氏ななかった世界にしようとするだろう。

だがそれは絶対に叶わないことは知らないはずだ。その上、理解もしようとしないだろう。

すでにその人格は『ウロボロス』に囚われているはずだ」

 清良のウロボロスの情報に注釈するように隊長が言う。

「次に、なぜ封印が破られたか。

普通ならば、何千年単位で解呪を試みなければ、封印が綻ぶことすらもなかっただろう」

643: 2016/01/16(土) 19:25:03.29 ID:Ah1rtJBzo

 続いて清良の疑問に隊長は答える。
 天界でも一,二を争う力を持つ『全能神』の封印である。
 いかにウロボロスの微弱に漏れ出す力を用いようと、その封印は決して揺らぐはずはない。

「答えは簡単だ。封印の解くための鍵を、『神』が直接渡していたからだ」

 神は知らぬうちに、自らの封印の解除の手助けをしていたのだ。
 『全能神』最大の誤算であり、中の人格によって全て巧妙に偽装されたのだ。

「『聖痕解放』。俺との戦いにおいてアナスタシアが得た技にして、神のバックアップ。

だが中の人格は、神から受けとったその力を封印の解除に使った。

神は合鍵を渡していたようなものだよ。

受け取った力を封印の解除に使いつつ、自らの力にする。

そしてウロボロスの力を封印を介して天聖気に変えて放出させた。

天聖気は封印対象ではないからそもそも封印を抜ける。さらに封印は扉のようなものだ。そんな大量の力を扉から放出すれば、扉にもガタは来る。

つまり『聖痕解放』を行うたびに神から鍵を受け取り、封印を力の放出で緩める二重の封印解除。

エネルギーはほぼプラスマイナス0。傍から見れば『神』でさえも正常に『聖痕』が機能していると錯覚した」

644: 2016/01/16(土) 19:26:03.60 ID:Ah1rtJBzo

 封印の解除は、『聖痕解放』によって指数関数的に速度が早まった。
 そして先日の限界を超えた『聖痕解放』によって、最後の一押しは為されたのだ。

「さて、以上が事の真相だ。

満足できたか?猫娘」

 長々と喋り続け、ようやくすべてを喋り終えた隊長は目の前のみくに嫌味たらしく尋ねる。

「もう……何が何だか……さっぱりにゃあ……。

とにかく……やばいってくらいしか……」

「はっ……そんなものだ。『運命』なんてものは。

直にお前の番も来るさ。前川みく。いずれ主演の『舞台』がな」

 『運命』に縛られないがゆえに、『運命』の輪に入れない隊長にとって、その目に見えぬ流れは最も遠く、近しいもの。
 人の数だけ物語がある。傍から見ることしかできない隊長がそのことを最も理解していた。

 そして隊長は立ち上がる。
 話すべきことは話したと言わんばかりに出口へと歩を進めた。

「待ってくれます?」

 だがそれを、清良は呼び止める。
 その声にこたえるように、隊長は足を止めて振り向いた。

645: 2016/01/16(土) 19:26:48.68 ID:Ah1rtJBzo

「今の状況はどのような状況なんです?」

「まだ封印が解けただけだ。この段階じゃあウロボロスの力のほんの一欠けらでしかない。

デッドエンドは、いわゆるウロボロス・アナスタシアが地中に封印されている『本体』にたどり着いた時だ。

……だが別に気にする必要はない。

俺が片を付けてくる」

 そう言って隊長は扉に手をかける。
 だが、背後から飛来する注射器が隊長の顔をかすめ、扉に突き刺さった。

「チッ……またか」

「……これは、『神さま』の沽券にもかかわる問題です。

私がアナスタシアの処理を行います」

 ウロボロスが復活すれば世界が終わる。
 そんな状況で、素性さえよくわからない男に清良は任せておけない。
 神の封印が破られたのならば、それをカバーするのが天使の役目であった。

 たとえ堕天した身であっても、自らが大切にする者のためならば、清良としても意地がある。
 ただ黙って任せておくことなどできない。

646: 2016/01/16(土) 19:27:25.61 ID:Ah1rtJBzo

「沽券……ねぇ……」

 ゆらりと、隊長は清良の方を振り向く。
 その瞳は先ほどまでの眼光とはまるで違っていた。

 決意に満ちたその瞳は、殺意とは全く違う威圧感を放つ。

「悪いが、今回は誰にも手出しはさせない。

これはアナスタシアの問題だ。

神だとか、世界平和だとかそんな問題じゃあねーんだよ。

あいつが決める、『物語』だ。

だからこそ番人として俺が関与する。

その限り、誰も手出しできない。そう言うルールだ」

「あなたは……まさか」

 清良としても寡聞にして聞いたことがあるだけであった。
 『外法者(デストロー)』の存在は、『運命』に多くかかわる者にとっては最も縁遠い。
 ましては正体が世界規模で高名な天使である清良にとって本来出会うことすらない人種である。

