286: ◆lT1JsxjocTLP 2017/10/01(日) 03:14:45.06 ID:iKH7pqC/0
「不老の秘訣」

287: 2017/10/01(日) 03:16:47.33 ID:iKH7pqC/0
「若いままでいる秘訣、ですか……?」

菜々パイセンは少し困惑した表情で、私の方に顔を向けた。

「そうです!やっぱり菜々パイセンって、お肌つるつるだし動きもきびきびしてるし、17歳を名乗ってるだけあるぅ~って尊敬してるから、だからこそ、その美の秘訣に迫ろうと!!教えて☆」

表情をにへらと緩ませながら小さい手を振って、「そ、そんなことないですっ」と頑なに賛辞を受け入れないパイセンも、小動物のようで可愛らしい。
この歳になって、ほぼ同年代の女性を見下ろすなんて事態が起こるとは思わなかったし。……おっと、パイセンは17歳だった。いっけね。アイドルとしてのキャラを重く背負う私達にとって、設定の徹底というのは必須だ。ファンの前だけキャラを演じて、ステージ降りたらはい終わり、ではいつかボロを出してしまう。まぁ、私は出来てないしパイセンは徹底しているのにボロが出る始末なのだが。

それはさておき、パイセンの年齢不詳っぷりは衝撃だ。
体力持つのは一時間と言っても、その間のパフォーマンスは実際の17歳アイドル達に引けをとらない。いや、菜々パイセンは実際17歳であるのだけれども。言葉のアヤである。

そんな彼女のことだ。きっと、いや必ず若さを保つ秘訣があるに違いない。こういうのは瑞樹さんの方が得意分野かもしれないけど、彼女の手法はちょっと、手間がかかるから。三日坊主で揃えた道具を散らかす未来が見える。既に部屋には用途を失った美容グッズが転がり始めている。パイセンに希望を見出しているのは、決してズボラであると思っているからではない。

「教えて欲しいぞ、センパイ☆」

「うーーーーん」

唸りながら首をひねっている。出し惜しみするということは、いやでも期待が高まってしまう。

「……ここだけの話ですよ?」
アイドルマスター シンデレラガールズ シンデレラガールズ劇場(3) (電撃コミックスEX)
288: 2017/10/01(日) 03:18:22.25 ID:iKH7pqC/0
周りをきょろきょろと確認してから、パイセンと私は空いてる会議室へと向かう。二人とも中に入ると、パイセンは抜かりなく鍵をかけた。

ワクワクはしてるんだけど、なんだろう、思ったより神妙な雰囲気だ。見慣れた会議室なのに、少し肌寒く感じるのは気のせいだろうか。

「誰にも言わないでくださいね」

そう言ってパイセンは、ウサミミ型のポーチから茶色の小瓶を取り出した。一般的な栄養ドリンクを彷彿させるが、ラベルは貼られていない。
「んーーと、これは……?」
お手上げのポーズを取ると、パイセンはその小瓶を私に渡した。中を覗くと、ゆっくりと液体が揺れている。

「顔パックなんかもしているんですけど……どうしても肌が荒れたり、疲れが取れない時はそれを飲んで、回復してるんです」

「これを飲むと~……?もしかして、若返り出来ちゃったり?」

「その通りです!」

瓶の中身を揺らしていた手先が止まる。ぶわっと鳥肌が広がり、寒気が一層ひどくなる。

「そ、そんな嘘はノースイーティー……っすよ」

「一瓶飲めばおおよそ一歳分若返り出来る。これは、そういうお薬なんですよ」

289: 2017/10/01(日) 03:22:06.70 ID:iKH7pqC/0
パイセンの目は、人を騙そうとする意地悪な目じゃない。しかし、こんな荒唐無稽なことを信じるというのも、いくらパイセンが相手とはいえ。

……まさか、パイセンも騙されている? 

