5:◆GPqSPFyVMNeP 2016/05/07(土) 09:46:41.38 ID:AfaEDJBVO
6: 2016/05/07(土) 09:49:50.26 ID:AfaEDJBVO
10時。オレンジ色のスタッフTシャツを纏う斉藤洋子は、カエン索敵視界の中に小さな藍色の光を捉えた。その正体が何であるか、確かめる必要はない。
人口密度は平時のネオトーキョーを遥かに超える秋炎絢爛祭期間中の京華学院にて、フィルタリングを強めたカエン索敵でさえ捕捉できる存在。強烈な感情の塊たるカースに他ならぬ。
(ハイッ)
ささやかな攻撃的思念を放つと、カエン索敵視界を1本の火矢が横切り、藍色に突き刺さった。瞬間、朱色の火柱が立ち、藍色は燃え、清め塩めいた白い灰だけが残った。
《討伐数50達成だ。ポイント報酬は……休憩時間が楽しみだな》
イヤホンマイクから聞こえる声の主はエボニーコロモだ。彼は洋子をモニターしつつ、露払いとしてカース以外の敵性存在を排除するべく学院内の高所を転々としているのだ。
《この分なら午前中に200に届くか? いや、財布に痛手になりそうだ、150を目安に無理せずやってくれ》
(車の中じゃ、あんなに拗ねてたのに)
エボニーコロモの口数が多い。その現在位置からは、果たして洋子の表情まで見えているだろうか。勝手にこぼれ出る笑みをこらえるのは至難の業なのだ。
……昨日の秋炎絢爛祭二日目に発生した事件により、彼女ら二人は事務所待機を命じられ、下見ついでに客として祭を楽しむ予定が崩壊した。
もっとも、学院への道中、洋子よりいくらか年上のはずの黒衣Pが大人げなく不機嫌だった理由はそれだけではない。
『会場警備なんかクソだクソ!』
『会場警備? ステージのお仕事とかは』
『女連中の領分さ。俺らは人気が下火だったんで、ひたすら裏方、カースやら厄介どもをシラミ潰しだ。初日から最終日まで休みなくな』
自動運転の車内、黒衣Pはカラになったゼリー飲料容器を握り潰し、ゴミ袋代わりのレジ袋にねじ込んだ。秋炎絢爛祭は決して楽しい思い出などではない。
彼の現役当時、洋子のようにカース索敵に優れる者など男性アイドルヒーローにはいなかった。
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それは、なんでもないようなとある日のこと。
それは、なんでもないようなとある日のこと。
~中略~
「アイドルマスターシンデレラガールズ」を元ネタにしたシェアワールドです。
・ざっくり言えば『超能力使えたり人間じゃなかったりしたら』の参加型スレ。
7: 2016/05/07(土) 09:52:55.03 ID:AfaEDJBVO
人の群れをかき分けてようやく見つけたカースは既にそれなり以上に成長しており、対処する間に別のカースがそれなり以上に育つ……地獄への螺旋階段めいた負のスパイラルだ。
全日程が終わった後、疲労困憊・満身創痍のゾンビーと化した男性アイドルヒーロー達は、氏んだマグロの目で言葉少なに安ビールを呷るだけであったという。
(……うん、やっぱりイベントは楽しまなくっちゃ!)
洋子は己の頬を二度三度と張り、キアイを入れ直す。今日の仕事は会場警備と、状況次第でステージ。
会場警備。黒衣Pによればロクな仕事ではないようだが、自分の仕事を、その場所を、クソだと思うほど洋子は荒んでいるつもりはない。
「ハイーッ!」
鋭いシャウト。先ほどの藍色より二回りほど大きな桃色を、朱色の大きな手が引きちぎり、焼き滅ぼした。
「これで51です。茂みの中にはピンク、プロデューサーの言ってた通り」
言い終えぬうち、彼方よりの飛翔体が二つ茂みに飛び込み、ゴッと鈍い音、そして呻き声めいた小さな悲鳴も二つずつ聞こえた。暴徒鎮圧用重ゴム弾の狙撃だ。
《余計な手間かけさせやがる、浮かれクソイディオットども》
上機嫌が嘘のように乾ききったエボニーコロモの呪詛に、洋子は何とも答えなかった。それよりも重要な問題に気付いたからだ。
「プロデューサー、今のカース、ちょっと大きかったような」
《アホどもが愛情たっぷり注いで育てやがったからな》
黒衣Pが辛辣な理由は分かるし、概ね同意できるものでもあるが……洋子はムムと唸りながら、人差し指で頬を掻いた。
8: 2016/05/07(土) 09:56:27.03 ID:AfaEDJBVO
「そういうことじゃなくて。私たち結構がんばって、カースが育ちきらないうちに仕留めてきたじゃないですか」
《ああ、洋子のおかげで……いや待て、それなら何で、あれだけ育つ余裕があったんだ? 確かに芽のうちに見つけて、潰してきたんだ》
「ある程度大きくなるまで、どこかに隠れてた……私とヒノタマの目から逃れて? ううん、そんなこと、ただのカースにできるわけがない」
《あるいは、育ちきったカースを生み出せる何かが、この学院内に》
その時、洋子は視界を上から下に通り過ぎる黒い塊を見た。塊は眼前1メートルの地面に激突し、衝撃でひしゃげ、黒い泥を周囲に撒き散らした。
「っ! カース!? ハイーッ!」
泥を体の正面に浴びながら、洋子は怯むことなくカエン索敵視界を展開。茂みの桃色と同等サイズの緑色は怠惰のカース! 即座にカエンを放つ!