 見たことも存在さえも確認したことのない存在であったが、清良にはその男が何者であるか理解できた。

647: 2016/01/16(土) 19:28:29.34 ID:Ah1rtJBzo

「でも……こんなことって」

「もちろんイレギュラーだ。

だが、『外法者』のルールを『外法者』の力で破ることに何の疑問があると言う?」

「そんなの……正気の沙汰ではないわ。

『運命』に反逆するということは、運命から抹消されかねないということ。

あなたは……」

 清良にとっては、ウロボロスのような伝え聞いただけの脅威よりも今目の前にいる男の方が得体が知れなかった。
 隊長の言い方こそ軽いものだが、それを実行するということがどれだけの狂気かわかっていない。

 精神崩壊しかねないほどの『運命』からの圧力と、それをさらに無視するという対症療法にも似た対応策。
 長き時を生きてきた清良でさえ想像することができぬほどの苦痛が、今隊長の身に降りかかっているはずである。

「どうして……あなたは、そこまで」

 清良には理解できなかった。
 隊長がなぜそこまでしてアナスタシアというたった一人の少女を気に掛けるのかを。

「そんなもの……お前が沽券と言うならば、俺は矜持だ。

俺はろくでもない大人だが、ガキまでろくでなしするわけにはいかない。

俺は、俺の責任を果たすだけだ。可能性を……潰さないためのな」

648: 2016/01/16(土) 19:29:20.40 ID:Ah1rtJBzo

 隊長の額から垂れる一筋の赤い雫。
 すでに『外法者』の代償は体に現れるほどに、深刻な域に達していた。

 何せ今回のは、前回の冬の時とはまるで違う。
 アナスタシアと言う個人と戦うのではない。今回はウロボロスという世界のルールそのものに抗うのだ。
 先ほどから話している間にも、脳内がフォークでかき回されるような状態だったのである。

「ああ……それとだ」

 男は額の血を拭いながら、視線を移す。

「前川みく……と高峯のあだったか」

「う、うにゃあ!?いったいなににゃ?」

 みくは突然名前を呼ばれ驚くが、のあの方は無言のまま隊長を見据えている。

「たしか、アナスタシアの友達とか言ってたか」

「そ、そうにゃ!みくとアーニャンは友達だよ!」

「はっ……下らねぇ」

「くだらないとは何にゃ!だって、友達だから……友達が困ってるのなら助けに行かなきゃ!

こんな状況なら、余計に、なにがなんでも、アーニャンに会いに行かなきゃ!」

 そう、先ほどからみくは落ち着きがなかった。
 昨日の時点ですでに様子がおかしかったのにアナスタシアの今の状況が切迫していると知ってから、いてもたってもいられなかったのである。
 話を聞けばなおのこと。たとえ隊長が行くなと言おうと、そんなものは無視するつもりであったのだ。

649: 2016/01/16(土) 19:29:55.78 ID:Ah1rtJBzo

「お前も来る必要はない。来たところで無意味だ。だが……」

 隊長は一息置く。
 眼光こそ鋭いが、その瞳の奥は少し和らぐ。

「あいつが帰ってきた時に、変わらず友達でいてやってくれ」

「なっ!?」

 そう言い残して、隊長はエトランゼを後にした。
 みくは追いかけて扉を開くが、すでにどこにも姿はない。

「言われずとも……そのつもりよ」

 のあはみくの背を見ながら小さく呟く。
 気が付けば昼11時少し過ぎたところ、長かったように思えた男の来訪は、わずか一時間弱の出来事であった。


***



  

650: 2016/01/16(土) 19:31:16.72 ID:Ah1rtJBzo


『本日紹介する商品はこちら!スーパーウォーターブラシEX!

