48: 2012/12/28(金) 02:20:25.26 ID:jo+olBoY0

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode01】

【Episode02】
――――白の国・王都・勇者の家

勇者は自分の部屋でベッドに腰かけ物思いにふけっていた。

今日は旅立ちの日。

正式に勇者に任命された者が仲間達と共に各国を巡る旅に出るのである。

儀礼的な旅ではあるが勇者が世界を自身の目で見て回り、必要があらばその地での魔族との闘いに戦力として加わると共に、全ての国の王に謁見することで黒の黒の王都へと攻め入る許可が得られるのだ。

旅の最中に故郷、実家に戻ることを禁止されてなどいないが勇者はこの旅が終わるまでは家に帰らないと決めていた。

この旅が終わる時……勇者にとってそれは人間と魔族が争うことを止める時。

だから世界が平和になったら、またこのベッドで寝転がりながら漫画でも読もう、その時までこの部屋とはお別れだ。
と自分に言い聞かせた。

飾り気のない部屋だが勇者にとっては幼い頃から過ごしてきた"自分の空間"である。
名残惜しくないと言えば嘘になる。
はたらく魔王さま!(22) はたらく魔王さま! (電撃コミックス)

49: 2012/12/28(金) 02:22:50.21 ID:jo+olBoY0
勇者「よし……行くか!」

やがて勇者はそう言って腰を上げると装備の最終確認をした。
忘れ物がないかチェックし終えると最後に壁に立て掛けてあった愛剣を腰に差した。

戸口の前に立って部屋を見渡すと、ふと机の上に目が留まった。

勇者の机の上には『新説魔法学~魔力痕研究学~ 著:魔法研究局局長』なる分厚い本が無造作に置いてある。

先日魔王に「勇者は漫画とエOチな本しか読まない」と言われたから難しい本を読んで魔王に自慢してやろうと思って買ってきたのだが……見事に目次で挫折した本だ。

勇者は二度と開かないであろうその本を見て苦笑するとゆっくりと戸を閉め、部屋を後にした。

階段を降り一階へ行くと父親がテーブルで新聞を広げていた。

父の淹れたコーヒーの香りがほのかに部屋を包んでいる。

大勇者「……行くのか」

勇者に気づいた大勇者が新聞をたたんで言った。

勇者「あぁ、白の神樹の前で武闘家達と待ち合わせしてる」

大勇者「そうか」

勇者「…………世界を平和に……人間と魔族が共存できるようになるまで、俺この家には帰らねぇからな」

大勇者「『人間と魔族の共存』…………か」フンッ

大勇者は勇者の言葉を鼻で笑った。

50: 2012/12/28(金) 02:24:42.24 ID:jo+olBoY0
大勇者「お前はまだそんなことを言っているのか」

大勇者「勇者と魔王……いや、人間と魔族は争う運命にあるのだ、お前の言う『平和な世界』など子供の絵空事にすぎん」

勇者「…………」ビキッ

父の一言に勇者はこめかみに青筋を浮かべた。

勇者「親父は……親父はいつもそうだ!!」

勇者「なんで否定することしかしないんだよ!!」

勇者「人と魔族と何が違うって言うんだよ!!何も変わらないだろうが!!」

勇者「心を開いて話し合えば分かり合えるハズだろ!?」

勇者の言葉に大勇者も語気を強める。

大勇者「それが甘い理想にすぎないと言っているんだ!!」

大勇者「人と魔族の戦争が始まって数百年……お前のように魔族と和解しようとした人間が1人もいなかったとでも思うか!?」

大勇者「だが今もこうして争いが続いている!!和解など不可能という何よりの証拠ではないか!!」

51: 2012/12/28(金) 02:26:37.78 ID:jo+olBoY0
勇者「昔のことなんか知ったこっちゃねぇよ!!」

勇者「できないと思ってやらなかったら絶対できるワケないだろうが!!」

大勇者「馬鹿げたことに時間と労力を費やすことが無意味以外のなんだと言うのだ!!」

大勇者「魔族は母さんの仇なのだぞ!?憎むべき人間の敵だ!!」

勇者「憎しみだのなんだの過去のこといつまでも引きずってるからお互い歩み寄れないんだろ!?」

勇者「大切なのは過去じゃねぇだろ、これからやってくる未来だろ!?」

二人の言い争いは徐々に熱を帯びていき、いつしか怒鳴り合う形になっていた。

……と、そこで二人のものではない別の声が間に割って入った。

「……これこれ、喧嘩はよさぬか」

勇者・大勇者「……ッ!?」バッ

二人がドアの方へ目をやるとそこには高貴な衣装に身を包み白く長い髭をたくわえた老人が立っていた。

勇者「お、王様……!?」

白の王「一応ノックはしたんじゃがな、返事がなかったから勝手に入らせてもらったよ、すまなかったな」

大勇者「こ……これはお見苦しいところを!!」

椅子から立ち上がり大勇者が頭を下げる。

52: 2012/12/28(金) 02:28:47.06 ID:jo+olBoY0
白の王「よいよい……だが旅立ちの日だと言うのに親子が喧嘩別れなどするものではないぞ」

大勇者「ハッ」

勇者「…………」ムスッ

白の王「そうそう、わしは旅立つ勇者に一言はなむけの言葉を送りに来たんじゃった」

白の王「勇者よ、わしはお主が大勇者にも負けないような素晴らしい勇者になれると思っておる」

白の王「100代目勇者としてのお主のこれからの活躍に期待しておるよ」フフ

勇者「……はい、ありがとうございます」ペコッ

勇者「……じゃあ俺はもう行きますね」

白の王「うむ」

勇者がドアノブに手をかけたところで大勇者が言った。

大勇者「これだけは覚えておくんだな…………お前が本気で魔王と……魔族と闘う気になるまで私は聖剣をお前に託すつもりはない」

勇者はその言葉を聞くと大勇者の方へと向き直り思いきり舌を出して言った。

勇者「んなナマクラ俺には必要ないね!!勝手にしやがれ!!」

大勇者「なっ……!!」

ガチャ!!バタンッ!!

大勇者が二の句を継げずにいるうちに勢いよくドアを閉めて勇者は実家を後にした。

53: 2012/12/28(金) 02:30:33.77 ID:jo+olBoY0
大勇者「ハァ…………申し訳ありません、王の前であの様な……」

白の王「なに、元気があって良いことではないか」

白の王「何よりお主の若い頃にそっくりじゃ」ホッホッホ

大勇者「まったく…………王は今日はお1人で?」

白の王「久しぶりにお主と話がしたくてな、一応護衛はつけておるが家の前で待機させておるよ」

大勇者「そうですか」

白の王「……座っても良いかの?」

チラとテーブルと椅子に目を遣り白の王が言った。

白の王「最近歳でずっと立っておると疲れてしまってのぅ……」ハハッ

大勇者「これはとんだご無礼を、どうぞお掛けになって下さい」

白の王「うむ、失礼するぞ」

よっこいせ、と言って白の王は質素な木の椅子に腰を下ろした。

大勇者「たいした物はお出しできませんが……お飲み物は紅茶とコーヒーどちらが良いでしょうか?」

白の王「すまんな、気を遣わせて……じゃあ砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを頂こうか」

大勇者「ハッ、少々お待ちを……」

大勇者は少し離れた流しへ行くとコーヒー豆を挽き始めた。

豆の砕けるガリガリと言う音を聞きながら白の王はぼんやりと大勇者の背を眺めていた。

白の王「……どうじゃ?身体の方は?」

白の王は心配そうに尋ねる。

54: 2012/12/28(金) 02:32:30.71 ID:jo+olBoY0
大勇者は右手を開いて閉じてを何回か繰り返すとやや影のある声で言った。

大勇者「……正直そろそろ限界でしょうね……」

白の王「そうか……」

大勇者「我ながらよくもったと思いますよ、先代魔王と闘ってからほぼ20年になるのですから」

大勇者「私は戦場を駆ける身、いつ氏んでも良いように心構えはしているつもりです」

大勇者「心残りがあるとすれば…………息子のことでしょうか」

普段の凛々しさとは似つかない小さな声で大勇者が言った。

白の王「…………まさかとは思っておったがお主の子もまた勇者の刻印を持つことになるとは…………」

白の王「真っ直ぐで優しいあの子もやがて魔族と……魔王と命懸けで闘うことになるのかのう?」

大勇者「えぇ……人々のために魔王と闘うのが勇者の務めなのですから」

白の王「わしが100代目の勇者に任命しておいてなんじゃが…………勇者という重責を背負わせてしまって本当にすまない……」

大勇者「いえ、王が気に病むことではありませんよ。息子が私と同じように勇者になったのは…………やはり運命なのでしょう」

55: 2012/12/28(金) 02:34:23.62 ID:jo+olBoY0
大勇者「それに我が子だからこそ……勇者という存在の使命と宿命を背負い切ることができる、と信じられるのです」