カエン索敵視界を1本の投槍が横切り、緑色に突き刺さった。瞬間、朱色の火柱が立ち、緑色は燃え、……火柱が鎮火! 核を失った黒い泥は、アスファルト路面に吸い込まれていく。
(燃やしきれなかった!? なんで)
疑問に答えるように、ニューロンの内に声が起こった。洋子に力を与えるヒノタマ……だが、その声は今やノイズにまみれ、ブツ切りの断片に過ぎぬ。
『……ーコ! はや……、私の……ら……』
やがて声は途絶え、洋子は己の全てが半分になったような奇妙な違和感に囚われた。手を握り、開く。朱色の炎はすぐに消え、火の粉が散り、もはや煙すら立たなかった。
「寒い……? ウソでしょ、こんな……」
全身から活力と熱が去っていく。洋子は震えを抑えようとした。ヒノタマの力が失われたというのか?
……否。身体は動かず、心もまた無気力に苛まれながら、それに抗おうとする力を感じる。ヒノタマはそこにいる。ただ、緑色のモヤに隔てられ、見えないだけだ。
9: 2016/05/07(土) 09:59:31.57 ID:AfaEDJBVO
まだ間に合う。怠惰の毒に身をゆだねてしまう前に、再び繋がりを取り戻すのだ! 洋子は手を伸ばす。
だが、見よ。彼女の前方数十メートル、ヨタヨタと歩いてくる無数の人影……黒い泥の、半ば崩れたグロテスクな人型はカース。
そして、おお、何たる凄惨な光景であろうか。身動きとれぬ洋子の周囲に次々と落着してはその肢体を黒い飛沫で汚す泥の塊もまた、ゾンビーめいて歪んだ人型に姿を変えた!
「ちょっとの時間も……くれるワケないかぁ……」
伸ばした手に緑色がまとわりつき、力なく垂れ下がる。ヒノタマが遠ざかる……違う。洋子の意識が、怠惰の沼に沈まんとしているのだ。
現実の彼女の肉体もまた黒い泥に覆われ、最後まで震えるように動いていた右手も、やがて見えなくなった。
「「「ア゛……ア゛ア゛ー……」」」
……BBLAMN! BLAMBLAMBLAM! 雷鳴じみた銃声。異変を察し近距離支援に移っていたエボニーコロモの、12.7ミリオートマチック二丁拳銃だ。
だが、彼にカースの核を見抜く能力はない。洋子を飲み込んだ人型カースは、大口径重金属弾に消し飛ばされた泥の肉体をすぐさま再生させる!
エボニーコロモは歯噛みした。広範囲に弾をバラまく非人道殺傷兵器もあるにはある。泥の肉体も核もお構いなしにすり潰すことができよう。……洋子を巻き添えにして。
何らかのトラブルによりヒノタマの力が働いていない今の洋子は、傷口を焼き塞ぐことさえできまい。無差別広範囲攻撃は禁忌だ。ひたすら銃撃あるのみ!
「クソッ! 道を! あけろ!」
「「「ア゛ッ! ア゛バババーッ!」」」
弾切れ。弾倉交換。発砲。弾切れ。弾倉交換。発砲。1体のカースが爆ぜ、黒い泥の小山と化したまま再生せず。幸運は二度続くか。発砲。弾切れ。弾倉交換。発砲。
10: 2016/05/07(土) 10:03:03.77 ID:AfaEDJBVO
……その瞬間に起こったことを、エボニーコロモは咄嗟に理解できなかった。
「GRRRRR!」
「「「ア゛ババババーッ!?」」」
一瞬前まで気配すらなかった黒い影がゾンビーめいた人型カースの群れに飛び込み、うち数体を物言わぬ黒い泥に還し、包囲下にあった洋子を掴まえて放り投げたのだ!
