106: 2012/12/28(金) 06:54:34.62 ID:jo+olBoY0

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode01】
勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode02】

【Episode03】
――――黒の国・魔王の城・王の間

側近(どうしたのでしょうか……?)ムゥ…

王座に腰かける魔王を見て側近は疑問を抱いていた。
先程から政策の進行具合を部下が報告しているというのに魔王は心ここに在らず、という様子だ。

ぼんやりと何かを考えているようで目の焦点が合っていない。

側近(いつもなら王として威厳のある態度で凛としていらっしゃるのに……)

部下との謁見前、勇者と会ってきてから魔王はこんな調子であった。

側近(……勇者さんと何かあったのでしょうか……?)

部下「今期の予算の振り分けについては以上になります。黒鉄の街と漆黒の街から予算増加の要望がありますがいかがなさいますか?」

魔王は書類の文字を指でなぞると、視線を上方に移して部下の問いに答えた。

魔王「……う~~ん……どっちの街も最近人口増えてるもんね、交易も盛んな都市だし……どうしようかな~……」

側近・部下「!?!?!?」
はたらく魔王さま!(22) はたらく魔王さま! (電撃コミックス)

107: 2012/12/28(金) 06:57:27.29 ID:jo+olBoY0
側近が慌てて魔王に耳打ちする。

側近「ま、魔王様!!口調が!!」ヒソヒソ

魔王「!!!!」ハッ

部下「…………」

唖然とする部下。

側近「…………」

固まる側近。

魔王「…………」

焦る魔王。

……王の間が沈黙で満たされる……。

魔王「……ゴ、ゴホン」

魔王「フ、フハハッ、同年代のおなごの様に話してみたがどうであった、側近よ?」アセアセ

側近「魔王様、今は部下の前なのですよ?お戯れになるのもほどほどにしていただかないと」アセアセ

魔王「すまんな、たまにはくだけた言葉使いをしてみるのも良いかと思ってなぁ」アセアセ

部下「……さ、左様でしたか、いやはや面くらってしまいましたよ」ハハッ

魔王「うむ……で、黒鉄の街と漆黒の街の予算についての話であるが他を削ってなんとかしてみよう。双方の統治者には前向きに検討する、と伝えてくれ」

部下「ハッ。で、では私はこれで失礼致します」ペコッ

部下はそそくさとその場を去っていった。

108: 2012/12/28(金) 07:00:17.74 ID:jo+olBoY0
扉の閉まる音を聞いてから魔王はうなだれて言葉を吐いた。

魔王「ぐ……部下の前であの様な態度をとってしまうとは……不覚だ」ウゥ…

側近「言葉遣いの注意は幼い頃から散々してきましたでしょう? 今さらこんなミスをするだなんて……」

魔王「わかっている……」ズーン

側近「まぁ……彼は真面目な人ですから誰かに言いふらしたりはしないと思いますけれど……」

側近「……それにしても今日の魔王様は変です」

魔王「……やっぱりか?」

側近「はい、すごく」キッパリ

側近「ずっと魔王様にお付きして参りましたがこんなに呆けた魔王様を見たことはありません」

側近「勇者さんと会った時に何かあったのですか?」

魔王「す、鋭いな」ギクッ

側近「魔王様のことなら身体中のホクロの数だってわかりますから」

魔王「それは正直引くぞ……?」

側近「そんなことより、何があったのですか?」ジトー

109: 2012/12/28(金) 07:02:41.85 ID:jo+olBoY0
魔王「う、うむ…………それがな?」

魔王は両の人指し指を胸の前でツンツンとつけたり離したりを繰り返しながら、小声で言った。

魔王「ゆ、勇者が……」モジモジ

側近「勇者さんが?」

魔王「勇者が……仲間達に会って欲しいと申すのだ」モジモジ

側近(……!!)

側近は魔王の口から発せられた言葉に驚いたものの、ややあってから笑顔で魔王へ言った。

側近「……よかったではありませんか、魔王様が勇者さん以外の人間とお会いなさるというのはお2人の夢が叶う日が近いという証拠でしょう?」ニコリ

魔王「それは……そうなのだが……」

110: 2012/12/28(金) 07:04:31.10 ID:jo+olBoY0
勇者と魔王が人間と魔族の和平を目指していることを知る者は少ない。
魔族ならば側近、人間ならば大勇者と白の王のみである。
さらに二人の仲を知る者は側近のみだ。

これには勿論理由がある。

勇者と魔王に交流があるということを周囲の人間が知れば、お互いの立場に悪影響を及ぼし兼ねないからである。
魔王の君主としての国民の支持に揺らぎが生まれるかもしれないし、勇者は勇者で『魔族のスパイ』の濡れ衣で100代目勇者の選定に影響が出ていたかもしれない。

そういう訳で二人の関係を公にするのは来たるべき時が来てから、と二人は決めていた。

和平の計画も然りである。

勇者は正式に100代目の勇者に任命され、諸国の王との謁見が許されてから各国の王に和平への道を進言するつもりであったし、
魔王は魔族の王としての地位を磐石なものとしてから和平へと黒の国全体の舵を切るつもりであった。

魔王が軍事関連の政策よりも国民のための政策に力を入れているのはそのためであり、魔王が政治に携わるようになってからは若干ではあるが軍備は縮小の傾向にあった。

斯くして勇者と魔王、二人の関係を第三者に知らせるということは、言うなれば計画が最終段階へ移行しつつあるということなのだ。

111: 2012/12/28(金) 07:07:06.68 ID:jo+olBoY0
側近「……で、何がご心配なのですか?」

魔王「その……勇者以外の人間に会うなど初めてのことだからな、どうしたらいいかと……」

魔王「勇者は『俺の仲間はみんな良い奴らばっかだから心配すんな!』と言っておったのだが……」

側近「……魔王様ともあろう御方が情けない……」

魔王「だってだって!!勇者とは小さい頃からずっと会ってたからいいけどさ、他の子とどう接したらいいかなんてわかんないよー!!」バタバタ

魔王はどこからか取り出した大きな熊のぬいぐるみを抱き締めながら足をバタつかせた。

側近「魔王様、口調。それと精神不安定な時に熊のぬいぐるみを出すのもやめて下さい、威厳の欠片もありません」

魔王「う、うむ……でもどうしたらいいかわからぬのが事実なのだ……」シュン…

魔王「あぁ……国政や財政を考えるほうがよほどマシだ……側近も手伝ってくれるし……」

魔王「……!!」ハッ
魔王は何かを閃いた様ようで、勢い良く顔を上げると側近を見た。

112: 2012/12/28(金) 07:11:21.39 ID:jo+olBoY0
側近「な、なんでしょうか?」

魔王「そうだ!!側近も一緒に来てはくれぬか!?」

側近「私がですか?」

魔王「側近が共に来てくれるならば多少は私も安心できる!!」

側近「勇者さんがいるではありませんか」

魔王「勇者は人間でしょ!!魔族は私1人なんですのよ!?心細いでござろう!!」

側近「必氏になるあまり言葉遣いが大変なことになっております」

魔王「……それに側近も勇者に会ったことはないではないか、これを機に……な?」

側近「ハァ…………わかりました、私もお供致します。このままでは今後の執務に支障をきたしますからね」

今にも泣き出しそうな魔王の懇願を受けてしぶしぶと承諾した。

魔王「側近~~~!!」ギュッ

満面の笑顔で側近の胸に飛び込んだ魔王を側近は優しく撫でた。

側近「はいはい。……たしかに私もそろそろ勇者さんに会うべきだろうと思っていましたし」ヨシヨシ

113: 2012/12/28(金) 07:13:36.48 ID:jo+olBoY0
魔王「……そう言えばどうして側近は今まで勇者と会おうとしなかったのだ?」

魔王「何度も誘ったのに『魔王様だけで』と言って一度も来なかったではないか」

側近「あら、簡単な理由ですよ」

魔王「?」

側近は口に手をあて、静かに微笑みながら言った。

側近「男女が2人きりで会うというのに野暮なことはしたくありませんでしたので」ウフフッ

魔王「………………」

魔王「………………なっ!///」カァッ

ややあって魔王の顔は赤く染まった。

魔王「よ、余計な真似を!!」

側近「そうでしたの?」フフッ

魔王「そうだ!!それに……」

側近「それに……?」

魔王「……あの鈍感勇者には無駄な気遣いだよ~、だ」ブスー

両の頬を林檎の様に膨らませると魔王は不満たっぷりに独りごちた。

114: 2012/12/28(金) 07:15:20.87 ID:jo+olBoY0
――――赤の国・街道沿いのとある宿屋

魔法使い「それにしても勇者の幼馴染みかー、楽しみだな~♪」ルンルン

宿屋の一室、四人部屋のベッドに寝転がり魔法使いは楽しそうに言った。
機嫌が良いので彼女の猫耳も小刻みに動いている。

勇者「そうか、きっと仲良くなれると思うぜ」

勇者は椅子に腰掛け剣の手入れをしていた。
勇者に任命されてからはまだ戦場に駆り出されたことはないが武器の手入れを怠るわけにはいかない。

僧侶「どんな人なの、勇者君?」

魔法使いの隣のベッドに座って本を読んでいた僧侶が尋ねた。
『いつか神樹の下で』という名のその本は巷で流行りの恋愛小説だ。

武闘家「僕も気になりますね」

勇者の向かいの席に座り、新聞を読んでいた武闘家が言った。
軽い遠視の彼は掛けていた眼鏡の位置を片手で整えた。

115: 2012/12/28(金) 07:17:28.84 ID:jo+olBoY0
勇者「俺より2つ歳上でさ、しょっちゅう俺のことからかったり馬鹿にしてくるんだよな~」ムス