大勇者のその言葉を聞き白の王は軽く笑った。

白の王「ホッホ、いつも喧嘩ばかりじゃがやはり親は親、じゃな」ニコリ

大勇者「フフッ、そうですな」

挽き終えたコーヒー豆をフィルターへと移しながら大勇者は苦笑した。

白の王「ときに大勇者よ、お主には大変申し訳ないのじゃが……」

大勇者「はい、なんでしょうか?」

白の王「やっぱり紅茶をもらえるかのう?」

56: 2012/12/28(金) 02:36:36.59 ID:jo+olBoY0
――――白の国・王都・白の神樹前広場

白の国の王都、その中心を通る大通り。
北側は王宮へ、南側は白の神樹へと真っ直ぐに伸びている。

人と魔族が争い合う遥か昔からこの地に根を下ろすその大木は樹齢千年とも言われ、人々から深く愛され、信仰の対象になっている。

神樹の前には大きな広場があり憩いの場として連日多くの人々で賑わっている。

僧侶「あ、勇者君、こっちこっち!!」

雑踏の中から勇者を見つけた僧侶は手を振って自身の存在をアピールした。

勇者「お待たせ」

武闘家「2分13秒の遅刻……勇者にしては来るのがやけに早いですね……本物の勇者ですか?」

勇者「お前なぁ……」

武闘家「冗談ですよ、冗談☆」ニコッ

57: 2012/12/28(金) 02:38:35.70 ID:jo+olBoY0
勇者「まったく……あれ?魔法使いは?」

僧侶「なんか美味しそうな匂いがするってさっきフラッとどこかに行っちゃったの」

勇者「しょーがない奴だなぁ」ハァ

勇者「俺達はこれからピクニックに行くんじゃないんだぞ?ちゃんと責任感を持ってだな……」

武闘家「あれ?誰か遅刻してきた人がいませんでしたか?責任感が足りないですよね~」フフッ

勇者「…………まぁ肩肘張りすぎるのも良くないよな、少しの間ここで待っててやるとするか、うん」

武闘家「そうですね」クスクス

「良かった、間に合った!!」

幼い声に三人が振り返るとそこには一人の少年が立っていた。

僧侶「弟君!?」

58: 2012/12/28(金) 02:40:45.77 ID:jo+olBoY0
僧侶は三人姉弟の一番上である。
彼女のすぐ下の弟がこの場に現れたのだ。

勇者「よう、弟どうしたんだ?」

僧侶弟「こんにちは、勇者様。今日姉ちゃん達が旅立っちゃうっていうからお見送りに来たんです」

僧侶「もぅ、お別れなら家を出る時にしたでしょ?それに妹ちゃんの面倒見ててって……」

僧侶弟「でも妹は今昼寝してるし……」

僧侶「一人にしたら危ないでしょ!!私が旅に出てる間妹ちゃんをよろしくって言ったのに……」

僧侶弟「…………」シュン…

武闘家「まぁまぁ、僧侶さんもそれくらいにしてあげて下さい。弟君も大好きなお姉さんとしばらくお別れしなければならずに寂しいんですよ」

僧侶「それは分かってるけど…………」

勇者「ま、たまには家に帰ってやれよ。なんなら俺が送ってやるからさ」

僧侶「うん、ありがとう勇者君」

僧侶弟「勇者様、武闘家さん、姉ちゃんのことよろしくお願いしますね」

勇者「おぅ、任せろ!!」ニッ

武闘家「僕達の方が僧侶さんにお世話になりっぱなしですけどね」フフッ

59: 2012/12/28(金) 02:43:08.78 ID:jo+olBoY0
僧侶はその場に膝立ちになると弟と目線を合わせた。
優しく弟の両の頬に触れ、真っ直ぐに瞳を見つめた。