「あうっ!?」
「オイッ!? 危なッ!」
エボニーコロモは二丁拳銃を放り出し、洋子を受け止める。黒い何者かの姿は最早そこになし。
「プロデューサー! 下ろして! 離れてッ!」
洋子が吠えた。虚空に突き出した手が何かを掴むように拳を握り、鮮血めいて艶やかな赤い炎に包まれた。ヒノタマとの再リンク。全身を熱が満たし、炎そのものに変える。
怒れる炎の化身は山火事めいてカースの群れに襲いかかった。黒い乱入者の攻撃から運良く逃れたカースは、既に生命を失った同胞たる黒い泥もろとも白い灰と散った。
「うん、しっくりくる。フレアダンサーです……私にはもう、指一本触れられないよ」
フレアダンサーは目と鼻の先にまで迫るカース群を、そしてその向こうにたたずみ、こちらを見つめる黒い巨大なヤギを見据え、静かに名乗った。
巨大なヤギ……然り。いつ現れたのか、頭頂高は校舎の2階に届くかというほどの巨大ヤギの中には、藍色と桃色と緑色が満天の星空めいて散らばって見えた。
このヤギカースこそ、おぞましき人型カースを生み出した主に違いない。洋子は直感的に理解した。
睨み合いは一呼吸で終わり、ヤギカースは身を翻して走り去った。フレアダンサーの全身は再び炎と化した。色欲の人型カースが全て白い灰となり果てるまで、10秒とかからなかった。
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11: 2016/05/07(土) 10:06:31.73 ID:AfaEDJBVO
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「プロデューサー、何か分かりました?」
口いっぱいのヤキトリを飲み込んだ洋子は、黒衣Pの情報端末を覗き込んだ。端末は黒子ヒーローマスクと有線接続され、先の戦闘の映像記録を解析する。
洋子の問いに黒衣Pは頷き、端末を突き出した。コンマ1秒で刻まれた映像がコマ送りで流れる。洋子に群がるカースにエボニーコロモが発砲するシーンだ。
あるコマで突如、黒い何か……否、今やその形をはっきり知ることができる。大きな黒いオオカミが現れたのだ。一体どこから?
洋子は数コマ戻り、信じがたい光景に息を飲んだ。黒いオオカミはエボニーコロモが放った銃弾の、鋭角な先端から出現していたというのか!?
黒いオオカミは実時間にして1秒と経たぬうち、忽然と姿を消していた。エボニーコロモが銃を放り出す前に撃った、最後の1発の先端に飛び込んで。
「……な? ワケ分からんだろ」
黒衣Pは頭を抱えて呻いた。その体表の質感から、黒いオオカミもまた何らかのカース存在であろうことは疑いようがなかった。
何故カースがカースを狩り、天敵たり得るヒーローを救ったのか? 『憤怒の街』で交戦した人狼カースとの関連も疑ったが、黒いオオカミは怒りとは別の感情で動く別存在のようだった。
そして、黒いヤギのカース。炎の踊り子装束を纏う前とはいえ、洋子の能力を完封したカースを生み出した存在。同等、あるいはそれ以上の力を持っているに違いない。
「あのオオカミが敵じゃない保証はない。クソヤギも、放置すればあの厄介なカースをまた生み出しやがるだろう。最初に手をつけるべきは……」
「まずはポテトですね!」
洋子は黒衣Pの口に塩気の不均一なシューストリングポテトの束を押し込んだ。抗議の眼差しを意に介さず、串に刺さったカラアゲを握らせる。
「モッ……フゴッ……洋子、何を」
「せっかくの休憩時間なんだから、しっかり休みましょう! 他の警備スタッフにも注意喚起はしたんでしょ?」
「そりゃ、したはしたけどな」
黒衣Pは言葉を切った。実際、この休憩時間は秋炎絢爛祭を初めて客として楽しむチャンスなのだ。アイドルヒーロー時代のリベンジを優先しても罰は当たるまい。
「……そうだな。どのみち、時間になったらイヤってほど仕事だ。よォし、食うぞ!」
「そうと決まれば!」
洋子はニッと笑い、相棒の手を引いて歩く。去年まではウンザリさせられるだけだった人ごみに心躍らせる己を、黒衣Pは自覚した。
……洋子は黒衣Pの肩越しに、校舎の屋上を見た。口にこそ出さずにいたが、カースを殲滅した後、二人を監視するかのごとき存在がそこにあった。
『ニャルラトホテプ』あの時ヒノタマはそう呼び、激しい敵意を燃やしていた。洋子は聞こえないフリをし、黒衣Pに休憩を求めた。
端末のデジタル時計表示は11時30分。休憩時間は13時までだ。洋子はそれきり、ヤギカースもオオカミカースもニャルラトホテプも、ひとまず忘れることにした。
【続く?】
12: 2016/05/07(土) 10:09:48.89 ID:AfaEDJBVO
以上です
以後がっつり食い込んでいくか、このまま画面外になるかは現状未定
以後がっつり食い込んでいくか、このまま画面外になるかは現状未定
13: 2016/05/07(土) 18:07:03.04 ID:glNSs2qCo
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