高圧の水の噴射によってしつこい汚れも一刀両断!』

「なぁメアリー……こう言うのってよく通販してるの見るけどさ、実際に買う人っているのかな?」

「そりゃあ……頭の悪い人しか買わないでしょ。

これくらいの物ホームセンターに行けばもっと安くってると思うワ」

『一流のレディたちの間でも大流行!鮮やかな洗浄技術こそ今のレディたちの必須スキルなのです!』

「……お小遣いで足りるかしら?」

「さっそく頭悪いことになってるぞ!?」

 テレビの中では朝の番組と昼の番組の繋ぎでろう通販番組が放映されている。
 それをメアリーと美玲はソファに座りながら退屈ながらも見続けていた。

「さってと……頼まれてたことだけど、軽く調べてみたわよ」

 テレビの前の二人とは少し離れたところで会話する集団。
 その中で始めに喋った沙理奈は足を組みながら椅子に座っている。

651: 2016/01/16(土) 19:32:01.95 ID:Ah1rtJBzo

「どう?何か心当たりは……?」

 それに向かうにように座っているのは周子と紗枝。
 自然に紗枝は周子の腕にもたれている。

「周子から聞いたアーニャの結晶?というか竜の鎧?っていうの?

実はいうとね……」

「い……言うと?」

「……よく解んない♪」

「なんでやねん」

 周子は沙理奈の額に軽くチョップを入れる。

「あいたー!……まー冗談はさておきいくつか候補はあったわ」

 周子は先日のアーニャの暴走について気になっていた。
 前にも見たことあるような感覚。アーニャのあの姿は初めて見たはずなのに、似たものをどこかで見たような、そんな気がするのだ。

 しかし、自らの記憶にもなく、紗枝も心当たりのある伝承は知らないらしい。
 なので、魔界や天界と言った事に詳しいであろう沙理奈に伝手で調べてもらうことにしたのだ。

652: 2016/01/16(土) 19:32:51.35 ID:Ah1rtJBzo

 ちなみに未央にも頼んではいたのだが、アーニャのことに関して調べるのは乗り気ではなかったようだ。
 周子としても無理に頼むつもりもなかったので、今この場に未央はいない。
 それも仕方のないこととして周子は話を進める。

「候補?例えば?」

「えーっと……とりあえず竜の姿ってことで、竜族について少し洗ってみたわ。

メアリーの件である程度は調べたことがあるし、心当たりとしてあるのは二つ」

 沙理奈は指を二つ立て自らの唇に押し当てて、もったいぶるように妖しく笑う。

「魔界では竜族はもうほとんどいないけど結晶、特に氷の竜の種族は存在するわ。

その一族の長のリンドヴルムは今も存命してるらしいってのを聞いたから部下に頼んで連絡を取ってみたのよ」

「まぁ、幸先がよさそうやなぁ」

 周子の隣の紗枝はのんびりとした口調で言う。
 紗枝としてみれば今周子が隣にいるこの状況の方が重要であり、アーニャのことについてはそこまで気にかけていないようだ。
 一方で紗枝不在の京都はかなりてんやわんやな状況であるのだが、それを彼女が知るのはしばらく後のことであるし、別の物語である。

「所はノースヘル。ニヴルヘイム州。アタシの部下のインキュバスであるエクスタシー汁田くんが、氷狼や野生のスノーゴーレムに追い掛け回され、苦労してたどり着いく。

そこには巨大な竜の姿があったのです」

 語る口調は、他人事。
 部下の苦労を茶化すように沙理奈は語る。

653: 2016/01/16(土) 19:33:39.45 ID:Ah1rtJBzo

「まぁ結論言えば氷結竜リンドヴルムは自分の冷気で凍り付いて冷凍保存されてたってわけ。

彼以外その一族は全滅してるみたいだし、そもそもアーニャの結晶は氷じゃないらしいからハズレね」

(憐れ汁田くん……)

 周子は沙理奈に振り回されて極寒の地まで行く羽目になった部下に内心で同情しておく。
 ともかくすでに数百年以上前からリンドヴルムは凍り付いたままらしく、おそらくアーニャとは関係ないであろう。

「ちなみに結晶に所縁のある竜としてもう一つの候補、眼が宝石になってる宝石竜ウィーヴルっていうのがいたのよ。

でもかな~り昔に金欠で困った友人のティアマットって竜に、両目を奪われて氏んでるらしいわ。

そもそも結晶を身に纏うような竜でもないし、これもハズレよね」

(早くも全滅かぁ……)

 数少ない候補二つが速攻でなくなる。
 周子はあえて口には出さないが、頼んだ相手を間違えてしまったかと思った。

「そ、そんな失望を含んだ目で見ないで、ね」

「沙理奈はんの言う通り竜じゃないなら一体なんやろなぁ?