僧侶「私がいない間、お父さんとお母さんに迷惑かけちゃダメよ?」

僧侶弟「わかってるって」

僧侶「妹ちゃんのこともよろしくね、弟君はお兄さんなんだからね」

僧侶弟「うん」

二人は静かに目を閉じた。

僧侶「弟君に神樹の御加護がありますように……」

僧侶弟「姉ちゃんと勇者様達にも神樹の加護がありますように」

僧侶弟は祈り終えると目を開け目の前に悠然とそびえる大樹を見上げた。

僧侶弟「やっぱり大きいなぁ……それにここにいると安心するし」

僧侶弟「ねぇ姉ちゃん、他の国にも白の国みたいに神樹があるってホント?」

僧侶「えぇ、本当よ」

僧侶はゆっくりと立ち上がりながら答えた。

60: 2012/12/28(金) 02:47:10.53 ID:jo+olBoY0
僧侶「どの国にも王都には白の国と同じように神樹があるの、勿論黒の国にもね」

僧侶「……と言うよりも神樹のある場所がそれぞれの国の王都になったのかな」

僧侶「私達がこうして暮らしていられるのも神樹のおかげなのよ?」

僧侶弟「え?そうなの?」

僧侶弟は姉を見て目を丸くした。

勇者「なんだ、学校で習ってないのか?」

僧侶弟「はい」コクン

僧侶「この神樹はね、ある種の結界を張っているの。あ、でも結界と行っても邪を退けるバリアみたいなものじゃないよ」

僧侶弟「??」

僧侶「えーっと……」

武闘家「『環境改善装置』、みたいなものでしょうか?」

僧侶がどう説明したら良いか困っていたので武闘家がフォローを入れる。

武闘家「神樹はその溢れる生命力を周囲の環境にも分け与えているんです」

そのまま武闘家が説明を代わってくれたので僧侶は内心ホッとした。

武闘家「神樹の力によって空気は洗浄され、土壌は肥え、嵐や地震の様な自然災害すら抑制されているのですよ」

僧侶「ずっと……ずっと前から神樹達は私達人間を……この世界を守り続けてきてくれたのよ」

僧侶弟「そうだったんだ……全然知らなかった」

61: 2012/12/28(金) 02:50:03.19 ID:jo+olBoY0
僧侶弟はもう一度白の大樹を見上げた。

地中深くに広がる根、
何より太く力強い幹、
天へと自由に伸びる枝葉、

生命の神秘というものを目で、肌で、感じる。

勇者「この木からしてみれば……きっと人間と魔族の争いなんて子供の喧嘩みたいなもんなんだろうな……」

木漏れ日を眩しそうに見つめながら小さくそう呟いた勇者を少年は不思議そうに眺めていた。

魔法使い「あー、勇者じゃん!やっと来たの~?」

両腕で大きな紙袋を抱きかかえた魔法使いが勇者に声をかけた。

右手に持っていたホットドッグを旨そうに頬張る。

魔法使い「ほーひふほひふほひほふひへひへは~」モグモグ

勇者「魔法使い……ってか食いながらしゃべるなよ、何言ってるかサッパリわかんねぇよ」ハァ

魔法使い「ん……んぐっ」ゴクンッ

魔法使い「来るの遅いよー、この遅刻ジョーシューハンめ」

勇者「お前に言われたくねぇよ!!」

魔法使い「え~?あたしより勇者の方がずーっと遅刻の回数多いよ~」ペロッ

口の周りについたケチャップを器用に舌で舐めとり魔法使いが言った。

武闘家「うーん、正直どっちも似たようなものなんですけどね」フフ

62: 2012/12/28(金) 02:51:41.13 ID:jo+olBoY0
魔法使い「……にゃ?この子は?」

魔法使いが僧侶の隣の少年に気付いた。

僧侶「私の弟だよ」

勇者「あれ?魔法使いは会うの初めてなのか?」

魔法使い「あー!君が僧侶ちゃんの弟君か!あたしは魔法使いだよ、はじめまして♪」

僧侶弟「は、はい、はじめまして…………」

僧侶弟は魔法使いを見てなにやら戸惑っている。

僧侶弟「あ、あの魔法使いさん?」

魔法使い「なぁに?」

僧侶弟「魔法使いさんは……その…………猫なんですか?」ジー

僧侶弟は魔法使いの頭、栗色の髪の中から生える二つの猫の耳を凝視して尋ねた。

63: 2012/12/28(金) 02:54:11.03 ID:jo+olBoY0
さっきから通行人がこちらを見てくるのは勇者に気づいてだと思ったがどうやらそうではなかった様だ。

魔法使い「残念ながらあたしは猫じゃないよ~」アハハ

僧侶弟「そ、そうですよね……えっと、変わったコスプレですね」

魔法使い「コスプレなんかしてないよ?ちゃんとあたしの耳だよ?」ピコピコ

僧侶弟「!?」

小刻みに耳を動く魔法使いの猫耳に僧侶弟は驚きを隠せなかった。

勇者「俺達はもう慣れちゃったから気にもしてなかったけど……普通の奴からしてみりゃそりゃ驚きだよな」

魔法使い「昔魔法に失敗しちゃってね、その時にこうなっちゃったんだー」

僧侶弟「へぇ……」

僧侶「本当は魔法で治せるんだけど魔法使いちゃんが気に入っちゃって……ずっとそのままなの」

魔法使い「だって可愛いじゃん!!」ピコピコピコピコ

勇者「分かった分かった、てか帽子はどうしたんだよ?」

本来なら帽子で耳が隠れるのであまり人々からジロジロと見られることもないのだが、魔法使いがいつも被っている黒の帽子が今日は頭に乗っていない。

魔法使い「たまにはなくてもいいかなーって」

勇者「ダメだ、被れ。あんまり騒がれたくないから『100代目勇者旅立ちの式』ってのを断ってきたのに……王都の城門を出るまでは我慢して被ってろよ」

魔法使い「わかったよ~~」プクッ

頬を膨らませた魔法使いがパチンと指を鳴らすと頭上に小さな魔法陣が現れた。

64: 2012/12/28(金) 02:57:38.14 ID:jo+olBoY0
魔法陣が光ったかと思うと既に彼女の頭の上には愛用の帽子がふわりと乗っていた。

勇者「とりあえずよし。……そしてその紙袋はなんなんだ?」

魔法使い「これ?これはねぇ~、ポップコーンと焼き鳥とホットドッグとチョコバナナとそれから~」

勇者「あのなぁ、それ抱えながら旅に出るわけにもいかないだろ……食料ならこっちの袋の中に入ってるし」

魔法使い「えー、だったらわざわざ旅なんかしなくても転移魔法で他の国の王都に跳んでっちゃえばいいじゃん、だいたいの国は行ったことあるんだしさー」

勇者「それじゃ世界中の色んな場所、色んな人達を見て回れないだろうが」

勇者「とは言え捨てるのも勿体無いし……そうだな、買ったもんは全部僧侶の弟にやれ」

僧侶弟「え?」

僧侶「なんか悪いよ、勇者君」

勇者「いいんだよ、ホラ魔法使い」

魔法使い「う~ん……わかった、じゃあお近づきの印ってことで弟君にあげるよ♪妹ちゃんと仲良く分けっこしてね」ニコッ

僧侶弟「はぁ……あ、ありがとうございます」

魔法使い「いいのいいの♪……でも~」ガサゴソ

魔法使いは僧侶の弟に渡した紙袋を漁ると、小さな袋を取り出した。

魔法使い「あった☆この焼き鳥はあたしが貰ってくね♪」

勇者「……まぁそれぐらいなら持って行ってもいいか」

65: 2012/12/28(金) 03:00:28.23 ID:jo+olBoY0
武闘家「さて……全員揃ったことですしそろそろ行きましょうか」

僧侶「そうだね、随分遅くなっちゃったもんね」

僧侶「……そうだ、弟君。お姉ちゃんとの約束ちゃんと覚えてる?」

僧侶弟「妹の面倒をちゃんとみること。姉ちゃんの育ててるサボテンの世話を忘れないこと。それと勉強も頑張ること!」

僧侶「あとお父さんとお母さんに迷惑をかけないこと、ね?」

僧侶弟「うん!任せといてよ!」

僧侶「ふふ、わかった。頑張ってね」ニコ

勇者「僧侶、いいか?」ニッ

僧侶「うん、時間とらせてごめんね」

魔法使い「ん~、最初はどこに行くんだっけ?」

勇者「赤の国、だな」

66: 2012/12/28(金) 03:01:56.87 ID:jo+olBoY0
武闘家「その次は大砂漠を迂回するようにして黄の国へ、そしたら……いえ、まずは赤の国へ行くこと。そこからですね」

勇者「そういうことだな」

勇者は目を閉じ深く息を吸い込んだ。

勇者「……よし!!じゃあ100代目勇者様一行の旅立ちだ!!行くぞぉ!!」

魔法使い・僧侶「おー!!」

武闘家「ふふっ、いつも元気があっていいですね」ニコニコ

僧侶弟「行ってらっしゃい、姉ちゃん!!勇者様達!!」

一行は旅は幕を開けた。

僧侶弟は四人の背中が見えなくなるまで、白の神樹の前で手を振り続けていた。

67: 2012/12/28(金) 03:03:49.83 ID:jo+olBoY0
――――黒の国・魔王の城・王の間

魔王は王座に座り書類に目を通しながら黒騎士の言葉に耳を傾けていた。

黒騎士「……以上が先の赤の国との戦になります」

全身を黒の甲冑に身を包んだ男は魔王の前に跪き重々しい声で闘いの結果を報告した。

魔王「やはり赤の国は白の国に次ぐ戦力の国……一筋縄ではいかんな」

魔王「先日の黄の国での戦はどうであった?」

黒騎士「ハッ、こちらの勝利まであと一歩というところでしたが大勇者が現れ戦況が一転、撤退を余儀無くされました」

側近「……いかがいたしましょうか?」

魔王「そうだな…………」

長い沈黙の後に魔王が答える。

68: 2012/12/28(金) 03:05:15.60 ID:jo+olBoY0
魔王「赤の国、黄の国との前線へ兵の補給をし、そのまま現状待機だ」

黒騎士「待機……ですか?」

黒騎士は怪訝そうに尋ねる。

黒騎士「お言葉ですがどちらの国も先の戦で戦力が消耗していると思われます。ここで総攻撃をかければ重要拠点を落とし、赤の国、黄の国との闘いを有利に運ぶことができるかと……」