最近は水素水やら怪しい物が流行っているから、ただの栄養ドリンクを高値で買わされていてもおかしくない。

パイセン、こんな詐欺に騙されるくらいキャラを維持するために悩んでいたんだ。

私が目を覚まさせてあげないと……。

「あっ、別に騙されているわけじゃありませんよ!」

心の内を見透かされたようで、びくっと肩が上がる。

「べ、別にパイセンを疑っているわけじゃ……」

「目が、とても心配そうだったので」

気持ちは分かりますよ、と私の懸念までカバーされてしまうといよいよ立つ瀬がなくなる。

「菜々も、初めは疑いましたよ。ある日突然、家のドアを開けたすぐそこに小箱が置いてあって、その中にこれがいくつか入ってて、そんなの怪しいですしすごくびっくりしましたし」

「えっ、じゃあこれ差出人分からないんすか!?」

つい大きな声が出てしまい、慌てながらパイセンがしーっ、しーっと口の前に人差し指を立てる。

しかし、アイドルにとって住所が特定されるということは非常事態だ。

そのことくらい、パイセンも分かってるはずだけど……。

「箱の中に書き置きみたいなのはありましたけど、そこにも何も……」

「書き置き?なんて書いてあったんですか?」

そう言われてパイセンはもう一度ポーチの中を漁る。

少し経って、しわのついた紙きれを取り出した。見る限りは変哲のない紙だ。

「えーと……『年齢を保ち続ける貴方の一助になりますように』って初めに書いてあって、それからはこの液体の説明ばっかりですね、やっぱり」


私は考え込む。文面的に、やはり送った人物はパイセンの知識をある程度知った上でこの得体のしれない小瓶セットを送っている。

ストーキング目的にしては、やや行動がずれているが。

290: 2017/10/01(日) 03:23:56.78 ID:iKH7pqC/0
「あ、忘れてました。これ、副作用あるんですよ」

「ひどい頭痛がくるとかですか?」

ぶぶーっ、と得意気に返される。何に得意気になっているのかは不明だが、可愛い。

「これを飲むと、一年分若返る代わりに」

一拍。

「一年、寿命が縮まるんです」

「やっぱり危ない薬じゃないですか!こんなの捨てましょ!」

「ああーっ、ちょっと待ってくださいっ、待って、ノウッ!」

小瓶を持って外に出ようとすると、後ろからパイセンにぐいぐいと引っ張られる。

服を掴まれているから、このままじゃベロベロに伸びてしまう。

しぶしぶ立ち止まり、瓶の底でこつんとパイセンの頭を叩く。思ったより小気味いい音が響いた。

無言で頭を押さえるパイセンも、小動物めいてて可愛い。

「勢いついちゃったぞ☆てへっ☆」

上目で睨まれる。

「……すんません」

「もーーっ!痛かったんですからね!」

「それでも、飲み続けてたら早氏にする代物なんてロクでもないっすよ。……ていうかパイセン飲んだんすかこれ?」

照れくさそうに指を二本立てる。照れる場面ではないんだけれども。

291: 2017/10/01(日) 03:26:18.87 ID:iKH7pqC/0
「早苗さんとかと遅くまで飲んじゃって、どうしても肌荒れが治まらなかった時に、栄養ドリンクと間違っちゃって……」