魔法使い「じゃあ武闘家みたいな人なんだ!」

勇者「いや、見た目も性格も全然違うな」

僧侶「そう言えば武闘家君も知らないんだよね?」

魔法使い「そーそー、勇者との付き合いは武闘家の方があたし達より長いのにさ、一度も会ったことないんでしょ?」

武闘家「はい。……と言うか存在を知ったのもついこの前ですよ」

魔法使い「勇者~、その人ホントに幼馴染みなのー?」ジトー

魔法使いが疑いの眼差しを向ける。
実際三人は勇者に本当に幼馴染みなどというものがいるのか半信半疑なのだ。

勇者「ホントだって!!7歳の頃からの付き合いだよ!!」

勇者「ただなんつーか家庭の事情?、が複雑でな、みんなに紹介できなかったんだよ」

勇者「だけど……そろそろ紹介できるかな、って」

僧侶「"家庭の事情"?」ウーン…

魔法使い「貴族なの?それとも~王族とかっ!?」

勇者「んー、まぁ似たようなもんだ」

116: 2012/12/28(金) 07:18:50.84 ID:jo+olBoY0
魔法使い「ふ~ん……じゃあさ、お堅かったりしない? あたし真面目すぎる人はちょっと苦手なんだけど」

勇者「それは大丈夫だと思うけど……堅苦しいかったりくだけてたりするからなぁ……」

僧侶「……???」

勇者「ま、会えばわかるさ」

武闘家「…………そうですね、『百聞は一見に如かず』と言いますしね」

勇者「……ただ……」

僧侶「ただ?」

勇者は目を伏せて影のある声を漏らした。

勇者「……そいつに会ったらお前らきっとすごく驚くと思うんだ、お互いの立場とかそいつの背負ってるもんとか……そういうものにさ」

勇者「だけど……そんなの気にしないでそいつ自身のことを、ただ見てやってくれないか?」

勇者「お前らなら大丈夫だと思うけど……きっとそいつもお前らに嫌われたりしないか気にしてると思うんだ」

117: 2012/12/28(金) 07:20:52.88 ID:jo+olBoY0
その"幼馴染み"が勇者にとって大切な存在であること、"幼馴染み"が自分達に受け入れられるかを勇者が不安に思っていることを三人は勇者の声色、眼差し、顔つきから感じ取った。

長い付き合いの彼らにとって仲間の心の内を読むことなど難しいことではない。

魔法使い「なーんだ、そんなこと? あたし達が差別とか偏見とかするわけないじゃん☆」ニャハハ

僧侶「うん、それに勇者君の友達なら私達の友達だよ」ニコッ

武闘家「そういうことですね」フフッ

三人は勇者を安心させようと普段より少し明るく言った。

勇者「そっか…………ありがとう」

魔法使い「さ、て、と♪ そろそろ時間なんじゃない?」ウズウズ

勇者「あぁ、そうだな、じゃあ行くぞ!!」

僧侶・武闘家「はい!」

勇者が指を軽く鳴らすと軽快な音と共に部屋全体に青の魔法陣が広がった。

四人は青白い光りに包まれ転移空間の中へといざなわれる。

118: 2012/12/28(金) 07:22:35.50 ID:jo+olBoY0
『転移空間』とは転移魔法によって別の場所へと移動する際に、場所と場所とを繋ぐ魔法次元である。
平たく言えばワームホールのようなものだ。

転移魔法によって長距離を移動する際には転移空間を経由して目的地へと向かうのだ。

上下前後左右が無限に広がる青い光に満たされた空間に浮かんだ四人は凄まじい速さでその空間を進んでいく。

そして転移空間内に無数に散らばる小さな光、夜空の星々のようなそれら光のうちの一つへと吸い込まれた。

再び青白い光に包まれたかと思うと勇者達は静かな森の中へ立っていた。

武闘家「ここは……?」キョロキョロ

勇者「待ち合わせ場所だよ、緑の国の外れだな」

僧侶「緑の国!?そんな遠くに数秒で……やっぱり勇者君はすごいね!」

魔法使い「赤の国から緑の国まで跳ぶとなったらあたしでも2、3分かかっちゃうもんな~」

勇者「ここには百回以上来てるからな、慣れちゃってるんだ」ハハッ

勇者「さ、行こうぜ」

そう言って勇者は歩き出した。
他の三名もそれに続く。

ほんの十数秒で森の中の開けた場所に出た。

119: 2012/12/28(金) 07:24:27.88 ID:jo+olBoY0
そこは静かな湖の畔。
勇者と魔王、二人だけの秘密の湖畔だ。
今そこに初めて二人以外の人間が訪れた。

僧侶「わぁ……綺麗なところだね」

武闘家「えぇ、とても静かな……素敵な所ですね」

魔法使い「ここが待ち合わせ場所?」

勇者「あぁ、そいつとはいつもここで会ってる。俺達だけの秘密の場所だ」

勇者「ん~……まだ来てないか……僧侶と魔法使いはベンチで座って待ってろよ」

武闘家「こんな山奥に休憩所ですか……他にも誰か来るということですか?」

勇者「いや、ベンチもテーブルも俺達が置いたんだよ」

武闘家「なるほど」

僧侶「じゃあお言葉に甘えて……」

パァ……!!

僧侶がベンチに腰を降ろそうとした時、勇者達の目の前の地面に青の魔法陣が現れた。

魔法使い「転移魔法陣……ってことは!!」

勇者「……だな」

120: 2012/12/28(金) 07:25:45.38 ID:jo+olBoY0
そこは静かな湖の畔。
勇者と魔王、二人だけの秘密の湖畔だ。
今そこに初めて二人以外の人間が訪れた。

僧侶「わぁ……綺麗なところだね」

武闘家「えぇ、とても静かな……素敵な所ですね」

魔法使い「ここが待ち合わせ場所?」

勇者「あぁ、そいつとはいつもここで会ってる。俺達だけの秘密の場所だ」

勇者「ん~……まだ来てないか……僧侶と魔法使いはベンチで座って待ってろよ」

武闘家「こんな山奥に休憩所ですか……他にも誰か来るということですか?」

勇者「いや、ベンチもテーブルも俺達が置いたんだよ」

武闘家「なるほど」

僧侶「じゃあお言葉に甘えて……」

パァ……!!

僧侶がベンチに腰を降ろそうとした時、勇者達の目の前の地面に青の魔法陣が形成された。

魔法使い「転移魔法陣……ってことは!!」

勇者「……だな」

121: 2012/12/28(金) 07:29:36.84 ID:jo+olBoY0
魔法陣から発せられた青白い光の中から二人の女性が現れた。

一人は艶のある漆黒の髪を腰まで伸ばした美しい少女。

魔王「む……勇者達の方が先に来ていたか」

もう一人は赤の髪を二つに結った真面目そうな長身の女性であった。

側近「仕方ありませんよ、会議が思ったより長引きましたので……」

武闘家「この方々が勇者の幼馴染み……ですか?」

魔法使い「2人も!?」

僧侶「しかも女の人!?」

驚く魔法使いと僧侶であったが、勇者もまた驚いていた。

勇者「……2人も居るとは……俺もちょっと驚き……だな」

122: 2012/12/28(金) 07:30:59.08 ID:jo+olBoY0
しかし魔王がこの場に連れてくる女性は一人しかいないということを勇者はすぐに理解した。

勇者「……そっか、アンタが側近さんだな?」

眼鏡を掛けた女性に向かって勇者が言った。

側近「えぇ、初めまして、勇者さん」ペコリ

勇者へと深々と丁寧なお辞儀を返す側近。

魔法使い「え?こっちの人は初めて会うの?幼馴染みじゃないの……?」

勇者「えっと……そうだな、先にコイツを紹介しちゃった方が良さそうだな」

魔王の一瞥する勇者。
魔王が緊張しているのは勇者には一目瞭然だった。
無論勇者も緊張している。

本当に仲間達に魔王という存在を受け入れ貰えるのかどうか……。

勇者「…………ふぅ~…………」

大きく息を吐くと勇者は言った。

123: 2012/12/28(金) 07:32:23.59 ID:jo+olBoY0
勇者「紹介するよ、俺の幼馴染みの……魔王だ」

魔王「は、はじめまして」ニコッ

……。

…………。

………………。

武闘家「ま…………?」

魔法使い「お…………?」

僧侶「う…………?」

事態を飲み込めない三人。
魔法使いと僧侶は思考が追いつかずに固まっているし、少しのことには動じない武闘家でさえ唖然としている。

魔王と言えば黒の国の王。
魔族の王にして聖十字連合の――――人間の最大の敵。

勇者一行の旅の終着点。

それが…………こんな少女?

自分達と大して歳も変わらないこの女性が諸悪の根源である魔王…………?