魔王「そうであろうな……今までだったらな」

黒騎士「新たな勇者……ですか」

魔王「うむ、100代目勇者という新たな戦力を得た人間側の力を侮ってはならん」

魔王「戦力を補給しにらみ合いに持って行くだけでも十分に相手への牽制になろう、『急いては事を仕損じる』と言うであろう?」

黒騎士「…………ハッ、心得ました。では御意に」

一礼すると黒騎士はきびきびと歩き王の間を後にした。

69: 2012/12/28(金) 03:07:28.92 ID:jo+olBoY0
魔王「…………ふぅー~…………」

側近と二人きりになると魔王は長く息を吐いた。

魔王「どうにか誤魔化せただろうか?」

側近「どうでしょうか?黒騎士殿はご命令に納得がいかなかったようでしたが……」

魔王「そうだろうな……黄の国への侵攻はともかく赤の国は今が攻め入る好機だと誰もが考えるであろう」フゥ

側近「そろそろ限界でしょうか?」

魔王「……だとしてもまだ時間を稼がねばなるまい、勇者は先日旅に出たばかりだと聞くしな」

側近「うふふ、魔王様と勇者さんの計画が早く実現すると良いですね」

魔王「そうだな」

70: 2012/12/28(金) 03:10:24.80 ID:jo+olBoY0
側近は勇者と魔王の仲を知る唯一の人物である。

勇者と魔王の夢を現実のものとするにはどうしても第三者の協力が必要だと二人は考えるようになった。

勇者はまだしも魔王は魔族の頂点に立つ身として一人で黒の国全体を和平へと向かわせるのは到底不可能である。

そこで白羽の矢が立ったのが魔王の幼少期は世話係を務め、現在は側近を任されている彼女であった。

五年前、魔王が十三の時に魔王は当時既に側近であった彼女に全てを打ち明けた。

大勇者の息子、100代目勇者候補と交遊があること。
彼と共に魔族と人間の戦争のない平和な世界を目指していること。

話を聞いた時は多少のことには動じない側近も流石に面食らったようだったが、魔王の良き理解者である彼女は『魔王様に付き従うのが私の役目ですから』と二人の後押しをすることを快諾したのだった。

自国の消耗を抑えつつ他国へ甚大な被害を出さない侵略をするという難しい采配は魔王の知識だけではこう長く続けてこれなかっただろう。

だがそうした采配にも限界がきているのは否めなかった。

71: 2012/12/28(金) 03:12:57.98 ID:jo+olBoY0
側近「……黒騎士殿だけでなく他の将軍達も遅々として進まぬ侵攻、ひいては魔王様の指揮に不満を抱えているようです」

魔王「…………こればかりは仕方ないな」

魔王は眉間に皺を寄せ次の書類に目を通しながら答えた。

側近「えぇ……でも魔王様の支持率はお父上に次いで2番目に高いのですよ?」フフッ

魔王「そうなのか?」

側近「税金を減らし地方の開発発展に意欲的に取り組み、可能な限り国民の声に耳を傾けていらっしゃいますからね」

側近「平和な世界であったならば間違いなく名君と呼ばれるのでしょうね」

魔王「そうか…………」

72: 2012/12/28(金) 03:15:59.60 ID:jo+olBoY0
魔王は手に持つ書類の最後のページをめくった。
最後の紙には子供の幼い字で『まおうさま このまえむらにいどをつくってくれてありがとう』と書かれて可愛らしい絵が描かれていた。

魔王「ふふっ、私には戦に強い国を作るよりも国民のための平和な国を作る方が合っているのかもしれんな」

「魔族の王たる魔王がかような考えでどうするのだ!!」

男の低い声が王の間に響き亘る。
コツコツと足音を立て玉座の前へ漆黒の鎧の男が現れた。

側近「魔将軍殿……!!」

魔将軍「黒騎士から聞いたぞ、赤の国、黄の国の侵略を中止させたと!!」

魔将軍は軍事において魔王に次ぐ権力を持つと共に過激な反人間派の中心人物である。
先程の魔王の決定に異論を唱えるのも無理はない。

魔王「黒騎士にも申したが新たな勇者という存在がある故迂闊な進軍は我が軍の被害をいたずらに増やすだ……」

魔将軍「それはただの逃げ腰にすぎん!!」

魔王の言葉を遮り魔将軍が叫んだ。

魔将軍「我が軍の兵達は戦で命を落とすことなど常から覚悟していおる!!」

魔将軍「敵の重要拠点を落とせるとなれば多少の犠牲はつきものだと分からぬのか!!」

魔将軍「人間は貴女の父上を頃した憎むべき仇なのだぞ!?それを毎度腑抜けた指揮で……!!」

73: 2012/12/28(金) 03:17:35.85 ID:jo+olBoY0
側近「魔将軍殿!!先程から魔王様に対してなんたる無礼な……!!」

魔王「よいのだ、側近」

魔王「……ともかく、私は決定を覆すつもりはない」

魔王はそう重々しく言うと真っ直ぐに魔将軍を睨んだ。

魔将軍「…………チッ、頑固なところばかり兄上に似おって……」

身を翻すと魔将軍は来た時と同じように足音を立てて王の間を去った。

側近「…………」

魔王「叔父上……」

軍内部で魔王に対する不満を持つ者が増えつつあるのは確かである。

もしかしたらもうあまり時間はないのではないか?

魔王はそう考えていた。

74: 2012/12/28(金) 03:20:50.60 ID:jo+olBoY0
【Memories02】
――――5年前・白の国・王都・白薔薇学園

学年主任の先生「じゃあしばらくは今発表した班編成でパーティを組んでもらうぞ、模擬戦や任務にもそのパーティで取り組んでもらうことになる」

学年主任の先生「勿論明日からの銀の国での演習にもこのパーティで参加してもらうからな、わかったかー?」

学生達「はーい!!」

学生課の先生が最後の確認をとるとみんなが大講堂に響き亘る声で返事をした。

一方私は今聞いたパーティが信じられずに茫然としていた。

……まさかこんなことになるだなんて思いもしなかった……。

たしかに私は授業を欠席したことは勿論、遅刻したこともないし、魔法の実習もテスト勉強も一生懸命やってきたと自分でも思う。

この前のテストでは学年で四位だったし、『回復魔法の腕前は既に一人前だよ』と魔法課の先生も誉めてくれた。

だけど良い成績をとろうと頑張っていたのは優越感に浸りたいからとかみんなに誉めてもらいたいからとかじゃなくて特待生として奨学金が欲しかったからだった。

決して稼ぎは多くないのにこうして由緒ある白薔薇学園に通わせてくれたお父さんとお母さんの負担を少しでも減らそうと特待生枠を狙っていた。

だから…………。

…………まさかこんなことになるなんて思いもしなかった…………。

75: 2012/12/28(金) 03:24:24.43 ID:jo+olBoY0
武闘家君「君が僧侶さんですか?初めまして、僕は武闘家」

サラサラの金髪を後ろで結った少年が私に声をかけてきた。

武闘家君「いつまでこのパーティで一緒になるかわからないけどよろしくお願いしますね」ニコッ

そう言って武闘家君は屈託のない笑顔で挨拶した。

私「よ、よろしくね、武闘家君」

私は以前から武闘家君を知っていた……と言うのもこの学年で二番目の有名人だから。

何を隠そうその成績は学年トップ。
毎回テストではほとんどの科目で満点を叩き出す秀才だ。

魔法使いちゃん「僧侶みっけ!!えへへ、同じパーティだったね、よろしく♪」ニパッ

私「うん、よろしく」

魔法使いちゃん「……と、こっちが武闘家君かな?」

武闘家君「はい、魔法使いさん……ですね?お噂はかねがね」フフッ

魔法使いちゃん「そう?やっぱりあたしって有名人なのかな~?♪」

私「……うーん……ある意味、ね」アハハ…

魔法使いちゃんは同じクラスの娘で前から交流もあったし仲が良かった。

彼女はこの学年で"ある意味"一番の有名人だ。

初級炎撃魔法陣を展開する最初の魔法実習の授業で、実習室を三つ半壊させたんだからそれは有名にもなる。

以来魔法使いちゃんは先生達から要チェック人物として扱われているんだけれど本人はそんなこと少しも気にしてないみたいだった。

76: 2012/12/28(金) 03:26:55.09 ID:jo+olBoY0
「なんだよ、武闘家。同じ班だったんだから一緒に行ってくれりゃ良かったじゃねぇかよ」