『龍脈封印』で抑えられるから、それに何か関連するんやろか?」

654: 2016/01/16(土) 19:34:52.50 ID:Ah1rtJBzo

 龍脈とはそもそも地中に流れる自然的な力、別の言い方をすれば魔力の膨大な流れのことである。
 その形が龍に見立てられることで龍脈と呼称されるようになっただけで、実際のところ竜とはそこまで関係があるわけではないのだ。

「うーん……やっぱりアーニャの中に膨大な魔力流が渦巻いてる、なんてのも考えてみたけど……そんなことになってるならすぐにわかるわよね」

 龍脈封印で封じることができるならば、魔力の流れがアーニャの中で渦巻いているはずである。
 だが、そんな膨大な魔力の気配はここに居る誰も感じたことがない上に、そもそも天聖気が存在する以上アーニャは魔力を貯蔵できない。

「一応、魔力が結晶化するっていう話はないわけじゃないのだけれど……」

「ん?それってどういうことなん?」

「えーとね、魔力は大気中だとすぐに散っちゃうのよ。だから魔術を使うときは体内の魔力を使うんだけど……。

ごくまれに龍脈が詰まるようなことや流れ着いた魔力が収束して結晶のカタチ、マナクリスタルになるの。

そう言った環境さえあれば、時間はかかるけど人工的にマナクリスタルを作れるのだけど、正直可能性としては低いわよ」

 そもそも魔力管理を管理人がしている時点でそう言った環境が作られることはほぼない。
 かといって人工的に環境を作り出すことも不可能なので、マナクリスタルは非常に希少性が高い。
 マジックアイテムに使われることが多く、その希少性も相まってすさまじい値段で取引されているのがほとんどだ。

「そんな瞬間的にマナクリスタルを生成できるはずがないし、非効率だわ。

それだけの魔力操作ができるのなら、直接魔力波として飛ばした方がまだマシね。

それにそんなことすれば世界の魔力のバランスが崩れるレベル。速攻で管理人が察知するはず」

655: 2016/01/16(土) 19:35:56.62 ID:Ah1rtJBzo

 だが今のところアーニャの暴走は『プロダクション』以外で知る者はほぼ皆無である。
 特に魔界で騒ぎにもなっていない上、管理塔は通常運営であった。

「つまりマナクリスタルではないってこと。天聖気で同様のことをするのはもっと不可能だろうし、この可能性は考えなくていいわね」

「そっか……」

「あまり参考に慣れなくてごめんなさいね」

 沙理奈は知識に関して魔界でもトップクラスだ。
 だがそんな彼女でもわからないということはアーニャのはほぼ全例のない事象であるという可能性が浮上してきた。
 それでも周子が感じる一抹の既視感は、依然残ったままである。

「結晶ね……氷でもなく、星の様で、雪のように消える、あの感じ……」

 周子はあの時ことを思い返す。
 あの禍々しい、全身結晶の鱗で覆われたアーニャの姿が、一方で儚く、日が昇り始めた時のような雪を思わせる。




「あ、あーー!!!忘れてた!そんなのもあったわー」

 突然、周子の呟きを聞いた沙理奈が何かを思い出す。
 その言葉を聞いて、巡らしていた思考から周子は意識を戻す。

656: 2016/01/16(土) 19:37:00.87 ID:Ah1rtJBzo

「星のような結晶で、雪のように儚く消える。『素霊結晶』なんてのもあったわねー」

 その言葉を聞いて周子の脳に電気が走った。
 初耳のはずなのに、どこかで聞いた単語。

「そ、それ!それって何?」

「あぅ!」

 周子はその言葉に思わず立ち上がり、もたれかかっていた紗枝が思わず弾かれる。

「え?知ってるの周子ちゃん?これアタシもすっかり忘れてたくらいのことなんだけど……」

「あ、いや……なんとなく聞き覚えがあるというか……まぁとにかくそれって何なの?」

「ふぅん……。『素霊結晶』ってのは文字通り『素霊』の結晶よ。

『素霊』は霊体の最小単位。プランクトンとか細胞一つ一つの魂で、数も膨大だから魔力みたいに空気中に満ちてるわ。

さて魂ってのは輪廻転生を経て新たな生命となるわけだけれど、それにも手順があるのよ。

それを考えずに、魂に生命エネルギーを大量に注ぎ込んで受肉させようとするとどうなると思う?」

 魂は情報の塊でもある。氏後情報量がそのままで生まれ変わるには莫大なエネルギーを要するために、魂を洗浄し情報を軽くする。
 そうしたような過程を経ることによって魂は生まれ変わりを果たす。

657: 2016/01/16(土) 19:38:11.46 ID:Ah1rtJBzo

 だが極論を言ってしまえば、情報をそのままでも莫大なエネルギーさえ確保できれば情報、つまり記憶などをそのままに生命を蘇生できるのだ。
 しかしそれでも魂が戻るための肉体や霊体と肉体との拒絶反応など様々な問題がある。

 それさえも無視して魂に、復活するためのエネルギーを注ぎ込めばどうなるか?

