191: 2017/09/19(火) 20:01:43.82 ID:k1yJYnNv0

ほたる「なぜトップアイドルを目指しているのか、ですか?」

ほたる「私は不幸体質でまわりに迷惑ばかりかけて……」

ほたる「だからこそ、こんな私でもファンの人を幸せにできたらって思うんです……!」

ほたる「それが叶えば……いえ、叶えるまで、絶対にあきらめません!」


「目的」
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(3) (電撃コミックスEX)
192: 2017/09/19(火) 20:03:43.42 ID:k1yJYnNv0
広いライブ会場は開演を待ち望むファンの期待感に満たされていた。
袖から顔を出すことはできないが、その熱気は十分に伝わってくる。
舞台袖から回れ右をして廊下へ進むと、揃いのTシャツを着たスタッフが慌ただしい様子ですれ違う。

開演前のこの空気が何とも言えず好きだ。薄暗くスポットライトの当たらない舞台の裏側は、客席とはまた違う熱気を帯びている。
観客もスタッフも、ただ一人の女の子のためにここにいる。それがまたいい。
そしてそれは、プロデューサーの俺も変わらない。

廊下の角を曲がり、進んではまた曲がる。
「私の不幸をステージに持ち込まないようにしたいんです」と、彼女の強い希望で一番遠い部屋を楽屋にしているので、入り組んだバックヤードをちょこまかと進み続けなければならない。
ようやく『控室』のプレートが挟まれたドアの前までたどり着くと、一呼吸おいてから扉を開ける。

部屋の主、つまり今夜の主役は一人部屋にも関わらず一番隅の席に座っていた。
そんな担当アイドルが部屋に入った俺に顔を向ける。


「あ、プロデューサーさん……」


白菊ほたるが、微笑んだ。

193: 2017/09/19(火) 20:06:07.92 ID:k1yJYnNv0
扉を閉めると客席の喧噪はここまで届かないようで、部屋はシンと静まり返る。
それでも、備え付けのモニターテレビにはステージを俯瞰する角度で映しているので、最前列付近の様子は確認できた。


「いよいよだな。緊張してないか?」

「私……ワクワクしてます。早くステージに立ちたいです……どうかしましたか?」

「いや、ほたるの口からそんな台詞が聞けるとは。今回のライブ、かなり気合入ってるみたいだな」

「はい、今日の日のために頑張ってきましたから」


そう言っても過言ではない。ほたるのこのライブにかけるストイックさは目を見張るものがあった。
彼女のなかで、今回のライブの成功が大きな転機と考えているのだろう。
いまも伏し目がちな瞳に、確かに熱を秘めているのが見てとれる。


「白菊さん、そろそろスタンバイお願いします!」


ノックのあと、ドア越しにスタッフが声をかけてくる。
ほたるが「わかりました」と投げかけると、また慌ただしく足音だけが去って行った。

194: 2017/09/19(火) 20:09:04.75 ID:k1yJYnNv0
「よし、行くか。今までの頑張りを見せて、ファンの度肝を抜いてやれ」

「はい! あの、プロデューサーさんにお願いがあるんですけど……聞いてくれますか?」

「俺に? そりゃ構わないが」

「さっき私が座ってた場所に、手紙を置いておいたので……プロデューサーさんに、このライブが一番盛り上がってるときに、読んでほしいんです……ダメですか?」

「つまり一番の盛り上がりは楽屋にいなきゃならんわけか……それはちょっと惜しいが、ここまで頑張ってきたほたるのお願いだしな。約束するよ」


そう答えるとほたるは心底嬉しそうに笑って、


「ありがとうございます。約束ですよ……いってきます」


上機嫌で楽屋を出て行った。

こんなに喜んでくれるなら、この約束は破るわけにいくまい。
ちらりと部屋の隅に視線を泳がせる。なるほど、先程までほたるの座っていた椅子にちょこんと封筒が乗っている。
今すぐ読みたい気持ちを抑えつつ、俺も舞台袖に向かうため部屋を後にした。

195: 2017/09/19(火) 20:11:45.64 ID:k1yJYnNv0
………
……


彼女をスカウトしたのは半ば勢いだった。

遠征先の慣れない土地で道に迷い、携帯の充電も切れあてもなく彷徨い行き着いた、人気のない廃ビルの立ち並ぶ一角。
あとで調べてわかったことだが、その辺は一昔前、所謂バブル経済の頃に建設されたまま放置されている商業区域らしかった。
行けども行けども打ちっぱなしのコンクリや剥き出しの鉄骨、投げ出された建設資材しかなく途方に暮れていたとき、かすかな足音が風に交ざって確かに聞こえたのだ。