背後からまだ少しだけあどけなさの残る少年の声がした。

武闘家君「フフッ、ごめんなさい」

少年「まぁいいけどさ……えっと……こっちが僧侶でこっちが魔法使いか?」

魔法使いちゃん「そうだよ~、そう言う君は勇者?」

少年「おぅ、俺が勇者だ!!……っつってもまだ勇者"候補"だけどな」ハハッ

勇者君「よろしくな、2人とも」

武闘家君「あれ?僕は?」

勇者君「お前は前から俺とつるんでたじゃねぇか」

私「え、えっと……よろしくね、勇者君」

勇者君「あぁ、よろしくな♪」ニッ

私達のパーティ最後の一人は学年一の……いや、この学園一の有名人、勇者君だった。

99代目勇者の大勇者様の息子で七歳で転移魔法を使えるようになったという天才。
剣の腕もピカ一でこの前は一年生にもかかわらず剣術の先生に勝ったんだとか。

次の勇者最有力候補との呼び声も高かった。

77: 2012/12/28(金) 03:29:03.62 ID:jo+olBoY0
学年一の秀才と学年一の問題児、時期勇者候補。

そんなすごいパーティの中に凡人の私が選ばれるだなんて全くもって思いもしなかった。

私「……すごいメンバーばっかりだね……」

魔法使いちゃん「そうかな~?」

私「うん……なんだか私場違いだよ……」ウゥ

武闘家君「そんなことありませんよ、僧侶さんはとっても優秀じゃないですか」

勇者君「なに!?」

武闘家君「えぇ、回復魔法は学年でも3本の指に入ると聞きますしこの間のテストはたしか学年4位でしたよ」

勇者「げ……1位と4位がいんのかよ……」

武闘家君「どうかしましたか?赤点ギリギリだった勇者君?」クスクス

勇者君「馬鹿にしやがって!!」コノコノ!!

武闘家君「あはは、冗談ですってば、もう」クスクス

私「……ふふっ」

じゃれ合う二人を見て私は笑ってしまった。

そうだ、学年一位の秀才も勇者候補も私と同じ十二歳の子供なのだ。

決して雲の上の人なんかじゃない。

78: 2012/12/28(金) 03:30:40.20 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「なんだ、勇者って言ってもあたしと大して変わらないじゃん」アハハ

勇者君「う、うるさいなぁ、実技が出来ればいいんだよ、実技が出来れば!!」

武闘家君「魔法使いさんには失礼かもしれませんが、勇者と魔法使いさんは実技A学力C、僕は実技B学力A、僧侶さんは実技A学力Aと言ったところでしょうか」

武闘家君「ね?このパーティの中で一番バランスがとれてるのが僧侶さんなんですよ、何も場違いなことなんてありません」フフッ

私「そ、そうかな……?」

勇者君「俺達同い歳のただのガキなんだからさ、気楽に行こうぜ」

魔法使いちゃん「そーそー!!気楽にお気楽リラックス♪」

私「ふふ、ありがとう、みんな」

79: 2012/12/28(金) 03:33:57.07 ID:jo+olBoY0
そこで剣術の先生が声をかけてきた。

剣術の先生「随分と楽しそうだな、勇者」

勇者君「あ、ども」

剣術の先生「初めてパーティを組んで浮かれるのも分かるが、そんな浮いた気持ちでは明日からの演習で遭難することになるかも知れんぞ」フンッ

勇者君「大丈夫ですよ、もし危なくなったら転移魔法使って山小屋まで跳びますから」ニコッ

剣術の先生「流石、天才は違うというわけか。……まぁいい、くれぐれもはしゃぎすぎないようにな」

そう言って剣術の先生は職員室へ向かっていった。

魔法使いちゃん「なに~、あの先生感じ悪ーい」ブー

勇者君「この前俺に負けたの根に持ってんだろ、ったく剣士の風上にも置けねぇ奴だよ」ケッ

武闘家君「勇者があんなにこっぴどく負かさなければ良かったんですよ」ハァ

80: 2012/12/28(金) 03:36:14.37 ID:jo+olBoY0
私「勇者君何したの?」

武闘家「先生の太刀を5分間ひたすら避け続けて、その後に先生の竹刀を弾き飛ばして喉元に竹刀を突きつけて『まだやりますか?』なんて…………僕だったら恨みを買わないようにもう少し上手くやりますけどね」

勇者君「だって頭きたんだもんよ、仕方ねぇだろ?」

勇者君「剣の腕なんて剣士のオッチャンの足元にも及ばないクセしてさ、偉そうに『剣の道とはなんたるものか』なんてご高説垂れてよ」

勇者君「挙げ句実技授業は生徒いびりしかしねぇんだ」

魔法使いちゃん「それはあたしも頭にきちゃうなー」

勇者君「だろ?あの野郎負かした時の他の生徒達からの歓声と言ったらなかったぜ」ウンウン

勇者「……ま、とりあえずみんなしばらくよろしくな!!明日からの演習も頑張ろうぜ!!」

81: 2012/12/28(金) 03:40:20.13 ID:jo+olBoY0
――――翌日・銀の国・白銀の山

白薔薇学園の一年生が初めてパーティを組まされて最初に挑む実習は雪山サバイバル。

魔法課の先生が雪山に生徒達を転移魔法で運び、そこから各パーティが協力して目的地の山小屋を目指す、というものだった。

『過酷な自然の中でパーティの絆を深めるのだ!!』と熱血漢の先生が雪も溶けてしまうような暑苦しさで語っていた。

大陸の北方に位置する銀の国はいわゆる雪国で、一年中雪が積もっているらしい。

演習が始まり雪山の中腹に跳ばされた時、私達は辺り一面の銀世界に胸を踊らせた。

白の国にも雪は降るけれど年に一、二回程度だし積もってもせいぜい靴が埋まる程度。

私達はあんなに沢山の雪を目の当たりにしたのは初めてだったから演習が開始されてしばらくの間は折角の雪景色を堪能した。

勇者君と魔法使いちゃんは雪合戦をして大いにはしゃいでいた。

武闘家君が二人に何も言わなかったのはきっと武闘家君も少しこの白い世界を楽しんでいたかったのかもしれない。

私も小さな雪ダルマを作っては太陽の光に銀色に輝く景色を眺めていた。

しかし、雪山を舐めてはいけない。

白銀の山は比較的なだらかな山だけど森が多いから見通しも良くはないし、何より山の天気は変わり易い。
さっきまでお日様が見えていたと思ったらみるみる雲が空を覆って気が付けば吹雪が…………なんてことも珍しくない。

83: 2012/12/28(金) 03:43:36.62 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「勇者ぁー、今どこなの~!?」

魔法使いちゃんがうんざりと勇者君に尋ねる。

勇者君「だーかーらー、今ここらへんだよ、ここらへん!!」

勇者君がうんざりと地図を指差す。

武闘家君「違いますよ、もうその地図には載ってない場所です」ハァ

武闘家君がうんざりため息をつく。

私「とりあえずそろそろ休まない……?」

私はうんざりと近くの切り株に腰を下ろした。

勇者君「なんだ僧侶、もうへばったのかよ、だらしないぞ!!」

勇者君は『まだまだ元気だ』と言わんばかりに両手に持っていた荷物を何度も上げ下げした。

武闘家君「いえ、僧侶さんの言う通りです。体力を蓄えるためにも今は休むのが得策でしょうね」

武闘家君は空を見上げると山の頂へと視線を移しながら言った。

武闘家君「曇っていてわかりにくいでしょうがそろそろ日も暮れる頃ですよ」

武闘家君「それに山の頂上付近の天気の荒れ様を見る限りじきにここも吹雪にみまわれるでしょう」

武闘家君「今からビバークの準備をしておかないと取り返しのつかないことになりますよ」

勇者君「う……わかったよ」

武闘家君の説得に勇者君もここでのビバークに賛成をしてくれた。

84: 2012/12/28(金) 03:46:47.04 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「"びばーく"って?」