「大丈夫だったんですか?」

縛った髪をぴょこっと揺らして彼女は頷く。

「それはそれは凄い効果でした。身体全体で若返りを感じるんです。こう、キュピ―ン!って感じで、さながらメルヘンチェンジしたかのように……」

「あーわかったわかりました」

効果は絶大らしい。真に迫る表情からそれが伝わってくる。

興奮してぴょんぴょん跳ねるウサギを宥めながら、段々湧き上がる怪しい液体への興味を、温い手汗とともに感じていた。

「その顔は信じてませんね!肌がほんとに一年分若返るんです!ダンスだって、一年前に踊ることの出来た時間まで踊り続けられたんです!」

「え、ずっと体力持つのは一時間じゃないんすか?」

「実は年々少なくなってるんです。今年は去年より29秒縮まりました……」

マラソン選手かよ。そう言いかけたが、本気でしょんぼりしているパイセンにそんな軽口は、ノースィーティーだ。

しかし、ウサミン星人の実態もさることながら、効果らしきものはありそうだ。

最近階段を急いで駆け上がったら動悸が激しくなってしまった私にとって、充分魅力的な特効薬だった。

「本当に寿命が縮まるのは怖いですから、結局二本しか飲んでいないんですが、本当に困っているなら一本どうですか?」

そう言ってパイセンが小瓶を渡す。

少しためらったが、私の手に再び謎の薬が戻ってきた。

数々のアンチエイジングを試してはやめてきた私にとって、またとないチャンスかもしれない。

この液体が、私の救世主となるか、はたまた氏神となるか。

この選択は、賭けだ。それなら……。


292: 2017/10/01(日) 03:28:53.94 ID:iKH7pqC/0
「おおっ!?」

パイセンが素っ頓狂な声をあげたのもつかの間、私は瓶のふたを開けて、そのまま一気に飲み干した。

味を思い出そうとする前に、眩暈がきた。

経験したことの無いような、まるで大型地震に巻き込まれたように、天と地があやふやになる。

今どこにいるのか分からなっていく。

「あっ!」

パイセンの声と身体への衝撃で、自分が倒れたのだと分かる。床の冷たさに体温まで奪われていく。

視界のほとんどが闇に包まれていく。

そして、私の身体に頼りない糸でぶら下がっていた意識も、ぷつんと、容易く切れて消えていく。

何故だろう。もしかしたら、私の寿命は残り一年未満だったのかもしれない。

それなら、馬鹿なことをしてしまった。

いや、これでいいのかもしれない。楽をして美を得ようとした罰なのだろう。

パイセンは、努力と最善を尽くした上で、どうしようもなくなった時の最終手段としてしか服用していなかった。

やっぱ、パイセンには敵わないな……。
「……なさい」

もっと、努力すれ良かったかなぁ。私なりにしていたと思っていたけれど。

「……きなさい」

ああ、次もし生まれ変わったら、もっとスイーティーなアイドル目指して、がんば……。





「起きなさい、心!!!」

顔面に容赦ない衝撃が刺さる。ぼやけた視界に、新聞か雑誌を丸めたものが映る。


「あれ……?」

293: 2017/10/01(日) 03:32:18.74 ID:iKH7pqC/0
氏んでいない。

身体の下の慣れた感触は、畳のざらざらだった。

木目上の天井にも、見覚えがある。

身体を見回しても、服装がTシャツ一枚とひどくよれたジャージズボンに変わっているだけで、他に変化はない。

「なにぼーっとしとるか!ゴミ捨ててきんしゃい!」

怒号と共に大きいゴミ袋が二つ飛んでくる。

アイドルがこんな格好で外出たらダメだろ、と着替えようとすると、

「いつもそんなんでゴミ捨て行っとる!」

と、謎のおばさんに睨まれてしまった。

と、いうか。謎のおばさんっていうか。
どっからどう見ても私のお母さんだ。見覚えのある部屋も、ここが私の実家なら説明がつく。

しかし、全く納得はできない。

混乱したままの頭で、外に放り出される。

終わりかけとは思えない日照りが、アスファルトも草も関係なく照らしている。

ゴミ袋は意外に重く、少しの距離でも汗が垂れる。

って、こんなことをしている場合じゃない。一体何が起こったのかを突き止めて、事務所へ戻らないといけないのに。

その時、タイミングよくポケットのスマホが震えた。藁にも縋る思いで、通話に応じる。

「あ、もしもし!今、どうなってる?」

「パイセン!!」

私は感激の言葉を飲み込んで、状況を細かく話す。

「なるほど……。大体何が起こったのか分かりました」

「ほんとっすか!?」

やっぱりパイセンは頼りになる。

「やはりあの薬は、本物なんですね。はぁとちゃん、やっぱりあなたは寿命が尽きてしまったんです」

諭すような彼女の口調で言われても、その意味を飲み込めない。

「でもはぁとは氏んでないぞ☆ 現にこうやって通話出来てるじゃないすか!」

「年齢の、じゃないんです」

一呼吸おいて、再びパイセンが言う。


「アイドルとしての、です」

294: 2017/10/01(日) 03:32:51.68 ID:iKH7pqC/0
おしまい

ありがとうございました

295: 2017/10/01(日) 10:57:18.95 ID:wj96qBmlo
アイドルとしての寿命も一年未満やったんかい……



引用: 【モバマスSS】世にも奇妙なシンデレラ