三人は同じことを同じ様に考え同じ様に混乱していた。

124: 2012/12/28(金) 07:34:34.16 ID:jo+olBoY0
僧侶「ゆ、勇者君、いくらなんでも無理のある冗談かな~って」

魔法使い「そうだよ~、こんな可愛い娘が魔王なワケないじゃん」

武闘家「魔王だなどと言っては彼女に失礼ですよ?」

三人はどうにか状況を整理し終えた。

そうだ、これは勇者の笑えないジョークだ。

前々からギャグのセンスがないとは思っていたがまさかこんなしょうもない冗談を言うとは驚かされる。

かえってこちらが気を遣ってしまうではないか。

魔王「うむ……まぁそうなるな」フム

勇者「俺も初めて会った時は信じられなかったしなぁ」ハハッ

苦笑する勇者と魔王。

勇者「魔王」

魔王「わかっている……私は本物の魔王だよ、武闘家、魔法使い、僧侶」スルッ

武闘家・魔法使い・僧侶「!!」

魔王はローブを捲って自らの左腕を彼らに見せた。
新月の暗闇よりも暗く黒い、魔王の刻印を。

魔法使い「あれって魔王の刻印だよね?」ゴクッ

僧侶「嘘……じゃあ本当に、ま、魔王なの?」

武闘家「……一体どういうことなんですか、勇者?」

武闘家「何故魔王が……」

勇者「大丈夫、全部話すよ。そのためにお前達を今日こうしてここに連れてきたんだからな」

125: 2012/12/28(金) 07:36:41.45 ID:jo+olBoY0
――――――――

――――

――



武闘家「まさか100代目勇者と100代目魔王が知己の仲にあったとは……流石に驚きを禁じ得ませんよ」

勇者と魔王の関係、二人の計画を聞き暫く唖然としていた武闘家達だったが、やっと状況を飲み込み始めた。

武闘家「理解はできてもまだ納得はできないですね」

勇者「今まで黙っててごめんな?」

武闘家「いえ、2人の事情からすれば仕方ないですよ」

武闘家「それにやっと謎も解けました」

勇者「謎?」

武闘家「『魔王を倒そう』って言うといつも少し戸惑っていたじゃ、ないですか。戦場でも『できるだけ頃すな』って言いますし……少し気になってたんですよ」

勇者「顔には出さないようにしてたつもりなんだが……お前は相変わらず鋭い奴だな」ハハッ

126: 2012/12/28(金) 07:38:44.29 ID:jo+olBoY0
武闘家「二人の関係を他に知っている人間は?」

勇者「お前達だけだけど……」

武闘家「そうですか……ありがとうございます」ニコッ

武闘家はいつものように微笑んだ。

勇者「?」

武闘家「魔王さんを僕達に最初に紹介してくれたこと、勇者の僕達に対する信頼の表れだと思いますから」フフッ

勇者「武闘家……」

魔法使い「そんなことよりも勇者!!」

魔法使いが二人の会話に口を挟んむ。

勇者「な、なんだよ」

魔法使い「幼馴染みがこんな美人な女の子だなんて知らなかったよ!!」

勇者「いや、男だなんて一言も言ってないだろ!?」

魔法使い「しかも静かな湖畔で2人っきりって……ロマンチックすぎだよ!!」

僧侶「やっぱり2人はそういう関係なの……?」ウゥ

勇者「そういうってどういう関係だよ!?」

武闘家「やれやれですね」フフッ

騒ぐ魔法使い、泣きそうな僧侶、焦る勇者とそれを見て笑う武闘家。

いつもの100代目勇者とその仲間達の姿がそこにはあった。

127: 2012/12/28(金) 07:40:56.03 ID:jo+olBoY0
武闘家「さて……」

武闘家は魔王へと向き直った。

武闘家「魔王さん……いえ、魔王"様"と呼んだ方がよろしいでしょうか?」

魔王「様づけでなくて良いし変に畏まることもない」

武闘家「そうですか。挨拶が遅れましたがはじめまして、武闘家と言います」ペコリ

魔王「うむ、勇者からいつも話は聞いておる。いつも勇者が迷惑をかけてすまない……さぞ苦労していることだろう」

武闘家「いやはや、ホントにその通りですね」アハハ

勇者「おい!!」

武闘家「勇者の話はおいておくとして……魔王さん、貴女が僕達人間に仇なす存在でないこと、勇者と共に世界を平和へ導こうとしていることは分かりました」

武闘家「ですが正直な話、僕達人間にとって魔族は憎むべき敵なんです」

武闘家「魔族との戦争で親が殺された子供達も沢山います、家や故郷を焼かれた人もいます」

武闘家「幸い僕達の中にはそういう人はいませんが……『魔族』という種をすんなり受け入れることはできません」

魔王「………………」

側近「………………」

128: 2012/12/28(金) 07:45:49.21 ID:jo+olBoY0
勇者「武闘家……」

武闘家「ですからそのことを踏まえて言います」

武闘家「これからよろしくお願いしますね」ニコリ

魔王「な…………」

武闘家「僕達も勇者と同じ様に貴女と友人になりたい」

武闘家「ゆっくり時間をかけて魔族のことを知り、人間のことを分かってもらいたい」

武闘家「勇者と魔王……2人が平和への架け橋となれるように、僕達も2人に協力したいのです」

武闘家「僧侶さんも魔法使いさんもそうですよね?」

僧侶「う、うん……いきなりでびっくりしちゃったけど……私も魔王さんと友達になりたいかな、って」

僧侶「武闘家君も言ってたけど魔王さんが魔族だってことに私は……少し抵抗があります」

僧侶「でも勇者君の友達は私達の友達です。だからきっと仲良くなれると思います」

僧侶「魔王さんにとっての初めての人間の女友達になれたら嬉しいです」ニコ

129: 2012/12/28(金) 07:48:16.91 ID:jo+olBoY0
魔法使い「あー、僧侶ずるいよ~、あたしが魔王の初めての女友達になるんだからぁ!!」プンプン

僧侶「ふふっそうだったの?ごめんね魔法使いちゃん」クスッ

魔法使い「そうなのー!」

魔法使い「あたしは人間とか魔族とかあんまし気にしないし仲良くしようね、魔王♪」ニパッ

魔王「………………」

魔王は胸中に沸き上がる感情をどう言葉にして良いのかわからなかった。

春の陽射しの様に温かで優しい安堵感。

勇者の他にも私を受け入れてくれる人間がいる。

魔族であるこの私を。

何百万人といる人間の中のたかだか三人。

しかし紛れもなくこの一歩は人と魔族が歩み寄っていくための大きな一歩なのだ。

側近「良かったですね、魔王様」フフッ

魔王「うむ…………ありがとう、3人とも…………」

勇者「な、だから言ったろ、俺の仲間達はみんな良い奴らだってさ♪」

魔王「そうだな、本当に素晴らしい仲間達だな」フフッ

130: 2012/12/28(金) 07:49:48.31 ID:jo+olBoY0
勇者「さてと、じゃあ……」

魔王「……なんだ?」

勇者「俺"達"の前じゃその魔王様口調は禁止だ」ニッ

魔王「え……」

僧侶「魔王様口調……?」

勇者「あぁ、こいつ人前じゃ偉そうな口調だけどホントはくだけた感じで話すんだぜ」

魔法使い「そうなの?だったらあたし堅苦しいの嫌いだしそっちの方がいい!!♪」

魔王「だ、だが……」チラッ

魔王は困惑しつつ側近の方を見た。

魔王に人前では"魔王様口調"を話すよう指導してきたのは側近なのだ。

普通の女の子の様に話すことなど果たして彼女が許すだろうか?

131: 2012/12/28(金) 07:51:13.89 ID:jo+olBoY0
しかし魔王の心配は杞憂に終わった。

側近は『仕方ありませんね』と言わんばかりに微笑んで言った。

側近「ご友人の前だけ、ですよ?」フフッ

魔王「!!…………ありがとう、側近!!」

魔王はこれ以上ないくらい嬉しそうな声で側近に礼を言うと四人の人間達の方を向く。

微かに瞳を潤ませ目一杯の笑顔でその少女は言った。

魔王「改めまして、わたしは魔王です!よろしくね、みんなっ!!」ニコッ

132: 2012/12/28(金) 07:53:15.00 ID:jo+olBoY0
――――黒の国・魔王の城・地下研究室

魔将軍「首尾はどうだ?」

薄暗い地下室で魔将軍は白衣を着た眼鏡の男に声をかけた。

白衣の魔族「どちらも順調ですよ……ご覧になりますか?」

何日も洗っていない頭を掻きながら白衣の魔族は答えた。
パラパラとフケの落ちるその頭髪はおよそ清潔とは無縁である。

魔将軍「うむ」

白衣の魔族「じゃ、サンプル体の方からいきますか」ポチッ

ガコッ!

白衣の魔族が細い指で壁のボタンを押した。
金属の擦れる音と歯車の回る音と共に石壁が開いていく。

開いた地下研究室の壁の奥にはさらに薄暗い小部屋があった。
小部屋へと足を踏み入れた魔将軍は立ち込める悪臭に僅かに顔をしかめた。
白衣の魔族はと言うと、この異臭にはなれているようで顔色一つ変えない。

白衣の魔族「これがサンプルナンバー205と207です」

そう言って彼は部屋の半分を占める鋼鉄の檻へ仰々しく腕を広げた。

サンプル205「ギャアアァァァーー!!!!」ガシッ!!