私「簡単に言うとテントで野宿しようってことだよ……」

勇者君「へぇ~……」

武闘家君「演習開始前に先生が説明してくれたじゃないですか……2人とも一体何を聞いてたんですか?」

勇者君・魔法使いちゃん「寝てた!!」

二人は声を揃えて何故か自慢気に言った。

勇者君「なんだ、魔法使いもか!?」

魔法使いちゃん「そう言う勇者も!?」

勇者君「あの先生の話は催眠魔法よりタチ悪いよな~」ククッ

魔法使いちゃん「わかるわかるー☆」ケタケタ

武闘家君「二人とも……笑い事じゃないですよ?」ニコッ

武闘家君は確かに笑っていたけどその威圧的な笑みに勇者君と魔法使いちゃんは一瞬で真顔に戻った。

勇者君・魔法使いちゃん「すみませんでした」シュン

武闘家君・私「…………」ハァ

私達は同時にため息をついた。

85: 2012/12/28(金) 03:48:47.16 ID:jo+olBoY0
武闘家君がテントを建てるのに良さそうな場所を見つけてくれたので私達はそこで吹雪をやり過ごすことにした。

勇者君と魔法使いちゃんもテントの建て方は知っていたみたいで、四人で協力してすぐに組み立てが終わった。

最後に吹雪を和らげるために、私が耐氷撃魔法陣と耐風撃魔法陣をテントの周りに張ってビバークの準備は完了。

素早く準備を済ませたつもりだったけど吹雪が来るのは予想より早く、私達がテントに入るとすぐに強風が吹き荒れた。

四人が入ったテントはぎゅうぎゅう詰めだった。
私達は、出入口から時計周りに勇者君、魔法使いちゃん、私、武闘家君の順に円を描いてみんな毛布にくるまっていた。

でもそうして四人で寄り添っていたから少しだけ暖かかった。

勇者君「いや~しかし吹雪ってのはすごいもんだな……テントが吹き飛ばされちまいそうだ」

テントの中心に置かれたランプをぼんやりと眺めながら呟いた。

風が吹く度にテントの金具が軋んでギシギシと音を立てていたのだから無理もない。

武闘家君「それでも僧侶さんの補助魔法のお陰で随分マシになってるんですよ?」

私「でも私補助魔法は覚え立てだし初級魔法しか使えないからあんまり役に立ててないかも……」

86: 2012/12/28(金) 03:51:14.09 ID:jo+olBoY0
武闘家君「雪玉と一緒にコンパスを投げたり滑って崖から落ちて迷子になった人に比べたら大活躍です」

魔法使いちゃん「あんなこと言われてますよ、雪玉と一緒にコンパスを投げた勇者君」ヤレヤレ

勇者君「そうですね、滑って崖から落ちて迷子になった魔法使いさん」ヤレヤレ

武闘家君「とにかく、遭難の原因はあなた方二人にあるんですからね?」

勇者君「わ、わかってるよ」

魔法使いちゃん「そう言えば勇者の転移魔法は?」

魔法使いちゃんが思い出したように言った。

魔法使いちゃん「ホラ、昨日学校で『遭難したら山小屋まで跳ぶ』って言ってたじゃん」

勇者君「あ、あぁ、あれな、うん……」

勇者君が表情を曇らせた。

武闘家君「転移魔法は原則自分の行ったことのある場所にしか跳べないんですよ、だから勇者は山小屋には跳べないワケです」

勇者「……はい、その通りです」シュン

勇者君が一回り小さくなった。

武闘家君「てっきり僕は事前に山小屋に行ったことがあるからあんな大口叩いたんだと思っていたんですが……甘かったですね」ハァ

勇者君「……面目ない」シュン

勇者君がさらに一回り小さくなった。

87: 2012/12/28(金) 03:56:38.89 ID:jo+olBoY0
私「……この魔法具……使おうか?」

そこで私は手にしていた小さな円盤型の魔法具をランプの光にかざした。

演習中に遭難してしまったり事故にあったりしてしまった時、どうしても生徒達の手では解決できないような問題に直面した時には、この魔法具に魔力を込めれば山小屋で待機している先生達に連絡が入り助けに来てくれる、というものだった。

遭難したとその状況は魔法具を使うのに相応しい状況……と言うかそのための魔法具だったんだけどね。

勇者君「いーや、それはダメだ」

でも勇者君はキッパリと言った。

勇者君「それ使ったらリタイアってことだろ?それだけはヤだ」ムスッ

武闘家君「勇者は変なところで負けず嫌いですからね」

魔法使いちゃん「あたしもリタイアは嫌だな~」

私「でも……」

武闘家君「……まぁ大丈夫ですよ、日が上ればある程度の方位はわかりますから地図と周囲の地形を照らし合わせてなんとかしてみせます」

武闘家君「まだ食料は多目に5日分はありますからね『まだあわてるような時間じゃない』……ってやつですね」ニコッ

私「何それ?」

勇者君「流石武闘家!!頼りにしてるぜ!!」

魔法使いちゃん「かっこいー!!」

武闘家「はいはい……それよりそろそろご飯にしませんか?お腹空いたでしょ?」フフッ

勇者君・魔法使いちゃん「賛成ー!!」

88: 2012/12/28(金) 03:58:25.16 ID:jo+olBoY0
私達は乾パンと干し肉、簡易スープの質素な晩餐をとった。

どうせなら勇者君の転移魔法で街に言ってレストランでご飯を食べてホテルに泊まって明日の朝このテントに戻れば良いんじゃないか、という悪魔の提案を魔法使いちゃんがしたけど勇者君がズルはしたくないと言って却下した。

私にはそんなお金もなかったし正直助かった。

それから私達はお互いのことを話し合って打ち解けていった。

勇者君はお父さんに負けないような100代目の勇者を目指して毎日修行していることを話してくれた。
剣術は大勇者様のパーティだった剣士様に習ってるんだって。

私が「じゃあ魔法は大賢者様に習ってるの?それとも大魔導師様?大勇者様?」って聞いたら「魔法は特別コーチがいる」って笑って言った。

勇者君が見せてくれた勇者の刻印は今まで見たどんな赤よりも赤く、夕焼けの空のような朱色だった。

89: 2012/12/28(金) 04:04:58.02 ID:jo+olBoY0
私が弟君と妹ちゃんと一緒に一面綿飴だらけの真っ白な平原で遊んでいる夢を見ていると不意聞こえたに武闘家君の声で目が覚めた。

武闘家君「駄目です!!危険すぎます!!」

勇者君「でも行かないわけにはいかねぇだろ!!」

私「どうしたの……?」

私はまだ重たい瞼を擦りながら尋ねた。

武闘家君「あ、僧侶さん、起こしてしまいましたか……」

魔法使いちゃん「どうしたもこうしたもないよ、勇者が外に出るって言うんだよ」

私「え?な、なんで!?」

勇者「悲鳴が聞こえたんだよ!!多分俺達みたいに遭難した奴らが助けを求めてるんだ!!」

勇者君が声を荒らげて言った。

武闘家君「だとしてもこの吹雪の中外に出るだなんて自殺行為です!!」

武闘家君「先生に救難信号を送る魔法具だってあります、仮に遭難した人達がいても大丈夫なハズです!!」

武闘家君は必氏に勇者君に訴えた。

勇者君「んなもん知るか!!」

だけど勇者君は武闘家君よりも必氏な顔で叫んだ。

勇者君「すぐ近くに助けを求めてる人がいるかもしれないのに放っておけねぇだろ!!」

90: 2012/12/28(金) 04:06:46.74 ID:jo+olBoY0
「きゃーー!!だ、誰かーー!!」

私達「!!!!」

風の唸る音がビュウビュウと聞こえる中、女の子の叫び声がたしかに私達に届いた。

勇者君「……やっぱり!!」

勇者君「おい、危ないからお前らはここにいろよ!!ちょっと行ってくる!!」ダッ

私「ちょ、勇者君!?」

勇者君は私達の制止を振り切りテントから飛び出していった。

魔法使いちゃん「行っちゃった……」

私「どうしよう、武闘家君……」

武闘家君「………………」

武闘家君は目を固く閉じ沈黙していた。

やがて大きなため息をつくと言った。

91: 2012/12/28(金) 04:08:38.29 ID:jo+olBoY0
武闘家君「吹雪でただでさえ視界も悪いのにランプも持たずに飛び出して行きますかね」ハァ…

武闘家君「……勇者1人じゃ不安ですし僕も勇者の後を追います。必ず連れて帰ってきますから2人ここで待っていて下さいね」

武闘家君がランプに手を伸ばしたところで、魔法使いちゃんが武闘家君より先にランプを手にとった。

魔法使いちゃん「あたしも行くよ、こんなところでじっとしてるなんて性に合わないし♪」ヒョイッ

武闘家君「…………魔法使いさん」

魔法使いちゃん「僧侶はどうする……?」

私「私は…………」

もしここで外に出たら吹雪の中で息絶えてしまうかもしれない

真っ暗な夜の闇の中で何も見えず何も感じられず、ただただ冷たい雪が残酷に私の体温と五感を奪っていくのだろうか?