「結晶化……する」

「そのとおり周子ちゃん♪

魂が、魂のまま物質としての質量を持つ。実体を持たない霊体がそのままに結晶として物質化する。

水蒸気が水を経て氷になるように、魂が実体として凝固するのよ」

「それが……『素霊結晶』ってわけ、ね」

「いや、人間ほど魂を結晶化させるには、普通に受肉させる以上のエネルギーが必要だから基本的にありえない。

だからこそ魂の最小単位『素霊』が結晶化する事例のみで、それを『素霊結晶』というのよ。

それでもそれなりのエネルギーを消費するから絶対に自然に起きる現象じゃあないんだけど」

 いくら魂を結晶化させるとは言っても、これは氏者の蘇生である。
 かつて幾度となく挑んできた者はいたが、完全な蘇生を実現したものはほぼ皆無。
 事実生き返るには、一般的な生まれ変わりをするしかなかったのだ。

658: 2016/01/16(土) 19:39:19.00 ID:Ah1rtJBzo

「注ぎ込むエネルギーも何でもいいってわけじゃないの。

生命の源。魔界よりもさらに下の、一周廻って天界につながる輪廻の極地にある魂の終着点。そこにのみ満ちているエネルギー。

いくつかそういった場所はあるし、基本的にはそこでしか生命の復活は不可能ね。

『素霊結晶』という現象自体が、突如として魂が物質化するほどのエネルギーを得てしまう世界のイレギュラー。

レア度にしては、マナクリスタルなんて目じゃないほどの、天文学的確率で引き起る可能性がある『だけ』の現象だわ」

 そもそも発想としてあり得なかったのだ。
 マナクリスタルは、起こり得る可能性がある現象だ。
 一方『素霊結晶』、魂の結晶化はそもそも可能性が提唱されているだけの机上の現象なのである。

 沙理奈としても、情報と知っているだけで候補にすら上がらなかった。

「昔天界で強引に試した天使がいるらしいけれど、実験の余波のエネルギーに耐えきれずその天使は消滅。

その後には、星の煌めきのようで、雪のように儚く消える『素霊結晶』が数秒間だけ確認できたらしいけどね」

 たとえ消滅を免れていたとしても、その行いは生命に対する冒涜でありその天使はただではすまなかっただろう。
 だがそれでも、『素霊結晶』の唯一の記録として残る程度のことは為していた。

659: 2016/01/16(土) 19:41:39.57 ID:Ah1rtJBzo

「たしかあのアーニャはんは『復活』の天聖気だったんちゃうん?」

 横で話を聞いていた紗枝は首をかしげながら尋ねる。

「『復活』の天聖気は、氏から肉体を復活させる天聖気なのよ。

だから、魂を受肉させる力はないし、肉体から完全に離れた魂を復活させるまではできないのよねー」

 そう言った前提があるからこそ、まず沙理奈は候補から外していた節もある。
 似ているようで非なる力であり、あくまで『復活』は自己蘇生の力で、治療はあくまでその副産物。他者を蘇生することは不可能であった。
 当然たとえ矮小な『素霊』であっても、『復活』の天聖気で蘇生はできない。

 だがそれでも、周子は確信があった。

(あれは『素霊結晶』だ)

 アーニャが纏っていた竜の鎧を構成していたのが、まぎれもなく『素霊結晶』であると確信できる。
 鎧を構成できるほどの素霊をどうやって結晶化させたかは謎だが、それが正しいことを『覚えている』。