サンプル207「ゴアアァァァァーー!!!!」ガシッ!!

ガシャン!!ガシャーン!!

誰もが一目見て異常だと分かる二人の魔族が鎖に繋がれた手で檻を揺らした。

133: 2012/12/28(金) 07:55:01.15 ID:jo+olBoY0
サンプル205「アガァ!!ウグゥ……ガアァ!!」ボタボタ

サンプルナンバー205と呼ばれた魔族は焦点の定まらぬ充血した眼をし、口からは涎を垂らしている。

サンプル207「グルルル……ギョアァ!!グウゥ……!!」ガリガリガリガリ

サンプルナンバー207は身体中に血管を浮き出たせ、一心不乱に石畳の床を掻き始めた。
爪が剥げて指先から血が流れ出てもやめようとしない。

白衣の魔族「どっちもこの状態になってから1週間が経ってます。ま、ここまで異常は出てないから大丈夫でしょ」

魔将軍「異常は出てない……か」

白衣の魔族「クククッ、この状態が既に異常ですがね、クク、ククククッ」

白衣の魔族は肩を揺らして笑った。

魔将軍は付き合い切れない、とばかりに重いため息をつくと話を戻した。

魔将軍「調整の方は大丈夫なのか?」

白衣の魔族「ククッ、クククッ……え?あぁ、調整ですか?」

白衣の魔族「この1週間で十分なデータが取れましたからね、あと2、3週間もあれば完璧なものにしてみせます」

134: 2012/12/28(金) 07:56:54.58 ID:jo+olBoY0
魔将軍「そうか……もう一方はどうだ?」

白衣の魔族「そっちはあと2、3ヶ月……ってところですかね、っと」グイッ

ガコン!

ジャラジャラジャラジャラ……

白衣の魔族がレバーを引くと部屋の隅にあった巨大な水槽から幾本もの鎖が巻き上げられていく。

白衣の魔族「いかがでしょう?数少ない文献の記述を元に最新鋭の魔法科学を注ぎ込んで注文に応えられる品を作ったんですけど」

白衣の魔族は緑色の液体の滴る"それ"を指差し言った。

魔将軍「素晴らしい……いや、期待以上の出来だ!!」

魔将軍は拳を握り締め嬉々と叫んだ。

白衣の魔族「そうですか、そりゃ何よりです」

白衣の魔族「言っときますけど同じものをいくつも作れ、なんて言われても無理ですよ?」

白衣の魔族「魔将軍様に頼んで調達してもらった材料はどれも超がつくほどの貴重品。国宝の類いの魔法具も何個か使いましたからね」

魔将軍「構わん、これさえあればそれで十分だ」

135: 2012/12/28(金) 07:59:49.94 ID:jo+olBoY0
白衣の魔族「そうですか……あー、魔将軍様?一つお聞きしてもいいですか?」

白衣の裾で眼鏡のレンズを拭きながら白衣の魔族が魔将軍に問うた。

魔将軍「なんだ?」

白衣の魔族「僕としては研究ができればそれでいいんですけどね、なんだってこんな指示を?」

白衣の魔族「黒い噂の絶えないあなたのことだ、魔王様にもこの研究って内緒なんでしょ?」

白衣の魔族「下手すりゃ世界がひっくり返るような……いや、世界が壊れるかもしれない研究、なんでまた極秘裏に?」

魔将軍「お前は何も分かっていないな、そんな研究だから極秘裏なんだろう?」フッ

白衣の魔族「ま、そりゃそうでしょうがね」

魔将軍「お前はただこの研究を完成させれば良いのだ」

無愛想にそう言うと魔将軍は小部屋の出口へと歩いて行った。

ふと足を止めた彼は白衣の魔族の方を振り向くと狂気を妊んだ黒い笑みを浮かべて言った。

魔将軍「そうだな、これだけは言っておこう……」

魔将軍「私のすることは全てこの世界のためだ、とな」ニッ

未だ水槽の前に立つ白衣の魔族はその鬼気迫る笑みに背筋を凍らせた。

薄暗い空間の中には肉体を弄ばれた憐れな魔族が石畳を引っ掻く音だけが、絶え間なく聞こえていた。

136: 2012/12/28(金) 08:02:33.73 ID:jo+olBoY0
【Memories03:】
――――緑の国・名も無き湖のほとり

わたし「温泉?」

わたしはその時聞いた言葉をそのまま聞き返した。

勇者「温泉」

勇者は頷きながら先程の言葉を繰り返した。

わたし「温泉回とはこれまたなんともベタな展開だねー」

勇者「なんの話だよ」

その日もわたしと勇者達はいつもの湖で密会をしていた。

勇者「この前橙の国に行った時に女王様が一番豪華な温泉宿を一つ貸し切りで使わせてくれるって言ってくれたんだよ」

橙の国と言えば人間側の国で一番大きな火山を有する国だ。
そのため多くの温泉があり温泉施設も充実している。
観光地や慰安地としては定番の国だ。

人間の国になんて緑の国以外行ったことはなかったけど魔王たるものそれくらいの知識はあって当然だ。

武闘家「それで交流を深めるために魔王さんもいかがかな、と思いまして」ニコッ

武闘家がにこやかにそう言った。
彼は学生時代も今も女性から人気があると勇者から聞いていたけど、この爽やかさならそれも頷ける。

魔法使い「毎日お仕事で疲れ溜まってるんでしょ?魔王も一緒に行こーよ、ね?♪」ピコピコ

魔法使いが猫の形の耳を動かしながら意気揚々と言った。
この目で見るまでは猫耳の少女なんて半信半疑だったし、初めて見たときは驚いた彼女のその耳にもすっかり慣れてしまった。

僧侶「どうかな?やっぱり忙しい……?」

僧侶が優しい声で尋ねてきた。
出会った当初は敬語でどこかよそよそしかった彼女も、今ではわたしのことを『魔王ちゃん』と呼んでくれている。

137: 2012/12/28(金) 08:05:05.79 ID:jo+olBoY0
わたし「う~ん……忙しいには忙しいけど仕事詰めればなんとかなるかなぁ……」

わたしはスケジュールを確認しながら答えた。

わたし「ある程度の仕事なら側近に任せられるし……」

ごめん、側近。

あの日仕事を任せたのはみんなで温泉に行きたかったからなの。

頭痛と腹痛がするって言って部屋で寝込んでたのは嘘だったんだ。

ホントにごめん。

勇者「よし、じゃあ決まりだな」ニッ

僧侶「良かった、魔王ちゃんも一緒に来れて」ホッ

武闘家「本当は橙の女王様に謁見した日に泊まって行くように言われたんですが、勇者がどうせなら魔王さんも、って無理言って貸し切りの日の変更をお願いしたんですよ」フフッ

勇者「おま、言わなくてもいいことを……」

わたし「そうなの?勇者にも可愛いとこあるんだね」フフッ

そう言ってわたしは勇者の頭を撫でた。
少しクセのある髪の感触が手のひらに伝わった。

勇者「だぁ!!頭撫でんなっての!!」ビシッ

わたし「いーじゃん、わたしと勇者の仲でしょ?」

勇者「別に仲良くなくはねぇけど仲良くねぇよ!!」

わたし「それは一体どっちなの?」クスクス

勇者「あー、もー、知らん!!」プイッ

138: 2012/12/28(金) 08:06:48.61 ID:jo+olBoY0
武闘家「何度見ても勇者と魔王さんのやりとりは面白いですね」フフッ

魔法使い「ねー、息のあった漫才って感じだよね」ケタケタ

わたし「漫才してるつもりはないんだけどな~」ウフフ

勇者「まったくだ」ケッ

僧侶「…………」

ふと気づくと僧侶が何やらうらめしい面持ちでわたし達を見ていた。

わたしは勇者みたいに鈍感じゃないからそこで勇者をからかうのはおしまいにした。

魔法使い「でも温泉か~、楽しみだな~♪あたしは修学旅行以来かな?」

僧侶「ん~、私もそうかも」

わたし「修学旅行か……わたしはそんなの行ったことないからな~……やっぱり楽しいんでしょ?」

魔法使い「そりゃあもう!昼間はみんなでわいわい遊んで夜になったら枕投げ、あとは遅くまでガールズトークに華を咲かせるんだよ!!♪」

わたし「ガ、ガールズトーク……!!」

139: 2012/12/28(金) 08:08:01.59 ID:jo+olBoY0
『ガールズトーク』

なんて素晴らしい響きだろう。

年頃の女の子達が夜更けにとりとめもない話で盛り上がるという、甘酸っぱい時間。

夢にまで見たその一時をわたしも過ごすことができるだなんて……!!