そう考えたら私は怖くて怖くて仕方がなかった。

だけど私は……何よりも温かなものが"そこ"にある様な気がした。

私「行くよ、私も行く。……だって私達4人で1つのパーティでしょ」ニコッ

92: 2012/12/28(金) 04:11:22.48 ID:jo+olBoY0
不安を吹き飛ばす様に私は精一杯に笑ってみせた。

テントの外は暗闇が銀世界を包み込んでいた。

しかもそれだけじゃなく荒れ狂う吹雪のせいで、ランプの灯りがあってもほんの少し先までしか見えない。

防寒着越しにも伝わる刺すような冷気が私達の体力を奪っていくのがわかった。

武闘家君の指示で少し進む度に魔法使いちゃんは小規模な炎撃魔法で前方に道を作った。
私達も同じように少し歩いては周囲に耐雪撃魔法と耐風撃魔法を放って吹雪を和らげた(と言っても焼け石に水だったけど)。

そうして勇者君の足跡を追いかけて数分もしない内にどうにか私達は勇者君に追いついた。

そこには思いもよらない光景が広がっていた。

93: 2012/12/28(金) 04:13:51.21 ID:jo+olBoY0
血まみれで倒れる二人の男の子と一人の女の子。
さらにもう一人女の子が近くの木に寄りかかり泣きながら震えていた。

そして四人の前には巨大な獣に少年が立ち向かっているところだった。

その少年が勇者君だっていうのは分かったけど……あの獣は一体……?

武闘家君「な……魔獣堕ちした大熊山猫!?」

武闘家君が驚きを隠せない様子で言った。

魔法使いちゃん「オオクマヤマネコ?熊なの?猫なの?」

武闘家君「一応猫……ですよ、分類上は。でもその凶暴さと怪力は熊に匹敵します」

武闘家君「それに……魔獣堕ちしてるだなんて……」

授業で習っていたから魔獣堕ちというのは私も知っていた。

強い憎しみや恐怖を抱いたまま殺された動物に世界に満ちている魔力が悪い方へ作用してしまう現象のことだ。

魔獣堕ちした動物はその強い憎悪の念によって血と破壊を求める獣になってしまう。
負の魔力の力を得て生前の何倍も強力な力を持つようになった動物達は『魔物』や『モンスター』と呼ばれ、人々から恐れられている。

94: 2012/12/28(金) 04:16:36.55 ID:jo+olBoY0
その魔物が今、目の前にいる。

私は混乱しながらも状況をどうにか把握した。

あの子達のパーティが遭難したところで魔物に襲われ、勇者君が現れた、というところかな、と思った。

私より数秒早く状況を理解していた武闘家君が私達に指示を出す。

武闘家君「僕は魔法使いさんで勇者の助けに入ります!!僧侶さんは怪我人の手当てを!!」

私「は、はいっ!!」

魔法使いちゃん「わかった!!」

私は一番近くに怪我して倒れていた男の子へと駆けて行った。

私「大丈夫!?」

男の子「う……」

意識はある様だった。

私は回復魔法の魔法陣を組んだ。
いつもならそんなに時間もかからずに展開できるのに焦りから少し時間がかかってしまった。

やっとのことで術式を組み終え魔法陣が発動した。

男の子を中心に回復魔法の緑色の温かな光り生まれ彼の傷を癒す。

上級回復魔法なら一度に沢山の人達の手当てをしてあげられるけどあの時の私が使えたのは下級回復魔法だけだった。

私は彼の傷が治るのをもどかしく感じながら勇者君達の方を見た。

丁度武闘家君と魔法使いちゃんが勇者君達の加勢に入ったところだった。

95: 2012/12/28(金) 04:18:51.24 ID:jo+olBoY0
武闘家君「勇者!!」

魔法使いちゃん「助けに来たよっ!!」

勇者君「な……武闘家に魔法使い!?」

武闘家君「勝手に飛び出して行ったかと思えば魔物と闘っているとは……本当に世話が焼けますね、っと!!」

武闘家君は飛び上がり魔物の頭に回し蹴りを叩き込んだ。

魔物「グガァ!?」

しかし魔物はピンピンしていて、鋭い爪で武闘家君を襲った。

ビュッ!!!!

武闘家君「おっと……!!」

スカッ

体を捻って紙一重で攻撃を避けて着地。
即座に次の攻撃へ備えた。

武闘家君「やっぱりたいして効いてませんか……」フム

勇者君「馬鹿野郎、テントで待ってろって言ったのに!!」

勇者君が武闘家君達に怒鳴った。

武闘家君「人に説教できる立場ですか?ランプも持たずに飛び出してどうやって帰ってくるつもりだったんです?」

武闘家君「テントに転移魔法で跳ぶにしても曖昧な座標認識では成功しないでしょ?」

勇者君「うっ……」

96: 2012/12/28(金) 04:22:17.17 ID:jo+olBoY0
魔法使いちゃん「それに……助けに来たのはあたし達だけじゃないよ」チラッ

勇者「!?」バッ

魔法使いちゃんの言葉に勇者君は振り返った。

私は一人目の回復を終えもう一人の男の子を治療しながら勇者君達を見守っているところだった。

勇者君「僧侶もか……」

魔法使いちゃん「僧侶が『私達4人で1つのパーティでしょ』って」

魔法使いちゃん「やっぱり困った時は助け合わないとね」ニコッ

勇者君「…………」

勇者君「……ったく、バカは俺1人で十分だってのに」チッ

武闘家君「とか言って、内心嬉しいんでしょ」フフッ

勇者君「うっさい、ほっとけ!!」カァッ

魔法使いちゃん「否定はしないんだね」クスクス

魔物「グルルル……」ユラッ

武闘家君「さて……と」


97: 2012/12/28(金) 04:25:32.13 ID:jo+olBoY0
武闘家君「魔獣堕ちした大熊山猫の討伐任務……難易度はAってところでしょうか」スッ

武闘家君が半身で構えた。

勇者君「初任務にとって不足無し、ってな」チャキッ

勇者君も続いた。

魔法使いちゃん「あたしも全力でやっちゃうよー☆」サッ

魔法使いちゃんも身構えた。

私「こっちが終わったら私もすぐ加勢するから!!」

回復しながらでは応援するぐらいしかできなかったけど、私は精一杯叫んだ。

魔物「ガアアァ……!!」グルルル

魔物は立ち上がり赤く光る眼で私達を睨みつけ、不気味に喉を鳴らしていた。

勇者君「よっしゃ、勇者一行の初陣だ!!行くぞ!!!!」ダッ

武闘家君「はいっ!!」ダッ

魔法使いちゃん「うんっ!!」ダッ

98: 2012/12/28(金) 04:28:00.33 ID:jo+olBoY0
――――――――

剣術の先生「……まったく、無茶したものだな」

勇者君「ナハハ……」ボロッ

武闘家君「ハハッ、返す言葉もないですね」ボロ~

魔法使いちゃん「アハハ」ボロボロ

どうにか魔獣を倒した私達は魔物に襲われていた班の魔法具を使って先生達に連絡をとった。

魔物に襲われた時に魔法具を持っていた男子が助けを呼ぶ間もなく気絶してしまったから緊急事態なのに先生達の助けが来なかったみたい。

魔法課の先生が一人と剣術の先生が魔法具の魔力座標を目印に転移魔法で救援に来てくれた。

魔法課の先生は「君達が彼らを助けに来てくれなかったら下手すれば氏人が出ていたかもしれない、本当に勇敢な行動だった」と誉めてくれたけど、剣術の先生は例の如く嫌味を言うだけだった。