「結局のところ、よくわからへんなぁ」

 アーニャの事情を詳しくは知らない紗枝は、これだけのことを聞いてもさっぱりであった。

「まぁ結局あれこれ考えたところでわかんないし、アーニャ本人を調べるわけにはいかないからねー。

未央ちゃんは何か知ってるかもだけど、あんまり触れてほしくないみたいだしとりあえずそっとしておくのがいいんじゃないの?」

660: 2016/01/16(土) 19:42:30.40 ID:Ah1rtJBzo

 周子の脳内とは裏腹に、アーニャのことについては話として終わりのような雰囲気になる。


 だがその時、プロダクションの入り口の扉が開き、皆の視線が集中する。

「ドーブラエ ウートラ!おはよう、ございます!」

 入ってきたのは話題の渦中の人物。
 アナスタシアは、先日とは打って変わって上機嫌な様子で現れた。

「あら、アーニャちゃんおはようさん~」

 紗枝は周子の隣をキープしたまま、現れたアーニャに向かい小さく手を振りながら挨拶する。

「アー!おはようさん、です!サエ」

 アーニャも紗枝に倣う様に挨拶を返す。

「ああ……おはような、アーニャ」

「ダー!周子も、おはよう、ですね♪」

 まるで悩んでいたことが杞憂であるかのように、アーニャの様子は明るい。
 全て吹っ切れたかのような屈託のない笑みを周囲にふりまく。

「機嫌がいいわねアーニャちゃん。何かいいことでもあった?」

 昨日は相当に沈み込んでいたことをピィから聞いていた沙理奈は、アーニャの機嫌の理由を尋ねる。

661: 2016/01/16(土) 19:43:44.55 ID:Ah1rtJBzo

「私、考えました。お休みをいただいた、意味を。せっかくだから、このお休みの間で、やりたいこと、やってみることに、しました!」

 その表情に必要以上に責任を背負い込んでいた影はない。
 誰もが、アーニャが前を向いて歩きだしていることを理解する。

「心配なさそうね。周子ちゃん」

「……そう、だね。シューコちゃんの、気にし過ぎか」

 なんとなく違和感というか、喉の小骨のような突っかかりはあるものの、周子はとりあえず良しとする。
 できれば、『素霊結晶』以上に、余計な記憶を思い出さないようにと。