僧侶や魔法使いと出会うまでわたしには同年代の女友達というものがいなかった。

側近はお付きの人達の仲では比較的歳が近いけれど、それでも『少し歳の離れたお姉さん』といった感じだ。

そもそもわたしには友達と呼べる存在は勇者ぐらいしかいなかったんだし、そんな話をする機会すらなかった。

140: 2012/12/28(金) 08:09:58.71 ID:jo+olBoY0
わたし「わたしも今から楽しみになってきたよっ!!」メラメラ

僧侶「ま、魔王ちゃん?なんで燃えてるの?」

わたし「何言ってるの僧侶!!ここで気合入れなくていつ気合入れるの!?」ゴオォ

僧侶「肩の力抜くのが温泉だと思うんだけどな~」アハハ…

わたし「よーし、じゃあ溜まってる仕事さっさと終わらせるよ!!」

魔法使い「うんうん、頑張ってねー♪」

武闘家「2日後の5時にここに集合、ということで」ニコッ

わたし「任せて!勇者じゃないから遅刻なんてしないよっ!!」

勇者「一言多いっつーの!!」

141: 2012/12/28(金) 08:11:08.10 ID:jo+olBoY0
――――――――

で、2日後。

きっかり5時にわたしは緑の国の湖に到着した。

勇者達は一足先に来ていたから、勇者に『遅い、遅刻だ!!』って言われたけどわたしは懐中時計を取り出して一秒たりとも遅刻していないことを主張した。

ちなみに温泉行きが決まってから通常の三倍のスピードで仕事をしたものだから側近がひどく狼狽えていた。
その日の午後に体調不良を訴えると『無理をなさるからですよ』と残りの仕事を引き受けてわたしに早く寝るように奨めてくれた。

重ね重ねホントにごめん、側近。

それからわたし達は勇者の転移魔法で橙の国の温泉宿へと跳んだ。

勇者の転移魔法で移動するのはこの時が初めてだったんだけれど長距離の転移を一瞬で済ませるなんて正直驚いた。
転移魔法を教えたわたしとしても嬉しかった。

142: 2012/12/28(金) 08:12:56.63 ID:jo+olBoY0
魔法使い「わ~~!!おっき~~~い!!」キラキラ

宿の正面玄関に着くなり魔法使いが目を輝かせて言った。

いつもの黒帽子を被っていたから見えなかったけれど、帽子の中ではきっと耳が小刻みに動いていたに違いない。

僧侶「魔法使いちゃんはしゃぎすぎ!!……って言いたいところだけど……ホントに立派な建物だね~……」ポカーン

その温泉宿は変わった造りの巨大な木造建築だった。
屋根には瓦が敷き詰められていて、建物は壁ではなく柱と梁による軸組構造をしていた。
そして宿とは思えないその大きさは小さな城と言っても過言ではなかった。

勇者「"一番豪華な温泉宿"……か、こりゃすげぇな」ハハッ

武闘家「こういう時だけは勇者の名前に感謝しないといけませんね」

勇者「"だけ"ってなんだ、"だけ"って」オイ

143: 2012/12/28(金) 08:14:31.38 ID:jo+olBoY0
綺麗な女の人「いらっしゃいませ」ペコ

着物を着た綺麗な女の人が丁寧なお辞儀で出迎えてくれた。

綺麗な女の人「私この旅館の女将を務めさせていただいております」

女将「100代目勇者様御一行でございますね?」

魔法使い「そうだよー」

女将「女王様からお話は伺っております。今日は休め存分に寛いでいって下さいませ」

武闘家「ありがとうございます」

女将「……あら?そちらの方は……?」

女将はわたしを見て言った。

女将「勇者様御一行は勇者様を含め4人とお聞きしておりましたが……」

わたし「え?え~と、わたしは……」

勇者「コイツは俺達の大事な友達なんだ」

僧侶「今日はどうしてもみんなで一緒にここに来たくて……駄目でしたか?」

女将「いえいえ、勇者様のご友人とあらば私達にとっては大事なお客様です。精一杯おもてなしさせていただきます」ニコリ

わたし「あ、ありがとうございますっ!!」

魔族だとバレないか内心不安だったけど女将は快くわたしを受け入れてくれた。

144: 2012/12/28(金) 08:16:36.20 ID:jo+olBoY0
女将「お風呂とお食事はどちらを先になさいますか?」

勇者「飯!!」

魔法使い「ご飯!!」

武闘家「そうくると思ってましたよ」ハハッ

僧侶「温泉は晩ご飯の後でゆっくり入ろっか」フフッ

女将「かしこまりました、人数がお1人増えましたのでお料理の準備に少々お時間をいただきますが先に大座敷でお待ち下さいませ」

仲居の案内で大座敷へと通された。
畳が敷かれたその広々とした座敷は五人で使うには余りにも広すぎた。
藺草の香りが独特の空間だった。

少し待つと沢山の料理が運ばれてきた。
いつもわたしがお城で食事する時に出されるのとたいして変わらない量だったけど、勇者や魔法使いが興奮して涎を垂らしていたからきっとすごい量だったんだろう。

勇者・魔法使い「ウマーーーい!!」ガツガツ

武闘家「2人とも……こういう料理はがっつくものじゃありませんよ?」

勇者「何を言うか!!美味いもんは自分が一番美味いと思う食べ方をするのが一番だ!!」モゴモゴ

魔法使い「ほーだほーだ~!!」モキュモキュ

わたし「たしかにそうだけどさ~」

僧侶「でもホントに美味しいね、活け作りなんて私初めて食べたよ」パクッ

武闘家「そうですね、僕もお刺身は久しぶりに食べましたね」

145: 2012/12/28(金) 08:18:18.70 ID:jo+olBoY0
武闘家「魔王さんは普段どんなものを食べるんですか?」

わたし「お城のお抱えのコックが毎日腕を奮って料理を作ってくれるんだけどね…………こういう料理は初めて食べたよ」モグモグ

わたし「とっても美味しい♪」ニコッ

僧侶「それは良かった」フフッ

魔法使い「この料理も美味しいけど僧侶の料理もとっても美味しいんだよ☆」

わたし「そうなの?」

武闘家「えぇ、お店が出せる腕ですよ」

僧侶「そ、そんな、私なんてたいしたことないよ」

僧侶「お父さんとお母さんが仕事であんまり家に居ないから弟君達にご飯作ってあげてただけだし、レパートリーだって少ないし……」

勇者「いや、お前の料理の腕は間違いなく一流だ、俺が保証するよ」ニカッ

僧侶「そ、そう……かな?////」カァ

勇者に誉められて僧侶は頬を赤らめた。

なんとも分かりやすい。

146: 2012/12/28(金) 08:21:06.54 ID:jo+olBoY0
勇者「それに比べてお前ときたら……」ハァ

やっぱりそうきたか。
わたしは絶対にその話になると思っていた。

わたし「わたしだってサンドウィッチ作れるもん!!」

勇者「サンドウィッチ"だけ"だろ」

わたし「う……」グサッ

勇者「しかもまともなサンドイッチ作れるようになるまで5、6回失敗作食わされたぞ?」

勇者「パンに肉と野菜を挟むだけの料理をどうやったら失敗するかね~」ヤレヤレ

わたし「う~~…………」

言い訳だけどご飯はお城のコック達が作ってくれていたからわたしは料理なんてサッパリしたことがなかったし仕方ない。

147: 2012/12/28(金) 08:23:04.36 ID:jo+olBoY0
僧侶「…………じゃあ2人であの湖で魔王ちゃん手作りのお弁当食べたりしてたの……?」

勇者「まぁちょくちょくな」

魔法使い「ほぅほぅ」ニタニタ

武闘家「これはこれは」フフッ

勇者「なんだよお前ら、気色悪いな」

魔法使い「別に~、なんでもないんじゃない?ねぇ、武闘家?」ニタニタ

武闘家「フフッ、そうですね」クスクス

僧侶「うぅ……2人でピクニックだなんて……」ショボーン

いたずらな笑みを浮かべる魔法使いの隣で僧侶がしょげていた。

なんとも分かりやすい。

148: 2012/12/28(金) 08:25:13.30 ID:jo+olBoY0
そんなこんなで晩ご飯を食べ終えたわたし達は一番の目的である(わたしにとっては二番目の目的だったけど)温泉に入ることにした。