私「ちょっと、3人とも動かないで、回復しづらいよ」パアァ

勇者君「あ、悪ぃ……っつつ……」

剣術の先生「魔獣堕ちした大熊山猫を相手にそれだけの怪我で済んだんだ、ありがたいと思え」

武闘家君「ハハッ、ホントですね」

99: 2012/12/28(金) 04:29:41.53 ID:jo+olBoY0
魔法課の先生「魔物の浄化はしたのかい?」

私「そう言えばまだ……ですね」

魔獣堕ちした動物は一度倒してもまた魔獣堕ちしてしまう可能性が高い。

それを防ぐために封印魔法で魔物の魂を浄化してあげるのだ。

魔法課の先生「じゃあ僕が……」

魔法使いちゃん「あたしがやるー!!」

私「魔法使いちゃんが?大丈夫?」

魔法使いちゃん「うん、先週授業でやったやつでしょ?」

私「先々週、だけどね……」アハハ…

魔法使いちゃん「『細けぇこたぁいいんだよ』ってやつだよ♪」

私「何それ?」

魔法使いちゃん「それじゃ、行くよー☆」タタタッ

カァッ!!

虫の息で倒れていた魔物へと駆けて行き、魔法使いちゃんは封印魔法陣の術式を組んだ。

パアアァァ……!!

魔物使いちゃんと魔物の下に白く光る魔法陣が形成され、一人と一匹が光りに包まれた。

そして……

100: 2012/12/28(金) 04:32:29.48 ID:jo+olBoY0
ボフンッ!!

私達「……爆……発……?」ハ?

魔法使いちゃん「ケホケホ!!もぅ、なんで爆発したのー?」ピコピコ

煙の中から魔法使いちゃんが頭から生えた猫耳を動かしながら出てきた。

私達は状況が理解できずにしばらくの間、ただ呆然と魔法使いちゃんの頭に生える"それ"を眺めていた。

魔法使いちゃん「どうしたのみんな?あたしの頭になんかついてる?」ピコピコ

私「み、耳だよ!!魔法使いちゃん!!ね、ねねね猫耳がぁ!!」

魔法使いちゃん「猫耳?」

私「か、鏡!!ホラ!!」サッ

魔法使いちゃん「?…………!!」

魔法使いちゃん「わっ!!ホントだ!!すごーい!!」ピコピコピコピコ!!

私「いや、『すごーい』じゃなくて!!」

101: 2012/12/28(金) 04:35:31.69 ID:jo+olBoY0
勇者君「…………ぷっ」

武闘家君「…………くっ」

勇者君「ハハハハ!!なんだその頭!!封印魔法に失敗して猫耳とか……ぶっ!!くくくくく!!」ゲラゲラ

武闘家君「フフフッ……なんとも魔法使いさんらしいと言えば魔法使いさんらしいですが……流石学年一の問題児ですね、くくくっ」クスクス

勇者君と武闘家君は堪え切れずに笑いだした。
魔法課の先生は苦笑し、剣術の先生は呆れて言葉も出ないようだった。

魔法課の先生「やれやれ、君にはいつも驚かされるよ。ホラ、僕が治してあげるから」スッ

魔法使いちゃん「えー!!このままでいい!!」

魔法課の先生が片手を魔法使いちゃんにかざしたところで魔法使いちゃんはその申し出を断った。

魔法課の先生「このままでいいって……すぐに済むし痛くもないよ?」

私「そうだよ魔法使いちゃん、先生に治してもらお、ね?」

魔法使いちゃん「でもこの方が可愛いじゃん!!」ピコピコ

私「そ、そうかなぁ……?」

魔法課の先生「ふむ……じゃ気が変わったらいつでも治してあげるよ、特に害は無いだろうしね」ククッ

魔法使いちゃん「ありがとうございます♪」ピコピコ

剣術の先生「非常識な……」チッ

102: 2012/12/28(金) 04:37:37.64 ID:jo+olBoY0
魔法課の先生「……さて、そろそろ帰ろうか。怪我した生徒達も早いところベッドでぐっすり寝たいだろうしね」

勇者君「あ~い、それじゃ」ヒラヒラ

魔法課の先生「なんだ君達は一緒に帰らないつもりなのかい?」

勇者君「だってまだ雪山演習の途中じゃないッスか」

魔法課の先生「魔物と闘って生徒達を救ったんだ、ここで帰っても誰も責めやしないさ」

剣術の先生「格好つけおって、お前達も遭難していたんだろ?」フンッ

勇者君「そ、そうですけど……ちゃんと自分達の力で演習達成したいんで」

剣術の先生「……勝手にするんだな、ただし雪山演習は通常通りの採点をさせてもらうからな」

勇者君「うぐっ…………魔法使い、僧侶いいか?」

武闘家君「僕には聞かないんですね」

勇者君「お前に拒否権はない」ニヤッ

武闘家君「あ、酷いな~……ま、このパーティは大変なことも多いけど楽しいことの方がもっと多いですからね、ご一緒しますよ」ニコッ

魔法使いちゃん「あたしも、勇者達といるの楽しいから行くよ♪」ニパッ

勇者君「そっか……僧侶は?」

勇者君はじっと私を見つめてきた。

103: 2012/12/28(金) 04:38:54.99 ID:jo+olBoY0
剣術の先生「お前は特待生を狙っているんだろう?当然悪い点はとりたくないよな?」フッ

剣術の先生「魔物に襲われた生徒達の迅速な手当てを評価して、ここで帰還すればお前だけでも雪山演習の評価はA+にしてやろう。どうする、うん?」ポン

剣術の先生はそう言うと私の肩に手を置いてきた。

武闘家君「僧侶さん……」

魔法使いちゃん「僧侶……」

二人が心配そうに私を見ていた。

でも……私の心は既に決まっていた。

104: 2012/12/28(金) 04:40:45.13 ID:jo+olBoY0
ギュッ!!

剣術の先生「いだっ!!」

私は先生の手の甲を思い切りつねって言った。

私「私もみんなと残りますよ、初めてできた大切な仲間ですもん♪」

私「あ、さっきのセクハラまがいの行動は誰にも言いませんからお気になさらず」ニコッ

剣術の先生「クッ……折角目をかけてやったと言うのにリーダーが馬鹿だとパーティも馬鹿になる、と言うことか」フンッ

勇者君「んだと!?」

武闘家君「勇者、落ち着いて、リーダーが馬鹿なのは否定できません」

勇者君「お前はどっちの味方なんだ!?」クワッ

魔法使いちゃん「あはは」ケタケタ

私「ふふっ」クスクス

自然と私達は笑い出していた。

勇者君には不思議な力があるな、と私はその時思った。
勇者君の側にいると優しい気持ちになれる。

世界を平和にする勇者に必要なのは剣術の腕や魔法の才能ではなく、周りの人々を笑顔にする力なんじゃないかな?

その日から私はそんな風に考えるようになった。

105: 2012/12/28(金) 04:42:58.31 ID:jo+olBoY0
翌日の夕方。
私達はなんとか目的地の山小屋へとたどり着いた。

勿論順位は最下位。
当然評価は最低点のD。

私の成績表に『D』がついたのは在学中の四年間で後にも先にもその時だけだった。

だから学生時代の成績表を見るとそのDを見てクスリと笑い、あの時のことを鮮明に思い出す。

私が大切な仲間と出会った、あの時のことを……。

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode03】

引用: 勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」