人に会えたら道を尋ねることができる。最寄駅までの距離があるようなら、携帯を拝借してタクシーを呼ばせてもらおう……そんなことを思っていたが、足音の聞こえた方を向いたときそんな考えもすぐに吹っ飛んだ。

向いた目の前には4階建ての雑居ビルの影が伸びている。正確には、文字通りひとりの人影がくっ付いて。
影の元のビルを見上げると、金網もない屋上の縁に少女が立っていた。
つま先の裏がかろうじて見える。つまり、靴を履いていない。

196: 2017/09/19(火) 20:14:59.24 ID:k1yJYnNv0
「待てッ!」


反射的に叫んだ。
屋上の少女はびくりと体を引いて、下からは見えなくなる。
と、恐る恐るといった風に小さな頭が伸びてきて覗き込んできた。
思った通り、まだ子供じゃないか。


「そのままそこにいろ! いまそっちに行くから、話をしよう!」

「話すことなんて……ないですよ……」


少女の返事。か細く、それでいてよく通る声だ。


「君になくても俺にはある! いいから待ってろ!」


わざわざ此方を伺いに顔まで出してくるのだから対話はできると踏んで、俺は少女の待つ廃ビルに駆け足で侵入する。
階段を一段とばしで駆け上がる。息が上がるのも構わず。
急げ。もっと急げ!

197: 2017/09/19(火) 20:16:38.11 ID:k1yJYnNv0
屋上の扉を勢いよく開け放つと、日暮前の低くなった夕日に視界を奪われた。
目を細めた先、逆光の中立ち尽くす少女に訊く。


「まずは自己紹介。俺はアイドルのプロデューサーをやってる者だ……君の名前は?」

「私は……白菊ほたる、です……」


こうして、俺はほたると出逢ったのだ。

198: 2017/09/19(火) 20:19:03.65 ID:k1yJYnNv0
何が幸せで不幸せかなんてものは一概には言えないのだろうが、それでも、白菊ほたるは不幸体質といっても差支えなかった。
幼いころから身の回りでは良くないことが頻発して、周りからも疎ましがられているようだった。それは両親にアイドル活動をする許可をもらいに実家へ訪問したときにも感じた。
実の家族からもまるで腫物を触るかのような扱いで、逆にプロダクションに迷惑がかかりますがそれでもよろしいんですか、と念を押されたときは怒鳴り散らしてやろうかと一瞬頭をよぎった。

誰からも愛されず、そして誰よりも優しい彼女は、思いつめた結果廃ビルへ足を運んだのだろう。
もう迷惑がかからぬよう自らの命を絶つために。
そんな結末はあんまりだ。


「こんな私でも……みんなを笑顔にさせることができますか?」


スカウトをしたとき、そう訊いてきた彼女のいじらしさにこちらが泣きそうになった。
こうして、白菊ほたるは俺のプロデュースの元、薄幸の美少女アイドルとしてデビューする。

199: 2017/09/19(火) 20:20:41.86 ID:k1yJYnNv0
守ってあげたくなるような少女に、男は弱い。
その儚げな中に時折垣間見える芯の強さも、彼女の魅力だ。

もちろん、すぐに上手くいったわけではない。
現場に向かえば渋滞やダイヤが乱れ、やっと到着したかと思えば機材が故障して撮影が中断したことも、1度や2度ではない。
低俗な週刊誌に『不幸を呼ぶアイドル』と評されたこともあった。

それでも。
それでも、ほたるはくじけなかった。
不幸をはねのけ、懸命に仕事に取り組んだ。
そのひたむきさが次第に評価され、人気も徐々に上がっていった。
そして今日、初のソロライブを満員御礼で迎えたのだ。

200: 2017/09/19(火) 20:25:26.71 ID:k1yJYnNv0
………
……


ライブも終盤に差し掛かり、熱狂が渦となって会場を包む。
ここまで舞台袖で見守っていても、心配することがないくらいに完璧なパフォーマンスを魅せている。
次の曲が盛り上がりのピークかなと感じ楽屋に向かった。

楽屋に到着したタイミングで、歓声が背後から廊下に響く。
一番奥の部屋まで聞こえてくるのなら、ステージに立つほたるは割れんばかりの歓声をその身に浴びているだろう。
部屋のモニターには歌い、踊るほたるがライトに照らせれ輝いているのが映る。

置かれた封筒を拾い上げると、彼女らしい遠慮がちな小さな文字で『プロデューサーさんへ』と書かれていた。
中にはスズランのイラストが施された可愛らしい便箋が綺麗に折りたたまれている。