僧侶「『大浴場』と『砂風呂』と『サウナ風呂』とそれから……」

僧侶が壁に掛けられた大きな温泉の案内板を見上げながら言った。

勇者「流石橙の国一の温泉だな~、色んな種類の風呂があるな~」

わたし「どれに入ろっか?」

魔法使い「そりゃーもー決まってるでしょ、豪華な温泉宿と言ったら露天風呂で決まりだよ!!」

僧侶「露天風呂か~、いいね♪」

勇者「俺達も露天風呂にするか」

武闘家「そうですね」

わたし「…………」ジー

勇者「ん?なんだよ?」

わたし「武闘家はともかく……勇者、覗いたりしないでよね~」

勇者「覗かねぇよ!!馬鹿かお前は!!」

わたし「え~、ホントに~?」ジトー

勇者「あぁ、絶対だ」フンッ

わたし「でも信用できないな~」ジトー

勇者「お前なぁ…………」イラッ

149: 2012/12/28(金) 08:27:38.64 ID:jo+olBoY0
魔法使い「まぁまぁ、魔王。そのへんにしといてあげなよ」

勇者「魔法使い……」

魔法使い「勇者だって年頃の男の子だもん見たいもんは見たいんだよ」ヤレヤレ

勇者「こらぁ!!フォローになってねぇよ!!一瞬でもお前をいい奴だと思った俺が馬鹿だったよ!!」

僧侶「ゆ、勇者君もしかして見たいの……?もし勇者君がどうしても見たいって言うなら私……その……////」モジモジ

勇者「いやいやいや、僧侶は一体何を言ってんだよ!?」

魔法使い「そうだよ僧侶、勇者は"見たい"んじゃなくて"覗きたい"んだよ」ハァ

わたし「あー、背徳感とスリルを味わいたいわけか」フムフム

魔法使い「変わってるよね~」ウンウン

勇者「お前らは俺をなんだと思ってるんだ!?」

武闘家「フフフッ、楽しそうで羨ましいですよ」

勇者「誰も楽しんでねぇって!!」クワッ

150: 2012/12/28(金) 08:29:11.21 ID:jo+olBoY0
勇者をからかい終えたわたし達はその宿自慢の露天風呂へと向かった。

混浴ではなく男湯と女湯は分かれていたので勇者と武闘家とは浴場の入り口で別れた。

露天風呂は思っていたよりずっと広くて綺麗な造りをしていた。

大小様々な石で作られたいくつもの温泉。
竹垣で囲まれた開放的な造りの大浴場。

宿は高台に位置していたので浴場からは橙の国の王都を一望できた。

温泉はそれぞれ効能が違うみたいだったので、わたし達はその中で一番大きな、美肌効果のあるらしい温泉に浸かることにした。

わたしは熱いお風呂が好きだから丁度良い湯加減だったけど僧侶には少し熱すぎたみたい。

魔法使い「はぁ~……極楽極楽……」ブクブク

わたし「湯加減も良いしね」チャプ

僧侶「そう……かな?少し熱くない?」ボー

魔法使い「…………」ジー

151: 2012/12/28(金) 08:31:51.70 ID:jo+olBoY0
わたし「どうしたの?魔法使い?」

魔法使い「んにゃ、魔王のおっOいって大きいな~って思って」ニャハ

わたし「そうかな?」ボイン

僧侶「たしかに……大きい」プルン

魔法使い「おっきいよ~、あたしなんて全然ないもん」ペターン

わたし「そう言われてみると僧侶と魔法使いよりは大きいかも」マジマジ

わたし「でも側近の方が大きいし……」

魔法使い「そりゃ側近さんは大きいけどさ、魔王だって上の下ぐらいあるよ~」

魔法使い「ちなみに僧侶は中の中であたしは下の中だよ」ビッ

僧侶「誰に解説してるの?」

わたし「ふ~ん……胸の大きさなんてあんまり気にしたことなかったな~」

僧侶「女の子は結構気にするもんなんだよ?」

僧侶「私もどうやったら大きくなるかな~、なんて悩んで毎日牛乳飲んだりしてたし……」ブクブク…

わたし「へぇ~……」

152: 2012/12/28(金) 08:35:43.71 ID:jo+olBoY0
魔法使い「そんなけしからん魔王は……こうだー!」バシャッ!!

言うなり魔法使いはわたしに飛びかかり胸を鷲掴みにしてきた。

わたし「ちょっ、魔法使い!?////」

魔法使い「けしからん、実にけしからんですなぁ」モミモミ

魔法使いの細い指がわたしの胸を揉みしだいた。

わたし「あっ……ちょ……やめ……んんっ////」ハァハァ

僧侶「ま、魔法使いちゃん……////」

魔法使い「今までこのたわわなO房で勇者を散々誘惑してきたのかにゃ~?」モミュモミュ

わたし「んぁっ……そ、そんなことしてな……ひぅっ////」ハァハァ

たくし上げては小刻みに揺らすように揉む魔法使いのテクニックはわたしの理性を飛ばすには十分な腕前だった。

魔法使い「どうやったらこんないけないおっOいになるの~?」モニュモニュ

わたし「わかんないよ……くぁっ……はぁはぁ…………ひゃぅんっ////」ハァハァ

体の奥がジンジンと熱くなり頭がボーっとしてきた。

魔法使い「ほらほら、さっさと吐くのだ~~!!」モミモミモミモミモミモミモミモミ

わたし「んぁっ…………ぅうん…………ッ…………あんっ!!////」ハァハァ

153: 2012/12/28(金) 08:37:21.73 ID:jo+olBoY0
わたしは無我夢中で魔法使いのセクハラを振りほどいた。

わたし「こ、この……」バッ

魔法使いに向けて左手をかざした。

わたし『爆撃魔法陣・烈』!!

カアァ!!

魔法使い「へ?」

ドガアァーン!!

赤の魔方陣から爆撃が放たれた。

魔法使い「にゃーーーー!!」プスプス

バシャァン!!

魔法使い「…………」プカァ

その時わたしが使ったのは中級爆撃魔法だ。
威力を抑えたとは言え轟音とともに露天風呂全体が揺れた。

魔法使いは爆撃魔法を受けて温泉に浮かんでいた。

わたし「ハァハァ……」

僧侶「ま、魔王ちゃん、いくらなんでもやり過ぎじゃ……」

わたし「ハッ、しまった、つい……」

154: 2012/12/28(金) 08:38:47.77 ID:jo+olBoY0
ドタドタドタ!!

突然屋内からけたたましい足音が聞こえてきた。

わたし・僧侶「?」

ガラガラガラ!!

勇者「どうした!?爆発音と悲鳴が聞こえたけど何があった!?」

勢いよく開いた浴場の扉からタオルを腰に巻いた裸の勇者が飛び出してきた。

わたし「な…………////」カァッ

僧侶「え…………////」カァッ

勇者「あ…………////」カァッ

わたしも僧侶も立ち上がっていて、湯船から太ももから上が出ている状態だった。

つまり……ノーガード……。

155: 2012/12/28(金) 08:41:44.53 ID:jo+olBoY0
勇者「あ……!!ち、違うんだ!!俺はただお前らが心配で様子を見に来ただけで!!これは、その……!!」アタフタ

わたしは近くにあった風呂桶を掴むと思い切り振りかぶってあわてふためく勇者の顔面目がけて全力で投げた。

わたし「フンッ!!」ブンッ

カッコーーン!!

勇者「ごふっ!!」ガハッ

勇者「」ピクピク

その場に仰向けに倒れる勇者。

武闘家「だからむやみに女湯に飛び込んじゃいけないって言ったじゃないですか……」ハァ

脱衣場から武闘家の声だけが聞こえた。

武闘家「何もなかったんですよね?お騒がせしました~」グイッ

勇者「」ズルズル

扉の影から武闘家の腕だけが現れ勇者を引きずっていった。

わたしも僧侶もただ茫然とするしかなかった。

魔法使い「」プカァ

156: 2012/12/28(金) 08:43:15.36 ID:jo+olBoY0
風呂から上がったわたし達はさっきの爆発騒ぎを女将にひたすら謝った。
女将は『はしゃぎすぎてしまっただけですよね、ご無事ならそれがなによりです』と笑って許してくれた。

女場に入ってしまったことを勇者に謝られたがわたしにも非があったことだし許してあげることにした。
とはいえ裸を見られたことは事実なので今度わたし達に何か奢ってくれるという条件付きで、だ。

その後女性陣は見晴らしの良い部屋へと通された。
みんな浴衣に身を包んで敷いてあった布団へと寝転がった。
魔法使いが枕投げの提案をしてきたがわたしと僧侶は謝り疲れていたので流石に止めることにした。

魔法使い「じゃあ……始める?」ウズウズ

わたし「始めちゃおっか?」ウズウズ

僧侶「何を……?」

わたし・魔法使い「ガールズトーク!!」ビッ

小さな灯りだけがわたし達を優しく照らす部屋でわたしと魔法使いは口を揃えて言った。

僧侶「もぅ……二人とも元気だね」

わたしと魔法使いがうつ伏せになって顔を見合わせているにもかかわらず僧侶は仰向けになって寝る準備をしていた。

157: 2012/12/28(金) 08:44:32.60 ID:jo+olBoY0
わたし「何を言うの、この一時のためにわたしは温泉に来たようなもんだよ!!」

僧侶「そうなの?」

わたし「そうなの!!」

わたし「今までわたし歳の近い女の子の友達っていなかったからこういう話をするのがずっと夢だったんだ♪」

僧侶「…………そっか…………」

そう言ってからしばらく僧侶は無言だった。
けど、やがてうつ伏せになって顔をこちらに向けた。

僧侶「魔王ちゃんがそう言うなら私も付き合ってあげるよ、別にこういうの嫌じゃないし」フフッ

わたし「ありがとうっ」

158: 2012/12/28(金) 08:46:39.58 ID:jo+olBoY0
魔法使い「さてさて、じゃあ何から話しますかな?」

わたし「はいは~い」

わたしは勢い良く挙手した。

魔法使い「ん?魔王何かあるの?」

わたし「うん、どうして僧侶は勇者が好きなの?」

僧侶「ぶふぅーーーーーーっ!!!!????」

魔法使い「おぉ!!これはいきなりド直球で来たね~♪」ヌフフ

僧侶「ま、魔王ちゃん!?いきなり何言ってるの!?////」アタフタ

わたし「え?ガールズトークってこういう話をするんじゃないの?」

僧侶「それはそうだけどまずは『好きな人いるの?』『誰が好きなの?』みたいに探り合いから入るもので、その……」

わたし「だって僧侶は勇者が好きなんでしょ?」

159: 2012/12/28(金) 08:48:41.59 ID:jo+olBoY0
僧侶「魔法使いちゃんが喋ったんでしょ!!」ジッ

魔法使い「まっさか~、喋る必要すらないよ」アハハ

わたし「見てればすぐわかるよ」クスッ

僧侶「うぅ……////」カァッ

僧侶は真っ赤になった顔を枕に押し付けていた。
女のわたしから見ても可愛らしかった。

わたし「で、どうなの?」ニコニコ

魔法使い「あたしもちゃんとは聞いたことなかったし気になるな~」ピコピコ

僧侶「うぅ~~……わかったよ、話すよ~~……」

それからモジモジとまごつきながらではあるが僧侶は勇者への想いを語り始めた。

僧侶「その……勇者君優しいから……かな?」

160: 2012/12/28(金) 08:50:39.58 ID:jo+olBoY0
僧侶「魔法使いちゃんはわかると思うけど……学生の頃から周りの人に色々気配りしてくれてたじゃない?」