「ミレイ、メアリー。おはよう、ございます!」

「ん?ああ、アーニャ、おはよう、だぞ……?」

「あら、遅かったじゃない。アー……にゃ?」

 長く生きるということは、知性や精神など様々なものを研ぎ澄ませる。
 それは、違和感を察知するには長けていくということだ。

 だが純粋さは、逆に鈍っていく。
 違和感がないほどに溶け込んでいても、純粋であるがゆえに他者には敏感であった。

662: 2016/01/16(土) 19:44:43.18 ID:Ah1rtJBzo

「なぁ……」「エー……っと」

「オマエ……誰だ?」「アナタ……どちらさま?」

 結晶の翼は羽ばたく。
 少女にして長身のアーニャは、その赤い双眸で二人を見下ろす。

「Да(ええ)、Разрешите представиться(はじめまして).」

 宙に浮くのは2本の結晶杭。
 その鋭さは、子供の柔肌を貫くには十分であった。




「下がりなさい!」

 だがその杭は打ちだされることなく、アーニャの姿と共に炎に包まれ、正体不明の力で抹消される。
 『プロダクション』内が一切荒らされることなく、アーニャは消滅した。

「メアリーに手を出すなんて、一体どこの馬鹿か知らん?」

 メアリーの前に守るように出るのは沙理奈。
 その口調こそいつものように軽いものだが、警戒心はこれまでに見せたことのないほどに張りつめている。

「沙理奈さん、まだだよ。『アレ』は、殺せない」

663: 2016/01/16(土) 19:47:27.68 ID:Ah1rtJBzo

 同様に美玲の前に出るは周子。

「どういうこと?あのアーニャを知ってるの?」

 沙理奈がどういうことか聞き返す。
 周子は窓側の虚空を見つめながら、先ほどの翼を見てすべてを『思い出した』。

「ああ……全部、あたしは知ってるんだ。

数百年も前の、地獄の繰り返しが。

狐火の『型』も、柄にもない妖怪の『大将』も、かつての『外法者』も、『素霊結晶』も……。

全部は忘れ去られたループの渦。『外法者』の介入がなければ気づくことすらなかった世界の流転を……。

そもそもテキトーなあたしが妖怪の大将なんて……柄じゃない。

全部は『役割』だったの……。

……『ウロボロス』」

 虚空に散った影は収束する。
 『ウロボロス』は無限の輪廻。世界の極点。決して『滅ぼせない』ルール。

「Да(うん)……周子さんは、やっとワタシが何かに気づいたんだ。

『ウロボロス』の前任者のループを破った立役者の一人が、全部忘れてるのは滑稽ではあったね。

それが『ウロボロス』と言う世界のルールだから、仕方ないけど」

664: 2016/01/16(土) 19:48:36.58 ID:Ah1rtJBzo

 ロシア語混じりでも、その言葉は日本人のように流暢。
 それなのに誰もがそれを違和感なくアナスタシアと理解し、それでいて別の『モノ』であると理解する。

「あの……ときのや」

 少し離れた場所にいる紗枝は思い出す。
 崩壊した港、アーニャを『龍脈封印』する直前に現れた謎の人格を。

「『ウロボロス』……アンタ、今度は何をするつもりなん?」

 周子は、警戒しながらも目の前の『アナスタシア』に尋ねる。
 『アナスタシア』は薄く笑い、それに呼応するように周囲の結晶の粒が輝く。

「別に……前のことはワタシも『ウロボロス』の記憶が知っていただけですから。

今度とかじゃあないよ。ワタシは、ワタシだけの『願い』を叶える。

ここに立ち寄ったのは、別れの挨拶です。ワタシ、みなさんのこと結構好きでしたから」

「人様の子たちに手を出そうとして、よくも言えるわね」

 沙理奈はメアリーを背に庇いながら、『アナスタシア』を見据える。
 二人の後ろにいる美玲とメアリーはいまだ現状把握ができておらず混乱している。

「どうせ守るって、信じていましたから」

 その物腰こそ柔らかいものであるが、その姿に得体のしれない不気味さを感じる。
 姿こそ『アナスタシア』であるのに、感情を持つ『人』と話していないような、無機物的な不気味さを。

「よく言うね……『ウロボロス』。

一体目的は、なんなの?」

665: 2016/01/16(土) 19:49:24.37 ID:Ah1rtJBzo

 『ウロボロス』の目的はただ一つ。周子はそれを理解していたが、一応質問する。
 もしかしたら、目の前の怪物の中にまだ『アナスタシア』が残っているかもしれないということに賭けて。

「周子さんは解ってるでしょう?

『ウロボロス』が何なのかを。

ワタシは、それで『願い』を叶えるだけ。この狂った世界を正さないとね」

 張り付いたようにニヤリと嗤う顔はこれまでのアーニャとは違い、不気味に白く見える。
 その願いは始めこそ純粋なものなれど、精神は蛇の毒でねじ曲がっていた。

「そう……アーニャはもう、いないんやね」

「なにを言ってるんです周子さん?

ワタシが『アナスタシア』ですよ」

 もはや抑えきれなかった。自らが気にかけていた子の顔で醜く笑うその姿を、周子は見ていられない。

「黙って!」

 無意味だとわかっていて、周子はアナスタシアを燃やし尽くす。
 骨さえ残さぬ業火によって焼き尽くされたはずなのに、当然のように手ごたえなどない。

「周子ちゃん!?」

「ごめん……、さすがに我慢できなかった」

666: 2016/01/16(土) 19:49:59.35 ID:Ah1rtJBzo

「ではみなさん。また会いましょう。

ワタシの願う『正しい』世界か、それとも悠久の渦の中か、何れかは知りませんけど……。

たとえどんな形になろうと、ワタシはもう止まりません。

では、До свидания(また、会う日まで)」

 当たり前のように姿なきアナスタシアは言葉を発した。
 それを最後に、異形の気配はこの室内から消える。

 まるで存在したことすらなかったかのように、静まりかえる。

「まだ……間に合う」

 ゆっくりと、周子は立ち上がる。
 時計の針は午前の11時半を差していた。


***



   

667: 2016/01/16(土) 19:51:22.58 ID:Ah1rtJBzo


 同時刻のとある公園。

 目立った特徴もない公園では、近所の主婦が談笑していたり、子供たちが駆けずり回って遊んでいる。

 その中の小さなひとつのベンチ。目を凝らしてみれば一人の少女が小さく座る。
 誰にも見向きもされないその少女は、俯いたままただ時が過ぎるのを待っていた。

「アー……私には、何も、無いですね」

 もはや自らの存在は脱皮後のへびの抜け殻と同様であった。
 存在を保っていられるのは、わずかに残ったウロボロスの力の残滓と、掃き捨てられた神の封印、それに付随した天聖気のみである。