会場のボルテージが最高潮なこの瞬間に読ませたかった、その内容とは何なのだろうか。
はやる気持ちを抑え、丁寧に便箋を広げる。

201: 2017/09/19(火) 20:33:03.82 ID:k1yJYnNv0
『プロデューサーさんへ

こんな形でしか伝えられなくてごめんなさい。
私をここまで連れてきてくれて、本当にありがとうございます。
お願い通り、一番盛り上がっているときに楽屋で読んでますか?
もし我慢できなくて早めに読んでたり、舞台袖で読んでいたら、続きはちゃんとその時その場所で読んでほしいです。
……なんて、信じてますので心配してないですけど。

プロデューサーさんは、私と最初に会った日のことを覚えてますか?
私はよく覚えてます。もしプロデューサーさんが私を見つけなかったら、声を掛けなかったら、私はあのまま飛び降りていました。そのつもりでした。
それでも多分、私は氏ねなかったと思います。

私はいるだけで、まわりの人を不幸にします。そばにいる人ほど、深く傷つけてしまいます。
だから周りから疎まれて、消えてくれと思われていて……そんなある日、自分が氏ねばいいんだと思いつきました。
そうすれば、みんなを傷つけずにすむし、周りのみんなも私がいなくなって幸せになれるから。
溺れた人がパニックになって助けようとした人を巻き込んで2人とも溺れるくらいなら、私はひとりで底に沈みたかったんです。

202: 2017/09/19(火) 20:40:32.43 ID:k1yJYnNv0
でも、駄目でした。
首を吊っても、縄が切れました。
手首を切ろうとしても、刃がなまくらみたいに切れなくなりました。
薬をたくさん飲んでも、意志とは無関係に吐きました。
飛び降りも、入水も、感電も、練炭も、全部駄目でした。
怪我をして苦しくて痛くて、それでも不思議と氏ねなかったんです。

何度試しても駄目で、それでも早く氏にたくてまた試して。そうして、プロデューサーさんが現れて。
本当はアイドルに興味なんてこれっぽっちもなかったですけど、話を聞いてる内に気付いたんです。

私がみんなに消えて欲しいと思われてるのに、氏ねないことが不幸なんだと。
疎まれて、私自身も氏にたいのに、氏ねないことそのものが不幸なんだと。

だから、変えればいいんです。
いなくならないで欲しいと、みんなから愛される存在になれば、私はようやく天国へ旅立てるはずだって。


ここまで読んでくれたプロデューサーさん、ライブは盛り上がってますか?
プロデューサーさんは、私に氏んでほしくないと思いますか?
そう思ってもらえたら嬉しいです。

だって、それで私は氏ぬことができるんですから』

203: 2017/09/19(火) 20:42:57.74 ID:k1yJYnNv0
気付くと俺は走り出していた。
廊下を、長いバックヤードをがむしゃらに駆け抜ける。
舞台袖までが馬鹿に遠い。当然だ。楽屋は一番遠い部屋なのだから。

それでも走る。廊下に置かれた物を蹴飛ばしひっくり返しながら。
曲がり角でも減速せずに壁にぶち当たりながら。息が上がるのも構わず。
急げ。もっと急げ!


『みなさん!もっと私と一緒にいたいですか!? なら、私の名前をもっと叫んでください!』


ほたるの声が聞こえる。
普段の彼女があまりしない、観客を煽るようなマイクパフォーマンスに、ファンの歓声は一層爆発する。
ほたる、ほたると彼女の名前が繰り返し響き渡る。
やめろ、やめてくれ!

204: 2017/09/19(火) 20:45:36.40 ID:k1yJYnNv0
舞台袖に到着し、そのままステージまで飛び込もうとする。
が、地を這う配線に足を引っ掛け倒れ込んだ。痛みと衝撃で、体を起こすこともできない。


「待てッ! ほたるッ!!」


反射的に叫んだ彼女の名前は、観客の発するそれと寸分違わぬタイミングで重なり、ひとつとなって聞こえた。
同時に、頭上から鉄のひしゃげる金属質の悲鳴が轟いて、ほたるの真上の照明が大きく傾いていく。
鉄とガラスの塊が落ちゆくステージに立つアイドルは、舞台袖の俺に顔を向ける。


「あ、プロデューサーさ


白菊ほたるが、微笑んだ。

205: 2017/09/19(火) 20:46:28.45 ID:k1yJYnNv0
以上です。
ありがとうございました。

引用: 【モバマスSS】世にも奇妙なシンデレラ