僧侶「休みの人に配布物届けてあげたり、文化祭とか体育祭の前は遅くまで残って準備していったり……」

魔法使い「あー、面倒臭そうによくやってたね」

僧侶「そうそう、『なんで俺が……』ってぶつくさ言いながらなんだかんだやってくれるんだよね」フフッ

わたし「へ~……」

僧侶「演習や任務で私達が失敗したり危なくなったりしたときもフォロー入れてくれたり助けてくれたり……ね?」

僧侶「遠征任務の時は必ず勇者君が一番重い荷物を持ってたの魔法使いちゃん気づいてた?」

魔法使い「そうだったの?気にしたこともなかったよ……毎回誰が何持つかなんて決めてなかったし」

僧侶「うん、勇者君が何も言わずに重い荷物を引き受けてくれたからね」

僧侶「私も最初は全然気にならなかったんだけど……段々と勇者君のそういう優しさに気づいていって…………とっても優しくて良い人だな……って思うようになったの」

僧侶は終始どこか嬉しそうに話していた。
こんなに嬉しそうに勇者のことを話せるなんてきっと本当に勇者のことが好きなんだな、とわたしは思った。

161: 2012/12/28(金) 08:54:38.36 ID:jo+olBoY0
魔法使い「純情だね~」キュン

わたし「ピュアだね~」キュンキュン

僧侶「うぅ……なんだか自分でも恥ずかしいよ……////」モジモジ

わたし「何も恥ずかしがることなんてないよ、立派な恋心じゃない」ニコッ

魔法使い「そうそう、良い話だったよ」ニパッ

僧侶「2人とも………………ありがとう」

僧侶は小さい声で照れ臭そうに言った。

僧侶「じゃあ次は私から魔王ちゃんに質問」

わたし「ん?何?」

僧侶「魔王ちゃんはどうして勇者君のことが好きなの?」

わたし「ぶふぅーーーーーーっ!!!!????」

魔法使い「おー!!またもド直球!!」ピコピコ

わたし「な、なんでそんな……!!」

魔法使い「まさかバレてないとでも思ったの?」ニャハハ

僧侶「私もわかりやすいかも知れないけど魔王ちゃんも十分わかりやすいよ」クスッ

魔王「うぅ……やっぱり……?」

僧侶「うん」ニコ

162: 2012/12/28(金) 08:57:49.16 ID:jo+olBoY0
魔法使い「で、好きなんでしょ?」

わたし「そりゃ……そうだけど……」ゴニョゴニョ

魔法使い「ひゅーひゅー、勇者に聞かせてあげたいよ」アハハ

わたし「む~……////」カァッ

僧侶「魔王ちゃんは……いつから勇者君のこと好きなの?」

わたし「いつから……かな?」

僧侶にそう問われてわたしは少し考え込んだ。

いつから……一体いつからわたしは勇者に恋心とも呼べるこの感情を抱いているのだろう?

思えば今までそんなこと考えたこともなかった。

二人が好奇の眼差しで見つめてくる中、わたしは答えを出せずにいたが、やがてある日のある出来事に思い当たった。

わたし「多分あの時からだと思う……」

僧侶・魔法使い「あの時?」

163: 2012/12/28(金) 08:59:26.61 ID:jo+olBoY0
わたし「うん……わたしが14歳の頃だから……5年くらい前になるかな。わたしが魔王として本格的に政治や軍事に関わるようになって少し経った頃のことだよ」

わたしはその頃のことを自分自身に言い聞かせる様に一つ一つ思い出しながら話した。

わたし「そのくらいの年頃の子ってさ、自分の存在や他人の存在が気になって気難しくなるじゃない?……いわゆる多感なお年頃ってやつ?」

わたし「わたしもご多分に漏れずそうだった……でもそんなわたしの日常は普通の女の子のそれとは大きく違っていたの……」

わたし「朝は人間達との戦の戦況報告から始まって昼までは前線視察や地方へ行っての国事、午後は山の様な書類に目を通しては判子を押したり、政治・経済・軍事に帝王学の勉強……それが毎日。14歳の女の子がだよ?」