 それと残されたのは記憶だけ。
 忌まわしい部隊にいた時の記憶は、ご丁寧に置き去りにしていったのだ。

 自らの存在価値どころか、存在そのものまで失ってしまった彼女はもはや何もできることはない。
 諦観し、ただ時を経つを待つだけであった。

「きっと私(あのこ)は、願いを叶える」

 何も持たない、過去を諦めきれない彼女は何もできない。
 一方で、たった一つの願いを持ち過去を取り戻そうとする彼女は、世界を捻じ曲げてでも勝ち取りに行くだろう。

「だって……戦うことしか、できなかったんだから……」

668: 2016/01/16(土) 19:52:09.00 ID:Ah1rtJBzo

 言い訳のように小さく呟く。
 誰に聞こえるわけでもない。認知ないほどに希薄化した存在は、この公園の中で唯一の孤独であった。

『ずいぶんと詰まらねえことを、言ってやがる』

「アー……それしかできないんですから仕方、ないです」

『はっ……脳がねえな。できることが限定されるなんてことはねってのによ。

やりたい放題すれば、全部はうまくいく』

「それは……あなたの、理論でしょう?」

『決まってるだろうが。俺が、『外法者(ルール)』だからだ』

 テレパシーで少女の脳内に直接響く言葉。
 だれも少女の言葉は聞けず、だれも男の声を聞き取ることはできない。

 二人だけの、静かな会話。

「……隊長」

『情けねえ面しやがって。お前は、もっと強かっただろうがよ』

 小さなベンチに、眼光の鋭い大男と姿が見えぬ純白の少女
 二度と会わないはずの二人は、小さな公園で、誰の目にも触れずに邂逅する。





   

669: 2016/01/16(土) 19:53:10.10 ID:Ah1rtJBzo

ウロボロス・アナスタシア
アナスタシアの5歳まで主人格であり、本来の人格。
その精神性は、神の天聖気を内包していることにより、優しく、慈愛に満ち、争いを嫌う聖女のようなものであった。
だがある一件によって人格は崩壊、現在のアナスタシアが表の人格を引き継いで、心の中に埋没する。
それによって心の奥底、神の封印さえ超えた領域の、自らの源泉でありそのものである『ウロボロス』を発見。
内側からそれをコントロールすることによって、『外』のアーニャを助けてきた。
だが強大な『ウロボロス』の力に触れ続けることで、その人格は歪み、囚われていく。

『戦うこと』に囚われるアーニャを見限り、ウロボロスの完全復活を目論む。
そして両親が氏ぬことのなかった『正しい世界』を『ウロボロス』に願う。

『ウロボロス』
滅びの三竜が一体。伽藍堂の願望機。最新の災厄。無限の大地。円環の龍。
他の二竜と同様に神を超える力を持ち、世界そのものである絶対の『ルール』。
根本から通常の竜種とは異なり、更には三竜の内もっとも近代に出現し、特に異質な性質を持つ。
数百年前に突如として現れ、世界をループによって閉塞させ、未来を消失させた。
成り立ちから歪んでおり魂を持たず、『願い』を持つ人の魂を内包することで起動する『願望機』。
『願ったから現れた』のか『現れたから願った』のかというような捻じれた因果によって、世界に突如出現している。
そして『ウロボロス』自体が意図しているのかは不明だが、『願い』を叶えさせるために時間を何度もやり直させるが、その『願い』は決して叶うことはない。
世界を閉塞させるためだけに存在する歯車である。
また、自らで完結している輪廻によって、存在するだけで周囲の生命を蘇生し『素霊結晶』を無尽蔵に生成し続ける。

ミ○ュランマン
タイヤとかも扱ってる某星認定組織のエージェント。
料理の質や店内の雰囲気などを調査し、レストランに星を与える。
星を与えられるということは実績と信頼のおけるレストランであると認定されると言うことであり、名誉であると同時に強力な宣伝効果を持つ。
そのため脅迫して星を得ようとする悪徳レストランが増えてきたため、エージェントは味覚のほかに筋肉も必要となる。
食のプロ。フードファイターとしての質は世界最高峰であり、質の高い料理で育てられた筋肉は黄金の輝きを放つ。

  

670: 2016/01/16(土) 19:57:44.72 ID:Ah1rtJBzo
以上です。

伏線や設定は盛り過ぎない。後で後悔することになるぞ。
おじさんとの約束だ!

てなわけで伏線大回収と説明で埋め尽くされた中編です。
長かった……。

みく、のあ、清良
周子、紗枝、沙理奈、美玲、メアリー、名前だけ未央お借りしました。

671: 2016/01/17(日) 21:16:18.34 ID:QgK/JliK0
流石の濃厚さ、おつでしてー
二重人格と願望機ウロボロス、2つが合わさり世界がヤバイ…
一瞬だけ入るほのぼのさえぶっとんでしまいますな(褒め言葉)
いろんな因縁もあるみたいですが果たしてどうなるのか…



【次回に続く・・・】




引用: モバP「世界中にヒーローと侵略者が現れた世界で」part12