わたし「今は……二人の前ではこうして普通に話しているけど、女の子らしい言葉遣いで話すことも許されなかった」

わたし「『どうしてわたしは魔王なの?』『どうしてわたしは普通の女の子に生まれてこなかったんだろう?』って……自分の運命を呪ったこともあった」

わたし「それでどんどん荒んでいっちゃってさ、ある日勇者に八つ当たりして……今まで溜め込んできたものが溢れ出るように泣き出した……」

164: 2012/12/28(金) 09:01:34.99 ID:jo+olBoY0
わたし「そしたら勇者がね……わたしに優しくこう言ってくれたの」

わたし「『世界中の誰もがお前を魔族の王様として見ても、俺だけはお前のこと1人の女の子として見てやる。だからそんな顔すんな』って」フフッ

その時の勇者の声、勇者の顔は鮮明に覚えている。

その言葉が、その笑顔が、魔王という重責に押し潰されそうになっていたわたしを救ってくれた光なのだから。

わたし「今までずっと弟みたいに思ってた歳下の男の子がすごく大きく……頼りになる存在に見えてさ、なんだかドキッとしちゃった」エヘヘ

わたし「だからわたしが勇者を好きになったのは……多分その時からかな……」

魔法使い「…………」

僧侶「…………」

わたしの話を静かに聞いていたは二人はしばらくして口を開いた。

魔法使い「良い話だね」

僧侶「……うん、いかにも勇者君らしいね」

わたし「もし勇者に出会わなかったら今のわたしはいなかったと思う。わたしが今のわたしでいられるのは勇者のその一言があったからだと思う」

わたし「だからわたしにとって勇者は誰よりも何よりも大切な人なんだ……そんなこと照れ臭くて勇者には言えないけどね」ウフフッ

僧侶「…………」

165: 2012/12/28(金) 09:03:40.37 ID:jo+olBoY0
魔法使い「それにしても2人ともさ~」

わたしの話に耳を傾けてくれていた僧侶を尻目に魔法使いがいたずらな声で言った。

わたし・僧侶「?」

魔法使い「そんなに勇者のこと好きならさっさと告白しちゃえばいいのに」

僧侶「うっ……」グサッ

わたし「それは……」グサッ

魔法使い「僧侶にしたって魔王にしたってずっと前から勇者のこと好きなんでしょ?」

魔法使い「グズグズしてないでさっさと告白しちゃえばいいんだよ」

なかなか痛いところを突いてくるな、と思った。

たしかにわたしが勇者に想いを告げるに至らなかった理由の半分はわたしの臆病さ故なのは認める。

でももう半分は勇者のせいなのだ。

僧侶を見ると僧侶もわたしと同じことを考えていたようでわたし達は目が合うなり二人同時にため息をついた。

わたし「そりゃわたしにも非があるだろうけどさ……あの勇者が相手じゃ……ね」ハァ

僧侶「うん……」ハァ

わたしと僧侶の皮肉めいたため息で魔法使いもわたし達の気持ちを察してくれた。

166: 2012/12/28(金) 09:06:53.25 ID:jo+olBoY0
魔法使い「あ~……なるホドね、勇者鈍いもんね~」アハハ

わたし「だよね!あれは態とやってるんじゃないかってレベルだよ!!」

僧侶「うん……私も私なりに頑張ってるつもりなんだけどのれんに腕押し糠に釘で……」

わたし「『女の子のアプローチにはちゃんと気づいてあげなきゃダメだよ!』って言っても『アプローチなんかされてねぇもん』って言ってたし」プンスカ

僧侶「そうなの!?うぅ……休みの日に一緒に買い物に行こうって誘うのに私がどれだけ苦労したか……」ズーン

わたし「わたしも『髪の長い娘が好き』って勇者が言ってたから髪伸ばしたのに全然気づいてくれなかったし……」ハァ…

魔法使い「にゃはは、こりゃ2人ともまだまだ苦戦しそうだね」ケタケタ

わたし達を見て愉快そうに魔法使いが笑っていたから今度は魔法使いに話題を振ってやろうと思った。

167: 2012/12/28(金) 09:08:39.99 ID:jo+olBoY0
わたし「そういう魔法使いはどうなの?」

魔法使い「何が?」

僧侶「そうだよ、魔法使いちゃんだって好きな人とかいるんじゃないの?」

僧侶「魔法使いちゃんにはいつもからかわれてるからたまには仕返し」フフッ

魔法使い「え~?あたしの話なんかしたってつまんないよ?」

わたし「魔法使いも年頃の乙女なんだしなにかあるでしょ?」フフフ

魔法使い「だってあたし2年前から武闘家と付き合ってるし」

わたし・僧侶「………………」

わたし・僧侶「えぇーーーー~~~~!!!!????」

168: 2012/12/28(金) 09:09:55.31 ID:jo+olBoY0
突然のカミングアウトにわたし達は驚愕の叫び声を上げずにはいられなかった。

金髪の美青年、学校でも女子達の憧れの的だったという武闘家が二年も前からこの魔法使いと……。

わたし「まほ、魔法使いとあああのぶぶ、武闘家が……!?」

僧侶「そそそ、そんな、だって今まで……!!」

わたしと僧侶は開いた口が塞がらなかった。

魔法使い「武闘家が『照れ臭いから二人だけの秘密にして下さい』って」ニャハハ

僧侶「え、えっと、その……ぇえ!?」

わたし「あの爽やかで大人びた武闘家が破天荒な魔法使いと付き合ってるだなんて……」

わたしの呟きに魔法使いはもっともだと言わんばかりに返答した。

魔法使い「なんかあたしの自由なとこが好きなんだとかなんと…………ぶっ」プルプル

169: 2012/12/28(金) 09:11:58.46 ID:jo+olBoY0
いや、返答"しようと"した。
が正しい。

魔法使いは突然吹き出すと小刻みに肩を振るわせ始めた。

わたし・僧侶「?」

魔法使い「…………ぷっ、くくくくっ、冗談だよ、冗談」アハハハハ

魔法使い「二人とも騙され易いな~、武闘家とあたしが付き合ってるワケないじゃん」ニャハハ

わたし・僧侶「」

そう、つまり魔法使いに完全にしてやられたのだ。

魔法使い「ちょっと考えればすぐわかるのに本気にしちゃって…………あー可笑しい、お腹痛い~」ジタバタ

わたし・僧侶「魔法使い(ちゃん)~!?」メラメラ

魔法使い「にゃはは、ごめんごめん、そんなに怒らないでよ、ね?」

170: 2012/12/28(金) 09:13:26.03 ID:jo+olBoY0
魔法使い「……ショージキに言うとね、あたしは今好きな人なんていないよ」

魔法使い「それで……僧侶や魔王がちょっと羨ましい」

わたし「わたし達が?」

僧侶「羨ましい?」

魔法使い「うん……二人は気づいてないかもしれないけど……純粋に、ただ一途に、他人のことを想えるってそれだけで素晴らしいことなんだよ」

魔法使い「自分じゃない他の誰かのことで胸がいっぱいになる。その人のこと考えると嬉しくなったり、切なくなったり、楽しくなったり、悲しくなったりしちゃう……これってとっても素敵なことじゃない?」

魔法使い「例えその恋がどんな結果になったとしても、そうして人を好きになること自体が、意味のあることなんだよ」

魔法使い「……そうして人は自分の人生に色んな形で経験を刻んでいく……大人になるってそういうことだよ」フフッ

わたし「……な、なんだか……いつもの魔法使いと違う……」

僧侶「う、うん……なんだか大人だね……」

それからはとりとめもない話でわたし達三人は大いに盛り上がった。

わたしの知らない勇者のことを聞いたり、二人の知らない勇者のことを話したり。

二人の身の上話を聞いたり、魔王としてのわたしの武勇伝を聞かせたり。

人間と魔族の戦争が無事に終わったら何をするか、まだ見ぬ未来に胸を弾ませ予定を立てたりもした。

171: 2012/12/28(金) 09:14:43.37 ID:jo+olBoY0
楽しい時間はあっという間に過ぎて行くもので、気がつくと東の空が白んでいた。

勇者達はあと一泊していく予定だったそうだが、スケジュールを詰めてなんとか時間を作ったわたしはその日の朝にお城へ戻らなければならなかった。

わたしは用意を済ませて玄関へと向かった。

勇者達もわたしの見送りということで寝惚け眼をこすりながら部屋から出てきた。

玄関へ着くと女将が玄関掃除をしているところだった。

わたし「おはようございます」

僧侶「おはようございます」

女将「これはこれは、勇者様ご一行様。おはようございます」ペコ

勇者・魔法使い「むにゃ……むにゃ……」ボー

武闘家「二人はまだ半分寝てるみたいですね」クス

女将「……あら、もうお帰りになるのですか?」

女将がわたしの方を見て言った。

172: 2012/12/28(金) 09:16:19.29 ID:jo+olBoY0
わたし「えぇ、今日も仕事がありますからわたしは帰らなければならないので……」

女将「そうですか……ご多忙な中わざわざ私どもの宿に足を運んで戴き誠にありがとうございました」ペコ

わたし「いえいえ、お陰様でとっても素敵な時間を過ごせましたよ」

女将「そう言って戴けるとありがたいです」ニコ

女将「……今度はお暇のある時にゆっくり泊まりにいらっしゃって下さいね」

わたし「……はいっ!必ずまた来ます」ニコッ

173: 2012/12/28(金) 09:18:02.49 ID:jo+olBoY0
玄関を出ると橙の国の東の山から丁度大陽が顔を覗かせようとしているところだった。

朝焼けに赤く染まる東の空とまだ微かに夜の星々が浮かぶ西の空。

わたし達は眩しい朝日に目を細めながら鮮やかに彩られた空を静かにただ眺めていた。

わたし「……さて、そろそろ行かなきゃ」

わたしは時計を見て言った。
そろそろ側近がわたしの部屋に来る時間だった。
体調不良の魔王は部屋で寝ている設定なので戻っていないとマズい。

わたし「勇者……温泉、誘ってくれてありがとうね」

勇者「おぅ、メチャクチャ感謝しろよ」ニッ

わたし「あ、でも女湯覗くような人には感謝したくないかな~」

勇者「な、まだ許してくれてないのかよ!?あれは事故であってだな、だいたい湯煙で全然見えなかったし、その……」アセアセ

わたし「ふふっ、冗談だよ」クスクス

174: 2012/12/28(金) 09:19:35.30 ID:jo+olBoY0
わたし「勇者はこんな奴だからさ、武闘家も大変だろうけどこれからもよろしくね?」

武闘家「はい、任せて下さい。勇者のお守りはもう慣れっこですから」フフッ

勇者「ちぇっ」

魔法使い「魔王、昨日の約束覚えてる?」

わたし「勿論!平和になったらキャンプにバーベキューに夏祭りに海水浴にミュージカルでしょ?」

魔法使い「うん!絶対行こうね♪」

わたし「うん!わたしも楽しみにしてるよ♪」

わたし「それと……僧侶?」

僧侶「?」

わたし「僧侶は優しくてとっても可愛くて良い娘だけど……わたし負けないからね?」フフッ

僧侶「!…………うん、私も負けないよ」ニコッ

175: 2012/12/28(金) 09:21:13.23 ID:jo+olBoY0
勇者「なんだお前ら?なにかの勝負でもするのか?」

わたし「まぁね~、そのうち勇者にもわかるかもね」チラッ

僧侶「うん、そのうち……ね」チラッ

勇者「え~、なんだよそれ、気になるじゃないかよ!!」

武闘家「勇者は今は無理に知らなくても良いことかもしれませんね」

魔法使い「そうかもね~」

僧侶「でも気づいてくれても良いかも……」

わたし「そこに気づけないから勇者なんだよ」フフッ

勇者「おい!!俺だけ仲間外れかよ!!」ムスッ

176: 2012/12/28(金) 09:22:44.44 ID:jo+olBoY0
わたし「まぁまぁ、まずは和平を実現をさせてから、だよ」

わたし「わたし達の未来はそこから始まるんだからさ」

勇者「……チッ、わかったよ。それまで我慢しといてやるよ」フンッ

わたし「それじゃ……またねみんな」

わたしは転移魔法陣の術式を組んだ。
地面に青く輝く魔法陣が展開され青白い光がわたしを包む。

勇者「なぁ、魔王」

わたし「……?」

わたしが黒の国の自室へと跳ぶ前に勇者が声をかけてきた。

勇者「またみんなでここに来ような」

わたし「……うん、絶対来ようね!」

勇者「あぁ、絶対だ!」

カアァァァッ

朝日と魔法陣の光に包まれ、わたしは橙の国を後にした。

177: 2012/12/28(金) 09:24:38.68 ID:jo+olBoY0
人と魔族が争うことのない世界……わたしと勇者の夢が叶ったなら、きっと大手を振ってみんなで色んなところに行けるだろう。

そしてその夢が現実のものとなるまであと一歩というところまで来ている。

すぐそこまでやって来ている希望に満ちた未来を想い、わたしは胸を高鳴らせていた。












私が勇者達に剣を向ける十日前のことであった。

178: 2012/12/28(金) 09:28:58.79 ID:jo+olBoY0
長いので何日かに分けて投稿しようと思います
とりあえず今日はここまでで

誤字脱字等多々あると思いますが温かく見守って頂けるとありがたいです^^;

勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」【Episode04】

引用: 勇者「よっ」魔王「遅い……遅刻だ!!」